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はてなキーワード: 書籍とは

2019-04-19

anond:20190419111004

ネット書籍もあるいまどきその認識ってヤバイ

世の中90%のアホの枠組みに入りたくなかったら今から必死勉強して賢くなれ 手遅れかもしらんが

2019-04-16

anond:20190416164832

コンテンツホルダーとは、コンテンツの所有者、すなわち、文章映像などの情報コンテンツ)に関する著作権などの諸権利を持つ者のことである

基本的には、書籍については出版社音楽・曲についてはレコード会社映画については配給会社テレビ番組についてはテレビ局が主なコンテンツホルダーとなる。


で?電子書籍だけにされなきゃならない理由は何?

紙の本で売ってはいけない買ってはいけない理由は?

書籍Web化したい

電子化では足りない

Webのように横書きにして

スクロールできて

検索できるように平分で表示して欲しい

 

最近文章をまともに読まなくなった

斜め読み全体像を把握してから、読みたい章だけ真面目に読む

でも本のUIだとこれができない

1ページが狭すぎる

2019-04-15

エロゲが衰退した原因はリーマンショック

anond:20190415042641

販売統計を見ろ。

エロゲに限らず一般ゲームアニメDVD等数千円する高額メディア媒体は同タイミングで軒並み売上が半減している。

ゲームアニメソシャゲ配信などの回避先で広く薄く回収する方向へシフトできたが、

エロゲ業界は舵切りが上手くいかず、異なる出自を持つ同人エロゲや、単価の低い書籍パイを食われた形となる。

ちなみに売上ベースピークはTo Heart2戦国ランスの発売された2005-2006年2007年もほぼ横ばい)である

余談として2013年にALcot10周年ライブにおいて同代表取締役の宮蔵氏が「前は考えなくても倍は売れてて⋯⋯」などといった感想を述べている。

同人作家ちょっと調子に乗りすぎじゃね?

プロが作り上げた書籍と比べて同人誌が「この程度」なのは当然でしょ。

書籍に貴賎はない」とでも思ってんの?

2019-04-14

判断ミス他人のせいにする人

書籍日用品を購入し実際に使ってみると自分が考えていたものと異なる場合がある。そのときマトモな人であれば自分判断ミス反省してそれで終わりにするが、中には間違えた選択をして損をした怒りを商品販売した側にぶつける人がいる。そういう人をみるとこの人はバカなんじゃないかと思う。数ある類似品の中からわざわざ選んでおきながら気に入らないからと言って文句を言うなと言いたい。自分の近くにいたら絶対に関わってはいけないタイプだと思う。

