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はてなキーワード: 書籍とは

2018-05-24

Sier初めて1年ちょい。未だに仕事が全く分からん

俺に出来るのは俺が関与することによってプロジェクトに生まれる影響を最小限にするため亀のように縮こまっていることだけだ。

下手に前に出ようものなら関係者からおたく担当者が何を言っているのか分からない」「担当者確認は取っている」と言い切られてどんどんプロジェクトが捻れていく。

から仕事を覚えるまでは限界まで自分仕事を減らして最小限にするしかない。

社内マニュアル業務関連の書籍は既にだいぶ読んだが(というか仕事してる時間の大部分は社内マニュアルを読んでいるがまだ半分も読み終わらん)未だに何をやっているのかがよく分からん

ググって答が見つかるのならまだいいが、自分会社のやり方も相手会社のやり方も結構特殊なのか、意味不明な部分ほどネット上に答はない。

答に至る材料程度であればネット上に答があるモノも少なくはないが、うちの会社事務所ネットをやるのは禁止されているので家に帰ってから調べることになる。

先輩や上司に聞けという事なのだろうが、上司や先輩は「社内マニュアルを読んでからしろしか言わない。

そんな訳で社内マニュアルを読んでいると「そんなの社内マニュアルなんて読んでも答は出ねえよ!なんで早く聞きに来なかった!」とキレてくる。

凄まじい。

これが「ググラビティ」っていう奴の実体か。

設問を組み立てることができれば問題は解けるというが、逆を言えば設問を組み立てようがない問題を前にした時、人間は極めて無力だ。

言語化の不完全な指示の、不明瞭な部分を質問するために言語化を試みては、言語化が不十分な質問をするなと言われ、言語化の足りない指示を何とか噛み砕くために社内マニュアルを読み漁り、そうして無為時間を過ごしたことに対して罵倒がやってくる。

うーむ。

実にクソゲーだ。

とりあえず今も放置された時限爆弾が刻々と命の灯を燃やして週末への導火線を焼き尽くし続けているが、さて、こいつをどうしたものか。

正直、もう全部がどうでもよくなってきた。

責任感?

アホくさ。

本当に責任感がある人間はこんな職場で働くのなんてサッサとやめて、ネット退職エントリあげてるわ。

そうしなかった奴らの群れで構成されている組織責任感を求めるなんて馬鹿げているぜ。

2018-05-23

anond:20180523114136

お前は何してきたんだよ。

こんなネガティブこじらせて全然アタックもしてなさそうだが。

俺は友達20人。 女8人、男12人居る。親友はその中で2人。

人間関係書籍やら、女の心理、男の心理とう色んな本を読み漁り

人との関係について勉強してきている。

言葉遣い臨機応変対応している。

ファッションについては少し疎いか女友達に協力してもらうこともあるが

身奇麗にしているし、髪の毛だって月1以上カットに行くしな。

会社の人との関係も良好だし、どんなことがあっても「他責」より「自責」をするぞ。

自分の行動を振り返りイメージして、他に良い手が無かったか常に考えてる。

あぁあと、彼女は今まで3人だな。今付き合ってる子と結婚する。

それで?お前は?

2018-05-22

スギヒラタケは食べないで!

http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/rinsanbutsu/sugihira_take.html

かつては、スギヒラタケは食べられるきのこと考えられていました。そのため、日本では栽培されていないものの、東北北陸中部地方を中心に野生のものが広く食べられていました。しかし、平成16年以降、それらの地域スギヒラタケを食べたことが原因と考えられる病気(急性脳症:意識障害やけいれんが主な症状)が多数報告されるようになりました。

平成16年以前に出された書籍ウェブサイト上の古い情報では、スギヒラタケは「食用きのこ」として紹介されています。また、平成16年以降の情報でも、スギヒラタケ腎臓障害がある人の場合のみ注意が必要であり、健康な人では食べても心配ないとの誤解を与えるようなものがあります。今でも、野生のスギヒラタケの採り方や食べ方などを紹介しているものもあります

スギヒラタケ摂取との関連が疑われる急性脳症は、平成16年に初めて国内で報告され、約60名が発症し、そのうちの19名の死亡が確認されていますしかし、それ以前にも、スギヒラタケがよく食べられてきた地域では、同様の特徴を持つ脳症の発症事例が複数あったことが確認されており、スギヒラタケ摂取に関連する急性脳症は平成16年以前から風土病的に存在していた可能性が指摘されています3。

