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はてなキーワード: ピカソとは

2019-10-12

anond:20191012201048

結局、そこんところに大衆理解できるようなまともな答えを出したアート関係者はいいからな

アート最先端歴史的に見ても、常に大衆には理解が得られなかった

だが、時代が進んで今では立派なアートと認められている!

これは非常によく聞くアート擁護派の主張で、

まあアート界隈のポリティカルコレクトと言っても良いが、

そもそも、なんで最先端アートを公金で保護してあげないといけないの?

というと誰も答えられない

ついでに、確かにピカソとかゴッホとか発表当時は大衆理解されなかった芸術家はいっぱいいるけど、

その陰には、当時も今も箸にも棒にもかからないからない3流アーティストが山のようにいるわけだが、

そういう人にはお金出してあげなきゃならんのなんで?という問題にも答えられない

アート界隈は結局、いまだにクレメントグリーンバーグ爺さんとかに頼らなきゃ自己弁護もできないバカの集まりで、

大衆理解できないことを隠れ蓑に、公金せしめて遊んでる永遠モラトリアムのガキの集まりなんだよ

anond:20191012195706

何も変わらないよ。

信じてる人にとっては価値があるだけ。

ピカソとかだってわかる人にしかからないだろ。

アートに関するよくある勘違い

表現不自由騒動きっかけなのか、最近アート」に関する勘違いを頻繁に耳にする。

とりあえずポリティカルなことや特定展覧会人物の動向は抜きに、アートに対して人々が抱いている勘違い淡々と正してみる。

文章が読めない人向けに繰り返すが、別に表現不自由展」など特定展覧会作品の是非について語っているわけではなく、人々が抱く「アート芸術」に対する先入観について語っている。


自費でやれ?

基本的に、人間芸術で食っていけないという前提がある。

前史時代から現代に至るまで、金銭作品発表場所など、なんらかの「補助」なしで歴史に刻まれ芸術作品芸術はいない。

「補助」は大まかに分ければパトロン系、政府系に大別されると思う。

パトロン

バッハミケランジェロボッティチェリレオナルド・ダ・ヴィンチ…今も知られる芸術家のほとんどは貴族王族庇護のもとにあった。特に有名なのはメディチ家。かなりの数の美術作品メディチ家庇護のもと、もしくは依頼で作られている。

モーツァルトのようにフリー音楽家に転身した例もあるにはあるが、彼ですら転身後、晩年は困窮していた。それどころか、主な収入源はやはり貴族などに委嘱されて作った楽曲によるものだそうだ。

現代だと、欧米では自らの作品を売り込んでファンドを得る、ほとんどビジネスマンみたいなアーティストが多い。ビシッとしたスーツに身を包み、自らの作品に新たな価値付けをして売り込む姿は、ベンチャー起業家のそれと変わらない。

政府

こちらは王政封建制より後の政治体制下の芸術に対する補助。大まかに分けると、プロパガンダ芸術と、政治思想のない(あるいは薄い)経済的補助がある。

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政治思想とは一定距離を置いた経済的補助で、一番大規模かつ有名なのはアメリカが1930〜40年代に行った「連邦美術計画」だ。ニューディール政策の一環として、政府が数千人から1万人単位アーティストを雇い、パブリックアート制作などをさせるというぶっ飛んだ規模の政策である

因みに「連邦美術計画」の効果は凄まじいもので、その後巨匠と呼ばれることになるようなアーティストを多数輩出し(ポロックベン・シャーンなど)、抽象表現主義などのアメリカ発の芸術運動バンバン興った。

それまでヨーロッパ中心だったアートシーンは、この時代前後を境にアメリカに移ることになった。さらに因むと、未だにアートシーンの中心はアメリカである。その市場規模は、世界アート市場の5割弱を占め、日本円にするとおよそ3~4兆円。しかも年々拡大し続けている(参考までに、日本美術市場は2,000億円強 / 中国は1.5兆円弱)。

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一方、プロパガンダ芸術で有名なのはソ連ナチスなど。政府意向政治思想に沿った作品を、政府が補助して制作させるというもの。作られた作品政府思想を広める宣伝ツールとして使われることが多い。

上述した政治思想とは一定距離を置いた経済的補助とは違い、題材やテーマなどは厳密に決められており、メディチ家などのパトロンの元での芸術活動に少し近いかもしれない。

ただ、これらの政府体制下で作られたプロパガンダ芸術は、今のところ芸術としてはあまり評価はされていない。

あくま個人的見解だが、プロパガンダ芸術はその性質大衆向けにならざるを得なく、どうしても前時代的なものになってしまうのが要因かと思われる。 ※ グラフィックデザインなど、一部評価されている分野もある。

なお、これらの国では、現代アート前衛芸術は「退廃芸術」として弾圧対象となっていたことも言及しておく。弾圧されたアーティストアメリカ渡り祖国に残ったアーティストを横目に名声を得たという例はかなり多い。


政治色をもつ作品芸術ではない ?

