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2017-04-21

絵師ウンコ食べる絵を描いてもらえた

いやもう題だけで十分落ちてると思うんだけどね

あのですね、神絵師がいるんですよ、神絵師

その神絵師Pixivホームページいじめテーマにした絵や小説をアップしていて、

その中でも女子高生グループ内のいじめシリーズはなんと2012年から続いているんだけど、

俺はもう事あるごとにWeb拍手とかPixivコメントとかで「ウンコ食べさせましょうよ、ウンコ食糞いっちゃいまっしょい!」と、唆していたんですよ

そしたらね、ついに、ついにですよ、2017年ついに、食糞の絵がアップされたんですよ

「そりゃ興奮するよ、夢姫はすげえ美人やきに」ですよ(なんで突然、海がきこえるというアニメの名台詞で感動を表現したのかは、自分でもようわからんです)

あのですね、俺はもう女性が(自分自身を含む)女性ウンコを食べる絵や小説オナニーするのが大好きなんですよ

もうウンコ食べる姿を見るたびに

「ああ、やっぱり僕は好きなんや、そう感じていた」

なんですよ(いやだから、なんで感動の表現海がきこえるの名台詞なのか、わけがからない)

もうほんと、絵のクオリティキャプション物語クオリティもすんごく高くて、

こらもう三ヶ月ぐらいはオナニーのおかず探す必要がないとふんでるんですよ

「その点、Pixivならアカウントありゃ、スカトロでも食糞でもレズでも、ほいほい抜けるぞ」なんですよ(いやもう、海がきこえるの名台詞で感動を表そうシリーズくどいし、無理やり感がパナイよ)

ただ、ですね

ただ、ですね

ひっとつだけ、ふまんがあるですよ

嚥下してないんっすよ

咀嚼だけじゃ満足できないんですよ

でもね、これはリクエストした僕が悪いんですよ

エロエロいと感じる心はひとそれぞれだから、そんなの言わないと伝わらなくて当然なんだもん

「なんか、席がえとおなじなんよ、小学校の頃は嫌いな子が隣の席になると、絶望して学校に行きとうのうなることあったやんか

世界が狭いき、嫌いな子が側におると、キリキリしたがよね、存外塾とかピアノとか、学校以外の世界があると、嫌いな子の一人や二人、どうでもようなるにね」

ってことなんですよ(もう海がきこえるの名台詞をただただ引用するだけで、なんにもなってないよ、めちゃくちゃだよ)

自分が望む絵を、すんごく上手に描いてくれたんだから、おまけのキャプション嚥下してないことに目を向けて、満足しないとはもったいないよ!

よおおおおおし、たっくさんオナニーするぞー! 1020年先も、この絵でオナニーするぞー!

「すごいなあ、増田10年後、20年後のこと考えちょるがか」って褒めてもいいですよ!(どこにも褒める要素はねえよ、あとなんで最初から最後まで海がきこえるの名台詞を改変引用したがるんだよ、海がきこえるがまるでスカトロアニメみたいじゃないか風評被害!)

2017-04-11

食物繊維ダイエットがうまくいった

食物繊維オブラートにくるんで服用した。

嚥下障害おきなかった

よかった。2年位前かな?飲んでる最中オブラート

破けて、大変粉っぽい思いをしたあのトラウマ

いまだに

2016-08-14

祖母認知症延命

こんな状態で生きるなんていやだ。

うちの祖母86で、15年前くらいからアルツになり、在宅介護を続けていたが6年ほど前から施設で寝たきりになっている。

寝た認知症もかなり進み、もはや身内もわからない。(極まれにわかる瞬間?があるもよう)

私も最低2ヶ月に一回は会いに行くがもう3年くらい前から、その人はもう祖母ではない。

一昨年嚥下ができなくなったりしたが何故か食事ができるように戻ったりもした。最近はもうさすがに食事も流動食。

父が、死なせたくないんだ。

毎日ウィダーインゼリーみたいなもの毎日与えてもらうようにした。

会いに行くと、父がひっきりなしに話しかけたりむりやり起こしたりひて、ゼリーをむりやりのませる。

むりやりやらないと水分補給とかできなくて死んじゃうらしい。

わかる。わかるけど、祖母は嫌がってる。

「うー」とか言うと喋った!と大喜びする父。

飲ませるのに1時間とか掛かる。

いきるって何だろうか。祖母が生きてることで父の支えになってるのはわかるんだけど、祖母自身自我はどうなっているんだ?

私だったらこんな状態で生きながらえたくない。生かされてる。むりやり生かされてる。寝たきりで体も辛いだろうし、意識はあっても認知症からきっと自分が誰か、相手が誰かもわからない。

なんかとっても辛くて会いたくない。

でも父は、暇さえあれば行くし、私も連れて行こうする。

私も毎日働いていて、休日予定がある中でこの一時間プラス移動時間)が惜しい、いま生きて活動している自分へ使いたいと思ってしまう。

でもこんなこと、なんて薄情な人間だろうとも思う。

なんかもう悲しい。

会いに行きたくないし、私としては、これ以上むりに延命させるのはただただ心がいたくなるからいやだ

2016-01-04

もうすぐ父が死ぬ

一年以上悪性リンパ腫との闘病生活を送ってきたが、もはや手当が出来ない状態医師延命治療をしなければ一週間が目処と言われた。

母も自分もそれは拒否したので、今はほぼ生理食塩水のみの点滴で死ぬのを待つばかりの状態である

数日前から意識が混濁したままで、母や子供達が来てもあまり気にしないのだが、若い娘(姪達)が見舞い(ほぼ最後挨拶)に来ると格好を付けようとするのか一瞬シャキッとするのがおもしろい。

また、闘病生活中はとにかく体重が減るのに対抗するため必死で飲み食いしていたので、たまに目の前に食べ物飲み物があると思って落語所作のようなことをする。

もう嚥下能力がほぼ無いので、どんなに苦しそうでも水も飲ませられない。これが辛すぎて自分が父の状態になって喉が渇いて仕方が無い夢を数日見ている。

2015-10-12

安倍晋三存在しない

するめ烏賊にして炙った

五臓六腑嚥下した

麻生太郎存在しない

カップラーメンを400円分食わせた

炭山で焼いた

菅義偉存在しない

白神山地に捨てた

アケビとシダに絡ませた

森喜朗存在しない

トライアンドエラーで欠損データになった

池の鯉に食わせた

河村たかし存在しない

猿投温泉で茹でた

廃プラにして中国へ輸出した

2015-03-05

脳梗塞

増田の中で脳梗塞になったことある人、いる?

ものすごい睡魔とか来なかった?24時間以上眠ることとかなかった?

2週間くらい、ずっと20時間くらい寝てて、軽い頭痛もしてる。

去年、ものすごいめまいがして方向感覚なくなってベッドから起き上がれなくなったことがあったし、

嚥下おかしい(飲み物をすぐに気管支に入れちゃってげほげほ…)。

手足の麻痺とか無感覚はないけど、怖い。

2014-09-25

精神科慢性期病棟で働いて一年経った(長文)

昨今では忌み嫌われる長文で、たいして面白くもない内容なので誰も読まないだろうが、それでいい。

軽く自己紹介精神科病棟で働きはじめて一年になろうとしている。看護助手契約社員。今年で21歳になった。

一浪して合格した、世間的には難関と認識されている、都内の有名私立大学()を半年で退学して、今の職場に入った。高卒資格なしで将来食っていけるか不安なので、不況でも食いっぱぐれないと聞く、看護師を目指そうと今は考えている。それ以前はコンビニアルバイト日雇い倉庫作業くらいしかしたことがなかった。退学した理由はくだらない。授業に出席せず、単位取得における必須出席率(三分の二)に満たなかったので、留年がほぼ確定していたかである受験当初から志望校などなく、勉強もさほどせず、たまたま合格した大学にとりあえず入ったという塩梅で、絶対に卒業しなければならないという意志もなかった。中流家庭で経済的には比較的恵まれていたので、仮に努力さえすれば(一般的大学生にとってはそれは努力ではなく普通ことなのだろうが)一留したとしても卒業はできたはずである。まったく親不孝な息子である

わたしが働いているのは比較的症状が安定した患者が療養する慢性期病棟である患者の平均年齢は65歳くらいで、ほぼ全員が統合失調症患者である。平均入院年数は約15年である医学的知識に乏しいので統合失調症とは何かといった説明はしないが、約100人に1が罹患するとされている疾患である自分の身近に統合失調症を患った者がいても珍しいことではない。事実、わたしの身内にも罹患者がいる。距離的に頻繁に会うことはできず、ほとんど疎遠である自分と年齢が近いこともあり気にかけている。

病棟で働いていくつか思ったことあるので適当に書き連ねる。

慢性期の開放病棟とは言え、当然ながらそれは院内における開放という意味であって、自由に院外に出られるという意味ではない。あたりまえのことだ。また患者各々の処遇によって、院内開放の認められる患者とそうでないものがいる。前者は全体の三割ほどだろうか。それ以外の患者看護師同伴での外出の外は、ほぼ365日病棟内で過ごすことになる。彼らの生活は異常なほどに規則正しいものになっている。規定時間に起床を促され、看護スタッフ監視(長年にわたる薬の服用がもとで嚥下問題がある患者が多く、誤嚥で窒息する恐れがあるため)のもと朝食を済ませ、その日が入浴日であれば風呂に入るよう半ば強引(彼らは清潔観念が乏しく風呂嫌いが多い)に促され、昼食を食べ、自主参加ではあるが作業療法に参加し、夕食を済ませる。食後は各々に処方された抗精神病薬を服用し、就寝前には看護用語でVDSと呼ばれる就寝前薬を服用し消灯、就寝となる。もちろん彼ら全員がすんなりと眠ってくれるわけではないので、必要に応じて追加薬として眠剤さらに服用させる。それでも睡眠ゼロ時間で朝をむかえる患者もいるが。

規則正しい生活健康を保つ秘訣であるとは言われるが、物事がすべて規則的に進む環境に長く置かれれば、精神的に健康人間でも何らかの精神症状を示すようになるのじゃないかと思う。何事も適度にやることが大切である。仮に自分が彼ら患者と同じ生活をしてみるとなれば、1ヶ月も耐え切れないのではないか。

