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はてなキーワード: 嚥下とは

2020-02-01

anond:20200201125743

さすがにそれは好き嫌い範疇を越えてると思うが…

中枢神経系に何らかの疾患があって嚥下反射が出にくくなってるので飲み込むのが苦痛とか、気合我慢させてるとそういう背後の疾病を見過す可能性もある。

特に幼児期は進行が早くて予後不良になりやすいから、検診で精密検査してもらったほうがいい場合もあるよ。

食事が嫌いだけじゃなくて、たぶん見逃されてたてんかん発作とかもありそう。

2019-09-12

anond:20190912133315

口内の筋肉とかが衰えてますねぇ

笑ったりしてないんじゃないですか?

嚥下トレーニングしてください

2019-07-16

首痛

首が痛い

最初寝違えたかと思って、枕を元に戻した

でも治らなくて、だんだん悪化してきて、一週間くらいになる

筋?のところが痛い

押したり触れたりすると痛い

嚥下問題はないけど、首が気になって発声が本調子じゃない

何かの病気かな

でも注射とかなったらやだな

2019-04-16

人生再結成第弐世代(リデザインドチルドレン)

『令和もいよいよ終りを迎え……』

その男は、隣の部屋が大音量で流してくる報道番組の音を薄い壁越しに聞いていた。

この時間は彼の人生において最も想像力多様性に満ちており、彼にとっては睡眠労働に並ぶ三大娯楽の1つであった。

今日ラッキー星座は……それでは御機嫌よう』

いかなければ」

彼はそそくさと服を脱ぎ、仕事場へ向かう。

出勤時間わずかに5秒。

ドアノブをひねり、便座に座り、備え付けのチューブを咥え目隠しをつける。

目隠しから伸びたイヤホン自動的に耳に絡まっていくと、トイレのドア越しに労働讃歌が流れていくのが聞こえるも、すぐにその音はかき消されていく。

「かった」

時報よりも早く動き出す自分という人間の優秀さを噛みしめる。

噛みしめるとは言ったが彼には生まれつき歯はない。

誕生以前より伽藍堂であり続けた口腔に、ネットリとした液体がゆっくりと流れ込んでいく。

目隠しの裏に浮かんでは消える美辞麗句は、彼の人生が如何ほど価値のあるものかをしきりに伝え、それに彼は心の中でうなずく。

何度も何度も心の中で彼はうなずく。

自分存在価値の偉大さを噛みしめるたび、生まれてきたことそのものへの感謝がとめどなく溢れ出る。

そうして心で頷きながらも彼が頑なにその首を動かさないのは、流れる液体の嚥下を妨げないようにしようとする忠誠心によるものでもあるのやも知れぬが、それ以前に彼がそのような動作により肯定を現すことさえも知らないかである

彼らの人生にあったのは、この狭い便所と狭い寝床だけである

そこに備え付けられた人生再結成第弐世代向け労働器具を除けば、彼に情報を与えるもの本来存在し得なかったはずなのだ

彼の部屋がたまたま高多機能細胞保有排便製造監督者控室のすぐ隣にあったこと、それが幸運であったのかは知るよしもない。


人生再結成第弐世代についてどう考えますか?街の人に聞いてみましょう?』

『「いやー羨ましいですよ。生まれつき何も知らないなら自分人生に疑問を持つこともないですからね」』

『「あの人達のおかげで私達は健康に暮らせているんだから感謝しないといけないと思っています」』

『「前テレビで見ましたけど、本当に大人しいんですよね。うちの子もあれぐらい素直だったらなと考えちゃいますウフフwwww」』

専門家に聞いてみました』

『「人生設計第一世代が失敗した原因を調査した所、他者自己比較することによる過剰な劣等感が、彼らの反社会性に大きく影響していることが分かったんですね。そこで考えられたのが、現在のように、生まれつき完全に情報遮断してあげ、完全に外界と隔離してあげた状態で何らかのごく単純な労働に就かせてあげるという形なんです。これでしたら、自分他人を比べてしまうこともありません。単純労働力の不足した日本という国を立て直しつつ、それを担う世代幸福人生を送ってもらう。この2つを両立するにはこれ以外の方法はなかったと言えるでしょう。」』

2019-03-21

anond:20190321215010

元増田です。まずは質問ありがとうございます

口腔内による攪拌ならびに唾液混合により、速やかに理想的強度は損なわれると考えております

食事の際には、内部に存在する毛髪は外部表面へと露出されることは想像に難くありません。

その際、表面積の増加による毛髪の吸湿がタネ状態よりも生じやすくなることから強度の喪失観測されると予測されます

こちらに関してはin vitroにて口腔内を再現した撹拌機併用試験を行っておりまして、有意ハンバーグの強度低下、ならびに分解が見られました。

in vivoでの試験被験者が見つからないため未だ実施できておりませんが、同様の結果が得られるものと我々は推測しております

加えて実際の口腔内では舌による毛髪の掘削が期待されるために、より迅速な分解が起こるものと考えております


やはりハンバーグ食事により嚥下消化されるものですから、口腔内での「理想強度」とは速やかに分解できるものだと認識しております

2018-12-28

クジラを食べるべきではない

人類クジラを食べるべきではない。

ウナギも、マグロもだ。

犬も、兎もだ。

牛も、豚も。乳も、卵もだ。

米も、麦も。野菜も、果物もだ。

人類は飢えて死に数を減らすべきという論か?

否。

人口調整の必要性はさておき、飢えろという意図はない。

では何を食べればいいのか。完全食の普及が望みか。

否。

何も食べなくてよい。

人類は経口で食事をとるフェーズ卒業すべきだ。

平たく言えば点滴だ。

点滴方式による栄養補給へ舵を向け、技術開発すべきだ。

すると、より安価で、平易で、格差のない栄養補給という福祉成る

さらに、消化器の退化が進めば、食事にまつわる様々な疾病も消えよう。

また、食事や排泄に要する時間の減少によっても実質的寿命が伸びる。

人類そもそも嚥下性能を下げてまで、高度な発声をするために咽頭を複雑化させた。

食よりコミュニケーションを優先して進化してきたのだ。

その流れに沿うならば、人類は食から生の喜びを得ている場合ではない。

食は最低限に合理化し、情報共感摂取することで生の喜びを得る方向へ向かうべきだ。

2018-12-18

36才のアラフォー彼氏と別れた

題名の通りだが、胸中を整理しないと仕事が手につかないので、初めてこうやって投稿してみることにした。何も考えずだかだかと打っていく。

敬語は省略させてもらう、何故ならひと様を気遣うリソースが今己には無い。

そして「どっちもどっちだろ」や「こういう所が悪い」や「文章から性格の悪さ感じられるわ(笑)」や「自業自得だな」や「クソどうでもいい」など、芽生えたその素直な感想申し訳ないが嚥下していただけると幸甚である

手負いのアラフォーを傷つけて良い事は何もない。ただそういった言葉を飲み込むと善行を積んだことにはなりますし、優しいぬるま湯みたいな励ましやお言葉をくださると天国に行けます

【別れた理由

些細なすれ違い。もうこれに尽きる。

主なきっかけというか私がもやもやしていたのは、

①問われた事に対して都合が悪い(確認事項含む)とLINEを返してこない、放置

こちから数日待った上で再度聞くしんどさ、お分かり頂けるだろうか)

ドタキャン遅刻について謝らない

特殊仕事なので常に了承、文句を言ったことは無い。労いの言葉もかける)

③何をするにもまず自分要望優先(こちらの都合を聞かない、考えない事が多い)

計画性が無い

(任せた旅行先で、ノープラン気持ちはわかるが飛び込みで宿に泊まりたくない)

