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2019-01-20

また大学卒業できないかもと不安になる夢を見た

何か分からないけど何かに没頭していて授業に全く出席しておらず、卒論も全く書いておらず、突然「やばい!!!」と焦り出す夢を今まで何回も見ている。

実際は簡単単位を取れる授業ばかり選んで3年で殆ど単位を取り終えたし、卒論ゼミ先生テーマ勝手に決められたのでテーマに沿った本を図書館で借りて内容をまとめただけの論文とは言えない作文であっさり卒業できたのに。

卒後10年経つのになんなんだろう。夢の中ではめちゃくちゃ焦ってる。

2019-01-19

何がしたいのか分からないまま人生が終わった

小さい頃から逃げてばかりいた。

近所の子供たちが遊んでいるのを離れたところから見ているだけの自分に、親は「よして」と言うように教えてくれた。漢字で書くと「寄せて」になるのだろうか、仲間に入れてほしいというような意味だ。ついに一度も言わなかった。

家の中でばかり遊んでいた。本もゲームもそれなりに与えられてたので退屈はしなかった。テレビアニメ特撮をやってるときだけ見ていたが、ドラマ歌番組には興味がわかなかった。

幼稚園小学校は真っ暗なジャングルだった。そこら中に猛獣が潜んでいて、油断すると噛みつかれる。顔も名前もわからない「ともだち」たちから笑われ、小突かれ、追い回された記憶ばかり残っている。

教室にいると何が飛んでくるかわからいから、隠れ場所を探して校内をさまよった。目を閉じたら何をされるかわからいから、まばたきするのも怖かった。

このまま公立中学に行ったら殺されるに違いないという親の判断進学校を目指すことになった。進学校が何なのかもよく分からなかったが、言われるままに頑張った結果まあまあそこそこの私立に引っかかった。

公立を知らないので私立がマシだったのかどうかは分からない。同級生は相変わらず猛獣の群れだったが、目立った不良グループとかはいなかった。大きな図書室があったので、空いた時間に通いつめた。帰り道にあった古本屋お気に入り場所だった。家からバスで一時間くらいかかったが、本を読むには丁度よくて時々乗り過ごした。

せっかく入った進学校だが、勉強を頑張った記憶は無い。授業中は教科書落書きばかりして、溜まった妄想秘密ノートに描き連ねた。入学後に部活を選ぶ機会があったが、入ろうとした部の先輩に初回で約束をすっぽかされてそのまま無かったことになった。中高一貫だったので何の区切りもなくただ学年の数字だけ増えていった。

高校を出たら大学へ行くものらしいとは聞いていたが、受験の仕組みとかはまるで理解しておらず模試センター試験区別もついてなかった。どの大学に行きたいのかと言われても特に思いつかなかったので、自分の成績で向いていそうな学部適当に受けた。

一浪して隣県の国立に入り、仕送りもらってアパート一人暮らしを始めた。山と田んぼばかりの実家と比べるとずいぶん都会だったが、主に利用したのはスーパー百均古本屋古ゲーム屋くらいだった。アルバイトはせず、与えられた金額範囲いか生活するかばかり考えていた。

講義はどれも興味深かったし、図書館も大きかった。パソコンインターネットにも初めて触れた。けれど溜まっていくのは雑学ばかりで、何を目指して進めばよいのかが分からないままだった。

この頃には周りの人間猛獣ではなくなったが、自分から近づく気にはなれなかった。声をかけてくれる人もいてサークル活動などもやってみたが、結局はどの付き合いも長続きしなかった。人と関わって舞い上がる自分への嫌悪感と、夢や目標をもって進む人への劣等感で押しつぶされそうだった。

ノート落書きは続いていたが、書けば書くほど自分空っぽさを見せつけられた。オリジナルだと思っていた設定もデザインも誰かの真似でしかなかった。愛も理想言葉だけで、何一つ信じてなんかいなかった。

つまづきながら単位は取っていったが、論文が書けなかった。研究したいテーマなんて何一つ思いつかない。自分がやりたいことも、やるべきことも、できることも何も見えなかった。院に行けるような頭が無いのは分かっていたし、学んだことを社会で役だてるイメージもまるで出来なかった。

あてがわれた研究室で無意味に悩んでくすぶって、二回留年してから卒業した。教授に与えられたテーマそのままに本とネットでかき集めた文章をつぎはぎしただけの卒論を提出して、実家へ逃げ帰った。

家でただ寝ているわけにもいかないので就職活動をはじめたが、大卒肩書きしかない、やりたい仕事もできそうな仕事も分からない人間を雇ってくれる会社など見つかる訳がない。取りあえずどこでも良いので働いてみてから考えればという助言に従って、隣町の食品倉庫で時給労働をすることにした。取りあえずのはずだったが、そのまま十数年たった。

肉体労働苦痛だったが何年かすると慣れた。基本的には書かれた数字にあわせて箱を動かすだけなので頭を使う必要は無い。周囲に人はいるが朝の挨拶トラブルの報告以外で話すことは無い。毎日たくさんの箱が出荷されていくが、買い手のことはラベルに書かれた名前しかからない。ただただ箱を運び続けている。

学生アルバイトでも務まるような仕事から給料もその程度だ。実家住まいのおかげで多少の貯金はできたが、病気などで大きな出費があれば簡単に消し飛ぶだろう。別の仕事を探すべきだったが、こんな簡単仕事ですら苦労する自分に他の仕事などできるだろうかと思うと身動きが取れなくなった。

日々の暮らしのものには不満は無い。食べるには困らないし、仕事上のストレスくらいなら家でお菓子を食べてゲームしていれば解消できる。会社以外で人に会うことがないので服にも身だしなみにもこだわる理由が無い。特に行きたい場所もないし会いたい人もいない。飲まないし打たないし買わない。

このあいだ四十歳になった。独りのまま四十を過ぎると妖精になるなんて言ったもんだが、実際に妖精郷というのはこんなふうかも知れない。苦労が無い代わりに、新しいことも起こらない。小雨の降る午後のように、静かにただ夜を待つだけの時間

今週は先週と似たような週だった。来週も同じだろう。来月も、来年も、かわりばえのしない日々がただ続いていく。そうする内にいずれ親が倒れる。そして自分が。人生に残された大きなイベントは、もうそれくらいしか無い。

すでに自分人生は終わった、と思う。死んでいないだけで生きてもいない。小さな目標はいくらでも立てられるけど、それが他の何かにつながっていくことが無い。

自分は何がしたいのか、考えても結局わからないままだった。空っぽのまま生まれ空っぽのまま死ぬのだと思うと、少し寂しい。

ネコ番組ハードル

正確にはネコ番組を好きで見る側のハードルというか

岩合さんの「世界ネコ歩き」という番組が登場してから見る側のジャッジが厳しくなってるような気がする

旅猫ロマンという番組イタリア編というのを今日やっていて見ていたんだけど

飼い猫を尋ねておそらくほんの一時間かそこらで映像を撮ろうとするために猫が警戒しきってびくびくしていて落ち着きなく

「飼い主がなんとかカメラの前に猫をひっぱってきて見せようと努力するシーンと全くいつもどおりでない猫」

テーマにして何匹も順番に映し出してるだけの番組って感じで(ただし猫はどの子かわいい)

