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はてなキーワード: 自分自身とは

2018-04-23

生きる意味とかってどう考えてます

素粒子逐次入れ替わって意識だけ残っている自分自身の体や心についてどう思っている?

生きる意味なんてないのは分かって、感情なんて長い目で考えればいっときのもので、

でも気の合う他人との対話面白いと感じて、

自分の頭で考えて、議論して、仕事して、

たまに絵画音楽を鑑賞したり、作ってみたり、自然現象の動きを考える。

でも結局死ぬ

自分死ぬまでにやりたいことは何?と聞かれれば、まだ認識していないもの認識したい。

生理的に無理なものは十分に経験してきたと思う。

家族教師不快な思いをぶつけられたり、そういう人間自殺して、死体を見せられたりして、でもどうにか立ち直れた。

その時無限に湧き出てくるものをどうにかしたくて、自然科学宇宙物理学世界史哲学の本を読み漁り、いろんな小説漫画も読んだ。

勉強という形でなく、気持ちをどうにか、とりあえず自分の疑問が解決出来るようになるまで突き詰めた。

今までにないダメージを受けて、頑張って自分で考えてきたから、もうそういう経験は慣れすぎた。

他人が全力で考え表現してかいものを見て、自分表現した。

話題になるなんてどうでもいい。自分認識できるのは自分が思う他人のみなのだ

それでももどかしい思いを持った他人自分に対して、

自分もっとうまく伝えられるような、物語とかの表現をしたつもり。

文字や絵や音というものから本能やありそうな経験に語りかけてくる自然現象、その表現が好きだ。

それを追求することを職にしている人はすごいなあと思う。

自分には真似できないかなあ。

自分は何も気にしないまま表現するのがやはり好きなのだ表現表現として割り切りたい。

自分の好きなものを突き詰めて、気がついたら、

前人未到!未知の純粋な世の中の法則を見つけて、言語化した!

んなもの幸せなのかなあ。

後世に面白いと思う思考を伝えるのがいいのかなあ。

年増の研究者とかそんなことを考えるのかなあ。何考えてんだろ。

最近そんなことを考えて書き連ねて、1日が終わる日も少なくない。

今のところやりたいことは、グランドキャニオンとかオーロラとか、

生で見たことない自然現象を、今分かっている自然科学知識を得た上で見てみたい。

何もしなくても本能的に感動するものに対して、

より満足感を得られる行為を続けていきたい!

日本だと…東尋坊とか面白い形をしていた気がする。

金は…まあどうにかなる?

後楽器を弾けるようになりたいなあ。

一人でのんびりと静かな場所で弾きたい。

最後になりますが、オススメの本とか、自分の行動の分析とかあったら教えてください。

かに僕の文章を好きだと言って欲しいときに僕の語ること

最近、新しいパソコンを手に入れた。

影のように冷やりとしたそれは、彼女が僕にプレゼントしてくれたものだ。

「進級祝いに」と彼女は言った。

僕はほんとうは留年をしたのだけれど、そのことには触れなかった。

いくら真実を言っても、人はどこにもいけないのだ。

そうして、僕は彼女と寝た。

この無口な新しい同居人に慣れるためにも、これからは、鳩時計のように定期的に日記を書き続けていきたい。

そんなわけで、僕は時の淀みの中ですぐに眠りこもうとする意識ビール煙草で蹴とばしながら、この文章を書き続けている。

ここで文章が終わってしまうのは、いかにもハンバーグの下に敷かれたスパゲッティのようで、味気ない。

自己紹介も兼ねて筆を進めて行きたいと思う。

僕の性別男性、歳は二十代前半、大学生をしている(授業にろくに出ずに籍だけを置いている人間大学生と呼んで良いのであれば)。

僕の不徳の致すところにより、これから先数年は学生身分を続けなければいけないことになっている。

単位から逃げられないし、逃げるべきではないのだ。

僕は、文章を読んだり書いたりする事が、春の熊くらい好きだ。

もっとも、僕の作文能力や長文に対する集中力は、近年流行った短文型SNSにすっかり毒されてしまっているみたいだけれど。

それに対して、言語を介さな思考というものには、滅法弱い。

図や数式といったものを、そのまま扱って思考することが出来ないし、スポーツをするときも、身体の動きを文章理解しないと再現できない。

言葉を介さな思考をするくらいなら、ボールベアリング歴史とか、ウクライナ鉱物資源分布状況とか、そんな話をしていた方が、まだましだ。

なんとも生き辛い脳の性質をしている。

文章であふれた場所は、冷えきったビールと同じくらい好きだ。

疲れている時は、幼稚園児が春の昼下がりに書いたような文章に浸り続けるに限る。

Twitter最高、Instagramなんて「クソ喰らえである

大学になる前の憧れは、モノ書きになることだった。

もう少し今よりも若者らしい服を着ていた頃の僕にとって、大学生とは、ヒマな時間を腐るほど持て余し、自らの趣味に没頭するものだった。

から大学生になった自分は、上質な文章に触れ続け、いつかは自分自身で上質な文章を生み出すようになると信じて疑わなかった。

しかし、実際の大学生は、勉学、部活動やその他の雑務(そう、そこにはもちろん、女の子と寝ることだってまれている)に忙殺されてしまものであり、とても自らの趣味を極める余裕などないのである

少なくとも僕には、デレク・ハートフィールドの墓を見つけるよりも難しい。

この話を聞くと、趣味時間も十分に取れないほど勉学や部活動に熱中することが出来て幸せではないか、と考える人もいるだろう。

オーケー、いいかい?

