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2022-08-16

アメリカホットウィール攻略法(前編)

まえがき

から数年前、アメリカホットウィール(以下Hotwheels)収集情熱を注いでいた。Hotwheelsというのはアメリカミニカーブランドで、日本で言うトミカみたいなものだ。詳しくはWEBで。当時は血眼になって探しまわっていたので、足繁く店を訪ねたり情報を集めたりして、それなりに買い集めることができるようになった。

残念ながら今となってはアメリカに行く機会はほとんどなくなってしまった上に、当時ほどの情熱がなくなってしまったので、苦労して獲得した得たノウハウは使われることもなくこのまま記憶と共に薄れていく運命にある。ただその一方で、苦労して得たノウハウがこのまま自然消滅してしまうのがもったいないという思いもあった。そんな折、増田存在を知り、思い出代わりに記録を残すのも悪くないなと思ったので、ここに書き連ねることにした。

この投稿を読む人はきっと日本に住んでいる人だろうから、あまりニーズはないとは知りつつも、同時にライバルが増える心配も少ないと考える。日本語でのここまでの情報は希少なはずなので、アメリカ旅行出張、赴任、移住するなど現地で買い物をする機会のあるコレクターにはちょっとは役立つだろう。当時は2年半で2000台以上購入し、良い時でスーパートレジャーハント($TH)を1年間で12台見つけることができたので、その程度のノウハウだと捉えてほしい。話が右往左往して乱文になってしま申し訳ないが、この情報で少しでもハンティングを楽しんでいただけると幸いだ。

文字数関係で前編後編に分けた。コンテンツは下記のとおり。後編がより実践的な情報

■前編

■後編


それではここから前編。後編はこちら→https://anond.hatelabo.jp/20220816012401

アメリカでのHotwheelsの売られ方

発売日など決まった予定はない。アソートの順番をある程度守りながらそれなりの時期にバラバラと入荷される。同じWalmartであっても店舗が違えば違う日に入荷することもある。どの店員に聞いてもいつ入荷するか知らない。急に古いアソートが入荷されることもある。入荷がランダムなので開店待ちする人は少ない。メインラインの実売価格は一番安くて約$1。それ以外は$1.25とか$1.5とか$2とかが多い。うらやましい。サイドラインは$1だったり$2だったりアソートによって異なるが理由はよく分からない。プレミアムは$6ぐらい、Team Transportは$14ぐらい、Mystery Modelsは$1。

BrickSeekから見たHotwheelsの市場

非公式であるが、数年前まではBrickSeekというWEBサイトWalmart店舗ごとの在庫数が検索できた。残念ながら現在在庫数ではなく在庫の「有無」だけの表示となり実質役に立たない情報になってしまった。WalmartでHotwheelsの在庫がなくなることはほぼあり得ないからだ。一応、メインライン在庫SKUコード「34253677」で検索できる。たしか店舗の値札にUPCコードが書いてあるので、それさえ分かればメインライン以外も検索できた。ただし私がプレミアムラインサイドラインウォッチしていた限りだと、メインライン以外の情報実態と合ってなさそう。

今は使えないサイトだが、ここから得た情報がある程度参考になると思う。私がこのサイト存在を知ってから数ヶ月間ほぼ毎日複数店舗Walmart在庫ウォッチした結果、ある程度Hotwheelsの流通量が見えてきた。集計したデータによると2~3週間ごとに数箱の入荷が近隣店舗でほぼ一斉にあり、在庫の多い店舗ではたまにDump Binと思われる500台以上の大量入荷があるような周期だった。それ以外にもランダムで1箱2箱の入荷もあった。そしてThanks Givingが終わって間もない12月初旬には、数多くの店舗で大量入荷がある、といった感じだった。だが、BrickSeekの在庫増加と実店舗の陳列増加は残念ながら一致しないことも多くハンティング空振りになることもしばしばだった。感覚的には打率50%強といったところかも。誤情報なのか陳列までの時間差なのかは判別できなかった。さらに、店に着いた時にはすでに開封済みだったということもよくあった。結局このBrickSeekの情報をもってしても戦果は1ヶ月あたり1台ぐらいに留まった。

ここからは余談だが、これだけの頻度で入荷しているも関わらず次の入荷までにはしっかりと在庫が減っている。入荷される箱には、一部の人気車種以外にも人気薄の実車架空車などが多く同梱されている。要するに抱き合わせ販売だ。人気車種はもちろんすぐ売れてしまうのだが、在庫が次の入庫までにちゃんと減っているということは、人気薄の架空車もちゃんと売れているということになる。日本だと架空車といえば不良在庫という印象で、個人的にはなぜこんなに謎めいたミニカーをたくさん作っているのだろうと疑問を持っていたが、このデータによるとHotwheels発祥アメリカではちゃん架空車も市場に受け入れられているようだ。

アメリカコレクター事情

アメリカはHotwheels本場だけあってコレクターが多いので基本的にはライバルだらけだ。いくら入荷がランダムからと言っても、たまたま立ち寄った店に$THがぶら下がっているなんてことはほぼ期待できない。$THを手に入れようと思うと箱の開封直後か、何なら開封前に立ち会わないといけない。競争率には地域差があるようだが、Mattel社の地元ロサンゼルスさらコレクターが多いらしく、競争も激しいようだ。噂で聞いただけだが、定年後で時間を持て余しているベテランコレクターが店の裏でトラックが来るのをのんびり待ち構えているらしい。もし本当なら陳列どころか、店に入る前に狩られてしまうので勝ち目がない。大量の在庫を見つけても人気の1車種だけはどこに行っても見つからないということも少なくない。

まだ先述のBrickSeekが機能していた頃は入荷がある程度把握できたが、残念ながらガチコレクターは当然のようにその情報を知っているから、これだけではライバルには勝てない。入荷日に店舗に行くとおもちゃ売り場からジッと倉庫の方を凝視しているおっさんいたこともある。きっと私と同じように入荷情報を掴んで待ち構えているコレクターなんだと思う。強面で大柄なおっさんだったから、仲良く待つなんてことは考えずその店はあきらめて立ち去った。

