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2017-11-23

UXとかデータ分析とかその辺の勉強の仕方

仕事柄、UXとかデータ分析とか、その辺が少し強いと思われているらしい。

職場の人からその辺の勉強の仕方を聞かれたので答えようとしたら、意外と長くなりそうだったのでメモがわりに書く。

これを書いている人のスペック

UX勉強方法とかの話

そもそもUXという言葉流行りだしたのは最近の話だと理解していて、バズワードに近いと思っている。概念自体は遥か昔からあるものだし、何を今更世の中がUXというワードを使いたがっているのかが良くわからない。(が、ここでは面倒くさいので、定義曖昧UXという言葉で色々お茶を濁す

また、UX勉強するという言葉も、正直なところ違和感がある。

というのも、具体的なケースと紐づいて考えない限りは意味がない気がするからだ。文章批評ばかりしていても小説家になれないのと一緒で、UXについて本や講義だけで勉強していても、UXに強くなることはないと思っている。つまり自分たちが作っている(関わっている)サービスの中でUXを考えつくすこと自体が、一番の勉強なんじゃないかと思っているので、UXを本や何かで勉強するというのは効果は薄いんじゃないかと思っている。

はいえ、体系化出来るメタスキル的なものがあるのは事実だし、その部分の話を書いてみる。

UXを良くするって何にきちんと答えられるようになる

UXを良くしたい」という話をよく相談されるのだが、そもそもとして、UXが良くなった後の世界をちゃんと考えられていないことが多い。

「そのサービスを使ってユーザ幸せになるの?」という問いにきちんと答えられない場合黄色信号という印象。

UXUXってバカみたいに唱えている人はたくさんいるけど、自分たちサービスUXが良くなることでこんな世界が実現できるよっていう話を、具体的に、鮮明に、誰が聞いても腹落ちする形で話せる人ってどれだけいるのかな。UXを良くしたいと言っているのに、良くした後の先世界イメージできていなくて、どうやって良くしていくのか甚だ疑問なんだよね。

なので、UXを考えるにあたっては、「自分たちがどうしても叶えたい世界」があって、それが叶うことによって「世の中の誰かがすごく幸せになる」という確信必要条件だと思ってる。なので、そこがない時点でUX改善どころかサービスを作ること自体をやめた方がいい。

もし、そんな感じの祈りにも似た思いが少しでもある場合は、自分たちが作りたい世界についてしっかりと考えて、そしてそれらを検証して確信に変え、具体的な言葉に落とし込むというプロセスを徹底的に行うことを、UX改善の前に行なった方が良い。そうやって生み出された言葉が、UXを考えるにあたっての拠り所になる部分になっていくから

ユーザを観察して想像し、検証する

自分たちが作りたい世界言語化できた後は、ユーザの観察と妄想に尽きる。

課題解決系のサービスなら、ユーザに当たる人が本当に困っているのか、何に困っているのかを見極めるために観察すべきだし、何らかのバリューを付加するサービスなら、「このサービスを使ってもらうことで幸せになるのかという妄想」をいかに具体的にできるかが鍵になる。

これらの観察および、具体的な妄想をしていくこと自体UXを考えることである

炊飯器が目に入ったので炊飯器UXを考えるとした時の例で話す。

多分、こんな妄想をする。

炊飯器とか既に他の製品存在するものは、ユーザの行動もだいたい想像できるし、何より自分が使うものから妄想やすい。

逆に、全く新しいものを作ろうとする時なんかは、妄想も中々大変だと思う。バイアウトして話題CASHとかは、その辺りの参考になるものが中々なく、妄想もやり辛かったと思うので、それを形にできたUXデザイナーの人はすごいなと思う。会ってみたい。

もちろん妄想だけだとダメで、そのあとに検証が入る。

これはかなり適当に書いたが、自分たちが行なった観察に基づく妄想に対して、それらが意味のあるものかどうかを見極めていく必要がある。これがいわゆる価値仮説の検証と呼ばれるもので、妄想が本当に必要とされるものなのかを見極めるフェーズである必要とされないものなんて作っても意味がないから、この段階できちんと仮説の検証をしておく。検証については対象によって全く異なるため、都度考える必要があるので割愛

例はかなり適当に書いたが、ユーザをしっかり観察して、その上でどうやったら幸せになるかを妄想して、それらを検証していくというフェーズを、手抜きせず行うことが大事だ。これが業務系のサービスだと、業務フローを作ったりするのだろうし、C向けサービスだとカスタマージャーニーなんかを作ったりすることになる。その辺りの手法は色々あるが、ユーザを見て、考えて、検証してという基本はどれも変わらない。

観察結果をもとに解決策を生み出す

ユーザをひたすら観察したあとに、初めて解決策を考えるフェーズに移る。

解決策ありきのプロダクトだと(昔の技術先行型の日本家電だけど)、あまりいい感じにはならない。

あくまでも、ユーザの観察が先にあって、それに対する「解」としてプロダクトを作っていく。

この、課題に対して適切な解を出していくこと自体が、UXの磨き込みに当たるという理解をしている。

そして、それらが部分最適にならないよう、全体最適意識しながら解決策を考え、プロダクトに落とし込んでいく。

「ご飯は1分で炊けるけど、風呂釜より大きい炊飯器」とか、誰も必要としないよね。だけど、部分最適だけを考えるとそんなことになりがちである。そのためにも、部分を考えたら、全体を見るということを繰り返し行なっていくことが大切だと感じている。その意味では、捨てるべき部分と、活かすべき部分のバランスをどう取るかが大切になる。ここも結局ユーザが教えてくれるので、事前にしっかり観察できていれば、勝手に答えが出る。

小括

長々と書いたが、自分たちが作るサービスを使ってくれる人たちが、「どうやったら素敵な感じになるかを考え尽くすこと」が最高の勉強方法だと思っている。なので頑張って考えると良いと思う。

はいえ、何を考えればいいかからないということもありそうなので、その時は

・誰のためのデザイン

・複雑さと共に暮らす

・融けるデザイン

あたりを読んでみるのは良いかもしれない。少なくとも、何かを考えるにあたっての視野は広がるような気がする。

また、解決策を生み出していくにあたっては、ロジカルシンキングが出来るに越したことはないので、

・考える技術・書く技術

ライト、ついてますか

あたりを読んで見るのも良いかもしれない。後者は分類的にはロジカルシンキングの本ではないのだが、ロジカルに考えた時の解決策って一つだけじゃないよねということを身を以て知るためには良い本だと思う。

また、散々書いたが、UX云々の前に、自分たちが作っているサービス(だったり、炊飯器だったり椅子だったり)で「何を届けたいか」という部分が一番大事だと思う。それ抜きにはUXがどうとか議論するのは無駄というか、意味がないので、しっかり考え抜いてほしい。

データ分析勉強方法とかの話

なんかめっちゃ長くなったが、続いてデータ分析の話を書く。

データ分析というと、Pythonごにょごにょやるのがそれだと思われがちだが、一部のデータサイエンティストを除いては、基本的スプレッドシートで十分なんじゃないかと思っている。むしろ電卓レベルでも足りるんじゃないかという気がしている。(ここで話しているのは一般的インターネットサービス運営していくときの話で、気象予報とか経済予測とかそんな感じの難しいデータ分析の話ではない)

