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はてなキーワード: ゼミとは

2021-05-12

anond:20210512172838

それはあなた自己評価が低いだけで、

あなた大学社会的評価は高いし、仮に留年しても就職できる。

そして文系ならゼミ卒業ハードルは低い。。。

周りがどんどん内定取って行ってることの焦り

自分のできること以上のことをしようとするとぶっ壊れるよねって話

現在都内大学4年生

大学3年の夏にインターン+研究+公務員勉強+祖父介護をやった結果見事に今年の3月に鬱と診断されてしまった。

今見てもなんでコレをできると思ったのかわからない。

去年12月祖父が亡くなったことと周りがどんどん内定取って行ってることの焦りが最後の引き金だったのかもね。

就活は全く進んでない。

公務員試験を受けに行けた時点で自分が偉いと褒めたいレベル。まぁ……自己採点とかリアルタイム集計を見る限り多分落ちてる。

民間はやってるけど1次面接の時点で終わってたので中断してる。

これから就職できるのかなとか正社員で働けなくなるのではないかとかメンタルクソ雑魚からブラック企業しか雇ってくれないんじゃないかとか色々不安しかない。大学は休学にしてないが休学にした方がいいのかな。どちらにせよゼミ全然参加できてないので留年は確定だけど。

今の時期は何もそんなこと考えるなって言われるんだろうけど考えてしまう。私の将来どうなるんだ?



追加

こんな愚痴コメントがつくなんてびっくりしてしまった。ありがとうございます文系だけど卒業するには割とガッツリ卒論を書かねばならないので教授相談して留年かなと思っている。さすがに2年あれば……卒論を書けるはず……。

2021-05-11

読解の前に、88cmと8kg氏の他のnoteを読むのもよいと思います

女性に「キモい」と言われ続けた経験

結論から言うと、note筆者の「88cmと8kg」氏は、小さい頃から学校や街中など、あらゆる場面で女性に「キモい」と言われ続けたそうです。

フェミニストのみなさん、「キモい」は本当に本当に強烈な抑圧の言葉なんです|88cmと8kg|note

弱者男性だけどもうフェミニストをやめたい|88cmと8kg|note

小学校の頃から女子「だけ」からずっとキモい、目が腐る、不潔、鼻が曲がるとずっと言われ続けてきた。

仕方なく街を歩けば「キモい」「あいつはナシ」だの定期的に言われた。みんなこれが妄想に聞こえるそうだけど事実だ。男性だってそういうことを言われる。言ってきたのはすべて女性で、男性から一言もない。今でも。

そして中学を出る頃には、こういう一部の男性は、「キモい」という言葉に強烈な苦手意識を持ちます自分名前が呼ばれる10倍以上「キモい」という言葉が飛んでくるような環境では、自分名前よりもすぐに反応する言葉になります

ゼミでも、学部でも少し喋れば「異様な雰囲気の怖いキモ男」だった。基本、女性モテたい男性は、キモ男を、一緒にいると「格が落ちる」から無視するか、マウンティングの道具として利用しはじめる。結局俺はここでは男性から孤立した。ホモソーシャルは最悪だ。でも知ってる。ああいうことをするのはモテるためで、一部の女性はそういう人を喜んで持ち上げてきた。ドラマゲームで人気の男性キャラの特徴を思い出してみればわかる。

小学生くらいの幼少期から女性集団に1日何十回もその言葉をかけられ続けて尊厳を奪われている

ここから個人的な話になりますが、自分は今でも道を歩いていると女性に「キモい」と笑われることがあります。2か月に1度くらいの頻度です

キモい」は、身近な人間から直接、何千回も投げかけられる言葉です。もう一度言いますが、多くの場合自分名前よりも多く投げかけられます



キモい」という言葉に感じる強い恐怖と抑圧

こういう経緯から、88cmと8kg氏は「キモい」という言葉に対して、極度の恐怖心と抑圧を感じています

なので例えば、駅のホームで待っている時、女子高生たちが「キモい」という言葉を使って笑っている時は動悸がしますし、レストラン女性の友人と話している時相手が「キモい」という言葉同級生を笑うとき、それが延々と続く場合笑顔を作って席を外して心を落ち着けます