上述のようにプロパガンダ芸術にあまり価値が見出されていない現状を考えると、一見正しい意見に思える。

だが「20世紀代表する作品の一つ」とまで言われる、ピカソの「ゲルニカ」をはじめ、政治的なアティテュードを有する芸術作品は意外と多い。

現代であれば例えばバンクシーは思いっき政治的な作品で知られるが、今やアートシーンにはなくてはならない存在だ。

文学音楽映画だって政治的な意味合いが強い作品はたくさんある。

政治色をもつ作品アートじゃない」という言説は、「ジョン・レノンの"イマジン"は政治的なメッセージがあるから音楽じゃない」と言ってるのに等しいのだ。


大衆に受け入れられないもの芸術ではない?

しろ現在享受されている芸術作品で、大衆向けに作られたものはあまり多くはない。

バッハミケランジェロボッティチェリレオナルド・ダ・ヴィンチなどに代表されるような近代以前の巨匠たちは、先述の通り貴族王族むけに作品を作っていた。そもそも一般大衆向けの芸術ではない。

時代大衆向け芸術だと、例えば音楽では吟遊詩人酒場で歌うリュート曲とかがあるが、現代でも聞かれているかといえばNOである。もちろん、歌舞伎ケルト音楽など、現代まで残っている大衆芸術もあるにはあるが、近代以前の大衆芸術ほとんどは淘汰されている。

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現在大衆に受け入れられるアーティストでいえば、おばちゃんが大好きなモネは発表当時ヘタクソだの何だの批判されまくったし、今や知らない者はいないゴッホはご存知の通り作品が1枚も売れないまま精神を病んで死んだ。ストラヴィンスキージョン・ケージなどは、初演で暴動間際になったこだってある。

これらの例から、むしろ後世に残る作品は、同時代に生きた大衆感覚からはかけ離れていたことが分かる。でも、モネは今や企画展花形だし、ストラヴィンスキーバレエ曲の定番だし、ゴッホの絵を見ては「俺の方がうまい」とか宣うおっさん美術館の風物詩だ。どの分野に関してもそうだが、専門性が高くなればなるほど、大衆感覚はあてにならなくなる。自分感覚と相容れない現代美術作品を「こんなの芸術じゃない」と一蹴することは自由だが、それらの作品は100年後にはもしかしたら現代におけるモネのように広く受け入れられているかもしれないのだ。

かつて相対性理論が発表当時「完全に理解できるのは世界で数人しかいない」と言われていたのに、(専攻科にもよるが)現在では大学で習うのと似ている。これまでの価値観をひっくり返すような価値のあるものは、常人には理解できず、時間をかけて少しずつ受け入れられていくものなのだ

グリーンバーグ論文

この問題については、未だ現代美術に大きな影響を与えているグリーンバーグという美術評論家のおっさんが書いた「アヴァンギャルドキッチュ」っていう論文が分かりやすい。

この論文は、日本語訳もされているし、原文はインターネットでも読めるが、大衆感覚芸術作品価値乖離について論じている。要するに、「大衆迎合し消費される美術」と「前衛的な美術」ならば、後者の方が価値があるっていう内容だ。

80年前の論文なのだが、芸術分野では未だに影響力が大きい教科書の一つ。とても短く、すぐ読み終わるので、興味があればぜひ読んでみてほしい。


不快作品公序良俗に反する作品芸術ではない?

作品の題材として「裸の女性」というのは時代を問わずポピュラーだが、19世紀までは神話聖書出来事以外で裸体を描くことは不道徳とされた。端的にいえば、不快であり、公序良俗に反するとされた。

実際、マネによって描かれた「草上の昼食」や、裸体の売春婦を描いたとされる「オランピア」は発表当時大問題になった。「現実女性の裸を描くなんて、淫猥である不道徳まりない!下品メスゴリラを描きやがって!こんなのはアートではない!」というわけだ。

しかし、どちらの作品も今やマネ代表作。オルセー美術館に収蔵されていて、後の時代芸術からオマージュ対象とされるような絵画として扱われている。

一例を取り上げただけだが、時代を問わず同じような現象枚挙に遑がない。


写真みたいに写実的に描けている作品は素晴らしい?

