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2019-01-19

anond:20190119165608

愛国的な人が自分の国を心配してる」なのか

中国シンパが話をそらそうとしてる」なのか

反日的な人がなんでも日本たたきに持っていってる」なのか


そういうのは初対面であってもわりとわかっちゃうもんだけど

ましてはてブidで日頃の言動人格丸だしなんだから

そんな嘘ぶっこいても軽蔑冷笑されるだけやんな

まあそれぐらいもわからない知能なのがはてサというやつらなんだけど

anond:20190119173329

そうやって逃げようとしてもムダム

ていうかそういう人格が見透かされてるからこそ

元増田が言うように「一般人がついていけなくなってる」わけよ

現実に直面しないと

生きていた頃に日本人にその精神性を理解され多くの信者を得た麻原を他界した上川陽子かいババア死刑にした

 平成31年(わ)第13号 殺人教唆公務員職権乱用被告事件

 主               文

 被告上川陽子(元法務大臣)を、懲役15年に処する。

 未決拘留日数中250日を本刑に算入する。

 理               由

(罰条)

殺人教唆

公務員職権乱用

 その違法性について検討する。

麻原は生きていて深い愛情があり、ある種の精神性があるとして、多くの若い信者を動員した。東大卒信者も動員

したことからすると、その精神的な正しさには裏付けがある。

オウム真理教は、単なる滑稽な宗教団体でなく、現に多くの若い信者を動員し、教祖には熱烈なファンがおり、一部の

女性幹部は、東京都都庁爆弾を送付し、その職員を負傷させるなど、リーダーを欠き、悪化してた都や国家に対して

著しい憎悪殺意があった。

 他面、95年にオウムに狙われた霞ヶ関には、既に本物の公務員はいなかったと解され、偽物のゴミしか居なかったと推察される。

このようなゴミで、しかも悪いことをしていた者らを、仮に7名を殺害し、5000人を負傷させたとしても、その中に本物の人が

いたのであれば、死刑判断は相当であるが、おそらくいなかったと推測されるから死刑判断は相当ではない。あくまゴミ処分

しただけと解されるのであって、ゴミを5000人負傷させようが、7名殺害しようが、価値はないから、公判になってもせいぜい

懲役1年6月、執行猶予5年が相当である

 歴代法務大臣は、麻原に人格的功績ありとして、死刑判決確定後、15年以上、執行をしなかった。これはオウム幹部らの人間性

およびその行った犯行実質的意味がなかったためと解される。平成時代に即座に死刑執行されてきたのは、極めて単純な危険

であって、それ以外の死刑囚に関しては執行されていない。

 最近になって、ババア法務大臣死刑執行したが、実質は殺人である。麻原は、人間的には、多くの若い信者を動員するスターとして

時代を築いた。偽物化していた霞ヶ関を狙ってテロも起こした。死んだ者、負傷した者に生きている価値があったとは認め難い。

仮に死傷負傷した者の中に、昭和精神性を受け継ぐ者があれば、平成4年時点で国家が悪になったときに逆らうはずであるが、逆らった

形跡がない。逆らわずに、95年時点において、のうのうと霞ヶ関に出勤していた時点で、その人間性は疑わしい。つまり、麻原が、

殺害してはいけない者を殺害したとは認められないし、歴代法務大臣がその執行をしなかったこと、オウム幹部の知見を東京拘置所

活用していたこからも、オウムに対し、国家はその価値を認めていたと解される。

 今回、上川が麻原らの死刑執行した理由としては、口では、慎重な検討をしたと言っているが、実質的には教祖が死んだババア

敵であったこから現在のような死と女性世界になっている時点で、オウムを悪とみなし、当時、麻原に殺傷された者の中に、

そのような女性が多かったこから、これを殺傷した点を重く見て、執行しただけと解される。15年以上にわたり歴代法務大臣

麻原を尊重した姿勢に比べ、今回の執行には、特に理由がないものと考えられる。

 慎重に検討したとの文言は、口実であり、執行理由は、女性による殺意以外には伺われない。そして、麻原およびその幹部が、

人間的に偉大で、多くの信者を動員し、その幹部には東大卒もいるなどと言うことを考えると、今回の執行は、女性による恨み以外には

考えられず、法務大院が身勝手動機で尊貴な生命を奪ったとしか解されない。

 そうすると、被告人は理由がないのに、拘置所刑務官に対し、違法執行命令の文書を送付し、拘置所職員を誤信させて執行しては

いけない死刑囚の執行をしたものと解され、オウム幹部人間性を一顧だにせず、女性の敵であるなどという身勝手動機に酌量の余地はない。

したがって、被告人については、相当長期間刑務所に入ってもらうのが相当と思料し、主文のとおり判決する。

    平成30年1月17日

      東京地方裁判所刑事11部




                               裁判官   任  介  辰  哉

anond:20190118195915

何でも分解して中身を確認したくなる性分になってしまて生き物も展開図アートを描く一方実際にそれをしてしま人格形成されてしまうかも。

他人に友好的に接することで相手を試すようになっている

自分はよく、すぐ他人と仲良くなれるねと言われる。

なぜなら知らない人でも自分から積極的に話し、相手の話に耳を傾け、笑顔を忘れず、人の悪口は言わず、汚い言葉も使わず毎日挨拶ちゃんとして、通りすがり出会ったら手を振って応えたりまでするよう心がけてるからだ。

最初は、周りに知り合いがいない環境からあぶり出すための処世術だった。知り合いがいて、それが気のおけない友であれば毎日楽しいものだ。

この方法は友人になれない、なりたくない人物を洗い出すのにも使える。話しかけてもまともに応じなければマイナス5点、挨拶に応じなければマイナス3点、他人馬鹿にしたらマイナス10点など。別に実際にカウントしてる訳じゃないが、ある程度マイナスポイントが溜まれコイツはもう色々と無理だなと判決する。心の最高裁が「コイツは関わる相手全てを不快にさせるゴミ、将来性なし」と判決するのだ。判決後はもう関わりを最小限にする。最高裁判決なので覆らない。あとでどんなに親しくされようがもう無理。

最近、これで初対面の相手人格を測る事が主目的になっている。「コイツ上告か〜?」などと冗談ぽく考える。

最高裁判決が出た時点でそいつの見込みはもう無い。組織からもかなり早い段階で消えてるか阻害されてる。まあ、それがそもそもの彼らの目的だったりするのだろうからウィンウィンかも知れない。

投資可能性がある相手には投資する。しか無駄投資とならないようにする。これも処世術の一つだ。こんなこと誰もがやってるんだ。

anond:20180806062824

そういうのは外部からみてれば正論はいくらでもでてくるんだけど

アフターピルによる避妊は?警察は?報復は?相手病気もちでなかったか?)

