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はてなキーワード: ハラスメントとは

2021-05-09

anond:20210509072948

議論なし・説明なしで圧力をかけて人を動かそうとするのはハラスメント的な振る舞いだ。

なぜ、「議論なし・説明なしで圧力をかけて人を動かそうとするのはハラスメント的な振る舞い」なの?

池江選手覚悟を持ってないか覚悟を持たない人間がどういう扱いを受けるべきかは議論余地があるが、覚悟を持たないのが悪いこと、ずるいのが悪いことなのは一般論としては当然だろ。

元増田は、覚悟を持て、と言ってるだけで、具体的に、辞退しろと言ってるわけでもないから、人を動かそうともしてないし。

覚悟を持て、がハラスメント行為に当たるかも微妙だと思うぞ。議論説明がないのはお前のほうだろ?

さんざんキモいから愛情ハラスメントとか言われてるのに、それをしたら付き合えるかもよ?とか言い出すやつまで出てきてめちゃくちゃ笑ってる

https://davitrice.hatenadiary.jp/entry/2021/05/09/115205

「他のどんな女性よりも頻繁に彼女と会い、なるべく長い時間をかけてデートし、ことあるごとに電話をかけ、何十通もの手紙を書く」

これに関してはキモハラスメントとして小馬鹿にされ続けてる案件だし、

彼女が求めていることに敏感で、同情的にふるまい、救いの手をさしのべるような男性は」

これに関しては救いの手≒生活基盤が安定した非弱者男性でないとできないことなんだよなぁ。

こういう現実離れしたことを本に書いてあるからという理由

「たとえば「暴力的な男のほうがモテる」といった弱者男性論者やインセルが陥りがちな発想に釘をさすものであることは間違いないだろう。資産地位があまりない男性は、コンプレックス不安を乗り越えて熱意や優しさをしぶとくアピールし続けることが大切だ、みたいな教訓を引き出すこともできるかもしれない」

とまで言ってしまうわけだが、暴力的な男ってのは当然に他者には暴力をふるまいセックス提供する相手には優しく振る舞う男も含まれているのは自明だろうし、弱者男性という存在恋愛不可能性をなにがなんでも否定して差別社会存在しないか社会今日も美しいなぁうんうんって言ってるやべーやつにしか見えないんだよな。



結局、誰が差別されているか適応した人間たちの判断次第の社会だといってもいい。

承認欲求高めの中年モラハラ同僚がいる件。どっかいって欲しい。

 4月から異動した職場に嫌な同僚がいる。

 年齢はおそらく40代おっさんである。既婚だとか、子供の有無と言ったプライベート情報は一切話さないから、知らない。

 そして何が嫌かというと、一言では言い表せないが、これが面倒くさいおっさんなのだ。まず、人の悪口を言う。上司や前の職場、もちろん私に対してもだ。内容はくだらない。上司に対しては、実力がない、知識がないといったレッテル貼り。前の職場に対してもそう、サボっている、適当だ、お局だ。私に対しては、やる気がない、実力がない、使えない(これはモラハラパワハラ?)。私なんて異動した初っ端からそんな事言われたから、家帰ってもリフレインして辛かった。耐性がないと言われたらそれまでだけど、よく知らない相手にむき出しの敵意?向けられて、意味からなさすぎて悶々とした。気分回復するまでの時間無駄に奪われたと感じて不快まりない。

 まず、言い方が単純で、悪口をいいたがりの中学生みたいで呆れる。親とか先生に反抗したがり、他人を見下したがりで。精神的に幼い。ちょっと話が長いことを上司に注意されたことを逆恨みして、上司悪口言うとか、40代男性にしては幼いというか。おそらく、前の職場でも楯突いて、低評価食らったのだろう。珍しい位、恵まれない職場転々としている。通常3年程度在籍するが、短い期間で動いている職場が何回かある。出されたのだ。

 批判の中には事実もあるが、常におまいうという感じ。一方で、承認要求も凄まじい。自分は使えない、やる気がない、と言いつつ、でしゃばりたがり。身につけた知識を総動員して開陳し、若手に延々同じ話を繰り返す。確かに仕事上使える知識も多いし、役立つことも多い。ではなぜ自分は、早く帰りたい、こんなくだらない仕事やりたくない、低レベル仕事だ、などと言って、モチベーションが低いポジションをとりたがるのか、他人に対しても、心の狭さを隠そうともしない態度をとるのか、全く不明普通にベテランとして知識仕事に役立てて、上司とも波風立てずに仕事すればいいじゃん!そうすれば頼もしい人だよ。だけど、それはできないらしい。

 想像だが、勉強熱心で野心もあるが、性格に難があって人に評価されずにここまで来たため、捻くれたのだろう。「私はやる気がなく不真面目だ」というポジションを取ることで、不遇な人事を正当化しつつ、同時に知識仕事面で人に評価されたい、承認されたい、という強烈な欲求がある。たぶんプライベートではブログとか、SNSで一端の知識人気取っているのだろう。過去に似たような上司に当たったことがあるが、彼はアマチュアジャーナル誌に寄稿して、アカデミック立場を気取っていた。そういう、自尊心を保つ趣味プライベートで打ち込んでいるんだろう。それ自体否定しないし、頑張っていただきたい。

 問題は、評価承認欲求を満たさな他者攻撃する癖があるということだ!若手や他の社員と違って、上司や私は彼を評価していない。長過ぎる彼のスピーチ辟易して、時に冷たく切り上げたり、話しかけないように拒絶しているが、きっとその態度が気に入らないのだ。しかし、驚くべきことに彼は自分を敬って欲しいようなのだ。よく知識を知っているとか、仕事が早い、だとか、言ってもらいたそうにしている。

 また、彼は他人によくおべっかを使う。できる社員特に若手に対して、やれエリートだ、サラブレッドだ何だと大げさに称賛する…こうやって自分を卑屈に言いつつ他人を褒めそやす人間は、自己愛が強く、同じように称賛されたいという欲望も強い。どうやってこの人格形成されるのかは不明だが、実家でちやほやされて育った僕ちゃんからかもしれない。しかし実力が無いと、家の外では誰も褒めてくれないので、結局こうやってこじらせることになる。とても複雑なパーソナリティだ。ある意味被害者とも言える?でも、他人感情をぶつけるのは公害だ。私はあんたのお父さんでもお母さんでも無いんで。