簡単にいえば、写真実用化された時に「じゃあ写真でいいじゃん」ってなった。「写真絵画は違う」という考えに立脚し、ある時点でそれぞれ全く別の路線を歩むことにしたのだ。

で、モネみたいに空気感を描く作家や、セザンヌピカソみたいに多視点的にものを捉えて一枚の絵に表現する作家が登場した。これらの手法写真では(簡単には)表現できない。要は「写真じゃなくて、絵画からこそできる表現」というものが重視されていくようになった。

そして「じゃあ絵画価値ってどこにあるの?本質って何?」って突き詰めていった結果、「絵の具じゃね?」という話になり登場したのがポロックなどの抽象表現主義。「コンセプトじゃね?」という話になり登場したのがコンセプチュアル・アート特に後者現代美術への影響は色濃い。

もちろん、写真のようにリアル作品価値がないわけじゃなく、スーパーリアリズムのような動きもあった。ただ、20世紀以降のほとんどの芸術家は、「写真みたいにリアルであるかどうかとは別の土俵表現をしていることは知っておいてほしい。アーティストにとって「写真みたいリアルですごい」というのは必ずしも褒め言葉ではないのだ。


終わり

分かりやすさを第一に書いたので、表現が正確ではないところもあるし、時代的に前後したり乖離していたりもするが、だいたいこんな感じ。

文章中でも少し触れたが、アメリカ中国欧州比較すると日本美術市場はかなりちっぽけだ。国内アートがよりよく理解され、シーンが活性化することは、大きなマネーが動く「市場」を生み出すことにも繋がる。先述の「連邦美術計画」などは、政府美術に注ぎ込んだ「補助」に対して、「年間3兆円強のマネーが動く市場」という計り知れないくらい大きい対価をもたらした。アートにはそんな力があるし、前衛を受け入れる懐を自ら作り出したからこそ、現在アメリカ立ち位置がある。兆規模の市場から得られる税収は、控えめに言ってもバカにできないはずだ。

アートの受容と活性化は、普段アートに触れない人にも価値がある。少しでもみんなのアートに対する誤解が解けることを願ってやまない。

2019-10-10

anond:20191010194752

いや、ピカソの絵をピカソが描いたことを伏せて売りに出したとき、そこに何億もの価値が認められると本当に思うのか?

2019-10-01

前衛芸術に国が補助金を出す意味ってあるの?

商業的に成立しなくなった伝統工芸継承・保存するために補助金を出すのはまだわかる。そういうのは国が補助金さないとロストテクノロジーになってしまう。

でも前衛芸術補助金出してまで保護する必要ってあるのか? 今は商業的に評価されなくても芸術的な価値が高いものが、補助金受けてる展示の中にあるのか?

ゴッホピカソが国から補助金貰ってたとは思えないし、そこまでいかなくても岡本太郎草間彌生補助金で食いつないでた時代があるとも思えない。

市場で高く評価されて高価なアート公立美術館が買い付けるために補助金を出そう」という話ならわかるけど、「作家を食わせるために補助金を出そう」という話はさっぱり理解できない。

2019-09-26

キュビズム写実的って両立できないの?

視点っていうのはわかるんだけど

視点になるついでになんかデフォルメされてない?

 