というのも、多くの場合において、四則演算以上のことをしなくてもなんとかなるからだ。

どちらかといえば

といったことの方が大事だし、そもそも「何のために分析するか」が抜け落ちていることが多い。

whyの部分が明確でない分析そもそも意味がないので、まずはなぜ分析するのかを考えるところから始める方が良い。

データ分析ときいて「統計学」や「Python」を勉強すること自体は悪くないのだが、それよりもまず先に、「なぜ分析するのか」「どんなデータ自分たちサービスキモになるのか」といった分析の前提になる部分をまずはしっかり見極めることの方が、統計学勉強よりも優先されるべきだ。それらがハッキリすれば、手法はいくらでもあるし、だいたいはスプレッドシート関数でなんとかなるので、難しい計算特に必要ない。

実務でよく使うデータなんて、売上、利益利益率、ARPUCPACTRCVCVRとかくらいだし、これら全て四則演算のみで出せる。分析といっても、平均だったりそれらをユーザ属性で割り振ったりするだけだし、中学生でも問題なく出来ると思う。ただ、重ね重ねになるが、whyの部分がない場合はいくら分析しても何も生まないので、まずはそこを見極めることに重点をおいた方が良い。

まとめ

長くなったので無理やりまとめる。

勉強<<<<<実務であることは間違いないので、まずは自分が関わっているサービスについて真剣に考えたり、真剣に考える上で必要数字が何かを自分の頭で考えることが、最高の勉強だと思う。教材とか、具体的なHowを期待していた人、ごめんなさい。でも、Howの意味で見ても、実践に勝るものはないと思っている。

朝生」は世界を何も良くしない

なぜいつも前向きで建設的な議論が行われずに、

自分たち主義主張を怒鳴り合うだけの場になってしまうのだろうか?

それは彼ら出演者たちの多くが大学教授政治家など、

何かしらの企業政党所属している、ただのサラリーマンからだ。

例えば大学教授なら、雇われた時の主義主張と違うことを言おうものなら、

講義で教えている内容とも矛盾が生じてお前どういうことだと上司に咎められて、

来年には教授ポストを失うかもしれない。

日々の生活費や家のローンや子供学費退職金や老後の資金のことで

頭がいっぱいなサラリーマンにそんなリスクはとても取れず、いつもの意見を繰り返すだけ。

まり彼らは世の中のことなどどうでもよくて、ただひたすら今の地位を維持することに

全力を注いでいるだけなのだ

もはやポジショントークだなんて軽い言葉で聞き流してる場合じゃない。

世界がこれだけ早いスピードで変化し続けているこの時代に、

そんな欺瞞はもう許されないはずだ。

さっき見た夢

講義を受けている。200人くらい入る教室

びっしり人がいる。おっさんおばさんもいる。俺もおっさんだけど。若い子もいる。隣はい匂いのする青年

近い席で4人くらいのグループになり、議論を始める。社会問題解決策について。続いて、グループ同士の議論になる。休憩を挟みながら相手グループ合併をし、最終的に100人くらいずつのグループ同士で議論をする。

その頃には大グループ内で役割分担が決まっていて、主に席が近い人で集まるグループグループが出来てる。俺は意見を交わすうちにちょっと離れた席の小グループ10人くらい)のリーダー的な感じになっていて、グループグループの連絡役というか監視役のようなものになっていた。なりたくてなったんじゃなくて、できることやってたらなってた。

グループ同士の議論が終わると勝敗発表の場がある。各人自グループ相手グループのあの人やこの人と称え合ったり罵り合ったりしながら休憩時間を過ごす。

結果は負け。各人自グループ相手グループのあの人やこの人と称え合ったり罵り合ったりしてると、この中から国会議員を選びますアナウンス。ざわつく場内。大グループ内で中核となってた人らの名前が読み上げられる。

場内いろんな目の色で拍手を送る。他人事からかう声をあげる人がいる。泣いて悔しがる人もいる。俺の名前も読み上げられる。

うちは妻と自営なので、というかそんな重責に耐えられるほど綺麗な体じゃないので、しかし抗えない空気なので、とにかく妻に電話する。家業はなんとかなるのでできることやってこいとのこと。うえー。あんな友人たちとあんな遊びができなくなるなんて俺の人生真っ暗だ。

覚醒

2017-11-21

anond:20171121193650

ソクラテス研究者は、

バスタオル一枚で校門の前に寝転んで、

男子学生見ながらチンポ丸出しでオナニーしたりするんだろうか

講義の時は美青年をいやらしい目つきで見つめたり

専修大学ネットワーク情報学

アカハラっぽくも見えるけど誰かな?

http://reach.acc.senshu-u.ac.jp/Nornir/search.do?type=s1161

メモリ上では数値計算や条件分岐が出来るがハードディスクでは出来ない」ということを言っていたので

計算分岐が出来るのはレジスタ上では?メモリ計算後に計算したものを保存する先では?」と質問してみたら

全然違う,メモリは直接実行できる」と答えられました.

私が間違ってるのか?

この人の講義聞いてると私の常識とは全く異なったこと言うからわず質問してしまうんですが「君は間違ってる」と言われるだけで何がどう間違ってるのか説明してくれない

https://twitter.com/ncaq

2017-11-18

常に吐きそうな人がいる

 大学のある講義中に、いつも同じ席から、今にも吐きそうな声で「ヴッ!!」って音を出す人がいる(しゃっくり、くしゃみ我慢する音に近い)。

 実はこの「吐きそうな人」は私の昔の友人にも居て、会話中にも急に「ヴッ!!」ってなってた。「大丈夫か?」と聞いても「いつも通りだから大丈夫」と言われていたので原因が分からずじまい。

 超苦しそうだし助けたいんだけど、どうすればいいんだろうね。

2017-11-13

中国上海でボッタクリ茶店に連れて行かれたが、ゴネて1/3に値切った

野郎二人で中国上海に行ってきた。

有名な観光地である豫園(よえん)近くを歩いていると、後ろを歩く友達が誰かにしかけれれたようで、立ち止まっている。

横には20代と思しき中国人女性スマホを渡しながら「写真を撮ってくれ」と頼んでいるようだった。

しかけられた友達のことを「若い女性に頼まれたんだから撮ってやれよ(笑」とからかいながら様子を見ていると、写真を撮られ終わった女性が「あなたたちの写真も取りましょうか?」と聞いてきた。それも英語で。

シャイ友達は「いいです、いいです。ノーサンキュー」と断ってしまったが、自分は(まぁこういうときお互い様だ)と思いながら、自分スマホを渡して写真を撮ってもらった。

あとになって考えれば、これがすべての始まりだった。


写真撮って」をきっかけにして、相手中国人女性英語で色々話しかけてくる。

聞けば職業幼稚園先生で、2年前から上海に住んでいるという。日本語ちょっとだけ勉強たことがあり、この前の夏にはクルーズ船で福岡に行ってきたとか。

今度はこちらに質問してきて、いつから上海にいるのか、何日間いるのか、今日はどこに行くのか、どこどこ(上海の有名スポット)には行ったのか、などなど色々聞いてくる。

私のほうが英語が得意なので(そう、中国人女性との会話は英語で行われている)、相手質問に答えつつ、友達との間に入って通訳っぽいこともしながら、5分ぐらいは路上で立ち止まって話していただろうか、さり気なく女性が「お茶は好きですか」と聞いてきた。