彼女が傷ついたという事実を埋めることはできないし、

彼女自身がそう思っているか警察にも病院にもなかなかいかないしいけないんだ。

二度とあってはならないことだし、相手唾棄すべきだが、

こちらの人格のものには傷ついたものなんて一つもなかった、

相手こちらの人格やら尊厳まで傷つけることはできなかったのだ

ということを態度で示していくしかないのでは。

 

そして警察によらず最後まで性犯罪とは戦うという意志をもっていくしかない。

2019-01-18

そもそも知性とはなんなのか?人間漠然と考えている知性にたいして持っているイメージが、そもそも正しくないのじゃないだろうか。

いろいろはしょって、ぼくが考えたひとつ結論を書くと、世間一般で思われている知性というもの実体のかなりの部分は、個々の人間は持っていなくて、社会が持っているものであるということだ。とくに人間が高度な知性の証だと考えるものほど、実体社会にあって、ひとりひとりの人間は持っていない。

http://b.hatena.ne.jp/entry/kawango.hatenablog.com/entry/2019/01/18/072502

これを見て「なるほど、社会の考え方を個人が真似てしまうと言いたいのか?」と読んでしまう人とはお友達になれそうにないな。「個人は、社会計算支援を受けなければ、その肉体だけでは一個の人格に足る要素が揃わない」と言ってるんだよね、これ。ヒトの肉体は単体完結したフル機能クライアントではない、と。この部分だけ異常に精緻なので何か偉い人の受け売りなのかなと思うけど。

2019-01-17

anond:20190116204858

絶対に辞めてほしい。そんなことしたら人気ばかり気にする連中をさらに増やすことになる。

漫画とか小説みたいな分野ならファンレターはとてもいいと思うし、実際に自分も送ったことがある。

けどプログラミングみたいな分野は違う。完全とは言わないまでもある程度は正確さを決められる。

にもかかわらず、ファンレターなんて文化作ったら注目されたいがために釣りタイトルをつけ始めるクソ記事が今以上に跋扈する未来が見える。

あと、そもそも人格コードが結びついてると思ってる時点で間違ってる。

プログラマーってソースを読んだ人から「おめえここ間違ってんぞ」とか「この機能追加しとけよ」とか

そんなファンレターばっかりのようでなんか可愛そうだと思っちゃうんだけど

あれが嬉しいの?

嬉しいとか嬉しくないとかマジでどうでもいい。正しいか正しくないか大事

コードレビューとかの場では純粋にその話題について議論しているのであって、誰も人格なんて問題にしてない。

お前みたいに人格コードを結びつける心の弱い馬鹿いるから話が面倒くさくなるんだよなあ。

プログラマーにはならないでくれよ。頼むから

2019-01-16

anond:20190116121310

匿名だと投稿投稿の間の連続性が隠蔽されてるから書き手人格が見えてこない。

他の増田も書いてるけど、叩いたところで本人に届くか分からんしな。

一方、実名とか固定ハンドル名だと、ブコメ叩きとかもそうだけど、日頃の言動含めて叩きの対象になってる。

デレマスライブ儀式

デレマスライブ以外は知らんので主語を小さくした。

この前、はじめてデレマスライブに行ったんですよね。で、とても楽しかったんです。

そこでふと思ったのが、この構図はなんなんだろう、ということでした。

ステージにいる声優さんアイドルではなく、声をつけて、代わりに踊っているだけ。客席にいる人たちは、アイドルファンではなく、プロデューサー。もちろんライブビューイングの人たちもプロデューサー

声優さんも、アイドルになりきっているのではなく、”演じている”ことを前面に出している。

客席にいる人も、少なくとも建前としては担当アイドルの人気が出るように活動している。

すると、このライブ会場にはアイドルも客もいないんですよね。

これ、何かに似てるなぁと思ったんです。儀式

架空の客という神的なものに捧げるために、存在しない概念としてのアイドルを演じ、捧げる。

ああ、僕は今、そういう儀式の場にいるんだなぁと思いながらライトを振っていました。

帰ってから、なぜこんな構図になるのかなぁと思ったんですが、たぶんこれはアイドルという概念がすでに存在してるからアイドルの発表とCVの発表に長いと数年単位のズレがある。すると、アイドル声優さんがよい感じに(色々と寄せられているとはいえ)別人格に見えて、こういった感じに見えるのかなぁと思いました。

おわり。

2019-01-15

anond:20190115134817

会社っていうのは一つの人格なわけよ。

どんな下っ端でも、外部の人と話すとき個人ではなく会社として話すの。

社長課長も平社員も、会社という同一の存在。ぜんぶ私なんだよ。

そうなると、たとえば佐藤さんが自分のこと話すのに、佐藤さんが、っていうのおかしいでしょ?

まあ自分のこと名前で言うのがそもそもおかしいっていうのはあるんだけど、事実上人の区別はつけないといけないので、

一番フラット呼び方敬称無しの呼び捨てというわけ。

私どもはあなた様より地位が低いので呼び捨てで呼んでください!って言ってるわけじゃないんです。

anond:20190115084312

男尊女卑の国ニッポンにおいて男性収入女性収入を下回るのは甲斐性なしとされ忌むべき案件です。

貴方はその女性に恥を欠かせない程度の収入またはそれらを上回る名声、あるいは人格をお持ちなのでしょうか。

2019-01-14

から漫画にありそうな話だが

もう還暦近くになる知り合いに、慇懃無礼俺様キャラおっさんがいる。

コミュ力があって割とマメなんだけど、一方でスキあらば相手マウントを取りたがり、自分のノリに巻き込みたがるタイプ

からマウンティングされつつもそういう構図を大して気にしない、コミュ障っぽい性格の俺はともかく、周囲のオヤジ連中の反感を買い、気がついたら疎遠になってしまっていた。

そんなふうだから、当然のように女性のことは全般的に見下している。

でもマメなうえに男としての甲斐性はあるような言動が取れる(=言動だけ見たら甲斐性ある男ってことになるし、相手から見れば言動人格のもの)と。

から若い頃は泣かした女は数知れずを地で行く「悪い男」だったらしい。


そんなおっさんでも、奥さんには敬語使いまくりで「恐妻家っすか?」みたいな話し方をいつもしていて、奥さんは常にすまし顔。

聞けば、奥さんはそれまでの人生で生まれて初めて心底尊敬できて「俺なんか絶対敵わない」と思い知らされた人だったそうな。

そんな相手を持ち前のマメさで惹き付け、土下座外交orお願い営業を仕掛け続けて結ばれたと。

まあ冷静に考えれば、タイトル通り昔から漫画にありそうな、クズ運命の人出会って改心した系の話の一つでしかないと思う。

でもこういうおっさんが、多分相手へのマウンティング目的も込みで虚実ないまぜに話すと、妙に美談に聞こえてしまうのだから始末に負えない。

そもそもコミュ障から見ると生きてる世界が違いすぎて、コメントにも困るレベルだったり。

2019-01-13

anond:20190113133500

俺もフリー広告デザイナー(という名の印刷屋の下請け)歴12年だが

・確かに収入は勤め人時代より減った

取引先には逆らえん

・でも直ミーティングは月イチ程度だからすげー楽

・自宅で仕事してれば職場人間関係トラブルと無縁なのもすげー楽

という後者2点のメリットが前者2点のデメリットを大きく上回るな(主観

無論、フリーランスの人が100人おれば100通りの条件(利点も難点も)あるんだろが

俺みたいに低収入でもいいか人間関係トラブルが嫌で一人で仕事したい奴は

人格無視関係なく仕事能力だけで評価してくれる取引先さえいれば

鼻くそほじりながら仕事しても、納期は守る、一定以上のクオリティは確実に維持)