2019-04-13

日本AmazonはどうしてeBayのようにならなかったのか

日本に住んでいて、Amazonは何でも揃うので凄いというのがイマイチからない。

書籍は揃っているのでわかるのだが、他はどうなのだろうか。

ゲームもいいと思う。

でもeBayにあるようなBtoB流通していた型遅れ品があるわけではない。

中国から転売品ばかりになってしまって、あるようでいくらページをめくっても無い。


計測機器に関して、アメリカだと流れているのをかき集めて出来てしまうが、日本だとそういうわけにもいかない。

そりゃガレージ文化は出てこないよな

anond:20190413013400

残念ながら、今の時代は、名文か駄文かの時代ではない。

もし、そうなら、書籍全体がこれほどまでに追いやられた状況であるはずがない。

今の時代は、名文ではなく、話題議論を巻き起こせるかこそが文章の神髄であり、

その意味で、増田も十分に釣られ、また、真正から批判することもできないこの祝辞は、大成功と言わざるを得ない。

話題議論を起して、誰か、あるいはその集団を動かす事こそが文章に求めらている時代であり

動いた時点で、負けであり、動いた結果としてメインストリートを作りだせれば、勝ちであり

どちらでもないなら、座して負けて死ぬだけの時代に過ぎない。

それを傍観して、ひっそりと批判するのは、中流市民酒の肴になるだけである

2019-04-11

anond:20190411082758

完全に部外者妄想だね。

フェミニスト書籍なんて女性の中のごく一部しかパイとして見込めない上にフェミニストから内容にうるさく言われる。全然同じ発想から企画できるものではない。

嫌韓は「ネット右翼」じゃすまないほど広く薄く広がってるから数字が見込めるってことすらわかってなさそうだし。

それに読者バカにしながら本作るなんてしないし。

まあ多分嫌韓書籍面白く思わない人の出版社なりすましってとこだろう。

どうしてこんなに書籍ネットは役に立たなくなったのだろう

会社書籍を読めとか言われるものの、結局役に立たないことが多い。

ビジネス書はともかくもう少し太い詳細な解説であったとしても使えないことが多い。

機械学習の太い本を買うと、前半半分以上はPythonの入門で、それ他の本で調べるとかになる。それで結局機械学習の内容についても触りだけになる。


エクセルの本は沢山あるが、結局実務に使えないような。実務に使えると謳っているのも、そこから書かないと駄目なのかと思い読み進めると、肝心の応用は書かれてない。


トランジスタ技術という本があるが、ドンドン読むところが無くなっている。

2019-04-10

富士通入社して約20年が経った

ちょっと反応遅れたけど

富士通に入社して13年が経った - blog

このエントリはてブボコボコにされてるのを見て、何となく書いてみる。

上記エントリに書いてあることは「自分で何とかできるものはなんとかすればいい」という

マッチョ思想であまり共感できない。

考え方ややり方は人それぞれだし、無駄な戦いだとか工作を気軽に求めるのはどうかと思う。

それにそもそも富士通という会社は大きく、職場による差が激しい。

いくらマッチョでも勝ち目のない場所もあり、安易に「自分で何とかしろ」みたいなことを言うのは良くない。

というのが感想なんだけど、富士通という会社擁護もしておく。負の側面は色々ネットに流れてるのを眺めて0.7倍にしたくらいであってるよ。

凄い人はたくさんいる

割合ではない。人数。

OSSコミッタだとか、書籍執筆者だとか、たくさんいる。

そしてそういう表に出ていない人でも、そういう人たちに匹敵する能力を持っている人がたくさんいる。

母体の人数が大きいからという理由しかないと思うけれど

"凄い人が居る"というのはソフトウェア業界においては重要なことだと思う。

ただ、母数に比べればSSRみたいな感じだし、知り合ったり一緒に仕事する機会を持つのは難しい、難しかった。

近年はSNSやらなにやらと、会社の中でも個々人がつながりやすくなっていて繋がれる可能性は上がってきている。

凄い人と日常的に会話できる環境が無かったら会社を辞めていたかもしれない。尊敬できる人が居ないのは辛い。

配属ガチャに失敗しても、異動出来るかもしれないし、社内SNSとかで気を紛らわすことは出来るかもしれない。

(強い人は)好きなことをやれる

強い人は結構自由にやれる。自己主張すればそれなりに通る文化がある。基本は縦割りだけど。

tnaoto氏のエントリにある、開発環境を手に入れる話とかはこれの一例。私も多少の強さがあるようで、人権がある程度のPCは使えている。

いろんなことをやってる

かなりの業種、業務システム開発やってる。良いシステムもあればそうでないのもある。

いろいろな人の話を聞いて面白いと思うことはよくある。

あと、システム開発だけでなく人材開発だとかコンサルだとか不動産んだとか病院だとかスポーツ選手だとか

色々なところに手を出していて、そういう人たちと会話する機会があるとそれも楽しい

この多様性をもう少し活かせたりしないものかと昔から思っているけれど、簡単はいかないのだろう。

オチはない

書いてみてわかったけれど、たいした擁護は出来ないな。

ダメなところがたくさんあるけれど、良いところも少しはある。

多少プラスかもしれない話としては、ここ数年の働き方改革とかの流れで残業がすごい勢いで減ってる。

私の観測範囲では、普通に無駄仕事が減っている(もともと無駄なダラダラとした残業が多かった)だけで

発注先に押し付けるとかいうのはあまり聞かない。

大手はどこも一緒かもしれないけれど、法令順守はかなりしっかりしていて、そういう意味ではホワイト職場

ハラスメントについても10年前と比べると、異世界のように健全

とりあえず、そんな感じ。

2019-04-09

東大新入生が「こんなはずでは・・・」となる前に

10年前くらいに東大(文系)に入学したときのことを振り返ると、前期教養課程自由度が高い一方で「こんなはずでは・・・」という失望に包まれやすい期間だと思う。

大学教員は教えるプロとは限らないため、単純な話のうまさやわかやすさのレベルでみると、それまで授業を受けていた予備校講師とかと比べると落差が大きかったりする(もちろん上手い人は上手いが、少ない)。今頃「まさか東大の授業がこんなにつまんないなんて・・・」と頭を抱えている人もいるだろう。

逆評定を見たり先輩の話を聞いたりして楽に単位が取れそう、出席が緩そう、シケプリが充実している授業ばかりを履修した結果、専門課程に入る前に大学の授業、ひいては学問のものにすっかり絶望してしまうかもしれない。

なんだかんだ真面目な人も多いので、つまらないとしか思えない授業に毎回出席してしっかり話を聞いている優秀な同僚を見て、こいつらとは住む世界が違う…という感覚を抱くこともあるだろう。

幸い、大学生活には部活サークルバイト学生団体ボランティアインターン起業麻雀ツイッターその他打ち込めるものがあるし、授業を適当にやり過ごしてもそれなりに充実した生活を送ることができ、課外活動から大きなことを成す人もそれなりにいる。

しかしながら、個人的には前期教養のうちに大学学問絶望してほしくない。知的ディシプリンを身につけることは自信になるし、何かに躓いたときの拠り所にもなりうる。

楽単を稼ぐこと自体が悪いわけではなく、楽単をとりつつも、自分の関心に合わせてハードな授業や少人数の演習科目を履修して、今学期はこの授業は頑張る!というメリハリをつけられればよいかと思う。講義では教科書朗読するだけだったおじさんおばさんが少人数の演習では本来の知性を発揮して学生真摯に向き合ってくれたりすることも多い。しんどい課題を乗り切れば嫌でも体系的な知識を身につけられる。

残念ながら、引退寸前のロートル教員が錆びついた内容の講義を行っているということはそれなりに見られた(その分過去シケプリが充実していて楽だったりするのだが)。

現役で論文をしっかり書いている研究熱心な先生は授業内容も日々アップデートを続けているし、そういう知的生産の先端に意識的に触れて欲しい。そういう先生は授業が下手でも参考文献リストは宝の山ということもしばしばある。それだけ持ち帰って片っ端から読んでいっても良い。

とにかく、大学の授業、図書館書籍部、新聞論文データベースなど、あまり豊富リソース活用する術を身に着けないうちに大学学問絶望するのはまだ早いし、主体的になにかを学ぶことを楽しんで欲しい。逆評定や他の人の評判はあくまで参考であり、第一印象にとらわれず、自分の耳と頭でより深く考えて決定してほしい。

入学おめでとうございます。充実した大学生活になることを心から祈りしています

2019-04-06

ツイッターの白ハゲ撲滅し隊


2019-04-03

電子書籍はストア閉鎖てすべて失う

物理書籍火事ですべてを失う

どっちのリスクを取るべきか?

2019-03-30

アイディアを出そうとすると邪魔してくるもの

ツイッター実体漫画(白ハゲ漫画)を描いて遊んでいる者だ。

仕事中にはそのことばっかり考えている。

ある日、この白ハゲ漫画書籍化しないか、とお誘いが来た。

受けようと思ったが、やめた。

何故やめたかというと、理由は1つ。

筆が乗らないから。

書籍化するにあたって、ボリュームを増やすために50ページほど新規で描いてくれと言われた。

毎週10ページは描いていたので、1か月あればできると思っていた。

しかし、出来なかった。

全くアイディアが湧かなかった。

メモ帳ネタをまとめていたので、それを元にネームを書いたりした・・・が、

全く面白くない。

ネタは悪くない。いつも描いてるものと同じような感じだ。

だが、比べてみても全く面白くない。

何が悪いか考えた。プレッシャーによるもの・・・漠然と頭に浮かんだ。

何のプレッシャーなのか?

ツイッターという不特定多数毎日のように作品を後悔してるのに、自分が感じているのは何のプレッシャーなんだろう?

