「孤独」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 孤独とは

2017-10-24

anond:20171024135518

弱者男性スポット当てる政党が出てきても

マスコミリベラルからは「強者への擦り寄り」とか言われて総火力で袋叩きだろうな。

投票すべき当の弱者男性は日曜も非正規仕事だったりで投票に行けなかったり、

厭世的になってしまって結局投票に行かずじまい、なんて事になるんだろうな。

で、弱者と認められずさら社会的孤独になっていくと言うね。これを弱者と呼ばずになんと言うのか。

弱者救済はもちろん否定せんが、弱者に対する身勝手ラベリングはやめるべき。

救うべき弱者と救わなくていい弱者があるなんて驕りも甚だしい。神様か何かか。

本当に妻と子供天使だと思うなら、ちゃんとやれ

先日友達SNS子育てが辛いとつぶやいていた。

なんでも、子供はすごく可愛いが、旦那が毎晩帰るのが遅い&週末も何かと遊びに行ってしまうのでワンオペが続き、夜泣きもひどいので疲労と孤独感がすごいのだそうだ。

この旦那も私の知り合いである。

「何やってんだこいつ」と思った。

そんな奴に限って、SNSに妻と子供が寝ている写真を出して「天使が2人」とか言っているのである

本当に妻が天使だと思うなら、夜泣き対処で眠れず疲労困憊している奥さんを置いて遊びに行くなよ。

本当に子供天使だと思うなら、空いた時間できるだけ一緒にいてやれよ。

都合のいい時だけ父親らするな。

仕事が大変なのは分かる。でも、あなたの奥さんは確実に今あなたの助けを必要としている。

結婚したのだからいつまでも独身気分でいるな。

奥さんがSNSに絞り出した精一杯の叫び声を、絶対放っておくなよ。

2017-10-23

中学から友達フレネミーだった話

 「フレネミー」という言葉をご存知だろうか。

アメリカ大人TVシリーズセックスアンドザティ」などにも登場し、「フレンド(友達)」と「エネミー(敵)」から作られた造語で、いわば友達の顔をしながらも実は敵である人を指す言葉だ。

かげながら悪口を言ったり、マウンティングしてくる人などを思い浮かべる人もいるだろうが、フレネミーのなかでも厄介なのが「居場所をとる」「対象と成り代わる」人たちだ。

 私は最近中学時代からの友人Aをこれを理由音信不通にした。

Aと友達であった時は、得体の知れないモヤモヤを感じながらも「私の心が狭いのかも」とあまり考えないようにしていた。

ある日「フレネミー」とい言葉を知りぐぐると、ネットにかかれた説明はまさにAそのものだった。

そして多くの人、とくに女性で悩んでいる人が多いこともビックリした。

私のように長年「なにかおかしい、でもなにがおかしいんだろう?」とモヤモヤストレスをためながら、でもどうしていいかからない人たちの少しでも助けになればと思って書こうと思う。

 初めに結論を述べるとフレネミーへの対処法は「距離をとる」というのが一番効果的だ。

穏便に済ませたい人には申し訳ないが、フレネミー普通関係を築くのはほぼ無理だと思ったほうが良い。

 Aとの付き合いは長い。中学高校と一緒で、よく遊んでいたし連絡も取り合っていた。

大学は私は東京、Aは地元大学へいき少し間疎遠になった。

ある日、中学同窓会があった。そこでAと2年ぶりに再会しまた連絡を取り合うようになった。

専攻が近いためレポート前などはお互いスカイプしながら徹夜したり、彼女東京へ遊びに来ることもあった。この頃のAは私にとって何でも話せる気の合う友人だった。

 大学卒業後、Aは地元社会人になり、私は地元にはもどらず東京フリーターをしながら資格勉強をしていた。

Aは志望していた業界が人気だからと諦め、近いけど違う業界就職した。お互い新生活に追われながらも時々連絡をとりあっていた。

私が資格をとってやっと社会人になれたのがそれから3年後の春、ある日Aから東京で改めて学生をすることにした、初上京から色々よろしくー!不安がいっぱいだー!」とラインがきた。

私は嬉しかった。中学からの友人が近くに住むぞ!と意気揚々東京で仲良くなった友人達にAを紹介しようと飲み会などをセッティングした。

 夏にAが上京しまカフェで会うことにした。

私の電車人身事故で遅延し走ってカフェへいくとAが店前で待っていた。そのとき「あれ?」と思った。

彼女が着ているスカートが私がお気に入りのものだとSNSに何回かあげているものと全く一緒だった。

でもブランド品だしかぶることだってあるかな、とその時は何も言わずそのスカートについても触れなかった。

 諦めた業界へ30歳までにもう一度挑戦したい、と専門学校へ入りなおすことを決めたA。

夢を語る彼女の姿に私も嬉しくなったが、Aがふとカフェ内のすみの方で手を握り合っているカップルに対して「あんな顔でよく人前でいちゃつけるよねー気持ち悪くない?年齢考えてって感じ!」と周りに聞こえる声で言った。

私は突然のことにビックリしたし隣の席にいたおじさんたちは怪訝な顔をしていた。

 この頃はAのこういう行動に対して「東京生活ストレスが溜まっているのかも」「環境がかわって神経がたっているのかな」と思っていた。

これは私に非があるが、あまり深く考えないようにしていた。同級生の悪い方向への変化を認められるほど私自大人になっていなかった。正直このとき違和感を信じていれば、と今でも思う。

