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はてなキーワード: 講義とは

2017-09-26

コピーライターってなんでドヤ顔講義できるの?

巷でよくいる「コピーライター」の職業にたいして、どうして大御所とか偉いとかいう考え方が定着しているのかわからない。

それならエンジニアとかのほうが何かを生み出して専門的な分、偉いなって思える。

正直、もののけ姫コピーとかにしても、この映画みてコピー考えてくださいよって言われたら誰でも考えられるくない?

コピーライターなんて、広報が片手間に考えれるくらいのレベルなのに、大手代理店とかで仕事もらったり制作してる営業とかデザイナーとかと同等の給料が支払われていることに疑問を感じる。

っていうことを書くと、コピーを考えることは云々って御託を並べる層がある程度発生するんだろうけど。

時間で消える、または透明になるインクみたいなのが開発できれば三つ折り問題って割りと解消できそうなんだけどなぁ

消えるインクってわりと良いと思うんだよね

例えば会議資料なんかを1時間ちょっとみじかいから24時間後に消えるインク印刷する

会議が終わったら資料を集めると24時間後には白紙に戻っているので再利用できる(プリンタに使えるかどうかは別として)

例えば講義などでつかうホワイトボードに2時間後ぐらいに消えるインクでかけばいちいち講義終わるたびに消す必要もない

2017-09-16

動画学習サイト 学びエイドの売り

高校理科教師をしています。生徒に予習、復習の習慣をつけさせたく思い、学習動画サイトを勧めています

Manavie

https://manavie.jp/

タデサプリ

https://studysapuri.jp/

東進

などがすぐ頭に思い浮かびます

ただし、私のお気に入りは異なります

私のお気に入り学習動画サイトは、

学びエイ

https://www.manabi-aid.jp/

です。

しかし、スタデサプリ東進比較し、学びエイドの売りが何なのか説明できませんでした。

縁があり学びエイドの社長さんとフェイスブックで知り合い、この事を質問したところ、社員を紹介して頂き、電話を通じて学びエイドの売りを知ることができました。

1つ 製作者は音声付参考書を目指して作っている。

2つ 学びエイドは音声付き全科目型の辞書になっている。

3つ 学校や塾で利用する場合、余分に10万円程度かかるが、以下のことが可能である

先生と生徒を紐づけし、先生が生徒の勉強具合に応じて、教材の指定可能。また、生徒の教材の取り組み方もチェックできる。

参考書動画の紐づけ機能あり。

例 英語Next Stageと学びエイドの英語講義との対応

学びエイドの動画の特徴

定量課金モデル

得邸の先生動画を見せるためのパフォーマンス授業の廃止。教えるべき内容を地道に短時間でまとめている。

よくわかったので、また授業で学びエイドを紹介していきたいと考えています

2017-09-04

ヒノテルの件

法的な面を置いといて自分意見をいえば、何がまずいかっていうと「共演者を殴ってまで続けるべき音楽なんて存在しない」ってことなんだよ。

とりわけヒノテルの音楽なんてまったく面白くない。

往時の輝きだけで生きながらえてるミュージシャンだとしか思えない。

知り合いで、ヒノテルの講義を受けたことがあるという人は「ものすごく高圧的だった」と語っていた。

まさしく一部の隙もない老害だよね

2017-09-01

https://anond.hatelabo.jp/20170901131742

大金払って学びに行ってるのにそういう問題児がいることで授業崩壊

大学の授業の方式にもよるけど、15回分の講義を受けて単位が出るという形式なら、1人変な人が居るからといって授業が崩壊する事ははっきりいって無いです。

教授そもそもそんなの無視して次に進んでいきますし、授業を受けてる人たちも大抵無視でしょう。

3年次や4年次でゼミ卒研と言った感じで細かいクラスに分かれた時に心配になってくるかもしれないけど、

問題を起こす人は大抵2年次辺りで大学から居なくなってるので心配ありません。

学歴学校への第三者からみた目(例えば、荒れてる学校等)

かなり身分の離れた相手大企業社長とか)は確かに最終学歴学校名でその人を評価する部分を持ち合わせているかもしれませんが、

同期や先輩、後輩、友人レベルならその人が何を勉強してきたか、どんな事をやっていたか評価してくると思います

大学名よりも、大学で何を学ぶのか、大学で何をしたいのかを考えて進路先を選ぶと良いです。

https://anond.hatelabo.jp/20170901133213

まともに大学を出たわけではないから自信はないのだが、大学勉強しようと思うのは間違っている。

大学生にもなったら自分プロジェクトでも持ってそれを大学で完成させるべきだ。その手段として講義で触れていることを活用するべきだ。真面目に聞いて良い成績を取るのは取らないよりは良いし、GPAは高い方が箔がつくが、所詮講義でやることというのは誰でも知っていることについてWikipedia記事を書けるようになるレベルのことだ。真面目に座って聞いていても記事を読んで何かができるとか、記事に書くべきことを作れるようになるわけではない。教える方だって要領よく聞いて空いた時間で成長することを期待しているものだ。