性格的にフリーが向いてると思うぜ

anond:20190113133500

おそらくこの元増田の吐きたいのは、「呪詛である。いろいろな情報を探して、決断して、挫折した(している)んだろう。その「おまえらおれをだましやがったな」がこの元増田の言う「嘘」なのである

なお俺もフリーランス、もとい個人事業主として活動しているが、収益はいまだほぼゼロである。実際には数万は稼げているのかもしれないが、いわゆるクラウドソーシング系のサービスを使ってチマチマ稼いだ金だ、数ヶ月かけて。今は貯金を崩しながらなんとか生活しているが、今やってるのが成立するまでは場合によってはバイトをしないといけないかもしれないレベルの弱小。

一応俺はやりたいこと、目標があって、歳もそれなりに食ってるが、非正規雇用に飽き飽きして数年かけて貯めた金をゴリゴリ削っている状態。ひょっとしたらこ元増田は、目標がなかったのかもしれない。ただ「就労形態を変えたい」というだけの目的だったのかもしれない。だから「人の所為にしたい」という心根なのかもね。

この元増田述懐には、簡単反論が浮かぶ。もしこの元増田フリーランスになって1ヶ月でこれを書いてたらどうだろう? 「お前もうちょっと頑張ってから言えよ」である

ではフリーランスになって5年でこれを書いてたら? 「お前もうちょっとやり方考えろよ」である

俺は実績ゼロ個人事業主として活動してるから、単価がものすごく安い。ひどく安い。クソ安い。「文字単価0.2円」の世界だった。なんとかクラウドソーシング系のほうでシコシコやって「文字単価1円」レベルになったが、今度は「ああ、ここでやってても休みなく毎日10時間はたらいて10万いければいいほうだな」と感じたので、そこから別のルートを探っている。目標が一応あるので、「ある程度カタチになるまでやってみよう」という心意気ではある。

そしてこの「カタチになるまでやろう」が、元増田の言う「嘘」への簡単反論のもうひとつでもある。この言葉はともすればブラック企業の「できるまでやれ残業やれ死ぬまでやれ」に近づくのではあるが、フリーランスとは「考えなければ務まらない形態」なのである。考えなくても仕事を次々くれるのが、普通雇用方法なのである。もちろん「雇用されている」という事実が前提ね。このリーマンなり非正規雇用なりのこの「就職」の形態が今問題なのは、「処理する業務の質・量と給与が見合わない」「異常な就労時間」などが原因であって、会社上司に逆らえない現状が社畜すなわち奴隷を産んでいる、と。社員として働いたりすること自体が悪いんじゃない。その就労形態なら「定期的に仕事がふられて対価として給与が得られる」というメリットを餌として、「このタコ部屋には鍵はかかってねえぜ、出たいなら出な、もちろんその外が安全だとは限らねえがな」という呪いにみんなかけられているのではあるが。

人の所為にするというのは、自分責任がないと思いたいわけだ。これはフリーランスとしては厳しい。自分の身以外に使えるものがない弱小フリーランスにとって、ある程度の「的確な業務改善」は大事なのよ。最重要なのは「稼ぐシステムを構築する手腕」なんだけどね、それが大きければ業務改善がおろそかであろうと、金遣いが多少荒かろうと、人格に難があろうと、大した損じゃない。「稼ぐ能力」と「その他の能力」を比べたとき、[ 稼ぐ > その他 ]でさえあればいいんだよ。それはクラウドソーシング系のサービスだとか、SOHOだとか、ブログだとかyoutubeだとか、どのシステムを選ぶかというより、ときには「そのシステムの外にすら出ないといけない場合がある」ということでもある。どのシステムを選ぶかという取捨選択モチロン大事。その点、もしこの元増田が「あのブログでああだこうだ書いてあったじゃんかあああ!」では、さすがに視野狭いよね。まあそれでも恨み吐きたくなるようなときはあるかもしれん。だがそれ吐いてる時間あれば他のことやれ、もしくはその恨みすら使って収益に繋げろ、くらい邁進しないとダメじゃね。

俺は今ぜんぜん収支がなりたってない弱小フリーなので、なんとか自分収益を生み出せるようなシステムを構築しようとがんばってる(なおモチベーションはある程度続いてるが、先が見えないのとちゃん努力できてる感じがあまりないので、それは改善せにゃならんだろう)。

なんというか、フリーランス真実はたしかにあるだろう。真実というものが、「ぼくがこうおもってるからこうなの!!!」であればね。俺は真実なんていらんよ。今はとりあえず収益成り立たせるシステムを構築できる能力と知恵という「事実」がほしい。その次はそれを大きくして、自分ちゃん投資できるだけの収益にしたてあげられる事実だね。その次は、自分だけではなく他人にも投資して、金銭幸福以外も育てられる事実だ。問題は先が見えず、おそらくそれがかなり遠いことだろうけど。

まあフリーランスなんてもんは、「あれがいやだからこっちにしよう」ではなく、「フリーランスになればあれができるようになる」という前向きな姿勢がないと、たぶんダメになる。

「誰も書かない真実」という点についていえば、こんなこと書いてるからフリーランスとしてダメになるんだよ、他にやらないといけないことたくさんあるだろ。誰も書かない、じゃなくて、ちゃんとやろうとしてれば書いてる暇ねえんだよ。まあそれに対するチラ裏書いてる俺もダメなんだけど、ちょっとした「M-1開始当初の島田紳助心持ち」なのさ、グジグジ続けるならさっさと辞めちまえ才能ねえから、っていう。

anond:20190113125458

人格バグった劣等に優しくする必要なんてねえよ

なんか愛してる人は誰かって自分に問うてみるとみんな同性なんだよな

ただそれは人格であって別にセックスしたいとはまったく思わないんだけども

2019-01-12

社畜して家畜になろう!