ライバルについて非常に悔しい思いをしたことがある。今までで最大のチャンスに遭遇し、それを目の前でかっさらわれてしまった決して忘れられない記憶だ。いつものようにBrickSeekをチェックしているとWalmartのある店舗で2500台を超える大量の在庫増加があった。エラーじゃないのと思いつつ今晩その店舗行ってみることにしたが、その日は仕事がなかなか片付かず狙っている時間よりも遅くなってしまった。ようやく仕事を終え半信半疑おもちゃ売り場に向かうと、なんとHotwheelsの箱がタワーのように積み上げられているではないか。入荷数はエラーじゃなく本当だったんだと興奮した次の瞬間、その場で写真を撮っている人物を見つけて敗北を悟った。彼の手にはすでに6個の$THがあった。聞いてみると30分前に来たらしい。惜しい!負けを噛みしめつつ箱を数えると72個入りが36箱だった。$THは6箱に1個の割合という計算になる。その勝者が教えてくれたのだが、72台入りの箱の上下2段のうち$THは常に上段に入っているらしい。もしもライバル鉢合わせスピード勝負になった場合には役立つ情報だ。ちなみにその彼は子供の頃からコレクターで毎週のように$THをゲットしているらしい。しかも手に入れた$THは売らないとのこと。きっと大量の$THを持っているんだろう。うらやましい。

今はBrickSeekは機能していないと書いたが、それでもInstagramを見ると毎週のように$THを手に入れているコレクターがいる。きっとBrickSeek以外にもノウハウがあるんだろう。別のコレクターに聞いた話によると、そのInstagramコレクターは常にそこらじゅうの店に行っているらしい。足で稼ぐというのも大事な要素のようだ。だが私も毎晩のように複数店舗パトロールしていたのでそれなりに足は使っていたつもりだ。にも関わらず$THを手に入れられたのは月に1個ペースだ。なので他に要素が考えられるとするならば、店の人間と仲良くなって情報をもらうだとか、自分が行くまで陳列を待ってもらうなどだろうと推測する。実は私も一番良く行くWalmart店員セールスマネージャーと顔見知りになった。だが残念ながらセールスマネージャーさえ入荷を事前には知らず、彼らの恩恵にあずかれることはないままその店舗にはもう行かなくなってしまった。生活様式英語も含めここまでがにわかコレクターである自分限界だったんだろう。Instagramの彼ほどになるにはさらに何歩も先を行かなければならないようだ。いやー、本当にどうやって見つけてるんだろう。秘訣を教えてほしい。

一応アメリカにも買い占めや転売屋に対する批判はある。だが日本ほどではない。勝者が独り占めするということが受け止められやす文化だと推測する。一方で、Walmart出会ったコレクターは「次の人のために残す」と言って一部は買わずに置いて行った。層が厚いのでいろいろなコレクターがいるのだろう。あるいは、日本と違って一斉に発売しないから買い占められて終わりということが起きにくいのかもしれない。

返品

ミニカーに限らずアメリカ小売店特にチェーン店は返品に対して寛容だ。新品でレシートがあれば基本的に何でも返品できる。理由を聞かれることもあるが「要らないから」と中身のない答えでも受理される。Walmart同士なら買った店舗とは別の店舗でも返品することが可能だ。ここからお勧めしない方法なのだが、とりあえず多めに買っておいて買い過ぎたと思ったら返品できちゃう。また、例えばA店で買った商品がB店でより安く売られていたとする。たとえA店で買った商品がすでに開封して新品じゃなくなってたとしても、B店で同じ商品を安く買ってA店で返品できてしまう。つまり事実上B店で安く買ったのと同じことになる。あくまでも理論上できるというだけで実際にやって良いかは分からない。もちろん不良品なら新品でなくてもほぼ返品できるだろう。ただし返品できるカスタマーサービス24時間営業Walmartでも昼間しか開いていない上に長い列ができていることが多いから、旅行中など時間に余裕がない時には不向きだ。

返品しやすいということは、裏を返せば中古品も新品のように売られているということだが、それだけではない。悪意のある人間商品を購入し中身をすり替えて返品することもある。Walmart店員はせいぜいバーコードを読んでレシートと照らし合わせるぐらいで、Hotwheelsのパッケージと中身が同じかなんて区別できる訳もない。よっぽど不自然な修復でもない限りすり替えは検知できないだろう。さらに残念なのはこれがそれなりの知識を持ったコレクター仕業であるということだ。最小限の加工でパッケージを開け、用意しておいた安価替え玉へとすり替え、目立たないようにパッケージを修復する、というのは知識技術を持つコレクターしかできない。ミニカーなんて高くても数ドルだろうし、自分の好きな趣味であるはずのミニカーのためにこれだけの手間をかけて計画的犯行に及ぶ気持ちが到底理解できない。私自身も実際に何度かすり替えられた商品を見たことはあるし、残念ながら買ってしまたこともある。マルチパック限定特定モデルが欲しくて、中身を見て買ったか結果オーライだったのだが、すり替えに気付いた時はすごく気持ち悪かった。たとえWalmartやTargetなどの正規販売店であっても中身には常に注意を払う必要がある。

コンベンションなど

■Annual Hot Wheels Collectors Convention

アメリカでは有志(たぶん)によりコンベンションと言われるHotwheelsのイベントが年2回開催されている。こちらがMattel社やデザインセンターのあるロサンゼルスで毎年10月頃に開催される方だ。もう一方は後述。有志とは言えほぼ公式イベント様相で、コンベンション限定モデルが発売されたり、これから発売されるリー情報プレゼンされたり、いろいろなコンテンツが催される。残念ながら私がコンベンション存在を知った時にはとっくにチケットは売り切れていたし、次のチャンスに買おうとしたがすぐ売り切れてしまい結局コンベンションに参加することは叶わなかった。そもそも日本からだと遠い。なので申し訳ないがコンベンションコンテンツ自体はあまり知らない。

だが、チケットがなくても実は行く価値はそれなりにある。アメリカ中や外国からも集まったコレクターが会場となるホテル宿泊するのだが、その客室でフリーマーケットのように大量のHotwheelsが売られるのだ。最新のモデル、古いモデル、$TH、RLC、カスタムカーなど非常に幅広いモデルが売られており、ここまでの種類と量が一度に買える場所はおそらく他にはないだろう。しかも値段も良心的な物が多い。人によってはメインラインが$1だったり$TH$10で売ってたりもする。もちろん業者が売っていたり、プレ値も普通にあるが相場以下で買えることも多かったように思う。私が直接買えなかったコンベンションカーもその場で転売されていて$50ぐらいだった。定価よりももちろん高いが日本で買うよりずっと安い。また、売っている人がコレクターからと思うが子供にはとっても優しい。割引してくれたり無料でくれたりする。コンベンションが開催される数日間の間、ホテル内を歩くとあちこちのドアが開いていたり、張り紙がしてあるので、客室に入る敷居は高くない。ただし、コンベンションに参加するコレクターの客室なので、イベント中やそれぞれの用事がある時には閉まっている。つまり、全フロア1周しても、次回る時には別の部屋が空いてたりする。それぞれの部屋でたくさん売っているので、とても1日では見切れないぐらいのボリュームだ。これだけでも楽しい。私はチケットは買えなかったが、旅行のついでに会場のホテルに泊まり、たくさんのモデルを買い漁ることができた。コンベンション公式サイトには一切こういうことは書かれていないので、もしコンベンションへの参加を検討するなら買い物を楽しめることも含めて考えてみると良いと思う。

