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はてなキーワード: 収束とは

2017-07-26

30歳を過ぎて明るくなる人、暗くなる人

この両者が割りと居ると思う

理由は勘

35歳でもいいか

 

子供の頃ってのは色んな未来可能性が考えられた

それが大学生になって少し収束

20代でかなり収束

30代で相当収束してくる

若かりし時は過ぎ、今後の20年、30年がうっすら見えてくる

今まで生きた人生の倍くらいの先が何か見えてしまうのだ

するとどうなるか

「思ったよりもずっと未来が明るい」みたいな人は稀だろうから(せいぜい子供の成長くらい?)

「思ったほどではなかった」「あーあ」のような気分があると思う

そうなった時に、とにかく落ち込む人と、とにかく明るくなる人がいると思う

 

明るくなる人はアレだ、確定したものは変えられないので、その瞬間を楽しむようになるやつ

ビールうめー」みたいな感じ

暗くなる人は、ひたすら数十年絶望するとか、あるいは未来を確定させないために足掻いて疲れ果てる人

 

俺はもちろん暗くなる方だ

親父も割りと順調な人生なのに暗くなっていったのを覚えてる

遺伝なのだろうかね

 

たぶんこれ、大学1年生の時にも同じ現象が起きてると思う

大学に入ってハッチャケられた人は多分明るいままいける

なんかどんどん暗くなった人は30代でも同じ事が起きると思う

ネットで真実

テレビも偏っているかもしれないし、そうだと思うけど。ただ、一応、見ている人も多いし、批判も受けるので、どっかで収束する所には収束すると思う。原発事故後に「マスコミ報道政府東電プロパガンダで偏っている!」って言っていた人たちの一部が、ネットの中の地の果てに分け入っていって、彼岸の国に旅立ってしまったので、まぁ、バランス感覚は持った方がいい。

2017-07-19

すいすいすいようびは何曜日投稿されるのか?

を調べようと思ったが想像以上に多く、めんどくさそうな上に結局1/7ずつに収束しそうなのでやめた。

https://anond.hatelabo.jp/20170719143446

既に収束始めてるし、そう酷くもないよ

しかFXやってるけど仮想通貨には草生やすとか、ずいぶん狭い了見だな

2017-07-15

[] #30-3「女子ダベかく語りき」

====

第7話

マスダ:いわゆる水着回ですね。

シューゴ:実のところ楽なんだよな。制服私服ときより線が少なくなるから

マスダ:受け手も求めていて、作り手も楽ができる。ウィンウィンって奴ですね。

シューゴ:というか、普段の格好が線多すぎるんだよ。キャラデの奴、なんで作画事情を考えないんだ。原作者ファンに褒められたからって調子乗るんじゃねえ(笑)

マスダ:ははは(笑)

シューゴ:それにしてもこの場面、冷静に考えてみると変だよな。

マスダ:予想外なデザイン水着主人公が憤っているシーンですね。お約束の。

シューゴ:『ちょっと~、なによコレ~』って、何で着てからそんなこと言うんだ(笑)

マスダ:ああ、確かに。着る前に気づかなかったんでしょうかね(笑)


====

マスダ:で、入浴シーンテレビ放送とかだと修正されていますが、円盤のほうはそういうの無くなっていますね。

シューゴ:無修正だが、思っていたほど過激ってわけではないなあ。

マスダ:まあ、湯気が多少薄くなっている位ですかね。

シューゴ:ここらへんは入浴シーンでのお約束みたいなもんだな。スタイルがどうとか、触りあいっこだとか。

マスダ:ただ、『女子ダベ』ってこういうのは茶化したがる作風ですよね。ややメタフィクション的。

シューゴ:ただその上で、結局はお約束収束する構成だし、かえって会話シーンが長くなって冗長になっているキライはあるよな。

マスダ:そうさせないように、色々と工夫しているわけですね。

シューゴ:んー……そうなんだが、作っていくと不安になっていくんだよな、こういうのって。方向性は間違っていないはずなのに、本当にこれで受け手は満足できるのかなって。

マスダ:シューゴさんは一時期この手のアニメ連続して作っていましたから、若干ノイローゼ気味だったとか?

シューゴ:かもな。多くの同ジャンル作品に関わっていくと、いずれ同じ作品しか見えなくなってくるんだよな。細かな差異はどうでもよくなって、こだわりすら薄れていく。坦々と作っていくしかなくなる。

(#30-4へ続く)

2017-07-07

とうけんと決別する

きちんとけじめをつけたくて、吐き出しの見苦しい文章ですが記録します。

2015年に盗用問題が発覚した頃、私は一ユーザーだった。

ツイッター上では色んな情報が飛び交っていて、どこまでが真実なのか判断が難しかった。

本当なのだろうか。誰かが、悪評を広めようとわざとやっているのではないだろうか。

そんな疑心暗鬼もあって、あまりどちらにも寄らないよう経過を見ていた。

少しして、公式から謝罪があった。外部の弁護士も呼び、権利問題があることが発覚したと。

よって該当するものに対しては差し替える。という内容だった。私の中でその問題は、一度終わったことになった。

からそれから後も適度に楽しんでいた。

だって対応たから。他の盗用ジャンルよりはマシだと思っていた。

公式からなんのアナウンスもされず差し替えを行ったりしていなかった。

あくま権利関係問題はない、でおしまいじゃなかったから。

少しして、何がきっかけだったか、まだ盗用問題言及している人がたくさんいることを知った。

驚いた。公式対応しているのに、まだ引きずっている人がいるのかと。

けれどwikiを見て、関連した問題がひどく増えていることに驚いた。

どうしてこんなに問題収束しないのだろうか。

普通はまず、作品名と盗用で検索をかけても個人の感想程度しかひっかからない。

キャラクター雰囲気が似てるだとか、見た目が似てるだとか、その程度の話題だ。

作品名問題検索をかけて、色んな炎上騒ぎがひっかかってくることもおかしい。

確かに信者やらかしはどこにおいても起こりうることだ。人気があるから、そういうものなのだろうか?