などなど。

ちなみにデート時のお店や旅行先のプラン・予約などは、交代で行っていた。

上記の事が溜まりに溜まっていた。

ちなみに「こうしてほしい」という要望は都度伝えていた。

まり言いすぎると、「俺だって忙しいのに」「もう責めるのやめてよ」と拗ねて怒るのでやんわりと言葉に気を付けていた。

【別れの際について】

電話LINEでの話し合い。

電話相手方が無言になる時間が多い為、LINEに移行した。

残念ながら喧嘩別れのような形にはなったが、自分からはもう二度と連絡はしない。

【好きだったところ】

見た目。なかなか無いぐらいにストライクだった。イケメンだと私は思う。

業界が似通っており、彼が仕事が出来る人なのも分かっていた為、尊敬していた。

高収入。持っているものセンスがあり素敵だった。お金に余裕があるので心に余裕もあった。

家庭環境もお互い似ていて、気を遣う所が無く有難かった。

【今の気分】

仕事の合間につい考えてしまう。ついと言うか、考える合間に仕事をしている。

何を考えてしまうかと言うと、「あそこでこう言えば良かった」や「やっぱり私が悪いのでは…」や「あ~~~もうあんな人現れないのに…」など。

この後悔、および反省がぐるぐると脳内を回っては、不安感や焦燥感を煽る。色を付けるなら濃いグレー。

しかもどろっとした粘度があるので、掻き分けても掻き分けても終わりが見えない。

しんどい

辛い。LINEばっかり気にしてしまう。通知切りたい。でも切ったらまたアプリを開いたり閉じたり開いたりしてしまう。

ありがち。本当にありがちすぎるが、自分経験するとなると、また別だ。

すごいな、世の中の失恋した方々はこんな思いを抱えて生きて、克服して次を見つけているのか…?としみじみしてしまう。

ただ、私はこの年齢だ。それも更に心に重苦しく厚い暗雲を乗せる一要素になっている事は、間違いない。この年齢でこのスペック男性と別れて次があると思うか?いや無い、といった対話が常になされており、己のこれから人生を考えて更に心が重くなる。

色恋沙汰において「年齢は関係ない!」という力強い言葉はあるが、それは場合による。

どんな場合かと言うと、年下のイケメンが年上の女性に対して口説く際に使用する場合のみだ。覚えておいてくれて損はない。

話が逸れた。

だけどこうして何も考えずただただ文字にしてアウトプットをしていると、整理出来て有難い。

まり、今の気分は

反省と後悔が凄くてしんどくて辛くて嫌だ

②この年齢でこのスペック男性と別れたらもう次は無い怖さが嫌だ

という二点につきる。

分かったところで、解決方法模索していきたい。

解決方法を考えた結果】

①については、日にち薬しかないのでは??????

②については、もう真正から受け止めて「諦める」という選択肢を受け入れるしかないのでは???

どちらもなかなかきつい気がする。

できるものなのか…でもするしかない。この、LINEを気にする苦しさが永遠と続かない事を祈るし、他に気が逸れることも祈りたい。

まだ好きなのかと問われれば、好きなんだろうけれど、もうあの付き合っている間のしんどさを続ける気は無い。

お願いしても真っ向から言っても自分を変えようとしてもどうにもならなかった。致し方ない。

二年か~~。長いのかな?

旅行の時の楽しさや、プレゼントを選んでサプライズで渡してくれた時の事や、仕事がつらかった時にずっと隣で慰めてくれた時の有難さが、ふっと蘇っては苦しくなる。

でもその度に、言われて傷ついた事や、嫌いになったきっかけを上書きするようにして思い出す。

甘くてふわふわショートケーキ自分コールタールぶっかけ台無しにして、それを眺めながら「仕方ない、これが今の自分には正しかった」と己を懸命に説得している気分だ。

例えが長いな。

とりあえず昨日の今日だし、今日は早く帰って美味しいものを食べよう…

残念ながら食欲はある。

2018-11-22

DPZの『酒を皿に注いでストローですするとダメになる』という記事について

記事URL: https://dailyportalz.jp/kiji/straw-de-sake

内容はタイトルの通り。この方法危険かどうかで、ブックマークコメントTwitterでも意見が飛び交っています



ブコメhttp://b.hatena.ne.jp/entry/s/dailyportalz.jp/kiji/straw-de-sake

おもに気化アルコールの吸引の危険性についてのコメントが多いですが、

「肺から入るの根拠は何でしょうか? 下記の記事医師が『ストローは酔いやすいは迷信』と明言してるので、気分の問題な気が、、! 」

Alc数%の液体を、ストロー空気と混ぜたくらいで瞬間的に気化して肺に入るわけない。水をストローですすっても肺に入ったりしないし、仮に気管に誤嚥しても生理反応で咳き込むから気づく(空気が胃に入る胃膨満はある) 」

など懐疑的意見もあります



ちなみに執筆した松本さんはtwitterでこのような投稿をしています

ストローで吸ったくらいで肺に液体が入るとか、お前らの気管はどんだけザルなんよ。冷えた酒の気化分なんてたかが知れてる。キマるにゃキマるが、そこまでじゃない。

https://twitter.com/keizi666/status/1065225104018235392



以下に、いろいろ雑多に思うことを書いていきたいと思います



酩酊メカニズムについて

これはコメントで言っている人も多いですが、簡単説明します。

急性アルコール中毒ってよく聞きますよね。あれは脳の中枢神経、つまり肺や心臓を動かしている部位にエタノールが浸透して機能が停止することを言います

ですが、飲んだアルコールというのは胃や小腸で吸収され、ほとんど(90%以上)が肝臓で分解されます。ではなぜ酩酊中毒という現象が起こるのか?



細胞膜というのは脂質の膜で覆われているのですが、エタノールはこれを容易に通過してしまうので、皮膚だろうがキンタマだろうが肺だろうがどこからでも吸収されます(この性質を利用してパッチテストは行われます)。そして血管にダイレクトで入るわけですね。こいつは肝臓を経由していないので、多くは分解されずに脳に到達します。

吸収のされやすさにも度合があり、皮膚や食道なんかはいろんな物質や熱をガードしないといけないので、吸収はおだやかです。反対に、直腸や肺なんかは粘膜がむき出しなので、アルコールがぐんぐん吸収されますアントニオ猪木ヤクザに脅されてケツからワイン飲んでぶっ倒れたビデオがあるという都市伝説を聞いたことがありますが、真偽は置いておいて医学的には間違っていません。



で、この「肝臓で分解しきれなかったもの」と「ダイレクトで血管に入ってきたもの」が、酩酊ならびに中枢神経系麻痺をおこすわけです。



エタノールの「適量」と「致死量」の近さ

エタノール向精神薬の中で、適量と致死量がすごく近いんです。血中アルコール濃度が0.05%~0.10%でほろ酔い酩酊レベル、0.20%で記憶がなくなったり前後不覚となり、0.40%で昏睡・死です。

記事で書かれている「ダメになる」「キます」という表現がどのレベルかは分かりませんが、「記憶あいまいなので、後日家で再検証しました。」という一文があるので、だいたい0.20%(泥酔期)のレベルだとしましょう。普段の酔い方が血中アルコール濃度0.05%(微酔期)の状態だとしても、泥酔状態までアルコール濃度のレンジが4倍程度の近さしかないわけです。

ならば、皿に注いだ酒をすするだけで本当にそれだけの変化が起こるのかどうか、という話になってきますね。



ほんとうに気のせい説

これは考慮しなければいけないと思います。「ストローで酒を飲むと酔う」という俗説があるので、それによって認知が変化しているかもしれません。「やっぱストロー酔うじゃん!」って勝手に思い込んでいるかもしれない。記事の中で友達に試してもらったくだりもあるんですが、「こういう飲み方すると凄い酔うんだよ!」と言われると「たしかにそんな気がする」ってなるかもしれませんからね。ただのバイアス説です。



『すする』という行為特殊性

みなさん、そもそも酒って「すすり」ますか?すすらないですよね。

では熱燗やお湯割りを飲む時ってどうでしょう。すする場合もあると思うんですが、そのとき口の中に入った空気は、肺に入っているでしょうか?

