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はてなキーワード: 孤独とは

2018-10-17

憧れの絵描き劣等感

憧れの絵描きブロックされてしまった。

事前にブロックする理由を告げられ、それに了承し、ブロックされることとなった。

理由は憧れの絵描きが「劣等感に耐えきれなくなった」というものだった。

私は彼女の絵を見て作品に興味を持った。

作品に触れ、あらためて彼女の絵を見て、なんてこの人は作品の魅力を写し出すのが上手いのだろうと思った。彼女自身の絵の魅力と、作品の魅力の調和は素晴らしいものだった。

半年ほど鍵からROM、もといストーキングしながら、10年前に折った筆を引っ張り出しひたすら絵を描いた。描く楽しさを思い出させてもらった。彼女の絵が、たまらなく好きだった。それを伝えたくて新規アカウントを取得し、フォローし、はじめてリプライを送った。

彼女と私は相互になった。様々なことを話すうち、彼女は私が絵を描くことを知った。

私は自分の絵を公開する勇気がでなかった。それでも彼女は私に色々なアドバイス勇気をくれた。

絵を投稿するまで半年かかった。

投稿してわかった。

彼女は私が筆を折る前のファンだった。彼女は私の絵を切っ掛けに、絵を描き始めたのだった。

絵を投稿するまで7人だった私のフォロワーは一気に増えた。彼女フォロワー数を一気に追い越し、私の落描きが彼女の素晴らしい絵の10倍の評価を得た。

彼女の絵を何度もリツイートした。

どれほど彼女の絵が素晴らしいのか知ってもらいたかった。

しか彼女の絵を評価してくれる存在はほんの一握りだった。「彼女の絵を褒めればフォロバしてもらえる」と噂がたっていた。

一年ほどすると私が絵をあげる度、彼女スランプに陥るようになった。

『好きなのに見ていると辛くなる』、『自分が描ければよかったと思ってしまう』、『どうしても意識して似たような絵を描いてしまう』とtosで嘆いてはツイ消しを繰り返していた。私の折れた筆を直してくれた彼女の筆を、私が折ってしまいそうになっていた。だが、どうすればいいのかわからなかった。彼女はただひたすらに孤立していた。

その頃にはリプライにも絵にも反応がなくなり、ピクシブのまとめにブックマークがつくのみになっていた。

私は彼女の絵が好きだ。絵を描くことも。彼女が私をミュートしたとしても、それで彼女平穏に過ごせるのならそれで良かった。たとえ彼女に伝わらなかったとしても、伝えずにはいられなかった。描くことをやめられなかった。10年前、孤独に耐えきれず筆を折り姿を消したことを思い出していた。

私を通じ彼女フォロワーも増えた。だが彼女は、それを自分フォロワーだと思えず嘆いていた。虎の威を借りているようだと。

私は虎ではない。虎であったとしても、私は彼女の絵が変わらず好きだった。

独り善がりだったかもしれない。どうすべきだったのだろう。ブロックされた今でも、ピクシブ彼女の絵を見ることはできる。

ただ、どうしようもなくもどかしい気持ちになる。

私は彼女の絵がたまらなく好きなままだ。

2018-10-16

あの時、もし

参加したい!と言っていたら?

当日になりました。

皆集まりました。

トークで盛り上がってます

コミュ障が話の輪に入っていけたか

ポツンじゃないのか?

また、

プライベートなことに踏み込まれたくないし

話したくもない。

逆にコミュ障、故に暴走空気を壊す可能性が

あるのでは?

そして自己嫌悪に陥り

次の時、支障きたしている。

というのが想像つく。

から、あの時

疎外感があり孤独だったが

笑顔で話を聞いてるだけで正解だった。

そのイベントが実行され

次の時、この間はありがとう

仲が縮まった雰囲気になるだろう。

それを傍観し疎外感があるだろう。

ん?落ち込む?

選択してるのは自分なのだから

受け止めよ。

良かったね!と、笑顔で話を聞いてあげようと

思う。

anond:20181015182606

温野菜と同じ人でした。分かりづらくて申し訳ありません。

リュープリンですか……どうもホルモン系の薬はメンタルに来るものが多いみたいですな。

ステロイドも副腎皮質ホルモンですし。私は元気になりすぎて躁になりました。

「最高に「ハイ!」ってやつだアアアアアアハハハハハハハハハハーッ」状態です。JOJOを知らなかったら通じないネタですね、ごめんなさい。

イフェクサーでしたかー。痩せる系の抗うつ薬ってなぜか不眠になりがちですよね。

自身も大変でしょうに、私の心配までしてくださってありがとうございます

あらためて「周りの無理解」について考えてみたんですけど、そういえば私もこの持病を発症した当時は母に「今まで好き放題生きてきた天罰がくだったってことだよ。自分でも分かってるでしょ」と言われたことを思い出しました。いや、好き放題生きてきた覚えないし。むしろ人より健康に気をつけて生きてきたし。。。ろくに見舞いにも来てくれなかった母を当時は死ぬほど恨みました。

医者の誤診なんじゃないの? 本当は病気じゃないんじゃないの?」という発言もちょくちょくありました。増田追記にもありますが「親は自分の子供が重い病気だとは思いたくない」心理が働くのではないかと思われます

それから8年が経ちました。いろいろありました。今ではなんと母と仲直りしています。当時の「天罰発言について問いただしたら「あのとき仲悪くて喧嘩してたからそういう発言が出ちゃったんだと思う」とのこと。うちの母はちょっと病的なレベルで気分屋なので、まあ理解はできます

「本当は病気じゃないんじゃない?」みたいなことも、最近はようやく現実を受けいれることができてきたのか言わなくなりました。

当時はあなたと同じく孤独憂鬱で首をつることで頭がいっぱいでしたが(あれはなんなんでしょうね? 医薬品誘発性の鬱って何故か首をつりたくなるんですよね……。飛び降りとかじゃなく)、今は自分の気分も、周りの理解も、あの当時よりちょっとマシになってます

自分自身病気であることを受け止めるのに時間必要だったように、周りの人に理解してもらうのにも時間がかかるのかもしれませんね。ゆっくりゆっくりあなたの状況が改善されていくのを私も願っています

長文乱文失礼しました。

はいっても頭に浮かぶのはセックスばかり

孤独で満たされない日々を送っている

職場では年下のガキに舐められ

家では洗濯してテレビを見てオナニーするだけ

孤独に埋もれそうになるとき

やっぱりセックスしたいなと思う

誰かを愛したい愛されたい受け入れられたい認めてほしい

そういうものを求めてしま

承認欲求の正体

愛の倒錯

オタクの愛はいつも孤独だ。

本来、愛とはその対象承認し合って確かめものであるのに対し、我々の対象とはアニメキャラクターという架空存在だ。

そのため、どれだけ綺麗な言葉を囁こうと、どれだけ素敵な贈り物をしようと、受取手が不在では滑稽な一人芝居でしかない。

その一人芝居で狂いきれるのであれば、孤独にも耐えられるのだろうが、それは難しい。

から何とか愛を出力し、第三者承認してもらうことで自らの愛を認めようと試みる。

その出力方法は、例えば「◯◯は俺の嫁!」とか言ってみたり、キャラの絵を描いたり、SSを書いたり、など実に様々だ。

しかし前述の通り、この表現の向かう先は愛の対象でなく全く無関係第三者で、対象と確かめあう愛とは異なった歪なものだ。

オタクが愛を確かめときにはこのような”手段としての表現”という倒錯に縋るしかないのだ。

この、愛を証明するために第三者を利用している状態こそ承認欲求の正体なのだ

2018-10-15

anond:20181015162232

社会別にいい思いしてないと思ってない男に

お前らは罪深いか懺悔しろ無能なのは自己責任から席を譲れ!自己責任から孤独にのたれ死ね!というフェミニズム界の竹中平蔵みたいなのがたくさんいるのよ

2018-10-14

anond:20181014163400

それは全然残ると思う。

私は、労働に限らず、合わない人間が無理やり同じ空間に入れられる限り、問題は発生するって感じだと想像する。

家族学校などなど。

一方、極端な孤独も同様。

 