ピカソに対して「子供落書きみたい」っていうのは

キュビズムからじゃなくてデフォルメ部分でそう言ってるんだと思うんだが

なんかそれに対する反論が「キュビズムから」なんだよなあ

2019-09-15

ヨーロッパ旅の記録とオススメ

イギリス

ロンドン:ベタだが名所多数。ビッグベン、バッキンガム、セントポールウエストミンスターロンドン塔、タワーブリッジ、大英、ナショナルハロッズ等々。

マンチェスター:何もねえ

リバプール:何もねえ

カーディフ:何もねえ

エディンバラ:何もねえ

グラスゴー:何もねえ

飯:ロンドンイギリス料理以外はまとも。ロンドン以外は不毛

フランス

パリ:治安最悪、汚ねえ。でもルーブル、オルセー最高。エッフェル塔凱旋門ノートルダムは焼けたけど、ヴェルサイユ、モンマルトル、シャンゼリゼ、く、悔しいけど好き。

モンサン:遠い

マルセイユ:汚ねえ

ボルドー:最高

トゥールーズ:汚ねえ

カルカッソンヌ:広い城だけ

ニース:最高

カンヌ:まあまあ

パリツーリストトラップ以外、大抵の料理うまい

ドイツ

ベルリン:壁壁壁

フランク:何もねえ

ミュンヘン:オクトーバーフェストクリスマス、季節だけかよ。ノイッシュ。

デュッセル:駅前寂れすぎ

ケルン:大聖堂見たら途方にくれる

ハンブルグ:何もねえ

飯は肉しかないのかよ!

日本人アレ行き過ぎ。やっぱり肉しかないのかよ!

イタリア

ミラノ:最高

ローマ:汚ねえ

フィレンツェ:最高

ヴェネツィア:最高

ナポリ:汚ねえ

シチリア:最高

ジェノバ:何もねえ

トリノ:何もねえ

ボローニャ:何もねえけど、飯はたしかうまい気がした

ピサ:塔

アマルフィ:最高

チンクエテッレ:最高

飯:ローマツーリストトラップ以外はウマーーー!

スペイン

バルセロナ:サクラダと飯と海があれば最高

マドリー:バルセロナの後だと今ひとつレベルは高い。プラドピカソ

セビーリャ:最高

マラガ:最高

ハス:白い村ショッピングモールみたいだなと思った

グラナダ:最高

コルドバ:最高

ビルバオ:何もねえ

サンセバスティアン:飯最高

飯:ウマーーー!

ポルトガル

リスボン:スペイン田舎

ポルト:綺麗なスペイン田舎

飯:ウマーーー!

スイス

ジュネーブ:湖、国連

チューリヒ:何もねえ

ベルン:何もねえ

山:最高最高!!!!!

スイス欧州最高に挙げる人多し

ノルウェー

フィヨルド:単なる山。日本人には珍しくないリアス

オスロ:何もねえ

スウェーデン

ストックホルム:何もねえ

美人:笑うくらい綺麗。なぜに瞳が水色???

飯:ミートボールは大して名物じゃなかった。黄色にはめられた?

フィンランド

ヘルシンキ:何もねえ

デンマーク

コペンハーゲン:何もねえ。ガッカリ

北欧はまとめて飯ダメ

オランダ

アムステルダム:チューリップ意外に最高。ゴッホ。アンネ。

ロッテルダム:何もねえ

ハーグ:フェルメール

イマイチ

ベルギー

ブリュッセル:EU以外何もねえ、ガッカリ、汚ねえ

ブルージュ:綺麗だけど何もねえ

ワッフルうまくない、チョコ日本で食える

モナコ:綺麗だけど何もねえ

オーストリア

ウィーン:王宮美術館、もう飽きた。オペラは知らん。綺麗。

チェコ:

プラハ:中世の街並み、綺麗。タクシー酷い。

ポーランド

ワルシャワ:何もねえ

クラクフ:塩の洞窟と、ドイツ人が大嫌いになる見学

ハンガリー

ブタペスト:綺麗だけど何もねえ

ギリシャ

アテネ:最高

ミコノス:最高

サントリーニ:最高

飯は素材を生かせればまあ、という感じ。

クロアチア

ドブロブニク:最高

アイルランド

ダブリン:ギネス飲んだら、The 何もねえ

2019-09-12

anond:20190912043552

そらそうだ

実力によって値段が変わるものもの

ピカソとか何億じゃん

2019-08-17

anond:20190816013733

さっき別のエントリー↓を書いた後にこれ↑(「ただ未熟なだけだった。」)を読んだ。

https://anond.hatelabo.jp/20190817173247

傷つかない側の人が傷つく側の人を非難することについて、さっきのエントリーでは書けなかったので書いてみる。

暴力的に封鎖されたからこそ、自分たち意図が誰かに対して暴力的ではないかと自問し続けなければならないのであり

それがただの芸術からといって暴力ではないと直結するのは、単純すぎるだろう。

文章だって動画だって、誰かの個人を直接攻撃していないとしても、暴力的な衝撃を受ける場合もある。

天皇慰安婦関係作品については本当にこれで、それを見た人によって感情の揺さぶられ方、傷つき方が大きく異なることを無視しては議論にならない。

国家神道形式的には廃止されたが、もっと原始的宗教以前のもの、心の拠り所として皇室を大切に思っている日本人は多い。それをぞんざいに扱われる表現は、たとえどんなコンテキストがあったとしても、それとは別にショックを受ける人がいることは考慮しておくべき。悪魔の詩事件は狂信的に過ぎるとしても、ソニーCM涅槃仏をゴロ寝の表現として使って大きな反発を受けた件などと共通する、宗教(的なもの)に対する想像力配慮のなさが問題

