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2019-04-22

自分自身体裁しか誇れない

中身はがらんどう

偽物の自分

偽物の人生

この体裁を崩す何もかもが気持ち悪い

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以前、青い鳥セックス依存症漫画がバズっていたと思うんだけど。自分がそれなのか、はたまたただ単にセックスという行為が好きなのかが分からない。

しかセックスによって安心感自己肯定感喪失感を埋められないことはない。だがそれは、自分自身がそう思えるように錯覚しているだけなのではないかと考えてしまう。自分はただのセックス狂いなのではないかとも考えてしまう。

診断によって、セックス依存症という病名がついたところで「あぁ、自分病気だったのか」という安堵感は一切ない。あるのは焦りと諦めだと思う。セックス依存症などと病名をつけられて喜ぶ輩がいるのだろうか、いたら連れてきてほしい。自分はそんな病名をつけられた日には死にたくなるだろう。

なぜ?と思う人もいると思う。だがそれは普通にパートナーのみがある一定の周期でセックスをしてくれているから。パートナーのみの愛情一心に受け取っているからだろう。

自分にもパートナーはいる。愛情一心に受け取っている。受け取っているのだ、ひたむきに真っ直ぐに。だがそれだけでは足りない。足りなすぎる。飢えるというこの現代社会では不釣り合いな言葉がぴったりと合うほどに。自分だってパートナーから愛情で満足したい。満たされたい。なぜ飢えて仕方ないのだ。自分はなんなのだ。どうしてほしいのだ。飢えて飢えてしかたがない。つらい。くるしい。

他にも自分と同じ人がいるのであればなんでもいいので話してほしい。

2019-04-21

退職時に有給休暇を消化できなかった話

以前、書こうと思ってたけど、一度もういいやと思ってたこと。

ふと言われた言葉を思い出してしまい、思い立ったので書き捨てておく。

これはアルファシステムズをやめたときの話。

自分客先常駐だった。

4ヶ月前に年度末に退職したいことを報告。

退社にあたって社内で話を通す必要があり、待ってと言われ、ひと月くらい進展はなかった。

退職前月の半ばごろに、退職予定の10日前に撤退ね、有給は適度にとってくれと言われた。

有給休暇を消化したかったのですが、できないんですかね?と課長に聞くと、

退職したいっていったとき有給休暇消化したいなんて聞いてないけど?」

「そこまで見なきゃいけないのか」

「こういうとこ甘えてるけど転職して大丈夫か?」

「お前の権利じゃん?」

みたいなことは言われた。

最後のは自分自身の権利に対してあまり無頓着だったと結構心にきた。

わりと課長ヒートアップしてたのと

完全に自分に非があったのでコミニュケーションミスでしたね、とスパッとまとめて終わりにした。

その前後部長とも話す機会があり、

退職日を有給消化目的でズラすことは可能ですか?」と聞くと、

「難しいかな」

「年度を跨ぐと計画に入るから厳しい」

めっちゃ渋い顔された。

のでめんどくさくて、じゃあ大丈夫ですと言った。

結局、10日弱の有給休暇の権利を捨てて転職した。

退職にあたって常駐先の社員さんやお世話になった先輩や仲の良い同期と飲んだときに、だいたい「有給休暇は消化できた?」と聞かれる。

ざっくり話して「ちゃんと消化したいって言わなかったのでできませんでした🤪」っていうと、「えーマネージャー仕事だと思うけどね」とか言われる。

結構上司も悪かったのでは?と思いそうになる…笑

あと、有給休暇を消化できなかった話って多少なりとも誰かにするのって考えてるのか少し不思議に思った。

お客さんからは「まあSIerなんてね…」みたいに言われるし、同期からは「うちらいね」と言われる。

ま、きっと大した影響じゃあないんだと思う。

それなら自分増田に社名出して書き捨ててもいいんじゃね、と思った。

ここまで書いて穏やかな気持ちになった。

こんな日記をここまで読んでくれた人へ、ごめんなさい、ありがとう

それではおやすみなさい。

高齢の父が交通事故を起こした

池袋事故いねー」「父さんも気をつけなきゃ」「俺はまだまだ大丈夫だ!」

そう話していた同じ日に、車は細い曲り道で急に加速し、マンションの壁に衝突した。

幸いなことに人身事故にはならなかったが、後部座席にいた妊娠中の姉が頭を打って病院搬送された。しかお腹の子供も母体もともに大事には至らなかったようなので、やはり幸運だと言える。