 私はAをよく遊ぶグループ趣味グループ習い事や同僚など様々な自分が属するコミュニティの人たちに紹介した。

Aは少しシャイだが、私の長くからの友人ということもあり私をネタにしつつ徐々に皆と仲良くなった。

18歳で上京したとき友達ができるか、親元を離れて生活できるか不安だった自分を思い出し、なるべく彼女孤独を感じないよう色々なイベントにも呼んだ。

春はお花見、夏はバーベキュー、秋はおうちパーティー、冬はスキークリスマスパーティー忘年会などなど、私が今まで毎年していたことにAが加わった。

 冬のある日、お台場イベント大人数で遊びにいくことになった。

駅で合流し、Aもそこにいた。私と全く同じコートを着て、同じカバンをもってそこにいた。

周りは「おおおーさすが中学からの仲だね!」「おそろい可愛い!」と盛り上がり、Aは「私このブランド大好きだからなあ~」と何食わぬ顔で話している。

このときもしかして真似されてる?」と、前のスカートの件とあわせて疑うようになった。

その日はあまりAと話さないようにした、なんだか話す内容から次なにか真似されたら嫌だな、となんとなく思った。

 そのあとも真似は続いた。一度違う友達に「真似されるのってちょっと辛い」と漏らしたときに「あなたのことは大好きなのよ」「そんな真似とかなんとか中学生みたいな悩みもつなんて」と笑われた。

なんだか自分の心が狭く子供っぽいことで愚痴ってるように感じてその後、このことは誰にも言わないようにした。

新しい服やアクセサリーをつけて次にあったら彼女が同じものを持っている、それについて特に触れるわけでもなく、周りも「おそろいだ~」と笑うのみ。そのたびにちょっともやっとしてる自分人間として未熟なんだと落ち込んだ。

 その後、Aの真似はファッションだけでなく趣味や考え・意見にも及んだ。

私が軽い気持ちで参加したボランティアで関わったスウェーデン伝統工芸に惚れ込み、実際にスウェーデンへいったり友人にも「本当に好きなんだね、いつかスウェーデン人結婚したりして」と笑われるレベルにその話をしていた。

Aは最初興味がなさそうにしていたが、「最近スウェーデンに興味がある」に始まりあたか自分はずっと前からスウェーデンが好きというような態度をとるようになった。

私が参加しているボランティアにも来て「私の友人なんです~」と色々な人たちと仲良くなっていった。

この頃になるとAの髪型服装は後ろからみれば私と区別つかないレベルに一緒になっていた。

 私はこの頃には彼女のまるで私の居場所というかコミュニティ内のポジションに居座るかのような、私の成り代わりになるかのような態度にかなりイライラしていた。

しかし、最初に色々な自分コミュニティにAを紹介したこからどのコミュニティで遊んでも彼女がいる状態になっていた。

どのコミュニティでも私が誰かと話していたらAが寄ってきて、いつのまにか私が話していた人とAが話し、私が傍観者のような立ち位置になることが繰り返された。

 Aの他者に対する暴言ますますひどくなり道端で「あんデブでよくあんな服着れるね」「ババアのくせにあの髪型痛い!」と言ったりしていた。

私はそういう言葉をきくたびに疲れるようになっていった。

 この頃一度ネットで「友達に居場所を奪われる」「友達コミュニティを乗っ取られる」と検索たことがあった。

ヒットしたのはほぼほぼ中高生の悩みで、それに対して「人をとるとかとらないとかものじゃないんだから」「まねしたっていうけど自意識過剰では?」という意見を読み、自分モヤモヤしていること自体が間違っているように感じた。自分性格が悪い心の狭い人間だといわれてるような気持ちだった。

 段々私はAに限らず友人たちと会うのが億劫になっていった。

何か買ってもそれを着たり使ったりするのが怖くなり、何か新しいことに興味がわいてもそれを人に話すのが嫌いなった。集めたスウェーデン工芸品も全部売り払った。

不思議なことに私が中々イベントなどに顔をださなくあると毎日あったAからラインはパッタリと途切れた。

 Aに真似されるというのが、大げさだが自分アイデンティティをどんどん奪われていくような感覚だった。

同じ趣味教室に通う同僚が心配して声をかけてくれた時、いっそぶちまけてラクになろうと思ったときに「Aも心配してたよー!」と言われ何ともいえない脱力感に襲われた。

 Aはその後も私の友人達遊んだ様子などをSNSにアップしていた。

最初は同郷の長い付き合いの友人が自分の友人達と仲良くなっていくのが楽しかったし嬉しかった。

なのに私はなぜか友人達と会いにくくなり、孤独を感じるようになっていた。

28歳にして人間関係を丸ごとAにもっていかれたような感覚だった。

 春先に会社帰りにバーへ立ち寄った。

久々にお酒が飲みたくなったけど誰かを誘うのも面倒だし、誘って「Aも呼ぼう」ってなるのが怖かったので一人だった。

しばらくぼんやり飲んでると隣に40代くらいの女性が座った。とても身なりが綺麗な人、仮にBとする。

マスターを介してBさんが話しかけてきた、彼女大手アパレル企画をしている人でいわゆるキャリウーマンだ。

しばらく他愛もない話をしてたが、私はふとAのこと、今の自分の現状を話したくなった。

バーで会った私のことを今日知った人、私の属しているコミュニティのどこにも属していない「他人」だから話せると思った。

 ポツポツと話し出しBさんは真剣な顔で聞いていた。

私は「子供ぽいんですが」「本当こんな悩み馬鹿馬鹿しいんですけど」「自分の心が狭いのはわかっているんですが」「女子中学生みたいですよね、ほんとしょうもないんですが」とそういう前置きを何度も使った。

話している最中に、自分が寂しいと思っていることをやっと受け入れられるような不思議感覚だった。

 18歳で初めてきた東京最初友達も知り合いもいなかった。

大学でできた友達大学の外でできた友達フリーター時代にであった人たち、就職してから一緒に働いている同僚、ボランティアで一緒に一生懸命になった仲間…それまで考えたこともなかったけど、人間関係というのは自分が築き上げてきた財産だ。

それが、その財産が急に人の手に渡ってしまったような感覚、Aに対する不信感とそれを誰にも相談できない孤独さ、私がいた場所に私と同じ服やアクセサリーカバンをもっているAがいる違和感

 話しながら涙と鼻水がでていた。Bさんがティッシュをくれたけどたりなくてマスターが箱ティッシュをくれた。

Aとの楽しかった思い出がいっぱい頭をかけめぐった。でもAが東京にきてからは辛い思い出の方が多くなった。

Bさんは「それってフレネミーってやつよ、辛かったね」といってお酒を一杯奢ってくれた。

 「年齢の話はしたくないんだけど」と前置きしてBさんが話してくれた。

人間は年齢と共に人格が少しずつ変わること、それがいい方向に変わる人もいれば悪い方向に変わる人もいる。私はながいAとの付き合いのなかで無意識にAの味方をして自分直感違和感を信じずそれでストレスが溜まっていること。

