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2018-05-23

メトロポリタン美術館ってあるじゃん

あれって制作されたの映画シャイニング」より後なんだよね…

っちゅーことはやっぱあの映像ホラーとして作られてる?

2014-06-15

大津栄一郎の訳

笑い男」J・D・サリンジャー

 一九二八年、ぼくは九歳で、コマンチクラブという集まり忠誠心の強い一員だった。学校のある日は毎日午後三時、ぼくたち二十五人のコマンチは一〇九丁目のアムステルダム街に近い第一六五公立学校男子専用の出口の外で、ぼくたちの酋長に拾いあげられた。酋長の運転する二度目の奉公商業バスに、ぼくたちは押したり突いたりして乗りこんだ。酋長は(ぼくたちの親との金銭的契約にしたがって)ぼくたちをセントラル・パークに運んでいった。ぼくたちは天候が許せば午後いっぱい、季節に(だいたい)合わせて、フットボールか、サッカーか、野球をした。雨のときは、例外なく自然博物館メトロポリタン美術館に連れて行かれた。…

↑この訳文は、大津栄一郎による翻訳で、岩波文庫20世紀アメリカ短篇選【下】」に収録されているものです。読みづらいので別の人の訳で読むことをお勧めします。

2009-03-16

19年ぶりに再開した彼女のこと (1)

自分ブログに書いても誰もたどり着かないので、ここにも書く。


その日のことは今も鮮明に覚えている。

その日は朝から「ちょっとおかしなこと」が立て続けに起こった。まず、3月上旬とはとても思えない暖かさだった。湿気があったので、生ぬるかったと言うほうが正確かもしれない。その生ぬるい気候を伝えようと、サンデージャポンが「靖国神社で桜が開花したこと」をトップでとりあげた。サンデージャポンのような(良い意味で)ふざけた番組が真面目なノリで桜の開花を伝えるなんて、それもなかなか奇妙に思えた。

それからジョギングおじさんがジョギングをしなかった。毎週日曜日の11時に僕のマンションの前をジョギングするおじさんがいて、そのおじさんがジョギングを休んだのを僕はそれまで見たことがなかった。僕はそのおじさんを「ジョギングおじさん」と呼んでいた。そのジョギングおじさんを見ると、僕はとてもほのぼのとした気持ちになれた。日曜の朝は、当時の僕にとって1週間で最ものんびりした時間だった。ジョギングおじさんは、その日曜日の朝の象徴だった。

しかし、その日はジョギングおじさんは来なかった。表へ出て、ジョギングおじさんを見ながらタバコに火をつけるのが当時の習慣になっていたんだけれど、その日は待てど暮らせどおじさんがこなかった。これは本当に驚きだった。このことを何人かの友人に話しても、僕の驚きの1%も驚いてもらえなくて、そのうち友人に話すのはやめてしまった。でもとにかく僕は驚いた。おじさん無しで火をつけたタバコを吸いながら、なんか調子が狂うな、と考えていた。

その後も、遅い朝食を食べようといつもの定食屋に行ったのに臨時休業だったり、花粉の季節なのに間違えて洗濯物を外に干してしまったり、なんだかいつまでたっても落ち着かない変な日だった。

そして、その日の夜、僕は彼女と19年ぶりの再会をした。

彼女はいちおう幼なじみで、僕の実家から200メートルくらい離れたところに住んでいた。なぜ「いちおう」かと言うと、それまで僕と彼女はほとんど口を聞いたことがなかったのだ。なにかの具合で僕と彼女の家のあいだに学区の境目があって、違う小学校に通っていた。親同士の仲が良いということも特になかった。そんなわけで、通りでたまたますれ違っても、ろくに挨拶もしなかった。大人になれば、「軽い会釈」という便利なものを覚えるが、当時の僕らはそんな便利なものは知らなくて、何も言わず、視線も交わさずにすれ違った。

そして、気づいたら彼女の家の表札は違う名字になっていて、僕は彼女引っ越したんだと知った。

今さっき書いたばかりで申し訳ないが、その日、つまりはジョギングおじさんが来なかった日に19年ぶりの再会をしたというのは、ちょっと正確ではない。実は、その日からさかのぼること2週間前、僕は彼女が「サンマルクカフェ」で働いているのをたまたま目にし、思わず声をかけたのだ。レジでお客さんの対応をしているときには全く気づかなかったのだが、ホールに出て、テーブルを黙々とふく顔を見てすぐに彼女だとわかった。

驚くべきことに彼女も僕を覚えていてくれた。僕が、「すいません」「あのー」「○○さんですよね」「以前、近所に住んでいた・・・」などと喋っているときには不思議そうに首をかしげていたのだが、僕が名刺を取り出そうとして黙った瞬間、「あ!」と素っ頓狂な声を上げて、名刺を出すまでもなく僕の名前を呼んでくれた。そしてお互いが笑顔で通り一遍の挨拶をし、改めて僕は会社メールアドレスが書かれた名刺を渡した。

