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はてなキーワード: 趣味とは

2018-04-27

かに夢中になる勇気がない

かに熱くハマってる社員を見るのは好き。

趣味のために連休とったり、こっちは興味がないのに薦めてきたり、

コミュニティ人間関係での喜怒哀楽が表情ですぐ分かる。

分かりやすあなたのことは、つい気にかけてしまう。

そういう生き方にあこがれているのかなと思う。

でも私にはハマれるものがないし、あるいはハマっても続かない。飽きっぽい。

それでも、あなた生き方には特別な魅力を感じている。

良い父親になれるかどうか

イクメンっていう言葉の響きは気持ち悪いなと思うんだけどさ、良い父親であるかどうかってのは資質問題であって善悪断じても仕方ないだろうという気がしている。

俺には小学生の子供達がいる。発達障害があるんで2歳から療育に取り組んでいる。

遠い病院療育施設に通ったり、自宅で自分療育したりとかいろいろしてきた。

ただ、料理ほとんどしないので、所謂イクメンと言っていいのかわからないけれど、家庭を蔑ろにするタイプではない。休日子供達の用事ほとんど埋まってしまう。

このことは大変ではある。ただ、嫌なのかと言われるとそんなことはない。何故なら子供達が好きなので。

独身時代自分を知る人には変わったと言われる。自分としては実は変わっていない。

独身時代趣味が一番大事ものだった。だから没頭した。他はどうでも良かった。

今は子育てが一番大事で他はどうでも良い。自分の中で大事ものが変わっただけで自分自身は何も変わっていない。

子供たちを大事にする一方で親や妻への配慮は足りないんだろうと思う。大事ものはいつもひとつだけで他に配慮が足りないのは変わっていない。

別に責任感とかそういうので子育てをしているわけではない。子供達が好きなだけ。好きになるのは努力ではなくて、自然とそうなっただけ。好きなものには自然と力が入るもんだ。

から世の中の奥さんの夫に対する溢れる怨念を聞いてもその夫が悪いとは思えない。

たまたま子供を好きになれなかっただけだ。

自分だって自然子供を好きになれなかったら独身時代と同様に趣味にかまけていたのかもしれない。

感情コントロールできないんで、難しいね

良い父親になれた人はラッキーなだけで偉いわけではないんだよな。

全部バランス取れている嫌われる勇気な人が理想なんだろうけど、なかなかそう上手くはいかんよね。

父親責任感の下での理想的なあり方を求めるよりも、子供を好きになってもらうためのメソッドを考えた方がいいと思うの。

どうしたら良いかはお前ら考えろや。

2018-04-26

昔の漫画ブリッコ定義のある種の特異な容姿発達障害傾向を持つ人という意味オタク

矢野経済研究所定義指定趣味を持つ人々のこと全てを指すオタクを同じ単語に押し込め続けたせいで今混乱がおきてるわけで

以前にちゃんとわけて別の言葉を使おうって提案した時は総叩きされたけど

お前ら俺が言った通りに結局それで混乱してるやんっていう

ここ数日Twitterで起きている「オタク差別問題」の話について

オタク差別問題」関連のツイートが流れて来るともやっとする

ここ数日Twitterで起きている「オタク差別問題」の話について。
関連するツイートがTLで流れてくる度にもやっとする。

何故もやっとするのかを考えてみた。
既に他にも数人、この件に関して記事を書いている人が居るが…。

主語が大きい

先ず、言える事は主語が大きいという事。
そもそもオタク差別されていたかいなかったか」という言い方で話をしている人が多いが「オタクは~」という主語は、
対象とする人の範囲を広げすぎている。最近の言い方で言うなら、「主語が大きい」と言うのだろう。
そもそもオタク」の定義…「オタクとはどういう人を指すのか」という物が明確ではない。
この問題について語りたいなら、先ずはそれぞれがそれぞれに持つ「自分の考えるオタク定義」即ち
自分は、オタクとはこういう人を指すと思う」という、それぞれが持つ「オタク」のイメージを明確にすべきではなかろうか?
建設的な議論がしたいなら主語共通化させる事は非常に大事なのだが、この問題に関してツイートしている人の大半は、
主語共通化をさせずに語っている印象を受ける。

この問題に関してツイートしている人が、「議論」としてこの問題について何かを語りたいのなら、先ず「オタクとは何なのか」
という主語共通化をさせるのが議論筋道だろう。
しかし、それをせずにこの問題について語っている辺り、この問題について語っている人の大半は「ただ、声を上げたいだけ」なのだろう。

主語を大きくすれば大きくする程、受け取り手から見れば主張は薄っぺらくなる。
国会前で政権批判デモを行っている人達が良く「国民は~」と言うが、あの「国民は~」と
彼らの言う、「オタクは~」が同じレベルなのだ

「お前らそもそもオタク』という物がどういう物なのか本当に理解しているのか?」
という疑問を抱かざるを得なくて、この問題について語っている人のツイート無知集合体の様な感じで見ていてもやっとするのだ。
これについては、こちらの増田の方も同様の事を感じていた様だ。

参考
「オタク差別」があるのではなく「キモい人差別」があるのだと認めろ

被害者ぶっている」

被害者ぶっている」と言う言い方は良くないかも知れないが、「被害者ぶっている」と言わざるを得ない。
流れて来るツイートの大半は「オタク差別は有った」「オタクは不幸な境遇だった」という様なツイートだが…、先に述べた様に、先ず「主語が大きい状態で、
その「大きい主語カテゴリに含まれる者達」は皆差別されていたという様な主張が為されている。
そこに違和感がある。私だって多分オタクと言われる部類の人間だ。だが、私は差別を受けた経験は全くない。
オタク差別されていた」等と主張するツイートを見ていて思うのは「一緒にするな、オタクは皆差別されていたみたいに言うな」
という事だ。

実際、差別されていたオタクというのも居るのかも知れない。
だが、そうでないオタクも間違いなく存在する。少なくとも私は差別されなかったオタクだ。
その上で、…だ。差別されていたオタクは居るかも知れない。だが、今Twitterで発生している流れは、最初に「オタク差別されていなかった」と
主張した人物に対して数で攻撃している。

これは最早、数の暴力と言っても良い。
その根底には「自分達は差別され虐げられて生きて来たのだから自分達には他者差別し、虐げる権利がある」という劣等感みたいな物が有る様に感じられる。
総じていえば「被害者ぶっている」と思わざるを得ない。
「嘗て自分達は差別され虐げられる側だったから、今は他者差別し、虐げても良い」と考えているのなら、それは既に「加害者的な思考」であり、余りにも下衆い。

参考
オタク差別を批判することを、やめることにします。
長すぎたので、最後の部分を分割。 余談  とある、それなりに言動につい..

結論

ここまで述べた様に、この件(「オタク差別問題」)について語っている人の中で目立っているのは
「大きな主語を振りかざしながら被害者ぶりつつ、自分達より弱い者を攻撃している人達」だ。
それが「人数が多くて目立っている」のか、それとも「人数は少ないが、声が大きいから目立っている」のかは解らない。
ただ、そういう人達(「大きな主語を振りかざしながら被害者ぶりつつ、自分達より弱い者を攻撃している人達」)がオタクという言葉を使って
自分達より弱い者」を攻撃している姿に「お前らそもそもオタク』という物がどういう物なのか本当に理解しているのか?」
もやもやするんだろう。

そういう事を考えながら増田を読んでいたら、とても良い事を書いている増田を見付けたので、最後にそれを紹介して置く。

そもそもオタクってのは、本来は「何らかの趣味に傾倒する人」という定義だったはずだけれど
>今は「やたら被害意識けが強く集団自分以外の指向を持つ人間攻撃したがる人」と言う枠組みとしても使われている。
>そういう人たちが繋がる為のシンボルとしてアニメが使われているだけで、彼らの多くは本当にアニメを好きな訳ですらないのではないか
>今放映中の流行り物アニメちょっと見るだけで、それを更に深く突き詰めようともせず放映終わればすぐ忘れ、
>他のマイナー作品に手を出す事もなく、同人世界もよく知らない、
漫画ゲームアニメより手を出すのに金や手間がかかる分野には手を出そうとしない、という「自称オタク」を数多くみるとそう思える。
>あれは「何らかの趣味に傾倒する人」ではない。
>彼らは同類同士で繋がる為の「ネタ」としてアニメを利用しているに過ぎない。
アニメが選ばれるのは、自宅にいながらタダで見る事ができて、
テレビ一般番組やら世間一般流行モノとは違う為に「普通じゃない自分」という中二気分も満たしてくれるコンテンツ
>として体よく利用出来るからだろう。
引用元オタク文化の加害者としての側面を見ないふりするか、オタクに勘定しても..

