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はてなキーワード: 耽美とは

2020-03-31

anond:20200331132427

F6公式パラレルだと耽美スパダリのやりようもあるかもね。

あとモンペについてはまあ、一松に共感しすぎてるオタク女みたいなのもいたし、

一松に自己投影しすぎて一松が雑に扱われると怒るみたいなのもいたか

anond:20200331125131

その通りで、サディズム的愛でかたをしている女性ファンも多くいた。けどそれはごく一部だよ。最盛期は巨大なコンテンツだったのでそれだけ色々なファンがいたということでしょう。

ちなみに本編でキャラを雑に(ギャグ的な意味ではおいしい)扱ったとき公式への抗議運動みたいなものが発生するくらいにはモンペキャラオタクもたくさんいるよ。

さらには耽美的な方向性で愛でるファンもいた。

とはいえ、大多数はあのクズさというか駄目さが刺さった人たちじゃないかなあ。尖った性癖をしている人はそれだけ目立つからね。

anond:20200331124639

うーん、クズさが刺さったというのはそうなんだろうと思う。

彼らは優秀でも清廉でもなかったから、敬意を持って扱わなくても良いというカルチャーが界隈で共有されてたような。

キャラが雑に扱われると憤慨するモンペ的なファンがいなくて、どんな二次創作やってもいい雰囲気というか。

ルックスにもゆ虐みを感じたし。なんだろ、あの流行女性サディズムをすごく感じたんだよね。

スパダリ耽美の逆を行ってるというか。

2020-02-19

見つけないで

死にた過ぎて。

私ってJKだけど友達もいないから、ストーリー死にたいって書いても見た人を困惑させるだけで、大丈夫一言も言って貰えないだろうから、しない。

私の周りの人間は、わたしが軽薄で、お気楽で、なんにも省みない態度をとってる時だけ優しい。

実際の私って、そういう生き方しか出来ないし知らないから、周りの人々の私の扱いは正当といえば正当なんだと思う。

基本的人間って他人の中に自分に与えてあげるような真剣さを、切実さを見い出せない生き物なんだから、私みたいな共感性もない自堕落なだけの人間共鳴して自分の何か一つでも与えてやる価値なんかない、使い捨て暇つぶし人間なんだ。その面においても需要が少ない。それでも私みたいな人間を求めてくれる人がいるって有難いことのはずなのに、求められることがたまに重荷になる。なぜなら、私を求める人があるとき、その人には必ず私に対して、私の先に何かを「求め」ているからだ。私が彼らの要求を破棄すれば、彼らも私を気味悪がって棄てていくだけだ。今私を知る誰しもの記憶から消えて、私が必死で私を守るために取り囲んで人達からスパンと切り離して貰えたら、誰にも少しも必要とされない人間として世の中に放り出されたらどれだけ楽だろう。最初から場所を持たない透明人間として、都市を浮遊する。やがて夜が開ける前に霧散する。たまに死んだ人はすぐに忘れられると言うけど、私はそうやって忘れらることにこそ喜びを感じる。誰も私を思い出さなくなった時、現世での私は完結する。指をパチンと鳴らしたら、それを合図に私がこの世から消えて、誰も私のことを思い出さなくなったらいいと思う。17年この地球でこの日本で生きた私という生命体が一瞬にして消え、存在していたはずの事実が消え、人々の記憶かられいさっぱり消える。私という存在がこの世にもたらすことが出来る事として、これ以上に美しいことは無い。

さっき、死にたい検索して出てきたサイトではただ逃避したいという思いから来る死への欲求と鬱からくる死への欲求は別だと、書いておりましたが、私は死のうとして死ねなかった人のブログや文を見て大抵ガッカリしますよ。

だって、生きていることに感謝しているし生き延びられたのも何かの運で、今死にたいと思っている人は.......と続くともう読めない。勧誘電話ガチャン!って切るみたいにうるさい!と撥ねつけたくなる。私が今必要としてるのはやっぱり「本当に死んでしまった人」の言葉なんだ。でもそれをなぞっていくのは苦しい。なぜなら自分の死への欲望加速度を上げてしまうから。それも途方もなく。