普通の人から見れば異常な規則生活を強いられているばかりでなく、彼らはプライベート空間を与えられていない。病室は4人1部屋の総室であり、ベッドにはカーテンが備え付けられはいるが、必要とあればスタッフが遠慮無く開けるのでプライバシーの確保としては機能しない。唯一例外として挙げられるとすれば個室トイレであるが、それでも外側から簡単に鍵を開けられる。もちろん理由はある。ここは精神科である患者を1人にするのはリスクが伴う。その最悪のリスク患者病棟内で自殺するというケースだ。自殺するのに銃もロープも包丁必要ない。タオルシーツ1枚で十分である。首を吊る必要もなく頸動脈を絞めれば尻をついた体勢でも逝ける。患者希死念慮の疑いがあれば、保護室と呼ばれる個室で隔離し、常時モニターで観察する。必要であれば拘束帯で手足、体幹を拘束する。それは仕方のないことである個人的にも思う。そのようなことがあれば直ぐに訴訟になり、病院だけでなく医師看護師資格を有していない看護助手裁判にかけられるのである人間が外部との接触なく常に1人きりで長時間過ごすことに耐えられないのは、拘置所などにおけるSolitary Confinementが精神に及ぼす悪影響を鑑みれば明らかであるが、それでも生活の中に1人の時間を設けることは精神の安定にとって非常に重要なことである

一日の中で病棟が最も活気にあふれるのは3時のおやつ時間である患者小学生の小遣いほどの小銭を握りしめて、病院に併設された売店へと向かう。わたしも幼少時代、同じように手汗にまみれた小銭を握りしめ駄菓子屋へ足を運んだ記憶があるが、自分より2回り以上年齢を重ねた彼らが喜びと興奮の面持ちで売店に赴くのである。もちろん離院されては困るのでスタッフ同伴である。なかには1時間も2時間も前から「○○さん、おかし」とこちらが辟易とするほど頻回に訪ねてくる患者もいる。そのたびに「△△さん、時計見てください。今何時ですか?3時まで待ってくださいね」と説明する。しか時間を把握することができないのか、理解に乏しいのか、その後にわたって同じやりとりが何度となく繰り返される。そしておやつ時間が近づくと、患者詰所ナースステーション)に詰めかけて「かいものかいもの」の大合唱がはじまる。入社して形式的研修を終え、病棟で働きはじめた初日、その光景を目の当たりにし、「これはなにごとか、いったい今から何が始まるんだ」と誇張なしで思ったものである。一度に売店へ連れていけるいけるのは、多くて5名である。それに対して2名の看護スタッフが同伴する。離院のリスクが高い患者はマン・ツー・マンで対応しなければならないので、業務の都合上、最後に後回しにしざるをえない。この対応に納得のいかない患者は時としてもの凄い険相でこちらを睨みつけたりもするが、申し訳ないが待って頂く。いざ売店へとたどり着くと、患者菓子の並ぶ棚を物色し、各々お気に入り菓子飲み物十中八九コーラである)を買うのだが、彼らの選択肢はさほど多くはない。金銭的な問題もあるが、誤嚥のリスクが高い菓子類(特にパンや、硬いもの)は遠慮してもらう。病棟へ戻り、スタッフの目の届く範囲のテーブルで購入した菓子を食べるのだが、彼らの食べる、飲むの早さは尋常ではない。これは食事においても同じであるコーラを飲み干す早さは、ハイキングウォーキングQちゃんにも引けをとらないだろう。

余談だがこの病棟にはデイルームに自動販売機が1つ設置されているのだが、患者が選ぶのは常にコーラであるコーラの横に並ぶ水やお茶などを患者が買う場面を見た試しがない。聞くところによるとこの傾向はこの病棟病院)に特異なものではないらしい。特にかくコーラの消費量が半端ではないのである。1日になんども業者コーラの補充に来る。仮に1日のコーラ販売数が最も多い自販機であったとしても驚かないだろう。

ここで少しOT活動作業療法)について触れておきたい。その内容ではなく病院経営観点から見た作業療法である。わたしは不勉強参加者1人あたりの診療報酬がいくらで、具体的に自分の働いてる病棟で月あたりどれほどの利益が出ているのかといったデータは知らないのだが、現状でも結構な額の利益を稼ぎだしているようなのであるしかしそれ自体はなんら問題ではない。病院利益を出さないかぎり存続が危ぶまれるわけであり、それは結果として直接的に患者不利益になるので致し方無いだろう。しか病院経営者としては、さらなる診療報酬の増収を求めて参加者の今まで以上に増やすことを病棟プレッシャーをかけてくる。だが経営観点からのみ作業療法を考えるのは、本末転倒であり、本来の作業療法の意義を見失いやしないだろうか。普段活動意欲の乏しい患者たちの他者交流する機会の場を提供したり、同じことの繰り返しである日常に些細でも刺激や楽しみを見出させ、活動意欲の向上を目指す。わたしは作業療法士ではないので専門的な知識はないが、研修とき作業療法士からそのような目的を聞かされた記憶がある。作業療法は任意参加である。もちろん参加したほうが治療的には望ましいことは間違いないが、患者自身活動に対して主体的にならなければ効果は期待できない。仮に活動に参加しない患者には売店へ行かせない等のやり方で、強制的に参加を促したところで継続しないのは明らかで、それ以前に患者自身の金でおかしを買わせないとなると人権侵害である。ある患者は「おもしろくないから、わたしはいいよ」と参加を断り続けている。確かにプログラムマンネリ化していることは否めない。病院作業療法士仕事に対して不真面目であるからではない。みな限られた予算のなかで真面目に患者のことを思い必死でやっている。要は作業療法で得た診療報酬はどこに還元されているのかという話なのである。言うまでもなく、参加をしぶっている患者に対して毎日声掛けしている現場スタッフには還元されない。それは別にいい。しかしOT部門への予算を増やす給料面で還元するなど多少はできないのだろうかと常々感じている。慢性期病棟ほとんどの患者退院が見込めないため、患者を金づるにし作業療法による診療報酬利益を出そうとう考えなのだろうか。これは完全なる愚痴である

わたしは今まで目的も夢もなく堕落的に生きてきたので、それゆえか「生きがい」だとか「なぜ人は生きなければいけないのか」といった面と向かって口にするのは恥ずかしい問題だが、漠然と考えてきた。

いままでは、どちらかと言えば普遍的命題として考えていたのだが、統合失調症を身内に持つものとして、同じ疾患の患者毎日のように接触を持ち、「彼らに生きがい、あるいは生きる目的があるとすれば、それはなにか」といった具体的な疑問に変遷していった。

ある患者病棟での生活で一番楽しいことはなんですか、と尋ねたところ「(部屋の窓から)道をみること」という答えが返ってきた。わたしから見れば、そんな些細なことが彼女にとって一番楽しいことなである。別の患者は「婚約者結婚して二人で暮らすこと」だと言う。彼には婚約者もいなければ彼女もいない。すべて妄想なのであるしかし誰が「あなたの言ってることは妄想によるものですよ」などと否定できるだろうか。このような閉鎖的な環境で長年生きていれば、自分虚構世界をつくりあげてそれにすがって生きていくしかないのではないかと個人的には思う。

精神疾患に対して偏見を持っている者は多くいるだろう。わたし自身も実際に今の職場で働き始めるまで偏見を持っていただろうし、今も偏見はあるだろう。偏見というものは概して無意識のうちに身体に染み付いているものであって、「わたしは○○に対して偏見はありません」などと平気で言う人々は疑ってかかったほうがいい。自分のなかに偏見があることを自覚し、それを少しでも減らしいくことしか我々にはできない。ちなみに今までこの文章は、一つの精神病院にたった一年しか勤めていない人間が書いたものなので多分にいろいろなバイアスがかかっていることだろう。

(追記)

ここで、わたしは実際のところ統合失調症患者です、つい先日退院しました、と書けば結構釣りになるのだろうが、残念ながらそうではない。

上記の文章を読まれたかたは、鬱屈した患者たちの姿を想像されるかもしれない。彼ら患者たちは、閉鎖的な環境長期間に渡る入院生活を余儀なくされている。憐れむべき現実だろう。病棟に飾られた造花の紅葉では秋の匂いを感じさせてはくれない。夏が過ぎ去った後の秋風の涼しさを感じることもできない。しか患者たちの表情は思いのほか明るく柔和である。無論、ついさっきまでニコニコとしていた患者が、いまにも殴りかからんばかりの表情に急変することは多々あるのだが。概して、彼らは彼らなりに現在環境適応し、楽しみを見つけながら生活している。

彼らは退院することな死ぬまで病院で過ごすことになるのだろうか。慢性期病棟長期間入院する患者退院が難しいことは言うまでもない。特に高齢者となると退院後の受け入れ先が限られてくる。また患者自身退院したいという意欲に乏しいという場合もある。それもそうだろう。入院生活が十数年にも及ぶとなると、社会復帰をためらうのも無理もない。病棟の五十代のある患者精神症状もほとんど見られず、一見して彼が精神障害者であるとは思えない。人当たりの良いハゲのおじさんといった風貌である精神保健福祉士が先頭に立って、退院実現を図ろうと粘り強く退院促進をすすめている。退院後は病院デイケアを利用してもらう計画である。それでも普段多弁である彼は、退院という言葉を聞くとそっぽを向いて耳を貸さない。

ショーシャンクの空に』という映画がある。有名な映画なので観たことのある人も多いだろう。そのなかでモーガン・フリーマン演ずる囚人レッドがこんなことを言う。

「あの塀を見てみろ。はじめは憎らしく見えるだろうが、しだいにそれに慣れ、しまいには依存するようになる」

わたしは退院をしぶる彼を見て、長期入院している精神科患者も似たような心境の変遷をたどるのかもしれないと考えることがある。ホームレスと違い、入院していれば働かなくとも毎日腹を満たすことができる。そのかわり自由制限されるが、ときとして自由は重荷にもなりうるのであるしかし彼は年齢的にまだ中年であり、やりたいことも多々あるだろう。彼が恐怖心を断ち切り、入院生活に終止符を打つことを願っている。ダメだったら戻ってくればいいいのである

精神科で働いてわかったことは、統合失調症という人格存在しないという当たり前の事実である。彼らには統合失調症という共通項があるにしても、性格精神症状も皆異なる。それがこの疾患のおもしろいところと言うと語弊があるかもしれない。しか患者と日々接するのは、うんざりするどころか楽しいである。たまに患者ヤクザ口調で怒声を浴びたり、軽く殴られたりもするが、病気のせいだと考えれば、それも仕事だと思える。頓服薬を服用して落ち着いた患者は、自ら「さっきはごめん」と謝ってくる。わたしは「べつに気にしないでいい」と答えるだけである

最後に、ある六十代の患者さんは「葬式ないよね?」と頻回にスタッフに尋ねる。彼女が「姉さん」と呼んでいる妹さんが死ぬという妄想があるようで、妹の葬式はないかと確認しているのである。とりわけ、わたしに対して尋ねてくる。恐らくはわたしが坊主頭で、彼女に坊さんと呼ばれているからであろう。わたしが実際に坊さんではないことは理解している様で、ある時冗談で、「○○さん(彼女)が死んだら、葬式は僕に任せて下さいね」と言うと、彼女は笑った。ブラックジョーク理解するだけのユーモア精神のある患者さんである

