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2017-07-28

https://anond.hatelabo.jp/20170728112651

そう言われてもあなたのいうその「自然」という言葉

あなたがそうあるべきであると思っているという以上の意味がないんですよ

エマ・ワトソンさんのような生まれ人間なら然るべき人生を送るべきであるというただの決めつけに過ぎない

多くの人に言説を届かせるための普遍性というのはステレオタイプ人生を送れば身につくというものでは無くむしろそれで失われることだってある

から多くの思想家は快不快原則を超えて教養学問を学び自分生き方からはかけ離れた他者生き方思考に触れて悪戦苦闘してきた

でもそれで幸せになれるとも限らない

自分自身自分好きな物擁護したいだけという幼稚な動機を超えて多くの人の心に届く言葉を紡ぐというのは

そういう困難さがある

私が言っているのはそういうことです

あなたはこういう話を極端だというのでしょうが極端じゃなかったら世の中に物を言って世界を変えるなんてできないですよ

ネ ッ ト 上 で 犯 罪 自 慢 を し て は い け な い

とくに学生に多いのがFacebookややらツイッター未成年飲酒を堂々と書き込んでいる人々。

気持ちは分かるし実際にはほとんどの人がやってるのだろうけど、自らネット世間公表してはいかんでしょ

この国に生まれた以上は法律違反する行為なのだからわきまえないと…

法学部に進学した俺が言ってみる。

まあこの年頃はこのような事がファッション感覚みたいなもんだからしょうがないのかなとは思う。

自分自身もどちらかと言うと自己顕示欲が強い人間から気持ちは分かる。

ただこんなのがもしバレて人生狂ったら笑えないからほどほどにした方が良いと思われる。

稼げる副業ブログのやり方で書けば書くほど稼げる時代がすでに終わった話

世の中に副業で稼げるものはたくさんありますが、その中でもブログで稼ぐ副業は人気です。

過去のやり方では副業ブログは書けば書くほど稼げる時代でしたが、今現在(2017年7月)ではすでに終わったということ。

厳密にいえばもっとから終わっていたのですが、なぜ書けば書くほど稼げない時代突入したのでしょうか。

稼げる副業ブログのやり方での質の時代突入


簡単にいいますと稼げる副業ブログは量から質の時代突入したということ。

アクセス右肩上がりだったのに、数ヶ月も平行線や下がっているのはそういうことです。アクセスが少なくても稼げるブログサイトはもちろんあります

けれども、最初の頃はアクセスがないとどのようなジャンルテーマが稼げるのかということに気づきにくいのも事実

質の時代といってもどのような記事が質の高い内容かは人それぞれ。

別に長文だからといって質の良い記事とは言えませんし、逆もまたしかり。検索上位にある記事の全てが質の良い記事とも限りません。

からこそ、グーグル検索エンジン右往左往している状態ですが、とにかく副業ブログで稼げているのなら今のところはそれが正解ということですね。

時代によって副業ブログのやり方も変わっていく

稼げる副業ブログに限らず、時代によって稼ぎ方もやり方も変わっていきます

これはどのような分野でも同じこと。

いつまでも同じようなやり方で稼げる世界はないので、常に試行錯誤しては新しいことに挑戦していかなければなりません。

時代が変われば副業の内容も変わっていきます副業ブームはいつの時代も廃ることはありませんので、ある意味では「副業」というキーワード永久保存版でしょう。

名前は変われど稼ぐ方法に興味がない人は真のお金持ち以外はいません。

新しい情報アンテナを立てつつ、情報に流され過ぎない精神も持ちたいものです。

本当に稼げる副業ブログは書けば書くほどダメなのか?

このような内容の記事を書くと初心者ブロガーブログをあまり書かなくなります

基本的ブログを書かないと何が良くて悪いのかが体感的に気づきにくいので、ますます稼げなくなるのも否めません。

からこそ、最初の間は「書いて書いて書きまくりましょう!」という安易アドバイスになるのです。

けれども、このアドバイスの真の意味理解することによって、今後稼げるかどうかも決まっていきます

ブログ世界に限らず、最終的には自分自身の頭と選択人生は決まっていくということです。

稼げる副業ブログのやり方で書けば書くほど稼げる時代がすでに終わった話のまとめ


稼げる副業ブログのやり方は本当に人それぞれ。

基本的なやり方はほぼ同じですが、長続きさせるためには試行錯誤は欠かせません。一時的に稼げる人は多いですが、それを継続できる人はごくわずか。

常に気を張っているのも疲れますが、稼ぎ続けるというのはそういうことです。

何のためにも稼ぐのかにもよりますが、やはり人生を楽しくするためにお金を稼ぐというのは当然のこと。

稼げる副業ブログに限らず、お金を稼ぐというのは人生をより楽しむための1つのツールに過ぎないということですね。

稼げる副業のために精神疲弊するのはまた違いますよ!

2017-07-27

独自フレームワークつくるのやめてほしい

仕事プログラム書いてるけど、社内で自作フレームワーク作ってる人が多い

だいたいプロジェクトごとに別のもの使うことになる

一般的に有名なOSSならまだいいが、独自のものからそれを使いこなしたところで対して意味がない

一応githubだったり、社内のgithub系のやつに公開はされてるが、githubのでスターなんて全くついてないようなもの

せめて30くらいはついてから使うといってもらいたい


私自身そういうの作るの好きだから、作りたい気持ちはわかる

ただ、自分以外が辛いだけなのを理解してもらいたい

自分自身よく体感してるので、他人が入ったり引き継ぎを頼む可能性があるものでは、私は自作のものを使わないようにしてるくらいだ


更に問題は、納品したものが数年は保守があるのに、自作使いたいという勢いだけで使ってるから1年もすれば互換性まったくない2.0とか別のができてて古いのを改修する人が苦労してる

知名度もない自作フレームワークなんかを保守あるプロジェクトで使うなら5年、10年程度はメンテ続けるくらいのもの作ってからにしてほしい

あとついでに、ウチは成果主義なところがあるから、慣なれない上に使いやすくもない、作者に聞かないと分からない仕様ばかりのを使わせれてれば成果もあがらない

それに対して作者は自分の好きに作ってるわけだから、どんどん成果を出せる

周りの人の苦労は増えるばかり

どうしたものかなぁ

パチンコパチスロ規制パブリックコメントについて考えたこと

私はパチスロ4号機末期から打ち始めた。

俺の空CM清原がやっていたのがなつかしい。

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私は今回の規制に賛成である


高設定が110%程度の機械で大いに楽しめるし、

そもそも大体が設定1だとわかって打っている。


96~7%程度の機械予算内で打っているので問題ない。



また、射幸性を下げることは、依存症対策に(予防の意味特に)なる。

ギャンブル依存する人は、お金の増減に興奮を覚え、エスカレートしていく。

射幸性を下げたり、レートを下げることが興奮の量をへらし、ギャンブル依存症予防になる。

少額で多くのお金が手に入ったという体験を減らすことが大切だ。


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他の人の意見を探してみると、反対の意見が多かった。



その概要


依存症対策になっていない、専門家も言っている

・○○の方が悪だ、○○の方が依存症

警察天下りで儲けるな、保通協の費用高い

パチンコ人口が減りユーザー一人あたりの負担が増える、お店が儲かる

・その他、いちゃもん多数


全体を通じて、代替案や根拠のある指摘がなかった。

また「依存症対策になっていない」という意見以外は、

改正内容に関係のないコメント意味がないと感じた。




依存症対策になっていないことについて


現在依存症の人は医療機関サポート機関を利用し、自分自身で治すしかない。

なぜならギャンブル依存症ならば、他のギャンブルに興じるからだ。


心の隙間を埋めるためにパチンコに興じ、自分自身制御できない人も、

自分自身で向き合い解決しなければならない。

ショッピングなど他の依存症と同じだ)


これは警察庁だけで対応ができるはずがない。

あくま警察庁は、管轄パチンコギャンブル性を抑えるために規制する。

遊戯であるので、そこで起こる依存事業者対応するよう要請をしている。

出来る範囲のことをやっていると感じる。



専門家が言っているという意見について、しっかり名前を出していて、根拠のある主張が見つからなかった。

サポート団体の人は、パチンコ依存症の何人かに取材医者匿名)の何人かに取材をしていたが、

全体を見て判断している人はいなかった。

また、この団体代表パチンコの仕組みをよくわかっていないようだった。

ブログの他記事も、ロジックあいまい税金によるサポート必要か不必要か読み取りにくく、

主張に揺らぎを感じた。


しかしながらテレビネットニュースで取り上げられている。

この団体がいう依存症対策とは、重度の方に対しての対策であり、

それは医療機関などもかかわるため、厚労省に言うべきことだ。


主張をするタイミングは、IR法案のこのタイミングでいいと思うが、

主張をする先が違う。




・他のものの方が悪だ


ガチャの方が悪だ。


そんな主張があった。


このパブリックコメントに全く関係なかった。



天下り云々、保通協高い、通しにくくするな


一回140万~160万の費用がかかる。

一回で通るように設計すればいい。

非適合になるのは、規格ぎりぎりで作っているメーカーのせいだ。


私が好きな鬼神7は出荷が350台だ。

一回で適合した場合、一台当たり約4600円。

大した金額でない。


このパブリックコメントに全く関係ない。


・一人あたりの負担がふえる、お店が儲かる


イベント無駄な入れ替えをなくせ!