最近品川同性愛殺人事件記事を読んだら、犯人のこういう供述が載っていた。「当時の私は自由気ままで……我慢、忍耐、努力とか、ありませんでした…」

私は記事を読みながら、この言葉に大いに共感しました。私もそうだからです。

からといって人殺ししませんが。

はっきり言って犯人である彼女はめちゃくちゃな人です。やっぱり、人間ある程度我慢や忍耐や努力出来ないとまともには生きていけません。彼女場合彼女自身は生きていますが、その過程で人を1人殺ししまっています

私は、したいことが沢山あるし、好きな物もいっぱいあります

でも悲しいことにそのために頑張れません。

そういう人間から

甘えと言われるかもしれないけど、ふざけるなと打たれるかもしれないけど、本当にそうなのです。

1番最近泣いた時は、私は、私は何にもなれなかったと思って泣きました。

私はずっと何者かになりたかったのです。でも、それに意味が無いことを知ってしまいました。世界意味が無いことを知ってしまいました。

からもうこの世の中の「何か」にはなれない。そう思うと何者かになりたかった自分が、自分の好きだったもの全てが、自分というもの全て何もかもが溢れていくようでした。私にそれをせきとめることは出来なくてただ声もあげず泣いていました。

最近はふと、バスの窓などから見える、自分生活のために勤しむ人々を見ると寂しくなります

そのような所謂普通の人々」は私の悩みなど気にもかけないでしょう。そういう人達にとって私のミジンコのような価値のない、弱々しい、自暴自棄クズなだけの悩みなんて鼻くそ同然です。

しかし、私が勝手普通の人々と見なしている人々の中にも私と同じような悩みを抱えている人がいるかもしれません。

でも、絶対私たちは、それを本質的に共有出来ない。それが分かっているなら、自分世界と切り分けて自分けがオカシイんだ壊れているんだと思う方が楽でしょう。耽美な悲観に酔いしれることができるから

ああ、できればみんな私のことを可笑しい可哀想な人に仕立てあげてよ。そしてうんと優しくして欲しい。今でさえこんなに優しくしてもらっているのに?

これ以上優しくされることって、赦されることって死んでるも同然なのに。

そうやって囲われるなんてただの生地獄ぢゃないか。誰か私を...................

どうにもしないでいいから、明日になったら目が覚めないでいて欲しい。

2020-02-04

女性グラブリアンが描いてると思しき

ジーちゃん(たぶん自分)とイケメン団員のえっち耽美同人をこよなく愛するもの――――

それがワシなのじゃ

2020-02-02

anond:20200202182952

どんなのか知らんが、とうらぶ耽美BLあたりのポスター勝負かけるのはもちろん有りだっただろうな。

から?だけど。

実際おたくの界隈内では棲み分けはされてるもんだし。

ちなみに、君の考えるオタクの嫌がるポスターとはどんな題材?

2019-11-11

異性の同性愛耽美的に見える

から見て、女性同士の恋愛は綺麗にみえる。精神的なつながりというか、淡くふわんとした雰囲気キラキラしてるように思える。

たぶんいつの間にか刷り込まれイメージなんだろう。

実際はナメクジ交尾みたくヌメヌメしてんの?

逆に女性から見て、男性同士の恋愛を綺麗なイメージで捉えているのだろうか。男の熱い友情がッー!とか。

ガチムチゲイビデオみた方がいいよ。

2019-10-18

anond:20191018200214

BL不適切な例えだったけど、あの『耽美的でややエッチな絵柄のイケメン』という像があるじゃん。あれはありかどうかという例でした(今のところ街中ではそれほど見かけないけど仮定の話として)。しかしこういう話しても今はみんな容認モードなんだねぇ…

2019-10-15

anond:20191015111406

そういった考えは無償の愛のみが本当の愛だと考える頭の可哀そうな奴によく言い聞かせてやってくれ

本当の愛なんていくらでもどこにでもある雑多なものだし、白痴美のお耽美で世の中が回っているわけじゃない

2019-09-25

anond:20190925234512

綺麗な薔薇にはトゲがある、ともいうし腹黒い花扱いな気がする

良くて耽美

2019-09-01

anond:20190901120910

大昔、オリジナルは 「JUNE」(雑誌ジュネ由来)とか「耽美」だよな

その後も「BL」(これも確か雑誌由来)