 

 その時の感情に任せてぶつけてくる、他人しかおっさんキツイさらに面倒なことに、人から承認調達不器用理論武装おじさんは相手への傷つけ方もねちっこいので最早救いようがない。

 前の職場でも嫌な人がいて耐えてきたのに、どこに行っても嫌な同僚は絶えないもの。彼は常々出勤したくないとかほざいているんで、ずっとこの先、一生リモートでもしてて欲しい。どうすれば機嫌よく仕事してもらえるのか、他人の機嫌取りするのはもう疲れたリモートのいいところはそれがないところ。気分屋で、他人を傷つけながら承認欲求求めてくるおっさん害悪しかいから、どっかいって欲しい、居なくなってほしい。一応、発言メモしてるんで、限界が来たら上司ハラスメント行為として訴え出るつもり。

虐待された子はまた虐待すると聞くだろ?

ハラスメントされた嫁もまた鬼姑になるのだ。

anond:20210508225508

影響力がある・覚悟を持て・ずるい

この辺の意味曖昧言葉ジャグリングして加害の道具にしている。

なぜ覚悟を持つ必要がある? なぜ、ずるいとダメ

議論なし・説明なしで圧力をかけて人を動かそうとするのはハラスメント的な振る舞いだ。

代わりに“責任”という概念を使うべき。影響力があるだけでは責任は生じない。「こういう理由責任がある」と説得するために、ある程度の理屈をつける必要が出てくる。

2021-05-07

anond:20210507170631

差別心があるから躊躇なくハラスメントしてくるんだと思うんだが

anond:20210507164659

普通にハラスメントだよなぁ

これが理解できない・理解を示したくない「弱者男性諸君議論俎上にも上がれないぞ

anond:20210507162741

元増田は女なのかもしれないが、偶々地位権力を掴んでしまった男達にはそういう残酷発言をする奴が多いのは事実

女でもそういう男らしさを強要する奴は、強者男性によるハラスメント共犯だかな。

anond:20210506114728

男性差別を挙げてけっていう増田ホッテントリにあがってたけど、ハラスメントの事例ばっかりじゃん。

童貞いじりなんかも、セクハラ人権侵害で大問題であってはならないことだと思うけど、男性差別ではないだろ??

差別ってのは、男だからという理由で育休取らせてもらえないとか、大企業事務一般職採用されないとか、保育士になりたいと言ったら難色を示されるとか、寡婦控除が適用されにくいとか、男だったら既婚子持ちじゃないと昇進させてもらえないとか、法律上助産師になれないとか、性犯罪被害届受理してもらいにくいとか、そういうのだろ???

正直、男性差別の例として挙げられてるのが、明確なハラスメントの事例ばっかりで、男ってやっぱ恵まれてるんだなって思ってしまった。

でも分断されるのはアホらしいし、もっと男性差別が知りたいので、ハラスメントじゃなくて差別を教えてほしい。男の人も差別されて大変なんだなって思って、男女手を取り合って、性差別を無くすために闘っていきたい。

男性差別を教えてくれよ。

2021-05-06

anond:20210506012652

弱者男性を自認する人にそれって差別じゃないよねと詰めるのは、差別ならびにハラスメントのものですよってこと

ある種の弱者男性のはなし

ある種の弱者男性

弱者男性の指す範囲が広すぎる」という意見も目にしたから、「ある種の弱者男性」としておこうか。

 

ここで言う「ある種の弱者男性」というのはいわゆる非モテ男性、そのなかでも容姿等の外面的な要素で女性から嫌悪排斥され、そのぶつけられた嫌悪内面化した人達のことだ。

 

容姿キモい、喋り方がキモい動作キモい、、、、女性はまあカジュアルに言い放つ。

そしてそんな言動は一切咎められず、むしろ不快にさせられた女性こそ被害者」として正当化される。

この時点で、「ある種の弱者男性」は呪いをかけられる。

 

女性は正しいので悪いことをしないだろう、女性弱者から男性というだけで恵まれているだろう、

女性被害者から男性に対して加害者にはならないだろう、女性にとって好ましいものこそ善だろう

 

こうした世の中のリベラルな通念が呪詛となって、後々「ある種の弱者男性」を苦しめることになる。

 

キモいジャッジされた事が正当化されることで、

言われた側の男性自然と「自分キモい」「女性にとって不快」、果ては「自分は世の中の害悪」と自己規定する。

 

なぜか?女性不快な思いをさせ嫌悪させるもの「悪」からだ。

(そうでしょ、フェミニストのみなさん?)

社会正義に沿おうと真面目に考える男性ほど、こうしてより深く罠に嵌る。

「おまえは『悪』だ」と判定を下されたら、もちろん返上しようとする。だがその成否を判定するのも結局女性でなければならない。

まり男性が「善良な存在」であろうとすると、必然女性ウケ(モテ)を意識せざるをえなくなる構造になっている。

だが、キモい男性アプローチしても害悪扱い(セクハラ、告ハラetc…)されるだけなので、

多くの場合は徐々に恋愛女性から承認、すなわち「善良」であることを諦めていく。

それでも女性ジャッジからは逃れられない。

女性男性人格を、外面的な要素から正しくジャッジできる」という信仰のもとに、

清潔感」という言葉で包められ正当化されたルッキズムさらされ、(努力も虚しく)女性に好ましい容姿を実現できないというだけで

「不潔で不衛生」「人格が劣悪」のレッテルを貼られては正当化され、それをまた内面化していく。

そもそも女性ジャッジ次第で人格までレッテル貼りされること自体が不当なのだが、そう思うことも難しい状況にある)

そして「ある種の弱者男性」は、「自分害悪だ」と思ったまま、自信も自己肯定感も失っていく。

女性のいる場所はもちろん、女性に(人によっては同性にさえも)話しかけることを恐れて所謂コミュ障になっていく。

 