最終的にユーザー負担になる!

なんていう人にも思うことだが、

お店は必ずしも費用を回収できるわけではない。


人が来なければ、まるまるお店の赤字になる。


打ちに行かなきゃいいがな。

もしくは自分金額決めてうちなはれ。

そうすれば一人の負担は変わらない。


このパブリックコメントに全く関係ない。


いちゃもん多数


国民に対して、わかりやすアピールだけになっているとか

政治家に言えよ。


警察庁にいってどうするんだよ。



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反対派を読んで思ったことのまとめ



警察庁に言ってもしょうがないことだったり、

今回の規制関係のないことだったり、

的外れなことが多い。


なぜこうなるかと考えたが、

やはり射幸性の高い台がなくしたくないという考えが先に来ているからだと思った。

遊戯という名目を取っている以上、その考えを主張できる根拠は見つけにくい。

よっていちゃもんが多くなっていると考える。


そのような人たちは、パブリックコメントなんかに文章を書くぐらいなら、

団体になって議員に訴えたほうがいい。

立法をするのは国会なんだから


パブリックコメントを書こうと煽る

ライター映像会社大手ブログは謎。

https://anond.hatelabo.jp/20170727093610

五つ星採点の場合、残りの☆一つはご祝儀だろ

から他の増田も書いてるが、作者が見てる、評価している自分自身も採点されると思ったら☆一個追加するのが人間心理

https://anond.hatelabo.jp/20170726002853

 マジレスすると男女問わずそういう庇護欲求承認欲求みたいなものは誰にでも発生するし、何もおかしいことじゃないよ

 ただこの手の欲求はもともと存在しなかったものが新たしく生まれてくる、というよりは、「かつては何もしなくても満たされていた(満たしてもらっていた)のに今はそうでなくなったために、その欲求存在に気付かされる」という場合の方が多いように思う

増田のような容姿の衰えや集団内での年齢的立ち位置の変化だけではなくて、例えば「自分のことを可愛がってくれた姉や母が、弟の誕生で前ほどかまってくれなくなった」とか「有名大学に在籍していたころは大学名を出すだけで一目置かれたのに、いざ就職してみると上司に怒鳴られるばかり」とかね

 でもだからといって、「かつてのような状態がそっくりそのまま戻ってくる」ということはありえないので、素直にそれを自覚したうえで、そうした欲求身上を素直に吐き出せる相手吐露して、部分的にでも満たしてもらっては。

ペット赤ん坊かわいい子にするようなやり方しかしかたがないわけではなく、もっと色んな愛しかたがあるので、もっとこれまでとは違う人との関わり方や接し方を模索するのもいいと思う。少なくとも年齢を重ねて、自分自身をより深く理解した人間なら、そういうことだってきっと出来るはず

2017-07-26

一番裏切ってならない自分倫理を裏切るのは本当に辛い

https://anond.hatelabo.jp/20170726173955

本当にその通りでそういう人と結婚できないなら結婚すべきじゃないとも思うけど、やっぱりそうじゃない人多いよね

そして実際のところ不倫なり万引きなりした、ほとんどの弱い人は一生自分自身の罪から目を背けて懸命に自分ごまかして生きていくことになる。

自分に後ろ暗いところがないって本当は何より素晴らしい事なんだけど、大体は軽視して罪を犯ししけたツラして死ぬまでコソコソ生きるんだろう。

そんな自分を誤魔化すために地位を得たり偉いこと言ってみんなに認めもらうことで、罪を忘れようとする。

でも自分が一番自分価値わかってるよね

不倫が起こる理由と私が不倫をしない理由

https://anond.hatelabo.jp/20170726031924

読みました。なかなか辛辣な反応が多い様に見られます不倫、無くなりませんね。結果的に誰も幸せにしない不倫、いい歳した多くの大人がなぜはまってしまうのでしょうか。不倫が起こる理由について少し考えてみました。

1.「相手に悪いと思わないのか」という指摘

不倫問題においてこの指摘が一番多く見られます相手を本当に愛しているなら不倫など出来ないはず、真っ当な人間なら誰もが思うはずです。不倫を行う人は心無い人間なのでしょうか。

1-a.不倫リスクを取ってる実感が湧きにくいという仮説

殺人において、スイッチ一つで間接的に多くの人の命を奪うより、ナイフで1人の人間の命を直接奪う方が、より心的負荷が多いと言われています。2つの違いは実感にあると考えます

DVを例に上げてみましょう。自分の妻に対してDVをする場合、実際に自分の行動に対する反応はそのままタイムラグなしに痛みとして返ってきます。よって直接的な行為だと言えるでしょう。

不倫場合どうでしょうか、他の相手性交渉をする。この場合(その行為をしている所を見られでもしなければ)相手から痛みの反応が返ってくるまで、そこには時間的空間的なラグが生じますそもそも相手に知られなければ痛みの反応は帰ってこないでしょう。

良識のある(と思われていた)大人たちが不倫にハマっていく理由は、遊びとして万引きをする少年たちと同様に、罪の意識を感じていない、または感じにくいからだといえます。また、元の記事を書いた人は自分の妻に対してもう既に愛を感じていないので、より罪の意識を感じにくくなったでしょう。

2.私が不倫をしない理由

私は不倫をしたことはありませんし、したいと思ったこともありません。自分不倫をしない理由言葉にするなら、前提として私は妻を愛していて、何よりも妻に対して何か隠し事をしている、という状態ストレスからです。

先ほど不倫という行為は罪の意識を感じにくい行為だと述べました。不倫をする多くの人がバレなければいい、という気持ちだと思います相手に対して言えないことを自分の中にしまって置くことになるでしょう。

私にはそれが出来ません。なぜなら私は「夫婦」という関係を「他の人には立ち入ることのできない心の深淵を共有し合える関係」だと考えています。この心の共有が自分人生を送る上での大きな支えになっているのです。私は自分のために不倫をしないのです。

3.この記事で私がいいたいこと

自分自身不倫をしない理由について述べましたが、先ほど述べた夫婦の心の共有をみんなにもしてほしい、という気持ちはありません。できないものはできないし、心をさらけ出せるパートナーと巡り会うことは容易だとは思いません。私自身も運が良かっただけ、と思います

そもそも不倫が悪い行為だという考えが正しいかどうかすら私には分かりません。冒頭に不倫は誰も幸せにしないと書きましたが、リスク管理を上手にこなし誰にもバレないまま、秘密墓場まで持っていった人たちが、私たち想像を絶するほどいるでしょう。

奥さんを愛せなかったり、結婚している身でありながら他の人と懇意になる、または性的魅力を感じてそれを実行したい、と思うことは誰にも咎められません。思ったことはしょうがないのです。思いを止めることは誰にもできません

ただ一つ言いたいことは元記事を書いたあなたは今、損をしているということです。あなた自分を優しいと述べましたがそれは自己愛からくる判断先延ばしです。他人を傷つけたとか、正しいとか悪いとかではなく、自分自身が取った行動で自分が今損をしていることを自覚してほしいです。皮肉ではなくあなたを心から可哀想だと思います

こうやってインターネットの海に自己擁護を書くくらいですから、私と同じで、墓場まで秘密を抱えるほど孤独に耐えられる人ではないと感じました。弱い人ほど他者に飢えているので、上澄みの性的魅力や承認欲求、優しさに惹かれて不倫に走りたくなるけれど、弱い人ほど不倫に向いてないのです。願わくは、自分が本当に心を開ける相手を見つけて、そしてより生きやすくなれることを祈っています