例のサロン参加者10人くらいちぇっくしてみた。入会しなくても、そのサロンに入ってるやつはすぐ見つかる。おそらく尊師の指示に従ってるんだろうが、自分サロン生だと表で公言してるやついっぱいいた。

思った以上に夢も希望もない、ただ搾取されるためだけに存在する家畜みたいなやつばっかりしかいなかった。

せめて欲に目がくらんだ元気なバカとかだったらまだましだったんだけど、実際はもうほんとに畜産業現場を見させられてる気分。

とにかく参加してるやつのレベルが低い低い低い。しゃれにならん。

働きたくないどころか、そもそもいたことがないやつばっかなの。社畜にすらなれない社畜下の人間ばっか。

みんな性格は悪くないっぽい。むしろ温厚で素直な印象を与える。

でも、本当に救いようがないくら頭が悪い。それだけじゃなくて、何にも自分でやろうとしない。自分では何一つまともな努力ができない。


尊師に言われたとおりに自撮りYoutube動画上げたりしてるやつが大半なんだけど、とにかくつまらない。ただしゃべってるだけ。覇気がない。見てるだけでエネルギー吸われそうなくらいに弱い。尊師はなんの教育してんだよ。

Twitterブログ運営開始して、5ヶ月目で収益ゼロ。 それでも会社勤めは無理なので、自己啓発本情報商材に頼る」みたいなことをtwitterプロフィールに正直に書いてるやつがいるわけ。

あのさ、お前は乞食として金をめぐんでほしいのか、誰かから金を出してもらって儲けたいのか、その区別もつかないの? ネットお金稼ぎたいって言ってるのにそのプロフィール? 何を勘違いしてんの?尊師は何を教育してんの?

こんなんばっかり。

このひとら、社会人になろうとしてもなれなんです。

まっとうな道で勝負するにはすでに絶望しかない負け犬なんです。


そして、その現実と向き合って受け入れるメンタルもないんです。

ついでに言うと、友達が全くいない雰囲気の子が多い。フォロワー数30以下ばっか。普通に生きてたらフォロワー数30しかない人間にはならんやろ。

完全に詰んでるか、あらゆる困難に立ち向かう気力がない。

本当に何一つない。今までなにして生きてきたのか全くわからない。空虚しかない。

この人たちに、自分たちの常識当てはめても意味ないよ。

まっとうな道で頑張れっていうの無理だよ。


この人たち、何も考えたくないんだよ。信じてたら救われるっていう夢がないと生きていけないところまで追い詰められてる。


数年後には後悔しかなくても、夢見させてくれるところに吸われるのはしょうがないわこれ。 

この人たち、自ら進んで家畜になりたいんだよ。なにかに支配されてなにかの一部になることでこの世に存在することをや誰かに認知してほしいだけ。

このごにおよんでキャバクラみたいに都合のいい存在を求めてる。そういう思考から今まで負け続けてきたってのが全然わかってない。

こんな家畜志願者がが同じ日本にわんさかいるって全然知らなった。もう人間として形をとどめてない。もう魂の形が家畜なんだよ。


こういうかわいそうなやつらを食い物にして心が痛まない人間からしたらそりゃ美味しいだろうな。


消費者庁はさ、被害者から通報待ってても意味ないよ。こいつら消費者庁なんて絶対知らないし知ってても通報すらしないよ。


だって無気力だもん。自ら進んで人間以下の家畜になることを求めてるんだもん。 

家畜に神はいない。


でも、本当は人だ。ちゃん人権を持ってる。誰かなんとかしてやってよ。私はこんな奴ら助けたくないけどそのくらいの権利は彼らにもある

俺もフォロワー数30人もいないわー。こういうサラッと人格人生否定する人苦手やわー。おめー人間じゃねーわ、って言われてももうどうしたらいいかわからん

この増田読んで、フォロワー数30もいないという共通項だけで自分がここで否定されてると思っちゃう人、読解力なさすぎ&共感力高すぎていつも傷ついてませんか? メンタル大丈夫ですか?

2019-01-11

生徒の学力幸福学校教師

1.自分学生の頃、2.教師になって初めての学校対照的な2つの学校文化を取り上げる。

生徒の学力を伸ばすために、ひいては生徒がより幸福になるために、どちらがより優れたシステムなのか、

そして今教師である自分はどちらの学校文化の方がより幸福になるのか、意見を貰えると嬉しい。


1.自分高校生活を過ごした高校

まり賢くない学校だったこともあって宿題を課せられることはほとんど無かった。

授業も基本的に誰も聞いていない。教師独り言ワンマンショー。

生徒はマンガを読んでいるか、持ち始めたケータイをイジる時間

そのくせ受験勉強はかなりしっかりやった。高校3年生になる頃には受験するクラスでは結構な人数が人格が変わる。

本気で取り組むようになる。本人なりに、ではあるが。

受験しない人の多いクラスも、受験する人たちの邪魔はしない。これはまあ学年とかにもよるかもしれないが。

自分も授業は聞いていなかったがその時間に寝たりはせずにBGMとして、ひたすら問題を解いていた。


自分教師になってからの初任校

同程度に賢くない学校ではあるが、時代が違うのと地方が違う(数百km離れている)ためか、学校文化が大きく異なる。

授業中に机の上にスマホ漫画を置いている生徒は間違いなくいない。

机の下でごそごそ…なんてことも基本的には無いだろう。

バイブ恩が聞こえることは1学期に1回くらいはあるが、せいぜいその程度。

もちろん持ってきているだろうけどカバンの底に入れているっぽい。

学校や学年の方針もあるので、私の授業でも宿題はそれなりに課している。

毎日のようにチェックして、場合によっては叱責したり放課後指導することになる。

自分自身は高校時代に長期休みを除いて宿題したことが無いため、そのへんはすべて自分のことは棚上げ。

一方、高3の受験に対する追い込みはあんまりしたことは無い。

そのためか、受験あんまりしないクラスの子たちは、受験生たちへの配慮がすごく足りない。





初任校以外は条件が少し異なるので取り上げない。

取り上げたどちらの学校偏差値・進学実績は大して変わらない。

授業や宿題時間をかけても大して学力幸福感に寄与しないのであれば、

キツイ仕事は一気に減って全くブラックでなくなるのでは?というか楽すぎね?

でもそもそも、授業も適当で良いならモチベーションは本当に持続するのか?

率直なところ、これだけ手をかけているおかげで自分の母校と同程度の水準に持ってくることが出来ている、とは信じ切れない。

実はどっちでも大して変わらないんじゃ…

正解は、初代大審院長「たまのよふみ」を自殺させたチンポを子供のうちに殺すことだろwwwwwwwwww

 明治革命を起こし、当時神裁判と言われた検事長をも超える権力者であり、超絶神判決しか書かず

法律クソ」「俺の人格が全てwwwwwwwww」といってほとんど法律には言及せず、明治大岡裁き

と言われて日本列島から臭い幕府体制を抹消し、徹底的に浄化した日本史上最大の人物「たまのよふみ」

自殺させた最悪な国家からな。彼を自殺させたチンポの系譜研究してそいつ死刑にするのが正義

だろwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

再審請求事件判決の続き

全体としては「作らせれば早く出られる」という被疑者射幸心につけこんで捜査官が作成した虚偽の供述調書である可能性が高く、調書自体証拠として信用できず、証拠価値がない。

ク この点について、検察官は、警察検察での取り調べでは、書面作成はどうでもいいことであって、現在警察署、検察庁では、日本語も解さな犯行当時の申立人のようなニートのし反社会的行動抽象しつつ、取り調べで日本語能力を鍛えさせることを目途として行われているから、裁判官は、この趣旨を没却しないために、本件調書を採用すべきと主張するが、取調べの制度はそのような趣旨で設けられたものではない上に、調書に抽象されている反社会行動についても、その実質が脅迫に見えるだけの単なる国家への悪口であり、刑法222条が処罰対象としている程度のものとはとうてい言えないのであるから、そのような調書には価値がなく、裁判所採用すべきではない。