大学勉強たかったら大学院まで行け。学部は最低限そこで使う単語をなんとなく聞いたことがあるようにしておく程度のものだ。

2017-08-31

V6学校へ行こう特番みたいなのやってた

岡田講師としてある高校?にいって、前で講義するけど、それに他のメンバーが別室から指令だして面白いことやらせようとするのは、正直面白くなかった

笑いのセンスないなあと

でも出てる子供たちはやっぱり面白かった

天然の面白さって感じ

まだ全部みてないけど

かなり岡田体つきががっちりしてるね

なんかSP?だかの競技かなんかの資格もってるっつってたしなあ

岡田は年とってもイケメンだなあと思った

あとV6を知ってる子供が多いのも驚いた

もう曲も出してないし冠番組もないのに

あれだろうな、ドラマで出る人ってイメージなんだろうな

2017-08-29

イマドキの大学生

大学の集中講義担当をしており、今年もいってきました。

毎年、連絡のやりとりはFacebookでしているのですが、薄々は気づいてたのです。学生レスポンス速度が遅くなってきたように。今年、とうとうでました。

Facebookアカウント持っていません」

そうか、巷でいわれて意識しはじめてたけど、やっぱりおじさんのツール・・・

2017-08-20

日本学校地獄か…

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52631

地獄ってのは……穢れた魂が浄化されるとこじゃなかったですかねぇ。日本学校は単なる拷問施設です。

共通目的がない集団なんか作るから軍隊よりもさらに始末が悪い。

日本学校ってのは、Schoolの役割以外のものを詰め込みすぎ。

家庭・教会地域警察司法刑務所保健所などなど。これ「教員免許更新講習」の講義受け売り

地域にいる特定の年齢の子供をすべて、狭い檻の中に押し込んで生活させる。こんなの「蠱毒」の製法そのまんまでしょ。

教育改革歴史かなんかを見せられたが、学校を塾に戻さなきゃだめだろうね。

2017-08-17

反戦教師ノイジーマイノリティ

もう最近の話ではないけれど、

東京メトロPRキャラクターデザイン所謂萌え絵に変わったものが発表されて

それが炎上した話があった・・・よね?

しか萌え絵なんかに対して嫌悪感を示す人は一定数いるだろう。

それを批判するつもりなんて毛頭ない。

僕が言いたいのは、

果たしてわざわざクレームを入れる必要があったのか」

という事である

著しく倫理的でないとか、

重たい心理的苦痛を与えるとか、

そんなものがあるわけでもないのになぜ排除を求める必要があったのか。

大学の頃、反戦平和講義を受けていた。

(別に興味があったわけではなく、取得単位関係)

基本的大学講義とも思えない陳腐な内容であったし、

自身サボりがちであったから、

講義の内容なんてほとんど頭に残っていないけれど、

1つだけ頭に残っている思い出がある。

その回の担当講師は、アメリカ人反戦派の男性だった。

平たく言えば人類の多くは反戦派だろうけど、

この人は世間一般に比べると強硬派だった。

講義の中で、その講師は一つのエピソードを話した。

内容としては、

サバゲーサークルのビラを撤去させた」ということだ。

反戦からどうやってビラの撤去というゴールに繋がるのかというと、

彼曰く、

『銃のような人殺し武器兵器を遊びで用いるのが許せないから』だそうだ。

確かに、PTSDという言葉が有名なように、

たとえ本当に殺傷能力が無いとしても、

ただ形を模しただけのエアガンモデルガンを見ただけで

著しい心理的苦痛が巻き起こされるような人はいる。

しかし彼にそんな症状はない。

「嫌い」というだけだ。

彼は「嫌いである」故に、

何の罪もない学生の作ったビラをわざわざ撤去させたのだ。

僕の大学では、サークルのビラは掲示板以外での掲示が許されていない。

それ故に、ビラが目に入る場所なんて決まりきった、ごく一部の場所に限られている。

それならせいぜい前を通りかかるときだけほんの少し目をつぶればいい話だ。

ビラは彼一人の意見によって撤去されたという。

一方、ビラを作成したのはとあるサークルで、複数人学生が関わっていることは明らかだ。

しかも何の落ち度もない。

彼のやったことはあまり力ずくではないだろうか。

平和主義であるのに、自分意見のみで相手を捻じ曲げるとはこれいかに。

CMだってしょっちゅう内容の変更や放送の中止がある。

もちろん一般的に見てもアウトなないようもあったとは思うけど、

その多くは、あのアメリカ人講師のような、

所謂ノイジーマイノリティに殺されたものが多いんじゃないだろうか。

世の中には思ったより多くの人間がいる。

自分が気に入らない物にも、それを好きな人はいる。

気軽に排除を求めるべきではない。

自分の好きなものがこの世から消えたらどうする?


P.S.

そういうクレームを受ける企業側としては、

やはり客商売である以上迎合する必要に迫られると思う。

からこそ僕らの方が、そういう暴力的否定排除をしないように努める必要があるんじゃないだろうか。

2017-08-09

40代大学非常勤講師でも後悔はない

都内私立入学して「大学教授」と呼ばれる職業の人たちと出会い、憧れ、あんな風になりたいと思った。どうすれば大学教授になれるのかと思い、職業ガイドみたいな本を読んで、博士号を獲らないとなれないと書いてあった。姉に話すと猛反対され、就職することにした。猛勉強をして新聞記者になった。給料は良かったし、いわゆる「社会的地位」も高い。どこへ行っても「記者様」扱いをされる。でも、この仕事に興味は湧かなかった。新聞記者になればどんな有名人にも会える。総理大臣にも会える。権力好きな人新聞記者は向いている。自分はそういったことに興味はなかった。偉い人に会いたいとか、有名人に会いたいとかそういう欲求が少なかったから、新聞記者仕事に夢を感じなかった。出世することにも関心はなかった。組織の中で上に行くことにどういう意味があるのか、それで心が満たされるのかと言えば、そんな風には思えない。多分、自分変人の部類に入るのかも知れない。いわゆる「お勉強」が好きだったし、多分「お勉強しか向いている分野がなかったから、社会人としてのスキルとかそういうのは身につかなかったし、身に着けたいとも思わなかった(社会人失格とか、社会不適合とか言われれば、受け入れる)。多分、大学自由雰囲気が好きで、そこに身を置きたいという欲求けが続いたんだと思う。

