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2018-07-20

安楽死死ぬ自由ではない

anond:20180719081025

安楽死死ぬ自由ではないです。

苦痛を感じさせずに死ぬ(殺す)事です。

自ら死を選ぶ事は自殺以外の何者でもないです。

安楽死殆ど医療行為となるので、医者が行うでしょう。

死ぬ自由を認めるか否かの問題安楽死とは明らかに異なる問題なので、別々に扱うか、2つを同時に扱う必要のあるテーマを設定すべきです。

まり、この増田論理的にアホな文章を書いてるわけで真面目に反応するだけ無駄でしょう。

2018-07-19

anond:20180719194432

広瀬凌氏の「魔女旅に出る」は既読ですか? 解釈が合うかはともかく、そのテーマに切り込んでると思うんですが。

今なら無料公開されてるので未読ならぜひ。ttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6199066

anond:20180718214249

そうかあ

アニメから入った俺が「蘭子はなぜアイドルをやってるのか」ってテーマ二次創作しようとして先行作品探したけど、蘭子を掘り下げた話って全然見つからなくて驚いたぞ。

Pとイチャイチャして終わりって作品ばっか。

それが悪いとは言わないが、サービス開始から数年経ってるゲームの人気キャラでこうなのかあ…って当時は思った。

anond:20180719143120

反出生主義はショーペンハウアー時代からさんざん議論されてきたテーマなわけだけど、そういうの分からないなら分からないなりにせいぜい黙ってれば?

暴力別に犯罪じゃないし、先に述べたような暴力を受けたからといってそれが嫌だとはひとことも言ってないんだけど。

[] #59-1「誰がためクーラー

資源が有限だってことを、俺たちは時に忘れる。

だけど有限かどうか気にするのは、それが必要ものであることの証明だ。

この夏、俺たちの世界ではそれを意識せざるを得なかった。

厳密に言うなら、ここでいう“世界”とは「俺たちの住んでいる市」のことで、“資源”とは「電気」のことだが。

俺たちにとっては誇張表現ではない。


この町の市長は思いつきでロクでもない政策を度々行うのだが、そのせいでいつも予算はカツカツだった。

そこで議題に挙がったのが電気

この市に使われていない発電所があったことに、市長は気づいた。

から、それを再稼動して市の電気を全て賄おうと考えたんだ。

あわよくば他に売り込もうという目論見もあったらしい。

しかし、これは皮算用もいいところだった。

なにせ、その発電所は風力。

かなり昔に、原子力に代わるクリーン発電所というアピールのため、突発的に作られたものだった。

この町の風土も考えずに出来たそれは生きた化石だ。

……いや、この例えだと化石に失礼か。

化石だって燃料になって、発電に貢献できるからな。


そんなわけで、俺たちの町では電気がまるで足りていなかった。

「我が市は資源エネルギーを大切に扱う市としてアピールするべきです。『地球に優しく!』……これをテーマしましょう」

そこで市長苦肉の策として出したのが、「クールビズ月間」という名の強制的電気節約案だった。

「ですが、今は夏真っ盛りですよ! クーラーなどの冷房のために、電気は大量に必要です」

当然、周りは反対したが、市長は無理くり理由をつけて強攻するしかなかった。

「いや、クーラーがなかった時代もあるのです。つまりクーラー必要な今の環境こそが間違っている!」

大した理屈じゃない。

今の環境じゃあクーラー実質的必要なのは自明なんだから、もしも解決したいなら環境のものを変えてからだ。

現状をただ非難したり、今あるものを取っ払っただけでは何も解決しない。

しろ悪化することだってある。

(#59-2へ続く)

2018-07-18

伝統について考える

増田トラバーの方々とかぬかしてるけど、長文でマウンティングかましてるのは全部俺だぞ。

それはいいとして、元増田の疑問や問題意識にはあまり響いてないようなので、少し切り口を変える。

今日伝統について考えてみたい。

伝統定義について、手元の国語辞典をひいてみた。

伝統

(1)系統血筋を受け伝える事。また、その系統血筋

(2)前代から受け継がれてきた先人の経験事業など、その社会風習となって、さらにまた後人に強い影響を与えるもの

様々な試論はあるが俺個人の考えでは、いくつかの文化政治的経済的な諸々の要因と分かち難いレベルで結びつき、民族という単位でまとめあげられたもの伝統と呼ばれるものの正体なのだと思っている。

便利だから続けているライフハックの類は習慣と呼ばれるが、こちらには民族的な色彩はない。

伝統はそうではない。伝統は自らの民族を語る上で欠かせない要素であり、我々を我々たらしめるものだ。

そして我々と彼らを分け隔て、区別する為のものでもある...というのがギリシャ時代からの人々の認識だ。

しかし、伝統とは漠然存在するものではない。あくま異文化と接触して、彼我の違いを知り、

その違いこそが我らの唯一無二の価値だと見出すことなしには伝統という名を冠す事ができない。

から、常に伝統危機に晒されている。文化戦争だ。負けたら我が民族権威が失墜する。

そんな政治的経済的文化的な理由で弄ばれてきたのが伝統の正体なんですよというのが輪島さん達の考え。

そこまでは元増田も正確に読み取ってるなと思ってる。

では何が元増田問題意識根底にあるかというと、

伝統は良くも悪くも我々の根幹に関わるものである」というある種の信念ではないかい?

