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2017-10-14

外国人風」という言葉が嫌い

最近美容院でよく見かける「外国人カラー」とか「外国人パーマ」とかの、「外国人風○○」っていう言葉が嫌い。

外国人ってなんだよ?

中国人も、インドネシア人も、ケニア人も外国人だぞ?

なんでアッシュ系明るめブラウンの髪色が外国人風、天然っぽいゆるパーマ外国人風になるんだ??

外国人と言えば白人!って思いこんでいる日本人浅薄さと、とりあえず西洋的なものが大好きな欧米コンプレックスを感じ、いかにもバカっぽい言葉だと思う。

たぶん悪気なくおしゃれで女子受けそうでなおかつ分かりやす表現を選んだだけなんだろうと思う。

だけどその悪気なさ、無邪気さが無性に腹立たしい。

外国人風のカラーにして、外国人パーマかけたい♪」とか言ってるおしゃれスイーツ女子を、黒人ラッパードレッドヘアーにしてやりたい。

2017-10-09

ペンは剣よりも強し

核兵器禁止条約が採択され、核兵器廃絶国際キャンペーンノーベル平和賞を受けた。

池田大作名誉会長ICANに祝電を送り、核兵器過去産物となったことは明らかである

では、21世紀戦争において最も効率良く敵を攻撃する道具として用いられているものは何か。

それはカメラであり、ビデオであり、インターネットである

少し前の記事になるが、ケニアガリッサ大学襲撃事件が参考になる。

事件直後、無数の遺体が横たわる寮内や教室画像携帯電話に送られてきた。モンジアさんは記者画像を示し、「シャバブは学生を射殺した後、遺体から携帯電話を奪い、それで写真撮影して、学生用のメーリングリストなどに送信していたらしい」と説明した。恐怖心を植えつけるためだったとみられる。-朝日新聞2015年5月22日朝刊(東京)

殺傷する武器は銃や鉈さえあればよく、カメラが付いていて、ネット接続できる携帯電話こそが強力な兵器となっているのがわかる。

まり、誰かが携帯電話カメラを付けなければ、誰かが携帯電話インターネット接続できるようにしなければ、

今日悲惨紛争を防げた可能性は否めない。

この国に武器商人国家としての自覚はあるのか。

イスラム過激派シャバブ」がケニア東部大学を襲い、学生ら148人を殺害した事件について。三浦英之記者の呟き

https://togetter.com/li/825566



第3次世界大戦の引き金となりうる兵器とは

https://jp.sputniknews.com/politics/201710074160180/

2017-09-17

仮面ライダーブラック会社

新入社員南光太郎バトルホッパーを持ち逃げして初日で無断退社

強い怪人からどんどん使い捨てられていくので毎週最強の怪人が生まれ

怪人は基本ワンオペ戦闘員も居ない

わりと頑張ってたビルケニアがあっさり捨て駒

2017-09-07

核兵器をこの世から無くす方法思いついた

核を超える兵器を開発する。

「やべえやべえ、核兵器開発してる場合じゃねえ😨」

「やべえやべえ金足りねえ😨😨」

核兵器売らなきゃ😭😭」

メルカリイラク様専用!ノドン35万円😇」

イラク「ヤベえよくかんがえたら核いらねえわ😨」

メルカリ「فقط لكينيا! نودون 350،000 ين😇」

ケニアNi mbaya. Ni maana ya kuendeleza silaha za nyuklia...😨」

メルカリNi kwa Korea ya Kaskazini tu! Nodong yen 350,000!😇」

北朝鮮「노동 ... 이렇게되어 ... 열심히 했구나 니😭❤❤」

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

2017-05-24

http://anond.hatelabo.jp/20170524153141

ケニアに関しては、ちょっと郊外はいるもんだからなあ・・・

動物園に一生縁がない人の方がよほど多いと思うよ。途上国舐めすぎ。

実は中国人ほとんどはパンダを見たことがない

anond:20170523191631

ケニア人のほとんどもキリンもゾウもライオンも見たことない。おまえら動物園以外でクマ見たことないだろ

2017-04-20

あらゆる議論において完全勝利する方法

「見た目が8割」というようなタイトルの本があったが、あの主張はほぼ正しい。

 なにかしらの会議なり、議論なりにおいて討論のテーマを聞いている人は実は少数派である多数派基本的にはその人の態度なり、口調、顔などの非言語情報を見て判断しているだけなのである。自信満々に話していればそれは正しい内容、おどおどとしていれば間違っている。顔が気に食わない、生意気だ、そういった感情がほぼすべてなのである

 態度だけで判断するのは実はとても便利なテクニックである。難しい内容を理解する必要はないし、頭をほとんど使わなくてもいいかである。あー、おどおどと話しているからこいつはウソついてんな、堂々としてるから信用できるなと。日常生活でそのテクニックを使ってて困ることはほぼない。

