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はてなキーワード: 医師とは

2018-09-25

anond:20180925004210

医師心理士が測定した結果だという文章投稿したのですが、そちらはお読みになることができませんでしたか

anond:20180925002712

とりあえずあなたはてなidを明かした上で、そこの昭和大学附属烏山病院医師心理士あなたIQを測定し、IQ155の数値を測定したという証拠をしっかりと提示してもらわないとあなた自称IQ155という結論は変わらないけど。

anond:20180925002524

昭和大学付属烏山病院医師心理士ですよ

それ以上の情報をここで述べて彼らの情報を君に明かす意味はないかと存じます

anond:20180925002240

どこの病院医師心理士でそれらはどこの大学を出たの?

心理士は知らんが医師なら概ね検索確認できる。

anond:20180925002149

医師心理士が測定したものなので自称というのは無理があります

2018-09-23

anond:20180923225632

知識があるのかないのかが問題なのではなく、知識がなかった場合に「どこに問い合わせるべきだったのか」が問題なんじゃないの?

相談するべき相手がその医師で正しかったのかが、検討されるべきなのでは?

そもそも人の知識不足を責める問題ではないとは思うけど。

地震が起こった時に、このような判断に困る問題が起こった時、取り纏めて答えることができる信頼できる相談先(国が用意するでもよし)

を今後対策として用意し、周知します、で良くない? この話でソクラテス無知が出てくるのおかしくない?

道保健福祉地域医療課は「(都からの液体ミルク提供後)相談した医師から国内での使用例はない』と聞き、各町に伝えた。

2018-09-21

ものすごく医療に対して志高いけど医療ミス連発する医師

受験勉強マニア的に医学部受けたけど器用でミスしない医師だと

どっちが正義なの

2018-09-19

anond:20180919025553

十年ぐらい前だけど、博士課程を単位取得退学して専攻と関係ない企業就職した経験があるので、ちょっとアドバイスな。

いやまあアドバイスっていうのも余計なお世話かなと思うのだけれど、多分研究室には「うまいこと研究人生に見切りをつけた人」とか居ないと思うので書く。

前提条件

自分の専攻は生物系。基本的に、博士取ってもポスドクより先に進むのは厳しいというのが前提(この辺、例えば工学部とかだと大分見通しは明るいはずだし専攻分野によってかなり違う)。あと実家は太くないし、医師免許みたいな人生ゴールドカードを持ってる訳でもない。

本当にこのまま進学していいのか?

良いんじゃね?仮にポスドク10年続けて先が見えないとかならまだしも、博士課程ぐらいだと引き返し可能

研究人生を切り上げる指標を明確にしよう

例えば学振DC2なりに通らなかったらその時点で「損切りモードに移行して就活を始めるとかで良いと思う。

とにかく、このまま走り続けるか「損切りモードに入るかのポイント明確化しておくこと。

指導教官や周囲の人にもあらかじめ話しておこう

これ大事

多分10年前ならいざ知らず、今ならもう上の方の人たちもみんな研究で生きていくことの厳しさは体感しているはずで、怒られが発生したりすることは無いんじゃないかな。

とにかく将来の不安について率直に話したうえで、上で書いた指標について教授にあらかじめ伝えといた方が良いと思う。向うからしても、途中でいきなり辞めると言い出されるより最初から伝えておいた方が有り難いんじゃないかな。もしかしたら就活バックアップしてくれる可能性もあるし。

逆にこういう事を相談して怒られが発生するようであれば、研究室選びは考え直した方が良いんじゃないかとも思う。学生人生よか研究の方を重視するようなところだと、色々使い倒されて海外に放り出されて終わりじゃね感(偏見)。

あと直接指導してくれるPD准教授助教の人にも話しておこう。多分任期付きの人だったらみんな「この先、研究人生やってけるのかな...」的な不安は持ってるはずなので、色々アドバイスをくれるかもしれない。もちろん、アドバイスを聞いたうえで「損切りモード切替ポイントを動かすのも十分アリだと思うけど、その辺は自分人生なので慎重に。

ついでに親や身内にも伝えておいた方が良いと思う。

博士課程の単位取得退学って就職に不利なのでは?

博士の途中で「損切り」するとして、論文を出せずに博士号を取得出来ず単位取得退学した場合について。

まあぶっちゃけ不利だよねと思う。というか、人事部の人に「単位取得退学とは何なのか」とかから説明しないといけない。専門性を求めてる企業に対してあんまり強く専門性アピールできないし、そういうのをあんまり求めていない企業だったら修士の人の方が魅力的だよね感。

自分場合は「これこれこういう理由論文を出せない見込みだけれど、修士卒業してるし博士課程で単位も取ってるので実質新卒です!(キリッ」と言って押し通した。多分「一人ぐらい変な奴を採用しとけ」枠に引っかかったと思う。