正確にはそれが19年ぶりの再会だったというわけだ。まあ、特に意味もないことを数分間話しただけだけど。

サンマルクカフェ帰り道、当時と違って通り一遍の挨拶ができるようになったということと、当時から1ミリも変わっていない彼女の姿形を交互に考えたり思い浮かべたりして、「なんだかなあ」という気持ちになった。そう。彼女は1ミリも変わっていなかったのだ。信じてもらえないと思うが、僕にはそう感じられたのだ。

3日後に彼女からメールがきた。とても礼儀正しい、感じの良いメールだった。何度かメールやりとりしたあと自由が丘イタリア料理を食べる約束をした。

僕は10分早く自由が丘駅に着いて、交番の前にある喫煙所タバコを吸いながら彼女を待った。もう6時過ぎで、徐々に薄暗くなってきていた。まわりの人たちは過ぎ行く日曜日を慈しむようにとても穏やかに会話していた。でも、彼らはよその星の住人のように、どこかよそよそしく見えた。小学校のときに通っていた教会牧師さんに見せてもらった天国の絵(それはそれは平和な絵だった)と、メトロポリタン美術館で見たダリの絵を足して2で割ったような不思議光景だった。

彼女は5分後にやってきた。着いたらメール電話をしてくるだろうなと思って携帯を握りしめていたが、彼女はスタスタと歩いて僕のところまでやってきて、「お待たせしました」と軽く会釈をした。僕も「いえいえ」と言って、会釈を返した。

お店に直行するには少し早い時間だったので、僕と彼女は少し遠回りをして店に向かった。最初少しぎこちなかった会話も、ABCマートを右に曲がるころにはそのぎこちない感じはどこかに行ってしまっていた。予約していたお店に入り、通された席に座ることにはむしろとてもくつろいでいた。彼女とはとても話しが合ったのだ。僕と彼女性格も、それまでの人生も全然共通点が無かったが、彼女の話すことはとても面白くかんじたし、僕の話すことも彼女はとても面白がってくれた。

でも、朝からの奇妙感覚依然として続いていた。そして、彼女との会話がはずめばはずむほど、奇妙感覚はより強くなった。なぜだ?僕は彼女と話しながら一瞬考えてみた。でも、よくわからなかったし、彼女と話すことはとても楽しいことだったので、難しいことを考えるのはやめた。

(2)に続く

【作者より】

すいません、力尽きました。続きを書いたら、この記事にリンクを貼ります。。。このくらいだと長さもちょうどよいかなと。。。(言い訳

分割して投稿するの、良くないですかね?あんまり長いのを投稿するより、分割したほうがいいかなと。

まずいときは叱ってください。もうしません。

2008-06-19

部屋とネットと俺と猫

インターネットがどんなに広大な世界であっても、自分の目の前にある画面はせいぜい十七インチ程度の小さな平面であり、大した奥行きもなく、ましてや地理的な広がりを体感することなどできない。海外から発信された情報を見ることと実際に海外旅行することのあいだには絶望的なまでの距離があって、前者はどんなに大金をはたいたところで平面的な視覚と聴覚から抜け出せない。いや海外なんて大袈裟な話ではなく、部屋の内と外、でもいいんだけど。

ネットで猫の写真を見るのが好きで、俺もデジタル一眼レフを買ってみた。東京谷中に猫がたくさんいる、とネットで調べて、カメラを持って訪れてみたけれど、どこにもいない。帰ってきてまた部屋に引き籠もりネットの向こうの世界を狭い画面から覗き見て、悶々としていた。暗い部屋の片隅に縮こまって画面を覗いている自分が、覗き部屋にいるように思われてくる。映画パリ、テキサス』の覗き部屋では窓の向こうに人がいたけれど、俺が見ている画面の裏側にはケーブルの配線があるだけで、あとは薄汚れた壁しかなかった。

ネットを利用する楽しみというのは、べつに性的な意味でなくとも一種の窃視症ではないかと思える。手の届かない、手に入らないものを、望遠レンズで覗き見る。情報収集に長けている者は600mmくらいの超望遠を持っていて、普通ネット利用者は55-200mmくらいのズームレンズでとりあえず満足する。遠くのものがよく見えたとしても、手は伸びないから決して届かない。手の届かないものをいつまで俺は追いかけてんだろう、十七インチの平面をいつまで俺は見ているんだろうと思い、ひどく疲れたので、畳に寝転がって天井を見た。

大の字になって見上げた天井と、四畳半の空間が、とてつもなく大きいものに感じられて目眩がする。自分の居場所を拡げたいと考えるなら、この部屋から地続きの平面や空間を探すしかないだろうな、と思った。ネットがどんなに広大かは知らないけれど、広大さを感覚として捉えられないなら、自分にとってはあまり意味がない。画面の中に入っていきたいとも思えない。『メトロポリタン美術館』の絵の中に閉じ込められたいとは思わないのと一緒だ。

夜になって、四畳半の外、窓の向こうから猫の鳴き声が聴こえるときがある。どこにいるのか判らないし、見つからなければ触れないけれど、画面の向こうの人々や猫に思いを馳せるよりは、こちらの猫を探すほうに希望があるように思う。窓を開けて外気を取り入れると、少しだけ居場所が広がった気がする。

 
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