 だから多数派を味方につけるにはそのテクニックを逆手に取ればいい。議論テーブルには絶対についてはいけない。相手意見を聞いてはいけない。根拠は何一つ示さず堂々と「その意見は間違ってる」と言い続けるだけで十分なのである

 相手のいうことをまったく理解せず否定だけすればいいのだから基本的にはなにも話さなくていい。そうすると時間が余る、相手にしゃべらせるのはマイナスなので、なにかしゃべり続ける必要がある。そこで、人格攻撃を加えるのがよいだろう。おススメなのは条件反射ワードを使う方式である

 相手アメリカ人なら条件反射で「インディアン虐殺した」「黒人奴隷を使っていた」、朝日新聞関係者なら「サンゴ」、オバマ大統領なら「ケニアまれを隠している」などと議論とは関係なく属性に合わせ過去不祥事疑惑など(真実である必要はない)を指摘し続ければいい。条件反射で言えるようにしておくといいだろう。何回も書くが議論を決めるのは内容ではなく態度である。信用できない人であることを印象づけるのが最も大事ことなのだ。

 ただ、このテクニックを使ってもひとつだけ負けるパターンがある。それは相手も同じ戦略を使ってくる場合である自分の話を全く聞かず「あなた所属する組織過去虐殺誤報などの不祥事をした」と相手も言ってくる場合だ。その場合にはその不祥事ウソであることだけはしっかりと理論武装を固めておき(ここだけは努力必要)、短い議論では絶対結論がでないようにしておくことが肝要である(いいがかりさえつけられれば十分)。表面的にやりすごせればそれで充分である。内容を吟味するような人はそもそも相手にする必要はない。

このようにすれば多数派を味方につけることができ、あらゆる議論で完全勝利することができる

2017-02-05

ホモがいなさそうなイメージの国

台湾→いなさそう

アメリカめっちゃいる

イスラム諸国金持ちのたしなみとかで少年買ってそう

東南アジアめっちゃいる

中国→むしろホモ以外を探すのが大変

ロシア貴族ホモ

ケニア→成人の儀式ホモセックスしてそう

2017-02-01

ケニアとかでも中二病ってあるの?

今日を生きるので精一杯っぽいが

2016-08-22

モーリタニア国歌がかっこよすぎて震える。

オリンピックで流れていたケニア国歌が、なんだか日本民謡にも通じる独特な感じで、かっこよかった。

なんでも、伝統的なケニアの子守唄のメロディーがもとになっているらしい。

で、他にもかっこいいのあるんか?と思って探していたら、ネットでちらほら話題にされてるすごいのみつけてしまった。

アフリカ西海岸にあるモーリタニア国歌

https://www.youtube.com/watch?v=VWy4USruuR4



すごい。かっこよすぎる。

なんだろ、スペースオペラ系のSF映画で、主人公が砂だれけの惑星遭難してぐるぐる巻きにされて、

砦に引っ立てられて、そこにいよいよ惑星支配するボスが手下ひきつれて登場してくるとき音楽だ。

で、「これでおしまいか」と思ったら、実はこのボスがいい人で、結局、一緒に戦うための軍隊だしてくれんの。

(我ながら、たとえがよく分からない)


wikipedhiaにもあんまり詳しいことは書いてないが、Tolia Nikiprowetzkyとかいロシアまれフランス活躍した作曲家が、伝統的な旋律編曲したらしい。

日本語版では「作曲した」となっているが、英語版では「Music traditional (arrangement Tolia Nikiprowetzky)」ってなってるから、そういうことなんだろう。