自信も自己肯定感も物怖じしないコミュニケーション能力も、男性が豊かに生きるには非常に重要だ。

しろそれらが欠如するのは致命的とも言える。

女性場合なら自信なさげな態度と言動は奥ゆかしさとも捉えられることもあるだろうが、男性、それも容姿が悪いともなればどうか。

例えば一般的企業入社面接想像してみてもらえばその悪影響の大きさがわかると思うが。

 

そして流れ着くのは薄給バイトブラック企業危険を伴う肉体労働

 

こうして、学校女子キモいと罵られた少年は、弱者男性となっていく。

 非モテへの人格否定

女性たちからキモい害悪レッテルを貼られ拒絶され、女性との交際を諦めた弱者男性は、

それでも大抵は「害にはなりたくない」と願い、女性を避けるように生活する。

だが、彼らが尊厳回復することはない。

 

弱者男性の多くは、女性から承認されない、恋愛できない自分ダメな奴なんだろうかと不安を抱え、SNSgoogle検索をする。

すると遅かれ早かれこうした文が目に入ってくることになる。

 

性格が悪いかモテないんだよ」。

 

言い換えれば、「(異性愛者で)女性に選ばれない男は人格的に劣っているに決まっている」

あるいは「女性にとって好ましい男性人格面も優れているに決まっている」、ということになる。

そしてそんな類の暴論が数百、時には数千単位の「いいね」を集めている。

 

さら社会正義を謳うリベラルフェミニストは、非モテ男性を敵視し、口を極めてその人格貶める

 

曰く、非モテ男性甘ったれている。曰く、非モテ男性は性欲の権化である

曰く、非モテ男性は誠実さがないかモテない。曰く、非モテ男性の悩みなど低レベルだ。

曰く、非モテ男性女性搾取しようとしている。曰く、非モテ男性・・・

 

他でもない反差別を掲げるリベラルからすら平然と差別をされることで、ますます自己肯定感を失っていく。

 

―――女性たちに外面的な要因で拒絶されることで同時に人格まで否定されてしまうなんて、

それが正当化されるならば、払拭するには女性承認されお墨付きをもらうしかないじゃないか―――

そのような指摘は、今度は「女をあてがえということか!」と歪められる。

 

「女をあてがえ論」の他には「ありのままの僕を受け入れて論」なんて言い方もしたりして、

とにかくあたかも自堕落自分本位な男性が主張しているかのようなイメージを擦り付け人否定が行われる。

 

それが例え「同じ人間として扱ってほしい」「外面的な部分だけで排斥しないでほしい」「あなた達と恋愛できないからといって人格を貶めないでほしい」という

いから出たものであっても、女性に対して批判的だからというだけで「ミソジニー」果ては「インセル」呼ばわりされ邪悪レッテルを貼られる。

 

挙句の果ては、「男性というだけで恵まれているんだから被害者面をするな!」と遮断され、

人格否定たっぷり浴びせられたまま放り捨てられる。

 

女性ジャッジは正しい。)(男性なんだからまれていると思え。)

女性は加害をしない、お前に落ち度がある。)(女性に嫌われるなんて悪に決まっている。)

 

フェミニストたちが形成するこうした世の中の通年は、人格否定された「ある種の弱者男性」をさらなる自己嫌悪と自信喪失自暴自棄へと追い込み、その人生を淀ませていく。

女性たちはこの呪いのもたらす苦しみと構造の強固さを知ってか知らずか、今日も気に入らない男性へ気軽に「キモい」と言い放つ。

女性の加害性とはこういうものだ。

 

さいごに 

キモい男は害悪」、そんな女性たちの価値観正当化され力を得る世の中では、

善良であろうとするほど「キモイ男性」は何もできなくなっていく。

 

すこし思考実験と言うか、考えてみてほしい。

普段あなたの行動範囲のなかで、女性(とくに若い人)に遭遇することがどのくらいあったか

そして女性と遭遇するたび、それだけで自分がその人を不快にさせ、害を与えているとしたら。

場合によっては「キモい!」と面罵され、それに対して異議を唱えることはおろか、反感を抱くことさえ許されない、そんな価値観が正しいと思い込まされているとしたら。

あなたはまともな精神社会生活を送れるだろうか?程度の差こそあれ、概ねこれが「ある種の弱者男性」の見る光景、生きる世界だと思ってほしい。

 

おそらく、俺たちのような人間ほとんどのリベラルの人たちの観測範囲には入っていないだろうと思う。

 

女性からいじめハラスメントを受けて人生舞台から転落なんて、そんな少数のレアケースの問題など、いちいち考えてられないと思うだろうか?

念の為に言っておくと、「ある種の弱者男性」は決して少なくない。少なくとも、リベラルの人たちが考えるよりはずっとずっと多い。

全国の学校ひとつにつき数名はいるんじゃないか。心当たりがある人も多いんじゃない?

 

まあ数が少なく見えるのも当然ではあるかも知れない。彼らは大抵が、社会の下層で怯えながら隠れるように暮らすから

 

リベラルたちの視界から外れた社会のはずれへ疎外され、自分は世の中の害悪だとひたすら信じ込まされたまま、

ろくに声もあげられずに死んでいく。俺が同じ境遇ということで交流してた人たちはみんなそうだった。

 

「ひっそりとオナニーしながら死ね」だったかフェミニストの偉い教授が言ったそうだが、「望み通りだ」と彼らの末路を見て笑うのだろうか。

 

正義がほしい。尊厳がほしい。

女性好き嫌い正義を切り離してほしい。

女性にとって好ましくない外面というだけで人格まで否定しないでほしい。

同じ人間として扱ってほしい。

 

