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はてなキーワード: もつとは

2017-12-12

「歯みがき粉」の粉時代を知らない世代だが

この品物を指すときにはつい「歯みがき粉」と言ってしまう。そうでなければ「歯みがきのチューブ」とか。親世代子供のころに使っていたと言う。小麦粉みたいなのを歯ブラシちょっと付けてみがいていたのだと。だからチューブ入りになってもつい「歯みがき粉」と言ってしまい、それが俺にも伝わったのだろう。

品物を見ると「dental paste」とあるペースト、練ったもの、粉をねりねりしたやつ。ああそうか、練り歯みがきとも聞いたことがある。練り歯みがき、うん。正確には「練り歯みがき粉」とでもいうべきものを粉落としした。だから歯みがきという行為を練る、なんて妙な言葉になってしまった。これはちょいとおさまりが悪い。だから「歯みがき粉」とか「歯みがきのチューブ」とかいう用いられかたをするのかもしれない。この「歯みがきのチューブ」なんて表現へんてこりんものだが……

https://anond.hatelabo.jp/20171212150446

横だけど、半年も前で、これだけ書いて、トラバブコメも1個もつかなかったのなら、もう1回くらいチャレンジするのは許してあげようよ。

anond:20171212155229

童貞では無いと言う一点でのみ自分モテてるんだと勘違いする男もつきまといタイプになるって話あったなあ

検索してはいけない言葉

小学生前半辺りまではニートとか引きこもりとかありえないと思ったけど、実際なってみるとよくあることのように思えてくる。

今日検索してはいけない言葉」という懐かしいものを見かけて、解説動画を見て怖くなったりしていた。でもこの恐怖感って10代かそれより前にはよく感じていた感情だったなと思う。ニートとか引きこもりとかの話をみても「すごく苦しそうで自分は耐えられない」「なんか気持ち悪いな」という感情を当然のようにもつことができた。でも実際なってみてもそうは思わない。慣れてしまえば平気で繰り返してしまう。でも確かに年齢とかあの時からどれぐらいたって、どれぐらいの期間無駄時間を過ごしてきたのか、そういった人生のものに対して真剣に向き合っていないし、むしろ自然に目をそらしてしまう。沸いてきた不安や恐怖がフッと引いてしまう。恐怖感にさいなまれるのが良いとは思わないけど今の自分ってあの時の私からしてみればかなりホラー存在なのではないか

anond:20171212142931

まあネタもつまんないしもうどうでもいいんだけどね

まだブクマのないページに最初ブクマを付けるのって緊張するよね

まっさらな雪原に足跡を付けるような背徳感と、後に誰もついてこず一人取り残されたらどうしようという恐怖感。わかるかな?

まだ 若い 女性の よう なので 風俗で 働いて 男性観を 変えろ

男性に 夢を もつ

女性も 金を もて

女性が 金を もつ ためには オチンコを 持つ 必要が ある

若い 男に 絡んで いても 1円の 得にも ならない

まずは 振られた ぐらいで 泣いて しまう 自己愛の 強さも 改善を する 必要が ある

人は 人と ふれあい 成長を する

君は まだ とても 幼い きっと とても 若い

若い 女の 身体は とても 高い 価値が ある

無駄に 浪費を して しまわぬ ように お金に 変えて 見返して やろう




































































































































































































































































































































































https://anond.hatelabo.jp/20171210225445

2017-12-11

芸人面白くない理由

芸人No.1決定戦観てて思ったんだけど、女芸人ってネタの中身が面白いっていうのがほとんどない。

だいたいブス・デブおかし恋愛で笑いを取りにきてる。女芸人が女としていかに滑稽な姿を見せるかで笑わせようとしているか面白くないのだと思った。

そうやって女を利用するくせに売れてくると恋愛結婚願望が強まってネタ面白さがさらになくなっていくんだよな。

芸人として生きていくなら笑いのネタもっとこだわってほしい。安易に女を利用して笑いを狙ってもつまらいから。

パワハラに耐えきれなくて賞与減額されたクソッタレ

タイトルの通り。この前、冬の賞与面談があった。今回支給された賞与評価理由フィードバックする面談な。

そこで現部署上司に言われたのが「心当たりもある方は思うけど、上期は休みも多かったから、前期より評価は下げてます金額が少下がっているけど、下期は挽回する気持ちで頑張ってください」