まあ、植民地から独立した国に「国歌作曲してください!」ってたのまれて、あのメロディーはつくらないよね、普通

なお、モーリタニアって国、マダコがたくさん取れて日本にも大量に輸出しているが、現地の人は気味悪がって食べないらしい。



君が代」は、西洋的なメロディーではない曲で、実際、そうなんだとは思う。

でも、時々ネットでみかける「他の国は西洋音楽ばっかり! こんな独自国歌を持ってる国は無い!日本サイコ-」っていう愛国ポルノは、

ちょっとちがうよね。


探せば、なんか独自国歌を持ってる国ってけっこうある。

とりあえず、タゴール作詞作曲インド国歌とか

https://www.youtube.com/watch?v=YIyLUBdNAC8


モンゴル国歌とかはいい感じ。

この、大草原でフルオーケストラバージョンはいい。

https://www.youtube.com/watch?v=gE6beEdzhtI


あと、ケニア国歌、この女声アカペラバージョンもすごい。

もとが子守唄っての、よくわかるし。

https://www.youtube.com/watch?v=pI7V324e1zg

あ~だめだ。youtubeがとまらない。

うそう、今回のオリンピック君が代アカペラ合唱バージョン和声つき)もよかったので、

今後もイベントときは、どんどん使ってほしいと思う。

2016-08-07

高校野球等今後の予定

2016年夏の甲子園開幕

猛暑の中のため、試合中に球児が倒れ亡くなる

去年はオコエ、今年は清宮を見ていたライト層中心に、「高校野球は見せ物か」「生徒たちの命が一番」との電話高野連殺到

※ちなみに今年清宮は出場していない

2017年夏の高校野球大阪ドーム京セラドーム大阪)にて開幕

海草中学の頃からベテラン層より「野球太陽の下で行うべし」「室内で野球をやるとはなにごとか」との投書が届く

2018年夏の高校野球甲子園で開かれる

フォースプレーの説明もできないライト層の興味はなくなっていたため問題なく開催地の変更が行われた

大会中4人ほど倒れたが命に別状はなかったため特に騒ぎにならず

2020年東京オリンピック開催

猛暑日の中開かれた女子マラソンケニアの優勝候補選手熱中症棄権するが特に問題にならず

数日後の男子マラソン日本人選手熱中症で少しふらついたため、パブリックビューイング空気の入った細長い棒を叩くライトからクレームメールが届く

2016-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20160529230713

駅伝場合大学にも企業にも走らすためだけに呼んできたようなケニア人が割と多いから、

殊更に走れさえすりゃアホでもいいんだな感が凄い。

2016-01-26

日本人力士の優勝を喜ぶのってナショナリストなの?

仮に全員県外出身高校野球代表やら1区から10区まで全員ケニア人の箱根駅伝なんてあったら俺は応援する気にならないけどこれってナショナリストとかレイシストのくくりになるの?

ナショナリストダメならオリンピックみたいに国の優劣つけるイベントも駄目じゃないか。

2016-01-04

http://anond.hatelabo.jp/20160104153924

すべてのケニア人がマラソンに強いわけではないだろうが、

わざわざ日本駅伝に出てくるような選手マラソンに弱いわけがなかろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160104151838

どう考えたって黒人の方が早いに決まってるだろ。

これがぜんぜん「どう考えても」じゃないんだよなぁ。

そもそも増田自身が「ケニア出身」と限定しちゃってるとおり、

マラソンに強い黒人ケニア特殊環境で育った一部だけなんだよ。

駅伝黒人使うのってなんかズルくね?

いや別に差別してる訳じゃないんだけどやっぱり駅伝黒人使うのってどうなの?

どう考えたって黒人の方が早いに決まってるだろ。

そもそも生まれた育った環境やら骨格やら見ても日本人黒人に勝てる訳がない。

全区間ケニア出身黒人走らせたらそれだけで優勝だろ。

なんで誰もこの事について文句言わないの?

2016-01-03

http://anond.hatelabo.jp/20160102221028

なんで部落差別が心のなかにのこるかさっぱりわからない。生まれ場所がその人の属性になんらかの影響を及ぼすって思ってる?呪術的な何か?

ましてや日本黒人差別なんて。よくわからんが、アメリカ大統領のことを自分より下の存在と見てる?それとも、国務長官とかケニア首相とかは全部まとめて例外?ウサインボルトは?

2015-11-25

駅伝ケニア留学生が嫌いな理由

人種差別じゃないんですよ。

そもそもケニア人に限らず、駅伝に限らず、スポーツ推薦の連中はみんな嫌いなんです。

ただケニア留学生という属性のおかげで、「勉強なんかどうでもいい、運動さえできればいい」

という構造がより露骨になる。本当に嫌いなのはそこなんです。

なにしろ彼らには、大会活躍して大学名前を売ってもらい、愛校心を盛り上げるという大事役割があります

から優遇されてるわけです。体育学部みたいなとこで、キャンパスも別で、しかもろくに通わなくても、

運動部でござい」って書いたら、黙っていても空から単位が降ってくることでしょう。

から普段は寮住まいで、ひたすら練習して、試合がある時だけ人里に下りてきて、喝采を浴びる。

彼らが頑張ってるのはわかります。高いレベルにあるのも確かでしょう。

おまけに理不尽に耐えるということで、就職にも有利なわけです。

しかしフツーの学生とは出自も違えば、普段の接点もほぼないじゃないですか

なんでこんなん応援する気になるんでしょう。ラグビー日本代表とかそんなレベルじゃありませんぜ。

なんせごくごく稀に一般入試で入ってきた人がいたら、逆に珍獣扱いされるぐらいですから

いやまあ、そんなこと言ったら私大なんて内部推薦AOなんでもありで、

もはや一般入試で入った組が外様大名みたいな扱いになってますけど。

ただ、そいつらを集めて束ねるために、また異分子必要というのは、実に皮肉な話だと思うのです。

2015-11-09

http://anond.hatelabo.jp/20151006030505

自分他者指導する立場ならともかく他人ことなんかかまってる余裕なんて無いでしょ。

(もしくはどんなに煙たがられても、権力がなくても資格がなくても指導の結果別の事件に発展したとしても、世のため理想のため自分犠牲になって指導するとかでなければ)