慰安婦像は、名目としては平和の祈願である点がややこしい。

これが戦時中に作られたものであるならピカソゲルニカ比較に出しても良いだろう。しかしながら日本政府慰安婦問題謝罪を求める目的韓国挺身隊問題対策協議会の依頼により2011年以降に作られた一連の像である、ということで大分立ち位置が違う。

これが日本政府に向けられた(日本国民ひとりひとりに向けられたものではない)社会運動であるとしても、自分たち戦争犯罪者の息子たちと言われているように感じて傷ついてしま日本人がいるのはどうすればいいのだろう。

いずれも「天皇写真宗教的な意味はない」「これは平和の像である」「非難されているのは日本政府であり日本国民ではない」という正論は成り立つ。しかしながら、傷つかない側の人が傷つく側の人を正論非難するのが正しいこととは思えない。

2019-08-13

anond:20190812141826

いやだってお前、わからないんじゃなくて拒否してるだけって自分で言ってる

「こんな風に、皆がそう思っていることが、僕にはそう思えず、常識についていけないことがよくある。」

皆はそう思っている、というデータ提示されてもそれをストックする習慣がない

「これが世間でいわれている常識」という箱と

自分意見」という箱どっちも持ち続けていけばいいだけ

あと「何も考えずに常識通りに行動できる」という言いぶりに滲む見下しは、この先足を引っ張るなと思った。

お前みたいなやつほど大事にしなければいけない概念が「みんな そんなに バカじゃない」と「みんな けっこう 考えてる」だ。

常識の箱」と「自分意見の箱」をもっていて、おそらくお前よりも中身がたっぷりはいっていて

この場面ではどっちを使えばどうなるか、という結果もそこそこの回数試している。

(なんでそういえるかと言うと、相手の口の堅さや価値観を信用しあい、腹を割って話せるようになると

会話に後者自分意見割合がどんどん増えるからだ。それをお前が経験で知る機会がないってい事はつまり、…と心配してる)

それなりの人数の他人と関わり友達の友達の話を聞き、

実際スポーツマンの友人とそうじゃない友人がどちらもちゃんと数がいて、おおまかな傾向を肌身で知っているから、サッカー選手は…と言うんだよ。

もちろんそんな傾向も国や時代でかんたんに変わる。

じゃあここではどうするかというのをみんな「常識」のほうから取り出して

2019年新卒採用において、」という条件を足して考えだす。

まり日本の、自分世代経験できる範囲で答えていいことだって判断最初に済ます

お前はきっとそこで「国や時代でかんたんに変わるじゃん」から動けないんだよねえ…。

というように

お前は常識の箱に入れるべきもの価値がないって捨ててきたから中二なんて言われてしまうんだよ。

中二の特徴がそれだから

自分意見価値を高めたくて、雑で楽な方法として、常識価値を下げようとするんだよな。

あと成功する人は異常や普通から外れているのではなく

常識」と「自分意見」をどっちも持っているけれど最後最後後者が捨てられないタイプなので覚えておいて。

ガリレオ天才なのは常識(先人の知恵・知識)」を同時代のだれよりも叩き込んだ上で「自分意見」を最後まで持ち続けたから。

ピカソ天才なのも「常識(その時代セオリー絵画)」を14歳でその道50年の人間より上回った上で「自分の描きたいもの」につきすすんだから

前者を大切にする人を「何も考えず」という自分のほうが、実はそう思われてるかも、くらいの発想を、20になる前に持てたら、まだ希望はあると思う。

2019-08-10

からアートと言うなら金持ちが金を出せよと

アートと単なるプロパガンダ区別って結局そこしかないじゃない

例えばゲルニカにしてもピカソ共産党シンパだったというのは有名な話だし、あの絵に政治的主張あるかないかで言えば確かにあるだろう

ちなみに今ではゲルニカ空爆で死んだのは本当は250人もいなかったんじゃないかなんて話もある

それはともかく、ピカソの絵がアートであるかどうかを疑う人なんてまずいない

でもよくよく考えてみると、それは「ピカソの絵に今でも高値がついているから」という理由以外何があるんだろうね?