「忙しいという感情は充実の証明だ」

そのように考える人間は、思春期ハムスターみたいに、回し車を回し続ければ良い。

きっと、焼きたてのパンを日だまりで食べている人のように幸せになれるだろう。

忙しさというものは、時間を圧迫するだけではなく、ヒトが自由時間創造的な行動をする気力を奪う悪魔なのだ

今日からの僕は、隠し味を入れたパスタのように一味違う。

このはてな匿名ダイアリーという戦場で、忙しさという悪魔に打ち勝って、自らの創造性を再獲得するのだ(僕がかつて創造性を持っていたかはともかくとしても)。

これくらい文章を書くと、生まれて初めてパソコンに触っても、丑三つ時のコウモリのように自在タイプすることができるようになることが分かった。

今日は、この辺りで筆を置きたいと思う。

(そろそろパスタが茹で上がった頃だ。)

これからは、気が向いたら何かしらのテーマを持った文章を書きたい。

二日酔い迎え酒をしながら書いたようなこの文章にも、ブックマークしてくれると嬉しく思う。

anond:20180422154919

「誰か、僕の文章を好きだと言ってくれませんか」を読みやすくした

タイトル :

誰か僕の文章を好きだと言ってくれませんか

本文 :

 最近、新しいPCを手に入れた。進級祝いだと言って彼女プレゼントしてくれたものだ。こいつに慣れるためにも、これから定期的に日記を書き続けていきたいと思っている。

 と、ここで終わってしまうのも味気ないし、自己紹介も兼ねて筆を進めよう。僕の男で歳は20代前半。大学生をしている。不徳の致すところにより、まだこれから数年は学生という身分を続けなければいけない。文章を読んだり書いたりするのは好きなことのひとつだ。もっとも、僕の作文能力や長文に対する集中力は近年流行った短文型SNSにすっかり毒されてしまっているみたいだけど。

 僕は言語を介さな思考というものにめっぽう弱い。図や数式といったものをそのまま扱って思考を進めることができないし、スポーツでも身体の動きを文章理解しないと再現できない。なんとも生き辛い脳の性質だ。そのかわり文章であふれた場所は好き。疲れている時は思考力を使わないような低レベル文章に浸り続けるに限る。Twitter最高、Instagramなんてクソ喰らえである

 大学に入る前はモノ書きになることが憧れだった。若かりしころの僕は、大学生というものはヒマな時間を腐るほど持て余し、自らの趣味に没頭するものだと考えていた。だから大学生になったら上質な文章に触れ続け、いつかは自分自身で上質な文章を生み出すようになると信じて疑わなかった。しかし実際の大学生は勉学や部活動雑務忙殺されてしまものであり、とても自らの趣味を極める余裕などない。少なくとも僕には難しい。

 この話を聞いたら、趣味時間も充分に取れないほど勉学や部活動に熱中できて幸せじゃないか、と考える人いるかもしれない。しかしそんなわけないだろう。忙しいことが充実の証左たるわけがない。そんなふうに考える人間はハムスターにでも生まれ変わり、回し車で走り続ければいい。きっと幸せになれる。忙しさというもの絶対的時間を圧迫するだけではなく、ヒトが自由時間創造的な行動をする気力を奪う悪魔なのである

 でも今日からの僕はこれまでとは一味違う。このはてな匿名ダイアリーという戦場で、忙しさという悪魔に打ち勝って自らの創造性を再獲得するのだ。

 これくらい書くと生まれて初めて触ったMacでも割と自在タイプできるようになることが分かったので、今日はこのあたりで筆を置きたいと思う。これからは気が向いたら何かしらのテーマを持った増田投稿するから、この統合失調症文章ブックマークしてくれると嬉しい。

まぁ、フィクションの続きだから聞いてくれ

これを読む誰も覚えてないかもしれんけど…

anond:20180416142844

を書いた増田だけど、日曜にBに会ってきた

昨日とは限らないけど、まぁ日曜ね

Bは、落ち着いて話の出来そうな、半個室タイプカフェを予約してくれていた

こういうのに気を使ってくれるのはとてもBらしいと思っていたけれど、今考えたら私への好意がそうさせてきたのかもしれない

とりあえず落ち着こうと、二人ともその日のおススメと書かれた珈琲をたのん

酸味が強くて私の舌には合わなかったけれど、気分的にはぴったりだった

少し落ち着いて、まずは私から、私の気持ちについて話した

以前からAを好きだということ、

Bの気持ちを知りながら無視してきたこと、

4人で居られることを優先したいと思っていたけれどAとEが付き合いだした今それは難しくなったような気がしているということ

Bも改めて気持ちを話してくれた

学生の時からずっと(!)私を好きでいてくれたこと、

私のAへの気持ちに薄々気づいていたはずだけれど、自分気持ちもあって気づかないことにしていたこと、

AとEが付き合いだすまでは、4人で居られることを優先したいと思っていたこ

まぁ、似てるよね

あえて似るようにBが言ったんじゃないかとかちょっと疑ってしまったくらいに

そもそも、いったいなんでBは私のことが好きなのか、と聞いた

好きになってもらったのに申し訳ないけれど、私はEと違って決して美人ではないし

なので、Bの返事は意外だった

「F(私)は、俺にとっては、今まであった誰よりも可愛くて、気が合う女性なんだ」

そんなこと、他人に言ったらブス専だと思われるよ


私はこの時点で、やっぱりBと付き合おうという気持ちになっていて

こういう形で始まるお付き合いでも良いんじゃないかという気はしてる、と言ってみたり、

これで付き合わないとしたら理由は顔の好みくらいしかないよねと笑ったり(これ、今考えると顔が好みじゃないって言ってるに等しいな…ヒドイ…)、

から「お試しでいいから付き合ってみようよ」ってBが言ってくれるのを待ってた

……自覚なかったけど、私ズルいな……




で、そんな私を見越してか、Bが言ったのは

「すこし、時間をおこうか」

だった


今の状況は、Fに自分と付き合うように仕向ける条件が整いすぎてる

Fの性格からしてきっと、このまま押し切れば付き合ってもいいと言うだろう(正にそのつもりだった)

そもそもAとEがどこまで続くかも分からない(Eは割と付き合って分かれてを繰り返してる)

からちょっと様子をみよう、と

マジメか!