全体的なムカつきの総量を減らせると良いんだよな〜

27歳男性だけど人生詰んだ

スペック

 

仕事ができない

スペックの欄に書いた通りうつ病を患っている。そのため仕事ができない。

原子力関係シンクタンクで働いていたところ、ある日ストレスの多さから突然自殺未遂をし、以降休職している。

しかし先日、精神障害があるのでこれ以上雇えませんという宣告を勤務先から受けた。

ハローワークに行って障害者枠で仕事を探そうとしたが、「主治医から仕事ができる』と言われないと仕事探しは出来ない」と門前払いされた。

大学非常勤講師にでもなるかと思ってJrec-INを見てみても、能力的な面や専攻的な面、そもそも業績を上げていない(零細学会で一回発表しただけ)より、自分が出来そうな講師職はなかった。

理系研究職ならまだあるだろうが、文系で「若者の『地元意識』を数理統計的アプローチから明らかにする」という謎研究修士課程でしていた身としては、研究を生かせる職があるとは思えない。

SPSS(重回帰分析・二項ロジスティック解析)とかEXCEL太閤KH CODERなら何とか使えるが、それらが使えても何の足しにもならない。

プログラミング数学高校時代文系クラスだったため数ⅢCは受けていない)、英語が出来ないため、プログラマーとして働くこともできない。

実家に帰って仕事を探すにしても、実家熊本の山奥である。一件だけ工場ライン工があったが、体力がないので長続きはしないだろう。土木作業員警備員も同様の理由から候補から外れる。

普通免許も持っていないため、できる仕事も限られてくる。外回り営業職はまず無理だろう。

そもそもコミュニケーション能力が皆無だと医者から言われたため、高度なコミュニケーション感情労働を要する仕事コンビニファミレス居酒屋店員営業職)も向かないだろう。

結果できる仕事ほとんどないことになる。フリーターすら無理であるバイトすらできないなら詰みである

 

お金がない

仕事ができないので、細々と傷病手当金生活している。

しか家賃(6万7000円)を払うのもやっとで、生活できるとは思えない。

親に金を無心するにしても、実家お金ほとんどないとのことなので、お金無心することは出来ない。

社会保障の緊縮化が叫ばれる中、生活保護受給するのも難しいだろう。

貯金も尽きそうになる中、お金がないのは致命的である東京の自宅を引き払って実家に戻るにした場合、恐らく二度と東京には戻れず、実家軟禁され続けることだろう。

その場合仕事もないし一生ニートになるしかないが、その場合貧乏実家さら迷惑をかけてしまうことになる。

宝くじ一等当たれば話は別だが、そうでないなら人生詰みである

 

友達がいない

コミュニケーション能力がないためコンビニバイトすら務まらないということは先述したが、コミュニケーション能力の欠如は友達がいないという形でも顕在化する。

友達がいなければ自身が抱える孤独とかを吐き出せる相手もいないということになる。また、友達がいないことは社会から孤立していることを表している。

社会から孤立している人が人的資源を使って今の窮状から脱することは出来ない。詰みである

大学時代オタクコンテンツ消費者インサイトを探るための参与観察の一環として漫画研究会に所属していた。そこで友人関係を築いておけばよかったと後悔することしきりである

からは入れる漫画研究会的なところはなさそうだし。

 

楽しみがない

うつ病をり患しているという事情も勘案せねばならないが、それを差し引いても日々の生活の楽しみがまるでない。

戦隊モノ仮面ライダーウルトラマン、一部の深夜アニメ日常系)が好きだったのだが、最近そういうのを見ても面白さとかを感じることはなくなった。ゲームも同様である

成城石井に行くために秋葉原に行くことが結構あるのだが、そこでアニメ漫画ラノベゲームを楽しんでいる人を見ると嫉妬で頭がおかしくなりそうになる。

そのほかに楽しみがあればいいのだが、それもない。大学学部生の頃までは鉄道模型とかトンネル巡りとかしていたのだが、お金がないせいでそういった趣味ももはや手を出せない。

楽しみがなく生ける屍になっている。楽しみがなければ生きる希望もない。生きる希望がないことは人生詰みである

 

自殺すらできない

自殺すれば楽になるとは思っている。他人迷惑をかけ続けている以上、けじめとして自殺しなければならない思っている。しか自殺すらできない状況である

先日も神奈川県ダム自殺未遂をして警察保護され、父親が迎えに来たが、熊本から神奈川まで往復数万円かかった。そういった経済的支出が出来るほどの余裕は実家にはない。

今度自殺未遂したら一生実家に軟禁するぞと両親から言われた。実家軟禁されれば仕事することも、金を稼ぐことも、鉄道模型トンネル巡りもできなくなる。

実家通信回線は貧弱なので、アニメ特撮インターネットで見ることもできない。

まり、今度自殺未遂をしたら仕事お金友達も楽しみもすべて親により永遠に奪われることになる。それだけは何としても避けたい。

年末スピリタスを一気飲みして自殺しようかと考えていたが、それもかなわぬ夢となりそうだ。

家族や周辺の人々に不幸をまき散らしている自分がいてよい道理などない。詰んでいる人生から離脱することすらできない。これを地獄と言わずに何と言おうか。

 