子供っぽいというが誰だって自分が見つけたものや持っているものを真似されたら気分が悪いこと。自分テリトリー必要以上に入ってくる人間には注意しなきゃいけないこと。

そして、Aは私がいたポジションにおさまることで優越感や承認欲求を満たしているのだから、それはもう友人とはいえない、と。人との関係には寿命があるということ。

 決定的だったのは「あなたはAさんを色んなコミュニティに紹介したけど、Aさんはあなを彼女コミュニティに紹介はしてくれた?」という質問だった。

私はハッとした。Aは学校での友人の話やイベントの話をしてくれるが私をその人たちにあわせたり、イベントに呼んでくれたことは一度としてなかった。

 Aは他の友人たちに悪口を吹き込んだりはしてない(と思う)が、なんというか私と他の友人達遮断する影のようだった。

私の前にAがいて私は彼女の影のなかにいるような、段々彼女が私のオリジナルで、私がコピーのような感覚というか、成り代わられるというのは自分を消されるような恐怖感があった。

今でも何でAがそういうことをしだしたのかはわからない。私は真似されるような魅力のある人間ではない、もしかしたらAはAで寂しくて必死だったのかもしれない。

決定的なことをしたわけじゃないが徐々に食い込んでくるあの不気味さから、私はもうAに会うのはやめようと決意した。

 Bさんは別れ際少しこわばった顔で「彼氏旦那ができたときに、彼女に紹介しちゃダメよ」と言った。

私は帰って「フレネミー」で検索をかけた。冒頭にのべた通り、多くの人々がこの厄介な存在に悩んでいることを知って、不謹慎ながら少しホッとしてしまった。

 Aとの関係は綺麗には切れない。

自分所属しているコミュニティ彼女もまたしっかり根を下ろしているか共通の友人が多い。

でも、Aとは今では全く会っていない。何度か会う機会はあったが私がそういう場には絶対に行かないようにしている。

友達結婚式などどうしても会わざるえない事で今後会う可能性はあるが…。

そういう制限のなかでなかなか会えない人もできてしまったが、前より心が平穏だ。

周りは不思議がっている人もいるし、友人伝手にAの話も聞くことがあるが、それはもうあまり気にしないようにしている。

 夏になって私は新しい趣味に手を出しそのつながりで新しい友人ができた。

前に比べ人に警戒心を抱くようになったけど、やはり人との繋がりから得るものは大きい。

自分が着たい服、身につけたいもので遊びに行き、好きな話をしても真似される心配がないのが嬉しい。

ずっと付きまとっていた違和感がなくなって、孤独感が消えた。

 「フレネミー」は十人十色、Aのように真似をしてポジションをとろうとする人や、マウンティングしてくる人、心配するふりして不安を煽ってくる人…色々いるみたいだ。

今もし、友達のことでしんどい思いをしている人がいたら、一旦冷静になって考えて欲しい。その人は本当に友達なのかどうかを。

「そんなことぐらいで」と他人が言う事でも自分しんどいのなら、それは「そんなことぐらい」じゃないのだ。

 時々Aと過ごす時間が多かった十代を思い出し少し悲しくなったりもする。

しかしたらずっと先の将来でまた友達になっているかもしれないし、もうこのまま会わずに終わるかもしれない。

 長文&駄文失礼しました。

2017-10-22

リベラルは、なぜ子育て支援をやろうとするの?

保守主義「家族」価値を重視するとか、国家主義人口を維持したがるのは分かるんだけど、リベラル子育て支援を訴えている理由が分からない。

子供を生むかどうかが個人自由なのだとすれば、社会はいっさい手助けするべきではない。

人がふつう趣味や遊び方をするとき社会はその自由保障するけど、手助けをしてあげないことと同じだ。なぜ子育てだけは特別扱いなのか?

  

  

  

例えば「東京保育園を増やすべき」というのも、意味が分からない。

東京マイカーを所有したければ、相当な高収入必要になるわけだが、それが負担できない人はマイカーをあきらめる。もしくは、マイカーを持ちやす地方に引っ越すのが妥当だ。

女が子供をほしがるときもそれと同じで、自分か夫が多額の金を支払ってベビーシッターを雇うか、保育園の充実した地方にひっこせばいい。

  

もちろん、「マイカーを所有することより子育てする方がすばらしい。社会がそれを支援するのは当然だ」という意見もあるだろうが、それは保守主義国家主義の考え方である

リベラルによると、物事のすばらしさを決めるのは伝統国益ではなく、人それぞれに異なる個人価値観だ。そこには多様性があるのだから政府が一律に優遇冷遇してはならないはずである

  

もし「子育て支援」に何らかの正当性があるとすれば、子供の人権ということになるけれども、それも根拠としては弱い。

育児能力がない者が子供を産んだ場合児童養護施設にあずけるのと同様に、経済力がない者もそうするべきだ。

子供が生まれてきてしまった以上、その人権は守られなければならないが、「家族がそろって暮らすのが幸せだ」という価値観保守主義に過ぎる。わざわざ親の手元で育てなくても、児童養護施設を充実させて、子供はそこでしっかり育てればいい。

  

現状の「子育て支援」は子供支援することではなく、文字通り、子育てする親を支援するという方式を取っている。それは家族形成・維持を助ける政策なのである

ここで極端な事例をだすと、「キモくて金のないおっさん問題があるだろう。

リベラルキモくて金のないおっさんに対し、妻子を持つために自助努力するか、諦念して孤独に生きることをすすめる。べつにそれはそれでよいのだが、その場合子育て中の親を支援することにも根拠がなくなってしまうのではないか

  

https://anond.hatelabo.jp/20171021145831

  

  

  

