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2018-11-19

anond:20181119102033

都合が悪いか意味がないと嘘をついてそのテーマを持ち出す人を黙らせようとする

2018-11-17

今年のアカデミー賞作品賞にひっかかりそうな映画たち

自分ブログにでも書こうかなと思ったけど、だいたい https://www.metacritic.com/pictures/oscar-best-picture-contenders-for-2019?ref=hp からパクリだしそんなに力いれて調べてないので増田に放流します。

本命は『スター誕生』、『BlacKkKlansman』、『グリーンブック』あたりか。ノミネーションだけなら『ファースト・マン』や『女王陛下のお気に入り』も。


BlacKkKlansmanスパイク・リー監督

今年のカンヌで『万引き家族』の次点グランプリを獲得した、黒人映画永遠トップランナーの最新作。

黒人なのにKKKにもぐりこんでしまった潜入捜査官の実話を描く。

スパイク・リー監督作のなかでは『ドゥ・ザ・ライトシング』や『マルコムX』をも凌ぐ評価を獲得している(そして興行的にもここ十年で自己最高)。

公開時期が夏季であることと、ややコメディよりのタッチノミネーションに不利に働くかもしれないが、トランプ政権下において「ブラックリブス・マター」運動はまだまだ意気軒昂。「黒人映画」枠競争を勝ち抜くポテンシャルは十分だ。


ブラックパンサー(ライアン・クーグラー監督

解説不要だろう。今年米国内で最高興収をあげた作品にして、マーベル映画史上でも最も支持された傑作ヒーロー映画

アメリカ国内外黒人問題歴史的視点にめくばせしてオスカー好みの社会性もばっちり備えているものの、やはり「アメコミ映画」のレッテルがネック。

まだまだ白人男性・おじいちゃん大勢を占めるオスカー会員にあっては弱い。ギリギリノミネーションがあるかどうか、といったポジションだろう。

余談だが一時期新設されそうだった「ポピュラー映画賞」部門ブラックパンサーを受賞させるために作られるのだという噂だった。裏返せば、作品賞本選に選ばれる格ではない、と会員からみなされているのだろう。


Can You Ever Forgive Me?(マリエルヘラ監督

落ち目ライター有名人手紙文章捏造して高値で売る詐欺に手を出し、それが嵩じて博物館から実物を盗みだそうと企む実録犯罪コメディ

日本ではあまり知られていないけれど主演のメリッサ・マッカーシーアメリカで今いちばんアツいコメディアンのひとり。

夫のポール・フェイグと組んで『ブライズメイズ』、『SPY』、『ゴーストバスターズ(リメイク版)』などの陽性の笑いでヒット作を飛ばしてきた。

そんなマッカーシーが一転してシリアスブラックコメディに挑戦し、見事大成功。本年度の主演女優賞ノミネートが確実されている。

演出したヘラ監督の手腕も高く評価されており、初の監督ノミネート、さらには作品賞も夢ではない。


Eighth Grade(ボー・バーナム監督

インディーからまれた今年最大のダークホース

とある気難しい現代っ子少女中学生最後の一週間を描いた青春コメディ

中学生版『レディ・バード』にもたとえられる(中二病的な意味で)痛々しくも切ない、みずみずしくもどんよりとしたフレッシュローティーンライフ描写が広範な支持を集めている。

監督は若干28歳のコメディアンで、なんとユーチューバー出身アメリカ映画界における新世代の台頭を予感させる一本。すでに数多くの映画祭や映画賞にピックアップされている

オスカーコメディ敬遠する一方で、サプライズ的なインディー作品を好む傾向にあるが、はたしてこの作品の出目は吉とでるか凶と出るか。最悪でも脚本賞ノミネートは固いか


女王陛下のお気に入りヨルゴス・ランティモス監督

ロブスター』、『聖なる鹿殺し』と強烈かつキテレツ作風で知られるランティモス監督最新作にして初の時代劇

アン女王を演じるオリヴィア・コールマンを巡る二人の家臣(レイチェル・ワイツとエマ・ストーン)のバトルを描く百合時代劇……たぶん百合だとおもう。

すでに巨匠地位確立したランティモス監督過去作のなかでも群を抜いて評価が高く、今年のベネツィア国際映画祭でも第二位にあたる審査員賞を勝ち取った。オスカー前哨戦となる各種賞レースももちろん名前を連ねている。

今年の本命作のひとつとも目されるが、ランティモス特有変態さ加減が(今回は脚本までは書いてないとはいえ)どこまでお上品なオスカー会員たちに受け入れられるか……。


ファースト・マンデイミアン・チャゼル監督

ラ・ラ・ランド』で幻の作品賞受賞というなんともかわいそうな結果に終わった(それでも本人は史上最年少で監督賞を獲っているが)デイミアン・チャゼルライアン・ゴズリング

そんな彼らのリベンジマッチが実録宇宙開発物語ファースト・マン』だ。人類で初めて月面に降り立ったニール・アームストロング船長スポットライトを当て、彼の視点からドラマを描く。

企画段階から作品ノミネートは当然、という空気のなかでプレッシャーを跳ねのけて見事高評価を集めた。ノミネーションはほぼ確実といっていいのではないだろうか。反面、今度こそ受賞なるかというと、今ひとつパンチがきいてないようで不安が残る。


グリーン・ブック(ピーター・ファレリー監督

オスカー前哨戦の最も重要とされるトロント国際映画祭で観客賞に輝いた作品。ここ十年で同賞を得た作品オスカー本選にノミネートされなかった例はたった一回しかないのだ。

黒人差別が法的に是認されていた時代アメリカで、自分ちょっとレイシスト入っている用心棒白人男が南部コンサートを開きに来た黒人ピアニストを送迎する仕事を命じられる。最初は「黒人のくせに上等なスーツを着てお上品にピアノなんぞひきやがって……」と反感を抱く用心棒だったが、行く先々で差別待遇を受けるピアニストに対してだんだんシンパシーが湧いてきて……という内容。

ほろ苦くもユーモアメッセージ性に満ちた内容はまさしくオスカー好み。「分断されたアメリカ」というテーマタイムリーさもある。ちなみに監督は『メリーに首ったけ』などのロマコメで知られるファレリー兄弟の兄。このところは過去のヒットコメディリメイクなどで仕事に恵まれなかったが、もともと潜在的に持っていた社会派なセンスが一挙に花開いた。


If Beale Street Could Talkバリージェンキンス監督

ムーンライト』で一昨年の作品賞を獲得したジェンキンスの最新長編。今度こそはチャゼルにかっさらわれた監督賞もいただいて完全制覇を目論む。

原作は今年日本でもドキュメンタリー映画私はあなたのニグロではない』が公開された、黒人小説家ジェームズボールドウィンによる短篇濡れ衣をきせられて収監された夫を助け出すために奮闘する若き妊婦お話

テーマ重厚さも話題性も十分だが、公開が当初予定していた11月から12月にのたことが若干きがかり。クリスマス狙いのブロックバスター大作のなかで埋もれてしまう恐れがある。