こんな願いはそれほどまでに分不相応高望みなんだろうか。

2021-05-05

弱者男性であるがゆえに偏見差別的言動を受けるというのであれば、それは「セクハラ」なのでは?と思うんだよな。

性別理由ハラスメント受けてるわけじゃん。だからセクハラ問題場合と同様に考えろじゃなくて、それもセクハラだ、で良いと思うんだが。

もちろん、性別関係ない弱者一般への抑圧もまた弱者男性への攻撃かに繋がってないわけではないんだろうけど

そのへんはもう弱者男性問題というよりは弱者問題ではとしか思えんし

弱者男性差別弱者男性ハラスメントについて

はてブは基本的にキャンプファイヤーのようなもので、薪をくべてはそれの炎の揺らめきを楽しむが、翌朝には忘れてしまう。

弱者男性の話も、まあ一時のものだろうけど、割と醜悪なブコメが並んでいて辟易としたので、他山の石とすべくここに記録しておきたい。

なお、自分は「でも歯は綺麗だ」と死んだ犬を評したキリストの説話がわりと好きであり、原典を知る人が居れば教えてほしい。

弱者男性の話の前に、まず差別とハラスメントから

まず混乱しがちなので、さきに差別とハラスメントとの違いから整理しておく。

差別とは

差別とは、「ある特定の集団や属性に属する個人を、集団や属性を理由に取り扱うこと」である。

ここでは、以下については踏み込まない

  • その集団や属性を同定することができるか(レッテルを正しく張れるか)
  • 優遇するのか冷遇するのか(除外や拒否だけを指すか)
  • それが正当か不当か(合理的か道徳的か社会的に許容されるか)

つまり「女性は話が長いから会議が長引いて困るなー」というのは、「女性」という属性を基に話をしているので、差別になる。

女性を正しく定義できるか、その発言で有利になるか不利になるか、その発言が正当か不当かは問わない。

ハラスメントとは

ハラスメントとは、「嫌がらせ」である。

特に「善意や好意から行ったことでも」不愉快、不快感、実質的な損害を与える行為を指す。

ここでは、この後の部分で混乱しないように、主観(ハラスメントを受ける側)と客観(第三者)との2軸で整理しておく。

  1. 明らかにハラスメント(主観的にNG、客観的にNG)
  2. 明らかに問題ない(主観的にOK、客観的にOK)
  3. 気にしないだけでハラスメント(主観的にOK、客観的にNG)
  4. 気にするだけで問題ない(主観的にNG、客観的にOK)

ここでは、「客観的」とは社会的に許容されるレベルかどうかを指すので、平たく言えば裁判で勝つか負けるかと考えるとわかりやすい。

そして、裁判では個人の感覚については、「現時点のその社会で平均的にどうか」を基にすることが多いので、社会の雰囲気と言って良い。

もちろん、法律や条例に規定されれば、それは社会的にNGとなるので客観的にNGになる。

例えば以下のようになる。

  • 「私は嫌だと言っているのに付きまとってくるストーカー」は、明らかにハラスメント
  • 「私のことを思って、送り迎えをしてくれるパートナー」は、明らかに問題ない
  • 「毎朝あいさつしながらお尻を撫でてくる部長のことは気にしていない」は、気にしないだけでハラスメント
  • 「毎朝みなと同じような挨拶をしてくる部長が不愉快」は、気にするだけで問題ない

ここで重要なのは、「社会的にどうか」というのは、ある程度「その社会で平均的にそれはNG」という雰囲気があるかどうかであり、

その合意形成は、「みんなそれは良くないと思ってたけどナアナアだった」場合や、「それは流石に良いんじゃないのと思われていた」場合などで、その難易度や達成度合いに差がある。

緊急避難的な「本来は良くないけど今はそうするしかない」ものや「最終的なゴールに行きつく過程でこうしたい」みたいなものも含まれる。

そして、「明らかに問題ない」や「気にするだけで問題ない」は、色々な理由で時代によって変わりうる。

例えばセクハラは「気にするだけで問題ない」から「明らかにハラスメント」に、啓蒙、陳情、判例の積み重ねで変化した。

少しだけ脱線して、対策の話

自助、互助、共助、公助と、四つの助け合いの話が社会保障に出てきて叩かれがちなので、良し悪しを置いて軽く触れておく。

例えば、夜道での女子中高生への痴漢被害が増えた時に、対策として以下が挙げられるとする。

  • 自助 自分でやること 夜遅くに出歩かない。夏休みでも露出度の高い服を着ない
  • 互助 住民同士の連帯 中高生の親を主体とした、見回り組での巡回声掛け
  • 共助 民間サービス 警備会社による見回り、通報
  • 公助 公的サービス 警察による取り締まり強化、監視カメラの設置

痴漢の取り締まりや未然に防ぐという意味では、警察の逮捕、補導、巡回強化や、そもそも夜道を暗くしない街路灯の設置が、解決策であったりする。

ただし、「痴漢が出るようだから一人で夜道を歩かないように」という学校からの指導に対して、「それは警察の怠慢だ!それで痴漢が防げるのか!」と嚙みつくのは違う。

お題目は別にして、まず被害を防ぐという点からは、自助が最も「手っ取り早い」からだ。

(自助頼みになる点を問題にすべきであって、自助そのものは非難されるべきではない、という立場)

弱者男性差別の話

ここまでの前フリでわかった人も多いと思うけれども、「弱者男性差別」と「弱者男性ハラスメント」とは、別に整理した方が分かりやすい。

  • 弱者男性という属性で、個人を取り扱うのが、弱者男性差別
  • 弱者男性という立場で、ハラスメントを受けた場合、弱者男性ハラスメント
弱者男性差別とは

弱者男性という属性で、個人を取り扱うのが弱者男性差別である。

この場合、「弱者男性」を定義できなくても、「優遇か冷遇か」わからなくても、「合理的か正当性があるか」不明でも、差別であるところがポイントである。

つまり「弱者男性差別とは具体例がないとわからない」というのは、暗に「その差別が社会的に許容されうるか判断できない」と言っているに過ぎない。

「弱者男性という属性の個人」を「それ以外の属性の個人」と分けて語ったり、分けて取り扱う場合、それはすべて差別である。

少しわかりにくいと思うので、以下に3例を挙げる。

  1. 「入社後に、結婚の意志がありますか?」と女性のみに質問する
  2. 「あなたは仏教徒(ベジタリアン)なので、忘年会の会費は500円プラスになる」
  3. 「あなたは情報工学の修士号を持っているので、わが社に入社しても良い」