2018-05-19

自分自分を傷つけている人へ

精神科救急病棟看護師をしている。

今日自傷行為に近い行動をとる患者さんと面談をした。

面談用に用意したものは、いろいろな対処行動を身につけてもらおうと思って、コーピングストラテジーみたいな話をするつもりの資料だった。

しかし、つくった資料について、どの部分よりも松本俊彦先生書籍から引用したフレーズが一番患者さんの反応が良かった。

患者さんは、そのフレーズをみて、

「この言葉、すごく泣けました。あー、わかってくれる人っているんだ、と思いました」

「困っている人みんなに、みてもらいたい」

と言ってくれた。

ありがたかった。


以下、引用

"直面している問題解決簡単ではないことに打ちのめされている人もいるでしょう。しかし、どんな状況でも、今日からできることがあります

自分を傷つけなくてはならなかったくらい、生きるのが大変だったことを認めること。そんなつらい状況で、自分を傷つけてでも、生きようとした自分を認めること。"



きっと、ほんとうに、よく頑張ってこられたのだと思います

つらい中、こうして、繋がってくれて、ほんとうによかった。

僕は、ほんとうにありがたく思えた。


引用元の松本俊彦先生自分を傷つけてしまう人のためのレスキューガイド』は、当事者でも家族でも読みやすくて、とても素晴らしい書籍なので、ある種の生きづらさを感じている人、あるいは自傷行為を行う方が自分の近くにいらっしゃる方にはぜひ読んでもらいたい。


みんなみんな、頑張ってるなぁ。

嫌な時代になったなぁと思う

商業誌漫画描かせて貰って10年以上経つ。

昔と比べて変わったなぁと思う事は多々ありその中でもSNSの発達の後押しもあるのかと思うけど

感想を発信する読者の地位は飛躍的にあがったよなーと思う。

漫画家の社会的地位原稿料も上がんないのにね!

ネット書籍通販サイト素人評論家気取りで声高にレビュー書く様見て、本当どれもこれも上から目線でご苦労様ですだよ。

さら同業者レビューに怯え、好意的レビューには媚びへつらい、担当編集者ですらネットで声の大きい、本当に購入してくれてるんだかも分かんない勢の顔色を伺い、上手く言えないけどおかしいでしょ。読者様は神様ですで納得出来ないほど力関係偏ってきてない?変なの。

何か笑いがこみ上げて来るけど原稿は落とせないから描いてる自分にも笑える。

嫌なら辞めればいいんじゃん。

こんな時代になるんだったら漫画家になんかなりたくなかった。

私は文章を書くというのがあまり得意ではありません。世の中には、小説を書くのが得意な方が沢山います。大なり小なり、影響を受けていざ作品を作り出そうとするのですが書き直しても書き直しても納得行かない事があります。心から満足する作品なんて書けた試しがありません。

それでも多くの書籍の中から拙作を選び購入して下さった事、これは一つの出逢いに近いものがあるのではないかと考えています

SNS上で、現実対話で口にするだけでは表現出来ない事が多々あります。私はそれらの思いを作品としてしたためる事にしました。

小説世界の話は、読者と筆者二人だけの対話です。公にしない限りは他人に知られる事は有りません。

そこが長所だとも思っています貴方の手に届いた事は偶然かもしれませんし確率的にはきっとかなり低いのでしょう。それこそ、ソーシャルゲームの高レア排出率並に。

作品達は、貴方のような人に読まれる事をずっと期待して待っていました。多くの人の心に響くより、わずかでも心に留まる作品であれば、と願っています

この特別出会いに心から感謝を捧げます。有難うございました。

2018-05-18

anond:20180518102908

特殊事柄一般化しすぎだよ

みたいな感じなのかな。

主語がでかい」がいつから使われ始めたか増田で以前にも議論してた気がする。はてブでは2009年には普通に使われてる感じ。2008年6月掲載絶望先生ネットで割と簡単に辿れる古い例だけど久米田先生はよそで流行した時事ネタを描く芸風だからそれ以前から使われてたんじゃないかな。自分うろ覚えでも書籍雑誌で先に見た気がする。

2018-05-16

音楽

レンタルCDとセットでPC無しでリッピングできる機器を貸し出してたり、比較的少ない在庫数で回せそうなネットレンタル流行ってるけど、貸与権持ってるから拒否すれば良いのに、違法コピー自炊代行に厳しい書籍と違って、そこらへんが甘々なのは何でなんだろう?

ギリギリの線の狙い方

もはや炎上は避けて通れないご時世。

イラ記事公開時、ちょっと炎上しそうかな、というというとき注意しつつネタ無駄にしない方法をまとめ。

きっぱり諦める

これが一番多いです。炎上したら神対応できればいいですが、たいていは謝罪して削除や訂正するという手間が発生するので。書いた時間と最悪の炎上時の秤。

炎上しそうな箇所を修正

言い方一つで変わります。ようは態度ですよね。

時間を置く

公開まで時間がおけるようなら、冷静になってから公開。

ネガティブ思考な人に意見をもらう

何でも逆に受け取る人っていません?そういう知人はとても心強いです。

自問自答する

単にネタとして出したいのか、不謹慎ではないか不快に思う人はいいか、少なくとも直感しているということは、どこか間違っている証拠。こういうときに考えすぎ、というのはたぶんない。