30代になって会社を辞めて「お勉強」する目的海外留学した。最初語学学校で、そのあと修士課程に入って、博士課程に入って気づくと40代になっていた。博士号はまだ獲ってないし、お勉強研究は別物なので、実はあんまり研究には向いていないのかも知れないけれど、博士論文テーマは一応決まったし、想像していなかったようなきっかけで研究予算をもらえたので、「研究しなければならない」という逼迫した立場になったけど、研究については今まで怠けていたとも言えるので、自分を訓練するいい機会になったと思って毎日資料を読んでる。

留学を始めたばかりのころは新聞社給料が良かったか貯金がなかなかの金額になっていて、それで賄えた。修士課程博士課程では返さなくていい奨学金がもらえた。運が良かったと思う。今は奨学金はなくなって、貯金も底をついたけど、大学非常勤で何コマ担当させてもらえるようになって、大学生と同じか、それよりもうちょっといい生活ができる。40代収入としては笑えるほど低くて、普通の人なら絶対にやらないと思う。大学大学生相手仕事をしていれば、自分生活水準が低くても気にならないか自分収入の低さはあまり気にならない。非常勤講師でも初めて講義をさせてもらえた時は感動した。自分大学生だった時に憧れた職業の最底辺の隅っこの下座も下座とはいえ、入り込めたと思うと泣けてきた。あと、口座に「給与」が払い込まれることにも泣けてはきた。「給与」を受け取るのは、新聞社を辞めて以来のことだった。最近担当するコマ数が増えた。体力的にはそれだけ厳しくなるけど、生活費は楽になる。大学生と同じ生活をするのなら、少し貯金できるかもしれないくらいにはなった。後で聴いた話によると、少子化なので今後は新規採用はしない。とのことで、それでも時々辞める人はいから、結果として今すでに隅っこに入っている自分担当が回って来たということらしかった。運が良かったと思う。もうちょっと遅く博士課程に入っていれば、非常勤講師にすらなれなかった。非常勤講師アカポスとすらも言えないくらいの立場だけど、自分はそれになれたということにやはり今書いていていても感動してくる。

40代大学非常勤講師といえば悲惨人生典型例のように言われる。無駄高学歴で、驚くほど年収は低く、いつ切られるか分からいからだ。そういうのが悲惨で耐えられないという人は、大学院には行かない方がいい。理系企業に雇ってもらえるけれど、文系博士大学教師になる以外に道は残されていない。文系博士には「著述」という道はあるけど、著述はけっこうしんどい上にあまり金にはならない。それでもいいやと思える人にしか勧められない生き方だけど、自分大学という場の雰囲気に馴染みやすいと思うから、それでもいいやと思える。教授様になれるとは思っていない。老後のことも分からない。ある人は「詰んでいる」と言うかも知れない。でもやっぱり新聞社にいるより、今の方がいい。姉の反対がなければ人生の途中で新聞社就職することはなかったと思うし、それがなければ学問世界キャリアもっと積むことができて、もしかしたら教授様も狙えたのでは...と思うこともある。でも、会社を辞めて自分の願望を目指したのは次善の策だったと思う。あと、新聞社にいた時は贅沢な生活はできた。でも、今の生活の方が自分の好きな空間にいられる分、別の意味で贅沢できていると思うし、美味しいものを食べたり、高い服を買ったりするのは若いうちにさんざんやったので、今はあんまりそういうことにも興味はない。贅沢は若いうちにやっておいた方がいい。年を取ると無駄に目や舌が肥えて来るので、無駄な贅沢をしてしまうと思う。若いうちに贅沢しておけば、飽きが来るのでちょうどいい。

今後のことだけど、取り敢えず博士号は獲っておきたい。その後のことは分からない。いずれ帰国したいとも思う。帰国してアカポスに就けるほど甘くはないと思うから、生き延びるという点では今の大学にしがみつき続けるのがベストなのかも知れないけど、もし切られたら帰国するしかないなあとも思う。帰国したらどうしようか...ということは全く分からない。先が見えないという意味ではしんどい生き方かも知れない。でもやっぱり、牛のようなのろい歩みでここまでやれたことは正直に嬉しい。

2017-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20170808203656

大学生の時、講義で「どうやら文科省の方で道徳が教科化される動きが出ている」っていうのを聞いた

国語数学道徳も同じ「学校で受ける授業の時間」だが、道徳は「教科」ではないので点数や成績をつけないし教科書別に必要じゃない、何年生に何を教えるかも決まっていない、国語数学よりホームルームなんかに近い存在、みたいな説明を受けた(数年前なのでだいぶうろ覚えだが)

もし道徳が教科化されたら、国語数学のようにテストを行い、点数をつけ、通信簿に成績をつけ、他の教科みたいに内申にも影響したりするし、教える内容も自由じゃなくなる、というのも聞いた

それはまずいんじゃないか?と思っていた時、ヤフーニュースか何かで道徳の教科化の話が取り上げられ、まとめ等でも少しだけ話題になりコメントもついていたが

この「教科化」という言葉がネックだった

からずーっとどの学校でも道徳の授業は行われているのだが、「教科」じゃなかったものを「教科化」しようという話なのに、道徳の授業を「やらない」から「やる」ことにしよう、という意味ととらえている人が多かった