俺は頭が悪いからそうっすかー頑張りますわ!でまとめてしまったけど、後から考えると悔しいわ。

その前に心当たりってやつについて説明すると、今年の4月に遡る。

今年の4月時点でその部署に1年間在籍してて、ペア仕事してた先輩が異動することになった。

そこで新しく着任した先輩と仕事することになったんだがまぁウマが合わない。詳細省くがパワハラの嵐とおもつてくれ。

最終的には心療内科にかかって診断書貰ってそれを産業医に持ち込んで、俺が異動することになった。

この頃の俺は今年度分の有給を使い切る勢いで仕事を休んでいた。夜は眠れないし食欲もないし、どうしても会社の最寄駅で降りられないことが何度もあった。限界だと思って心療内科に行ったら診断書もらったというわけ。

休職を申し出たが、いろいろ上のメンツもあったのか部署移動という話になった。頭がぼんやりしててあまりはっきり覚えていないのだがそういう結果になった。

そうして話は最初に戻る。

冬の賞与は上期(4〜9月)の評価で決まることになるから9月に異動した俺の評価は、場合は前部署上司がすることになる。

部署上司も、評価を前部署上司確認したところ、まあ休みも多かったから減額査定、という評価だったらしい(現部署上司にそう説明されたってことで、実際はどういう言われ方をしたのかはわからないけど)

結果パワハラに耐えきれず休みがちになった結果、会社から期待された仕事量をこなせず評価マイナスということのように見える。

理屈分からんかもないけど、自分を守ったことの結果がこれかよ。休むのに使ったのだって欠勤じゃなくて有給だぜ。

部署の先輩がどういう評価を受けたのか知らねーが、人を休職手前まで追い込んどいて、のうのうと生きてやがるのか。

結果そういう会社の期待に応えられない自分が悪いのか。俺は誰に向かってクソッタレと叫べばいいんだよ。クソが。

無性に悔しくて悔しくてぜんぜん眠れない。

愚痴雑談という知的作業について

anond:20171211134250

自分から誘っといて相手を待たせてでもついでに自分用事も済ませようとするカス相手にはそれくらいの扱いが妥当でしょ

anond:20171210181208

自分アニメ登場組アイドル担当Pだけど

アニメなんてやらないで欲しかったと心から思っている。

古参連中はこれぞアイマスだって絶賛してるけど

Mマス以外興味ないからそんなのノイズしかない。

あんなに課金していたモバ版はログインすらしなくなった。

まさか担当カードがただのJPGしか思えなくなる日が来るなんて

数か月前の自分には想像もつかなかったのに。

今はもうあんものに数万円も注ぎ込む気になれない。

何よりそれでも嫌いになれない自分イライラする。

anond:20171210150655

合理性だけで判断してくれる世界がある。保険っていうんだけどね。

誰かが交通事故などで死亡したとする。相手はちゃんと保険に入っていて保険下りるケース。この金額に関しては徹底して過去データから「それはいくら(人命も含めて)」で査定される。その人がいい人だったとか美人だったとか将来有望だったとか小さくてかわいくて将来は大女優だとか、そんな情緒的ことは一切考慮されない。その時点でその人がもつステータス保険会社の膨大な過去の事例から導き出された一般的金額に落とし込まれる。キモかろうが収入が多いおっさんだったら高くなるし、美少女でも一般的女性生涯年収から判断される。

犬猫とか「家族なんだ」とか言っても無駄動物はモノ。人命すら金額になるのに動物など完全にモノ扱い。モノにいたっては「それは形見で…」とかもう何の価値もない。あくま一般的な減損価格のみ。