そういう(「やたら被害意識けが強く集団自分以外の指向を持つ人間攻撃したがり、同類同士で繋がる為の「ネタ」としてアニメを利用している」)のが『オタク
なのであれば、私は思う「お前らと一緒にするな」と。

セックスOKかどうかって女の態度でわかるからセックス絡みでトラブルになったことないし

無理矢理ヤル趣味もないしやめたほうがいいと思ってるけど

ヤルつもりがないのについていくやつが何も悪くないというのもなんか違う気がする

理性が足りないやつをいくら煽っても無罪みたいなところが自分の心には引っかかるような感じ

anond:20180426081855

問題はたぶん「属性のウェイトの大きさ」だと思う。

元田の主張の通り、「オタクかつイケメン美女」「オタクかつしっかり働いていて妻子を持ち年収1000万以上」とかで、後者属性の方が大きく目立っている人は嫌われない。「意外な趣味」程度で許される。

かつては「オタクかつキモい」で後者属性が大きく目立つ人が問題視され(1989年宮崎勤事件などが一因)、その悪印象が今も尾を引いているのだろう。

・・・

俺もオタだが外見は、フツメンイケメンというほどではない)、服装不快すぎない程度に気は使っている。それで黙っていれば叩かれることはない。

・・・

問題は「キモい」の定義が受け取る側によって随分と幅が広く曖昧な点だな。

外見はイケメン高学歴高収入でもロリコンと判明した途端に「内面キモい」と評価されるばあいもあるし。

4年間続けていたソシャゲを昨日辞めてみた

1日経過し少し気分が落ち着いたので書いてみる。あと寂しいような重荷が減ったような、まあ正直言うと完全に落ち着いていないかな?ほぼ勢いで書いている文章申し訳ない。

ソシャゲをする人にちょくちょく会うので話題を作る為に何度か手を伸ばしていた。だが大抵は3日で飽きてしまい最長でも1ヶ月が限界であり、ゲーム内容の大雑把な知識仕入れただけでスマホからゲームを削除するの繰り返しであった。

4年前だろうか?とある調べ物の帰りであり喫茶店で一息ついている時であった。途中から加わった友人の1人が何やらスマホゲームをはじめ楽しそうに盛り上がっていた。

「あのソシャゲか?」ネットでは否定的記事も出ていたのと、自分は他にやる事があったのでその話題に飛びつかず横からチラ見して終わりであった。

だが「春だから新しい事でもやってみようかな?」と思いあのソシャゲスマホに入れる事にしたのが始まりであった。

あのソシャゲリリースから1ヶ月目あたりだったらしい。それから毎日自分ログインしており通算ログイン日数がかなりの数になってしまった。

正月新年イベントに参加しエイプリルフールでは運営の斜め上の発想に笑い1周年記念…2周年…3周年と長く続くゲーム感謝しその辺りから気持ちとして少ないが課金もした。夏は夏で夏休み旅行で外出先でも協力戦に参加し秋には山に入りながらもプレイし冬はコミケに逝きながらも地獄からほっこりともしもの私を楽しんでいた。

1章の区切りエンディングテーマ神曲ともいっていいだろうか?音楽CDも購入したまに1人で歌ったりしていた。鼻歌戦闘シーンの音楽も歌ったりとかなり痛い事をした。iPodに入れてガンガン聞いている。

キャラセリフも気に入っており「この子たこんな事いっているよ!」とテンプレ会話に突っ込んだり、毎月頭に始まる漫才調の会話も楽しみでありゲーム操作性と世界観も十分にあっていた。だが終わりもあっけなかった。

2章の区切りエンディング曲は物足りなさも感じていた。あとアニメ化したが話題にならずアニメ系のまとめブログから相手にされず、増田でもソシャゲ名を伏せて嘆く声が聞こえたが「艦これかな?」「バハムート?」とかこっちでも全く相手にされず【悪口を言われるよりも酷い状態】を目の当たりにする始末となった。(こっちも同様にソシャゲ名を伏せて書きます

前々からちょっとした不満もあった。「武器を装備する枠が増えない」というのが一番の不満だろうか。1人のキャラに装備できる武器の枠が当時では足りていたが年数が経つうちに足りなくなり「いつ増えるか?」とアプデが終わる度に期待を込めたが状況は改善せず。

あとボス敵も使い回しが多く最初はワクワクしながらイベントに参加したものの、最近は2年連続で色変えすらない無い同じ敵が出たのもちょっと残念であった。まあ味方キャラの新演出もいいが個性的な敵もわりと気に入っているのでもう少し、なんて言うか…

あと羊年は羊系のモンスターが現れ次は猿系など1月ボス戦は干支にちなんだモンスターが出たのだが今年は完全に干支は出てなかったのが残念だった。ちょと期待してたのに残念。

あと戦闘方法も同じままであり、多少は改善されたが4年も同じ事ではやっぱり飽きたというか負担が溜まったのだろうと思う。

かに複雑な操作方法ではプレイする側も大変だし運営リソースが限られているが、贅沢言ってすまんがもう少し楽しませて欲しい。

エイプリルフールネタて作る方はかなり苦労すると聞いたが今年と昨年のネタは物足りなかった。多分1年目と2年目のネタが強烈すぎて目が肥えたのだろうすまない贅沢になってしまって。

まあ色々あったが辛い時をあのソシャゲと一緒に乗り越えた事もあり、課金した事もあるのでせめてサービス終了まで付き合いたいと思っていたが、残念ながら自分が折れてしまった。

イベント報酬が取れなかった事にある。この程度のミスは何回もあったが最近プレイするのがしんどくなってきた。いわゆる【やらされている感】が強くなったのだろうか?

ミスして無駄アイテム消費しても「ロストの数だげ強くなれるさ!」と何度か笑ってられたが今回は違っていた。

「潮時かな?」新生活突入しまた他の趣味もできてきた。創作関連でありそろそろこっちは1年ぐらいになり、波には乗ってないが色々内容を考えるのも楽しいソシャゲ経験創作に役立ったりとスマホゲーム自分の中で役目を終えたのだろうか?まだ混乱しているのか色々長々と失礼した。

一番残念な所は自分の走る回数の予測ミスったのにゲームのせいにした所だろうか?我慢して続けずにゲームを辞めるという選択をとった自分に幼稚さを感じた。ごめん近日に大型アップデートがあるが、そこまでまで付き合えなかった。

以上、自分プレイする最後ソシャゲになるだろう。だがオンラインバックアップはとってあるので今回は葬式ではなくて悪友を見送る送別会的なノリで少し良い物を食べながら「また会えるさ」的な明るく締めたい、また何処かで会えればと思った。

自分が変に感情的だったので、自己分析をした。

家庭環境が主な原因だった!!