ケ 検察官は、申立人が公判期日に法廷反省の弁を述べているし、これをさせた趣旨も、申立人を法廷で辱めるところにあって、そこがポイントなのであるから裁判官は、これを没却すべきではないなどと主張するが、公判での反省は、裁判官被告人が犯した罪につき、真に反省をしているかどうかを観察し、反省が深まっているとき執行猶予を与え、単に形式的反省をしているだけで実質においては執行猶予を狙うために裁判官の前でのみうたっている虚偽の反省である場合には執行猶予を与えない、という、被告人刑務所に行くか行かないか裁判官の全人格で決めるというところにその趣旨があるのであって、検察官の言っていることは滅茶苦茶であり採用できない。そして、本件に関して言えば、当時置かれていた申立人の心境からすれば、単に刑務所に行くのは恐ろしいと考えたために、全力で反省しているかのような文言手紙に書いて裁判官の前で必死に述べただけに決まっているのであって、その狙いは刑務所行きを避けることにあり、毫も犯行を認める趣旨ではない。これに対して当時の裁判官は、申立人が刑務所行きたくないという必死意思があるし、法廷で涙涙の反省をしているから、情けを感じて執行猶予にしたにすぎず、確定判決文章も、極めて形式定型的な文章であって判決をした裁判官が本件に関し根ほり葉ほり検討しようとした姿勢は伺われず、確定判決自体も無内容なものである

コ そうすると、申立人が公判反省の弁を述べたからといって、犯行を認めたということにはならない。したがって、以上を総合すると、本件に関しては犯罪証拠がない。

サ この点について、平成30年(た)第2号再審請求事件を書いた任介辰哉裁判官は、申立人は、本件が犯罪の事案でもないし故意も認められないと主張するが、独自立場からの主張で裏付け証拠がないとか、他に適法な主張立証がないか再審理由に当たらないと判断しているが、同事件に供した申立書を形式的に見て、無罪であるとは思ったが、即時抗告特別抗告もあるし、再審何度でもできる上に、裁判官としても、本件につき詳細に審理する気がないか、仮にあっても、本件具体的事情を知りたくない、見たくないか無視をした上で、証拠が挙がってないなどと適当なことを言ってつっぱねたか、ないしは、裁判所自体にもはや明治時代の神もなければ昭和正義もないし、職務形式的に行っているから、申立書だけでは足りない、仮に善意があるとしても、もっと書いてからしろ、といった卑劣趣旨形式的判断をしたものと解されるが、裁判所は、再審申立者がどんな人であろうが、どのようなことを言おうが、いかなる文章を書こうが、裁判官

主張を聞いて無罪だと思ったら無罪にしなければいけないだけのことであって、どういう形の書面を書いたかとか、どの分量の書面を書いたか問題ではない。そもそも現在日本人再審請求者が、分量のある書面を当然に書けるという事実もないし、また、直截に判断して無罪と分かるのに一々長々とした書面を提出させるのは、時間無駄資源無駄裁判所としても、職務障害になるというべきである

シ そして、ア~コ記載の陳述をみれば、概要、本件には、生々しい脅迫故意もないし、そもそも脅迫自体を行っていないことも、裁判官において十分察知できる。したがってア~コ以上の陳述ないし証拠をいちいちそろえる必要はないし、裁判官はア~コの事情を読めば本件が無罪であることは判断できるから、これ以上、長々と文章を書く必要はない。

ス よって、ア~コ記載事情から、本件は懲役2年に値する脅迫行為などとは毫も認められないから、再審を開始すべきである

4 当裁判所判断

 そこで検討するに、3で申立人が述べる諸事情総合考慮し、一件記録を再度検討すると、結局、本件書き込みは、俗にいうところの強がり記載であり、名前として挙げられた具体的な被害者らに対し、現実具体的にその生命身体財産に対して危害を加える旨を告知し、被害者らに対して高度の恐怖感を与える意図を伴った、懲役刑に値する程度の高度に卑劣で悪質な脅迫行為とは認められず、捜査員による調書も、申立人が刑事施設を早く出たいという射幸心に付け込み、警察官、検察官が自ら作文し、署名押印をさせたものに過ぎないと推認され、法廷での反省も、犯行を認める趣旨ではなく、刑務所行きを回避するための便法であることも容易に推認されるから刑事手続きとして全くその体をなしておらず、警察検察による捜査自体が極めていかがわしいのであって、本件につき、申立人が犯罪をした証拠がないに帰し、3記載のア~コの事情から犯罪をしたと認定するには合理的な疑いの余地が発生せざるをえない。

 検察官は、2記載のとおりるる主張するが、刑事司法形式的しか仕事をしないというのは検察官の身勝手判断であって、容認できないし、仮に検察官がいうところの実質的理由についても、本件がいわゆる国家に対する批判エスカレートした最終的な結果として、名前を挙げた者らに対して脅迫をするに至ったものであるという見解も、的外れであり、申立人主張の2のア~コの事情および一件記録を再度検討すると、はてなダイアリー記載文言も、2ちゃんねる記載文言も、当時の情勢を考慮してもなお、被害者らに対し卑劣執拗な犯意を持つ脅迫行為などとはとうてい言えないし、現在時点で検討しても、文言周辺の批判文章や、2ちゃんねるでは、書き込み者を犯罪者に仕立て上げようとする多くの者の書き込みが目立つばかりで、書き込みのものからは何らの畏怖感も感じられないし、仮に被害者である女性大学教員や元最高裁判事が本件書き込みから恐怖を覚えたにしても、いずれの女性被害者高齢であって、当時20代前半であった申立人とは社会感覚も相当にずれていることを考慮すると、書き込み者がした形式的書き込み社会内に紛れてあたか書き込み内容を実行されるのではないかと誤信したり、または、2ちゃんねるで、このような文言を書き込む者を犯罪者に仕立て上げようとする者の多くの書き込みあいまって、右誤信を強めたもの推認されるのであって、仮に女性被害者らが畏怖感を覚え被害にあったにせよ、書き込み者本人は、そのつもりのない強がりを書いただけで、これが2ちゃんねらーによる仕立て上げもあいまって被害者らにとって脅迫と感じられたものであって、むしろ脅迫をしたのは他の多くの2ちゃんねらーの感があるし、書き込み自身は、懲役刑に処するに値するような、真に執拗かつ悪質でリアリティのある脅迫行為をせんと企図し、敢行したとまでは、とうてい認められない。申立人には、その性格人生経緯、被害者との関係においても、書き込み当時、生々しい脅迫をする動機がないし、仮に本件の動機を察するとすれば、悪口強がりの域を出るものではなく、いずれにせよ、刑法処罰しようとしている脅迫としては、採るに足る醜悪故意危険性を一切欠く形式文言にすぎず、これが犯罪になるとすれば誤判により多くの罪のない者が人権を奪われる事態になるばかりか、かかる形式文言を書く者のみを検挙し、社会内でより巧妙な手口で生々しい脅迫行為をしている者を見逃しているとすれば、刑事司法の怠慢と犯罪と言わねばならない。