追記

当然ながら我々の現実世界には、純粋リベラル思想の持ち主はごく少数で、いくら保守主義国家主義の要素を取り入れている。

その意味では矛盾はないし、中途半端ポジションになってしまうのはやむをえない。

だが、みずから保守主義国家主義に大きく寄りかかっていることに無自覚自称リベラルの人を見ると、なんだかなーと思う。

SNSによくいる、キラキラした理想主義者みたいなサヨクのことだよ。あれはホントに気持悪い。

現在批判者たち

一般的な人たちは哲学的批判に対して防ぐ術を持っていない。

労働階級必要なのは批判力ではない、他者批判することは、また内なる他者批判することである

自身アイデンティティ批判もつ分解力によって倒壊しかけているとき私たちは外の真の他者に対して批判力を失ってしまう。

まり哲学的な問いが支配層にとって脅威であるなら、労働階級にとっても脅威なのである

人は発した言葉一貫性から逃れることはできず、支配層への批判言葉は、そのまま労働層への批判言葉へ容易に転化する。

そして批判に対して脆弱なのは知恵の無い労働である

これでは相手批判しているのにかかわらず、味方のほうがダメージが大きいという勝負にならない戦いを強いられている。

その結果として、私たち批判力を持つことをやめた。

支配層は社会を守るために批判をやめ、労働層は仲間を守るために批判をやめたのである

現在批判者たちには、三つに分けられる。

一つ目は、どこの層にも属していない孤独の者たち。

二つ目は、マスコミなどの批判者たち

メディアなどの自分たち批判であることが社会から要請である

自己催眠状態にあるものたち。

この批判者たちは、批判することが自分アイデンティティとなるため、この批判力が内部に行くことは無い。

三つ目は、他者から求められた批判者たち

労働層が批判言葉を上げることもあるが、これは2つ目のマスコミによる批判要請である

政治家本来社会を守るために批判を捨てたはずの者たちであるが、

国民の声などといって批判を行う。

これら三つのすべてに問題点が内在する。

それは批判者たちがどれも自分階層を守るために批判をしているわけではないということである

一つ目は自分の層は何にも属していないため、批判に本気になることは無い。

変えることで自分利益、損になる場合や、人間本来的な所持を奪い取ろうとする者たちに対して批判を強めるだろう。

二つ目は、自己催眠によって批判することが可能になった者たちであるが、

まさにそのために、何のために批判をするのかという目的をあまりもてないでいる。

社会要請などという全体としての理念を語ることはできるが、一つ一つの問題に対して

なぜ批判をするのかということが答えられない。

批判することが自身証明であり、自己保全であるためであると言えるわけでもない。

何かしたの転化を経て答えが出る。しかしその答えは、転化をによる代償として矛盾はらまざる終えない。

二つ目批判者にとって幸いなことは、私たちは、ジレンマ自己保全のための矛盾に対しては寛容なことである

三つ目は、自己催眠状態の者から要請によって得た批判力であったが

往々にして責任(一つ目ほどではない)を持つことが難しい、彼らは依頼があってそれをしているわけであり、

依頼が無ければ批判しないという、不安定すぎる地盤で戦わなければならない。

一つ目は、まだ人間という最後ラインがあり、人間という最後の層を守るために

批判を団結させることができる。

しかし、二つ目の者たちによって分団されているため、それもできない。

ほとんどこの批判者たちは力を持つことは無い。

私が言いたいことは、すべての人が哲学的批判力を持つということがこれらの問題を発生させているということなである

私たちはある程度の批判に対しての線引きを欲しているのであり無自覚批判だけをたたえることや、批判することが無条件に正しいことということは今や好ましくないのである

anond:20171022000158

無人島に行ったとしても、孤独テーマになるだろうし

人を物みたいに扱う奴が主人公だったら、あまり繋がりとか描かなくてもいいかもな

まあそれでも書きようによるか

2017-10-19

映画パターソン』についての感想

http://paterson-movie.com/

日常ルーティーンの繰り返しだ。

ただし、詩人の目を通すと、そのルーティーンは、シラブルに分解されて、音韻を持ち始める。

詩の律動で切り取られた何気ない日常の美しさは、何者でもない私達の日常可能性だ。

私はそのようにこの映画の美しさを理解した。

主人公の男はアメリカの片田舎に住むバス運転手

男は詩を愛し、誰に発表するでもない詩をノートに書き留める。

控えめで、寡黙。

一見すると、仕事は単調で、

生活に彩りは乏しく、時代から取り残された男という印象すら持つ。

映画その男の1週間を追う。

映画を見た後の彼の生活の印象は、その外見上の説明から想像する様子とはまるで異なる。

映画カメラは、彼の生活を描くのに、

同じカメラワークを使うことを慎重に避けているように感じた。

そのおかげか、彼のモノトーンなはずの1週間には決して同じ日はなく、

毎日の反復によるリズムの中に、小さなアクセントが隠され、

映像全体から音韻の繰り返しのような心地よさを感じる。

宙に浮いた謎掛けのように繰り返し用意された双子モチーフは、

そのまま、詩韻の映像表現であるように私は理解した。

男はやや風変わりではあるが、決して孤独ではない。

世俗から切り離された孤高の詩人ではなく、

彼は生活者目線で、等身大生活を愛している。

彼の愛するパートナーは、愛と尊敬にあふれているが、

スマートフォンタブレットを持ち、テレビ通販ギターを買ってしまうような

世俗の人として描かれる。

彼の彼女に対する、少し戸惑ったような視線の奥底には

蔑みでもなく、諦めでもなく、あるいは赦しのような高みに立った者の視点ではなく、

ただ、優しさと理解が溢れている。

彼女存在は、彼が世界をどう受け止めて、愛しているか象徴であるように見た。

彼はそれに居心地の悪さを感じながらも、否定せずに受け止め、

彼の方法で愛している。

それは男の世界の把握の仕方であるように思えるし、

彼の詩には、その把握の仕方が反映されて、

生活者の、優しい視線が溢れているし、

それは詩としてのこの映画全体にも同じことが言えるように思えた。

2017-10-18

オッスオラ絵師承認欲求の塊だ!オラを褒めてくれ〜!