ネコ歩きは多分ものすごく時間をかけて撮っているっぽくて猫がカメラを警戒せずいつもどおりって感じであからさまに差が出てる

でもネコ歩きが登場する以前は結構こういう感じだったのかな?とも思って思い出してみようとしても思い出せない でもそうだったんだろうな

猫が歩くたびに足音をつけるとかクソみたいなアテレコする番組なんかはそもそも論外だったけど

しっとりゆったりした感じで作ろうとしてる番組のアラをも「ネコ歩き」は浮き彫りにしてしまったのではないだろうかという気がする

2019-01-18

ついに終わるね、HUGっと!プリキュア

ツイッターでは多くの賞賛を浴びる「HUGっと!プリキュア」。通称ハグプリ

ツイッターをやっている人なら一度は目にしたことがあると思う。

テーマは「子を守る母親」「ヒロイズム」「子育て」「お仕事」。

シリーズ15周年の記念の作品で、過去プリキュアも登場すると銘打ったそこそこにデカプロジェクトだった。

私はハグプリが、ものすごく苦手だ。

というか嫌い。あんなに賞賛される意味全然からない。

半年から早く終わってって念じてたけど、ようやく終わるのめっちゃくちゃ嬉しい〜〜!!!ありがとう月日!待ってた!

大きく分けてハグプリの嫌いなところが3つくらいある。

1つめはジェンダーの取り上げ方のド下手さ

2つめは「子を守る母親」「子育て」の触れ方

3つめはシリーズを通した穴

1つめのジェンダーの取り上げ方のド下手さ

これは若宮アンリという男のキャラクターに深く関わってくる。

若宮アンリフィギュアスケート選手で、自分に似合う服を着る。それは女物であろうと男物であろうと関係ない、と本人も述べている。

男の子らしいとか女の子らしいとか、そんなのくだらないというジェンダーレスな考えを持っているという印象だった。

若宮アンリにつねに突っかかってくる男がいた。これが愛崎正人。彼はジェンダーレスという考え方がないというよりは、規則に則った服を着ない若宮アンリを心底毛嫌いしていた。愛崎正人はこれはこうあるべき、それはそうあるべきなど、一般的な固定概念に強く縛られがちな人間で、右向け右、大衆には溶け込むべきといった考え方を持っていたはずだ。だから若宮アンリが持つ個性的感性理解することが出来ず、あいつは変だ。頭がおかしいなど決めつけ、蔑んでいた。これは妹のえみるに対してもそうだった。

ある事件きっかけで、彼は考えを改め、アンリの考えを認める。

とまぁ文面上はこんな感じなのだ

ただこれだけのことなんだ。なのになんか、描き方がマジで気持ち悪い。

まず若宮アンリ、途中からキャラブレし始める。女の服装も男の服装も、どっちだっていいじゃん自分に似合うもの着ればという認識のはずだった。それがなんか知らないが途中から若宮アンリ女子っぽい格好しかしなくなる。

別にダメじゃないんだけど、それは若宮アンリに似合う格好というより、制作意図としてアンリくんは女の子みたいな格好もできちゃう子だから…みたいな裏の思考が見えてきて違和感しかなかった。結局女の子になりたかったの?でもそんな表現してないよね?お前僕は僕だっつったろ?

あと、若宮アンリがどっかで「お前の勝手な考えで、僕のことを縛るな」みたいなセリフを切羽詰まった状況で叫ぶ。これはね、私はいセリフだと思う。ただね、若宮アンリ、めちゃくちゃ自由に生きてるじゃん。自分の好きな格好をしてるし、自分自分他人他人みたいな生き方をしてる。縛られたことっていつ?

このセリフ実際に縛られて長年苦しんだ奴の言うことでしょう?いままで散々好きに生きといて何逆ギレしてんの?って思った。

いやそりゃ好きに生きててもいろいろ縛られることはあるだろうし苦しんでるって表現あったでしょ!って言われたらそれまでだけど、それ悪者に捕らえられてから判明しただけで今までそんなそぶりみせてないのに急に理解しろよ!は勝手だろ…お前の勝手な考えで視聴者解釈を縛るなよ。

まぁ若宮アンリまでならギリギリ許容範囲で許せるんだけど愛崎正人、こいつの立場がもう最悪。最初右へ習えしか出来なかった子が、他者の違いを認めていくって流れだけならいいのに、なんか変に若宮アンリベタベタし始める。え?今までの友達どこ行った?怖いくら若宮アンリに盲信しはじめる。別にここまで急激にキャラ変する必要ある?私の目からしたらもう友情という範囲を超えて、恋慕や愛情の域まで行ってしまったのだ。言い方が悪いかもしれないが若宮アンリ自分の虜にしてしまう、つまりは愛崎正人×若宮アンリカップリングみたいな状態に落ちてしまった。

愛崎正人は嫌いだった人間個性を認めた、という範囲で話を収めておけばいいものを、愛崎正人は愛情を持って若宮アンリの個を享受したみたいなとこまでいってしまった。

これ、大分意味合い変わってくるよね?

だって結局トランスジェンダーLGBT問題って、これはこう、それはそう、みたいなステレオタイプ人間が、自分理解できない範囲のことを理解できないからいろいろと弊害があるはずなのに、それを個として認めました、じゃなくて、愛を持って接すること、こちらの世界に引き込めば彼らもわかるでしょみたいな話にすり替わっちゃったみたいにみえるんだけど?

愛崎正人は若宮アンリに対してあんなに盲信的になんなくても、一友人としてそこそこの距離を持ってれば説得力も増すのに、いやそうじゃなくない?って違和感が凄まじい。

そしてツイッター上ではその違和感に触れる人があんまりいなくて、声でかい人が「正人の愛」とかいうから地獄が…広がり…

次、2つめの「子を守る母親」「子育て」の触れ方

オーイこれ主軸なんだからもうちょっと真面目に触れてくれ〜!