そして2次創作は「やおい」(やまなしおちなしいみなし)で、

やおい女」(やおい作家/愛好家を指す)とか言う言葉があったはず。

ついでに801ちゃんなるものもあったはず。

一部の愛好家のみが嗜むものだったのが、流通改善インターネットで、多くの層に届いた結果、「腐」が定着したのは、

まぁ、たしかに、自傷云々と同性愛者に対する無配慮無神経と言えるかも知れない

2019-08-27

anond:20190827174616

まあでもラブコメディとして見ると結構おもしろいよな

同性愛者がちょっと多く登場するだけで、別に耽美!!!」とかい雰囲気もないし

ええんちゃう

2019-08-10

rag_enさんに

メタブタワー、読みました。

ひとつひとつブコメで返答するのも煩雑なので、

こちらでまとめてお返事します。

 

1) “ド直球な評価”としてはアリ

もちろん、個人の内心や言動について第三者が縛る理由基本的にはない、という意味ではアリです。

本当にダメものにはダメとだけ言うべきだ、というモラルについても、一考の価値があると思います

贅言を無制限に許していたら、進むべき議論も進まないので。

個人的には、問題作品と展示については、もっと多くの言葉が費やされるべきだろう、とは思いますが。

 

2)「風習」について

風習」という語は、ふだんは「因習」「悪習」「蛮習」などの類語と比較された上で、

より中立的意味を持たせるために選ばれる語なので、「考えすぎ」と思われるのも無理からぬことと思います

とはいえ、あの説明を一応納得していただけたようで良かった)

もちろん、より一般的な「手法」などがあの箇所で使われていれば、ツイート全体が否定されなかった、

とまでは思いません。

「かの国」の「プロパガンダ」というのも、(少なくとも現時点では)

韓国、あるいは朝鮮半島国家全体へ憎悪を向ける人が共通で用いる符丁、と言うべきですし、

なによりツイートの全体的なトーンが批判者の反応を引き出してると見るべきだからです。

 

敵愾心についてですが、

たとえば、阪神ファンヤクルトファン巨人に対して向ける敵愾心、くらいのものなら、

個人的にはあまり好きではないけどいちおう)健康的な感情範疇だと思うし、

その延長上にある、「日韓戦がやたら盛り上がる」といったものも、「悪い事」とまでは言えないと思います

(マウンドに国旗を立てるとかは、ずいぶんはしたないことをするじゃないか、と思うけど)

ただしそれは、共有する価値観によって下支えされた上で、試合(観戦)へのモチベーションを高める、

という具体的な効用を求めて維持されているものであって、

現在日本の一部論者が韓国に対して(お互い様、という見方もできますが、

私に責任があるのは日本ことなので)やっているような、

不法(とされる)振る舞いの原因を相手民族性に求めて、根源的で解決不可能な不信であり対立である

と主張し、奴らに対しては嘲笑以外の対応はありえない、といった風の「敵愾心」の煽り方は、

人道的にも生存戦略的にもきわめて危険であり、「悪い事」と言うべきだ、

というのが私の意見です。

 

3)現代アート云々について

『「もっとアートに親しんでほしい」的なイベント』というのは、

改まってはなかなか言われないけど(地元広報誌とかでは言われてるのかな)

もちろん前提になっていると思うのですが(来場者は大事だ)、

そういう場で「表現不自由展・その後」が扱われることについて、

企画性質上「親しみやすい」ものなんて集まりっこないから)どうなの?

ということですよね。

それについては、あいちトリエンナーレ国内トップクラスの規模の国際芸術祭ですし、

社会的であったり耽美的であったり難解であったり親しみやすかったりする展示が集まる中で、

表現自由」に正面から取り組む企画が一つ通される、

というのは、まず真っ当なことのように思います

そこに、近年一定の注目を集めた「表現不自由展」を呼ぶ、というのは、

きわめてストレートな案というか、どちらかと言うと手堅い、

見方によっては平凡とさえ言われかねないキュレーションなのではないかと思います

(「他にこういう展示/作品を扱えば良かったじゃないか」という案で百家争鳴してほしいくらいです)

 