ゴキブリはどこに行ってもゴキブリしかない

これは一個人愚痴しかないのですが、誰かに言えそうでもなく、それでも何処かにぼやきたくなった為ここに書かせていただきます

私は所謂世間で言う腐女子です。私自身の気持ち的に、元腐女子と言った方がいいかもしれません。

元々私自身が腐女子となったキッカケは高校部活の先輩のススメでした。

共通して好きだった作品を通して会話をしていて、誰が好きなの?と聞かれた時にこの人が好きです、と答えたところ腐向け作品を教えてもらったのです。

前々からBL存在は知っていましたが、さして興味も無く、手を出す機会もなかったので先輩のオススメを読んだのが二次創作BLに触れたキッカケでした。

読んだその時の感想としては絵も上手だし、好きなキャラが描かれている訳ですから単純な私は「ああ、これ凄く可愛いなぁ」と私は率直に思いました。

ただ今よく考えれば私の他人の顔色を窺ってばかりな性格も災いしてか、先輩が良いと言ったものから!と右にならえで賛同しただけだったのかもしれません。

それでもその先輩に「この前教えてもらったの、凄く良かったです」と感想を伝えた過去の私がいましたので、そこから腐女子としての生活が始まりました。

腐女子としての生活といっても何ら特別な事はありませんが、イベントに行く・参加する、漫画を買い漁る、ネット二次創作を見る、ツイッター交流する、などが主でした。

今振りかえっても、悪い思い出ではないです。寧ろ掛け替えのない思い出だと思います。楽しかったですし、とてもとても充実していました。

ツイッターで出来た特に交流が深い所謂価値観が近いフォロワーと、この作品面白いよ!と言い合ったり

この作品だったら「○○×△△」だよね、そうだよね!だなんて会話をして盛り上がったりというのはしょっちゅうの事でした。

ただ人間何が起こるか分からないもので、私はとある理由から一時ネットから退いたのです。

己の薄情さを自分自身ひしひしと感じましたが、それまでの関わり合いというのは一切シャットアウトしてただ一人殻に閉じこもるみたいな生活になってしまいました。

そんな生活に陥ってしまう程に自分としては精神的にもまいっていて、塞ぎ込んでいた所、とある作品出会いました。

こんな風に書けば大袈裟かもしれませんが、この作品のおかげでかつての「楽しい!」という気持ちも芽生えたし、新しいCDやグッズが出るから買いに行かないと!と当初は避けていた外出も行えるようになりました。

私としては純粋にこの作品がとても好きで、楽しくて、素敵だと思ったのです。ただ一人、その作品を見て読んで聴いて楽しんでいました。

そんな生活を続けていると気持ちも徐々に復活してきて、割愛しますが色々な機会もあったので、私はまたPixivであったり、ツイッターだったりそう言ったSNSサイトを閲覧したり、私自身も再び参加する様になりました。

ただとある日、その作品二次BL作品を見かけた時に私は今まで感じた事のない「嫌悪感」の様な物を感じたんです。

原作は勿論BLジャンルではないので○○と△△は付き合っていません。

友情関係の結びつきで○○は△△に「好き」とは言ったけどそれは別に恋愛感情ではなく、ブロマンスとして最高の感動シーンなはず。

それでも○○の△△に対しての感情を「恋愛感情」として置き換えた、そんな二次創作でした。

その事に対して私は嫌悪感を抱いたんだなと思いました。大好きな作品、その登場人物を歪められたと思ったんです。

そこまで思ってハッとしたのですが『私が今までやってきた事ってこれと同じじゃないか』と思いました。

私がとある作品大事なように、誰かにとってもそうである作品を今まで私は歪めて捉えてきたんだ。

それは原作者にも熱心なファンにも凄く失礼な事だったな、と本当に今更ながらに考えました。

考えれば当たり前の事なのだと思います。なんと自分は身勝手なんだろうと思いました。

今も昔も自分の楽しさ、自分の考えを押し通すように生きている、そう思いました。

ただ世の中に「腐媚び」という概念がある様に、そう明言されずとも明らかにそれを狙い澄ましたような演出があるのも確かだとは思いますが、それでも純粋作品を愛している人にとってはどうでしょうか。失礼に値するのではと思う訳です。

それでも一人一人に嗜好という物があるのですから二次BLを好んでしまう人が大勢いるのも仕方がないことです。

ですが今、ツイッターを覗いてみると「BL二次創作は当たり前」だと隠れず、何も見えないようにアカウントを非公開にもせず大多数からの閲覧が出来る状態で堂々と呟いている人が多いのが目に見て明らかです。

作品公式アカウントリプライカップリング名をツイートしてみたり、○○×△△は公式からツイートしてみたり。

自分の嗜好と合わなければ「地雷」だという言葉を使って他者殺傷物呼ばわりして跳ねのけてみたり、逆カプ(自分が好きなカップリング〔○○×△△〕とは逆の組合せ〔△△×○○〕)は潰れろと、自分過激派から~と前置きしていってみたり。

自分想像とそぐわない事が起これば「解釈違い」だと言ってみたり、ましてや公式に対して気に入らない事があれば「公式解釈違い」と騒ぎ立てる事も見かけた事があります

ましてやあるキャラ過去を知っているキャラが現れただけで「元カレ」だとお祭りの様に騒ぎたてたりするのは、個人的に「取り敢えずBLにしとけばいいや!」くらい、ちょっと軽率すぎなんじゃないだろうかとも思います

自分解釈を、自分の嗜好を何だと思っているのでしょうか。あなた公式なのですか。過激派から何言ってもいいですか?テロリストと一緒でしょう。と思うと、不信感ばかりが募ります

フォロワー数が多い人の発言鵜呑みして少数派の意見を摘み取っていくのも、つぶすのも、その発言がさも公式だと振舞う様にも首を傾げざるを得ませんでした。

ここまで来て、自分腐女子であった事に対して罪悪感を抱くようになりました。

マナーがいい方も、優しい方もいます。ちゃんとルールを守ってひっそりと楽しんでいる方もいます

それは当然の事でした。ただ自分自身、そんな勝手気持ちがムクムクと大きくなったのです。

誰に関係ある事でもないので、私はそっと「見たくない人は見なければいい(この意見も極端だと思いますが)」という意見の元、またツイッターPixiv等をパッタリ退会しました。

そんな中でも自分自身の汚い所で「私と同じ気持ち人間がいるんじゃないのか」と探してみたい気持ちになって、辿り着いたのがBLが嫌いな人達が書き込む掲示板でした。

そこの掲示板にもなかなか過激な事が書かれてありましたが概ね同意するような内容ばかりで頷く事も多かったのですが、書き込むルールという所に「元腐女子もここでは厳禁」と書かれてありました。

あぁここにいる人達からしてみれば、私も何ら嫌悪する対象と変わりがないんだなぁ、と思うと、そのページを閉じるしかする事がありませんでした。

それに私としては見る、見ないはさておき一次BL存在自体、何もおかしいとは思わないのです。

前にツイッターで「大豆は一度腐って納豆になったら、もう二度と大豆には戻れない」と書かれてありましたが、自分はそうでないつもりでも他者からしてみたら全くもってそうなんだと思いました。