私は救急で診断を待つ間、姉と胎児が無事かどうか矢も楯もいられなかった。そして考えたくもない万一が起きた場合の、父の今後を憂いた。

父は70代で、今日日本社会ではまだ現役と言っていいのかもしれない。しかし以前に脳梗塞を患い体の衰えは顕著で、ここ数年は滅多に運転をしないようになっていた。その日は、だが、生まれる子のために必要ものを揃えたいという姉の要請で、久しぶりに運転をしたのである。ちょうど姉の夫は出張中であり、父は娘に頼られた嬉しさから機嫌よくハンドルを握った。そこには善意しかなく、敢えて言うなら免許を持っていない私が悪いのだ。

赤ちゃん用品を買いに行ったせいで赤ちゃんが…なんてのは残酷すぎる。診断結果が分かった後でさえ、父は万が一のことがあれば合わせる顔がないと、泣きそうな顔で繰り返し詫びた。

万が一が起こらなくて本当に良かった。被害者がいなくて、本当に運が良かったのだ。

池袋と今回の事故とで、決定的な差があるとは思えない。しか池袋は取り返しのつかない惨事になってしまった。

亡くなられた人は可哀そうだ。残された人も憐れに思う。

私はその日まだ見ぬ姪の安否を思い、周囲の人々の彼女に注ぐ思いの重さを感じた。生まれずしてこれほど重いのだ。生まれた後は猶更だろう。

しかし私は、それ以上に、加害者のことを思うと、やるせない気持ちになる。父の蒼白な顔が脳裏に浮かぶ

姉は付き添いの私に、父が自分自身を責めないか、それが一番心配だと言った。自分を責めざるをえないこと、十字架を背負うこと、これまで頑張ってきた人々に、あまりにも酷い仕打ちではないか

夏川椎菜雲の上の存在になった

trysailオタク夏川椎菜の事を3人の中で一番身近に感じる存在だと口を揃えて言う。

正直自分もそう感じていた節はある。身近かはともかく親しみやすいと思ってた。だってめっちゃレスくれるし

パレイドをリリースしたとき、これは夏川椎菜オタクが傷の舐め合いをしている歌だなあと感じた。

だって20年間生きてきて周りへの劣等感捨てれたことないし。

なんならこの前行ったtrysailイベントにいたオッサンなんていい年こいて行ったイベントマウント取ってたし。

あのオッサンイベ数でマウントなんて劣等感とか自己顕示欲バリバリのクッサイことしてる上に体臭も臭かったなぁ。

そんな誰もが持ってる劣等感を、容姿端麗天然美少女声優業界トップを走る歌姫ユニットメンバーに持つ、ダンスも歌も普通ちょっとかわいい女の子が、どうやっても捨てれるもんじゃないだろって思ってた。ていうか今でも無理だろって思ってる。

そりゃインタビューでは劣等感抱えたまま歌いますなんて言えないから、とりあえず劣等感を乗り越えた彼女が歌うパレイドにしとこうってなってんじゃないか

とか思ってた。

からパレイドは捨てたいけど捨てれない感情を、彼女自身が密かに抱えたまま歌っているんだろうなと思ってた。勝手にだけど

パレイドを聴くとその劣等感自分自身だけ感じているモノじゃないと思えて救われるように、夏川椎菜自身パレイドを歌ってその劣等感から救われているんじゃないかなんて思ってた。傷の舐め合い。

から親近感が沸くし、芸能人なのに身近に感じるってのも理解できる気がした。これも勝手にだけど

ログラインが発売になって、いままでのパレイドに対して思っていたことは全部間違いだと思い知らされた。

彼女は本当にあの二人への劣等感を乗り越えてパレイドを歌ってた。

じゃなかったらファーストプロットあんMVにならないし、あん歌詞にもならない。

リリースイベント彼女は嬉々として、パレイド以降はソロ活動の前に企画書を提出していると話していた。

劣等感はもう感じていないだろうし、自分自身のやりたいことをとことん追求している感じが伝わってきた。

同じような活動をしている人がそばに2人いるのに(しかも片方は自分の何倍もかわいくて片方は自分より歌が数段うまい)、それと比較せず、劣等感を感じずに自分の道を突き進むって、並大抵の精神力じゃないと思う。でもそれを彼女はやってのけていたんだなぁ。