こいつ、ばかだなーって、思った

今、絶好のチャンスなのに、AとEがすぐ別れてこのチャンス流れたらどうするんだよ

私のこと好きなら、そこまで分かってるなら、今押し切ればいいのに

押し切って、私を連れ去って、Aへの未練なんか忘れさせてくれよ


結局そのままカフェを出てすぐお開きにした

なんか物足りない気分になっていたけど、これもBの作戦なんじゃないかとか疑って、

駅まで歩く間に、ちょっとだけ仕返しをするつもりで、自然な感じで手を握ってみた

そしたら、今まで見たことないような驚き顔して振り向くから

わず吹いちゃった

びっくりした演技かな

演技でも、演技じゃなくても、どっちでもいいや


改札くぐってから、改札が見えなくなる直前に振り返ったら、まだ見てて手を振ってた

どんだけ好きなんだよって笑ってしまった自分自身に、お前だって振り返ったじゃんってツッコミを入れた

anond:20180421192354

なぜ自分自身身体で使うこと前提なんだ?

世の中にあるほぼすべてのセンサー人間が直接使わないと思うぞ

2018-04-22

増田クソ長文の特徴を挙げてみたという話←まずこういうタイトルが多い

誰か、僕の文章を好きだと言ってくれませんか

 最近、新しいパソコンを手に入れた。進級祝いだと言って、彼女が僕にプレゼントしてくれたものだ。こいつに慣れるためにも、これから定期的に日記を書き続けていきたいと考えている。

ここで終わってしまうのも味気ないし、自己紹介も兼ねて筆を進めて行きたいと思う。僕の性別男性、歳は二十代前半、大学生をしている。僕の不徳の致すところに依り、これから先数年は学生身分を続けなければいけないことになっている。文章を読んだり書いたりする事が好きな事の一つだ。尤も、僕の作文能力や長文に対する集中力は、近年流行った短文型SNSにすっかり毒されてしまっているみたいだけれど。

僕は言語を介さな思考というものに滅法弱い。図や数式といったものをそのまま扱い思考を進めることが出来ないし、スポーツをするとき身体の動きを文章理解しないと再現することが出来ない。なんとも生き辛い脳の性質をしている。文章であふれた場所は好きだ。疲れている時は思考力を使わないような低レベル文章に浸り続けるに限る。Twitter最高、Instagramなんてクソ喰らえである

大学になる前の憧れはモノ書きになることだった。若かりし僕は、大学生というものは、ヒマな時間を腐る程持て余し、自らの趣味に没頭するものであると考えていた。だから大学生になった自分は、上質な文章に触れ続け、いつかは自分自身で上質な文章を生み出すようになると信じて疑わなかった。しかし実際の大学生は勉学や部活動やその他雑務忙殺されてしまものであり、とても自らの趣味を極める余裕などないのである。少なくとも僕には難しい。

この話を聞くと、なんだ趣味時間も十分に取れないほど勉学や部活動に熱中することが出来て幸せではないか、と考える人もいるだろう。そんなわけないだろう、忙しいという感情が充実の証左たるわけがない。そのように考える人間はハムスターにでも生まれ変わり、回し車で走り続ければ良い、きっと幸せになれる。忙しさというもの絶対的時間を圧迫するだけではなく、ヒトが自由時間創造的な行動をする気力を奪う悪魔なのである

今日からの僕はこれまでとは一味違う。このはてな匿名ダイアリーという戦場で、忙しさという悪魔に打ち勝って自らの創造性を再獲得するのだ。

これくらい文章を書くと、生まれて初めてMacに触っても割と自在タイプすることができるようになることが分かったので、今日はこの辺りで筆を置きたいと思う。これからは気が向いたら何かしらのテーマを持った文章を書きたい所存であるので、今日のこの統合失調症文章にもブックマークしてくれると嬉しく思う。

anond:20180422142418

試しに自分自身東大合格してたお母さんがいたな

息子は落ちてたようだけど

ずっと自分を変えてくれる何かを待って25になってしまった

25歳。子供の時に捉えていた25歳の像とはかけ離れてる自分が少し悲しい。

中3の3月、あと1か月頑張れば卒業できるところで精神的に耐えられず不登校になった。あと1か月が無理だった。頑張れなかった。後悔はない。

それと同時期に難病にかかった。余命何年とかそういう病気ではないが、完治することはない、と言われている病気。そのときは症状的にきつくなかったため、難病にかかったということは、そこまでショックだとは思っていなかった。不登校になったのは、病気にかかったからではない。ただ、表向きにはそれを理由にしたし、そうすることができたことは、「自分はいじめられて不登校になったわけではない」と自分自身で思いこむことができた。良いことではないけどある意味で救われた。


それから5年間引きこもった。このころから病気典型的な症状が出始め、体調の面でも精神的な面でもかなりハードな期間が続いた。手術は2回、入院は3回くらいした。

高校には行けなかったけれど、ただ家の中でゲームしたりネットしたり過ごす日々はそれなりに有意義だった。どこに住んでるかも知らない人たちと交流することは、学校に行っていない自分にとっては、とても楽しかった。

でもたまに「このまま引きこもったままでいいのか」、「このまま何も行動せずに、何もできないまま一生を終えるのか」って不安を覚えることがあった。そんなとき、それと同時に、まだ17とか18で、「俺は何かきっかけがあれば変われるんだ」みたいに漠然と思った。そう思える余地がこの年齢の自分にはあった。

その後なんとか普通の人だったら2浪してるという立ち位置大学入学した。

ただひたすらに勉強だけに取り組んだ。サークルも、部活も、友達との付き合いも、バイトも、全部やらなかった。それは、病気持ちの自分の体力は普通の人と比べてはるかに低いために、他の物事にも傾注してたら大学生活をやり通すことなんてできない、と思ったから。


しかし、就活をするという段になって、「このまま当たり前のように適当会社に入っていいのか」という思いに不意に襲われた。

よくある「いい大学に入って、いい会社に入って、結婚して」みたいなルートに、そこまで魅力を感じなかった。そもそも高校も行ってなくて、引きこもりになった自分は、そういったルートから最初から外れてるのだから、「自分がやりたいことをしたい」、「自分しかできないことをやりたい」と思ってしまった。

こんな考えはきっと子供で、みんなそういった気持ちには折り合いつけてそれぞれの会社に入っていくことは分かってる。分かってるけど、どうしても引っかかってしまった。だから大学ではあれだけ真面目に勉強してた自分が、就活ではまるで真剣に取り組めなかった。