もちろん実現に至る関係者の苦労は並大抵のものではないと思いますし、

ここ数十年で最大の日韓関係の緊張だとか、ガソリン放火事件という最悪の事件が偶然重なったとはいえ

ほとんど抵抗する間もなく公開中止に追い込まれた、という現状については、

「失敗(ただし志のある)」と言うべきだろうと私は思います

さいわい会期はまだまだ残っているので、挽回余地は(再開、あるいは拡張)ありますし、

ある意味では、政治家河村市長など)が責任追及の声を挙げているという状況も、

批判のかたちをとりつつ、企画意図説明を含む主催者側の意見を改めて広く周知するという点で、

実質的には協力的な対応なのではないか……と思いました。

 

4)「展覧会の将来を悲観してみせる」について

rag_enさんのおっしゃるとおり、「あくまで期待したのは過去の貞元氏」という解釈のほうが、

より禁欲的で正確な読解と言えると思います

私の解釈は、「育つのを期待」「残念」という語の選択や、

一展示のそのまた一部を論じていたところから

とつぜん芸術祭全体の価値を断じる、という乱暴話題の転換ぶりに、

「これは芸術祭全体の失敗であり、今後の発展は期待できないし、開催されても価値はない」

というニュアンスを、過剰に嗅ぎ取ってしまったものだと思います

 

また、ドクメンタという半世紀以上も続いている有名な芸術祭を引き合いに出していることから

反転して「あいちトリエンナーレにはそんな価値継続性も無いよ」と断じる含意を感じ取ったために、

「気に入らないからって勝手に潰すな」という反発が生じました。

この点に関しては、具体的な「潰せ」とか「無くなれ」という言葉を迂回しながら暗示的に表現する手法

という印象を拭いきれません。

瀬戸内芸術祭を並べているあたり、そんな含意を意図したものではなかったのかも、とも思いますが。

 

自分が望むようなものであれば応援したい」というのは「独善的無礼」だ、ということについてですが、

rag_enさんの仰るような「自分の好みのアニメなら応援するわ」というのと同一視できるものではありません。

単一作品個人の好みで選び取る」のは、誰にも非難し得ない基本的自由ですが、

自分の選んだもの以外の価値否定する」というのは、選び取るよりも丁寧に行われるべきものですし、

芸術祭の内容を自分許容範囲のものだけにしろ、それができない芸術祭なら価値はない」と解釈しうる言明は、

独善」と呼ぶに値するものです。

(「いかれた協賛メディア排除して〜」のようなきつい偏見がついたものであれば特に

自分の興味や許容範囲芸術祭押し付けていいのは、正規専任された芸術監督だけですし、

芸術監督にしたって、すべてを「自分の好み」だけで決めるわけではなかろうと思います(たぶん)。

しろ進んで不都合ノイズを引き受け、その反響をきちんと整理する体制を整えることこそ、

特に今回のようなテーマを掲げた)国際芸術祭に求められる態度ではないかと考えます

(それほど理想通りにはいってないけど、少なくとも真っ当に試みはしている、

と私は見ています。いまのところ。)

 

anond:20190810015042

2019-07-14

学園戦記ムリョウ推したい

学園戦記ムリョウ」の脚本がムリョウ公開された。無料でムリョウが全て読めるなんて素晴らしい。

今更ながら、Blu-rayが出ているのを知った。DVDBOXを購入したくらい好きなのに恥ずかしい。

正直、恐る恐る脚本を読んだ。ハマってから年月が経ち、始と年齢が近かったのが今じゃ親たちの世代だ。感覚が変わって、好きなものが好きでなくなったら悲しいなあと思ったのだ。

杞憂だった。ムリョウはいいぞ。

特に推したいのは京一と晴美である

3話までは、主人公に突っかかるただの嫌な奴と地味な女の子である主従関係があるのにちょっとエロスを覚えた。

4話を過ぎると訳ありな描写が増えてくる。嫌な奴は愛せるおバカさんであり、地味な女の子は一足先に大人階段を登っていたのだ。

京一が晴美に振られるのは最高の瞬間であった。大切な人だからこそ見せられない本心もどかしい。あらゆる緊張と耽美が一斉に襲ってきた。

雨の中を絶叫しながら走る人を、笑ったらいいのか哀しんだらいいのかわからない。

空蝉の時は晴美最強伝説が築かれてワクワクした。「ムリョウ」は女性が強い。主従と見せて、実のところ京一は晴美の尻に敷かれてる!京一のことを分かっている晴美がたまらん。

お互いの気持ちが少しずつ通じ始めたところで、俺はデートだはアホだ。今度は砂浜を爆走している。だがそれがいい

アホになった後、晴美が頑なに主従関係を貫く理由を明かした。あーやっと相思相愛なのが伝わったよ!泣いたよ!