合理性の極みで良いぞ。泣けるぞ。

なぜだろうか体が動かない

やらなければならないことがあるのに全く手につかず、朝になってしまう、

そんな生活をもう何十年も続けている。

高校大学とそういう鬱々とした悩み、間に合わない恐怖と付き合い、

そしてとうとう就職しても変わらず、延々この身体と心を苛む行動に悩んでいる。

大学まででもつらかったのだが会社員になってもから

例えば下痢を催すような身体に及ぶストレスにまで発展した。責任を鑑みれば当然だ。

それと、異常に仕事の速度が遅いのだ。単純作業ならまだしも、

例えば何かの企画を考えるだとか、アイディアを出すだとかそういうことに関して

本当に人より物事が出来上がらない。よその人間が一日で6つ考えるもの

自分が3日で2つしか考えつかないのだ。到底良い歳のオッサンがするそれではない。

様々な資料を当たってみたり思考法をインプットしてみたりもした。

だがそれで何かが良くなったということがない。

普段インプットが足りないのかもしれないが、人並みにはしているつもりだ。

インプットの質がよくないのかもしれないが

それを精査してくれる人間がいるわけでもない。

では手に付かない時間があるから遅いのだろうか?それもあるが

たまに全くすべてをシャットアウトしてある時間だけ仕事に取り組んだとしよう、

そこで単純に自分のペースが遅いということが分かる。

なので今こうして日曜提出であった仕事

やりもせずに眠れずにいることがとてもつらい。

やり始めても終わるだろうか?疑っても仕方がない、やるしかない。

だが出来ないのだ。何故だろうか?精神疾患だろうか?

病名がつくならついてほしいと思ったことが何度かある。礼を失した考えだ。

ときどき仕事をしていて物笑いのたねになるような、

指を指して陰で物言われる人間がいる。

多くはないが一つの職場に1人はいかいいかという、

仕事のできない人間というのがいる。それが私だ。

なぜ余裕をもって「普通に仕事をこなすことが出来ないのだろうか。

大した負荷のある仕事ではないのにそれが出来ないのだ。

よほど難しい仕事ならともかく。なぜだろうか。

とてもつらくてしかたがない。いつかよくなるとおもっているけれど。

2017-12-10

マルチミサイルがきらい

スプラトゥーン2の話

あのスペシャル、どの辺に技術必要なんだろう。

誰が打ってもそれなりに効果はあるけど、狙ったことができるかどうかはお祈りっていうところがとてもきらい。

なんかスプラトゥーン2スペシャルってそういうの多いですね。

アメフラシマルチミサイルが顕著ですけど。

そういうの、やられる側もやる側もつまんないと思うんですけどどうなんですかね。

練度がものを言うメインウェポンの応酬がもうちょっと見たいんですけど、使えば絶対にそれなりの効果があるならみんなスペシャルをためて使いますよねえ。

かに有効だけど、使った人がというより「このスペシャル強いなあ」という感想ばかりでてきます

「この人上手い!」って感想をもうちょっと抱けるようにしてほしいものです。

所謂国民教育復活論について

世界を見たらなおさら国民教育復活に関して議論をしなければいけない」とはいものの、私の立場もつながるのですが、むしろ逆に日本におけるその国民教育復活について世界に相応の理解を得る外交努力の方が求められるのではないでしょうか?

世界各地では国民教育の再教育をした方が社会正義に見合うという超のつく悪質思想国民教育廃止国の多い西側社会にて多発しています。私は、極めて厳しい条件をつけるという断りを入れておきますが、国民教育やその再教育に見合った超悪質思想であれば、再教育執行ができなければ民間による再教育報復感情をあおるため、公的責任報復連鎖を止めるという目的国民教育容認している立場です。超のつく悪質思想には相応の原因があると見るのが自然であり、その根本的原因を除去することが抜本的な意味での社会的対策です。西側社会内での、国民教育に見合う超悪質思想根本的要因除去への道筋なしに国民教育廃止論や復活反対論を持ち出すことほど空疎議論はないとしたものです。

