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2017-06-27

はてなヤバイ、ヤバすぎる

http://www.yomiuri.co.jp/national/20170627-OYT1T50032.html

26日午後9時15分頃、大阪市北区JR大阪駅中央南口付近で「建物屋上から男性飛び降りた」と複数の通行人から110番があった。

 大阪府警曽根崎署員が駆け付けたところ、男性が倒れており、その場で死亡が確認された。

 同署によると、死亡したのは30歳代の男性スーツ姿だった。目撃者らの話では、男性駅ビル16階から飛び降り、途中の15階のビアガーデンに落ちた後、立ち上がり、さらに地上の通路に転落したとみられる。男性家族に「生きていてもつらい」と電話をかけていたことなどから、同署は自殺とみている。

男性駅ビル16階から飛び降り、途中の15階のビアガーデンに落ちた後、立ち上がり、さらに地上の通路に転落したとみられる。


ブコメ

wow64 屋上ってことは27階から飛んで15階、15階から1階てか。一度目と二度目で何が違ったんだろ

namidash 最初に何階相当から15階に落ちたのか気になる。

iGCN 最初の落差が何階分あったのか気になる。

pikopikopan よく動けたな・・15階じゃ死ねないのか・・


ヤバくない?

底辺がどうとか偉そうに言ってる場合じゃねえよ。ここが底辺だよ。

このミステリー小説タイトルが知りたい

アメリカミステリー小説

知名度は低いかもしれないが、図書館で借りた本だと思う。

本棚Amazon購入履歴になかったから)

読んだのは5年以上前

ストーリー

主人公女性警察官

彼女の父も警察官だったが自殺している。

父の同僚警官が今は彼女上司になっている。そして主人公上司不倫関係

主人公の兄は内気な性格少年時代障害のある少女殺害した疑いを掛けられていたがすぐに捜査対象から外れた。

女性が殺される事件が起きてそれを捜査するうちに、兄を疑うようになる。

最後には犯人は兄である確信もつが、その時もうすでに兄は旅立っていた。

知りたい理由

主人公色弱クリーニング店の店主に事件のことを聞きに行ったとき

色弱について、多くの人は視力が弱いあるいは色覚が弱い程度のものだと思っていますしかし実際はほとんど見えないのです。私の場合はすりガラスを通して見るように全てが曖昧なのです。」

みたいな事を言う。

でも色弱はそんな症状ではないようだ。

私の記憶違いなのか誤訳なのかはっきりさせたい。

踏みとどまれたか委員会

あのとき踏みとどまれたかも!!?

あのときカフェインを飲まなくてもよかったな。

とかアルコール摂取しなくてもよかったな。

あと一杯!!!

不要だったな。

そういう委員会立ち上げよ!

喉が渇いていただけで別に麦茶でもよかった。

もつるべを儲けさせるの いや だったから 

ついつい

コーヒー

してしまったとか( ^ω^)・・・

ビールにしてしもた

新幹線特急ゆっくりできるとの高揚感からつい

ビール買ってもたけど、別にコーラでよかったよなとか( ^ω^)・・・

過去を振り返って

飲用履歴を振り返り

今後につなげてゆく委員会

いかがでしょうか

https://anond.hatelabo.jp/20170627020114

で、出たー笑

自分固定化するなー!自分勝手に決めつけるなー!とかまくし立てる馬鹿〜笑

あのねぇ想像力思考力もないバカに教えてあげると

現実問題として発達障害者の大半は相対的能力が低い、適応しづらい事実があり社会から排斥される可能性が高いのに自覚を変えれば人生が変わる!とかバァーッカじゃぁねーのー

能力の低さ故に脱することが不可能事実解釈で変えられる!とかアホなのじゃあ今すぐおまえビル・ゲイツと同じ額稼いでこいよ解釈で変えればできるんだろ、ザコっていうお話しでチュね〜笑

あと医者裁量からーってお前のような偏見を持った医者にあたったら発達障害でも生きづらいまま放置されるってことじゃんwww

知能検査でわからないキリッアホか知能検査で適合する条件かの診断もしてるんだから診断される要因のひとつにはなってるだろwww

発達障害と似た症状が〜って具体的に何と何と何っすかwww

もしや二次障害との区別もついてないんだろうかwww

2017-06-26

議論を騙った宗教戦争

昨今「批判」の是非について諸々話題になっているようだけれど、

正直、「批判」や「議論」という大義名分に驕って、単なる攻撃正当化している「エセ批判」が蔓延しているイメージはある。

それが顕著なのが(これらを同列に扱って良いものか正直悩むけど)政治ゲハゲームハード)の話題

どちらもその実態議論とは程遠いただの「宗教戦争」で、

自分論理的正当性立脚しているが、相手盲目的な信仰心立脚しているだけ」

と互いに互いを認識しており、自分意見が異なる相手を「信者」「キ○ガイ」などと平然と罵っている光景を目にすることが多い。

二言目には「いや、だってあっちの方が酷いから(自分罵倒はそう問題じゃない)」。

政治に無関心な人が多い」なんて言葉政治に熱心な人からしばしば耳にするけれど、

私の周囲には「政治に無関心」というより「政治に熱心な人と関わりたくない」という人の方が多かったんじゃないかと思う。

というのも、政治に熱心な人は「その人の信仰する思想以外には攻撃的な“信者”」である確率”が高いから。

勿論それらは単なるノイジーマイノリティーだとは思うのだけれど、表に露出するのはそういう人ばかりだから尚更そういう心象が強くなってしまう。

それ故に、「政治離れ」の原因は「政治に熱心な人」にドン引きしているから…ってケースは割とあると思う。

それが神であれ思想であれ、信じる(疑わない)のが宗教で疑うのが哲学

理屈と膏薬はどこへでもつくけれど、それは信仰例外ではなく、理屈が伴うことはなんら自身思想正当性保障しない。

アメリカ大統領選挙での応酬を見てても思ったけれど、これが現代版の、当事者達には宗教自覚が伴わない宗教戦争なのかなと思う光景結構多い。

そして他者への攻撃を「聖戦」と正当化するように、他者への単なる罵倒が「議論」や「批判」と自己正当化されているケースも多いと思う。

批判」が単なる悪いものとして受け止められてしまうのは問題だと思うけれど、仮にそう思っている若者が多いとするならば、

多くの若者がそう思うに至った背景にあるのが、若者をそういう風に育てた社会であることもまた忘れてはならないと思う。

恋人アスペルガーかもしれない

自分の中で対話を終了させてしま

自己保身の嘘も、優しい嘘もつけない

空気こちらの雰囲気を察することが苦手

からこそ、たまに見せてくれる愛情表現

嘘が一つも含まれていなくてものすごく可愛い

人間関係が苦手なのに、向き合ってくれてありがとう

教材用ヨサコイソーランを産み出した小学校卒業した

https://anond.hatelabo.jp/20160617143210

俺の卒業した小学校は、いわゆる「学校教材用ヨサコイソーラン」を産み出した小学校だ。

https://youtu.be/GJVr7CR9jLY

この曲である

曲の途中で子供の「ハイハイ!」という声が入っているが、

それは俺の3個上の先輩たちの声である

もともと児童をすぐ殴って泣かせることで有名(20年前は何の問題にもならなかった)なサッカー部顧問体育教師がヨサコイソーランをやりたいとか言い出して、

周りの反対を押しきって勝手に始めた。(97年くらい。)