芸術的価値をカネでしか計れないのか! とか言われるかもしれないが、コンテキストがどうのこうのと理屈をこねくり回してみたところで、それを実際に身銭切って評価する人間がいなければ何も始まらない

というか、どっかの金持ち高値をつけさえすれば、落書きだろうが変なフィギュアだろうが、アートとして扱われるじゃないか

からさ、あの少女像だの肖像画だのを大枚叩いて買うような、酔狂リベラルを探すべきなんだよ

それだけで立派にアートとして成り立つんから

税金に頼るより確実だ

どっかの合気道の人とかさ、金有り余ってそうじゃない?

2019-08-07

ゲルニカ少女像の違いを教えてくれ

少女像アートじゃなくてプロパガンダらしいけどゲルニカだってドイツ軍への批判反戦抵抗という強烈なメッセージがありプロパガンダだよね?まさかゲルニカアートじゃないことはあるまいし。違いは何なのか分からん。例えばピカソバンクシー慰安婦に興味持って同じ銅像作ったらアートなの?

2019-08-05

anond:20190805002419

横だけど、あいちのやつはジャンルが「現代アート」なんで、それともちょっと違うと思う。

ピカソキュビズムにびっくりして単に上手いだけの絵が評価されなくなって、更にデュシャンみたいな変人がでてきたせいで、びっくりさせたもん勝ちみたいになっている。

アニメが「アート」じゃないとしたら、キモいからとかじゃなくて、単に上手いからだよ。

 

そういう意味で、もう一人の増田も言う通り、西洋人も「アート」なんて理解してないも思うよ。

一般人にははなからわからんし、わからせようともしてない奴らは。

2019-06-03

あいみょんマリーゴールド男目線じゃないだろ

今更あいみょんマリーゴールドにハマったんだけど世間でいわれてるような単純な男目線じゃないなこれ。

少なくとも「雲のような優しさで抱きしめて」と「アイラブユーの言葉じゃ足りない」は女側の心象と思う方が自然

でも登場人物あくまでも男の一人称

なにがいいたいかというと男の心象と女の心象が同時にひとりの人間表現されていて、まるでピカソが様々な角度の視点を平面に表現したようなことをやっていて、やっぱりあいみょん天才だということ。

太田光みたいな勝ち組に同情されたくない

あん金持ち上級国民に何言われても憎悪しかない

ちょっと高校友達できなかっただけで、大学行って芸能界成功してやつに同情されたくないわ

持たざるもの気持ちなんてわかんねえだろ

なにがピカソだよ笑わせる

ピカソ就職できんのか?ホワイト企業正社員になれんのか?無理だろ関係ねえよ

なーにがピカソだよ芸術家ぶって

芸能界成功できてよかったですねーwww

2019-02-22

anond:20190222180728

A(絵とタイトルと作者が認知されてそう)

ダ・ヴィンチモナリザ

ダ・ヴィンチ最後の晩餐

ムンク「叫び」

ピカソゲルニカ

B(絵とタイトルもしくは絵と作者のどっちかは認知されてそう)

ミケランジェロアダムの創造」「最後の審判

ラファエロアテネの学堂

ボッティチェリビーナスの誕生

フェルメール真珠の耳飾りの少女

ピカソ「泣く女」

ダリ記憶固執

ゴッホ「星月夜」

ゴッホ自画像」(ただし自画像同士の区別はつかない)

ゴッホひまわり」(ただしひまわり同士の区別はつかない)

ミレー「落ち穂拾い」

クリムト接吻

ミュシャ黄道十二宮

葛飾北斎神奈川沖浪裏」「凱風快晴」(タイトルは「富嶽三十六景」として認知

歌川広重東海道五十三次」(ただしそれぞれの区別はつかない)

菱川師宣見返り美人

東洲斎写楽三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」

C(絵は認知されてそう)