「ええ、お茶は好きです」

そう、私は中国茶台湾茶が好きだ。大学生のころには、毎月のように横浜中華街の馴染みの台湾系茶屋に通っては、いろいろなお茶を買いつつお店のご主人の講義(?)を聞いたりもした。今でも台湾に行けば、台湾茶を大量に買ってしまう。そんなお茶好きと知ってか知らずか、相手お茶の話を振ってきたので、私はすっかり警戒心が薄れてしまった。


「この近くで、年に一度の茶道ティー・セレモニー)をやっているのですが、一緒に見に行きませんか?」

うん、見てみたい。それが、その時の正直な気持ち&答えだった。

ティー・セレモニーとは、なんだか仰々しい動きをしながら中国茶を淹れるパフォーマンスで、いわゆる「ザ・観光客向け」のショーなのだが、実は一度も見たことがなかった。それは、私自身がひねくれた性格あんなもんは観光客向けの見世物だ!)だからわざわざ見ようとは思わなかったし、今までに日本台湾で行ったお茶屋さんが本気の真面目な(?)お店でそういうショーをやっていなかったこともある。

しかし、この時ばかりは、どういうわけか、暇つぶしというか見世物として、そういうのを見てみるのも悪くないなと思ってしまったのだった。


「じゃぁ、一緒に行きましょう」というわけで、女性に連れられて(今思えば”釣られて”だ)上海の街中を歩いて行く。

歩きながらも女性は、こちらの年齢やら職業やらホテル場所やら、なんやらいろいろと聞いてくる。私は他人からプライベートなことを根掘り葉掘り聞かれるのが嫌な性格なので、多少は誤魔化しながら適当に答えていると、今度は干支やら星座なんか聞いてくる。てか、干支はともかく星座英語名なんて知らんがな!このお姉さん、英語力はかなりのものだった。


まぁそんな訳で、移動中もずっとしゃべりながら5分ほど歩いただろか、着いたのは(連れてこられたのは)裏通りにある間口の狭い古道具屋?お茶屋?のようなお店。

お姉さんは、店頭に立っていた赤い民族衣装を着た老女に「ティー・セレモニーはやっていますか」と話しかけ(いま思い出したが、英語で話しかけていた。老女は英語チンプンカンプンのはずなのに)、そのまま我々を店内へと導く。

店の奥には、壁にやいかにも中国っぽい書や絵が飾ってあり、一通りの茶道の道具(茶葉やらお椀やら急須やら薬缶やら)が小さめのテーブルの上に置かれ、その周りを囲むように椅子が5脚ほど並んでいる。

ここでもまた世間話のようなものが交わされ、茶屋の赤い民族衣装を着た老女は「ティー・マスター先生」だと紹介される。

ティマスターの老女が中国語で話し、それをお姉さんが英語に訳し、我々がそれを拝聴するという翻訳リレーティセレモニーが始まった。


最初茶道歴史やらウンチクやらを語っていたのだが、おもむろに老女が”メニュー表”を出してきた。

内心で「あーやっぱり金とるのか」と思った。ここまで一切お金の話は出ていないが、こちらはなんとなくタダで見れるものだと思い込んでいた節がある。

しかしまぁ向こうも商売なわけだし、中国人がタダでわざわざショーを見せてくれるとも思えない。まぁそれ相応の金額であれば払っても仕方ないかと気を取り直して、メニュー表を見てみる。


メニュー表といっても、白黒印刷のちゃっちいものではない。それなりの厚紙にカラー印刷され、製本されている。背景には、茶器や茶葉の写真印刷されており、まるでどこか高級料理店のメニューのようだ。おまけに、すべて英語表記

老女がメニューの1&2ページ目を開き、お姉さんがメニューの一部を指して話しかけてくる。「この料金だけどいいですか?」


お姉さんの指の先、2ページ目の中ほどには「RMB48 / kind / person」とある。(RMB人民元英語表記

一人48元。日本円だと約1,000円だ。高いとも言えず、かといって納得もできない、絶妙な値段だ。

普段お金にうるさい私も、この時ばかりは、納得はしていないけどこの値段なら仕方ないという感じで「ああ、構いません。OK」と受けてしまった。


しかし、はて、見開きページの左下には”ルームチャージ20元”やら”テーブルチャージが30元”やら、なんやら書いてあるのだが、この説明はなし。

すっかり警戒心が薄れていた私は、(取り立てて説明しないということは、きっとこの表記関係ないのだろう)と思い込んでしまった。

また、2ページ目のタイトルが「1.高麗人参茶」で、2番以降の続きがあることを思わせる表記だったが、メニュー表は老女が持ったままページをめくるでもなく閉じてしまったので、その先は見ていない。


そんなこんなで、ティセレモニーが始まった。が、茶道の詳細は割愛する。

パフォーマンス自体面白かった。合計で6種類のお茶を飲んで、それぞれの茶葉の解説。その間に、金運を呼び寄せる(?)ガマガエルの置物を撫でたり、お茶の淹れ方を教わったり、内容自体は悪くなかったともう。


パフォーマンスが終わると、老女が、先ほどとは別のメニュー表を出してきて、茶葉のお土産はいかが?と売り込んできた。

値段を見て、私は「むむむ、、、これはボッタクリやな」と思った。

ジャスミン茶やら鉄観音やら10種類ほどの茶葉が載っており、それぞれ大・中・小と3種類のサイズが有るようだが、小サイズの一番安いやつでも380元、なんと7,600円もする!

普段から飲む中国茶は100g 1000円もあれば十分、と思っている私の味覚&金銭感覚からすれば、これは完全に予算オーバーだ。

いや、もちろん超一級品の茶葉には驚くほどの高値がつくこともあるだろうが、私の感覚ではナシだ。それに、いま飲んだやつにそこまでの価値があるとも思えない。


「わー、美味しいお茶だった。私はお土産に少し買っていくわ」というお姉さんに影響されたのか、財布を取り出して買おうかどうか迷っている友達に小声て「買うのやめとけ、高すぎ」と耳打ちする。

お姉さん、こちらの戸惑う様子に気づいたのか「ああ、いいのよ、買う買わないは自由から。私は買うわ。んで、あなたはどうする?」とあくまで買う雰囲気を作り出そうとする。

なんか嫌な流れになってきなたなぁーと思いつつ、「悪いけど、やめとくよ。最近紅茶にハマっててねぇ、まだまだ在庫がいっぱいあるから」と半分本当・半分ハッタリの話をしてお土産購入は断った。


なんか早く帰りたいなぁと思っていると、店の老女、もといババア勘定書を持ってきた。

どれどれ、合計金額1,280元だぁ!?