そして、一部男性に対する抑圧を象徴する端的な表現として「キモい」という言葉がある、という認識に到っています

今の社会では女性は抑圧され、社会のあらゆるところに抑圧を象徴するものが転がっていますが、一部の男性にも似たような構造があります。そして数あるそれの中で、最も一般的で、最も象徴的な言葉が「キモい」なんです。



フェミニストも「キモい」という言葉を使っているという認識

ここまではOKでしょうか。88cmと8kg氏は、主に女性に「キモい」と言われ続けてきて、そのことを強い抑圧と感じて苦しんできました。ここまでの話では、フェミニズム/フェミニストは出てきません。88cmと8kg氏の主張がフェミニズムとつながるのは、以下の文脈です。

フェミニストのみなさん、「キモい」は本当に本当に強烈な抑圧の言葉なんです|88cmと8kg|note

最近ある卑劣事件が起きました。

女子高校生に「きもい」言われ立腹 傷害容疑で県立中央病院職員逮捕事件事故徳島ニュース徳島新聞」

記事タイトルではまるで女子高生が見ず知らずの人にキモいと言って殴られたのように見えますが実際は全然違います。この記事によれば、

女子高生は友人2人とコンビニの前にいただけなのに、

・突然あらわれた男が「家に来ないか」と声をかけ、

・「キモい」と言われ逆上し、逃げたところをしつこく追跡してきて、

・逃げ遅れた女子高生を容赦なく暴行した。

という本当に酷い事件です。女性であるというだけで声をかけられ、断ると逆上され暴行されるという、ヘイトクライムのもの事件です。 そして、こういった事件現代では見逃されないし、勇気ある人たちは沈黙しません。「夜未成年がうろついてたから悪い」だとか、「キモいと言ったか暴力されても仕方ない」だとかいセカンドレイプのもの意見も、現代では正当化されず批判されます自分はこの空気が救いです。強盗が起きて、強盗された側が悪いなんてことは決して絶対にありません。しかし、たくさんリツイートされたフェミニストのみなさんの意見の中にこういうものもあります


として、以下の「フェミニストのみなさん」のツイートが挙げられます



これに対して、88cmと8kg氏は、こう言います

私はフェミニストでありたいと思っている男性です。弱者男性といったほうが多分すぐわかると思います。なので言いたいです。

 今回の件は100%加害者男性が悪いと言い切れますしかし、キモい」という言葉の致命的な力を絶対に忘れないでください。本当に強烈な抑圧の言葉なんです。汚い言葉引用しますが、「ブス」とか「クソマンコ」や、「ニガー」などよりも強いかもしれません。なぜなら、一部の男性は、小学生くらいの幼少期から女性集団に1日何十回もその言葉をかけられ続けて尊厳を奪われているからです。それは一般的ことなんです。しかも、誰も真剣にそれをとらえません。こういったいじめ記事になったことが何度ありましたか男性から女性はシャレになりませんが、逆は男性が「みっともない」からなんです。もしくは、自分が「キモいから悪いんです。告発しても女性無罪放免、怒った自分先生に怒られるなんてことはよくあることです。席替えで「キモい」生徒の横に来た女子生徒が泣く行為が怒られた現場を見たことがありますか?

まり、このnoteで88cmと8kg氏がフェミニストのみなさんに対して批判なのは

  1. コンビニの前にいた女子高生たちに見知らぬ男性が「家に来ないか」と声を掛け、女子高生達が「キモい」と言ったところ逆上し、逃げた彼女たちをしつこく追跡し、逃げ遅れた女子高生を容赦なく暴行したという事件があり
  2. その事件自体については88cmと8kg氏も「100%加害者男性が悪い」と思っているんだけど
  3. その事件への反応に「キモい」という言葉を素で使っているツイートが多数あり
  4. 88cmと8kg氏はそれらが「フェミニストのみなさん」によるツイートだと考えている

からです。だから、88cmと8kg氏はそうした「フェミニストのみなさん」に対して「「キモい」は、身近な人間から直接、何千回も投げかけられる言葉です。もう一度言いますが、多くの場合自分名前よりも多く投げかけられます。そして、多くのフェミニストはそれを正当化してしまうんです」「お願いなので、「キモい」という言葉を過度に正当化することはやめてください」と訴えています。「過度に正当化する」というところに含みがありますが、つまり、この言葉を何か/誰かを批判するとき普通に使うこと自体が、「キモい」という言葉とそれがもたらす差別正当化しているんだ、という主張だと思います