2014-08-22

ALSアイスバケツチャレンジについてもやもやと思うこと

2013年の暮れ頃からアメリカで始まった「ALSアイスバケツチャレンジ」がついに日本にまで押し寄せて、ご覧の通り大流行になっている。

Ice Bucket Challenge - The ALS Association http://www.alsa.org/fight-als/ice-bucket-challenge.html

アイス・バケツ・チャレンジ http://ja.wikipedia.org/wiki/アイス・バケツ・チャレンジ

マー君氷水かぶるチャリティー参加 次に「ももクロ全員」ら指名 http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/08/21/kiji/K20140821008788720.html

氷水チャレンジ」大流行に冷ややかな声 「意味わからん」「強制性が嫌な感じ」… http://www.j-cast.com/2014/08/21213686.html

氷水かぶるALS支援運動モヤモヤしている人が少しスッキリするための図 http://topisyu.hatenablog.com/entry/icebucketchallenge

ネット記事を見ていると、有名企業家スポーツ選手タレントなんかが次々と参加して大盛り上がりな一方で、批判的な意見結構目立っている。「売名だ」「氷水かぶる意味が分からない」「強制的やらせるのがおかしい」「悪ふざけしているだけでALS理解は深まらない」というのが主なものだろうか。「飽きちゃった」というのもある。それに対しては、↑の4つ目のブログでも書かれているようにかなりの額の寄付金が集まったようで、「どんな形でも寄付金が集まったのはいいことだ」という反論がなされている。

ひとまず、仕掛けたALS Associationとしては大成功ということになるだろう。ALS日本語筋萎縮性側索硬化症のことを単に「体が動かなくなる病気」くらいにしか思っていない人も多いかもしれないが、少なくとも今回のキャンペーンで知名度が上がったことは確かだろう。

有名人患者では↑のブログに挙げられたホーキング博士日本人では徳州会病院理事長徳田虎雄氏が有名だろうか。簡単に説明すると、ALSは神経領域の疾患で、有病率は10人弱/10万人。患者の約90%は孤発性で残りは常染色体優性遺伝が指摘されている。症状は、まず指先を使う作業がしにくくなり、躓いたり物の重さを感じることが多くなってきて、発症から1〜2年で筋肉も落ちて腕や脚も使いづらくなり、さらに2年程度で嚥下障害、構音障害(うまく離せない)が出てくる。発症から3〜5年で呼吸筋も動かなくなり、人工呼吸器なしで生きられなくなる。根治療法は今のところ存在せず、進行を遅らせる薬物がある程度で他はリハビリくらいしか手立てがない。人工呼吸器を付けずに死を選ぶ患者さんも多い。先に述べた徳田虎雄氏は、眼の筋肉を使ってだろうか、文字盤を使ってコミュニケーションをとりながら業務を遂行しているという。(Wikipedia徳田虎雄」)

このような難病はもちろん研究に金がかかるわけで、ALS Association も日本ALS協会も寄付金集めに必死になっている。そこで今回の「アイス・バケツ・チャレンジ」を仕掛けて今のところ大成功を収めつつあるわけだが、ネットで言われているような批判もあるし、どうも周りを見てもすっきりしていない人が多いようだ。もやもやと思ったこと、この運動問題点を挙げてみたいと思う。

まず断っておきたい。この記事は「アイス・バケツ・チャレンジ」に参加して氷水をかぶったり、少なくない額を寄付に回したりした個々人の善意を非難する意図は全くない。その寄付金は、ALS Association に寄付されようと日本ALS協会に寄付されようと、ALS患者ALS研究に携わる医療者に役立てられるはずである。その勇気ある善意善行感謝の意を示しておきたい。ありがとうございます

それを差し置いても、今回のキャンペーンにはシステムの上でも、関わった人の心情面でも、そして今後の募金活動に関わる点でも、問題があるように思えてならない。それを述べてみたい。

チェーンメール性を帯びていること

インターネットからこの運動を眺める人の持つ最大の違和感はこれではないだろうか? チェーンメールが(特にインターネット利用者の間で)忌み嫌われてきた歴史を考えると、「指名されたら氷水をかぶって3人を指名」という増殖のさせ方が、ネット民に歓迎されることは考えづらい。寄付氷水といった内容に関係なく、このチェーンメール性だけで違和感を持つ人も少なくないのではないか。

「頭から氷水」は「飽きちゃったので」 「100ドル寄附」を選んだサイバーエージェント藤田社長 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1408/20/news117.html

サイバーエージェント社長は上記のように「指名」をせずに寄附を選んでいるが、インターネットに関わる人間としてチェーンメールのようなものに荷担するのに抵抗があったのではないか、と個人的に感じている。

・半強制的であること、公開制であること

もとから募金活動寄付活動積極的に関わってきた人からすれば、この点は面白くないのではないか。指名された瞬間、その人は「寄附する」か「氷水をかぶった動画を公開する」ことを求められる。いくら強制的でないとはいえ、前の人に動画で指名された以上、何もアクションを起こさなければ「寄附をしない冷酷な人間」か「ギャグに乗れないツマラナイ人」というレッテルが貼られるかもしれない。そうした不安を感じない人はいないだろう。つまるところどちらかの選択肢に決めるしかないのだが、そこに「善意からの寄附」という自由意志ではないものが紛れ込んでしまうことは確かである

また寄附というのは、特に日本では、パブリックに行うものではないという風潮があった。赤い羽根共同募金をはじめとした募金活動に、こっそりとお金を投じた経験を持つ人も少なくないだろうし、Wikipediaジミー・ウェールズの熱意に押されて無名1000円を払った人もいるだろう。これもあくまで心理的な問題だが、「寄附をして善行を積んでいます/運動の手助けとして氷水かぶります」ということを自分から公開することに、そしてそういった人に抵抗を感じているのではないか。

システム問題 --- 善意は枯渇するのではないか

最も大きな問題として考えられているのは、この「公開善行キャンペーンは、関係者善意を枯渇させるのではないか、ということである氷水動画を公開して、少なくない金額を寄附に回せば「善行を積んだ」という気持ちは満たされるし、「善行を積んだ人間」という表示をすることができる。今回の運動で、世界中に「氷水をかぶって多額の寄附をした善人」が大量発生した。それはいいのだが、そう言う人は、そして「少しばかり強制性を感じながらも運動に乗って寄附をした」人は、次に善意からの寄附を求められた時、同じように寄附をするだろうか?私は、個人的には、しないのではないかと思う。「この前寄附したから」でもいいし、「強制的にやらされて不愉快だったから」でもいい、理由はどうあれ、今回の「公開寄附」に参加した人は、これまでのような匿名募金には参加する見込みが下がるのではないか、と思うのである。↑のブログ記事赤い羽根共同募金募金額について触れられているが、今年度、これ以降の他の募金活動がどのような実績を出すか、かなり気になっている。もし今回の運動の結果、日本全体でのその他の活動も合わせた寄付金の額が変わらなかったら、そしてもしくは下がりでもしたら、今回の運動成功だったと言えるだろうか。少なくともALS Association 関係者にとってはそうだろう。しかし、もし「善意の総量はかわらず、使いすぎれば枯渇する」のが正しいとすれば、今回の運動は限りあるパイの配分を変えただけで、無意味である

2014-07-27

小さい頃に苦しめられたいろいろな感覚

視界に入るもの全てが、目にとって刺激が強すぎて、というか情報過多だった。

ポスターの字やプリントの題字も、全てが意味を訴えかけてくる。

耳に入ってくる音もそうだ。人の言葉はどれも、バラバラの文法を使ってつむぐ文章であり、頭の中で適切な漢字変換までする必要がある。

学校先生は、黒板に字を書きながら喋る。私は人の言葉と字として書かれた文章情報を同時に処理することができなかったので、どちらかを捨てる必要があった。

私は黒板の字を選択した。自分ノートに、自分のペースで、書き写す。チョークの色を変えられたら、こっちも色を変える。筆箱の中にはチョークと同じ色のペンが揃っていた。ただ黄色は紙に書くと見えにくいので、蛍光ペンで書いてから鉛筆でなぞっていた。鉛筆で書いてから蛍光ペンを重ねると滲んでしまうのでそうしていた。

たまに、喋るのがメインで、黒板にはキーワードのみを書く先生がいた。そういうとき、私は、キーワードのみをノートに書いた。話はあまり聞いていなかった気がする。

音に関してもそうだった。全てが耳に入る、ここまではいいとして、それを頭が次々に処理しようとする。

たまたま絶対音感を持っていた私は、例えばクラシックのような音楽は聞くに耐えなかった。これは絶対音感を持っていない人には伝わりにくいのだけれど、絶対音感を持っていると、五線譜に載るようなわかりやすい音の場合、それが「ド」「レ」「ミ」といった風に、言葉として頭が処理をする。つまりクラシック音楽を聞いていると、複数の人が同時に別々の言葉を喋っているように聞こえるのだ。

「ファーミーレードー」「ミラソファー」「レドシラソファミレ」「ラファソラーファソラ」「ソシラソドレミ」こんな感じに。もう、全然落ち着かない。

それから、食事に関しての興味が大変に薄かった。というよりも、周囲の食事に対する興味と、自分の食事に対する興味のギャップがひどすぎて、これには大変に苦労した。

まず、給食時間になると、周りの児童たちはとても楽しそうにする。献立を気にして、好きなものを多くとる。楽しそうに話をしながら食べて、おかわりまでする子もいた。

一方私は、「食事をする」という行為がそもそも、例えば注射が苦手な子供にとっての注射のように、その度に緊張して、ドキドキして、というかできれば避けたかった。

何も口にできなかったわけではないけれど、周囲がその食事に盛り上がれば盛り上がるほど、自分の食事に対する嫌悪感のようなものが浮き彫りになって、余計に辛かった。

だって、なんだかよくわからないけど食べ物として扱われているその物体を、あろうことか口の中に突っ込んで、歯で噛み砕き、それぞれの味や食感が口の中いっぱいで、それからここが大変なところなんだけれど、飲み込まなければならない。喉を異物が通るという恐怖。嚥下してしまえば、胃という体内の臓器にそれが収まっていく。気持ち悪い。もうこれを元に戻すには嘔吐するしかない。嘔吐はとても怖い。喉をいわゆる汚物が逆流するのだ。胃にこれが残っている限りはその可能性に怯え続けなければならない。なんでこんなことしなきゃいけないの?