格差社会弱者を救う

格差社会は悪であり、弱者との格差をなんとしても是正すべきだ」という意見は、日本人に根強い。

だが、本当にそれだけでいいのだろうか。

世界は今、エリート競争時代突入した。

この地球上で競争しているのは「人」同士ではない。

高学歴者、富裕層スペシャリストといった「エリート」こそが、今や競争の新たな「単位なのだ

高精度であるほど発展する性格もつこの世の中は、技術資本人材の集積によりその競争力を増す。

この動かしがたい社会合理性の結果、世界の多くの国で、いまエリートへの一極集中が進んでいる。

この現実無視して、平等主義金科玉条としてエリートの富裕化を否定すると、結局、国家社会競争力の失速を招く結果となる。

もし、日本エリート競争力を失うと、その冨を得るのは、実は外国エリートであって弱者ではない。

強者の失速は、結果的弱者に分配する原資がなくなるという受け入れがたい未来が待っているだけである

日本世界一格差社会にならなければ、弱者未来はない。

強者が沈むと、弱者が沈み、社会が沈む。

自身性的魅力がないから、金を溜め込む

最近母親中華を食べた。

エビチリが美味しかったのだけれども、隣のテーブルでは見てくれのいい大学生らしきカップルが話していた。

10年後はわからないが、とにかく今はセックスには困らない。

肌も綺麗だし、顔も小さかった。

彼らの話が聞こえてくるのだけど、自分も通うレベルに低い大学学生っぽかった。

近くのテーブル白人の子供を可愛いとか言っている。

なんでか、母親もつられて可愛いねとか自分に言いだした。

自分人種差別的だと母に怒った。

別に人種差別なんかどうでもよかったのかもしれない。

ただ、自分容姿の特徴とは正反対白人のガキの顔が褒められていることに嫌気がさしたのだろう。

すごく気分がわるくなる。

隣には、普段大学で歩くと目につくような見てくれのいい人間がいて、色々と精神的に追い込まれる。

母親が察したのか、「みんな、お金がないか大丈夫」と息子を宥め始めた。

ただ、我が家小金持ち程度だ。安心なんかできるわけがない。

最近感じることであるが、経済格差がなくなっても容姿格差は無くならないのではないか

例えば、我が家小金がなくなったらカップルが有利になるだろう。

容姿の醜い自分は最下層民ということになるのだ。

経済格差についての本を読んでいるが、比較的金があるとされる年寄りが金を分配したがらない理由には容姿があると思っている。

年寄り自分性的価値の無さを知っているから、金を溜め込んで何とか立ち位置を維持しようとしているのではないか

お金があるから容姿が悪くても大丈夫」という気持ちになりたいのではないか

若い女や子供を大切にする価値観というのは現状のところ、年寄りを大切にするのと対になっているイメージがある。

これは、若い女や子供に見出す価値年寄りにはないということだ。

その根本的なもの性的魅力だろう。

別に個人的に金には執着する気持ちはない。

深いニキビ跡だらけの肌や、大きな顔やらが嫌だし、やっぱり嫌われるのだ。

ただただ容姿が良くなって、あんカップルみたいになりたい。

こう、生の充実というのか、承認というのだろうか。

しかし、現状持病のために免疫抑制剤を飲んでいて、美容整形門前払いだ。

しかしたら、免疫抑制剤を切れるかもしれないし、色々な治療に期待できるかもしれない。

そんなこんなを考えると、経済的格差というのは性的魅力の格差差別から始まっているのではないかとは思う。

嫌なら見るな・読むな”の罪

嫌なら見るな・読むな”という言葉をよく見かける。

この意見ある意味で正しい。

作品が嫌で嫌で仕方ないのに、何の生産性もない誹謗中傷粘着質に続けるやつは、

さっさと病院にいけばいい。

一方で、私はこの言葉膾炙たことで生じる・または生じるであろう弊害が、

恐ろしくも憎い。

弊害とは何か。

正当な道理のある意見批判封殺するための手段に、この警句を用いる輩の発生である

輩はつまり信者揶揄されるもので、作家作品を退廃させ、堕落させ、