守口父と峯尾父の友情もいいし、今となっては親の方に感情移入するようになって、残して逝った守口夫婦と、残された側の両方に揺さぶられる。

19話は泣きっぱなしだった。京一と晴美の話としてはほぼクライマックスである。あれほど天敵扱いだった無量を信じるのである。あの京一が?全ては大切な人のため。

最終回近くで「自分たちができること」を二人仲良く見つけた姿は成長としか言えない。

2019-07-11

anond:20190711211540

漫画家志望じゃなくてプロ漫画家なのに持ち込みしかやってなさそうってのが謎だし

過去自分作品で売れた作品担当からは売れないと散々文句を言われた話だった。

売れないと散々文句を言われたのに出版出来てるのが謎だし

「禁断の恋」はもう古い!BL編集部3社が語る、これからBL…という記事

同性愛は隠すものからとか、可哀想過去がないのはおかしいとか、つらい思いをしないといけないって言ってたよな?

30年以上前のまだJUNEとか耽美とか言われてた時代の話か?20年前の時点でもう男同士である事に登場人物が誰も何の疑問も持たないBLなんか腐るほどあっただろと思うし

つーか実話だとしたら男性BL漫画家なんて即身バレするよな

嘘松臭が凄い

2019-05-02

ロリコンってカテゴライズさせるのが苦痛

僕は自分のことをロリコンだと思ってるんだけど、一般ロリコンは幼い可愛さみたいなのを想定していて、僕はそうじゃない。

僕は細くて華奢で、腰なんて全く出てない、それでいて男を弄ぶような無邪気な残酷さのある小悪魔みたいなのが好きなんだ。

からそこいらの子供に性的に興奮したりなんてしないでもっと耽美ものしか興味ないんだよ。

それなのにロリコン馬鹿で幼稚な男みたいに扱われるのが苦痛なんだ。

ロリコンだって偏見さらされず、尊重される権利があるはずだろ?

世の中はマジョリティマイノリティ権利自分らの正しいと思う狭い考えにしか権利をみとめようとしない。

本当に生きにくい…

2019-04-21

anond:20190419195632

横だけど耽美の使い方が違ってる気がする

あと人に喜んでもらうのが仕事、というのも美化してるなあと個人的には思う 家族を養う責任のために働くって言ってるのとどっこいどっこいだ

2019-04-19

anond:20190419101438

責任ってなに?笑

自分と同じ人間が喜ぶ事をする

それが仕事だし、それだけの事でしょ

難しく耽美的に物事を考えすぎじゃない?

2019-04-16

anond:20190416180331

その話は簡単で、女性小説耽美を求めてるから、くどくどしく情景描写にこだわってる作品を持ち上げて、簡潔を旨とするなろう作品とかを蔑んでる、ってだけ。

anond:20190415150716

「Veniceに死す」はトーマス・マン原作で、耽美好きな女性はたいがい知ってる名作。

ヴィスコンティ貴族

ジオ役のビョルン・アンデルセンは動いてても綺麗。ファッションも素敵。

ジオ母(シルヴァーナマンガーノ)もほんと美しいです。

2019-03-30

ゴールデンカムイ女体化

杉本女体化普通にシコれるんだけど、竿役が尾形なのはちょっと無いなと思った。

白石谷垣なら普通にいけるし、鯉登でもやや耽美方向にはよるけどまあいけると思う。

ここら辺は男女の感性の違いなのかな。

2019-03-18

anond:20190318114428

なんというか、耽美美少年は「美少年」というジャンルで、広義のショタではあるんだろうけど、いわゆる狭義の「ショタジャンルではない気がするよな

anond:20190318114323

おっさん耽美系好きだけど、ショタコン扱いされると違うと感じる。

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