腐女子俗称で「ゴキ腐リ」とありますが、やっぱりゴキブリはどこに現れようがゴキブリのままで、納豆納豆のままなんだと思いざるを得ません。

これが今まで通ってきた業だと思い、受け止めようと思ったのですが勝手ながら寂しいのも事実でした。

結果ここに甘えて、このような書き込みをしてしまう事を許していただければ幸いです。

随分と長々、自分勝手な事ばかり書きならべて申し訳ありませんでした。

追記

こういう場に書き込んだ以上矛盾した言い方ですが、こんなに人に見られるものなのだなと内心驚いています

この文章にて他の腐女子の方々を巻き込むように、ゴキブリと明記した事は配慮に欠ける発言だったと思います

一部界隈でそう呼ばれていた為、これを書いていた時はただ単純に自分を嘲る為に用いましたが他者の目に触れる以上大変不用意でした。

他の方の気持ち推し量らず、感情のまま書き並べて申し訳ありませんでした。

ただ同性愛差別をしていることにつながるのでは、という事に関しては同意しかます

ここまで書きたてておいて今更どう思われても仕方の無いことですが、ただ純粋作品の一キャラクター発言をそういう風には捉えてほしくなかったという一心だけでした。

そのキャラクターが同性に対して恋愛感情を抱いているようなニュアンスでの発言の上だったらこのような気持ちにもなっていません。

あと腐女子自体が嫌いになったわけでも「仲間にしないで!」といいたい訳でもないのです。

また、自分腐女子であったため腐女子マナーを例に挙げましたが、百合が好きな方であろうが、男女カプが好きな方であろうが人目に触れてはいけないものはいけないと思います

自分文章能力の低さや偏った思考を大変恥ずかしく思いますが、色々とコメントを頂いて自分を考え直すきっかけになりました。

このような稚拙で幼稚な塊のような文章を読んでいただき、またコメントを頂き、有難う御座いました。

なんかこう

他人に対して腹をたてるということが、

けっこうな頻度であったんだけども。

それは、実は自分自身に向けられるべきものなんじゃないかという風に思えるようになって。

そこからまり腹が立たなくなった。

まりはそういうことなんだろう。

2017-07-25

境界性人格障害の人に依存されたらどうしたら良いか、を読んで

内容のゴタゴタについては関係ないのであまり触れない。

境界性人格障害の人に依存されたらどうしたら良いか

http://naoyaito.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-59be.html

この文章は、一見理路整然と書かれているし、一般論の話をしているようだが、実際は著者自身自分欲求を書いているだけだと私は読んだ。

「好きだよ」「ごめんね」を使って、犬のしつけのように相手思考矯正する

「好きだよ」「ごめんね」を使って、犬のしつけのように私の思考矯正してくれ

別れないのが本当は一番

これなんかそのまま。

この人の文章や行動パターンは大体がそうで、たしか境界例っぽい。

相手の行動をとにかく管理して支配して縛りたいというのが強い。

ブログではうまく書いてあって著者が被害者のように書いてあるが、加害者である側面も多い。

不倫関係相手が悪いと一方的に書いてあるが、不倫関係を了承して実行いる時点で彼女自身、奥さんに対しては加害者であるし、共犯でもある。

奥さんの悪口一方的ブログに書いて、なので、若くていたいけな自分は悪くない、と印象操作しているのは見事だなあと思った。

不倫してストーキングしてブログを書いて脅迫してリベンジポルノアップロードして、と不法行為の嵐なんだが。

モラハラ加害者境界例の人でこういうのが上手い人も多い。周りの人を信用させるのに長けていて自分立ち位置が解っており、印象操作うまいのだ。

年齢に関しても巧妙に隠してあり、看護学校卒業と書いてあったので随分若いのかと思ったら

Aさんの件について http://d.hatena.ne.jp/naoya/20170725/1500942772

を読んだ限りでは若くても二十代後半、三十代前半かもしれないので特に若くなかった。立派な成人女性だ。

中絶に関しても

http://naoyaito.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/2016927-f401.html

に書いてあるとおり、相談もなく中絶している。

避妊してくれなかったからだ、と書いてあるが、避妊しない人と継続的に性行為している時点で自分自身でも選んでしている行動なのに、相手が悪いことに著者の中ではなっている。

境界例の人の特徴としては、支配的に振るまうために、自分に有利なカードを手に入れたなら被害者ぶって相手を従えようとする。

不倫関係からあなたは私に負い目がある、大事にするべき。

子供を降ろさせたんだから私を大事にするべき。

境界例人間理解しようとするのに役に立つのは、異常に「支配的」だということだ。

境界例の人に依存されたらどうしたらいいか

この文章鵜呑みにしてはいけない。

一番いいのは全く個人的には関わらないことであるターゲットにされないように振るまうのが一番いい。

境界例の人の見抜き方は、初対面で異常に距離感が近くしようとする人である

そして自分を不幸な人間宣伝して同情心を煽ったり過度に魅力的にふるまう。自分の気にいるように異常にふるまってくる人間は要注意である

普通人間は過度にそうはしない。

時間をかけてゆっくり仲良くなってもいいからだ。だが境界例の人たちはそれを待つことができない。見分ける一つのポイントである

依存されてからは、一対一で会うなんて以ての外である絶対に良い結果は生まない。もっと酷いことになるだけだ。


まず境界例の人たちとまともな議論ができる人間ほとんどいない。

この人たちはまさに自分実存をかけて他人依存しているので、十言えば百帰ってくるし、自分矛盾には気づかないし、指摘しても相手の非を延々と責め続ける。

普通人間はそれに疲れてしまうので謝ってしまったり言うことを聞けば楽になれるんだろうかと洗脳状態のようになる。

特に今回のような場合は、相手四面楚歌になっているに違いないしそういう状況に追い込んでいる。

そこで自分だけは優しくして、甘やかしたりなだめすかせば言うことを聞かせることができると思っている。

DV洗脳状態に戻るだけだ。絶対に会ってはいけない。

境界例の人は、助けてくれ、自分をなんとかしてくれと折に触れて延々訴えてくる。

お前のせいでこうなったお前のせいでこうなったと延々とわめき続けるだけだ。自分葛藤他人押し付けたいのだ。

恨みつらみを後で爆発させて、こうなったのはお前のせいだと怒り出す。境界例の人がこうなったのは境界例の人のせいである。

この人たちはそれがわからない。

境界例の人に依存されたらどうしたらいいか

一番いいのは全く関わらないことである自分自身と向き合うことから逃げないで他人依存しない自分自身人生を生きることが一番本人のためになる。

境界例の人たちはじゃあどうすればいいのか。

境界例の人たちが自分をどうにかするのは境界例的なパーソナリティ自分自身で受け入れ自分自身の力で変わっていくしかない。

依存対象に何かを求める時点でおかしいのである

自分自身性格自分自身しか変えることはできない。

境界例的な人格であっても幾つかの不適応を起こす部分を変化させれば、十分に社会では生きていける。

そして自分自身人生を生きることは素晴らしい。

節約生活貯金するなら一人暮らしは食費よりも大切にしてほしい3つのこと

節約生活貯金をするなら、一人暮らしは食費節約よりも大切なことがあります

運よく社畜生活から抜け出すことができても、すぐに収入の目途がない生活では貯金を切り崩していくか、節約生活暮らしいかなければなりません。

一人暮らしならば、これから書くことを守れば何とか節約生活をしながら貯金もできるでしょう。

一人暮らし節約生活貯金するなら?