文化の先鋭的なきらめきを貶める俗物にして最低の悪性。

ある作品を語る際、人は往々にして下のいずれかのカテゴリーに柔らかく属する。

批評・・・作品の良し悪しを根拠を以て説明評価を定める。

感想・・・作品好き嫌い根拠の有無に関わらず語り、主観的評価を定める

批判・・・作品改善点や嫌いな点を根拠を示して説明し、作品あるいは作者に諫言・あるいは低い評価提示する

誹謗・・・作品あるいは作者を根拠を示さず、あるいは根拠すら捏造して貶める

誹謗を除き、批評感想批判はあるべきものだ。

批評作品の良さも悪さも根拠のもの論理説明される高度な作品への知性的愛情だ。

感想も良い。好き嫌い自由に語ること。それは大いに大事にされるべき一人ひとりの感性だ。

批判。さて批判はどうか。私は批判誹謗に巻き込まれ大いに疎外されている事象をあまりに多く見すぎた。

私はこれが許せない。批判とは作品という刃に打ち込まれる鍛冶師の槌であり、

時に作品の強度を高め、時に実用に耐えない刃を折る、厳しくも愛ある鍛刀技術だ。

なぜ愛があるか分かるか?それはそうだ、根拠を以て作品の未熟さや改善点を提示するなんて、

愛がないとできる訳がない。

さて、そのような批判に対して、実に多くの人はこの言葉を投げかける。

"嫌なら見るな・読むな"と。

批判と誹りの区別もつかない敬虔なる信者が、ただ良い評価だけを貰えれば良いというクリエイター堕落した願望が、

批判作品を育て、作り手は更に良い作品を作る、という厳しく果てしなく尊い循環の連鎖を阻み、

その結果、ただ賞賛けがまれユートピアのようなディストピアが生まれ

その強すぎる光の影には知性の欠片もないアンチ誹謗中傷が渦巻き、

作品を愛する知性ある批評言葉を発する賢人は、静かに筆を置くのである

「何もしない」が自分の見つけた生き方なのかも

40代後半の独身おっさん今日、ふっと気がついたんで書く。

何か責任のある立場に立ったり、役職につくのが本当に嫌だ。

先日も会社で皆で考えたある新しいアイデア特許を取ろうという話が出てきて、

自分がいつのまにかそれを推進する立場になっていた。

上の人に「頼むね」とか言われて、それが嫌で嫌でもう逃げ出したい。

何で自分がそういうことをしなきゃならないんだ。

皆でアイデアを出すのもいつのまにか取りまとめ役をさせられていて、

内心、嫌だ面倒だ何で自分が、と思ったけど断れない。

から自分の中ではずっと課題だった。

自分から何かをすることがない。

無趣味。やりたいこともない。夢もない。

就職活動とかしんどかった。

やりがいとか生きがいとか、自分に持ち合わせてないものを探しまわって無理やりでっち上げて、

なんとか自分にできそうな仕事についた。

まあまあ覚えはいいので仕事はそれなりにできるようになったけど

そこから先は自分からは進められない。

日々降りかかる仕事をこなすことだけで精一杯で、

帰宅する時にはボロ切れのようにクタクタになっている。

週末は家で酒を飲みながらテレビネット

たまに旅行に行くけどそれは現在から逃げ出したいかだってよく分かっている。

でも現状を変えることは何もしない。

からこんなことばっかりだった。

どうも周りからはしっかりしてると見えるらしく、

学生の時はサークルリーダーになってしまい、

年1回の数百万ぐらいかけるイベントを仕切ることになったが、

もう、足がすくんでいた。

結局サークルに別の揉め事が発生してその責任を取る形でやめたけど、心底ほっとし た。

小学校6年生の時には担任学級委員指名されてしまい、

これも本当に嫌で、立候補所信表明ときクラスの皆の前で

「僕はやりたくありません」と言い切り、

担任に「出て行け!」と怒鳴られて泣きそうになりながら教室を出たこともよく覚え ている。

小さい頃から本当にそう。何かをするのが怖い。

どうしてかはなんとなくわかる。

多分、母ちゃんが厳しかったのが理由

ちょっと悪さをすると怒られた。

やいと」とかね。知ってますか?