書籍化されることへのプレッシャーか?

それもあるだろう。

しかし、分かった。

分かってしまった。

自分に声をかけてくれた、担当編集さんからプレッシャーだった。

担当編集さんはとても優しく、書籍化の件を真摯に取り組んでくれて、打ち合わせも楽しく行えていた。

担当編集さんに問題はない。

問題なのは自分の描いたもの担当編集さんがチェックする、という事実なのだ

自分の描いたものを、特定の誰かに見せる。

それが自分にとって死ぬほど嫌だった。

ましてや、その担当編集さんとは何度か会い、食事をし、どんな性格なのかもお互いに知ってる仲だ。

それが尚更、自分アイディア出しにプレッシャーをかけていた。

不特定多数の、顔も知らない人に向けて漫画を描くのはいい。

誰の為でもなく、描きたいから描いて、公開したいから公開して、それが見たい人にたまたま見て貰えばいい、というスタンスだ。

それが担当編集さんのチェックを通る、というだけで、

その担当編集さんのために漫画を描く、という思考になってしまい、

どこか媚びたような、猫を被ったような、どことなくハジケきれてない、そんな漫画になってしまう。

「こんなこと描いたら担当さんに引かれるのでは・・・

そんな思いが心の根のどこかにあるのだ。

いや、担当さんも漫画を読むのが仕事なんだから、引かれることは絶対にないというのも分かってるのだが。

分かってくれない。

全く、アイディアも出ない。

ツイッター適当に公開する漫画を描こう!と考えると、めちゃくちゃにアイディアが出る。

しかし、「あっ、これを書籍に載せればいいじゃん!」と考えた瞬間に、脳みそにフタがされたように何も思い浮かばなくなる。

こんな人、他にはいないのかな。

どう解決したらいいかからない。そもそも解決できるのだろうか。

出版社はつらいよ

タイトル通り、いまの出版界はマジでつらいという話をしたい。僕は数年前からある出版社で書籍編集者として働いている。

出版社はかなりの高倍率で、「人気業界」だとされている。講談社集英社などは、就活生の入りたい会社ランキング上位に来ていることもある。ただ、これほど「人気」なのに、「不景気」な業界もないだろうなと思う。

出版物の販売額は1996年ピークに年々減少を続け、ピークの半分以下にまで減っている。しかも、昔から本を読んでいる人ならわかると思うが、20年前と比べて書籍の定価は大分値上がりしている。にもかかわらず、販売額は半減しているのだから、「どれだけ本は売れなくなってるの…」という感じだ。

データからすでに悲惨さは伝わってくるが、現場で聞く話は「人の顔」が思い浮かぶ分よりつらい。どこどこが倒産したとか、誰々が転職して田舎に帰ったとか、「限界」を迎えて出版から姿を消してしまう人がたくさんいる。こうした話を何度も見聞きすると、本当に出版界は限界なんだなと思う。

これからさら業界の再編が進んでいくだろう。一部の体力のある出版社以外は「足切り」され、淘汰されていくかもしれない。最近はんこ業界が、印鑑廃止に対する国への補償を求めたことが話題になったが、そのニュースを見たとき出版だって数年後似たようなことをやらかすかもしれないと思ってしまった。

僕の今いる出版社は、そして僕自身はこれからこの世界で生き残っていけるんだろうか。忙しい毎日を過ごしながらも、その不安が頭の片隅にずっとこびりついている。

ネガティブなことをつらつら書き連ねてしまったが、僕は「この業界から逃げ出そう」とはどうしても思えない。企画を考えるのは楽しいし、著者への取材は刺激をもらえるし、一冊完成したときの達成感はものすごい。それが売れちゃったりしたら脳汁がドバドバ出る。

仕事楽しいし、本は好きだし、できればずっと続けていたい。でも将来は心配。同じような思いを抱えている人はこの業界には、きっと大勢いるはず。つらくて、おもしろくなかったらこんな悩みを抱えることもなかったのに、なんとも罪深い仕事だなと思う。

4月に入って、街でリクルートスーツを着た就活生を見かけることも多くなってきた。もし、出版社を志望している人がいたら、こう伝えたい。

出版社はつらいよ。でも楽しいよ。

東大生自分のことを貧乏だと思ってる

田舎者貧乏人を初めて見た話」を受けて。

 東大入学した春、僕は父親年収が700万円だと知った。日本学生支援機構奨学金に申し込むために、世帯主収入必要だったからだ。

 当時の僕は父親年収を見て、「こんなもんか、思ったよりは多いんだな」などと考えていた。東大生の親の世帯年収は、約半数が1000万円以上だという。

https://www.nenshuu.net/sonota/contents/toudai.php

 1000万円というのが金持ちの一つの基準で、それに足りないウチはやっぱり中流階級なんだと思った記憶がある。僕は地方都市郊外人口5万人程度の町で生まれ育ち、小中高(駿)大と1年を除いてすべて公立で済ませてきた。父母僕弟の四人家族で車は国産普通車、家は駅から少し離れた3LDKマンション外食は月に一度するかしないか、98円の卵のために朝からスーパーに出かけるような、至って普通の家庭だ。中高時代スーパーフードコートマックポーク1個だけで粘り、近所の友人とオタ話に花を咲かせた。高校は街中にあったので、放課後ラーメン屋に誘われることもあったが、月5000円の小遣いがラーメンに消えるのが惜しくて断ることが多かった。

 これが普通金銭感覚だと思っていたし、今だってそう思っている。

 そうしてこうして、東大入学した。

 父親年収700万円が基準額より高かったので、結局無利子の奨学金は借りられなかった。なので、学部時代は親から仕送りで過ごした。ボロアパート5万5千円の家賃と、それとは別に5万円の生活費を毎月親から貰っていた。

 仕送りの額について友人と話していて感じたことだが、どこまでを仕送りの額として申告するかは個人差がある。家賃込みの額を言う人もいれば、携帯代も光熱水費も全部親が払っていて、本当に自分自由に使える金額を申告する人もいた。僕は、携帯代と交通費と光熱水費は自分持ちの5万円だ。