けれど他に人気のある作品問題検索をかけてみると、様子が全然違う。

有志が作ったのであろう、作品に関する問題掲載して、いかにその作品を読み込んでいるかを競うようなサイトがひっかかったりするのだ。

じゃあ、どうして。

改めて問題を振り返ってみた時に、いくつか引っかかる点があった。

からアンチと呼ばれてしまう方々の意見をもう一度、自分なりに考えてみたのだ。

・UIについて。

実用的なデザインを追及すれば、ある程度被ってしまうことはあるのだろうが、判断が難しいようだ。

ただし、ソースコードが丸々同じだとか、流用であれば問題になるらしいが。

アンチの方々が引用している元の開発者の方の発言だけではソースまで丸々同じなのかどうか事情がわからない。

あいにく私はソースコード検証できるだけの能力がないので、白黒を決めることはできない。

キャラクターデザインについて。

写真ポーズを参考にして(ほぼトレス?)いるだろう件について。

これもあくまで参考といえる範囲で行われていることだと、弁護士判断したのだろう。

写真表現するもの独創性を認めるかどうかは難しいところに感じる。

ただ、カタログなどに掲載されている商品撮影した写真や、被写体自然物であってもそこに独創性が認められるとした判例存在している。

よって写真権利元が、写真によって表現したもの悪用されたと判断し主張するのならまた事情は変わってくるのかもしれない。

けれど恐らく写真権利元はそうは主張していないのだろうし、争う様子もないのであれば白黒つけがたい。

ご友人のキャラクターデザインを流用しているのではないか、という疑惑も浮上しているが、

これはもっと権利で争うことが難しい部分だと考えられる。

から確かに、公式対応ある意味で正しかったのだろう。

謝罪文にも法的な判断は済ませ対処したが、創作倫理に関しては判断しかねるとしているのだから

まり問題収束しないのは、倫理的な部分のけじめがついていないからだ。

ある意味私刑に近いものではあるのかもしれない。だからアンチと呼ばれてしまう方々の意見に反発する人もいる。

倫理的な部分を問い詰めることは、相手人格攻撃することに似ているから、賛同しづらいのだ。

また、謝罪をしていないという意見もある。

最近改めて最初から最後まで謝罪文を読んで驚いたのは、確かに権利元への謝罪がきちんとされていないことだった。

関係者とひとくくりにし、心配させて、不安にさせて、報告に時間がかかって、ご迷惑をおかけしたことにお詫びを、と。

あげく、謝罪文最後には、他にも関係者でご迷惑が発生している方は、こちらまで問い合わせください、と。

これは権利元への謝罪をしていると、そういう行動をしていると判断できることなのだろうか?

あげく盗用問題を起こし、今後改めていくとしたはずなのに、敬意を払うべき使用しているモチーフデザインを取り違える。

それを差し替える時には、旧デザイン思い入れがある方やプレイヤー謝罪するだけ。

法律上問題ないのだろう。だから、それでいいのだろうか。

虚しくなってしまったのだ。私はこんな企業に加担していたのかと。

退会した。関連グッズなどは処分した。自分が公開した二次創作を削除した。

ブックマークお気に入りも全て整理した。そうして少しずつ、後始末をしている。

自分名前で、意見を発信することもしたつもりだ。感情的になったり言葉を選んだりで、うまく伝わっていないかもしれないが。

最後にこのブログを残そうと思う。私の罪滅ぼしだ。加担してしまった自分を許すための言い訳

そして、創作者のはしくれとして二度とこういうったことに加担しないよう、決意を込めて。

2017-07-01

バニラエアの件でいすみ鉄道社長ブログ賞賛の声が集まってるのが

いすみ鉄道 社長ブログ

車いす飛行機に乗る時は

http://isumi.rail.shop-pro.jp/?eid=2918

この記事にすごい数のブコメがついてる。

「腑に落ちた!」

結論出たね」

「人の気持ちに寄り添った優しさ」

完璧正論

「すばらしい」

「完全に同意

もやもやを代弁してくれた」

中立的

怖いんですけど。

中立記事入り口ちょちょっとバニラの非を指摘しといてるだけじゃん。

何と何の中に立ってるの?

事前連絡あったら断っていたらしいけど?そしたらはいじゃあ諦めますと言うのがあるべき姿ってことか。

最後のほうの「今回限りということにしましょうね」って言い方、

小さい子に「おりこうさんにしましょうね」と言うかのような言い方でゾッとする。

おりこうさんにしといて変わる社会ならよかったね。

この記事ブコメ群を見たとき

先日のPRつけるつけない騒動ときの徳力氏エントリ思い出して、

え、まさかこれでめでたしめでたしって収束してしまう?と怖かったけど、

いまだに騒動おさまってなくてほっとした。

実際、この社長が身近にいたらいい人なんだと思うよ。

同業者事情とか、健常者への迷惑のことはすごく考えてくれてるもん。

でもこの騒動に対するこの見解は、争点の捉え方は、

正しいものとは思えない、

そんな意見が半分くらいあってもいいと思うのに、

こんなにも絶賛の嵐なことに絶句

優しい文章って、多数派にとって気持ちがいい文章、ということ?

社長が言う「他の人に迷惑をかけないように」をすべての障害者が遵守していても、障害者迷惑のかからない社会がどんどん勝手に実現したらいいのにね。

パイオニア」と揶揄されなくてもよくなればいいね

NHKさんお願いします。

バリバラ議論してくれませんか。この騒動について。

LGBTsであるのはそんなにも悪なのか

 バイ当事者として思う。

 中学生時代、実はその気があるのではないかと気がついてからはや数年がたった。幸いにも生来オツムの弱い俺は自身マイノリティであることを深くは気にも留めず、それより目下のところの悩みは人間関係をうまく構築できないことにあった。

 高校に上がるときに状況は変化した。うまく人間関係が行くよう、仮面かぶることで自分自身を作ってしまえば良いと悟ったのである高校生になるまでそんなことにも気がつかない程度には頭が悪かった。考えてみれば、あたりを見渡すと、みんな真っ白で、まるで自分には負い目がないかのように振る舞っていたのだった。美しい世界だった。互いが互いを牽制し合うことで、負の部分は徹底的に平らかにされ、狭い学園内に、その生態系特有の標準像が形作られていた。もちろん、個々に特徴はあった。しかしそれは決してマイノリティではなかった。それを知った途端、皆がよそよそしくなり、あるいは全力で忌避しだすような。

 まんまと学園の標準像を手に入れ、学園内における人間関係に満足できるようになった俺は、初めてやっと自分マイノリティであることそれ自体直視し、その孤独に深く怯えた。暇ができれば「ゲイ 割合」でググった。ググったところで孤独がどう収まるわけでもないのにね。けれど、動揺は表に出さないようにして、ひたすらに勉学に打ち込み、孤独不安がよぎりながらも結局はマイノリティであることを見ないようにする努力を重ねた。

 大学に入った俺は、Twitterで界隈の情報を知るようになっていた。そもそも自分自身性的志向を隠していたこともあり、いわゆる「お仲間」は一人も知らなかったから、出会人達が本当にLGBTsであることが信じられなかった。

 そこには様々な人が暮らしていたのであって、ウェイ系や趣味謳歌する者、社会人や地味な者が渾然一体として存在していた。それはもう殆ど社会と変わらないのであって、一つ違うのは皆がマイノリティであることだった。彼らは一緒にコミュニティ形成し、つるむことで根底にある孤独を紛らわしているかのようだった。