おい、1,280元って、日本円でざっくり2万5千円だぞ。本気か、こいつら。

一瞬にして頭に血が上った私は、思わず「これちょっと高すぎない?」と文句を垂れる。

すると、お姉さん、もとい客引き女が、勘定書の説明を始めた。


いわく、お茶1種類1人あたり48元で、3人で6種類飲んだから

48元 × 3人 × 6種類 = 900元 だという。(実際には48元より高いお茶もあったので、大雑把な計算で)

そこに、客引き女のお土産代が加算されて、締めて1,280元だという。


金額にピンときていないのか、財布を取り出して札を数えようとしている友達の動きを慌てて止めて、スマホ電卓アプリ日本円に換算した結果を見せて「高すぎだろ、こりゃ」とキレ気味にいう俺。


敵に向き直って「最初メニュー表をもう一度見せてくれ」という俺。

から取り出されたメニューには、確かに”それぞれの茶葉のページに”「RMB48 / kind / person」、つまり「茶葉1種類当たり お一人様48元」とある

あーそういうことね、このおちょこ口一杯にも満たないお茶一つに約1,000円を課金し、それが6種類だから6,000円だと。

あーそうですか、確かに書いてありますね、はい、そうですか、って納得できる訳がない。


「こんなの高すぎだろ」

「いや、ティマスター先生がこれだけやってくれたんだから、決して高くはない」


日本でもこんな高くねぇぞ」

日本のことは知りません。上海には上海物価があるのです」


茶道パフォーマンスを受けたのは認めるが、この価格には納得できん」

お茶一杯の値段は高いかもしれないが、ここ上海では、急須にお湯を継ぎ足しながら何倍もお茶を飲んで、何時間もおしゃべりできるシステムなのです。ほら、メニュー表のここにも書いてあるでしょ」(確かに英語でそう書いてある)


「そんなこと言ったって、こちとら、メニュー表の1&2ページ目しか見せられてないし、そこにある『一人48元』だけ払えばいいのかと思っていた」

「いいや、6種類飲んだんだから、その分いただきます


とかなんとか、英語で喚き散らして少し興奮が収まった俺は、勘定書を手に取って冷静に考えてみる。

合計金額は2万5千円だが、そこには客引き女のお茶代とお土産代も含まれている。純粋に我々が払うべきは、相手の言い値では1万2千円、一人あたり6千円だ。

さて、この茶道パフォーマンスにそれだけの価値があるだろうか?いや、ない。払いたくない。だからといって、払わなくて済むわけでもない。


俺は手を顎に当て、少し考えながら、黙り込む。

客引き女が何か話しかけてきたようだが、怒りのあまり全然気づかなかった。


しばらくすると、敵も「面倒くせえ客だな」と思ったのか「じゃあ、いくなら払うのか」と態度を軟化させた。

なーんだ、やっぱりボッタクってる意識があるんじゃねぇか(笑


ここはあくまで、当初の理解どおり「一人48元」で押し通そうと、「3人分で150元なら払う」と言ったつもりが、相手は「1人あたり150元」と誤解したようで、「ならそれで構わない」ということになった。

横でポカーンとしていた友達に、小声で「悪いけど100元払ってくんない?」と言って、財布から100元札を取り出してもらう。

この時、財布の中に、100元札が2〜3枚と、日本円で1万円札が2枚、さらパスポートまで入っているのが丸見えだったので、財布をさっさと仕舞わせる。


「んじゃ2人分で100元ね」

「え、いや、1人150元でしょ」

「いやいや、だから最初から言っているとおり、1人48元だと思っていたの。だから、細かい端数は無視して、2人で100元!」


これには、さすがの店のババア客引き女も怒ったらしく「そんなの少なすぎよ!」とかなんとか言っている。

こちらは無視して「1人48元でしょ!!」と駄々をこねる。


「そんなのってあり?もう、まったく。せめて部屋代としてもう100元出しなさいよ」

(あーあ、面倒くせえなぁ。でも、あと100元でケリがつくなら)と思ってもう100元を出した。締めて200元のお支払だ。


この期に及んでも、客引き女は演技(?)を止めないらしく、

あなた達が200元しか払わないなら、残りの分は私が全部払うわ」といって、本当に財布から100元札を取り出して払っている。

疑い深い私は、この光景を黙ってボーっと見ながら、頭の中は「なんだ見せ金か。払うふりして、あとで取り戻すんだろうな。わざわざこんな演技しなくても。」と冷めていた。

でも、この見せ金に釣られて、やっぱりお金を払ってしまう人もいるんだろうなと思った。


まぁ、兎にも角にも、支払いを終えて、そそくさと店を後にする。

客引き女は相変わらず話しかけてきたが、もう俺は怒りと情けなさとで、会話する気力もなかった。

「この後はどうするの?豫園を観光?」とかうるさいので、とにかく客引き女と離れたかった俺は「いや、ホテルに戻るよ。だから地下鉄の駅まで。」と言った。

本当は歩いて帰れる距離ホテルだったのだが、一緒に歩く友達に「余計なこと言うなよ!」と目配せしながら、「地下鉄ホテルまで戻る」と言い、客引き女とは駅前で別れた。

別れ際に握手をせがまれた。最後まで馴れ馴れしい女だった。


さて、結果的に2人で200元。1人あたり2000円弱の被害額(?)で済みましたが、百歩譲っても適正価値は半分の1000円ぐらいだろうと思っています

ネット検索すると、同様の被害例がこれでもかと出てきます。引っ掛けのパターンとしては、典型的な手口なのでしょう。


しかし、なぜ今回に限って引っかかってしまったのか?

それは、相手が片言の日本語ではなく、英語でベラベラ話しかけてきたことも大きく影響していると思います

ネイティブ日本人の私達にとって、片言の日本語にはとても違和感や警戒心を覚えることでしょう。しかし、相手が流暢な英語を話すとなると、日頃の英語コンプレックスも相まって、相手が対等もしくは上等の立場にすら覚えてしまます


しかしたら、このボッタクリ集団の元締めは、そういった日本人英語コンプレックスを付け入るために、あえて日本語を使わず英語商売をしているのかもしれません。

英語が完全に理解できなくても、とりあえず「OK」と言ってしま日本人(なまじっか少しは分かる言葉だけに、タチが悪い)

英語で書かれたメニュー表をよくよく見てみれば確かにそう書いてあるので、仕方ないかと思ってしま

・もし不満があったとしても、英語では言いたいことも言えずに、泣き寝入りするしかない

日本振り込め詐欺のように、ある程度マニュアル化パッケージ化されているのかも。


写真を撮ってくれと頼まれること、また旅行者同士で世間話情報交換をする、それ自体はとても楽しいことです。

また、善意の現地民がおすすめ観光地に連れて行ってくれることも、本当にあるのかもしれません。(滅多にないからこそ、メディア美談として取り上げる?)