子を守る母親という軸、[はぐたんを守るはな、さあや、ほまれ]という枠に当てはめるべきなんだろう。けど、普通そう見せかけといてバックボーンでは[はな、さあや、ほまれと3人の母親]の構図、それぞれの家庭環境と支える母親を見て、プリキュアの3人がどんな母親としてはぐたんを育てていくのか、みたいな描き方するんじゃないの!?全然うからびっくりしちゃった!笑 所々でしか出てこない母親たち。えみるの母親なんて放任主義のご家庭!って見せてるつもりなんだろうが、あれは放任主義なのではなく【放置】でしかない。見守っていないと感じた。そんなことねーよ!って意見があるかもしれないが、そんな熱心な視聴者でもない私にそう思われてる時点で脚本が死んでると思う。ただ、いじめにあったはなに寄り添った母親の図は良かった。良かったんだが、それ以上何かが活かされることがありませんでしたね笑笑 肝心の[はぐたんを守るはな、さあや、ほまれ]の図も普通怪物から抱っこして守ってただけだったね。

あと子育てかいってるけど子育てにおいて大変そうな夜泣きとか周辺環境との確執とか全部ハリーがやっときました!みたいな感じになっててはなたちなんもしてないように見える。ただ適当時間にやってきて3時間くらい「はぐたんきゃわたん♡」って言って大量に写真撮ってキュアスタグラム?にあげて帰ってくってどんな毒親だ?ゴミ屋敷と〇〇プードルと私じゃねーんだぞ

3つめシリーズを通した穴

本当はもっと突っ込みたいところがいっぱいあるのだが一つ一つ触れてたらキリがないが、とにかく全体を通した流れが悪すぎる。

だいたいどのシリーズも、〇〇プリキュアといえばなんだった?と聞かれたらこれかな、って言い表わせることができるが、ハグプリは一体なんだったのかわからない。

というかキャラクターによって存在感の薄さがひどい。さあやとか認識してる女児ちゃんといるのだろうか?パップルさんのほうがよっぽど存在感あった気がしてならない。本来ならばスポットを当てなければならないキャラクターに全くスポットが当たらず、前述したジェンダーLGBTの他、企業タイプの悪役、結ばれぬ恋、アンドロイド父親の絆、未来人との友情など、俺が描きたい最強の〇〇みたいなのを全部詰め込んだ同人誌ハグプリなのだ。残るものが何もないどころか、ツイッターで出回った名言(笑)以上に得られるものがなーーーーんにもないのだ。最近のでいうとえみるが声を失ってしまうというえみるとルールー回、えみるが実際に声が出なくなってしまった期間が本当に3〜4分くらいしかなかったから、声を失う必要性があったのかよくわかんなかった。短すぎて伝わらないプリキュア脚本選手権か?多分2話に分けてりゃもうちょい効果あったかもだけど、時間なくてできないなら部分切るべきだったと思う。同人誌じゃないんだから取捨選択くらいしてくれ。仕事でしょ!本当にあれ止める人いなかったんだろうか。寒いしつまんないし本当苦痛だった。一年も観てきて、主人公野乃はなという人物のこと、ぜんぜんわかんなかった。こんなこと初めてで悲しくなった。

最近の方のプリキュア酷評されていたので私の記憶にあるのはハピネスチャージプリキュアなんだけど、もはや酷評すらも跳ね除けて逆にあれはあれで評判良かったんじゃないか錯覚するほどまだネタにできるタイプの酷さだった。当時神死ねって思ってたけど神のおかげで逆に楽しめてたみたいなとこあった。ありがとうな神。もーーハグプリ、よかったところがマジ全編通して良かったとこが作画安定くらいしかない。

最後にだけどツイッターで「プリキュアでは企業の悪役、初めてなんです!」っつってドヤってたやつマジでふざけんなよ

今回のシーズン、あまりに酷すぎて最後まで見た自分のこと褒めたい。よく見通した!えらいぞ!よーやく終わってくれるHUGっと!プリキュア!!!嬉しいー!!!!!楽しみだなぁ〜トゥインクルプリキュア

アニメゴジラ「決戦起動増殖都市」を観て思ったこ

アニメゴジラレンタルで観た。怪獣惑星、決戦起動増殖都市面白かった。その後、映画館で星を喰う者を観た。

決戦起動増殖都市特に良かった。「これは違う」「初めから失敗している」などとひどいレビューが多い。同意はできないが、どんなレビューを書こうがそれは自由である

批判が多いということは、製作者にとって勲章なのだ。注目されていることと同義なのだから

作品価値判断できるかどうかは別の問題である。誰でも楽しめるかどうかというのは、作品価値とは別の話である

皆に褒められるというのは普通、死んでから後のことなのだ。生きている間は目いっぱい批判されるのが普通であり、批判を浴びまくるくらい注目を集められる人などほとんどいない。世間から袋叩きになるくらい批判されるのはそれだけ存在感の大きな人間なのだ。影響力が巨大な人物なのだ成功者からこそ叩かれるのだ。

究極の選択に直面するハルオ、ビルサルド(ガルグ)とエクシフ(メトフィエス)両人種の、ハルオに語りかける言葉合理主義精神性を重視する宇宙種族。凄く面白かったのだが、それを共感してくれるような人はあまりいないようだ。虚淵玄は凄いなあと痛く感じさせられたのだが、彼は孤独なのではないかとも思った。彼を理解できる人は多くはないはず。それでいて、自身の味をここまで出して、面白い、深い作品を世に出せるのだ。それには大衆受けする重要性を理解し、わかりやすさとテーマの深さを同時に追求しているからこそだ。凄まじい脚本家だという他ない。

2019-01-17

その技術書、書く必要ありますか?

あなたは誰ですか?

本を書けるほどその技術精通してるんですか?

英語圏に同じテーマの本をより権威ある方が詳細に書いていませんか?

それの翻訳をするのとあなたの本、どっちの方が有益ですか?

anond:20190117002035

評価基準テーマ共感できたか関心を持てたか単純に面白かったかだよ

現代文学は数ページめくってケッってなる共感できない

2019-01-16

男のファッションって楽しくない

まず売り場の時点で女性と比べて広くないし、売ってるものの種類も少ない。

「着飾って楽しむ」という領域が狭い。

ファッション講座とか見ても男はひたすら無難に、シンプルにって感じで綺羅びやかさ無し。

い、いや、勿論「ファッションが楽しくて楽しくてしょうがない」という男性存在否定はしないけど、

やっぱり「ファッションを心の底から楽しむ」男の割合は、女性よりアットーテキに低いんではないかと。

から男の場合女性モテるため、とか…

「○○という理由のために後付でファッションをする」というのが主で、

ファッションのためにファッションを楽しむ」って気持ちが起きづらいと思うんだよね。

これって女の子向けアニメだとファッションとかがテーマになるのに比べて

男向けの特撮とかでファッションテーマにならない性の非対称性にも見られると思うんだよね。

まあこれも冒頭で言った「種類が少ない」ってのにも要因があるか。

ウィメンズファッションならアイテムバリエーションを増やしまくれるが、

メンズファッションだと種類が少ないし○○フォーム!とかいっぱい作れないし。

あと男が女装する理由の一つとしては「ファッションを楽しみたいから」ってのもあると思うんだよね。

メンズファッションだと着飾る喜びが少ない。だから女装して着飾る喜びを味わいたくなるわけで。

男がもっとスカート履いていい!とかなれば、ファッションを楽しむ男が増えるんじゃないだろうか

(都会のハイソな所だと普通にスカート履く男子がいるとか聞いたことあるけど)