 そして同時に、ネット文化(淫夢など)やネットでの論調を目にするにつれて、俺にある疑問が浮かぶようになった。

 「LGBTsであることはそんなにも悪なのか」



 一部のLGBTsに対して進んだ国・都市ではPrideを大きなスローガンとして、市民権を得られるような活動が続けられてきた。日本にもPride文化は輸入されたのであって、実際にパレードも行われているし、わりと盛況しているようだ。だけど、違うんだ。そうじゃない。そもそもそれらの国・都市アイデンティティ個性を重視する文化を長い間かけて育んできた。この文化が素地としてあってこそ、LGBTsにかぎらず、他の多くのマイノリティも声を上げることで市民権を得ようとしてきた歴史がある。だからPrideなんて言葉を使うようになったのだろう。

 でも日本はそうではない。少なくとも日本にはアイデンティティ個性を重視しようという文化はない。こんな文化自然発生するものではないのであって、意図的に育んでいくものだ。日本は残念なことに育んでは来なかった。日本において個性尊重しているようにみえるのは、実際には個性見世物にして消費するか、あるいは黙認という形式を取り、なかったことにするかにすぎない。高校時代の美しい世界もまさにその通りで、別に性的マイノリティに限った話ではなく、ひたすら皆が標準像を追い求める一方、標準像として収束される先にも残り続ける、ただひとつの「日本人」という個性の姿や文化といった共有資産が賛美されることに満足を得る人間も出現し始めた。マイノリティに関して言えば、ゲイアイコンとしての「オカマ」や「淫夢」は見世物として消費され、その他のゲイはなかったことにされている。そんな国でPrideなどと言ってみても滑稽なのだ。だからこそ輸入されたコンセプト・スローガンでは対処ができない。


 ゲイ理解されないことの一つに、「自分にも危害が加わる可能性があるから」というのがある。でも、考えてほしい。人が自分好意を持ってくれることは少しも危害ではないのではないのではないかそもそも性的暴力実力行使に出るような輩は、ゲイ理解云々の以前に一定確率行使しようとする。でもそれは、ヘテロ男性の中に女性強姦する人がいるのと変わらないので、ご指摘には当たらないような。

 そして、ゲイのくせにヘテロ男性告白してきたらキモいというのもよくわからない。そのような人たちの中で、告白相手女性レズビアンである可能性を少しでも考え、躊躇した人間がどれくらいいるのだろう。結局、物事はすべてマジョリティが当然のこととして行っていることは当然のことで、同様のことをマイノリティが行おうとして、マジョリティの行動との間に違いが生まれた途端声高に主張し始める。マジョリティは自らの行動を顧みず、棚に上げた上で我々の一挙動を観察する。人から愛を向けられることがそんなに嫌なのだろうか。俺だったら、自分に魅力があるのだと知れて誇らしいことだと思うのに。


 どんな社会を望むのかといえば、答えは明白で、「LGBTsの存在が当然のこととされている」社会だが、まあ無理だろう。こんな世の中じゃ。何か新たなネタが見つかるたびに、徹底して皆が食いつき叩き上げ、消費し尽くす。そこには様々意見が入るものの、結局はネタを消費する手段にすぎないから、意見平行線上をたどったまま、次のネタ、次のネタへと移っていく。誰もが同じ生け簀から出ようともせず、古い水を変えようともしない。食い散らかした餌の破片と糞尿で薄汚れた生け簀の中で、同じ境遇であることに何故か安心感を覚える。そして誰も自分意見を変えようとしない。それぞれが意見を表明し、その意見はどこか遠くへ流されていくのみだ。寛容などとは程遠い。日本の体質自体が変わらないと始まらない。俺だってなにも好き好んでこう生まれてきたのではないのに。


 それにしても、「生物学的におかしい」とか「自然の摂理に反する」とか、「異常」「変態」「公の場には出ないでほしい」みたいな言説は読み飽きてしまった。もう死んでしまいたい。

2017-06-21

アニサマレギュレーションに端を発した『コール禁止論争』について

少し時間が経ってしまったが、アニサマレギュレーションに端を発した『コール禁止論争』について持論を書き殴ってみる。

中立立場で書いているつもりだが、中立ゆえに少々過激な内容となってしまっているのでご了承いただきたい。

自己紹介

興味なければ読み飛ばしてください。

私自身はアニソンライブに年15~30回程度参加して10年以上になるアラサー男性である

最近では特定タレントを追いかけるというよりも、作品推しスタンスで参戦する事が多くなっている。

渦中のアニサマについては代々木時代に1回、さいたまスーパーアリーナに箱を移してからはほぼ毎年参加している。

いわゆるオタ芸については遠い昔に嗜んでいたこともあったが、色々あって今では現場で打つことはない。

それゆえに近くでオタ芸を打たれることや過激コールに対しての嫌悪感は他の参加者より小さいほうだと自認している。

この論争における一番の問題点

この件の一番の問題点は、『言葉定義曖昧であること』だと感じている。

人間というのは文章を読んだ際、自分に都合の良いように解釈する動物だと常々思っており、「周囲への迷惑となるコール」だとか「いわゆるオタ芸」なんていう曖昧言葉を使っている限り、全員が納得する形で議論収束することは永遠にありえないと断言できる。

オタ芸」の定義

ネット上でこの件について言及している方の意見に目を通していて気付いた事として、オタ芸に見識のある人の言う「オタ芸」と、オタ芸に疎い人(忌避する人、規制する側の人を含む)の言う「オタ芸」にズレが生じている事が散見される。

(余談だが、「オタ芸」と「ヲタ芸」は異なるものだ!という意見も見かけたが、個人的には表記ブレ範疇かと考える)

例えば、オタ芸の一つに「タイガー」というものがある。(タイガーファイアー…と叫ぶアレとは別物なのであしからず

これは、直立不動で動かずにステージ演者に熱い視線を送る行為のことを指し、虎視眈々と獲物を狙う虎の様相語源としている。

参考⇒https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BF%E8%8A%B8

オタ芸禁止と明示された際に、オタ芸を嗜む人が規制側に対して「タイガー」もしては駄目なのかと質問すると、

「ここで言うオタ芸とはそういう言葉遊びの事ではなく、腕を大きく振りまわす等の迷惑行為の事を指している」という回答が返ってくる可能性が極めて高い。

(誰とは明言しないが、実際にそういう回答をした人を見かけたことがある)

オタ芸忌避する方々もこのような一見不毛と思われる似たようなやり取りを見たことがあるのではないか

ここで私が疑問に思うのは、オタ芸に見識のある人が「タイガーオタ芸」と定義しているのに対して、

オタ芸に疎い側が「タイガーオタ芸ではない」と断定し、あまつさえその認識のまま公のレギュレーションに明言してしまう。

このいい加減さ、傲慢さは何だろうか?