でも、こんな生意気なことを言っている自分が「やりたいことは?」って聞かれたときに何も答えられなかった。やりたいことが分からなかった。自分しかできないことをしたいのに、それが何か分からなかった。

そういった思いを抱えたまま、就活をするという責任から逃れるために大学院に行くという手段をとった。

ただ、4年間酷使し続けた体への負担からか、院の試験の準備をするというときに体調が極端に悪化してしまった。院に入学どころか卒業さえ危ぶまれたので、1年病気療養するという形で浪人という選択肢をとった。一応卒業はできた。


そして今に至る。結局、体調は未だ安定しておらず、このまま院に入学してもまともに通えない可能性が高いので、さらにもう1年先送りをすることにした。

今25歳。 同じ年齢の人は社会人3,4年目かな。 「いつか、自分がやりたいことが分かる」、「いつか、自分を変えてくれる」、そんなことを思ってこの年まできてしまった。

17とか18のときは、まだやれると思えた。今、うだつの上がらない生活をしていても、まだやり直せるって。 ただ、この年になると焦る。


今はただ、一日一日少しずつできることをしていって、自分の体調を安定させて、そして院に行くことを考えている。

その先に「自分のやりたいことが分かる」ようになるのかは分からないけれど、この道がどこかに続くと信じるしかない。

2018-04-21

anond:20180421084941

私の中学高校時代、欠席の連絡は自分自身電話しなければならないルールだんたんだが、学校回線パンクしていたのだろうか?

家事プロジェクト的に捉えて旦那に対してモラハラ上司スタンスマウントしていびり抜きたいって

女さんって自分自身昭和メンタルモラハラ系親父になりたいんだなぁ

はてサネトウヨも悪くない

彼らの話を真面目に聞いてみると、

いつでも彼ら以外に悪い人がいる

安倍も悪いし野党も悪い

でも彼らは自分自身が悪いとは決して言わない

右翼左翼もどっちもだ

から多分、はてサネトウヨも悪くないんだと思う

いいよな、常に自分以外の敵がいるんだから

2018-04-20

京都人はクソ

今日主語デカ案件

ゆっくりしていってね」=「はよ帰れやクソ雑魚ナメクジ

「みんなのおかげですよ」=「私だけの力に決まってるでしょ!低能!」

「ほんといい人ですよね」=「あんたほんと嫌な奴だからほんとキモイ!」

 

って感じがほんとクソ。

京都出身なんですよねって誇らしげに言うところもクソ。

私は京都出身ですって言われたら、その人の言うことは何1つ信じないことにしてる。 

 

そして、そんな自分自身が大好きな感じの京都人もほんとキモイしクソだと思っている。

2018-04-18

平凡でいたくないけど冒険はしたくない

なんだか、人生に大きな歓びみたいなものがこのさき無さそうだなあと思ってしまった

勤め先は今のところ人間関係ストレスもなく仕事もきつくないが給料は低くスキル的に身につくようなものがないので、若い内にもっとモチベーショナルな職場にいくとか、前々から憧れては何にも踏み出せなかったのがそのままコンプレックスになったクリエイター系とかに挑戦するとかちょっと考えてしま

でも絶対実行することはないだろうな、ということも同時にわかってしま

なんだかんだ職場に余程の文句なきゃ務め続けるべしというのが通説だし、自分自身を信じて人生賭けに出るみたいな感覚が持てない

とくに結婚したいとも思わないけど、人から承認は欲しい

自分が平凡なやつであることのコンプレックスで心がじわじわくさっている

他の人はそういうことを考えないのかなあ

間違いなく自分はアダチルなんだろうけどせんかたなし、切ないね

投稿

自分ツイッターフォロワー30人前後の鍵アカウントでただひたすらに虚空へ向かって己の思考を投げ続けるという根暗趣味があるのですが……

そういうジャブって、ここみたいなところでやったほうが良いんじゃない? と常々思っていたので、

思い切ってアカウントを作ってみました。新しいことを始めるには丁度いい季節だし。

ツイッターって、フォロワーとの人間関係がある以上、

どうにもなんだかんだ気を使うし、貰える意見同意意見ばかりだし、なんだかつまんないんですよね……

別に喧嘩がしたいとかそういうわけではなく、自分自身思うままに言いたいし、逆に思うままに言われたい。

持論として、すべての事象には良い側面と悪い側面が必ず存在していて、

ある立場から見れば正解でも別の立場から見れば不正解、どんなもの正義であると同時に悪である

森羅万象かならずそうなっていると思っています

そうは思っていても、なんだかんだ自分にとってこれが正しいと感じるものがある。

そういうものって自分では正しいと思っているから、どうしても好意的に見てしまうというか。

から自分ではうまく気付けない違う側面を気付かせてもらえる意見が欲しいんですよね。

逆に自分にとって「これは間違っている、悪だ」と感じるものにも、

必ず良い側面、正義となる側面は存在しているはずなんです。それでも批判的に見てしまう。

自分にとってメリットよりも圧倒的にデメリットが上回るから悪いものだと感じるんでしょうかね。

ともあれ、そんな感じの持論があるので物事には出来る限り中立立場でありたいです。

極端な思想に染まってしまっているようなときに、なんかどっかの誰かがいい感じにビシッと言ってくれて目からウロコが落ちたりしたいな〜。

そんな思惑で始めてみました。続くかどうかはわかりませんけど。

ふつつかものですが、どうぞお手柔らかによろしくお願いしますね。

子供コンプレックス長時間労働

日本労働環境が異常で、それが様々な社会問題の原因だと思うのに、それでも正社員という奴隷を好む人が多いのは、なぜ…

終身雇用正社員という奴隷的な働き方で会社依存させられ、そういった不自由人間が、自分支配できる人間専業主婦の妻だとかを求める。

自分会社無しでは生きられないことを忘れるためなのか、自分なしでは生きられない、経済的依存させられる専業主婦の妻を持ち、支配し。

そういった夫の支配ストレスを溜めた妻は、子供に歪んだ愛情を注ぎ(あからさまな虐待や、虐待無自覚の過干渉や)それでストレスを溜めた子供は、学校いじめをする、と…

支配と被支配連鎖暴力連鎖社会で、その根源は、パワハラ的な働き方が当たり前になっている労働環境と、会社依存させられる終身雇用というシステムのせいなのに、なぜ、いじめや性暴力虐待をなくそうと訴える人は、労働環境改善に目を向けないのか…