というのも、実際にそういう人達スポイルされた悲しい伝統というもの古今東西あって、

その問題提起が例の本だったと思うんだよな。

バルトークという作曲家がいるのだが、彼は作曲家であると同時に民俗音楽研究家でもあった。

今にも失われそうな子守唄労働歌、踊り、気晴らしの遊びや口説き歌など膨大な歌と音楽舞踊を採譜した。

それらの蒐集とそれぞれの作品分析を通じて、民族音楽とは何ぞやというテーマを深く掘り下げ、

彼らという民族民族たらしめるもの特定し、伝統という名のバトンの受け渡しの大きなうねりに作曲家として、愛国者として身を投じようとした。

バルトーク作品群の中でも編曲作品は明らかにこうした政治的意図を持っている。

しかし、彼の音楽研究は結局の所、労作であるハンガリー民謡を読めば分かる通り、うまくいかなかった。

暗雲立ち込める祖国の中で閉塞感を感じ、積極的に行ってきた民謡蒐集からもやがて興味を失い、

音楽ひきこもりといえるような苦悩を臆面もなく吐くようになってしまう。

追い討ちをかけるように、愛国者バルトークハンガリーウヨからルーマニアサヨから批判される事態に陥る。

ではどうしてバルトーク晩年にはそのような態度になってしまったのだろうか?

それは元増田と同じ事を考えていたからだと思うんだよな。うん。

2018-07-17

サピエンス全史を読んだ

常識が全部嘘なんじゃないか

とか、私はいろいろ中二病的な妄想をするのだけれど

人類史テーマにすると

そうした常識なしには1万人を超えるような集団を統率することが不可能で、

人類コストをかけて常識という幻想を維持している。てきなの

すごく良かった。

あと人類はクソなので滅んで

2018-07-16

毒親ではないと思っているけど、親子関係がつらい

母親しんどい

私は30歳、母親は70歳。そして一人っ子の私は今、母が一人で暮らす実家飛行機距離暮らしている。

前提として、私は実家に帰る気がある。母もそれは認識している。

実家には年に3,4回帰っているし、電話も度々する。

みんなは、合わない実親とのかかわりをどうやっているのか、どうやって気持ちに折り合いをつけているのか、とても気になるので投稿します。長いです。

しんどいこと① 過干渉自分の思い通りにならないと攻撃してくる

つい最近の例としては、婚約者との同棲を決めたことを事後報告したらとても不機嫌になられた。

「事前に何の話もなく自分たちで決めてきたことがとても悲しかった」そうだ。

悲しい、というだけならまだしも、それについてとてもネチネチ言われた。

しまいには「昔から全部自分で決めてしまって人(=母自身)の言うことを絶対に聞かなかった」と言われた。

「いや、そんなことはないでしょう」と反論しても「いいや、あんたは絶対に人の言うことを聞かなかったよ」と強く否定された。

一万歩譲ってそうだったとしても、私の人生一般的な水準からみて成功している部類なので、母がそれを今否定してくる意味が全く分からない。

自分の頑張りをすべて否定された気になり、非常につらいし涙が出てくる。

母の言う通りにしないで一番人生に大きな影響があったのは、大学編入を決めた時だった。

ストレートで入った大学は強く望んだ学校じゃなかったが、母の意見や家庭の金銭的な事情気持ちを押し殺して入学した。

結局精神的にダメになり、せっかくの授業もまともに受けられず、お金時間無駄、そして自分人生にとって良いことがないと判断したので

学費生活費は自費でも極力出すから実家を離れてしまうが別の大学編入させてくれと言った。

その時は非常に険悪な仲になったが、一年休学して勉強して志望校合格したとき母は半泣きで喜んでくれたのですごくうれしかった記憶がある。

周りの人に、「あの子は○○大学に受かった」とうれしそうに吹聴していた。

それなのに、こういう話をさっきのように「人の言うことを聞かない」と否定材料にしているのだとしたら、まともに話し合いをすることはできない人だなと感じて辛くなる。

しんどいこと② 自律心、自立心がない

とにかく、自分自身で何かを成し遂げたりすることが極端にできない。おまけにそれについて、「甘やかされて育ったから」「周りがみんなやってくれたから」と開き直る。

父が死んだとき、死亡手続きや諸々の手続きなど、すべて当時大学生だった私が行った。喪主は母だったが、「挨拶なんてできない」と言われたので私がやったし、火葬スイッチも私が押した。

参列してくれた人たちには少し驚かれたが、「母がこういうこと苦手ですし、私は平気なので」とフォローした。母の兄弟たちは母の性格を知っているので何も言ってこなかった。

父が残した遺産全然ないw)や、借金手続き相続等、必要書類の取り寄せ・行政書士とのやり取りもすべて私が遠方から行った。大学の授業やバイト掛け持ちと並行していて時間的に辛かったが、父の親族とそれで揉めて縁が切れたりしたことが一番精神的にきつかった。