そりゃそうだ。当たり前。

大学生活で書いてきたもの抜粋した。

書きなぐった物そのままなので、非常に読み辛いけれど、

こんな人間も居るということを、ここに垂れ流しておく。

言いたいことはこの後に書いてあるので、

面倒くさくなったら飛ばしてください。


まれから今まで、直ぐに感情的になる癇癪の権化みたいな姉を持つと、

こういう人間が家庭にいなければ、もっと余裕のある生活を送れたのになあと思ってしまう。

女ばかりの家で、説得しようにも長い話ができず、本当に辛い思いをしたので、上のような性格人間は苦手すぎる。

というか、自分に伝染して変に感情的になってしまった。

本当に家庭は選べねえなあと思った。

仕事漬で鬱になり家にいる父、姉妹の長女で人の話を聞かない割に偉そうにする母、

人間関係がうまく行かなくてストレスが常に溜まり、母とよく衝突する姉。

せめてまともな男がいればなあと思ったが、そういう人間は足早に出ていくもんだろう。

普段は同じ空間にいるだけで、たまに母側の親戚が来る。

高卒姉妹が固まり田舎田舎による超閉鎖的な噂話をする。

何が楽しいのか分からないし、行きたくなかったが、

その場に行かないと飯が出なかったので仕方なく行ってた。

周りのように旅行に連れていけという姉が言う。

金は無いが時間があるので、結局車で大型ショッピングモールに行く。

姉は一時的に満足するが、しばらく経つと金がない、旅行に行きたいと同じように繰り返す。

自分のせいではないものを指摘することで、自分の弱さを隠している。

女の口喧嘩というものは絶えない。

毎日同じようなこと、くだらないようなことを言い合う。

翌日には忘れ、繰り返す。

家に”離れ”というものもなく、この拷問休日もなく毎日浴びせられる。

女の女による感情的な場からは、逃れられなかった。

感情的で閉鎖的な家庭で育ったことが、いか自分精神に影響し、

自分の進路に影響して、今の今まで悩ませていると思うともう嫌になる。

小学校3年までは小説子供向け科学雑誌学校でよく読んでた。

将来の夢は科学者だった。物質が小さい粒のようなものでできていることに感動した。

そんなことを親や先生に言っても取り合ってもらえず、科学者なんて無理と言われた。

から肯定されないし、好きになっても、役立たないものだと思えてきた。

小説も読まなくなった。誰も読まないし、話題にならないからだ。

そして何より現実味がない。あっても雑学程度にしかならないと思えてきた。

感動するものもあったが、自分環境見直しとき絶望感が怖くなった。

誰も何も誰しも自分気持ちなんてわからない。他人理解しようとしない。

そうなった子供はどうするかというと、周りに頑張って迎合しようとする。

文脈が薄い一時的な笑いと理解しつつ、こうしなければ普通になれないと自己暗示をかける。

この頃から訳もわからず泣くようになり、泣き虫扱いされる。

中学まで続けると割と周りが自我が芽生えてきていることに気づく。

自分はどうなったかというと、自己暗示を解けきれなくて、自我が地中に埋まってしまって、

ぼーっとすることが多くなった。何をやっても楽しくない。

小説を読んでいたせいか地頭は少しは良かった。

自分本位の行動なんて肯定された経験がない。夢なんてない。

全てがくだらない。

成人式とき自分宛てに送る手紙は、

絶望的な気持ち査読する先生に気づかれないように書いたのをよく覚えている。

地元工業高校に進むことになった。

何か面白いものを求めていた。

現実から離れられ、実用的な技術を身につけようとした。

でも、周りと馴染めなかった。

勉強も何が面白いのかよくわからなくなった。

資格勉強のような授業。適当に過ごす。

高1の冬、高校を辞めて勉強して大学と親に泣きついても、

何いってんの、うちには金が無い。高校卒業したら働くって行ったでしょ?

人間の考えが変わらないと思いこんでいる親に対しめちゃくちゃ腹を立てる。

勉強をしても大学なんて行けない。大学に行く人間なんて、

自分より頭が良くていい環境で育って塾とか行っている人間なんだろうな。

うちに生まれた時点でそんなものできないことは決まっていたんだ。

満足できない思いを反芻しながら、納得行かない家庭から与えられたことを無理やり正当化しようとする。

そんなことをしながら、何のために勉強しているかからなくなったまま勉強を続け、高3までそれなりの成績をおさめる。

その後突然大学に行きたくなる。少しは希望を持ったらしい。

勉学というよりは社会に出る前に、自由な身と力を手に入れられると思った。

難しい話は通用しないことはわかっていたので、

から出て、高校の延長線上の分野で、大学しかできない勉強をしたいというが、反対される。

金がないから、心配から不景気からあんたのために言ってるから

は?結局オメーの都合だろうよ。俺の何を見てきた?

大学卒業してから年収を見ろと返す。

大卒就職率が低いってニュースでやってたし、高校卒業して安定した職を付けたほうが良いんじゃないと言われる。

お前、45年間、何を見て生きてきた?本当にいってんの?

ニュースで得た情報自分身の回りを見て、適当に集めた情報から意見を言っているだけじゃん!と返す。

めちゃくちゃ怒って、お前は社会の何もわかっていないと返される。

お前じゃい!

その後担任との三者面談をしたり、大学説明会に足を運んだりして、

なんとか格安の寮がある国公立受験することにした。

勉強は続けたが、やはり高1のとき高校をやめればよかったと言う思いが引っかかる。

何より自分大学進学を許した親に対して、姉が私も家を出て学校生活送りたかったと毎日激昂し、

感情的空気ヒートアップしていた。

何をやってんだかわかんなかった。家にいるのは人間じゃないとわかってていても、

ストレスを感じてしまう。

そんな生活を送っている中、父がなんの前触れもなく自殺する。

家に自分と2人で居たときに突然自殺。その第一発見者となる。

もうなんだかよくわからなかった。救急車警察も呼ぶ気になれなかった。

30分ぐらいしてから、ようやく呼ぶ気になる。

パニックと言うか、この状況に対して自分は何を考えているのか、全くわからなくなった。

恨み積もった家庭にどう抵抗してやろうかと思っていた矢先の理解できない死。

もう何がなんだかわかんなかった。

自殺した父に対して、苛立ちが積もりに積もって吐く。血も吐く。

悪気がなく、自然法則のように動く肉親に腹が立って仕方がない。

だんだん気分が落ち込み、抑うつ状態になる。

自分が違うのか?田舎に生まれ自分田舎に埋もれなければいけないのか?

精神科に行ったが本当に自分が何を言っているのかさえわからなかった。

自殺したのはもちろん原因だったが、そればかりを話すだけで、

自分の育ってきた環境問題があることを分析できなかった。

正直父が死ぬ前に、無理やり不登校になって、心療内科に行くべきだった。

もちろん今まで書いてある期間は絶え間ない感情を浴びせられている。

どれもくだらないものだ。居場所もない。捌け口もない。

周りの人間が信頼できないこともあり、相談できないことがどれだけ苦しいか身を持って感じた。

子離れできない親から親離れできない。

何をしたらこ気持ちが収まるかがわからない。

なんとか大学合格し、家から出た。

試験会場でも途中退室したくて仕方なかったことを思い出す。

大学生活は最初から精神を病んでいた。

毎日感情的な刺激を受けてきたせいで、隣の部屋の騒音などの刺激に反応してしまう。

頭の血管が触ってわかるほど浮き出て、ズキズキして、眠れなくなる。

さら自殺した父の死体をよく思い出して、生理的に気分が落ち込む。

実家を出て数年経った今でも、文を書きながらこの症状が出ている。

講義課題をこなすのが精一杯である文字も読めない。

あーもう何もしたくない。考えたくない。

人の気持ちを考えるってことはこんなにもよくわからないものなのか。

こうも時間無駄なのか。

悩まない人間にとって悩んでいる人間気持ちなんかわからない。

逆もまた然りだ。一生分かり合えない。

本来人間はお互い抽象的なもの部分的しか理解できない。

自分は具体化しすぎなのだ人間とか今見える環境とかを具体化しても、精神が辛くなる。

記憶を消し去りたい。

せめてこの性格学問に向けられたらと何度も思う。

他人理解できない。他人なんているのか?

自分理解できる他人なんているのか?

からある不満が積もるとこうも気分が落ち込むのか。

降り積もる不安は階差数列のように増え、それが積もっていく。

この問題解決するのか?本当はどこか解決策がわかっているんじゃないか

わかっているけど、この先の未知の刺激に耐えられるか不安で仕方ないんじゃないか

本能的に楽しめるものをまだ知らないだけじゃないか

なんでこんなこと考えるようになったんだ?