しかし、問題なのは、現地人を勝手性善説で信じてしまって、

お茶屋に連れてこられた時点で「このお店は大丈夫なのか?」と、自分で立ち止まって考えなかったこ

メニュー表を見せられた時点で、「総額はいくらなのか?」と相手確認しなかったこ

要するに、自分自身でよく考えて、納得してから行動する、という基本原則を疎かにしてしまたことが、今回の失敗につながってしまったのでしょう。


また、スマートフォンという”文明の利器”がありながら、

地図アプリで常に場所確認する(現状の把握)

写真と撮ったりメモを残す(証拠採取

・困ったら即答せずに検索してみる(外部資源活用

がとっさにできなかったことです。

私の場合スマートフォンをネックストラップで首からぶら下げていたのに、いざパニックになっていまうとスマホことなどすっかり忘れてしましました。


今回の場合は、まぁしょうがねぇかーという感じで、いい勉強になったと思っています

これが下手にマッサージ店とかに連れていかれたら、それこそ身ぐるみ剥がされていたかもしれませんし、被害額も少なく済んだと思って諦めつつあります

同様に被害にあう方が一人でも減ることを願うばかりです。

2017-11-12

anond:20171111203320

自分は数十年前に短大から四年制大学に移行したところに若い期で行ったけど、

やはり四年後に最初卒業生が出ると同時に修士課程ができて、

さらに二年後に博士課程が設置されたと記憶している

文科省事務次官が把握していないとも思えないが、

もう彼はこの方向で突き進むしかないのだろう

哀れではあるが

少し話は変わるが、1期生2期生の優秀さといったらとんでもなかった

評価不明な新設大学高卒段階で飛び込んでくるパイオニア精神を持った学生

教授陣や短大の先輩の研究を回すためってこともあり、

1年時から一般講義や実習実験に加えて研究室に配属されたそうで

必然的教育密度が高くなり、学生レベルも飛躍的に向上していた

もちろん短期間で潰れる大学もあるので

自分経験したのは相当にうまくいっていた例なのかもしれないが、

親族や知人の子供などが獣医志望でメンタルの強いタイプならば

1期生を狙う価値は十分にあると薦めると思う

2017-11-09

講義してる姿を見る分には船の上で酔っ払ってバーリトゥードますような人には見えないのだが、人間とはそういうものなのだろう。

anond:20171108102832

小学校はそのスタイルは無理だが、中学以降なら講義動画配信サポートの助講で十分だな。大学も。

しろ生徒の管理をしない大学あたりだと、なんで何年も変わり映えのない講義すら毎年ちゃんと講義室でやってるのか不思議

2017-11-08

大学中退のジョブズ

学歴に頼るのは甘えだ。実力でのし上がろう。

移民の子だったスティーブ・ジョブズ養父母学費を出してもらって大学に行ったが中退した。養父母の老後の資金がなくなるのがしのびなかったかららしい。しかジョブズ大学に潜り込みただで講義を聞き勉強した。その後の成功は有名だろう。

労働者階級の両親は蓄えのすべてを学費に注ぎ込むことになってしまいました。私はそこまで犠牲を払って大学に通う価値を見出せなくなってしまったのです」

 

無料大学へ行く方法

もしも大学で学びたい気持ちが本物なら、日本大学教育水準が低いので外国大学に行くべきだろう。

EU学費無料大学もある。選択の自由度が高いドイツ大学お勧めだ。

 

商売勉強

お金がないことで苦労しているなら、商売勉強をした方がいい。(日本人義務教育商売勉強もっとした方が良いと常々思っている)

 

世界中どこでも通用するスキル

この1年でドイツ語プログラミングを学んでみよう。ドイツ語発音規則が明確で英語よりも簡単だ。ベルリンヨーロッパシリコンバレーになりつつある。今がチャンスだ!

 

今のあなたシリア難民に比べたらまだましな条件、環境を得ている。

あきらめるのはまだ早い。日本男児女児)なら貧困に負けず自分の道を切り開いてほしい。

anond:20171107110105

から博士課程に進学したんだが、この半年勉強の仕方が少しだけわかった気がする。

個人的には「勉強のための勉強」はクソつまらないし、頭に入らないし、理解できない。

一方で、「研究のための勉強」は、クソおもろいし、頭に入るし、理解できる。

まり目的としての勉強はつまらんが、目的のための勉強はおもろい。それも内的な動機に基いていればなおさら

その違いは、まずは大前提として「やりたいこと・理解したいことが具体的にあるか」という所が大きいと思う。

これはモチベーションだけの話ではなくて、具体的にやりたいことがあれば、それをできるようにするためには、どんな知識必要か、という道筋が描けることが大きいと思う。

何かを独学で勉強しようとした人ならわかると思うけど、漠然とある分野を理解しようとしても、膨大な量があるので、どれをどこまで勉強していいかからなくなってしまい、挫折してしまうということが多い。例えば、教科書の多くは、一つの目的を達成するために、色んな手段網羅的に紹介してる事が多く、それをいちいち勉強していては時間いくらあっても足りないし、そもそもそれらを全て勉強するモチベーションがない。個人的には、はじめは色んな手段を知ってることよりも、一つの目的を達成出来ることのほうが重要だと思う。とりあえず「これをやりたい!」というものを、必要な最低限の知識仕入れていって、最短ルートで、出来ないか試してみる、それでだめなら、もう少しいい方法を探す、それでだめなら・・・という風に、「実際に使ってみて、試行錯誤をする」というプロセスによって、勉強が頭に入っていくんじゃないかと思う。「実際に使ってみて、試行錯誤する」というプロセス確立し、それによってやりたい目的を達成でき、"自分なりの理解"に到達すれば、最高に勉強おもしろい。

追記

増田さんにも言及して頂いたり、色々コメントも頂いたので追記させて頂きます

id:imizis 途中まで段落に分けて読みやすくしていたのに、最後段落だけ改行がないか早口で喋ってるみたいで面白かった。

かに読み返すと、途中から早口になってるみたいですね笑

id:axkotomum これを読んで逆に目的のない勉強は好きで得意だけど目的のある勉強は苦手だと気づいた

目的がなくても勉強できるかは人によりますよね。また目的が外的(仕事受験テスト単位)か内的(興味・関心)かによっても、違ってくるかもしれませんね。大学学部の頃は、興味も関心もなさそうな講義淡々勉強できる同期が結構いましたが、自分は全くできなくて大変でした。

id:samu_i 前期課程だよな・・

id:orangeitems これは博士課程レベルとは言い難い文章で残念

id:mouseion 博士課程でそれなのか。いや勉強のための勉強って大学入試まででしょって話で博士課程に入ってようやく理解できたって何か逆に凄い発見のように思えるので。応援してます

すいません後期課程です笑 出来の悪い学生なので耳が痛いですが。

出来る人は、それこそ生まれときから出来るけど、出来ない人は出来ないということでしょうね。

「興味・関心等の内的な動機に基いて、明確な目的を持って勉強する」というのを本格的にやり始めたのは、研究室に入った4年からですかね。学部修士までの3年間は、それこそ「とりあえずやってみて、試行錯誤をする」という感じで、あれでもないこれでもないという感じでした。学部修士の頃は、やりたい研究と、自分なりに咀嚼して理解できた勉強乖離していたのが、やっと今になって勉強して理解した内容を、研究アウトプットできるようになって俄然おもしろくなってきたという感じです。勉強した内容が実際に役に立つのって、やっぱり年単位ラグがあるから、それを乗り切るためには明確な目的必要ということですかね。

id:n314 勉強の先に研究があるような書き方にめっちゃ違和感がある。まったく別物だと思ってて、研究はしてるけど勉強はしてないみたいな言い方してた。たぶん勉強に暗記っぽいイメージがある。