いや別にファッション業界が悪いとか男が悪いとか女が悪いとか特定の誰かをディスりたいわけでなくて(俺か?俺が悪いのか)

まあファッションが楽しめない理由吐露するだけの推敲してない文でごめんくさい。

anond:20190116074326

ネトウヨって楽しいんだけどさ、途中で飽きるんだよね。

からネトウヨの人たちもそのうち飽きて別のサービスで別のテーマ掲げて遊び出すようになるよ。

2019-01-15

DPZ提供でお送り致しま

きょうのマツコの知らない世界で「観覧車世界」というテーマを扱ってたんだけど、

函館にある日本最古の長椅子観覧車動画提供元デイリーポータルZだったのでオッとなった

変わったもの面白いもの、珍しいもの情報ストックが他よりもとても多いのだろうなあと思った

無題

代謝しかしてない日が増えた

少し考えてみた

去年の今頃までは、遊びの予定が立ったら、たとえ締切日まで余裕があっても、レポートをそれまでに終わらせることができていた

かに今はめんどくさいが、その日は気兼ねなく遊びたい

先の報酬を考えて行動することができていた

今は、締切日の前日になって終わってなくても、徹夜すらできない

終わってない いいや 出さんでも

そう思って、目先のめんどくさいに気を取られるばかり

ついに、昨日は卒論を出さなかった

なんでかは自分でもよくわからないけど終わってなかった

どころか、一文字も書いてなかった

テーマ9月には決まっていたし、

文献も10個くらいは読んだ しか英語

でもなんでかよくわからないが

書けなかった 書くことは決まっているのに

ずっと好きなことがあった

大学に入って、多少頻度は落ちたが

それでもテストレポートから解放されて真っ先にやりたいと思うことはそれだった

部活執行代になって忙しくなって、めっきりその機会が減った

でも、それはマイナスではなかったと思う

何かそれの他に、一生懸命打ち込むことがあったのはよかった

でも最近、好きなことのはずなのに、やってても全然楽しいと思えなくなってしまった

以前は確固としてあった理想形が全く見えなくなってしまっていることに気が付いた

周りの人々にも恵まれ

友人も、決して多くはないが、素晴らしい人々に巡り合えた

共通趣味を持つ友人は、大学に入ってからほとんどできなかったが、特に苦ではなかった

もともと、趣味他人と共有したり、趣味コミュニケーションの道具にすることが好きではなかったからだ

一人で楽しみたいタイプだった

まれからこれまで、本当に嫌な人に出会たことがない

剥き出しの悪意に晒されたり、理不尽に踏みにじられたりしたこともない

誰しも人見知りな私のことを認めてくれた

しかしたら、表面的な付き合いなのかもしれないが、

それでも、私は他人と接していて、他人によって、嫌な気持ちになったことがない

自分うんざりしてへこむことはしょっちゅうだけど)

私の知り合いに、両親、友人知人、バイト先の人々、教師から病院先生に至るまで、悪い人は一人もいなかった

みんな親切だった

自分で言うのもなんだが、私は世間から見れば非常に恵まれ位置にいると思う

学歴、家庭環境、友人、恋人、人並みの容姿

自分環境に不満を持ったことはほとんどなかった

思春期少年らしく、容姿については相当悩んだが、今はさほど気にしていないつもりだ

自分の様子がおかしいと気づいたのは、

部活引退して就職か、進学かを迷っていた時だった

自分にはまるでやりたいことがない

焦った

とりあえず並行してどちらの準備もしたが

色々調べたり、友人と話すうちにその焦りがどんどん自分の頭を食っていった

みんなやりたいことがある

もしくは明確でなくても、ちゃん方向性を定めて、舵を切り始めている

少なくとも、『ある』フリをして、

自分の将来を言語化することができている

私も必死で考えて、何かにこじつけようとした

やりたいことは何だろう

興味があることは?

関わりたいことは?

やりたくないことは?

好きなことは何だ?

将来何をしていたい?

何が欲しい?