Mary Queen of Scots(ジョージィ・ルーク監督

互いにイングランド王位をかけてあらそったスコットランド女王メアリーイングランド女王エリザベス一世を、それぞれシアーシャ・ローナンマーゴット・ロビーという旬な女優が演じる。

脚本担当したのは『ハウス・オブ・カード』や『スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜』などの現代政治劇の名手、ボー・ウィリモン。

いずれもオスカーノミネーション歴を有した名前ぞろいでクオリティ保証されている。同じくイギリス舞台にした時代劇である女王陛下のお気に入り』がライバルか。


ROMA(アルフォンソ・キュアロン監督

世界的に見れば今年最も評価の高い映画といっても過言ではない。ベネツィア国際映画祭の最高賞。

1970年メキシコ・シティで家政婦として働く女性とその一家ドラマモノクロで撮る。

評価の高さと『ゼロ・グラビティ』でオスカーを獲ったキュアロン知名度があれば当然作品賞も……となりそうなものだが、障害は多い。

まずスペイン語映画であること。長いオスカー歴史のなかでこれまで十作品外国語映画作品賞にノミネートされてきたが、受賞にいたったものは一つとしてない。

次に Netflix 映画であること。カンヌみたいに公に締め出すことはしないにしても、アカデミー会員のなかでも動画配信サービス勢に対する反感は根強い。一昨年の『最後の追跡』やドキュメンタリー作品例外として、『ビースト・オブ・ノー・ネーション』『マッドバウンド』といった作品たちもその年最高クラスの称賛を受けながらもオスカーノミネートには至らなかった。

いちおうネトフリも『ROMA』については配信に先駆けて劇場公開を行うなどの「オスカー対策」をやっているが、はたしてどうなることやら。

ちなみに Netflix でも来月に配信される。驚くべき時代になったものだ。


アリ― スター誕生ブラッドリー・クーパー監督

ショービズ映画古典リメイク。この八十年で三回目の映画化です。

本年度大本命に数えられる一本。批評家・観客からの圧倒的な支持率もさることながら、商業面でも大ヒット(現時点で世界興収三億ドル突破)を飛ばした。主演のブラッドリー・クーパーレディ・ガガの演技もさることながら、これがイーストウッド降板を受けての初監督となったブラッドリー・クーパー演出にも嬉しい驚きが満ちているとかなんとか。

監督役者脚本、成績と四方に隙のない完璧映画に見える。

だが、一昨年の『ラ・ラ・ランド』、昨年の『スリー・ビルボード』と「早すぎる大本命」はかならずバックラッシュに晒されるのがオスカーという場。12月以降に猛然と差してくるであろう後続期待作たちを振り切れるかどうか。


Widows(スティーブ・マックイーン監督

2013年アカデミー作品賞を獲得した『それでも夜はあける』のスティーブ・マックイーン最新作。オスカー獲得後の第一作でもある。

シカゴでヘマをやらかして死んでしまった強盗たちの四人の未亡人ヴィオラ・デイヴィスエリザベス・デビッキミシェル・ロドリゲスシンシア・エリヴォ)が亡夫の後を継ぎ女だけの強盗団を結成するちょっと変わった犯罪映画

マックイーンとヴィオラ・デイヴィスというアカデミー賞受賞コンビ鉄板の出来。

そのパワーでジャンルムービーを嫌うオスカーノミネーションを勝ち取れるかが見どころだ。


Boy Erased(ジョエル・エドガートン監督

厳格なキリスト教である両親のもとで育ったゲイ少年ルーカス・ヘッジス)が教会同性愛矯正プログラム(いわゆるコンバージョンセラピー)に放り込まれセラピストとバトルする青春ドラマ

近年では『ダラスバイヤーズ・クラブ』のジャレド・レトがそうだったように、LGBTもの俳優にとってオスカー像への近道だ(スカーレット・ヨハンソンみたいに非LGBT俳優LGBTの役を演じることに倫理的非難が高まりつつあるにしても)。

批評家から評価的には作品賞には届かないかもしれないが、演技賞ではノミネートが有望視されている。

トランプ政権下でLGBTに対する抑圧が増しつつあるだけに、時事性も捉えているかもしれない。


Vice(アダム・マッケイ監督

GWブッシュ政権下で「史上最悪の副大統領」とも呼ばれたディック・チェイニー副大統領クリスチャン・ベール激太り(何度目だ)+ハゲという負の肉体改造で演じたブラックコメディ政治劇。

他にも妻リン・チェイニー役にエイミー・アダムスラムズフェルド国防長官役にスティーヴ・カレルGWブッシュ役にサム・ロックウェルなどアカデミー賞級の芸達者がずらりと並んでいる。

題材としてはなかなかトリッキーだがマッケイ監督の前作『マネーショート』がそうだったように、ツボにはまれば一挙にアカデミーノミネートまで行ける。

同じく政治ネタでライバルだった『フロントランナー』(ジェイソン・ライトマン監督)の評判がいまひとつ芳しくないのも本作にとっては好材料


The Old Man and the Gun Now(デイヴィッド・ロウリー監督

名優にして名監督ロバート・レッドフォード引退作。15才で逮捕されたときから人生を通じて強盗を繰り返してきた70才の犯罪者(レッドフォード)と彼を追う刑事ケイシー・アフレック)、そして彼に惹かれていく女性シシー・スペイセク)を描く実話犯罪コメディ

作品ノミネートは微妙なところだが、レッドフォードはまず間違いなく主演男優賞候補入りするだろう。

ちなみにデイヴィッド・ロウリーの前作であるゴースト・ラブストーリー『A GHOST STORY』は今日から封切り。観に行け。

一方で、実話犯罪・老人・名監督にして名俳優共通する要素の多い作品としてクリント・イーストウッド監督の『The Mule』にも注目しておきたい。こちらは80才の麻薬の運び屋をイーストウッドが演じる。映画祭などでもまだ未公開なため、どう転ぶかはまだわからないが、近年のイーストウッド作品に対するアメリカ人の冷め方からすると賞レース的な意味での期待はあまりできなさそう。



その他有望そうな作品

メリー・ポピンズ リターンズロブ・マーシャル監督

シカゴ』でアカデミー作品賞をさらったミュージカルの名手ロブ・マーシャルディズニー伝説的名作の続編を制作

エミリー・ブラントベン・ウィショーこりん・ファース、ジュリー・ウォルターズといった英国の名優たちでがっちり固めつつ、リン=マニュエル・ミランダメリル・ストリープといったミュージカル定評のある俳優陣をフィーチャーし、万全のこのエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2018-11-16

anond:20181116102014

表現の自由vsヘイトスピーチはずっとやってるテーマの一つだからなー

個人的にはヘイト側の「傷ついた」を立証できない以上、「ヘイトから黙れ」という表現の自由侵害こそがヘイトだと思ってるが。

「傷ついた」が立証できるなら裁判できるしな。現状でも。

[][]ゾンビランドサガ7話最高だった

脚本最高だった

色々展開予想したけどそれ以上に腹落ちした

やんちゃしすぎず、それでいて納得できる丁寧な仕上がりだった

現実でも起こり得るテーマで、しかキャラが皆しっかりした意見持ってる上でのすれ違いって脚本として難しいと思うんだけど

ちゃん真正から収束させたのは感心した

 