褒められたい。

ひたすらに褒められたい。


絵を描き続けて早20年ちょい。

物心ついたときから絵を描いていたと思う。

小学中学校所謂クラスの中に一人はいる絵が上手い奴」枠だった。

遠足やら校内イベントなんかのしおりやの表紙の絵を描いたり、

なんちゃら啓発ポスター、みたいなのにも何度か選ばれた。

高校大学美術系に進んだのもあり、

クラスの中に一人はいる絵が上手い奴」枠が40人くらい集結したということで

個人でめちゃくちゃ注目されることはなくなったが、

在学中に参加したコンクールコンテストはいくつか入賞することもできた。

社会人になった今では、絵からは若干ズレるがグラフィックデザイナーとして仕事をしつつ

絵はもっぱら二次創作だが趣味で続け、その方面お小遣い稼ぎ程度の絵仕事をもらったりもしてる。

と、自己紹介のようなお絵かき遍歴を振り返るタイミングがあり

ふと「なんでこんなに絵を描くのが好きになったんだろうか」と考えて、

「毎回誰かしらが褒めてくれる=自分を認めてくれている(気がする)」からだと気づいた。

小学中学では絵を描くと「上手だね〜!」「すごいね〜!」と親や先生友達が、

高校大学ではコンクールコンテスト入賞して認められた気になり

今はSNSpixivでのRTいいねコメントがそれに当たる。

自慢じゃないが、私は技術を除いた人間としての自分自身に自信を持てるところがかなり少ない。

まぁこれについて語ってもしょうがないので語らないが、とにかく自信がない。

そんな自分が唯一『第三者から自分という存在好意的な目で認めてもらえて、かつ、それによって自分自分を認めてあげられる」のが、絵が多少描ける、ということなのだ。

絵が描けるからいいね!と話しかけてもらえる。

絵が描けるからコミュニケーションきっかけができる。

絵が描けるから、好きなあの絵師も反応を返してくれる。

絵が描けるから自分でもいっちょまえに、少しいい気分にも浸れる


うーん、我ながら寂しい奴だと思う。


たまに、絵が描けなかったとしたら自分には何もないんだろうな、とか

誰にも認知されず、自信の無さからこちからも歩み寄れず、

孤独を感じる今よりもっと孤独を感じてるんだろうと寂しくもなる。

でも「多少なりとも絵が描ける」のは間違いなく自分構成するひとつ

それで少しでも自分存在自分で認めてやれるなら、

まぁ「承認欲求の塊絵師」でもいいかぁ。と思うことにした。

承認されることに味をしめてしまったしな。

結局何が言いたいかというと、

絵をちょっとでも気に入った絵師がいたなら、そのRTいいねボタンを一発ポチッとしてくれ、ブックマークしてくれ。

あわよくば「好き」とコメントを送ってほしい。

RTしてくれた人のホームは必ず見に行くぞ。

「これ好き>RT」なんでツイートがあったらその一瞬であなたへ好感度MAXだ。

そして、私に「自分はちゃんと存在を認められてるんだ。」と思わせてくれ。

束の間の「承認されてる感」をくれ。

オッスオラ絵師承認欲求の塊だ!オラを褒めてくれ〜!

2017-10-17

孤独

大学生

友達がいないので孤独を感じないように講義を取りまくってる。

はっきりって4コマ目くらいから疲れてくる。

インプットばかりしてバランスが悪い。

今時ならTwitterコミュニケーション代替するのだろうけどそれも馴染めない。

2chに書き込んでも必ずレスが貰えるわけではないし、意味不明中傷されることもある。

増田に書き込んでもそのまま流されていく。

しんどいな。

anond:20171017183421

ダライ・ラマ増田をするわけ無いだろ。

ここは現実世界に馴染めていない孤独なクソザコナメクジしか来ない

日本に帰ればなんとかなると思っていたのに、帰国しても孤独のままだった。

誰か一緒にいてほしい

一人で泣くのはつらすぎる

夫が社会的に私を殺してくる

私の夫は、仕事もできるし、人間関係も良い、でも、おそらく発達障害自閉症スペクトラム障害)だ。

そして、私は、その夫との情緒的な関係が築けず、うつ発症しているカサンドラ症候群となった。

なぜ、あんないい人とうまくいかないのか。

いつもみんなに言われるが、普通人間なら誰でもうまくいかないと思う。

なぜなら、社会的自分のことを殺してくるからだ。


彼がおかしいと思ったエピソードはいくつかあるが、1つだけ話そうとおもう。


結婚する前、遠くに住んでいる彼の家族から「家に泊まりにおいで」と連絡があったらしい。

(「らしい」としているのは、私が知るのがずいぶん後になるからだ)


しかし彼は、「○○(私の名前)が嫌だと言っているから行かない」と断った。

まず、この時点で、私は、泊まりにおいでと言われたことも、断ったこともない。

から何も言われていないので、何かあったことさえ知らないのだ。

すると、向こうの家族から「なぜ断るのか」といった彼に電話がきた。

彼が電話で話している隣にいたため、「何の話?」と

聞くと、「泊まりに来ないかと言われて、○○がいやだというからって断った」と言われた。


は?

いや、おかしい。おかしい。

私、何も聞いてないし、いやだとも言っていないけど?なぜ、そんな勝手なことをするの?