さいごに

余り思いつめなくてもなるようになるよ。

研究人生で無くてもそれなりにたのしい。

偽善者が1番タチ悪い

とある病院に通っていて、治療にえらく高い見積を出されて悩んでいた。

説明も不十分だし、治療法にも疑問があった。

そんな折にプライベート出会った医師相談に乗ってくれた。

もっと安く治療できるし、あなたのかかっている医者のやり方はセオリーから外れているうえに普通はありえないと言われた。

場合によっては一生後遺症が残る可能性が高いと。

何故ありえないか説明してくれた上に、あなたの家からは遠いが、自分病院でやりましょうと。説明もなく、ありえない治療法でやる病院はあまりいいと思えないと。

自分は、悩める患者を救いたい。そのために医師をしているし、あなたのような患者こそ、きちんと治療しなければならないと。

泣いた。あまりいい医師出会っておらず、医療訴訟レベルの事案も経験していたので、こんなに親身になってくれる人がいるのかと心底感動した。世の中捨てたもんじゃないなと。

それからしばらく相談をしたあと、その医師音信不通になった。

音信不通になる直前、やりとりが雑になっていくのを感じていた。医者も色々いるから、まぁ今の医者提示するやり方でもなんとかなるかもね。とまで言われていた。

忙しいのかと思い、連絡してみたがなしの礫だった。

あれだけ今通ってる病院に憤慨したのは誰だったのか。救いたい、いや救わねばならぬと高説をたれたのは誰だったのか。

残されたのは闇雲に煽られた不安と、呆然とした気持ちだけだ。

お金を取られた訳では無いので、何も被害は被ってないが、藁にもすがる思いだったので結構ショックを受けている。

中途半端差し伸べられた救いの手ほど最悪なものは無い。蓋を開けてみれば偽善言葉ペラペラ並べて蹴り落とされただけじゃないか

なんだか、しばらくやる気が出ない。

2018-09-18

anond:20180918014126

腕が一流でかつ人の気持ちのわかる医師になってもかまわんのだろう??