これは個人差もあると思いますが、この場合にすすりこんだ空気って、口腔内に滞留しているだけでほとんど肺には入っていないと思いますちょっと台所行ってコップに水を注いで試してみてください。

ですが、吸い込んだ空気を一気に肺に入れるすすり方があります。たとえば蕎麦がそうです。あるいは、アッツアツのお茶をすするときも、いったん空気は肺に入れ、口の中のお茶は後で嚥下しています

たとえばポン酢そばをすするとむせますポン酢が肺に入っていなくても、揮発した酸が肺に入るからです。

じゃあなぜ熱燗やお湯割りの飲み方はそうでないのかというと、ヌルいからです。そこまで空気を通過させて冷まさなくても飲めるからというだけ。

記事にあるような形で「いったん酒が接した空気を大量に肺に入れる」という行為は、普段飲酒ではほとんどやっていないんです。ですからストロー使用しなくても熱々のお茶をすするように(=すすった空気を肺に入れるように)飲めば、同様の効果が得られるかもしれません。



皿に注ぐことで揮発量が増えたのでは

揮発量ってのは当然液体と空気が触れる面積に比例します。酒の注がれたグラスと酒の注がれた皿では、後者の方が絶対的アルコールの揮発量は多いです。

前述の通り、ストローですするとその空気も肺に入りますから普通の酒をストローですするより大量に吸い込んでしま可能性はあるでしょう。

Alc数%の液体を、ストロー空気と混ぜたくらいで瞬間的に気化して肺に入るわけない。水をストローですすっても肺に入ったりしないし、仮に気管に誤嚥しても生理反応で咳き込むから気づく(空気が胃に入る胃膨満はある) 」

というブコメがありましたが、まず先ほども申し上げた通り、アルコールは「皿に注いですする」ということで起きる微々たる気化でも肺から直接血管に入れば酔い方に大きな変化をもたらします(許容量のレンジが狭いんです)。それに誤嚥でなくても吸収はされるんです。



いろいろ申し上げまして、これらの仮説をもとにどれくらい危険度が増すか数値で示すことができれば最高だったのですが、あいくそのような知性を持ち合わせておりませんゆえ、あとははてなの賢い人たちに判断してもらいたい。



「真似しないでください」の一言あってもよかったのでは

最後に余談ですけど、俺はDPZ大好きなんです。この記事も削除せよとは言わない。

大人なんだから、酒との付き合い方くらい自分ではかれ、と思います

ただ、メディアとしては「絶対マネしないでください!」って書いておいた方がいいんじゃないかなと思う。

平坂寛さんの記事で、毒虫自分を刺させたりしてるけど、真似しないようにの注意書きが毎回ある。安易に「これくらい平気!」って書くことの危険性を分かっているんだと思う。

ほんとは平気なんですよ、たぶん。

だけど、「大人なんだから」という話なんです。

大人なんだから、一応「危険からな、これ」って言ってくれよ、と思う。そういう誠実さみたいなものがある人だと思ってたんだけど。

2018-11-15

50歳から筋トレをしない方がいい。骨を鍛えた方がいい。

https://jp.quora.com/50%E6%AD%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AF%E7%AD%8B%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%92%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%E6%96%B9%E3%81%8C%E3%81%84%E3%81%84-%E9%AA%A8%E3%82%92%E9%8D%9B%E3%81%88%E3%81%9F%E6%96%B9%E3%81%8C%E3%81%84

私は、還暦過ぎなので、ぜひ、回答させて下さい。

記事は、読みました。ある程度、正しいと思います

この話は、「スポーツ力学」ではなくて、「老化の問題」として考えてみて下さい。

「骨を鍛える」と言う意味は、骨芽細胞への適度な刺激(適度な衝撃、圧迫)と、姿勢の維持、矯正免疫強化と言う意味です。

いわゆる、筋肉特定部位を鍛えるための筋力トレーニングは、50歳以上はしない方が良いというのは、私の実体験上も、正しい気がします。

高齢でも、若いからスポーツ肉体労働を続けている人は、その筋力の維持と言う観点で、論外としますが。)

実は、私も50歳頃からスポーツ器具を使った筋力トレーニングをしていました。

鉄アレーやら、ウォームレスト等、筋力強化器具を付けてのトレーニングでした。

が、55歳を越えた頃から、それを続けていて、どうも、様々な、痛みや体の不調があるなあと、少しづつ感じはじめていました。

当時は、その不調の原因が判らなかったのと、「死ぬまで筋力をつけるべし」的な神話を信じていたのは確かです。

ところが、その神話が崩れたのは、2つのできごとがあってからでした。

一つ目のできごと。

ある時、パソコンを持って、急いで会社から帰宅中。

階段の途中で、足をよじってしまい、パソコンかばって、腕でそれを支えたまま、倒れてしまい、肩、背、股関節回りの筋をひどく痛めてしまいました。

捻挫した部分や、ぶつけた部分は、一ヶ月ぐらいで治り、その他の部分も痛みが消えたのですが、

しばらく後(数カ月後)、突然、異なる体のあちこちの部位に痛みがでるようになり、酷い時は、座布団に座った状態から、立ち上がるのも苦痛になってしまいました。

その後、整形外科に行ったのですが、そこの高齢医師に言われた原因は、「筋力不足」でした。「え?」って驚きました。

私は、「自分は、普段から筋トレもして、筋力には気を付けていたのですがね」と言うと、高齢医師は、「バカモン。そんな筋トレ、やめてしまえ!」と言います

「なんで?」と思ったのですが。

高齢医師いわく、

自分体重と年齢と体格を正しく見て、不必要筋肉をつけるのはやめるべき、ということでした。

日常生活動作で使わない筋肉ならば、ちょっとトレーニングをやめれば、すぐになくなる。そういう筋力は不要だ。

年寄りは、生活する上で使う、重要筋肉バランス良く鍛えねばならないのであって、スポーツ選手になるのでないなら、日常で使わない無駄な筋力を鍛えたりしてはいけない。

そんな特定の部位の筋力をつけたら、生活必要な体の筋力のバランスが崩れて、転倒した時なんかに、あちこちの細かい筋が切れたり、炎症を起こしたり、一部の弱い筋肉部位に無理なしわ寄せが来て、姿勢まで壊れてしまう。

歳をとった体を、舐めちゃいかん!!

お前は新人から年寄り新人?)、自分が老化した経験がないから、判っとらんのじゃ!!!勉強せい!!

そんなことより、自分姿勢を正し、日常的に内臓を守ったり、危険から避けるための体の中の筋肉とか、嚥下能力とか、目の筋力とか、姿勢を維持するために必要筋肉とかを、バランス良く鍛えるべし!!

筋トレなんかやめて、体操しろ体操を!!

ということで、私は、器具を使った筋トレをやめて、その後、ヨガ毎日30分するようになりましたが、これ、結構、気が付かない、体中の細かい筋力が付くことが判りました。

自分姿勢を維持するために必要な筋力というのは、筋トレでつけるような筋力とは異なるのですね。

これで、私は筋トレを完全にやめ、より有益な(筋力を鍛える)ヨガポーズ研究するようになりました。

2つ目の出来事は、

55歳頃から始めた、散歩での出来事

階段坂道上り下りすると、左や右の膝が痛くなり、2時間散歩すると、腰がバキバキになるのです。

これも、例の、高齢医師相談したら、

「ばかもん。足を見ろ足を」

と言われ、自分の歩く姿勢を見ていて、足先が、左右に大きく開き(がに股歩き)、姿勢が、前のめりになっていました。

「街を歩いている老人を見てみろ、歩けなくなり杖を付いているやつは、大抵、足先が、Vの字になって歩いている。靴底は、両サイドばかり、片減りしているだろう。それが、どんどん進み、腰が回り、いかにも老人という姿勢になる。お前が、膝が痛く、腰が痛いのは、その姿勢で歩いたり走ったりするからだ。長時間散歩はやめろ!!」

調べると、歩く姿勢に関する色んな文献がでていて、

ガニ股や前かがみの姿勢を続けると、姿勢を維持する筋力がどんどん弱くなり、骨も関節も曲がり、膝や腰に無理な負担がかかる。

若い人間は、それでも普通に暮らせるが、高齢者は、負担のかかった所から、老化が一気に進んで、最後は寝たきりだ。とのこと。

ゾッとした私は、以降、散歩時間を半分に短縮し、代わりに、歩き方を矯正し続けるようにしたのです。すると、様々な部分の筋肉が痛みました。

要するに、姿勢矯正して歩くことを維持すると、普段、使っていなかった(本来、使うべき)筋肉部位に負担がかかったのです。

半年ぐらいで、それらの姿勢維持のための筋力が付いてきたようで、痛みはなくなり、膝の痛みも、腰の痛みも、すっかりなくってしまいました!!(ラッキー

やっぱり、歳をとった体を、舐めちゃいかん!!ということです。

今では、散歩中は、瞑想をし、大きなガラスの前を通る時は、自分の歩く姿勢をチェックし、足先ができるだけ平行になるように常に意識して歩くようにしています

1年間ぐらい、歩き方を調整すると、靴の底の片減りがなくなりました。!!!