こういう重い出来事以外でも、日常的に新しいことを始めたり改善する気概がまったくない。「習い事に行こうかな」「最近お客さんが減った(母は小さなお店をやっている)」などは十年以上言い続け、それを自分で実行・改善したことはない。

お店の客数については「チラシを配ったら?」「店を綺麗にすれば?」など優しく提案しているのだが、「そんなことやって今のお客さんが来なくなったら困る」「「お客さんが増えすぎても困る」などと言って何もしない。

母の妹などには「あんたのお母さんは本当に自分で何かをしようとしないね…」と言われた。昔からそうなんだろうと思う。

しんどいこと③ 平気で矛盾したことを言う、感情的

例えば「早く結婚しろ」「孫見せろ」というのに、私がこれまで恋人婚約者を紹介しても喜んでくれたことが一度もない。

おそらくいざとなると、「実家に帰ってこないかもしれない」という自分にとって辛い想像のほうが母の中で強くなるのだろう。

結婚して孫が見たい」のは私のためではなく全部自分のためなんだろうな、と思う。

これも機嫌が良いと相手のことを聞いてきたりするのに、そうじゃない時はあまり良くないことを言ったりする。

別れた人のことを「だからあの人はダメだって言ったでしょう」と得意げに言ったりもされた。

あと論理的な話し合いはまったくできないので、重要なことを決めるときに母の意見を仰がなくなる(大学のことや同棲ことなど)のは当然のことなのだが、その説明をしても最終的には何故か母が被害者になって終わるので説明はしなくなった。

同棲はまだ早い」と反対されたことがあるのだが、付き合ってどれくらいで早くなくなるのか聞いても答えてもらえなかったし、結婚しろって言われてる30歳の女であることを考えてもまったく早いとは思えない。

ちなみに今の彼氏ではない人と同棲を考えた時に母親の言う通り同棲をやめたことがあるので、①のような「人の話を絶対に聞かない」ことはない(結果的にこれはやめて良かったので感謝してる)。

そんな感じで、とにかく感情否定してくることが多い。

しんどいこと④ 被害者意識が強い

何が一番つらいかって、①②③に被害者意識の強さを乗っけてぶつけてくることだ。

一番顕著な例は、私が県外の大学に通い始めてから父が病気になったので、母は一人自宅で介護してくれていたときのこと。

これについて毎晩のように電話がかかってきて「お前は両親を捨てた」「介護が辛いか離婚したい」「結婚しなければよかった」と愚痴を話す。

介護が辛いものなのは理解しているつもりで、母にそれを任せる形になってしまたことは申し訳なかったが、将来のため進学しているのに「両親を捨てた」と言われたのは本当に驚いたし悲しかった。

いずれ実家に戻るから、とその時から言っていたのに、勉強を頑張っている最中でそんなことを言われるなんて思わなかった。頻繁に実家にも帰っていたのに…。

何で私が加害者になっているのだろう。そして、周囲に反対されても結婚を決めたのは他でもない自分じゃないか

から、「あんたとお父さんは頭が良いから私は何もできないかバカにされている気分になる」とグチグチ言われ、とても辛かった。物心いたこから勉強しろ死ぬほど言ってきたのはあなたじゃないですか。

「じゃあなんで努力しないの?」という疑問が湧くのだが、それができないから②の「自立心がない」人になったんだろう。

あとよくあるパターンは、体調が悪いときに「どうせ死んでもいいか病院には行かない」とアピールしてくることだ。

「こういう体調で一週間くらい寝ていない」「あんたのことを心配して寝ていない」など。とにかく自分がかわいそうらしい。本当に心配から病院に行け、と言っても「私なんてどうせ」としか言わない。

で、話を聞く限り結局病院に行ってることもあるのだが、大抵その報告はない。

総合すると「マジで母とウマが合わない」。

ハッキリ言ってしまうのも心が痛いのだが、母親じゃなければ絶対に付き合いたくないタイプ人間なのだ

他責志向被害者意識が強く、自分の都合のいいように記憶微妙改ざんし、同じテーマでもその時の気分で私に対する接し方や発言が異なる。

何よりも私が苦しんでいるのが、「愛情はとにかくたっぷり注いでもらったし、すごくかわいがられている自覚がある」ということだ。

母にはすごく感謝しているし、とても愛している。だからこそ実家に帰って面倒を見たいと思っているけど、うまくやっていける自信が年々なくなっていく。

母には長生きしてほしいし、孫の顔も見せてあげたいと思うけど、最近はふとした時に「長生きされたらつらいな…」と思ってしま自分がいて、それがめちゃくちゃ辛い。

これが毒親育ちの特徴だと言われたらぐうの音も出ないのだが、母はほんとうに優しくてお茶目で人に好かれるし、よく友人たちからもうらやましがられた。

それだけに、先述したような悩みを友人に打ち明けると「あんたのお母さん、意外なところがあるんだね…」と口をつぐまれることも良くあった。

70歳の人間に今さら人格を直してもらうことなんて不可能で酷なことだと思っているし、文字通り伝えても理解できず直せないことも分かっている。

たぶん、多くの人には「縁を切れ」とか「関りを薄くしろ」と言われるんだと思うけど、母を愛しているだけにそれができないのが苦しくてしょうがないのだ。

私のような葛藤を抱えている人ってたくさんいると思うんだけど、みんなはどうしているんだろう。

泣きながらこの増田を書いていて、私もしかしたら結構限界なのかな?と思っている。

日本漫画アニメドラマの過剰演技って、要は「感情ステロタイプ化」だよな

コンテンツの優秀さを

作品多義性、解釈の豊かさに求めるのなら

キャラクター感情表現ステロタイプで分かりやす

解釈余地のない日本コンテンツはとても稚拙ということになる

 