まずは自分事故るな。なにがなんでもだ。譲らずに突っ込むのも程々にな。どんなに自分が法的に正しいとしても自分でも他人でも体もケガも命も誰かに代わってもらえるものじゃない。よくて保険金の額が少々上がる程度だ。

まあこれでも読め。

アフリカ路上で生き延びるには(ケニア自動車免許取得・ズク教官の教え)

「他の者には一切期待するな。「この路上でまともなのは自分ひとり」それが鉄則だ」

http://togetter.com/li/224953

日本自動車教習所でも似たようなことは言われたよ。

交通ルールは守れ、だが安全はすべてのルールに優先する」って。

2015-08-13

「オコエ = 野獣」は、人種差別ではない

「オコエ = 野獣」と見なす記事があったが、これは人種差別ではない。

差別ではあるかもしれないが、人種差別ではない。

なぜなら、「黒人 = 野獣」という(人種的な)偏見存在しないからだ。

 

一方、

日本人 = 黄色い猿」という偏見存在するし、

「黒 人 = ゴリラ 」という偏見存在する。

から、このような表現があれば、人種差別と言える。

 

しかし、「黒人 = 野獣」という偏見存在しない。

黒人の身体能力は、白人と比べて特に優れているということはない。

強いて言えば、ケニア人が長距離走に強いが、これは特殊環境要因(高地)だ。

遺伝子的に見ても、黒人白人黄色人種に形質的な差はほとんどない。

どこをどう見ても、「黒人 = 野獣」という概念は成立しないし、

したがって、「黒人 = 野獣」という偏見存在しない。

ゆえに、「オコエ = 野獣」と見なすのは、たとえ偏見であるとしても、

それは人種差別ではない。(人種差別とは別の偏見だ。)

 

さらに言えば、ここで言う「野獣」とは、ライオンやトラや野牛やサイのような

特に限定された種を指定しているわけではなく、単に「体力抜群」ということを

意味しているにすぎない。

換言すれば、「野獣 = 人間離れした体力」という比喩表現であるにすぎない。

これを「差別」と見なすのは、無理がある。

たとえば、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」(モハメドアリ)というのは、

差別表現ではなく、すばらしさを称える表現だ。

そして、「オコエ = 野獣」も同様だ。

 

ではなぜ、人々はこの記事を見て、「人種差別だ」と表現したのか? 

それは、人々自身が心に差別感情を含んでいるからだ。

私だったら、「黒人白人黄色人種に差はない」と理解しているから、

「野獣のような黒人系の混血児がいる」と聞いても、「ただの個体例だな」

と思うだけだ。ところが、世の中の人々は、これを特別人種的形質だと

思い込むから勝手に「人種差別だ」と思うわけだ。

 

はっきり言って、オコエみたいな黒人は、ほとんどいない。

たくさんの黒人を探しても、オコエみたいな身体能力のある人はほとんどいない。

ダルビッシュもそうで、イラン人を探しても、ダルビッシュみたいな人はいない。

室伏もそうで、母親のいたルーマニア人を探しても、室伏みたいな人はいない。

 

では何かというと、「雑種強勢」で、混血児には特別に優秀な形質が備わりやすいのだ。

オコエが特別に優れているのは、黒人からでなく、混血児からなのだ

ここを混同して、「人種差別だ」「黒人差別だ」なんて思うのは、根本的な勘違いだ。

  