私の体験からは、確かに、50歳からは「不必要な」「体の筋力のバランスを壊すような」筋トレはしてはいけないということです。

まず、大切なのは、歳をとった自分の体をしっかり観察することです。

死ぬまで働かせ」「死ぬまで走らせ、食わせ、消費させ」、お国企業のお役に立てる人間にし、そして、年金を受け取らずに、早く死なせるための「筋力トレーニング本」なんて、騙しです(年寄りには)、そんなもの読まずに、まずは、徐々に老いていく、自分の体をしっかり、正しく、理解し、労ることです。

なお、減量ダイエットのために筋力を付ける人がいますが、一言言わせて下さい。

あなたは、「減量ダイエットするために食べ、食べるために減量ダイエットをしてやいませんか?」

筋力トレーニングや、運動ダイエットする前に、生活習慣、食習慣を治し、健康に気を付けて下さい。(特に中高年以降の人)

走りまくって汗かいて、麦酒を飲むのは、単なる快楽主義です。

再び、「死ぬまで働き、食って、消費して、早く死ね。」の戦略に乗せられているだけです。「俺は、経済拡大のために金を使って、太く短く生きたいのだ」等と考えているなら、それは自己責任で、それでいいのですが・・・(笑)

2018-08-31

発酵食品を初めに食べた人はすごい

だってさ、納豆とか味噌とか醤油とかヨーグルトとか腐ってんのか何なのかよくわからんものをだよ、口に入れてだよ、嚥下したんだよ

気持ち悪くないはずない。よほど食い詰めていたにせよ勇者だね

2018-05-24

[]5月24日

○朝食:ミックスサンド

○昼食:助六寿司

○夕食:トマト豆腐、卵、納豆キャベツサラダ

○間食:カルビーポテトチップスうすしお味と書かれた袋の中に入っている芋を揚げたようななにかを口に入れて咀嚼して嚥下したことを「体重を気にしているのにポテチを食べる」と呼ぶのであれば、ポテチを食べた

調子

しんどい

仕事はそつなく適当にそれなりにちょいちょいとこなしたけれども、帰ってきてから憂鬱で、頭が痛くて、変な音がずっとしている。

幻聴なのか、近所の工事現場で何かが動いているのかは、よくわからない、気持ち悪い。

イライラして、ポテチを食べた。

甘いのも食べたい。

ポケカ

今日リスト作り。

つうかさ、悪タイプ進化する前のポケモン収集対象にするのはいいけど、

フォルム違いが悪タイプなのも何で収集対象にしちゃったんだろう。

これ発端は、多分メガギャラドスの扱いなんだろうなあ……

うーむ、自分で作ったルール自分で縛られて面倒になるのよくないね

iPhone

コマスター

ジムイベントに参加中。

今日は3勝。

今回は、ヒートロトムが欲しいので割と頑張りたい。

2018-05-02

anond:20180502165628

解説してほしい用語があったらどんどん投げな。

角度おじさんが角度を踏まえた上で解説してやるから

ランダマイザ? これはラムマイザーのことだな。

かつて薬学世界では薬効成分のある薬そのものを紙か何かに載せてそのまま嚥下させるという接種が一般的だったんだけど、それだと薬それ自体がとても苦かったりする場合に飲み辛いという問題があった。

子どもなんかだと吐いたりしてしまったりな。

それに対応して作られたのが、ラムマイザー。今でいうところのカプセル剤のことだな。

カプセル剤は胃で溶けるオブラートのような物質でできている。これ自体には味も何もない。だから口の中に苦味などを残すこともない。

この「カプセルの中に薬を入れる」という発想を、計算機学上のλ(関数のものを示す)に見立てラムダ+マイザー って読んだことからラムマイザー」って言われたのが始まりだわな。

今はそのラムマイザー商標かなんかの関係で使われることはなくなったんだけれども、今でも老人の方等が使っていることはあるな。

どう? 分かった? ランダマイザーのこと。

2017-12-19

経食道心エコー体験談

 当方アラサー男性心臓病持ちで、今年手術を行った。

 一連の心臓検査の中に経食道心エコーという、心臓を食道の裏から見る検査がある。

 何でも心臓は食道と隣接しており、通常の心エコーよりも食道側から見た方が精度の高い診断を得られるため行うようだ。

 しかしこれがなかなか検査中つらい。

 自分もこれを受ける前にネットで探したが患者から視点で詳細を記したブログ等が少ないため、これから検査を受ける人の予習になればと思い以下記載する。

 

検査までの流れ

1.ゼリー状の麻酔を5分程度口に含む。

2.1.のゼリーをはき出し、同じ工程をもう一度繰り返す。

3.医師もしくは技師の方がスプレータイプ麻酔?を口内に噴霧。

4.横になった状態で直径一センチ程度の内視鏡のようなチューブ患者が噛んだマウスピースから挿入する。

 (マウスピース中央には穴が開いている)

5.チューブを使って実際に検査

といったもの上記全て合わせて40~60分程度といったところ。

検査中の体の状態

 チューブ挿入中は吐き気が相当強い。これまで鼻から胃カメラ検査経験したが、個人的にはその2倍程度の気持ち悪さ。

 また口→食道への嚥下自分で行うように促されるが、緊張しているとそれが入らない。

 前述の工程の中で麻酔があるが、個人的にはこれが本当に効いているのか疑わしいレベル

 チューブが一度挿入されてしまえば、その後は多少楽になる。

 ただし、検査技師検査のためチューブ前後する。その感触をのど付近で感じると吐き気が再発してくる。

 チューブが抜かれるのは一瞬なので、その時点での苦しさは少ない。

   

検査後の体の状態 

 食道周辺はほとんど違和感なし。のどに風邪をひいたときのような違和感はあるが、自分場合は5時間程度で引いた。

 また麻酔が効いており器官への異物の混入を防ぐため、食事検査後一時間程度は不可。体全体の倦怠感はほとんどない。

 受ける人を脅す目的で書いたわけではないが実際この検査はつらい。覚悟必要だと感じた。

2017-08-11

大人手足口病で、食べられたもの、楽になったことやもの

ざっくりと症状を。

手の発疹:軽い、ペットボトルの口は痛さのため素手では開けられない。

脚の発疹:歩くと痛い。ブクブクしていて、いつもの靴が履けない。

口の発疹:上下の唇の内側全体に発疹。舌の先や側面にも発疹。かなり痛い。

  

1人暮らしなので、何かあったときに…という不安は常に付きまとっている。

発症からの経緯はこちらに記す。

https://anond.hatelabo.jp/20170811130037

  

  

 

  • その他、楽になったこと
    • 点滴。一生懸命飲んでいても水分不足なんだろうと病院で点滴。今思うと、水分不足もあるけど、状況を理解してくれる人がいるのはうれしい。
    • 下を向いて寝ること。どうせあんまり寝られないので、唇の発疹がつらかったので下を向くと、歯に当たらず寝ることができる。すぐ目覚めてはしまうのだが、起きてもまだ楽。そうじゃなければ唇が歯茎に張り付いて、それはそれでいたい。
    • オンラインチャットできる友達。音声で話せなくとも、話ができるオンラインツールがあって、精神的に助かった。

  

  • つらいこと

  

 

2017-04-21

絵師ウンコ食べる絵を描いてもらえた

いやもう題だけで十分落ちてると思うんだけどね

あのですね、神絵師がいるんですよ、神絵師

その神絵師Pixivホームページいじめテーマにした絵や小説をアップしていて、

その中でも女子高生グループ内のいじめシリーズはなんと2012年から続いているんだけど、

俺はもう事あるごとにWeb拍手とかPixivコメントとかで「ウンコ食べさせましょうよ、ウンコ食糞いっちゃいまっしょい!」と、唆していたんですよ

そしたらね、ついに、ついにですよ、2017年ついに、食糞の絵がアップされたんですよ

「そりゃ興奮するよ、夢姫はすげえ美人やきに」ですよ(なんで突然、海がきこえるというアニメの名台詞で感動を表現したのかは、自分でもようわからんです)