1番はわかりやすい女性差別である。

2番は経済的な合理性はあるかもしれないが、差別である。

3番も差別である。ただし、学校歴や経歴による差別(その経歴を持つものだけを特別に取り扱う/持たないものを分けて取り扱う)は社会的に許容されている。

つまり、 「弱者男性は、公的扶助が充実すれば、犯罪に走らなくなる」という物言いは、ストレートな差別発言だ。

それに正当性があるか経済合理性があるか、弱者男性の定義や公的扶助の種類に関わらず、だ。

弱者男性ハラスメントとは

ここまでの流れからわかるように、「弱者男性差別」の話題の要点は、弱者男性ハラスメントの方である。

(「主観的NG&客観的NG=自明」「主観的OK&客観的OK=無し」「主観的OK&客観的NG=許容」「主観的NG&客観的OK=繊細」と略する)

  • 「弱者男性は性犯罪者」は、弱者男性ハラスメント(自明)
  • 「弱者男性は私にやさしくしてくれた」は、弱者男性ハラスメントではない(無し)
  • 「男性だからと性被害窓口で拒否されたが、確かに同室の女性は怖いだろうと思うし諦めた」は、男性ハラスメント(許容)
  • 「自分がコンビニで会計するときだけ、女性店員から店長らしき年配の男性に変わる。馬鹿にされている」は、弱者男性ハラスメントでは無い(繊細)

例えば、以下の3例はいずれにあたるだろうか?

  1. 「男性は女性に比べて優遇されているので、男性であるだけで弱者ではない」と書いてあるものを読んだ。
  2. 「インセルは積極的に高所得の女性が配偶者として選べば自然解消する」とTwitterでの発言を読んだ。
  3. 「弱者男性差別って、結局存在しないんじゃないの?具体例は?」とのはてブコメントにスターが集まっているのを見た。

1番、2番、3番いずれも、主観的にはOKかNGかは不明だが、客観的にはOKになるだろう。

つまり、いずれにも主観的にNGとなり大いに傷つき不快感を持ったとしても、社会的にはこれだけではハラスメントとはならない。

もう一度、弱者男性差別とは

弱者男性という属性で、個人を取り扱うのが弱者男性差別である。

逆に言えば、「個人的な体験をもとに差別されたと感じたとしても、その差別の要因が"弱者男性"でなければ、弱者男性差別にはならない」ということになる。

例えば、「俺は真面目に婚活を頑張ってマッチングアプリで課金もしているのに、まったく女性と付き合えない、惨めだ」という「体験」は、弱者男性差別にはならない。

なぜならば、「それは違う差別だ。それはそれとして問題だけど、弱者男性差別じゃないよね」と言われてしまうからだ。

例えば「マッチングアプリは、男性で年収250万円未満のマッチング優先度を下げるアルゴリズムだった」は、「男性(年収)差別」になる。

大変分かりやすい事例が最近あった。女性の医学部入学試験時の取り扱いだ。

女性と男性とで、医学部の合格点を変えていたという問題があった。これは「体験」の段階では女性差別とは言われない。

「私はとても良い点数を取ったのに、自分より出来ていないはずのあの男性が合格した」と言う「体験」は、容易に「お前が点を取れなかっただけ」と言われてしまうだけだ。

「筆記試験で同点数を取っていても女性は不合格、男性は合格にしていました」と明らかになって初めて「女性差別」が明らかになるからだ。

つまり、個別具体例が挙げられるのは、定義がわりと明確で、客観的に判定ができるものに限られる。

弱者男性差別が、弱者男性の定義があいまいで、客観的に判定が難しければ、弱者男性差別というのは「自分は弱者男性であると自認しており、それ故に差別されたと感じた」としても、単なる「感想」や「体験」にしかならず、わかりやすい弱者男性差別という例示にはならない。

そして、弱者男性ハラスメントは、主観的にNGとなっても、客観的にもNGとならない限り、ハラスメントとは(社会的に)ならない。

その結果、「弱者男性差別の具体例は?」「弱者男性は女性をあてがえと思っているんだろうと思われることが不愉快」「それはあなたの感想ですよね?」というやり取りそのもので消耗したり不愉快になったとしても、それはハラスメントにならないため、単に一方的に消耗するだけになる。

最後に、個別具体例の話

自らを弱者男性と感じる人が、具体的にどのような属性を持つ人が多いのかというのに言及することそのものが、弱者男性差別ではある。

それは「弱者男性」というレッテルで「個人」に言及することになるからだ。その上で、あえて列挙するなら、以下のようになるだろう。

  • 異性愛者であるが、女性と付き合ったことがない(同性愛者であり男性と付き合ったことがない)
  • 結婚ができない・子供がいない
  • 経済的に弱者であると感じる
  • 強者の男性では無いと感じる
  • ある特定の集団に属していないことを責められると感じる

ただ、これも結局のところ、AでないBのような定義をしているだけなので、あまり意味はない。

客観的にわかるところは、現在でも改善されようとしているし、改善されたものもある。

  • 性被害窓口で、男性被害者だけ明らかに対応が異なる。被害者として受け付けてもらえない
  • 寡婦控除と寡夫控除とで、控除額が異なった(「ひとり親控除」として改善された)

まとめにかえて

例えば具体例として、年収が350万円以上であり、既婚者であり、扶養家族がいるような男性が、「弱者男性ってなに?」と無邪気に問うことそのものが、問われた側の主観的にはハラスメントになるかもしれない、という自覚はしなければならないだろうな、と思う。

ルッキズムやメンズリブ等とは明確に異なり、「弱者男性の救済」というのはその言及そのものが傲慢だ。さらに問うとなればなおさらだ。

(特定の属性を持つ男性性の把握ではなく、「弱者」というレッテルを張った上で、それに属するのでは?という問いそのものが侮蔑的だ)

外科や器質的疾患、足の骨が折れた男性や、大腸がんになった女性は、「骨折の定義は?」「大腸がんになって差別された具体例は?」と聞かれることはまずない。

松葉づえをついても買い物ができるように、腹に水がたまったものを抜いて社会生活が送れるようにするのは、患者ではなく医者や行政の仕事だ。

自助や共助、公助への陳情に向けて何かするにしても、せめてヒアリングぐらいは丁寧に行うべきではないかと、自戒を込めて思う。

無自覚に「どうすれば腎臓がんにならなかった、腎臓がんである今をどうすれば解決できると思いますか?」と問うていないか、その問いが相手を追い詰めていないか、気を付けていきたい。