そう問いただすと

「断ると思ったから」

しか返事が返ってこない。

そして、あきらかに電話の向こうの家族は少し私に怒っているようだった。

彼には、こういう場合は、断ったら失礼にあたる。それに、私に話すのが筋だ。と言い、

再度家族電話させて、「自分勝手に言った」ことだと本人から一部始終を伝えてもらった。

納得してもらったからわからない。

(と、いうより方言で聞き取れない)

彼も、自分何が悪いのか、納得がいっていなかったようだ。


当たり前のことを納得するように説明するのは難しかったが、可能な限り説明したつもりだ。

でも途方に暮れるような結果だった。




こんな感じで、これはまだ何が起こったか分かった方だからエピソードとして伝えられるが、

他にも何百個もおかしなことがある。

原因が不明で、私は多くの人に誤解されている。

自分には何が起こっているかからないので、対処しようがないのだ。


私は敏感なほうだが、彼が発達障害だと気づくが少し遅すぎた。

世の中にも、自分うつが実は夫のせいだと気づける人はそうそういない。

カサンドラ症候群の人は、違和感を感じつつも、うまく言葉にできないような状況に陥るからだ。


何かおかしい。

自分は何もしていなくても、自分の評判が下がっている。

夫は普段優しいけど、時々驚くほどひどいことをしてくる。そして、本人がどれほどひどいことをしているのか気づいていない。

周囲の友達には、呪いにかかったのかと思うほど、自分違和感を信じてもらえない。

次第に、自分の信頼も落ちる。

人に信じてもらえない自分は、おかしいのだと思い始めて鬱になる。


おそらく高い確率うつになると考えらえる。孤独になるからだ。



現在カサンドラに関する書籍を読んでも、一緒にいてよくなる方法は書いていない。

大抵は、離婚か、別居だ。

普通には耐えられないのだ。

カサンドラ掲示板でも、まず、発達障害自閉症スペクトラム障害)の人と仲良くなりかけたら「逃げて」。

みんなそう言う。

少し距離を置いたりしても無駄だということは、私もわかる。

関わってしまった終わりなのだ


みんな自分の身は自分で守るしかない。

周りはみんな「障害者からしょうがない」って行って来るぞ。

2017-10-16

anond:20171016010051

個人的な考えで、見た目以外で女の良いところは

・力は弱いが、それゆえ危険だとも思われないので周囲から受け入れられやすい(言い換えると、加害者とは思われにくいが被害者ターゲットにはされやすい)

・平均的にコミュ力が高めな同性が多いことで自分コミュ力も鍛えられる

・女社会精神的な同性介助が発達した文化なので、極端に性格が悪くなければ30歳以上でも友達が作りやすい。ゆえに孤独に陥りにくい

一般的に、男ほど性欲がないので性的な事に時間を割かず生きることができる。また風俗などに金と時間を使う必要がない(ごく一部のホスト狂いを除く)

・同性の可愛い友達と一緒に旅行行ったりしてキャッキャできる

実家との繋がりが強い

主に精神的なメリットは確かにある。

金銭的、キャリア面、自由度の面では女のメリットが男を上回ることはほぼない。

障害者ベーシックインカムに反対しているらしい

障害者がなぜかベーシックインカムに反対している

あと、生活保護受給者

どうやら自分たちの取り分が少なるなることを危惧しているらしい

正直怒ってる

目の前で経済的弱者ブラック労働疲弊して、借金を背負って孤独自殺している様を見ても

自分たちの取り分の方が大事ということらしい

当然だが経済的弱者にも人権がある

同じように社会福祉恩恵に預かる為のベーシックインカムをお前らにはやらない

社会福祉は俺たちのもんだとふんぞり返っている

どうしてそんな非人間的な発想になるのか不思議でならない

正直言って人間じゃない

鬼畜所業

こんな思想をお前らは許せるか?

anond:20171016154338

そのくせ愛されたいだとかセックスしたいだとか握手したいだとか性的な事がしたいって思うから余計に拗れるんだよな。

孤独が好きなら一生孤独で居てくれれば良いのに。

2017-10-15

男は女が憎いのかな

男は女が好きだけど、同時に女を憎んでいるから女に苦労を強いるのだろうか。

男のことが嫌いな女は、男から離れて生きる選択が出来るけど、男は性欲?孤独圧力から、女から完全に離れられず憎みながら生きるしかないのだろうか。

女嫌いで女から離れて生きてる男の人が、どうやって自分世間に折り合いをつけてるのか、聞いてみたい。

どうしようもない人間のどうしようもない日記って見かけなくなったね

まだ少しだけ残っているけどもうほとんど残ってないよね。

どうしようもない人間がどうでもいい事書いてるだけの日記帳サイト

役に立ちそうな話をしてる人だらけになってしまった。

お前のどうでもいいリアルのどうでもいいアニメ感想を偉そうに語ってみせてくれる日記はなくなった。

SNSで十分だからなんだろうな。

でもSNSにあるのは何かが違うんだよ。

というか、SNSという物の性質が俺の求めている物をどうしようもない人間から奪ってしまうんだ。

社会性、人との繋がり、見栄えを気にした生活、そういった物を次々に供給してしまう。

俺は寂れてホコリを被った廃墟を見に来たのに、廃墟マニアの人が足繁く通ってゴミ拾いや清掃をするせいで滅びているなりに小ざっぱりとしてしまっているのが嫌だ、みてーな感じかな。

駄目だなまだ言語化しきれてねえな。

しばらく後に再チャレンジっすか。

とにかく俺はさ、素人HTMLカチカチ打って日記更新していた時代にあった孤独感が好きなんだよ。

今の世の中は孤独さが薄れすぎてる。

インターネット人間同士を天網恢恢疎にして漏らさずと言わんばかりに徹底的につなげてしまうから、どうしようもない奴らの距離感が近くなりすぎてるんだ。

俺が求めてるのはもっと離れた距離感での交信なんだ。

まるでボトルメールアマチュア無線を送り合うような、交信をしている相手はいるけどその間をガラスのような強固な障壁がはっきりと阻んでいるような感覚、あの頃確かにあったそれが今の風通しが良くなりすぎた世の中にはねえんだ。

空気の淀みが足りねえ。

誰もが近すぎる。

どうしようもない奴らをもっと孤独にしておいてくれ、その孤独の中で産まれものが俺は見たいんだ。

政党名を姓名判断で占ってみた

憲政史に残る激動の2週間だったと思う。

新党ができたと思ったら、また、新党、勢いも日毎に変化している。

で、興味本位のお遊びなのだが、各政党姓名判断で占ってみた

ところがなかなか・・・読みながら、政治家たちの顔が思い浮かぶことも多々あり

YOU!いれチャイナYO!!