傷の舐め合いをするほど近い距離にいると感じていた相手は、実はもう雲の上にいて手が届かない。

まぁだからといってファンをやめることは勿論ないし、その突き進む道を応援したいんだけど。

でも、たぶんこの先一生かかっても、彼女に手が届くことはないなぁ

2019-04-20

自分好きな人が嫌い

これ。

どうしてもこの壁を乗り越えられない。

光浦靖子もそんなんだ感じだと前にテレビで言っていた。

今まで普通に友達として接してた人から告白されたりするとその瞬間から嫌悪感がすごい。

何度か会ううちに好きになるよと周りに言い聞かせられて我慢してデートしても、会うたびにますます嫌いになっていく。

結局疎遠になって、何年か経ってから改めて振り返ってみると、「あれ?いい人なのになんでだろう」と思ったりする。

以前にちょっと気になってた人とデートして「あれ、この人大丈夫かも...」と思ったことがあったけど、途中で「ああ、それは多分この人が私を好きじゃないからだな」と思い当たった。

案の定その後連絡はなかった。

専門家に言わせると、自己肯定感が低くて自分自身を好きじゃない人は、自分好意を寄せる人が許せないからそうなりがちなんだそうだ。

そうなのかかなあ。当たってるような当たってないような。

誰か何とかしてくれ。

2019-04-19

anond:20190418132322

快適に ですよね

電車の中で尿意便意に襲われる不快経験される分は含まれておりません

電車内でそれらの影響を受けることは認められませんわ

誰にされるわけでもなく自分がそういう体質だ というのは

自分自身で自分自身に対してそういう影響を与える行為を行われているということですわ

意図しているしていない は関係ございません

抜き身の包丁ポケットに入れて快適に電車通勤される行為

電車が揺れて自分に刺さりますのでお持ち込みはご遠慮いただきます

頻尿腹痛はお持ち込みになられませんようお願いいたしま

2019-04-18

anond:20190418233107

生殖しか生き甲斐がないとは誰も言ってない

しか生殖嫌悪し行う気の無い人間裏切り者であり、そんな物にリソースを配分するのは全くの無駄

自分嫌悪する行為の結果だぞ?まず自分自身を消し去れ。

anond:20190418035851

自分成功した例を出して意味があるのはそこにお前がいるか邪魔でそこから成功者がでないってことだけだ

そのポストを譲る準備があるとかまだ空きがあるとか自分事業で不足している情報にこそ意味があるのに

いか自分足跡が二人目を産まないかを熱弁されてもどうでもいいことだ

自分がしてきたことなどと語るのは自分自身のことをみんなの前で自己紹介しながらアヘ顔でイってる自己陶酔者そのもの

2019-04-17

僕は社会生活が上手く送れない。

今年二十歳になった。そろそろ就職とかも考え始めなければいけない頃だ。

それにあたって、真剣自分自身と向き合って、多分僕は学生を辞めたら生きていけないという結論に至った。

まず、僕は何でもかんでも先送りにしてしまう癖がある。美容院の予約とか、部屋の片付けとか、レジュメ等の整頓とか。こういう困るのが僕だけのことならまだいいんだけど、他の人も関わるようなことでさえ先送りにしてしまう。

皆で〆切を決めた制作物の作業とか、サークル合宿で使う宿への連絡とか。少しの間それと向き合うだけで解決することでも、全然やれない。

ちょっとやる気になっても、今はもっとやるべきことがあるからかいってなにかと理由を付けて先送りにする。

年をとるたびにこの傾向は強くなっている。

やりたくないことを頑張ってやる、ということができない。今も、やらなきゃいけないことと向き合うのが嫌すぎてこの文章を書いている。

責任感というものが僕には身についていない。だから他人迷惑をかけることが想像できても、行動できない。

先送り癖は発達障害典型的症状の一つらしい。集中力もないし、忘れ物もよくする。

向き合う方法を見つけなければならない。がんばりたい。

自分自身と付き合うメリット

何だろう。

はっきりと示せる自信がない。

やはり相手にとって何らかのメリットがなければ、付き合うに至ることすら難しいだろう。

世の中には様々な形のカップルが多数いるわけだから自分なりに「これだ!」って示せる人、多いんだね。

2019-04-16

anond:20190416172115

男性側にとって一体何のメリットがあると言うのか

社会が豊かになる。

無論、男性側にとって不利になる事象が生じることもあるだろう。

しかし、世の中は男性50%女性50%構成されている。

男性側の利益が減っても、それ以上に女性側の利益が増えれば、社会全体の厚生は増える。

これはフェミニスト云々とかの話ではなく、純粋経済学の話だ。

ポジショントークをするのではなく、統計で考えるのがいいだろう。

社会全体が豊かになるのであれば、自分自身(男)が多少貧乏になるぐらい、許せるよね?)