一人暮らしでも楽しく節約生活をして、貯金をしていくためにはどうすればいいのでしょうか。

実は食費を節約するよりも大切なことがあるんです。

(1)夏場のクーラー代(電気代)は節約しない


暑い夏になると、クーラーを付けたくなりますが、電気代を気にしてクーラーをつけない人も多いことでしょう。

実はこれはあまりいい節約生活ではありません。

我慢は体に毒です。

適正温度を守れば電気代はあまりからない


快適な環境の中で過ごさないと、ストレスは溜まりますし、熱中症夏バテなどで余計な体力を奪われます

28度の適正温度をしっかり守って、扇風機を併用すれば涼しくなりますし、そこまで電気代は掛かりません。

クーラー電気代は、ONにして部屋全体を冷やすとき電気代が掛かります

温度が一定になれば、電気代はそんなに発生しません。つけたり、消したりする方が24時間つけっぱなしよりも節約できないんです。

涼しい快適な部屋でブログを書いて稼ぐ方が賢い節約生活


節約生活のために暑い暑い部屋で我慢するよりも、快適な環境仕事ブログを書く方が貯金はできます

クーラー代をケチって体調を崩しては、病院代で電気代以上のお金を使っている人は結構いるものです。

涼しい快適な部屋でブログドンドンと書いて、広告収入節約以上のお金を稼げば問題ありません。

(2)節約よりも自分自身投資をする

節約生活だけで貯金金額はなかなか増えていきません。

やはり、貯金金額を増やしていくためには、自分自身投資をする「自己投資」が大切です。

節約疲れで何も成長できない人生は、生きている意味や楽しさがなくなっていきます

節約生活のもの楽しい生活にするためには、本を買ったり、ブログで稼ぐための独自ドメインレンタルサーバー代に充てるのがいいですね。

目に見えないものお金を使うことが、節約生活よりも貯金ができることに繋がります

健康管理が1番の節約生活

一人暮らし節約生活には食費を削ることが最適かもしれませんが、やはり健康管理のためにも食費は削りすぎないことが大切です。

バランスよく食事をとって、適度な運動と快適な睡眠を心がければ、余計なお金は使いません。

なんだかんだいって、健康管理が1番の節約生活になるんです。

その結果、貯金もできますし、もっと収入が上がる生活にもなっていきます

節約生活のために食事を抜いたり、安いカップラーメンだけで済ます食事は辞めましょう。

節約生活貯金するなら一人暮らしは食費よりも大切にしてほしい3つのことのまとめ

やっぱり、快適な環境生活したいですし、その快適な環境を作れるのは、自分自身ですからね。

節約生活貯金も大切ですが、収入を増やす方が簡単です。

ブログサイト作成して、お金を稼ぐことができれば、我慢する節約生活から抜け出すことができます

食費よりもまず、快適な環境つくりを目指してくださいね

節約生活シンプル暮らしをすれば月10万円くらいで生きていける

節約生活を楽しむ人はたくさんいますが、本気で生活が苦しくて節約生活をせざるを得ない人達もいるのが現状。

けれども、独り暮らしシンプル暮らしをすれば、月10万円くらいで生きていけるということ。

もちろん、住む場所環境によっては難しいですが、地方住まいならば月10万円で十分に楽しく生きていけます

そんなシンプルかつ楽しい節約生活方法を具体的に書いていきますので、参考がてらに読んで頂ければ幸いです。

節約生活の基本はシンプルイズベストに限る

節約生活をしても人生が楽しくならないのなら、それは無駄節約生活かもしれません。

お金は残るかもしれませんが、人生に素晴らしい足跡は残りません。それでは一体何のために生きているのかがわかりませんよね。

節約生活の基本はシンプルイズベスト

シンプルに今現在必要のないものは「買わない・持たない・貰わない」を守りましょう。

家の中にある8割の物は使わない

貧乏な人ほど家の中がゴチャゴチャとしているもの

節約生活を始めるのなら、まずは使わないものを整理するなり、捨てるなりしてはシンプル部屋(シンプルライフ)をとことん目指すのがおすすめ

何もない殺風景な部屋は心が病みそうですが、基本的にはそれに近いものOKミニマリストなども流行っていますが、そのようなブログサイトを参考にするのもいいですね。

自分自身の部屋を確認すればわかりますが、家の中にある8割の物は使っていないことに気づきます

埃が積み重なっている古い持ち物もあることでしょう。

節約生活を始める前に、ぜひそのような古い持ち物を確認しては潔く捨てたいものです。

シンプル節約生活を目指そう!月10万円の理想の内訳

理想シンプルライフでの月10万円の内訳といっても、これが正しいという訳ではありません。

自分自身環境と上手く照らし合わせて参考にして下さいね

基本的にはこのくらいのシンプル節約生活理想。成人の人間が独りで生きていくのなら、これくらいの内訳で十分に生きていけます

贅沢をするのは自由ですが、その贅沢の感覚も本当に人それぞれ。

何が贅沢でどのような生活質素なのかは感じ方しだいですからね。

節約生活シンプル暮らしをすれば月10万円くらいで生きていける話のまとめ

節約生活の達人になれば、月10万円以下のシンプル暮らし可能でしょう。

けれども、何ごとも無理は禁物ですし、節約疲れ人生疲弊することほどバカらしいのもありません。

「月10万円では生きていけないよ!」と嘆きたくなる人もいるでしょう。

そういう人はまず、ガチガチにコリ固まった先入観を取り除くことが大切。節約生活に限らず、まずはやってみなければわかりませんからね。

やってみると案外月10万円以下で暮らせるかもしれません。それならと、浮いたお金旅行に行くなり、美味しい物を食べるなりして人生もっと楽しめます

節約生活はより楽しく生きていくための知恵でもあります

自分なりの節約生活模索しては、これから人生を楽しく生きていくためにシンプル節約生活を心掛けていきましょう。

naoyaはてなダイア...

2017-07-25 09:32

■ A さんの件についてAdd Starnetcraft3 (blue)gorilla-boots (green)s-wool (green)karma_tengu51ochikobore1234

以下、A さんとします。

A さんとは 2015年終わりくらいから徐々に、本格的な交際関係に発展していきました。それまでも A さんとは体の関係はありましたが、都度の関係性で、まだ交際関係にはありませんでした。当時 A さんが何度かプライベートのことで落ち込み、死にたいということも含めて私に相談することがあり、それをケアするようになってから関係が深くなっていったように思います彼女は非常に知性的で、私の仕事の話もよく理解してくれることに魅力を感じていました。

しかし既婚者であり離婚は考えてはいなかった私は、彼女人生責任を取ることができないとわかっていました。それにも関わらず関係を深めてしまったことが、最終的に A さんを大きく傷つける結果を招きました。本当に申し訳ないことをしました。

私は A さんに好意を持っていたもの離婚は考えていなかったため、A さんから自分たち関係は何なのかを質問されるようになっても、よくはぐらかしていました。2016年 2月頃、その私の態度に悲しんだ A さんがリストカットを行ったため、私は慌てて、私たち交際関係にあると伝えました。自分精神面で支えてあげなければいけない、そう思って交際することにしました。今思えば、この頃自分がそれ以上踏み込むことをしなければ、A さんをここまで傷つけることにはならなかったのではないかと思います

婚姻関係にありながら A さんと交際する中、私は A さんにお酒の席や LINE などで、家庭の悩みや愚痴を打ち明ける機会が増えました。その愚痴には誇張も多数含まれています。今回 A さんが書かれたブログには、その打ち明け話を元にした妻の姿も記載されていますが、それらは実際の妻とは異なります。私は、私が原因でうまくいってない家庭の悩みを妻のせいにして、それを A さんに伝えてしまっていました。その話が膨らんで、妻の虚像の元になってしまっています。妻はクレジットカードブラックリストにも入っていませんし、浪費癖もありません。自分で働いてコツコツと貯めたお金開業資金に、最近起業したばかりです。私の放言が A さんに妻を悪く思わせてしまっただけでなく、起業したばかりの妻のパブリックイメージも大きく傷つけることになってしまいました。自分自身の失敗をきちんと見つめることができず他責にしてしまう、私の人間としての未熟さが出てしまったと思います

A さんと私が以前から体の関係があったことは先に記したとおりです。当初は A さんも私も双方で避妊をしていました。そのうち、Aさんが避妊しているので私の方は避妊をせずに性交渉をするようになりました。A さんはちょうど私と関係が深まったころに、Aさんの避妊を止めました。私はそれを知りながら、かつ妊娠可能性もわかっていながら避妊なしでの性交渉に及びました。何度か避妊をしたいと A さんに伝えたこともあったのですが、日頃 A さんの申し出を否定すると A さんがリストカットに走ったり、ネットに私のことを公にすると迫ることがあり、それが怖かったこともあって結局は避妊せずに性交渉を続けてしまいまいした。

2016年9月ころ、A さんは妊娠して中絶しました。この妊娠中絶事実を私はその後もしばらく知りませんでした。A さんは私を制裁するためにブログを以前から用意していて、喧嘩になるとそのブログを公開すると私に迫るようになっていたのですが、後の 2016 年12月に、会食で私が A さんの LINE に応答せずにいたことで私がいなくなると恐怖した A さんがブログ公開しました。それを読んだことで妊娠中絶のことも知りました。本当にブログを公開されたことは怖かったですが、それ以上に、妊娠中絶のことにとても驚き、後悔の念でいっぱいになりました。A さんに謝罪をし、二度と同じことを起こしてはならないと考えそれからしばらくは、性交渉もつことをやめ、A さんと会う際はお茶食事のみに留めるようにしました。

しばらくして、再び A さんと性交渉に及ぶ機会になった際、私は避妊したい意思を申し出ました。しかし A さんは、再び子供妊娠して次は中絶せずに生むことを決心していたため喧嘩になりました。このとき妥協案として、せめていつまでか時期を決めてほしいと問われたので、私は A さんが就職する 4月までは少なくとも避妊しようと打診しました。この会話が A さんにとっては 4月になったらまた子供を作ろうと約束した、という認識になったようです。約束できないなら約束できないで、はっきり NO と述べれば良かったものを、ここでもまた相手の反応を恐れて曖昧な返事をしてしまう私の悪い癖が出てしまいました。

この当時には、私は A さんとの関係を今後どうしていくか悩んでいました。A さんのことを支えたい気持ちはありつつ、離婚することは考えていない。その中途半端な態度が A さんを傷つけ、A さんに私を制裁したいという感情を抱かせて喧嘩になってしまう。これの繰り返しでした。

やや話は前後しますが同じ頃、2016年10月に、私と A さんが外で会っているところを盗撮した数十枚の写真が妻の元に届きました。その送付先は、すでに退職済みであった妻の元職場でした。元同僚が中身をみて驚き妻に転送したようでした。妻は狼狽していました。予想外のこと驚き、怖くなった私は、この件をきっかけに区の相談所などに相談をはじめました。その勧めで、警察相談することになりました。

警察では、A さんとの関係解消をするに伴う制裁が怖いなら、警察彼女を連れてきてその場で警察官立ち会いのもと話をすれば良い、とアドバイスされました。これが後に、私が彼女警察に連れて行く動機になりました。

A さんをすぐに警察につれて行かなかったのは、私の中でも本当にそれをしていいのかと、ずっと躊躇があったからです。被害届を私が出すことで、警察は警告を含め動くことができると言われましたが、それをしたときに何が起こるか想像すると怖くて、すぐには決心できませんでした。結果、警察相談したにもかかわらず軟着陸できないものかと、ずるずると関係を続けました。

2016年年末には、A さんから指輪を買ってほしいとせがまれました。それまで A さんには、生活費と称してほぼ毎月、いくばくかのお金を渡していました。12月はそのお金はいらないから、それを指輪に回してほしいとお願いされました。このとき買った指輪を、A さんは婚約指輪だと認識したようでした。これは最近、初めて知ったことでした。離婚はしないことは何度も伝えていたつもりでしたが、やはり日頃の私の曖昧な態度が、A さんにそう誤解させてしまったのだと思います