レンブラント夜警

ヴェラスケス「ラス・メニーナス

ドラクロワ民衆を導く自由の女神

ルノワールムーラン・ド・ラ・ギャレット

モネ日傘の女」

モネ「印象・日の出

マネオランピア

マネ「草上の昼食」

ドガ「踊りの花形

フラゴナール「ぶらんこ」

ゴヤ「裸のマハ」

ゴヤ「我が子を食らうサトゥルヌス」

エヴァレット・ミレーオフィーリア」

2019-01-30

anond:20190130170042

商品とかの国際展示会とか見本市にいくのと同じような感覚でみてる。

なにか面白そうなものいかなーでぐわーっと会場を流し見して、なんだこれってやつに戻ってきて注視する。いいもの情報量が桁違いで、初見で遠目に見ても何かひっかかる。

美術館でも、これは売れそうだなとか、こんなんじゃ値段つかなさそうだなとか、売れないだろうけどわいは好きだな飾るならこれかなとか、そんな感じ。

例えば、高い服と安い量産品は、見えにくいところの縫製の始末が圧倒的に違うが、見えないところにまでこだわりがありすぎると表でも違ってくる。

外形だけ似せられた偽物なのか、本物なのかは見て得られる情報量の違いでわかる。

ピカソの線一つとっても、実物見に行くと削って下地の色を出しているからこんなことになってしもーてるんかとか、単純な構成なのに圧倒的な情報量がある。印刷されたものを遠目に眺めただけじゃわからない。ゴッホだってホイップクリームかよってぐらいの油がとんがってたりするけど、よく見ると絵の具の種類はすくなくて、絵の具買えなかったんだろうな、でも、ある絵の具はてんこ盛りで使いたかったんだろうなとか。よくわからん情報ががんがん溢れ出てくる。シャーロック・ホームズ気分ですわ。

細かなところに妥協がないから、全体としてはおかしオーラが漂う。ハンターハンターの凝っちゅうの?

あれあると思うんだよね。ものについたオーラが見えるようになる。

かに作品についての背景知識を持っていたり、作者の意図想像するような楽しみ方もあるのかもしれないけど、そんな細かく予備知識で鑑賞するの疲れるじゃんか?作者名タグとか来歴なかったら楽しめないし。無名作家のものも楽しめない。

このやりかたなら動物園植物園でも楽しめるやん?

おまえなんでそんなところに毛を生やす進化してしもーたん?みたいな。

気になるのが先で、自分が何んで気になったのかを探る。知識は後。

作品対話しているわけじゃないで、古代遺物も、なんで自分はこれが気になったんだろうとか考えると、土器の欠片や、あなぼこ一つでもちょいと見ただけでめっちゃ楽しめるよ。んで、そのうち凝が使えるようになる。

自分でもやってみたりして、体験知識という虫眼鏡もついてくると、どんどん楽しくなる。

2018-12-23

anond:20181223034659

ピカソは商才あったみたいだ

ダリ自己プロデュース上手かった


現代美術日本で一番売れてるのは村上隆だが彼も欧米アート市場で受けるものが何か分かっていて作っている。

かなりの戦略家。

anond:20181223034240

ピカソには商才があったんだっけか?

今の時代バンドマーケティングも出来ないといけないから大変だねぇ。

2018-12-09

anond:20181209043530

絵画も書いた人物とかかれた絵の両方が絵の値段だよ。

「お、これは偶然できた絵の具のヨレとかではないぞ。

いつもこうふうに書く人がここは敢えてこう書いたんだ。

だったら当然こういう意味で書いてるんだな。」

っていうことで同じ絵でも情報がたくさん読み取れる。

そこが楽しい(もちろん正しいとはいわないが、価値判断には影響するらしい)。

 

よくいわれるのはピカソゲルニカ

一見幼稚園児みたいな画風なんだが

画力ある人が生の感情をたたきつけたと知られていることで高額だ。

 

もちろんゲルニカをどれだけうまく模写しても、あの耳を自ら切り落とした男が

直接塗り込んだ、触ったものではなければ、資料価値は下がる。

 

ピカソがこの時代にこういう絵の具をつかっていた、

キャンバスの下塗りの下から別の絵のための習作がでてきた、

などという調査真正品でなければ全く意味がない。

見るだけの観賞のみが絵の価値ではない。

後ろに価値がひろがって文化をなしているのはジャニーズAKBと同じことだ。

AKBでいうCD価値はそこに記録された曲よりも同封されている握手券にあるといえばもっとわかりやすかっただろうか)

 

もっというとたとえば今後、ピカソジャニーズDNA調査なんかもできるようになっちゃうかもね。

今はできないけどね。

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