結局人生詰んでいる

これから先どうすればいいかからない。

実家に戻ったら二度と東京には戻れないし、働けるような職もない。つまり一生ニートでいることが確定である。何としてもそれは避けたい。

からと言って東京にい続けるにしてもランニングコストがかかりすぎて、お金を費消することになる。お金が無くなれば生活できなくなり詰みである

自殺するような真似をすれば実家に一生軟禁確定である。だからと言って無駄に生をむさぼっていても詰んだ状況から脱出する術は一向に見いだせない。

結局自分人生は詰んでしまったのだ。自殺できないので、来世に期待すらできない。

クソみたいな人生なので皆さん嗤ってください。

色んな、社会人サークルに参加したら左翼を辞めれた話

左翼って言うのが相応しいのか分からないけど、

自分毒親育ちの左翼だった。子供の頃から毒親の影響からか、友達ができない、もしくはできても健全友達関係ではない

(要するに共依存関係)ので長続きしない、友達付き合いに必要な小遣いとかをくれないとか・・で友達のいない子だった。

20過ぎてから毒親自覚してカウンセリング等、受けまくって今では人並みに人付き合いができるようになったが、昔は本当にだめだった。

そんな自分左翼?になったのは大学から・・最初サブカル洋楽)にはまって、友達がいないかカラオケで歌う曲を覚える必要もない。

流行とは真逆音楽やら映画やらばかり追求し、だんだん政治にも興味を持ち出すと、チョムスキーの本とか読み出した。

大学を出てから派遣で働きながら、田舎自給自足しようとかNPO法人で働きたいとか内田樹とか安富歩さんの本とか読みあさり

自分大衆とは違う、そっち系の人という自覚がずっとあった。

そんな自分が35過ぎてから社会人サークルに参加しまくりだす。

職が変わって週休2日になったのが大きいのだけど、茶道教室陶芸教室英語カフェ読書サークル、等。

思うに私はずっと自分中学大学まで友達がいないこと(特に大学では究極ボッチ)を正当化しようとしていた。

友達がいないか自分はここまで自分世界を広げられたんだ。

ショーペンハウアー曰くに「孤独を知らないもの自由を知ることが出来ない」

でもやっぱりずっと心に欠けてるものがあったのも事実で、それが社会人サークルに参加させてのだと思う。

以前もmixiとか流行った頃とかそういうサブカル左翼の集まりに参加したけどそれはもともとそっち系の人の集まりだった。

今は、全く思想もなにも関係のないいわゆる普通の方々ばかりだ。

でも参加すれば受け入れてくれるいい人ばかりだった。

そういうアットホームな所に継続して通うようにしてたからなんだけど。

そしてとうとう掴んだのだ、共同体感覚・・と言うものを。そしてアドラー曰く

共同体感覚を掴んでこそ、人は承認欲求を捨てれるのだ」ということを身を持って体験できたのだ。

毒親に対するカウンセリングを受けてたころ、幼少期のトラウマ専門用語で言えばインナーチャイルド)は克服できた、

それは街中で見る子供と親の様子を見ることで、ああ自分もああやって受け入れられてれば愛情にも飢えないし、

人を怖いと思う必要もないのだと思えたから。・・としか青春期のトラウマはずっと克服できていなかった。

どういう学生時代理想なのかずっと掴めていなかった。それを30後半にして掴んだのだ。

それを掴むと、もう「世の中を変革するために何かをしなくてはいけない」とか

「みんなが右を向いてるとき自分は左を向かなくてはいけない」「自分は何か人より頭1つ出てなくてはいけない」

とかそういう脅迫観念はどこかに吹っ飛んでしまった。

どれだけ世のため人のためと思っても結局承認欲求だったのだ。

ピンクリボンなんか糞くらえだ

二十代後半で乳がんが見つかった。

乳腺症のひどい胸をしていて、二次性徴が見られるころからずっと胸が痛かった。

からしこりがあるのも普通だった。

二十代半ばをすぎたこから何となく胸全体が柔らかくなった気がしていたけれど、

よく触ると固い部分があるからやっぱり自分の胸はこういう胸なんだと思った。

巨乳にあこがれて、理想Eカップだったけれど、長い間Cカップだった。

がんが見つかる2,3年前に下着屋さんで測ってもらったらDカップになっていた。

Dカップも小さくはない部類だなとのんきに考えてはいたけれど、

しこりが大きくなってきているのは薄々感づいていた。

私は医療系の国家資格を持っている。

きちんとした専門の大学に行き、大学院にも通った。

大学院の同期と後輩で海外旅行へ行った。

自然乳がんの話になり、乳がん肉まんの中に梅干しタネが入っているみたいな触り心地らしいよ、と、年上の同期が言った。

肉まんの中に梅干しタネ入ってるのなんか触ったことないですよね~、と、呑気なフリをしていつもの通りおちゃらけて私は返事した。

実は私の胸にもしこりがあるんですよ~、触ってみます?と、いつも通りの雰囲気で、しかし内心焦って続けた。

のしこりは、想像の中にある肉まんの中の梅干しタネに触り心地がそっくりだった。

彼女たちは触らず、微笑みながら言った。

帰国したら検査してみなよー、安心するよ。」

帰国して約一か月、土曜日トイレぼんやりしながら、そういえば、と思い出した。

スマホ検索して、土曜日受診できる病院電話を掛けた。

何となく人気らしい病院を選んだ。院長が講演活動なんかもやっているらしい。

電話がつながったものの、案の定、初めての患者は一か月くらい診てもらえないと応答した女性は言う。

しこりがあるようなら、うちじゃなくても良いんで、一刻も早く診てもらってください」

まりにも真剣な声だった。電話で問い合わせただけの相手に言うにはあまりにも真剣だった。

予約がとれなければ面倒だからやめとこう、そう考えていた私に次の病院電話をかけさせるには十分すぎる熱量だった。

仕方なく次の病院に連絡をしたら、その日のうちに検査ができた。

マンモグラフィーは痛いものだと健診で受けたことある友人から聞いていた。

それにしても痛すぎるのではないか

それまでの人生、私は自分が痛みに強いのだと思って生きてきた。根拠があるわけではないのだけれど。

しこりのある胸を挟まれた時、あまりの痛みに体が震えて、冷や汗が出た。

検査技師のお姉さんに肩を抱かれて、一旦休憩しようかとベッドに座らされたときパニックになりそうだった。

こんなに痛い検査が侵襲性のない検査とされているのがおかしい、どうかしている、

痛みを我慢できなくて恥ずかしい、情けない、あまり働かない脳みそを使ってぼんやり考えた。

しこりの少ない胸を検査された時も痛かった。だけども反対側より随分と楽に思えた。

自分名前を呼ばれて診察室に入った時に、お医者さんからかけられた第一声は「大丈夫?」だった。

大丈夫ではなかった。血の気が引くとはこういうことをいうのかとしみじみと考えた。

若い女性にはマンモグラフィーよりも、エコーが良い。

そういう知識は持っていた。普通会社員として働いてはいるけれど、学校で習った。

エコーでお医者さんが見せてくれたしこりは、もこもこしたクリームパンのような形をしていた。

医者さんは、難しい顔をしている。モデルのように美しい女医さんだ。

良性の腫瘍の表面はつるりとして、悪性の腫瘍デコボコしている。

そういうことも学校で習った。

その後二か所の細胞診をした。帰りに次回受診の予約をした。

これがもしも何ともなければ、がん保険に入ろう。

いつも私は自分のことを病人にしたがってしまう。

から大丈夫だ、言い聞かせるように胸の中で何度もつぶやいた。

それでも不安がぬぐえない。どう考えても悪性の要素しかない。

医師の友人に連絡をとった。

友人はマンモグラフィー読影の講習を受けたばかりだから何でも聞いてくれといつになく自信にあふれていて、

安心させようと、大丈夫大丈夫と返してくれた。