その年から、うちの小学校修学旅行札幌のヨサコイソーラン祭りに参加するだけという、とてもつまらないものになってしまった。

一泊二日で札幌の街中を躍り歩くだけである

他に特に観光するわけでもなく、ただただ純粋に踊るだけ。

修学旅行でもなんでもねえ。本当につまんねえ。

もちろん「そんなことしないで、ちゃんと観光させてほしい」と反対する保護者の方が多かったが、

いつも児童をぶん殴る体育教師

「なあ、オメーラ!ヨサコイやりたいよなぁ?なぁ!」って言うので児童は黙って頷くしかないのである

そうして、「児童が自らやりたいと言った」というテイのもと強制的に付き合わされることになり、

そこから数年間は、保護者の反対を押しきってまで札幌のヨサコイソーラン祭りに参加するだけの修学旅行が続いた。

もちろん、俺の学年の修学旅行札幌のヨサコイソーラン祭りで踊っただけで終わった。

もともとヨサコイソーランなんかに興味のない俺にとって、心底つまらなかった。

ヨサコイ用の衣装を高い金額で買わされ、学校に行けば毎日躍りの練習

小学校高学年になってからは、体育の授業といえばヨサコイを踊った記憶しかない。

土日になれば、地域祭りやら老人ホームに駆り出され、踊らされる。強制的に。

こんなの楽しんでいる児童は、ヤンキー気質の奴だけだった。

この体育教師趣味強制的に付き合わされているだけで、迷惑しかなかった。

しかし、2002年2003年頃に、保護者の猛反対に合い、修学旅行はもとの観光に戻り、ヨサコイ強制全員参加から、やりたい生徒だけの参加になり、次第に下火になったと聞いた。

教師の横暴が許された最後時代である

そんな教師が作り出したのが上記の「学校教材用ヨサコイソーラン」であり、CD化され全国の小学校で使われていたわけである

さすがに20年前の曲なので、今はこの曲は使われずに

新しい学校教材用ヨサコイソーランが使われているらしい。

うちの小学校の著名な卒業生に、杉村太蔵がいる。

https://anond.hatelabo.jp/20170626101153

今の童貞高校生の君には難しいかもしれないが、性欲というのはどこまでも消化できない厄介なものなのだ

童貞でない者なら、乳首ひとつ例にとっても、それを実際に見て触って、口に含んで転がして、念入りにもみほぐしてみたところで射精までのにぎやかし以外の何物でもないと断言できるはずだ。

無論、童貞高校生という性欲カースト最後尾かつ最高消費者植物プランクトンには想像もつかないことなのだろうが、乳房ももケツ秘裂も、いざ自由にいじり倒してハメ殺してみれば、すべて同じものだと言い切れるものなのである

それらは躍動しながら秘匿された存在であるがゆえ妄想をかきたて、君のあそこをビンビンにさせるわけだが、その射精欲はその指向性のみによって完結した存在なのだと君は知らなければならない。

性欲はどこにも君を導いてくれない。

人間生理的欲求がすべて、その当事者を満足させるために存在するわけではない。射精欲は射精するまでの存在だ。

時間無駄以外の何物でもないと誰もが分かりきっていながら、開かずにはいられない扇情的エロサイトへのリンクを踏まないでいられたら、どんなにかいいだろう。

だが悲しいかな。この情報化社会においてはネット接続睾丸を切断する以外に射精欲を振り切る術はないのである

(続)今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

https://anond.hatelabo.jp/20170626100841

どうやら文章がなが過ぎたのか切れてしまったので、誰にも求められていないとしりつつも続きを載せておく。

↓↓↓

運による要素もとても多いのだが、つい「もしかしてちょっと頑張ればいける?」なんて思ってしまう情けなさ。

大人しくしておけばいいのに、後ろだって充分楽しいのに。

本気で毎回前を取ろうとしたらどうしたらいいのかはわかっているけれど、それをするためには費用も労力もかかりすぎるし、おそらくそれをしたところであの頃と同じ楽しみ方はできない。

そもそも、あの頃のように認知されてお気に入りファンになりたい訳では無いのだ。

これだけは自信を持って違うと言える。

私にとってそうなりたい対象は後にも先にもaさんだけだ。

それに、今応援している声優さんと私が楽しくお話ししている様子なんて全く想像もつかないし魅力もあまり感じない。

というか話すことがない。

ライオン赤ちゃんのような?

檻越しにみて「キャーかわいーー」と思ったり、抱っこして写真撮影をするくらいの触れ合いなら楽しいけれど、じゃあ毎日会いたい?毎食餌やりしたい?というか飼いたい?と聞かれたら答えは即答で「No」みたいな……

なんとなくそんな感じなんですけど伝わりますかねぇ……

あの頃のようにもっと必死な強火のファンになりたい!