 東大に入ってできた友人は、世間の言うほど金持ちではなかった。毎日のように高級なランチを食べるだとか、服に月に10万円使うとか、そういう人はほとんどいなかった。医者の一人娘の女子が親からクレジットカード丸ごと借りていて、自由に使っていいという話を聞いたが、流石にそれはウワサ話になるぐらいには少数派だった。

 三鷹寮に住んでいた友人は、本のためにバイトに明け暮れていた。

 あらかじめ言っておくと、ほとんどの東大生の親は、子供の本代を惜しまない(と観測範囲の中では思う)。僕の仕送りは5万円だと言ったが、学期初めの教科書代は別途追加で送られてきた。公立高校でさえ周囲はそうだったから、そもそも子供学歴にかかわらず)本を与えてくれる親は多いのだろう。でもやっぱり、書籍部で1冊数千円する専門書がドカドカ売れていくのを見ると、東大生は本にお金を使うし、親もそれを惜しまない傾向は他の大学に比べて強いのだと思う。そんな環境の中、三鷹寮の友人は本を自分で買っていた。外部の人に説明すると、三鷹寮というのは東大直営学生寮で、月1万円ちょっとで住むことが出来る格安家賃が魅力だ。その代わり、三鷹にあるのでキャンパスから遠いのと、入居者には所得制限がかかっている。なので、三鷹寮に住んでいた時点でその友人はさほど裕福な方ではなかったのだろう。僕は不躾にも、彼に「本代を親に頼まないのか」と聞いてしまたことがある。彼は「授業で指定された教科書代は貰っているけど、こういう本は教科書じゃないから」と言った。理系の僕にはよくわからなかったが、彼の買う本は美術論や建築物写真集だとか、普通本屋にはあまり置いてなさそうな文化的ものばかりだった。普通ハードカバー小説みたいなサイズの本が、3500円した。「これは教科書でも、研究用でもなくて、ただ自分の興味のために買ってる」と言う彼の姿は、僕には少しまぶしく見えた。

 東京私立中高一貫男子校出身の友人も、いつもお金に困っていた。サークル活動には熱心に参加するが、その後の飲み会は断ることが多かった。そのくせ、誰かの家で二次会をやることになると「宅飲みなら安いから」という理由で必ず駆け付けた。大学進学後、彼の家のルールでは小遣いがゼロになり、遊ぶ金が欲しければバイトしろということになったのだそうだ。実家住まいだとこういう人は何人かいたように思う。僕は仕送りを貰っていたので携帯格安スマホに切り替え、自炊ケチれば、浮いた金がそのまま自分のものになったが、実家住まい人間バイトをする以外の方法お金を得ることができない。その上、友人は郊外に家があったので、通学に1時間半ほどかかり、夜遅くバイトができないのだと愚痴っていた。

 大人になった今少しわかるのは、東大生の親は確かに金持ちだったが、教育費と都心の住居費に金を注ぎ込んでたのだということだ。だから食事や服、旅行などのわかりやすい贅沢はしない。その代わり、海外大学への留学費数百万円をポンと捻出するし、子供女子だったらセキュリティのしっかりした家賃10万円のマンションを借りる。でも、遊ぶためのお金を直接子供にくれるわけではない。大学が忙しくてさほどバイトができなかったから、僕らは他の大学生に比べても飲み会なんかの遊びにお金を使わなかった。こういうわけで東大生は自分のことを貧乏だと思っているのだと思う。

 大学院を修士卒業した僕は、今は某メーカー就職して、工場のある田舎生活している。1年目の盆休み帰省した僕は数か月遅れながら初任給で親を食事に連れて行った。話題は当然、僕の仕事のことばかりだ。そのうち、給料の話になった。ごくごく一般的修士卒の初任給の額と、冬のボーナス金額の目安を告げると、母は「お母さんの給料なんてすぐに抜かされちゃうわね」と答えた。

 その瞬間、僕は重大な事実に気づいて膝から崩れ落ちそうになった。

 どうしてこんな簡単なことに6年間もの間気づかなかったのだろう!

僕 の 実 家 の 世 帯 年 収 は、1000 万 円 を 超 え て い る !

 共働きであったことを知らないわけはない、ないのだが、父親年収を知った時の僕は母の給料をそれに足すという単純な足し算ができなかったのだ。弁明すると、僕の父親は700万を稼いでいた当時50代前半で、年収ピークにある時期だ。僕の家が世帯年収1000万円を超えていたのはわずかな期間だろう。そして、僕らの親世代にとって年収700万円というのは50歳前後男性年収中央値で、僕の父親は周囲と比べても実際凡庸だったのだ。母は専門職フルタイム勤務ながら、年収300万円代で、これも稼いでいるとは到底言い難い。僕の父親母親も、普通の人で、並の年収だったので気づくのがだいぶ遅れたが、共働きのおかげで世帯年収1000万円を超えていたのだ。

 その事実に気付いてからしばらくは、ショックで呆然としていた。僕の家のしゃぶしゃぶといえば豚肉だった。一体いくら稼げば牛肉のしゃぶしゃぶを食べられるようになるのだろう?同じマンションの住人でベンツに乗っている人がいたが、あの家の人はいくら稼いでいるのだろう?あるいは何を犠牲にしているのだろう?ハワイ程度なら僕も海外旅行したことがあるが、ヨーロッパに出かけている人たちはどうしているのだろう?僕は1000万円を稼げるようになるだろうか?東大を出たところで、この不景気では実家以上の暮らしができないのではないだろうか?