最近になり、かなり昔から、閉鎖的実家からの膨大なストレスが、

自分性格にかなり影響しているということが、かなり明確に示すことができた。

自分にとってこの問題が、

いか無意味不快で人に相談しにくく、

時間精神無駄に消耗し、

自分を納得させるためのものしかないとわかってても、

納得いく解釈を探しつつけてたのは、

親との思想が合わなかった事実をどうにか納得したかっただけである

生来性格と言うのは恐ろしい。

でもこうするしかなかった。

こうしないと、その場に居なくても襲ってくるからだ。

自分気持ちを書いてそれを見直し、また書く、という生活を数年繰り返してわかったのは、

早々に自分気持ちに蓋をして、自分気持ちに嘘をついてきたということだ。

頭の中身をタイプしたり、図に書いたりして、ようやくわかった。

くよくよする性格は、自分本位で動いていないからだ。

気持ちが落ち着いてくると、文字をよみ、抽象的なものも冷静に理解できる様になる。

他人が書いた物語を見て感動する。専門知識が頭に入って感動する。

俺はここまで何も知らなかったのかと落ち込む。

でも、今までよく生きてきたと、無条件な自己肯定感が芽生えてくる。

そんなことが少しづつできるようになることが、大学に入ってからの生きがいである。

自分本位で生きたことがない」人が、心から人に好かれるということは難しい。

皆どこかで「他人に従ってもどこか違う」と思い、自分表現をするのだ。

それが自我形成というやつだ。

それを乗り越えてこなかったことが十分、身にしみてわかる。

素粒子でできている肉体に、生きる意味なんて無いってことは十分わかった。

からこそ本能が指す、好きなことをしていいと思えるようになった。

ほどほどに好き勝手に生きていいと思える。

自分のことを文字にする行為は、できて妙である

結局こうするしかなかった。

よくもまあ何日もこんなに長くて下手な文章を書き連ねられたもんだ。

最近落ち着いてみると、なんで落ち着いていなかったんだろうと思ってしまう。

その場しのぎで余裕がなかった。

焦りからくる選択ほど後悔するものはない。

後ろを見ると後悔した経験しかない。

自分の焦りに気付けることなんてあっただろうか。

いや、なかった。あっても解決策がわからず、もとに戻る。

これに関しては納得行くようになってきた。

自己欺瞞を重ねるほど自分がわからなくなる。

自分本位で行動していない。自分がないのと同じである

不安から行動するが、結局疑問を感じストレスを感じる。

書いてみると1ページで終わるような話を、どうしていままで耳にしなかったんだろう。

これは終わったことだし仕方がない。



見直すと、気が合わない肉親と18年間いたことが原因だったと今見返すとよくわかる。

原因がよくわからない鬱と診断されて、4年経ったが、

はじまり小学生からだよなーと思う。

自分が書いたことは超悲観的だが、これまで経験してきたこと全てではない、

と納得できるのは、自分自身に対する姿勢が変わったからだと思う。

最近ようやく治る兆しをみせている。

何度か兆しを見たが、今度は本当に、今までになく楽になれそうな気がする。

学校も肉親もただランダムに振り分けられた人間が配置されていただけと、やっと、心から解釈できた。

漫画とか映画とか小説かには本当にお世話になった。

本を読むのを辞めてしまったのがいけないなあ。


あれもこれも、過ぎたことだと思えるようになれた。

自分気持ちを書き表さないと立ち止まってしまうことも、よくわかった。

やっと人間らしさを取り戻した気がする。

今までどこか、頭を何かのタイミングリセットできると期待していた。

まあ解決しようにもできないもんな。

からいから。でも、もがかないと、掴めるものがあっても見逃してしまう。

放置するほど、もがく力が弱くなり、流されてしまう。

自分に近しい人にアドバイスするなら、誰もいない、静かなところで正直な気持ちを書きなぐるということかなあ。

自宅が嫌なら喫茶店でとかでいい。

環境が用意できたら、書き始める。媒体は紙でもPCでもなんでも良い。

初めてみると止まらなくなって、気がついたら4時間以上立ってたということも珍しくない。

時間がもったいなかったとは思えない達成感がある。

見直すと何に悩んでいたかよくわかって、どこか整理できていないことが悩みの種だっとことに気づく。

苦しいとは思うが、自分内面で見てこなかったことに対して、対面することだ。

対面して初めて分かるもの自分だけの発見であり、自分で掴んだものから信頼できる。

こうしてどうにもならないことに納得し、物事への姿勢は変えられる。

あと、外部の情報に目を向けるべき。

漫画喫茶で見たことのないジャンル漫画を手にとって、一日過ごすのも悪くない。

まあとにかく、映画館や図書館など、場の空気を感じられるところに行く。

そうすれば外部に注意が向く。

そこで他人創作したものを見て、視界を広げて、

自分一人がこんな思いをしているというわけじゃないということ、

他の人の、物事への解釈理解しようとする。

そうすると、だんだん自分に近しい物がわかってくると、信頼できる著者という対話相手が出てくるので、どこか楽になれる。

結局他のことを考えてもいいということ、その行為自体自分のためになっていると思うこと。

そんなことで、案外心が落ち着いて、人間そんなもんだと思えてくる。

とにかく、今の気分がずっと続くことはなく、

人は変われるということを知るには、自分の頭で行動することだ。

書きなぐるだけでも、十分自分の頭を使っている。考え方も変わる。

そのことを忘れないでおきたい。

(追記)

終わりに

自分体験から言えることは、

カウンセリングや薬だけで完治するものではないということ。

薬は脳内流れる伝達物質の取り込みなどを制御し、

カウンセリング患者気持ちを引き出す手助けをしてくれる。

風邪薬のように特定の菌を殺して治るもんじゃない。

カウンセリング適当にしても治るもんじゃない。

内面気づきを報告するとフィードバックを貰えるのは非常にありがたい)


全体を見ると、自分内面にあるものがわからなくなっているという状態に対し、

気になるもの自分の中で見つけ、解釈し、納得していくかということをひたすら繰り返していた。

ネットや本にあるものは参考にはなるが、それをすっぽり当てはめて自分が治る。というわけじゃない。

他人にとっては経験談で、参考になる手法しかない。

趣味などの気分転換でやっていけるなら、その対処法も良いと思う。


湧き出てくるものは人によって違うし、参考になる意見も人によって違うし、考え方も違う。

これを理解するのは、自分のような人間にとって難しかったし、これが頭になかったから病んだとも言える。

どういう形であれ、このような考え方を獲得することは、生きる上で重要だと思う。

キモい奴でも受け入れてくれるのがオタクコミュニティだけだったんだ

話がこじれているように思うのだ

自分の居場所にためにオタク趣味になった、友達の好きなものを好きになったキモい奴もたくさんいたように思う。

今では嫌われるだけの教えたがりの先輩みたいのも、当時としてはちゃんと先導者としての機能をもっていた。

決して、好きではないものを無理にやっていたわけではない。

ちゃんと作られているエンターテイメントちゃん面白いのだからちゃんと触れればちゃんとハマる。

まあ、それは漫画アニメゲームに限らず、宝塚だろうがスポーツ観戦だろうが同じなんだけども。

でも僕は本質的オタクではなかったのだろう。社会人になって10年もしたら、もうただのインターネットを漂う無になった。

差別されていたのはきっとオタクですらない僕たちゴミだ。

オタク差別というのは、2次的なものであるのはそうなのかもしれない。

でも間違いなくあった。そういうキモいから場所を奪い取るための、「主語のでかい全否定があふれていた。

あんたらが否定するべきは、オタクではなくて僕らだったのにね。

山口達也氏を叩くメンタル強者ども

別にわいせつ行為擁護するわけではない

お前らは本当のメンタル弱者を知らないだろ

酒に溺れるなんて人としてクソ。他に趣味でも作ってろとか簡単に言ってくれるな

趣味に関して言えば感性なんて急にかわらねーんだよそんな簡単趣味なんて作れないんだよ

自分が好きなものは他の人も当たり前のように出来ると思ってんのか?

人間なめすぎ。心の弱さを蔑ろにして断ずるな

死なないだけまし。他人迷惑をかけないで生きるほうが難しい

わいせつ行為は許されることではない

だが、酒に溺れてしまう人の心理をもう少し考えろ

酒を規制すればいいという話ではない

芸能人?今までの功績がある?だから許せということでもない

もう少し考えてくれ

anond:20180426170411

団員のだれかが趣味で買った私物って可能性はゼロじゃないかも。でも、ドローン飛ばすのも場所問題だし簡単に出来ないご時世だけどなーと思ったので嘘松かなとは思った。

anond:20180426081855

キモイ人って、具体的に何が気持ち悪い人なのでしょう?キモイ人だけだと範囲が広くて今ひとつピンと来ません。

気持ち悪い人って

次元コンプレックス丸出しの人だろうか?

電車撮影しようとして鉄道会社迷惑をかける人だろうか?

ポケモンを長時間プレイする廃人ゲーマーだろうか?

身の回りキティちゃんグッズで埋めるコレクターだろうか?

クルマお金をかけ、トヨタレクサスを乗り回す人だろうか?

サブカル以外でも、マニアなら色々いると思います

上記の人が私にとって気持ち悪いと言いたいわけではありません。気持ち悪いと不当に差別されそうな人間像を想像しました。キティラーポケモンオタク等々・・・結構だと思います。ただし、人に迷惑をかける人はNGです。


それより、気持ち悪い人と言うと、オタクではなくてオタクと直接関係のないような要素を私は思い浮かべます

ストーカーなんて典型例だし、最近問題となっているセクハラもそう。

ニュースなどで事件を見て人を馬鹿にする人だって気持ち悪い人です。

電車撮影しようとして鉄道会社迷惑をかける人も、鉄道趣味が悪いわけじゃなくて、迷惑をかけるという行為気持ち悪いです。

そう考えると、最初トピックの、オタク趣味差別されているわけではなくて、キモイ人が差別されているんだというのは何となく分かる気もします。

anond:20180426123901

賢そうな子なのに

趣味人間観察」な中二病からは抜けきれないのか…

anond:20180426131122

興味ない奴の趣味なんか分からいから、外見からオタクかどうかなんてわからねーよ

30代無職無気力引きこもりは今後どうしたらいいのか

30代無職母親と二人暮らし。未婚。恋人いない。

現状に不満を持っているわけではなかったが、こうして書いてみるとけっこうみじめな人っぽい。

一応収入はあるが、胸を張れるような額ではない。しょせん無職ちょっと頑張りました程度。

就職を考えることもあるが、持病もあるし、なかなか前向きになれない。こういう考えって言い訳なんだろうなと思って自分がっかりする。でも実際、役に立てると思えない。

年代仕事子育てに奮闘している人を見ると、つい比べてしまう。ああ自分って本当にダメだなと思う。

とにかくやる気がない。無気力状態が続いている。仕方なく目の前の仕事を片付けて、死ぬまでなげぇな~、今はまだ親も深刻な状態ではないけど介護必要になったらどうしような~、お金~、親戚もいないしな~、親が死んだあと片付けや手続きえらいことになりそうだな~、てか自分ちゃんと生きてられるんかな~などと考え鬱々している。

「親より先に死なない」以外に生きる目的がない。昔はわりと多趣味だったのだが、最近はいろんなことに興味を持てなくなった。やりたいと思えないし、無理矢理やっても根気が続かない。とにかくやる気が出ない。

せめて収入が増えればもうちょっとモチベーションも上がるんじゃないかとは思うが、なかなかうまくいかない。自分能力のなさを思い知らされる。努力不足であることは否めないが。