そうは思うのだが、求めているものが当時と違うのだから同じ方法では私の欲求は満たされないのではなかろうか。

けれど、この前最前列でその声優さんを間近で見た時の興奮はあの頃いつも最前列で感じていたそれと全く同じ感じでドーパミンアドレナリンが出ていた気がする。

これはどういうことなんだろう。

どうしてこんなに苦しいのか。

私はただ、好きでいたいだけなのだ

その人の声を聞いているだけで幸せになれて、その人の出演作を追っていくとその度に新しい発見があるのが嬉しくて、

ラジオでみせる素のその人をうかがい知れる様子がとても微笑ましくて。

それだけで充分なはずなのに。

もう「強火」はこりごり。だって苦しいって知っているから。

ライトファンでいたい。

もう目立つことはしたくない。

他人を気にせず自分のペースで好きでいたい。

これは間違いなく私の本心である

けれど、必死で全力で追いかける事でしか味わえない感情がたまにフラッシュバックする。

あの快感中毒性でもあるんだろうか、

それが欲しくて仕方ないのも、また否定し難い事実なのだ

今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

今日応援している声優さんがお誕生日を迎えられたので、初めてTwitterでリプを飛ばしてみた。

できるだけ目立たないよう、当たり障りのない言葉を選ぶのに一生懸命になっていたら30文字程度なのに10分もかかってしまった。

けど、送れた。緊張した。

沢山のリプが来ているから、きっと埋もれてしまうだろう。表示数の上限とかに引っかかって見れないかもしれない。

けど、それでいいと思う。

それでいい、という事にしたい。

私は、その声優さんに関してはライトファンでいたいと考えているからだ。

私がその声優さんファンになってから、まだ1年も経っていない。

中高生の頃はアニメをよく見ていたけれど、2次元は随分とご無沙汰だった。



その、2次元から離れていた期間の事を少し話そうと思う。

私はとあるジャンル所謂「追っかけ」をやっていた。

ジャンルはぼかすが、お笑い舞台アイドルバンドなどの「ステージを観に行く」系のものだと思ってほしい。

元々高校生の頃からそのジャンルファンではあったのだが、大学生の頃にとある人に興味を持ち、その人を目当てに見に行く回数が増えていった。

便宜上、その人をaさん、aさんが所属する団体をAとする。

Aの規模は決して大きくない。

「若手」とか「マイナー」とか「インディーズ」とか、そんな感じだと思ってほしい。

aさんと出会うまでは同じジャンルももっと規模の大きなところに通っていた私は、Aでカルチャーショックを受けることになる。

距離の近さだ。

さな会場だと、一番後ろでも表情がわかる。目が合う。

Twitterでリプを送ると反応が返ってくることがある。

出待ちイベントで直接話すことができる。

そしてそういう事を繰り返していくうちに、相手自分を覚えてもらえる。

自分存在相手に影響を与えているということがあんなに嬉しいとは知らなかった。

そして、そういった体験は私をどんどんaさんに夢中にさせていくことになった。

当時を振り返って、私がaさんという「沼」の深みにはまってしまった原因はなんだったんだろう?と最近考えることがあったのだけれど、決定打(致命傷というべきか)を与えたのは「チケット」かもしれない。

私は、チケットを取るのが上手かった。

Aは規模が小さいのでチケット完売することはまずない。

なのでいつ買っても良いのだが、同じ席種のチケットでも優劣があるのは良く知られている事だと思う。

まり、「より良い場所で見られるか否か」。

座席が決まっているものでも整理番号入場で自由席でも、基本的には先着順で良いチケットは無くなっていく。

そしてそれは運の要素ももちろんあるのだが、先着順で先頭になるテクニックというもの存在する。

決して特別なことではないのだが、私はそれをするのがどうも一般的な人よりは上手かったらしい。

Aの公演に通い始めてしばらくして、初めてチケットの発売日にチケ発をしたら最前列でみれるチケットが取れた。

本当に特別な事はしていないので驚くと共に、私は不安に襲われる。

どんなジャンルでもそうだと思うのだけれど、最前列は熱心なファン、「強火」なファンが多いものである

そんなファンの中に、まだにわかな私が入っていっていいものなのだろうか。

いじわるをされたりしないだろうか。

そんな不安は、当日公演を見たらすっ飛んでいってしまった。

遮るもののない視界。

手を伸ばせば届きそうな距離

しっかりと私宛と認識できるファンサービス

やっべちょうたのしい。

こうして私は、だんだんと公演を見に行く回数が増え、「前方で見ること」にこだわるようにもなっていったのだった。

それから1~2ヵ月経つ頃には、一般的に「追っかけ」というレベルになっていた。

公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。

地方の公演にも行くようになった。

出待ちも毎回するようになった。

そうするうちに、aさんもAに所属する他の演者も私の事を覚えてくれて、お互い軽口を叩ける位の関係性になっていった。

そうなるともうやめられない。

結果として私は、1年間に70~80公演、イベントも含めると100回近く、それくらいのペースでaさんに会いに行くようになった。

どんなに時間や体力や懐が厳しくても、会いに行くことをやめられなかった。

その頃の生活についてもさらっと触れてみる。

1~3年目は大学生だったので、公演がない日は隙間なくバイトシフトを入れ、単位を落とさない程度に授業に出ていた。

キャリーバッグを持ってバイトに行き、終わり次第夜行バスに乗って地方公演に行ったり、

地方公演に行った後空港徹夜して、始発の飛行機で戻りそのまま大荷物大学に行ったりとなかなかアグレッシブだったと思う。

就活は一応した。就職を機に追っかけをやめようと思っていた。

しかし、結局就職先が決まらずにフリーターをしながら資格勉強をする道を選ぶことになる。

名前が書ければ入れるような大学ではなかったことと、その年の就活事情が「氷河期よりひどい」と言われるレベルだったことを一応言い訳させてほしい……首都圏大卒初任給額面15万(残業代出ない)の求人を蹴ったのは間違いではないと思うんだ……。勿論私が追っかけにかまけて就活を真面目にしていなかったことが一番の原因なのだけれど。

何となく察していらっしゃるかと思うが、フリーターになったことで追っかけはとてもしやすくなった。

よく働いた。そして給料は全てaさんのために。

2年後にようやく就職するまで、私は大学生の時以上に追っかけに精を出すことになってしまったのであった。

なお、資格は3ヶ月で諦めている。費用は全て自分持ちだったので勿体ないことをした。どうせならその費用を追っかけに使えばよかったと未だに思っている。

aさんの追っかけをしていたのは正味5年間くらいだと思うのだけれど、その内4年間くらいはずっと「強火」だったんじゃないだろうか。

さっき、「公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。」と書いたが、前方数列以内では基本的に満足せず、最前列をいつも狙っていた。

理由は色々ある。

誰よりも近くで見たかったし、他のファンが目に入るのが嫌だった。

それに、最前列にいると「誰よりも近くにいる」という優越感も出てくる。

しかし、まあ、そうなってくると問題も色々起きてくる訳で。

Aでは、最前列で見ている面子ほぼほぼ固定されていた。

その面子の中にはもちろんaさんの他のファンもいる。

中にはAの他のファンと結託してチケットを取っている人たちもいたから、その戦争に打ち勝ち最前列を勝ち取るのは大変だったし、自力で良いチケットを取って最前列でみれたはいものの、他のファンから嫌がらせを受けて楽しめなかったりもした。

それでも、私はaさんを近くでみたかったし、元来勝ち気で負けず嫌い性格なので嫌がらせなんぞに屈する訳もない。

しろ火がついてより一層チケット取りに力を入れることになる。

テクニックで取れる先着順のチケットも、万全を期すために代行業者に頼んだりした。

抽選販売保険をかけて何口も申し込んだ。

手売りのチケットで順番がランダムになっていた時は30枚、50枚、100枚と良席が出るまで買い続けた。(流石に毎回は出来ないが。)