この時、誰かに相談していればまた違ったのかもしれない

でも、誰にも相談できなかった 

他人の目を誰よりも気にする そういう性分だから

なんだこいつ、まるで中身がないと思われるのが怖かったんだと思う

実際空っぽなのは自分が一番わかっていたことだった

このころから、夜になってひとりで部屋にいると、涙が止まらなくなることが増えた

部屋にいると、どこまでも自分で、自分しかいなくて、自意識に押しつぶされそうになる

声をかけてくれる人はいなくて、気を紛らわしてくれるものもない

ネットを見ればキラキラして一生懸命自分より若い子ばかりでつらい

結局誰にも相談せずに、まだ働きたくない、この気持ちだけで進学を決めた

勉強するうちにまた気持ちも定まってくるだろうという甘い気持ちがあった

けど、ちゃんと、興味ある分野が見つかった

勉強も、おもしろかったし、はかどった

でも今、卒業できなくなってしまった

夜になると涙が止まらないし

意味もなくYouTube動画ちゃう

そしていま、やりたいと強く思うものがついになくなった

どうすればいいんだろう

かに話せばきっと呆れられる 早く人生をどうにかしなきゃ、そう思うけど、体が動かない

今日はついに、大好きな先生の授業を初めてさぼった 最終回なのに

幼いころから、人にお悩み相談をするのがすごく苦手だった

悩みのないふりをして、ほとんど自分の中で消化してきたし実際できてた

それで問題なかった

から4月から今まで意味もなくほぼ毎日泣いてるけど、誰にも言ってない

恋人にも親にも友人にも言ってない

わかんない、こういうこと言うと、同情をひこうとか、健気アピールに見えてしまうのかもだけど、本当に、

ひとりじゃないときは、飄々として、何も考えていない人っぽくあろうとしてる

不真面目で、明るくて、てきとうで悩みのない人間を演じている、つもり

というかそういう人間だと自分でも思い込んで、それで悩みを消化していたんだろう

事実最近まで自分は不真面目でテキトー人間だと思っていた

でも、そうやって問題根本的な解決をせずに逃げてきた、その負債に今苦しめられてるんだろうな

自分が6歳の時に弟が事故で亡くなった

かにしかったけど、つい最近まで、この出来事自分の今に影響してるとは思ってなかった

なんでかっていうと難しいけど、弟が亡くなってからも両親は今まで通りに接してくれていたし

学校も少し休んだけど、すぐ復帰した

それまで通りの日常はすぐに戻ってきたし、何より自分は幼かったから、あまりわかってなかったもんだと思ってたのかも

何より、それから十数年生きてきて、それによる自分不具合は一度もなかったか

だけどよく考えたら、事故現場に私もいたし、そのあと友達の家で私だけ一時待機でご飯食べてたのも、

お母さんが「頑張ったんだけどね、」って迎えに来たのも、

棺を飛行機に乗せるために木板でまわりを固めてるのを見て可哀想って誰かが言ってたのも、

謎にガラス張りだった葬儀場の周りにいた野良犬も、幼稚園同級生が来たお葬式も、

全部覚えてる 小学校低学年以前の記憶ほとんどないのに、そこだけ鮮明なのは、やっぱり強烈な記憶だったからだろう

それに、弟が亡くなってから私は一度も両親の前で泣いていない

これだけは断言できる

泣いちゃだめだ、悲しんだらダメだって思った記憶がある

当時発症してた小学生特有の謎の天邪鬼の影響も多少あると思うが

今までの日常を失いたくないという一心で、何も気にしてないフリをしなきゃ、と思ってたのかもしれない

自分さえ我慢すれば、自分ちゃんとすれば、すぐに日常が戻ってくると考えていたのかもしれない

まあ正直この辺の思考回路は今の自分と照らし合わせて想像したものから、本当のところはわからない

ただ自分がもともと、感情をむき出しにしている人間出会うとかえって冷静になってしまタイプ人間だった、というだけかもしれないし

とにかく、ここ半年ぐらい考えていたことは、

この経験が今の、人に相談事をするのが苦手で、自分の中で決着をつけようとする自分につながっているのではないか、ということ

現在無気力代謝マシーンであるゴミ人間自分まで、この経験帰結させようとは思ってないけど

でも、全部を全部、自分のせいだと思うのはしんどいから

こういう不可避の経験に無理やりでも結びつけないと、やってられないです どーしよ

はてなダリフラ話題になっていないのが納得いかない

ボアニメを見たくなってダーリン・イン・ザ・フランキスを全部見た.

普通に面白かったので,ちょっと書き殴る.多分はてな民が好きそうな内容である

テーマとしては,SFロボット+多様性+人が生きるとは何かになっている.

13話までの1クール目がボーイミーツガール多様性テーマ

残りの2クール目が特に,人が生きるとは何かになっている(ように感じた).

最初だけ見るとエロロボットアニメなので離脱やすいが,評価するには13話まで見るべきアニメである

エヴァっぽい要素としては,ロボにシンクロ率のようなペアの相性とゼーレ的な存在がいるところだろうか,エヴァより話がまとまって思春期表現もこっちのほうが全然いいと思う.

ロボ要素

ロボの顔が人っぽいので一部のロボ好きに合わないかもしれない.

操作としては男女ペアでないと操縦できない.

さらに,エヴァシンクロ率のように男女ぺアの相性が重要になる.

この辺がセックスの相性のメタファーになっている.

以下ネタバレになる感想

キャラクター

序盤はロボの操縦優先でペアになっているので少々ドロドロしている.

ペアの相性がセックスメタファーになっているので,特に序盤は以下の関係になっている.

不憫に見えたフトシ

中盤,大好きなココロちゃんとペアを解消され(若干NTR)一気に不憫キャラになるフトシ

まあ最後に,ほかのモブ結婚して子供も産んでるから報われているが.

だが彼のcoolなところは後半に,NTRしたミツルxココロカップルのために今まで親のように慕ってきたゼーレ的存在にブチ切れて物申すところにある.

ただの不憫キャラで終わらないそれがフトシである

疑問

幼少期のゼロツーが青い血だったのに,戦闘中ケガしても赤い血だったのは人間に近づけるような実験結果ということでいいんだろうか.

特に言及なかったような..

最終回について

セカイ系エンドよりまとまっていてハッピーエンドで大方満足.

結婚ペア)して子供産んでいるような描写も多くてよい.

銀魂でいうところのファイルファンタジー現象最終回無理やりペアリング)もそれほどない.納得いく組み合わせ

欲を言えば,主人公ゼロツーは地球に戻って子を産む展開が切望するが,

この作品の美しさは劇中に出てくる絵本に沿っているというもあるので展開的に難しいのもわかる.

まとめ

序盤の1,2話が深夜あるあるエロアニメなので離脱やすいかもしれない.

多様性繁殖とは何かなど現代社会マッチして,なかなか考えさせられるいいアニメである

anond:20190115002911

単純に馴染みが無いからどう受け取っていいかからないだけだぞ?

自分経験だとラブライブ!の突然のミュージカルは驚いた

始めからミュージカルテーマにした作品ならそういうもんだと受け入れられるもんだ

ボリウッドは初めからそういうもんだと分かってるんだし、現実人間の顔も十分キモイよ?

地デジ以降の邦画ホラー映画面白いものが見つからない

ホラー映画を見ていたら、昔(画質が悪い時代)のホラー映画現代の映像クリアホラー映画面白い!繰り返し見たい!ってワクワクするものがけっこうあるけど

日本ホラー映画地デジ以降すごく面白い!!繰り返し見たい!って思えるものがない……

大好きなホラー映画

リング女優霊、ほの暗い水の底から

ちょっと好きなホラー映画

輪廻死国

映像が綺麗になってから日本ホラー映画で、すごく怖いな、繰り返し見たい。好きって心から思えるものがない。

洋画だと今の作品も昔の作品も、うおーおもしれーと思えるものガンガン出てくる。

なんでなんだぜ。

ホラー映画好きな人にあったとき洋物ばっかり好きと言ってて、「日本人なのに日本ホラー映画きじゃないのかよ」と思ったけど

日本ホラー映画かにレベル低い作品が多いよな。

ホラー、良作もたくさんあるけど駄作もたくさんある。スタージョンの法則ってやつ?日本ホラー映画は作られる数がそもそも少ないから良作が生まれにくい?