2017年1月頃になると、A さんとの会話はよくトラブルになることが多くなりました。それでもなお、私は自分意思をはっきりと A さんに伝えることができず、A さんはそれに傷つき関係性は悪化していました。そのうち A さんは私だけでなく妻にも関心を持つようになり、妻を殺害するなどの発言をするようになってしまいました。

状況を危惧して、私と A さんはふたりカウンセリングを受けることにしました。カウンセラーは A さんが探してくれました。カウンセラー先生出会ったことで、非常に安堵して、1 on 1 のカウンセリング号泣してしまったのを今でもよく思い出します。

しかし、このカウンセリングをもってしても、関係自体はそれほど改善しませんでした。

A さんとの LINE電話でのやりとりが昼夜問わず頻繁に交わされるようになり、仕事だけでなく、頭痛吐き気、不眠などの鬱症状が出始めるなど私の体調にも影響が出てきました。体調が優れないときにやりとりをすると、A さんに優しくすることができずに喧嘩になる。悪循環でした。

避妊をしないという約束をした4月も近づき、それまでにはなんとかしないとと思っている中、心身共に限界を感じたため、2017年2月に、六本木麻布警察署の向かいレストランで A さんに関係を解消したい意思を伝えました。もしそこで、何かあった場合は、警察場所を移動するために選んだ場所でした。結局この日は、警察には行きませんでした。

話し合いが別れたい、別れたくないと平行線になるとどうしても、A さんは「じゃあブログに公開して死ぬ」、私は「それだと警察に行くしかないじゃないか」という言い合いになりました。そこで私から「じゃあ、一切そういうことはしないと約束する代わりに 1,000万円を慰謝料として用意する」という提案しました。しかしそれも実現には至りませんでした。結局、その 2/13 日から一週間ほど後に A さんが看護師試験を控えている、それを乗り越えるためにも、その日は結論は保留することにしました。

私は以前から、A さんが看護師になることを楽しみにしていました。A さんは大学卒業後、自分でお店を経営したり、たくさんのバイトをしたりとで非常に苦労してきたあと、3年間学費自分で出して看護学校に通い、就職先の病院も決まりようやく看護師になるという道が見えてきたところでした。その道を卒業間近のいま駄目にしてしまうことは、全く望んでいませんでした。

このとき判断は保留にする、別れるとは言わない代わりに、私から、じゃあこれから先、脅迫行為は一切しないで欲しいと本人に約束してもらいました。

この約束甲斐もあって、それまで毎日のようにあったいざこざが無くなって、A さんとは仲良く会話ができるようになりました。それからの一ヶ月は、多少の喧嘩はありましたが以前ほどは深刻ではなく過ごすことができました。

しかし、A さんが看護学校卒業式を終えた翌日、仕事中の私に LINE が来てまた以前と同じようないざこざが始まってしまいました。その間、一ヶ月間が経っていたためか、なかなかその会話は良い方向へ向かわずネットへの公開や妻の殺害など脅迫行為もまだ始まってしまいました。限界でした。私は意を決して、再度 A さんに関係解消を伝えようと A さんの自宅へ向かいました。

自宅へ着くなり、A さんには関係解消の意思を伝えました。予想通り、揉めました。私はこれ以上私を脅迫するなら警察に行こうと伝え、A さんは別れたくない、別れるなら死ぬという言い合いになりました。そして A さんが窓から飛び降り自殺を図ろうとしたため、私は A さんを力任せで無理矢理窓から引きはがし、そのままマンションエレベータまで引っ張りだしました。近所に交番があることは知っていたため、なんとかすれば交番の人たちに気づいてもらえるだろうと言う意図がありました。このとき力づくで A さんを引っ張ったことで、怪我をさせてしまいました。

交番の方々が駆けつけ、事情説明すると私と A さんは警察署に移動することになり、その警察署内で、A さんには私に二度と近づいてはならいという接近禁止警告がなされました。署内で最後に A さんに直接、これまでの謝罪意思を伝えて、朝方その場をあとにしました。

その直後から、A さんは私のことを書いたブログを公開し Twitter にも交際中の写真などをアップロードしはじめました。それらは警察からの警告などもあってすぐに取り下げられ、今回ほど騒ぎにはならずに済みましたが、私にはとてもそれが怖かった。

いま思えば、私のやり方は非常に良くなかったと思っています。後に A さんも、もっとちゃんと話し合いたかった、突然警察に連れて行かれて何が何だかからなかったと言っていました。私は、自分脅迫されているという恐怖心と被害者意識が非常に強くなっていたため、A さんとじっくり話すということよりも、関係を解消するということに焦ったんだと思います。そして、私はそもそも既婚者であったり、A さんの申し出に曖昧な返事しかしてこず状況を悪化させたり、妊娠中絶の件であったり、そして妻を深く傷つけていることな自分にたくさん取り返しのつかない非があることも内心わかっていました。しかし、自分脅迫されていた、こうするしか方法がなかったという被害者意識に逃げ込み、それら自分の非を認めることができていませんでした。

きちんと自分の非を認め、A さんに謝罪をし、A さんから制裁を恐れることなく誠意をもって向き合っていればもっと違った結果になったかもしれません。

それから先は、双方弁護士を通じて会話をするようになりました。

弁護士を交えての話し合いは、当初は比較的穏やかに進んでいました。私も徐々に反省できるようになり、謝罪意思がありました。しかし、時間が経ってくると、A さんから弁護士を交えずに会話したい、もっと早くに会いたい。また元の関係に戻りたい、子供を作る約束を守ってほしい、それができないならネットですべてを公にするなど、Twitter 上での脅迫が始まってしまいました。途中、私の性行為中の画像が公開されたりということもありました。

ネット上での緊張したやりとりが続いたことで、私もだんだんと態度を硬直化させてしまい、結果、芽生えていた謝罪意識が、ここでまた被害者意識に反転していまいました。慰謝料を払う意思もありましたが、どんどん「何でこんな目に遭っているのに・・・」という気持ちと共に、薄れていきました。面会は本来自分の侵した罪の償いのためでもあったのですが、暴露などが何度か続くうち、私にとっては、被害を最小に抑えるという目的にいつのまにか変わっていました。

6月7月と二度弁護士同席のもとでの面会がありましたが、そこでは謝罪するではなく、言い合いになってしまいました。

こうしてなかなか終着点が見えない中、A さんが意を決して、ブログの公開に踏み切ったのが先週水曜日です。A さんから見ると、なかなか自分の非を認めない、謝罪もない、あげくお金も払おうとしない私の対応が許せなかったんだと思います

今回こうして騒ぎになったことで、私も一人で自分自身を見つめ直すことになりました。責任をとれるわけでもなく A さんとの関係性を深めてしまったことがそもそもの私の間違いですが、より大きかったのは被害者意識を盾に、自分の間違いを認めることから逃げてしまったことです。A さんはそれによって傷つけられたのではないかと思います。また同じ自分の未熟さが、同時に妻をも傷つけました。

今回こうして、あえて公のブログに書いたのは、私自身の間違いをきちんと公の場で認めること。そしてそれをもって、A さんに謝罪すること。妻に謝罪することです。

読んでくださった方に一点だけお願いがあります。ここに私が書いたことは A さんがブログに書かれたことと、矛盾していることも多数あるとは思いますしかし、A さんがブログにかかれたことは A さんにとっては事実だったんだと思っています事実そう思わせてしまったことは、私に非があります。ですので、もしこのブログを読んでそう思ったとしても A さんを責めることはしないでください。これだけはお願いします。

A さんには今後、直接面会しその場で改めて謝罪をしたいと思っていますしかし、A さんは今、今回捨て身でブログ公開に踏み切ったため自分が表に出ると逮捕されしまうことを危惧されています。私は、私の過ちを認めるつもりです。A さんを今回のことで刑事告訴することは考えていません。これもまた公の場で宣言することで、A さんにそれを信じていただきたい、そういう気持ちです。お金約束通りお支払いしようと準備しています

自分の浅はかさ、未熟さにより A さんを深く傷つけてしまったことを非常に後悔し、反省しています。また妻にも申し訳ないことをしました。会社の同僚や、私をこれまで信頼していた周りのみなさんをも裏切ることになりました。大変、申し訳ありませんでした。

https://anond.hatelabo.jp/20170615122840

ジャンプ漫画面白い人にはアフタヌーンは向いてない、ただそれだけでは?