ここが変わらないと、多くの社会問題は変わらない、反対に、ここが変わると、多くの問題はマシになる、と思うのに。

終身雇用正社員専業主婦も、他者存在なくして自らが生きられない、自立できない存在にされていて、そういった、他者組織依存しないと生きられないシステム社会病理の原因、と、なぜわからないのかなぁ…

終身雇用ではない、資格職で辞めても正社員での就職可能な人たちは、終身雇用正社員より思いつめていない、それほど、終身雇用が異常だって、なぜわからないのだろうか…

他者環境依存しないと生きられないシステム以外にも、異常なことが多くて、あるブログで、機能不全家族で育った場合認知の歪みとしてあげられていた

・同一視

完璧主義

感情凍結

思考停止

他者環境依存

全てが日本社会蔓延してることで、前から機能不全家族に似てるよな…この社会…と思ってたから、腑に落ちた。

機能不全家族で育つと、中身が子供のままの大人ができる。

日本社会機能不全家族みたいな環境から、中身が子供大人が多くて、だから子供主人公の娯楽ばかり蔓延してて、高校生ぐらいの主人公(男)が中高生ぐらいと恋愛するっていうゲーム漫画アニメばかりの、ロリコン気持ち悪い…と思うような状況なのか、と。

日本人はロリコンというより子コンプレックスだと思う、ガチロリコンもいるんだろうけど、日本人全体が、大人自分自身を受け入れられてなくて、子供に憧れが強くて、子供主人公の娯楽作品を楽しんで、現実逃避してるっていうのが、現状じゃないか、と…

大人大人を受け入れられる、大人の置かれた状況がマシなら(機能不全家族みたいな社会や異常な労働環境ではないなら)他の国みたく、大人主人公ゲーム漫画が増えるんだろうな、と。

他人自分境界理解していない、みんな同じという幻想にとらわれて、他人干渉してくる、同一視が激しい社会

完璧主義で減点主義で、うまくやっても褒められず小さなミスは責められる、だから組織ミスを隠す方向になる、変化や変革というリスクがとれない社会

個人より肩書き立場が優先され、あるべき対応や姿を求められ、感情を抑圧してでもあるべき対応や姿を貫くことを美徳とする、社会

ルールからマニュアルから思考停止して自分の頭で考えることを許さず、学校でも自分で考えることではなく答えがあることの答えを覚えることを教えられる社会

そして、上に書いたように、他者組織依存しないと生きられないようなシステム、自立が難しいシステムとなっている社会(お互い専門職フリーランス共働きなら、働いていて結婚しても自立し合った状態でいられる、けど、大多数の働く人や既婚女性会社や夫に経済的依存させられている)

こんな、機能不全家族の特徴に当てはまりすぎる病んだ社会から自殺率の高さやメンタル不調の多さや閉塞感は当たり前なんだけど、そんな社会適応してる人も多いのが、不思議

自分はこの異常に適応できず、終身雇用正社員結婚といったシステムから距離をとって生きているけど、異常を異常と認識せず、生きている人も多いのが、不思議でならない…

結婚なんかしなくてもいい

タイトル結婚して数年経った私が使う、独身の友人の「結婚できるのかな…」というぼやきへのお決まりの返答だ。

だいたいめちゃくちゃに酔っ払ってる時に限ってそういう話になるのでかなり熱弁を奮ってしま相手の酔いを覚ましてしまうので毎度反省している。


けれど、コレはかなり深い部分の本音だ。

決して夫との結婚生活否定したいわけではない。

私なりに幸せだし、楽しい

それでもやっぱり「結婚なんかしなくてもいい」と思っている。


私は30歳を少し過ぎて結婚した。

仲のいい友人がひとり、またひとりと結婚していき少々焦りもあった。

けれどそれは「私だけ結婚できないのでは…?」という焦りではなくて

「私だけ誰からも選ばれないのでは…?」という焦りだった。


プロポーズがされたい。

かに選ばれた証明がほしい。

誰かのたった一人に選ばれたい。


独身の私は自分の言っている「結婚したい」という願望は「プロポーズされたい」のルビが振られているのに婚約直前に気づいた。

私は、プロポーズされることで自分承認欲求を満たしたかったのだ。


当時5年近く付き合って結婚の話も出ているのにプロポーズをしてこない彼(現夫)にちょっとイライラして、

結婚するの?しないの?」と詰め寄った事があるが「そうだね~」と軽く流された。

別に結婚する気がない」って言われたらその場で別れるとかそういうつもりはなかった。

ただ、「結婚する気がない人と付き合ってる」という心の準備が必要からはっきりしてほしかった。

彼にもそう伝えたが、今思えば強がりウソと思われていたかもしれない。


でも、結婚する気がある彼と付き合っていてプロポーズされないのと、結婚する気がない彼からプロポーズされない

のでは天と地ほどに差がある。

そもそも誰も選ぶ気がないのであれば選ばれないのも当然で、自分に否があるわけじゃない。

自分だけ誰からも選ばれなくても言い訳ができる。

結局彼は誰かを選びたい人だったので、うだうだ待つのもめんどくさいからと半ば強引に入籍したのだ。

(選ぶ選ばない、という言葉を使っているがそれは私が結婚に対して「承認欲求をみたしたい」という願望が

あったためで、決して結婚は男が女を選んでするものだなんて思っていないことは付け加えておく。)