 幸いというべきか、今の僕は30歳手前にして世帯年収1000万円を実現した。といっても、僕が600万、不動産営業の妻が400万円という内訳だけど。引っ越し結婚式新婚旅行など、金の吹っ飛ぶイベントが一通り終わって、ようやくゆとりが出てきたとはいえ、こんなもんかという感じは拭えない。そろそろ子供を持ちたいので、妻の収入が無くなるのを覚悟しないといけないし、子育てマイホームのために貯金を続けているといったところだ。

 妻は高いものを購入したい時、必ず僕に確認する。冬物のコートとか、デパート化粧品とか(妻が怖じ怖じと切り出した割に、化粧品は6000円と意外に安かったのでそれぐらいなら確認せずに今後も買っていいと伝えた)。僕も相談するようにしているが、この間のカメラレンズはOKが出なかった。これが年収1000万円の暮らしなのか、と考えると今でも不思議な感じがする。まだ子供がいないから多少ゆとりがあるだけの、「普通」の家庭だと思う。

僕は今でも、自分のことを中流家庭だと思っている。

2019-03-29

anond:20190321101902

カラーグループ四季に分類する方法は、1970年代アメリカイメージコンサルタント キャロルジャクソンが始めた手法が元になってる。

(ちなみに「イメージコンサルタント」という職業が生まれたのは、1960年ケネディ大統領選挙での成功きっかけと言われている)

1980年にその手法をまとめた書籍Color me beautiful」が出版されて、世界ベストセラーになった。今も普通にAmazon原著売られてる。で、その書籍日本語訳をした人が、日本にも協会を作って日本人向けに理論カスタマイズして普及させ、今に至ってる。

広めた人の商売もうまかったんだとおもうけど、明快で学習やすいよくできてるメソッドから、それだけ広がる強度があったともおもう。

体型によって似合う服が違うのと同じく、顔型によって似合う髪型が違うのと同じく、色によって顔色が良く見えたり悪く見えたりするというのはあるし、単純に思い込み迷信と言い切れるもんでもない。

色にも形にも錯視効果はあるのはみんな知ってるよね。プラスに働く錯視を取り入れて、マイナスに働く錯視を踏まないようにする、それだけの話。

カラー分類は、科学でも占いでもなんでもない。顔型における丸顔、ベース型、面長、みたいな分類と同じく、単にわかやすくするための目安でしかない。

でも、分類するとそこに謎のアイデンティティを持つ人が出てきて妙な迷信みたいになり、そっちのほうがキャッチーなので流行ったりするというきらいはあるけど。

2019-03-28

お見合いばかり続けて、最終的に恋愛結婚をした私が学んだこと。

つらつら書く。

高校生の頃からお見合いばかりしてきた。

両親がそれなりに高所得だった、そして、恋愛に関してだけ、父の脳みそ戦前だった。

高校生の時に、初めて彼氏が出来たが、すぐに見抜かれ、殴られた。

「お前の結婚相手は俺が決める」

そう叫んで席を立った父を見て、松岡洋右はこんな感じだったんだろうかと思った。

初めてのお見合いは、その数日後だったと思う。

それから、定期的にお見合いをした。

変な人もいたし、そうじゃない人もいた。

お見合いから、皆、何かしら条件があった。家族病気介護必要な人、精神的な疾患の通院歴がある人、女性恋愛が出来ない人、多かったのは、プレッシャーや昇進で結婚歴だけが必要な人。

自分の中で、こちら側も条件を決める事にした。

1. 男兄弟長男

自分性格には合う確率が高いと判断した。

2. 主婦希望しない

働きたかった。家を守るよりは、何かあった時に「仕事を辞めて下さい」と言いたかった。

3. 学歴理系旧帝大院卒

自分と同等の学力が欲しかった。

4. 話し方と言葉遣い

私の好み。

5. 他人に敬意を払う

お店での態度などもそうだが、子供マイノリティーの人に対して、態度を変える人が苦手。あと、職業から派生するそれも。

(一部の警官医療関係者教師などに見られる、無意識上から目線と馴れ馴れしさが苦手)

1、3に関しては釣書で分かる。

2、4、5に関しても、一度会えば、ほぼ分かる。

もちろん、釣書も頂いた時点ではじくことは出来なかったが、私の期待を裏切る人はいなかった。

結果、どうなったか

全ての条件を満たす学生時代同級生結婚した。33歳の時だ。単純に、私の女性としての市場価値が落ちた事を父が理解した。加えて、夫の職業が父が若い頃に諦めた職業だった、と言う理由で、父が折れたのだ。

結婚なんてしなくてもいい世の中になっていくはずなのに、それに逆らえなかった私が学んだのは、「条件を決めて、それを守る」事で、少しだけ幸せになれる確率が上げられそうだと言うことだった。