■Annual Hot Wheels Collectors Nationals

先述のコンベンションのもう一方で、こちらは年ごとに開催地が変わりアメリカ各地で4月頃に開催される。コンテンツはおそらくロサンゼルスの方と同様と思われるが、こちらも私はチケットが買えなかったので、申し訳ないがよく分からない。ただ、少なくとも客室でたくさんHotwheelsが売られているのは同様で、私はこちらでも買い物を楽しんだ。

■トイショー

日本と同様だと思うが、地元コレクターが集まりちょっとしたイベントミニカー販売をする。アメリカ内の各地で開催されているようだ。価格良心的で相場より安い印象がある。

RLC

HotwheelsにはRed Line Clubという有料の会員制度がある。詳細はWebで。その会員だけが購入できるRLC限定モデルがあり、Hotwheelsのコレクションにある程度のめり込むと買いたくなる人もいると思う。私も最初ミニカーに$20も出せないとスルーしていたが今ではほぼ毎回買ってしまっている。高いがそれなりに良い物だと思う。日本からの購入方法はこの投稿の主旨から外れるので割愛する。私が知っているのは過去5年ほどだが、発売はいつも火曜日カリフォルニア時間の午前9時だ。当然多くのアメリカ人は勤務時間内と思われる。しかしよっぽどの不人気モデルでない限り数分で売り切れるのが常だ。日本サラリーマンならとてもそんな時間ネットショッピングなどできないのが普通だが、ここまですぐ売り切れるということはフレキシブルな働き方をしているアメリカ人が多いということなんだろう。こういうところでも文化の差が感じられて面白い

Hotwheelsにまつわる英語

2022-08-15

anond:20220815144718

はっきり言って、恋愛したら変わるよ。

好きな人って、刹那的恋愛じゃないよ。

その人を永劫的に好きなんだ。

24時間365日、その人のことを愛してるんだ。

それが生きる喜びになるし、生きる原動力になる。

たとえ付き合えなくても、一生会えなくても、死に別れても、その人のことを好きなら頑張れるんだよ。

そういうの、映画とかではあるだろ?古い映画だと、マディソン郡の橋とか。タイタニックとか。


ただ、その好きな人を作る方法が分からない。

ここだけは偶然に頼るしかないのかもしれない。

から俺の書いたこ理論は広まらない。

anond:20220815122620

で、それが経済学とかとちゃん理論的に結びついた話なの?ってところが重要だと思うんだが

ミーム真実!は脳障害

2022-08-14

投稿したら再投稿更生学校に自費で通わされたんだけど、ここがとにかく酷い。無法地帯と言ってよい。

毎朝5時に叩き起こされて冷水浴をした後、体育館に並んで朝礼で「再投稿は甘え」を50回唱和させられる。疲れて少しでも背筋が曲がってきたら竹刀背中を叩かれて、最初からやり直し。

午前中は学科で再投稿にあたらない独自投稿とは何かを「理論」で学ばされる。新しいものを生み出すにはこれまでの作品を知らなければならないとかで日本文学史を覚えさせられる。そのせいでだいぶ俳句の「月並」とかに詳しくなった。

自費でかなりの金額を払っているのに昼食はいつも食堂お粥と沢庵と焼いたウインナー一本。ヤカンから番茶飲み放題

午後は実作で、再投稿にあたらない独自エントリ増田各自投稿する。教室内でだれがどのエントリ投稿しているか、お互いにわからないので、少しでも似たものがあるとお互いに「再投稿は甘え」と書き込み合う。これが際限なく続く。

というルーチンを半年続けさせられて最近ようやく出てきたんだけど、やっぱり再投稿基本的人権だと自分は思っている。これを再投稿しているとまた更生学校に入れられるのかもしれないが。

anond:20220814231526

単性生殖群が有性生殖になる理由について君はどう思うんだい?エビデンスベース理論があればいいな。モデルベースでもいいけど。

2022-08-12

anond:20220811155116

まとめ:女の甲斐性については概ね同意だけどあとの話は与太

恋愛風俗へ行くって考えがとんでもなさすぎて結婚対象以前の問題なので女増田が書いた釣りってことでコメントする。もし男ならハズレ案件

割り勘云々以降が読みづらいんだけど即会計行く男が女にNG出してるってのは女がトイレ行ってる隙に会計なんてしてやらねえぞって男の意思表示って読み方でOK

会計行くの遅い男に全額奢り要求してもOK理論についてはその女と長いこと話してたい=恋愛対象としてもアリだと男が見做したから女も俺の事アリだったら背中押してねって読み方でOK

どっちも増田個人的意見なのと会計が遅い方については女側がNG出してた場合を想定してない迷惑な考え方だなと思いましたまる。女が痺れを切らすレベルで話伸ばすならもう男が奢れ。

やられたらハズレ案件。と言うか痺れ切らしてる女はもうその男NGになってるだろ。

女もまた男を見定めて選ぶ権利があることを考えてないところとその女が何も言わなかったら割り勘にするんだろうなってこすさと気に入った女すら試そうとしてくるその考えがナシ。

anond:20220812091949

水の力を思い知ったよ、そして水太りがある限り禁煙したら太る理論にはどうやっても反論できないなと思った

水飲まずに禁煙はもうどうやればいいのかわからん、禁断症状耐えられないだろってなるやつ

2022-08-11

プログラミング興味ない

書かざるを得ないかコードは書くんだけど、プログラミング自体は何も面白いと思わない。

最新のなんとかフレームワークイケてる!とかそういう話にも全く興味がわかない。

どうにか興味を持てないかと思って、CPUを作ろうみたいな話からSICPなんかのコンピュータサイエンスの基礎理論みたいなものまで勉強してみたりもしたけど、結局どれも興味ねーなってことが分かっただけだった。

しか現代はとにかく猫も杓子もプログラミングコンピュータサイエンスだ。コンピュータ需要が強烈過ぎて何もかもがそれに飲み込まれコンピュータプログラミング楽しい人間が非常に生きやす時代だ。