仕事趣味で認められていたら彼に「結婚は?」詰め寄ることもなかったかもしれない。

けれど、仕事能力も並で特別「私でなければならないこと」はなかったし、趣味ほとんど無趣味に近いし趣味の友人なんていなかった。

その点、結婚日本では1人としかできない。彼が選ぶのはたった一人。

から結婚たかった。


要は私は承認欲求が満たされれば結婚しなくても良かったのだ。


それが自分の中で分かった時、すごく楽になった。スッキリした。

すでに結婚は決まっていたし後悔もしていなかったけど、なんだか「な~んだ、私、誰かに認められたかったのか」と

自分の中にあったドロドロとした焦りの正体が分かって晴れやかな気持ちだった。


そこで周りを見渡してみると「結婚したい」と酒を飲み、酔っている友人たち。

彼女たちはなんで結婚したいんだろう。

軽い気持ちで聞いてみるとざっくりと「いい歳だから」「子供が欲しい」「親を安心させたい」というような理由が多いようだ。


いい歳、と言うけれど晩婚化が話題になっているし60代で初婚という話も最近割とよく聞く気がする。

そもそもいい歳、というと結婚しても専業主婦になる女性が少なくなっている現代。働き続ける女性にとって

いわゆる結婚適齢期というのは仕事にとっても「いい歳」だ。


結婚すると女性はい妊娠し育休に入るかずっと上司たちに気にされ続ける。

最近よく記事で読むような「結婚して子供を産んでも変わらずキャリアを積んでいます」という美談

あんなのほとんどの会社では叶えられない。

一応私は大手企業に属しているが組合が強く、女性社員の活躍がうたわれており組合が強いだけあって実際色んな制度も充実している。

だが、女性管理職は少なく、その中で既婚の女性管理職もっと少ない、

さらに言えば子供がいる女性管理職はいない。

でも、結婚している人や子供を産んだ一般女性社員は山のようにいる。

彼女たちは結婚し、子供ができれば産休・育休をとり、子供が小さければ時短勤務だ。

仕事だってそれなりにできる彼女たち。未婚の管理職と同じくらいの年数働いているのに管理職はこの中にはいない。

この現実をみてると、仕事を頑張りたい・いつか管理職になりたいという女性社員にとっては結婚は足かせなのではないかと思ってしまう。


子供だって自分自身の覚悟があり、きちんと将来的に子供を納得させられる理由があれば未婚の母を選択して育てることは十分可能なのではないだろうか。

両親揃っていることが好ましい、そりゃ1人を人間を1人で育てるよりも誰かと分かち合った方が楽だし、子供にとっても頼れる相手が1人でも多い方が幸せだろう。

だけど、その分かち合う相手子供が頼る相手結婚相手じゃなくてもよいのではないだろうか。

自分の親兄弟でもいいし、信頼できる親友だっていいんじゃないかな。

同じような考えの人達でも良いかもしれない。

血がつながってなくてはいけない理由も、同じ戸籍に入ってなければいけない理由もない。


ただ、親を安心させたい気持ちはよく分かる。

親に花嫁姿見せたいよね、一生添い遂げるパートナーを紹介して安心して老後過ごしてもらいたいよね。

本当によく分かる。

世代祖父世代は、子供結婚するということに大変な安心感を覚えるのは自分の両親を見ていてわかった。

本当に子供から手が離れた瞬間だったんだと思う。自分以上に両親が幸せそうだった。

でもそれは、それ以外のことでカバーできると思う。

子供が本当に不幸でないことが、親にとって1番必要なことで、それには結婚絶対条件ではない。

結婚しても不幸になるし、しなくても不幸になる。

結婚という要素の1つだけが、その人の人生幸せ全てを左右するものではないと思う。


でも、結婚しないという生き方には結構勇気がいる。


いまだに男女ともに「結婚して一人前」という意識が根強い社会だ。

ずっと「結婚したいと思わないの?」とか「なんで結婚しないの?」という質問を受け続けるし、そのうちそんな質問もされなくなって周囲の結婚話題の際に気まずい空気を作り出す原因になるかもしれない。


それに、年老いからの1人はなかなか大変だろう。

結婚していればお互いでどうにか助け合えるかもしれないし、子供がいれば施設に入れるくらいしてくれるかもしれない。

でも1人だと、全部自分でやらなければいけない。

ならいい、若いうちなら体調が悪ければ病院に1人で行けるし、病状もうまく説明できるだろう。

施設だって自分希望にあった場所を探しせるし、空きがなければ他の施設も探せるだろう。

けれど、老い私たちに優しくない。

自分だけで移動できる距離時間は限られてくるし、病状もうまく言葉が出てこないせいでうまく伝えられない。

運良く施設を見つけられても、諸々の手続き老い自分が1人でできるだろうか。


なにより、死んだ後だ。

運が良ければ病院死ねるだろう。

けど、死んだらその入院はいつ誰がはらってくれるんだろう。

火葬や納骨の手続きは死んだ自分にはできない。

誰かを頼らなざるを得ないときがくる。


でも、社会とのすり合わせも、老後も自分が納得・始末できればそれでいいんじゃないだろうか。

1人で生きていくと決めたなら早め早めに準備すればいいだけだ。

元気なうちに色々準備してしまえばいい。

自分のことだけでいいんだから比較的身軽なはずだ。


私は結婚を後悔なんてしたことありません!なんてきれいごと絶対に言えない。週に3回は後悔してる。

お金スケジュール自分ひとりの判断では決められなくなったし、別にこっちは気にしてないのに「夜の飲み会旦那さんに悪いから」という気遣いで呼ばれなくなった集まりもある。