火をつけた線香をお尻にピッとあてるお仕置き

されている場面を一回だけ鮮明に覚えているけど、かなりされたと思う。

それ以外にも大人になっていろいろ気がつくことがある。

自分中学生ぐらいまで、戸棚や冷蔵庫にあるお菓子を食べるとき

必ず母ちゃんに「これ食べるよ」と言ってた。

この行為を大きくなってずっと不思議に思ってたんだけど、30の時に気がついた。

たぶん覚えてもいない頃に、勝手に食べてこっぴどく怒られたから。

それから食べる前に必ず母ちゃんに許可をもらうようになったんだ。

これも変な話だけど、幼心に大きくなったら自分は家を出ると決めてて、

小学校の2年生の時に父親に頼んで日本地図帳と電話番号メモ帳を買ってもらっ た。

家を出て全国を旅して生きようと思ってたから。

地図を見ながら電車で旅をし、行く先々で知り合った人たちの連絡先も書き留めない と。

今思うとけなげで微笑ましいけど、将来スマホができるとはわからなかったね。

結局18歳で家を出て、それから今までずっと一人で暮らしている。

一般に親が厳しい環境で育った子供自発性が乏しくなると言われてて、

自分を振り返ってもまあその通りだと思う。

自分人生下り坂に入って、母ちゃんもだいぶ老いた。

もう親の責任にするような若さも怒りもないけど、

今でも実家に寄るのは少し気がひける。

昨日、弟経由で母ちゃんから年末はいつ帰るのかと聞かれて、

帰るとは返したけどやっぱり気が乗らない。

どんな理由や要因があるにせよ、

自分人生を決めるのは自分だと思っている。

親や他人のせいだというのは自分のせいじゃない風にできるから楽だけど、

それでも親や他人自分人生責任を持ってくれるわけじゃない。

どんな方向だとしても、それは自分が選んだ結果だ。

そう思っている。

でもさっき、ふっと気がついた。

物心がつくぐらい、なにが良いのか悪いのかも分からないような子供

大人道理理解するのはなかなか難しいだろう。

そして幼い子どもからすれば怒られるということは、

天もひっくり返るような恐ろしい災厄なのかもしれない。

自分が興味のままにちょっと手を出した食べた走った言った、で災厄が降ってくる。

けれどなぜ災厄が降ってくるのか、その大人道理子どもには理解できないとした ら、

子どもなりの災厄を避けるベスト方法は「何もしない」ことかもしれない。

自分消極的とかやりたいことがない、の前に、

物心もつかないぐらいに自分で見つけた

「何もしない」という生き方を、今も守っているのかもしれない。

その生き方で曲がりなりにもここまで生きてきた。

いいとか悪いとかとは別に、よく今までここまでやってきた。

日曜日の昼下がりに布団の中で思った。

差別」という概念の捉え方が根本的に違う人たちが争っているということ

https://anond.hatelabo.jp/20171209143501

差別」という概念認識のものの違いが不和を生んでいる。

一方は、「差別」という漢字イメージから直接受け取れるように、対象間における「差」とそこからまれる分離による「別」という概念のものを見ている。

この根底にあるのは、「和」であり「平」であり「統一」であって、それに対しての分離という意味合いもつのが「差別」、という見方だ。

それ故に反差別とはすなわち、ある一定事象内(つまり社会)におけるあらゆる偏差をなくして均一にすること、と捉える。

もちろん、これは究極の話であって、様々な不確定要素が絡む中で完璧にそう在ってそれを維持し続けることはまず不可能だが、見ている先の方向性はそういうことになる。

からこそ、反差別を叫ぶ者に対しては、いずれは社会のすべてを管理制御してしまおうと言い出しかねない、といったような疑念が心の底で生まれしまう。

一方は、「discrimination」という単語イメージから直接受け取れるように、片方向による否定という「現象」に対しての否定という概念のものを見ている。

この根底にあるのは、「義」であり「公」であり「秩序」であって、それに対しての逆乱という意味合いもつのが「差別」、という見方だ。

それ故に反差別とはすなわち、ある一定事象内(つまり社会)における集合の秩序を保ってそれを維持すること、と捉える。

これは、あくまで人の営みの範疇でのコントロールの話であって、人が人と人の作ったものに対して責任を持つという理念が源としてある。

からこそ、反差別を叫ぶ者に対しては、いずれは人が築き上げてきたすべてを破壊して混沌をもたらしかねない、といったような疑念が心の底で生まれしまう。

前者と後者の一番の違いは、一方は実際に人の集合体としての社会を見ていて、もう一方はそれこそ宇宙における森羅万象の中のちっぽけな社会という一現象を見ている。

ここまでご大層な話ではないとしても、もしも人の思考というものが、たとえこれまで取得してきた情報によってフィルタリングされていても、その人の根源的な部分から現れているのだとすれば、この視点の始点のズレはとてつもなく大きいだろう。