気持ちのいいお医者さんは博士とるとき奴隷気持ちよく働けるから相対的に楽に学位とれると思うよ

よろしく

自分人生に納得できないまま27歳になった。

子どもの頃から喘息がちで、将来は製薬会社に入り、新薬開発の仕事に就くのが夢だった。

高校生の時に国立大学に落ちて、滑り止めの私立薬科大学に入った。

私立薬学部は、薬剤師を目指す人ばかりの環境だった。自分能力を思い知ったのもあり、流されるように薬剤師になった。

現場に出ると毎日ストレスだった。病院で取り扱う新しい薬について覚えるために毎日勉強した。

気難しい患者さんとの対応や、医師との関係などコミュニケーションも大変だった。

命に関わる仕事で、処方せんを1枚1枚監査して、ミスがないように患者に手渡して説明をする。毎日プレッシャーとの戦いでうつ病になった。

今は毎日職場と自宅を往復するのがやっとの生活をしている。ただただ年ばかり重ねていく。

休みの日はスマホを家に置いて出かける。カフェに行って電子書籍を読みながらボーッとするだけ。

明日仕事行きたくない

2018-09-15

[]ヤブ医者

医者(やぶいしゃ)とは、適切な診療能力治療能力を持たない医師歯科医師を指す俗称蔑称である

同義語に庸医(ようい)がある。

古くは1422年に「藪医師」、1283年に「藪薬師」の記録がある

語源

語源については、諺「藪をつついて蛇を出す」(余計なことをしてかえって事態悪化させてしまう)からとする説、

「薮柑子」「薮茗荷」「薮連歌」など、似て非なる物に「薮」の字を冠するところからとする説や、

腕が悪くて普段患者の来ない医者でも、風邪流行って医者の数が足りなくなると患者が押し寄せ忙しくなることから

カゼ(風)で動く=藪」という説もある。

「藪のように見通しがきかない」医者という説も存在し、この説に基づき、藪以下の全く見通しのきかない未熟な医者を「土手医者」と呼ぶこともある。

また藪医者以下のひどい医者のことは、「やぶ医者にも至らない」「藪にも至らない」という意味を込めて「筍(たけのこ医者」と呼ぶこともある[3]。

医者人名になぞらえて、“藪井竹庵”(やぶい ちくあん)とも言い[2]、落語などで藪医者を登場させる時、この名を用いることがある。

藪医者 - Wikipedia

2018-09-14

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

物心ついて間もない時期に、母から無理心中を迫られたことがある。

死についてよく分かってなかった自分は、「死にたくない」と母に答えた記憶がある。

母はその場で泣き崩れ、何とか死なずに済んだ。

後で詳細を描くかもしれないけれど、自分の生まれた家庭は不完全家庭だった。

とにかく、その日から、死ってなんなんだと考えこむようになった。

幼稚園に上がってしばらくした頃、悩みはピークに達してあまり眠れなくなった。

周りの子供に相談しても不安がらせてしまって、当時の幼稚園先生からこっぴどく怒られた覚えがある。

書いてて思ったけれど、幼児が眠れなくなるって大ごとだ。

小学校に上がってから記憶ほとんどない、ただ周りに合わせてテキトーに振舞い続けた。

唯一記憶に残っているのは三年生だった時で、担任が超熱血教師だった。

うちに家庭訪問しに来た時、和室に入った時の言葉は今でも覚えている。

和室にある仏壇を見て、「ああ、創価学会員でしたか、うちは妻が幹部をやっておりまして。ちなみに私は共産党系です。」

当時はあまりピンとこなかったが、しばらく経ってから自分で調べてみた。

けっこう対立してる組織だったのね。

対立組織に属する夫婦、すごい。

私は熱心で信仰深かったかというと、それの真逆だった。

親に連れまわされて行っていた会館などの集いも、小学校に上がる前に全力で拒否して行かなくなっていた。

当然親からは殴られた。それでも反抗した。

そして家族の中で一番信仰深かったのは母だった。

父はそれほど熱心でもなかった、気が向けば仏壇に手を合わせている程度。

三年生だったころはその熱血教師とも気が合って、それなりに楽しく過ごせた。

でも家庭はぐっちゃぐちゃで、母からよくなじられた。

「お前が信心深くないから家庭が上手くいかない。」

「お前が(ryから父さんもあまり家庭と向かい合ってくれない。」

父も父で、母に対して気に喰わないことがあると自分を経由して文句を伝えさせようとしてきた。

言わないとそれはそれで面倒なので、父の伝言を母に伝えた。

母は激怒し、私に当たり、そして父にこう伝えろ、と迫る。

その伝言を父に伝えても、特に私に当たったりなどは無かった。

そういう板挟みが続いたころ、もうどうしようもなく死にたくなって、自宅で包丁飛び降りコンボを使って未遂を起こした。

ベランダの上に立って、首を切った瞬間に飛び降りようとしたのだった。

首にあてがった包丁感覚は今でも覚えている。

その時、家には誰も居なかったのだが、実行しようとしたタイミングで母が帰ってきていた。

私は母に気が付かず、後ろから羽交い絞めにされた。

母は号泣していた。

この人、昔心中を迫ってきたくせに泣くんだなと思った。

あなたはこんなことする子じゃないでしょ、何があったの?」

いやいや、目の前でこんなことをしようとしてたのが、アンタの子だよ。

そういう事件中学に上がるまでに二回ほどあった。

ショックを受けた母はどんどん宗教にのめり込んだ。

中学に上がってから記憶もあまりない、気が付いたら中二の年越しで食物アレルギーを起こした。

唯一携帯電話を持っている友人が私の家族電話しても全く出ず、友人たちは仕方なく私を自宅に運んでくれた。

寒い寒い、とうわごとを繰り返す私に友人が毛布を掛けて温めてくれる。

両親が帰ってきたのはそれから2~30分後。宗教集会に行っていたらしい。

私の状態さらに悪くなっていて、意識が途切れ途切れだった。

そして病院に運び込まれ、友人と両親、私は病院で年越しをした。

翌日、小児科医師が私の様子を見に来た。

蕎麦アレルギーで年越しとは幸先が悪いねハハハ。ところで、その手首の傷は自分でやったの?」

思いがけない質問が飛んできたけれど、意を決して私は頷いた。

あとで知ったけれど、その医師は小児神経科も診ることが出来る人だった。

「目の下のクマもすごいね、週にどれくらい寝てるの?」

「…二時間くらい。」

「何とかしたいと思う?」

私は静かにうなずいた。

その日から私の精神疾患に対して、具体的な治療が始まった。

私につけられた診断名は自律神経失調症とそれで発生した鬱、そして重度の不眠だった。

治療内容は、ルボックスという抗うつ剤と、生活リズムを記録につけるように指示された。

治療は三歩進んで二歩下がるという感じの速度で進んでいき、気が付いたらリストカットをやめていた。

鬱がひどい時でも気合いのような何かで無理くり体を動かし、学校へ通った。

精神的に辛くて行きたくない時は、母が私をぶん殴って無理やり車に乗せ、保健室に突っ込まれた。

そんな凸凹でも何とか成績は維持していたらしく、高校入試指定校推薦を受けることが出来た。

ちなみにこの時点でまだ鬱の治療は続いている。

高校合格した時、母の言葉を未だに覚えている。

「お母さんの信心が届いたおかげよ。」

この人は自分のやっている事しか見えていないんだな、と思った。

不思議なことに落胆はしなかった。

あきらめていたんだと思う。

高校楽しい記憶で埋め尽くされていたけれど、相変わらず頭の中は生死の概念を掴むことに夢中だった。

高2の春休みが終わる頃に、自転車日光に行き、華厳の滝に飛び込んで、すべて終わらせようとした。

夜の7時ごろに家を出て、携帯の電源を切って、ひたすら自転車を走らせた。

国道四号線をずっと北上し、もうそろそろ日光につく頃だったと思う。

東の空が明るくなった。

夜明けだ。

夜明けなら、夜はどこに行ったのだろう?