歌も最高だった

歌詞泣ける

コスコスコティッシュフォールドだった

あとCGダンスレベル上がってた

CGなのか仕上げが上手いのか演出が上手いのか、もはや境界分からん。こういうやり方もあるのか)

 

ギャグトンデモ展開も面白かった

てかシリアスギャグバランスうまい

ゾンビやけん、ゾンビやけん大概の無茶な展開もいけるんだ

 

5話がピークかと思ったがシリアスでもここまでやれるのか

フランシュシュを素直に応援したくなったわ

ぼく「ふらんしゅしゅー!がんばえー!」

そらデスおじも泣くわ

さくらも泣くし、俺もそれ見て泣くわ

さくら一番頑張ってたしな

アレみてからOPの前口上つよい

 

そういやトレンド1位だって

2位がレコード大賞

5位が帯電

 

全話何あったかちゃんと思い出せるアニメは久々かもしれない(年1くらいかな?)

円盤買うか

2018-11-15

anond:20180917045312

なるほど。むかし「ぼくらの」アニメ化の際にこの問題あったな。監督原作を「嫌い」だから原作」と銘打ちつつ原作否定物語にした、みたいな。もちろん、媒体が異なり表現手段も変われば、原作といいながら異なる物語になってしまうこともある(たとえば富野の書いたオリジナル機動戦士ガンダム小説と、富野監督したアニメでは、全然違う話だ)から、元の作品からの逸脱だけが問題ではないと思うけど。

こういうケースについて思うんだけど、原「作」と原「案」とを分けたらいいんじゃないかな。そして、原「作」ならタイトル原則変えない、原「案」なら基本的に別タイトルにする(サブタイトル原作タイトル使用するなどは可)、みたいな自主ルールを作っていけばよいのでは。少なくとも、そうやって「こういう作品ですよ」ということを明示したらいいんじゃないかなあ。

たとえば二次創作系は基本的に原「案」だから、そこに目くじら立てても仕方ないんじゃない、とか。アニメ化に際して監督が「今回は原『案』ということでやりたいので、原作とは異なるテーマを描きます」とか最初に明言しておけば、みんな心静かにいられるのではないかと思う。原作ものでも原案ものでも、名作と駄作がある。原案物の名作と言えば、なんだろう。古いところではナディア、新しいところではおそ松さんか。

こういう例で分かるけど、「『原作』だからよい」ということもないし、「『原案』だからダメ」ってこともない。要は作品の出来だ、って意見にも一理ある。ただ、そこを分けないと、「(原作物として見れば)ひどい」「(原案物として見れば)面白い」という意見がいつまで立っても平行線な気がするんだよ。

2018-11-12

anond:20181112214641

やっぱリビドー大事よね

なんだろな、テーマとか完成図とかが浮かばないんだよね

結果手癖で雑に描いて終わっちゃう 構図もいつも似たような感じ

から描けば頬杖バストアップか反り気味立ちポーズか足組んで座るポーズ

から描けばパンツ見える座りポーズ 腕や手から描けばギャルゲアニメにある手を前に伸ばした謎ポーズ

そんなのにはもう飽きてるんだけど何の構図も浮かばないのよね

人の顔と名前

学生時代友達と久しぶりに会って飲んだ。おきまりの「あの人は今どうしてる」という話になっていろいろな人の近況を聞いた。そのとき名前が上がらなかった人、一人の先輩のことをそれから時々思い出す。

先輩が死んでしまってからずいぶん時間がたつけれど、やっぱり切ない、やるせない、なんでそんな若くして死んでしまったんだと私は思う。親密といえる関係ではなかったのに、思い出すと不意に悲しさが来る。それなのに、自分でも驚いたけど、彼の名前を忘れていた。

先輩は私が学部時代院生だった。今考えれば私たちの年齢は近く、2人とも今の自分よりずっと年下の若者だ。でもそのころ、先輩はずいぶん大人に見えた。知識の量や洞察の深さはもうプロ世界に足を踏み入れていたわけだし、自分研究テーマを持っていた。

悩みの深さも私とはまるで違っていた。先輩は精神科に通っていると言っていた。「長いこと薬のんでる。酒と一緒に飲んだらダメなんだけどね」と言いながら、ラムを飲んでいた。果汁をしぼったライムが、背の低いグラスの中にごろっとあったのを覚えている。

先輩の表情も覚えている。簡単に思い出すことができる。なぜならいつも同じような顔をしている人だったからだ。影がある顔と言えば陳腐だし、苦悩がにじみ出た顔と言っても大げさ過ぎる。なんというか、心から楽しい!と思ったことはもう何年も前だというような顔。目線はだいたいいつも下を向いていて、時に落ち着きなく動く。でも口元というか、口角だけはいつもキュッと上がっている。いつもそのままキープしている。「人前にいるときにはそうすべき」と自分に課したルールでもあるのだろうか?と思うくらい。

私は先輩のプライベートにはほとんど入ったことがなかったから、本当にリラックスしているときに口角がどうなるかは知らない。今は、あのキュッと上がった口角が、どんな状況でもリラックスできない(かもしれない)先輩の内面象徴するような気もする。本当のことはわからない。もう彼に会って確かめることはできない。ただ、当時の私はその表情に安心感をもっていた。「この人は私の話を聞いてくれる」という勝手な信頼感。

2人だけで喫茶店に行ったことがある。なんの行きがかりか忘れてしまったけど、学内で会って話しているうち(私の卒論についてだったような気もする)、コーヒーでも飲みながら話そうという話になったんだと思う。店のセレクトも当時の私よりずっと大人だった。学部生たちが試験前に徹夜するために行く24時間営業の店ではなくて、こだわって仕入れた豆で丁寧に淹れたコーヒーを出す店だった。何を話したのか覚えていない。コーヒーの味も覚えていない。あれから私はたくさんのコーヒーを飲んだから。覚えているのは、下を向きながら頻繁に動く目線と、それに伴って動く長いまつげと、そして上がった口元だ。先輩の名前は忘れてしまった。

名前が思い出せないまま数週間がたった。でも今朝、地下鉄の駅から地上に上がるとき、先輩とそっくりな顔をした人が上から階段下りてきて、すれ違った。その瞬間に思い出した。「あ!」と声が出そうなほど似ていて、驚いて二度見してしまった。私は先輩の名前を思い出した。すっきりしたとか、階段を降りてきた人は実は……というような何かオチがあるわけでもなく、なんでもない出来事だけど、書いておきたくなって書いた。