あのですね、俺はもう女性が(自分自身を含む)女性ウンコを食べる絵や小説オナニーするのが大好きなんですよ

もうウンコ食べる姿を見るたびに

「ああ、やっぱり僕は好きなんや、そう感じていた」

なんですよ(いやだから、なんで感動の表現海がきこえるの名台詞なのか、わけがからない)

もうほんと、絵のクオリティキャプション物語クオリティもすんごく高くて、

こらもう三ヶ月ぐらいはオナニーのおかず探す必要がないとふんでるんですよ

「その点、Pixivならアカウントありゃ、スカトロでも食糞でもレズでも、ほいほい抜けるぞ」なんですよ(いやもう、海がきこえるの名台詞で感動を表そうシリーズくどいし、無理やり感がパナイよ)

ただ、ですね

ただ、ですね

ひっとつだけ、ふまんがあるですよ

嚥下してないんっすよ

咀嚼だけじゃ満足できないんですよ

でもね、これはリクエストした僕が悪いんですよ

エロエロいと感じる心はひとそれぞれだから、そんなの言わないと伝わらなくて当然なんだもん

「なんか、席がえとおなじなんよ、小学校の頃は嫌いな子が隣の席になると、絶望して学校に行きとうのうなることあったやんか

世界が狭いき、嫌いな子が側におると、キリキリしたがよね、存外塾とかピアノとか、学校以外の世界があると、嫌いな子の一人や二人、どうでもようなるにね」

ってことなんですよ(もう海がきこえるの名台詞をただただ引用するだけで、なんにもなってないよ、めちゃくちゃだよ)

自分が望む絵を、すんごく上手に描いてくれたんだから、おまけのキャプション嚥下してないことに目を向けて、満足しないとはもったいないよ!

よおおおおおし、たっくさんオナニーするぞー! 1020年先も、この絵でオナニーするぞー!

「すごいなあ、増田10年後、20年後のこと考えちょるがか」って褒めてもいいですよ!(どこにも褒める要素はねえよ、あとなんで最初から最後まで海がきこえるの名台詞を改変引用したがるんだよ、海がきこえるがまるでスカトロアニメみたいじゃないか風評被害!)

2016-08-14

祖母認知症延命

こんな状態で生きるなんていやだ。

うちの祖母86で、15年前くらいからアルツになり、在宅介護を続けていたが6年ほど前から施設で寝たきりになっている。

寝た認知症もかなり進み、もはや身内もわからない。(極まれにわかる瞬間?があるもよう)

私も最低2ヶ月に一回は会いに行くがもう3年くらい前から、その人はもう祖母ではない。

一昨年嚥下ができなくなったりしたが何故か食事ができるように戻ったりもした。最近はもうさすがに食事も流動食。

父が、死なせたくないんだ。

毎日ウィダーインゼリーみたいなもの毎日与えてもらうようにした。

会いに行くと、父がひっきりなしに話しかけたりむりやり起こしたりひて、ゼリーをむりやりのませる。

むりやりやらないと水分補給とかできなくて死んじゃうらしい。

わかる。わかるけど、祖母は嫌がってる。

「うー」とか言うと喋った!と大喜びする父。

飲ませるのに1時間とか掛かる。

いきるって何だろうか。祖母が生きてることで父の支えになってるのはわかるんだけど、祖母自身自我はどうなっているんだ?

私だったらこんな状態で生きながらえたくない。生かされてる。むりやり生かされてる。寝たきりで体も辛いだろうし、意識はあっても認知症からきっと自分が誰か、相手が誰かもわからない。

なんかとっても辛くて会いたくない。

でも父は、暇さえあれば行くし、私も連れて行こうする。

私も毎日働いていて、休日予定がある中でこの一時間プラス移動時間)が惜しい、いま生きて活動している自分へ使いたいと思ってしまう。

でもこんなこと、なんて薄情な人間だろうとも思う。

なんかもう悲しい。

会いに行きたくないし、私としては、これ以上むりに延命させるのはただただ心がいたくなるからいやだ

2016-01-04

もうすぐ父が死ぬ

一年以上悪性リンパ腫との闘病生活を送ってきたが、もはや手当が出来ない状態医師延命治療をしなければ一週間が目処と言われた。

母も自分もそれは拒否したので、今はほぼ生理食塩水のみの点滴で死ぬのを待つばかりの状態である

数日前から意識が混濁したままで、母や子供達が来てもあまり気にしないのだが、若い娘(姪達)が見舞い(ほぼ最後挨拶)に来ると格好を付けようとするのか一瞬シャキッとするのがおもしろい。

また、闘病生活中はとにかく体重が減るのに対抗するため必死で飲み食いしていたので、たまに目の前に食べ物飲み物があると思って落語所作のようなことをする。

もう嚥下能力がほぼ無いので、どんなに苦しそうでも水も飲ませられない。これが辛すぎて自分が父の状態になって喉が渇いて仕方が無い夢を数日見ている。

2015-03-05

脳梗塞

増田の中で脳梗塞になったことある人、いる?

ものすごい睡魔とか来なかった?24時間以上眠ることとかなかった?

2週間くらい、ずっと20時間くらい寝てて、軽い頭痛もしてる。

去年、ものすごいめまいがして方向感覚なくなってベッドから起き上がれなくなったことがあったし、

嚥下おかしい(飲み物をすぐに気管支に入れちゃってげほげほ…)。

手足の麻痺とか無感覚はないけど、怖い。

2014-09-25

精神科慢性期病棟で働いて一年経った(長文)

昨今では忌み嫌われる長文で、たいして面白くもない内容なので誰も読まないだろうが、それでいい。

軽く自己紹介精神科病棟で働きはじめて一年になろうとしている。看護助手契約社員。今年で21歳になった。

一浪して合格した、世間的には難関と認識されている、都内の有名私立大学()を半年で退学して、今の職場に入った。高卒資格なしで将来食っていけるか不安なので、不況でも食いっぱぐれないと聞く、看護師を目指そうと今は考えている。それ以前はコンビニアルバイト日雇い倉庫作業くらいしかしたことがなかった。退学した理由はくだらない。授業に出席せず、単位取得における必須出席率(三分の二)に満たなかったので、留年がほぼ確定していたかである受験当初から志望校などなく、勉強もさほどせず、たまたま合格した大学にとりあえず入ったという塩梅で、絶対に卒業しなければならないという意志もなかった。中流家庭で経済的には比較的恵まれていたので、仮に努力さえすれば(一般的大学生にとってはそれは努力ではなく普通ことなのだろうが)一留したとしても卒業はできたはずである。まったく親不孝な息子である

わたしが働いているのは比較的症状が安定した患者が療養する慢性期病棟である患者の平均年齢は65歳くらいで、ほぼ全員が統合失調症患者である。平均入院年数は約15年である医学的知識に乏しいので統合失調症とは何かといった説明はしないが、約100人に1が罹患するとされている疾患である自分の身近に統合失調症を患った者がいても珍しいことではない。事実、わたしの身内にも罹患者がいる。距離的に頻繁に会うことはできず、ほとんど疎遠である自分と年齢が近いこともあり気にかけている。

病棟で働いていくつか思ったことあるので適当に書き連ねる。

慢性期の開放病棟とは言え、当然ながらそれは院内における開放という意味であって、自由に院外に出られるという意味ではない。あたりまえのことだ。また患者各々の処遇によって、院内開放の認められる患者とそうでないものがいる。前者は全体の三割ほどだろうか。それ以外の患者看護師同伴での外出の外は、ほぼ365日病棟内で過ごすことになる。彼らの生活は異常なほどに規則正しいものになっている。規定時間に起床を促され、看護スタッフ監視(長年にわたる薬の服用がもとで嚥下問題がある患者が多く、誤嚥で窒息する恐れがあるため)のもと朝食を済ませ、その日が入浴日であれば風呂に入るよう半ば強引(彼らは清潔観念が乏しく風呂嫌いが多い)に促され、昼食を食べ、自主参加ではあるが作業療法に参加し、夕食を済ませる。食後は各々に処方された抗精神病薬を服用し、就寝前には看護用語でVDSと呼ばれる就寝前薬を服用し消灯、就寝となる。もちろん彼ら全員がすんなりと眠ってくれるわけではないので、必要に応じて追加薬として眠剤さらに服用させる。それでも睡眠ゼロ時間で朝をむかえる患者もいるが。