キモい」はヘイトスピーチ女性フェミニストはこの言葉弱者男性差別しているという認識

そして、このことが敷衍されて、弱者男性差別は存在するから知ってください、フェミニストはこれ以上差別しないでください|88cmと8kg|noteでの主張につながっていきます

例えば「女は黙って朝飯作って帰りは正座で待ってくれてないと」のような差別的な言葉と「無職の男とか絶対無理キモい」のような差別的な言葉は同じくらい重い、そう言えます特に後者言葉は実際に人を殺せるヘイトスピーチなんです。

実際問題自分フェミニストのみなさんが入っているTLを見ると、自分に「有害男性らしさ」が激しく発生していることに気づきます。それは「彼女も作れない人間はセクシストで、そのような人間悲鳴はすべてミソジニー」というような意見フェミニストが多くするのが原因です。男らしくならなければジェンダー平等を訴える人たちの間でさえ人間扱いされないどころか、セクシスト扱いされるのです。自分ミソジニストになるのを避けるために定期的に表アカウントからは離れています。だからインセルのようなろくでもない連中が、フェミニストが増えた後増える理由も正直わかりますいかれた差別主義者がわめくのは無視できますが、社会正義の名のもとに差別正当化される苦しみは無視できないのです。

嘘だと思うのなら、最も弱者男性差別的なことを言っていて、かんたんに論破できるような「女をあてがえ理論」に対するフェミニストたちの反応を見てください。「弱者男性とかキモい無理。女性人権侵害している。」、「その考えが差別的。特権意識から降りろ。」、その他諸々。なぜ、「女性が誰と結婚するかは個人自由なので社会国家が介入するな。」とだけ言えないんですか??なぜ、弱者男性トランス女性とかアジア人ゲイとか入れ替えた時に、極めてグロテスク差別発言になってしまうことぐらい差別を訴える人ならわかってくださいよ!「トランス女性とかキモい無理。男性人権侵害している。」「アジア人ゲイが他の人種と同程度に愛されたいと思うのは差別的」。そういう言葉なんですよ??「非処女とか汚い無理」とか森元総理でも言いませんよ?障害貧困差別で苦しんでいる中で、誰か一人にでも愛されたくても無理で絶望して今も首をを吊っていってる人たちに、無理とかキモいとかお前の孤独感さえ差別の証だだとか、それはもう加害欲求暴走している、差別が楽しくてやめられない、としか言えないじゃないですか。おそらくは相手を人の言葉の通じないゴブリンか何かだと思っているのでしょう。ミソジニストネトウヨ白人至上主義者、その横に並ぶのが上の発言をした人たちです。最近も一緒になって車椅子の人の人権を訴えた人たちだったのに!!差別主義者の気持ちがわかった良い授業だったと思いますよ?

 そもそもゲイも、トランスジェンダーも、在日コリアンも、ハーフも、黒人も、障害者も、相手を「キモい」と言って正義の名のもとに糾弾する光景をあまり見ないですが、フェミニストだけは例外です。先程もその光景を見ました。「キモい」なんて感情しかよらない侮蔑語は、マジョリティ規範依存する言葉です。上記属性の人々を攻撃する最悪の矛として常用されているし、だからこそ理性による人権という盾で身を守ってきたのです。実際キモいからしょうがない、口をふさぐなと言うかもしれません。しかし、上記人達人権を訴える場所でその言葉は使いません。マジョリティにその言葉を使われる苦しみを知っているからです。性犯罪について裁判などで男性が同情されやす特権があるのように、女性には差別しても批判されにくい特権があると言わざるを得ません。そして悲しいことに、差別と戦う人たちでさえそれを濫用してしまっているのです。



88cmと8kg氏にとっての弱者男性論の根幹は、長年にわたって女性から自分に投げかけられ、自分を傷つけてきた「キモい」という言葉への被抑圧感情問題意識と、彼の観測するフェミニストのみなさん達が、女子高生暴行事件犯人批判するときや、その他の文脈(これについては直接の引用がないので、「弱者男性とかキモい無理。女性人権侵害している」という発言が実際にあったかどうかはわかりませんが)で、「キモい」という言葉普通に使っている、という認識にあります。その文脈で読めば、88cmと8kg氏の訴えがなぜ「女性フェミニスト」に向かっているのか、より具体的に理解できると思います


anond:20210510221656

2021-05-01

弱者男性12年前の最前線から語る

 男性が常に強者で勝者であるとするならば、あの真夏なのにエアコンなんてものはなく巨大扇風機が生ぬるい風をだらだらと放出し続ける倉庫で、全員時給1000円で集められた日雇い現場で、女性にはビール段ボールベルトコンベアの上で景品を貼り付ける仕事があてがわれ、男性にはびろんびろんに伸びきったまさに言い訳程度のコルセット安全靴を装着させた上で、ビール350mlが2ダース入った段ボールを上げ下げする仕事があてがわれた思い出はどう処理すればいいんですかね(挨拶)。