伝え方を変える

表現というよりは切り口。見てみてー、というよりも、ほらこうなったら危ないよね、という視点こちらの書籍も、結構視点を変える重要性をといてる。

伝え方が9割 | 佐々木 圭一 |Amazon

https://www.amazon.co.jp/dp/4478017212

炎上のゴールを考える

最悪炎上したとき、初動として、放置しておいてもいいSNS投稿しかないのか、誰かの目にとまって大炎上するのかを、可能な限り考える。炎上後のゴールが見えると、どうギリギリまで直すかの方向性が見えてくる。

謝罪して削除しても収まらない

最悪こういう状況もありえます。とにかく、透明、態度、スピード、が重要。切られる覚悟があるやつは切ってもいい的な。腹はくくっておきます

ブーメラン

自分自身のこれまでの立ち位置考慮しておく。ただ、昨今は著名なライターさんでも結構炎上することが多いので、あまり関係いかもしれない。伝え方や内容次第かも。

炎上上等・・・にはなれない

メンタル豆腐なので、そういう人はあまり参考にならないのが悩ましいです。ただ、そういう人たちも、基本的には善だと思っていて、あまり不謹慎言動というのはない気がする。

過去事例と照会

いちおうこういう仕事柄、過去炎上事例はこっそり溜め込んでます記事検索していちおうチェックします。

他にもあったら

教えて増田

最後まで読んでくれてありがとう

2018-05-14

anond:20180514110344

「参考サイト書籍を見ながらならやれます」って人は確かに多い

連合赤軍って、マルクスを読んでいたの?

フェミニズム書籍を1冊も読んだことないくせに(たぶん)、フェミニストを名乗り、Twitterで暴れまくっている人たちがいる。

  

連合赤軍は、もしかしてそんな感じだったの?

動力の正体

ここ最近堀江氏の多動力がもてはやされているが、その構造は以下のものだと思う。

1.優秀な人材仕事を丸投げする

2.彼らから吸い上げた情報をもとに執筆活動をする

3.書籍メルマガを読んで感銘を受けた人が彼のところに集まる

4.優秀な人材仕事を丸投げする

このループを繰り返すことで金が情報を生み、情報が金を生む好循環が生まれる。スマホ一つで仕事をするとはそういうことだろう。

2018-05-13

twitter新聞雑誌書籍撮影した画像を上げて世の中のことを語ってるのに、引用元を書いてないやつなんなのって感じだわ。

確認できないし筆者に全然リスペクトがない。

つらみ

将来への不安死ぬ事への恐怖、結婚できるかどうかとか、そういったものだけを普通の人は「つらいきもち」として認識しているらしいことにここ数年やっと理解が至った。自分場合はそれとはまた別の正体不明の「つらいきもち」も存在していて、これも含めて一般的な「つらいきもち」だと認識していた。みんなもそうなのかなぁと思っていたけど、違ったっぽい。これじゃ普通の人とは微妙に話が噛み合わない上に誤解されるわけだなぁと。

自分自分で、なんでそんな斜め下の解釈するんだと腹が立つ事がよくあったけど、その「斜め下」の解釈がむしろ一般的であって、自分が運悪く例外的経験をしてきた事で認識が違ってしまっていたらしい。

そしてこれまでは、自分のこの「つらい」の正体を正確に把握できた事がなかった。何故かと言うと、気持ちの原因を思い出すことが精神的に非常に苦痛だったため。

原因というのは家庭環境、養育環境のことで、学生時代にもこれについての問題意識はあった。

ふとした切っ掛けでスーザン・フォワードの「毒になる親」と出会って実際に読もうとしたけど、冒頭の数ページ読むだけで精神的に不安定になってしまい、結局その時はそのまま先には進めなかった。大学卒業後も同じことを4年くらい繰り返していた。

でも一人暮らしを始めて2年経ち、転職をしてという直後から半年間立て続けに起きた出来事対処する一環としての取り組みの結果、最近では「つらい」の比較ちゃんとした輪郭と、具体的な内容と原因が把握できつつある。「毒になる親」も最後まで目を通すことが出来たし、関連する他の書籍にも手を出せている。


自分の「つらいきもち」の正体は自分歴史的経緯から来るものだという事が確信できた。ただ、その歴史的経緯自分に対して現在無意識適用しているのは自分自身だという事も段々分かってきた。

一言で表すなら「毒親の影響」ということになるけど、もう少しちゃん表現するなら次みたいになる。(まだちょっと分析甘い)

認識できている範囲の話だけど、これらが自分の「つらい」のキモのように思っている。

毒親」ってワードを使うとすぐケチ付けてくる人間いるから面倒だし、言葉暴力的ストレートから別の表現必要だと思わなくもないけど、それでもこの単語は凄く的確な表現だと思う。