そう思って反対側を見るとまだ夜だった。

月と太陽が同時に見えた。

その時の自然の美しさに心を打たれてしまって、私はその場で泣き崩れた。

けっこうな時間泣いて、家に帰った。

この時は特に家族から怒られることは無かった。

そんなこんなで、そこから数ヶ月経過した高2の夏休み最後に、小児神経科主治医判断により治療がひと段落した。

不眠は改善し、リストカット癖も消えていたからだ。

希死念慮だけは消えてなかった。

主治医見立てでは、「まあ何とか乗り切れると思うよ、強いし。」とのことだった。

実際強かったと思う、よく耐えきれたと思う。

大学入試指定校推薦理系私立短大を受けて、合格した。

大学はかなり白熱した環境だったので研究学業にのめり込んだ。

2年後の卒業を経て、私は教授のツテで食品物流会社就職した。

仕事は楽しかったけれど、忙しい部署にいたのでしょっぱなから残業まみれになった。

そして、就職してから数か月後に精神疾患を再発した。

今度の病名は統合失調症

そこからは闘病しつつも、ちょくちょくバイトを始めて、そして体力的限界で辞めての繰り返しだった。

統失治療を始めてから最初の5年の間に、母はがんで亡くなった。

しかったけれど、多分一般家庭の子供よりは悲しんでいなかったと思う。涙は一応出たけど。

そこから5年後に、当時所属していたコミュニティメンバーの誘いを受けて、ルームシェアみたいな環境引越しをした。

その日から今日までの1年の間に色々なことがあった。

引っ越した月に友達付き合いが続いていた元恋人自死

病名が統合失調症から統合失調感情障害になった。

そこから半年後に父が癌で余命半年の宣告を受け。

自分自身も体調がすぐれないので、実家に戻ってきた。

そして実家に戻ってきたときに、もう一人友達付き合いが続いていた元恋人自死

私が実家引っ越しから、父の治療は順調に事が進み、抗がん剤放射線治療、本人努力甲斐があって腫瘍が消えた。

これには驚かされた、父本人が一番驚いているけども。

あとは5年間再発が無ければ安心とのことだった。

そして現在に至る。

今日は暇だったので、思い出しながら勢いでバババっと書いてみた。

しかしたら時系列おかしくなっているかもしれない。

疲れてめんどくさいので、推敲はしないでアップします。

人生いろいろあるよねってお話でした。

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

お互い、人生を良い旅にしていきましょう。

anond:20180914114307

効率よく、というのは、通院し同じ受付の人に会い、看護師たちの情報共有した視線、待合室で視線を受けるのも苦痛からだ。治療が始まる前に通えなくなる確率が高い。不思議医師はそこまでじゃないのだが…

精神科に予約を入れた

自分鉛筆みたいに減って、もう残り少なくなってると感じる。  

義務を果たせない、当たり前をこなすことも出来ない、相談する適切な相手もいない。

今まで相談したら状況も自分状態悪化するばかりだった。 

これ以上はダメージに耐えられない。

 

頭が混乱する。

受診する際、医師に何をどのくらい、どんなふうに伝えるのが効率よく、

医師自分治療するのに必要でやり易いのだろうか。 

誰か、煩わせて申し訳ないのだがやり方を教えていただけないだろうか

2018-09-12

30歳過ぎたら自然妊娠できない

タイトルは嘘だけど・・

自然妊娠を望むなら20代妊活、30代になったら不妊治療

ってぐらいに思っておけばよかった。

35歳以上は高齢出産妊娠率が下がるしリスクも上がるということは知っていた。だから34歳までに出産できたらいいなあと思っていた。それで、私が結婚して妊活を始めたのは33歳のとき理想よりは遅くなってしまったけど、まあギリ間に合ったな、と思っていた。・・が、間に合ってなかったらしい。2年妊活して今もう35歳だけど、まだ授からない。よく考えてみると同い年の友達20代のうちに第一子を産んだか、30代になって私と同じようになかなか不妊治療卒業できないでいたりする。

30代でもすぐ妊娠できる人がいる分にはいいんですよ、あぁラッキーだった!って話で。でも「まだ30代前半だからすぐ妊娠できるはず」と思っててできないパターンが悲しいって話。

https://toyokeizai.net/articles/-/233686

上の記事を読んだら、「20代の内は共働き仕事に集中して、30代で子供を持ちたい」って言ってる人や「出産可能年齢ぎりぎりまで子供はいらない」みたいなことを言ってる人がいた。(流し読みしただけだから全然違ったらごめんなさい)

いやいや、妊娠やすい年齢のとき避妊して、妊娠しにくい年齢になってから妊活って、私みたいな人間からすると、バカ〜〜!って思っちゃう

不妊治療しんどい検査の為にびっくりするほど血を抜かれたし、何曜日になるかわからない排卵タイミングで通院しなきゃいけない。だから会社も割と急に休みを取らないといけない。病院はいつもすごく混んでいる。そして不妊治療保険がきかないものも多いから高い。

人間って生物として考えると出産適齢期は15歳~25歳ぐらいなんじゃないかな。社会生活を送ると考えると、人としての成熟度とか、経済的なこととかで10代の妊娠出産あんまり周りから歓迎されないかもしれないけど、でも生物としては自然なことだと思う。妊活をしているのに授からないと、毎月生理がくるたびにあぁ私はダメなんだなあと思ってしまう。あぁ、私は取り組むのが遅かったんだなあ。前の彼氏結婚先延ばしにした。高齢出産にならないうちに子供を産みたいと何度も言ったけど大丈夫大丈夫、若く見えるし、とはぐらかされた。その後今の旦那に乗り換えてよかった。それでもあの元彼が私から奪った時間を思うと恨めしい。まあしょうがない。