http://www.hochi.co.jp/baseball/hs/20150811-OHT1T50205.html

http://matome.naver.jp/odai/2143942780333822301

2014-12-14

男子マラソン日本人メダルを獲れるという幻想

やれ、世界陸上オリンピックで、メダル獲得か!?という男子マラソン選手入賞すると、入賞まりかーとみんなそれを称えず惜しがり、

陸連が悪い、箱根駅伝、あるいは駅伝自体が悪いと帰着しがちなのだけれど、そもそもメダル獲得か!?がとんでもなくおかしいという話。


まぁ、とりあえずこのデータをみよう。


世界歴代10

男子

タイム 氏名 所属 大会 日付

1 2時間02分57秒 デニス・キプルト・キメット ケニア ベルリン 2014年9月28日

2 2時間03分13秒 エマニュエル・ムタイ ケニア ベルリン 2014年9月28日

3 2時間03分23ウィルソン・キプサング・キプロティチ ケニア ベルリン 2013年9月29日

4 2時間03分38秒 パトリック・マカウ ケニア ベルリン 2011年9月25日

5 2時間03分59秒 ハイレ・ゲブレセラシェ エチオピア ベルリン 2008年9月28日

6 2時間04分05秒 エリウド・キプチョゲ ケニア ベルリン 2013年9月29日

7 2時間04分15秒 ジョフリー・ムタイ ケニア ベルリン 2012年9月30日

8 2時間04分23秒 アエレ・アブシェロ エチオピア ドバイ 2012年1月27日

9 2時間04分27秒 ダンカン・キベト ケニア ロッテルダム 2009年4月5日

            ジェームス・キプサング・クワンバイ ケニア ロッテルダム 2009年4月5日


エリア記録

男子

エリア タイム 名前 所属 大会 日付

アフリカ 2時間02分57秒 デニス・キプルト・キメット ケニア ベルリン 2014年9月28日

アジア 2時間06分16秒 高岡寿成 日本 シカゴ 2002年10月13日

ヨーロッパ 2時間06分36秒 アントニオ・ピント ポルトガル ロンドン 2000年4月16日

ベノワ・ズウェジュヒエフスキ フランス パリ 2003年4月6日

北アメリカ 2時間05分38秒 ハーリド・ハヌーアメリカ合衆国 ロンドン 2002年4月14日

南アメリカ 2時間06分05秒 ロナウド・ダ・コスタ ブラジル ベルリン 1998年9月20日

オセアニア 2時間07分51秒 ロバート・ド・キャステラ オーストラリア ボストン 1986年4月21日


お分かりいただけたと思うが、アフリカ勢(正確にはケニアエチオピア勢)というのは、もはや、他地域選手がいくら努力しても太刀打ちできない高みにいる。

これは、果たして、陸連や駅伝改革したところで追いつけるような話なのだろうか。

そもそも、箱根駅伝が悪いと言い出したら、瀬古はともかく、世界陸上派遣選手の大多数は箱根を目指した選手であること(市民ランナー川内すら)や

サムエル・ワンジルは何だったのかという話になる。


結局、男子マラソンで起こったことは、10kmで勝てる選手マラソンに本格的に参加してスピードレース化したってことであり、

これが女子マラソンで起こっているのを、高橋野口フィーバー後に日本人は目にしてきていると思う。


まり日本人離れしたランナーが現れない限り、もはやマラソンすら日本人メダルは無理だろう。

入賞出来れば御の字というか、入賞マストでなく、奇跡であることを認識しなければならない。

その上で、とんでもない才能が現れるまで、駅伝等で盛り上がって、金が回るようにしておいて、それに備えるというのがベストなんじゃないだろうか。

結局、それは陸連が意識していないにせよ、やっていることなのだと思う。

2014-03-12

http://anond.hatelabo.jp/20140312170953

まぁ、詳しく話すほどの内容でもないんだが

夫婦喧嘩の原因って半分くらいは

自分が前提も前提、大前提だと思ってることが実は相手にとって前提ではなかった』とか

『前提が違うにもかかわらず、表面的な話し合いでは言葉が間違ったまま通じてしまい、

下手に通じてしまうから前提が違うことに気づかず喧嘩ヒートアップ感情のぶつけ合いにシフト』ってのがあると思う。

から、その前提の部分を掘り下げて共有する、幼稚園児の会話みたいに。

元増田場合なら私立公立の話をする前に「学校って何?>教育って何?>学ぶって何?>何?>何?…」

それを積み重ねれば夫婦だけの法律ができて、共通言語ができる。

コレを聞いて「アホか!そんなもんだいたいみんな答えは同じやんけ。

日本義務教育受けてそんな基本的な考えがまったく違うわけがない」って思ったヤツほど危ない。

1人1人意外と全然違う。

相手がケニア人だと思う勢いで根本的なところを確認したほうがいい。

2013-12-25

南スーダン弾薬提供について調べてみた

http://togetter.com/li/606929

これを読んで、なんでアメリカは5000発しか予備がないのか不思議に思ったので調べてみた。喫緊に危機が迫っている韓国軍の予備弾が少ないのはもともと戦闘を想定していなかったというのは納得なんだが、しかし2000発程度しか予備がないとの情報もあり、なぜ各国で予備弾数がこんなにも違うのかというのはやはりわからなかった。

で、いろいろ調べてみたんだが、まずPKOでは兵站は一元管理しているようだ。

http://www.pko.go.jp/pko_j/liaison/liaison13.html

 私は、2011(平成23)年9月よりハイチ首都ポルトープランスデルタキャンプにある国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)軍事部門司令部兵站部において「兵站幕僚」として勤務しています。編成は7名、国籍チリブラジルアメリカヨルダンフィリピンハイチそして日本とバラエティに富んでいますが、これだけ異なる国が揃うと仕事のやり方もそれぞれ異なることは言うまでもありません。兵站部では、具体的にはCOE(派遣国保有装備品)及びUNOE(国連保有装備品)の定期的な現況調査、使用弾薬の管理、国連車両の管理、派遣部隊に対する任務支援(主に輸送任務)、補給品調達及び生活環境の構築・改善等を行っています。2010年10月よりコレラの流行が問題となり、特に生活環境(汚水処理施設やゴミ処理方法)については適時確認、改善させる等、万全の態勢で臨んでいます。私のこの他の任務としては、MINUSTAHと日本隊との連絡幹部的役割を担ったり、本邦とMINUSTAH関連情報のやり取りを実施しています。

これはハイチの例だけれども、多分スーダンでも同じ?