真の問題は、女性側に機会が与えられることで社会は本当に豊かになるのか、というところだろう。

しかしこれも、女性側に社会を豊かにする能力があるか云々の話ではなく、ダイバーシティ問題だ。

男性女性がフィフティーになる、それだけでより社会が強固になる、つまり多様性には力があるという話であって、

女性男性能力比較することに意味はないんだよ。

...と、学はないけどそれっぽいことを言ってみたよ。

自分毒親にならないために

毒親」という言葉をためらいなく使うなら、間違いなく私の親は「毒親」だ。

でも、「毒親」という言葉自分が毒されてしまったみたいな悲しい気持ちになるから、「強烈な親」と普段は言っている。

まあ、でも一般的基準から言えば「毒親なのだろう。

自分の色々な困難(身体的な病気とかウツとか)をネタ記事を書くことはあるけれど、親のことはどうしても書けない。

自分の生きづらさの原因を親に全部押しつけているみたいで悔しいから。

でも、今回はどうしても記事にしたかった。それは、自分の親がどれだけひどいかを主張したかったのではなく、自分自身が毒親にならないように備忘録を作るべきだと思ったからだ。

つい先日「ああ、こうやって自分毒親になってしまうのかな」とゾッとする出来事があった。

そのエピソードを書く前に、まずは親の「強烈エピソード」をまとめてみる。

とにかく肉体的・精神的な虐待は当たり前、それに加えて過保護と過干渉

肉体的な虐待でいえば、小さい頃は成績が悪いと殴られる、蹴られる、髪を引っ張って家の中を引きずり回される…からの真っ暗な押し入れに閉じ込められてご飯抜きだった。

小学校高学年のとき勉強が終わるまでトイレにも行くなと言われて、家で粗相をしてしまたこともある。未だに忘れられない。

引きずられたせいで変形してしまった体の部分は、ずっとそのまま。

精神的な虐待でいえば、「あんたの精神腐ってる」「キチガイ」「心の大事な部分が欠けてる」「私を困らせて、殺したいの?」「あんたに私の血は入ってない」「あんの子育て楽しくない」「あんたみたいなヤツに育てられる子供がかわいそう(私は未婚で子供もいない)」などなどの声かけ

でも、過保護・過干渉からあなた心配して…」「あなたのためを思って…」と言うから、ああきっと私を思って厳しくしてくれているのだと感謝さえしていた。

実際、大学に入るまで自分の親が最も正しいと信じて何も疑わなかった。

ふと「おかしいな」と思ったのは、大学生になってからだった。なぜか大学3年生(20歳くらい)になると殴られたりしたとき記憶フラッシュバックするようになった。

『きみはいい子』という映画を見て、虐待シーンでパニックになって大声で泣いた。

当時、つねられて青あざが腕にできると、「先生に聞かれたら、タンスにぶつけたと言いなさい」と言われて、そのとおり先生に言ったこと。全部フラッシュバックするようになった。

友だちや社会人の先輩、親と同じくらいの大人にもたくさん相談した。

それでやっと「うちの親は強烈なんだな」と自覚した。今までの生きづらさの原因のひとつが親であることも理解した。

もちろん親を責める気持ちに取り憑かれた時期もあったけれど、人間そんなに長くは過去のことに腹を立ててはいられない。

未来の、これからのことを考えなくてはならないと思ったとき、「自分と同じような思いをする子供を減らすためには…」ということを考えた。

そして当然行き着くのが、「自分子育てちゃんとできるのだろうか」という怖さ。

ネット虐待毒親のことを調べると、必ず「自分も親のように同じことをしてしまう」と書いてある。

いわゆる「世代連鎖」というやつだ。確かにうちの親の親もなかなか強烈だったみたいだ。

愛情の示し方のお手本が親しかいないから、自分も同じような愛し方をしてしまう。

愛する相手子供だけでなく、恋人や友人も含まれる。

私は恋愛もそのほかの人間関係もとても下手だ。親のように支配的になってしまう。

でも、運良く比較若いうちにそのことに気付くことができた。そうしたら、そのために頑張るしかない。自分自分愛する人たちを大切にするために。

まずは親から離れようと思った。でも持病のせいで体調に波がある。とりあえず1人暮らしをしてみたが、準備不足でもちろん続かなかった。

余計に体を壊してしまった私は、また親元に戻ることになった。

からひどいことを言われると、そのたびにどうしてそんなことを言うのかと傷つき、反発した。途中でうつ病にもなった。

でも、そんな私も何とか独り立ちできる見通しがついた。それがつい最近。そして、独り立ちしようとする私と親はもちろんぶつかる。

「どうして、わざわざ家を出て行くのか?」「『結婚するタイミングで家を出て、養ってもらう』という普通な道を行かないなら、一切応援しない(そもそもそれって普通なのか?)」