40代出産する人だってたくさんいるか大丈夫、って思う前に、その人が出産するまでにどれぐらい苦労したか想像してみてほしい。周りの人に気を使って職場を早退させてもらって、何時間も並んで、M字開脚して医師器具を突っ込まれる内診を受ける。そうそ遅刻早退ができない職場なら不妊治療の為に仕事を辞めないといけないかもしれない。そんな治療を毎月続けて、場合によっては何年もそれを続けているかもしれない。何年も取り組んだ結果諦めた人もたくさんいると思う。時間お金もかかったとしても、結局可愛い子供が生まれてくれば、周りの人にそれが伝わるけど、その苦労が実を結ばなかった場合もあることは周りの人にはなかなか伝わらない。

子供はそんなに思った通りに授かれない。それを想像できない男の人が多い気がする。女の人は割と考えて行動するけど、そうは言っても好きな人の子供が欲しい。あんまり考えてない男の人にハマっちゃってるともう大変。だから妊活するなら20代のうちに」っていうのが男女問わずみんなの常識になっていればいいのになと思う。

私は今こんな感じでもっと早くしておけばよかったと大後悔しているけど、だからこそ、今20代の人と話す機会があったら全力で伝えたい、「好きな人がいて、その人も自分のことが好きで、その人との間にいつか子供が欲しいと思っているなら、早い方がいい。妊娠やすさは刻一刻と減っていって逆戻りしない。理由があるなら仕方ないけど、なんとなく先延ばしにするもんじゃない。」

こんなに全力で伝えたいのに、10歳も年下の友達かいないし、職場にもいないし。同世代だともう手遅れでだめなんです。35歳で今彼氏好きな人もいないのに、今後結婚して子供を産むのが当然だと思っている人も結構いる。40ぐらいまでは大丈夫でしょ、とか言っている。そうそう思い通りにはいかないよ、とは言える。でも本当の本音を言えば自分も含めて20代のうちに出産しておくべきだったと思っている。でもそんなこと言ったってしょうがない。今すでに30代の人を焦らせたいわけじゃないんだ。30過ぎてから本当に好きな人出会ったとか、20代の頃は子供欲しいと思わなかったとか、事情はみんな色々あるから全然みんなしょうがないんだ。我々30代はもう、ただ頑張るしかないんだ。ただ、まだ色々とコントロールできる若い人に、不妊治療の苦労をわかった上であえて20代子供はいらないというならいいんだけど、いつでもできるからまだいらないっていうのは違うよ、と伝えたい。

スネ夫医師の適性が分かる日本人

医師の適性は「スネ夫をどう思うか」でわかる

https://toyokeizai.net/articles/-/237153

京都大学医学部小論文試験で出たらしいのですが

この問題は「日本人はみんなドラえもんを見たことがある」ことが前提なのか?

この前提条件だと

日本人=みんなドラえもんを見たことがある

日本人=みんな日本語話せる人

この二つ、あんまり変わらない気がする。

大坂なおみみたいな人は

なんなんだよ。日本人なのか?

ドラえもんたことがある?

スネ夫わかる?

正直この日本人=○○であるという図式

持ったままでオリンピック向かえていいんですかね?

これだから今までと似たような人が医師になり女性差別して

医師不足招くんじゃないですか?

これだから日本は住みにくい。

自分日本育ちだけど外国人

異なる考えを持つ人にはキツイ社会だ。

排他的

anond:20180912121445

お前に読解力がないことはわかった。

「男だから大食い」「女だから少食」というのは性別に対する偏見だし、また例えその偏見が正しかったとしてもそれを理由に料金を変えることは「統計的差別」にあたり、無批判に受け入れられるものではない。

「男より女は少食だから費用が安くて当然」というものは「女性過酷労働を行わない為医師に相応しくない」という東医大ロジックをも承認する事になる

2018-09-11

anond:20180911222301

夫の年収生活は余裕で成り立つけど

そりゃ「とりあえず最低限の衣食住を賄う」って程度なら余裕で成り立つけど、

子2人を中学受験させたい、とか考えてたら余裕ないよ。

んで都心在住だとしたら、医者夫婦子供公立中でいいや、なんて考えるわけないでしょ。

かと言って地方在住とすると、大学から子供一人暮らしさせる前提になって学費以外に生活費かかるし。

(勿論節約すれば十分出せる収入だけど、「余裕」はない)

もっと色気を出して「子供は何としてでも医者にしたい、国公立入れる頭がないなら私立に」なんて考えようものなら全然余裕なんかない。

その場合共働きは「共働きしないと生活崩壊するから」する共働き

開業医もっと金持ちなら、奥さん医師免許持ってるけど専業主婦、なんてケースもあるけどね(つか知り合いにいるわ)。

その場合子供幼児の頃から手間暇かけて教育しまくってて奥さんも働いてる暇なんかない、って感じになる。

完全専業主婦は嫌だから育児邪魔にならない程度にちょっとだけ働く、ってならありだけど。

anond:20180911221951

どちらかというと妻が職業上の自己実現育児のために犠牲にしたくない・両立したい系の需要であって、金銭理由での共働きではないんだけど。

夫1200、妻800の両方医師世帯なんかを想定してる。夫の年収生活は余裕で成り立つけど、高学歴で実務経験も積んだ妻自身専業主婦におさまりたくないわけ。性格的にも向いてなかったりして。

医師のほかに経営者とか投資家とか。そういうレイヤーも激務で、雇用ほどの男女区別がない。

IBSって知ってますか?