エコーがこうで、というと、段々と友人の返信に元気がなくなってきた。

最終的には検査結果を待とう、としか言ってくれなくなった。

当時、転勤になったばかりで、それまでとは全く別の職種コンバートされていた。

それまでは暇で仕方なかったのだけれど、打って変わって忙しく

新しい職場単身赴任おっさんばかりで、慣れない環境に日々翻弄されるばかりだった。

残業中、ふと個人携帯に着信がある。

登録していない番号に胸騒ぎがする。折り返すと病院に繋がり、すぐにお医者さんへと代わった。

電話細胞診の結果を言うことはできない。でも詳細に検査がしたいので予約時間を変更してほしい。

結果を言うことができないも何も、それは告知のようなものではないのか。

人生を揺るがすほどの言葉を、私は残業中に、会社非常階段で受け取った。

診察室で細胞診の結果を見た。

まり詳しくはないけれど、学校で見たことのあるような悪い顔をした細胞が並んでいた。

検査施設からつけられたコメントにも『陽性』と記載がある。

確定診断のための検査は、もはや簡単な手術だ。

バコラ生検といって、皮膚を切って漫画のような太い針をした注射器のようなもの組織を吸い上げる。

局所麻酔を打つ。痛みがありますよ、なんてお医者さんは言ったけれど、マンモグラフィーの方がよっぽど痛い。

検査をしてくれた個人病院ではなく、大学病院へそのまま紹介状が書かれた。

色々な説明を受けた。

詳細な検査なしにはわからないけれども推定されるステージ予後タイプによる治療方法の違いや色々。

がんのサイズは3cmあったので、ステージⅡ以上は確定だと、悲しい顔で告げられた。

先生、すぐ治りますか」お医者さんにバカみたいな質問をした。

「うん、すぐに元気になるからね」お医者さんは、今思えばとんでもない嘘つきだった。

大学病院での検査の結果、私はホルモンレセプター陽性、HER2タンパク陽性だった。

簡単にいうと、乳がん治療薬に対して感受性が良いか治療やすタイプだ。予後も非常に良い。

その時は、結果に対して良いことだと感じた。

しかしそれが不幸なこととだと後々思い知る。

術前に二種類の抗がん剤をし、術後に放射線治療ホルモン療法をする。

卵巣の保護とがんの発育を防止するために女性ホルモンを止める注射を打ち

抗がん剤を入れるタイミング分子標的薬の点滴もする。

手術は、温存できそうであれば乳房は温存、シリコンは30年で入れ替える必要があるからおすすめはされなかったので

自分脂肪筋肉移植する方法選択した。

術中にすべてが終わる、同時再建となる。

私の乳がん治療効果が出やすい。出やすいということは、可能な限りの治療法をすべてやってしまうということだ。

予後が良いことと、元気に余生を送ることは違う。

若いから体力がある、回復が早い、とあまり知識のない周りは言う。

抗がん剤は元気な細胞ダメージを与える薬だ。

元々同い年の友人と比較しても筋肉痛になりやす新陳代謝の良かった私に副作用はてきめんに出た。

2,3回の抗がん剤でがんは柔らかくなり、一種類目の抗がん剤を終えるころには触れることさえできなくなった。

それでも、標準治療という、乳がんに決められた治療は命に関わる副作用でもない限り続けられる。

薬を検索して出てくる副作用は大抵踏み抜いた。

感染症にだけは気を付けていたので治療は滞りなく続いた。

味覚障害にならなかったことで体重はどんどん増えていってしまった。

がん=痩せる、は乳がんには当てはまらない。

病気ストレスでどんどん食べる。抗がん剤副作用吐き気がおさまれば、

副作用止めのステロイドのせいで食欲がとどまることを知らない。

ハゲデブ、年頃の女性にとって最悪の状態になる。

乳がんです、と職場に言えば早期と言った覚えもないのに早期のがんの扱いをされる。

実際に早期の分類ではあるものの、どうせ早期なんだろ、と軽くみられるのは納得いかない。

普通に接してやっている、と面と向かって言われたこともある。

咳が止まらない風邪おっさんが、俺もガンかな、と独り言を言う。

今考えれば職場環境は最低だった。

病人扱いはしない、と言われたけれど、仕事は当たり前に1人分用意されていて

懇願しないと手伝ってもらえない。

離れて暮らす家族も、会社を休むな金を貯めろとしか言わない。

確定診断の前、がんかもしれないと連絡したらいつもお前は私たちを驚かせてばかりだとなじられた。

そのあとに、あんたが落ち込んでると思って、と電話をかけてきた母に優しさは感じたけれど

最終的にはがんは自業自得だと罵られて終わった。

突然健康容姿を奪われてしまって、なおかつ職場家族理解が伴わない、そうなると当然頭がおかしくなる。

抗うつ剤睡眠導入剤が追加された。

手術はうまくいった。乳首も残せた。傷跡も自分ではそれほどは気にならない。

少しずつ萎縮しているようで、元々がん抜きにしても健側の乳房より大分おおきめだった乳房がかなり小さ目になっている。

今計測してもCカップいかもしれない。

それでも医療機関で新しいスタッフ出会うたびにきれいだと褒められる。

執刀医がその分野での大権威だったことは幸いだった。

分子標的剤とホルモン療法は副作用のため途中で終了。

術後4年とそろそろ半年がくるが今はがんのためには何もしていない。

時期的にはそろそろ寛解といっていい。

しかし体に残るダメージは癒えない。

手術痕はきれいなものの、剥がれた背中筋肉や、弄り回されて傷ついた神経は軽い疲れや天候不順で大いに痛む。

ホルモン療法のせいで腱鞘炎がひどく、手術もした。

この手術がうまくいっていないようで周辺のスジがひどく痛むし、こうしてキーボードを打っていても

薬指や小指のあたりに力が入らない。

抗がん剤で傷ついた手の表面の神経はいまだに感覚が怪しく、ざらざらした布を撫でると奇妙な不快感を覚える。

足も不意に菜箸でつつかれるような痛みを覚えるときがある。

ついでに、おそらく不妊症になってしまっている。

私は元々婦人科系のホルモン疾患があって、ピルを飲まなければ日常生活を送ることすら困難だった。

しかし、ホルモンがエサになるタイプのがんだから使用することができない。

倦怠感、睡眠障害PMS自律神経失調症気象病

ホルモンの乱れ、心身に蓄積したダメージ、見た目が元気そのものからこそ理解されないタイプの不調を抱えている。

こんな体調だし、あまり弱みを他人に見せることが好きではないか彼氏はいない。

そもそもいたこともないので作り方もわからない。

太ってしまったものの、髪の毛は生えてきているし、我ながら顔は普通レベルには整っている方だと思う。

だけれど、結婚して、子供を産んで、ということは私には夢物語だ。

人生で一番色恋にうつつを抜かさなければならない5年間私はひたすらに体調が悪くて自分の世話さえままならない。

がんそのものでは死なないかもしれない。

がんが連れてきた不調によっては死に至ってしまうかもしれない。

かに抗がん剤はつらかった。

幾度も孤独な夜を越え、みじめさと苦しさと痛みに、毛のない頭を抱えてもだえ苦しんだ。

粘膜が弱って、鼻が蛇口になったのかと思うほどの量の鼻血が出たこともあった。

ホルモン療法を始めてすぐはひどい鬱状態に陥り、首を吊りたい欲求を抑えることに必死になった。

それと比べれば瞬間最大風速は今の方がぬるい。

でも、終わりもないし先が見えない。

次にがんができたら、そう、一度でもがんを体験したことのある人間なら頻度はともかく頭に浮かぶだろう考え。

私は次にがんができても積極的治療はしない。

できれば死にたい

お酒たばこもしないので、非難される要素はあまりない。

病気で死んだとなれば、外聞も悪くない。

ピンクリボン活動が声高に叫ばれている。

何もなくて、安心を得る人もいる、見つけて、切って、はいおしまい。で済む人もいる。