青年誌少年誌は似ているようで全然違う

まあ、モーニングイブニングと比べても、マイナー色の強い雑誌ではあるし、

自分自身いまのアフタヌーンで読みたいのは「波よ聞いてくれ」くらいで、カラスヤサトシの連載終了で雑誌買うのやめちゃったんだけど。

頭の良さは所詮相対的もの

自分頭脳に自信がある人は、いちどランダムにクソ難しい数学書を手にとってみて、それをすらすら理解できない自分自身と向き合ってみるといい。

これが、学校落ちこぼれしまう人たちの気持ちなのかと。たしかにこれは恐怖だよね・・・

上には上がいるもので、自分がどんなに難しいと思う本の内容も初見ですらすら理解してしまう人たちはいる。

上には上がひたすらいて、下も下がひたすらいる。こういう状況のなかでどう生きるべきか、もういちど考えてみたい。

2017-07-24

景気良くなってきてるよね?

自分自身収入は若干上がったくらいだけど

街(地方田舎都市)に出ると以前よりも圧倒的に高めの車が多く走っている。

田舎から、金の使いみちは限られていて、わかりやすく車に現れるんだけど

こんな田舎でも目に見えて景気の良さがわかるのに

テレビでは高給取りのタレントコメンテーター否定する。

景気良くなるとなんか都合がわるいんだろうな。

2017-07-23

名言人生とは何か?この記事のような哲学めいた本を読んでいる場合ではありません

名言ぽいことを書いている本などを読むと、「人生とは何か?」「人生とは旅である」といったことがよく書かれています

別にそれらを否定するわけではありませんが、本当に人生について考えるときに「人生とは何か?」と、哲学めいた本を読んでいる場合ではないということ。

あらゆる名言本に一時的な安らぎを求めるのはいいですが、それではいつまで経っても人生について何もわかりません。

人生とは何か?

今回はこの哲学いたことについて、気軽な気持ちで少し考えていきましょう。

本気で考える!人生とは何かということ

私なりの自論で「人生とは何か」というと、それはできる限り怠けること。 

毎日日曜日的な生活実践することです。そのためにも経済的な余裕はもちろんのこと、精神的な余裕は必要不可欠。 

どちらが欠けていてもこれらの生活は成し遂げられません。

中には仕事一筋の人生の方がいいという人もいるでしょう。それはそれで素晴らしいことですし、考え方は本当に人それぞれ。

大切なこと自分にとって、「本気で楽しい人生とは何か?」を追求し続けることですからね。

そこに他人の目やくだらないプライドなどは必要ありません。あるがままのスタイル自分人生を築きあげていきましょう。

真面目に生きることだけが全てではない

世の中の大半の人達は、他人と同じような生活をしがちです。

違うレールに外れることを極度に恐れすぎては、望んでいない人生勝手に歩んでいます。それ故に文句愚痴を吐いては精神病み毎日まらないとボヤキ倒す生活

果たして、それらの人生は本当に自分自身が望んでいた人生なのでしょうか。

真面目に生きることだけが人生ではないですし、全てではありません。もちろん、犯罪者になろうということではありません。

 真面目に生き続けてきた中で、ふと「人生とは何か?」と哲学めいたら、それは少し危険信号ということだけは理解しましょう。

人生とは何か?」と寝る前に考えてしまう人へ

人生とは何か?」と哲学いたことを考えるのは、寝る前に多いという人は結構ます

私自身も寝る前にはよく「人生とは何か?」と哲学しました。

別にそれを考えること自体は悪いことではありませんし、むしろ考えるべき行為いつまでも他人人生ばかりに嫉妬している人生よりかは数百倍マシですからね。

けれども、毎日のように「人生とは何か?」と哲学めいては、名言本などを読んでいる場合ではないということ。

人生は行動なくして変化は訪れません。頭の中やネット上の妄想だけでは何も生まれないということです。

今のつまらない人生を作り上げてきたのは、紛れもなく自分自身です。

人生とは何か?」と疑問に感じたら、まずは過去の人生を見つめ直すチャンスですよ。

名言人生とは何か?この記事のような哲学めいた本を読んでいる場合ではありませんのまとめ

人生とは何か? 

究極の名言であり、究極の疑問でもあり、究極の課題でもある言葉

あなたにとって本当の人生とは何でしょうか。

まらない日常を繰り返しては、ストレス解消のために他人を傷つけることでしょうか。

嫉妬愚痴に侵されては、安酒でも飲みながら一時的感情を忘れることでしょうか。

いつまでも哲学めいた本を読んでいる場合ではありません。また、このような記事検索から見つけては読んでいる場合ではありません。 

もっと他にするべきことがきっとあるはず。いえいえ、必ずあります。 

兎にも角にも、この記事が「人生とは何か?」という道しるべ的なきっかけになれば、本当に嬉しい限りです。

つの間にか、"俺"って一人称を使うのが恥ずかしくなっていた

それほど親しい人間もいない状態で、普通会社員として社会生活を送っていると、"俺"を使う機会がない。

そのうち、"俺"っていうのは、なんだかよっぽど自分自身さらけ出している感じがして、誰に対しても恥ずかしくて使いづらくなってしまった。

仕事では"私"、プライベートでは、"私"or"自分"。

そういえば、"僕"もほとんど使わないし、なんだか抵抗あるな。

これはこれで、ある種のコミュ障というか、なんというか。

"俺"って言い合える仲や相手がなくなってしまったというか・・・

プライドが高い性格を直したい人は必見!まず考えてほしい3つのこと

プライドが高い性格を直したい人は必見です。

もちろん、プライドが全くないのも問題ですが、プライドが過度に高い人は人生全般で損をするのも事実

そんなプライドが高い性格の人がまず考えてほしい3つのことは以下の通り。

プライドが高い性格を直したい人へ

そもそも、なぜプライドが高い性格なのでしょうか。 

まれきのこともありますが、大半は自信のなさの表れ。

自信がないので見栄やプライドで何とか自分自身の心を守ろうとします。一体何から守りたいのかは何となく想像がつきますが、おそらくは傷つくのが怖いのでしょう。

他人と比べてしまうとどことなく劣っている自分に嫌気がしては、つい誹謗中傷を繰り返す。

プライドが高ければ高いほど執拗になり、相手にされなくても意地を張り続けます

(1)プライドが高いと人生が楽しくならない

プライドが高い性格だと人生全然楽しくなりません。

同じことの繰り返しの日々で変化を求めても、プライドが高いと思考停止状態に陥ってしまます

そうなると他人嫉妬したり、愚痴をこぼすことでしか生き甲斐を持てなくなるので、さら悪循環人生を歩んでしまうのも恐ろしいところ。

プライド邪魔をして人生を楽しめなくなる前に、その意味のないプライドを今すぐ捨て去りましょう。

(2)プライドが高いと卑屈になる

プライドが高いと変に卑屈になります

卑屈になると人が寄ってきませんし、永遠に天涯孤独となります過去に仲が良かった人間関係破綻しては、気がつくと周りに誰もいない人生

寂しさを埋めるためにネット上で存在感アピールしますが、ネット上ですら誰にも相手にされない。

そうなると完全にアウトですが、それならそれでその無駄に高いプライドを脱ぎ捨てればいいだけの話。

とにかく卑屈になる前に気がつきたいものです。

(3)プライドが高いと寂しい人間になる

プライドが高いと寂しい人間になります

寂しい人間とは孤独な人とはまた違います孤独人生別に寂しいことではありません。ここで伝える寂しい人間とは、他人を傷つけることしかできない人間のこと。

他人を傷つけることが快感になっていたり、それすらも気がついていない人は最終的に人生が詰んでいきます

すでに詰んでいるのでそのような寂しい人間になっているのかもしれません。

それでもまだまだ救いの手は残っています。生きていれば何回でもチャンスはありますからね。その人生に何の影響もない高いプライドからヨナラすればいいのです。

寂しい人間の周りには同じような寂しい人間しかまりません。

プライドが高い性格を直したい人は必見!まず考えてほしい3つのことのまとめ

  1. 人生が楽しくならない
  2. 卑屈になる
  3. 寂しい人間になる

別にプライドが高い性格が悪いということではありません。

けれども無駄プライドが高すぎて人生が楽しくないのなら、そのプライドは間違っています

プライドが高い人ほど、このような記事を読んでも直そうとしないし、そもそも読まないでしょう。

からこそ、プライドが高い人でこの記事最後まで読んで頂いた人は直せる見込みがあるということ。

プライドが高くても人生好転しません。

他人の妬みや誹謗中傷人間は成長しません。

もっと自由に楽しく生きるためには、その意味のないプライドの高さを今後一切使わないことです。

勇気を出してプライドの高い性格から卒業しましょう!