から、これが正しいかどうかはともかく、これも一つの見方として包括的に捉えることができれば、少しは気分の緩和にはなるかもしれない。

別にゆとりもつめこみでもいいけど考えから書き込みしてほしいだけ

今のはてなを端的に言うと「流行るとは馬鹿に見つかること」

僕らはトップブコメレベルの低さに一日何回頭を悩ませているだろうか。

最近はくだらないブコメほどスターを集めやすくなった。

互助会ブログへの応援コメントを思わせるような極めて低俗で中身のない言葉こそが人に愛されている。

おそらく今はてなをやっている人間の多くは言葉を扱うことが苦手なのだろう。

それは読むにおいても書くにおいてでもだ。

小中学生の3割4割が日本語文章すらまともに読むことが出来ないという新聞記事を読んで眉に唾をつけていたが、現実日本人の4割は日本語文章を正しく理解できないのだ。

かつてニュー速VIPには3行以上のレスを書くなという不文律が合った。

あれと同じだ。

はてなにいる人間が読める文章の長さ、複雑さはそのレベルなのだ

そういう人間たちの手によって決められるトップブコメ読み手に一切のユーモアも読解力も判断力要求しない中身の無さがそのまま中身になっているような純粋罵詈雑言自分たち左翼右翼等に所属していることを知らしめるだけの旗印ばかりになるのは納得だ。

冗談としてもつまらなければ罵倒としても面白みがなくかといって知性は欠片も感じられない。

そこにあるのはレベルの低い人間自分レベルの低さを自覚しないまま肯定するための儀式に使われるある種のポルノ機能しか持ち合わせていない。

プロレタリアの下層にいる者たちがせっかく稼いだ日銭でストロングゼロを何本も購入してはコンビニの前でそれを開封してウェーイウェーイと奇声を発することで自分が今死んではいないという事実だけを必死確認するような浅ましい祈りのようなものだ。

今なら確実に言えるがはてな馬鹿に見つかってしまった。

今まで馬鹿馬鹿だと思っていた連中がまだそれなりの知能を宿していたインターネットを使う権利を有するに足る程度の最低限の思考力とモラルを持った人種であったことを認識させるレベル馬鹿がいよいよはてなを見つけたのだ。

勘違いしてはいけないのは彼らは侵略者ではなくただの新規ユーザーであるということだ。

彼ら馬鹿を追い出してはいけない。

それははてなというサービスを使うユーザー行使可能権限を超えた行いだ。

2017-12-09

anond:20171209075343

束で見るってのは、おれも分野の期待値として見るということばで書いてるけど同意

ただ、金はかかるけど金になる目処が見えない研究分野というのはやはりあって、

そういうマーケットのリターンとしての成果を予測できない領域税金を出すためには、

アウトプット客観的評価する方法がどうしても必要になってくるってのも前に書いたとおり。

難しいのはそういう科学を回すための科学をやってる基礎研究領域評価だけど、難しいからやらんでも良いってことにはならない。

ある研究分野にまとめて広く薄くお金をばら撒いてプレイヤーを増やし、結果としてアタリを増やすための原理としても求められてる。

ビッグサイエンスでは、金になる研究をやるグループ、金にならない研究をやるグループ

箱づくりをパッケージ化することで、金にならない研究にも金を出す理由付けに使っている。

それをアカデミア全体でやるためには、各研究分野のアウトプット種別研究野間の関連の可視化してバランス取るを必要があるし、

結局のところどうやってアウトプット定量化するのかはどこまでもついて回る問題だと思う。

2017-12-08

自慢話をされる

最近悩んでいるんだけれどともかく話をするといつでも自慢話をされてしまう。

初対面だとまあ普通に会話が成立するのだけれども途中からいつでも俺はすごい、という内容にシフトしてしまう。

特定人物に対してのみではなく、複数人間において同じ状況が発生しているので何かこちら側に問題があるのだと思うんだけど何なの。

自分の話がとてもつまらないのか、それとも侮りやす人物と思われているのか。

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