幼い頃から刷り込み自己否定などの「毒」を植え付けて、親と同じ空間におらず暴言を吐かれていない瞬間でも、自主的自己否定を繰り返すよう教育することで、大人になったり独り立ちした頃には苦しみのたうち回り…みたいな。のたうち回るような元気が残ってる人がどれだけいるのかって話だけど。

虐待によるトラウマを除くと、毒親による影響で特に大きなものは親を自分に内在化してしまうことだと思う。これにより何が起こるかというと、自己否定デフォルトとしてしまうことが挙げられる。

この自己否定ポジション的には超自我かにあたるもので、本来なら自己否定なんかじゃなくて規範としてどちらかと言うとポジティブな物として機能しなくちゃいけないんだけど、親が精神的に未成熟だったり自分人生課題に対して答えを出せていないとかで不安定な場合は、「毒」を規範として植え付けられる結果になってしまうのかなと。

それがどのようにして植え付けられるのか、憶測込みだけど文字に起こしてみると案外悲しい感じになった。

思考するだけだとそんなでもなかったけど、文字に表してみるとやっぱりこう、悲しいというか、しょうもないというか、酷くがっかりする。

休日に少しでも長く寝てたり、病欠したり、平日に休暇を取ったりすると

とか頻繁に怒鳴られてたけど、あれは完全に自己紹介だったなと思う。当時はそう思う余裕は無かったなとも改めて気が付いた。

うちの場合問題の中心は父親だったんだけど一方の母親は何をしていたかというと、俺をかばうどころか、フォローするどころか、傍観をするどころか、「あの人がおかしな事をするのはお前のせいだ」と罵ってくるタイプ人間だったので、自分の両親は味方ではないという認識だった。問題のある人間問題のある人間とくっつくんだな、という気持ち

兄弟は妹がいるけど、妹は味方というよりは共通の敵を持つ他勢力みたいな認識だったな…。

去年会って話をした時には、当時俺に対して「哀れだな…」と思っていたらしい。それは俺を庇って同様の被害を被るよりずっと利口だと思うし、去年妹と会話をして結果的問題改善が進んだし、妹が逞しく成長してくれていてむしろとても助かったと思ってる。「こっちに来るんじゃねえぞ、そのままいけ…!」みたいな。ありがとう

少し前まで、どんな些細なことであっても何か考える度に最終的に「死にたい…」という結論に結びついていた。

去年あたりから自分の親は毒親だった」と認識でき始めて、更にここ1,2ヶ月は「毒親」と濁すんじゃなくて、自分経験させられた事を「親から虐待だった」と自分に対して説明することができるようになってきた。

昔と比べてかなり進歩したと思う。昔ならそんな認識は恐ろしくて出来なかった。自分はそんな酷い目には遭っていないと思いたかったんだと思う。

そして少しずつだけど、自分のことを大事にするという概念が掴めてきているような気がする。

自分のことを大事にするといえば、最近また新たに気付いた事があって、これは個人的にはかなり収穫だと思ってる。近いうちに効いてくるはず。

初めの方で書いた「その歴史的経緯自分に対して現在無意識適用しているのは自分自身」の事なんだけど、これについての現時点での理解ちょっと整理したいと思う。

大きく2つあって、1つ目は、この記事中で何度か出てきている「自己否定」「毒」という存在の在り方と、これがそもそもどこから来ているかについて。

自己否定が起こるのは自己評価が低いためだと思う。じゃあ、自己評価が低いのはなぜ?という話になってくる。

自分欲求ちゃんと満たしていないためだというのはあるかもしれないけど、自分場合はそれよりも重大で根本的な問題として、延々とされ続けた親の否定的刷り込み存在が強いと思う。

から虐待人格否定を受けることで幼い子供自己認識は「自分は無力な人間ダメ人間」となり、それがそのまま人生脚本となり、無意識にそのように振る舞ってしまいそのような人間になる。

それを精神的に未熟な親が自己有効感を得るエサとして利用(虐待人格否定)し、それにより子供は更に自己無力感に陥り…という、子供にとって悪夢のような悪循環が発生する。このサイクルが「否定的刷り込み」の実態であり、毒親子供に植え付ける「自己否定」や「毒」の正体なのだと思う。

この強い自己否定感、自己無力感は、親が自身無力感精神的な不安定さをカバーするために押し付けられた親自身問題であり、こう認識してしまうともう親に対して「ぶっ転がすぞ」という気持ちでいっぱいになる。

以前は親に対してこんな認識を持つどころか「もう人生だめだ…死にたい…」となっていたのでこの気持ち進歩だと思う。

まり自分に対する自分認識は、無意識に親の自分へのニーズを反映したものであり、自分自分を正しく認識した上で自分に下している判断ではない。

内面化した親のニーズ自分を見ていたのだ!(強調したい部分)

毒親内面化してしまっている」という表現書籍ブログで何度か見かけていて、ただ実際どういう状況になっているのか全然理解できていなかったけど、この考えに至ってようやく合点がいった。であれば、ひたすらに自己否定をしてしまうのも納得がいく。親の抱える問題を解消できない限り自己否定は続くんだと思う。