そういう私をよそめに、学校先生は「残さず食べましょう」なんて標語?を掲げたりする。勉強なら、できない子がいても、どうすればいいか教えてくれるのに。体育だって、跳び箱の飛び方とか、鉄棒のつかみ方とか、教えてくれるのに。なんで給食は無条件に「食べれるでしょ?なにさぼってるの?大事なことでしょ?当たり前でしょ?」みたいな顔してくるの。

家では親が「ちゃんと食べなさい」と言う。私は「おなかが痛い」と言って食事を残す。母はがっかりした顔をしたり、呆れた顔をしたりする。結局私の茶碗は、中学に入るまで、幼稚園サイズだったし、よそわれるご飯もその半分だった。

当時、このように言葉にできたかどうかはわからない。でも、今でもあの感覚は覚えているし、こうして文章に書き起こすことができる。というか、今でもその感覚に陥ることがあるのだけれど、場合によってはなんとか自己暗示をかけて回避する、という術を身につけたので、幾分マシである

先日ある人にこういうことをなんとなく語ったら、興味深そうにしていたから、文書化してみた。

2013-10-20

ルマンドうまい

ファミリーパックを何気なく買ったけど、サクッ、ホロッ、フワッ、サッって感じでハマってしまった。

サクッ→最初の食感。

ホロッ→噛んだ直後。

フワッ→口内に広がる甘さ。しつこすぎず、主張しすぎない。

サッ→嚥下直後。しつこい甘さが後を引くようなこともなく、甘いものなのになぜかさっぱりとした後味。

年をとったらこれが好きになる気持ちがわかる。

甘味だけどこのさっぱり感。いいね

2011-06-29

〜頭の悪いブコメ

hk2mr_hu 社会 サッカーボールを避け転倒→足を骨折認知症になる→食べ物を気管につまらせ死亡。これでどうして死亡責任まで問われるかが理解できない。しかも問われるとしたら少年責任ではなく、学校管理責任だろう。 2011/06/28

から学校管理過失よりもより直接的な原因があるだろうがよ。

frsatti 司法, 事故, 裁判, 不法行為 国賠訴訟かと思いきや、どうしてこうなった。 2011/06/286 clicks

国賠に行くほうが例外。管理過失なんてのは、直接の加害者にゼニが無いとき代替手段だ。

shoji-no 事故, 裁判 高校野球バッターに「打ち方によってはファールボールスタンドの観客に当たることが予想できる」と言ってるようなもの。 2011/06/288 clicks

その場合は観客にファールボールが来ることについて同意がある。楽天砂かぶり席での事故について裁判があった。

mkusunok 風が吹けば桶屋が儲かる的な判決。ちょっと信じ難いのだが。学校管理責任を問わない理由も気になるところ 2011/06/28166 clicks

答えは簡単。原告学校被告にしなかったから。被告でもないのに責任問われたらおかしいだろ。

tdam 桂充弘弁護士の"やや酷な印象"との指摘以上に、老人にはありうる"認知症の症状""誤嚥(ごえん)性肺炎"までサッカー少年責任にするのはいくらなんでも因果関係過大評価だ。控訴審で覆ると信じたい。 2011/06/28

「老人にはありうる」などという一般論で、個別具体的な事件を判断してるなよ。被害者認知症じゃなかったんだから、「この」老人には「ありえ」なかった事故

kubomi 俺みたいにあらぬ方向へボールを蹴る可能性のある奴はもっと人殺しの顔をしろってことですか 2011/06/28

人を殺さないように気をつけろ。

bioweb 普通に学校管理責任じゃないの?なんでちがうの? 2011/06/289 clicks

管理責任のほうが例外的。それと学校被告になってない。

mrkn law, これはひどい "日本の"ではなくて"大阪の"司法が腐ってるんだろう。こういうのは最高裁で覆る気がしているんだが、そうならなければ結局日本司法が腐ってるという事になるね。 2011/06/2850 clicks

なんでいきなり最高裁なのかと思ったら、そうか、「大阪」だから高裁も腐ってるって言ってるのか。だがそうだとしたら、法律審たる最高裁で覆えすのは比較的難しい。

Nou せめて施設の問題やろ。。しかジジイて。。 2011/06/286 clicks

いや、蹴った奴が第一義的な問題だ。

muipla 社会, これはひどい じいさんに向けて蹴ったわけじゃないのに、どうして学校管理責任(ゴールの位置が適正だったとか)問われないんだよ。それに転倒して死亡したのではなく誤嚥性肺炎て…朝日タイトル直せ。 2011/06/286 clicks

道路ボール出すな。学校管理責任原告が問わなかったから。

Tora1014 無罪というわけにはいかないが1500万円なんて払えるのだろうか 2011/06/28

なんだよ「無罪」って。いつ「有罪」になったんだよ。民事と刑事の区別くらいつけろ。さもなきゃ黙れ。

oguogu 848事故, 560判決 判決内容に納得できないのは当然としても、どうして一審判決が出るまで6年も掛かっているのが気になる。事故愛媛なのに裁判大阪というところも。 2011/06/287 clicks

こいつ前にもいなかったか?管轄が気になるなら民訴法読め。管轄についてはかなり手前の位置にあるからすぐ見つかるだろ。

T_Tachibana これはひどい, 司法, 事故 たとえ子供がふざけて蹴り出したとしても校内活動中の事であれば問われるべきは学校側の管理責任では?ちなみに歳をとれば嚥下機能は低下するので認知症でなくても誤嚥性肺炎を起こす可能性は十分ある 2011/06/28

こいつ特に酷いな。もし子どもがふざけて蹴り出したんなら、断じて学校側の管理責任なんかじゃねーよ。なんでも学校のせいにしてんな。てめぇみたいなのが教育を滅ぼすんだよ。

touchmee 事故に合われた方には申し訳ないですが、このケースで子供の親に賠償責任があるというのは無理があるような気がしますけど。 2011/06/287 clicks

んじゃ子ども自身に賠償責任(709条)負わせてみるか?どっちが外道だよ。

kalmalogy これはひどい, 司法, 社会 "足を骨折。その後に認知症の症状が出るようになり"ここの因果関係証明とか無理だろ 2011/06/286 clicks

因果関係」が事実因果関係であれば、そこの因果関係は認めるべき。ひっじょーによくあるケース。

p_shirokuma 娑婆世界 子どもは「管理せよ」という公式見解。こういう判例が出るようだと、ますます子どもは育てづらくなるなー。 2011/06/2827 clicks

いや、子供管理しろよ。つか管理しろってのは100年以上も維持されてきた法的義務だ。

goshi_goshi これはひどい, 社会, 事故, 裁判, 司法, news, ニュース, 生活, education, sports これはどうなんだろう。フリーキック違法性なんて限りなくないと思うんだが… 2011/06/2811 clicks

公道ボールが出る危険を知りながら、何ら対策もせずにボール蹴ってたんだったら違法性あるだろ。

Moodykajigaya 最初少年が蹴ったボールで死亡したのかとおもった。素直に解釈すれば、「若者は余計な事を何もするな」。こんな酷い判決が出てしまう時点で「日本老害天国」と思う/ こういう訴訟こそ裁判員制度使うべき 2011/06/281 click

ばーか。民事に裁判員制度ってキチガイもいいとこ。

idiot-i 小5児童は校庭の中でサッカーをしていたのにこの判決? 2011/06/28

ボールも校庭の中に留まってたら良かったのにな。

tyatya_moon 最悪の想定ですべて動くと何も行動できなくなるんだが・・・本当に地裁とかとんでもない判決下すのが多いけどいらないんじゃないのか?こういう裁判こそ裁判員制度を導入すればいいのに・・・ 2011/06/28

最悪の想定でもいろいろ出来るだろ。お前の最悪の想定は「天が崩れ落ちてきたらどうしよう」ってやつだ。

koega これはひどい プロでも外すフリーキック。小五が一発外しただけで1,500万円の損害賠償。どうやったらこんな判決が出てくるのか。ぜひ最高裁まで戦ってほしい。 2011/06/28129 clicks

プロでも外すから、遊ぶ場所と角度は選べっつー事だよ。

hiroyukiest 裁判 これは酷だな。介護で生活が一変したってのはわかるけど、事故当時80歳前後のじいさんの余生に小5の少年(とその家族)の人生を変えるだけの価値があるのか疑問。まぁただの感情論だけど。 2011/06/284 clicks

あぁ。ただの感情論だ。「生活が一変」の中には介護費用もある。]

tawafu 小学生に大人なみの注意力を要求するとは!高齢者優遇社会(悪い意味で)。これでは、老人を敬う社会にはならないだろう。年長者(裁判官含む)への敬う心は廃れる。年長者だからこそ丸くおさめられないのか? 2011/06/28

大人並みの注意力なんざ要求してない。5年生に必要な注意力を基準にすれば、公道ボール出さないよう気をつけるべき。

linden 社会, 事故, これはこわい これは酷な判決だな。この記事を読む限り、少年よりむしろ学校側の管理責任が問われるべきだろう。 2011/06/287 clicks

むしろとか関係ない。なぜなら裁判所原告の訴えについてのみ判断するから

ahahasasa 87で1500万円って逸失利益の算出方法おかしすぎる・・・ 2011/06/28

逸失利益の算出方法おかしすぎる」と思うなら、なぜ損害額が逸失利益だと思うんだ?

imo758 これはひどい 校庭から飛び出さないようになんて特に子供に対しては大人が監督してもどだい無理。責任社会全体で負うべき。記事からの印象通りなら判決反社会的馬鹿。 2011/06/28

子供」の理解の決めが粗すぎる。「無理」だから放置するのか?何歳まで放置するつもりだ?

tihoujiti 訴訟 なんともいえない判決学校管理責任は問題ないのか、という観点もある気が 2011/06/28

その観点は訴訟では問題になってない。

kk6 「蹴り方によっては道路に出ることを予測できた」これが通るなら球技が行われるであろう校庭をもつ学校という施設を設置した自治体責任を問えちゃうよね 2011/06/289 clicks

自治体責任を問えるからと言って直接の加害者責任を問えなくなるわけではない。

yamasita3 社会 有罪はしょうがない気もするが、1500万か・・・。高齢者が増えてきたら、同じような事件が増えかねないし、なんらかの対策が必要だなあ・・・。 2011/06/286 clicks

有罪じゃねーよ。民事だっつーの。勝手犯罪者にすんな糞が。

filinion これはひどい, 司法, 学校 これは、学校(=市が)両親を全面的に支援して控訴すべき。こんなのが確定したら学校も大変なことになる。 2011/06/28

これは正しい。なぜ「学校も大変なことになる」かというと、両親から求償されるから民訴法上は補助参加を行うことになろう。

yoshi1ym 避けようとしたということは、前方にボールが飛んできたわけ。仮に飛び出してきたのが子供なら避けるのは当たり前、よけれるスピードで当たり前。牽いたら前方不注意じゃないですか?しかも脳の持病って運転に耐える 2011/06/281 click

轢かないで転倒したんだろ。子どもの飛び出しを避けようとして転倒し、子供には全く触れず、それで運転手に損害が発生したら、子供側に賠償責任あるだろ。

REV 後期高齢者の安全を担保した校舎設計学校運営が必要という判決だが、その金の出処が気になる。 2011/06/289 clicks

そんなことどこにも書いてない。せいぜい「子供にはボール公道に出さないようにしつけろ」。

z0rac それを云うなら、自力で立ってられない二輪車に乗ってることが事故を招いたとも云えないか? 2011/06/28

言えないだろ。だいたい二輪車は自走するし。

rz1h931f4c 裁判 そもそも87歳が運転するバイクなんて「事故が起こる危険性を予想できた」だろ。立法行政司法は何をやっとるんだ 2011/06/28

どういう事故だよ具体的に言ってみろよ。今回の事故はその「予見」した事故か?