前項にも記したが、人間とは自分に都合の良い解釈をしてしまものである

運営もっとオタ芸勉強しろ!などと言う気は毛頭無いが、せめてこの差を認識し、万人が納得できるような言葉使いを意識して頂きたい。

『周囲への迷惑となるコール』とは何か

自己紹介でも述べたが、私は過激コールに対しての嫌悪感はあまり感じないほうだ。

平たく言ってしまうが、近くでイェッタイガーと叫ばれても全く不快だとは思わない。

(もちろん綺麗にキマっている事が前提だが)

一方で、広く浸透しているが私は不快だと感じるコール存在する。

具体的に一例を上げるのであれば、THE IDOLM@STERAメロの「フワ*4」が有名だろうか。

少なくとも2ndライブぐらいまでは裏打ちで「ッハイ!ッハイ!」だったが、いつの間にか前述の「フワ*4」に変化し、定着していた。

Aメロで「フワ*4」を入れること自体比較的珍しいゆえに型破りの感があり、個人的には当時のコールの方がしっくりきており、現場現在主流のコールを聞くといまだに強烈な違和感に襲われる。

乱暴に言い換えると、私の周囲で「フワ*4」する行為は『周囲への迷惑となるコール』に他ならない。

今回主張したい事とは主旨がズレるため、この曲のコールとしてどちらが正しいか・相応しいかを論ずる気はないが、そういった考えを持つ人がいることを知っておいてほしい。

結論としては、『周囲への迷惑となるコール』という言葉は非常に曖昧で、個々人によって定義がまったく異なるという事である

前項と同じく、万人が納得できるような言葉で記さないことには根本解決には至らないだろう。

ライブイベントにおけるコールに対する持論

最後に、ライブイベントにおけるコールというものに対して、持論を述べさせてもらう。

コールという文化地域風習によって異なる『言語』に特性が似ていると感じている。

遠い異国に行けばまったく異なる言語コミュニケーションを取っていたり(V系ヘドバンあたりが顕著だろうか)、

別の地域や閉じられたコミュニティには『方言』や『スラング』というもの存在する。

若者言葉が時を経て全ての世代に定着するように、コール時代とともに少しずつ変化している。

かつてPPPHアイドルライブから声優ライブに輸入され定着したように、時には外来語が定着することもあるだろう。

よく話題に挙がるイェッタイガーも新語の一つとして認知を広めつつあるが、使い勝手が悪ければ大衆には根付かず廃れる、

あるいは一部の人けが使用するスラングのような立ち位置になるのではないか、などと根拠もない憶測をしている。

自身が新しい言葉を使わないまでも、古きに固執し、新しい文化を受け入れない頑固な人物

いわゆる『老害』そのものではないだろうか。

自分自身が変化を受け入れられていないことを棚に上げつつ理想を言わせてもらえば、文化の違いを認識し、変化を受け入れる柔軟さを持ち合わせた上で、それぞれ自分スタンスで好きなようにライブを楽しめればみんな幸せになれるのになぁ…なんて思っている次第だ。

ドラゴンクエスト勇者アベル伝説観てるけど

森脇さんのコンテ回はコンテが面白かった

追記

32話で一旦打ちきり投げ出し最終回なんだけど、その後1クール分別枠で再開されて改めてきちんと完結させたそうだ。

追記2

見終わった。

万人向けゲーム原作子供ファミリー向けのためか全体的にマイルド作風

正義と悪の王道冒険ファンタジーで中盤くらいまでは明るい冒険活劇のテイストテンポゆっくりめ。世界観やメインの竜や古代伝説の設定もシンプルで明快だった。

キャラクターも抑えめで尖っていない。オタク向け感がほとんどない。キャラクターにフックがあまりないけど視聴していると馴染んでくる。絵柄もソフト牧歌的。序盤中盤はゲームに色々とざっくりと寄せようとしすぎな感じはあった。

再開後の終盤は物語収束していき若干シリアス化して演出や画面もドラマチックになっていき、なかなか面白かった。

2017-06-20

東京ゴッドファザーズ見終わったけど

途中地味で退屈だなと思ってたけど

クライマックス収束させていくのが良すぎるな

後味の小気味良さって大事なんやなと思った

面白かった

2017-06-19

人それぞれじゃないものなんてねぇよ

人それぞれって言葉議論の場でいか無駄か。ほんと辟易するわ。

議論意見交換の場、誰かが自分の考えを公表する場所で「そんなの人それぞれだろ」とか「人それぞれだからなんとも」とか言うやつなんなんだ。当たり前だろ

人それぞれじゃないものなんてねぇよ。誰も反論できねぇよ。

人それぞれっていう至極当然のことを踏まえて、みんな自分意見を発信してるんじゃないのか。

ブコメとか見てても「そんなの人それぞれだろ」みたいなコメントに毎回、「よくぞ言ってくれた」といわんばかりにスターがたくさんついてて、その度に、またか、って思ってしまう。

この言葉のせいでどれだけの機会損失があるか想像できますか、見えない人を思いやることができる想像力かなみなさん。

そういうメタ空気が世の中を重くさせるんだよ。

このエントリーで言いたいこと:

人それぞれなどの1種のコレクトネス議論収束することは多くの機会損失を生み出してしまっている。コレクトネスは悪ではないがもっとそこを踏まえて言葉を発する潮流になってほしい。

2017-06-17

id:maicouのくたびれはてこ化を危惧する

http://b.hatena.ne.jp/entry/h.hatena.ne.jp/maicou/299855181131497802

まあ確かに、フェミ理論を気軽に振りかざして、女の理不尽ワガママ差別的感情すらセクハラ認定する雑な女子(笑)にはほとほと困り果てるけどさ

でもそんな女がいるのはある程度はしょうがないことだし、それをフェミと強弁するのは筋違いですよ、と、

かるーくたしなめる程度で済ませておけばいいんだよ

ところがはてな政治的正しさには潔癖症なところがあるから

これは許されないと一旦思い込んだら一斉に攻撃し始めて、

まるでネットイナゴネットリンチ様相を帯びてくるところが困りもの

増田にちょいとハイクトラバしただけのエントリに、

ここまで執拗ブクマ付けて徹底的に叩いている

こうまでされると引っ込みがつかなくなるみたいなんだね、

却って態度を硬化させてしまうようだ

くたびれはてこがまさしくそんな感じだった

アイヌ差別問題やり玉にあげたところ、

はてな界隈で徹底的に叩かれて、

そこからくたびれはてこの様子がだんだんおかしくなっていった


id:maicouにもその兆候がある

メタブで「ブコメで騒いでいる連中は誤読している、読解力がない」旨の発言をしている

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/h.hatena.ne.jp/maicou/299855181131497802

これはいかにもマズい

ここからだんだんこじらせていくんじゃないかという危惧を抱かざるをえない

もうお前ら、この件は一旦収束させた方が良くないか

貴重なはてな女子なんだから、もう少し大目に見てやれよ

2017-06-11

anond:20170611154122

私は経済を学んだことがないのでわかりませんが、

経済学ではそのようなことを数学的に説明してたりしないんですかね?