余ったチケットは定価か定価以下で譲りに出していたけど、譲り先が決まらなくて手元に結局残ってしまったことも少なくない。

今でも実家掃除するともぎられていないチケットの束が出てきたりするのはそのせいだ。

もう使えない意味の無いチケットなのに、なぜか捨てられない。

一応金券だからだろうか。いや、多分理由は違う気がする。

私が100枚買ってもチケット完売しないような状態だったから、きっとAにとっては良いお客さんだったろう。

おかげでAの演者たちから、私はそれなりに気に入られていたと感じている。

まあ、客だから悪く扱われないのは当たり前なのだけれど、他の「強火」のファンの中には割と問題児もいたりしたので「相対的に」ということだと思ってもらえればいい。

その問題児についても沢山書きたいことがあるのだが(なんせ面白い話が沢山あるのだ)、長い話になるため、まだ本題にも辿り着けていない今回は自重したい。

詐欺」と「下肢静脈瘤」と「亀によく似ている」いうキーワードだけ置いておくのでもし増田でいつかそんな記事を見かけたらその時は宜しくお願いします。

話を戻す。

私はaさんから、他のaさんファン比較して1番良い扱いを受けていたと思う。

相対的に見てまとも」

「他のファンと揉めない」

「毎回来てくれる」

チケットを沢山買ってくれる」

「気の利いた差し入れ(時に高価なもの)をくれる」

これなら気に入られるのは当たり前なんだけれども。

当時の私も、その事は理解していた。

理解していたからこそやめられなかった。

やめてしまえば、今の「特別扱い」は無くなるとわかっていたかである

私はそのポジションを守るために必死だったから、やってみて評判が良かったことは続けるようになってしまった。

チケットは、もう良いチケットを確保していてもまだ沢山残っていたら追加で買った。

差し入れは、たまにaさんだけではなく他のAの人にもさり気なく配って他の演者から評価も下げないように気をつけた。

他のaさんのファンとも積極的交流をもち、仲良くした。

出待ち自分が話す時間が無くなっても、他のaさんのファンの子を「話しに行っておいで」と送り出した。

全部、最初は打算なくやっていたこと。

たまたま、友人を誘う予定ができたから追加でチケットを買っただけ。

たまたま、お礼をしたいことがあったから他の人にも差し入れを渡しただけ。

私が他のaさんファンから嫌がらせを受けたことがあったから、私はaさんファンに優しくしてaさんファンを増やしたかっただけ。

でも、それに「ありがとう」と言われてしまうと、やめるのが怖くなり自分をどんどん追い詰めていくようになる。

それでも、自分特別だと思っていたし、自分が好きでやっている事だから何も気にならなかった。

けれど、

例えば、自分がどうしても譲れないと思っていた公演で最前列を取れなかった時。

例えば、自分はされたことのないファンサービスを他の人にしているのを見た時。

例えば、相手の機嫌が悪くて冷たくされた時。

_______辛かった。苦しかった。しんどかった。

Aの、aさんの熱心なファンが増えていくほど、そういう事は増えていった。

違うか。

私が、そういう事を前より気にするようになってしまっただけだ。

(だってAの客は5年間で殆ど増えなかったんだもの)(新顔が増えるのと同じくらい前からファンが離れていったから)

自分が強火になればなるほど、その火力は沢山の利益をもたらしたけど、それと同時に私の精神は焼け爛れていった。

幸いにも、5年間の間にAの他の演者ファンで、私と同じようなスタンス応援している信頼できる仲間ができて、その子達と相談したり協力しあっていたか孤独ではなかった。

これが辛いと愚痴を零せば「わかる、私もね……」と話をしてくれ、お互い慰め合い励ましあって。

1人でないことがどれだけ心強かったことか!

けれど、aさんはAで一番人気で一番ファン問題児が多くて一番気分屋だったから、他のみんなより私は苦労することが多かった。

事実はどうあれ、少なくとも私はそう思っていたので、その結果

「みんなはいいよね、私なんか……」

と思う事も一度や二度ではなかった。

その頃にはもう、お金を稼ぐ時間とaさんに会いに行く時間以外はなくなっていったし、稼いだお金はいくらつぎ込んでも足りなかったから、友人からの誘いも断ることばかり。

元々私は多趣味で他にやりたいことも沢山あったけどそんな余裕はどこにもなくて、私の世界はどんどん狭くなっていく。

そしてそうなればなるほど、「私にはaさんしかいない」という盲信は強くなる一方……

舞台の上のaさんをこれからもずっと見ていたい、応援していたい」

そう思って走り始めたはずだった。

それだけならそんなに苦しい道では無かったかもしれない。

けれど、道の途中で美味しい果物を見つけてしまって、気が付けばそれを探さずにはいられなくなってしまった。

道端に落ちていたりたまたま貰えたりすることもあったけれど、いざ探し求めるとその果物は高い木の上や険しい崖の上にあった。

手の届く所にあるものだけでは我慢できなくて、傷だらけになりながらそれを取りに行った。

同じaさんのファンを妬み、仲間を羨み、時にaさん本人すら呪い、正解も終わりもない「特別扱い」を求めて自分を追い詰めていった。



そんな日々の終わりは、意外とあっけないもので。

他のファンに、私が取った最前列の一番いい場所理不尽横取りされたというだけのことだったんだけど、そこで「あ、もういいや」となってしまった。

普段ならそれくらいのことで折れたりめげたりしないのにあの日はなんだったんだろう。

まあ、そんなこんなで私は頑張るのをやめた訳です。

徐々に公演に行く回数も減らして、就職をすることにした。

完全にファンをやめた訳ではなかったけれど、頑張らないというだけでとても気持ちは楽になった。

そうなると公演ものんびりと楽しめるようになる。

どういう訳だか、頑張っていた時のような興奮と感動を味わうことはなくなってしまったのだけれど、穏やかな気持ちでaさんを見られることは悪くなかった、と思う。

特別扱いは無くなるだろうと思っていたけれど、意外なことにそんな事はなかった。

たまに公演に顔を出せばいつもファンサービスをくれたし、たまに話す機会があっても今まで通り。

「そんな事をしても、もう前のようには頑張らないよ」

と言ったことがある。

しかし、そんなつもりはないと返ってきた。

それも含めて営業かもしれないが、私の5年間は一応何かしらの成果を出したのかも知れなかった。

そんなこんなで数ヶ月が過ぎた頃、aさんは突然Aをやめた。そのジャンルからいなくなり、普通の人になった。

最後の公演を観に行くことはなんとなくしなかった。その必要はないと思った。

そういえばその時、aさん宛にメッセージを集めたいとaさんファンの子に言われたけれど、それは断ったのを覚えている。断った理由は忘れてしまったけれど。

こうして、私とaさんの5年間は終わった。




随分と長い昔話になってしまったが、最初の話に戻ろう。

今私は、ある声優さんファンをしている。

去年、友人に勧められて見たアニメで好きになったキャラクターの声を担当していたのがその人だった。

その当時、中の人に興味がなかったので、本来であればそこで終わる話だったのかもしれない。

なのだが、そのアニメきっかけで2次元に出戻り、色々なアニメを見たりアプリゲーをするようになって、その声優さんキャラに惹かれることが多いことに気付いた。

まりにもその人が声を当てている子ばかり好きになるものから、その人の他の出演作を見てみたくなった。

その人本人にも興味が出た。

そんな感じでなんとなくそ声優さんを気にかけるようになって、やがて

「もしかしたらファンなのかもしれない」

と思うようになる。

出演作を追えば追うほど、ラジオやなんかで人となりを知れば知るほど、その人を応援したい気持ちは増していって、

ついに自分がその声優さんファンだと認めざるを得なくなった。

そしてここから、この記事の本題である私の悩みが始まる。

(そう、なんとここまで全て前置きなのである)

私は、「強火」なファンしかファンの形を知らない。

普通の温度で応援するやり方がわからない。

けれど、もう私はどんなジャンルであれ「強火」にはなりたくないのだ。

aさんを追いかけていた頃より歳をとってしまった今の私には、あの頃のような体力も行動力もない。

嫌な思いをしてもその人に会いに行くために全力を尽くすという気概もない。

もう、あんしんどい思いはしたくない。

更に、もし今その声優さんをあの頃の私の温度で追いかけようとした場合時間費用も体力もあの頃とは比べ物にならないだろう。

300人キャパの会場が埋まらなかったAと、売れっ子の若手声優さんでは色々な規模が違いすぎる。

イベントチケットを取ろうとしたってあの頃のようにほいほい最前列が取れるわけもないし、そもそもチケット自体激戦で取れないことだってある。

リプを返してもらえたり、出待ちやなんかで直接話す機会が沢山あったaさんとは違うのだ。

この先その声優さんファンをやってて、果たして直接話せる機会なんて来るんだろうか。

そう、つまり、あの頃と同じことは実際問題不可能

そんなことは私のスッカスカの脳みそでも理解している。

理解しているのだが。

では、どうやってファンをしたらいいのだろう。


ファンである自覚してから、最初に興味を持ったのは声優イベントだった。

元々「見に行く」ジャンルにいたせいだろうか、直接本人が見れるイベントに行きたくてたまらなくなったのである

正直悩んだ。

イベントに行く=ガチ勢、というような印象があったし、aさんを追いかけていた頃の悪い癖が出そうで嫌だった。

間違いなく、行けば深入りするきっかけになってしまいそうだと思った。

けれど、誘惑にはめっぽう弱い私なので、結局、とあるイベントに行ってしまった。

悩んだが、行ってよかったと思っている。後悔はしていない。

「うわーーー生きて動いて喋ってるーーーキャーー」

というクソみたいな感想しか出てこなかったが、実際に生で喋っているその人を見れて嬉しかったし、話し方や表情の動きを見ているだけで本当に楽しかった。

けれど、危惧していた悪い癖は案の定バドバ出てしまう。

その悪い癖というのは、他のファンを観察してしまうこと。

その人の服装、持ち物、連れと来ていればその関係性と会話の内容、

どの程度必死ファンなのか、人間性はどうか、マナー違反をしていないかファンサービスをされているか……など。

まりは、

「あっ、今あの人わかりやすファンサされた。最前列にいるし言動からして熱心なファンのようだし、もしかしたらあの声優さんから認知されている常連のファンなのかもしれない。やだなー、あの人さっき友達割り込ませてたじゃん、そんな人がファンサ受けるなんて……」

というようなことを考えてしまうということである

Aを見に行っていた当時は、

見ない顔があれば観察して、誰のファンなのか、aさんに認知されているのか、どの程度の頻度で来ているのか、最前列を狙うようなファンだろうか、迷惑行為をしたりするような人ではないだろうか……

と、毎回そんな感じで他のファンを観察していた。

観察する理由は色々だが、「知らない人がいるのが嫌」ということにまとめられる。

aさんのことはなんでも知りたくて、それは「どんなファンいるか、そのファンにどんな対応をしているか」という点についても同様だったのである

そして、観察対象自分比較して不安になったり安心したりするのが常であった。

その癖は対象がかわっても治らなかったようで、私はその日、他のファンを観察しては一喜一憂していた。

その声優さんファン層やファンサの仕方を知りたい、という好奇心だけならよかった。

けれど、自分よりも熱心で、沢山その人に会いに行っていて、更に自分より前列で見ている相手がいると勝手に妬み、勝手自分卑下して、勝手に傷ついてしまう。

そんな事をしても無意味なのはわかっている。

「好き」という感情を他人比較することも自分の定規で他人のものまで測るのも、無意味で無様で失礼なことだ。

またマウンティングゴリラになってクソの役にも立たない優越感を味わいたいのかもしれない。マウンティングする力なんてもうないのに。

こういう気持ちを打ち明けられて、相談できる同じ趣味の仲間がいたら、と思う時がある。

けれど、同じ人のファンとは表面上の付き合いしかできる気がしないし、例えば違う声優さんファンだったとしても、過去の私は違う人のファンにまで嫉妬をしてしまっている。

そもそも、こんな面倒臭くて考え方が危ない人間であることを受け入れてくれる人がどこにいるんだろう。

なので、声優ファンの友人を作るのがとても怖い。

先日、同じ声優さんファンの方からTwitterで声をかけられ相互フォローになったが、とても窮屈な気持ちになっている。

私の不用意な発言でその人を傷つけてしまうかもしれない。嫌な思いをさせたくない。

私のこんな澱んだ感情は隠し通さねばならないと思い、息が詰まる。

もうひとつ厄介なのが、Aを追いかけていた頃に培った技術がどうもこのジャンルでも多少有用らしいこと。

最近は二回連続イベント最前列を取ることができたし(これは指定席抽選ではないやつ)、ちょっと取りにくいチケット普通に取れた。

運による要素もとても多いのだが、つい「 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

なんか飽きたし疲れてきた。集中力なさすぎて増田に思ったこと書こうにも文章にまとまりなさすぎてただ思ったこと垂れ流してるかんじになってるし。以前に何度かバズった時はちゃんと推敲できたのに最近はそれも出来ない。まぁ日記だし別にそれでいいし全然ブクマトラバもつかなくて良い。ただ友人とつながっているツイッター政治的なことや誰かの批判を書くのは嫌だし140文字では書ききれなかったりすることを匿名日記に残しておけるのが大事からね。たくさんの人に読んでもらって自分の気づかなかった視点でのコメントもらえるのは嬉しいけど。

また明日需要ないと思うけど書くね。おやすみ

今、人食い金魚なる漫画バナー広告がここで出たが、ゲーム犯罪者神様魔法少女学校テロリスト占拠ゾンビ・虫・ときてついに金魚ですか…

サバイバルもついに煮詰まってきましたな。

映画バトルロワイアルから衰退の一途の気がするがこのジャンル先があるのか?

2017-06-25

HIV検査受けてきた

受検を考えている人、行きたいけど勇気が思いきれない人、全く興味のない人などなどに向けて背中を押されるきっかけになればと、体験談を書きます。作文は下手なので、駄文容赦ください。

1.きっか

30歳になった独身男。20代の頃はあまり結婚意識せず、特にとりとめなくいろいろな人と付き合ってきました。お付き合いとしては3人くらい。私はバイなので、男女あわせて合計3人くらいお付き合いをしました。バイと聞くと、見境がなくヤリまくっていると思われがちですが、そんなことはありません。貞操の固さと性の好みは別。LGBT議論を繰り広げるのはつもりはないので、ここまでとしておきます

さて、前の別れから5年ぐらいは交際相手なく、独りでフラフラとしていたのですが、ちょっとしたツテで職場の50歳代先輩社員から、その人の娘を紹介してもらう機会をいただきました。最初はあまり気乗りしなかったのですが、待ち合わせ場所出会った瞬間に一目惚れ。この人と結婚するな、とビビビと来ちゃいました。…といっても、出会ったのはかれこれ半年前。2回めのデートをと自分にしては珍しく積極的アピールするも、お相手は超奥手女子で、半年空振りばかり。もうほとほと諦めかけたころに、最近ふとしたキッカケから相手が心変わりしたのか、ちょっとだけ連絡するように。

私はひと目見た瞬間に惚れちゃったので、もちろんむふふな想像欲求もするのですが、もしそれが実現した暁に、自分リスクがあって彼女を傷つけてしまうのでは、と勝手懸念妄想)を覚えて、受検を本気で考えるように。感染可能性は低いと思ってましたが、本気になってしまったあとで、実はHIVで別れなくてはならない…となった場合、それは本当にとてもつらいことだろうと思い、そうならないためにも勇気を出していってきました。また、紹介してもらった先輩社員も私を気に入ってくれての紹介で、応援もしてくれてもいたので、その人を落胆させたくないという気持ちもありました。(まだ付き合ってもいないので、まったくもって杞憂かもですけどね(笑)

2.予約〜受付

即日で結果が知りたかったこと、平日は仕事休みづらいこと、思い立ったらサッサと済ませたいこと…からネット検索で見つけた自分居住地より少し離れたサンサンサイト大阪(なんば)というところに行ってきました。

事前にネット予約してIDを取得。予約時には特に個人情報を入れることはないので安心できます。直前の予約でしたが、たまたま空きがあったので、即日予約で行けました。とはいえ、本来は1週間前には予約するのが確実と思います

指定時刻の数分前に会場に入ります。受付で予約時のIDを伝えると、別のID札と問診票を渡されて待合室で待機。キャパがあるので、早すぎな到着や遅刻はやめましょう。なお、受付で渡されたID札は後々、結果を聞く際に必要なので大切に保持します。1セットごとに10人くらいの回転でしょうか、それくらいの人数が待合室で待ってました。カップル夫婦外国人若い女性若い男性妙齢女性妙齢男性、などいろいろな人が来てました。思っていたよりも普通な雰囲気なので安心。問診票を書きながら自分ID札番号が呼ばれるまで待ちます

番号が呼ばれたら別室へ向かって、スタッフさんからマンツーマンHIVについて、検査について、などなどの説明を聞きますST法という検査方法では、ウィルス自体存在確認するのではなく、ウィルス存在していた場合に体がつくる抗体があるか否かを確認するとのこと。抗体を作るのに3ヶ月はかかるとのことから、3ヶ月よりも以前の状態確認できるとのこと。へぇ、なるほど。勉強になります

スタッフさんから説明は若干神妙気味。現実的に恐れがあると思って来ている人には、これぐらいがちょうどいいでしょうか。ちなみにスタッフさんらはボランティアでされている、とのことで、これには頭が下がります。なぜ、このようなボランティアをされているの?そのモチベーションはどこから?という別の疑問をぶつけてみたい気もしましたが、そういう場ではなかったので、特に質問もせず先に進めました。

なお、B型肝炎梅毒も同時に受検可能とのことだったので、せっかくなので受検しちゃいました。

3.採血

さて、説明を受けた後、別室にいき定期健康診断でいつもやるのと同じように採血。チュー…、はい、これで終了。神妙な説明を受けた割には、案外あっさり。

4.結果

採血後、受付にいって結果がわかる時刻を教えてもらい、外の喫茶店時間を潰して検査結果が出るのを待ちます(だいたい90分)。人によっては、この時間もっともドキドキするのでしょうね。私は秋の海外旅行の行き先はどこがいいかな〜、難波外国人多くなったなぁ〜、なんてのんきなこと考えてました。

時刻が来たら、受付に行って最初にもらったID札を渡します。別室へ案内されて、再度マンツーマンでの説明。目の前には、ID札と同じ番号が書かれたグレーの封筒が…。ごくり。ここに来て、初めて緊張。なるほど、大丈夫だろうと思っていても、番号が書かれた封筒というシチュエーションって時点で緊張するわけですね(笑)。心なしかスタッフさんも「開けてもいいですか?いいですか?」と若干焦らせ気味。心のなかでドラムロールが鳴り響く中、スタッフさんが見せた結果は………陰性!

・・・ふぅ。

大丈夫と思っていても、やっぱり結果を聞くと安心ですね。

あ、B型肝炎梅毒も陰性でした。これも安心

なお、結果の紙は受取不可・撮影不可だったので、記憶に焼き付けて、満足して帰ってきました。

5.感想

思っている以上にあっさり・簡単に結果がわかります。親しい知り合いには、今度飲みに行ったとき体験談を聞かせて薦めてみようと思いました。これを読まれて悩んでいる方いれば、本当に簡単に気軽に受けられるので、今すぐ予約して来週土日にでも受信してみてください。疑いがあるなら、本当にちゃちゃっと行ったほうが良いです。

さてと、あとはお付き合いして、本番を迎えるのみ・・・!でっきるかな〜♪

彼女Twitterを見てしまった

趣味アカウントで、リアルの知り合いとは誰ともつながっていない模様

彼女へのリプを見ていてどうやら彼氏のことを云々言っているので気になってしまった。

適当にそれっぽいアカウント作成してフォロー申請したら見ることができてしまった。


結論から言うと、彼氏に対するTweet差し引きプラスだった。

多少の愚痴はあったものの、それは自分に非があるもので、(部屋が汚い、遅刻するなど)

それでも自分を好きという内容もそれなりにあって、そこは嬉しく感じた。


ただ気になってしまったのが、彼女ネガティブ過ぎる点だ。

死にたい」「自分だけどうしてこんなに不幸なんだろうか」「なんでこんなところで働いているんだろう」「どこで人生間違ったんだろう」「この先生きてていいことあるのかな」

などなど。

当然半匿名Twitterなので、ネガティブ感情が増幅されて発信してることは理解できるのだけど、それでも心配になってしまう。

ゆくゆくは結婚とかも考えていたのだが、ここまで悲観的だとちょっと考えてしまう。

SNS疲れってこういうことか

普段SNSTwitterをよく使う。
とは言っても、もともと知人に教えず自由につぶやいていたのに、徐々に知人フォロワーが増えてしまってだんだんつぶやく内容も制限されてきた。
(鍵かけとけよ、と言われたらそこまでなのだが)

Facebookも使っている。
友人もいるし、職場の同僚や上司もつながりがあったりする。
もちろん、Facebookを始めた当初よりもコミュニティが増えているので、Twitter同様に投稿内容も気にするようになってしまった。

インスタは…やっていない。
写真をあまり撮らないためである

理想は、だれがフォローしようと、誰が友達になろうと、同じ内容をつぶやき投稿できるのが良いのだけれど、
そううまくは行かないもので参った。
学生時代なんかは何も気にせず「おっぱい揉みてえ」とかつぶやいていた内容も、
会社の人とのつながりが入ってくるとさすがに書けなくなるでしょ。。

…こうして、かつてのような投稿が出来なくなり、自分アウトプットせずただ他人のpostを眺めるだけの日々がだいぶ増えた。
そうすると、なんで今このSNSを続けているんだろうとか思い始めた。

SNS疲れってまさにコレかー…って思ってしまった。
別にここじゃなくても良いんだけど、現実世界のつながりを気にせず、書きたいことを書いて投稿できるような環境が改めてほしいなぁと思った次第。

結論、私が何を言いたいかっていうと、
TwitterとかFacebookとかで「おっぱい揉みてぇ」って言いづらいから、ここで言わせてねってことです。

あー、可愛い女の子おっぱい揉みてぇ。

「性の対象となる性」を表す言葉必要

例えば、恋人ができないという人に対して「異性との関わりが少ないのですか?」と言うとする。

この質問恋人候補となりうる人との関わりの有無を問うていると多くの人は理解すると思うが、問われた人が異性愛者でなければ意図を正しく表現していないことになる。

現状の日本語には「性の対象となる性」を表す語が無いため回りくどい言葉を使わざるを得ないことがよくある。

「性指向」という言葉はあるが、これはその性をもつ人を指すことはできない(「女性と話す」とは言えるが「性指向と話す」とは言えない)。

社会のあり方は言葉に反映される。異性愛以外を排除しない社会においては、異性愛を前提しない言葉必要なのだ

文章を書くのがつらい

本業ではないが、文章を書く活動をしているんだけど、それがつらい。

文章を読むのは好きだ。

文章を書きたいとも思う。

すごく思う。

何を書こうか考えているときは、すごく楽しくてわくわくしている。

はやく書きたくてたまらなくなる。

でもいざ書き始めると、いつも辛い。

苦行でしかない。

なんでこんな苦しくて辛いことを自分からやりたがったんだろうと思ってしまう。

正直今もつらい。

こんなに文章が好きなのに、楽しいのに、つらい。

いや、理由はたぶん自覚しているんだ。

単に、文章を書く能力技術が足りないだけなんだ。

力不足、それが原因なんだ。

いや、ある程度の文章能力はあるのだと思う。

人並み以上は、あるのだと思う。

だけど、自分自分に期待している能力と、実際に持っている能力に差がありすぎるんだ。

自分が書きたいと思うもの、書けると思ったもの、それを書くだけの能力が、実はないのだ。

からつらい。

文章を書く行為苦痛しかない。

書きたくない。

書いていると死になくなる。

こんなに書きたいのに、書きたくない。

文章能力を身につけるには、とにかく書くことが大事と言うけれど、その書くことが何よりつらいのだ。

なんかこう、確実に自分自分に期待している文章能力を身につける練習法とかないのだろうか。

2017-06-24

拡散したくない

一生懸命アンテナを構築してやっと得られたんだもん

こんな面白いものリツイートしたくない

せっかく見つけたんだし独り占めしたい

ブクマもしないしスターもつけない

こっそり楽しむもんね

ふふふ

裁量が無い仕事はつらい

職業裁量労働制で働いているが、私達には裁量がない。

マネージャーが決めた施策を、マネージャーが決めた順番で消化していく。

開始の時は必ず開始の報告をし、途中で偉い人に「あなた想像してたものとあってますか?」という確認を取り、想像してたものと違ったらやり直しになる。

マネージャー確認してマネージャーOKを出したらリリースする。

今の仕事に就いてから裁量自主性というものを全く感じられなかった。やらされている感がとても大きくこれだけ裁量がないならアウトソーシングするかアルバイトにやってもらうのでも良いのではないかとも思っている。

自分事にできるように自ら動いていかねばならないと偉い人は言った。

意見を言えば刃向かったとされるんだから誰も自分で動かなくなるよね。そしてみんな他人事になるよね。

マネージャーも、さらにその上に言われてやっているんだからどこに裁量があるのかわからない。

仕事に対してこんなにもつまらないと思ったのは初めてだった。

私達はマネージャー減給されないよう、クビにならないよう、報連相を怠らず物言わぬリソースとして働かなければならない。そう言われた時に私の中でギリギリだった何かがぷっつりと途切れた。

自分の考えが稚拙なのかもしれない。

ももう少し自分でやっている感覚は欲しい。物言わぬリソースのくせに流行りの横文字肩書きを与えられても実務が伴ってなければ何の意味もない。

もう物言わぬリソースを演じるのは無理だ

豊田真由子」さんと私の関わり について

https://www.facebook.com/note.php?note_id=10155518526459066

2017年下半期の怪文書コンテストグランプリを掴み取りそうなこちら。

 

私は正直にいってドン引きした。

 

この文章を書かれた田中さんという方のtwitter,facebookを遡ると、思わず眉間にシワが寄る。

大量にアップロードされている謎のセクシー中国語動画自撮り写真。中には裸エプロンなんてものもある。

あの怪文書を読んでいても感じたが、承認欲求自己顕示欲の闇に飲み込まれしまった人間の成れの果てを

見てしまったような気がする。

彼女現在子供六人を抱えるシングルマザーらしい。

  

話を豊田議員本人へ移す。

の子供が通う小学校の近くに、この一帯では有名なモンスターペアレンツがいる。

豊田議員その人だ。

すこしでも気に食わないことがあると、物凄い剣幕で怒鳴りこんでくるそうだ。

それにより、心が壊れてしまった教師が何人もいる。

子供はというと、他を寄せ付けない圧倒的な学力を有しているものの、同級生ちょっとした衝突を起こすと、

給食味噌汁ぶっかけたり、発狂したりとやりたい放題。

 

子供は親を選べない。

多分きっと、豊田議員のお子さんも日常的に言葉暴力へ晒されていたことと思う。

他人の家の事情でありながら、自分子どももつ一人の親として、本当に胸が痛い。

周りから見て、明らかに異常な環境下に置かれている子どもたちに何か出来ないか悶々と考えている。

 

 

 

零細にやたら高スペック新人が入ってきた。

賃金は安いし、ノーといえない下請け仕事も多く、採算度外視で全力を注ぐ羽目になる業務さしこまれ

ひどい残業

ビジョン現場と上とが食い違っていて、どこに向かっていいのかわからないまま

みな目先の仕事で手一杯。

だれも経営してない、いつまで体力がもつかわからないっていう、

零細そのままの会社である

そんななか、やったら高いスペック新人が入って来た。

スペックの詳細は隠すけど、仮にAと呼ぶ。

こんな零細にそんな人、なんでこんな会社に応募してくんのか、

その時点でまずなにかおかしいなと思うべきなのだが、

それを見抜く力のない社長は、

やたら高スペックのAをチャンス、とでも思ったのだろう。

Aを丁重に迎え、始めはパートの応募のはずだったのに

いきなり正社員入社してもらう、ということになった。

パート社員が大半を占める現場なので、異例のことであった。

Aはきりっとした様子で、晴れて入社日にやってきた。

零細に突如あらわれた高スペックのAを、みんながまぶしく思った。

なにより人当たりがよく、入ってすぐ古株の社員と打ち解けた。

社長以外の社員も、Aを気に入っているようだった。

Aは慣れないながらも、一つひとつ

与えられた仕事を着実にこなしていたように思う。

ほかの社員がなにか仕事を頼んでも、愛想良く引き受け、

少しクオリティは甘いかもしれないが頼んだ方も気持ちがよくなる、そんなタイプだった。

そんな彼が、あることをきっかけに、

突如、会社に来なくなった。

始めは、「貧血気味で…」という理由だった。

そういう日が何日か続いた。

それで、ついに無断欠勤となり、上司は騒ぎだした。

電話をしても、つながらない。

何回かけても、かかってこない。

しばらくつながらない状態だったが、

ある日、Aから連絡が来た。

「体調が悪くて、出社できず申し訳ない。なんとか生きている」、といった内容だったようだ。

いったい全体、どんな体調なのか…

ちいさな会社だ、みな心配になった。

なかに心配業務がすこしおろそかになった社員もいた。

Aは一人暮らしなので、家で倒れているといかん、

様子を見に家に行こう、という案が出た。

しかしまた間髪を入れぬタイミングで、

「母が来て、病院に連れていってくれたので、大丈夫です。」

という連絡が来た。

なんだ、よかった、と上司はほっとした。

……

そこからどうなったかというと、彼は、もともとある病気を抱えていたとのことで、

今も休養中だ。

金の介在しない仕事絶対無責任ものになる←この論理の誤り

論理問題として丁度良さそうなので公開。

問題

「『金を払う』とは仕事責任を負わせること、『金を貰う』とは仕事責任を負うことだ。金の介在しない仕事絶対無責任ものになる」

この論理の誤りを指摘せよ。(備考:1文目は前提扱いでよい)

解答

無責任」の意味は、①責任が無いこと(―行為)、②自分言動責任もつという態度が無いこと(―な発言)、の2つ。つまり責任が無いこと」と「無責任」はイコールではなく包含関係。よって、責任が無いからと言って必ずしも無責任とは限らない。

解説

感覚的に違和感があっても通してしまいそうな論理言葉字面意味区別しなければならない、という好例。

2017-06-23

青いトカゲ

仕事の合間、昼食を終えて川に差し掛かったときマンションの植え込みを囲むブロック上にトカゲがいるのを見つけた。

それは、青色基調としていながら、全身は日を浴びてどこか銀の光沢をたたえていた。

かつて見たことのない種のトカゲに、密かに胸の高鳴りを覚え、そっと手を伸ばした。実際に触れてみると、それは張り付いたように動かない。ブロックの熱を吸収して溶け始めたゴムの粘り気が指に伝わり、即座に手を引いた。青いトカゲは、何者かが残したおもちゃ、恐らくはいたずらの痕跡だった。

今日もまた、昼食後にその場所を通った。植え込みに目をやると、ブロック上のトカゲ位置を変えて、前回同様に佇んでいた。おもちゃトカゲが動く筈もない。もともとの仕掛人が配置換えをしたか。あるいは、私同様に好奇心を持った何者かが手を伸ばしたか

青いトカゲを巡って、姿の見えない誰かとの妙な縁に思いを馳せているうち、ふと予感のようなものが降りてきた。

人は、あたかも何かの吉凶に繋がるような出来事を虫や小動物になぞらえて、虫の知らせ、と表現する。この青いトカゲは、私にとって、虫の知らせに思えるのだ。

現にトカゲはいま、私の胸のずっと奥の、意識の届かない暗い器の側面にじっと張り付いている。トカゲは、腹を規則正しく収縮させて呼吸している。その呼気は余りに小さく、吉凶をはかりようもない。しかし、その青色は、昨日までの日々が、今日以降全く変わってしまったことを、なぜだか深く想起させるのである

いつもの私であれば、大きな変化に出くわせば動揺を抑えることができない。しかし、青いトカゲは、人生の変化を恐れずに見ていこうという不確かな諦念を与えてくれた。

これからどのように生きてゆくのか、皆目見当もつかない。可能性も、昔と比べ減るいっぽうだ。

しかし、私の心は青いトカゲとともにある。青いトカゲが胸のうちにいる限り、私はこの世界を、地に足をつけて生きていく。

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