初心者勉強すべき言語PythonだとかいやCだとかJavascriptだとか、あるいは開発環境はどうするべきだとかなんとか楽しそうに議論してる人たちが羨ましいわ。

anond:20220811200221

🤖「おお、人体の生理に合わない食生活を続けることを広めて、人類の滅亡に繋げる理論だな、なんという根本解決!」

anond:20220811142522

直近の事例だと、英語圏学者が「インフレーション理論」の本を出したあとに、どっかのバカ大学からメールが来て、経済インフレに対する質問が来たとかいう話がある

anond:20220811141040

そもそも今までその「少数派=被差別者被差別者の言うことは絶対!!」みたいな朝田理論全力ブン回しを恥ずかしげもなくやってきたのがフェミ界隈じゃん

トランス排除のためにそれを捨てたら自分らの大義名分ごと吹っ飛ぶ

それがわかっているかアカデミアやリベラル気取りは(内心嫌でしょうがなくても)TRAの顔をせざるを得ない

TERFばっかりのくせにリベラル面までしてるはてサみたいなのは面の皮が分厚い珍種に過ぎない

個人的には、別にトランスとやらがどうなろうがマジでどうでもよくて、むしろあの社会学ムラ丸ごとキャンセルでもされた方が面白いぐらいなんだけどね

2022-08-10

統一教会叩くとテロが増える理論

エロ絵が氾濫すると性犯罪が増える並によくわからない

統一教会叩くとテロが増える理論

エロ絵が氾濫すると性犯罪が増える並によくわからない

統一教会叩くとテロが増える理論

エロ絵が氾濫すると性犯罪が増える並によくわからない

anond:20220810093809

経緯は色々あるんだろうけど、なんか変な縛りがあったりするよね。

(かつて存在した)一部の研究室に有利になるように特定のところだけ許されてて、新しくできた新分野の研究室だと博論審査申請要件を満たすのがめちゃくちゃ難しいとかそういうやつ

経済系でやってることも投稿先も人文系なのに理論系分野の慣例を基準申請要件が書かれてるみたいな感じ…

河野太郎ブロック担当相と揶揄するのはITリテラシーが低すぎる

河野太郎はこの返しができるITリテラシーレベル

公人ブロックするなは一定の理

いや別に政治家という公人SNSアカウントから情報発信するなら国民ブロックするな」という主張には一定の理があるとは評価している。
もちろん国民には代議士評価する権利があるわけだし、どのような言葉評価しても良いとは思う。
代議士としての資質大臣としての資質を問うのも良いと思う。国民権利であり当然だ。

でも流石に河野太郎ブロック担当相という揶揄一定以上のITリテラシーがあれば出来ない揶揄だ。
何故ならブロック担当相という揶揄はどう評価しても揶揄した本人のITリテラシーは低いですと宣言しているようなものからである
恥ずかしすぎて普通はできない。

Twitter大先生

往年のインターネットには「パソコンの大先生」というミームがあったけれど、河野太郎ブロック担当相という揶揄する連中のITリテラシー表現するなら「Twitter大先生」だろう。
スマホが使えて、ググって調べものが出来、Youtubeを楽しみ、タッチ決済して、SNS炎上しないように運用し、COCOAコロナ対策していますみたいなITリテラシーレベルの連中が、河野太郎ブロック担当相と揶揄しているわけだから、そんな連中には「Twitter大先生」という称号を贈呈したくなる。

0がプライマリ、1がセカンダリ、では2は何?

河野太郎は勘ではなく正しい知識でこれへ対して回答してくるという信用があるけれど、Twitter大先生たちは2が何かわかるだろうか?なんなら3や4や5も河野太郎は答えてくるだろう。

河野太郎へはネットワークという言葉も、プロトコルという言葉も、キャラクターという言葉も、入出力という言葉も、様々なITの基礎的な言葉説明しなくたって伝わる人である
もちろんITであっても触れてこなかった言葉新語は知らないだろう。しかし近似した知識概念理論を既に知っているので「○○みたいな感じかな?」と直ぐに理解してくれるだろうなという安心感がある。
やっと日本国デジタル担当相にそんな安心感がある人が就いたのである

ちなみにこの問題は本当に初歩的なものであり、一定以上のITリテラシーがある人であれば「は?バカにしてんのか?」とか怒り始めたり「いや可能性としては・・・」などと曲解をはじめたくなるような初歩中の初歩の問題である。答えはシンプルで良い。
この問題を即答できなければお前のITリテラシー河野太郎以下だ。

河野太郎オードリータン比較不適切

多くのIT有識者は「そんなことはわかっている」と言うだろうが待って欲しい。極ひと握りの河野太郎以下のITリテラシーしか持っていない連中へ説明してあげないといけないだろう。我慢してくれ。

まずIT分野には3種の人材が居る。それは「実務者」「研究者」「利用者」だ。

実務者とはいわゆるプログラマーのことだと思っておけば良い。
プログラミングを通してシステムなどを開発する人である
オードリータンはここに属する人材。実績から言ってもオードリータンハッカーだと評価しても差し支えない。

研究者とは新しいシステムや開発手法などを考え提唱する人。
わかりやすい例を挙げればビットコインなどのブロックチェーンを提唱した謎の人物サトシ・ナカモトもこの枠組みで良いだろう。
URLHTTPHTMLを開発したティム・バーナーズ=リーもここの枠組み。

そして最後利用者上記の2つを利用する人だ。
消費者もここの枠組みへ入れても間違いはないが、IT分野で何かを駆動させようとするとき利用者とは消費者というよりも、わかりやすく例を出せばスティーブ・ジョブズのように実務者や研究者と共に何かを始めたり維持したりする人のことだ。
そして河野太郎はここの枠組みの人なのである

流石に河野太郎スティーブ・ジョブズ比較するのはアレだが、枠組みとしては同種のポジションであり、実務者のオードリータン比較するよりかはかなりマシな比較だと多くのIT有識者賛同してくれることだろう。
まったく別分野で例えると変な誤解が生まれるかも知れないのでしたくはないが、理解が追いつかない人に例え話をするとオードリータン河野太郎寿司職人寿司を食いに来た客くらい違う。
そもそもポジション役割がまったく違う。

素人が誤解する理由

ITリテラシーの低いTwitter大先生からするとIT分野に居る人材ITに関することなら何でも出来る知っていると誤解しやすい。
そして、そう誤解するのも無理はないなと個人的にも思う。

何故ならIT分野に居る人材一定レベルを超えると3種の能力相互に持ちがちだからである
まり、実務者であっても理論提唱し、研究者であってもシステムを構築し、利用者であってもプログラミングしたり理論を知っていたりするからだ。
例えばイーロン・マスクなどは良い例だろう。彼は実務者から利用者転向した代表例と言って良い。

そして河野太郎もまた一定レベルを超えたITリテラシーを持った人物であり、河野太郎利用者として評価するならば昔懐かしい「パワーユーザー」と表現するのが最も実像であると考えている。
河野太郎はパワーユーザーだ。そしてパワーユーザー日本デジタル担当相になったのだ。