chintaro3 これで有罪なら、東電はどこまで賠償することになるんだろう。 2011/06/284 clicks

有罪じゃねーよ。

 

つーわけで、頭の悪いブクマが多すぎる。

参考までに一応、基本的な処理を書いておく。

 

まず過失の有無。

行為の良し悪しを判断する能力があれば、故意・過失は認められる。例えば小学生でも人殺しは悪いことだと分かるんだから小学生による殺人には不法行為が成立する(3才児なら成立しないだろう)。で、この行為の良し悪しを判断する能力は、同じ年令でも、行為の種類によって変わってくる。例えば7才児にインサイダー取引の良し悪しを判断する能力はないから、この場合不法行為責任は発生しない。

しかるに「サッカーをする場合ボール公道に出してはいけない」という点については、小学5年生ともなれば判断できる。つまり小学5年生はボール公道に出さないように気をつけて遊ばなければならない。

とすると、そのような注意を怠ったんだから過失は認められるだろう。

 

そしてその過失によって公道に出たボールを避けようとしてバイクの運転手が転倒した。少なくともこの段階についてまでは、因果関係を肯定できる。因果関係をどこまで肯定できるかについては後述する。

そうすると、少なくとも一定の範囲で少年不法行為が成立する。

もっとも、5年生というと、ボール公道に出したことによる(法的)責任についてまでは、判断能力が追いつかないかもしれない。というわけで、子供への優しさを持って、この少年には責任弁識能力(712条)が認められないとする。そうであれば、この少年自身は不法行為に基づく損害賠償責任を負わない。

もっともそのような場合「その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」が賠償責任を負う(714条1項)。すなわち両親だ。行為当時直接に子供監督していたか否かは問題とならない。子供勝手にどっかに行って不法行為を行ったときに、被害者泣き寝入りになっては困るからな。

というわけで、晴れて両親に賠償を命じた判決の正当性が説明できた。

 

ところで少なくないブコメが言う「学校側の管理責任」とやらは何なのか。

普通は、損害賠償請求は直接の加害者に対して行う。しかし、加害者が一私人だと損害賠償に足るだけの金を持ってないかもしれない。そこで、絶対に取りっぱぐれない相手に請求しようと考える。

ここでふと考えてみたときに、もし学校に「管理責任」が認められれば、その管理責任違反因果関係のある損害について賠償請求できる(国家賠償法1条,2条)。

そういうわけで、もし学校側と戦っても勝てそうであれば、より確実に金を回収できる学校を相手取って戦うわけだ。

さて、学校と直接の加害者(少年)のいずれにも損害賠償責任がある場合にはどうなるか。両者は共同不法行為を行ったと言うことができるから、両者の損害賠償責任は不真正連帯債務となる。つまり学校少年側、いずれに対しても、損害の全額を賠償請求できる(2賠の額を請求できるわけではない。一方から全額の支払いを受ければ、債権が消滅して他方には請求できなくなる)。

そして、学校側と少年側の間で、それぞれの責任の割合に応じて、被害者に支払った額について折半される。例えば責任の割合が(少年学校側=6:4)だとして、少年側が全額(10割)を支払ったならば、学校側に、そのうちの4割について少年側に支払うように請求(求償)する。

というわけで、学校側の責任というのはあくまで加害者同士でやり取りする問題に過ぎない。

あと、裁判所は訴えのないことについて勝手に判断してはいけないから、原告少年側だけを被告としているならば、学校管理責任について判断してはならない。

 

で、本件の判決で問題となるのは、むしろその損害賠償の範囲だ。

実務に従えば不法行為と「相当因果関係」のある損害について、賠償責任が認められる。相当因果関係の有無は、簡単にいえば予見可能性で画定される。

公道ボールが出たら車両事故るかもしれない。車両事故れば骨折くらいはするだろう。だから常識の範囲内で考えれば、少なくとも骨折については損害賠償が認められる。問題はその先だ。

骨折から認知症認知症から誤嚥、誤嚥から窒息死という各段階は、少なくとも事実因果関係としては、いずれも肯定しうる。骨折ボケが関係ないと言ってる奴は常識がないだけのこと。

しかし、だからといってそれが過失行為との相当因果関係を肯定しうるような予見可能性のあるものとは、必ずしも言い難いところがある。特に骨折から認知症というプロセスは、被害者が高齢老人であるという被害者側の素因を加味して初めて予見可能であり、そうであれば予見可能性を否定するか、あるいは被害者側の訴因について損害の公平な分担の見地から過失相殺類推するべきだと思う(私見)。もっとも、飛び出したボールによる事故が予見できるならば、その被害者若者だと信じるほうがおかしいとして、高齢者の可能性も予見できる以上、認知症もまた予見可能だと、そういう見解が全く突拍子も無いとまでは言えない。

サッカーボール避け転倒死亡 蹴った少年の親に賠償命令 についた頭

技術系では自分素人だという自覚があってだんまりの人も、なぜか法律系は自分素人だという自覚が無くなるようで。

はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):サッカーボール避け転倒死亡 蹴った少年の親に賠償命令 - 社会

tama_lion 「ボール道路に出て事故が起こる危険性を予想できた」えええーだったらゴール置いた学校責任じゃないの?つーか87歳なんて...いややめとこ 2011/06/2826 clicks

「予想できた」のはサッカーボールを蹴った人。なので責任は一義的にはサッカーボールを蹴った人にある。id:tama_lionは、自分の敷地内で遊んでる人間が他人に怪我を負わせたら、その責任が真っ先に自分に振りかかると思っているんだろうか?

napsucks 87って・・・もう寿命じゃんw 社会的生産性もないし命の残存価値など皆無だろw それに1500万って・・・頭おかしいわ 2011/06/284 clicks 40

1500万円も逸失利益があるわけ無いと思いながら、1500万円が逸失利益だと思っているという。ばーか

solt-nappa ため息, 社会 うかうかサッカーの練習もできないよのなかになるな。イヤダイヤダ。 2011/06/28 18

半分正解。だがうかうかにも程がある。例えば公道を挟んでキャッチボールしたら「うかうか」じゃ済まされない。程度問題であり、遊ぶ側としては公道ボールを出さないべきだろう。

akawi フリーキックホームランしたら人殺し呼ばわりされた挙句1500万? どう考えてもおかしいだろ 2011/06/2816 clicks

「どう考えても」の「どう」は空集合。「フリーキックホームランした」というから悪くないように見えるが、「公道サッカーボールを出したら交通事故が起きた」場合に何も悪く無いと思うのだろうか?

AKIT こういう判決が出るから裁判官常識がない」と言われるんだよな。 2011/06/28 78

判決読んでから言え。

nextworker 普通、こういうとき学校管理責任を訴えると思うんだけど、遺族はどうして少年被告にしたんだろう。少年の両親が金持ってたのかな。 2011/06/28 56

それは「普通」じゃない。少なくとも民法の原則から言えば、責任追及は一義的には過失行為を行った者に対して行う。それが少年であるがために714条で両親に追求したわけだ。過失行為の主体ではない学校管理責任を問うのが寧ろ裏道であり、学校市町村からは取りっぱぐれないからという、まさに金のために殴る相手を広げる例。

しかも「少年被告にし」てもいない。記事を見ろよ。「両親に」支払いを命じたって書いてあるだろうがよ。

こんな何一つ正しくないコメに☆が大量についているのはまさに集合恥。

kiria25 裁判 これはちょっとおかしくない?少年の過失は限りなく0に近いと思うんだが。 2011/06/28

お前は公園で遊ぶとき公道ボールを出すなと教わらなかったのか?

過失はある。そして、「ある」ならば、1だろうが100だろうが、損害賠償責任を負う。被害者に過失がない以上、過失相殺はされない。

toronei news, 社会, soccer, sports これ少年側の責任なの? むしろ学校側の安全責任が問われるべき例じゃないの? これではもう子ども球技なんて親は怖くてさせられないよなあ。 2011/06/28

少年側の責任だろ。少年側に過失がなかったらどうして学校側に責任があるんだよ。

学校側に責任があるとしても、それは少年との共同不法行為ということになるから少年側の損害賠償責任はびた一文免れない。

Kou_RYU 社会, 裁判, ため息 東電原発事故でも助け舟がでるのに、19歳がボールを蹴ったら1500万円支払えと言われる国ニッポン。年寄りを狙って蹴ったわけじゃないんでしょ? 2011/06/28

年寄りを狙ってないから過失が無いと?ってかボール蹴ったの19歳じゃねーよ。19歳だったら両親じゃなくてガキに直接請求だっつーの。

sasurai7 裁判, 事故 裁判を起こすのなら、サッカーやってた少年より、学校の施設管理責任ゴール裏ボール飛び出し防止用のネットを張る必要があったか等)が問われるものでは? 2011/06/28

前述の通り。つーか、加害者より加害者が利用してた施設っていうその発想が馬鹿

kz78 自分ちの庭で壁打ちでもやってたのかと思ったら、校庭でゴールに向かってボール蹴ったのか。それで賠償責任が発生するのはきつくないか。 2011/06/2813 clicks

自分ちの庭と校庭で何が違うんだよ。

ssig33 これ事故と死因全然関係ねえだろ 2011/06/28

相当因果関係の認定は微妙ではある(後述)。が、全然関係なくはないだろ。

Cai0407 これはひどい なんでボール蹴った少年責任が問われるの?学校管理責任のほうが大きいと思うんだが。しかボール避けて転倒→骨折認知症発症→誤嚥性肺炎で死亡→1500万賠償とつなぐのは無理じゃね? 2011/06/2838 clicks

「のほうが大きい」とか言ってる時点で馬鹿。共同不法行為から学校少年の両者が全額の損害賠償責任を負う。つまりどっちが大きいとか関係ない。

mobanama 社会 不幸な事例だが、これ施設管理の問題じゃないのか?なんか色々と狂ってる。 2011/06/28

施設管理「も」問題になりうるに過ぎない。

bbk0524 これはひどい 87歳が街中でバイク乗り回すことの社会的責任は一切問われないのかよ。老人のゴネ得社会だなこの国は。 2011/06/28 67

なんで87歳(86歳だがな)が街中でバイク乗っちゃいけないんだ?

redfox2667 87歳で認知症になったのが子供のせいか? 因果関係が怪し過ぎ。 2011/06/2833 clicks

あとで書こうと思ったが、ここで書いてしまおう。今回の件と関係なく、しゃっきりしてた老人が骨折して歩けなくなった途端に認知症を発症するというのは、かなり頻繁に見られる症例だ。そうすると「認知症になったのは骨折のせい」とは言いうる。そして今回の骨折少年のせいだから事実因果関係は肯定できる。