 仮に捜査員が本件に関して、わずかでも脅迫故意を認めたとしても、本件から感じられる犯意は、まったくないか、あったにしても極めて微々たるものであって、書き込み当時の書き込みの生成の勢いとか、そういったもの推認してもなお、書き込み者は生々しい脅迫ではなく、2ちゃんねる呪詛を書き連ねていただけで、その生成的な実質において脅迫を働いたとまでは言えない(仮にも東大法学部卒業している人間であって、しか逮捕されて刑事施設に入りたいと思っていたような人間でもないから、安易逮捕されるような真の犯罪行為に出るとは思われないし、当時の引っ込み思案な申立人に警察と戦う度胸も認められないし、そもそも逮捕自体を恐れる人間だったとみられるため、捕まる可能性のある実質的脅迫行為を堂々とするとは考えられないし、これを考慮すると、本件書き込みの実質は、犯罪の域にまで達しているものではなく、本人にも捕まらない程度に意思を調節する考えはあったと思われる。逮捕を恐れている以上、逮捕される可能性あることを安易にするとは思われない)。通常であればインターネットありがちな不平不満の書き込みで、立件に値するようなものでないし、かかる微罪もしくは犯罪でもない行為を一々立件していては、社会は回らない。また、微罪と判断たにしてもこれをことさら公判まで実施して懲役2年の刑にしているのは、国家刑罰権の濫用も甚だしく、許されない。そうすると、本件については、捜査員が危険犯とみたため逮捕したというより、申立人が2ちゃんねらーなどから刺激を受けて瞬時的に怒張し本件書き込みをしたのを利用して殊更申立人をみせしめにして苛めるために捜査されたとみられ、実質的理由はないと考えられる。本件に関しては、あたかネット上の立小便のごときもので通例不問にされている程度の極めて微々たる反法行為をことさら重大犯罪に仕立て上げているところに本質があると思われる。したがって、警察検察ら、捜査員がした捜査は、全体として極めて信用性がないし、誠実に捜査取調べをしたとも評価できないし、特に2ちゃんねらー日本人故意に刺激し、怒張させて、特定形式文言を書くと犯罪者に仕立て上げていることも鑑みると、本件に関しては、陰謀的なものが看取され、なおさら本件を一々脅迫罪に問擬した確定判決は、実質がないと認められる。本来刑事司法は、社会内に存する真の危険犯であり、刑務所に入れて矯正教育実施するに値するだけの、悪の道にひた走る種類の人間逮捕し、訴追し、刑を言い渡すをもってその任とし、少なくとも本件のように、被告人の具体的事情に鑑みて自然危険犯でもないし、陰謀的なものによって犯罪者に仕立て上げられた者を処罰する趣旨運営されているものではない。したがって、仮に本件、はてなダイアリー2ちゃんねるでの書き込み形態のものが、全体として、反国家的で、国家批判し、その中で国家関係者に対する脅迫行為と見えるようなものがあったにせよ、善良な捜査員であれば、書き込み者は真正凶悪犯ではないと推知し、逮捕には至らないはずであるところ、本件捜査に関して言えば、捜査員はそのようなことを考えた形跡も伺われず、むしろ刑務所に入れる必要のないような人をあえて逮捕するという暴走行為に及んだだけと認められる。これを考えても、なおさら本件につき、刑事手続きに乗せる必要はなかったのであって、窮極するところ、2008年時点でのインターネットの情勢も踏まえ、本件書き込みは、脅迫形態をとる不平不満の域を超えるものではなく、百歩譲って、わずかでも脅迫故意があったにしても、捜査機関としては、社会によくある程度の違法性の微小な反法行為とみて、信号無視、野原での立小便同様、不問に付し、一々大げさに捜査すべきものではなかったのであって、本件は、その実態において、本来は訴追されるに至るような行為ですらなく、大仰に裁判が開かれるに値するまでもない、インターネットの不平不満にすぎない。インターネットのこのようなことを「書いただけで」、ことさら高度な違法性を伴う書き込みでもないようなことにつき、いちいち逮捕されていたら、国民は、犯罪趣旨ではないのに、犯罪形式をとっただけで逮捕されるのでは何も書けなくなるし、憲法21条で保障されている表現の自由が委縮し、重大な弊害を来すと考えられる。

 以上を考慮すると、本件に関しては、捜査機関が、殊更、刑務所に入れて矯正教育実施しなければいかんともしがたいような危険犯を見出し、厳正に処罰すべく捜査を敢行したとは認められないし、2ちゃんねらーなどインターネット書き込み者に刺激されて怒張し、瞬間的に本件のような書き込みをしたにすぎない、本来善良な市民逮捕するという暴走行為をしたと認められるのであって、書き込み自体も、申立人が3のアで主張するとおり、脅迫実体を有していないし、仮にわずかでも何らかの犯意があったにしても、本来捜査機関が大仰に動くに値するほどの重大事案ではない。この点について確定判決は、本件は折りから厚労省事務次官殺害事件が発生しており、それに連続するものであって被害者に与えた恐怖感は多大であって悪質云々と論評するも、確定判決自体が無機質な文章であってしか簡単な短文であり、全体としてナンセンスまりないもので、抽象検討をしたにとどまるものであり、一つの刑事判決として趣味もないし読むに値するようなものでない。

 以上を総合考慮すると、本件に関し、捜査機関が乗りだし、刑事手続きに乗せた上、最終的に懲役2年の刑を言い渡した上、その後執行猶予中に再犯をした場合現実刑務所収容されて強制労働をさせる結果につなげるほど、本件の被告人が重大事案を犯したなどとはとうてい言えないところであって、捜査及び判決自体も全体として刑事手続きとしては全く意味をなしていない形式的かつ悪質でナンセンスまりないものであり、およそ全体として適正な刑事手続き実施されたという価値を具有しない、支離滅裂無意味ものであり、はてなダイアリーおよび2ちゃんねるでの書き込み自体も、本人の性格書き込み当時の社会実態関係、本人がはてな日記2ちゃんねるで遊んでいただけで、凶器も準備しておらず被害者の自宅場所も知らない上で「自宅において順次殺害する」と書いたのも、単に被害者に対する嫌悪の情極まって語勢の強まるところ「自宅において」という文言が付加されたにとどまり確定判決が言うところの厚労省事務次官殺人事件犯人のように、実際に凶器を準備し被害者の自宅を調査して実行行為に及んだ性格の者とは大きく違い、被告人被害者らの自宅に行き実行行為に及べるような人物ではないのであって、その実態関係において脅迫として処罰しなければならない危険性が全くないか、仮にあったにしても極めて微小であり、また、2ちゃんねる書き込みこのエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