「困らせてばかりだ」「育て方を間違えた」「どうしてうつ病なんかになるんだ」「何様だ」「普通に家族大事にできないのか」

うつ病聴覚過敏を癒やすために静かな場所で働きたい。体が弱くても自分で自立して稼げるようになりたい。

そういう気持ちで頑張ったけれど、こんなふうな声かけをされると一気に気持ち萎えしまう。

「なんかもういいや。傷ついたり反発するのやめよう。」

そうして「忘れる」のと「慣れる」ことを覚えた。

自分から謝った。「言い過ぎてごめんなさい」と。私はなんにも言ってないけど。

今までで一番気持ちの切り替えが上手く出来た。もう慣れっこだな~なんて思った。

これが今回のゾッとしたエピソード

かに楽だった。だけど、これってすごく恐ろしいことだと後で気付いた。

から投げかけられる強烈な言葉に、慣れてしまって麻痺しているけど、慣れていい言葉じゃないんだと思う。

キチガイ」とか「ブス」とか「あなたの子育て楽しくない」とか「精神腐ってる」とか子供に言うことは、当たり前じゃない。

でも、傷つくことに慣れてしまうと、「傷つく基準」がどんどん下がる。

ということは、他人が傷つくと想像できずに、無意識に傷つけてしまうかもしれない。

きっと「お母さんだってこれくらい言われて育った」と子供に言ってしまう。

慣れることの怖さに気が付いて、ゾッとした。

よく私の親も「これくらい私も言われた。なんならもっとひどいことをされた。」と言っていた。

こうして、「傷つくこと」に麻痺していって、「世代連鎖」が続くのだ。

そういう意味では、私の親も私と同じように自分身を守るために、感覚麻痺させて傷つかなくなってしまったんだなとかわいそうにも思った。

自分の親が「毒親」だと気が付くと、「感覚麻痺させる」という選択肢ができなくなる。自分絶対に親のようにはなりたくないから。

そうすると傷つかなくてはならないし、生きづらくなる。だからしんどい。

でも、どこかで誰かがこの連鎖を止めなきゃいけない。同じように誰かを傷つけないためには。

から今日も私は傷つく。傷つけられることに慣れない。

それが自分を大切にするということだから愛する人たちを大切にするということだから

anond:20190416091550

どんな人間自分であることから逃げられないでしょ? 15年間引きこもりでいたとしても「自分自身であること」には打ち込んできたというか、逃げることはできないわけで。

2019-04-15

anond:20190415154513

KKOを選択しないというのは脅しではないですよ・・・

意思表明であり、事実です。

KKOの人生がクソったれなゲームであることは理解していますよ。

そしてその脅しが哀れな男性悲鳴であることも理解しています

はっきり言いますが、最初からずっと憐れんでもいます

ただ私は自分自身自分人生をKKOのために差し出すことはありません。永遠に

それを強要するなら、わたしは戦うだけですよ。

anond:20190415091512

本当に憎いのは男女差別をしている自覚すらなかった教授ではなくそこで笑ってやり過ごすことしかしなかった自分自身

ふざけんな。

お前が本当に憎むべきだったのは教授に「差別」をすることを選ばせた先人、逆恨みゼミ被害を与えたクソ女だろ。

てか、何が「差別」だ。思いっき優遇されてんじゃねーか。

anond:20190415091512

本当に憎いのは男女差別をしている自覚すらなかった教授ではなくそこで笑ってやり過ごすことしかしなかった自分自身

本当にそう思っていたら、こうやって教授を叩こう叩いてもらおうという意図に満ち満ちた長文なんかいちいち書いたりはしない

自己嫌悪ポーズご苦労さん、でも教授叩きの前振りでしかないって全部バレてるから

みんな意図はわかった上でチヤホヤするんだから

女の文章はいつもこうだ

学校をさぼる夢を見る

もう大学卒業してから20年近くなるのだが、時々そんな夢を見る

夢の中で通っている学校高校大学であることが多いが

自分自身若いころの姿ではなく、今の自分学校に入り直したみたいな設定になっている

さぼりパターンはいつも同じ、朝起きるのが面倒で、グダグダしているうちに昼になって

(まだ午後の授業なら間に合うけど…)と思いながらグダグダし続ける、というもの

実際にそんな風にして学校をさぼったことはほぼ無いのだが、なぜかそんな夢を見る

心の中の何かが、学校さぼりという形で出て来ているのだろう