からしたら本来自身が頑張らない限り親が死ぬまで未達だし、親が死んだ後であっても、内面化した親(のニーズから見て未達なので、子供無限自己否定し続けることになる。

自己否定の原因を正しく特定して認知を変えないと死ぬまで自分否定し続ける。

こんなの「毒」じゃなかったら何だっていうんだ。現代呪いじゃん。洗脳とも呼べるのかもしれない。まぁ「刷り込み」って「洗脳」の呼び方変えたようなもんだし同じようなもんか。

2つ目は、やり場のない感情とその矛先について。

ここひと月ちょっとは、過去に親との間にあった出来事と当時の自分感情を、出来る限り思い出して言葉として書き出すという事をやっていた。

これによって狙っていた事は、自分意思だけでは思い出し切れないトラウマ記憶に近い時系列記憶に迫り、文字に起こして認識することで「過去出来事、終わった事象」として自身に印象付けようとしたのと、あわよくばトラウマを芋づるで掘り当てて、当時の自分解釈現在自分解釈認識を上書きすることでトラウマを軽減、解消する事だった。

精神的な負荷が高いから嫌だったんだけど、EMDR以外では1人で出来るもの現実的っぽそうなのがこれしか無かったので、今の自分であれば精神的に安定している時なら回復にそれほど苦労しないと判断して挑むようにしている。

結果的にはまだ解消に至ってはいないけど、認識できていなかった事を認識することが出来た。

自分自分感情無視していた事に気が付いた。これ文字にすると厨二臭くていやだな。

無視していた感情というのは、具体的にはある期間の横暴を働く親とそれに対抗できない自分に対する強い憤りなんだけど、当時の自分ストレス発散の手段を親に奪われた挙句愛玩動物の延長みたいな扱いを受けていたので、感情を解消したり発散する機会が無い状況だった。

自分意思表現すると「立場を思い知らされる」ので、あまりの怒りと無力感から自分の机に伏してバレないように動物みたいな唸り声を上げたりしていた。趣味生き甲斐も取り上げられ仲間とも断絶されて、ストレスから肌も顔も荒れ放題、耳は切れて黄色ブドウ球菌に侵されてリンパが垂れ、首筋もあかぎれのように切れてしまい、腕の皮も荒れて剥け落ちてという有様で、生きているのがひたすら苦しかった。

病院には行っていたけど、治癒スピードよりもストレスによる身体破壊が早くて当然なかなか治らなかった。鼓動が早くなっていて体温も通常時より高く感じていたので、自律神経失調症にもなっていたなと思う。これまでで一番白髪が多かったのもこの頃。友達からは「お前、なんか覚醒するんじゃねえの」みたいな軽口を言われてちょっと救われた。高2〜3の頃だったと思う。

これを書いていると、今すぐ家を飛び出し実家に乗り込んで、徹底的に仕返しをしてやりたいという衝動自分の中に確認できる。この期間は同じく家庭環境が複雑な友達が支えてくれていたお陰で、問題を起こさず自分も生き延びる事ができた。その友達との連絡は今はもう取れなくなっている。まだ生きていてくれると嬉しい。

この記憶を思い出した事で付随する感情も引きずられて出てきて、この時に気が付いたのがここ数年ほとんど自分の怒りらしい怒りを認識していなかったという事で、なんというか新鮮な気持ちになった。感情が揺れ動くのがなんだか嬉しくて、ちょっとクワクした。

「怒りを感じていなかった」というのが実は大問題だったと思う。

この怒りの矛先は本来親に向けて抵抗するために利用すべきだったものなんだけど、利用できていなくて、そして最近ありありと思い出せたという事は当時のフラストレーションが解消されず残っているという事になると思う。解消できていないのならそれを感じなくなってしまっていたという認識おかしくて、じゃあ認識できなくなっていたそれはどこに向かっていたかというと、これはまだ検証中ではあるんだけどどうやら自分自身に向かってしまっていたっぽい。怒りの矛先が自分に向かうことで、自己否定を一層強化してしまっていたんじゃないかと思う。

しんどいのは親に向かうはずの感情の向き先が自分になってしまっていたため」と考えてみるようにした所、体が以前よりも軽くなり、洗い物が出来ない、風呂に入るのがつらいなどの恐らく精神的な問題が急に改善されだしたのは大変嬉しいんだけど、ネガティブな側面として最近色々な事にすぐイライラするようになってしまって困った……。これは多分……親に向けるべきものが溢れてコントロール出来ていない的なものかな……と思ってる。

でもこれは創作活動転用できるエネルギーだと期待しているので、自己否定改善と併せて、またしょっぱいながら活動を再開していけるんじゃないか自分には期待をしてる。

まり何が言いたいかというと、動けない、簡単な事ができない、しんどいという状態は何かしらのネガティブな強い感情無意識自分に向かうことで強いストレスを生じ、そこから起こる精神的な問題なんじゃないかと思う。と書いたところで気が付いたけど、よく見かけるような文になったし、そんなに発見ではなかったかもしれない。でもこれまでの情報との紐付けができたので、これはこれで知見かもしれない。