(↓立候補者数の多い順↓)

自由民主党

31画  大吉

判断力 社交性 円満

頼れる大木のような人

苦難に遭っても着実に発展し、晩年は安泰です。それまで積み上げてきた実績が実を結び大きな成果が表れます

誠実で人情味があり、他人から信頼されます晩年には地位と名声を手にするでしょう。

女性特に吉運で、才媛・良妻賢母となる画数です。家庭運、子供運、健康運に恵まれ豊かな晩年を送るでしょう。

日本共産党

36画 凶

『苦労 波乱 面倒見がいい』

他人犠牲になりやすい人

波乱に富み、平穏には人生を送れません。鋭い先見性と直感力があり、

社会的成功を手に入れることもありますが、詰めが甘く失脚してしまます

家庭的には恵まれず、孤独晩年でしょう。女性は晩婚の傾向があります

義理人情に厚く、人の世話をよく焼き、損と分かっていても一肌脱がずにはいられません。

しかし、人の良さから騙され損をする事が多いでしょう。

希望の党

29画  特殊

『厳格 才能 完全主義

人並み以上の才能と感性

金運、財運、健康運に恵まれ努力を惜しまなければ、豊かな晩年約束されます

才能におごらないことが大切です。

ただし、女性場合パートナーによっては不運をもたらされたり別離があるなど凶数となります

頭が良く個性的な才能もあり公私にわたり活躍できますが、

思い立ったことを独断で次から次へと行動に移していき、周囲との調和が望めません。

他人をあまり批判しすぎると援助者を失います特に女性自分の非を認められず、

ヒステリックになりやすいので注意が必要です。男女とも寛容になれば運が開けるでしょう。

立憲民主党

41画  吉

『温和 安定 実り』

温厚な人柄が成功を呼ぶ

若いから活躍出来ますが、30代以降に脚光を浴び、成功していくでしょう。

人脈を広げるほど活躍が期待出来ます晩年も豊で安定しています

賢明判断力にもすぐれています。また、人望もあるので、人の協力を得ることが出来ます

ただし、頑固な性格で、人の意見や貴重なアドバイスを聞き入れずチャンスを不意にすることも。

ひとりよがりには注意を。

公明党

22画 凶

努力不足 衰退 無気力

大成しがたい器用貧乏

破産や思いがけない病気事故などに遭いやすく、年をとってからの運が下降します。

多くを望みすぎると幸せになれません。

見栄っ張りなところがあり、ハッタリをきかせるのが得意ですがうまくいきません。

器に合った生き方を目指しましょう。

つのことを追求するだけの気力に欠けています

あれこれ手を出さずに的を絞ることが大切です。

犯罪に巻き込まれる暗示もあり、対人関係には十分に気をつけましょう。

日本維新の会

43画  吉凶混合

『浪費 非現実的

能力を活かしにくい運気

強情で少々偏屈気味な性格のため人の忠告聞く耳を持たず、自分本位です。

さら計画性に乏しく、他力本願なところがあり、希望が叶いにくい運勢です。

経済観念に乏しく、見栄っ張りで浪費が多いでしょう。

人生自分で切り開くだけの気力も不足しがちです。

忍耐力を養い、見栄を貼らず、自分の身の丈にあった計画をたてましょう。

また、周囲の助けを期待せず、なにごとも自力でやり遂げましょう。

才能もいきてきます。異性関係トラブルに注意が必要です。

(↓参考↓)


民進党

26画 凶

『波瀾万丈 衝突 不安定

平和ときに生きにくい人

持ち前の個性や才能をうまく活かせれば、成功を手にすることが出来ますが、一生を通じて幸運と不運が極端に現れます

家庭・仕事・財・健康運の全ての面で浮き沈みが激しく、家庭運ははかない暗示があります

子供のことで悩まされたり、夫婦間にトラブルが発生し孤独と辛労を味わいます

非凡な発想で事業成功させる人もいますが、ワンマンで冷酷な面が周囲に受け入れられず全てを台無しに。

波乱傾向です。傲慢(ごうまん)になったり、周囲と衝突したりで人が離れていくかもしれません。

民主党

20画 凶

『社交下手 薄幸 別離

度重なる不運で厭世的(えんせいてき)