元気があれば何でもできるって言うけど、元気がない人はどうしたらいいのかね。どうにもならないのかね。30代なんかまだまだ挽回可能だって人には言えるけど、やる気がない人はどうしようもないでしょう。

どうしようもない。

まあ何とかやっていくしかないんだろうな。

運動瞑想睡眠野菜350g、あと規則正しい生活大事なんじゃないかとは思う。思うだけで実行できないのは甘えなんだろうか。甘えなんだろうな。

米作ってる奴が一番偉い

わたしヲタク腐女子高校生です。なので、そういう視点から文章を今書いています別に「ab禿げ萌えー」とか書く気は無いのですが、すっごく苦手な方がいれば注意してください。

結構前のこと。

「受けに結婚式ウェディングドレスを着せるのも、家で家事させるのも「受けに女性役割押し付けることに対する嫌悪感」で嫌って言うならそもそもドレスを着ること、家で家事する事を女性限定のものっていう認識を改めてみたらいかがだろうか???」(@ysz_row 勝手引用しています問題があればご連絡ください。)

というツイート話題になった。これに対して色々な意見があって、現状の社会においてのジェンダーロールや、理想としてのジェンダーロール、そもそもいわゆるドレスって女性の体格の為に作ったものからー、とか、様々な立場意見が飛び交っていて、私は結構楽しく見ていた。

自分萌えがどこから来るのか?みたいな話をするのは好きだ。「朝ご飯を作るのは推しカプのどっち?」とかそういうとりとめもない話から、その人の生活態度とか、理想(自分がそうありたい!という理想とは限らない)とする共同生活なんかが垣間見得る。すると「じゃあなんでそれが理想なの?」とかそういう話になってくる。失礼な話かもしれないけれど、二次創作作品を見ていたりすると、うっすら「ああこういう考え方・バックグラウンドのひとが書いているんだろうなー」というのが見える。それが私には楽しいのだ。誤解を恐れずにいえば、みんな萌えで気が狂って、普段大人しく粛々と擬態している人たちも、インターネットでは全裸で騒いでいるようなものだ。

話を戻す。しばらくすると、

ジェンダーがどうとか関係ねえ!!萌えることをするんだよ!」

女性蔑視だか知らないけど私は絶対ウェディングドレスは嫌だ」

みたいなツイートが回ってくるようになった。こういう(ヲタク的に言うと)『学級会』が行われる度、結局この類の「しゃらくせえ!」で終わってしまう。しかもそのしゃらくせえ、が的を射ていないし、面倒くさい議論をぶっこわすぜ、というものばかりだから、本当に残念だった。

だってそもそもツイートは「受けにウェディングドレスを着させること」の是非ではなく、「受けにウェディングドレスという『女性役割』を押し付けることがいやなら、その『女性役割』って何?」というものだったのだ。つまり、嗜好や創作に対して誰も文句は言っていなかったはずなのだ。嗜好の根底にある(今回はジェンダーに関する)見解が、あるいは差別ではないか、という話だったのだと思う。

わたしが残念に思ったのは、多分、だれもあなた萌えのもの否定していないのに、わざわざぶった斬る必要があるのかな、と思ったからだ。だって議論が鬱陶しいなら言及しなければいい話だ。ツイッターなんだから。TLに流れてくるだけで嫌…な人がいるとは、その時わたし想像出来ていなかった。いるんだろうとは思うけど、それほどなのかな?と思っていたのだ。

しばらくして、

「「正直ジェンダー論も倫理関係ないしそこにあるのは迸る萌えだけだぜロックンロール!!!」みたいなやつをもう正直全然良いと思えないっていうかそれはロックンロールじゃなくて自分の嗜好が差別搾取他者を損なう何かを含む可能性があったとしても向き合わず全てに目を瞑るひとなのではと思う。」

「ここ数日TLで出てきてるBLジェンダーロールの話が本当に辛くて、わたしはそういうBLにおけるジェンダーロールが話されるようになったこ自体がこの国のオタク文化にとって進歩だと思うんだけど、大体のひとはそういうの鬱陶しいんだなってことも分かって辛かった、BLですらこうなのかと。」

BL社会学的視野とかを持ち込まれることに過剰な嫌悪を示されるのは自分の好きなものが「差別的な価値観根底存在する蓋然性が高い」みたいなことを他人にいわれたのと一緒の場合が多いからもちろん拒否感があって当たり前なんだけど、萌えの前には関係ないってほんとうにそうなのかよと。」(いずれも@kakari01 問題があればご連絡ください)

が回ってきた。

合わせて同氏のブログも読んでいただけるとわかりやすいと思う。

http://kakari01.hatenablog.com/entry/2018/03/29/001111

そこでやっと落ち着くことが出来た。なるほどつまり、みんな「自分萌え倫理を持ち込まれる=否定された!」と思って嫌がっていたのだ。と、同時に不安になった。つまり創作者の背景や思考について考えるわたしの方がずっと少数派で、何のプラスにもならず、あるいは人を不快にさせうることをしているのではないか、と。

これは別にオタク趣味二次創作だけの話ではない。

例えばスラングモリモリのメタルコア好きな人を「こういう汚い言葉歌詞にひかれるのは普段不満を言えないか代弁者が欲しいんだ」と思ったとして(その正誤は今は問題ではないので突っ込まないでください)、それを直接言われたら確かにむっとするかもしれない。けれど、ツイッター勝手に言ったり、文章にまとめたりする程度なら、むしろプラスになりうると、そう思っていたのだ。

先述のとおり、私は高校生で、進路など考えるにあたって、哲学社会学で趣味集団を見るのは楽しいし、そういう議論ができる道に進みたいな、とすら思っていた。だからそういう面から友達ヲタク話をすることがあった。

かに思えば、腐女子友達は、「やっぱり●●ちゃんは昔から少女漫画を読んでいたのもあって、受けを大事にしたいし、紆余曲折サプライズあってだんだん違う面が見えてくるのが好きなんだねー」などと言うと「う、うん。」みたいな、そりゃそうだけど、的な反応だった。直接言われても困るよな、くらいには思っていたけれど、あるいは嫌悪だったのかもしれない。

直接言わなければプラスになる、と思っていたのは、一種分析として、学問ってほどではないけれど、成り立っていると思ったからだった。だけどそれがなんになる?マーケティングでもない、ただ勝手に人の丸裸を覗いているのが、なにかの足しになるんだろうか。

と思うととたんに悲しかった。客観視して物事を考えることが好きだ。けれど、その意味がどこにもないんじゃないか、と思って悩んでいる。思春期で考えすぎだといえばそれまでの話で、けれどそれまでにしたくないのだ。

私の好きなアーティストとあるインタビューでこう言っている。

人間社会的な動物であって、相互作用なしながら生きていくわけじゃないですか。俺は今まで、自分自意識の中でずーっとあーだこーだ言いながら、しょうもないことを考えてたんですけど。でも意味がないんですよね、それで…ご飯粒が生まれるわけでもないし(笑)そんなこと言ったら今やってることもそうですけど…まぁ米作ってる奴が一番偉いんですよ。」

もちろん彼はアーティストで、「だからこういう曲を作ったんだ」とこのあとに続くわけだけれど、この言葉が今、妙に刺さるのだ。

誰かのために生きていきたいとか、誰かのために学問をしたいとか、そういうことではないけれど、自分のやろうとしていたところが何の役にも立たないどころか、他人にとって鬱陶しいだけなら?私は人間が好きで、人を分析するのが好きで、だから、疎まれるのは結構堪える。

ここでそれこそ「しゃらくせえ!」と言える人間ならよかったのかもしれない。そうなって行ければいいのかもしれない。

「私は人を分析するのが好きなんだ!倫理とか知るか!」ってね。

まあそれが言えないし思えないからこうやって匿名でダラダラ書いているわけで。これが私の今の悩みです。全裸になって書きました。

anond:20180324143458

私も最近ツイッターしんどくなって

増田に呟いて、Instagramはじめて

ちょっと楽になった

はてブでだれかコメントしてたけど

ママ友たちの会話に愛想笑いしてる」

状態まさにそれ

増田ツイッター匿名だろ

っていうけど、ツイッター趣味仲間の

交流に使ってる人もいる

ママ友趣味仲間も嫌なら切っちゃえ

という声もわかるけど、どこかで顔を会わせることもあるし、なかなか…

絵でもぼやきでもチラシの裏かいとき

いいんだけど

電子の海に放流したくもなる

(誰かからなにかしらリアクションがあったりする)

ツイッターに集中しすぎなくなったよ

ありがとう増田

夫婦間のプライベート時間

会社行って帰って夕飯食べて風呂入って寝る。

みんなプライベート趣味かいつやってるの?