2018-11-09

Amazonプライムで見られるアメリカドラママーベラス・ミセス・メイゼル」が面白いです。

50年代NYで、若い主婦漫談家を目指すというコメディですが、衣装とセットがすごくいいし、当時の文化映画好きにはたまりません。

それでいて「女が漫談家になる」というテーマはとても今日的。

おすすめです。

2018-11-08

世の中は差別で回っているんだ

女性男性非対称性は当たり前のように社会的コードとして埋め込まれていて、そのコード転覆されないのって、社会構成員のうちで暗黙の了解があるからなんだよね。

例えば、女性清掃員は男性便所に入ってもいいがその逆は(少なくとも現代においては)あり得ない。あり得てもいいはずなのだが、現実的にそんな日が来そうにもないのは、「男性性的欲求女性より強く危険から」という経験則から導かれた、漠然とした了解が男女問わず大多数の人間の内にあるから

同じように男女専用車両男性が大きく問題視しないのも、多くの人間が無理なく、痴漢犯罪加害者の大半が男性という統計的現実を「男性は性欲を抑えきれない傾向がある」という感覚に結びつけられるからだろう。

第三世界人間搾取しているという現実を見ないようにして我々が日常お気楽に過ごせるように、実はこのような見えにくい本質主義的な差別(「男は◯◯、女は▲▲、だから男はXすべきで、女はYすべきだ」といったような)で社会はそれなりに円滑に回っているように見える。

よくよく立ち止まって考えてみると問題含みなのだけれど、「特に不便を感じないし、そういうものだし、それでいいいか」で済んでいる。少なくとも大多数にとっては。ビクトリア女王19世紀に「神は男女を違うように作ったのだから、彼らはそれぞれの立場にとどまるべきだ」と述べたそうだが、神を「自然」に変えたら、今でもほとんどの人が同意ちゃうんじゃないかな。

でも、中には不便を感じる人もいる。よくよく立ち止まって差別に気づく人もいる。フェミニスト(※1)とオタク(※2)だ。お互い並べられるのは心外だと思うかも知れないが、両者は「寝た子を起こす」という点でとても似ている。

平等に目ざといフェミニストはいう。「よりによってノーベル賞解説番組で、舌っ足らずで露出が多い衣装キズナアイを相槌役に使うのって、ジェンダーロールの固定化女性性の搾取だよね?」

フェミニストの主張が気に食わないオタクはいう。「ペドフィリア幼児性愛者)の恋愛感情って、ヘテロセクシャルやLGBTの恋愛感情と何か違うんですか?なんでペドフィリア保育士になったらダメなんですか?」

『こいつら一体、何と戦ってるんだ…』と思ったのなら、ある意味“正常”だ。社会から合格点を与えられる。信じられないかも知れないが彼らは年がら年中、こんなことばかり話している。

しかし考えてみると、それぞれの言い分は分からなくもない。例えば、キズナアイ黒人に置き換えたらまずアウトだろう。もし、映画南部の唄」に出てくるリーマスおじさんみたいな、いかにも学はなく善良だけが取り柄そうな黒人二次元キャラクターが、訛りの強い喋り方で白人啓蒙される役割を演じていたら?「女性黒人のように差別されていない」だなんて、臆面もなく言えるだろうか?

あるいは、ペドフィリア一般的には「大人と違って、拒否する力がなく判断力も未熟な子どもターゲットにされるからダメだ。差別ではない」という。でも、恋愛感情を向ける可能性を有していることと、実際に恋愛感情を表明することと、さら恋愛感情をもとにした暴力は違うはずで、様々な段階がある。少なくとも個人自律的人間であることを前提としている社会で、特定指向(嗜好でも同様)を持つ属性だけ「理性のタガが外れる潜在的リスク」を想定するのはまちがいなく差別だろう。

じゃあ、彼らの言い分を受け入れて社会組み込みますか?そんなわけない。

むかし金持ちしか選挙権が与えられなかったように、市民と名のつくプチブル同士のコーヒーハウスでの議論から公共領域が生まれたように、やんごとなき近代社会は「常識をわきまえた一般人」を前提としてきた。ところが、近代主義お題目を徹底するうちに、この“常識”が勝手思い込み、あるいは無理のある前提であることがだんだんと明らかになってきた。それが現代だ。

フェミオタクに気付かされて、「仕方ないよ、だって俺は差別主義者だし」と居直るしかないのだとしたら、なんて悲しいことなんだろうか。

注釈


干支星座を題材にした作品って、どれだけあるんだろう?

ロハラの虚構を読んで思った。

とりあえず自分が思いついたのは、

ぐらいだった。

追記

ハンターハンター選挙編は、干支テーマにしてるといっていいんだろうか?

起業に適した環境

・足元を見られる環境の人は起こしてはならない。

起業するということはすぐ売りがたつ物以外の場合は、金に窮する。当然足元見て迷惑かけたい奴が擦り寄ってくる。

きろうとしたらお前が折れればうまくいくんだよ!みたいな余計な周りまで、さらに裏でゴソゴソ小細工して折らせようとして神経をすり減らされる。

・新しい分野で起こしてはならない

→新しい分野は知見がない。とすると、当然足元を見られる。よって上につながる。

・すぐに売上がたつものしか起こしてはならない

→金がないと足元を見られる。

もちろん、開発に長時間かかるようなイノベーション(笑)型の起業なんてもってのほか

どうしても起こしたいのなら、まず博士をとって、アカデミックポストについて、失敗しないが一応審査員の目に叶うぐらいの研究をつみかさね、

恒常的に研究費をとれる安定した研究が出来るようになってから。できればパーマネントのアカデミックポストをとってからが望ましい。

安定して自分が正しいと思うがリスクがある研究が出来るように至るまでに順調に進んでも三十代中旬にはなってるだろう。

実績もないのにリスクのある研究なんかすると、アカデミックポストの道すら閉ざされるからな。まあ、アカデミックポストなしに起業して研究するよりはリスクは低いといえば低いが。

ベンチャーキャピタルによる資金調達なんて、シード、シリーズA、シリーズB、、、とつながっているが、

シードでも多少の売上がすぐにたつことを求められ、それでいてでかい市場を狙えることが求められる。基礎的な研究開発は終了している必要がある。

エンジェルによる資金調達は、日本では詐欺師の温床になってる。何より、エンジェルなんてただの金持ってるだけの一般人から、難しめのテーマなんて扱えない。

シード以前の金は、アカデミック研究費以外に入手する方法はない。

あ、ラーメン屋起業するのなら好きにしな。

anond:20181108021346

理不尽で苦しい現実を変えるために奮闘する作品」(「奮闘すること」自体作品テーマ)と、

LGBT、あるいはその他のマイノリティ普通に存在できる世界を描いた作品」みたいな感じかな

後者でパッと思いついたのはプリパラくらいかな…

2018-11-07

なろうに小説投稿しようと思って

半年かけて30万文字くらい書いたんだが、文章稚拙過ぎることに加え、なろう受けするテーマじゃないことに今更気づき、そっとSSDから削除した。

なろうではポイントが全て。ポイント稼げずに日間載れないんだったら創作活動やめろ。ってとあるなろう出身作家が言ってた。

ブックマーク数はアニメDVD売上枚数みたいなものだとも言ってたな。1万枚売れれば大ヒットだが

100枚行かなかったら売りスレお笑いネタにされる。なろうでもブックマーク100以下は底辺と評されているが、アニメDVDの売上に読み替えれば頷ける話だと思う。

軽はずみでなろうに手を出そうとしている奴がいたら、自分創作心を捨ててでもテンプレ物(異世界追放、悪役令嬢)を書いて、毎日投稿して、グレーゾーン裏工作ができるか問うと良い。