Wikipediaには

その兵站支援の方式としては平和維持軍に参加する一国が担当する一国支援担当方式、相互依存原則に基づき複数の参加国が他国分担方式、地域ごとに担当区域を定めて行う分権方式がある。[13]

とのこと(出典付き)だが、管理方法まではわからない。

と思って調べてたらばっちし兵站部のひとの話があった。

http://www.pko.go.jp/pko_j/liaison/liaison22.html

 兵站幕僚は、UNMISS軍事部門司令部(Force Headquarters(FHQ))兵站部(J4)に配置されています。FHQは司令官(Force Commander(FC))以下約90名(23カ国)から成るUNMISSの中で唯一軍人だけで構成される組織で、兵站所掌するJ4はチーフオーストラリア陸軍中佐)、副チーフオーストラリア海軍少佐)、部員2名(スウェーデン海軍少佐と私)の計4名で構成されています。

 派遣部隊との業務上の関係については、UNMISS派遣された部隊は全てFCの指揮下にありますが、FCが運用権限を有するのは歩兵大隊インド軍、ケニア軍、ルワンダ軍、モンゴル軍、ネパール軍)に対してのみで、支援部隊に区分される派遣施設隊の運用権者はFCではなくミッション支援部長文民)になるため、直接的なつながりはありません。しかしながら同じUNMISSという枠内で活動する自衛官として、日本の現地支援調整所や施設隊とは定期的に情報共有を図っていますし、新規部隊の派遣・展開といった他国部隊の動向に関する情報はFHQに集約されますので、情報収集観点から自衛官をFHQに配置している意義はあると考えます。

というわけで、日本・韓国兵站は独自にやっているもよう。ちなみに兵站はかなり困難な状況のようだ。

http://blog.livedoor.jp/takami_neko_shu0515/archives/67027137.html

さて、それで実際どの程度の武力を持つことができるのかというはなしだが、Wikipediaには

無撃的武力は車両による道路封鎖など、加撃的武力は小火器の使用などが挙げられる。最終的手段としての加撃的武力の行使は自衛戦闘おいてのみ認められている。自衛戦闘とは兵士個人または部隊の一部が危険に陥った場合、対立勢力の一方が平和維持軍を撤退させようとして平和維持部隊の安全危険となる場合、武力で平和維持軍武装解除を行おうとする場合平和維持要員を逮捕・誘拐しようとする場合平和維持軍資産を武力で侵犯した場合がある[12]。

という記述がありかつ、FCの指揮下にいるので、各部隊には予備弾などのルールもあると思われる。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/dragoner/20131224-00030921/

これでみると日本は330人位(二個中隊?)、韓国は273名(一個中隊)、アメリカはよくわからん。予備弾1万発を330人で分けると一人あたり30発(弾倉1個分)。どれくらい予備弾を保持するのが可能なのかと推測すると一人あたり弾倉2個くらい?予備でないの含めると弾倉3個が一人あたりの分配なのかなという感じ(自衛隊首都にいてUNMISSも近くにあるので全部渡しちゃったのか?だとすると弾倉2個が持ち分の可能性もある)。とりあえずアメさんが出してきた量からアメさんの人数を想定するとおそらく150人程度(一個中隊)かな。韓国も同じ割合で保持しているとすると、約2万5千発(うち予備約1万6千発)を保持、今回足りないかもで足した分が1万5千発。だいたい予備が二倍になったくらい、かな。

重武装反乱軍部隊1000名(しか戦車もいる)のに、小火器で弾倉五個(下手したら四個)というのはかなりつらそう。まぁ三個しかないよりはマシだが。

~~~追記~~~

色々見てたら自衛隊の予備弾薬8万発、韓国戦闘員は40~50人という情報も出てきた。

しか工兵中隊文民扱い文民指揮下だから戦闘員40人x弾倉2個(60) = 2400発。だいたい整合性が取れる感じ(追記2万発の間違いくさい。たびたびすみません)。これを非常時ということで工兵にも分配したらそりゃ足りないわ。1.5万発は本当にありがたいだろうね、現場の人的には。そしてそれくらい切羽詰まってるってことでもあるような気も…。しか自衛隊の予備弾薬多いな。一人あたり弾倉8個分か。兵站が困難なことが予想されてたから予め多めにおいといたのか。

アメリカ戦闘員しかいないので、自衛隊と比べてはいけなかったな。多分一個師団くらいできてるよなぁ…

http://www.mod.go.jp/j/approach/kokusai_heiwa/s_sudan_pko/pdf/gaiyou.pdf

一次ソースを読み直してみたら、武器数はちゃんとかいてあった(自衛隊の)。今回の弾薬提供に関係する武器89式小銃と5.56mm機関銃MINIMIなので、計302丁。所持弾薬数8万発の話がほんとだとすると、一丁辺り260発。でもたぶん機関銃が100発ずつ確保するとなると、200発弱ぐらいというところか。弾倉7個程度なので平和維持活動をすると考えるとまぁそんなものなのかなぁ…普通どの程度かがわからない。

なお、10月から自衛隊組織改編して増員(5次要因)している途中で12月末をめどに400人になる予定だったようだ。入れ替えで陸路を通らないといけないということでちょっと多めに予備を持っていたのかもしれませんね。