オタク差別について見てきたもの

オタク差別の件について色々の論点があって、まずネトウヨ死ねって点には、自分も完全同意だし

CRACには是非頑張って欲しいなというか、自分も周りの差別的言動に染まっちゃったオタクを注意したいなと思うんだけれど

オタク側の事情を知ってほしいよなあ、これ書いてないとこの後オタク周りの状況が随分後退するよなあ、ということを思ったので書きたいです。

文章とかあまりかかないので、正しく書けるかは分からないんですけれども。

オタク定義に関わるから自分認識しかないけど歴史を書きたいわけです。

まず自分は「君は根暗だね」と周囲の人々から言われるようになってから、「オタク」として自覚しなければならなくなった一人。

そういう一人のオタク認識しかないものなんだけど、自分の見てきた物を自分視点で書きたい。

(正しいことが違うなら、正しい歴史情報がほしい。ただし、今でも昔の新聞を調べると「根暗オタクという人たちがいます」は見かける。)

自分は何の根暗だったかというと、"コンピュータに周りよりも詳しい"ということで根暗と言われた人です。

もともと自分にとっては大体、小学校高学年〜高校生くらいの頃のことなんだけども

当時はコンピュータを触る人とか、上手な漫画風のイラストを描く人とかは根暗というのに、その人が名乗らなくても分類してよいという風潮がありました。

自分の従兄弟の兄もコンピュータが得意で、それもやっぱり根暗と呼ばれていましたから、これは子供だけの世界じゃなかったと記憶しています

からコンピュータお下がりでもらったんですけれど、今では仕事にしてやってます大事な兄でした。

ちなみに従兄弟の兄はその後自殺しました。まだ20代だったと思います

で、根暗と呼ばれるというのが唐突にされて、その後に「根暗という分類を与えられた人は、感じの悪い暗い人です」という

根暗」という言葉の響きについてる意味でもって、自分のことを解釈されるようになるんです。

根暗=悪い人」 かつ「(何かの能力を持ってる)=根暗」かつ「自分=(何かの能力を持ってる)」よって「自分=悪い人」

・・・って形のイコール勝手につながる感じなんですね。

この(何かの能力を持っている)の部分は、はじめからすごく曖昧に広く取られていて、

コンピュータとか、数学とか、絵とか、化学とか、カメラとか、大体そういうところに優れている人は根暗だった。

あと、こういうのとはまたちょっと趣が違うところでは

(何かについてとても詳しい)人たちも根暗と分類されていて、アニメとか、電車とか、そういうのに詳しいことが根暗だった。

実際には自分コンピュータが得意なだけでしたし、それまでは友達とかも居たんですけれど、根暗と分類されてからはそういうのはダメでした。

ちなみにコンピュータは確かに趣味でしたけれど、それを辞めてみせてもこの根暗って評価は消えませんでした。

実際に「暗い感じの雰囲気を持っていたから」なのでしょうか。

しかしそうだとして、カツアゲを受けたり、教師から「君が根暗なのが悪い」と言われる理由としてはおかしいんじゃないのかと思う。

で、これ自体イジメなんだけど、イジメというのは、基本的学校社会イジメという構造があって

そこに"イジメても良い人の分類"を書き加えることができて、

"イジメても良い人の分類という扱いを与えておくと社会的に得をする人たち"というのが居て、

ある日突然そういう人たちから、新しい"イジメても良い人の分類"が立ち上げられることによって、

そういう分類に位置づけられた人たちが全員、お金学習する機会を毟り取られる、という仕組みになっているように自分には思えてなりません。

なんというかあれは、自然発生的なイジメと違って、テレビ根暗と言う言葉が出てきてから

一斉にどこの学校でもその分類が理由イジメられるみたいな状態になってたと思う。それでテレビが嫌いだったりするんですけれども。

あと、兄についていうと「コーダーさんたちは"根暗"なので給料を安くてもいいし、"根暗"ってサボッてるようにみえからもっとコキ使ってもいいよね」という趣旨お話は、面と向かってあったようです。そういう取扱が苦しかったんだと思います別に兄は話したら数学とかわかりやすく教えてくれて聡明な人だったし、職場でのことは知らないけど、悪い人じゃなかったとは思う。

今でもプログラマってそういう扱いがあって、本当に上位1%みたいなハッカーたちとか、

スーパーエンジニアって言われるいかにもイケメン写真写りの良い特別扱いの人として分類されなければ

専門技術提供していても給料安いんですよね。多分、絵描きさんも。ただしこれは何故かWeb系は違うかもだけど。外資が強いから?

といっても今は比較的マシにはなったんじゃないかな。これはそういう形で根暗って言葉が、なんというか、社会的に「活用」されていたことの爪痕なのだと思います

それから何処かのタイミングで、オタクって言葉が出来た。

それまで自分たちは世の中に"根暗"って言葉でまとめられる感じで、

根暗には最初から心魂が暗く悪い人間であるという意味が入っているんだけど、

オタクって言葉はそういう響きだけは、とりあえずない。

から自分オタクと言う言葉自分を呼ぶことに飛びついたわけです。

それからパソコン通信とか、その後のインターネットで見つけた仲間の間では「自分オタクで」って名乗るようになった。

自分が「オタクで」って名乗るのは、「根暗で」っていうようで、少し抵抗もあって、皮肉意味を乗せながら「オタクで」って名乗ってた。

このオタクって自分を呼んで集まれ場所パソコン通信だったと思うんだけど、それで当時凄い自殺考えてたのが救われた。

この辺でハッカーって言葉もよく耳にする用になった覚えがあって、詳しく調べて自分グルーになりたいなとか思ってたのを覚えてる。

ただこれもテレビですぐに「根暗」と同じような報道があって、「オタク社会問題です」って言われだすと状況が凄い悪くなって

自分は人よりも少しだけコンピュータに詳しいだけだったんだけど

ロリコンなんでしょう?」と言う質問を貰ったり「犯される」とかいって逃げられたりするようになった。

こういうとお前もロリコン差別するのかとか言われそうだけど、そういうことじゃなくて、

自分はそういう人じゃないんだけど、そういうものだって勝手に分類されてしまう。

それにこれには「だから君を殴っても良いよね」とか「だから君はパシリに応じるべきだ」とか

「だから君は不採用だ(技術オタクはほしくないんだよねえ)」とかそういうことが、言葉の後ろについてきてるって経験をした。

高校卒業社会人くらいの頃だと思う。

自分というもの意味勝手に定められる感じだったし、経済的にも、その技術に「長けている人ほど」安い給与でも仕方ない、みたいな取扱があった。

理不尽なのは技術を持っていることをアピールするほど就職面談とかで、弾かれることが増えるということで

技術のことは皆目分からないけどコミュニケーション自分は優れていますオタクじゃないです、というアピールをしないと仕事が手に入らないフィルタがかかってたんです。

オタクだと弾かれる。

後これに関連するところで、隠れオタクみたいな人たちがいて、あれって隠れないと何か言われるから隠れているんだけれど、

隠れるって、ただオタクと名乗らないとかじゃなくて、

人々が「君はオタクだね」と呼ぶ能力を隠して見せないようにしてるわけです。

コンピュータ詳しいのは、最近すごく状況が良くなって、隠さなくても良くなったけど

昔はコンピュータ詳しいこととか、コンピュータに関心あること自体さないといけないことで、

見せたら絶対にまずかった。でもそれ自体理不尽じゃないですか。

それでこの辺でオタクコミュニティみたいなのに自分も入るようになってくんだけれど

当時のオタクコミュニティってそうやって根暗って勝手に呼ばれて押し込められた感じの人たちの、いろんな個性が集まってる凄い場所だった。

自分比較メジャーオタク(コンピュータオタク)だったけど、そうじゃない人もたくさんいて。

で、そういうオタクたちが、たまたま持ってる能力理由オタクとして押し込められていたから、インターネットで一箇所に集まることができて

その押し込められる原因になった能力をつかって「作る」ようになってったというのを覚えてる。CGIで作られた掲示板とか、そういうのがたくさんあった頃。

しぃお絵かき掲示板とか、そういうの。自分も設置して絵を描けるようにして絵描きさんとかたくさん集まってもらってワイワイやってたことを覚えてる。

それにインターネットじゃなければ、コミケットみたいな場所とかあって、それでとにかく集まって作るみたいなのがどんどん活発になって。

で、作るならもちろん好きなものについて作るのがよいわけで、魔法陣グルグルファンサイトとか、えここのファンサイトとか、

プログラマならCGI掲示板作る方法でKentWebとか改造するの楽しんだりとか

「何か with 偽春菜」でSSTPBottleみたいな名前サイトとか、名前忘れちゃったけどDelphiコンポネント集まってるサイトとか、

そういうのがすごく混ざって出てきた記憶がある(どういう順番でどういうのがあったのかもう覚えきれてなくて時代曖昧なっちゃうんだけど。)