「え、今時の小中学校って道徳の授業がなくなっちゃった!?道徳の授業ってやるかどうか義務付けられてなかったの?これだからゆとりは道徳の授業はやるべきだ!道徳の教科化、さんせーい!!」

こんなコメントばかりで、大変だー、このままじゃ道徳の授業でテストをして点数をつけることになるらしいぞー!みたいな声はほとんど挙がらなかった

しばらくして、大して炎上もしないままつつがなく道徳の教科化が決定され、それからようやく「なんか道徳で成績をつけるらしいぞ!?」という声が挙がり始めた


増田国会話題にされるような時代だし、まだ話し合いの段階でネットで大大大炎上してたら道徳の教科化はポシャってたかもしれないなーと時々思う

流れてきて8年目になった

中学校の成績は中の上ぐらいで、友達受験する普通高校合格する自信が無かったから、兄弟が通っていた実業高校を選んだ。県内でも下から数えた方が早いくら偏差値が低くて、自分学力でも余裕でやっていけそうだと思った。履歴書に書けないような検定・資格試験対策がメインだったけど、ゲームクリアするような感覚で楽しかった。少し頑張れば常に成績はトップだった。卒業後の進路は先生に進められるまま、地元国公立大学受験した。もちろん正面からセンター試験突破できるような学力はなかったので、推薦を受けて合格した。

入学してしばらくは講義を真面目に受けて、分からないことは教授質問しに行って、必死に食らいついていた。学科の先輩たちとの勉強会にも頻繁に参加して、大学って楽しいと思っていた。でも1年後期には、講義を受けるだけでは追いつかなくなって、質問をしても返ってくる答えの意味理解できなくなった。基礎学力があまりにも足りないんだとようやく気づいた。でもまだ1年後期だし、今から勉強すれば遅くないと思っていた。そして学力不足を補うことができないまま大学3年になって、単位を落とすことはなかったけど評価は散々だった。

大学3年になると研究が始まって、ただ講義を受けてレポートを出せばいいってわけじゃなくなった。自分で考えて研究を進めないといけないのに、今まで受け身でしか物事を考えてこなかったから何をしたらいいのか全く思いつかなかった。ゼミに入って進捗報告を求められてもその場しのぎの報告しかできなくて、どんどん切羽詰まっていった。

大学4年になって、卒業研究中間発表の時期がきても状況は変わらなかった。その頃から文章が読めなくなったり、思考停止が著しくなってきて変だなと思った。でも自分がサボってきたツケが回ってきたのだと思うことにした。そのうち熱が下がらなくなり、身体が痛み、起きられなくなった。風邪だと思って病院に行ったら精神科受診を勧められた。うつ病だった。休学を勧められたけど、中学ぶりに自分で頑張ったと思えた院試合格内定無駄にしたくなくて、薬を飲みながら大学には通い続けた。どうにかお粗末すぎる論文を書き上げ、卒業はできたけどもう限界だった。

でも環境が変われば体調も良くなると思って、そのまま院進した。大学とは少し違った講義スタイルで、友達にも恵まれてしばらくは元気に過ごすことができた。でもやっぱり学力不足とお粗末な論文を書いた研究の続きをやらなくてはいけないという不甲斐なさは消えず、体調はだんだん悪くなった。夏休みに入る頃にはまた起きられない日も増えて、研究活動は一旦休み、履修している講義単位を取ることだけに集中した。そして、同期が就活を始めたのを知って心がぽっきり折れた。こんなボロボロ状態ではこの先やっていけないと、ようやく決心がついて後期の休学を決めた。

研究から離れると気が楽になって、体調もかなり良くなった。カウンセリングを受けて、研究に対する考えを整理したのも良かったのかもしれない。1年間の休学を終えて、復学後は研究テーマを変えて少しずつ作業ができるようになっていた。でもそれは長く続かず、最近また何も手につかないことが増えた。前みたいに体調が悪いわけではなく、ただただやる気が起きない。タスクを書き出して細分化したうちの1つも満足に終わらせられない。

そもそも僕は勉学に自信がなかったのに、いつの間にそれを自分がやりたいことだと思い込んでしまったんだろう。今研究している分野も高校でやっていたことの延長線で、本当にやりたかったとは到底思えない。院進した理由も、就活が上手くいく自信が無かったからで、研究がしたいという嘘の理由を作って不安から逃げていただけに過ぎない。僕は自分自分の首を締めることを選んできたことに向き合うまでに、あまりにも時間をかけてしまった。

またしばらく研究活動を休むことにした。自分の今後の進路について、今度こそしっかり考えようと思う。逃げや甘えだと言われるのは分かっている。全て努力不足が招いた結果だとはっきりと分かる。だからこそ、何を言われても否定せず、逃げずに自分に向き合うことが、今できる最善の手段だと思う。8年間流れるままだった自分選択を、次こそは自分で決めたと断言できるようになりたい。

2017-08-07

灯台の離散で講義を受け持ってる享受でさえ、

p-valueについて、error barについて理解してないんでしょ。

権力あるかもしれないが、腐敗してるでしょ。

頭の良い人が、更に高額の研究費を得るために、誰も判断しないからって理由研究不正に手を染めているような印象。

  

  

美人な人が、もっと美人だって認められたいがために、医療技術を使って、顔の造作を変えていくことに似ている気がしてきた。歯列矯正から始まって、アイプチが面倒だからってんで二重の手術をするように。

ぼっちオーキャン巡り#1 日大理工

西船まできて東葉高速鉄道(高い)へ乗り換えて船橋日大前駅で降車

東口から出ようとしたところ駅員さんに西口をご利用くださいと誘導された

オーキャンがあるためにわざわざ?