そこまで苦痛な思いをして数百時間かけて1円にもならなくても後悔しないという奴だけが、書くことを許される。それが小説になろうだ。

時間メンタルをドブに捨てる覚悟のないやつはコンテンツ生産者にならずに、消費者に徹すれば良い。消費者にでいる限り金もわずひたすら文句を垂れ流すことを許されるのだから

anond:20181106183256

トラバブコメの反応が全てを物語ってるんだよな。お前の主張は特に論じるに値しないテーマで、信頼性のある批評でもないので当然誰も反応しないと。絡んでるのほぼ俺だけだろ。b:id:hitebelだかb:id:HakkaLeichaだかどこの馬の骨とも分からないネトウヨサブアカブクマする程度が関の山反論もどこかで見たようなコピペの内容を繰り返すだけでキレもない。大人しくネトウヨコミュニティで「韓国けしからん」「然り」「然り」と仲間内で盛り上がってたらいいんじゃね?お前の価値は、こんなもの

anond:20181106201315

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%80%88%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%80%89%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F

『〈子供〉の誕生』(こどものたんじょう、フランス語:L'Enfant et la Vie familiale sous l' Ancien Regime)は、フランス歴史学者フィリップ・アリエス著作である1960年に公刊された。子供大人の一線を当然視し、学校教育制度を当然視する現代の子供観に対して、疑義を呈する書物であるフランス語原題は『アンシャレジームの子供と家族生活』という意味であり、「〈子供〉の誕生」は、日本翻訳者がつけたものである

アリエスは、中世ヨーロッパには教育という概念も、子供時代という概念もなかった、と言う。 7〜8歳になれば、徒弟修業に出され、大人と同等に扱われた、と言う。飲酒恋愛自由とされた、と言う。なぜ大人子供の一線を7〜8歳に引いたのかと言えば、この時期に言語によるコミュニケーション可能になると考えられたためである、と言う。 7〜8歳以前の子供は動物と同じ扱いであり、大人フリスビー代わりに投げ遊び、落として死なせたこともあるという。乳幼児死亡率が高く、5歳までは頭数に入れられなかった。もっとも、乳幼児死亡率が高かった理由として、医学水準が低かったことだけではなく、両親のベッドの中で、あまりにも頻繁に窒息により非業の死を遂げる子供が多かったといった理由も挙げられている。

教会は、嬰児殺しを厳禁していた。が、両親があれは事故だったと主張してしまえば、それ以上追及する者はいなかった。

近代的な学校教育制度が現れたのは、17世紀のことである。当時の教育者たちは、古代には存在した学校教育を倣い、「純真無垢」を理念とした。「純真無垢」とは何か。子供大人を引き離すこと、特に子供にとってセックス禁忌にすることだった。また、子供として保護される期間の延長も提唱した。この時期から美術子供テーマにし始めた、それ以前は美術子供テーマにすることはなかった、と述べる。

近代学校教育制度は、大人とは異なる、子供服というものを編み出した、と述べる。この傾向は特に男児に顕著で、男児の特徴的な衣装であるズボンが考案された。それに対し、女児服装の変化には無頓着であった。女児家事に専念すればいいのであって、学校教育を受ける必要性が少ないと考えられたためだ、と述べる。

これを受け、近代的な学校教育制度は、同年齢の子供を同一のクラスに編成した、と述べ、極端な場合には、寄宿舎制度を設け、子供を外部から遮断した、と述べる。

2018-11-06

異形の女性普通男性恋愛を描いた作品

あるときツイッターでこんな意見を見た。

「異形の男性を愛する普通女性を描いた作品では真実の愛と評価される」

「異形の女性を愛する普通男性を描いた作品では歪んだ愛と評価される」

「その為か前者の作品と比べて後者作品はとても少ない。ここでも無意識のうちの性差別が表れているのではないか

と。

性に関する問題は今回は関係ない。

本当に少ないのか、歪んだ愛と評価されているのだろうかと考えてみた。


異形の男性を愛する女性作品と言われれば、真っ先に思いつくのが美女と野獣だろう。

千と千尋の神隠しハウルの動く城等のジブリ作品が思いつくが、こちらは人間の形をとることもでき、実際作中の大半を人間の姿で過ごしているので、今回は少し違うと思う。

千尋は龍の姿のハクを愛したわけではないし、ソフィーハウル魔物の姿を愛したわけでもない。

しかし異形の姿をとっても愛を失ったわけではないから同じことか。鎌爺なんか作中ではっきりと「愛だ、愛」と言っているし。

ゲーム世界だとピーチ姫を攫う大王クッパが思いつくが、こちらはピーチ姫好意を寄せているわけじゃないので除外。

しか作品テーマ、もしくはキャラクターの設定としてよく見かけるものではあるといえるだろう。

異形の女性が登場する作品となると、一番に思いつくのは人魚姫だろうか。

しか彼女王子に会うために声を失い、激痛を受け入れながらも人間の姿になっている。

それにそもそもその恋が叶わず泡となって消える悲恋物語である

また古くからある日本物語で思いつくのは妖怪、とりわけ雪女だろうか。

しかこちらも姿は人間であり、氷柱雪だるまの姿で登場するという話は聞いたことが無い。さらにこれも人魚姫と同じく、結ばれることのない悲恋物語

ファンタジーに登場する魔物のラミアやケンタウロスなど、上半身のみ人間女性の形を取り、下半身動物または魔物の体をしているキャラクターもいる。

デュラハンろくろ首のように首から上だけ異形の形を持つ者もいる。

それらと恋愛関係になる作品はいくらか思いつくが、特殊性癖だとの扱いを受けることは否めない。

暴論になるかもしれないが、ジブリのように子供も見る場所においても問題いかと言われると、微妙なところだともう。

やはり歪んだ愛という評価からは逃れられないのだろうか。

余談だが格闘ゲームGuilty Gearシリーズにはジャスティスというキャラクターが居る。

作中用語ギア素体と呼ばれるが見た目は完全にロボであるが、独立した思考女性人格を持っています

まり異形の女性というわけです。娘もいます

ただ恋愛関係にあったか、といわれると、正直微妙なところかと。


長々と書きましたが、特定作品批評しようという意図はありません。

タイトルにあるような作品に興味があるだけです。

そもそも真実の愛も歪んだ愛もその個人の感想範疇しかないわけで、不毛な話ではあるのですが。

anond:20181106123430

そんな事誰も言ってない。

元々一般施設男性向けに偏る中で女性向けに作られたもので、今でも基本的男女共同参画に向けたものだが

男性向けに偏る」という事実提示まだー?