でもそうでもない人もたくさんいることだろう。

死ぬよりつらい地獄に引き込まれることもあるだろう。

こういう地獄があるんだよ、と説明することも大事だと思う。

地獄入り口になるかもしれない責任を持つべきだ。

ピンクリボンなんて、かわいらしいイメージではよくない。

そもそも私は乳がん検診適用の35才より若くに自分病院にかかったか

まり恩恵を受けてはいない。

がんサバイバーがエネルギッシュな姿をさらすことは勇気を与えるかもしれない

でもサバイバーがエネルギッシュにならなければいけないという無言のプレッシャーがある。

現に、私の母は新聞で見た乳がん患者はこんなに元気なのに、あんはいつまで病人気取りなんだと叱責してきた。

元気がある人しか声を上げないのだもの

元気がない人にも声を上げさせてほしい。

下手にがんが見つかるとこういう辛い思いをして、死ねずに生きる羽目になる。

からそれでも生にしがみつきたい人だけが検診をする覚悟を持てと。

やさぐれて、どうしようもなくて、地の底を這いずり回って泥水すするような気持ち毎日を送る羽目になるぞ。

末期で見つかっていれば、大事な人にありがとうと、嫌いな人へ呪詛を伝えて心軽く天国だか地獄へ行けていただろうに。

病気になる前よりずっとずっと性格が悪くなってしまって悲しい。

長い長い、そろそろ自分乳がん患者と呼ぶのにためらってしま三十路女の独り言

追記(10.15)

たくさんの方に愚痴に付き合っていただけたことに、少し気分がすっきりしました。長くてすみません

Amazonの欲しいものリスト!?公開したら物をいただけるの!?さもしい私は飛びつきそうになりましたが、三十路レディなので澄ました顔で見ない振りができます

お肉食べたい!不眠改善のために良い寝具欲しい!楽して痩せるダイエット器具

物欲は止まることを知りませんが、あなたの周りの少し元気がない人に美味しいご飯おやつをごちそうしてあげて下さい。

回り回っていつか私がご相伴に預かることになるかもしれません。

◆母のこと◆

クソ!母親が!!うちひしがれている娘に!!!そんなことを言うだなんて!!!と、当時発狂しそうに悲しんだんですけど、母も恐かったんでしょう。

恐がりなんです、恐がってる自分を受け入れられなくて、私に当たることしか出来なかったんだと思います

今も、私が一刻も早く普通に戻れることを期待しています。私の体調が悪いこと、気持ちの落ち込みがあること、すべてを気の持ちようで片付けようとしています

私は、母の中では病人であってはならないのです。あって欲しくないのです。

からと言って、娘に言って良いことと悪いことの区別がついていない理由にはなりませんが。

母は、母なりに私に愛情を持っていることだけは誤解されたくなくて追記しました。

内弁慶で臆病なおばさんなんです。

ちなみに、近親者で乳がんは父方の祖母(60代発症)だけで、姉も、おばや従姉妹、その他男性、他に誰も乳がん患者はおりません。

遺伝性のものではなさそうなので、単純に運が悪かったのです。

職場について◆

国家資格は取得しているものの、勤めている会社ではその資格を使ったお仕事はしていません。

ですので、デリカシーのないおっさんらもあんまり医療知識がないです。

とは言え、どう考えても非情対応をされたことは間違いありません。

もっと貶してください。

叩いて下さい。

あの頃耐えて笑っていた私が報われます

今は優しい人達の多い職場に転勤しています仕事にも人にも恵まれています

泥水をすすりすぎて、濾過した雨水うめぇ水道水最高!って言っている状態なのかもしれません。

分子標的薬で心不全症状がガンガン乳がんだけに)出ていた最中引越しを伴う辞令を出した会社には多少わだかまりはあるものの、結果オーライ職場環境は確実に改善されています

それでも体が辛いものは辛い。

ピンクリボンへの八つ当たり

そうなんです、八つ当たりなんです。

わかっているんです。

気軽に乳がん検診に行こう、それで簡単処置で助かる命がある、それは尊いことなんです。

ファッション感覚ピンクリボン、ウェーイ!としている女子が妬ましいんです。

ウェーイしている女子いるからこそ気軽に検診が出来る、それが本来目的なんでしょう。

ただ、若年性乳がんって、乳がん全体のほんの数%なんです。貧乏くじ引いてしまった感が否めないんです。

元々ちょいちょいツイてなかった私が、こんな所でもツイてなかったかー、と。

妬ましく思っても許して下さい。

ネルギッシュに闘病体験を語って、良い感じの活動をしている先輩サバイバーを見て、そうはなれない(なりたい訳でもないけれど)不定愁訴しんどいんです。

残っている後遺症のようなもの障害レベルではなくて、1個1個は誰しもが抱えている何らかの不調なのかもしれません。

不調の数が多すぎて、歯車がガタガタで、支える気力も尽き果てた状態が今の私です

ぶっ飛ばさせて、レッドリボン軍だか、クリボーだか、びっくらぽんだかのアイツを。匿名のこの場でくらい。面と向かっては、きっと吐き出せないので。

優しい言葉ありがとう、長い愚痴に付き合ってくれてありがとう

嵐のような感情の発露は鍵付きのTwitterだけで行っていました。

初めて書き散らしたこの場で、思いもよらずたくさんの方に見ていただけて、嬉しく思います。 

大好きなアーティスト懇願して(服の上から)触って貰ったことあるので、本体の私は乳のせいで地獄のクソ煮込みをわんこそばで注ぎ込まれている割に、乳だけは世界で1番幸せ者かもしれません。

欲しいものリスト我慢するので、私と彼が結ばれる結末を祈って下さい。

似たような容姿で集まる時代なのか

高校というクラスを思い出すと何だかんだ多様性というのは保たれていた気がする。

いや、そんなことは無かった。

自分は最終的に私立文系クラスにいたがウェイな人間ばかりがいるクラス孤独だった。

ただ、その前は似たようなアニメ趣味やらインナー系の人間が沢山いるクラス何だかんだ居てよかったと思ったものだった。

それでも、中学のころよりも高校の時のほうが分断が激しかった気がする。

ある程度の容姿学力というもの差異が開き、もはや埋めがたい格差となっているのだ。

そのあと自分大学受験で散々な目に遭い、低偏差値大学に進学するのだった。

そこではもっとからさまで、人間容姿で分裂している。

似たような容姿で皆が集っているのだ。

そして、ただただ享楽を得ようとする。

正しく、これは「分断」というものだろう。もはや、どこか交わる気配などないのだ。

精々、就職活動えぐい闘争を繰り広げるだけである

思い返せば、中学の時というのは何だかんだ差異がないから分断がなかった。

割と誰でも居てもいい雰囲気だった。

思えば容姿の差が少なかったからだろう。

最近卒論相談先生とした。

もう、国民国家のもとで皆で国民なんて言える時代じゃないよなという話になった。

そうなるともっと小さい単位 民族容姿で集うことになると。

それがエグい分断になる。

ただ、その間にも経済格差は広がる。貧しい者が集って格差是正を目指さなければいけないのに、容姿やらで無慈悲な分断でどうにもない。

酷い時代である

2018-10-13

人生20年目、ついに初めて彼氏ができた。

といっても正直全く実感がない。今まで友達として2人で出かけたことは何度もあるし、私が相手好意を抱いているかと言われたらはっきりそうとは言えない。付き合わなくても、ずっと友達でいればいい関係だな、と思っていた。

それでも付き合うことになったのは、告白されたときにもう一つ隠していたことを告白されたからだった。知り合ってから数ヶ月、相手はそのことをずっと男友達にも誰にも言わずに一人で孤独と戦っていた。付き合う気はあんまり無かった私だったが、涙を流しながらそのことを話す相手を見てNOとは言えなかった。