平成31年(た)第1号再審請求事件 東京地方裁判所

主    文

本件につき再審を開始する。

理    由

1 事案の概要

 本件は、平成20年11月に、インターネットはてなダイアリー等で「文科省局長である金森越哉等を順次自宅で殺害する」云々と書き込んだ件で、申立人が脅迫罪逮捕され、平成21年3月26日に、懲役2年、執行猶予3年の判決を言い渡されたが、本件確定判決については、申立人が述べる諸般の事情から刑訴法435条6号にいう無罪を言い渡すべき新証拠があるので、再審を開始すべきとして、再審請求をしているものである

2 検察官意見

ア 検察官意見聴取したところ、本件は、社会通念上、インターネット電子掲示板掲示された立派な脅迫文言であって、この程度の形式を有する文言記載した以上、被害者が恐怖感を感じるであろうことは犯人は容易に推測がつくものであり、被告人も、取調べで犯行を認めて、公判廷でも反省しており、有罪判決が出る外形的事実は十分に整っている。被害者被害供述をしている調書も整っており、しかも、文言形式から受ける印象は極めて過激で、被害者も、この書き込みにより、著しい恐怖感を覚えたと供述しており、懲役2年を言い渡すに値すると信じられるだけの諸般の外形的なものが揃っている。他面、申立人がいうところの事情は、司法機関には理解できないことであって、捨象すべきである。生々しい刑事司法を展開していた昭和時代であればともかくとしても、平成20年時点での我が国の完成した社会通念からすれば、これだけの形式的なものが揃っている本件に関しては、これを覆すのは困難であり、右形式的な書類等を全て覆すに足りるだけの形式的な証拠を、申立人は何ら提出していない。したがって、形式的に動いている現在刑事司法においては、形式的な書類等は鉄壁犯罪証拠であって、これを虚偽とすることは困難であり、本件再審請求は通らず、棄却さるべきものである

イ 仮に、本件書き込み形式的なもので、実態上は犯罪構成しないとしても、被告人ブログに書き込んだ文章や、2ちゃんねるでの書き込みは、実質において、極めて反国家的であって、文科省教育刑事司法が腐れていると言うなど、関係機関侮辱しているところ甚だしい。したがって、申立人は、脅迫行為を行ったわけではないが、国家に対する諸般の反抗的文章を書き、国家敵対したとして、これを刑事司法私刑に処する意味で、本件を脅迫罪として作り上げ、懲役2年に処しても、平成20年当時の実質法には違反しない。それに、本件に関しては、執行猶予があることが最初から決まっており、申立人は反省形式を整えれば刑務所にいくという致命的なことは免れえたのであるから、今回の刑事処分が、形式的な行為に対して刑罰を下すという残酷行為であるというのは当たらない。

ウ 仮に本件について実質的理由があるとすると、検察においては、本件ブログ記載書き込みは、従前より申立人がブログ2ちゃんねるに書いてきた反国家的な文章投稿による怒りが頂点に達した結果、記載に及んだものであり、その量も膨大であって、脅迫行為として採用するに足りると判断するから実質的な面を見ても、本件を脅迫行為としても何ら問題はないし、懲役2年の刑も相当である

エ 何よりも、現在刑事司法犯罪行為があったかどうかについて、外形的事実からしか判断しないという姿勢は一貫しており、申立人は、本件刑事手続きにおいて揃えられた形式的な証拠を全て覆すだけの形式的な証拠を用意できていないし、現在日本刑事司法実質的正義はないから、仮に申立人が本件再審請求で、実はこうだった、ということを陳述したとしても、裁判所検察は、実質はどうでもよく、形式しか見ないから、本件再審請求が通ることはありえない。

オ よって、本件につき無罪を言い渡す新証拠はないから、本件再審請求棄却すべきである

3 申立人の意見の要旨

申立人が、本件行為脅迫罪に当たらないとする事情は、以下のとおりである

ア そもそも刑法222条が罰するとしている脅迫行為とは、その当時の社会実態被害者心理状態加害者意図狙いなどを総合考慮して、実質的被害者生命財産が損なわれるのではないかという著しい恐怖感を与えるような行為であって、この行為が行われたと認定するためには、犯人にそのような生々しい意図があるということと、犯人がした行為が、被害者をして生命財産が損なわれるのではないかという著しい困惑感を覚えさせる必要がある。この程度に至らない行為は、単なる形式的なもの些末なものであって、いちいち刑法処罰し、まして懲役刑など選択する必要性もないのであって、また、脅迫行為は、必ずしも、日時や場所記載の上、氏名をあげて殺害するといった文言によらずとも、例えば、それ相当の具体的関係を持つ者が、すれ違いざまに何かを呟くなど危害を加える旨の言動をしてそれによって被害者が恐怖を覚えても成立するし、一般には意味が分かりにくいような文字ないし絵、暗号でも、加害者被害者住宅や部屋に、被害者危害を加えられると察知してしまうようなもの差し入れ場合にも成立するし、要するに、脅迫罪の成立は、形式文言記載したこと要件なのではなく、文言記載した場合には、その文言記載したこと加害者に真に生々しい犯意があって、しかも、その文言を閲読した被害者が真に生々しい恐怖感を覚えなければ、実生活上は意味のないものであって一々脅迫罪の成立を見ないし、外形的なものがなくても、当事者間だけで通じるような言動暗号の表示、一定空気を醸成すること等、諸般の無形的な行動があってそれが実質的個人生命財産身体安全を脅かす場合は、特に整った外形が無くても脅迫行為に当たることは言うまでもない。

イ これを本件についてみると、結論から言えば、ブログにおける書き込み自体からは、通常人感覚からして、特に何の恐怖感も感じない。関係証拠などを総合すると、「殺害する」云々の周辺には、大量の記事が書かれてあって、平成20年当時にこのようなブログ文章を書くような者が持論を展開しているようにしかみえないし、「殺害する」云々は、脅迫をする趣旨ではなく、強がっているか、もしくは、面白いからたまたま書いてみただけのようにしか見えず、金森越哉という者に対して、生々しい恐怖感を与えようという意思が感じられない。また、2ちゃんねるに書きなぐっているところの脅迫文言も、便所の落書きスレッドを盛り上げるためのジョークしか見えず、とうてい真剣脅迫行為には見えないし、スレッドを全体としてみると、むしろこのような文言を書き込んだのをいいことに、2ちゃんねらーがこのような形式文言を書いた者を脅迫犯に仕立て上げようとしているようにしかみえない。このようなことをしている2ちゃんねらーは、国家関係者とみられ、この点を見ても、刑事司法形式的に動こうとしているという悪意が執拗に感じ取られ、検察官がいうところの、形式的に脅迫の外形があるから処罰に値するという見解は、極めて悪質である