反対に結婚していないとできないことってとっても少ない。

生活ほとんどは、ひとりの方が都合がいい。

そんなの分かっていて、わざわざ他人との人生を選ぶ。

世の中には私も含めて物好きが多いな。


結婚はただの契約だ。

婚姻届をもって他人家族になります裏切りません。相手人生にも責任を持ちます

という内容の契約


そして、結婚呪いだ。

ひとりでも楽しく生きていける時代なのに、男女ともに結婚をしていないと一人前に扱われない。

結婚していないと性格に難があるんじゃないか邪推される。

結婚じゃないと承認欲求が満たされない。

どんどん結婚という言葉人生を縛られていく。


から言いたい。


いいんだよ、結婚なんかしなくて。

結婚はうまくいけば確かに幸せだ。

けれど、それはひとりでいたら得られる幸せを捨てることだ。


どっちの幸せを捨てるか。

それを選ぶ自由が、現代では生まれつつある。

前述したように、まだまだ結婚したら一人前という社会ではあるけれども、若い子たちはそうでもないんじゃないだろうか。

これから私達が生きるのは未来だ。口うるさい人たちはきっと私達より先に死ぬ


そう思えば、どちらの幸せを選んだっていい。

ひとりの生活楽しいなら、結婚なんかしなくてもいい。

誰かのために」なら、結婚なんかしなくてもいい。


それが選べる友人たちが少しうらやましい。

2018-04-17

ゆとり教育ボーダーライン世代

私は1985年(昭和60年)生まれで、自分より下の世代との付き合い方に日々苦労していたのですが、その一つの答えとも言える事柄に気づいた。

それはわりと言われがちでもう死語とも思わるような言葉だが、彼らは『ゆとり世代』と言われる人たち。

ゆとり教育が始まったのが私より2つ下の、1987年(昭和62年)生まれ世代からで、私が普段から接することがよくあり、仕事や遊びでも常に周りにいる世代である

彼らは稀に頭に疑問符が浮かぶような行動、言動があり、それは付き合いが長くなればなるほど気になってくるもので、「なぜそのような行動を取るのだろう?」と理解しがたいことがあった。

これはおそらく相手理解できない自分自身が悪いのだろうと思っていた。

しかし私より上の世代や同年齢の人からは腑に落ちない行動がほぼなく、話をしていても一緒に仕事をしていてもほぼ納得ができる人ばかりだった。それは私が嫌いなタイプの人の行動においても、「まあ理解はできる」と思える部分があった。

それに対して、ゆとり世代と言われる人はまったく理解ができない場合もあり、それが世にいうゆとり世代問題行動ということだった。

ゆとり教育ボーダーライン付近世代は、年齢が近いが故、接する機会が多いにも関わらず、学校教育による基本的人格形成に差が付いてしまい、コミュニケーション齟齬が発生しているのだ。