給与というか富の配分は然るべきところに向かって収束していくんでしょうけど、

業種が生成されたり消滅したりとはじめ、時間軸に沿ってパラメータの生成・消滅

まりにも多いので収束はしないのかもしれませんが。

2017-06-10

PR問題ヨッピー相手をみて喧嘩をしファンネル飛ばしていたのか

興味ない人向けに、概要を書くのが好きな村民がいた。わたしだ。

興味がない人も、興味がある人も読む価値があるようなエントリーはとてもわたし能力では無理なので、せめてフラット第三者的目線で公平に綴ってみる。

広告記事ヨッピーさんと作成している会社社長2016年に「PRと書くとPVが減るから入れたくない」と正直な発言をした。

そこに id:otsuneが「大きい穴が空いてますよ」と言った。

その社長は、共通の友人から過去に聞いた話だと、とても正直な性格で嘘がつけない人という話だ。

彼は「PRタイトルにつけるとPVが落ちるからつけたくない」と正直な発言をした。

その社長唐突otsuneを名指しで煽りはじめる。

otsuneは「大きい穴が空いてますよ」「ギガが減る」と言った。

するとヨッピーotsuneのイキリ発言と称したスクリーンショットをまとめ

全然知らなかったんだけど、インターネット古参であるらしいおおつねまさふみさんと他の人のページで論争っぽい事になりまして、「イキり発言」みたいなのがだいぶ集まったので「こういうおっさんは本当にどこにでも居るんだな」って思いました。

ヨッピーさんはちょっと私に対する調査が足りないみたいなので」

理論武装できてる?」

「ここに穴があるけど気付いてる?」

シュート質問

(他にも、煽りには同じ強度の文体煽り返す。罵倒には同じ程度の失礼さで論理の穴を付く。などの指針はある)

あたりがお気に入り。カッコ閉じで自分語りしている所なんて最高。

こっちは真面目に話してるつもりなのに「論争のイロハを教えてやったぜ!」的な謎の上から目線が飛び出して来るのはだいぶアレだなぁと思いました。ネット古い人らしいっちゃらしいんだけど。

元ネタはこのへん。

https://www.facebook.com/atsushimiyawaki/posts/1552222478141313

しかし僕も性格悪いなぁ……。

これらを元にヨッピーの支持者達は「ギガ出会い系オフパコオッサン」「髪がギガ薄くて粉をかけてるオッサン」「ヨッピーさんの記事面白いから読んでから批判しろ面白い文句あるなら記事を書いてから言え!ギガおじさん!」と突撃した。

otsuneは「僕はおっさんだけどギガが減るは若者用語なんだけど」と思いながら黙ってた。

ギガが減る」がGoogle関連の世界企業幹部カンファレンスの登壇で使う「一般用語」に格上げされる。

ギガが減る」を知らずに「おっさん」を叩いている側はむしろ若者用語を知らないおっさん」という認知が広まる。

otsuneは「広告業界なのに(若者用語を)知らない人が多くて驚いた」と感想を述べる。

普段と違う戦況に混乱したのか、ヨッピーさんはotsune和解宣言をする。

otsune和解意味がわからず「高速道路を逃げる豚」とヨッピーさんを再度煽る。

すると id:shi3z が突然現れる。そしてヨッピーさんを殴ってマウンティングをしようとしたのだが、ヨッピーさんの支持者からの適切な攻撃としがらみですぐに腹を見せ

「謝ってくれたので良いです」

ヨッピーさんに赦される。

ヨッピーさんはshi3zを謝罪させたという戦果を得る。

謝って頂いたのでこの件はもういいかなと思うんですが、「寄付」は宣言した事だしこの人が社長だった期間は判明したので金額整理した上で近々寄付してスクショあげます

と、未来に再度問題提起を行い、shi3zに反省の機会を提供することを宣言する。

これらの宣言をみたはてなクラスタ人間が、shi3zの敵討ちとばかりに再度ヨッピーさんに凸しはじめる。

ヨッピーさんは

ほらー!!こういう手合いが出てくるんだよー!!!もう勘弁してくれー!!!

と、もう迷惑から絡むのを辞めてくれと、これ以上の参戦を牽制する。

と、ここまでが概要だ。

本題

そして現在表題にある「ヨッピー相手をみて喧嘩をする」エントリーをはじめ、はてな村の村人のヨッピーさんへの厳しい言及が続いているのだが果たしてこれは正しいのことなのか。

このエントリーでは、このエントリーを見るはてな村の村人が冷静な分析をする素材提供をしたい。

まず「相手をみて喧嘩する」についてだが、これは明確にモフモフの誤認なのでヨッピーさんに謝罪をするべきである

「謝ってくれたのでよいです」

ヨッピーさんが赦してくれる謝り方での謝罪お勧めする。

ヨッピーさんが相手をみて喧嘩をしてないのはここまでの経緯を見ても明らかである。shi3zも本来であれば戦闘力の高いレジェンドクラスの村人なのはご存知の通りだ。

ヨッピーファン自分に対して言及する相手へのリプを非常にマメにやるサービス精神を持っている。その際に別け隔てはない。全てを公平に相手をしてあげているだけである

相手を選んでファンサービス喧嘩をしているわけではない。

一方otsuneの件で分かるように、振り上げた棍棒を、どのタイミングで納めるのがもっとも相応しいか、に対して非常にクレバーである

「人を選んで喧嘩をしてはいないが、収束させるタイミングクレバーである

ただそれだけのことなである

ヨッピーさんがファビョっている理由がぜんぜんわからなかったんだけど

ヨッピーさんの対応がどんどん可哀想な展開になっていく。謝れない病がここにも

とここまで言及をしたshi3zは自ら謝ることで身を正した、そしてヨッピーさんはそれを赦した。それだけの心の広さがヨッピーさんにはあるのであるからきっと赦してくれることだろう。

更にはてブTwitter上で検索してもヨッピーさんを擁護する声は非常に多い。

またヨッピー可哀想な人に絡まれる図

律儀に返信してるヨッピー尊敬する。

いい歳のオッサンがモフモフとか名乗ってんの気色悪すぎるでしょ。

相手を見ながら喧嘩するヨッピーさん」みたいに侮辱するタイトルにする必要あったのかなー、、、と思ってしまう。

ヨッピー喧嘩売るにしては力の差がありすぎる感じ。 ヒクソン・グレイシー道場破りに挑んで血だるまにされた安生洋二くらい無謀だ。

ヨッピーさん周りが騒がしくなってるけど、見てると元電通マンとかどっかの意識高い系社長とかわき上がってきて面白いね。共通するのは自己愛の高さ。

ヨッピーに絡まれて注目を浴びたいみたいなヤクザからまれるだけでも疲れるだろうに、その後カスみたいブログ書いてドヤ顔されてるのただただ気の毒でしかないな。小蠅かよ、、、