親が死ぬことに怯えている

最初に恐怖を覚えたのは、小学生の頃、親が死ぬのを夢で見たときだった。

大学卒業して就職して実家を離れ一人暮らしをはじめて数年経った今も、その恐怖は膨らみ続けている。

はいつか死ぬ。よほどのことがない限り、自分よりも先に。

そのことへの心構えができているというのはそう悪いことではないのではないか、と考えた時期もあった。

でもやっぱりその恐怖に慣れることはない。

あと何回会えるんだろう。

親孝行しなきゃ、とは思うんだけど、なかなかできていない。親に尽くしても、この焦燥感をおさめることはできない。

親に何かをするというより子である自分自身幸せになることがいちばん親孝行になるとして、自分は今全然幸せじゃないから、たぶん後ろめたさがあるんだと思う。幸せじゃないなんて口に出さないけどね。せっかく産んでくれたのに、幸せになれないんじゃきっと親も悲しいよな。

2017-07-22

別の視点でのパイプカット真実

https://anond.hatelabo.jp/20170716030855

いつかどこかのタイミングで書こうと思っていたのだけど、他の人が書いていたので、自分も書いてみる。


まずは前提情報として自己紹介

自己紹介

  • 30代半ば、既婚で2人子供がいる
  • 首都圏在住
  • 手術をしたのは3年ほど前、板橋区だかのクリニックで受けました


元ネタ書いてる人と同じようにするのが比較やすいと思うので揃えます

個人差は結構大きいと思うので、参考になれば幸いです。

射精感は変わらないという点

正直あんまり変わらなかったというか、分からないレベル

ただよくよく考えてみると、ちょーっとだけ術後の方が劣るかな?というレベル感。

敏感かどうかというのもあるので、個人差が大きいところだと思う。


射精後の解放感の消失」という点についても、手術前からそんなに感じることはなかったので、ここも個人差だと思う。

術後に変わったかというと、自分は変わらなかった。


元増田も書いている通り「昔の感覚を忘れてしまうので最終的には気にならなくなると思う。」ということなのかもしれない。

噂:一般的な噂

男性ホルモンが減る

からないし、体感もないのでそんなことはないんだろうという気持ち


性欲が落ちる

そんなことはないが、年齢や環境による個人差が大きいんだろうと思う。

元増田も書いている通り、射精感の減退により気持ち萎えるとかそういったことの方が大きいように思う。


絶倫になる

そんなことはないし、聞いたこともない。

ゴム有りしかしてこなかった人が気持ちよさに目覚めて、やりまくるようになった結果、そんな噂が出たのかもしれない。


気持ちよさは変わらない

これも同意で変わらないが、肉体的なものより精神的なものの方が大きいと思う。


勃起力が落ちる

これもそんなことは無かったし、加齢やその時の状況・環境によっても大きく変わるので個人差の話だと思う。

自分場合はそんなことなく、術前・術後で変わらなかった。


精液の量が減る

これも術前・術後で変わらなかった、食生活によると思う。


女性側の中出しされる気持ちよさが変わらない。

これもその通りというか、精子がないだけなので変わらない。


ストレスたまる

自分場合はそんなことないし、むしろ妊娠させられないことに心理的安心があるので、ストレスから解放されたかもしれない。

個人差というより、複合的な要素によってどうなるかと思う。


前立腺ガンになるリスク高まる

実際どうなのか分からない


こんな所でしょうか。


そのほか

手術を受けることにした経緯について

いくつか要素があるのだけど、元々子供は一人でいいやと思っていて、ゴム付けたりピル飲んでもらってたりしてた。

一人目が生まれた後、すぐに二人目が出来てしまったこともあり、決断

ピルメリットもあればデメリット身体負担とか)もあり、妻だけに負担を強いるのはよくないという気持ちピル飲んでくれてたから今度は自分の番という気持ち経済的に厳しくなるので子供はもういいという事情から手術を決意。

もちろんゴムつければいいじゃんって意見も十分理解はしている上で手術を選びました。


実際手術どうなの?怖くないの?

医療ミスとか術後に勃たなくなったらどうしようとか考えちゃうし、もちろん怖い。

100%成功がないというのは理解した上で、施術実績が多いクリニックにお願いしました。(上野とかではないです)

費用10万円~15万円ぐらいで、高くもなく安くもなくという感じ。

手術中はもちろん局部麻酔が効いているので、何かが動いている感はあるけど、痛くはないので安心


本当に妊娠しなくなるの?

100%はもちろんないけど、限りなく100%に近い状態にはなるらしい。

人によっては管を切ったものの、何らかの理由によって管がくっついたり、切った管から精子が動いて射出されることもあるらしい。

と事前に説明を受けたけど、個人差が大きいと思う。


自分施術してもらったクリニックでは、術後に2~3回は郵送による検査をしてくれていて、精子の数量についても調べてくれるという所でした。


術後、4ヶ月ぐらい経過しての精子数検査を依頼したところ、もちろん正確な確率ではないけど35年間毎日中に出して妊娠するかどうかという確率の量でした。(参考程度に)


家族の反応は?

あらかじめ相談していたし、特に反対はされなかった。むしろ妻は興味があるという感じ。

実際に術後の方が妊娠しないという安心感もあり、より気持ちよくなったんじゃないかな?という印象。


風俗でも生?

そもそも滅多に風俗行かないし、そこで生はちょっと怖いのでゴムです。


実際にどういった人が受けてる?

ネットにも転がってる情報だけど、40代で既に子供ありの夫婦妊娠してしまって、それをきっかけに手術をするというのもあるそう。

実際に中絶手術でもそういった年齢層・状況が多いという話もあるし、そうなんだろうと思う。

何歳になっても妊娠しない確率ゼロではないので、そのうっかりで妊娠させるとお互いによくないと思う。


手術を受けようかどうか悩んでいる人へ

しっかり情報を調べて、家族の間で相談したうえで決めることをおすすめします。

100%ではないにしても、妊娠させられないって事実には変わらないので、気にする人は後で引きずるかもしれないなと思いました。

実際自分決断したことなんだけど、ちょっと引きずりました。


夫婦なら女側がピルを飲むという選択肢もあるので、それも踏まえて話をした方が良いと思います

もちろんゴム付けるというのが一番最初選択肢だとは思いますが。


うちの場合子供が2人いたし、妻側にも理解があり、自分自身も事前に妻へ相談したうえでの手術だったので後で揉めたりとかはなかったです。


あと、ネット上には色んなクリニックの情報がありますが、自分が手術を受けたクリニックは実績もあり、値段も普通先生対応も良かったです。

どこで手術を受けるかも大事なので、しっかり調べて疑問・後悔は残さないようにしましょう。

悩み事や気になることがあれば、医師相談して一つ一つ解決してから手術を受けることをおすすめします。


手術を受けたら基本的に元に戻せませんので、術後の人生謳歌しましょう!

FF5で、例えばモンクのアビリティをすべてマスターしたあと、すっぴんジョブチェンジしたとき最大HPが30%上がる(モンク時と同等になる)じゃないですか。

あの現象って、実生活でも起こるよね?

何が言いたいかっつうと、10代、20代の頃に昼夜を忘れて没頭した趣味によって身についたスキル同人活動なら原稿作成から印刷屋への手配とかイベントスペースでの机上レイアウトとか、バンド活動なら楽器演奏とかライブハウスとの交渉とかチケット売りとか)が、その活動自体をやめてもその後の人生のあらゆるところで役に立つような現象のこと。

自分自身はまあわりと恵まれていて、一生懸命やってきたことをほとんど後悔することなくそこそこいろいろ身について仕事にも生活にも役立っているんだけど、それを実感するのはだいたい5年から10年後なんだよな。

から自分のまわりの若い人には「長い目で見れば一生懸命やったことは無駄にならないんだよ」「一生懸命やりなさい」といつも言うんだけれど、周りの同年代以上の人はあんまりそういう感覚で生きてないようで、無駄に熱血な痛い人みたいに扱われるのが地味につらい。

で、今度子供が生まれるんだが、「ある程度の期間を一生懸命やれば何かがちゃんと身についていい感じに生きられる可能性が上がる」を教えても嘘にならないか、かえって子供を苦しめる結果にならないか、みんなの意見を聞いてみたい。

そういう風に親から言われたせいで、かえってどん詰まりになってしまったパターンがあれば詳しく教えてほしい。

ちなみに自分自身基本的に「お前みたいなやつはろくなものにならない」とかばっかり言われて育った感じ。

あと、「お前はやればできるんだからコツコツ努力しなさい」とも言われてたけど、ADHDっぽくてすぐ飽きちゃうし、小中高と宿題とかほとんどちゃんとできなかった。

小学校の高学年くらいから「自分はだめな奴だから、せめて得意なことで何とかやっていくしかない」と思いはじめて、興味のあることをエサにその周辺のことを一生懸命やってるうちに今は何とかやっていけてるけど、それはほとんど運がよかったおかげだと思ってる。

そもそも自分にとっての「一生懸命」って、ただの過集中の症状だったのではとすら思えてきて、それを定型発達の人に期待するのは土台無理なことなのかもしれない。

せめて自分の子供には「自分はだめな奴」とか思ってほしくないなあ。

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