IBS過敏性腸症候群

なんとなく緊張するとお腹の具合が良くない人のイメージだろうか。

IBSにもタイプは色々ある。下痢型、便秘型、ガス型、混合タイプ

医師でも分からないこともある。

私は自分を、ガス型だと思っている。きっかけはよく覚えていない。当時はとにかく何ごとも駆け抜けていった。人に言えない恋、いつまでも慣れない社会の決まりごと、親世代との確執

なんだかそれらがきっと複合的にかさなっていった結果こんなになったのだと思う。

問題はその先。

とにかく臭い会社上司には伝えているものの、その他の人たちまで理解しているかと言えばそんなことはなく。単に「臭い」「ちゃんとしてない」人に当てはめられる。普通の人はオナラしたときしたくなった時、分かるじゃないですかなんとなく。

私はそれができなくなってしまっている。

会社にいるときだけ。

家族配偶者にも理解はない。増田ちゃん臭くないよ?という言葉に何度影で泣いただろうか。会社だけなので、医者に言っても「臭気病」(自分が臭うと思い込む病気)だと思われてしまう。

気にしない方がいいと言われながら、勝手孤独を深めてしまう。自分ももはや何がいいのか分からず開き直ったりまたガッカリしたりの繰り返し。

ファブリーズを休憩時間にカラダ中にかける日々。1本が1週間でなくなる。

加齢臭で悩むオジサンや、腋臭症の人もこんなだろうかと思いを馳せる。

あぁ、月曜日は嫌いだ。私が居なければ誰もむせたり咳込んだりしないだろう。

ごめんなさいを心で繰り返すのもも限界だ。もう疲れた

新卒看護師ホスピスで働き始めて燃え尽きた話

身バレが怖いので具体的な話はほとんど書いてない上に長文です。

看護師になり、ホスピスで働き始めてもう半年になる。

同期が出来ていることが全く出来ず、優しかった先輩がだんだん呆れ顔になってきた。

大学時代から気付いていたが、はっきり言って要領は悪いしミスも多い。患者とのコミュニケーションも下手だ。

新卒ホスピスという選択自体無理があったかもしれない。

しかしそうした点ではなく、もっと根本的な部分で医療者に向いてないなと思い始めた。

一つ、患者に対して興味が持てないこと。

そしてもう一つ、どうしても患者に対して「生きていることそれ自体が無条件で尊い」とは思えないことである

こんなことを言うのもみっともないが、高校時代の成績から言えばどこかの医学部に入れたと思う。

それでも「五感を使って患者さんをアセスメントし、医者とは違う側面から患者さんの生活を支えるクリエイティブ仕事」という看護師像に憧れ、親族の反対を押し切って看護師の道を選んだ。

患者さん一人ひとりが自分らしい死を迎えられるように手助けしたい」と思ってホスピスで働くことを選んだ。

しかし実際に看護師になってみると、患者に対してケアをすることに全く喜びを見出せない。

患者の病状が良くなろうが悪かろうが感情が動かない。

一つ一つのケアがただの業務に成り下がっており、勉強する意欲も失ってしまった。

から経済的な面や安定性を求めて看護師になったのであればそれでも耐えられるのだろうが、高い志を持ってこの仕事を選んだ(つもりだった)ために余計に辛い。

医学自体は嫌いではない。

基礎研究をしている研究者の話を聞くと楽しそうで羨ましくて仕方がなく、選択を誤ったという思いが強い。


そしてもう一つのなのだが、もし良ければリンクで紹介する記事を先に読んで欲しい。

ホスピスケアを中心として活動されている新城拓也先生がお書きになったものだ。

「生きる価値のない病人」という発想はどこから生まれるのか

この記事趣旨はこうだ。すなわち、

医療従事者が『こんな生産性のない病人には生きている価値がない』と考えるのは未熟と無知によるバーンアウトが原因であり、十分な教育があればそのような考えには至らない」

というものである

本当にそうなのだろうか?

実は私は大学時代から生産性のない病人を生かすことに社会的価値があるのだろうか」とずっと考えていた。

生産性がなくても、生きていてほしいと誰かに思われているのなら医療は全力を尽くすべきだろうとは思う。

では、例えば長いこと寝たきりで、家族にも嫌われないまでも重荷だと思われているような場合はどうだろうか?

そんな事を考えてしま自分が嫌で、きっとホスピスに行って現場を見ればそんなことも考えなくなるだろうと思っていた。

しか現場に出てみてもその疑問は解決されないばかりかますます私の頭を圧迫している。

それでも救うべきだ、と断言できる人間けが臨床には必要とされている。

新城先生の言う「教育」とはコミュニケーション技法なのだと私は解した(もちろんそれだけではないと思うのだが、具体的に大きなウェイトを占めるものコミュニケーション技法だろう)。