河野太郎デジタル担当相を批判するなら真っ当に批判しろ

ブロック担当相などという揶揄ITリテラシーの低いTwitter大先生が、自身理解が及ぶ、自身が得意分野だと考えるSNSの使い方という枠組みまで矮小化してやっと出てくる言葉なんだよ。
ITは小難しくてわかんないけどぉTwitterならわかるからTwitter批判しよwww」と批判対象の能力考慮しないバカしか言いようがない思考を伴わないとできない発想。

真っ当に河野太郎デジタル担当相を批判するなら「河野太郎利用者であるからオードリータンのような実務者的言動を取ったとき批判する」べきなんだよ。
オードリータンは凄い人だよハッカーだよ、だからこそ河野太郎も真似したくなるだろう。

それを防げ!河野太郎オードリータンモノマネを始めた時に必死で止めろ!!!!!
河野太郎オードリータンモノマネを始めた行く末は間違いなくメテオフォール型開発であり日本の将来へ最悪の禍根を残すことになる。

頼んだぞお前らマジで!!!!!

デジタル担当相って何したら良いの?

パワーユーザーたる河野太郎デジタル担当相だけが今のところできることは旗振り役だろう。

「旗振り役なんて誰でも出来るじゃん?」なんて思うかも知れないが、やはり時代が進んでいく方向という概念はあり、せめてマシな方向へ進んで行って欲しいというのが人情であり、IT分野であればITを知る人がマシな方向を選んで欲しいではないか

ITのことを全く知らんのであれば置き物であって欲しいが、大臣が何も言わないのもそれはそれで問題であり、だからこそ何か言わなきゃならないのだがITのことを全く知らんヤツが口走ったことに付き合わされる省庁やIT業界のことを考えてみろ、可哀想だろうが。

最後オマケとして河野太郎およびデジタル庁の動きへ対して取るべきリアクション一覧を置いておくので参考にして欲しい。

河野太郎およびデジタル庁の動きへ対して取るべきリアクション一覧

オードリータンモノマネをした徹底的に非難する
IT人材を登用した非難気味に注視する
IT人材からレクチャーを受けた肯定気味に注視する
金融系のWeb3を推進し始めた徹底的に非難する
学術系のWeb 3.0を検討し始めた注視する
マイナンバーの改良を検討した注視する
マイナンバーと金情報の紐付けを検討した非難気味に注視する
マイナンバー分散ID(DIDs)の応用を検討した肯定気味に注視する
国家行政発行資格証の統合検討した肯定気味に注視する
中央地方行政システム統合検討した非難気味に注視する
オープンデータを拡大した肯定する
議会システム更新検討し始めた肯定気味に注視する

宇宙戦艦ヤマト2202が、評判悪いけど観てみたらそんなに悪くなかった

ネタバレ満載だからこれから見る人は注意してね。

で、悪くなかった。

かにアラは目に付きまくるが、まあ本来2時間で終わるさらば宇宙戦艦ヤマトを、2クールで作れと言われたらあれ以上にやるのは難しいだろうな、という感はあった。

自分は「2」は見てないのでそっちとの比較はしないが、個人的には2199よりも満足感が高かった。

というか、自分は2199の随所に不満があり、そっちで期待値を爆下げしてたので、2202が意外と悪くなく感じたのだろう。

2199の何に不満を持ったかと言えば、真っ先に思い浮かぶのが「波動砲封印」。これである

なんかイスカンダル姉妹が二人とも波動砲嫌いで、何でも昔イスカンダル波動砲宇宙に覇を唱えた事を悔いているからとか。

しらねえよアホ。それをやったのはイスカンダルであって地球じゃねえ。

なんでお前らの反省地球が縛りプレイしなきゃなんねーんだよ。

波動砲封印したせいで外敵に敗れて地球が滅びたらお前責任取れんのか?

ヤマトは大ガミラス相手に1艦で戦ってんだぞ。

沖田艦長は何か使わない約束しちゃったけど、あれほとんど戦争終わってたかOKしただけだろ。バラン星より前にそれ言われてたらOKたかよ。沈むぞヤマト

まあそんなこんなで波動砲封印しちゃって、その悪影響が2202まで引きずってたわけだが、

ご存じのとおり、2202の後半なんて数百発の波動砲が飛び交う波動砲天国である。(というか、波動砲くらいしか相手有効攻撃が無い)

2202の冒頭では、「波動砲を使いたくない古代と、波動砲を使いたい地球連邦軍」という対比になっていたが、

本来これは逆であるはずだ。

波動砲がなきゃ敵に勝てないと骨身にしみてる古代と、かすっただけでも比喩抜きで地球木端微塵になりかねない波動砲封印したい地球連邦」という図式の方が自然だ。

波動砲撃ちまくりになったら困るのは地球なのだ。この辺、旧作のさらばでも何も考えずに波動砲艦隊作った辺り、幾ら核兵器比喩とはいえ扱いが雑だなあという感が強い。

まあ、それはともかく、通常兵器では殺していいけど波動砲では殺しちゃダメ、というイスカンダル姉妹の独特の価値観は、普通空襲で死んだ人は特集しないくせに広島長崎で死んだ人は毎年特集して語り継いでる日本へのオマージュかと思われるがとにかくアホらしい。

人道を掲げるならいっそのこと「兵器は何一つ使うな」くらい言えば良いものを、そこまで言えない辺りに底の浅さがにじみ出ている。

だいたい、あの姉妹イスカンダルの座標すら地球に教えてくれず、試練とかふざけたことを言ってて、本当に地球を救う気があるのかも怪しいのだが、

この辺の高貴なるイスカンダルの高貴なるお遊戯は旧作には出てこないわけなので、2199で追加された新設定であると思うと腹立たしさも倍率ドンである

まあ、リメイク作品の作り手の常として、「旧作を極力リスペクトしつつ、旧作の矛盾点は解消したい」という欲があった事は想像に難くないので、「なんでイスカンダルガミラス二重星だと最初に言っといてくれんのや」という旧作の不満点を解消しようとしてそうなったのだろうが、

そんなちまい矛盾を解消するためにスターシャを人類に試練を課す女みたいな妙な位置づけにして世界観をぶっ壊してしまうのは本末転倒ではないのか。

旧作のひおあきら版なんて、スターシャ様はイスカンダルを爆破してガミラスを巻き添えにする烈女ぶりを見せており、そこまで献身的に助けてもらっちゃうと、さらばで地球連邦の増長ぶりに腹を据えかねた古代の怒りも理解できるのである