最近の取り組みは方向性は間違っていないと思う。例え間違っていても、死ぬまでに目的を達成するためにも引き続き認知の歪みを直す取り組みを続けたい。

「やりたい事をやらないのが苦しい」のは当然だけど、「やりたい事をやるのも同じように苦しい」というのは異常だし、このままじゃ今度こそ気が触れるかもしれないので、出来るだけ早く絶対にこの状況を脱したいです。おしまい

一人暮らしを始めて転職して、そしてまた引っ越した際には保証会社を使ったので住所を自分からは伝えていない。確認可能らしいけど。

ゴミ親父は前々から借金していた事が去年発覚して、その際に出向いて縁を切ってきた。俺のこの先10年間と俺の収入を返済に充てたかったらしい。ぶり転がすぞ。

母親は発覚直後もほとぼりが冷めてからも、問題には触れようとしない他力本願ぶり。あんたは昔から自分にとって都合の悪い事はどんな些細なことからでも逃げるよな。いや、借金父親独断からその点だけは間違っちゃいないけど自分が住んでる土地?家?が担保にされてるのにそれは無いでしょう。

みたいな状態なので、実家はもうどうにでもな~れという気持ち。妹ちゃん脱出がんば。応援してる。

早く人間になりた〜い

2018-05-07

anond:20180507113319

普通の人は、パブライン等で他社を含む書籍販売数が把握されている事をあまり知らないし。それに基づいた販売戦略が練られているのに、思いつきで勝てる!と思っている自信満々の人が多いんですよね。

人が来ないのは、書店だけじゃない

anond:20180506150216

本を買わないだけじゃなく、人が来ないんだろう

通販が発達して、通販で買えるものを売る店には、人が来なくなった

本屋に限らず、リアル店舗の生き残りは、通販で買えないものを扱うしかない

から、店の雰囲気飲食を扱うのは、正しい

しかし、手にして帰るものがない店を、わざわざ訪れるのはそう頻繁にやらないので

だいたいは、物珍しいものをみるために1度きてそれきりだろう

飲食選択肢がたくさんあるので、話題にならないと安い店に行ってしまうし

わざわざ、その店をめざしてきてくれる人は、本当に少ない

飲食雰囲気を扱うには、1店舗がやっても限界がある

飲食雰囲気を作るには、複数店舗の協力が必要で、街全体として取り組まないといけない

喫茶の店、フルーツの店、中華の店、イタリアンパン屋うどんそば和食焼肉天ぷら・・・

そういう複数ジャンルが協力して、街の雰囲気を作って、人に街に来てもらう取り組みがないと

1店舗飲食なんて、牽引力がなさすぎて、通販に奪われた物販に相当する売上を望むなんて無理すぎる

でも、各お店には、店の都合や思惑がさまざまあって、街全体として1つの動きになるのは難しぎる

人を集めるのは、たいていの飲食1店舗でできることじゃない

そうして、資金の尽きた店舗は閉店し、大手のチェーンの飲食コンビニけが残る街になる

人々は、通販で物を買い、コンビニスーパー食べ物を買い、生活を過ごすことになる

たまに豪華な食事や買い物は、大きな街へでかけていって済ますことになる

さようなら ちいさな街のリアル店舗

書店に限っていえば、出版社デジタルコンテンツもっと真剣に売る気になれば多少の道は残されている

紙の本と同じ内容を、データにして貸本のことを販売と呼んでユーザーを騙すようなことするのでデジタル書籍が売れないだけで

漫画のように消費できればいいだけのコンテンツを紙とは違った内容、ページによってアニメのように動いたり音がでたりといった形式で作って売り出すべきだ

それならば、紙とはちがうデータなので、デジタル書籍といえども、ユーザーは、価値を見出せる

そしてもう1つは、紙の本をデジタル化する権利販売する事

所有してる紙の本をデジタル化する権利を売ったり、実際にデジタル化するために書店をつかうべきだ

紙の本をもっていることの証明デジタル化済みであることを示すために、紙の本にマーキングしたり

かに契約してデジタルコンテンツコピーして手渡す場所に、リアル店舗必要になる

ただこれもそんな動きができるなら、ここまで至っていないだろうから

リアル店舗はなくなる運命で、各店舗ネットコンテンツでひと山あてる方法を探した方がいいかもしれない

2018-05-05

ひとつ本屋で起きたこと。」はここ10年で割とよく見てきたはなし

https://nyawaraban2014.amebaownd.com/posts/4135126

自分も数年前に大学内の類似施設で似たような問題に直面して数年解決を試みたけど

自分の実力だけでは解決は難しいなと思ったので、諦めて業種替えした。

最初転職活動年収が100万円近く上がったのには唖然としたけど。

自分が好きになったことにつけ込まれ業界で働くより、自分評価してくれる業界で働いた方が金銭的には

幸せになれると思います

委託元としての大学

業務発注するには業務内容の把握と評価を適切にできる必要があるが、大学側に書店運営

評価できる人材がいることは期待できない。

誰もが(財務課が)納得する「委託費用」に評価の重きが置かれることになりがち。

大学全体として正規職員以外の職位者には歪んだ指定制度の名残か最低賃金(以下)で雇いたい傾向が強い。

非常勤教職員ポスドク委託スタッフ、下手すれば実質労働時間で割ると最低賃金下回るのでは?