ただし87歳ともなればもともとボケやすい状態にあったといえる。それゆえ「被害者の素因」によって722条2項の趣旨に照らして損害額を減じたのだろう。記事にそれらしき言及がある。

himomen これ記事だけ見る限り絶対おかしいな、何か報道されない何かが隠れてるんだろうな 2011/06/28

絶対おかしいとまでは言えない。もちろん報道鵜呑みにしない姿勢は良いのだが、存在しない情報を求めるだけでなく、報道意味を正しく咀嚼することも必要だ。

benriman 事故, 社会 この記事だけでは、因果関係おかしい。事故予測できないだろ。 2011/06/28

いやいや、(ボケ→窒息はともかく)事故ぐらいは予測しろよ。公道ボール出したら事故ぐらい起きるわ。「ゴールに向かって蹴ったボールが外れるわけがない」ってか?日本代表になれよ。

hatomaguro これはひどい 転倒→骨折入院認知症進行→誤嚥性肺炎→死亡の流れはよくある話。"学校"側が転倒までの責任を負うなら判るけど。。。 2011/06/28

なぜ加害者をおいて真っ先に学校側になるんだよ。その方がわかんねーよ。

chi-bit これ重いよなぁ。これじゃ外で遊べなくなる可能性があるし、それを言うなら小学校側の責任は? 2011/06/28

前述のとおり。あるとしても共同不法行為

okgwa 酷なようだが、87でバイクに乗るリスク過小評価してた遺族側の過失のほうがよほど大きいと思う。しかしこの判事事故認知症との因果関係をよく認めたなあ。司法常識ではあり得ないという印象。 2011/06/2813 clicks 67

87でバイクに乗ることが「過失」だって?んなわけねーだろ。「司法常識」とかいうんなら参酌できる「過失」の意味を理解しとけよ。

ERnanchan これって、賠償命令ひどくねえ? 少なくとも記事の文面だけからみれば。トンデモ判決かどうかの第三者評価が必要そうな第一印象。 2011/06/28137 clicks

賠償「命令」?少なくともお前に「第三者評価」は無理だな。

pwiser これで1500万円はヒド過ぎで加害者不可抗力学校で練習中にボールが外に出たってことなんだから払うのもどうかと思うわ。それ以前に87歳でバイク運転してた爺さん側が一番落ち度あるから被害者側屑過ぎて笑えない。 2011/06/28

不可抗力意味を調べて出なおせ。1500万円「は」ヒド過ぎっていうんなら1万円なら良いんか?それなら不可抗力じゃねーよな?

つか何で「学校で練習中にボールが外に出たってことなんだから払うのもどうかと思う」んだよ。練習無罪ってか?

spoichi 社会, 司法 せめてワクの中に蹴れという司法からメッセージか。 2011/06/28

ちげーよ。本田だってしまくってんだろーが。「せめて公道ボール出すな」だ。

suyntory_junnama jiken p なんて判決だ!! 少年の行為より、87歳でバイクに乗って出かける行為の方が問われるべき。何故家族バイクに乗る事を止めさせなかったのか、何時か他人を巻き込む事故につながると予測しなかったのか。其方の方 2011/06/2810 clicks

何を「問われる」ってんだよ。他人を巻き込む事故?他人に巻き込まれたんだよ真逆じゃねーか。

shukaido170 asahi, education 子「ママサッカー行ってくる」母「サッカーなんかして誰かに怪我させたら大変だからDSやってなさい!」な世の中になるんだね…。 2011/06/2813 clicks

ボール道路に出さないように気をつけなさい」でいいだろ。

nippondanji さっぱり理解できない。入院生活が認知症に悪影響を及ぼしたのなら病院を訴えるべきだろ。老人が入院したら認知症になるなら誰も入院出来なくなるだろ。 2011/06/28143 clicks

記事を読め。いつから入院したんだ。

ftype パソコンニートになったのでパソコン会社を訴える、オンラインゲーム人生失ったので運営を訴える、2ch人生棒に降ったのでひろゆきを訴えることもできるようになりますか? 2011/06/28 19

ぜんっぜん関係ないじゃん。

BRITAN 極論、校庭から出るのを防げなかった学校の柵が悪いんじゃないの?飛ぶ方向制御なんてプロでないと無理だよw 2011/06/2821 clicks

そう思うんならそんな場所でサッカーするなってことだ。学校が悪くて少年は毫も悪くないってか?ばーか

TakamoriTarou 社会, 事故 訴えるなら子どもじゃ無くてネットを張ってなかった学校側なんじゃないかな。子どもが蹴ると超える事が予想できるような状況なら、学校側がそういう状況を予想できるはずだし回避義務があるような気がする。 2011/06/28

から学校けが悪いのかよ?

rakko74 普通に考えれば学校責任となるはずだが、どうしてこんな判決になるのかよくわからん。 2011/06/28

普通に考えたらボールを蹴った奴の責任。施設管理者はおまけ。

mmsshhrr これはひどい 「蹴り方によっては道路に出ることを予測できた」( ゚д゚)ポカーン 2011/06/2814 clicks

お前は予想できないのか?

hi_kmd これがアリなら傷害事件も殺人事件に出来そうな気がするぞ。 2011/06/28

しねーよばーか。民事だし過失だし、何一つ記事と関係ないだろ。

naga_sawa そもそもボール存在する以上、道路ボールが出る可能性は0にはならない/すなわち、急いで全国の学校・家庭・販売店etcからサッカーボールを撤去しろ!間に合わなくなっても知らんぞー!! 2011/06/28

いや0になるだろ。

You-me 事故, 司法 これはもし事故責任を問うなら、損害の公平な分担を求めるなら両親じゃなく施設管理者じゃないかなぁ/老人の歩けなくなるような事故痴呆の関係は割と認められてたような気がしなくもないけどどーだったろ 2011/06/28

から施設管理者はせいぜい共同不法行為責任被告になってないなら不真正連帯債務から施設管理者なんて出てこない。「損害の公平な分担」「施設管理者」なんて言葉を使ってみても、民法知らないのな。

API 社会, バイク 認知症の老人が普通に死亡しただけちゃうの。 2011/06/28

記事読め。被害者認知症じゃなかった。

ysync 社会, 裁判, これはひどい どんなに厳しく見たって、骨折治療費までだろ… 2011/06/28

「どんなに」は空集合

shinkichi1986 記事まとめ このガキに罪があるわけ無いだろ、しかも当時小学生だぜ?むしろ学校側の不十分な安全対策が原因だな。だいたい運動場ではボールで遊んでる生徒が多いのに学校の囲いの金網って低いんだよなぁ。しかも外は通勤道路。 2011/06/28

お前は自分子どもに、公道ボール出すなと教えないのか?

10歳ともなれば、ボール遊びについて、責任を弁識する能力は書くとしても、事理を弁識する能力はある。

kaeru333 これはひどい, 裁判 裁判官世界がどんな感じで見えてんだろ・・・ それにしても、なぜ遺族は少年を訴えたんだろ。 2011/06/2845 clicks

被告少年じゃなくて両親な。そしてそれは極めて当たり前の話だ。加害者少年なんだから

ze-ki news 色々おかしい。だいたいバイクの87歳男性、足骨折しただけなのになんで認知症と結び付けられてるのか分からん。どういうロジックだよ。 2011/06/2864 clicks

お前は認知症をどれだけ知ってるんだ?前述のとおり、骨折から認知症発症はかなりよくあるパターンだ。

weekly_utaran なぜ学校側の施設管理責任ではないのか、そもそもこの年齢でバイクに乗ることによる事故危険性は?高裁で逆転判決が出て欲しい、そうしないと全国の学校の校庭でサッカー禁止になる 2011/06/28112 clicks

原告少年過失責任を問うたから。問われてないことについて裁判所は答えてはいけない。被告でもないのに急に賠償責任負わせられたらおかしいと思うだろ?

W53SA これはひどい判決は『蹴り方によっては道路に出ることを予測できた』と指摘」裁判官常識のなさに危機感を覚える。学校ではなく親を責める遺族側の発想を是認するのもおかしい。 2011/06/2814 clicks

いや、ボール遊びするとき公道ボール出さないように気をつけるのが「常識」だろ。お前の常識のほうが実害付きで危険だよ。

そして学校ではなく親を責めるのが民法の原則。なんで場所貸してただけで、蹴り出した張本人(の代位責任)を負うのか、そっちの方が例外的な考え方だ。

kumakuma1967 わからん, 児童権利侵害 100%少年責任がないとこの額は出ない気がするが、ボールから死亡まで予期できる裁判長ニュータイプか?事故愛媛なのになぜ大阪地裁田中裁判長名でググる信楽事故トンデモ判決も出てきた。http://goo.gl/AVqzd 2011/06/28

100%じゃなかったって記事に書いてあるだろ。

つーか裁判所の管轄について疑義を呈してる時点でテメーのほうがよっぽどトンデモだよ。管轄は民訴法で細かく定められているが、今回はおそらく不法行為の結果(死亡)発生地だろう。不法行為においてはできるだけ被害者に都合よく管轄を認めるのが民訴法の立場で、その立場はまったくもって正当だ。

as62 民事は、一方の主張に対して他方が否定主張をせずにほっとくと事実認定されてしまから、単に少年側の法廷戦略が下手すぎなだけなような。常識的に負けるわけねえと弁護士つけてなかったとか、あるんじゃないか? 2011/06/28

7年もかかってるのに弁論主義で処理ってのは無いだろ。まして本人訴訟なら求釈明する。

toaruR 少年や両親に過失があるなら、爺さんとその家族にもありそうなもんだけど。せめて、学校のせいだろ……地裁にしても酷い 2011/06/28

なんでそこで「せめて、学校のせい」がボール蹴り出した奴より先に来るんだよ。

X-key こういう事故こそ裁判員制度を使えばいいと思うのだが。 2011/06/28

「使えばいい」って、使えねーだろ。まさか民事に裁判員制度導入しろってか?悪夢もいいとこだ。

iwamototuka 裁判, 事故 そこまで小学生(当時)個人に責任持たせるのかよ。うかつに校庭でサッカーもできないな 2011/06/289 clicks

責任の主体は親、な。

nobuharasawa バイクでこけて死んだのかと思ったら、足を折っただけ。それで1500万円はあり得ん RT@ 2011/06/2810 clicks

「足を折っただけ」なら「1500万円はあり得ん」のに、なんで「足を折っただけ」で「1500万円」の判決が出たと思うんだ?

yukimi1977 これはひどい ボールが原因で死亡事故を起こしたわけじゃないのに。もしそうでも学校の過失で少年じゃない。ぐぐったらこの裁判官、別の判決でも因果関係が?な過失を認めてる。 2011/06/28