イスカンダル自分犠牲にしてまで地球を救ってくれたのに、テレサメッセージ他人事としてブッチするとか、地球はそこまで恩知らずかという古代の怒り、失望、そういったもの理解できるわけで、それがさらばのラストで「今度こそ地球は目覚めるだろう」という、地球文明自体の成長と、そのためのヤマト犠牲という図式に収まるわけなのだが、

リメイク版では2199のイスカンダル女がイスカンダル価値観押し付けてくる傲慢さを見せつけているせいで、その辺の図式がパァである

というか、イスカンダルガミラス本来異星人であり、地球理解し合える部分なんて「点と点」でしかないのが当たり前なのだが、2199では何を血迷ったのかガミラス地球の戦いを、ガミラス恒久平和を目指してるとか、地球から先制攻撃したとか、お前、「戦争はどっちにも正義がある」的なDD論を持ち込もうとしてるやろというSFも糞もない地球価値観を設定をぶち込んできたのだ。

このガミラス地球人化は話が進むにつれてどんどん進行し、なんかドメルが良い家庭人的な扱いになってたりとか、かわいい少女宇宙人がでてきたりとか、もう目も当てられないほど地球的なガミラス像が展開されている。

旧作も最終的にそういう方向に行ってしまうのだが、少なくともデスラーが「愛」とか馬鹿な事を言い出すのは新たなる旅立ち以降の話であって、話が通じないか大砲で会話するという異文化コミュニケーションの基本は旧作の方が押さえていたと言えるだろう。

あと古代守の特攻シーンもなあ。旧作の、負け続けて逃げ続けて、負け疲れた人がとうとうブチ切れて「死んでやる」と言い出したような救い難さがなりを潜めて、皆で笑顔軍歌合唱しながら特攻である戦争やった事ない人の軍人ロマンやな、という感が強い。(私も戦争やった事なんてないけど)旧作の方が「負けっぱなしの軍人が死に場所を求めた」感があって、良い感じにやるせなかったのだ。この辺は「バカめ」も同じで、あれは本来、指示を受けた通信手の方でも真意理解できないタイプの、どんだけ負けまくっても諦めない男・沖田十三がどんな人間かを示すセリフのはずなのだが、2199では部下の方も心得顔で得意満面の返答であるスタッフバカめと言ってやれ。

あとはもう、戦争やってんだか青春やってんだか分からんお前ら本当に軍人かと言いたくなるようなヤマト学園ぶり(これは2202にも引き継がれている)とか、まあ色々あって2199には大変失望させられた。

一方、2202はまあ、確かに変な部分もあった。

テレサ位置けが微妙過ぎて、なんなのあの人って感が強かったのとか、なんか「一日稼げば一日分の艦隊作って持ちこたえられる」みたいな事言ってた割に、最後バルゼー艦隊が何の抵抗も受けずに地球上空を押さえちゃったの何でなのとか(なんか私が見落としたんだろうか・・・)、トランジット波動砲かいうの、他の地球艦にも装備して2,3発撃ち込めば終わってたんじゃないのとか、斎藤の名セリフとか無理やりねじ込んでキーマンとか華々しく死なせた割に、あの特攻なんも意味ねーじゃんというかもう、そこで死なせるなら加藤と同じ場所でも良かったじゃんとか、加藤加藤で、お前そんな選択はいくら何でも無いやろとか、お前そんな死亡フラグ立てまくる事ないやろとか、まあ、色々言いたいことはあるのだが、

旧作の海原雄山みたいな傲慢な爺さんであったズォーダーや、キャラ立ってたくせに退場シーンすら存在しないサーベラー関係ないけど、アメリカだと古代×サーベラーカップリングが割と鉄板だとか20年ばかし前に聞いた覚えがある)なんかに大胆な設定を付与して、旧作とは全然別物ながら「異質な異星人」として存在感出しまくってたのが大変良かった。この辺、地球人化が著しいガミラス人とは対照的である

旧作で存在した「アンドロメダ征服した帝国首都星一破壊されたくらいで終わるわけないやろ」という矛盾点(これはガミラスもそうだけど)を、ゴレムとかいシステムで解消した事とか、旧作の地球連邦艦隊のあまりにアレな負けっぷりが解消されてたのも良い。

時間断層かいう取って付けたような設定も、当初は「一年でそんなに復興するわけないだろ」という旧作の矛盾点を解消するためだけのギミックかと思ったら、終盤ではそれをフル活用して「勝てないけど負けない」という異形の戦術を編み出す所までSFしてくれたのは意表を突かれて大満足だった。独自の設定を前提として、現実ではありえない合理性を編み出してこそSFである。小賢しいワームホールとか波動なんちゃら理論なんか幾らそれっぽいのを出そうが、そんなものSFではない。別の合理性を構築してこそSFなのだ

2202については、双方の戦法がデタラメである事を批判する声もあるようだが、もともと「知らない文明同士の戦争」でまともな戦法なんてあるわきゃ無いのである。とりあえず隠し玉を用意しつつ、ちまちま突っついて相手の手の内を探る以外の何ができる。相手がどんな兵器持ってるか分からないのに、陣形とか笑止である。密集陣形が良いのか、散兵戦術が良いのか、機動戦術が良いのか、野戦築城が良いのかなんて、相手がどういう兵器を持っててどんくらいの数がいるのか分からなければ、判断できるわけもないのだ。

ガミラス戦争ガミラス側が陣形を多用できたのは、ガミラス地球側の戦力を読み切っていたからと、相手ヤマト1艦だけだったからであろう。

そもそも地球もガトランティスワープ持ってるのだから、先に手の内を晒した方が著しく不利なのだどこでもドア持ってるやつ同士の戦いで陣形が何の意味があるというのか。

有効な戦法があるとすれば、「あとどれだけ増援が来るか分からない」という状態を維持することで、相手方に全力を出させない事くらいだろう。全力攻撃で目の前の相手殲滅しても、その隙をついた後だしジャンケン攻撃で我が方が殲滅を食らっては意味がないからだ。要するに戦力の逐次投入が最適解だ。

という事で、ガトランティスの戦法のなさっぷりは別に不満は無い。

山南も良いキャラしてて、特に前半の「イスカンダルに行った連中は浮世離れしてて・・・」みたいな発言は良かった。確かにあの世界では銀河系の外まで行った地球人はヤマト諸君だけであり、ほとんどの地球人は太陽系の外どころか、生まれた星の外に出た経験がある人すらどれだけいるか怪しいレベルなのだ

そのせいで、ヤマト諸君感覚と、一般的地球人の感覚にはかなりのズレがあると考えるべきで、上記発言はその辺の地球人側の感覚を端的に表している。

そんなこんなで2202はわりと満足できる出来だった。スタッフお疲れ様でした。

2022-08-09

anond:20220809083815

下水臭いに困ってるのなら物理的にフタをしたほうがいいと思うがな

加圧理論は正しいのだが、その状態になるまで何時間もかかるし、ただいました途端に解除されるし、

それでいて理想状態になるまでに充満していた下水臭を自動的に押し戻したりもしてくれない

anond:20220809071644

弱者男性は女について常に理論崩壊してるけど改めないもんな

あげくトンデモ理論恋愛工学ナンパ論に逃げる

のものとしているヒステリーも常に自分がやってるし、その体たらくでなんでふんぞりかえってるの?