ホラーキリスト教関係する話が多くて、宗教国民生活に深く関わってくるなら、キリスト教が関わってくるホラー映画国民にとって興味を持ちやすい。需要があると思った。ジェイソン映画宗教関係ないと思っていたけど、ジェイソンに殺されるのは姦淫を犯した若者で、ジェイソンに殺されずに生き残るのは無垢処女ということを知って、こんなところにも宗教感が現れてるのか…!とビックリしたよ。

日本ホラー映画特定宗教関係ない。もし特定できるような宗教主題にしたらその宗教信者から苦情が来そうだし。

って打ったあと死国はお遍路関係してるから宗教関係あるか…って思ったけど作者のオリジナル要素がだいぶ入ってるから実際の現実のお遍路とは違うのかなーと。

日本ホラーで、エミリー・ローズレベルで「信仰って、宗教ってなんだろう?」って問いかけて考えさせられるような、実際の宗教テーマになってる映画ってないよね?あったら教えてください。

ホラーの初代SOWやジェーンドウの解剖みたいな新しい話型が生まれず、どれも既存の型にはまった話だ。(型にはまっていることを全面的に悪いと言ってるんじゃないよ)

ホラー映画って恋愛サスペンスミステリーに比べて人々からの注目度が低いのかな

映像が綺麗になってから、心から好きだとハマれるホラー映画がなくて悲しい。ホラー小説は昔も今も面白い作品がたくさんあるので文章を楽しんでるけどやっぱり映像でも楽しみたい。日本ホラー映画を噛み締めたい。

近年の作品で本当に怖くて心から良いと思える日本ホラー映画があったら教えてください。

2019-01-14

宝くじが当たったら、という妄想楽しい

子供の頃、首記の妄想したことがある者は多いだろう。

大人になったいま、当時は出来なかったプランの深掘りをすることにハマっている。

ベタだが、どこにどんな家を持つか、というテーママイブームだ。

マンションか戸建てか?間取りは?設備は?内装は?土地取得は?権利関係は?資産価値は?·····

面白いことに、周辺知識がどんどん身に付き、知識欲が満たされるという効果があったのは予想外だった。

解説動画を探したい

ボイスロイド解説動画や、ゆっくり解説動画を見るのが好きなのだが、マイナーなこともあり、なかなか探すのが大変だ。

何がいいかというと、キャラが全部同じなので内容だけで判断できる。

マイナージャンルだと本当に好きな人が作っているので面白いTwitterやインスタのように10秒で判断しないで、数分ダラダラと1テーマについて聞くのが良い。

100人くらいしか見てなくてもいいのだが、こんなテーマで作っているの!というのを探したいのだが、探すのが大変だ。

2019-01-13

anond:20190113024804

成績しか書いてない

オリンピックもその教義面白さとか一切なくて日本が勝ったかしテーマにならない

スポーツ新聞じゃないだろ

anond:20190113024156

私にとっての現実は、今この生を生きる私自身、これ以上に現実なるものはありません。

たったここ数週間でインターネット必死情報ほじくり返して叩けるネタ探してるあなたと違って、こっちはこの現実を今までずっと生きてきたし、これからも生き続けるわけですからね。

このテーマに飽きたら次は何処にネットイナゴしに行くんですか?正直迷惑なのでさっさと飽きてほしいですね。

弟よ、幸せになれ。

私の弟は性的少数者です。LGBTという言葉のG、つまりゲイです。私自身まだまだ勉強不足なところはありますが、彼は同性愛者です。

約1年前、偶然が重なって知ってしまいました。知ってしまたことは彼に伝えました。そのことを伝えてからも、彼との関係は変わっていません。あと、間違いなく身内でそのことを知っているのは姉の私だけです。

正直言うと、最初は信じられなくて、学校たまたまLGBTのことを学んだばかりで少しは理解していたつもりでしたが、それでもいざ身内にとなると脳が追いつきませんでした。

数日間悩んで、答えとは言えないけど、弟は弟だと。だから幸せになってほしいって思いました。私の兄弟は弟だけです。いつも私とくだらない話をして笑ってる大好きな弟。幸せになってほしいに決まってます

そのことを知ってから、私は身内の発言に苦悩することが増えました。親戚が弟に彼女できた?と聞くたびに。私が干物女なせいで、女性に幻滅してるから彼女がいないんじゃないかと父が言うたびに。さっきなんて冗談で男が好きなのか?って父は言いました(弟不在時)。それらの発言が、許せなくて、親戚や父のことは好きだけれど、それらの発言は許せなくて、でも本当のことは私の立場からは言えるはずもなくて。

母は特段許せない発言は今の所していないけれど、母がたまたま見ていた同性愛者がテーマの某ドラマを私も一緒にみて思わず感情移入して号泣したことに驚いてました。そりゃ、知らないからね。知っていたらきっと泣くよ。

ここ数年、LGBTという存在認知されてきています。それでも、皆思ってるはずです。まさか自分の身内にはいないだろうと。私だってそう思ってました。もしかしたら、これを読む方の周りにも実は性的少数者いるかもしれません。

この現実が、苦しい。もっともっと理解されてほしい。同性婚だって認められてほしい。

どうか弟が、息苦しさを感じずに生きられる社会になりますように。

追記:冷やかしのコメントは要りません。ここがこういうテーマを書く場ではなかったとしたら場違いですが、それでも書きたかった。

2019-01-12

借りてきたスターウォーズ4観るけど

この作品テーマはなんなの?

anond:20190110154216

起業原則1回失敗したら終わりだろ?借金返すまでおとなしくサラリーマンしないとならない。当然、嫁子供なんざ基本的に逃げていく。

普通一般人が目指すもんではないが。

借金という負のものをかかえることを考えたら、よっぽど何かない限り、まずできるだけ良い待遇サラリーマン上級士業になって、さっさと結婚したほうが幸せになれる。

まあ、よっぽど何かというのは、数ヶ月で売りがたてれるものか、大学のセンセイか、ベンチャーキャピタル好みのブームテーマで思いつくかのどれかだとは思う。

ブギーポップは口笛を吹かない」あるいは「木村明雄の消失

アニメブギーポップは笑わない」1〜3話および原作ライトノベルブギーポップは笑わない』の内容に触れています

TVアニメブギーポップは笑わない」が放送中だ。ほぼ20年前にスタートしたラノベ原作であり、アニメ自体は二作目だが、原作の内容に沿ったアニメ化は今回が初めてとなる。

さて、そんなアニメブギーポップの「ブギーポップは笑わない」(原作シリーズ一作目)編が、最新の第三話で完結となった。平均的なラノベアニメ化としては、原作1巻を3話で消化というのは、極端に速いペースというわけでもない。それでも、もともとが5話で構成された原作を3話に再構成する上で、大小さまざまな省略・変更が発生することは避けられなかった。

そのうち、特に目についた二つの変更点について、思うところを少し書いてみる。

「君と星空を」&木村明雄

上で述べたように、原作ブギーポップは笑わない』は5つのエピソード構成された物語となっている。一話にそれぞれ主人公視点人物)が設定されており、一つの事件複数人間の目から見ることで立体的な世界が立ち上がってくる、といったような、今となっては(当時でも?)さほど珍しくはない仕掛けだ。