男女共同参画に興味がある男性であれば男性も使える、とは言ってるが。

男性向けにそういったテーマの講座を開いてる事もあるね。

全く男救ってないって事実は認めるわけだな?

anond:20181106123101

女性センター男女共同参画センターから男も救ってる!」

そんな事誰も言ってない。

元々一般施設男性向けに偏る中で女性向けに作られたもので、今でも基本的男女共同参画に向けたものだが

男女共同参画に興味がある男性であれば男性も使える、とは言ってるが。

男性向けにそういったテーマの講座を開いてる事もあるね。

2018-11-05

愛国心がうらやましい

アメリカ報道見てると右も左も「愛国心」を持っていて、馬鹿でも一つの信念になってる。

その内実はそれぞれ違うんだろうが。

日本でもネトウヨが噴き上がっていたころは愛国心が一つの軸になるかと思ったが、徐々にその内実が「作られた伝統」「利権擁護」に過ぎないことがバレてきて鎮静化してしまった。

司馬遼太郎が昔、「愛国心というのはそんなに複雑なもんではなくて、ふるさと馬鹿にされたときに抱く素朴な怒りの感情だ」という趣旨のことを言っていたことがあったが、個人主義が進み過ぎてふるさとに何の愛着もない。そもそも隣近所の人の顔すら知らないんだからどうしようもない。

ここまで書いてて気づいたが、「愛国心」が何だと言う以前に、「国」「日本国」とは何かという点がものすごく曖昧だな。

アメリカ建国者が明確な理念を持って作った国だから、「アメリカとは何か」と問われれば建国理念を思い起こすことができるのだろう。

日本は大昔の王権豪族自分利権を守るために形成していった国だから、こういうのが無い。

戦後憲法理念をそれに代置できるかと言われると、押し付け憲法論を採らないとしても、結局西洋で作られた理念を具体化したものから、それが「日本理念」と言われてもピンと来ないところがある。

これまで数多くの研究者が「日本思想とは何か」というテーマに取り組んできた気持ちが分かる気がする。

この国は国民が共有する理念が本当に存在しない。

それによって生じるメリットもたくさんあるんだろうが、国全体が貧しくなってる現代だとただただツラい。

2018-11-04

無意識に女を下に見てくる男の人

が嫌い。

読書趣味ですって言ったら、

映画化されたやつとかよく読むんですか?

と言われ、違いますよー海外ミステリや、社会問題とか、重厚テーマが好きで作家買いしますよーと具体的な作家名をいくつかあげたのに、

実際会った時にエッセイとかよく読むんですか?と言われた。

?????違うっていっただろ。ストーリーがしっかりした小説が好きなんだっていっただろ。決めつけて話してくるの本気でイライラした。お前の中の女性像はなんなの?映画化を機に読む人も多いだろうし、エッセイも嫌いじゃないけど、私は会話の中でそんなこと一言も言ってない。しか自分がそういうタイプならあてはめてくるのもわからなくもないけど、ぜんぜんそんなことないくせに(自分歴史小説とか、専門書が多いっすねー)なぜ私に対して例にあげるのが映像化されたものエッセイなの?バカにしてるの?

意味わからん

あと、男の人の、料理はほぼしません!もしくは作っても男の料理なんで適当です発言(男だったら毎日作らなくて、適当でも許されんの?同じく大学出て同じくらい働いてるのに?)

でも作ってもらったらなんでも美味しく食べますってあっそ。って感じ。なんで作ってもらって当たり前な言い方なの?

だってかにご飯作ってもらったらなんでもおいしく食べるわ。日々料理すんのは女だよねーって思ってんの本当に本当にしんでほしい。あー疲れた



追記。なんだかずれたコメントばかりなので。

私が嫌な気持ちになったのは、趣味について聞かれたので答えたら、二度も型にはめたような決めつけた返答をされたことです。しかも一度、例まであげたのに再度同じような決めつけをしてくるという…

これはきちんと私の話を聞いてほしかった、という話ですよ。それだけの話なのに、なぜ男をコントロールしろ、という話しがでてくるのか(^^; 私は相手と楽しく会話がしたかっただけです。

また、料理の話については、毎回のように話にあがりますが、作らないと堂々と言える立場にあることが単純にうらやましいですね。笑 結婚した先輩の話を聞いていても、同じくらい働いているのに、家事を全くやらないとか、向こうが早く帰ってもごはんは作ってくれてないとか…作れるレパートリーは3つくらいとか…すごく不思議です。なんでですか?男性のみなさん

私も、料理?ぜんぜん作りません!でも好き嫌いないんで作ってもらったものはなんでもおいしく食べますってなんの悪気もなく言いたいです。前半の話は個人に対する怒りで後半は社会的圧力に対する苛立ちです。でももし私が男だったら、無意識料理女の子にやってもらおうと思ってしまう気もするので、難しいなーと思いますが。社会よ変わってくれって感じです。

手塚治虫作品無料公開されてるから色々読んで感想を書く 1日目

https://www.ebookjapan.jp/ebj/free/campaign/tezuka/

おいおい2日目の今日11/3)きづいたよ。誰か早く言ってくれたら良かったのに!

ってわけで色々読んだ。

 

きりひと讃歌

人が獣人になってしまう奇病「モンモウ病」。青年医師小山内桐人はそれを風土病と考え、同僚の占部とともに研究を進めていた。一方、日本医師会会長への選出を目指す竜ヶ浦教授伝染病と考え、対立する小山内の排除を目論んでいた。竜ヶ浦の指示によりモンモウ病患者出身地に赴任することになった小山内はその奇病の餌食となってしまい……。

獣人という差別から逃れられない存在になった主人公を通し、中身ではなく外見ですべて判断される虚しさ、あるいは判断する愚かさを力強く訴える。医者として確かな腕を振るっても、ただ犬の顔というだけで結果が信頼されないのはまー辛い。

ヒロインは3人いるが、行動にいちいち生々しさがある麗花ちゃんお気に入り。拾った赤ちゃんに対するスタンスには彼女生き様を感じた。

悪役に対してはわりと因果応報モンモウ病を受け入れる層に囲まれるシーンもあって小気味よさは感じるが、その分、ヌルい結末だなーという感じ。

見た目だけでなく、生肉ガツガツわずにいられないことによって人間尊厳を奪われてしまうのがモンモウ病の特徴であり作品の中でも重きをなしていたと思うのだが、中盤以降そういうのがなくなってしまったのもヌルさに拍車をかける

 