いかがだろうか。更に続けると

よっぴーまた勝ってたもようw

ヨッピーotsune、 shi3zuあたりのはてブおじさんを薙ぎ払うここ最近の流れ最高にロックなんだけど、よくわかんない人にまで絡まれ始めててかわいそう…

こいつもマストドン持ち上げてるしマストドン持ち上げてるやつ全員ゴミだということが証明されつつある

しつこくすればするほど、『チヤホヤされたことのないオッサンたちのヨッピーへのひがみ』って構図が強まりそうだなー

はてな界隈ヨッピーが憎い人が多いのは理解出来た、あれだけ信者付いたら悔しいんだろうね

なんだこの■■■■とかいキモいオッサン有名人ヨッピーいっちょかみして屁理屈並べてるだけやん。謎のウエメセ煽りまくりの内容だし。そもそもオッサンがモフモフを自称とか超キモいんですけど。

もはやヨッピーさんに自己顕示欲の強い人が群がってるようにしか見えぬ…

ヨッピーの人相手に最高にダセえことしてた人、あらゆる態度が全て最高にダサくて、どこを切り取ってもウワァー最高にダセえ人という気持ちになる

売名が目的場合、いつまても続けたいのでしょう。誠実に対応しても、落とし所がそもそもうからヨッピーさんを疲労させるだけ。

今回の論争の場合ユーザー目線」が議題であったはずだ、であればなおさらのこと

どちらが世間から見ると「悪」でどちらが「錦」なのか、世間ではどちらが勝っている様に見えているのか、みなわかっておいた方がよい。

ここでこんな発言も紹介したい

一部の代表取締役経験のある方々の中でヨッピーさんが「伝説の賞金首」みたいな扱いになって炎上商法活用されてる構図、既視感あると思ったら小学生時代はるかぜちゃんだった。「取り巻きに殴らせるんですね」みたいな捨て台詞まで含めておんなじやで…

まんままっくす村井の構図と思った。

まり世間認識としては春風ちゃんやマックス村井有象無象が群がって批判し、それに勇敢なファンが立ち向かう姿に重なってみえるということだ。

はてな村危機ヨッピーさんに挑むのもいいが、それが結果として多くのユーザーからはてな村の評判を落とすことになっていることは、わたしが皆を代表して謝罪する。

広い心で赦していただきたい。

次にファンネル問題、数で殴る問題であるファンネル飛ばしていたのか飛ばしてないかファンネルが飛んだかどうかは別問題なので

飛んだ事実ヨッピーさんに絡むのは筋違いである

この様なポストヨッピーさんがしたのだからヨッピーさんはファンネル飛ばしたと見ていい。という解釈あくまでも自分の一解釈としておくべきだ。

ファンネルが飛んだだけだ。人の心の中まで人は理解できない。ヨッピーさんが数で殴ってないと言ってるのであればそれに対して謝罪をするべきである

きっとヨッピーさんは赦してくれることだろう。

さて、ここまで書いておけば皆さんもヨッピーさんが相手をみて喧嘩をしたり、ファンネルを飛ばすためのポストツイートをしたと言うのは誤解なのかそれとも真実なのかはわかるだろう。いかがだろうか。

otsuneヨッピーさんの支持者の一人が謝罪をしているのだから、支持者の皆さんに「ギガが減る」という地雷を埋めて恥をかかせて申し訳ないと全員に謝罪するべきだ。

そうすることで、この「PR問題」はヨッピーさんの中で終結する。

岡安モフモフ@アーガイルマストドン

飛んだ先に「○○の提供でお送りします」って書いてあるからって、タイトルに[PR]と書かなくて良い論拠にはならんでしょうよ……みたいな話ですかね。

ヨッピー @yoppymodel

│飛んだ先が冷静だからってタイトルを刺激的に書いて良い論拠にはならんでしょうよ……。「殴ったけどジュース奢ったからチャラです」みたいな理論やんけ……

そもそも「冷静に」とか言いつつちょいちょい煽っとるし…… 頼むよ本当に…

この様な些細なことの揚げ足取りから平和は訪れない。皆ヨッピーさんとその支持者に謝罪するべきである

さて、わたしは年の離れた弟がいるのだが、学生時代津田大介さんや茂木健一郎さんに傾倒し、本までお布施している彼をわたしはてな村独特の感情で冷笑し疎遠になってしまった。

今では彼は社会人になり、たまに食事をする際にその時の話をすると顔を真っ赤にしてくれる程には関係値は回復したが、彼の学生時代の2年間、一緒に遊んだり彼の悩みを聞いたりということは出来なかった。そして、その時間は戻ってこない。