幸せを得がたいために世捨て人のように生きる人も。精神世界に没頭するでしょう。

努力家で働き者ですが、空回りが多く、実を結びません。

お人好しで、騙されやすく、成功しても次につないで行くのが下手なタイプです。

ギャンブルなどで借金を作り夫婦別離一家離散など物事円満に運べない恐れがあります

気持ちが落ち込むと、身近な人をも避けるように。

人生を楽しむ心の余裕を持ち、生活リズムを整えることで運は上昇するでしょう。

2017-10-14

家族といた方が孤独感が強いというのは、どういう状況なのだろう。

みんなスマホを持った猿なのかもしれない

最近は皆スマートフォンを持っている。

自分の通う大学レベルが低いからなのか、授業中もスマートフォンをいじっている学生がいる。

別にジャクソン・ポロックだとかヴァルター・ベンヤミンとかよりもコミュニケーションを行い交尾をするかの方が大切なのだから仕方がない。

自分も、授業を受けながら実際はお顔の良い彼らみたいに騒ぎたかった。

自分結構一緒にいた保守王国出身のやっぱり保守的思想のやつは大学院に進学したいらしいようだ。

高尚な学問が好きなのだが、ゼミの女と話して心底何かを狙っている顔をしている様はアンドレ・バザンとかよりも交尾のほうが大切だということを自分理解させてくれる。

自分も猿と変わらないので、食事を探しにいく。

そのために、街を歩いても皆スマホを見ている。

若い学生らしき人間容姿が良くて心底楽しそうだ。

彼らもスマホを持っているだろう。

恐らく自然マウンティングやらを行うし、容姿のことを気にしているのだろう。

まるで猿と変わらない。

トリクルダウンが良いとか言っていた人達がいたが、そんなの彼らを見ていたら嘘だとわかる。

例えば避妊をしやすくして、フリーセックスを推進したところで美男美女しか得しないことは分かりきっている。

緊急避妊薬を市販薬にしたところで、結局のところは女がイケメンと二倍三倍セックスにするだけなのだ

容姿が醜い人間と女がセックスする訳がない。

醜い女も男も孤独なままだ。

そんなの誰だってわかることだ。

まるで猿みたいに強者がそこそこ以上なメスとハーレムを作るだけだ。

それなのに、経済の話になると分からなくなる人がいた。

お前は何なのかと言われたら、あぁ自分スマホを持った猿だろう。

ただ、負け組交尾もできそうにない猿だろう。

2017-10-12

マイノリティの中のマイノリティ

オタクの中でもホントマイナーコンテンツを好む人は少なくないし、

LGBTの中でも恋人がいなくて孤独な思いをする人も少なくない

マイノリティ救済と一口に言っても、どこまで拾い上げるべきなのか、

答えの出ない問答やんね

anond:20171012063028

耳と目を閉じ口をつぐんで孤独に暮らせ

2017-10-11

2017年オハイオ州立大学の研究者が、世代の差を考慮した調査を行いました。1955〜1984年あいだに生まれた既婚者12,373人を対象に、全員の健康レベルにどのような違いがあるかをチェックしたのです。 


 そこでわかったのは、以下のような事実でした。

・古い世代ほど結婚によって健康レベルは上昇する

・近年に生まれ世代ほど結婚しても健康にはなりにくい

 どうやら、古い世代人間は伴侶を見つければ健康になれるのに、若い世代になればなるほど、なぜか結婚メリットを得られないようなです。なんとも不思議現象ですね。

仕事と家庭のバランスは、20世紀に入ってから数十年で大きく変化してきた。この期間で、結婚した男女が一緒に過ごす時間は一貫して減り続けている。家庭と仕事に費やさねばいけない時間が増えるいっぽうで、夫婦がともに過ごす時間はなくなった。いまのカップルにとって結婚人生ライフガードではなく、ストレスケンカの原因なのだ

 ワークライフバランスの変化により、現代では夫婦関係が大幅に変化しました。そのせいで、いまの結婚はかつてのように憩いの場ではなくなり、たんに暮らしストレス源に変わってしまった、という仮説です。

 確かに近年では、多くのデータ結婚オワコン化が指摘されるケースが増えています代表的なのは2015年マサチューセッツ大学が行った研究で、アメリカ国民統計を使って全米の独身と既婚者の人間関係を調べたところ、おもしろ結論が得られました。

・実は独身者のほうが、肉親や友人とコミュニケーションが多く幸福度も高い

・既婚者のほうが孤独なケースも意外なほど多い

 結婚のせいで友だちとの付き合いが減ってしまい、逆に対人コミュニケーションの量が減ってしまう傾向が見て取れます結婚恋愛の意義が昔よりも薄れた現代では、異性のパートナーを作るよりも、普通に周囲と良い人間関係を築くほうが幸せになれるようです。

2017-10-10

anond:20171010102349

まりお前は友人すらいないできない俺に

家族とのつながりさえ絶って

一人孤独に死んでいけと?

どんだけ人間性を失ってんだよ

休日よ、待ってくれ

https://anond.hatelabo.jp/20171008232016

なんだかよく分からん熱量に当てられてポエム書く。


40歳男性独身

趣味には逃げられた。友達は居ない。やることはあるが気がついたら時間が過ぎてやれてない。上っ面だけの目標はあるが、本当の目標適当キリギリス生活をなるだけ長く維持すること。


日々生きてると消耗品の補充は必要なので近所のホームセンターに行くと家族連れやカップルが目に付く。

カップルがいちゃいちゃしていたり普通にしていたりいがみ合っていたり、家族連れが子供とわいわいしていたり子供を野放しにしていたりガミガミやり合っていたりするのを見て、ほほえましくは思うもののどうしても自分人生に関わり合いのあることに思えない。

「真っ当な人達のこと」みたいなイメージ自分卑下しているんだけど、思い悩む時期も過ぎ、とうの昔に諦めた。


過去に異性にどうしようもなく好きになり、好意を伝えて付き合うことになったけど、結局長続きしなかった。

あれほど好きだったはずのその人と会うことが付き合うとなったその瞬間から負担に感じ始めた。

連絡する手段はいくらでもあったのにこちから連絡する事は少なかった。

結局相手に「これ以上無理」と意思表示され「わかった」と反応して終わった。

誰にでもは無いかも知れないけど、そんなに珍しくない失敗だろうし、反省して次に向かえば良かったのかも知れないが、そこで自分は「自分は薄情だから人の時間無駄にしないためにも他人と深く付き合うのは止めよう」と思ってしまった。

自分が傷付きたくないから逃げているだけなのに。

でも今は職場以外で誰とも関わり合いを持たなくても生きて行けてしまう世の中だ。

職場人間関係業務時間外まで引きずって無理矢理コミュニケーションするのは悪と断じられる時代だし、

趣味とまで行かなくても暇潰しはゴマとあるし、ある程度の稼ぎさえあれば衣食住にも性処理にも困らない。

しろ他人の都合に左右されない分快適ですらある。

でも時間が経てば立つほど、孤独にどっぷり浸かってしま脱出時間がかかるようになっていく。

人と再び関わり合うには長いリハビリ必要だが、そんなリハビリに付き合ってもらえるような余裕のある人なんか居ない。

みんな自分人生が忙しいんだ。

特に40代ともなるとね。


他人家族カップルを見てへこむって事は自分の中にまだ人とコミュニケーションしたいって欲求があるって事だと思う。

引きこもり選択した俺には何が正解かはわからないけど、俺みたいになるのはほっといてもなれるんだから、それ以外の道を模索する猶予がまだあるんじゃないか

まぁ、最悪失敗しても独居老人になって孤独死するのは自分なんだし自業自得じゃん?

なら、心が動くうちは足掻いてみた方が良いよ、というのが足掻くことから逃げた俺の意見

まぁ、元増田の現状には糞の役にも立たないポエムでした。


あぁ、連休前に「今週末はこれやろう」って思ったこと1秒たりともやってねぇ。

なんて意志が弱いんだ、自分は。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん