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2019-05-28

anond:20190528123116

放送大学予科入学すれば、高校に行かなくても大検取らなくても大卒資格を得られて、計70万で済むはず

2019-05-11

学校適応できなかった自分の話

不登校だった、と不登校が許されなかった、の間くらいだと思う。

親は教育熱心な方だったので私を学校に行かせるためにあらゆる努力をしてくれたし転校とか色々したけどそれも含めて地獄だった。ギリギリというか追い出されるように中学卒業して、高校二つ辞めて、少々メンタル回復してから大検とって大学入ったけど2年持たなかった。

現在普通に会社員して自活している。同世代大卒と比べてそう悪い条件ではないと思う。

不登校を名乗るには学校に行かされていたが、そこにいることに耐えられなかったのでずっとやるべきこととは別のことをしていた。

夜寝ずに行くと授業中寝落ちできてよかった。丸一日欠席するより7時間HRだけ出ると風当たりがマシだと知った。

学校行きたくないと言ったとき高校を辞めたとき、親や教師が反対するわけですよ。中卒でどこにも就職できなかった人の話とかされるんですよ。14とか15とかの子供に向かって本気で。そりゃ宇宙飛行士とか総理大臣かにはなれないかもだけどさ。そういう次元の話じゃなくて今死ぬか生きるかの話だったのに、学校辞めたら生きていけないような話ばっかりされてじゃあ死ぬしかないのではと思った。なんか水商売?とかでしか働けないのかと思った(今の私に水商売を下に見る思いはないが、当時親から吹き込まれたことは差別的だった)

今思えば親も教師も「せめて高校普通大学」まで出るのが当たり前の世界しか知らなくて、ただそれ以外が分からなくて怖かったんだろう。でもこっちは中学生とかなので大人より世間知らないし学校を続ける方は選択肢になかったし、死の宣告を受けているに等しかった。

私のときに「学校に行かない生き方」みたいなものもっと一般的認知されていたらもっと楽だったかもしれないと思う。VTuberの人がそういう発信をしているなら心から歓迎したい。

自分でも高校辞めた時の自分に教えてあげたい。辞めた方が生きていけるよって。今同じような環境の子がいるなら何の責任も取れないけど大丈夫な方の可能性くらいは見せてあげたい。

どうせ我慢して学校いけって意見はあちこちから入ってくるんだもん。そこを丸ごと否定する気はない(許してもないけど)。でも別の考えも入ってきた方がいいでしょ。

蛇足だけど

学校に行けるなら行ったほうがいい」そりゃそうだろう。でも皆行ってるのに行かないのは我儘だとか努力する訓練が足りないとか言われてた身からすると「行けるなら」誰基準だよって話。

理由イジメとかならともかく」これ言われた。納得できる理由があればいいけど的な。皆が当たり前に出来ていることが出来なくて出来ないのはお前が悪いだけって言われたことないからそういう考えなのかな。

「親が引っ張ってでも学校に行かせるべき」マジで関わった全員が地獄を味わう。真剣にお互いを思いやる程に地獄が深まる。

「親のあやつり人形」親がどういうスタンスだったとしても子供は親の価値観の影響を受けているものだと思う。その価値観が合わなかった側からすると合ってる人は羨ましい。

「行けないんじゃなくて行きたくないというのが軽い」物事には色んな面があって。自分時間を割くなら他のことをした方がいいとか、その言い方でも嘘じゃないので言うならそっちを言う。そう言ってる人が学校に行くくらいなら死ぬと思ってたかどうかなんて他者にはわからないし言わなくていいよね。

学校に行かないと勉強ができない」これは人次第。私は通学でメンタル削られてる間のが勉強できなかった。学校辞めてから自分勉強した。家族含め周囲の教養水準が高いのはその面では恵まれていたので誰でもそうとは言えない。


追記

トラバブコメありがとうでした。分かるとか、似た状況だったと言ってくれる人がいて(全く喜べることではないのだけど共感ができた的な意味で)嬉しかった。余計なこといいそうなので個別返信は控えます

親のおかげ、環境がよかったおかげ、本当にその通り。でも否定的なニュアンスで書かれると、生まれ持ったものを使って生きてきたことまで責められる謂れはないです。生まれつき出来ないことがあったのと同様。

親は本気で考えてくれたと思うしできることをしてくれたことを知っている。教師もこんな面倒しか起こさない生徒にすごく時間を割いてくれたと思う。そこは感謝しているし尊敬している。ただどう頑張っても分かり合えなかった記憶は消えない。

でもそんな人たちだからこそ、もし「学校に行かないと人生終了」みたいなのは知らないが故に刷り込まれ情報「かもしれない」と気付くきっかけがあれば、もう少し別の話ができたのではと思わずにいられない。言ってもしょうがないんだけど。

「かもしれない」ね!!!そこを断言する気はないんだよ。人生を決めるものは一つや二つじゃないというそれだけ。この増田を書いた理由の一番はそこだとブコメ眺めてて思った。知ることでマシになったかもしれない可能性を、どこか諦めきれない自分の話。

Vtuberの子自分はそんなに似た状況ではないと思うんだけど、Vtuberの子が前向きに発信してくれていることをそういう意味でありがたいと思っている。

お前がVtuberやれやってトラバちょっと笑った。そういう発信に向いてる人間ならしてたかもね。

中卒と大学中退は違う、これはまあそうだと思う。でもも人生やり直せるなら、まあ二回目とかごめんこうむるけど、大学チャレンジは辛いことが多かったからやめておきたい。

自分入試突破できる学力が備わっていることを確認できて自信になった。入った学部と私のその後は全然関係がないし、最近Web求人とかだと卒歴しか書けないこと多いしで履歴書メリットはあったようななかったような。

就職方法バイトして、バイトでの経験を活かして派遣社員して、派遣社員での経験を活かして正社ry

不登校からの転校に比べればステップアップ転職はいろいろ試せるし楽だった。合う合わないが激しい人間であることを知っているので結構あちこち行った。

十代は単純なバイトしかできないまま人生終える気がしていた。二十代は2~4年スパン履歴書ロンダリングしてて、三十代は今の会社に居たいなという気持ち

親の常識からするとフリーターとか派遣社員とか意味不明だっただろうけど、不登校死に体よりはマシだったんじゃないかな……。

派遣社員って悪いことばかり報道されるけど二十代のうちはスキルにつながる場合もあるし収入短期的には悪くないし勤務時間自由が効く傾向があるのでおすすめ(ツッコまれるの面倒なので曖昧表現)。

抽象化してるとはいえ隠してないことをそのまま書いてるので知り合いに見られたら恥ずかしいと思っている。死にたかったとか敢えて知られたくないね…。

なので学校がどう駄目だったかとかどう悩んだとかそんなに書きたくない。ずっとそう書いてたつもりだけど理由を求められるのは辛いし、理由関係ないところの話をしたかった。

なんか、中途半端に今のこと書いちゃったか生存バイアスとか言われるのかな。学校を辞めて生き延びなかったら良い未来も悪い未来もなかったので、今の状況が悪かったとしても「学校行かない選択肢があってほしかった」という要点は変わらないと思う。学校に通ってメンタルHPマイナスのまま良い未来を手に入れる可能性なんてそれこそなかったんだよ。

2019-04-22

私の「夢見りあむが許せない」

「夢見りあむが許せない」を読んだ。この人はきっと担当が大好きで、とにかく声がついてほしくて、だからその邪魔になる夢見りあむが許せないのだと思った。要は夢見りあむじゃなくても、たとえば同じパッション、新アイドルの久川凪が同じポジションにいたら久川凪が許せなかったんだと思う。でも、私は本当に「夢見りあむが」許せない。

私は夢見りあむがモバマスに出てきた時、好きだな と思った。ザコメンタル、クズアイドルが好きという要素になんとなく自分を重ねたところもあったのかもしれない。

りあむと年齢が近くて、自分高校中退していま大検をとろうとしているところで、(リアル2次元も)アイドルが好き、ついでにザコメンタルで言えば私もいわゆるメンヘラという自覚もあった(自傷日常茶飯事で、精神科に通い毎日たくさんのクスリを飲んでいるという意味で)。もちろんりあむのように顔が可愛くないし胸も大きくないが、今までモバマスに出てきたキャラクターに比べれば感情移入がしやすかった。

彼女たちの多くはアイドルとしてかがやくために努力を惜しまないし、双葉杏ちゃん代表されるようなアイドルに対して興味のなかったアイドルコミュなどのストーリーを経て一応渋々という姿勢を見せるにしても、一生懸命レッスンに取り組みステージ成功させようとがんばっている。

アイドルは成長過程を楽しむものだといろんなところで言われるように、そうした彼女たちの姿を求めてゲームをしていたところもあるが、リアルアイドルはどんどん姿を更新してたとえばミスIDなんかは必ずしも努力肯定しない。そういうアイドルを見てきてからか、贅沢な言い分ではあるが、デレマス努力友情勝利アイドルたちが食傷気味になっていた。

そんなところで夢見りあむが出てきた。

頭でも述べたように私は登場当初の夢見りあむが好きだった。なんでもいいから構ってほしいというメッセージは言っちゃ悪いがミスIDに出てる女の子たちと重なったし、こういう子がこれからアイマスでどう描かれるのかとても興味が出た。

じゃあ登場まもないアイドルをどこで嫌い、というかそれこそ許せないと思ったのはいつかといえば、デレステ実装されてコミュを読んだからだ。りあむは渡米して画家をしている姉と、海外仕事をしている両親がいて、実質一人暮らしをしているそうだ。

いや、絶対実家太いじゃん。実家太いくせに「人生詰んでる」とかいうなよ。全然人生イージーモードじゃん。そのうえ実家太くて顔がよくて胸がでかいくせに人生詰んでるのか言ったら、じゃあ貧乏母子家庭でブスでバカの私なんかどうなるんだよ。いっそ殺意すら湧いた。

それまで夢見りあむに期待していた分がひっくり返って、全部憎しみになった。こいつがなにを言ってもいや実家太いじゃん…と思うようになった。それまで気にならなかった部分も、なんだか全てがムカついてくる。

たとえば、ザコメンタルとか名乗ってんのもムカつく。これってどうせメンヘラって表現したいところをコンプラ的にまずいからザコメンタルって表現してるんでしょ。いやこっちは本気でメンヘラやってるんだけど。江崎びす子みたいなメンヘラやみかわいい商売にも常々違和感をおぼえていたけれど、こいつもその類型かと思ったらなんとなくそ違和感の正体に気づいた。

メンヘラキャラ商売は、精神疾患を抱えた若い女性をやみかわいくておクスリ飲んで深夜に電話めっちゃしてくる、みたいな面倒な女に落とし込む。夢見りあむなんかその典型じゃないか。胸がでかくて後先考えないバカ。私が夢見りあむを好きだった頃に救いですらあった「やみくんやみちゃんの味方」というセリフも、おめえみたいなバカメンヘラレペゼンされたくねえという憎しみになった。

デレステ実装されてツイッターは夢見りあむのスクショイラストツイートとでにぎわっているし、総選挙はなんだか上位にくいこみそうだ。うんざりする。メンヘラがこんなもんだと思われたらたまったもんじゃないけど、バカオタク実在メンヘラことなんかバカに仕切っているから、投票数は増えるんだろう。

別に増田に書くつもりもなかったんだけど、元記事の夢見りあむに対する甘さというか、憎しみのぬるさになんとなく筆がすすんだ。

2019-04-07

大学教育に対する疑問

大学一般教養と専門分野の基礎知識を学ぶことができる施設である。だが、大学で学んだ知識を活かした仕事をしている人は少ない。では大学は何のためにあるのかというと大学卒の肩書きと人脈を作るためにあるのだと思う。それならば、数百万円の金を払って大学に通う必要はない。卒業資格大検大学入学資格検定)のように卒検大学卒業資格検定)で取れば良いし、人脈は大学でなくても作れる。

しかし、現状では数百万円の金を払って大学卒業しなければ社会冷遇される。高卒や専門卒は大卒よりも格下であり、大卒でないもの人間ではないといった態度をとる会社ほとんどである。このいびつ社会構造是正するには何が必要かと考えてみたが良いアイデアが思いつかない。子供幸せにしたいと思う親は授業料を稼ぐために働くしかないのか。

2019-02-23

息子は大学中退フリーター。妻に離婚届を渡された。

眠れないので酒飲みながらダラダラ書く。

今年でもう65歳、大学卒業してから40年以上仕事に邁進し、同期ではトップクラス出世した。

家庭のことは妻に全て任せ、仕事一筋でそれなり規模の会社役員にまで上り詰めた。

昨日妻に離婚届を渡された。今妻は実家に帰っている。

家庭内は冷え切っていて、正直結婚関係継続は無理だと思う。

今思えば、家事育児も全て妻任せ、帰宅12時を回るのがデフォルト家族をかまったことなど殆どなかった。

私が悪いのは明白だと自分でもわかっている。

息子は妻のヒステリに晒され続けたせいか攻撃的で、そのくせ暗く、人間関係を上手く築けず、高校中退している。

今思えば、陸上でそれなりの結果を残し、性格も明るかった妹と比べてしまった自分が悪かったのだ。

大検を取ってそれなりの理学部に進学した時は、家族関係が一番マシだったときだ。妻も喜んでいた。

大学中退した時は、怒りすら湧かなかった。

今息子は小説印税で少し多い収入があるが、投資だの仮想通貨だのと馬鹿みたいなことで浪費してしまっている。

妻はうつ病で薬を飲み始めてから攻撃的になり、私に家庭崩壊責任を負わした。

娘は息子のことを嫌ってめったに家に寄り付かない。

どこで間違ってしまったんだろう。

2019-01-03

京大までの受験の思い出(失敗編)

https://anond.hatelabo.jp/20190102063518

https://anond.hatelabo.jp/20190102174908

ダメだった身で恐縮だけど、見てたら俺も自分語りしたくなったので。

中学受験

小学校首都圏某県の公立に通っていた。長男にはありがちだと思うが、低学年のころより通信教材をさせられたり、あちこちの塾にお試しで通わされたりしていた。

中学受験も完全に親の意思によるものである勉強別に好きではなく、塾では机に落書きをしたりしてあまり授業を聞いてなかった。だから当然成績は振るわず、ある日テストで50点をとって(自分ではそれでも上出来と思っていたのだが)ブチ切れた母の命により、それ以来は学校が終わると直帰し祖母らの監視下で勉強強要させられる日々が続いた。志望校も全て親が決め、いざ受験期になっても明日どこの学校を受けに行くのかさえ把握していなかった。

とはいえ元来陰キャ友達も少ないことから自分だけ別の中学に行くことに未練はなく、また特段この学校を受けたかった!というのもなかったため親は恨んでいない。まあクラスメートからいいねと言われるのは気分が良かったし、(勉強は嫌だけど)親に怒られるのも嫌だからしょうがないか、ぐらいのもんだったと思う。むしろ中学受験は大なり小なり「させられるもの」だと長らく思っていたので、東大編の元増田や知り合いの子供が純粋自分意志中学受験をしたというのを聞いてびっくりしているくらいだ。結局(親の)第一志望の御三家は全く歯が立たず、第三志望?くらいの中堅校(中高一貫)に入学

中学高校時代

中学に入る前後から弟が病気で入退院を繰り返すようになり、親や祖父母はそれにかかりきりになった。お陰でこっちはこれまでと打って変わって完全放任。ゆるい文化部に入って暇を持て余した俺は、当時流行っていたMMORPGメイプルストーリーとかそういうやつ)にドはまりした。当然勉強は全くせず、テストは常に一夜漬け。成績は最下位スレスレ状態が高1の終わりまで続いた。相変わらずクラス友達はなく、図書室にこもっていたお陰か現代文だけは良かったが、文筆家になる気はなかったし歴史とかの暗記系が大嫌いだったので理系選択

高2になって、見かねた親が東大生の家庭教師をつける。俺が京大へ興味をもったのは、その先生の「京大単位が空から降ってくる(けど東大単位が逃げてゆく)」という言葉だった。折しも本屋大賞だかがきっかけで森見登美彦を読み始めた俺は、自由楽園としての京大への憧れを一気に膨らませた。当時の京大ホームページアクセスすると大学京都の町並みの影絵だけがボーンとあり、それを横にスクロールしていゆくと最後入口が出てくるといった具合で、他の「普通の」大学とは違うその作りに大いにワクワクした感覚を今でも覚えている(どこかに画像が残ってないだろうか)。

同時に両親とも激務で働く姿を見ていた俺は、会社員自由のない苦痛に満ちた職業というイメージ漠然と持ち始めた。そして自由自分のやりたいことのできる職業大学教授という安直な発想から研究者(当時は「研究」が何かも知らなかった)の道を志す。そのために必要要件も何人かの研究者の略歴を見て「早慶以上で博士課程まで行けばなんとかなる」という勝手イメージを抱き、結論として「京大に入る(滑り止め早慶)」ということだけを目標に高3に突入した。

大学受験(現役)】

再び受験生となった俺は、MMOを休止し何となく予備校に通い始める。当時クラスメートたちは進度の遅い高校カリキュラムを見限り、授業中も内職して予備校の教材をやっていた。だから自分もそんなもんかと思って高校課題は真面目にやってなかったのだが、5月定期試験で相変わらず下から一桁番目の成績だった俺は担任からこっぴどく叱られる。

「お前に学校予備校勉強を並行してやるのは無理だ。予備校を辞めるか、さもなくば学校を辞めて大検を取れ」

恐れおののいた俺はとりあえず担任の教科(数学)だけ予備校を外し、そこから漸く(自分なりに)真面目に勉強をするようになった。

学科は(高校の教科で言う)物理が好き&理屈ばっかりではつまらないという理由工学部物理工学科を選択首都圏学校だったので京大志望はクラス自分一人で、ちょっと一目置かれていた(単にハブられてただけかも)。しかし当然ながら、京大試験問題は難しい。特に積み重ねと言われる数学絶望的だった。でも当時はそこまで深刻には考えてなかったように思う。物理は高3になるまで運動方程式も知らなかったけど、一歩一歩ものにできている感覚があった。化学予備校の教材が奇跡的に分かりやすかった(何せ浪人時代予備校を変えたけど、化学はこっそり現役の時の教材で勉強していたくらいだ)。当時京大では理系でも国語二次試験があって、読書趣味から現文が感覚で解けてた俺には有利だった。元増田の通り、センター数学足切りしか使われないから出来なくてもノーダメージ。あとは英語センター地理を合わせて総合力で何とか、という作戦だった。

高校である教師が言っていた。

現役生はあらゆる点で浪人生より不利だが、唯一有利な点は『落ちたことがない』ということだ。

高3の俺は正にその状態だったと思う。模試でD判定をとっても、周囲が「E判定は良い判定」とか言い合ってるのを聞いて安心していた。試験前日も風邪リスクなど考えず、噂の折田先生像がいつすげ替わるのか番を張っていた(夜になって諦めたけど)。今から見れば完全にただの馬鹿だった。

そんな根拠のない自信は、試験帰りの新幹線慶応に落ちたことを知り、補欠だった早稲田にも繰り上がりはなく、そして3月10日を迎えて完全に打ち砕かれた。後日はがきで送られてきた俺の点数は、合格最低点に(全教科計1000点満点で)80点以上足りなかった。

大学受験浪人)】

私大早慶以外にも何校か受けており、そのうち1校には辛うじて受かっていた。浪人生活はとにかく苦しいと聞く。しかし極限まで肥大化した京大-自由楽園-への憧れと、早慶未満→研究は無理→会社員自由のない人生というイメージから俺は進路に迷った。結局家族で唯一理系だった祖父の「受かった大学師事したい先生がいるならよいが、そうでないならもう一年頑張ってみては」という言葉におされ、俺は浪人生となった。

もう現役のころのような希望はなかった。予備校京大クラスはそこにしかないため、満員電車を乗り継ぎ片道1時間半かけて都心の校舎に通った。中学受験ときは決まった休憩時間には遊べたが、浪人の間はあらゆる時間勉強に費やさなければならないのが本当に辛かった。趣味読書も一切禁じた。もし落ちたら奴隷のような一生しか歩めず、それだったらもう死ぬしかない。そう思いつめているせいか夜はなかなか寝付けず、自習時間や週末に眠り込んでしまうことも度々あった。クラスメートと一切話さず(結局誰一人名前も知らなかった)、昼休みは机に突っ伏していた俺は相当浮いていたと思う。

それでも振り返れば、この一年で俺の馬鹿は(お勉強の面では)だいぶ治ったと思う。物理は難度の高い問題をこなし、得点源といえる域になってきた。化学は詳しい理論(π電子とか)は理解できず丸暗記だが、現役時代と合わせて知識量はそこそこあるはず。国語感覚を廃した分析的な読みを一から勉強し、地理と合わせてセンターで大幅な特典増が見込めた。数学はやはりしんどいが、どうにか100/250点とれれば総合合格点に届く計算だった。

試験前日、俺はやっぱり眠れなかった。ホテルの有線音楽で聞いた『一年生になったら』がずっと頭の中を流れていた。興奮は当日になっても続き、寝不足による不調は感じなかったが、2日目の最後理科試験問題を開いて絶望した。物理が例年よりも簡単すぎる!差別化を図れる唯一の手段を封じられ、動揺した俺は同時に出された化学で手こずりまくった。絶望感とともに帰宅した俺は、迎えてくれた家族の態度から早慶に落ちたことを察し、今度こそ人生が終わったと泣いた。そこから3月10日までは後期(京大にはないので他所)の勉強をする気力も起きず、抜け殻同然の日々を過ごした。

ここでいつか使おうと思って、結局使えなかった話のネタを供養したい。俺は出願期間が始まって速攻で願書を出したから、京大受験番号は(学科を表す千の位+)8番だった。たしかその年の工学部の倍率は2.5倍くらいだった気がする。迎えた3月10日ホームページで見た合格者の番号は

1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 9, 11, ...

あの時同じ部屋にいたはずの10番は、今何をしているだろうか?

【その後】

結局俺は最低点には17点届いていなかった。そして死ぬだけの覚悟があるはずもなく、併願した某私大に進学した。この大学に現役で進学し、新歓の時期ばったり会った高校クラスメートの「一浪して○○大!?」という言葉が今も胸に突き刺さっている。

……とまあ、受験生を奮い立たせる目的ならこういう風にBad endで終わった方が良いのかも知れないが、どっこいこれもN年後の今では良い思い出である。あれから俺は京大とは別の国立大の院に進学し、今は民間企業への就職を控えつつ博士課程を終えようとしている。結局私大生活も十分すぎるほど自由だったし、現状研究者も中々自由が効かなそうだし、企業でも上手くマッチングすればかなりやりたいことが出来そうだった。後に残った傷といえば、森見登美彦が読めなくなったことぐらいである。

もちろんこんなのは結果論しかいから、これを読んでる受験生は悔いのないよう今の信念を貫いてほしい。しかしもし将来(受験に限らず)苦い思いをすることがあったら、それがどのようにして「良い思い出」に変わり得るかのヒントとして次の言葉を思い出してほしい。

人生には割と結果オーライな所があって、今の状態が悪いと過去の一つひとつがその原因のように思えてくるが、逆に今が良ければそれらにも意味があったんだと思えるようになるもんです。

これは今の大学である先生が仰っていた言葉だ。過去未来を決めるのでなく、未来過去意味づけるというとまるで(京大編の元増田の)「汗をかけ」へのアンチテーゼみたいだが、そうではない。大事なのはもし受験不本意な結果に終わっても、その後人生で「成功」するチャンスはまだまだ残されているよということだ。私大の院で着実に研究者への道を歩んでいる同期がいる。生涯の伴侶を見つけた後輩がいる。サークル趣味が高じてプロになった先輩がいる。俺だって京大に落ちなければ、今の研究(超絶面白い)には出会えなかっただろう。どんな道でもとにかく今が楽しいという状態にさえ持っていければ、きっと明日だって「落ちたことにも意味があった」と僻みなく言えるようになれるだろう。

全ての受験生と、かつて受験生だった皆が、新時代を迎えるこの年に「成功」出来ることを祈っている。

文教大学までの受験の思い出

私は高校中退のあと大検を取って、二浪してたまたま受かった文教大学に入りました。

高校受験

ADHDの症状のためかなんなのか自宅ではまるで勉強ができず、三年間で家でやったのは県立高校過去問だけ。

ただ知能テスト?の結果は学年で一番とかだったので授業態度や提出物等はボロボロものの、なんとか偏差値60ぐらいの県立高校入学

最近親に「勉強のやり方がわからなかった」という話をしたら、どうも話が噛み合わないのでよくよく聞いてみると塾とかで丁寧に指導してもらえばもっとできたのではと思っていたらしく、「いやいや毎日コツコツ机に向かって勉強するっていうのができなかったんだよ」と言ったら少し驚いていた。

そんなんで入った高校適応できるはずもなく1年で中退大検予備校には通うもまたもや家では過去問だけをやってなんとか合格

大学受験

しか大学はそう甘くはなかった。現役の年齢では手も足もでず、一浪するも全滅。親から圧力とかの恐怖心もあって予備校に通う電車の中で「試験にでる英単語」だけはやり、例によって赤本アタック

正直もう体力も精神力限界に近かったが、5校受けた中で「こりゃダメだな」と思った文教大学情報学部になぜか受かっていた。合格発表も見に行けず家でゴロゴロしていたのだが、親が「大学から何か来てるわよ」というので見てみたら、入学書類だった。

最後に】

運かなぁ。

2018-12-23

大学無償化対象浪人生高認合格者が入っていないのでメールを送ったら文科大臣がそれに答弁した

とりあえず簡単なまとめ

現行の給付型奨学金では、高卒認定試験(昔でいう大検)2年以内合格者や卒業後2年以内の浪人生対象に含まれている

文部科学省資料の中で、消費税増税分の使途として2020年から始まる大学無償化の拡充の対象として両者が書かれていないことに気づく

いくら調べても分からないので色々な所にメールで問い合わせをしてみる

メールを送った議員が翌日(!)柴山昌彦文部科学大臣質問する

大臣浪人生高卒認定試験合格者を対象に含めるかは未だ検討中


(議員質問大臣の答弁がされた回の衆院文科委員会動画 https://www.youtube.com/watch?v=SsXke-Cwt7Y )

(日本学生支援機構により現在行われている給付型奨学金要件年収や成績の条件を満たす高認浪人生対象に含まれているhttps://www.jasso.go.jp/shogakukin/kyufu/shikaku/index.html)


ということで、別に自分の働きかけで新たに対象に含まれたとか政策を変えさせたとか、そういうすごい話ではないのでがっかりさせたら申し訳ない。


だいぶ端折ったので詳しく説明していくと、メールを送った相手というのは衆議院文部科学委員会メンバー全員。

忙しい議員相手迷惑スパムをして申し訳ないのだが、結果返事をくださったのは共産党の畑野議員。翌日(11月28日委員会の中で大臣質問したのもこの方。本当にありがとうございます


それと、政党ホームページにある質問窓口で全政党メールを送ったところ、共産党公明党が返信をしてくれた。


ざっとまとめると、

共産党青年学生委員会「仰るとおり対象者として明言されていない。そもそも支援対象を極めて狭く制限し、大学にも政府が定めた要件を満たしたところに限定している。日本共産党給付型奨学金対象を思い切って拡充することを求めており...」

支援対象を極めて狭く制限というのは、所得が「住民税課税世帯及びそれに準ずる世帯学生」に限られるということ。大学への要件というのは実務経験のある教員や、理事産業界の外部人材を任命するなどのこと。

(無償化要件」に反発 「国の自治への介入」https://mainichi.jp/articles/20180219/k00/00m/040/133000c)


公明党青年委員会公明党が長年主張してきた大学無償化が、2020年4月から実施されることになった。政府としては検討中公明党として対象になるよう推進していくべきと考える」

他の野党とかでなく公明党なのが意外かもしれないが、現在給付型奨学金が本格実施される際にも、学校の推薦によってのみ受給者選考が行われることに言及し、浪人生高卒認定試験合格者を「対象に加えるよう訴えた」のは公明党であるhttps://www.komei.or.jp/news/detail/20170330_23603

だいたい原案の時点で対象に含まれず、実施直前(3月29日)になってまで「対象に加えるよう訴え」なければならないというのもひどい話だけど。





ちなみに文部科学省HPの問い合わせフォームから質問したけど返信はなかった。





私がこの問題に多少なりとも取り組んでいるのは、自分浪人生となるかもしれないという個人的な考えもあるが、最大の要因は高卒認定試験によって大学に行こうとしている友人の存在に他ならない。

彼は家庭の事情高校に通い続けることができなかったため、現在働きながら勉学に励んでいる。私と同じ高2の年齢なので、大学進学するときには2020年からの新しい大学無償化制度実施されている。

彼のような人にとって大学無償化対象に含まれるかどうかは、進路を左右する大きなことだ。人生が変わると言っても過言ではない。それが未だに対象として”検討”されているような不安定な状況では、安心して学習することもできない。

文部科学省資料では、今年の6月に具体的方策が出されており、数日前には給付金額まで発表されている。1月通常国会では法案改正する予定にも関わらず、浪人生高卒認定合格者は未だ宙づりの状況で放置されているのだ。

そもそもこんな直前まで検討しなければならない事とは一体どのようなことなのか。 現在給付型奨学金ですでに対象には含まれているので、新しい大学無償化の”拡充”で検討するということと言えば対象から外すか否かぐらいでは。

安倍首相給付型奨学金について「どんなに貧しい家庭に育っても、夢をかなえることができる」と言い、文部科学省はその理念として「意欲と能力のある若者経済的理由により進学を断念することのない」ことを掲げているが、高認生のようなレールから外れた”普通学生”でない若者対象なのだろうか。



この問題がまったく注目されていないことからも分かるように、高卒認定試験によって大学へ行くという人は非常に少ない。医学部入試女性差別問題になった際も、高卒認定生が減点されていたという事実はまったく知られなかった。

(東京医大高卒認定者も差別女子同様加点せず https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20181024-OYTET50015/ )



また最近入学前に申請する形の大学独自奨学金制度が広がりつつあるが(東大や九大を初めとする国立大学慶応立教関西大など多くの私立大が行っている)、これらの殆どいくら優秀でいくらしかったとしても高認生というだけで対象外としている。

というより確認した中で、高認生も平等対象として扱っているのは早稲田大学都の西北奨学金ただ一つのである


普通高校生でない少数派が、その規模故に見落とされ無視されるということは仕方のないことかもしれない。

しかし私はこの日記を通して、この問題とともに、彼らが存在するということを提起したい。

インターネットでは何も変えられないかもしれないが、田舎の一高校生が大臣メッセージを伝えることが出来たように、SNSを通して多くの人に彼らの存在を知ってもらうことぐらいはできると信じている。

2018-12-09

中高年引き籠もりは親の介護要員として存在肯定したい

実家引き籠もり気味の妹が将来的に親の介護を引き受けてくれることになっていて、長男の俺は東京で好き勝手に生きられて本当に感謝している。

もう一生親から自立できそうにない高齢引き籠もりというと、何かと深刻な社会問題扱いされるけど、実際に親族である俺はこういうメリット享受しているし、家族の予備戦力として彼/彼女らの存在肯定してあげればいいと思ってる。

妹は完全な引き籠もりというわけではなく、高校中退後、大検は取ったが結局進学せず、たまにアルバイトをしては辞めて……といったフリーターニート中間といった有様。

体は健康体だし、長く患っていた鬱は親が引き籠もりを受け入れた頃から徐々に治って今は軽い眠剤だけ。

なので、親の介護に関わる役所手続きヘルパーとのコミュニケーションぐらいならこなせるだろう。必要なら金銭的援助はするつもりだけどね。

別に酷い毒親とまで憎んでいるわけじゃないが、俺は横柄な父親と恩着せがましい母親介護なんてしたくないんだ。

やっと手に入れた専門職を手放して田舎に戻るなんて絶対に嫌だし、仮に定年後だとしても嫁は付いてきて助けてはくれないだろうし(俺が嫁の立場でも東京に残る)。

から実家に残ってくれた妹の存在に本当に救われている。

引き籠もりのご多分に漏れず妹はネット中毒なんだけど、ネット引き籠もりにとって居心地の良い言説に溢れた場所であって欲しいと願っている(その言説の一つとしてこれを書いた)。

2018-11-18

anond:20181118224629

教育費が家計から賄えず、奨学金保証人も見つからなかった二宮さんは、やむをえず進学を断念

家業を手伝い、薪を背負い運ぶ傍らスマホで勉学に励み、英語アプリでTOEIC990点に到達しましたとさ

彼の苦学はとどまることを知らず、捻出した費用ノートPCを購入し、大検放送大学とき通信教育で薪を背負いながらMBAを修得

マジ泣ける。゚(゚´ω`゚)゚。

2018-08-19

これからどう過ごすかじゃないのか?

https://anond.hatelabo.jp/20180819110324

読んでいて現在42歳の自分の事かと思ったくらいダブって放っておけない気持ちになった。

私も君と同じように自分絶望していた。絶望の度合いは君よりも深かっただろう。

中学生の時にいじめをうけて不登校になり、そのまま高校にも通わず、気づいたら20を超えていた。

ダラダラと日々をすごしていた間、虐められた自分を可哀そうだと思って

両親や教師たちの同情の言葉にかえって怒りを感じながら、意固地になって引きこもりを加速させて

ひたすら、いじめた連中を恨んで10年近く過ごしていた事には心底絶望していたし

近所の楽しそうに遊ぶ子供たちにすら劣る自分という粗大ごみを一刻も早く処分したい気持ち

死ぬことが怖くて踏み切れない情けなさで、心を埋め尽くしていた様に思う


ここから自分が辿る道は通り魔か、いじめっ子全員への復讐しかなかったと思う。

そうならなかったのは、ある日F1特集を見たからだ。

佐藤琢磨の生い立ちとか生き様を見て憧れて、F1に関わるエンジニアになりたいなぁと思った。

どうせ死ぬんだという思いで大検資格勉強を始めて、地元国立大学合格したのは26の時だった。

大学院まで行くつもりでいたので卒業は32になる事は分かってたし

その年でF1に関わる可能性のある大手自動車メーカー就職するには余程の能力がいる事も理解していた

から必死勉強した。

死んだ気になって頑張ったけど、幸いにして勉強プログラミングも楽しくて、自分に合っていたのか余り苦にはならなかった。

自動車部所属して機械いじりをするのも、とても楽しかった。

一歩踏み出す事に恥ずかしさを感じた時にいつも考えていたのは、どうせ既に私は死んだ人間だって事だけだった。



現在の私はF1に関わる事は出来ていないけど、念願かなって自動車制御プログラムを作っている。

今でもいつか会社F1に参入する日が来たら、私に声がかかる事を夢に見ている。


君は私が22歳だった時よりも、よっぽど恵まれ人生を歩んできていると思う。

自分を育てるのは、これからだって遅くないぞ、と中卒引きこもりで22歳を迎えた私から言いたい


追記

コメントを沢山いただいてありがとうございます

カッコいいとか・・・そんな大した話でもないですよ。

私に本当に力があれば、HRD SakuraPUに関わる仕事をしていたのだと思います

でも、それが果たせてないという時点で、力量のほどはお察しいただきたいという感じです。

どん底から社会復帰できたけれど夢は実現できてない、そんなオジサンしかありません。

何もカッコよくなんてありませんよ

2018-07-18

https://anond.hatelabo.jp/20180717173436

ハロワプログラミング講習うけて、PythonとRが少々使えたらOJT大学とかで時給1000円以上、トイレ好きな時に行ってOKバイトとかありそうですが。

あとは、高卒認定試験(旧大検)くらいとれないもんかね?

それと病状をよく知らないので失礼ながら、大腸がんだった知り合いの経験からオムツ人工肛門のほうが楽だったりすることはないでしょうか?

2018-06-26

anond:20180626190333

大学については詳細は伏せるけど正直自分も同じくらいなのと(トラバのどっかに書いたと思うが大検で入った)、他で言及したけど自分なんかよりずっと高学歴人間ほどアカデミア沼に嵌った無敵の人予備軍が多いことから、あまり驚いていない。ついでに精神ねじくれた奴も多い。これは自分がそういう人間からそういう知り合いが増えるというだけかもしれないが、いずれにしても学歴が高いからといって、というより、むしろ世間的にいわゆる高学歴に分類されるからこそ彼はあそこまでやれたのだと思う。また、これは後で知ったことだけど、低能先生氏はなんだかんだできちんと言い負かされると負けてしまう事がよくあったと言っているエントリを見たし、それは元エントリにも似て彼なりの最低限のプライドだったのではないかと思っている。

anond:20180626112704

一つ大きく思えるのは単に当時自分が若かったからで生徒生活学生生活に支障をきたしていたからと、居場所が出来てしまたからだ。でも低能先生氏にも年齢を考えれば多分ゼロ年代インターネットにいたはずだし居場所の一つくらいはあったんじゃないかと思う。じゃあ更生できたかどうかの違いはなんなのか。それは多分、彼がいわゆる無敵の人生活に支障をきたすもクソもないから止まれなかったからとかそういう事には無いと思う。

単純に脳が破裂しそうで物理的に辛かった。そして鬱病で死にそうだった。だからやめた。自分は今でも顔の見える煽りが怖い。本当に怖い。そこでラップみたいとか言及してる有象無象はどうでも良いんだが今でも顔の見える人間(顔ってユーザーidかのことな)に煽られるのが本当に怖い。未だに復讐心で壊れそうになる。マジで勘弁してほしい。怒りで頭が破裂しそうになるのが本当に辛いんだよ。煽られた瞬間の条件反射で何週間も引きずるから辛くてそういうサイト使用するのを徹底的に避けてた時期もあった。やっぱり鬱病が一番大きいと思う。鬱病じゃなくてもなんでも良いけど、死を感じるくらいの大病。

あの時のことを今でも覚えてる。大学何年生かの時に(大検で入ったよ)、酷く理不尽理由教授に怒鳴られた。それだけで2週間が一瞬で過ぎた。2週間、頭の中はずっとその教授をどうやって殺害するかという事でいっぱいだった。[ここにどうやれば無罪で殺せるかの当時の妄想が垂れ流されていたのだけど流石に恥ずかしいので消してから送信することにする]。たった一回怒鳴られただけで頭がずっとぐーるぐるぐーるぐる。2週間ずっと。辛いんだよ。何が辛いって実行に移すほどの能力も無いチキンから辛いんだよ。だからずっと怒りで頭が煮え滾って壊れそうになる。解放されるにはたった1回怒鳴られただけで2週間耐えるか、相手を刺し殺すかしかない。それでもうこういうの無理だなって思ってインターネット積極的に人と関わるのをやめた。当時既に鬱病がかなり進行していただけで、別に更生したんじゃなくて単に体が保たないから続けられなくなっただけだった。それに自分は運良く当時の2chという場所的にも年代的にもどう足掻いても相手の素性が知れない本当のanonymousの中にいてそこでいじめられっ子としての刑期を終えていた。だけど今でも激情的な性格は残ってしまっている。自分がもし低能先生氏と同じことを続けていたらいつか自分も刺してたと思う。自分は運が良かっただけ。

人生の何処かで重い鬱病になって頭マジで壊れそうになってたら死が怖すぎて脳がそれ以上壊れそうな事は低能先生もしなくなっていたかもしれない。何か疾患を抱えている人なら分かってくれるかもしれないけど、体の内側から忍び寄る死って本当に怖いんだよ。言葉になんか出来ねえよ。刑務所死刑なんかよりずっと怖いよ。小さい頃からずっとやってた事や、復讐なんてどうでもよくなるくらい、自分過去なんて全部どうでもよくなるくらい、もうあと1時間生きてられたらどうでもいいって思えるくらい、この苦しみから解放されるならもう何を捨てても良いってくらい、脳がそれ以上壊れるのが怖かった。病気は頭と心臓に近ければ近いほど怖い(他の疾患を抱えている人がご不快に思われたら申し訳ない)。単に激情的なだけだったら自分もやめてなかったと思う。

 

結論をこの行に書いてしまうと自分みたいな人間が更生する方法は頭か心臓病気になって自分激情的な性格物理的に耐えられなくなる以外に自分は知らない。

2018-06-21

底辺発達障害者の半生とは

新幹線ナタ事件前後、時期的なものもあって秋葉原事件も注目されるようになり、加害者発達障害が疑われて親の責任の有無だとか、事件の背景にあった加害者の養育環境等について語る人をちょくちょく見掛けるようになった。

どちらも他人を加害する時点で庇いようが無いのだけれど、「他人迷惑考えろ」なんて今まで社会(他人)からリターンを受けていない人間には全く響かないよなあと割と近しいポジションにいるつもりの私は思います

セーフティネットに引っ掛からなかった発達障害者は悲惨です。うちはみんな自覚がないけれど恐らく母親兄弟みな発達障害でした。

ひとつ底辺底辺逸話として幼い頃からの私の生い立ちを書くと、

・兄と父に性的虐待を受けていた上エロ本普通に転がっている家だったので奇矯発言が目立ち保育園小学校で仲間はずれ

・兄が万引きお小遣い貯金箱お年玉を隠していても探し出して盗み、母も「バレるところに置いておくから悪い」と咎めない。母に預けると生活費に消えて戻ってこない

・父は家に寄り付かず母は夜の仕事で不在。年の離れた姉と兄に世話を丸投げされていたが、二人が放棄したため小学校に上がったあたりから朝食抜きで学校で倒れ、先生から家庭に連絡

・髪はぼさぼさ、汚い身嗜み、ランドセルは空で家庭に連絡

・結果恥をかいた!と私が叱られグーで殴られ一晩フローリング正座

常識を知らないため発言がずれている&空気を読めないので保育園から全てのコミュニティ孤立小学校高学年からはいじめられる

中学校でもいじめられる。弁当を作って持っていけと言われるが冷蔵庫は空

・昼食を食べないので家に連絡→殴られて昼飯時は隠れるようになる

この頃から上の兄弟は自立したため夕食頃は一人に。冷蔵庫に何もないことを母自身自覚しておらず怒鳴られるため毎食卵と白米。学校はいじめられているので遅刻するようになり、家に連絡が入って母に殴られるの繰り返しが高校まで続く

児童相談所学校の勧めで通うようになるが、母が「うちの子障害者じゃありません」と行かなくなる

高校中退引きこもる

大検を取ったので進学したかったが、働こうにも人間関係での成功体験がないため働きたくないのではなく人間が怖くて働けずに引きこもる

ちょっとバイトするけれど緊張で頭が真っ白になってうざがられてまた引きこもる

・五年引きこもった末に家を追い出され遠方の祖母の家に預けられる

アルバイトで失敗しながら社会を学んで正社員になろうとしたが、ネックだったコミュニケーション改善された(黙っていること、差し支えない程度に人と関わらないようにすることができるようになった)のは二十代半ば、それ以降は注意欠陥の細かいケアレスミスで大問題を起こして終了

自分が追い詰められてくると他人の話やざわめきが全て自分悪口に聞こえるようになり逃げるように退職

・一週間続けてでさえまともに出勤できなくなる

・躁鬱の波に勝てない

生活出来ずに借金がある

・三十で転職十回、もう派遣でさえ紹介してもらえるところがない

沢山の方にここまでご迷惑をおかけしている自覚はありますが、働かなければ生きていけずどんどん深みにはまった気がします。私だって成人式振袖を着たり祝ってくれる親が欲しかった(上の姉は振袖を買って貰ってました)し、恋愛結婚普通にしてれば余程の事がない限りできるという書き込みを見て本当に胸が痛い。結婚とか子供なんて機会があっても怖くて無理です。私が殺しそう。

メンヘラ系の女の子職場いたことがあり、私に色々と打ち明けてくれたのですが人に言える不幸と言えない不幸があるよね。私のこれははずかしくて言えない不幸。

社会お金で助けてくださいと言わないので安楽死させて欲しいです。

2018-06-16

anond:20180616220502

あなたの3~4倍生きてるおじさんおばさんは人生に取り返しがつかなくなっている人も多いけど、あなたの年齢ならまだいくらでもどうとでもなるよ。

通えるなら通い続けるもよし、大検とって大学行くもよし。

2018-03-22

2018年アニメ宇宙よりも遠い場所」を12話まで観た感想 その1

 1~12話まで観たけど、とても刺さった。私なりの観測範囲でよく話題に上がっていた作品なので、便乗して感想を書く。まだ観てない人向けにネタバレなしレビューも書いたので、リアルタイムで13話を観るキッカケにでもなれば。

 あと私はあまりリアルタイムアニメを見るのが得意ではない方の人のだけれど、コレはコレで楽しいな、と思った。制作者のインタビュー探しやすいし、それに対するファンの反応見れたり、各話ごとに視聴者の反応をリアルタイムで知ることも出来てより深く作品を知る機会に恵まれてる。何より楽しい。この感想もそういう色んな人達の発信した悲喜こもごものお陰で書くことが出来たので、日々感謝するばかりだ。ありがとう

 2018年冬アニメ「宇宙よりも遠い場所」を12話まで観た感想 その2

 2018年冬アニメ「宇宙よりも遠い場所」を12話まで観た感想 その3

全体的なレビュー(まだ観てない人向け)

初めて1,2話を見たとき感想

 ノゲノラスタッフによる作品というキャッチコピーだが、内容的にはいしづかあつこ作品ハナヤマタ」に近いものを感じる。ハナヤマタ中学生たちの優しい世界とするなら、こっちはもう少し、冒険をするときのワクワク感がある作品。両作とも「ギャグテンポが良い」「1話毎に話がまとまってる」「女の子がみんなかわいい」「すごく救いがある」と言う共通点がある。特に1話毎の完成度が非常に高く、好きな話を何度も見返したくなる作品だなぁ、と感じた。メインキャスト4人のメンツで既にざわざわしていたのだけれど、なんてことはない、高レベル喜劇を演じられる実力者揃えたからっていう。

12話まで観た感想
リアリティ

 協力:文部科学省国立極地研究所海上自衛隊、SHIRASE5002(一財)、WNI気象文化創造センターとあるように、すっごい詳しく取材した上で作られているアニメ。「JK南極を目指す」という触れ込みは軽くSFチックなんだけど、現実に即した物語と美麗な背景美術で描かれる世界はとてもリアリティがあって、それ目当てだけでも観ていて楽しい小ネタも満載で、「昭和基地施設内にある厨房の戸棚に書かれている落書き」まで再現していたりする。そういう世界の中で描かれるキャラクターたちは、監督メインキャスト4人の演技を「それぞれのキャラクターが本当に生きている」と評したように(公式ラジオ11回より、水瀬いのり談)すごく活き活きしていて、本当に生きた人間の成長過程を見ているようであるキャラデザも緻密に作られていて、鼻の形にまでちゃん意味が込められているんじゃないかと思わせるくらいのクオリティに仕上がっている。バカみたいに表情豊かなので、同じ話を何度観ていても飽きない。そんな彼女たちの心の機微徹頭徹尾とても丁寧に描かれている作品なので、非常に感情移入ハードルが低い。また絶妙音楽による演出はより作品への没入感を加速させるので、そのうち彼女たちが何気ないことでヘラヘラ笑ってるシーンでさえつられて笑ってしまうくらいシンクロ率が高くなる。もはや音楽に心を委ねているだけで自然と、面白いシーンで笑い、悲しいシーンで泣き、嬉しいシーンで泣けるようになるので、そこら辺に意識を向けながら観てほしい。ただハマりすぎると「むせび泣きながら大爆笑する」という稀有体験をすることになるけれど。

何回も見返したくなる

 この作品を観ていて強く感じたのは「何度も見返したい」という点。一つ一つのシナリオが高いクオリティで完結している、というのもあるのだけれど、加えて本作では「4人の成長」が大テーマになっていて、各話には彼女たちの成長を如実に感じられるよう伏線をたくさん張り巡らせてあるので、話が進めば進むほど彼女たちの行動一つ一つに宿る物語を思い出しては強く感動する…という構成になっている。なので、「このシーンでこの子がこういう行動を取ったのって…」と気づく度に過去回を見返したくなるような、非常に完成度の高いエンターテインメント作品だと思う。

宇宙よりも遠い場所

 (物理)という意味もある。物理的に行くのが困難な場所を目指す物語としてすごく完成された作品だし、「リアリティがあって、かつほんとに行けるか分からいくらハードルが高くてワクワクするような目的地」というつくり手の戦略はすごくハマってると思う。

 一方で心因性の「宇宙よりも遠い場所」ってあるよね、というもう一つの意味も丁寧に描かれている。例えばそれは誰かにとって「メッチャ高い目標」、あるいは「何も変えられない自分から、何かを変えられる自分への転身」、「誰かに依存し続ける自分との決別」、「まだ見ぬ友達のすぐ隣」なのだけれど、大切なのは勇気を持って最初の1歩を踏み出すことだよね、ということを描く物語がこの「宇宙よりも遠い場所」というタイトルに込められていると感じた。私が1~12話全部が好きな理由は、すべての話が「最初の1歩を踏み出す物語」になっているから。ED曲「ここから、ここから」もそれを象徴している。ちなみにEDタイトルは、作曲者が近所の散歩中に[ここから~]という道路標識を見つけたことが由来らしい(本人ツイッターより: https://twitter.com/higedriver/status/968006184413249536 )。

イッキ見非推奨

 とにかく笑って泣ける作品なので、イッキ見をすると顔中が痛くなる。普段表情筋を使っていない私のような人は体調に気をつけて観たほうが良いかも。

13話の放送情報

<<放送情報>>

AT-X・・・3/27 20:30~

TOKYO-MX・・・3/27 23:00

BS11・・・3/27 23:30~

MBS・・・3/27 27:00~

<<配信情報(最速のみ)>>

d'アニメストア・・・3/27 20:30~

AbemaTV・・・3/27 20:30~

本作を観る順番のオススメ

 上記の通り何回も見返したくなる作品なので、私なりに観る順番を決めてみた(数字は話数、その右にある()内は注目するポイント)。少しでも楽しむネタになれば。

1-2-3-

4-1(キマリの想い)-2(報瀬、日向観測隊の想い)-3(ゆづの想い)-

5-[1-2-3-4(キマリ一家)](めぐっちゃんの表情)-5-

6-3(報瀬と日向関係)-4(報瀬の想い)-

7-1(キマリの想い)-3(ゆづの想い)-4(報瀬と隊長)-5(冒頭撮影シーンのつながり)-

8-1(キマリ)-4(4人)-5(4人)-7(4人)-

9-[1-2-3-4(報瀬と隊長)-5-7(報瀬と隊長)](ほんとに南極行けるの?だって南極だよ?)-9-

10-1(報瀬にとっての友達)-3(ゆづにとっての友達)-4(4人の仲)-5(4人の仲、めぐっちゃん)-6(4人の仲、報瀬と日向)-8(4人の仲)-10-

11-2(日向)-3(日向)-4(日向)-5(日向)-6(日向)-7(日向)-8(日向)-9(日向)-10日向)-11-

12-1(報瀬)-2(報瀬)-3(報瀬)-4(報瀬)-5(報瀬)-6(報瀬)-7(報瀬、隊長)-8(報瀬)-9(報瀬、隊長)-10(報瀬)-11(報瀬)-12-

13

オススメの順番で見た場合の話数は合計67話になった。

各話ごとのレビューネタバレあり)

1話

「じゃあ、いっしょに行く?」が刺さりすぎた件

 私事になるのだけれど、ほぼおんなじことを言われた経験がある。何年か前に高校同窓会に行ったのだけれど、その中に青年海外協力隊に参加した経験者がいた。元々興味があったのでかなり前のめりに話を聞いていたのだけれど、そんな私を見た彼が「じゃあ、行く?知り合いに話してあげるよ」と言ってくれた。けど私は行かなかった。その場であれやこれやと行けない理由を話した覚えはあるけれど、要はそういうことなんだろう。だからこうして一歩踏み出そうとして出来なかったり、そのくせ踏み出そうとしてる友達応援してみたり、そんな自分が嫌いなったりしているキマリの姿を丁寧に描く1話は私に刺さりすぎた。

いしづかあつこスカート

 アニメを含むコンテンツに触れているとよく、「スカート体育座り」というシチュエーションを見る。…けど、私は「そそそそのスカートで座ったらパンツ見えちゃう!?」ってなってしまって結構苦手である最近アニメ作品では絶対パンツが見えないような工夫がされていることが多いけど、その多くは「神様視点では見えない(脚でパンツ隠すやつとか)」あるいは「重力無視したスカート」のどちらかである。どちらの手法でも非常にもやもやしてしまうので、「どうやってスカート履いてる女の子が座る姿を自然に描くか」という表現技法にずっと興味があった。

 そこで1話 14:05頃を見て欲しいのだけれど、キマリスカートの下に手を回してる座り方がすごいかわいい。自然仕草かつ可愛いだけでなく、キャラクター自身が見られないよう意識している事がわかり、それも含めて可愛い。とてもよく出来ているシーン。

 この手法は、監督いしづかあつこ絵コンテ担当した作品ハナヤマタ」(2014年)の1話 13:40頃でも見られることから監督のこだわりなのだろう。些細な事だけど、私が監督を好きな理由の一つである(余談だけど、同氏が絵コンテ担当したノゲノラ1話ではワンピースを着た”白”が自室でベターっと座ってパンモロしていて、彼女のだらしなさを簡潔に表現している。座り方一つでキャラクター性格を描くという点では一貫していてすごく好き)。

放課後学校の音

 色んなアニメで登場する「放課後学校の音」を比較するのが好きなんだけど、よりもい1話放課後の音がとても好きなのでぜひ聴いてほしい。男子生徒の会話する声、吹奏楽の音、陸上部あたりのホイッスル等、非常に音が豊か。

マリかわいい

15:05頃 「宇宙よりも遠い場所」を読むキマリかわいい

2話

「嫌になったのなら嫌になったって、そう言えばいいじゃない!」→即和解

 めぐっちゃんの「南極に聞いた?」を見た報瀬がムッとした表情になり、キマリ心配に対してつっけんどんに拒絶してしまうという流れから、今まで散々「南極」とからかわれたり、あるいは仲の良い人から諦めるよう説得されてきて、その度に彼女はどんどん強情になっていった報瀬の過去を思わせる。それでもすぐに和解できたこからいかに二人が1~2話の間に信頼関係を築けたかが分かる。また、二人が言い合った場所が敢えて交差点であることも強い印象を残していて(作品を通して交差点が登場するのはこの時のみ)、非常に好きなシーン。

歌舞伎町潜入→失敗→逃亡→捕まるくだりの作画がすごい

 目まぐるしく変わるシーンの背景がいちいちハイクオリティ。その中を複数キャラが、文字通り縦横無尽に走り回る本作で最も激しいアクションシーン。コマ送りで見ると楽しいアニメ作品において、キャラが奥→手前のように奥行きのある移動をする際、作画が安定してるって結構すごいことだと思う。

奥→手前

右→左

奥→右と左に分かれる

奥→手前

右→左

手前→奥

奥→手前

手前→奥

右→左

奥→手前→右

右→左 …みたいな。3人が歌舞伎町に来るまでは夜道=街灯もない真っ暗な道という描写だったけれど、このシーンでは対照的に明るい歩道きらびやかネオン、往来する人なんかが強調されてて、キマリ心象風景可視化されてるみたいで好き。

 加えて疾走感の演出がすごく良い。キマリ最初、すっげー速い隊員と日向に比べてヘナチョコ走りなんだけど、挿入歌の盛り上がりに合わせてどんどんフォームが良くなっていく。たった一人だけ笑顔で走ってるキマリの高揚感がすごく伝わってきて、胸がいっぱいになる。

1話と2話で変わる、100万円の意味

 1話100万円…報瀬の並々ならぬ覚悟象徴する舞台装置、またそれに応えるキマリ覚悟の大きさ

 2話の100万円…スポンサー料として提示した金額。ハッキリ言ってゼロが足りない。その申し出を断ったかなえからは、大人組が報瀬の「絶対南極へ行くという想い」を超えるくらい強い意志を感じさせる。

 だからこそ、追い返された帰りの電車内で報瀬がちっとも折れずに「こいつ、ポジティブちゃん・・・」ってなるやりとりが非常に効果的な演出になっていて好き。

 これ以降も重要舞台装置になっていて、ただの札束をここまで丁寧に描く作品ってすごいと思う。

マリかわいい

17:40頃 「私の青春、動いてる気がする!」のキマリかわいい

3話

リアリティ

 特に2~3話は「さもありなん」と思わせるシナリオになっていて、非常に面白い。この作品リアリティを感じた人はよりもい公式ページの「南極チャレンジ」や、観測隊の日記等を見て幸せになってほしい。

報瀬の家におけるやりとりから察する、ターゲット年齢の高さ

 報瀬家ではリーダーを解任された報瀬が不満を漏らすのだけれど、お茶を出しているところを見て「お茶くみに格下げか」と気づいた人はどれくらいいるだろうか。また、後ろにそっとおいてある南極観測船「宗谷」にも気づいた人って最低でも30代だと思うのだけれど、そこらへんがこの作品ターゲットなのかもしれない、と思った。私もアラサーだし。

報瀬(CV.花澤香菜)でよかったと思った

 同じく報瀬家でのやりとりにおける報瀬(CV.花澤香菜)の演技が抜きん出て面白い。本当に素晴らしいキャスティングディレクション&演技だと思う。

少ないセリフで描く心の機微

17:20

「変な夢…」→夢と違い、殆ど開かない窓→スマホを見て目を細める結月→バッジのないSNSアプリ(前日送ったチャットの返信がない)→退出しましたx2→後ろ姿→\コンコン/→一瞬窓を見る→\コンコン/→「おはよー!」

 この間セリフがないのに、それでも結月の心の浮き沈みが痛いほどわかる演出がすごい。本作の特徴である、丁寧な心理描写伏線の貼り方を象徴しているシーン。

マリかわいい

07:20頃 こんな事もあろうかと用意しておいた”二人羽織”(書・キマリ)の、”二人羽”に比べて小さい”織”

4話

高校ネタとして鉄板の「学力テスト回」がない理由

 高校生が主人公アニメ漫画では学力テーマにした回が定番だけれど、この作品ではキマリ家での悲劇が描かれるのみ。なぜかといえば、4人のうちちゃん学校に通っているのが2人だけだから。加えてゆづは通っている学校と学年も違うので、学力テストテーマにしにくい。てかそもそも女子高生を描くアニメ学校に通っていない子をメインにするという発想に惚れた。でも4人のスペックについてはうまく描かれていて、

マリ…部屋の片付けが苦手、一つでも赤点取ったら南極に行けない、コンパサー→基本はできない子

報瀬…キマリ説教する日向同意する、慎重に測量の訓練をする→できる子?

ひなた…高認(x大検)も取ってるし、合格判定もA→できる子

ゆづき…学校に行けない分ファミレス自習数学ノート(図形の作画が非常に丁寧、字が綺麗)→できる子

 南極での作業フェーズではそれぞれがいろんな作業をするので、できる子なのかできない子なのか分かるっていうのはそれなりに意味があるんだけど、それを「勉強の出来不出来を数字で表す」という無意味評価軸に頼らない演出にしてて好き。

マリが好きになった話

 「ここじゃないどこかへ」というモチベーションでここまで報瀬に付いてきたキマリ。それだけでもすごいのに、そのうえ報瀬の想いや大人組の想いを知った上で「みんなで行きたい!」と言ったキマリの鋼メンタルが描かれている。報瀬たちと同等の覚悟がないとこんなこと言えないはずで、物語の縦軸を担う報瀬ではなくキマリ主人公であることを再認識した大好きなシーン。

マリかわいい

16:35頃

マリうるかにしてください(キリッ)」

ひなた「いいからやめろキマリwww

マリうぇへへ…www」←かわいい

2018-01-22

anond:20180122121733

自分同胞兄弟姉妹のことを医学分野では同胞と呼ぶ)の病名を知らないってどういうことだ。

無関心ってレベルじゃねえぞ。

あくま予測だけど

「軽度知的障害

「軽度知的障害を伴う広汎性発達障害」(自閉症アスペルガー症候群などは広汎性発達障害の下位分類です)

「軽度知的障害を伴うADHD(不注意優勢型)」

あたりでは?

父親の「現代の贅沢病」発言からすると、そこに二次的な併存障害として「適応障害」あたりもあるのかもしれんな。

もしも発達障害であれば父方から遺伝が疑わしいし、そうなればキミが産む子供にも関係してくる問題なんだけど、分かってんのか?

……ていうか、「大検」は約13年も前に「高認」に変わっただろ。

妹と最後に話したのいつだよ。13年以上前の話なんか?

2018-01-19

anond:20180115013925

昼間定時制高校はどう?

私の通っていた昼間定時制はこんな感じでした。

・通ってる人は、不登校だった人、高校をやめた人、スポーツ選手になろうとして高校に行かなかったが怪我等でリタイアした人。

・年齢層は15歳~22歳くらいが多かった。

単位制だった。好きな授業を大学のように自分で決めて学習できる。

時間割自由に組めたため、週4で通い、週3でフルタイムバイトすることができた。

文化祭運動会はなかった。修学旅行任意で参加率10%程度。

定時制なので大学入学資格検定(今はなく高等学校卒業程度認定試験に変わっている)を受験することが出来た。

大検合格科目を高校単位に読み替えできたし、高校単位大検免除科目とすることも出来た。

・昼間通えるので、夜時給の高い仕事ができた。

・男女比率とんとん結構可愛い子も多かったし、イケメンも多かった。もちろんアキバ系も。

運動部は1,2勝すれば全国大会へ行ける世界

・私から見てもバカが多かった。英語アルファベット26文字書く授業から。なお、書けない人もいる・・・

・それでも、数学3Cとか、保育とか、商業工業プログラミングなどなど、特化したければ難易度の高い授業も取れるし、その授業に来る生徒はガチで頭いい。

・3年間で卒業できる(大体の定時制は4年)

願書は余裕で間に合うよ。

でも、君、高校卒業してるんだよね。

はっきり言って大学のほうが楽しいぞw

俺は22歳で入学したし、大学2回目という人も同期にいた。

年齢隠してなかったけど、年齢を知ると、ストレート大学へ来てる人たちは急に敬語になるし、

先輩ですら、敬語になったりするものから必要なければ言わないようになった。

合コンしまくったし、いろんなイベントサークルに顔出したし。

そんでもって、高校時代とは違って、みんな頭いいんだよな。

高校と違って、今から大学受験とか、手遅れ感あるし、

いい大学狙えなさそうだから、1年予備校いくとか。

私は2回目の高校休学して、1年予備校通って、大検使って大学進んだけど、

1年で中高6年分の勉強は大変だったけど、予備校前と大学入学後の学力は段違い。

21歳も22歳も変わらないし、一度真面目に学力上げて、できるだけ上の大学狙ってみるのもいいと思うよ。

正直、大卒ってだけで、日本じゃ大分楽になれるからどこでもいいっちゃいいのかもしれないけど、

つのラベリング効果受けるから偏差値高い大学のほうが気分も待遇大分違うはず。

人生、やりなおすのに遅すぎるということは絶対ないんで、

本当に高校行きたいと思ってるなら、迷わず行くべし。

先のこと考えて生きてる人間なんて1割もいないんじゃないかと。

もちろん、考えて生きてる人たちは、ほとんど成功してる人たちだけど。

少なくとも、匿名掲示板でぼやいて、匿名で煽る人たちのネタになって、嫌な思いしてるよりは、

かに有意義だと思うよw

高校受験してみて、失敗したらそれはそれ。

2回目の高校に無事通うことになって、やっぱり気が変わったとしてもそれはそれ。

やって後悔するほうが遥かに有意義

もちろん、やってよかったと思えたら、大勝利

とらわれていることがあると人は成長が止まる気がしてる。

まずは、君の視界を晴らそう。

高校受験するんだ。そして、通うんだ。

予備校はいつでも受け入れてくれるよ。営利目的でやってる会社なのだから

大学行きたくなったら、高校辞めて予備校行けばいい。

21歳で生きてる意味・・・とか早すぎない?

とりあえず、10人恋人作ってから考え直してw

2017-12-27

人生物語は要らない

 先日ホッテントリに上がっていた単著持ち増田のエントリを読んで、そういえば自分も増田が原因で本を書いたんだったと思い出した。


 数年前、初めて増田に文章を投稿したら2000ブクマ付いた。「文才がある」「物書きとして食っていける」とか言われたので、24万字の文章を書いてKindleで出版した。ぜんぜん売れなかった。人の言うことを安易に信じてはいけないと思った。

 そのあとまたホームレスになったので(2年ぶり3回目)しばらく福島で除染作業員として働いた。除染と言うと何か特別なことをしているように聞こえるけど、実はただの土木工事である肉体労働は久しぶりだったけど、小難しいことを考えず黙々と目の前の作業に打ち込んでいると、頭の中の不純物が取り除かれていく感じがした。

 そうだ、僕は物書きになりたいなんて思っていたわけじゃない。そんなものは誰かから押し付けられた「物語」でしかない。いままでも「元ホームレス成功者になる」みたいなステレオタイプな物語を押し付けられたことは何度もあったけど、いつも心の中で蹴り飛ばしてきた。なぜ今回に限って勘違いしてしまったのか。


 福島では相馬市松川浦という観光地にある旅館に住んでいた。国からの補助があるので宿泊費はかからなかった。旅館だけあって飯がめちゃくちゃうまかった。直前までわりと本気で食うや食わずの生活をしていて、就業前の健康診断で「就労可能です」のハンコの横に「貧血症――経過観察お願いします」とか書かれるレベルだったけど、1か月で元の体重に戻れた。

 そしてこういう現場に集まる人間というのは基本的ろくでなしばかりである。入ったばかりの給料を数日で飲み代やパチスロに使ってしまい、すぐに前払い制度を利用するはめになるような、そんな人間ばかりだ。同じろくでなしとして、とても居心地がよかった。やはり自分はこちら側の人間だと思った。

 そんなわけでしばらくここに居着こうと思ったけど、東北の夏は意外と暑かった。僕はそれまで日本の東側に来たことがなく、東北の夏なんて京都盆地の夏に比べたら余裕だろとか思ってたけど、ぜんぜん余裕ではなかった。しかも仕事中は半袖作業服禁止で、手袋は三重、さらに安全長靴にヘルメット、高性能防塵マスクというフル装備で、炎天下の中、延々と作業するのだ。このままでは干物になってしまうと思い、涼を求めて北海道へ行くことにした。


 割のいい仕事をしたおかげで金はそこそこあったので、JRの青春18きっぷを使って道内をしばらく旅した。

 旅の途中、いろんな人に出会った。日本一周中のライダーチャリダー、本州でこういう人に出会う機会は少ないけど、北海道ではさほど珍しくない。彼らには独自の文化があるようだった。こういった旅人向けに格安で宿を提供するライダーハウスの存在も教えてもらった。ライダー専用のところもあれば、旅人なら誰でもウェルカムみたいなところもあるようだ。

 美瑛にある「蜂の宿」というライダーハウスはめちゃくちゃ居心地がよくて、しばらく沈没してしまった。同じように沈没中の旅人が多く、宿を出るときは少しバツが悪くて、朝早い時間、夜逃げのように出発した。稚内の飲み屋では一人旅の女性客に「函館に住んでるから着いたら連絡してね」と電話番号を渡された。でもいざ函館に着いて連絡しようとしたらだんだん死にたくなってきたので忘れてたことにして函館を後にした。小樽のライダーハウスではなぜかオーナーに気に入られて「上の階の空き部屋に住んでいいよ」と言われたけど、結局置き手紙だけ残して去ってしまった。

 そんないつも通りのあれこれがありつつ、最終的に札幌でクソボロいマンスリーマンションを借りて住み始めた。


 札幌では2年ほど暮らした。つまり冬を2回越した。

 石狩平野ドカ雪が多い地域で、昨日まで普通だった街の景色が、朝起きたら突然、一面の銀世界になっていることも珍しくない。人の背丈より高く積み上げられた道路脇の雪。凍った路面をすいすいと歩いていく人たち。数センチの積雪で大騒ぎになるような地域に住んでいた僕には、すべてが新鮮だった。海外を旅したときも自分がいかに世間知らずかを思い知らされたけど、同じ日本でも住む土地が違えばこんなに空気も文化も違うのかと思う。

 そうだ、僕はあまりにも世界を知らなさすぎる。ホームレス経験があるからなんだというのだ。「なんでも知ってるゲンさん」みたいなステレオタイプキャラクターはどこにも存在しないということがわかっただけじゃないか。インド東南アジアを旅したからなんだというのだ。日本の近所をちょろっと見てまわっただけじゃないか。アメリカにもアフリカにもヨーロッパにも行ったことがない。政治も経済も科学も宗教も、本当に何も知らない。

 もっと世界を知りたいと思う。いままで自分ひとりで知識や経験を積み重ねてきたけど、もう限界だと思った。独学には「体系的に学べない」という決定的な限界がある。だから大学へ行こうと思った。もっと世界を知るために、僕には高等教育が必要なのだ


 しかし僕は中卒なので大学へ行こうにも受験資格がない。まずは高認(旧大検)を受ける必要があった。とりあえず過去問ざっと目を通してみると、文系科目は特に対策しなくても合格点を取れそうだったけど、理系科目は壊滅的だった。数学なんて問題文の意味さえわからない。やべえよ。

 コールセンターWindowsテクニカルサポートの仕事をしつつ、参考書と格闘する日々が始まった。途中で何度も心が折れそうになったけど、数学が扱うのは実体のある数(かず)ではなく、数(すう)という概念なのだということがわかってから、唐突に理解できるようになった。数を感覚的に扱えるようになり、数式の手ざわりがわかるようになった。

 勉強時間の半分くらいを数学に費やしたおかげもあってか、本番の試験では90点を取れた。分数の足し算すらあやしかった状態からここまで持ってこれたのだから、まずまずの結果だろう。国語は無勉強で満点取れたので、読解力は普通にあるようだ。他人の評価は主観が混じるので話半分に聞くけど、こういう機械的な評価は信用できる。英語も無勉強で満点取れるかと思ったけど、2問ほど間違えた。どちらも穴埋め問題だ。自分でも文法力が足りてないことは自覚していたけど、やはりその通りだったようだ。他の教科もなんとか70点以上をマークし、無事、高認に一発合格した。

 これで大学受験の資格は得た。学力はまだぜんぜん足りてないけど、土台部分は構築できたはずだ。これからさらに何年かかけてこの上に知識を積み重ねていくとして、次に考えるべきは資金の問題だろう。無給で4年間大学に通うなら最低でも800万、できれば1000万は貯金しておきたいところだ。しかしこの額はさすがに札幌の労働単価では厳しい。やはり稼げるところに行くべきだと思い、住んでいた部屋を引き払ってまたホームレスになり(2年ぶり4回目)今度は東京へ向かった。

 ちなみに僕には家族も友達もいないので、こういうときバックパックに入りきらない荷物はウェブ管理可能なトランクルームに預けるようにしている。ダンボール1個分の荷物を月数百円で預かってくれて、いつでもウェブから出庫できるので、こういう生活スタイルにはとても便利な存在だ。


 いままであちこちを転々としてきたけど、東京に来るのは初めてだった。西成で暮らしていたときに山谷の話は聞いたことがあったので、まずはドヤで当面の寝床を確保する。西成みたいに1泊1000円前後で泊まれればしばらくそこで暮らそうかと思ってたけど、2000円前後が相場のようだったのでドヤ街からは早々に引き上げ、少し北上して南千住駅近くにあるシェアハウスの一室を借りて住み始めた。

 次は仕事だ。自分の持つスキルの中で最も金になるのは、やはりプログラミングだろう。上京する前にリハビリとして最新技術はひととおりさらっておいたし、その経緯を文章にまとめてQiitaに投稿しておいた。なぜかその記事は「文学作品」という評価を受けたけど。技術記事なのに……なんでや……。しかし職探しのときにその記事をポートフォリオとして使ったらめちゃくちゃウケがよかった。東京エンジニアが不足しているとは聞いていたけど、これほどとは。仕事も多ければ単価も高い。いままで自分が住んだことのある都市と比べると、京都・札幌の倍以上、大阪の1.5倍以上の単価だと思う。

 そんな感じで生まれて初めて金に困らなくなった(!)ので、まずは渋谷に引っ越した。JR渋谷駅ホームまで徒歩5分のマンションなので、主なオフィス街は自宅から30分以内で行けるし、渋谷にある会社ならもちろん徒歩圏内だ。ジュンク堂(東急)まで徒歩10分くらいで行けるのもすばらしい。近くに庶民派スーパーがないことだけが難点だけど、西友のネットスーパーに助けられている。いつも配送ありがとうございます

 次にPCを買い換える。生活スタイルの問題もあってここ数年はずっとノートPCを使ってきたけど、東京には腰を据えて何年か住む予定なので、ハイエンドデスクトップPCを買うことにした。WindowsLinuxどちらも使いたかったので、これまで通りデュアルブートにしようかと思ったけど、切り替えが面倒なのでWindows上の仮想マシンとしてLinuxを動かすことにした。開発は基本的にその中ですべて完結させるので、仮想マシンの中でさらに仮想マシンを動かす場面も出てくる。こういう使い方だとそれなりにスペックが必要だろうと思い、CPUはi7-7700K、メモリは64G積んだ。どうせハイスペックにするならいっそVR Readyにしようと思い、グラボは1080Tiにした。そんな感じでいろいろぶっこんでいったら最終的にPC本体だけで40万かかった。さらにDELLの34インチ曲面モニタ東プレの変荷重キーボード、HTC Viveとデラックスオーディオストラップ、等々、もろもろ合わせて最終的に総額60万以上かかった。半年かけて海外を貧乏旅行したときの旅費を軽く超えててさすがに草生えた。


 2017年末になってもVR市場は未だ揺籃期の様相を呈している。キラーコンテンツとなりそうなゲームはちらほら出始めているものの、起動直後の「おお! VRすごい!」からその後が続かないものが多い。

 そんな中で僕がハマったのはQuiVrという弓ゲーだった。ゲーム中で何度も繰り返す矢を放つ感触がとにかく素晴らしく、現時点で250時間プレイしている。まだアーリーアクセスだけど、毎週コンスタントアップデートが続けられていて、次々と新しい要素が追加されていくのも飽きない理由だと思う。でもその分バグが多く、プレイしていてだんだん腹が立ってきたので、Discordに乗り込んでバグ報告しまくっていたら、いつまにかベータテストに参加するようになっていて、いまではランキング上位プレイヤーのひとりになっている。

 Rec Roomもおすすめしておきたい。ユーザーコミュニティがとても活発なソーシャル系VRゲームで、RedditDiscordを覗くと、運営とユーザーが一丸となって、いいゲームにしていこう、いい場にしていこうと努力している様子がうかがえる。そのおかげか、マナーの悪いプレイヤーが非常に少ない。ハラスメント行為等はほぼ皆無と言ってよく、Fワードを使っている人さえあまり見かけないほどだ。ゲーム自体も、チーム戦のペインボールレーザータグ、協力プレイアクションRPGゲーム等、無料とは思えないほどのクオリティの高さなので、VR機器を持っている人はぜひやってみて欲しい。

 そしてそのRec Roomよりさらにコミュニティが活発なのがVRChatだ。もはや活発という次元を超えてカオスと言っていい。半年前に初めてログインしたときは10~20人くらいのユーザーがHub(ログイン直後のワールド)で適当にダベっていて、他のワールドにはまったく人がいない、みたいな閑散とした状況だったのだけど、今月初旬に同時ログイン数が1000人を超え、Discordオンラインメンバー数は2000人を超えた。現在は同時ログイン数3000人を超し、Discordオンラインメンバー数は4000人を超すような状況だ。どうも有名なYoutuberや、Twitchの有名生主といったインフルエンサーが最近こぞってVRChatを取り上げているようで、この爆発的なコミュニティ拡大はまだ収まる気配がない。デスクトップモードがあるので参加するだけならVR機器が不要だというのも大きいか。

 Rec Roomとは違いVRChatはコミュニケーション主体のソーシャル系VRゲームだ。ミニゲームは前者に比べて見劣りするものの、ユーザーカスタムアバターワールドが自作・公開可能で、これが海外のオタクたちの創作意欲を刺激したのか、黎明期ニコ動を彷彿させる盛り上がりを見せている。こういった事情によるためか、もしくは別の何かが彼らをひきつけたのか、実際のところはわからないが、VRChatのユーザーはほとんどが日本のアニメフリーク・漫画フリークだ。ユーザーカスタムアバターはそれらに影響を受けたものが多く、美少女キャラロボットモンスターが目の前を行き交う様は、まるで攻殻機動隊電脳空間のようだ。とはいえ現状では4chan的な文脈そのままの著作権ガン無視状態なので、前述の爆発的なコミュニティ拡大にともなって近いうちに問題になることが予想される。なんとかソフトランディングして欲しい。

 しかしこの未来感すさまじい仮想現実の世界にいると、なぜか昔のインターネットを思い出す。特にテレホーダイ時代の2ちゃんねるのことを。夜の11時を過ぎると一気に人が集まり、どこの誰とも知らない人たちと一晩中バカ騒ぎをして、朝になるとネット全体が静まり返っていた、あの懐かしきオールインターネット。VRChatをやっているとあの頃の記憶が蘇ってくる。ドイツ人ドイツ語を教えてもらったり、サウジアラビア人にアラビア語を教えてもらったり、台湾人に3Dマーカーペンで中国語を書いてもらって「おおー、漢字の意味なんとなくわかるー!」とか感動したり。そんな多種多様国籍・人種の人たちとアニメについて語り合ったり、アニソンをみんなで大合唱したり。MMDナイトクラブというワールドでMMDモデルダンスが見られるのだけど、ステージ上で踊る初音ミクを囲んで、みんなで一晩中踊り明かしたりもした。マジでなんなんだこのカオスな空間は。しかしこれだ。これがインターネットなのだ夜明け前の静けさと、どこか熱に浮かされたような興奮。それらが齟齬なく同居する、この奇妙な感覚。久しく忘れていたこの感覚を、強烈に思い出す。

 でもいちばん印象深かったのはラノベ朗読会だ。ある日、いつものように適当に外国人たちとダベっていると「いまからショーが始まるから来ない?」と誘われた。開かれた転送ゲートをくぐってみると、その先は100人以上収容できる劇場のワールドで、さまざまなアバターの人たちが観客席に座っていた。舞台上の主催者とおぼしき人は「みなさんお好きな席にご着席ください。いまから『転生したらスライムだった件』の朗読を行います」とか言っている。え、どういうこと? と思う間もなくショーが始まる。やたら渋い声で、VRならではの身振り手振りも混じえて、感情表現豊かに読み上げられていく、まだアニメ化すらされていない日本のラノベ(正確にはウェブ連載版の英訳版)。ああ本当に世界は広いんだと思った。自分の知らないことなんて星の数ほどあって、そのすべてを知ることは絶対にできないんだと、少し胸が苦しくなった。


 と、最近はVRの世界にどっぷりだったのだけど、遊んでばかりいたわけではなく勉強もしていた。特に英語だ。いままでリーディングリスニングについてはそれなりにできていたのだけど、文法力がないのでライティングスピーキングに関しては壊滅的だった。しかしVRを始めてから英語圏コミュニティ英文を書いたり、VRゲーム内で英語を話したりする場面が増えてきたので、文法を基礎からじっくりとやり直した。二十代の頃に文法をみっちりやったときは死にそうになるくらいしんどかったけど、今回はそうでもなかった。やはり目的があると吸収力が段違いだ。そのおかげか、ライティングに関しては文法間違いがかなり減ったように思われる。スピーキングはいまでもだいぶあやしいけど。客観的かつ機械的な判断が欲しいので、来月久しぶりにTOEICを受ける予定だ。10年前に受けたときのスコアは680だったけど、今回の目標は800に設定している。2年後くらいには900を目指したい。ここまで英語力を上げておけば、大学受験の際にかなりのアドバンテージになるはずである

 あとはやはり数学だ。英語の勉強が一段落したら、数Iの復習から始めて、数IIへ進む。僕が受験しようとしているのは文系(経済学部)なので必要ないかもしれないけど、余裕があれば数IIIに関してもどんなものかくらいは頭に入れておきたい。前回の勉強のときに、数学は小さな理解と小さな納得を積み重ねていくしかないということが身にしみてわかったので、この科目に関してはじっくり腰を据え、時間をかけて少しずつ勉強していくつもりだ。

 国語に関しては受験前に赤本で少し対策すればいけそうなので、あまり心配はしていない。その他の科目は最悪捨ててもいいけど、時間があれば知識を少しずつ補填していこうと思う。

 こんなやり方で本当に大学に行けるのかはわからない。すべてが手探りだ。たとえ行けたとしてもその先のことはわからない。この歳で「大学を目指している」なんて言うと、先のキャリアを見据えてのことなんだろうと勘違いされることが多いけど、僕の場合、本当に何も考えていない。大学で政治や経済を学んで自分が何をしたいのかなんてまったくわからないし、それが金になるとも思えない。卒業したあと食い扶持が稼げなくて野垂れ死ぬかもしれない。その可能性は決して低くない。以前と比べれば多少はマシになったように思えても、やっぱり基本的に僕はバカなんだと思う。

 でも同時に、それでいいとも思う。行動に理由なんていらないのだ、と。行動の理由なんて事前にいくら用意したところで、たいていの場合、それは建前やこじつけでしかなく、本当のところは後になってからしかわからない。ミネルバフクロウなのだ。後になってからしかわからないなら、後になってから知ればいい。いまは行動するだけでいい。そう思う。


 先日、久しぶりにKindleのストアページを見てみたら、あの24万字の本へのレビューが1件増えていた。

 やっぱり僕はこれでいい。こうして増田で誰に宛てるでもなく近況報告をしたり、Steamに長文レビューを投稿したり。誰が読んでいるかもわからなくて、でもたまに反応があったりして、それが少しくすぐったくて。

 特別なことなんて何も起きなくていい。夢も希望もなくていい。

 人生に物語は要らない。

2017-10-25

anond:20171024205956

大検みたいな感じで資格試験設けて、通わなくても自学出来る人はそれで済むようにすればいいんじゃね

直接指導必要な人もいるからそれはそれであっていいし

2017-09-25

anond:20170925131918

学習塾とか。

学校と比べていじめとか虐待少なそうじゃん。

科目によって違う建物に通ったりするようになれば、あるいは宿題をメインにして現場では質問主体にすれば、今学校で起きている問題のいくつかは解決できるんじゃなかろうか。

部活強制的に入れられることもないしな。

通信制高校とか放送大学とかがあるんだから、校舎に通わない小中学校があってもよくない?

大検みたいに義務教育終了検定みたいなの作って学力を維持するとか。

2017-09-04

あの時逃げてよかった

高校一年生の4月半ばにして私は学校へ通えなくなった。

いじめられていたわけでもハブられていたわけでもない。

家庭が不安定で、父は何か気に触ることがあると、声を荒げ、物に当たり散らす人だった。

食卓をひっくり返されることは日常茶飯事だった。

母は子どもたちを守っては白い肌にアザを作っていた。

そんな家庭で育った私は妙に達観した子供で、大人におもねるのがうまく、空気を読むのが得意だった。

家庭では自然自分が調整役を担い、何でもない風に明るく振る舞うようになった。

中学校では同年代の子との付き合いに苦手意識がありつつも、部活部長も任されたし、友達とはなんとなく合わせてうまく付き合ってきた。

同級生女子の好む話題に乗れないのと、女子のねっちょりした付き合いが苦痛だった。)

そうやって家でも学校でもいい子の仮面を付けてうまくやってきていたのに、次第に身体の方が拒否し始めた。

大きな物音や男の先生の大きな声を聞くと、震えが止まらなくなった。

次第に朝、息が詰まって動けなくなり、無理やり足を一歩踏み出すたびに涙が出た。

もう無理だった。

当時、たった1年間だけスクールカウンセラーを配置しようという試みが私を救った。

カウンセラー先生は「とりあえず休もうか」と休学を提案してくれた。

行きたくなったらもう一回1年生したらいいんだよ、フリースクールだってあるし、大検受けたら大学にも行けるよ、と。

「このままだとこの子は死にますよ」と母を説得してくれ、私は1年間の休養を与えてもらった。

そして、母もまた父を説得してくれたのだと思う。

1週間に1回、カウンセラーが来る水曜日には登校して面談する以外は、ひたすら寝て、ひたすら本やマンガを読みまくった。

働く母に代わって家事をしたり、一日本屋や図書館で過ごしたりもした。

どう見られているかはあまり気にしないようにした。

誰も何も言わなかった。そっとしておいてくれたことに感謝している。

あるとき学校に行ってみようかな、行けるんじゃないかなってふと思い、次の春から二回目の1年生に挑戦した。

精神的に不安定になることも多かったが、たくさんの先生の助けや、理解ある友人を得て、休みがちながらも卒業することができた。

大学でもカウンセリングを利用して、自分を噛み砕いて受け入れコントロールする術を身に着けていった。

なんやかんやで、就職もしたし、今では結婚して子供もできた。

今では死にたくなることも、精神的に揺らぐこともない。

大人になれないと思い込んでいた、あの頃には信じられない。

一度止まってしまったらなかなか戻れないのが日本学校制度であり、高校ドロップアウトした者が休学留年してまで、やり直すケースはあまりないと思う。

希死念慮自覚していなかったが、ここで止まってしまったらもう将来は無いのだから自分は死なないといけないなと漠然と思っていた。

当時は大人になって社会人になる自分なんて全く描けなかった。

カウンセラー先生はその絶望をすくい取って「ちょっと休んで、力をためて、それから次に進んだらいいんだよ」って言ってくれた。

この逃げは、将来のことを何も考えていない、その場限りの無責任な勧めだとあなたは言えますか?

追記

確かに最後の一文は余計だった。実に創作っぽく見える。

安易に逃げろなんて言うな」って流れにちょっと意見したくて書いてしまった。

家庭環境や復学以降の流れは冗長なので省略した。

もちろん、復学は容易ではなかったし、たった一年で容易に自分が変えられたわけではない。

復学初日自己紹介で「留年して二回目の一年生です」ってさっさとカミングアウトしたら、周りに無駄に人が寄ってこなくて楽だったのは作戦勝ち。

クラス替え初日、仲良く慣れそうな人を見極めババっと磁石がくっつくみたいに、グループ作る流れが苦手だったので。

女子は初めての昼休みに誰とお弁当食べるかがその先を決定するんだよね。

1年の休学という区切りがあったのも良かったと思う。

母も先生たちも一年休学したところで、そのままドロップアウトして引きこもりコースかなって思ってたと思う。

何よりも自分が一番状況を打開しないと、という焦りがあったけど、区切りがなかったら外に出るのが怖くなって惰性で引きこもっていただろう。

逃げる、休む、戦略的撤退でもなんでも、それは一時的もので、元に戻る道、別の道を選んでいかないといけないことには変わらない。

少しずつでも挑戦して、自信をつけていくことが大事で、あまりに長い休養はかえって毒になると思っている。

とにかく私は周りの人に恵まれていたのだけは確か。

でも、自分でも心の許せる人を周りに集めて、自分の居心地の良い環境を作るのが大事だと思う。

優しい言葉をかけてくれる人ではなくて、ときに叱ったり発破をかけてくれる人。

ちなみに父自身も癇癪を抑えられない自分が嫌だったのか、少しずつコントロールできるようになり、力も衰えた今ではすっかりおとなしくなった。

私も父を客観的に見れるようになって、距離を保ってうまく付き合えるようになった。

昔のことは許せないけど、父を受け入れることは私の成長の一部となったと思う。

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