その時は完全に情に流されたと思う。人生で初めて男性から告白された、ということもあってその空気で断ることなんてできなかった。実際、心の支えになってほしいと言われて嬉しくないわけもなかったし。

とは言えども今になって相手のズルさを感じている。というのも、相手事情でいざ付き合っても来年春まではあまり自由に遊ぶことができないのである。ついでに相手高校生とき好きな人がいて告白しまくっていたにも関わらず他の女と付き合っていたらしい。その上泣いていた理由もほぼ自分の甘えを反省していたのが理由だし結局ただただ誰でもいいから頼りになる女が欲しいんだろうな、と思ってしまう。

自分気持ちを整理するために書いたのに愚痴みたいなこと連ねても何も整理できなくて笑う。私も自己中に「付き合うなら私のことだけ見ろやクソが」的なことを思ってるんだろう。ていっても19年一切男と関わりなかったこんなクソ女のこと好きになる人なんてこの世にいると思えなかった人生だし余計な発言して嫌われたらもう死にたくなる。それを相手に言えない自分も嫌いだ。

とりあえずは来年春まで付き合えるように頑張る。もし寂しさに耐えきれなかったらどうしよう。弱いとこ見せたくない意地があるんだけど見せた方が幸せなんだろう。変なプライドと嫌われたくない思いが強すぎて何が本心なのかどうしてほしいのか、全く自分気持ちが分からない。

若おかみは小学生! を観に行ってないのが許されるのは中学生までだよね (感想)

若おかみは小学生を見てきた

両親が交通事故で亡くなっておばあちゃん経営する温泉旅館〈春の屋〉で小学生のおっこが若おかみ修行をするっていうあらすじからしてもう年寄りの涙腺が崩壊確定。

まだ観ていない人のために私から伝えられるのは

おっこが!!!かわいい!!!!!!!!!

以上だ。

これより下はネタバレ含む感想垂れ流し文章から未鑑賞の方は今すぐブラウザバックしてその足でお近くの映画館に行くがいい。















開始五分で両親がおっこに花の湯温泉ドグマを受け渡し、交通事故で両親が退場するスピード感。もうここでメンタルがギッタンギッタンに引き裂かれた。ここから後この娘子はどれだけの心労と苦労とを重ねなければならないのかが容易に想像されて、もういいから早く!!!!!!の子幸せにしてあげて!!!!!ハッピーエンドを我々は所望する!!!!!わからんのか!!!!!!スタッフ!!!!!!!!と残りの80分弱叫び続けていた。もうね、家族3人で住んでいたアパートを一人でランドセルを背負ってキャリーケースを引きながら電車に乗るおっこがかわいそうでかわいそうでもうおばちゃん心がしんどかったわ・・・。隣のボックス席には父親母親に構ってもらえる子供の様子が見えてるしさ・・・。もうおっこ(と我々)の心にダメージを与えるのはやめて脚本・・・

部屋にいるとき旅館掃除をしているとき、布団で寝ているとき、あえて現実に重ねる形であり得たはずの両親とおっこの一家団欒が描かれていて、おっこがまだ両親の死を受容できていないのが本当にクるんですけどやっぱり少女が受け止めきれない喪失感世界観を歪めてまで自分を保とうとする姿って生命力に満ち溢れていて萌えますよねわかりませんか?がっこうぐらしでも使われた技法だけど刺さる人には刺さる死ネタなんやなぁ。

本作を語る上で絶対に外せないのはやはり同級生ピンクフリフリラバル旅館百合と謎多き占いお姉さん年の差百合ですよねわかりまぁす(ねっとり)。

二人ともいい女なんですよね~~~~~~~~かっこいい、めちゃくちゃかっこいい。自分ポジションをわきまえているからこそ身振り手振り一挙手一投足に宿るオーラが半端じゃない。

真月は膨大な資金ブランド力で高級路線の大旅館の、おっこは小さいながらも一人一人のお客の望む宿泊体験を少数精鋭の従業員提供する家族経営の小旅館の跡取り。大資本対小規模経営対立構造ではなく、花の湯温泉を共に活性化させていく温泉ギルドの仲間として二人が互いを「バカおかみ」「ピンふり」と罵り合いながらも最善のホスピタリティを目指すのがさいっっっっっっこうに百合なんですね。真月を高飛車無能かませ犬ポジションに置くのではなく、小学生ながらホモデウスを読み過去偉人金言にも精通した超絶努力家としているのが本当にうまい鯉のぼりの大群を山から見える風景構成するのに端に行けば行くほど小さい鯉のぼりを置いたり、イルミネーション庭園の監修をするなどのデザインセンスに長けたキャラクター性が打ち出されている。自分に課せられたブランドを損ねることが他の旅館観光業の人々に与える甚大な影響を知っているから、己の才能と太い実家にあぐらをかくことな研鑽を止めない。その姿を周りも見ているから、ピンフリと影で呼びこそすれども同級生は憧れ、尊敬の目を向けている。広くない土地の近い業界ギルド全員がうまくやっていくための信頼と協力の労働が成り立っている世界観に輝きを感じた。そう、描かれてるのはあくまでも温泉ギルドを中心とするおもてなしの心であって、だからこそ他人利益気持ちを損なうような不純物や明確な悪意を持った悪役が一切出てこない。お客さんも全員多少の難はあるけれど本質的に善人で、それぞれが日常で傷ついた心を非日常の春の屋で癒されて帰っていく。おっこの心情にフォーカスすれば不運な境遇女の子過去と決別する映画であるが、若おかみとしての言動努力フォーカスすれば、使えるもの幽霊でも鬼でもなんでも使う美味しんぼテイストプロジェクトX。二つの成長譚が重層的に織り込まれてながら進んでいく構成、なんて素晴らしい脚本なんだ...。そしてこの界面に現れ出てくるのがグローリー・水領、年上クールビューティお姉さん。若おかみの顧客でありながらよき理解者でおっこの知らない世界を見せてあげられる唯一の人物。どうしたらそんな属性を一人にガン積みさせられるんだよ百合絶対殺すマン???失恋の傷心を癒しに春の屋にきたカリスマ占い師のグローリーが、おっことの溌溂としたやりとりと露天風呂生気を取り戻しそのままおっこと買い物デートに行くんですけどこの展開のスピード感がかっこよすぎて、なんでお姉さん一気に距離を詰めるの???惚れた。まぁ大方の予想通り高速道路でおっこの交通事故トラウマフラッシュバァァァックしてしまうんですが。過呼吸のシーンも大変よかった。よかった…。ここで帰宅するんじゃなくて、おっこにはウリ坊とみよがいて見守ってくれているんだよという心の弛緩が入りつつ、ジンカンバンジージャンプを爆音でかけて買い物シーンに突入する転換が最高にハイってやつでしたね。超絶高まるオタクと化した。超かっこいい曲だったから早く配信するんだ公式ジンカン人間音読みで世間意味だととるなら、人の世の中にたった一人で飛び込まされた小学生女の子人生の艱難辛苦と悲喜こもごもを一気に駆け抜けながら感じる世界観を歌った疾走感溢れるキラーチューンだと言えよう。そしてウリ坊やみよちゃん鈴鬼含む人ならざるものグローリーあかねといったお客、真月やクラスメイトやおばあちゃんに親戚、周りの人々との繋がりが縒り合わされてできた命綱彼女の足にくくりつけられている。だから彼女一人ぼっちじゃないんだ。それはそれとして買い物シーンでグローリー姉さんの衣装着せ替えがクッッッソスタイル良くて眼福。おっこの衣装激カワ。あの一瞬をもう一度と言わず何度でも見たい。(パンフレットでおっこの衣装が見れたが、目に感情が宿ってなくて泣いた。映画館でみた光景は偽物だったのか?)