そこの中には、あめぞうとか、2chとかもあったみたいなんだけど、自分はその空間はいなかったから分からない。語れる人に語って欲しい。

なんというかそうやって、僕らはインターネットに住み始めた。リアルではひたすら抑圧されていた色んな力を発揮できる初めての空間に感動していた。

で、で、この中で出てきたのがネットマナーみたいなローカルルールの考え方だった。

ネットマナーの要旨は2つあって、1つは他の人に自分がされたら嫌なことはしないようにしましょうね。という普通マナーなんだけど

もう1つがオタク向けのサイトで語られる物で「オタクはただでさえ偏見の目で見られやすいから、むしろ人間的にまっすぐありましょうね」と言うもので。

オタクである管理人さんが直接これを言う。例えば「トップページ」があって「このサイトで見たもの理由犯罪を犯す人間はこのサイトを見るな」って必ず書いてあった。

場合によってはそういうの無視して変なこと言い出す人とBBSで戦ったりもしてた。

これはリアルで色んな人に会う時にも必ず口にすることで、オタクかくあるべし、とオタクの中でルールが決まっていったのを覚えているし、

自分もこれを新しく迎え入れたオタクに語った覚えがある。これが自分たちオタク社会への反論だったと思う。

オタク(根暗)=悪い人」の部分のイコールを崩したいというのが根底にあったと思う。そういう戦いだった。

この頃に、ああこれまで受けてきた仕打ちや、兄が死んだのって、これが差別だったんだなあと、じんわり理解するようになった。

基本的にこの戦いは

1.押し込められた能力を発揮して「良いもの」を作る。

2.「悪い」と看做される要素を可能な限り排除する。(オタクならマナーを守る)

3.「オタク」になりたい(=オタクの生み出す「良いもの」を取得したい)人たちを迎え入れ、自らもオタクと名乗るように促す

という3本柱だったと思う。「オタク=悪い人たち」のイコールが、イコールじゃないことを社会に示すのが目的の戦い方だった。

こういう戦い方をしてるからオタク自分自身の人権を守るのに、表現の自由がとても重要になる。

戦いで根底にある「良いものを作る」が塞がれると何もできなくなっちゃうから

それでこの戦いなんだけれど、なんというか、ある程度は勝ったんだと思う。だから今、当時からすると信じられないくらいに、暮らしやすい。

ただ一方でこれは自分が "プログラミングオタク" だからかもしれないと、思うことがある。まだアニメオタクたちは、暮らしづらいんじゃないか

なんというか、プログラマって、格好いい職業として「オタク」たちから、切り離されたんじゃないか

つのまにかプログラマはいわゆる「名誉白人」になってないかな?って。

で、勝っていく過程で、3本目の柱が理由で、オタクコミュニティに人が集まりだした。

それで方針通り、全ての人を受け入れるのが基本で、オタクの持ってるものの良さを知ってもらい

あなたもまた自分たちと同じものが好きな「オタク」だね。って。マナーだけはなるべく守ってね。と

これはこれでよかったんだけど、じわじわと1と2の柱を守る意味が分からないオタクが増えていくんだよね。

そういう人たちは当時は"ニワカ"って呼ばれてた。ここでディープオタクとそうじゃない人の間に衝突が結構あったよね。拡大に伴う内戦みたいなもので。

なんで衝突したかっていうと、多分彼らはオタクって言葉自分選択した人たちだからだと思う。

この戦いでオタクになった人たちは、社会からギュって押し付けられてオタクになったわけじゃない、純粋趣味なのよね。

から彼らは確かにオタクであることを辞めることができる。自分たちとはそこがちょっと違う。

はいオタクとして、彼らを受け入れたコミュニティの流れを恥じるつもりはないし、

"ニワカ"だって立派に自分たちと同じものが好きな同じオタクだと自分は思うんだけど。

社会には色んな人がいていいし、それは自分たちも含めてそうだし、オタク度の深さで区別される必要はないし、

今で言えば在日の方への差別とか、そういうのはおかしなことだ、というの、そもそもハッキリ当たり前のことなわけです。

でまあ実際そういう議論をたくさんしながらオタクコミュニティって、進んでいったと思うんだよね。

明確な中心はなかったけど、そういう言葉が広がってたのは覚えています

でもそうだなあ。どの辺だったかな。前後するかもしれないんだけど、どっかのタイミングからじわじわとこのコミュニティ侵食されてったのは覚えています

剽窃みたいなことをして、描いたキャラ絵に政治的文句乗っけて勝手に使うみたいなのをいろんな場所で目にしたよね。

コラージュから凄い下手なんだけど。凄い最近だとComiPoとか使ったりしてそういうの描いて出してて。

なんていうか二次創作で盛り上がってるオタクが言うのもどうかと思うけれど、

あれは二次創作じゃなくて、オタク文化の剽窃しか言いようがなくて、独特の下手なデザインで、

キャラについて、特にこだわりを持っていない人がやってるのが分かるというか。これがいわゆるネトウヨ

(なんというか、上手く言えないんだけど、彼らは本当に"オタク"なの?少なくとも社会からオタクと言われてオタクになった側の"オタク"なの?彼らをオタクだと認識したことすらないよ。自分らの描いた画像勝手に持ってった人たちじゃん。)

それでオタクコミュニティでは、そういうの追い出す目的で "政治の話はこのサイトではしないでください。" みたいなネットマナーが増えてった覚えがある。

ただ政治的主張について考えることが好きな一群が段々彼らに説得されて盛り上がりだした。

それが現在状態で、で、いつの間にか自分たちオタクは "彼ら" の政治上の肉の壁みたいになってる。

この状態をなんとかするにはどうするのがいい?

周りの注意くらいから始めるのがいいかと思うんだけど、初期の政治が混ざってくることへの対策もあって

"政治的な話は違うサイトで"がデフォルト認知になってるので話せる場所がまず難しい。

あと自分プログラマコミュニティにいて"もはやオタク認識されていない"というのも厳しい。

なんか思い出すと、かいててすごくつらい。雑文になってしまったと思うのだけど、とにかくこういう経験はしたよってこと。

同じ経験をしたオタクと名乗らざるを得なかった人って、たくさんいると思う。

今ではコンピュータに詳しい人は攻撃されて当然って状態じゃなくなったのは本当に良かった。

けども、同じオタクたちに、道義的責任も感じてしまう。

コンピュータを扱うのはオタク定義からはずそう、というのはなんというか

オタクコンピュータって技術を握ってる状態は不味いって考えで、

オタク定義から外すのを社会側がやってったって感じが強いのが不満。

色々な所でプログラマオタクは違うんですよ、プログラマからといってオタクとは限らないんですよって言葉を聞く。これは逆だよね。

オタクというと、具体的にはプログラマとか、そういう人たち。。。だったのを切り離して自分らだけ違うって言っちゃってるよね。

あとは一般オタク差別主義者だってことになってしまうと、基本的に"オタク"のうち少数派になってしまっているであろう

"社会からオタク認定されていて、オタクであるということを自らの意思で辞められないオタク"だけがダメージを食らうことになる。

まり社会から認定された"オタク"の定義は"ある能力があること"なのであって、"趣味を持っていること"じゃない。

"政治のためのオタク者"が逃げられるのに対して"オタク"は逃げられない。そうしてオタク差別が始まる懸念が強い。

とにかくとりとめがなくなっちゃったけど、ともかくこういうサンドバック状態にあって、

一度押さえ込んだオタク差別が復活するかもしれないなあという懸念と、

そういう状態にしてくれたネトウヨ許すまじって気持ちとがあるんだよなあ。。。

とある長編ドラマの主演の話

主演、または座長と呼ばれる人達は、内外でしっかりしなくてはならないと私は思う。

たとえそれが、演技初めてのド新人であっても、大御所であっても。

俳優」という職業についているからには少なからず「プロ意識」を持っていてほしい。

から書くのは私のただの愚痴です。

半年以上かけて追いかけた長編ドラマの主演の子に対する、溜めに溜め込んだ愚痴(笑)

最後まで追いかけられたのは、主演ではないほかの役者が好きで追いかけていたからです。

長編ドラマ、と書きましたが

子供夢を与える通年番組と書けばなんとなく分かっていただけるでしょうか。

私はそこの主演の俳優さんに、もやもやとしたものを溜めつづけてきました。

彼はこの番組俳優としてのスタートです。そう思って何度も許そうとしてきました。

事の発端は、週刊誌記者に、同じ現場仕事をしている女優と泊まりデート?という記事を書かれたことです。

それが放映期間中で、かつ、土曜日日曜日は彼らみんなで舞台をやっていて、そのあいだに写真を撮られました。

その時は、駆け出しなの可哀想、という気持ちが先行していましたが今にして思えば「プロ意識が低すぎる」です。

男と女が泊まっただけで騒ぐのか、とも言われました。付き合ってなかったとしても、そういう目で見られるのは確実なのに、放送間中舞台の途中にそういうことをするという行為自体軽率だと思います