洋画ひとつを例にとろう

ゼロダークサーティ」のエンドでは、仕事を終えた主人公CIA職員

一人静かに涙を流し、感情表現をする

 

この「過剰でない」演技方法

テロリストに対する複雑な感情」とか

対テロ戦争の一区切り」「テロ被害者への哀悼」など

受け手が多様に解釈できる素性が生まれ

 

もしこれを日本コンテンツ表現したらどうなるだろう?

主人公は「俺はビンラディンに勝ったぞ! うおおおおおお」と泣き叫んび

解釈余地も無い歓喜感情表現をするだろう

 

映画の終わり、たった数秒のエモーショナルなシーンである

たった数秒の感情表現ステロタイプ化し、解釈余地も無くすると

2時間にも及ぶ作品テーマ性すら、単一化されてしまうのだ

 

過剰演技=感情ステロタイプ化し分かりやすくする

これがいか作品にとってリスキー行為か、もっと周知されるべきだろう

糞箱って悲しいぐらいバーゲンセールになってるのな

PS4Switch

PlayStation 4 Pro 1TB」とソフトのセットが46,440円~56,160円(税込)、「PlayStation VR PlayStation Camera 同梱版」のAmazon限定オリジナルカスタムテーマ付きが32,378円でソフトのセットも37,778円、「Nintendo Switch+ポケモン/スマブラ含むソフト2本セット」が36,506円~41,737円で販売中。

糞箱

Ultra HD Blu-ray再生可能な「Xbox One S 1TB」に、ゲームソフトForza Horizon 3」を同梱したモデルも22,255円で販売している。

泣いた

我々はどこから来てどこへ行くのか

ゴーギャンだっけ?

ところでこれが「けものフレンズのメインテーマである」って説をいまだにアニメ研究会毎日のように議題に上げてくるデブがいるんだから、どうすればアイツを痩せさせることができるんだろうか

anond:20180715180035

anond:20180713093734

女の子リアルか。可愛い女の子とブスの分断をテーマに描く作品が現れたら認めてやろう。

2018-07-15

読みっぱなし

読破した本の冊数だけでいえば、一般的な同年代よりは多いと思う。それだけ本が好きだった。

けれど一次創作界隈に身を置くようになって、自分読書のものが好きなわけではなかったと気づいた。自分には文体への拘りも、日常描写へのフェチも、展開を細やかに紡ぐ力もない。物語を通して訴えかけたいテーマは辛うじてあったけど、それだけでは面白い物語は作れない。

思い返せば、国語偏差値は70オーバーでも、読書感想文を褒められたことはほとんどなかった。自分物語に求めてきたのは「刺激」だけ。読んだ本を通じて自分の考えを育てるという、読書の真髄を知らなかったのだ。

そんなわけで、読みっぱなしはよくないなと考えて、いまさら読書ノートを作ったり、読んだ本の考察ブログに書いたりしている。面白い話が書けますように。

anond:20180715102954

マンガ的な表現リアリティラインが低い作品なのに、身長とか数値を設定することで「子供だましじゃないか評価されてる」とか考えてるほうが頭悪いだろ。

テーマ性とかキャラクター性で「子供だましじゃない」とか言うならともかく。

2018-07-14

愛について集団で討論しだすのなんなの

こないだ職場の6人で飲みに行く機会があったんだけど、みんな酔ってくると「愛ってなんだと思う?」「結婚とは?」って語り始めて意味が分からなかった。

各々の物差しがあるだろうテーマをなんでわざわざ他人と語り合わなあかんの?それ他人の考え聞いて楽しいの?なんかの糧になるの?

みんな盛り上がってる中きょとーんとしてたら「○○さん全然喋らないですね」「じゃあ○○さんが話せるテーマしましょうよ」ってますます気持ち悪い流れになってグダグダ発言して案の定盛り上がらずお開きになった。

みんなこういうとき意見言えるの?話合わせられるの?わたしおかしいの?元々自分意見言えるタチじゃないけど、わたしおかしいのかなー。

2018-07-13

久しぶりにアニメ見てがっかりした

まあダリフラことなんだけどさ

あんだけ有名なスタッフ集めてもこんな箸にも棒にもかからない展開で終わらせると思ってなかったよ

てか完全に尺不足でしょ、2回も特番かけたの何だったの本当

尺で割り切れなかった点で言えば錦織監督も林さんもキャラクターをさばききれなかったんだという印象がすごくて、ミツルココロ以外のキャラクターへの配慮がなさすぎた。

特にイクノなんだったんだよ、勝手パートナー変えられるわ老け込んだ上に弱った身体医者みたいなことやってるとか、流石に不幸が過ぎませんか

あとナインズも結局アルファくん以外全然覚えられんかったわ

最後三人になった上にうちふたりソロフランクス乗ってるのあれなんだったんだ

でも佐倉綾音断末魔は本当に良かった、ありがとうございます

それと新ナナがあれだけパパの操り人形だったのにもとのナナが出てきたら急に物分りよくなったのも全く得心いってないし、VIRMのポッと出感すごすぎて最後までラボスス感なさすぎて最終話に近づくにつれて盛り下がるのなかなかに奇妙だった。