東口を出るとすぐそこ

受付用紙を貰って誘導された建物で事項を記入し終わったら前の人についていって総合受付

紙を渡すとよくあるカサカサの袋を貰える

中身はボールペン(赤青1本ずつ)、入試詳細の載ったパンフレット(ついこのまえ200円払って申し込んだのに貰えるんかい)、学食体験チケットドリンク引換券等

うちわがそこら中においてある

早く着いたのでオリエンテーションに参加

偉い人の話、スケジュール等の案内

広すぎて地図を見てもよくわからずうろうろ

とりあえず個別学科案内を見ることに

ロウロしてたらなんだか広い教室に入った

みんなぼーっとしているので休憩室かと思ってパンフ落ち着いて眺めようかと思ったら全く興味のない学科ミニ講義が始まった

途中で出るのもなんかあれなので仕方なく最後まで聞いてみた

内容は面白かったけど深めたくはない

志望学科へ聞きたいことがあったのでブースへ向かった

学科個別相談にて

資格がとれるとあるがどのようなサポートがあるのか

資格取得用の講習会を用意

 授業内容も役に立つ

その他

個別相談できるコーナーは1Fにもあった(入試個別相談学科別の相談とは何が違うのかな

普通に入試のことについても答えてくれたし

研究面白い、全部やりたい

本命ミニ講義に出席

その分野が社会でどう役立っているか

学食無料

学食は3つのレストランネットカフェで使える

ネットカフェというと快活やゲラゲラみたいなのを想像してしまうが、普通カフェだった。

その端っこに数台パソコンがおいてあるって感じ

僕はレストランで食べました

カツカレーを注文

結構ボリュームある…

まりお腹すいてなかったので後半は無理やり押し込み…

オープンキャンパスのためにわざわざ特別メニューを出してくれているみたいですが僕らはいつも食べられるものが見たいんですよね

レストランの近くでドリンク引換可能

ペットボトルジュース

時間なくて引き換え忘れた

2017-08-05

ゼミの入室試験

大学ゼミに入るって、まあ、大学生活の目的の一つじゃないですか

んで、ぼくは希望するゼミ見学をしたわけですよ

そしたら教授に「あ、キミはあの講義の時の。発表良かったよ、うちに興味あるの?」

といわれて、結構話し込みました

人気のゼミでしたが、その教授講義プレゼン大会で一位を取っていたりして、実績はあったのでまあ入れるだろう、と高をくくっていたわけです

んで、入室試験の前日、ぼくはバイト終わりに、ゼミ面接の準備をして疲れ果て、やれやれ、一息つこうとカップ麺でも食べようと思ったわけです

おもむろにティファールをセットし、湯を沸かす

朦朧とした意識のなかで、「カチッ」というティファールの音で目を覚ます

寝ぼけ眼で湯をカップ麺に注ごうとした瞬間、悲劇は起きた

手が滑って、沸騰したお湯を自分の股間にぶちまけました

「ああああああああああああ

ぼくは一瞬何が起こったのかわかりませんでしたが

次の瞬間とてつもない痛みに襲われました

皮が白く縮まり、湯引きした鶏皮のようです

痛みで意識が飛びそうになりながらも、ロキソニン適当に掴んで飲み込み、痛みをちらし

すべての恥を捨て、親に事情を話し、夜間外来へ送ってもらいました

今思うと救急車を使うべきでしたか

死ぬ思いで診察を待ち、おそらく皮膚科女医に湯引きされた陰部を診てもらうのはそういうプレイかと思いました

股間を見た瞬間の先生の「うわぁ。。。」の声と表情は忘れられません

どうしまたか質問にはどう答えたらいいかわかりませんでした

結局、病院での処置も痛み止めを飲んで、陰部に薬を塗るだけでした

朝の回診のときに、看護婦のお姉さんに薬を塗ってもらうのは、はずかしかったけど、うれしかったです

でも、痛みで僕の息子はピクリともしませんでした

けっきょく、ゼミ試験受けられなかったせいで、僕はゼミに落ちました

退院して、そのゼミ教授講義に行ったときは合わせる顔がなかったです

だいいち、理由なんていえません

しばらくは、排泄時の陰部の痛みと、ゼミに落ちた心の痛みに耐えながら過ごしました

たったいちどのあやまちで、僕の大学生活はぶちこわしになりました

みなさんは、くれぐれも熱湯にはお気をつけください

そして、試験頑張ってください

こんなことをかけるのは増田ぐらいです

誰にも言えない話しですけど、自分ひとりでは処理しきれない出来事でしたので

2017-08-04

https://anond.hatelabo.jp/20170804172502

以前、イスラエル大学講義中に赤ちゃん泣き出して母親講義から出ていこうとしたら教授が抱っこしてあやしてたのがYouTubeかなにかでバズったけど、

あいうのは美しい光景だなとは思うけど、毎日だとどうなんだろとは思う。

ちょっとあやせばなんとかなるレベルなんだったらって思うけど、なかなか集中は難しいかなと。

4年で卒業しなきゃいいだけの話ではあるんだけど。

2017-08-03

趣味:読書

履歴書趣味のところに書くと無難どころかありきたりすぎて面接ときに触れられない趣味、堂々たる第1位はきっと読書。かく言う自分ももちろん趣味の欄にはそう書いている。読書。筆圧の濃い癖字が履歴書に踊る。