最近、ウイさんと言うブロガーの「ハッピーエンドを前提にして」と言う書籍を買った。

https://www.zentei-happy-end.com

彼の体験から得られるものと唯一同じだったのが「結婚必勝法」の部分だった。

この書籍が売れると言うことは、なんだかんだ恋愛が上手くいっていない人が多い、と言うことのなのだろう。

だけど、もし、結婚する前に、この本、ないしは氏のブログを読んでいたら、もっと恋をしてみたいと思っただろうと思う。

2019-03-26

anond:20190326033534

携帯サイトパソコンを持っていない、或いは自由に使えない環境の当時の中学生高校生達が主流。

男子ゲーム攻略サイトなどを利用していた。

その他成人(既婚?)女性の利用率も高く、増田もご存知の恋愛小説ケータイコミック文化が花開いた。

ネット普及以前には紙書籍レディースコミックハーレクインファンだった層だ。彼女らは現在電子コミックにそのままスライドしているはず。

パソコンを使うお仕事ではない人たちにインターネット文化が届くのは、ソフトバンクからiPhone発売された2008年以降になる。

被害妄想社会

くだらない新書みたいなタイトル失礼。

ここんところ、皆が皆、被害者意識が強すぎんかね。

ネトウヨパヨク、ツイフェミKKO非モテ妊婦非正規オタク発達障害嫌煙・・・

「俺or私こそが真の弱者であり、割りを食っているんだ!」

「(敵対勢力)は人の心を持たない暴君だ!」

「(敵対勢力)は社会の癌だ!今すぐにでも駆逐せよ!」ってな勢いですよ。

SJWとかIDWオルト右翼やらインセルも出てきてるし、世界的な潮流なんだろうけどね。

大半はプロレスだけどスマホネット人口膾炙したぶん、真に受ける頭の弱い奴がやっぱ出てくる。

無差別殺傷したり、堂々と素面晒しヘイトスピーチしながら練り歩くのはこの層だな。

日本は銃が無いか安心、とか言ってられんくて、加藤植松みたいな振り切れた奴も相当数いるのよ。

バレンタイン粉砕デモなんてファニーで可愛らしいものでなくて、

デートスポット遊園地ダンプごと突っ込むKKO非モテとか出てきても全然おかしく無い。

生まれたて男児を絞め殺すツイフェミ民間療法を盲信して悶え死ぬカルトママ

朝鮮学校侵入して韓国人の頭をカチ割るネトウヨなどこの先は色々出てくるだろう。

今は過渡期でまだ表面化してないだけ、あと五年も経てば相当状況は変わってくるぞ。

一事が万事この調子なので、さすがにネット疲れしてきたね。

テレビ番組新聞書店に並ぶ書籍ネット同様で辟易する。

みんな知らなくていい情報に触れて、勝手に四六時中憤怒してる。

ホントこの状況は世も末だと思うよ。これが情報社会の末路とはね。

最近青空文庫Kindle古典読んだり、Spotify名盤聴いたり、

Amazon Primeで名画見たりと、同じネットを使うにしても

とにかくタイムリー情報遮断することでだいぶ落ち着いた。

2019-03-24

家計調査見てるけど、PayPayのキャンペーンでも消費支出増えてないんだな

100億還元で盛り上がった割に、統計で見ると全然。まぁ一時的一部の人だけだったし。

普段から買おうと思ったら買えるだけの金持っている人ばかりだった気もするし)


それにしてもお金の使いみちがなくなってきた。大学教科書レベル書籍が欲しいが減ってる。

この春、浪人をすることになった人へ

~~はじめに

 もうかなり前の話になるが,私も大学受験に失敗し,浪人をすることになった。

 (することになった,というのは,したくてしたわけではないかである。)

 人生で初めて,目の前が真っ暗になるような思いを味わった。

 どうすればいいのかわからず,途方に暮れた。

 そのとき書籍等を通じて様々な先達の経験に触れ,それに励まされてなんとか乗り越えた。

 これは遠い昔の一受験生出来事であるが,ふと思いついて,自分が励まされたように,何かの役に立てばと思って書いてみた。

 時代が変わっているので,個々の科目の勉強法等は記載していない。

 もっと大きな方法論の一例として見ていただければと思う。

 大事試験で失敗してしまい,失意の中にある人が,捲土重来を期すのに少しでも役立ってくれれば幸いである。

 人生で最も勉強をしたのは,大学受験に失敗し,浪人生活を送った時だった。

 その当時は自分なりに辛い思いもした。しかし,その分必死になって努力を行い,いかに状況を打開するかを日々考え抜き,最終的に結果を出すことができたので,得るものも大きかったように思っている。

 なお,前提として,私は小中高と地方公立学校で育った者である。塾にも浪人時代を除いてほとんど通ったことはない。

 高校時代部活をやっていたので,高2の冬までは授業を普通に受けていただけだった。志望校を決めるような段階になってからやばいと思って「受験生」になった,というのがバックボーンとしてあるので,以下の文章はそれを踏まえて読んでいただければと思う。

~~気持ちの立て直し方

 それまで特に勉強において壁にぶつかったこともなかっただけに,不合格の衝撃は当時の自分にとっては,人生のものだった。

第一志望しか受験していなかったので,選択余地なく浪人をすることになったが,仮にすべり止め合格を得ていたら,果たして浪人という選択ができたか,全く自信はない。

 それくらい,浪人するということについて,落胆していた。

 同級生のうち,現役で受かった者が嬉々として大学生活に入っていく中で,少なくともも一年,いろんなもの我慢して勉強に向かう生活余儀なくされるというのは,たまらなくつらかった。

 ひととおり落ち込み終わった後で,考えたのは,一つには,終わってしまたことを悔いても何もこの現実を変えることはできないということだった。

 現役で大学生になる身近な同級生想像し,なぜ自分はそうなれていないのかと身悶えせんばかりに考えたときもあったものの,いくらそのように思ったとしても何も現実は変わらない。過去に属してしまたことは,もう客観的には変えることはできない。そうだとすれば,今できることは,その意味付けを変えることしかないと思った。

 今身を切るように辛く感じられる大学不合格という事実も,たとえば,次の機会に晴れて合格し,20年,30年も経てば,なかったことにはできるわけではないが,その影響は極めて小さくなっているだろうと言い聞かせた。

 またおそらく世の中の評価というのは,失敗の数で評価されるわけではないとも考えた。人の失敗の数を覚えている人は多くない。そうではなくて,失敗の数があったとしても,結局のところ成功の数がいくつあるかが重要だろう。

 そうだとすれば,まだコントロール可能範疇に属している,未来を変えることで,過去出来事意味合いを変化させるしかないのではないか

 来年合格という成功によって,今年の不合格という失敗を塗りつぶすしかないと考えるに至った。

 期間はあまり覚えていないが,ここまで考えを整えるのに1か月くらいはかかったのではないか

~~戦略

 以上で考えたように,今年の不合格という意味合いを相対化するためには,来るべき「次」の受験で,必ず合格しなければならない。

 再来年では駄目だ。また実力だけ伸ばしても駄目で,仮にいくら模試の成績が良かったとしても,現実合格できなければ全く意味がない。

 このようにして,「次」の受験で,「必ず合格する」ということを目標として設定した。

 目標が定まった後,「必ず合格する」とは,どのような状態かと考えた。合格する可能性があるというだけでは駄目だと思った。可能性だけならおそらく今回もあった。「受かりうる」というだけでは足りない。「次の一回」で「必ず」合格しようと思えば,「受からないということがない」,「どうやっても受かる」という状態にまでもっていかなければならないと思った。

 自分の中では,「100回受けて100回受かる状態」というのを一つの基準としていた。

 そうなるためにはどうしたらいいのか。

 以下は,自分の中で描いたイメージである。 

 受験において,本番で出題される試験問題のものコントロールできない。

 自分が得意な問題が出るかもしれないが,苦手な問題が出るかもしれない。

 そうだとすると,たとえば100回試験を受けた際に,自分が得られる得点ないし全体の中での自分順位としては,一定の幅が生じると想定した。

 自分が得意な問題が出れば点数ないし順位は良くなる。苦手な問題が出ればその逆となる。その幅と位置自分の実力を示していることになる。

 受かる可能性があるというのは,自分の中のベストの結果のときに,それが合格ラインを超えているということだ。すなわち,上で述べた実力の幅の上端が合格ラインを超えていることであるそもそもここが合格ラインに届かないというのでは,合格確率は0なのであって,話にならない。