ウ そもそも平成20年11月時点で、申立人が本件文言を書いたのは、小学校時代学校いじめられていたことを思い出し、その真犯人文科省である抽象的に思念して、文科省HPアクセスして、幹部として氏名が列記されていたページを開いてその氏名をコピーアンドペーストして貼り付けただけか、金森越哉については、具体的な当人を申立人が知っていたわけではなく、たまたまHP局長名が金森氏だったので、文科省というところにいるその名前の者がボスであると思料して、ブログでその名前を出したまでのことで、申立人は金森氏が勤務する霞ヶ関に、当時一度も立ち寄ったり、用事で近づいた形跡もないこと、「自宅で順次殺害する」などと言っただけで、申立人は金森氏その他の自宅場所など知りもせず、殺害に用いる凶器なども何ら準備しておらず、結局は、ブログ文科省等を抽象的に批判するだけで、その中でたまたま気が強くなって、このような文言を書いて恰好をつけてみたにとどまるものであり、申立人は平成20年当時、ひきこもりニートであって交友関係も何もなく、パソコンで自堕落に遊んでいた若者にすぎず、金森氏等本人などとは面会すらしたこともなく、書き込みである文京区本駒込の自宅と、金森氏等が勤務する霞ヶ関までかなりの距離があること、申立人は、結局書いただけであって、これにより被害者が生々しい恐怖感情を覚えるであろうとは思いもしなかったこと、申立人はそもそも東大合格するような大人しくて真面目な人間であり、しか東大法学部の先輩である金森氏に対して、一般世間で行われているような卑劣で生々しい脅迫行為をする性格動機も具備していなかったことを考えると、本件書き込みは、人をして自己生命財産身体が害されるのではないかという生々しい恐怖感を与えるような具体的行為とは認められない。

エ この点について、検察官は、本件は、2008年11月までの過去幾多に渡るブログ2ちゃんねるでの、国家に対する不平不満、批判などがエスカレートし、その怒りが極まった結果としての書き込みであり、その本気度が高いなどといった実質的理由を主張する反面で、起訴した理由形式的なものであり、申立人が刑事処分を受けるべきは、実質的理由もあるが、申立人が調書に署名押印し、公判犯行を認め反省しているといった外形的事実鉄壁のものであって、こちらの理由により本件再審請求は通らないなどという、支離滅裂な主張をしている。

オ これについて検討するに、検察が言う形式理由については、刑法趣旨が、虚構犯罪に対して刑罰を与え場合により刑務所労役をさせるところにあるものでないことは明らかであるから、全く理由がない。また、検察が主張する実質的理由についてであるが、本件は、国家文科省に対する批判文章がかねてより蓄積し、その憎悪クライマックスに達した結果、遂に国家幹部に対して脅迫行為に及ぶに到達したものである、などというが、検察の都合のいい誤信であり、実態に合っていない。

カ 本件の一件記録にある犯罪証拠であるが、これを一瞥しても形式的なものであって何ら生々しい恐怖感を覚えるものではないし、書き込み当時の社会情勢を考えると、なお、本件のような書き込み被害者が真に恐怖を覚えたとは考えられないし、被害供述は虚偽の可能性もある。仮に恐怖を覚えたとしても、平成20年時点での社会情勢を考えて、いまどきこのような形で人を脅迫する者はいいから、書き込み者においては単に形式的にした書き込み社会の中に紛れ込んでこれを閲読した者の内面において恐怖が発生しただけであって、書き込みをした者本人の内心には、かような形式書き込みで、名前の具体の者に対して一般社会実施されているような卑劣で生々しく狡猾な意思をもってその生命身体財産に害を加えんとし、法で処罰するに値するだけの高度に悪質な故意があったとは、本件書き込み者の人生の経緯や性格書き込み当時に置かれていた社会立場被害者との関係総合考慮しても、とうてい認められない。そもそも、申立人は社会的交友がないニートであって、名前を挙げた者と現実具体的な交渉関係を持たないような人間であるばかりか、性格としても男性的なところがほとんどなく女々しい者であって逮捕されるまでには他人と喋ることもできないような引っ込み思案の性格であって、さらに交友関係は一切ないどころか、暴力団関係者とも付き合いがあるわけではなく、まして殺害に用いる凶器など購入もしていないし、当時の状況に鑑みて、名前を挙げた者の自宅を把握しているわけがないのであるから、本件書き込みを実行に移す意思など毫もなかったと考えられ、結局において本件は、社会にありがちの文言で本人が強がりを見せただけの言葉社会内に紛れ、被害者被害を受けると誤信したか、あるいは誤信もせず、ウソであると分かった上で虚偽の被害供述をした可能性が極めて高い。仮に、名前をあげられた東大大学教授女性の者や、女性最高裁判事が恐怖を覚えたと誤信したことは分からないではないが、少なくとも文科省で長年人生経験し、あるいは精神が屈強で本件文言ときに恐怖を覚えるとは思われない東大男性教授等が恐怖を覚えたとはにわかに措信し難いのである。また、一般世間では、より巧妙な手口で、人を脅迫する者が増えていることは、現在実質的社会通念であって、むしろこのような文言を書くことで脅迫する者は、絶滅しているほか、2ちゃんねる電子掲示板ではなく、便所の落書きであることは、一件記録2ちゃんねる書き込みを総覧すれば容易に看取しうるところであって、これを電子掲示板などと見るのは、抽象的観察に過ぎるものがあって是認できない。以上を総合すると、検察官が主張するような、実質的理由、すなわち、本件が、被害者に対し、生々しい恐怖感を与える、生々しい脅迫故意を伴う行為であるから、2年間の懲役に送り込むに値するほどの凶悪行為だ、などという意見は、全くの絵空事であって、無内容にも程があり刑事処分の体をなしていない。検察官は、これが失当であることをあえて知りながら、本件再審請求が通らないのは、一件記録形式的印象から受ける証拠を覆すだけの、テクニカル技術的な証拠を、申立人が何ら提出していないから、再審は通らないという卑劣な主張に力点があるので、以下これについて検討する。

キ 検察官は、警察官調書で犯行を認めて反省し、サインをしており、検面調書でも同様の供述をしてサインして、調書の外形が出来上がっている上に、公判でも、裁判官に対し、反省の弁を述べているのであるから、申立人が犯行を認めたのは間違いなく、右のように書面や反省の弁を揃えた以上は、現在刑事司法では、判断は覆らないのであって、いくら申し開きをしても無駄である、などと考えているが、平成20年警察体制は申立人のような2ちゃんねるで遊んでいた者に対しては形式的で暴力的な態度で取り調べをしており、申立人の主張は一切採用せず、警察検察官は、取調べにおいて、「犯行を認める文章捜査官に作成させること」「サインをすること」の2点をさせれば、「執行猶予は間違いない」もしくは「少なくとも何度も取調べに呼ばれることなく、早く釈放される」などといって被疑者射幸心につけこみ、捜査官が勝手に作文して作っているだけであるのが実態であって、この観点から一件記録の調書をみると、なるほどいかにも捜査官が適当作成した定型文章であって、当時、引っ込み思案で大人しく、日本語もまともにしゃべられない申立人が実際に言ったことをそのまま書いたとは思われないものであって、全く具体性がなく、こんなもの被疑者真意からそのまま供述したと見る方が、不自然である。従って、仮に署名押印のある、犯行を認めたかのような調書であったとしても、全体としては「作らせれば早く出られる

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