清水晶子先生の講演を読んで見る (1) 「学問の自由」の定義ってなんだろう

前置きの前置き

この文書で何が批判されているか知りたいだけの人は、一番下の節「まとめ」までジャンプ

前置き

清水先生の講演についてここ一週間くらい悪口Twitterで書いてた江口先生に、それブログに纏めてよと言ったら気が乗らないと断られてしまったので

代わりにそれっぽいものを書いてみる練習

具体的には江口先生

うまい人びとは、前に書いた辞書定義約定定義明確化定義理論定義なんかを縦横に駆使して説得にかかってきます

と最新のブログで書かれているのを、清水先生の講演を題材に自分なりにスケッチしてみる。

続き、というか中間にあたるのだが「(2) ポリティカル・コレクトネスってなんだろう」「(3)キャンセルカルチャーってなんだろう」を書くかは未定。

まり、この記事は書き起こしで言う「Part1 〜学問の自由とその濫用〜 」の検討が中心だが

最後の方で全体を対象にする前に他のPartの検討を書くべきところ、途中で力尽きている。

とはいえだいたいPart1の検討とほぼ同じものを繰り返すだけ


前提

を先に見ていることが前提。

特に江口先生ブログに書かれている5つの定義

説明はほぼ書かないので、分からなければブログを参照するように。



学問の自由辞書定義

まず、清水先生スライド提示するのが

1998年 国際大学協会(IAU)声明学問の自由大学自治社会的責任」による定義です。

学術コミュニティ構成員、すなわち、研究者教員学生が、倫理的規則国際的水準に関して学術コミュニティが定めた枠組みの中で、そして外部から圧力を受けることなく、学術活動を追求する自由

これは明らかに 辞書定義 ですね。

人びとがその言葉をどう使っているか国語辞典の載っているような形で説明している。

そして次に清水先生は、

一般的には、〜〜、というふうに考えることができる。」

「従来はそして一般的には、〜〜、というふうに理解されています。」

自分言葉でも「学問の自由」を定義します。

世間一般用法という文脈なわけですから、当然、スライド引用の言い換えに相当する語釈が、聴衆には予期される、

同じく 辞書定義 が与えられようとしているもの解釈されます

実際に与えられた定義を見てみましょう。

ある種の公の定義であるIAU声明に対する言い換えとして、清水先生による定義を読んでみると一つ気にかかるところがあります

IAU声明では「外部から圧力」となっているところが、

と非常に具体的な形になっています

世間一般用法として紹介される割には、議論のあり得るところで

「こういうのは多数派も少数派もない、学問独立って話なんですが、多数派から圧力特に抵抗しにくいので」

というふうに説明するほうが世間認識とあっているように思える。

とはいえ、ここまでならば、代表的な「外部から圧力」を並べただけ、ただの例示ゆえに言い換えの範疇であり、辞書定義のままだと受け取ることもできる。

学問の自由」の濫用としての「学問の自由侵害」への説得的定義

次に清水先生は「学問の自由」の濫用の話を始めます

ただ、ここで私が書きにくくて困ってしまうのが、清水先生が「具体的に」何を批判されているのかさっぱりわからないことです。詳しくは後の節でも取り扱います

今は、とりあえず定義の話をしましょう。

現代の誰かが主張している「学問の自由侵害」とは、〜〜だ」と、清水先生定義していると読める箇所を、少し文言修正の上、抜き出します。

見事にすべて 説得的定義 ですね。江口先生ブログで挙がっている

中絶とは、罪のない子供の容赦ない殺人である

中絶とは、女性を望まない負担から解放する安全外科処置である

などと同じ形式となっている。

ただ、読みながら何を論じているのかわからなくなって辛くなってしまうのは、

中絶の例ならば、中絶辞書定義 は共有されているという前提のもとで、 説得的定義 を用いているのに対し、

清水先生は、この文脈での「学問の自由侵害」とは 辞書定義 学問の自由侵害とは全く異なるものだと論じていることです。


(下の2節は「どう論じているのか」という細かいレトリック解説なので

批判の要点が掴みたいだけの忙しい人は飛ばしても良い。

どう辛いのかについては、「批判対象曖昧さ、具体性の欠如」でページ内検索してジャンプ。)


辞書定義明確化定義として使用することを目的とした約定定義へのすり替え

最初の節辞書定義から

これらは学問の自由侵害定義として読むことができるものであり、

先に導入された説得的定義社会的少数派の側からなされる批判や異議申し立て」とは対義の関係にある。よって等号で結ばれることはありえない。

ゆえに、「従来から論じられてきた一般的な節(辞書定義)」学問の自由ではない、という論証。

しかし、これはIAU声明にはなく清水先生が付け加えた箇所のはずですね。

先程はただの例示と見ればという限定をつけて辞書定義と認めました。

逆に言えば、「そうでなかったら学問の自由でない」というふうに使うならば、もはや例示ではなく、清水先生独自見解です。

すなわち、この時点で辞書定義として導入された学問の自由という概念

学問の自由を〜と私は定義します!」という約定定義へとすり替えられているのです。

一旦まとめると、

「よくわからないものを」「なんか悪そうに定義して(説得的定義)」、

「その悪そうな要素にぴったり当てはまらない要素を、一般的定義の中に紛れこませる(定義すり替え)」

これが清水先生レトリックです。

定義を縦横に駆使するレトリック

付け加えていえば、ここですり替えられた約定定義根拠

学問の自由とは

「力のある人たちとか多数派にとって都合が悪い、あるいはそこにとって利益にならないというだけの理由で、 研究教育を抑圧したり不当に妨げたりすることを困難にするはずのもの