そういえば亡くなった親は、ずいぶん年をとってから試験の夢を見ると言っていたな

2019-04-14

[] #72-2「僕は学んだ」

彼の正義感異世界でも発揮され、凶暴なモンスターや悪い人間を倒して人々に慕われます

例えば第二章では海賊が山から下りてきて、近くの村を荒らしまくります

海賊たちは口が悪いし、暴力もふるうし、悪い事をするためだけに生まれてきたようなキャラです。

容赦する必要は全くない相手でした。

そんな奴に対してヴェノラは決めゼリフを言います

「俺がこらしめてやる。溜飲を下げさせてもらう」

そして「俺には正当な理由があります」と付け加えて悪党をあっという間に倒します。

このセリフがすごいのは、彼の正義感をこれ以上なく表現している点にあると思います

悪を見過ごせない心だけではなく、戦う理由も考えている。

しかも「こらしめてやる」と言うように、やりすぎるつもりもありません。

敵は悪者からちょっと位やりすぎてもいいと思うのですが、そこに正義はないからヴェノラはやらないんです。

情熱と冷静さが合わさった名セリフだと思います


第三章では、正義と力を持つ人間がどう振る舞うべきかが描かれました。

村の人々は宴を開き、ヴェノラの今までやってきた行いを評価して、彼の性格能力を褒め称えます

ヴェノラは謙遜しつつも否定しません。

自分自身客観的評価しているので、周りにもそうしてもらえるよう望んでいるからです。

僕は、これは現実にも言えることだなあと思いました。

必要以上に評価されて期待されることも嫌ですが、だからといって評価されないことも嫌です。

そのためには自分自分のことをどう思っているか考え、他人にもそう見てもらえるよう頑張ればいい。

だけどヴェノラは自分の力をひけらかして、その評価を得ようとはしません。

力は正義のために使うべきだと考えているからです。

二章で描かれた彼の正義感は三章になっても変わっていないんだなあ、と感心しました。

僕は正義のあり方を学ぶと同時に、村の人たちと一緒にヴェノラを褒め称えたい気持ちになりました。

(#72-3へ続く)

2019-04-13

差別主義者だと思われたくない

差別主義者だというレッテルを貼られたくないので基本的フェミニストとか左派意見賛同するようにしている。

恫喝に近い方法賛同者を増やすのは運動としては賢いやり方だけど学問としては駄目だろうと思うけど自分自身そういった

問題にそこまで関心があるわけではないのでそれで良いと思っている。

あなた自分境遇に不満を抱いたり、弱音を吐くことは正しいよ。

あなた子どもの頃に両親になにかしらの不満を抱いたように、あなたの子もも成長したらこからあなたに不満を抱くようになるんだからあなた子どもに不満を抱くのも自然感情

自分感情否定すると疲れるし、自分自身に潰されちゃうよ。

身内に頼れないなら、公的機関で助けてくれるところがないか探したらいいよ。

2019-04-12

[]90日目

今日は142話を投稿した。

ついに3か月が経過した。そして40万字を突破した。ブックマーク数は85件。

これだけ文字数を書いている他の作者さん方はブックマーク1000以上とかが多い。

圧倒的な差だと本当に思う。

色んな作家さんがいる中で、自分はなんというか最底辺にいるのだと自覚している。

が、やりたいことをやり遂げるためには書くのは絶対に辞めない。

自分毎日毎日こうやって書いていくことしかできないのだから

しかし、今日は3か月やってきたのだから自分自身を誉めてやろうと思う。

ああ、よくやった自分

バカにしてんのか」という上司

自分自身を笑うような冗談を言ったらなぜ相手バカしたことになるかわからない

この上司は以前も意味のわからないキレ方をした

提出物の期限切れだとメールが来たから、すみません 次は間に合うようにします と即メールを返したら

「提出物をどうでもいいって考えてるならその考えをまず改めろ!」とお叱りメールが来た

自分はちょうどその提出物を書いてる最中で、どうでもいいと思ってるはずもなかった

なんだろうな、コミュニケーションの前提としてるいろんなもの

かなり食い違っているように感じた

文化が違う!ってこういう事かなと思う

自分の今の状況はちっとも笑えないけど

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