規則正しい生活健康を保つ秘訣であるとは言われるが、物事がすべて規則的に進む環境に長く置かれれば、精神的に健康人間でも何らかの精神症状を示すようになるのじゃないかと思う。何事も適度にやることが大切である。仮に自分が彼ら患者と同じ生活をしてみるとなれば、1ヶ月も耐え切れないのではないか。

普通の人から見れば異常な規則生活を強いられているばかりでなく、彼らはプライベート空間を与えられていない。病室は4人1部屋の総室であり、ベッドにはカーテンが備え付けられはいるが、必要とあればスタッフが遠慮無く開けるのでプライバシーの確保としては機能しない。唯一例外として挙げられるとすれば個室トイレであるが、それでも外側から簡単に鍵を開けられる。もちろん理由はある。ここは精神科である患者を1人にするのはリスクが伴う。その最悪のリスク患者病棟内で自殺するというケースだ。自殺するのに銃もロープも包丁必要ない。タオルシーツ1枚で十分である。首を吊る必要もなく頸動脈を絞めれば尻をついた体勢でも逝ける。患者希死念慮の疑いがあれば、保護室と呼ばれる個室で隔離し、常時モニターで観察する。必要であれば拘束帯で手足、体幹を拘束する。それは仕方のないことである個人的にも思う。そのようなことがあれば直ぐに訴訟になり、病院だけでなく医師看護師資格を有していない看護助手裁判にかけられるのである人間が外部との接触なく常に1人きりで長時間過ごすことに耐えられないのは、拘置所などにおけるSolitary Confinementが精神に及ぼす悪影響を鑑みれば明らかであるが、それでも生活の中に1人の時間を設けることは精神の安定にとって非常に重要なことである

一日の中で病棟が最も活気にあふれるのは3時のおやつ時間である患者小学生の小遣いほどの小銭を握りしめて、病院に併設された売店へと向かう。わたしも幼少時代、同じように手汗にまみれた小銭を握りしめ駄菓子屋へ足を運んだ記憶があるが、自分より2回り以上年齢を重ねた彼らが喜びと興奮の面持ちで売店に赴くのである。もちろん離院されては困るのでスタッフ同伴である。なかには1時間も2時間も前から「○○さん、おかし」とこちらが辟易とするほど頻回に訪ねてくる患者もいる。そのたびに「△△さん、時計見てください。今何時ですか?3時まで待ってくださいね」と説明する。しか時間を把握することができないのか、理解に乏しいのか、その後にわたって同じやりとりが何度となく繰り返される。そしておやつ時間が近づくと、患者詰所ナースステーション)に詰めかけて「かいものかいもの」の大合唱がはじまる。入社して形式的研修を終え、病棟で働きはじめた初日、その光景を目の当たりにし、「これはなにごとか、いったい今から何が始まるんだ」と誇張なしで思ったものである。一度に売店へ連れていけるいけるのは、多くて5名である。それに対して2名の看護スタッフが同伴する。離院のリスクが高い患者はマン・ツー・マンで対応しなければならないので、業務の都合上、最後に後回しにしざるをえない。この対応に納得のいかない患者は時としてもの凄い険相でこちらを睨みつけたりもするが、申し訳ないが待って頂く。いざ売店へとたどり着くと、患者菓子の並ぶ棚を物色し、各々お気に入り菓子飲み物十中八九コーラである)を買うのだが、彼らの選択肢はさほど多くはない。金銭的な問題もあるが、誤嚥のリスクが高い菓子類(特にパンや、硬いもの)は遠慮してもらう。病棟へ戻り、スタッフの目の届く範囲のテーブルで購入した菓子を食べるのだが、彼らの食べる、飲むの早さは尋常ではない。これは食事においても同じであるコーラを飲み干す早さは、ハイキングウォーキングQちゃんにも引けをとらないだろう。

余談だがこの病棟にはデイルームに自動販売機が1つ設置されているのだが、患者が選ぶのは常にコーラであるコーラの横に並ぶ水やお茶などを患者が買う場面を見た試しがない。聞くところによるとこの傾向はこの病棟病院)に特異なものではないらしい。特にかくコーラの消費量が半端ではないのである。1日になんども業者コーラの補充に来る。仮に1日のコーラ販売数が最も多い自販機であったとしても驚かないだろう。

ここで少しOT活動作業療法)について触れておきたい。その内容ではなく病院経営観点から見た作業療法である。わたしは不勉強参加者1人あたりの診療報酬がいくらで、具体的に自分の働いてる病棟で月あたりどれほどの利益が出ているのかといったデータは知らないのだが、現状でも結構な額の利益を稼ぎだしているようなのであるしかしそれ自体はなんら問題ではない。病院利益を出さないかぎり存続が危ぶまれるわけであり、それは結果として直接的に患者不利益になるので致し方無いだろう。しか病院経営者としては、さらなる診療報酬の増収を求めて参加者の今まで以上に増やすことを病棟プレッシャーをかけてくる。だが経営観点からのみ作業療法を考えるのは、本末転倒であり、本来の作業療法の意義を見失いやしないだろうか。普段活動意欲の乏しい患者たちの他者交流する機会の場を提供したり、同じことの繰り返しである日常に些細でも刺激や楽しみを見出させ、活動意欲の向上を目指す。わたしは作業療法士ではないので専門的な知識はないが、研修とき作業療法士からそのような目的を聞かされた記憶がある。作業療法は任意参加である。もちろん参加したほうが治療的には望ましいことは間違いないが、患者自身活動に対して主体的にならなければ効果は期待できない。仮に活動に参加しない患者には売店へ行かせない等のやり方で、強制的に参加を促したところで継続しないのは明らかで、それ以前に患者自身の金でおかしを買わせないとなると人権侵害である。ある患者は「おもしろくないから、わたしはいいよ」と参加を断り続けている。確かにプログラムマンネリ化していることは否めない。病院作業療法士仕事に対して不真面目であるからではない。みな限られた予算のなかで真面目に患者のことを思い必死でやっている。要は作業療法で得た診療報酬はどこに還元されているのかという話なのである。言うまでもなく、参加をしぶっている患者に対して毎日声掛けしている現場スタッフには還元されない。それは別にいい。しかしOT部門への予算を増やす給料面で還元するなど多少はできないのだろうかと常々感じている。慢性期病棟ほとんどの患者退院が見込めないため、患者を金づるにし作業療法による診療報酬利益を出そうとう考えなのだろうか。これは完全なる愚痴である

わたしは今まで目的も夢もなく堕落的に生きてきたので、それゆえか「生きがい」だとか「なぜ人は生きなければいけないのか」といった面と向かって口にするのは恥ずかしい問題だが、漠然と考えてきた。

いままでは、どちらかと言えば普遍的命題として考えていたのだが、統合失調症を身内に持つものとして、同じ疾患の患者毎日のように接触を持ち、「彼らに生きがい、あるいは生きる目的があるとすれば、それはなにか」といった具体的な疑問に変遷していった。

ある患者病棟での生活で一番楽しいことはなんですか、と尋ねたところ「(部屋の窓から)道をみること」という答えが返ってきた。わたしから見れば、そんな些細なことが彼女にとって一番楽しいことなである。別の患者は「婚約者結婚して二人で暮らすこと」だと言う。彼には婚約者もいなければ彼女もいない。すべて妄想なのであるしかし誰が「あなたの言ってることは妄想によるものですよ」などと否定できるだろうか。このような閉鎖的な環境で長年生きていれば、自分虚構世界をつくりあげてそれにすがって生きていくしかないのではないかと個人的には思う。