少年じゃないって理屈おかしい。過失がなくってボール公道に出るかっつーの。そんなんで責任負わされてたら校庭でボール遊び禁止だろ。

Sophitia 「蹴り方によっては道路に出ることを予想できた」のは、ボールを蹴った本人じゃなくて、そんな環境下で蹴ることを許した学校側の責任でしょ。その辺りを取り違ったおバカ判決。絶対控訴すべき! 2011/06/28

いや、本人だろ。なんで本人が予想できないと思うんだ?

zorio こういうのこそ裁判員制度の対象になって欲しい気がする。 2011/06/2817 clicks

また馬鹿か。

gebonasu30km この理屈で行くと結構な人が東電から賠償金もらえそうだな 2011/06/28

これはその通りで、結構な人が東電から賠償もらえるんだよ。東電のせいで倒産とか自殺とか、ちゃんと賠償請求できるってことをアナウンスしてたらもっと減ってるはず。

daisuk-com *その他, 裁判 どう考えてもこれはひどい。施設管理学校じゃなくて子供側を訴えたのかわからん。 2011/06/2812 clicks

「どう」は空集合。請求先は子供側が通常。

suzuki_kuzilla 東京電力原発放置したせいで就職活動が長引き巨額の交通費支払いと長期にわたって授業を受けられないという損害を受けました。って訴訟する? / asahi.com朝日新聞社):サッカーボール避け転倒死亡 蹴った少年の親 2011/06/28

これはちょっと無理筋かも、と思う。

snowdrop386 司法 おかし判決だ。事故と死因の相当因果関係がなく、さらに学校管理下での行為によるものなのに保護責任を親と安易に決めている点が特におかしい。 2011/06/28

いや、保護責任じゃなくて714だから親なんだろ。子どもの居場所ごとに714の主体が変わるとでも?

Marin_MTB 事故, 裁判, これはひどい これ認めちゃダメでしょう。校外にボールが飛び出さないような校庭をつくるしかないじゃん。 2011/06/2811 clicks

程度問題ではあるが、そういう校庭が普通だろ。ゴールの方向に出口があるわけじゃなければ、出口方向に転がったボールは大して勢いは無く、外に出る前に走って追いつく。

NOV1975 司法 これは検察と弁護側とどっちの質が悪いの?司法と併せて三冠王か? 2011/06/2868 clicks

ちょwwww 検察てwwww 馬鹿すぎる。

hk2mr_hu 社会 サッカーボールを避け転倒→足を骨折認知症になる→食べ物を気管につまらせ死亡。これでどうして死亡責任まで問われるかが理解できない。しかも問われるとしたら少年責任ではなく、学校管理責任だろう。 2011/06/28

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2011-06-03

その事実に気がついたのがあまりにも唐突かつ脈絡の無いことだったので、わたしは心底びっくりした

夜中に一人でテレビを見ていた最中のことだった。マグカップに紅茶を満たして、いやにCMが挟まれるアクション映画を眺めていたわたしは、ふいにわたしという内実が空虚であることを悟った。

それはもう天啓というか、ピンと光り輝く雫が頭の上に垂れてきたような発見であり、驚愕に眼を見張るだとか愕然のあまり硬直してしまうなんていう身体的反応をも許さず、呆れんばかりの正当性でもってわたしの身に降り掛かった。否定することも拒否することも叶わない。ただひたすらに、ああそうなんだ、と納得することしかできなかった。

わたしという人間は、その精神の底に到底見過ごすことのできない黒穴を孕んでいる。穴は、いわば吸引力を持たないブラックホールのようなもので、わたしが見たり聞いたり触れたりして得た感動なり情動をするすると呑みこんでいってしまっている。

思い返せば、わたしは誰かからよく冷めやすい性格をしているよね言われたことが多かった。マグカップをサイドテーブルに置いて記憶の糸を手繰り寄せてみると、出るわ出るわ、級友や部活友達先生サークルの仲間、同僚や上司からも、冷めやすい性格であることを示唆する言葉をたいへん多く頂戴していた。

家族からも頻繁に言われていたくらいだった。ぼんやり映画を眺めながら、わたしはわたしの中にぽっかり開いた黒穴を意識してみる。

膨らみを持った円筒形のわたしの底に、黒い点がちょこんと穿たれているようなイメージ。上の方から注ぎ込まれたたくさんの感情は、円筒形のわたしに認識されながら、やがて黒穴へと近づいていく。ぎゅーっと引き伸ばされるように圧縮されて、底の見えない穴の中へと落ちていく。

なるほど。確かにそういうことになっている。それは紛れもない事実だった。確認はできないけれど、わたしはどうしようもなく確信してしまったのだ。気付かされて、受け止めてしまった。わたしの中にはびっくりするくらい何でも呑み込む黒い穴が存在している。

わたしは、助け出したヒロインを目の前で殺されてしまった主人公をぼんやり見やりながらふと、黒い穴に落っこちた感動や情動はどこへ行ってしまったのだろうなあと思った。わたしの中にある黒穴に落ちたのだから、当然わたしの中にまだ残っていてもいいような気がするのだけれど、なんとなくそれは間違いであるような気がしてならない。

なにせわたしには、受け取ったはずの感動を絶対的に手放してしまっているという実感があったのだ。いや、実感などというあやふやな判断で論じなくてもいい。事実として構造上わたしはそれらのものを汲み取ることができていないのだった。

記憶として、あるいは思い出としてならば、確かに追想することは可能である感傷に浸ることだってできる。身悶えするようなこともいくつかは経験してきたのだから、そう言った記憶を思い返すことなら、わたしにだってきっとできる。たぶん絶対にできる。

でも、追体験だけは絶望的に不可能だ。わたしはその時その時で落ちゆく感動を確かに観測してはいたものの、それがいったいどのような感動なのか、どのような実像を持つ『もの』であるかを、記録すること以外に汲み取ることができなかった。いつどんな時であっても、わたしは落ちゆくものどもについて、実体があるものとして肉体的精神感覚で感じ取ることができなかった。

つまるところ、それらの経験はただただわたしの前を通りすぎていっただけで、最終的に穴に落っこちたのだ。その先のことは全くわからない。どうなってしまったのかなんて今まで考えたこともなかった。

どうしてなのだろう。どうして穴の奥のことがわからないのだろう。考えて、わたしは黒穴の底を覗き込んでみようと意識を傾ける。わたしの中にある黒穴。きっと見つかると信じていた。目の前の画面では派手な爆発が断続的に生じている。誰かが大声で叫び声を上げている。紅茶は半分ほど飲んでしまっていた。結局黒穴の底はちっとも見通せなかった。

不思議なものだ。少し疲れたわたしは眼を閉じて深く息をついた。それからもう一度、不思議なものだと思い直す。わたしの中にあるはずの黒穴は、わたしではないどこかへとその穴をつなげているのである。その精神構造上の不可思議さが奇妙だった。わたしはわたしとして今ここにいるはずなのに、そのわたしの中にわたしではないどこかへとつながる穴が開いている。わたしはわたしであるはずなのに、同時にわたしでない何か、あるいはどこかを内包している。受け皿としてわたしは、決してその穴の行く末を確認できず、ただただ呆然とすることしかできないのである

すごいな。素直に感心した。わたしとわたしの中にあるわたしじゃない黒穴との間に生まれた関係性にひれ伏さんばかりに感心してしまった。不思議なことがあるものだ。三度そう思ってわたしは紅茶をすする。ずるずるずるずると。たいへん美味しく頂く。上手に淹れられたのだ。少なくなっていくのが惜しいくらいだった。空になってからも、寂しい気がして紅茶を吸い込み続けた。どんどんどんどん、吸い込み続けた。するとマグカップが、マグカップを持っていたわたしの手のひらがきゅーっと引き伸ばされて口の中に流れこんできた。音もなくわたしはわたしの身体を呑み込んでいく。するするするすると呑み下していく。右手を、肘を、肩を。喉は一度も嚥下していない。それでも勢い良くずずずと呑みこんで、右胸を下半身を、左脇腹を胃を肺腑を心臓を左腕を両耳を頭蓋を眦を鼻頭を、どんどんと口の中に含んでいく。

ついには口まできゅるるんと吸い込まれて、わたしはわたしの中にあった黒穴になる。黒穴がわたしで、わたしは黒穴の中にありながらまたその中に黒穴を抱いており、何度何度も吸い込み吸い込まれていくことを繰り返している。

わたしという内実は空虚なのだ。

一際大きな爆発音と閃光がテレビから発せられた。はっとして我に返る。いつの間にかマグカップを手にしてぼんやりしてしまっていたようだった。

映画の中で助けだしたヒロインを主人公が抱きしめている。この先彼女は殺されるのだっけ。思ってぼんやり見ていたけれど、結局最後までヒロインは死ぬようなことはなく、悪役は倒されて幸せエンディングを迎えることができた。

チープな物語あんまり面白くなかった、と感想を抱きながら、淹れてから一度も口に付けなかった紅茶を飲もうとマグカップに手を伸ばした

同時にほとんどマグカップが空であることに気がついた。

ほんのりと温もりを宿した陶器の底には、飲み干した紅茶が少しだけ残っていた。

2010-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20100412163809

あー、なんか、俺も昔そうだったかも知れない。

「普段、どうやって飲み込むんだっけ?」ってのを意識し始めると、もう何も飲み込めなくなってしまう。

俺の場合は偶然、嚥下は反射だったんだってのを知ってから、気が楽になった。

いや違うかも・・「他人に音を聞かれる」とか何だとか、そういう事で悩んでたんじゃないから・・

つば恐怖っていうらしい

一度すごい緊張を味わって以来、つばをうまく飲み込めなくなった。

普通なら意識せずスルスル~と喉の奥へ落ちていく(嚥下)ところが、

一度つばを意識してしまうと、口の中に溜まって、下に落ちていかない。

その状態で飲もうとするとゴクッて言う。それが普通に他人に聞こえる。

そのうちつばだけじゃなくて、飲み物や食べ物を飲み込むのも音を立てるようになった。

常にうまく飲めないわけじゃなくて、つばを意識したときだけ。

でも、一度意識するとなかなか抜けなくて、うまく飲み込めなくなる時間は増えるばかり。でも忘れると普通

 

ググったらつば恐怖って言う一種の病気?みたいなものらしい。

しかも、簡単な解決策ないみたい。どのサイト見ても結びは「医者に行け」。

どうしよう。精神科でもらった薬でこれが治るとは思えないよ…。

2009-11-19

介護うつ』という本の特集テレビ番組を見て鬱になった

今、日テレで『介護うつ』という本の特集をやっていた。どうやら清水由貴子さんが介護うつで自殺に追い込まれるまでのことを書いた本らしい。ただ、私はこれを最後まで見ることはなかった。見られなかった。同じくテレビの前には、私達家族介護している母親がいたから。