男性が受ける差別とは、警戒されることと、信頼という名目で粗末に扱われることです

男性が受けている差別として重要だと私が思うのは、警戒されることと、信頼という名目で粗末に扱われることです。

男にも女にも、男は警戒すべき存在だという感情がうっすらとあります

同時に、男性だったらほっといても大丈夫だろう、という肯定的な信頼の形をとって、男性のことをろくに気遣う必要はないとされがちです。

から世間話でもマスメディアでも、男性への警戒や、過度の信頼による雑で粗末な扱いが平然と行われています

それが積み重なった結果として男性は、敬遠されて孤独人生になりやすく、自尊心も低く、自分たち男性自身への嫌悪も生まれ自分の事すら粗末に扱い、次世代男性もそのように扱うので引き継がれる、などの被害を負っています

保護と抑圧は地続きなのでバランスが大切だ」という話をよく目にしますが、同じように、信頼と放置も地続きなのです。

家父長制は、自立したい女性にとっては抑圧という差別だけれど、自立を望まない女性には保護を受けやすいというメリットとしても働く。

それを裏返したように、男の自由放任は自立できる強者男性にとってはメリットだけれど、弱者男性にとっては助けてもらえないし悲鳴無視される差別として働いています



若者が遭遇しやす実例として、バイトサークル活動が長引き、夜になってしまった場面を考えましょう。

男性は帰り道の安全心配されることは少ないです。

これは、男性の方が不安心配事が少なく生きられるというメリットとは言えます

しかし同時に、「襲ってくるとしたらたぶん男だ、男を警戒すべきだ」「男の自分は、夜道で女とすれ違う時に怖がらせてしまうだろうから気を使わねばならない」「男の帰り道を気遣ってやる必要はない、男は粗末に扱っていい。自分が男なら自分の事も心配せず粗末に扱うべきだ」という認識を強めることにもなります

実際は、男性でも深夜に一人で帰ることに恐怖を感じる人がそれなりにいるのですけどね。

でも、女性の帰り道は心配されるが男性はそうではないという現実と向き合うたびに、「ああ、俺の夜道への恐怖は認識すべきでない感情なのだ。むしろ俺は怖がる側ではなく怖がらせる側なのだ」という方向へ矯正され、やがて本当に自分でも自分不安や恐怖に気づけなくなります



色々な場面で、不安を感じてないことを前提とした粗末な扱われ方を重ねて、男性自分に対しても他人に対しても鈍感にさせられていきます

たとえばトイレ

男だったら立ちションしても大目に見られがちという自由は、性器露出し排泄を見られたくない感情を気遣ってもらえないという粗末な扱いでもあります

不安羞恥を感じていた男児も、「その辺でおしっこ済ませてきな」と言われたり、仕切りのない小便器や、女性が清掃に入ってくるトイレを使ううちにその弱さを鈍麻させ忘れてしまます

たとえば「男の人がいれば安心だね」という言葉

この言葉はおおむね好意や信頼の表れですが、同時に「男の人は一人でも不安になる必要はないよね、あなた自身が男の人なんだから」という扱いでもあります

一人で行動しても口を挟まれない自由の反面、一人は心細いという男性感情最初から考慮されていない。

このような扱いに触れ続けることで、「俺は男だから不安になる必要はないんだ」と自分勇気づけ、痩せ我慢することが癖になります

夜道にせよ、トイレにせよ、一人行動にせよ、成人男性に直接聞いてもたいてい「いや全然平気だが」と言うだけでしょう。

最初から平気な男性と、鈍麻し平気にさせられた男性と、本当は平気じゃないが痩せ我慢している男性区別することは本人にすら困難です。……これは無敵論法っぽくなるので好きではないロジックですが、そう言わざるを得ない。

ここ数週間のネットでは、男性セルフケア能力が低い、まずは自分を大切にすべきなのにそれをしようともしない、などという話も多くなっていますが、それは数十年にわたる「男性自由に行動してよい反面、粗末に扱ってよい」という経験の積み重ねによるものであり、決して男性個人に責を負わせるべきでも、自己解決を求めるべきでもありません。

セルフケアに焦点を当てるならば、社会によって損なわれた男性個人セルフケア能力を育て直すため、社会反省して手厚く協力してあげよう、という話になるのが妥当でしょう。

しかし現状の男性セルフケア論では、セルフケアというスローガンと丁寧な暮らし雑誌は与えてやるのであとは自分で(せいぜい弱者男性内部で)上手くやって満足しろ社会は手を貸す気はないぞ、という正反対の切り捨て論になっています



男性が警戒され、気遣ってもらえない原因には合理的理由がある、という反論はできるでしょう。

ホルモン文化的影響による男性の特徴は色々あります

腕力の強さ、性欲や暴力性の強さ、外見の悪さ(体毛が濃く皮脂が多く禿やすいなど男性ホルモンが外見に与える悪影響は多い)、コミュニケーション能力共感能力の低さ、など。

しかし、そのようなある程度の合理性があったとしても、統計的差別であることは間違いありません。

統計的差別はどの程度まで許されて良いか、というのは難しい問題なので、別に論じる必要があります

そして、フェミニズム弱者男性論の共闘が難しいのはここが主要な原因でしょう。

性犯罪男性から女性への加害が多い(犯罪全体では男性被害者の方が多いですが)」「腕力が強くて静止が困難」「妊娠リスク」など様々な事実に基づき男性に対する統計的差別をどの程度認めるべきか、真っ向から対立しまから

統計的差別は一切許されるべきでないと言い切る人も時々いますが、それはどの陣営であっても非現実的でよくないと思います

もっとも「社会運営するにはマクロ視点統計的差別必要なことは認めるけれど、その加減を考えましょう」とかぬるいことを言ってると、確かにそうだね考えなきゃねとは言ってもらえても実態現状維持が続くだけであり、統計的差別を一切許すな!と極端なこと言って圧を掛ける方が新規分野の社会運動としては実を結びやすいんでしょうけどね……。