以前、学生の頃は読書家を自負し、講義中も本を手放さなかった。ついにはラテンアメリカ文学講義中に真ん前で読んでいて教授

「今、『ラカン世界』は南米関係いからね〜」

マイク越しに注意された。ラカンかっこいいと思っていた自分が心から恥ずかしい。おもしろ講義だったのに本当にすみません

でも今は本を読んでいない。読みたいなと思うし読もうとして本を開いても、同じ行ばかり読んでしまう。言葉意味が頭にはいってこない。大きな本屋はいると情報量が多くてなにも考えられなくなる。うろうろして吐きそうになって店をあとにする。パニック蕎麦好きの蕎麦アレルギーと同じく、これは一つの悲劇だと自負している。

思うに、普段会社にいて使う頭の部分と読書をして使う頭の部分が同じなのではないか。で、自分は要領が悪いので仕事をするとヘトヘトになってしまう。その行き帰りに本を読もうとしても、スリープモードになってしまっているので、文字を読んでも頭にはいってこないのだ。

から会社から帰ると、気分転換に以前はよく録画した映画を観ていた。読書に比べると右脳使ってる感じがするな〜と思って観ていた。でも映画すらも筋が追えなくなってきて、今度はもう普通テレビ番組。「ここ見てくださいよ」というのが演出ではっきりとわかる類のものを見て、パブロフの犬みたいにだらしなく笑っている。記号→即リアクションゲラゲラ間寛平おもしろいなぁ、みたいな感じ(間寛平が悪いわけではないけど)。文明が発達していない未開の地域部族テレビを見せると、過剰なリアクションをするとどこかで聞いた。だとしたら文脈とか高度に様式化された部分を読み取ってこその文明人だと思うんですよね、自分は。

でも読書が高尚な偉い趣味、というわけでは全然ない。これはあからさまな偏見だが、読書好きな人は大抵スポーツが苦手だからしょうがなく本を読みはじめた人が多いと思う。本当に偏見だ。だが懲りずさら偏見を言い続けるが、本を好きな人は本を好きな自分偉いって思っている節があるから大抵鼻持ちならないイヤなやつだ。家にこもって黙って一人で本を読むことのなにが偉いものか。友だちと会え。それか浜辺でゴミを拾え。読書別に偉くもなんともなく、運動不足につながるクソみたいな趣味だ。でも読みたくなるから自分クソだなって思ってしてしまう、それが読書

また履歴書の欄に読書と書けるレベルまで本を読めるようになりたい。でもまあ、履歴書なんてもう二度と書きたくないんだけど。

作文苦手だからブログ続かないし書けないからなあ 2

https://anond.hatelabo.jp/20170803172914

 上を書いたのでね、まあ、まあ、ちょっと続きを書いていきたいと思いますがね、ちょっと、手が疲れているので、だるいんですがね、まあ、なにか、こう、書いていると発散できる気がするので、この疲れが気持ちいい気がするので、もうちょっと続けていきたいと思いますはい。さっきからちょっとミスタピングが多すぎる……。

 で、続きを何を話そうかって考えますと、まあ、こうやって書いていると、まあ、さっきから文章書くのが苦手だみたいなことを言ってたんですけどね、まあ、こういう何も言ってないような、つまりただ頭の中にある思ったことをだらだら書くことな全然できなくもない、まあ、それも気分によりますがね、まあ、毎日絶対できないですけどね、まあ、二千字とか三千字ぐらいならそれぐらいのことはできるんですが。

 しかしながらね、まとまった、ちゃんとした。ある一定水準の内容と形式?に沿った文章を書こうとするとね、とたんに書けなくなっちゃうんですね。たとえば、読書感想文とかね、これ、昔から苦手でした。もう、まともに書いた記憶すら無い。うん、たぶんちゃんと書いたこほとんど無い。他には、何だっけ。学校って、中学あたりでも何かあると作文の授業みたいなものを書かされた記憶があるんですよ。個人的に何かやらかしての反省文じゃなくって。何かたとえばクラスいじめがあったときに、自分はどう思うかみたいなのをクラス全体で書かされて。うん?これはまあ反省文のたぐいか? まあ、とにかくそういう、『あなたの思ったことを書きなさい」みたいなことを言われてもね、全然、何も感情がわいてこないんですね。いや、本当はそんなことはなかったのかもしれないけど、とにかく全然書けない。何か授業があったり、学習ビデオを見たりして、その感想メモに書けみたいなことを言われても、全然。もう、全然書けない。ほんとただのメモ用紙ですよ、ぎっちり書いても字数は100字とかその程度だったかもしれない。とにかくそう言うのでも、自分感想とか感情とか考えとか思ったこととか、そう言ったたぐいのものを書くことが昔っからひどく苦手だった。なんででしょうね。わかんないけど。それでまあ、小論文とか、かたちがある程度決まっているものなら書けるのかというと、それも全然駄目。もうね、しっかり構造のあるものを書こうとしたら、文字のつながりが頭の中で崩壊し始めるというか、どこがどう繋がっているのかとか、そういうことが全然考えられなくなってしまタイプなのでね、だから全然駄目でした。じゃあ国語が苦手なのかというとそういうわけではなくて、むしろ得意な方でした気がしますです。はい特にマークシート式ね、選択しに答えが書いてあるようなものから、すごく楽だった気がします。逆に筆記はね、国語でもひどく苦手。だからまあ、とにかく文章出力能力が昔から低くってねえ、大学に入ってからレポートだの卒論だの、そのときはとにかくまあとにかく別に提出さえすれば何でもいいやみたいなレベル講義ばっかだったので、まあ、自分でも何書いてるのか良く分からない怪文書を書いて提出して難を逃れてなんとか卒業してそれで今無職ですが。だからまあ、なんだっけ。