勉強の先に研究があるというよりは、研究のために勉強があるという感じですかね。ちなみにうちの先生は、奥さんに勉強してくるわと言って家を出ると仰っていたので、捉え方は人それぞれでしょうね。その先生を見てると、研究といっても興味関心があって勉強して理解したいことをやってるだけで、そのアウトプットクオリティーが高いので研究になってる的な感じです。

id:augsUK 目的に入らないと勉強できない場合研究仕事自分の中での定義を相当広くとらないと、すぐに時代遅れ技術にしがみつく人になるから気をつけてね。個人イノベーションのジレンマは本当にサイクルが早いから。

これに関しては、自分も気をつけるようにしています研究という目的だと、狭く深く勉強できていいのですが、陳腐化してしまうことも考えられるので、そうではなくトレンドなどをただ知っておきたい、少しは理解しておきたいという目的で、広く浅く勉強することもやったりはしています

id:sukemasa_fujiwara 学生ん時、教授から「本に書いてあることは疑ってかかれ。お前らは著者に一方的に教えを受ける立場ではなく著者と対等の研究者だ」って言われたけど当時は「無茶言うなよ」って思ったな。今ならわかるけど。

教授あるあるですね。本も論文も疑ってかかれ、とはどの先生も仰りますね。高校生までは、本に書いている内容は絶対で、それを覚えるだけという感じでしたが、研究が始まると、それすらも疑ってかかって、とにかく自分の頭で考えろという風に考え方を変えないといけなくなりますね。自分はその方が楽しかったですが、苦手そうな人も結構ますね。

id:bookmarkmen ずいぶんはしゃいでるみたいだけど、3年後にも同じように笑顔でいられるかな?

うちの先生は今でも楽しそうに勉強研究もしているんですよね。自分もそうなれるように精進いたします。

2017-11-07

インプットの改善

勉強のやり方を改善したら、記憶に残せます

何をしないよりもなんかしたほうがマシだろうとチュートリアル動画とか見てても、全然あたまに入ってこないの。20分も見てると眠くなってきちゃう

インプットのやり方に問題がありそうですね?

参考

意欲や集中力の高め方、ノート術・読書

【1】1科目につき、以下の2冊のノートを用意する

1. まとめ準備ノート

雑記帳。丁寧に書くという発想を捨て、その科目に関することなら、何でも、どんな風に書いても良い。

2. まとめノート

自分言葉を用いて、まとめの精度を高めるノート。「つまり、どういうことか」を自分言葉で確かめるように記していく。

「まとめ準備ノート」と言えば、聞こえは良いですが、ぱっと見はほとんど雑記帳です。講義の内容をメモしたページがあったり、思考過程を走り書きしたページがあったり、頭に思い浮かんだ図を描いたページがあったりする。

メモ書き → 要点まとめ

受験勉強じゃないので、ノートを2冊用意しなくても良いですが、インプットを2段階に分けると記憶に定着しやすくなります

  1. チラシの裏やA4用紙などでも良いので、本や動画を見ながら、気になったことを箇条書きにする。
  2. 理解たことを自分言葉説明し直して、ブログなどにまとめる。

 

人間自分が分かっていないことは言葉にして他人説明するのは難しいんですよね。

この方法を試してみて、1か月後効果があったら報告してください。

勉強の仕方がわからない 追記あり その2

ここ5,6年の悩みで最近はっきりわかってきたんだけど、俺いつのころからかどうやって勉強していいのかわからなくなった。

IT系仕事から、新しいソフトウェアとか技術とか勉強してマスターしたいって思っているんだけど、空き時間勉強してもぜんっぜん頭に入ってこないのよね。

仕事は幸いにもそこまでブラックじゃないのよ。こうやって増田愚痴ブログかける時間もあるし、残業もたまにあるぐらい。仕事ストレスでどうって話じゃない。

一番大きいのは結婚して子供できて自由時間が減ったことなんだろうけど、でもそれ以前から勉強ぜんぜんできなくなったの。

参考書とかチュートリアル動画かに数十万円くらい費やしてきたけど、それの1割も満足に読めてない。

とにかく勉強して何か成長したって実感がここ10年ぜんぜん持ててないか勉強することへのモチベが全然あがらない。

何をしないよりもなんかしたほうがマシだろうとチュートリアル動画とか見てても、全然あたまに入ってこないの。20分も見てると眠くなってきちゃう

なんとか嫁さんに頼み込んで時間と金工面して仕事後に講義うけにいっても、全然身につかないから取るのやめちゃった。

たまにプロジェクト内で新しい技術かわなあかんときはなんとかやってる感あるけど、基本ここの会社が「できる人がやる」って方針からその技術を知らない人にはそういった仕事は回ってこない。

んで勉強しても全然あたまに入らなくて身につかなくて、仕事も回ってこないの悪循環

なんか俺、勉強の仕方を根本的に間違えているのかな?よくわからない。

年末に嫁さんが子供連れて実家に帰るから3年ぶりくらいに3週間ほど一人の時間が持てるからそんときにいままでできなかった勉強いろいろしたいと思っているんだけど、今のままじゃ何をしても無駄に終わるんじゃね?って思えて怖い。

自己啓発セミナーとか行く人間気持ちがよくわかる。このドン底のモチベーションを無理やりでもあげられるならわらにでもすがりたい気分。

マジみんなどうしてるの?根本に俺が怠け者なのが原因なのはわかっているんだけど、どうやったらちゃんと勉強できるんだろう?



追記:思ったよりもいろいろコメもらったので返信します。

id:sds-page 勉強のための勉強じゃなくて、作りたいものが先にあってそれを叶える手段としての勉強をすれば

毎回作りたいものはあります。ただそれを作るための行程の途中で躓いちゃうんです。FB社長さんが「done is better than perfect」って言ってましたけど、ほんとそれなーーー

id:tagomoris 仕事で新しいことやって調べながら仕上げて納品すれば身につくよ

その新しい仕事ってのが、よっぽど人手が足りないときじゃないかりある程度の技術ベースがないと回ってこないんですわ。今やってる仕事の大半は過去にやったプロジェクト保守マイナーアップデートで、新しいこと試す機会が滅多にない。

id:akirafukuoka まるで私が書いた文章10年間、何にもならなかったなって思うと何やっても意味ないんじゃないかとか思い始めて手につかなくなる。情けないけれどビビってんだよね。情けない。

一緒に飲みに行こうぜ。。。

id:fromdusktildawn 単に、あなたITが好きじゃないんだよ。人間、好きじゃないことは身につかないもんだ。好きなことは、自然勉強するし、苦にならないし、つい入れ込むし、血肉になる。

でたよ正論大王!世の中の人全員が好きなことを仕事にして生きてたら苦労しねーっつーの。もう俺は嫁さんと一緒にあと20年近くかけて子供2人育てなあかんからITが好きか嫌いか仕事選べる立場じゃねーーーの!

俺にはもう人並み以上にできる業種はこれしかないんだからさぁ。。。涙

id:mobile_neko 勉強する前に、まずは運動して筋肉を作ろう

それな!でも俺は運動する時間もないか長男の遊びに付き合うだけで死にそうになるぜ!だめだこりゃ!!!