次に、板の上での態度です。

舞台や、ライブイベントナマモノです。その日その回でしか見られないこともあるし、そこしか見られない人もいる。

そういう人達気持ちを考えていないような発言や行動が見受けられました。

舞台公演中に自分身体アクシデント(右目にゴミが入ったこと)を主張して話を止めたり、アドリブで彼本人の趣味であるゲーム台詞を入れたり、

公演後、はけるときに「帰ってモンハンをする」と言ってはけたり、

『ここはあなた本人の自己主張をする場所ではなく、キャラとして立ち居振る舞うことを求められている場所だ』

ということをまるきり分かっていないようでした。

基本的に、子供がいる前ではキャラクターでいなければいけない、という感覚を、彼は持ち合わせているのか疑問に思います

今日は初回だったかミスもありましたが、この先もっと良くしていくのでまた来てください」と発言したこともありました。

あなた達のリハーサルに、お金を出して付き合ったんじゃないよ、と思いました。

ミスはあったとしても、向上心を持ってやっていきたいです、って言えばいいんじゃないの?って思います

ミスがあったことを、堂々と言えばいいってものではないですよ。

それから、周りの俳優さんたちは、主演をとても持ち上げてくれていました。

大将だとか、彼のためなら何だってしてあげたいとか。

その俳優さんたちの気持ちはわかります。そうさせる何かがあったのかもしれません。

でも、私には、甘やかされているようにしか見えませんでした。

だってとてもじゃないけど、作品ファンとして、主演の俳優さんのことを、

主演です、って胸を張って紹介できないです。少なくとも私は。

それでも私が好きな作品あなたのやっているキャラクターには罪はなくて、共演者も甘やかしすぎとはいえなにか罪を犯したわけでもなく、私は最後まで作品を追いかけました。

最後まで、好きになれることはなかったな。

ここまで書いたら大体誰のことを言っているのか特定されてしまうと思うので、もうひとつ

彼、ずっと、戦隊決まってからも、「仮面ライダーが好き」って言ってたんです。それ自体は責めません。

でもある時、そのあとに、「戦隊も好きですよ、後付けで」って言ったんです。馬鹿にしてるでしょ、って思いました。

後付けで、って言って笑いを取りたいんですか?

申し訳ないけど笑えないよ。だって本当に後付けだもん。

最後イベントの日、彼は「仮面ライダー戦隊を見て俳優になりたいと思いました」って言ってました。いきなり戦隊も入ってきたなあ、ということが気になって、内容が頭に入ってきませんでした。

そもそもあなたが「この公演しか見ない人もいると思うからお礼を言います(意訳)」だとか、今さら言っても、誰かに怒られたんだろうなあ、本心なのかな、って疑ってしまうんですよ。

だって、今までの態度が悪かったから。

なんかよくわかんなくなってきたのでそろそろシメたいです。

最後イベントの日に「YouTubeで上がってた動画コメント欄みたんだけど」と言っていました。もしかしたら予告とかの公式のものかもしれないけれど、そういう言い方は違法もの公認しているように聞こえるので、言わない方が良かったと思うな、と思いました。

これが最後

作品名前を残すために売れたい、と言っていたけれど、本当に国民俳優になるくらい売れたら、その時は認めて許してあげようかなと思います

彼らのファンになったキッカケは、ファンの中でも評価が高いコンサートDVDを見たことだった。歌、ダンスなど全てに妥協なく取り組んでいく彼らの姿勢を好きになった。彼らの素晴らしいパフォーマンスを見ていると日々の嫌なことも全て吹き飛ぶようだった。

よくいる「顔がいいだけでしょ」とのたまう女の趣味ケチつけてくる輩もいたが、彼らを応援したい気持ちに陰りはなかった。

しかし、だんだん違和感を感じるようになってきた。昔、放送してた冠番組素人女の子に「ブス」と言ってる場面やアイドルよりも他の仕事を優先する素振りを見せるなど、彼らの行動の端々にホモソーシャル的な考えがあることに気づいてしまった。

ファンあくま一方的応援してるだけなのだアイドルだって人間だ。神のように完璧ではない。分かっている。分かってはいるが…やりきれない。

彼らは私たち夢を与える仕事をしていると思っていたし、事実メンバーも口々にそう言っていた。

彼らのパフォーマンスをいまでも素晴らしいと思っている。一方で彼らもまた女を攻撃するような輩と同じ考えを持つのかと思うと失望していた。

一旦距離を置こう。時間が経ち、気持ちの整理を自分なりに出来た時、また密かに応援しよう。そうして数ヶ月が過ぎていた最中の昨日のニュース。私が好きなグループではなかったものの、やはりあの会社ホモソーシャル思考に侵され、それを改善しようという気は微塵もないのだなと分かるには十分だった。

それにしても怒りが湧く。なぜ未成年お酒を進めたの?なぜ未成年キスしようとできるの?未成年強要することで相手男性への恐怖で生活がままならなくなるほどの影響を与えるとなぜ思えないの?46歳だよ?それが犯罪行為だとなぜ思えないの?お酒のせいにしても犯罪犯罪だ。あなたしたことメンバーや他のグループ迷惑がかかると思わなかったの?ツイッターmetooハッシュタグとともに多くの女性が傷つき抑圧されてきたことを表明しているのにあなたは何も考えなかったの?

何よりも許せないのは夢を与える仕事だと言っていたのに性暴力という最悪の形で彼が女性を抑圧してきたことだ。夢を与える仕事とは真逆裏切り行為である

今、私の中にあるのは深い失望しかない。

俺の知る限り、オタク差別なんてほとんどなかったけどなぁ

昔の、冬の時代(と言われる時代)を生きてたけど

キモがられるのはそれこそロリコン向けのアダルトものとか

人の話聞かず勝手にキレたり

今でも疎まれるような体臭デブとか

コミケ帰りに悪ノリの酷いセクハラ紙袋見せびらかすような

そういう系統オタクだけでさ

別にガンダムマクロス見てようが

「やーいオタク」みたいなテンプレ差別受ける事なかったぞ?

 

自分進学校に居たからかもしれんけど

リア充自分オタク趣味面白おかしく話のネタにしてたし

 

オタク差別を受けてた人って

要はそういうコミュニティに属してただけなんじゃないの?

不良とかルンペンとかが徘徊するような地域に住んでたりさ

 

かにテレビじゃワイドショーとかでひどい扱い受けてたかもしれんが

それ言ったらホモホモ男とか

女が当たり前にゴールデンで脱ぐ表現もそうじゃんとしか

つうか君らの好きな漫画にも憎悪表現沢山あるやんとしか

 

そういうやべー場所じゃ、オタクのみならず

当然女もLGBT外人差別受けてたし

まり自分らだけ被害者意識肥大化させるのって俺は違うなと思う

 

以上、ジョジョ立ちより金田パース古参から意見でした

手に職つけてる人間からすると、オタクってすごいウザい存在だよな

例えば車掌とかさ

業務上電車に詳しくならざるを得ないけど

それを勝手オタクプライド()活動してるオタクどもが

「彼らもぼくらの仲間だ! ドン!」

とか同族認定してくるわけだ

でも鉄オタとかああいキチガイ連中と一緒くたにされるのは

だっていやじゃん

 

電車アニメも好きかもしれんが

ハイソな他の趣味(オタクから意識高とか言われて侮蔑される)や

アップル製品スタバだって手を出してる奴もいる

勝手同族認定されて

自分趣味をけちょんけちょんに貶される身にもなってみろよ

 

LGBTとか

穏健派フェミニスト保守派とかが

最近過激派距離を置きたいような気分

あれに似てる

2018-04-25

アニメ全部見てる奴の感想とか信用できんでしょ

「今週発売された全てのAVを見尽くした男のAVレビュー」ってのがあったとしてさ、そんなの信用できるか?

誰にだって趣味趣向ってのがあるんだからさ、見ても絶対楽しめないだろうなって感じる作品絶対多少はあるはずじゃん。

それをわざわざ見てレビューする奴の意見なんて信用できるか?

もう義務じゃん。

義務アニメ見てるやつの意見なんてあてにならねーよ。

義務感で興味ない娯楽を消費するなんてそれもう仕事じゃん。

仕事感覚で娯楽レビューとかそんなのGAMEWITHのリセララキングファミ通クロスレビューみたいなもんだぞ。

そんなのを信用して良いのか?

無理だろ。

俺が思うに、信用できるのは全アニメの2割~8割を見てる奴だね。

2割切ると少なすぎてアニメ同士をちゃんと見比べてない井の中の蛙みたいなレビューになるんよ。

逆に8割まで来ると、まあ異常者だよね。

異常者同士の中では信用できるって扱いかも知れないけどね。

んでもって10割はもう完全に駄目だよ。

異常とか正常とかじゃなくて、アニメに求めてるものが違うんだもの

全部見たって言うことが目的になってるの。

プラチナトロフィーのために攻略サイト見ながらゲームの隠しアイテムを興味なさげにコンプリートしようとしてる人と同じだね。

それはもう、信用出来ないでしょ。

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