私は文中のクレーム入れてくる教授を「書店に関心があり心身になってくれる良いお客」というよりは

ベテランが積み上げてきた取り組みにフリーライドする組織無意識ブラックカスタマーに思えてくる。

取り組みを評価はしても金は出してくれないもの教授大学運営に強く関わる一員ですから

毎年の委託費を「管理コストは毎年下がっているはず」で委託費用値下げを強行してくるとこも当然ある。

あと、大学事務職の傍流には残念の最先鋭な人たちが集まりがちよね。介護手数料委託費に上乗せしてほしいわ、大学上司氏。

受託企業

大学内の図書販売図書サービス受託する大手書店系や何とか流通センター

契約の獲得にあたり、独自性や高レベルサービスではなく、低価格で何でもやります路線

契約を勝ち取り続けてきた。大学側に価格以外の評価が持ててないことが一因ではある。

契約価格が上昇したのは最低賃金の上昇分と委託価格にかかる消費税増税したときくらい。

それでも利益確保をしようとすると、しわ寄せを現場におしつけがち。

受託企業からみた大学書店運営

書籍販売再販制度があるとは言え、万引きで吹けば飛ぶような利益

コンシュルジュやセレクトショップ形態独自性を出したところで本の価格に上乗せはできない。

必然的に一番高価な維持費である人件費を削減していく傾向は避けられない。

ましてや大学書店生協加入者に1割引きで販売しているので尚更。

維持運営させていくには人を最小人員、最低賃金昇給なしでは事足りず、場合によっては

フルタイムを減らして週20時間以下スタッフ割合を増やし、かつ売り場面積縮小で賃貸料削減も検討する。

教科書・参考図書発注もこれまでの発注履歴からある程度システム化して、業務効率化で乗り切ればよい。

買切りは高リスクなのでできる限り避ける。

あとは現場スタッフでやれるでしょ。

あいつら突っ立って、いらっしゃいませ言って品出しすれば良いんだから、たまには苦労して成長しろ

ちっ、せっかく成長の機会与えてやったら粘りがないから辞めるとか言い出した。

好みで発注しやがって。

せめてリニューアル初期の立ち上げ時にベテランが面倒見てやるのは最低限の義理だろ。とかね。

残念ながらよく聞くはなし。なんか悪い宗教にでもはいっているのかしら。

雇用環境

これまでの日本社会結婚出産正規雇用退職せざるをえなかった女性が非常に多く、一度退職すると

再度の正規雇用はおろか、30代を超えてからフルタイムパートですら見つけるのに苦労する状況があった。

そのため、最低賃金であろうが文化的匂いのする図書販売図書スタッフは大変人気があり、早稲田大学文学部卒や

数十人規模のチームマネジメントをそつなくこなす女性を掃いて捨てるように扱っても応募が絶えない状況が続いてきた。

本を扱う会社文化的であるというより、文化的であることを取り繕える場所って言ったほうが適切な気はする。

ベテラン店員のお役立ち度

ベテラン書店員が高待遇を得るためには店の売上に常に貢献し続けていく必要があるかと思います

長年の経験による発注スキル取材されるレベルの高クオリティフリーペーパーは一体どれだけ

売上に貢献できたか広報活動たりえたか。そして本社大学でその経済価値を共有されていたか

ベテラン店員の「こだわり」が店舗運営上の障害になりうる場合もあります

買切商品を100冊独断発注して1割引きの条件下で販売し「ほとんど売り切れた」として利益でましたか

売れ残ったわずかな冊数で利益つぶしていませんか?

海外文学の棚は売り場面積あたりの売上を従来からどれだけ上げる見込みですか?

フリーペーパーについても頒布コスト書店大学持ちの同人創作活動になってませんか?