ロージェノムやアンチスパイラルってすごかったんだなと改めて認識した

キャラクターおざなりになった結果テーマもぼやっとしてて、コドモたちが新しいオトナになっていくって主題説得力に欠けていた。

そもそもコドモたちにとってパパたちを含めたオトナが、彼らの生きる規範にならなかったことにほとんど絶望してなくておいおいお前らめっちゃ自我あるやんけってところで肩透かし食らった感が否めなかった。

それとオトナになるということが家族を作るということにひも付きすぎてて気持ち悪かった。同性パートナーとかがどんどん現実社会容認されてる中でアルファくんが言うような存在も認めてほしかったと思う。

アルファくんたちは性別を捨てた存在だったけど、性別にとらわれずとも社会共存するような存在として語られる必要はあったんじゃないのって思う。

ただの戦闘狂みたいな終わらせ方するのはあまりももったいない存在だったと思う。

それかイチゴちゃんがゴローとできてなくてイクノと一緒になるパターンでもよかったと思うけど、ゴローがイケメンすぎたからもう仕方ない。

てかゴロー本当に良かったよね。

セカイ系まっしぐらのヒロに対して「俺たち仲間の気持ちはどうなるんだよ」って言い切ったところね。セカイorヒロイン選択肢ヒロインまっしぐら主人公に対してしっぺ返しがあったのはこれまでのセカイ系へのカウンターになってたと思う。

思い出したけどこのアニメ殴るシーンがよくなった。

前述のゴローのところはまあわかるんだけど、それまでにフトシミツル殴ったりフランクス越しにイチゴゼロツー殴るとか。

若干ワンパターンすぎてやはり岡田麿里喧嘩レベルが違うなって思った。

少なからロボットモノなのに戦闘シーンがよかった回ほとんどなかったし、監督そういうのに興味ないんだなとは思ったけど。今石洋之もっと活躍してほしかった。

いやしか放送前めちゃくちゃ期待値あげまくってこの終わりになったのがまじで落差がきついわ

だってもう下手したら円盤5桁必至のメンツだったじゃん

普通に見てたらこんなにがっかりしなかったんだけど、勝手にめちゃくちゃ期待してたからすげー落ち込んだんだよね

ただまあ一方でアニメにここまで期待してた自分に対してまだいけるやんけって思ってるところもあるんだけど

それにしても最終話台詞回し全編通してダサすぎたのが決定打だった気がする

もっと推敲してきれいに書こうと思ったんだけど、別に生産的な文章になりそうにないし増田にだらだら書くだけにした。

アァー

anond:20180713151036

僕はパンツが見たいとかあんまし思わないんですが、

なんで世の殿方はパンツとかパンチラとかを珍重するのでしょうか。布じゃん。

わかんない。田代とかもわかんない。得るものが少ないと思います

したがってジャンプに載ってるパンツをメインテーマにしたラブコメというか

パンツコメディもよくわかりません。布です。

さらそもそも女子はなぜパンツの出るような服を着るのですか。

あまつさえ学校制服にしたりするのですか。僕は賛成ですが。

いや賛成なのはパンツが出るからじゃないです。なんとなくいいからです。

僕は女子高生の制服とかそういうものは大好きです。

いや問題なのは女子高生の制服ではなくてパンツです。

パンツが見えててもかまいませんが、布だと思います

いやそうではなくて、なぜパンツの出るような服を着るかということです。僕は賛成ですが。

すいません。まちがいました。もういいです。

anond:20180712152758

なるほど~。あまり読んだり、観たことはないのですが、「スポ根」をテーマにした「漫画」や「ドラマ」をリアルに求める人が沢山いるのですね。

その弊害が指摘されている昨今でも、増幅して再生する勢いをサッカーのWカップ放送報道に感じます

2018-07-12

TVブックメーカーって深夜番組があってね!

欠かさず見てたんだけど、もう20年以上前の話かー。

で、今日飛行機に乗って音楽聞いてたんだけど、そこでTVブックメーカーの「先週の結果発表」のテーマ局が流れてきたんだよ!