原作構成及び各話の主人公はこうなっている。

ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム


これがアニメでは、

ねこういう形に変換されている。話数単位で大雑把に見れば、各パートの分量はともかく原作の流れを大枠では引き継いだ構成と言えるだろう。

ただひとつ原作第四話がその主人公存在ごと抜け落ちている点を除いて。

原作第四話は、木村明雄という男子高校卒業後(事件から二年後)に、当時「失踪」した紙木城直子と過ごした日々のことを回想する、という内容になっている。

木村は、紙木城の交際相手の一人(アニメでははっきりと描かれないが原作の紙木城は木村田中を含めて複数の男と付き合っている)であり、事件にはあくま彼女を通して間接的にしか関与していない。紙木城から保護したエコーズについての話も聞くことになるが、何かのたとえ話だとばかり思っていた。

紙木城の失踪後、色々あったもの普通高校卒業普通大学生として普通生活していた彼の元に一通の手紙が届くことで高校時代記憶が蘇り……という、1話竹田と同じかそれ以上に青春小説的な色合いが濃く、いわゆる「一般人」の目線から見た章となっている。

アニメ化にあたって、章はともかく仮にも原作主人公の一人を丸ごとカットするのはあまり乱暴に思えるが、ここには一応それなりに納得できる理由がある。

第一に、事件の真の姿あるいはその存在すら知らないまま全てが終わってしまっていた、という木村明雄の立場は、程度の違いこそあれ竹田啓司(一話)や末真和子(二話)と重複している。一人一人に見える現実には限りがあるというテーマを示すためには、この二話だけで既に必要最低限のノルマは達成していると言えなくもない。

第二に、竹田と末真は以後の巻でも登場している(末真は準レギュラーに近い)が、二人と違って木村明雄は今のところ少なくともブギーポップシリーズ内では再登場しておらず、カットしても今後の展開に特に影響がない。

第三。エコーズの素性に関する情報は、原作では第四話で木村が紙木城から話を聞くという形で最初に明かされる。物語の本筋との関係においては四話の存在価値と言ってもよい部分だが、アニメでは2話後半、紙木城と凪の会話でほぼ同じ内容が補完されている。これは、原作でもそのようなやり取りがあったと事件後に凪の口から語られていたものであり(木村自分にだけ話してくれたと思い込んでいたが)、オリジナル展開というより変則的原作再現に近い。木村カットしてもそういう軽度の改変で済む部分なのだ

驚くべきことに原作『笑わない』には、凪と紙木城が親友であるという情報こそあるが、二人が直接会話するシーンは存在しない。にもかかわらず、読者にはちゃん彼女らが親友同士に感じられていたというのは小説マジックというほかないが、ともあれ、今アニメで凪と紙木城の会話が追加されたこ自体ファンにとって喜ばしくさえある。

これらの理由から、『笑わない』をTVアニメ3話分に収めるために章と主人公をどうしても一つ削らなければならないとすれば、やはり第四話と木村妥当ということになるだろう。アニメスタッフ判断は間違っていない。

間違ってはいないのだが。

口笛

原作において、ブギーポップというキャラクターはいくつかの記号によって構成されている(もちろんその全てが記号還元され得るというわけではない)

都市伝説死神世界の敵の敵、黒い帽子と黒いマントと黒いルージュ、ワイヤー、そして口笛。

ブギーポップは、常にというわけではないが誰かの前に姿を現す時、特に世界の敵と向かい合う瞬間には、なぜか「ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲を口笛で吹きながら登場する、ということになっている。

過去メディア展開でも、多くの場合はこの口笛が再現されてきた。

実写映画はあらすじの時点で「口笛を吹く死神」と紹介されているし、旧アニメファントム)ではブギーポップ登場時の口笛はもちろん、次回予告のBGMとしてオリジナルアレンジマイスタージンガーが毎回使われ、最終回ではテルミンバージョン???)すら流れるという充実ぶり。

メインの使用キャラクターではなくサポートキャラとしての出演に過ぎない、格闘ゲーム電撃文庫 FIGHTING CLIMAX」でさえ、ブギーポップはやはり口笛を吹いて登場している(実際にプレイしているわけではないので又聞きだが、そのせいで攻撃判定の発生が遅いとかなんとか)

このように、「マイスタージンガー」「口笛」はこれまで原作の内外で、ブギーポップというキャラクター作品象徴する、代名詞と言ってもいい扱いをされてきた。

原作『笑わない』では、ブギーポップは二度口笛を吹いている。一度目は、一話の竹田屋上で会話をしている時。

第一話 浪漫の騎士 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

ブギーポップが口笛を吹き始めた。明るく、アップテンポな曲で、しかも呼吸に緩急があってすっごく上手だったが、しかし口笛なので、やっぱりそれはどこか寂しげだった。

 そして、藤花は口笛が吹けないことを思い出した。

うまいんだな。なんて曲だい?」

「〝ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲さ」

「なんだいそれ」

ワーグナーって大昔のやかましロマンチストがつくった、一番派手な曲だよ」

二度目は五話終盤、早乙女を失って荒れ狂うマンティコアに追われる新刻の前に姿を現す時。

第五話 ハートブレイカー 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

 恐怖のあまり、私はついにおかしくなった、と思った。

 幻聴が聞こえだしたのだ。

 現実にはあり得ないほど不自然な曲が、目の前の並木の植え込みから聞こえてきたのだ。

 それは口笛であった。

 しかも、口笛にはまるで似合わない曲、ワーグナーの〝ニュルンベルクのマイスタージンガーなのだった。

いずれも、古くからの読者には印象深いシーンだろう。

しかし、今アニメの「笑わない」編ではこれらの口笛演奏存在しない。ブギーポップは、一度も口笛を吹かなかったのだ。

これも木村同様に尺の都合なのだろうか?

マイスタージンガーといえば、あの、ふぁーふぁーふぁふぁーという力強いイントロが印象的な曲だ。口笛でいうと、ぴーひょーろろーとなる。最低限この、ぴーひょーろろーさえ吹いてくれれば、少なくとも原作読者には「あの口笛」だと一発で分かるし、初見視聴者にも、ブギーポップというのは口笛を吹くキャラらしいということだけはなんとなく伝わっていただろう。

前回のアニメや電撃FC使用された口笛バージョンマイスタージンガーで、ぴーひょーろろーの部分の所要時間確認してみると、せいぜい2〜3秒というところだった。2、3秒。もちろん1秒24コマで動くアニメ世界での2、3秒は、日常的な感覚のそれよりも遥かに長い時間ではあるのだろう。だが本当に、今回のアニメ「笑わない」編は、ぴーひょーろろーを挿入するだけの余裕が一切存在しないほどに緊密な内容だったのだろうか。

どうしても時間が足りないなら、いっそセリフを喋りながら同時に口笛を吹かせてもよかったのではないかブギーポップというのは、そのぐらいの物理法則を超えた無茶も読者視聴者笑って許してもらえるような、良くも悪くも異質なキャラだったはずなのだが。口笛のためにそこまで冒険するほどの価値はない、と判断されたのか。