~~~追記ここまで~~~

しかしこれで反乱軍部隊におそわれて弾薬等を奪われてしまったら危険だなぁ。大丈夫なんだろうか。中立ルールにのっとって大量虐殺を阻止できなかったボスニア・ヘルツェゴヴィナルワンダのようになってほしくはないが、かといってヒャッハーせんそうだぜぇ!を国連が許すとは思えないし、とっととPKFで介入しろというのが結論の気がする。

なお弾が足りないとか公言したらむしろ危ないだろなどというコメント散見されるが、地理的に近い+UNMISSが関与しているので、閣議決定された時点で弾薬の受け渡しが開始され、それが済んでから発表されたのでは?というか閣議決定される前から動きはじめていたのでは?という感じだなぁ。現場のことはわからないけど。海外ニュースではちょろっと日本が初めて他の国に武器をあげたよっていう話題は出ているが、それほど大きく取り上げられてはいないので、あちらさんには弾が足りないとかい情報殆ど伝わってないだろうし。そもそもガラパゴス日本語韓国語の応酬だからなw

余談だが、弾薬提供は逆に戦闘力があると見做されて攻撃を受ける可能性を作る事になりかねない、ってのを見かけてちょっと笑った。いやいやいや…たしかにPKOで武器をできるだけ持たないのは現地民からの反感をかわないためだが、避難民が狙われている状況ではむしろきちんとした装備を持っていることをアピールしないとまずいですよね。

南スーダン関係のまとめ

なんか申し訳ない感じなので一応まとめておきます。間違ってたら指摘してください。

南スーダン共和国概要外務省ホームページ

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/s_sudan/data.html

もとは1956年独立したスーダン共和国の一部。二回の内戦と一回の紛争の後、2011年南スーダン共和国として独立した。

4世紀頃からキリスト教徒が多い国だったが、その後エジプトの支配が強まり、北のほうからイスラム化、途中エジプト英国領になった影響でそのまま英国領になった。で、19世紀の後半にイスラム教徒が蜂起して乱を起こし、国家を設立。この時に噛んだのが多分フランスで、その後はフランスイギリス代理戦争の場となる。

一応その騒ぎは収まって結局イギリス保護下になったんだが、北側は独立意思が強く、南北で分断して統治をすることになった。これが今も南北で仲が悪い遠因らしい。北は独立するために自治政府をつくり、第一次内戦をへて56年に独立、以後イスラム系が強い国になる。

が、石油南部発見されてしまったため、北部の人たちが無理やり地域区分を変えて利権獲得に奔走したり、イスラム原理主義に走ったので、これに南側の非イスラム系が反発してまたもや内戦勃発。この後はウガンダとかエチオピアとかマリあたりもごたごたしてぐっちゃぐちゃしてるのでようわからんが、とりあえず最終的には2003年イスラム系と非イスラム系の間で紛争がおこり、暫定政府を作ってようやく集結……かとおもいきやナンバー2が事故死してカオスになったりしつつも、2011年にようやく南スーダン独立することに住民投票で決定した。

ほとんどはイスラム系と非イスラム系の戦いではあるが、一部部族間抗争だったり、二回目の紛争の遠因になった油田をどっちの国にいれるかでもめてたりなどするので、単純な宗教対立ではない。南側は地下資源豊富だというのもキーポイントのようだ。どこの国でも同じですね。