もー超ビックリして流れてる音楽プログラムを見て、この曲名が「王宮花火音楽」って事が分かった。

20年越しの発見が嬉しくてね〜。

早速図書館で借りて、今日は酒飲みながら録画したビデオ見て懐かしさに耽るわ。

うみねこのなく頃に、に関して。ネタバレ注意

どうでもいいことです。

うみねこのなく頃に、に関して。ネタバレ注意。

最近(ここ3年~今日)ぼやぼやと思っていることを勢いで何の構成も考えずに垂れ流すだけです。痛い自分語りです。私がすっきりしたいがためだけに投稿します。

本当に何も考えずに書いているので、文章矛盾ありまくりだし何がいいたいのかわからないと思うけれど、とにかく発散したいので書いてます

作者の過去発言ひぐらしの時のアレコレについても書いていますが、記憶改ざんされているものもあるかもしれません。

最近ソシャゲ(竜騎士07尊敬する作者の別作品派生ゲーム)でイベント?で探偵モノ?があったらしくノックス繋がりでうみねこの話をする人がTwitterで多かったですね。

一過性のモノとはいえ、一うみねこファンとして陰ながら嬉しかったです。

それもあったり、うみねこ漫画版EP8がだいぶ加筆修正が加えられていて、電子書籍版普及によりうみねこ評価の動きが盛んでとてもありがたかったです。

修正というとまた表現が違うかもしれませんが、個人的に縁寿が真実の書を読んだ後の黄金郷での右代宮家一族の罪の懺悔ベアトと戦人からの縁寿へのエールのシーンは絶対漫画版の方が良かったと思います

うみねこ原作が完結してから、まぁ色々ありました。うみねこ原作完結時、私は中学生でした。

うみねこに嵌った理由は、小学生の時ひぐらしに嵌ったその流れからでした。

確かep4あたりですかね。

当時は07thexpansionに公式掲示板があり、ひぐらしうみねこファンアートを見るのが楽しくて楽しくて仕方が無かったです。

アニメ化するにあたって色々騒がれている中で、googleで「うみねこのなく頃に」と検索してでてきた、当時うみねこ関連のまとめブログさくたろう速報」というモノを見て

初めてしっかり2chというものに触れました。

メディアミックスの一つとしてアニメ化にあたって声優が嘘みたいに豪華だったり、グロシーンがモザイクだらけだったり、楼座のシーツの下着が蝶だったり、間がなく内容を詰め込みまくったりと賛否両論ありつつも

2chに私は書き込んだりはしていませんでしたが、「沢山の人がうみねこを見ていろんなことを思ってるんだなー」と見ているだけで楽しかったです。

アニメ化する頃はちょうどEP5発売と被っていて異様な盛り上がりだったのを覚えています。もう9年も経つんですね。恐ろしいことです。

当時は(言い訳ですが)11歳くらいだったので推理などは全くしていませんでしたので、2chまとめサイト公式掲示板でも、ep6より前の他の方の推理特に覚えていませんね…。

当時は完全にキャラクター物語の流れが好きでうみねこを見ていたので、鮮明に残っている記憶

量産型さくたろう(ヴィイイイイン)やら楼座無双やらコラ画像やらオリスクなど、推理にはほぼ関係ないネタのものばかりです。

自力でまともに推理をしたのはep5で戦人が共犯なんじゃないか、とep4は戦人以外狂言なのか、と碑文の謎を途中までくらいです。

ep5でベルンが「これから碑文の謎を解いちゃうから」と言い出したところで原作プレイを止めて、必至に1週間かけて?哩岸駅まで自力で辿りついて、後は全く分からなくて原作プレイを再開したら答えをぼかされて半ギレした記憶があります

まぁ楽しいばかりではなく、火種がぽろぽろでてたのに幼いながら気づき始めましたよ。ep5あたりからは。

ノックス出すのかよ。じゃあひぐらしはなんだったんだよ」的な声。大いに分かります。私も思ってました。今でもちょっと思ってる。

あとep6で紗音・嘉音・ベアトが1人の人間身体中の人格だとわかって、cp厨が大打撃を受けていたのも覚えています

当時その話題を出そうものならジェシカノ好きの人(今で言うところの過激派)が暴れていましたね。

私は今でもシャノカノベアト同一人物は、最強のcp破壊設定だと思っています。(ネタ半分、本気半分)