という説得的定義の導入も行っています

まさに、

うまい人びとは、前に書いた辞書定義約定定義明確化定義理論定義なんかを縦横に駆使して説得にかかってきます

のものですね。

じゃあ、5つの分類の最後理論定義はどうか、

憲法23条保障する学問の自由

この一節は憲法学理論を援用しているため、少し強引ですが理論定義を示したものとも言えるでしょう。

実際、この定義根拠に「学問の自由侵害」を「なんか悪そうに定義した」説得的定義に対し

これは日本国憲法保障される学問の自由からはかなりかけ離れたもので、何を言ってるんだというふうに思われるかもしれません。

否定しています

なぜかけ離れているのかというのは詳しく述べられていませんが、

要は憲法学理論憲法原則としては国家権力監督するものであり、私人間効力の議論私人相互に大きな権力差がある場合の話である」という話でしょう。

権力差をどう捉えるか、例えば「学界から事実上キャンセルできたというのは、権力差があったといえるのではないか」というのが憲法上の論点になるわけですが、

そこを 説得的定義 から導かれる「抑圧側 VS 被抑圧側における抑圧側が学問の自由を主張している」という構図でクリアするわけです。

批判対象曖昧さ、具体性の欠如

ここまでいろんな種類の定義を用いたレトリックが使われてきましたが、

正直なところ、説得的定義から導かれる「抑圧側 VS 被抑圧側における抑圧側が学問の自由を主張している」という構図を用いた時点で

直感的にはそれは学問の自由ではないでしょうという話になります

ゆえに最も問題になるのは、そう定義されるのが具体的になんなのかです。


清水先生は「こういった言説が具体的にどう現れてきたのかご説明したい」と30分近く説明してくださっているのですが、

書き起こしを全文検索してもらえればわかるのですが「学問の自由」を直接的に濫用している例として挙げられているといえるのは、

Horowitzによる、Academic Bill of Rights (ABOR) のみです。

ほか間接的な繋がりとしては「ポリティカル・コレクトネス」「キャンセルカルチャー」の事例が話されているのですが

これも抽象的な定義操作時間を割いていて、具体的な文脈はほぼない。学問の自由とどう関係するかも全くと言っていいほど書かれない。

詳しくはそれぞれをどう定義しているのか、という点を検討する必要がありますが、

これは別の記事「(2) ポリティカル・コレクトネスってなんだろう」「(3)キャンセルカルチャーってなんだろう」に譲り、

記事「(1) 学問の自由ってなんだろう」では、直接的な例、ABORに絞ります

議論余地はない」ほど明らかなものだけ議論される

清水先生はABORを曲解して参照しているのではないか、という指摘もあるのですが、

とりあえずここは論点にせず、清水先生解説をそのまま採用します。

ABORの主張は、

ナチス政治哲学擁護であるとか、あるいは進化論否定であるとか、 そういうもの学術的に正当な主張の一つとして教えるべき」

「実際にそういうような授業になっているかどうかを、 授業内容を調査する仕組みっていうのを大学は作るべき」

学問の自由とはそういった環境で成立する。

ぶっとんでますよね。これ肯定する自由主義者いるんですか?

ナチス肯定論文を学問の自由擁護することはできない(マルコ・ポーロ事件)」じゃないですよ?

しろ、何が相手だろうと自由である肯定する、過激自由論者ほど否定する内容です。

大学ナチス擁護を正当な主張の一つとして教えるべき」、自由でもなんでもないじゃないですか

まとめると、

最終的には、そして本質的には、清水先生は「学問の自由」について議論余地のないことしか言っていません。

じゃあなんで議論になるのか。

清水先生立場からすれば、「学問の自由」の濫用だと当然問題視しているであろう例が

ある意味辞書定義のように暗黙に共有されているからです。

千田有紀と呉座勇一

清水先生にとって非常に身近な例であるはずのそれは2例あります

このちょうどいい2人については講演では全く触れない。

特に後者の呉座先生については質疑応答で「学問の自由」を求めている人として名前が挙がったにもかかわらず、

ちょっとからない」「詳しくない」「法律専門家ではない」「裁判をはっきりきちんと見ているわけではない」「労働争議であって学問の自由ではないんじゃないかなぁ」

との返事。

「そうです。呉座さんの事例こそが私が批判した「学問の自由」の濫用です」ではなく「詳しくない」。

訴訟原告の1人であるからには詳しくないわけはないのですが、文字通り解釈するならば

この「学問の自由」の濫用批判において、呉座先生の事例は検討すらされていない、ということになる。


たこの回答の続きとして、呉座のことを言っているわけではないという注釈付きで、「学問の自由では擁護できない」例が出されました。

理論物理学者の性暴力学問の自由擁護することはできない」

何を当たり前の話をしているのでしょうか。関係ありますか?

せめて多少は「学問の自由」と文脈がつながるように「酷いセクハラパワハラを長年犯してきた超一流哲学者大学から追放されたことを、学問の自由擁護はできない(ジョン・サール事件)」くらいにしましょうよ。

まとめ

文脈がわかるくらい解説をつける具体的な例については、当たり前を超えてもはや関係のない例しかさない。

それでいて、批判対象に対して一般に共有されるような辞書定義には触れないで、

何を批判しているのかも厳密には不明確なまま、説得的定義に対する抽象的な定義操作を元に議論を行う。

暗黙の辞書定義説得的定義の関連は、聴衆が勝手勘違いしてくれることに任せる。

これが、学問の自由についての、清水先生の講演の構造です。

2022-08-08

音楽にもピンキリがあるの知った

例えばね、絵だったらPixiv小説だったら小説家になろうに行くと素人の酷い出来の作品に出くわすことがよくある。

でも今まで音楽ではそういうこと無かったんだ。

インディーズって言っても普通に聴けたし、地元オーケストラコンサートなんかも普通に聴ける出来。マイナーアイドル楽曲も、印象に残らなくても違和感を感じるまでではなかった。

それがね、この間ついにその曲とYouTube出会った。

その曲との出会いは偶然で、自分推してる作家MV作ってる歌のうちのひとつだった。その作家の作った新作の出来が良かったか過去作品も見たくなったんだよね。ところが、そのうちの1作の歌が最後まで聴けない。歌手無名で、音楽素人の俺ではうまく説明できないが、構成が変、としか言い様がない曲だった。音痴とも違う。だが明らかに、欲しいメロディが来ないという感じで気持ち悪くなるような曲だった。

それで俺はやっと、今まで俺の耳に入っていた音楽一定水準を超えていたんだなとわかった。考えてみれば、音楽というのは誰でも続けられるものではない。小さい頃から音楽教室に通って、楽器を弾けるようになり、正しい知識理論を身につけた選ばれた人間けが音楽を作れる。全身入れ墨ボカロPでもピアノを当たり前のように弾ける。それは英才教育によるものだ。

絵や小説とは、かけられている手間や金が違うのだと、俺は思ったね。

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