しかしその解釈場合、「コミュニケーションが取れない人間は生きている価値がない」という思想を持つ植松聖の凶行は止められなかっただろう。

なにせ患者コミュニケーションが取れないのだから

真に必要ものは「医療倫理が善しとする方向に感情を向ける技術である

患者がどのような状況であっても善行・無危害原則に則って行動し、患者権利擁護することに専念するための感情操作技術

それでもダメなら、もう終末期医療には携わらないしかない。

医師しろ看護師しろ介護士しろ、終末期医療にはそういう燃え尽きてしまった人間を弾く制度必要なのではないか(「医療」という枠とはまた別で)。

少なくとも医療という世界に限れば、それくらいのことが許されると思う。

最近良く祖母葬式を思い出す。

普段祖母を嫌うような言動をしていた両親と兄とが沈痛な顔をして座っていて、もしかするとここにいる誰も祖母の死を悲しんでいないのではないかと思った。

それ以来、死んでも誰にも悲しまれない人間というもの存在するのではないかと思うようになった。

今も見舞いに来る家族に対して「この人は本当に患者に死んで欲しくないと心から思っているのだろうか」と疑問に思ってしまう。

私がやがて死ぬ時、心から悲しんでくれる人はいるだろうか?

もし将来家族がいないか家族に疎んじられていたら、働けなくなった時点で自殺したい。

とりあえず、ホスピスで働くのはもうやめようと思っている。

患者のためにも私のためにもならない。

出来ることな大学院に行き、看護系の基礎研究をしたい。

少しだけ提言染みたことを言うならば、コミュニケーション技法教育というのは本当にしっかりやったほうが良いと思う。

アレをただの情報収集技術だと思って大学時代まともに聞いていなかった私は大馬鹿だった。

そうした技術論は患者パターン化しているように思えて、一丁前に不誠実だとも感じていた。

熱いハートさえあれば十分だと思っていた。

どうやらそうではなかったらしい。

国試に出るだけの空虚理論だと思っていたら私のように完全に燃え尽きてしまうかもしれないぞ。

2018-09-10

今更だけど東京医大の件で一番愕然したこと

東京医大女性差別には驚いたけど、「これで女性差別存在が明らかになった。世論も動くだろう」と希望が見えた気もした。

甘かった。

数々の反ポリコレ冷笑垢、捨て垢、女叩き垢、ネトウヨ等が次々と東京医大擁護した。

東京医大気持ちもわかるよ~」「現場ガー。きれいごと言ってられない。必要悪」「女が上方婚しないから!」「関係ないブスやババアが騒いでるw」「男性差別ガー」等々…。

テレビ東京医大擁護され、その動画が何万RTいいねされた。

まとめサイトは女叩きに染まった。

週刊現代は「女性医師の手術なんて嫌だ」という記事を載せた(海外だったら廃刊するまで叩かれまくる!)

点数操作女子浪人生だけ合格させないという明らかな差別が行われたのにどうして擁護されるのだろう。こんな時に限って「下駄履かせるの反対!実力で勝負させろ!」と普段言ってる人達はだんまり。女を差別するためなら普段散々叩いているブラック体制まで擁護

さないで堂々とすればいい?そういう問題じゃない!

各国が「前時代的なあり得ない差別だ」と手厳しく報道したというのに、この実態を知れば再びどう報道されるだろうか。

不正のものよりこれが一番ショックだった。日本の後ろに進むと書いて後進国ぶりを甘く見ていた。

2018-09-09

反「中世学者コスプレ」論

 東洋経済記事世界レベルで「大学崩壊している」根本原因』(https://toyokeizai.net/articles/-/235823)を読んで、大学先生方のあまり時代錯誤ぶりに唖然とした。東洋経済サイトにもコメント投稿したのだが、この討論参加者の一人である藤本夕衣氏の『反「大学改革」論』をもじって、反「中世学者コスプレ」論と銘打ってさらに詳しく批判をしてみたい。この討論の結論部と同様に筆者も基礎科学人文学にも税金を投入すべきだと思うが、一方でこれらは実用性の期待が低いことを考慮して、あるべき規模を考えるべきだとも思う。

大学危機の構図

 件の討論では、まず、日本に限らず欧米でも新自由主義によって大学特に人文学)が危機さらされていることを概観し、その原因を中世から大学史に求める。端的に言うと、大学に残る中世的要素(真理探究称揚世俗価値との隔絶)と近代合理主義的な社会的要請(実利や実用性の要求)とが齟齬をきたしているのが、危機の真因であるという。大略、以下のように要約できる(1-5ページ目)。

 大学中世ヨーロッパの神学に端を発したため、世俗価値(例えば、国家の発展や実用性)とは隔絶していた。大学理念ベース神学から近代啓蒙思想に変化した後も、しばらくは神学的な気質を引き継いで「大学人間の理性に基づく真理の探究の場である」という、世俗価値から隔絶した立場を維持した。

 ところが時代が下ると、大学での基礎科学研究経済力や国力に直結することが意識され始めた。加えて、大学理念から「神への奉仕」が消えたことにより、大学自治根拠が「国家の介入を拒否し、自由研究活動を展開したほうが、国や社会に大きなメリットをもたらせる」というものに変質した。このような考え方は世俗価値自体評価していることを意味し、大学それから隔絶するのを弱めた。

 近年の大学改革も同じ構図である。今なお大学が維持する神学気質の「真理探究」という理念近代合理主義から派生した新自由主義によって攻撃され、世俗的な価値である実利(産業競争力向上に資する研究グローバル人材の育成)を大学に求める力が強くなってきている。