私の憶測ですけど、うみねこの当時のファンひぐらし既読者が90%を超えてたと思うんですよ。

信者の贔屓目ですけど当時のひぐらしの人気っぷりはそこそこに凄かったですし。

ひぐらしプレイしたことがあるからこそ、うみねこの完結の仕方に納得がいかずにアンチ化した人が多かったのかなーと漠然と思います

ひぐらし犯人側の犯行前・動機最中・後の人生思考をしっかり描いていたからこそ

ひぐらしミステリーとして解いていた人々には「目明し編までは良作。後はオカルト商売文句詐欺」と批判されていたり

個々のトリック推理をしないで、キャラクターの成長や物語を楽しんでいた層からは「ひぐらしグロいだけじゃない!感動する!泣ける!」

エンターテイメントとして評価されていたんですよ。

ひぐらし犯人動機や個々のトリックネタ晴らしを本編で描かれたからこそ、うみねこでもそうだろうと期待した人は多かったと思います

でも実は、ひぐらしの時に既に竜騎士は過剰なネタ晴らしをしたくない風なことを言っていたんですよね。

適当な意訳をすると、「今までの物語を読んで咀嚼して自分なりの解釈をしてきた人に、質問されて答えを返すキャッチボールをしたい」

「親切に描きすぎると、推理をしてきた人にとっては冗長になりすぎる」とか、ひぐらしが完結する前から言っていたんですよ。

正しくは製作日記に書かれていたことなので、元の文章を読みたい人は自分で探して読んでください。

でもおそらくこの辺りのさじ加減は、当時ご存命だったBTが相当サポートしたんじゃないかなーと思ってます

竜騎士もおそらく当時は、ひぐらしもあそこまでネタ晴らしや祭囃子編のカケラムギもする予定が無かったんじゃないかと思うんですよ。

当時からよーーくインタビューで言っていたのが、「ひぐらしファン同士がお互いの推理提示して討論してほしい。コミュニケーションツールとして使ってほしい」

ということを言っていたんですよ。

まあ皆殺し編だか祭囃子編だかのスタッフルームで「答えがないなぞなぞなぞなぞじゃない」的なこと言っていましたし。

ある程度の答えは出す予定でもあそこまで包み隠さず出す予定はなかったと推測しますよ。

罪滅ぼし編でボロカスに叩かれまくったこともあって、批判を恐れて完全なネタ晴らしをした可能性もあるかもしれませんがね。

デビュー作で叩かれすぎて怯えた部分はあると思います

それで、ひぐらしの期待を背負ったままうみねこが始まるんですね。

うみねこは傑作だと思います

特に推理における赤字・青字システムという発想は、それだけで竜騎士天才だと思いました。

作品テーマ基本的に一貫していますしね。

個人的に当時のファン状態として一番疑問なことは、

何故EP8まで残っていた人が、「犯人動機書かねーのかよ!!1986年10月4日5日に本当は何があったんだよ!!」的な反発をしたことです。

犯人動機はEP7で幻想装飾されながらもされていましたよね。

あのシーンでクレルが「ここまで語って分からないのならば、もう私の心は理解できないでしょう」的なことを言っていたんですよ。

これって、普通に読み取ると「あ…竜騎士はもうこれ以上動機について細かく書く気がないんだな…」と気づきますよね?

犯人動機が書かれなかった云々について怒ってた人はEP7の時にキレて離れるのが道理なんですよ。(犯人動機自体が不満な人は、全然いいと思います価値観はひとそれぞれです)

なんでEP8まで残っちゃったんですか。まぁそれだけ竜騎士を信じていたってことなんでしょうけど、作品は別れ際が大事なんですよ。

あっウィルふわふわEP1~4トリック解説は、個人的にいい塩梅な誤魔化し方だと思いますが、ムカついた人の気持ちもとても分かります。私は当時PC画面を見ながら( ゚д゚)としてました。

1986年10月4日5日になにがあったのかをハッキリさせろと怒っていた人は、本当に読解力がないのかなと思います

全てを受け入れると悟っていた縁寿が、泣き叫んで真実を認めようとしないということは、EP7お茶会の霧江ヒドスが真相だったんだと普通に気づくでしょう。

なのに、1986年10月4日5日になにがあったのか本当に分からないと言ってた人はもう意味が分かりません。

これだけEP8でアンチ化した人を批判してますけど、いっても私も当時しばらくはもやもやしてました。

オチには感動したし、キャラクター演出物語も好きだけれど、なんでここまで作者は真相を隠したがるんだろうともやもやしてました。

EP8のコミカライズで初めて自分なりに納得できました。

EP7はベアト葬儀なので、ベアトに最大限配慮しつつ推理してきた読者(私たち)に解答を教えるなんだと思ってます

からクレルは、安田紗代としてのみすぼらしい自分幻想装飾して優しい解釈に捻じ曲げて語るし、

クレルが語りたくない黄金発見1986年10月4日までの心情は無理には語られないんですね。

あとメタ的には、竜騎士推理を真面目にする人にだけ分かるように伝えたかったんでしょう。

EP8がなぜあれほどご都合主義なのかは、EP8は現実世界私たち読者に向けた物語ではなく、作中の登場人物である縁寿に向けてのエール物語からなんですね。

から私たち読者が納得できないまま終わるのはしょうがないんですよ。戦人がゲームマスターとなって縁寿のために向けて作った物語なんですから

【読者置いてけぼり】っていうのは文字通りこのことなんだと思います

まぁだからといって、うみねこはこういうテーマなんだからしかたがない!!読解力がない人が悪いとは、この部分においては思いません。

宣伝文句や作中でも、推理しろ思考停止は山羊野郎!愛がない推理知的強姦者!とかいいつつ

答えを誤魔化すのは実際どうかと思います。いや…そこはハッキリさせろよ…と思います。よっぽどの信者でない限りは。

でもうみねこテーマとしてはそこを確定させないことが軸というかなんというか…って感じなんですよ。

竜騎士は読者に向けたエンターテイメントよりも、うみねこ作品としてのテーマを優先させたんですね。

私はこのもやもやが晴れただけでも、本当にEP8のコミカライズを読めてよかったです。

私も、コミカライズ夏海ケイによって分かり易く表現してもらえなかったら、もやもやしたままでした。

竜騎士だってひぐらしであれだけ批判されたんだから、EP8が批判されることは予想していたと思いますよ。

でも、そこでうみねこのなく頃にという作品最後までテーマの軸をブレさせずに終わらせた、その竜騎士の心は作家としては本当尊敬します。

まぁその後の彼岸花と我らの告白抱き合わせ商法とか、インタビューでの竜騎士の受け答えの拙さ、インタビューでの発言が悪意ある解釈でゆがめられて広がったのが、余計にファンアンチ化を加速させたんでしょうね。