この問題に気づいた今、私は自分より年下の人間を理解することを諦め、脱ゆとり教育を受けた人間が世に溢れる日を待つことにした。

私自身に問題がある場合

これももちろん考える。

理解できないお前が悪い』『ゆとり世代を上手くコントロールできない無能』『若い人に合わせられないだけ』

分かるよその気持ち

でも会社トップ人間たちはゆとり教育を受けてませんからwww

お前たちに未来はありませんからwwwwwwwwwwwwwwwwww

皮肉っぽい性格を前向きポジティブ性格に変えるなら

自分の書いたものに思いの外ブコメトラバがついていたのでもう少し語ってみる。

anond:20180330200246

もし皮肉から性善説家にジョブチェンジしたいなら、コツはただ一つ。

相手の行動の結果を考察するのが皮肉屋。過程考察するのが性善説家。

例えば「あの人怒ってる」と怒ってる人を面白がるのが皮肉屋。「どうしてあの人は怒ってるのだろうか→何か事情があるに違いない」と想像するのが性善説家。

誰かが起こしたこ行動について、何か然るべき理由があるんだという前提で考えていく癖をつけると、世の中は割りといい人ばかりに思えてくるし、他人に苛つく頻度が減る。

宗教の人っぽくてキモいかもしれないけど、こうしていくと確実に自分自身が生きやすく、ストレスも軽減する。怒りっぽい人、イラつきやすい人はぜひ地道に試してほしい。

こち音ゲークラブイベントの客。応答願う。

好きな音ゲークラブイベント存在する。名や開催地は伏せる。

20年以上の歴史がある様々な音ゲー曲を持ち寄ってクラブでかけて盛り上がろう、というもの

それが音ゲークラブイベント。全国各地で開催されており、現在では50個以上のイベント存在している。

自分の行くイベント場所お酒も美味しく、周りの箱よりも値段が安い。

安いとはいものの1杯につき最低でも500円はかかるし、入場には平均額である2000円(ただし1ドリンクついてくる)が必要だ。

勿論無理に飲む必要は無いが、楽しくなってきて出費がかなりかかることもしばしば。

流れる曲はダンスミュージックポップス中心で、どのイベントも大体数年前の曲がよく流れる

そのイベントDJ陣は精鋭揃いで、他の音ゲークラブイベントよりも間違いなく繋ぎの質やスキルが高い。

なんならアニソンクラブ界隈でも名の知れてる人が多い。独特の雰囲気を持つイベントだ。

数年前に自分もその場に通い出した。

当時は同年代友達と一緒に通い出したこともあり、その友達ともワイワイやってたつもりだ。

で。

やはり音クラという場所雰囲気に馴染めない人、通えない人も少なからずいる。

周りの同年代はどんどん居なくなっていった。もう1割も居ないどころか多分自分一人。

理由簡単で、そもそも音クラ自体の年齢層が高く、身内感も強いので中々溶け込めない。

自分の行ってるイベント例外では無く、中途半端コミュ力じゃ間違いなくフェードアウトしかねない。

そもそも土日のデイ開催である事、出費の多さなど「金はあるけど時間が無い、音ゲーガッツリやらなくなった」

という社会人が多い。それが現在の音クラの客層の中心である学生にはやはり厳しい趣味である事に変わりはない。

若い内なんて音ゲーガッツリできるし、他に沢山遊べる趣味があるからクラブ通いには発展しないんだよなぁ、と。

上記のような事だけが原因では無いが、ここ1年で客足が落ちている。

常連事情があったりするだろうし、長く続けば客層の入れ替わりだって行われる。

でも一番若いである自分年代がほぼいない為、目に見える入れ替わりが起きていない。

自分自身も友達とかを誘って遊びに行っているつもりだが、ここでも問題が起きる。

そもそも自分年代友達がやる音ゲー新規機種が多い。例えばCHUNITHM(SEGA)、VOEZ(Rayark)など。

そりゃお金を払って遊びに来ているのだから自分の知ってる曲も聞きたいだろう。

でも年齢層が高い事もあり、古めの曲の比率は高いし、客も古めの曲を聞きに来てる層が多い。

これはどのイベントにも言える事で、新しめをコンセプトにしない限りこの風潮は続くだろう。

でもこれは悪い事ではない。あくまイベントは「趣味であるから。本人たちが好きな曲を流すのが筋だと考える。

だけども。

来てくれないと寂しい、と言ってもらえるのは凄い嬉しい事だ。俺も行かなきゃ寂しい。

少なくとも今でも通い詰めているのは義務感でない事は確か。好きなんだよその場所が。

だけども。

でも客足がどんどん減ってる現状はもっと寂しい。どうすれば友達を誘えるんだろうか。

だけども。

イベントあくま主宰の「趣味」。今に満足しているなら俺は何も出来ることは無い。

こういう時、増田だと「じゃあ行かなきゃいいじゃん」と返ってくることが目に見える。

だけども。

でも俺は絶対に音クラに新しい風を吹かせたい。もっと山の音ゲーマーに知らせたい。

孤独な闘いは今日も続く。

2018-04-16

明日の朝の不安

明日。起き上がれるだろうか、会社に行けるだろうか。

不安だ。

毎日やらなきゃいけないことが多すぎて溺れている。

溺れかけで仕事をするものから遅いし、判断も誤るし、ミスも連発する。

その修復に時間がかかって、よけい溺れる。

トラウマなのか何なのか知らないが、"あぁ、これは叱られる"と感じると脳みそフリーズする。

こうなると考える事もできなければマトモなメモも取れないし、言葉も出てこない。

何も訊けない。

訊けずに放置してる事が多すぎて、締切間際だったり昔々のことを引っ張り出して相談するものから「なんで今さらそんな事言ってるの」みたいな感じで叱られる。

あーもう、これはだめかも分からんね。

上司改善すべき点を教えてくれる。

思い返せば、確かにその癖は自分が生まれ持ってずーっと持ってる癖で、それが原因で親から叱られたり、失敗してきたりしてるのが事実

ただ、それを自分に落とし込んでいる間がないのか、自分自身が素直に受け取れていないのか何だかよくわからないが、一向に改善していない。変わっていない。そして、それを毎日のように痛感し続けて、ここ数ヶ月は何だか頭がおかしくなってきている。

結果、眠れない。 --- 入眠はすぐにできるが、起床時間の数時間前に起きてしまう。最近は本当に日の出が早くなった。

目は覚めるが、起き上がれない。

今日もいろいろあった。終わっていない仕事が山とある明日も終わる見込みがない。

更に増える予感しかない。

明日。起き上がれるだろうか、会社に行けるだろうか。

不安だ。

ハリルホジッチ

ハリルホジッチが目指していたサッカーというのは

というもので、ようするにハリルホジッチという人は「日本人選手バカ技術力がないがとにかく体力がすごくあり体が強い」という人達であると考えていたことがわかる。

しかハリルホジッチ解任後の新方針https://www.footballchannel.jp/2018/04/12/post265082/ を見ると

縦への攻撃というのも間違いなく必要ですが、タイミングなど質を上げていく。1対1の場面でもパワー的なことも要求したいですけれども、なかなかフィジカル的なことで戦えないこともあるので、別の角度から戦っていく。日本的フットボールというのはあるし、技術力を最大限に生かしたい。技術を生かして戦って、化学反応を起こして戦っていける強さを生かして構築していく必要があると思うし、自分自身もそう思う

とある。つまり日本サッカー協会自身ハリルホジッチと全く正反対日本人像を抱いていることがわかる。「日本人選手は体力がなく体が弱いが頭がよく技術力がある」と。

これ、果たしてどちらが正しいのであろうか。やはりハリルホジッチが正しい可能性が高いと僕は思う。実際に起きていることはこうではないのか。

人はたいてい自分のなかの能力の低い部分について根拠のない自信を持ってしまう。苦手なことについて正しい情報を得ることは難しいから、それにより自分位置を正しく認識できないのだ。

ではハリルホジッチで勝てたのかといえばそんなわけはないと思う。「お前はバカだが強いからとにかくバカでいいから犬みたいに走り回れ」などという態度で接する人間に従うような日本人がいるわけがない、というか人間全体でもそんなもんだろう。彼は人をおだてながら動かすという技術を持っていなかったように見える。またハリルホジッチは一点大きな見落としをしている。日本人バカなのではなく、頭がよく頭ごなしに何か言われるのは嫌だがかといって自分責任で何かを考えるのも嫌、という性質をもっているということだ。このあたりのことを見てうまくおだてていかなければ人間というのは動かない。


私はサッカーに何の興味もなくここ最近ニュースだけを見てこれを書いてみました、サッカーに詳しい人の採点を願います

男は女に対して容姿若さを求めていない

恋人結婚相手容姿若さを求めることが出来るというのは、自分自身経済力甲斐性など、圧倒的に余裕がある人だけが出来ること。

今時の若い男は経済力が女と同じか、あるいは女より低い場合もあるから、女に自分の好みを求める余裕は無い。

それに、女性社会進出改革と並行して、男性の草食化が進んできている。

草食系男子」という言葉が生まれたのは約10年前の話であるが、あれから10年が経過したが、草食系男子一般的な男の「普通」の姿として定着することになった。

男は、女に対して自分と同じか自分以上の経済力甲斐性を求めることが当たり前の価値観社会となっている。

これが女性社会進出改革の成果なのである

今時の若い女は、奨学金を使ってでも大学へ行くらしい。そうしないと、同年代の男から恋愛対象外・結婚対象外として相手にされないから。

女性社会進出改革によって一番得をしたのは、実は女ではなく男だったのではないだろうか。

2018-04-15

anond:20180415155400

『女の人生配偶者意向に左右される』に突っ込んだだけだけで、意味不明な返しするのやめていただけませんか?

男は自分自身意向キャリアを積み上げてるわけじゃなくて、男が労働による社会的地位確立社会から強制されているからやってるんですよ。

日本は転勤や昇進を断ったら首にしても良いのに、転職によるキャリアアップが難しい国ですからね。

利他的なことをすると「偽善者」と人は馬鹿にするが

利他的な行動が自分自身の快になるっていうのは

色んな研究でも実証されている

 

まり、人が人助けをするのは

性欲や食欲と同じくらい本能的な欲求であって

しろ人を助けようとしない奴ほど

自然の摂理から反しているのではないだろうかね

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