 自分の実力を客観的見積もったときに,現役の受験時点でも,得点幅の上端は合格ラインを超えていると思った。しかし,全体として超えているかというとそうではなく,大半は合格ライン以下に位置していたのではないか分析した。

 この状態だと,運よく自分の実力の上端付近が発揮できるような問題であれば合格という結果になるが,そうでなければ不合格という結果になる。

 以上の思考過程を経て,「必ず」合格するという状態を実現するためにすべきこととは,自分の実力を示す得点幅の下端を合格ラインより上にもっていくことだと規定した。その状態が実現できれば,どんな問題が出題されても必ず合格できる。

 このようにイメージした。

~~戦術

 次に,得点幅の下端を合格ラインよりも上に上げるためにすべきことは何かと考えた。

 ただちにこうすればいいということまではわからなかったが,とりあえず実現すべきこととしては,得点できるはずの問題を必ず得点するということだった。先のことはわからないが,最低限,このことを徹底しなければならないと思った。

 それだけでいいのかは,未知の領域なので不明であったが,得点幅の最下端を合格ラインよりも上にしようと思ったら,少なくともこの程度のことは実現できていなければ話にならないだろうと思った。

 先に述べたように,受験の本番では,試験問題コントロール範囲である受験会場に来てしまってからでは,いくら「ここを勉強しておけばよかった」と後悔しても,その時点で知らない知識は答えようがない。試験現場でできることとしては,そのときに持っている力で解けるはずの問題を確実に解くことだけである

 この視点は,いろいろなところに適用できるが,たとえば時間配分のところにあてはめると,「解けない問題時間を浪費して,解けるはずの問題を解けないということを起こしてはならない」ということであると思った。

 また,当時よくしていた勘違いなどのケアレスミスも,本来解ける問題を取りこぼす可能性があるので,起こしてはならないことになる。

 これらは,本来解ける問題をこぼしているという点では共通しており,このようなことがあってはならない。

 受験本番までは実力自体を向上させることももちろん目指さなければならないが,それと同時に,試験当日に,その時点で持っている実力すべてを最大効率得点につなげられるようにしておかなければならない。

 その観点から模試などを受けた場合の振り返りとしては,正解したかどうかはあまり気にせず,正解できなかった問題があったとして,「その時点で正解する可能性がなかったのかどうか」を入念に確認した。

 知識が足りなかったなどの理由で,そのときは正解する可能性がそもそもなかったのであれば,それはその時点ではもうしょうがないので,ただただ後日正解できるよう,知識を補充するなどして実力向上を図るというだけのことである

 一方,その時点で正解できたはずの問題を取りこぼしていた場合は,全力で悔しがるようにした。

「必ず」合格するという目標達成の観点からは,このような事態絶対に起こしてはならない。

 そのようなことをしている限り,「必ず」合格するという目標は達成できないからだ。

 その場合,正解できたはずの問題をとりこぼさないために,なぜそのようなことが起きてしまったのか,再発防止策として何が考えられるかなどを必死で考えた。

 以上は基本的自分の中だけでの問題であるが,一方で他者との比較視点も生まれていた。

 正解可能性について考察しているうちに,自分が正解できなかった問題について,他の受験生はどうなんだろうかという視点が生まれたのである

 自分が間違えた問題の正答率が高かった場合は,それだけ多くの受験生に差を付けられたことを意味するのであるから試験結果に与える影響は極めて大きい。一方,正答率が低かった場合には,大半の受験生もまた正解できていないわけなので,差を付けられた受験生の数が少なく,試験結果に与える影響は少ないということになる(極端な話,正答率が0%の問題であれば,全員が間違えているということから得点という点だけみればその問題はなかったのと同じであって,間違えたことの影響は0である。)。

 このような視点で各問題ごとに正答率を確認するようにすると,感覚的には一般的に明らかに簡単と思われる問題でも,正答率が100%ということはないということに気がついた。受験生は,ごく簡単問題でも意外と間違えてしまっているのである

 この点に気づいたときには,大げさにいえば勝機見出した思いがした。

 とんでもなく難しい問題まで正解できるようにならなければ「必ず合格」という目標が達成できない,ということだとすると,その難易度はかなり高い。

 難問というのは,どんな問題が出るかもわからいから難問なわけで,対策という意味では容易ではない。

 しかしながら,正答率が高い問題を取りこぼさない(他の受験生に差をつけられない)ということは,意識して徹底的にやりさえすれば実現できることだと思った。そして,これがきちんと実現できれば,成績的にはかなりのところまでいけそうだと思った。

 このとき受験生活の中で,初めて具体的な見通しがついた。

 時期的には,浪人になって最初の方で行われる模試の結果を分析してこう思ったはずなので,わりと早い段階でこのような確信を得られたのはありがたかった。

 以上から,正答率が高い問題を重視し,かつ,それを絶対に落とさない,ということが具体的な行動目標となった。このように目標が明確になると,自ずとそれを実現するための勉強法も明らかになった。

 自分が正解できる可能性のある領域を増やすことを目的とした勉強塗り絵に例えれば,色が塗ってある範囲を広くするようなこと)も勿論必要にはなるものの,それよりもむしろ正解できる可能性のある領域での正解率を高くする(塗り絵で言えば,色むらをなくし,より濃くするようなこと)勉強を重視すようになった。

 より具体的にいえば,復習を重視するようになったということである

 知らない問題よりも,一度やったことのある問題の方が正解率は高くできるはずで,投入する時間に対して得られる成果が高いと思われるからである

 復習は徹底的に行うようにした。特に記憶重要となる社会の科目などは,一日の勉強最初には,それまでやった学習内容をさかのぼってかならず目をとおしてから先に進むようにした。

 具体的には,使っているノート基準最初から前回勉強したところまで必ず全部目を通すということをしていた。それはその一冊のノートを使い終わるまで繰り返した。見直す時間が膨大になってもしょうがないので,時間一定を心がけていた。勉強が進むことによって見返す領域が広くなることになるが,その分見返すスピードを上げて各ページ毎の見る時間は減らして行った。