あと、単純にミステリー小説半年連載するという形式常軌を逸しすぎてますよね。

私含め、よく4年半も付き合えられますよ。

はーあ。コミカライズがしっかり完結して本当よかったですよ。

EP8で2chの本スレ地獄になっていた当時、中二の私は本気で「展開編のコミカライズ打ち切られるんじゃ…!!」と涙目で恐怖してましたからね。

それがEP7ではウィル推理斬りの詳しい解説付き、EP8では単行本ほぼ一冊分オリジナル展開を付け加えられて、全50巻の完璧エンターテイメント向けの作品として昇華された…。

本当にいろんな意味で愛された作品だと思います

パチスロ冗談みたいに豪華ですしね。もうパチスロがあるからアニメ化はいいと思います

コミカライズがあれだけ完璧に補完されたんですから、あれ以上のものはもうできないでしょう。

うみねこはよくできた物語だと本当に思ってます

私が中学生高校生という思春期に一番嵌った作品です。

うみねこ以上に好きになる、嵌るジャンルはこれから生きていく上で出会うと思います

しかし、良くも悪くもこれほど私の情操に影響を与えて心に残る作品はないと思います

EP8後の2chスレ中学生リアルタイムで追っていたので、メンタルは相当鍛えられましたし(笑)当時の恐怖を簡単に超える荒れスレには滅多に出会えませんよ。

支離滅裂だったり勢いのまま適当に思ったことを書いてすっきりしました。ここまで読んだ名も知らない方、私の自己満に付き合ってくれてありがとうございます

うみねこのなく頃に、いろんな意味実験作であり、傑作です。

ぜひ今からでもたくさんの人に触れてほしい作品です。

それでは、シーユーアゲインハバナイスデイ。

2018-07-11

女が出産というテーマ共感性が繋がってるくらいに

男は射精というテーマで繋がっている。

anond:20180709094503

プリキュアシリーズも15年くらいやっているからね。

女の子が戦うべき理由というものを、考えている段階に入っているだけ。

1990年代少年ジャンプでも、主人公達の「何のために戦うのか」をテーマにしていた時期があった。

悟空のように、「戦うのが楽しいから」というトンデモ理由に対する反面教師でもあるけど。

1995年カルト教団

オウムウヨかサヨか、はたまたオタクかみたいなのは今とは時代が違いすぎるのであんまり意味がない。90年代日本がどうだったかというと、インターネットはまだほとんど普及していなくて一部の人パソコン通信を使っていたくらい。

国内情勢は、91年にバブル崩壊したとはいえ、まだまだ好景気下り坂になった程度の印象だった。頑張れば毎年給料上がるし、きつい仕事はその分手取りも高い。投資家とかだとバブルの見え方は違うかも。一般人好景気のなごりで気持ちに余裕があって当時の政権にも今と比べて信頼があったように思う。GoogleWikipediaスマホもない時代情報も集めにくいので右翼的思想も先鋭化しづらかったというのもあるのかな。街宣車は見かけた。

一方で左翼的思想は、昔学生運動をやっていたような人たちが労働組合日教組にいて、どちらかというと近寄りがたい雰囲気を持っていた。

多くの人は(米軍基地とか個別テーマはあったものの)政治の舵取り自体はあまり批判的な目では見ておらず、右でも左でもなかった。それより前の時代ノンポリと呼ばれていたけど、90年代くらいだとそれらはサブカルに飲み込まれていったように思う。これまで同じ人気ドラマを見て同じベストセラー小説を読んでみたいなライフスタイルから他人がどうであれ自分が好きなものを選んで楽しむことが普通になった。インディーズバンドを聴いたり、カルト映画とか、もちろんアニメも含めマニアック趣味が細分化していった。とはいえ、ネット検索できるわけでもないので、当時の普通アニメオタクよりも今の一般人の方が知識があるくらいで。まあ中には化け物みたいに知識をためこむ人もいたにはいたけど、知識検証も難しいので不正確な部分もあったりね。

サブカルというひとつ趣味があるわけではなくて、いくつもの分化した趣味総体サブカルと呼んでいた感じ。いまでは考えられないけどフジテレビサブカルっぽかった。糸井重里サブカル景山民夫サブカル千葉麗子サブカル丹波哲郎サブカル、そしてオウムサブカルだった。五島勉ノストラダムスの本もサブカル

そんな時代

2018-07-10

anond:20180710165802

しかし一方、奥様のその考え方ってのは、奥様が「なにを聞いても絶対納得しない」と内面で決心していた場合、どんな説得も時間無駄だよね。時間無駄であるばかりか「説得チャンスをあなたに与えたのに、説得できなかったあなた責任がある」という一方的断罪への協力予備動作にもなりうるよね。

性能や効能支出金額を奥様にたいしてアピールしたり説得するのって、上記理由でただの無駄に思える。全く同じ意味で、奥様サイドにたったとしてもその説明を求めるのも時間無駄に思える。

ただ単純に「共有財産相談なく使用したことについて」って言うテーマで話し合うほうがよほど有意義じゃない?

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