精神疾患に対して偏見を持っている者は多くいるだろう。わたし自身も実際に今の職場で働き始めるまで偏見を持っていただろうし、今も偏見はあるだろう。偏見というものは概して無意識のうちに身体に染み付いているものであって、「わたしは○○に対して偏見はありません」などと平気で言う人々は疑ってかかったほうがいい。自分のなかに偏見があることを自覚し、それを少しでも減らしいくことしか我々にはできない。ちなみに今までこの文章は、一つの精神病院にたった一年しか勤めていない人間が書いたものなので多分にいろいろなバイアスがかかっていることだろう。

(追記)

ここで、わたしは実際のところ統合失調症患者です、つい先日退院しました、と書けば結構釣りになるのだろうが、残念ながらそうではない。

上記の文章を読まれたかたは、鬱屈した患者たちの姿を想像されるかもしれない。彼ら患者たちは、閉鎖的な環境長期間に渡る入院生活を余儀なくされている。憐れむべき現実だろう。病棟に飾られた造花の紅葉では秋の匂いを感じさせてはくれない。夏が過ぎ去った後の秋風の涼しさを感じることもできない。しか患者たちの表情は思いのほか明るく柔和である。無論、ついさっきまでニコニコとしていた患者が、いまにも殴りかからんばかりの表情に急変することは多々あるのだが。概して、彼らは彼らなりに現在環境適応し、楽しみを見つけながら生活している。

彼らは退院することな死ぬまで病院で過ごすことになるのだろうか。慢性期病棟長期間入院する患者退院が難しいことは言うまでもない。特に高齢者となると退院後の受け入れ先が限られてくる。また患者自身退院したいという意欲に乏しいという場合もある。それもそうだろう。入院生活が十数年にも及ぶとなると、社会復帰をためらうのも無理もない。病棟の五十代のある患者精神症状もほとんど見られず、一見して彼が精神障害者であるとは思えない。人当たりの良いハゲのおじさんといった風貌である精神保健福祉士が先頭に立って、退院実現を図ろうと粘り強く退院促進をすすめている。退院後は病院デイケアを利用してもらう計画である。それでも普段多弁である彼は、退院という言葉を聞くとそっぽを向いて耳を貸さない。

ショーシャンクの空に』という映画がある。有名な映画なので観たことのある人も多いだろう。そのなかでモーガン・フリーマン演ずる囚人レッドがこんなことを言う。

「あの塀を見てみろ。はじめは憎らしく見えるだろうが、しだいにそれに慣れ、しまいには依存するようになる」

わたしは退院をしぶる彼を見て、長期入院している精神科患者も似たような心境の変遷をたどるのかもしれないと考えることがある。ホームレスと違い、入院していれば働かなくとも毎日腹を満たすことができる。そのかわり自由制限されるが、ときとして自由は重荷にもなりうるのであるしかし彼は年齢的にまだ中年であり、やりたいことも多々あるだろう。彼が恐怖心を断ち切り、入院生活に終止符を打つことを願っている。ダメだったら戻ってくればいいいのである

精神科で働いてわかったことは、統合失調症という人格存在しないという当たり前の事実である。彼らには統合失調症という共通項があるにしても、性格精神症状も皆異なる。それがこの疾患のおもしろいところと言うと語弊があるかもしれない。しか患者と日々接するのは、うんざりするどころか楽しいである。たまに患者ヤクザ口調で怒声を浴びたり、軽く殴られたりもするが、病気のせいだと考えれば、それも仕事だと思える。頓服薬を服用して落ち着いた患者は、自ら「さっきはごめん」と謝ってくる。わたしは「べつに気にしないでいい」と答えるだけである

最後に、ある六十代の患者さんは「葬式ないよね?」と頻回にスタッフに尋ねる。彼女が「姉さん」と呼んでいる妹さんが死ぬという妄想があるようで、妹の葬式はないかと確認しているのである。とりわけ、わたしに対して尋ねてくる。恐らくはわたしが坊主頭で、彼女に坊さんと呼ばれているからであろう。わたしが実際に坊さんではないことは理解している様で、ある時冗談で、「○○さん(彼女)が死んだら、葬式は僕に任せて下さいね」と言うと、彼女は笑った。ブラックジョーク理解するだけのユーモア精神のある患者さんである

2014-08-22

ALSアイスバケツチャレンジについてもやもやと思うこと

2013年の暮れ頃からアメリカで始まった「ALSアイスバケツチャレンジ」がついに日本にまで押し寄せて、ご覧の通り大流行になっている。

Ice Bucket Challenge - The ALS Association http://www.alsa.org/fight-als/ice-bucket-challenge.html

アイス・バケツ・チャレンジ http://ja.wikipedia.org/wiki/アイス・バケツ・チャレンジ

マー君氷水かぶるチャリティー参加 次に「ももクロ全員」ら指名 http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/08/21/kiji/K20140821008788720.html

氷水チャレンジ」大流行に冷ややかな声 「意味わからん」「強制性が嫌な感じ」… http://www.j-cast.com/2014/08/21213686.html

氷水かぶるALS支援運動モヤモヤしている人が少しスッキリするための図 http://topisyu.hatenablog.com/entry/icebucketchallenge

ネット記事を見ていると、有名企業家スポーツ選手タレントなんかが次々と参加して大盛り上がりな一方で、批判的な意見結構目立っている。「売名だ」「氷水かぶる意味が分からない」「強制的やらせるのがおかしい」「悪ふざけしているだけでALS理解は深まらない」というのが主なものだろうか。「飽きちゃった」というのもある。それに対しては、↑の4つ目のブログでも書かれているようにかなりの額の寄付金が集まったようで、「どんな形でも寄付金が集まったのはいいことだ」という反論がなされている。

ひとまず、仕掛けたALS Associationとしては大成功ということになるだろう。ALS日本語筋萎縮性側索硬化症のことを単に「体が動かなくなる病気」くらいにしか思っていない人も多いかもしれないが、少なくとも今回のキャンペーンで知名度が上がったことは確かだろう。

有名人患者では↑のブログに挙げられたホーキング博士日本人では徳州会病院理事長徳田虎雄氏が有名だろうか。簡単に説明すると、ALSは神経領域の疾患で、有病率は10人弱/10万人。患者の約90%は孤発性で残りは常染色体優性遺伝が指摘されている。症状は、まず指先を使う作業がしにくくなり、躓いたり物の重さを感じることが多くなってきて、発症から1〜2年で筋肉も落ちて腕や脚も使いづらくなり、さらに2年程度で嚥下障害、構音障害(うまく離せない)が出てくる。発症から3〜5年で呼吸筋も動かなくなり、人工呼吸器なしで生きられなくなる。根治療法は今のところ存在せず、進行を遅らせる薬物がある程度で他はリハビリくらいしか手立てがない。人工呼吸器を付けずに死を選ぶ患者さんも多い。先に述べた徳田虎雄氏は、眼の筋肉を使ってだろうか、文字盤を使ってコミュニケーションをとりながら業務を遂行しているという。(Wikipedia徳田虎雄」)

このような難病はもちろん研究に金がかかるわけで、ALS Association も日本ALS協会も寄付金集めに必死になっている。そこで今回の「アイス・バケツ・チャレンジ」を仕掛けて今のところ大成功を収めつつあるわけだが、ネットで言われているような批判もあるし、どうも周りを見てもすっきりしていない人が多いようだ。もやもやと思ったこと、この運動問題点を挙げてみたいと思う。

まず断っておきたい。この記事は「アイス・バケツ・チャレンジ」に参加して氷水をかぶったり、少なくない額を寄付に回したりした個々人の善意を非難する意図は全くない。その寄付金は、ALS Association に寄付されようと日本ALS協会に寄付されようと、ALS患者ALS研究に携わる医療者に役立てられるはずである。その勇気ある善意善行感謝の意を示しておきたい。ありがとうございます

それを差し置いても、今回のキャンペーンにはシステムの上でも、関わった人の心情面でも、そして今後の募金活動に関わる点でも、問題があるように思えてならない。それを述べてみたい。