 お、気がついたら1400字ですね。頑張ったな俺。だからそう。

 こういう文章。つまり何も考えていないって言うか、文章だけで考えてるって言うか、うん?なに言ってんだ?つまりこう今の状態って、頭で考えたことを文章にしてるって言うか、もう、この、文字が表示される液晶画面と、タイピングしてる指先に意識が言っていて、頭の方はほとんど動いていないような感じがするんですよね。不思議文章書くの得意だぜって人はいつもこんな感じなのでしょうか。いいなあ。

 まあ、それで、つまり、こういう思ったままのことだーっと打ち込んでいくタイプだと、まあ、こうやって、ずだだだだだだーって感じでタイピングはできるんですけど、これもね、今、さっきのと併せて4000字とか5000字とかあるけど、そういう感じで、だいたい1000字ぐらい過ぎてからじゃないとそういう、ずだだだだーって気分にはならないのでね、ちょっと何か気が乗ったから書いていこうとか思ってもやっぱり難しい。そして疲れる。そして自分でなに言ってるのか分からなくなる。ちょっと疲れてきたから。休むか。えーっと今17時52分ですね。はあ。もうちょっとで2000字ですね。だからなんだって話しですけども。さっき増田は3000字ぐらいまでしか投稿できないみたいなこと書いたけど、ほんとなのかしら。結局自分で試してないから分かんないんですね。まあ、どうすっかな。どうもこうも無いわな。あ、2000字超えましたね。俺の大学ではレポートがだいたい2000字ぐらいでしてね。それをまあ、俺は苦手だから二週間とか三週間とか一ヶ月とか悩むこともざらでしたが、こうやってただだただたタイプするだけならこんなにあっさり済むんだから。だからなんだって言うと、レポート別に字数問題じゃないから、それでどうって話しでもないんだけど、まあとにかくレポートは苦手だったね。構造を先に考えて当てはめていけば良いみたいなことを言われますけど、その構造とかね、全然ね、思いつかんからね。よくわからんのよね。まあだから文章力以前の知能とかそういう問題になりますね。悲しい。友達もいなかったから、「お前アレどうやって書いたノー」みたいなこともちょっと聞けなくってね。悲しい。

 まあ、どうでもいいことだが。

 さっきのエントリで3000字言っちゃいそうだったから本題は次のエントリで言おうと思ってたんだけど、これでもやっぱり今2400字だから、ここからだとなんかちょっと足りない気がするなあ。

 そもそも本題って何だっけ? そうそう 作文が苦手だってことだね。だからまあ、あれ? さっきもうその話しはしたっけ? ちょっと今疲れちゃってね、手とか。主に手とか、手が何を打てば良いのか分からなくなってる感じで。頭はさっきから何も考えていないんですね。だから今この文章、書いてるのはほんと運自分なのかなって不思議な気分だけど、どうなの?そこんところ?

 別に問題ないってばよ!

 そうか!

 じゃあ大丈夫だぜ!

 そうか!

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!

まあ、どうだっていいんだけど。もうちょっと何か書いて発散したいから、まだ書きたいんだけど。今ちょうど18時ですね。だからなんだって話しですけど。どうでもいいけど。ちょっと休憩しようかなって思うんだど、どうせなら3000字に行ってから一休しましょうかね?はい。だからあと100字ちょいとなりますが。何を書こうか逆に分かんないですね。なんか無理矢理水増ししてる感しかないので、自分でもちょっとモチベーション下がってるんだけど、まあ、だから、次のではもうちょっと何かお話ができれば良いなって思うんだね。

 じゃあ、そろそろ、休むね。でもまだ3000字行ってないからもうちょっと。あとちょっとはい

2017-08-01

なぜ政治家は緊縮に傾くのか

私の観測範囲では緊縮は誤り、という人が多いけれど、そっちが誤りなのか。

財務相と濃厚接触すると緊縮派になるらしいけど、入省する若い優秀な人達がみんな学生時代から緊縮派ということもないだろうし、入省すると緊縮こそ正義、という講義でも受けるんだろうか。

2017-07-28

ヘボレポートを提出した。

しかし、しかしだ。

毎週出席も取らないというのにちゃんと講義に通い、ノートを取り、容量が悪いながらも頑張ってレポートを書いて〆切前日に提出した。

頑張ったと言ってもヘボレポートなのはお察しの通り。でも私の持てる力の全てで、それに対して教授バツをつけたなら仕方のないことだと思う。

それを、インターネットの不調だとか就活だとか理由をつけて〆切間に合わなかった奴らが、私と同じように能力不足でバツつけられた奴らが、すいませんでしたごめんなさいこ単位取れないと卒業が出来ないんですとペコペコ謝ったら情状酌量とはどういうことだ。

教授のご期待に添えるレポートが書けなかったのであれば謝罪に来いと?ご期待に添えず申し訳ありませんでしたって言えば単位くれるの?