で、このスーダン南スーダンは近年落ち着いてるかって言うと、全然そんなことはなくて、未だに国境ラインでもめている。

南スーダンへの自衛隊派遣

スーダン内戦と紛争で荒廃しきっているので、とりあえずインフラ敷設とかやろうというわけでPKO派遣が決まった。決まったと言っても未だごたついている地域なのでそれでいいのか、なんだがまぁやっちまったもんはしょうがない。日本がスーダンへの派遣をきめたのは2008年福田首相の時、実際に派遣が始まったのは2011年7月からなので菅首相とき現場はあんまり乗り気でないムード要出典)だったみたい。

http://blog.livedoor.jp/takami_neko_shu0515/archives/67027137.html

 南スーダンPKOへの自衛隊派遣における最大の障害は、兵站上の困難さである自衛隊の要員や物資は、ケニアのモンバサ港から陸揚げされるが、自衛隊が活動拠点とすることを予定しているジュバは、そこから1900キロの、いわば陸の孤島である陸上輸送ではジュバまで1カ月以上かかり、空輸であれば、大型輸送機ジュバの空港に着陸できないため、隣のウガンダで中型機に積み替える必要があるという。そして、自衛隊南スーダンにおける活動は少なくとも5年は継続される。このような長距離輸送は、今までに経験したことがないと、自衛隊幹部は指摘している。政府は、ジュバ周辺の安全性ばかり議論しているが、真の困難は兵站にある。(図参照) ジュバ周辺の治安不安があるという理由で武器使用基準を見直すなどというのは、後付けかつ極めて的外れである

 政治が、自衛隊派遣政治的目的を明示し、それにかかる軍事的コスト自衛隊ときちんと擦り合わせるというプロセスが、全く十分であったように見えない点が大問題である。本来、それこそがシビリアン・コントロール重要機能である

このように兵站が大変ということは最初から自衛隊幹部は指摘していた。実際現地からの声にあるとおり、雨季は道がつかえずかなり苦労している模様。竣工式などは和やかにおこなわれているみたいなので、ここ数日で急激に情勢が変化したんだろうなぁ。

今回の件の経緯

韓国軍がいたのはボルという街で、ネパール軍とインド軍がその警護にあたっていた。インド軍は医療部隊も持っていたけど、韓国軍工兵中隊なのでPKOでは文民

日本がいるのは首都ジュバで、ルワンダの部隊に警護をしてもらっている。ボルからは真南に15km150km(桁間違えましたすみません高速道路でいけるらしいです)だそうだ。日本がやってるのは道路の整備とかコンテナ住居の設置とか。

で、今月15日に反政府軍クーデター企図、一応未遂にはなってるみたいだが、火花が散れば燃える国なので戦闘が継続している。なんでか特定民族殺戮も行われていると言う話だが、これはどこまでほんとかは微妙

http://www.afpbb.com/articles/-/3005548/12849717

戦闘は、サルバ・キール(Salva Kiir)大統領を支持する政府軍の部隊と、7月に解任されたリヤク・マシャール(Riek Machar)前副大統領を支持する部隊との間で行われている。

キール大統領は、マシャール前副大統領クーデター企図したと発表したが、一方の同前副大統領は、同国部隊同士の対立を利用してキール大統領が粛清を行ったと主張している。

大量殺人から逃げ出したとする証言者2人は、自分たちがマシャール前副大統領と同じヌエル民族であるために狙われたと話している。一方の殺害行為を行っている兵士らはキール大統領と同じ多数派民族のディンカ人だという。

ボルのそばでもこの戦闘が行われており、インド兵が死亡するほどだった。しかも睨み合っていた政府軍がとつぜん反政府軍寝返りヌエル族の殲滅にうごいているようだ。それでインドネパールはやや退却したんだけど、施設に避難民がきている韓国軍は撤退するにできずとどまっている。難民の数は1万~8万との情報があり、ここに反政府軍雪崩れ込むと大変に危険。今朝の時点ではまだ接触はない、みたいな感じだったが、夕方には迫撃砲基地のそばに着弾したとのことでなんとなく時間の問題な感じがする。

ちなみに反政府軍が狙っているのは避難民なので、韓国軍はがんばればたぶん撤退できないことはない。撤退したらスレブレニツァコースだが。

で、工兵隊の韓国軍は弾数足りない!誰か送って!となったわけですね。

本来ならインドネパールが蹴散らしてくれるはずだったので、装備にそれほど気合入れてなかったのかな。どの程度の武器を所持しているのか調べきれていないのだが、相当の備えをしていても厳しい局面であるとは思う。というかよく避難民残して退却するという選択肢をえらばなかったなというくらいの状況だ。武力行使が起こる前に補給が間に合うか、PKFで介入するほかないのではないかと思われる。

現地の状況(英語多し):http://matome.naver.jp/odai/2138774124472690501

なんかー…

TBとかTBのTBとか一部ブコメとか、なんで韓国と日本のことばっかり言ってるのかわからない。今現在起ころうとしてる民族浄化がどうにかできないかって思わないのかなぁ。なぞだ…

何ごともなく自体が収束すれば、それでよいじゃないですか。なにごとかがもし起こってしまったとしても、それは当事者国の問題でしょう。犠牲者が出たことを悼みはするけど、こちらはせっせと働いて人道的支援のための金を捻出するくらいしかできることはないし、それだけでいいんだと思う。現場の人には無事でいて欲しいし、全部終わったあとに第三国人間がなにをいおうとどうでもいいよ。

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