チェーンメール性を帯びていること

インターネットからこの運動を眺める人の持つ最大の違和感はこれではないだろうか? チェーンメールが(特にインターネット利用者の間で)忌み嫌われてきた歴史を考えると、「指名されたら氷水をかぶって3人を指名」という増殖のさせ方が、ネット民に歓迎されることは考えづらい。寄付氷水といった内容に関係なく、このチェーンメール性だけで違和感を持つ人も少なくないのではないか。

「頭から氷水」は「飽きちゃったので」 「100ドル寄附」を選んだサイバーエージェント藤田社長 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1408/20/news117.html

サイバーエージェント社長は上記のように「指名」をせずに寄附を選んでいるが、インターネットに関わる人間としてチェーンメールのようなものに荷担するのに抵抗があったのではないか、と個人的に感じている。

・半強制的であること、公開制であること

もとから募金活動寄付活動積極的に関わってきた人からすれば、この点は面白くないのではないか。指名された瞬間、その人は「寄附する」か「氷水をかぶった動画を公開する」ことを求められる。いくら強制的でないとはいえ、前の人に動画で指名された以上、何もアクションを起こさなければ「寄附をしない冷酷な人間」か「ギャグに乗れないツマラナイ人」というレッテルが貼られるかもしれない。そうした不安を感じない人はいないだろう。つまるところどちらかの選択肢に決めるしかないのだが、そこに「善意からの寄附」という自由意志ではないものが紛れ込んでしまうことは確かである

また寄附というのは、特に日本では、パブリックに行うものではないという風潮があった。赤い羽根共同募金をはじめとした募金活動に、こっそりとお金を投じた経験を持つ人も少なくないだろうし、Wikipediaジミー・ウェールズの熱意に押されて無名1000円を払った人もいるだろう。これもあくまで心理的な問題だが、「寄附をして善行を積んでいます/運動の手助けとして氷水かぶります」ということを自分から公開することに、そしてそういった人に抵抗を感じているのではないか。

システム問題 --- 善意は枯渇するのではないか

最も大きな問題として考えられているのは、この「公開善行キャンペーンは、関係者善意を枯渇させるのではないか、ということである氷水動画を公開して、少なくない金額を寄附に回せば「善行を積んだ」という気持ちは満たされるし、「善行を積んだ人間」という表示をすることができる。今回の運動で、世界中に「氷水をかぶって多額の寄附をした善人」が大量発生した。それはいいのだが、そう言う人は、そして「少しばかり強制性を感じながらも運動に乗って寄附をした」人は、次に善意からの寄附を求められた時、同じように寄附をするだろうか?私は、個人的には、しないのではないかと思う。「この前寄附したから」でもいいし、「強制的にやらされて不愉快だったから」でもいい、理由はどうあれ、今回の「公開寄附」に参加した人は、これまでのような匿名募金には参加する見込みが下がるのではないか、と思うのである。↑のブログ記事赤い羽根共同募金募金額について触れられているが、今年度、これ以降の他の募金活動がどのような実績を出すか、かなり気になっている。もし今回の運動の結果、日本全体でのその他の活動も合わせた寄付金の額が変わらなかったら、そしてもしくは下がりでもしたら、今回の運動成功だったと言えるだろうか。少なくともALS Association 関係者にとってはそうだろう。しかし、もし「善意の総量はかわらず、使いすぎれば枯渇する」のが正しいとすれば、今回の運動は限りあるパイの配分を変えただけで、無意味である

2014-07-27

小さい頃に苦しめられたいろいろな感覚

視界に入るもの全てが、目にとって刺激が強すぎて、というか情報過多だった。

ポスターの字やプリントの題字も、全てが意味を訴えかけてくる。

耳に入ってくる音もそうだ。人の言葉はどれも、バラバラの文法を使ってつむぐ文章であり、頭の中で適切な漢字変換までする必要がある。

学校先生は、黒板に字を書きながら喋る。私は人の言葉と字として書かれた文章情報を同時に処理することができなかったので、どちらかを捨てる必要があった。

私は黒板の字を選択した。自分ノートに、自分のペースで、書き写す。チョークの色を変えられたら、こっちも色を変える。筆箱の中にはチョークと同じ色のペンが揃っていた。ただ黄色は紙に書くと見えにくいので、蛍光ペンで書いてから鉛筆でなぞっていた。鉛筆で書いてから蛍光ペンを重ねると滲んでしまうのでそうしていた。

たまに、喋るのがメインで、黒板にはキーワードのみを書く先生がいた。そういうとき、私は、キーワードのみをノートに書いた。話はあまり聞いていなかった気がする。

音に関してもそうだった。全てが耳に入る、ここまではいいとして、それを頭が次々に処理しようとする。

たまたま絶対音感を持っていた私は、例えばクラシックのような音楽は聞くに耐えなかった。これは絶対音感を持っていない人には伝わりにくいのだけれど、絶対音感を持っていると、五線譜に載るようなわかりやすい音の場合、それが「ド」「レ」「ミ」といった風に、言葉として頭が処理をする。つまりクラシック音楽を聞いていると、複数の人が同時に別々の言葉を喋っているように聞こえるのだ。

「ファーミーレードー」「ミラソファー」「レドシラソファミレ」「ラファソラーファソラ」「ソシラソドレミ」こんな感じに。もう、全然落ち着かない。

それから、食事に関しての興味が大変に薄かった。というよりも、周囲の食事に対する興味と、自分の食事に対する興味のギャップがひどすぎて、これには大変に苦労した。

まず、給食時間になると、周りの児童たちはとても楽しそうにする。献立を気にして、好きなものを多くとる。楽しそうに話をしながら食べて、おかわりまでする子もいた。

一方私は、「食事をする」という行為がそもそも、例えば注射が苦手な子供にとっての注射のように、その度に緊張して、ドキドキして、というかできれば避けたかった。

何も口にできなかったわけではないけれど、周囲がその食事に盛り上がれば盛り上がるほど、自分の食事に対する嫌悪感のようなものが浮き彫りになって、余計に辛かった。

だって、なんだかよくわからないけど食べ物として扱われているその物体を、あろうことか口の中に突っ込んで、歯で噛み砕き、それぞれの味や食感が口の中いっぱいで、それからここが大変なところなんだけれど、飲み込まなければならない。喉を異物が通るという恐怖。嚥下してしまえば、胃という体内の臓器にそれが収まっていく。気持ち悪い。もうこれを元に戻すには嘔吐するしかない。嘔吐はとても怖い。喉をいわゆる汚物が逆流するのだ。胃にこれが残っている限りはその可能性に怯え続けなければならない。なんでこんなことしなきゃいけないの?

そういう私をよそめに、学校先生は「残さず食べましょう」なんて標語?を掲げたりする。勉強なら、できない子がいても、どうすればいいか教えてくれるのに。体育だって、跳び箱の飛び方とか、鉄棒のつかみ方とか、教えてくれるのに。なんで給食は無条件に「食べれるでしょ?なにさぼってるの?大事なことでしょ?当たり前でしょ?」みたいな顔してくるの。

家では親が「ちゃんと食べなさい」と言う。私は「おなかが痛い」と言って食事を残す。母はがっかりした顔をしたり、呆れた顔をしたりする。結局私の茶碗は、中学に入るまで、幼稚園サイズだったし、よそわれるご飯もその半分だった。

当時、このように言葉にできたかどうかはわからない。でも、今でもあの感覚は覚えているし、こうして文章に書き起こすことができる。というか、今でもその感覚に陥ることがあるのだけれど、場合によってはなんとか自己暗示をかけて回避する、という術を身につけたので、幾分マシである

先日ある人にこういうことをなんとなく語ったら、興味深そうにしていたから、文書化してみた。

2013-10-20

ルマンドうまい

ファミリーパックを何気なく買ったけど、サクッ、ホロッ、フワッ、サッって感じでハマってしまった。

サクッ→最初の食感。

ホロッ→噛んだ直後。

フワッ→口内に広がる甘さ。しつこすぎず、主張しすぎない。

サッ→嚥下直後。しつこい甘さが後を引くようなこともなく、甘いものなのになぜかさっぱりとした後味。

年をとったらこれが好きになる気持ちがわかる。

甘味だけどこのさっぱり感。いいね

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