この勢いだと登場人物と起きたイベント全てに言及ちゃうマンになりそうなんだが行けるところまで行ってみよう。おっこが旅館についてウリ坊登場してからずっとマジウリ坊UZEEEEEEEって思ってたしそんなに峰子ちゃん鼻くそLOVEなのかよしかも死因ダサ過ぎるとか台詞回しストーリー進行にやや無理あるでしょまぁ児童書だしそういうもんかって思ってたんですけどね、最後オチでやられた…。ネタバレしていい?12文字後にネタバレするんだけどさ、おっこの両親を車で轢き殺した男の家族を鈴鬼が呼び寄せたのホント鈴鬼何やってんのおい鈴鬼。なんでよりによってその客呼んじゃうのさ・・・。男の方もさ、知らなかったんだよね、あんたが泊まりに来た宿の若おかみがあの娘だって自分が今まさにおもてなしをした男が両親の仇だって気づいてしまった瞬間、両親がもうこの世にいないんだって気づいてしまった瞬間のおっこの表情が、真実にたどり着いてしまった時の涙でくしゃくしゃの表情がとてもよかった…。こんときのね、みよちゃんとウリ坊も本当に辛そうなんだよ。もうお前らが泣いていたのも含めて、完璧世界がそこに形成されていたんだ。ありがとうありがとう、本当にありがとう。ウザいとか言って本当に申し訳なかった。この映画ジブリ系譜を受け継いでいるのか、水の描き方が本当に美しい。温泉流れる湯の一滴一滴を視認できるくらい緻密に描写された変態作画が、何物にも変えがたい純粋少女性を保持した涙を生み出した。感動ポルノ精神リョナや安っぽいカタルシスなんかではない、もっと上位の美しさが、耽美があった。もう一度この目で確かめたい。誰か一緒に観に行きませんか?お前以外でお願いします。あ〜〜〜〜〜〜思い出した、グローリーがね、虫の知らせか女の勘か、早く誰かおっこの心を埋めてあげてくれっていうタイミングで車を走らせておっこを抱きしめてくれるんですよ。ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜最高。真月もアフターケアに動いてくれるしできる女って感じですよね〜〜〜〜〜〜。一応のクライマックスは、一人の少女としてのおっこと、若おかみとしてのおっこ、どちらの立場を取るべきかという課題に向き合うシーンになるのだが、両親と峰子ちゃん祖母から受け継いだ「花の湯温泉のお湯は誰も拒まない すべてを受け入れて癒してくれる」というドグマに従い、自分から両親を奪った相手を赦すことで、孤独のおっこから若おかみのおっこへのメタモルフォーゼは完遂される。

それにしてもおっこはマジでえらいんだよな。きちんと謝罪ができるし。自分なんかおっこの年の頃ちゃんと謝れた覚えないしむしろ今の方がまともに頭下げらんねぇもんな。一旦は怒りを爆発させても最後はきちんと頭を下げることができて、おっちょこちょいでも誠心誠意心からお客様に喜んで欲しいという気持ちが一本芯を貫いているのが本当に魅力的で人徳を感じさせる。これは個人的性癖の話なんですが、おっこが蛾とかカナヘビを見て叫ぶ声の演技が思ったよりリアルだったのも高評価でしたね。

我はオタクなので唐突自分語りしたくなっちゃうんですけど、自分父親を亡くしていて、うっかりおっこに感情移入してしまったせいでかなり心情的にもキツいものがありましたね〜。我は突然謎の病気消滅したパターンでかなりの割合記憶がないのだけれども、親戚から伝え聞くには、我が両親のお通夜の晩に「お父さんどこなの?」とタンスや押入れを開ける行動がみられていたらしく、おっこの両親の喪失を受け入れられないのも真実味があるな〜と思いました。パンフレットによると監督体験が反映されてるとのことで、リアリティがあるのも頷けました。

まとめると、若おかみは小学生ダークナイトだって散々言われてたせいで逆にダークナイトネタバレ食らったのほんまにtwitterオタク許さんからな。

あと私が観に行った回、5人ほどの男性オタクしかいませんでした。

おわり

2018-10-12

anond:20181012184433

それに合わせないと村八分とか、、、こえ〜、そりゃ出生率落ちるわ。

村社会問題があるのは自明だ(でも、離婚に考えが至る所に、ちょっと違和感がある)。

 

かい状況はわからないけど、妻>子供と、順番に正直に話してみる方が良いと思うぞ。

「パパさん」が嫌なら、子供と対等に話す必要はありそうに感じる。

そして、同意が得られたら、地域社会からフェードアウトだ。少し孤独だろうが、まぁしゃーない。

難航したら、まぁ何回も考えつつ答えを出すって感じか。

 

それにしても、「ミンナデバカニナロウ」という地域文化は誰のものなのだろうか?

人間子供ももっと知恵のある生き物だと思うんだけどなぁ〜

 

追記

え、これ再投稿!?

2018-10-10

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

2018-10-09

友達匿名自分の事愚痴ってるなんて信じたくもない

なんのための友達なのか……

何を書かれるかわからないと思いながら付き合うなら孤独の方がよっぽどましだ

これが若い世代感覚なら皆息苦しいのも納得

ジャンルの去り際と辞める時の感情二次創作で)

神がジャンルを去った記事を読みました

私はまったく神ではなく一般サークルですがいろいろ考えました

 

今私がいるジャンルは今でも大好きで仕方ない

かに好きなジャンルは今のところない

 

でもあまりにもあまりにも誰から相手にされていないようで孤独で寂しくて続けられない

私のスキル不足だって分かってるけどもう続けられないのかな…とか思う

 

まだまだ同人誌を出したい気持ちがあるのか分からない

辞めるって言ったら誰か惜しんでくれる人はいるのか…

 

そんな風に欝々感じながら過ごしています

ジャンルはそこそこ盛り上がっているところにいるのもあってか最近twitterのフォロワさんが倍以上に増えたのにいいねRT頂ける

数は10分の1くらいになりました

 

やっぱり私が作ったものとかをご覧いただいてどう感じて頂けたのか分からなくてつらいです

独身予備軍

久しぶりに予定のない休日だったので、ひたすらゴロゴロして過ごしていた。自分の家が好きだ。自分ひとりきりで過ごす時間必要不可欠だし何よりも大切だ。と今までは思っていた。なぜだか家でひとりいると、だんだん孤独が押し寄せて悲しくなってくる。どうしようもないのでネットを開いた。今まではこんな事が無かったのだ。人といるよりも1人でいる方が元気になるような人間だった。おそらく今の自分は、誰かといる時の方が余程元気である。びっくりしたし、とてもショックを受けた。自分はこの先、独り身で人生を終えるつもりでいる。それは、子どもをつくるつもりが無かったり、レズビアンから結婚できなかったり、そもそもモテる人間でもなかったり、色々理由はある。でも年齢で言えばまだ独身覚悟するような歳でもない。それでも独身で生きようと決めたのは、自分孤独に耐性があると思っていたからだ。ひとりで過ごす事をそんなに苦だと思わなかった。そう思っていたのに、ついにその自信を失ってしまった。独身の寂しさを綴った増田を読んだ。ある年齢に達して自分も後悔するのだろうか。子どもパートナーのいない人生幸せになれないのだろうか。次の休日は外に出てみようと思う。

虐待親につけいる人々

ツイッターをやっていると、よくわからないファボやリツイートがつくことがある。

自分フォロワー数の多くない企業アカウント中の人で、今年の夏、熱中症注意喚起を呼びかけたツイートが、先月、だいぶ涼しくなってからリツイートされたことがあった。

私のツイートの内容は、今日も何回か救急車の音を聞いた、熱中症に気をつけるように、また熱中症だと思っていたら、脳梗塞場合もあるので注意、というような内容であった。

なぜ、こんな涼しい日に?