これに近い話題は、今までも男性加害者として認められやす被害者として認められづらいという内容でしばしば語られてきましたが、たいてい注目されるのは悲惨な女→男セクハラ暴力事件がほとんどです。

それも由々しき問題ですが、その根底にあるのは、もっと日常的でうっすらとした「男ならまあ平気だろ。ほら、やっぱり平気だった」という日々の積み重ねではないでしょうか。

特に、「男性なら大丈夫」という信頼により粗末に扱われる場面は見過ごされやすいと思います

フェミニズムでは、「女を自立した人間と信頼して放任しろ、家父長制で口を出してくるのやめろ」というアプローチが行われていたため、その逆になっている、過度の信頼による放置という男性差別問題視されづらいのです。

女子供は弱いか保護して指示してあげなきゃね」という慈悲的差別に対して、男性が受けやすい「男は大丈夫だろうから心配する必要もないし勝手に自立しててくれ」は信頼的差別などと呼べそうです。



この記事は、これまで弱者男性論で強調されてきた、人間関係恋愛経済ジェンダーロール、弱者男性論が不条理否定される、などの論点対立しません。

警戒されつつ粗末に扱われることは、親しい人間関係恋愛関係ハードルを上げます

経済的貧しさについては、一般的貧困問題に加えて、男性公的にも私的にも助けてもらいづらいし、そもそも助けを求める能力社会により破壊されていることが困窮してはじめて露見するなど、男性特有の困難があります

男性ジェンダーロール問題とくくられるような、男なんだから泣くなしっかりしろと言われるとか、責任を負わされるとかは、「信頼の名目で粗末に扱われる」部分です。

弱者男性自体があまり聞く耳を持ってもらえないしミソジニストとすら言われるとか、困ってると認めてもらえなかったり、困っててもそれは受け入れるべき部分だと言われることなども、「信頼してるという名目で粗末に扱われる」ですね。



また、「男性にも弱者がいることは分かったけど、結局どうなることを求めてるんだ、要求を出してくれ」という問いがありますが、運動として歴史の浅い弱者に、的確な要求をする強さをいきなり求めないでください。

現時点では、「どうなったらいいかを、男性に肩入れしつつ一緒に考えてくれる人が増えるのが望みです」としか言えません。

少なくとも私は、男の乳首露出NGしろとか、男性トイレもすべて個室にしろとか、芸人ちんちんポロリシーンやハゲネタダメだとか、「男の人がいると安心」はハラスメントから許すなとか、そういう短絡だったり個別的すぎる議論にはしたくありません。

https://anond.hatelabo.jp/20210505030506

弱者男性とは別として、やはりあてがえ論と公助による対応吟味されるべき

弱者男性という言葉意味が広すぎる&恣意的に使われすぎるので、

リベラルフェミからは当然としても弱者男性からすら否定されているあてがえ論だけど、

昨今この国では少子化孤独死問題になっているわけで、この問題意識自体社会での対応が求められる必要性が高い重大な問題だろう。

これに弱者男性という言葉多義的すぎてそぐわない。代わりに「人間関係弱者」という言葉をこの問題主語とするべきだと思う。

男性に限らずいわば人間関係弱者とでもいうべき状態の人は多く、そんな人々はそれによる孤独感や自己肯定感の低下、

あるいは他人を通じた社会参加の機会や公助共助への接続困難などを抱えている。

一般論として「社会に出ると(恋愛でも友人でも)出会いがない」と言われるように、人間関係の構築は学生時代までに行っている必要があるが、

一方で当然ながらそこには環境身体的、精神気質による格差が発生しやすい。

またそうして人間関係弱者のまま社会に出てしまうと、新たに人間関係を広げる技術や心構えを習得する機会も恵まれず、その状態を脱することが困難になってしまう。

しかハラスメントとなる危険性やネットがあることでの人間関係トラブルの複雑化で、人間関係は限りなくドライであることが正解という風潮があるし、

娯楽の多様化やお一人様歓迎の機運によって「普段生活をする上では」一人でも困らないという現状がある。

しかし困らないといってもそれは最低限文化的生活ができるというだけであり、やはり一人でいることでの孤独感や幸福感の減少を感じるのである

人間関係弱者に対する「公助」というのも実は行われており、自治体主催婚活パーティ交流会の類がそれである

だがこれらが力不足なのはいいなめない。空腹で餓死しそうな人を、魚の釣り方を教えず、道具も用意せず、ただ海につれてきてさあ魚を取ってこいと言ってるようなものからだ。

これに対してあてがえ論ではいいから魚をもってこいという話になる。しかし人は魚と違って人権があるし、またもし機会的にあてがったとしても継続性には疑問がある。魚だって食べたらなくなってしまうのだ。

やはり公助では魚の釣り方、つまり人間関係の構築に必要技術精神性の獲得を支援し、またそのための費用の補助を行うべきではないだろうか?

やみくもに交流の機会だけを与えても結局元からスキルのある強者に利するばかりであるのだから

それよりもコミュニケーション練習や、髪型服装メイクなどの選び方や手入れの仕方、またそういった管理費への費用補助など、

人間関係構築のための資産を増やす方向での補助、機会提供が行われるべきだと考える。

オリンピック日本人中高年男性

責任ある川淵さんがオリンピックベストを尽くすのは理解できる。オリンピックを開催するかぎりその使命は理解できる。がしかしだ。それとは別にオリンピックを中止しようという提案議論が別のセクションからあっても良いのではないか