文化的評価が高くとも経済的な実績を明示化できないと従業員としての評価には繋がりにくいと思います

書店創作活動継続した利益確保がないと維持できません。

さいごに

今回のような話は「なんとかぜんゆうなんとかどう」で働いていたスタッフから類似した話をよく聞いてきました。

他の大手書店系でもちらほら聞きます。それでも自分が関わっていた頃よりもクソっぷりの純度が上がっていて

開いた口が塞がりませんでした。ベテラン店員の皆様は大学企業のクソさを濃縮して飲まされているようで

胸が締め付けられる思いです。これからのご多幸をお祈りいたします。

2018-05-01

ネットでイキっている人の顔を見たい

巨大な情報流出があって、ネットでイキっている人の発言に経歴、顔等が紐付けされた状態ダダ漏れになったら凄く楽しいと思う。ネット正義を振りかざしている人の何割が現実での経歴、行動も胸を張れるような人なんだろうか。

それとネット右翼左翼活動や男叩き女叩きをしている人が平均的にどういう属性の人なのか統計データで見れたら面白い傾向が見れそうな気がする。

やっぱり男叩き女叩きをしている人は現実容姿に恵まれない人なのだろうか。なんてね。

しかしたら、ネット上で偉そうにしている人達毎日満員電車に揺られて会社で怒鳴られながらも汗水垂らして頑張っているっていう事を知って、彼らに対して少し優しくなれたりするのかもしれない。

もしそういう類の調査結果がネット上もしくは書籍上で公開されてたら読んでみたいので教えてください。

2018-04-30

積読をする人間にはろくな奴がいない

積読をする人間にはろくな奴がいない

買った本でも図書館の本でもね

しょうもないことを有意義だと言い張るタイプ

もしくは計画性が恐ろしくないタイプ

本棚しまえない本を買って文字通り部屋の床に積んでるのならなおさら馬鹿

確率貧乏家庭出身

漫画を読むことが文化的だと思い込んでるなら余計にまずい

生産性のない書籍購入はAKBCDソシャゲにつっこむのと何ら変わらない

最悪なのが国立大大学院出てるほどの高学歴積読野郎

もれなく奨学金を抱えているか学歴の割に低収入

文化的とされることなら浪費しても許されると思い込んでる

だいたい論破厨も併発している

自分勉強が得意だと思い込んでるが往々にして英語力と国語力が低い

好きな人には国語力が高い人がいるが、本を集める自分が好きな奴に国語力が高い人はいない

そんなけ本を買っといて本を読まない私と同じくらいの文章読解力ってどういうことだ

施設基準フォローアップ研修」受講しました

平成30年4月25日日本施設基準管理協会主催の「施設基準フォローアップ研修」を受講してきた。

施設基準、ざっくり言うと病院側が厚生局へ届出して「ウチはこれくらいの基準を充たしてるので、○○料を請求していいですよね」とお願いした後に、厚生局側で許可する仕組みなんだけど。ただ届出すればイイという訳ではなくて、厚生局側は病院が届出した内容どおりのレベルを維持できてるか「適時調査」を各病院に2年に1回ペースで実施。この時に思わぬ見落としが結構ポロポロと出て。基準を充たしていないことが発覚した場合、相当な金額返還する必要が出てくる。本研修講師曰く、「年末ジャンボ宝くじの1等が、年末ジャンボ宝くじ当選率よりずっと高い確率で当たる」らしい。

という訳で、病院施設基準担当はなかなか重要立場にある割には。これまで大した書籍資料などがなかった事も事実。そして、厚生局側としては「勉強してない」病院から出される届け出は、見るのもイヤだけど仕事から我慢してた事情もあり病院側でレベル底上げを計ってくれると業務が軽減するのになという要望があったとか。それとは別に従来、全国各地にある厚生局とその管轄内の病院との馴れ合いがズブズブで。その管轄内でしか通用しない地方ルールがあったらしいけど、昨今は全国各地の厚生局統一基準に則ってきており。適時調査基準なども厚生労働省ホームページから閲覧できるにもかかわらず、病院側が以前の地方ルールに囚われている点が懸念されていたんだとか(まぁ、ホームページには書いてあるんだろうけど。病院側としてはそれを読むヒマがなかったり、書いてることがハイパー過ぎてるんじゃないか?)。

はい、そういう事情解決のため「日本施設基準管理協会」が誕生病院側の職員資格制度認定試験を受講することで「厚生局側の統一ルール」を学ぶことができるうえ、ゆくゆくは日本全国に施設基準管理士のお友達がたくさんできてお互い切磋琢磨できていがったぁ♪という主旨らしい。

その意図やよし。でも重箱の隅をつつくようなハナシで恐縮だけど、コレの受講料とか経費で落ちるのか?別にこの先も、「この資格を受けないと、施設基準業務につけない」みたいな免許制になる訳もないだろうと思う。実際、本研修オレ自腹で参加したし。

はいえ、虎の門トーショー会館で行われた本研修、全国から500名(半分くらい自腹か?)が集まった。これまで書籍が産労研究所出版物しかなかっただけに、潜在的ニーズは大きいと思う。

ちなみに、今年6月には資格制度概要協会ホームページ掲載されるらしい。費用次第では、本腰入れて勉強してみっかなと思う。まっ、オレ施設基準担当じゃないんですけどね!

あー、コレ経費で落ちねえかな?

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