同じような体験は、このエントリーをみた人にはして欲しくないという思いを込めこの内容を登録する。

どうか議論が「広告記事タイトルに[PR]と入れるべきか」に先祖返りしませんように。

2017-06-04

[] #26-2「オサカレビュー

レビューにおいて踏まえておくべきこと

本作のレビューをする前に、踏まえておいて欲しいことがある。

評価基準の是非についてだ。

近年放映された、アニメ実写化作品を例に話をしたい。

あれも出来は悪くないのだが、はっきり言ってアニメに抵抗感がない人は素直にそっちを観ることを強く推奨したいのが本音である

ミュージカル一つとってもアニメのほうが歌唱力演出、どれをとっても上だといわざるを得ない。

そもそも何十年も前の作品と優劣で勝負しなきゃいけないレベルの時点で、この実写化を手放しで褒めることはとてもじゃないが無理がある。

だが、そもそもアニメと実写を完全に同じものとして評価することも無理があるというのも確かだ。

ましてやアレは“翻案された作品を更に翻案したものであるから尚更だろう。

いくら原作だとか翻案元があるとはいえ、それはそれとして割り切って観ることも一つの評価の仕方だ。

当然、受け手の中には翻案元にそこまで思い入れのない人や、日が経ち過ぎて記憶が薄れてしまった人、そもそも観ていない、把握していない人だっている。

受け手側の前提に幅がある以上、評価に幅が生じることも当然で、そこに是非を求めることは難しいだろう。

はいえ、評価する人間の中にはそれぞれ何らかの“基準”があり、だからこそ優劣を判断できることは踏まえておかなければならない。

でなければ、あらゆる作品個人にとっても全て傑作になるか、全て駄作になるかのどちらかにしかならない。

作品比較する手法を毛嫌いする人もいるが、評価とは得てして相対的ものである

比較対象があり、自分の中に評価基準がある以上、それを無視して評価することこそ無理な話なのだ

何を言いたいかというと、今回のレビューもそういった部分を理解して読んでいただきたいということだ。

いくら客観的に見えるような書き方や評価方法をしたとしても、あらゆる感想は最終的には主観収束する。

自分いくら酷評しようが絶賛しようが、他人にとっての傑作、駄作は脅かされない(もしも脅かされたと感じたのなら、それは被害妄想である)。

また、書いても大丈夫範囲で内容を説明していくつもりだが、念のためネタバレ注意も喚起しておく。


…………

読んでいる途中だったが、ヤキモキしたので指摘せずにはいられなかった。

「なあ、前置きクドくないか? 今回のレビューとは直接関係のなさそうな話だし……」

レビューだとか感想というものが何かってことを深く考えたことがない人や、それらの距離感のとり方を自覚していない人もいるんだよ。それくらい書いておかないと、“ウブ”な反応をする人たちが出てきてしまう」

なんだか、俺にはオサカのその気配り自体無駄なようなものに思えて仕方がなかった。

特定の読者を想定して書いたものを、不特定人間が見れる可能性のある場所に公開すれば、必然的にそういうことだって起こりうるだろうし、恐らくそれは不可避だ。

そもそもオサカのいうことを理解している人間ならば語るまでもないだろうし、理解していない人間ならば説明したところで理解できないだろう。

「そういう“ウブ”な人間を、お前の裁量でどうにかできるとも思えないんだがなあ」

「そりゃそうだろうけどさ。例えば説明書に書くまでもないようなことを『書くまでもない』といって書かず、それでポカをやらかし人間が出てきたら、そこに多少の落ち度はでてくる可能性があるんじゃないか

なるほど、何となく意図が分かってきた。

どうやらこの長い前置きは受け手への気配りであること以上に、書き手保険のようなものも多分に含まれているのか。

「まあ、次の項目から本編の感想入るから。続けてくれ」

オサカに諭され、俺は気を取り直して読み進める。

(#26-3へ続く)

2017-06-01

波括弧{ }を書くとき目的意識の欠如に気づく

主要なプログラミング言語ブロック表現するのに使う { }の呼び名は波括弧でいいのか。

これを紙にペンで書こうとすると、いつもいびつな何かになるのだ。

デフォルメしたクリームパンの上半分を切り取って90度回転させたような、山という漢字の元になった象形文字を90度回転させたような、およそうねうねしただけの何かに。

そして気づかされるのだ、これが目的意識の欠如なのだと。

{ }を書くとき目的は何だ。いうまでもなく、ひとかたまりブロックを囲うことだ。

囲うという役目を表現するためには、記号中央部が外側に膨らんでいることが不可欠である

それゆえ、{ を書いている過程における意識は、前半は頂にむけて膨らませることであり、後半は頂から収束することに向いているべきである

囲うという目的を見失ったままペンを走らせるから私の波括弧はいつもいびつなのだ

http://anond.hatelabo.jp/20170601214648

噛み砕くような丁寧な解説お疲れさまだけど

反応は「そうか!大衆馬鹿なんだな!!」あたりに収束するであろうことを思うと若干気の毒

2017-05-30

ビタ恋

オタク界隈で「何この胸糞漫画!サイテー!男クソすぎ!女の子かわいそう!作者の神経を疑う!RTたから見て!togetterのまとめも貼るね!」って大炎上したのち

「確かにこの漫画はクソだけど、だからって作者をいじめるのは本末転倒でしょ」

pixiv版はまだマイルドからこれは編集無能」「嫌なら見るな」といった指摘が出始めすぐに収束したのが

つの間にか「女が描いた女に人気の漫画らしい、こんな胸糞漫画を好むなんて女はおかしい」「へー今はこんな漫画が女の間で話題なのか、ほんと女ってクズみたいな男好きだよな」みたいな雰囲気になっている

という認識

2017-05-27

僕の見た情報系の研究室Webデータ利用(例の論文に対する反応)

PixivR-18小説データとして使った論文炎上している

現在議論収束してきて倫理的問題があった可能性があるという話になっている雰囲気がある

二次創作小説を研究目的で引用することは研究倫理に反するか

立命館大学の研究者による「pixiv論文」の論点とは──“晒し上げ”批判はどれほど妥当なのか(松谷創一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース

この論文の件で著作権的に「引用するとき許可を求めろ」「データ分析に使うとき許可を求めろ」という話がたくさんTwitterに書かれているのを見かけた.通常の研究データ利用でそうなるのか?と疑問に思ったので,過去学生として情報系の研究室所属していた時の自分経験理解について書く.法律について詳しいわけではないのでこういう雰囲気でやられているのか程度のものだと思ってもらいたい.法的な誤りが含まれていたら指摘していただけると嬉しい.

研究利用するとき許可を求めるか

データマイニング等の分野ではWeb上のデータをあつめ研究目的で使うのが普通になっている.

個人経験の話になってしまうが,Web上に公開されている情報研究に利用するとき許可を取っている機会を見たことはほとんどないし,Web上のテキストクロールして使っている論文データセットの作成に関してそういったことに言及しているものもあまり見たことがない.英語論文でも論文自体にそういったことが書かれているのを見ない.つまりWebサービス上のユーザー投稿研究に利用する場合でも,Webサービスユーザーどちらから許可を取らないのが日常的だった.

もちろんデータセットを作ることが目的である研究,作ったデータを再配布する場合においては許可を求めているのを見かける.

通常はユーザー情報匿名化したりするものではあるが.

僕の理解では,公開情報を使ってデータ分析をする場合データを再配布しない限り著作権的に問題はなく当然著者の許可はいらないものだと考えている.

伝わらないたとえ話をすると,データ研究に使うのは本の感想を書くようなもので本の中身を転載・再配布したら問題になるがその本について感想意見分析を述べるだけなら著作権的には問題にならないと認識している.

今回問題になったPixivのような会員登録必要Webサービス場合公開情報にふくまれるのかはグレーゾーンかとも思われるが,自分意見としては誰でも登録できる会員数2000万人以上のサービスの会員全員が見ることができるデータなので公開情報に準ずるものだと考えている.

規約によって引用制限されるのか?

規約転載禁止されているか引用禁止である」という話もTwitterで見かけたが,規約中で引用が禁じられていない以上引用可能であるはずだと思われる.

仮に引用規約禁止されていた場合には話が多少変わってきて,規約法律でどちらが優先されるかは議論余地がありそう.究極的な結論を出すには司法判断必要になる可能性がある(法律に詳しい人の意見を聞きたい)

今回の場合にはR-18コンテンツを全年齢の場で引用していたのでその点がどうかという意見はわかる.