あとトラバADHD治療用の薬のめば集中力ますかも!ってあるんだけどマジなの?


追加続き

正直ここまで盛り上がるとは思わなかった。勉強する才能はないけど増田ではてぶ集める才能はあったのか汗。。。

自分としてはトラバにあった「春から博士課程に進学した人」の話を聞けただけでも意味はあったかなぁと思ってますガンプラがどうのとかふざけたこといってごめんなさい。本当はもうちょいマシな課題あります。他にもいろんなコメ多謝です。

ちなみにあれ書いた日の晩も久々に勉強しようと思ったんですが、嫁さんが子供2人寝かしつけて寝落ちした間に食器洗いやら弁当の準備やら子供の服の洗濯やら洗った洗濯物をたたんだりしてたりとだらだらやってたらあっという間に深夜1時すぎでアウトでしたわ。。。とりあえず指を動かすまでのハードがクソ高いんですが他の子持ち労働者のみなさん元気ですか。

http://annoiell.hatenadiary.jp/entry/2016/10/28/121421

理系研究者旧帝大博士号持ち。

指導教員教授が受け入れたポスドクが、授業で引用とは明記せずに他人書評コピペレジュメで配布して、それが研究不正だと教授に訴えたら、「これは別にいいんだよ」「ちょっとコピペをしたことぐらいは気にしません」と怒られたという話。

この話の真偽は置いておいて。一般に「授業で引用とは明記せずに他人書評コピペレジュメで配布」は、著作権著作者人格権性質上、やっちゃいけないけど、いわゆる「研究不正」ではないと思う。なんか、はてブコメントでも研究不正だという人がチラホラいて、その辺の判断ができる人が研究者以外にも増えて欲しいので、書いた。正直、研究者的には、「あー、赤信号渡っちゃったのね」ぐらいの話なので。

いわゆる研究不正というのは、普通他人の業績(=発明発見、それを伝える論文)を自分のものであるかのように他の研究者を騙し、嘘ついて業績をかさ増しすることを言う。授業で教えられる内容は、講演者本人の研究業績ではない事が普通だし、講義を受けている学生研究者ではない事が普通しかも、コピペがあったのは、独自発明発見を伝える論文ではなく、他人の書いた本に対する書評。だから、嘘ついて業績をかさ増ししようという意図があったとは普通、みなされない。授業は研究の場ではないので、少なくとも、研究不正であったということは難しいのでは。

他人著作物引用である事を明記せずに講義に使うと、著作権著作者人格権侵害が発生するのはその通り。ただし、これらの権利は、元々の著作物の著者が「侵害された!」と訴え出る事で初めて裁かれる私権であって、たとえ破ってても、いわゆる「民事」なんだよね。刑事事件ではないから、「犯罪」かと言われると微妙。同じ民事という事で言えば、例えば、研究者が誰かと私的金銭トラブル抱えて訴えられていても、それは研究不正ではないでしょう。それと同じ話。

おまけに、授業の一環ということなので、口頭で引用であることを伝えている可能性もあるし、授業のウェブサイトみたいなところには引用である事がハッキリ書かれているかも知れない。その日の配布物には引用であることが書かれていなくても、次の回の資料に「前回の資料引用でした」と書かれているかも知れない。もしそうやって、後からでも引用であることを学生に伝えていたら、全く問題のない話。

こういう事をかいつまんででもいいので筋立てて説明してあげるのが大学教員役割だと思うので、この先生の反応は教育者としてはどうかと思うし、ブコメにあるように「いい先生」とは思えないけど(仮にこの話が事実だとすればね)、研究者としては極普通の反応だと思うなぁ。誰も問題にしないよ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/annoiell.hatenadiary.jp/entry/2016/10/28/121421

2017-11-04

発言ポイント

発言ポイントという制度は、けっして生徒を救済する制度ではなく、あくまで従来の講義型授業を補強するだけのものである。なぜなら、講義型の授業というもの先生の中に正解があり、それに共鳴できる一部の生徒のみに回答権があり、その反対側にはずっと発言ができない生徒もいるということである。概して、そのような回答ができる生徒というのは、きちんと復習をしており、テストで救済される必要がない人たちだ。その点で、この制度は役立たないものである

このようなことを書くと、「こちらには理解してもらうための準備はできている」のだからそれについてこれないなら無理だろうといった趣旨だとか、「全員を合格させるための授業ではない」や、「大学生の本分は勉強なのだから、きちんと復習するべきである」などのある意味では正論の答えが返ってくるのだろう。どうせ戯言に過ぎないのだ。

「習思想大学が導入競争 学問の自由侵害懸念

毎日新聞2017年11月4日 17時14分(最終更新 11月4日 19時43分)