と気になって、リツイート先を見に行く。会社アカウントアクセスしなかった時間半日ほどである。にも関わらず、リツイートされているはずの自分ツイートは大量の他のリツイートや、本人のツイートに紛れて見えない。

プロフィールを見ると、「児童相談所子供拉致された」ということと、「集団ストーカー被害を受けている」ことが書いてあった。

統合失調症にかかった親が、その症状による子供に対する暴言暴力通報されて、子供保護されてしまったのだろうと分かる。

だが、本人には病識がなく、あくまでも自分攻撃する勢力によって、子供拉致されてしまったと思い込んでいる。児童相談所もその勢力の一つだと思っているようだった。

さらに、ツイッター上には似たような状態にある親が何人もおり、そういった親同士が繋がることによって、妄想を強化させ、病識から遠ざかってしまっている様子が伺え、朝から恐ろしいものを見る思いだった。

だいぶスクロールして、自分ツイートを見つけた。その上下には、「救急車」と「脳梗塞」というキーワードで拾ってきたであろう他のツイートが並んでいたが、正直なところ、どういう脈絡でそのキーワードを持ってきたのか分からなかった。

自分ツイートまで遡っただけだが、その人物配偶者や親など、他の家族の影は見えず、孤独な状況に置かれている様子も伺える。

孤独な状況でSNSに頼り、妄想を増幅させている。SNS問題点が浮かび上がっており、本人もそうだが、何よりも児童相談所保護されているという子供が哀れだった。

ずっと胸の奥につかえるような居心地の悪さを感じて一日を過ごしたが、思い立って今度はグーグルの方で、どのようになっているのか検索してみた。

すると、思いの外、事態は深刻であることが分かった。

児童虐待通報され、子供児童相談所保護されてしまった親に対して、「児童相談所の方が子供拉致している」と吹聴して回る、社会的地位のある人々が存在し、お墨付きを与えている。そして、そういった親に対して、本を出したり、セミナーを開いたりしている。

彼らの動画や本を紹介している人の中には、イルミナティであるとか、宇宙人と思しき片仮名であるとか陰謀論で目にする言葉脈絡もなく飛び出し、妄想性のある病に罹患していると思われる人も含まれていた。

無論、現在児相対応問題が無い訳ではないだろう。

だが、彼らの主張はあまりにも荒唐無稽である子供児童相談所保護された時に生まれる親側の「自分虐待などしていない」と言う否認感情を逆手に取り、悪いのは児童相談所の方であると吹聴している。その中には、上記のような明らかに妄想性の疾患のある患者も含まれている。

こういった主張をしている社会的地位のある人物は他にもいるようだったが、具体的に目についたのは二人、肩書はそれぞれ弁護士医者である

弁護士の方は、南出喜久治

極右的な主張の持ち主であり、体罰の会副会長をしている。日本国憲法無効であるから、それに基づく教育基本法無効であると主張する極端な人物である

チャンネル桜に出た時の動画が出回っている。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=2&v=bsVc_DCAxOw

医師の方は、内海聡

ざっと調べてみたところ、反ワクチンで有名な医者のようであるワクチンどころか、向精神薬全否定し、さらには精神の病そのものさえ、無いと主張しているようである

南出の方は極右的人物であるが、内海の方にそういった思想的な傾向はあまり見られない。南出の動画チャンネル桜だが、ふたりともIWJに取材されているページも見つかり、単に右翼左翼という問題ではないようだ。

二人とも、大した理由もないのに、児童相談所子供拉致する。目的は、児童保護した時の一人あたり、30~40万円ほどの補助金が狙いである。児童相談所拉致した後は、子供を薬漬けにすると主張している。

だが、常識的に考えて、補助金保護した子供の食費を始めとする経費として、決して高い金額ではないだろう。

こちらのインタビューを参照すると、

https://news.yahoo.co.jp/byline/yuasamakoto/20170816-00074094/

通報があったうち、実際に虐待であると認められたのは8割だが、保護する必要があると判断されたのは13%であったと記されている。保護はその緊急性を要する13%とみなされて行われているのであり、大した理由がないとは決して言えないであろう。

また、向精神薬の利用に関して、適切かどうかは、別の問題として適宜考えればいいことである

最も重要なのは、このような主張に取り込まれしまったのでは、虐待をしてしまたことの反省から遠ざけられてしまう。また妄想性の疾患を抱えた親に関しては治療が最優先であるはずである

何よりもその一時保護を受けている子供の人権に関わる問題である

私は教育専門家ではないし、それどころか子供もいない。

からと言って、見つけてしまたからには、そのまま通り過ぎる訳にもいかない。

しかったので、見つけてから二週間ほど時間が経ってしまったが、この間にもおかしな主張に取り込まれた親子がいたのかと思うと忸怩たる思いである。

個々のデータ事実関係検証については、他の人にお任せしたいと思う。

実際に虐待通報されたことのある経験を持つ人は少ないだろう。私もあのようなリツイートが飛んでこなければ検索することも無かった。

だが、例えば「児童相談所」で検索すると、「拉致」がサジェストされ、「児童相談所 拉致」と検索された結果は反証のない、バイアスに満ちたものになっている。

問題提起せざるを得ないと思い、増田に書き込んだ次第である

太った

孤独に耐えきれず暴飲暴食を繰り返していたら太った。

自分は食べても太らない体質だと思っていたけど違ったようだ。

お腹周りと太ももに贅肉がしっかりとついている。

ストレスのせいで、お腹がいっぱいになっても食べるのをやめないせいだろう。

他人の目を気にして生きたくはないと思っているのだが、やっぱりすらっとしている体型には憧れる。

とりあえず筋トレでもしてみるか

anond:20181008215909

治療中の孤独な女から

鬱再発してそうですが、かかりつけ病院には行かれましたか

いまの状態でどうにかやりくり出来るのなら良いけど、再発だけはしないように頑張って下さいね

予約もなかなか取れないでしょうし、明日の朝イチで電話してみたらいかがでしょうか。

私は復職して1年経ってから、やっと土日に出かけられるようになりました。

それまでは、土日は疲れてひたすら寝てました。

まずは、病院に一度だけ行ってみてください。心からのお願いです。

2018-10-08

anond:20181008215909

そういう孤独感を心の赴くまま書き連ねるのは、いい増田活用法じゃね?連休なんて別にしまなくてええんよ。普段通りで。

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