アドルフに告ぐ

第二次世界大戦におけるナチスドイツの興亡を背景に、「ヒットラーユダヤ人の血が流れているという(ナチスにとっての)大スキャンダル」を巡って世界が、そして神戸ドイツ領事の息子アドルフ・カウフマンパン屋の息子でユダヤ系ドイツ人アドルフ・カミル稀有友情翻弄される様を描く。

めっちゃ面白かったー。物語の展開のさせかたがチビるほど上手い。もうひとりの主人公である峠草平の弟がドイツで殺された理由はなんなのか、何を草平にたくそうとしていたのか、なぜ草平はなぞの組織特高から襲われ続けるのかーといった感じで話がグイグイ進む。ヒットラー秘密を軸に、いろんな人物が入り乱れ、運命が捻じ曲げられていく。

特に、アドルフ・カミルユダヤ人と見下すことなくむしろ尊敬を持って接していたアドルフ・カウフマンが、ドイツ本国学校に入ったあとナチズムに染まっていく描写が圧巻。無垢な魂も環境が容易に堕落させえることを、手塚先生は容赦のない筆致でえぐり出していく。

そして訪れるふたりのアドルフの友情の結末とタイトル回収。どこを切り取っても隙なし。文句なしの傑作。

ちなエリザちゃん初登場時の顔面偏差値の高さすごい。あれは一目惚れするわ。手塚先生が描く美少女2018年でも十分通用すると思う(そしてその子が老婆になった姿もしっかり描くところが手塚先生エゲツない)。

 

奇子

復員後、GHQ秘密工作員として働く天外仁朗。久しぶりに戻った実家では、父親が兄嫁と不義の娘・奇子(あやこ)をもうけるなど、人間関係が汚れきっていた。仁朗はGHQから命令で、殺しの後始末を手伝うが、返り血を浴びたシャツの始末を奇子に目撃される。一族から犯罪者が出ることを恐れた天外家は奇子を地下牢に幽閉するが……。

タイトルの割に、戦後直後の地主一家の腐りっぷりが話の中心。肉欲に金欲、そして一族の体面最優先な感じがキツい。一見まともに見える人物も後々おかしくなったりするのでそういった家の宿痾を巧みに描いているとは言える。

タイトルになっている奇子も、幼少時は純粋で可愛らしいと言えるが、幽閉され常識モラルがないまま長じてしまった後は性的に成長した外見と非常識内面ギャップがかなりキツいキャラになってる。外見も童顔なのに高身長グラマラスグロテスク、という感じがこう……(たぶんわざと)。

というわけでヒロインにゐば(仁朗の母)で決定。夫が息子の嫁に手を出すのを止められなかったとはいえ作品良心ともいえる存在(息子の嫁は純粋被害者)で、話が進むにつれだいたいおかしくなっていく面々に対し最後までまともかつたまに元気な姿を見せてくれる一服の清涼剤であった。かーちゃんかわいいよかーちゃん

 

アポロの歌』

幾人もの男と関係を持つふしだらな母に虐待されて育った近石昭吾。彼は愛し合う生き物を見ると衝動的に殺してしま性格に成長した。ある時、警察現場を見られ、彼は精神病院送致される。催眠治療過程女神像に「女性を愛するが、結ばれる前に女性自分死ぬ」という悲劇体験し続けろと宣告されるが……。

重たいテーマを扱った手塚作品は緻密かつ重厚世界観になりがちで、話を把握するのが大変。だけど、これは主人公トラウマも設定も最初にぜんぶ開示されるため非常にわかやすい。かつ、それらの体験を重ねていくと大きな物語が浮かび上がる仕組みにもなっていて、かんたんなわりに厚みもあって楽しめた。

ある女性を愛するけど毎回悲劇的な結末を迎えるという構造に関しては『ゼノギアス』を思い出した。フェイとエリィに幸せな結末が訪れたように、いつかこふたりにも……と期待してやまない。

 

海のトリトン

漁師の息子・矢崎和也トリトン族の赤ん坊トリトン」を拾う。直後に津波漁村を襲い、和也の父は死亡。トリトンを忌み子と見た祖母に捨てるよう言われるが、和也は母を説得し、トリトンを含めた3人で東京へ。長じたトリトンは、己が人間でなくトリトン族であり、一族の大半はポセイドン族に殺されたことを知る。トリトンポセイドン大王を倒すために海へと出るが……。

今まで読んだことはなかったけど、いわゆる衝撃のラストについては知っていた。けどそういう展開にならずアレーと思ってwikipedia見るとそれは富野監督をしたアニメ版オリジナル展開だったという……。

衝撃のラストに比べれば、漫画版はひどく平凡な出来って感じかなー(それでも冒険活劇としては読めるけど)。テーマとして憎い敵であっても許すの大事ってのがあると思うんだけど、けっきょくそうならないしね。

あと今の感覚で言うのはアレだけど、今まで子ども扱いしていたピピ子が美少女に成長したとたん「洋子ちゃんよりずーっときれいだよ」とか平気で言ってしまトリトン普通にない。

 

リボンの騎士

おしゃま天使チンクのいたずらで男の子女の子の心を持って生まれ王女サファイア。出生のとき王子と誤って発表されたことにより、一日の半分を王子、もう半分を王女として育てられることに。サファイア排除して息子に王位を継がせたいジェラルミン大公や、サファイア女の子の心を奪おうとする魔女の魔の手が迫る。

戦闘美少女男装令嬢、女装少年(「亜麻色の髪の乙女」に変装するため)など今現在おおきな勢力を誇る萌え要素の先駆けであり、実際それらの要素に期待して読んだけどとても楽しめた。

お話的にはピンチピンチ連続で、けっこうハラハラキドキ。ただ、ヒーローであるフランツ王子に中身がないせいで、こいつと結ばれるためにサファイアは頑張ってるのかと思うとかなりしらけるものが……。

キャラとしては魔女の娘であるヘケートが魅力的。奔放な性格ながら自分というものを持ち、それに反することなら母ですら出し抜いてみせるところが小気味いい。フランツ好意を抱きながらもそれを黙ったまま迎えるラストは心が動いた。ヘケート→フランツの逆でサファイア好意を抱く海賊ブラッドというキャラがいるけどこいつも同様の魅力がある。

キャラはいいのに主役ふたりの中身がしょぼいのは本当になんなのか……。

あと魔女はいい悪役だったけど、後釜のビーナス微妙すぎる。魔女ポジションがまったくいっしょだった上にキャラの厚みがゼロ

いいところと悪いところが極端という印象。

ちななかよし版のあと少女クラブ版をちらっと読んでみたけど、コマ割りのレベルが低すぎてさすがに読めなかった。漫画神様も昔はこうだったのかと思うと妙に安心する。

 

※続き

https://anond.hatelabo.jp/20181104153709

2018-11-03

こればかりは反論たかったので書く

シロクマさん(id:p_shirokuma)の記事

https://blog.tinect.jp/?p=54303

に対する人気ブコメの上から3番目、

“街の萌え絵は増えているが性犯罪は減り続けている。以上。”