中世学者コスプレ

 ここまでは中々興味深い議論だと感じた。しかし、最後の6ページ目で驚くべき主張が展開されている。中野氏は「大学とは天才を飼っておく場所」だと言う。他の三氏もこの意見同意している。少し長いが引用しよう。

中野:僕は研究機関としての大学は、効率性を求めるべき場ではないと思っているんです。(中略)そういう人たち(引用者注:本当に学問が好きで学問に優れた人間)は権威主義も何も一切関係なくて、「とにかく研究させてくれ。研究費だけ出して、あとは放っておいてくれ」と、それだけ思っている。たぶんそういう人たちが世の中には必要なんです。好き放題にやれと言われて、100年後に認められるような成果を出す人間というのが、この世に0.003%ぐらいはいて、われわれ凡人は「そういう人間必要なんだ」と寛容に認めなくてはいけない。」

 本当に学問が好きで学問に優れた人間は、権威主義には関心がないが、なぜか研究費は出して欲しいらしい。しかし、「研究費もいらないから放っておいてくれ。自ら集めた寄付や自費で自由研究させてくれ」という経済的覚悟研究するのが、ここで議論されている天才ではないのか。

 産業振興等とは独立した真理探究という、世俗から超越した価値を解きながら、研究費を求めるという世俗要請を行うことに、中野氏や賛同した御三方矛盾を感じないのだろうか。真理探究の重みに比べれば一国の産業振興など軽いと考えているのであれば、一人の研究者の経済状況など取るに足らないものだろう。ご本人達が「本当に学問が好きで学問に優れた人間」ならば、世俗的な国家から隔絶して税金に頼らず自費で研究をすればよい。あるいは、ご本人たちは運悪くそのような天才ではないが、「われわれ凡人は「そういう人間必要なんだ」と寛容に認めなくてはいけない」と言うならば、そのような天才のために寄付をし、富裕層パトロン探しに奔走してはどうか。中世学者の大部分は税金に頼らずに研究をしていたのだ。

 それを実践すれば大学危機など問題にもならないだろう。何せ今、問題視されているのでは高等教育研究における税金の使い方であって、税金に頼らない学術研究は誰も問題にしていないかである

 しかし、おそらく彼らはそのような中世的な学者になりきることはないだろう。それにも関わらず中世学者称揚するようなことを言う彼らを、私は中世学者コスプレと呼ぶことにしたい。

反「中世学者コスプレ」論

 一方で、基礎科学人文学研究にも税金が投入されるべきだと私は考えている。ただ、その根拠中世学者コスプレに求めるのではなく、実用性という世俗価値に求めるべきだと思う。冒頭の「大学危機の構図」で触れたように、時代が下るにつれて大学側が世俗価値に寄せてきているのだから、これをさらに進めるのは自然なことだろう。

 私は以下の考えに基づいて、あらゆる学問への税金投入を正当化したい。

 まず、あらゆる学問には実用性の可能性を見出せることに注目しよう。例えば、法学医学工学はもちろん、歴史学文学哲学にも実用性の可能性が見いだせる。歴史学は、歴史小説創作において舞台装置を与え、歴史ドラマ制作時に時代考証の基盤を提供する。同様に文学哲学も、小説ドラマ創作においてインスピレーション作家提供するだろう。マイナー外国語も、遠い将来に日本がその地域貿易を行う必要性が生じるときに、実用性を発揮することを期待できる。

 したがって、あらゆる学問研究には税金投入が正当化できる。実用性が期待できるもの税金を投入するのは合理的なことだからだ。

 しかし、ある学問知識実用に転換する難易度(以下、実用転換難易度と呼ぶ)は、それぞれの学問によって大きく異なる。例えば医学であれば、医師はその教科書知識を直接的に利用することで患者を救うことができるだろう。医学知識治療という実用に転換する難易度は極めて低い。他方、歴史学場合医師よりもはるかに少ない歴史小説家や大河ドラマ制作者でなければその知識実用に供する場面が存在せず、しかもその知識の利用方法医学場合ほどには一定しない。したがって、歴史学知識創作という実用に転換する難易度は極めて高いといえる。

 したがって、実用転換難易度に応じてその学問への税金投入額が決まるべきである。その難易度が低い学問医学工学)ほど税金投入を多くし、その難易度が高い学問歴史学文学)への税金投入は少なくすべきである基礎科学は両者の真ん中ぐらい)。

 これはもう少し具体的に言うと、実用転換難易度が高い大部分の人文系学問旧帝国大学などのトップエリート校に限定して税金を投入すべきである、ということに帰結する。少数のトップエリート校の教授学生には税金を投入して手厚く保護しつつ、残念ながらそこに至らない方々は完全に私費大学運営するなり、大学の外で別の仕事をしながら研究を進めてもらうなりする他ない。中野氏も、本当に学問が好きで学問に優れた人間はごく少数だという趣旨のことを述べているのだからトップエリート校のみを保護すれば問題ないだろう。

 大学理念存在意義に実用性を真正から据えれば、以上のような結論になる。

 もちろんこれは単なる思いつきであるしかし、中世学者コスプレオタ芸よりは説得力があると考えるのだが、いかがだろうか。

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