国を運営してる人たちは本気で「オリンピックをやればみんなが元気になる。皆んなが感動してくれる。国が一つになる」と本気で思っているのだろう。

数十年前の価値観そのまんま。コロナであることも時代が変わったことも理解できないのだろう。

実は我が社のお偉いさんがそうなのだ

45年前の若者だったそのお偉いさんはいつも腹を空かせていたのだろう。

お肉が何よりのご馳走だったのだろう。

現代若い社員ねぎらうために連れて行くのはステーキハウス焼肉屋だ。

食べろ食べろととにかく食べさせる。ステーキだぞ、肉だぞ、俺のおごりだぞ。お腹いっぱい肉が食えるなんて幸せだろ。

45年前の若者だった自分と、中高一貫をでてそれなりのステータス実家通いの現代若者価値観の違いに気づかないままだ。

悪気はないんだよ。ハラスメントでもないんだよ。ただ気づけずにいるだけなんだ。その優しさを知ってるから多くの部下は彼を信用してる。

別の役職でそれに気づいた人がいた。

取引先にケーキお菓子を持参しても昔のように女子社員が喜ばなくなったと。

(もちろん礼は言われるし喜んでくれるが、昔のようにきゃ〜ケーキだなんて嬉しいわぁ珍しいわぁという態度ではなくなったという意味)「そうだよな、ケーキなんて当たり前の食べ物なっちゃったからな」と一定の理解を示して、ではどうすれば相手と円滑な関係を築けるかという工夫をアップデートするビジネスマンだ。

ときどき老害って言葉を目にするけど嫌な言葉だね。責任を老人に丸投げじゃないか。実務の30代ー50代はなにしてるんだい。意見言えよ。調整せよ。愚痴をいいながら老人に言われたことをただやるだけかい。ズレてるけどリーダーシップだけはあるこの年寄りが死んだらこの国はどうなるんだい。

相手の間違いを気付かせるためにわざと大げさな聞き返しするやり方

後輩「マニュアルは30ページぐらいの資料ですよ」

俺「ええええ!!!!30ページなの?!?!」

後輩「あっ、300ページです」

俺「だよね」

↑みたいなやり取りを後輩にしてたら上司から

相手嫌がってるからやめろ、ハラスメントだぞ」って咎められたんだけど、

これってハラスメントになるの?相手を思って、自分で気付かせるためのリアクションなのに

2021-05-04

anond:20210504151645

id:z1h4784 増田はずっと言ってたのかも知れないけど自分の耳には入ってこなかったなあ。大変シンプルでよく分かった。ただ、具体的な事例は示してほしい。おそらく女性障害者経験する差別とは性質が異なるはずなので

よく分かってなくて笑った。下記もこの類型

id:masahiro1977 その差別行為の具体的な例をあげて欲しい。第三者から見ても一発で差別とわかる言動説明されないとわからない言動問題ない内容なのに当事者被害妄想膨らませて差別だと決めつける内容と幅が大きいんだよ。

これらのブコメ真意はこうである

具体的な事例を示さない限り、「何が差別なのか」を自分で考えてそれを避ける行動はとりません

まり差別を辞めないことの表明である

差別を辞めるとはどういうことか?

「いったい何がセクハラにあたるんだよ!よくわからいからどういう状況でどう言えば良いのか教えてくれ」というセクハラおやじ(だけでなく世の男性一般からの問いかけに、これまで君等がなんと答えていたのか忘れたのだろうか?

忘れているだろうから教えてやろう。「一個の人間として尊重しろである。かように、具体的な事例は無いし、正解パターンも無い。反差別では、それが「当たり前」だ。

相手を一個の人間として尊重すれば、自然差別的ではない言葉が口から出てくるはずだ。そこにパターンの暗記などは必要ない。…というのが、セクハラ防止の最終回答だったはずだ。

そしてさらセクハラ防止の論理を援用すれば、配慮したうえでもし差別的な言動が出るのであれば、それは「価値観アップデートが足りていない」からである

この文脈踏襲すれば、具体的な事例を考えることも含め、「どのような状況で、差別をしないためにどうふるまうべきなのか」を考えるのは、全て「アップデート済みのお前」の仕事である

なお、たとえ「自分なりに」「長時間」考えた結果だとしても、その程度のことはエクスキューズには一切ならない。考えた結果の一言差別的だとみなされればヘイトスピーチハラスメントになる。

それは正解を示さない非差別者側・弱者側ではなく、差別の実行者である君が全面的に悪いのである

正解を導き出せない時点で、君が旧来の価値観に囚われている証拠に過ぎず、さっさと価値観アップデートすべきなのである

どうアップデートすればよいかもわからない?一体これまで反差別の何を学んできたのか?自分で考えなさい。

anond:20210504021959

自身のことでいうとまあまあケアしてる方なんじゃないかな。

ただ、ケアできないくらい打ちひしがれている男性も多くいることを知っているのでそのことを語ってる。

放っておいてほしいのに、どうして自分に「弱者男性」と名付けたの?

これにはちょっと経緯の説明必要かもね。

最初人生においていろいろなことをあきらめた男性①が静かに暮らしていたんだよ。

そのうちフェミニズム特にSNS時代以降の動き)が盛んになり、男性優位社会暴力的男性②が批判されるようになった。

また、その反動匿名掲示板時代の口が悪い文化の名残も合わさって、フェミニズム反論するミソジニー男性③も目立つようになってきた。

出そろったのでまとめると、

強者男性②を批判して改善するのは正当な社会運動

ミソジニスト③は攻撃的なので、それに対する女性攻撃的になり不毛な議論になりがち

そして、これら②と③の流れ弾が、静かに暮らしていた①に被弾して一番わりを食ってしまった。

この無害な弱者である①を区別して守る必要があったから生まれ言葉が「弱者男性なのだ

弱者男性モテない程度にはキモいが、加害する男性とは別人だ。しかしなぜか一番攻撃の的にされてしまう。

キモくて弱い男は、きっと性格も悪く、生活も雑で、女を異常に求める一方ネットで女を攻撃し、リアルハラスメント暴力行為をするだろう、という偏見で見られてしまう。

それは別の人だよ、というために無害な人たちを弱者男性と呼んでいるのはわかってほしい。

もちろん弱者男性社会的なケアがあるとありがたいとは思うけど、そこはあんまり期待してなくて、それよりも今殴ってる拳を一旦引っ込めてくれ、殴る相手ちゃんと見極めてくれ、というのが要望

anond:20210504023659

ハラスメントっていうか鬱陶しいな。嫌みったらしくて。

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