 【上海・林哲平】中国共産党大会で党規約に入った「習近平思想」について、中国各地の大学教育研究に取り入れる動きが相次いでいる。

「習思想」は指導者名前を冠した政治思想としては毛沢東、鄧小平以来で、理論面で大きな権威を得た習近平総書記国家主席)に対する「忠

競争」の側面もありそうだ。

 中国メディアによると、人民大学北京)は党大会閉幕翌日の10月25日、全国初の「習近平による新時代中国の特色ある社会主義思想

研究センター設立した。同センターは清華大北京大などから研究者を招き、習思想研究。「習思想カリキュラム講義に取り入れ、学生

らの頭に入れる特別任務」(北京紙・新京報)を担うという。同様の研究センター天津市雲南省など少なくとも20の大学で発足。湖南省

大学学長は開所式で「我々は象牙の塔にこもることはできない。企業農村に入って習思想を広めていく」と述べた。

 党を支える思想教育を重視する中国では毛沢東思想や鄧小平理論大学の必修科目となっていて、習思想も同様の位置づけになるとみられる。

米紙ウォール・ストリート・ジャーナルなどによると、党大会から教室に党批判を禁じる紙が張られたり、思想教育実施状況を監視する職員

が配置されたりしていて、学問の自由が脅かされるとの懸念も広がっている。

https://mainichi.jp/articles/20171105/k00/00m/030/007000c

2017-11-01

社会学インチキ大学では不要ではないか

於・現代風俗研究会2015年9月例会

加藤秀俊社会学者):社会学インチキ大学では不要ではないか

高田公理日本では今までは国が道楽を黙認してきたのでは。

ttps://twitter.com/hikaru_sth/status/645132749817319424

最近、某(自称社会学者テレビ差別発言をしたとか話題になっているが、あれは社会学者はいえない。

そもそも社会学という学問存在するかどうかもあやしい

少なくとも私は、デュルケームウェーバー以外の「社会学者から学問的に重要なことを学んだ記憶がない。

http://agora-web.jp/archives/1665734.html

社会学者」が奨学金学費について不満を述べるほど、奨学金を拡充したり学費を下げたりすることへの

支持が下がっていくとしか思えないので、黙ってた方がいいよね。

学生がああいう人たちの講義を受けたり、彼らに給与を払うために税金を投入したいと思う人いないでしょ。

ttps://twitter.com/rionaoki/status/698348305382658048

学生支援機構奨学金に対する批判の相当部分は、同機構のウエブサイトすら見ていないレベルのものなのだが、

まともな同業者がそのレベル議論相手にするインセンティブは小さいかもしれん。

いやそもそも多くの研究者が○○学者同業者認識(略

ttps://twitter.com/mana613/status/697763623633035265

日本社会学者は3600人、世界10パーセントと推測されるが、

研究重要性の指標とされる引用率(ほかの論文研究引用される率)は1%はるかに割っているという。

http://japan-indepth.jp/?p=30462

価値学位全米ワースト8

1. 社会学 2. 芸術系 3. 教育学 4. 神学 5. 観光 6. 栄養学 7. 心理学 8. コミュニケーション

http://www.professorshouse.com/the-most-useless-college-degrees/

2017-10-30

アクティブラーニングが本格導入されると

学費生活費を稼ぐため授業時間以外ずっとバイトしてる貧困学生は落第するよね。

いくら精神集中しても講義中に勉強してるだけじゃと単位取れなかったりするし。

で、大学の変容を理解しない上の世代からは要領が悪いとなじられるわけ。

違憲法制の改廃⇐国連人権理・勧告  安倍自民党はこれらをしないだろう。なぜなら安倍自民党は腐ってるからである

違憲法制の改廃⇐国連人権理・勧告

1秘密法→定義運用独立機関

政権批判封じ」半藤一利氏(陛下へ直講義

2集団安保→9条下、専守防衛

 国会以前、米国公言

3共謀罪人権侵害警察暴走から救済機関

 ≒治安維持法権力批判封じ 

 国際犯罪条約不要

しか安倍自民党はこれらをしないだろう。なぜなら安倍自民党は腐ってるからである

2017-10-29

anond:20171029145242

おじさんは人工知能には興味がないからな。人工知能の成果だけに興味がある。

増田がやるべきなのは人工知能についておじさんに延々と講義をすること。

これにより、おじさんも自分無能性を自覚するし、増田もおじさんに期待してはいけないこと理解する。

anond:20171029135541

芸能人大学受験最近話題になりましたね。ただ、これから研究する人が増えるかというと難しいかもしれないです。他の欲はもはや満たされたと思う人も少ないでしょう。また、学問でも労力を使いますし、娯楽が目と鼻の先にごまんとありますから。例えば社会人講義だとか学術書ではない入門書だとかテレビメディアでいうとクイズ番組検証番組など、学問と娯楽のあいのものはまだまだ増えるかもしれませんね。あとは余生の嗜みとして。

娯楽が形と色を変えたくらいのパターンの繰り返しであれば、学問はそうはいきませんので、そういう点でこれからも発展していくと思っています

2017-10-25

anond:20171024181354

インスタ女やマカロン食う女をさんざんコケにしてる層ですら猫のやることは全部「かわいいからいいじゃぁ~んw」で済ませるのほんと気持ち悪い

犬を外で遊ばせてるほのぼの写真には犬アレルギーの人がー、ばい菌がー、周囲に誰もいなくてもリードを長めに持つのやめろー、とかぶーぶー言うのに

大学講義室に入る猫やコンビニにいる猫はかンわいいいいい~~~~~~ン!!!!で誰もアレルギーや糞尿の話をしない

アニメキャラも未だに野良猫に餌をやるのか萌え要素として描かれてるし

しろ印象悪くなるんだが

野性動物みたいなものから人の庭を荒らすのはしょうがないって言うなら害獣として駆除されるのも許容しろよなと思う

anond:20171024212735

自分感覚だとそれはあり得るような気がしてしまうのだけれど、凄まじく政治に無関心なのは自分世代だけなんじゃないかという気がしないでもない。

地元市議会だよりに、議会を傍聴しに来た一般人年代円グラフにまとめられているんだけど、僕の年代(30代~40代)は0人だったりする。

人生のうちで一番忙しい年代から仕方ないのかもしれないけど。僕自身だって行ったことないしなぁ。20代以下の傍聴者は結構いるんだが、どうせ学生だろう暇なんだよって事?だったらいいけどいや別によくはない。

話は脱線するけれども、僕の世代子供の頃から安定して意欲が低くて大人しい。

小学校中学高校大学と、

部活動サークル活動が僕の学年で甚だしく没落していた。

技量が低いとか以前にまず出席率が異常に悪い。何かをしない・出来ない言い訳をする時は驚く程口が回るのに、何か発言を求められると完全に沈黙。人の為に何かしようという気は更々ないし、自分の為にも何もしない。とにかく受け身で、お口に誰かが美味しいエサを入れてくれるのを待っているだけ。

そういう自世代の謎の特性をとりわけひしひしと感じたのは大学時代ちょっと卒業するのが難しい学科だったので、僕が一年生の時は同学科留年しまくってる先輩達がサークルに沢山いた。

歳の離れたOB上級生と僕らを比較すると全然様子が違っていた。先輩方は元気でパワーに溢れていて活動的で、常に何か面白い事をやろうとし、サークル活動でも業績を残すし、論文はすごいのを書くし、留年だってもっと勉強したいからとか何かしら明確な理由があった。期末試験前には皆で助け合って単位を取ろうとしていた。

僕の同期は皆目が死んでた。勉強もせずバイトもせず、かといって遊びもしない。皆それぞれ自分の部屋に引きこもり、長期休暇は丸々実家に帰って過ごす。そんな人達ばかりだった。

何か、楽しい事をしようとすれば、別にこちとら強要どころか誘ってもいないのに、足を引っ張る発言をされる。課題はやってない前提、休日は一日中寝て過ごし何もしていない前提の会話に、こちらまでエネルギーを吸い取られる気がした。

あの同期達の淀んだ空気感が僕は嫌で、同期達には極力寄り付かず、講義の無い時間自分の部屋で黙々と勉強し、アルバイトにも精を出し、学外で知り合った異性と遊んだりもした。

別にすごくキラキラした大学生ライフを送りたかった訳ではないんだけど、あのどうせ何やっても無駄っていう、どんよりと淀んだ空気は本当に辛かった。

今僕は危機感を覚えている。社会人になってからは、ずっと年上の上司や先輩達にもまれほうほうの体で過ごして来ていたので、僕の世代体たらくを忘れがちだったけれど、そろそろ僕達もそれなりに責任あるポジションに着いていかなければならない頃合いだ。

けれども、やっぱり同期やほぼ同年代はこの間の選挙前、「選挙なんて行かないでしょ?」なんて言っていた。僕らは相変わらずやる気がなくいろいろな物事に無関心で無責任で、黙って動かずにいても誰かが何とかしてくれると思い続けているのではないか

僕達の代で世の中はすごく悪くなってしまうのかもしれない、という事はさすがにないか。一つの世代だけで世の中を引っ張る訳じゃないし。ただ僕達は先輩からも後輩からもあきれられ軽蔑され、居ない者として静かに忘れ去られるだけだろう。

                                                    

    

2017-10-23

anond:20171023162422

何年かかるの?

いくらかかるの?

あと教育する人間必要だが、例えば学生数が倍になったとして誰が面倒みんの?ってのも

医療ってのは技術職でもあるから一人ひとり手取り足取り教えて貰う必要があるわけで

講義聞いて教科書読めばOKって分野とは違う

特に手術なんざ場数踏まなきゃ上手くならないし、患者数も有限だ

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