私の親は数年前から要介護5の状態となり、全く歩けない。動けない。そして喋れない。会話も特殊な道具を使わないと出来ない。ただ、意識ははっきりとしていて痴呆などの症状はないので、食事を食べさせてあげることも出来るし(それも嚥下の都合上苦しくなってきたが)、家族の疎通でだいたいのことがわかる。ただ、本を読む程手を動かすことも出来ないので、一日のうち多くはテレビラジオ新聞を見る(これはめくってあげる)ということになる。故に夜も寝る前の時間車椅子の上で私とテレビを見ていた。

その時に流れた『介護うつ』という本の特集。これを見たとき、非常に嫌な気分になった。何故ならそこにいるのは、その介護うつにさせるかもしれない、そしてそれがどうしようもない人なのだから。

だが、放送は始まり、いかにもな感じて話が進んでゆく。ただ、ここで不自然チャンネルを変えようものなら、本人がもっと気にするのではないかと思い、気まずく話が進んでゆく。私は再現VTRが始まる直前、比較的よく見ている『シルシルミシル』がやっていたのを思い出して、その話を振ってチャンネルを変えた。しゃぶしゃぶ映像が流れていたが、その番組は終わりかけていた。そしてすぽるとチャンネルを変えた。そして今、親を寝かせたところだが、それまで一度気まずくなったのを落ち着かせるために、いつもより寝る時間を遅らせ、15分程特集を見ることになった。そして今も自分は、最初からチャンネルを変えておけば、と後悔している。


このような経験は今までもある。同じように介護の大変さを語るニュースが流れたとき、親と同じ病気ネガティブな単語(死に至る、大変苦労する等)という言葉と共に流された時などだ。故に最近テレビ欄を見て、それ系の特集や感動番組が流れそうになると、警戒してチャンネルを変えることが多い。

もちろん、清水さんの家族を責めるものではない。介護の苦しみは相当わかる。本を出されたのもその認識を広めたいというのも理解出来る。ただ、これが『放送』という、無条件に入ってくるものになると、このような状況になり、苦しむ人もいるということだ。昔、親子でテレビを見ていてアダルトなシーンが流れて気まずい思いをしたという人は多いだろう。あれも考えてみれば望まれない情報が入ってくることで、視聴者に対してマイナスの感情を与えているのだ。そしてこれはこのように気まずいレベルではなく、落ち込ませかねないこともあるのだ。

病気で死んだ人のお涙頂戴番組が流れるというのはよくあることだが、思うにその影で同じ病気であり、現在進行中の人はどのように感じるだろうか。

たしかにこれらの放送がなされてプラスになる面もあるだろう。だからそれらをやめろ、とは言えない(内容にもよって、お涙頂戴だったりしたら否定したくなるが)。ただ、何気なく流れているそれは、誰かを傷つける可能性があるということが知って欲しいと思う。それを知って欲しい。特に『放送』という性質上、それが一番強いテレビラジオにおいては。



世の中には、『情報』を望まない人も、それで傷つく人もいる。

2009-11-12

心も身体も寒いなんていうのとはかけ離れた掌編

重く圧し掛かってくるようなこの頭痛の原因はなんだろうと麗子は考えた。

ああ、先週訪問販売で安く買ったミネラルウォーターを寝る前に飲みすぎたのが悪かったのかもしれないし、深夜一時から午後十時までぐっすりと寝てしまったのがいけなかったのかもしれない。あるいはいやに肌寒い部屋の温度が血流を滞らせているのかもしれないし、どこかで誰かが麗子のことを思って祈祷をしているからなのかもしれなかった。

とにかく、麗子は頭が痛かった。宵闇に沈んだ寝室のベッドに横たわったまま瞼だけをぱちりと持ち上げて、かれこれ十五分ほど、何をするでもなく天井を睨み続けていた。

手を伸ばして、チェスタースタンドに明かりを灯す。突き抜けた眩しさに、思わず目を瞬かせてしまった。細く視界を狭めながら、無遠慮に光を放ち始めたスタンドに舌打ちをする。それから、自らが選んで灯したのだということを思い出した。

幼い頃から持ちえていた性質だったが、最近、麗子にはこれと似たようなことがよく起きている。つまりは、自身で望んだことであったはずなのに、現れた変化に対してどうしようもない苛立ちや不快感を抱いてしまうのだった。

その性質自体に対して、よくないことだとは思っていない。ある期間、そういったことが頻発することはままるのだろうし、人格の性質としてどうしようもなく取り込んでしまっているものなのだ、無理に矯正することよりも受け入れることを麗子は好んでいた。

ただ、折に触れて面倒だなと思うだけだった。朝食の時にバターを塗ったトーストを齧ってからジャムにしたらよかったと後悔したり、職場で休憩がてら自販機からコーヒーを買ってしまってからお茶に擦ればよかったと思い直したり、折角の休日絶望的に寝過ごしてしまってからやっぱり早起きしていればよかったと残念に思うだけのことだったのだ。

あるいは、付き合っていた恋人と別れてしまってから元に戻りたいと思ってしまったりすることも、あげたいくつからの例と同じことなのかもしれない。

ベッドから降りてキッチンへ向かい、お湯を沸かしてコーヒーの準備をする。灯したダイニングの蛍光灯は、やっぱり無遠慮に麗子の目に突き刺さってきて、不快感を募らせる要因となった。小さく舌打ちをして、乱れた髪の毛を更にぐしゃぐしゃと掻き毟る。湯気が音を立てたので、火を止めてインスタントコーヒーを淹れた。

食器棚にもたれかかりながら暑くなったマグカップを唇に近づける。咽喉が嚥下するのと同時に、不味いなと思った。寝起きにブラックなんぞを口にしてしまったのがよくなかったのかもしれない。砂糖を少し加えるとか、ミルクを足しておけばよかった。ずずずと、再び不味いインスタントコーヒーを飲んで麗子はぼんやりと部屋の中に目を向けた。

沈黙したままの液晶テレビが、まっすぐに顔を向けてきていた。下部に取り付けられたラックには、DVDレコーダーが取り付けられている。それから、それなりに揃った次世代ゲーム機とそのソフト。特等席として設けられたソファに腰かけて、二人並んで映画を見たりゲームをするのが楽しかったなと、失われてしまった日々を思った。

そういえば、陸夫はほとんど何も荷物を持っていかなかったなと考えた。停止しきった沈黙の中に、こつこつと時計の針だけが一定のリズムを刻んでいる。ショルダーバッグに数日分の着替えとお気に入り文庫本を数冊、CDも詰め込んで麗子の部屋からいなくなったあの男は、いまなにをしているのだろうか。

同棲などしているつもりはなかった。結果的にそれが同棲と呼ばれる生活になっていただけで、陸夫にも陸夫の帰る場所が他にもあったのだし、言うなれば遊びみたいなものであって、共にこの部屋の中で過ごしていた日々というのは一種のエンターテイメントでもあったわけなのだ。

それが、数日前に終わっただけ。娯楽が消失しただけなのだ。麗子の部屋に持ち込んでいた大半のものを残したまま、陸夫はあの日から戻ってきていない。

考えてみれば、飼っていた猫を持っていかれてしまっていた。半分ほどコーヒーを飲んだまま固まっていた麗子はその事実にはたと気が付くや、なにかとんでもない失態を犯したような嫌な気分を胸のうちに混みあがらせることになって焦った。

捨て猫だったわりには理知的で、とてもおとなしく物分りのいい猫だった。外出することを極度に嫌ったが臆病ではなく、麗子や陸夫のことをいつも気にかけてくれている猫だった。

まだ、麗子が陸夫と知り合う前に拾い、三年くらいふたりだけで過ごしていた。その頃の日々を思い出そうとして――麗子は観念したかのように頭を振った。

こんなことして、なんになるというのだろう。結果論として、陸夫がいなくなり、猫を連れて行った。それだけでいいではないか。

まだマグカップに残っていたコーヒーを流しに捨てて、麗子は申し訳程度につけられた小さなベランダにへと続く窓の前に立った。黒く染まったガラスに手を添える。冷たさに、ぞくぞくと肌が粟立ちそうになった。

どうしてこうなったんだろう。

考えてみたものの、ついに麗子には答えを見つけ出すことができなかった。

頭痛はいつの間にか消えていた。思えば、あの頭痛にしてみてもなくなってみると些か物悲しいような気分になるものだなと、麗子は思った。

2009-10-07

http://anond.hatelabo.jp/20091007214129

嚥下障害とは

http://www.swallow-web.com/engesyougaitowa.htm

嚥下障害の原因

脳卒中後遺症  ・外傷性脳損傷  ・脳性麻痺  ・痴呆  ・パーキンソン病 

 ・ハンチントン病  ・ウィルソン病  ・筋萎縮性側索硬化症  ・多発性硬化症  ・脳腫瘍 

 ・重症筋無力症  ・頭頸部領域ガン  ・薬剤  ・歯牙の喪失等による咀嚼力の低下 

嚥下機能マジ重要

原因は不明だがうまく飲み込めなくて御飯がまずいのなんの

頑張らないと飲み込めない

のどがよく詰まる

老人になると嚥下がうまく出来なくなるらしいが俺まだ二十代

まじ重要嚥下

マンナンライフが訴えられた理由もわかった

まじまじ

これまで食べてたものがまじ飲み込めるものと飲み込めないものに分かれたからまじ

2009-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20090601225722

親父がアルツハイマーで完全寝たきりですが何か?

元気に徘徊してたのは最初の1~2年のみ。最近嚥下もできなくなって経鼻胃管栄養だよ。胃ろうを作るかどうかで悩んでる。

目的がよくわからない釣りだが「アルツハイマーは寝たきりにならない」と信じる人がいるといけないので一応マジレス

2008-12-01

http://anond.hatelabo.jp/20081201020603

修士論文は、後が無くなって必死にゴールテープを探して探して、死にそうなった頃に前に垂らされるものだと私は思っているので、必死に足掻いてくれ。

ちなみに俺は、嚥下障害になって最後のほうは物が飲み込めなくなった。

修士論文もグチャグチャ。でも、世界は地面に片ひざをつきながらも、前を必死に見ないと進めないことを知ったのが一番の宝物だと思ってる。

2008-10-21

今更ながら食品窒息事故のでーた 蒟蒻ゼリーとか

H18年 一年間の消防本部および救命救急センター対象として事故事例 両方の合計データ

もち      168件

パン      90

米(おにぎりも)89

魚介類     62

肉類      60

果物      60

寿司      41

アメ      28

団子      23

粥       22

流動食     21

蒟蒻ゼリー   11

こんにゃく   10

しらたき    4

ゼリー     4

食品による窒息事故に関する研究結果等について より

http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/chissoku/index.html

gigazineの記事でも同じデータのあるけれど、変な抽出ランキング危険度とかイラッと来るのでシンプル

事故はやはり年寄り子供が多く、粥などもあることから嚥下能力の問題が大きいと思った

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