これが、今回のアニメではブギーポップは口笛を吹かない存在として設定されているということなのか、それともあくまで「笑わない」編だけの変更なのかはまだ分からない。次回からの「VSイマジネーター」編ではしれっとぴーひょろ吹き始めたりする可能性もある。しかし仮にそうなるとしても、「笑わない」で口笛を吹かなかったという事実は、もはや取り返しがつかないのだ。

原作未読者の中には、口笛が無いとなにか物語の展開に支障が出るのか?という疑問を持った人もいるかもしれない。たしかに、どうしても口笛が無ければ成立しないという場面は、原作にもほとんどない。もちろん口笛自体に、特殊振動波か何かで敵の脳に直接揺さぶりをかける、などという実用的な効果存在するわけもない。はっきり言ってしまえば、口笛は基本的雰囲気づくりの賑やかしでしかないということになる。

その意味では、削る必要はないが削ったところでどうということはない要素だったのだ、とも言える。

言えるのだが。

昔語り+α

ここで唐突に昔の話をする。

ブギーポップがちょうど一度目のアニメ化や実写映画化をしていた頃のこと。とある個人サイトにて、「実写映画になるっていうから読んでみたけど単なる化け物退治の話だった」というような『笑わない』の感想を見かけた。当時の自分シリーズ純粋ファンだったので、そのあまりにも大雑把なまとめ方に、大雑把にまとめてんじゃねーわよ!と素朴に憤慨したものだ。

しかし、今にして思えばあの感想示唆である複数視点による眩惑を取り払った一本の話として『笑わない』の本筋だけを眺めてみれば、それはたしかに「単なる化け物退治」の話でしかないのだ。

では、自分を含めた多くの読者に『笑わない』を「単なる化け物退治」ではないと感じさせた、「本筋」以外の部分とはなんだったのか。それは、自分の進路について語る竹田とそれを半ば無責任肯定してくれるブギーポップであり、

第一話 浪漫の騎士 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

「へえ、君は受験しないのかい

「うん。親父の知り合いでデザイン事務所をやってる人がいて、ずっとバイトしてたんだけど、その人が〝おまえは見込みがある。センスを感じる〟とか褒めてくれてさ、大学なんか行かずに俺のところに来いって言うんで」

「すごいじゃないか親方に見込まれ職人ってヤツだな」

“対決”を望んで走る末真であり、

第二話 炎の魔女、帰る 3 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

(そうよ──中途半端はもううんざりよ!)

 霧間凪はほんとうに魔女なのかも知れない。でも、それこそ望むところだった。

「No One Lives Forever」を口ずさむ早乙女であり、

第三話 世に永遠に生くる者なし 5 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

「……誰も、誰も、誰も、誰も、誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も………」

新刻の意志の強さを賞賛するブギーポップであり、

第五話 ハートブレイカー 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

しかし、新刻敬──君の意志の強さは見事だ。君のような人がいるから、世界はかろうじてマシなレベルを保っている。世界に代わって感謝するよ」

そして、木村であり口笛であり、そういった一見取るに足りない枝葉こそが作品の印象を形成していたのではないか

枝葉とは言うものの、ひたすら枝と葉を切り落として純化していった先にあるのは、ただ一本の幹だけがまっすぐ天を突く寒々しい樹の姿だ。口笛や木村が本筋に不必要だというなら、ブギーポップあんな格好をしている必要別にない。『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女存在していなかったともいうし、この巻に限って言えばブギーポップだって無くても成立しそうな内容だ(シリーズ全体で見てもブギーポップ世界設定の中で異物として浮き続けていている)。必要不要物差し物語を測れば究極的には、そもそもアニメ化する“必要”とは……?原作が書かれる“必要”はあったのか……?という不毛なところにまで踏み込みかねない。

ブギーポップというシリーズは、ことに『笑わない』は、この「剪定」の影響を大きく受けやす作品であるように思う。本筋に関わらない細部が、作品本質とは思いがけなく深く結びついてるかもしれない、という面倒くささがある。アニメ側にとっては、原作の味を再現するためにどこを切ってどこを残すべきなのか、という判断が非常に難しい題材だったのではないか

いや、ブギーポップに限らずどんな作品であっても、ファンアニメ化や映画化などのメディア展開のたびに、アレがないと○○本来の良さが失われてしまう!と感じてはいるのだろうけど。

まとめ

木村明雄の省略に関しては、大きな変更ではあるし非常に残念ではあるが、三話という尺を考えれば致し方ない(そもそも『笑わない』を三話でというタイト過ぎる構成の是非はともかく)

口笛に関しては、小さい部分かもしれないが逆にそんな小さいところを敢えて削る意味が分からないし、監督でもシリーズ構成でもプロデューサーでもいいので早めに誰かに何らかの説明をしてもらいたい。

ということになる。

原作から変えること自体は、いい。メディアの違いに加えて、予算時間など様々な制約もある以上、どうしたって変えざるを得ないところは出てくるだろう。だが、その変更に意図というか大げさに言うと「思想」があまり感じられないのはちょっと困る。原作から変えてまで実現したかたこととは何なのか。

前回のアニメ、「ブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom」は、初アニメ化にもかかわらず『笑わない』のオリジナル後日談という暴挙とすら言える内容となっており、それだけにとどまらず「霧間凪一人称が『オレ』じゃない」など、原作からの変更点がいくつか存在した。当然、原作ファンから評価も当時はあまり良くないものが多かった。

しかし、ファントムというアニメからは、これが作りたい、こうした方が面白いはずだ、という意志は強く感じられた。原作からの変更点自体に納得できるかどうかはともかく、そういう姿勢を打ち出されればこちらも、へぇ……あなた達はこういう画面も話も異常に暗いアニメがカッコイイと思ってるんだ?「オレ」女はリアルじゃないって?へーえええええ……?と正面から受けて立つことができるというものだ(こめかみに血管浮き上がらせつつ)

今のところ、今回のアニメブギーポップは、原作読者の目から見ても決して悪い出来ではない。悪くはないのだが、どうも、どこに芯があるのか分かりにくいアニメ化となっているように見える。

公式が「アクションファンタジー」と銘打っているということは、「笑わない」編では終盤に集中して存在する程度だったアクション部分が徐々に増えていく、これからエピソードが本番ということなのかもしれない。たしかに、最初に公開されたPVでもアクション描写はひときわ光っていた。

次の4話からは、原作では上下巻の大がかりなエピソード「VSイマジネーター」編が始まる。そこでは、このアニメと思いきりVSできることを願っている。

追記

”『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女が存在していなかったともいうし” へえ  それどこ情報? - maturiのコメント / はてなブックマーク

”『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女存在していなかったともいうし” へえ  それどこ情報

電子版『笑わない』新規書き下ろし「後書き」。プロト版のタイトルは、「エコーズ──人喰いの谺」だって

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