もちろん引用する場合は出典を明示して無断で行う.ただしデータセットとして使ったWebテキストからの用例としてごく短い抜粋などについて出典を明示するのはほとんどみない.

倫理委員会研究ときに通すのか?

ちなみに「人間対象とした研究の時は倫理委員会を通せ」という話も見かけたが情報系でそういったものを通すので自分が見かけたことがあるのは,被験者に何か作業をしてもらいその人間状態を計測するような研究ぐらいで,Webテキストを使った研究については見たことがない.

終わりに

もちろん僕が経験した研究室大学,分野の話なので場所が変わればルールも変わるだろう.

今回の論文の件で法律に詳しい方が詳細な解説をしてくださったり,研究利用する側に法的な問題があるのであればそれが周知されると嬉しい.

追記 機械学習モデルの配布はどうなのか?

ブックマークコメントにPaintsChainerはどうなの?という話があったので追記します.

私見では機械学習学習されたモデルの配布は元のデータを過剰に再現するようなものでない限り問題ないと思われます

以下の法律事務所ブログにいくつか記事があるので参考になるかもしれません.

http://storialaw.jp/blog/2718:title

http://storialaw.jp/blog/2761:title

2017-05-24

俺の日常会話がbot化している件

上司が深いため息ついてたら、いつも

お疲れ様です」

って言っちゃうし。

地元話題になったら、そんなに思い入れもないし好きでも無いのに

「○○良いところですよ」

って返しちゃう

いね、口をついて出てきちゃう訳。

反応がいつも変わらない。

条件反射で喋っちゃう

 

 

で。

 

 

それ続けてると、何が起こるかってね、

こいつ他人に興味無いんだなって誤解されるんだ。

いっつもおんなじ反応しか返ってこねーな。質問してこねーな。会話進まねーな。こいつ俺に興味無いんだろうな。

って。

   

違うんだよ。

  

あのな、上司がため息つくだろ?

(これから嫌な打ち合わせあるんかな)

(自分何かミスって嫌な気持ちにさせてへんかな)

(悩み事あるんかな)

(でも聞かれて困るようなことだったら、どうしたんですかとか言われても大丈夫だよって気遣わせるよな)

って考えて、結局

お疲れ様です」

収束する訳。

  

地元の話になって、

(実は地元のこと好きじゃないしよく知らないんだよな)

(この人の地元のこと聞いてもええんかな)

(嫌な顔されたら切ないな)

とか考えた結果の

「○○良いところですよ」

な訳。

  

興味無いんじゃなくて、めっちゃあるけど、嫌な気持ちにさせたくなくて、無難な返ししか出来ないんだって

  

人に興味はあるんだよ!

  

逆になんでお前らそんなに質問とか気の利いた一言とかすらすら出てくるんだよ!

  

くそー!

  

でも!

誰もこんな背景気付く訳なくて!

今日今日とてお疲れ様ですしか言えない!

  

くそ!!!!!

http://anond.hatelabo.jp/20170524081739

自分意志でやってる女子ももちろんいるだろうけど、

それでなにか不利益があった場合に無理やりで本当は嫌でしたって言うまでがお約束から

セクハラ結果論であって必ず収束する帰結なんだよ

2017-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20170522005831

いかげんもうアイコン論争飽きたんだが。

もう割りといい感じの結論出て収束したじゃんよ。

いちいち盛り返すな。

2017-05-20

前職の思い出。あと転職して変わりすぎて困惑している

話はかなりぼかすが、数年前に転職した。

直接の原因としては、社内での評価が長年芳しくなかったことと、労働環境悪化と、最後パワハラに遭い、仕事を干されたためと、転職先で提示された年収が前職を大幅に上回っていたかである

前職では新卒とあるIT系企業入社し、あるスマホアプリの開発を行っていた。

※※※ここから先は少し長いので読み飛ばしてもいいよ※※※

5年ぐらい経過し、当初10人いたチームが退職やら他プロジェクトへの異動などで最終的に自分1人になり、サーバ管理からバグ修正、深夜の障害対応ユーザから来るわけの分からないメールや頭のおかし人間から電話対応、売上を上げるための企画や他社との渉外も全部プログラマーである自分が1人でやっていた。会社の規模は拡大しており、それに伴い人をどんどん採用していたが、採用した人は全員新しいプロジェクトに割り当てられていったため、最後まで自分環境改善することは無く、残業時間けが伸びていった。

最終的に、自分人件費サーバ運用費用がそのプロジェクトの売上を下回りそうになったためにプロジェクトは終了となり、サービスも終了した。

その後、自分は別プロジェクトへの異動を命じられたが、異動数日でそこでの上司の不興を買い、自分運命は決定した。

原因としては、自分が原因でとある問題引き起こししまい、自分解決し、収束後に時系列でまとめた事態の経緯と、原因、そしてシステム的に再発を防ぐ手段を構築した旨をまとめて上司に報告したがそれを見て「二度とこのようなミスを起こさないように自分を律して頑張るという心構えが入っていない」という、IT企業としてそれはどうなの?という納得いかない理由で不興を買った。

最終的に上司から仕事を干され、何もすることが無い状態で何故か倉庫整理をしたり、「稼働が無駄だし、君に払う人件費を誰が稼いでるかとか考えて欲しい」と1ヶ月近く自己批判する文章を延々と書いては消し書いては消しと繰り返しており、エロゲレイプ目のような状態仕事をして、友人に相談しても「何もしないでお金がもらえるなんて羨ましい」と言われるだけで、最終的に心身ともに限界が来た(通勤中や定食屋他人八つ当たりして時に暴力沙汰になったり、ここには書けないような事をやったりした)のと、ちょうど転職話が来たので辞めた。

※※※ここまで※※※

転職してから数年経ったが、環境真逆で未だに困惑している。簡単に書くとこういうことだ。

自分危機感は正しいんだろうか……こういう気持ちとはどう付き合っていくか、決別したらいいんだろうか……。

2017-05-16

エクストリーム線路逃走おもしろいよね

登場人物

 

痴漢犯人

痴漢冤罪

痴漢された女性

誤解した女性

ウソついた女性

正義マン

弁護士検事警察司法

鉄道会社

外野 冤罪さない派、痴漢さない派、電車利用者(男、女)、痴漢された経験者、報道

 

痴漢を疑われた人が線路に逃走してどんどん死ぬようになる

それでも痴漢を続ける者、冤罪だった者 

いい気味だと言う推定被害者トラウマになる推定被害者

勝手なことを言う外野

問われる正義マン罵倒される正義マン

募る鉄道への批判

痴漢が悪いで押し通る鉄道

逃げろという弁護士、逃げるなという弁護士

変わらない司法

 

小説でも中々こんな複雑な設定ないよ

どう収束するべき?

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