 ノート最初の方であればあるほど,何度も目にしているので,時間が短くても問題なかった。時間よりも回数を重視し,回数を繰り返すことで,記憶への徹底的な定着を図った。

 これは面倒に思うかどうかだけで,誰にでもできることと思う。そして,記憶力に個人差は多少あれど,何十回と接触した内容については,誰でも記憶には定着しやすくなる。とにかく,一度学習した内容を,二度と忘れたくなかったので,そのようにしていた。

 そのような学習法を実践していたことで,知識系の問題については,絶対の自信がついた。

 当時は,記憶違いということはほとんど起こりようがないような状態を実現することができていた。

~~結果

 以上のような勉強法を行ってきて,浪人の夏に大学別の模試を2つ受けた。

 これはその大学を受ける受験生であれば,たいてい受けるという種類の試験だったので,模試とは言え,その時点でのその大学を受ける受験生の中での位置付けを図る重要試験だった。

 浪人生活を開始するにあたって,自分の中では目標があった。

 「100回受けて100回受かる」という観点から,冬の大学模試で100位以内に入ることを目標としていた。

 当時,志望学部合格者数が600名程度であることから,少し目標としては高いかと思ったが,これくらいが実現できなければ,安全圏にあるとは言えないので,あえて高めの目標を掲げたつもりだった。

 蓋を開けてみると,夏の大学模試のうち,最初に結果が返ってきた方は,79位だった。

 自分で定めた目標クリアできたので,非常にうれしかったのを記憶している。

 想定していたよりも成績がよかったので,浪人生活全体を通して,このときが一番うれしかったように思う。

 (それでも,これは単なる模試に過ぎないので,この程度の成績で油断はいけないと自分を戒め,喜ぶ気持ちを押さえつけた。)

 しばらく経つと,もう一つの大学模試の結果が返ってきた。そちらは20位だった。全く想定しておらず,正直自分もびっくりした。こんなに結果が伴うとは思ってもいなかった。

 ただやはり,「まだ受かったわけでもなんでもないので,いくら模試の成績がよかったところで,本番に受かるという目標が達成されたわけではない,油断だけはしてはいけない,もっと取れたはずだ」と自分に言い聞かせるのに必死だった。

 その後も大きな方針を維持したまま勉強を続けたところ,冬の大学模試では13位と14位という結果だった。

 受験本番はどうだったのか,順位は発表されないので分からない。

 予備校の発表する模範解答に照らして行った自己採点結果は悪くなかったし,結果はもちろん合格だった。

 合格確認したときには,うれしいというよりは,ほっとした。精神状態としては,「受かっているかどうかドキドキする」という状態ではなく,「絶対受かっているはずだが何かの間違いで落ちてないだろうな」という気持ちだったからだ。

~~まとめ

 方法論は人に合わせて千差万別なので,以上の方法が唯一絶対ではないと思う。

 全く同じ人間が一人としていないように,誰にもピッタリと当てはまる万能の方法などというものはない。

 それを前提として,自分浪人生活のうち,成果につながった要素を抽出するとすれば,以下の点ではないだろうか。

 まず一つには,本気で結果を出したいと思っていたことだと思う。

 何事につけ,物事には障害がつきものである。そのような前提状況の中,何も考えずにただ臨めば,結果が出るかどうかは当たるも八卦当たらぬも八卦のような確率論に終わってしまう。

 「本気で結果を出したい」というのを行動に置き換えると,「受験優先順位を上げ,その他のことはどうでもいいと考える」ということである。本気でそう思えれば,遊びたいとか,のんびり寝ていたいとか,そんなことは気にならなくなる。

 それは「誘惑に打ち勝つ」ということとは感覚的には少し違う。誘惑を感じている状態は,まだ本気度が高い状態とはいえないと思う。本当に結果を出したいと思って,その状態に入ったときには,その他のことは本当にどうでもよくなる。

 「その他のことはなんでも差し出すから,とにかく希望している物事について結果を出させてくれ」という心持ちになる。そのときは,優先順位が二位以下のものごとは些事である

 そのような状態に入れると,仮に何か障害が生じたとしても,手段を尽くし,工夫を尽くして,結果にたどり着くという状態になる。

 時間しろエネルギーしろ資源が有限である以上,その中で一つの結果を確実に出そうと思えば,何が何でも結果を出したいという状態自分を持っていくことが必要になる。

 不合格という現実に直面したとき,何度も「嘘でしょ。結果を取り替えてくれないか。」と何度も思った。しかし,一度出た結果は変わらない。これが現実である

 自分の周りの環境自分コントロールすることはできないということをまざまざと体感した。

 一方で,自分はいくらでもコントロール可能なのだ

 不合格回避したいという思いを,エネルギーを,合格への執着へと昇華させることはできるはずだ。

 二つ目は,以上の状態を前提として,「結果を出す」ということを実現するためにどうすればいいのか必死で考えたことではないかと思う。

 先に記述した思考過程を経て,自分なりに結果を出すために必要な条件を考え,それを満たすためにひたすら実行した。

 小中高と地方公立学校で育ってきて,全国規模で自分が試されたことも位置づけをはかったこともなかったため,余力を残すという発想がそもそもなかったということも幸いした。

 自分みたいな遅れて必死になった者が全国レベル受験生相手に確実に合格するという状態に達するためには,とにかく妥協なく徹底的にやり切る以外にはないと思っていた。

 後にも先にもこのときほどストイックになったことはない(なお余談だが,このときにあまり想像以上に結果が出てしまったため,後になってまた別の試練に立ち向かうことになった際に,「あそこまでやらなくてもいいだろう」と無意識に思ってしまい,無駄に回り道をすることになる。何事も,やるなら最初から本気でやるべきである。)。

 当時,浪人時代灰色一色で,とても精神的につらいものであったが,きわめて得るものの多い時期でもあった。

 生活のことは親に完全に甘えられる時期であり,徹底的に勉強のことだけ考えていればよかったという意味では,むしろ幸せな時期であったともいえる。

 浪人時代を通じて,物事に本気になるとはどういうことか,結果を出すとはどういうことかなどを身をもって体験することができ,その後の人生にも大きないい影響があった。たまたま運よくラッキーで現役合格してしまっていたら,このように自分を振り絞るような努力をする機会は得られなかったの

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