そんなゴミみたいな単位いらねえよ。

自分大学いたころは左側の先生ゼミ講義にいくとだいたい反ネオリベっぽい感じだったけど

最近はそうでもないんだろうか

グローバル化を進めて困っている弱者はどんどん資本主義システムに組み込んでいけば救済できる

副作用死ぬやつは自然淘汰からあきらめろみたいな意見が気が付くと多くなってて結構びっくりなんだよな

これなら自分は古いリベラルのほうを支持したいが誰も味方がいなそう

2017-07-23

https://anond.hatelabo.jp/20170722210312

浪人留年経験した人間からのヒント


教室の一番うしろのドアに一番近い所(講義中に一番抜け出しやすい所)でひとり講義受けてるやつは留年経験者またはその予備軍

何気なくそいつの側に座って、講義中に小テストとか出された際に「すいません、ここわかります?」みたいに聞いてみ

そいつと知り合いになれると情報共有できて大学生活が楽になるぞ


就職をまともにできるのかといった不安は早めに打ち消しておくに限る

いつから就活が始まって、どんなことをしなくちゃいけないのか調べて、やれることをやっとく

一流大学理系ってステータスがあるなら無意味修士課程まで進学するのもいいだろう

仮にお前が機械系か電気系だったら就活は屁だ


自分場合大学外の趣味があったから、GPAが0.8になっても「おれには趣味がある」という謎の心の余裕があった

サイクリングでも同人誌制作でもネット配信でも、好きなことをする時間毎日確保するといい

自分は今社会人会社業務しんどいけど、プライベート趣味時間を確保できているから未だに謎の心の余裕がある

2017-07-16

専門学校講師時代の思い出

不況の長く続く時代に、ある専門学校失業者の方を対象としたITスキル関係講座の講師を数年していました。

老若男女バラエティにとんだ受講者がおり、ほとんどの生徒さんは前向きに頑張る方でした。しかし、そういった中で困った人が数人おりました。そういう人はほとんどが「自分から変化することができない40代男性」でした。

そういう人は、最初は「このクラスリーダー然」としていますが、自分の他分野での成功体験にあぐらをかいているのか、学ぶ姿勢に乏しく、はやばやと授業から脱落します。そしてできないことを人や環境のせいにします。なんかにつけ瑣末な問題点を指摘し、しかるべきところに訴え出る態度を見せてきます講義をそのまま続けて欲しい他の生徒は、自分への飛び火をおそれて静観するしかない状態です。

そして女性の生徒とトラブルを起こします。最初、素直そうな女性を選んで"俺様が教えている感"いっぱいでアドバイスします。が、早めに落ちこぼれるのでそのアドバイスだんだん見当違いになり、徐々に距離を取られます。そうすると「気にいらない!」とまた声をあげ、時にその女性を放校に追い込もうとします。ゲンナリします。

そもそもこの場所再就職のためのスキルを磨くことが目的です。他の方のためにもと、講師を増員してもらい、自分はサブ講師にまわって、なるべく気づかれないように(無理だけどね)その人の面倒をほぼマンツーマンで見ることにします。それがやっぱりその方の怒りを増す結果となります

それではと、授業後にヒザ詰めで向き合って解決しようとすると、途中からプライド」とか「矜持」とか、予想もしなかった単語を使い出します。口ぽかーんです。その「プライド」はやらないことの言い訳ではなくて、前向きに取り組むために使って欲しいのだけれど。

そんなこんなで自分なりに向き合って何とか解決しようとするうち、最終的には3ヶ月とか半年講義終了を待たずに、ぱったり来なくなり「なんだったんだよー感」を残して教室平和になるのですよね。

けど、だんだんそういう生徒さんは減っていったので専門学校側も失業者である生徒さんのセレクションの段階できちんと絞るようになったのでしょうね。

ーーーーー

あれ以来自分反面教師というか、半ば意識しないと年をとってあんなになってしまうことへの恐怖が沸いてきました。で、変化する人生を選んで、あのころより幸せになってる気がします。

40代男性の皆さん。環境変化に適応できない人になると周囲に迷惑をかけますよー。

あたらしい環境で他の方と横並びで何かをするときには年長者であってもひたすら謙虚にひたむきに勤めたほうが良いです。

★★★★★★★★★

で、ここから蛇足(本題かも)

そういう人の幾人かとFacebookでつながってるんだけど投稿が「昔話。身内(だった人)の評論あいつはどーだったとか」しかないんですよね。うかつに見るとイライラするんで、週末にまとめて読むためにタイムラインから外してます(←案外、今どうなっているかの興味はある)

あー増田に書いてすっきりした。

2017-07-12

好きな先生疑似科学の信奉者だった

何年か前の話。

受験して大学に入り、まず一般教養の科目を受講した。

そこはそんなに偏差値が高いわけでもなく、東京にあるわけでもないので当たり前だが、

日本権威みたいな偉い教授メディアに出るような有名な先生もおらず、棒読みレジュメを読み上げるような講義ばかりで退屈だった。

そんな中で、僕は自然科学系のある先生講義だけは好きだった。彼は授業がうまく、学生を飽きさせないように工夫していた。指定教科書は彼自身の著書だったのだが、上手く纏まっていて、一冊の読み物としても面白く感じた。

授業も終盤に差し掛かったある日、友達から「あの先生ヤバい人らしいよ」と聞いた。気になって名前検索してみると、出るわ出るわ…。疑似科学批判クラスタ槍玉に上がる○○を信じていて、自ら活動も行っているとの事だった。

教科書を読み返すと、確かに最後の方で唐突現代科学批判的な内容があって、なるほど…と思った。

でも、僕が知る限りでは、講義で扱っていた内容自体は正統な学問範囲だったと思うんだよなあ。



先生の持つ自然科学知識疑似科学はいったいどういう形で繋がっているんだろうか?

僕よりも遥かに学識がある先生肯定する疑似科学を「みんながおかしいと言っているから」否定するのってそれはそれで盲信なんじゃないのか?

そもそも、僕が教わったことの中にも疑似科学的なものが紛れ込んでいたのか…?

そんなことをいまだに考えてしまう。

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