というのを読んで、「え〜その割には子供の性被害事件多くないかなぁ」と思ったのでネット&ついでに丁度本屋にいたので政治コーナーの平成29年犯罪白書を読んで調べてみたんですよ。

結果、「性被害の総数はたしかに減っている」(注1)

けれど、「子供被害者は増えている」ことがわかった。

んで、まあシロクマさんの記事の本筋とはズレるんですけど、未成年の性被害児童ポルノだとかいうのは萌えだとかロリエロだとかと語る上ではよく出てくる話なので、junglejungleさんの人気コメントに対してブコメ反論してみたんです。ソース付きで。

内容はこう↓字数制限のせいで文体素っ気ないのは許してほしい。

“人気コメへ。児童への性犯罪は増えてます監禁わいせつ強姦、増加傾向。児童虐待全体ではここ10年で300%強の増加。無視してはいけないと思う。最新の犯罪白書 http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/64/nfm/n64_2_4_6_1_1.html

白書を読んでほしかったので少し強めに書いたのは本当だけど、それに対して書かれた反論ブコメがこれ↓

児童への性犯罪は減っています児童虐待加害者の大半は母親によるものです。無視してはいけないと思う。http://www.moj.go.jp/content/001178520.pdf

煽られたとかはどうでもよくて、児童被害ソースとして総数グラフを出すのがズレてるし、虐待加害者の大半が母親というのも事実と違って、これが故意ミスリードだったら怖いなって思ったんですよ。

http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/64/nfm/n64_2_4_6_1_1.html

ここの(4-6-1-3表)を見たらわかるように、加害者1071人のうち、785:286父親の方が多いんです。

てか、あ…

これ書いててグラフじっくり見てて初めて気付いたんですけど、後の人が貼ったページの性犯罪総数のグラフ(2-1-1図)、パッと見「めっちゃ減っとるや〜ん」と思ったけど、スタート昭和21年じゃないっすか!めっちゃ昔やん。親も生まれてないわ。

しかもここ数年の偏移をよく見てみるとむしろ件数増えてた。今気付いた。なので上の方に戻って(注1)を足しました。すみません

注1: 性被害、総数の方も減ってなかった。

強制わいせつ(2-1-2図)も増えてるし、平成25年から26年にかけては(2-1-3図)のわいせつ目的誘拐も増えてるし、(2-1-4表)の13歳未満のわいせつ目的誘拐も増えてた。

で、何が言いたいかいうと、なんでこれを書こうかと思ったかというと、性被害に逢う子供が増えている事実を、都合が悪いから揉み消そうとしている人がいるような気がして怖かったんですよ。スター付いてるし。

実在の子供を守るというのはフィクションを楽しむ上での前提じゃなかったのか?

こんなことしてたら信頼なんてとても得られないんじゃないか…。

あ、もし私がグラフ見方を間違えてたら指摘してください。顔真っ赤にしてしばらく潜りますので。

てか、ここ10年で児童虐待検挙件数が250から1000になってるのは流石にびっくりした。あと、犯罪白書って、毎年その年の違ったテーマがあるんだね。どうやら平成27年度版が性犯罪特集だったらしい。色々勉強になった。

2018-11-02

フェミニストうそつき

このテーマでなんか書けと言われたから書く。

はい、よ~いスタートフェミニストは基本誰にも相手にしてもらえない。なぜかといと要求をするだけだから相手側に何のメリット提示できないクレクレちゃんから

何のメリット提示できないか正義を騙るしかない。しかしそれで話が通じるのは同じ正義を共有できるフェミニストだけだということもわからない。だから相手にしてもらえない。

相手にしてもらえないからみんながフェミニストになりましょうという話をするか私達の相手をしないとお前たちの大切なものを壊すというコミュニケーションしかできない。

こういう低能ありがちなコミュニケーションしかできない結果、フェミニスト相手にしてもらえるのはまともな企業現実女性に害を与える割合が少ないオタクだけ。フェミニストオタクしか相手にしてもらえないかオタクにだけつっかかる。そうやってオタク相手にしてしまったせいで、なぜかオタクに対してだけはやたらと態度がでかくなってきた。コミュ障なので相手にしてもらえないくせに、相手してやると感謝するどころかつけあがってしまタイプの女しかフェミニストをやってないまである

この指摘についてのフェミニスト言い訳は毎回同じ。

このことを指摘されたフェミニストは、次に「他の問題はみんなが問題認識してるから私は言う必要がないのだ」。これ。

そんなのいいわけになるわけがない。問題と思ってるだけで批判が弱いかレイプが何回も繰り返されるわけだろ? ちゃん批判しろよ。一方で現実被害者がいないのにオタクだけは執拗攻撃する理由にはならないだよなぁ。そういう理屈が通じると思ってること自体フェミニスト自分に都合のいい理屈しか言わないって印象を強化してるだけ。

結局フェミニストオタクの落ち度を見つけてきて騒ぐのは、自分が目立ちたいだけって本音ダダ漏れ。醜いことこの上ない。女をレイプするようなやつらやモノとして扱うやつらは、事件にならない限り表立って行動はしない。そのかわり、目に見えないところで犯罪を犯してる。

フェミニスト自分の目に見えなければいいっていって、目に見えるところでしょうもないことでオタク叩くしてる間に目に見えないところならいいんだろっていって犯罪おかしそうなやつらは現実女性を傷つけてる。それでもフェミニスト共は実際に事件を起こした人間について監視しない。そのくせ現実女性を傷つけたりしてないオタク犯罪者呼ばわりしていちいち監視してはちょっとでも落ち度を見つけたら大騒ぎする。

犯罪を起こした人間を直接批判しない理由はさっきの言い訳になってない言い訳でもいいとしてもそういう事件があったんだから犯罪を起こしたやつの背景にあるミスコンとかをもっと監視すべきなのになぜそれをやらないか

フェミニストは臆病で、結局オタクをなめてるからだ。オタク以外には強気に出られない。それ以外の男の前ではおどおどしてる。本当はそういうやつらに劣等感を植え付けられているのに、その恨みを自分より弱そうなオタクいじめることで晴らしているだけ。最低の屑ども。それがフェミニスト

ネットフェミニストやってるようなやつらは恋愛工学をやってる人間ミスコンやってるようなやつらが怖いからいろいろ言い訳を付けて近寄らない。たまに頑張って批判してるやつはちらほらいるが、無視されたらそこですごすごと矛を収めてしまうクソ雑魚オタクだったら自分の話が無視されたらキレるくせに。結局オタクだけをなめている。相手にしてやるとどこまでもつけあがるゴミみたいなフェミニスト多すぎ。

それならそれで私はチキンからオタクしか相手にできませんと正直に言えばいいのに言い訳に「見えないからいい」「ゾーニングされてるからいい」って自分に言い聞かせてその反動で、ゾーニングにやっきになる。だからやたらとゾーニングをとか言ってるフェミニストは嘘つきで自分ごまかしてる。いつも言うことが支離滅裂だし頭がが悪い。

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