 むろんこの場合女性を憎む……のではなく、日雇いという弱者同士で連帯してそこでボーッと突っ立ってる監視役の倉庫社員をぶん殴る……のでもなく、倉庫社員とも連帯してサントリーを誅して社会主義革命を起こすのが唯一の正解であることは皆さん御存知の通りである

 さて、この増田では2009年出版された澁谷知美平成オトコ塾―悩める男子のための全6章』の内容を紹介する。澁谷は上野千鶴子ゼミ出身であるようだが、いわゆる「フェミニズム」的なテーマではなく、『日本童貞』『立身出世下半身』などを出版している、個人的に信用している書き手である

 目次は次の通り。

第1章 その「男の友情」は役に立つか?

第2章 「僕がキミを守る!」と思ってる?

第3章 非モテはいかにして生きていくべきか

第4章 暴力はなぜ、いけないか

第5章 包茎手術はすべきか否か

第6章 性風俗に行ってはダメ

 2009年の本で、いま論じられているテーマの大体が既に出ていることに驚くだろう。我々は弱者男性問題それ自体だけでなく、議論12年でほとんど進んでいないこともまた嘆くべきだろう。というかこういう話になると非モテ論壇とか言って侃々諤々やってたのが昔のはてななんだよな今の新参は昔のはてなを知らないから困る。失われた10年……。

 それはともかく正直、456章はそれまでの言ってきたことと関連性が薄く、また前の章ほど爆発的に面白いわけでもないので、言いたいことはわかるのだがこの本にいるか?という感じはする。なので、とりあえず3章から見ていくことにする。

 3章の冒頭でいきなり研究者としての特大のお気持ちドロップされていて面白いので少し長くなるが引用しておこう。

ヘテロ男性非モテ現象だけを扱うというと、必ず来るのが「ヘテロ女性非モテの方が、あまり苦しみが言語化されないだけに問題が多い。なのに、なぜあなたヘテロ男性非モテを扱うのか」という反応です。世の中には、Aという現象を扱う人に対して「A以外も扱え」と指摘することがエライのだ、これこそ目配りというものだ、と思う方が多数存在するみたいで、かなりの確率で前述のような発言出会います

が、そういう発言魚屋に対して野菜を売れと主張するに等しい。非モテ女子の話がそんなに重要なら、重要と思う人がすればいい〔澁谷注:私もいつかはしたいと思っていますが、「非モテ女の話の方が重要だ!」って言う人はどうぞお先に。止めませんよ。〕。それに、その手の話が見当たらないということは、苦しみがそれだけ大きいことを表しているのかもしれませんが、苦しみの不在を端的に表しているだけかもしれません。有力な傍証でもないかぎり、言語化されていないということから苦しみの有無を推定することはできないという、当たり前の事実も指摘しておきます。(p.75-76)

 「女性問題を扱え」といちゃもんつけられたことが一度や二度ではないのであろうことが怨念の籠もった書きぶりからわかる。まあ、それは12年後のネットを見ていてもよくわかるところで。

 男性について語れば女性の方がつらいか女性について語れと言われ、女性について語れば男性の方がつらいか男性について語れと言われる。もういい加減そういう「やってる感」を出すための100字ですら余るようないちゃもんはやめにしませんか。お前がやれ。俺もそいつもやったのだから

 澁谷は非モテを3種類に分類する。

[a]恋愛したくてもできないタイプ(内発的非モテ

 a-1 性的存在としての異性との関係性を欲しているタイプセックスをしたい、「女性」の存在に癒されたい)

 a-2 とにかく他者承認を欲しているタイプ(オレを認めてほしい!)

[b]「恋愛」をしたくないタイプ(外発的非モテ

 「恋愛」を押しつけてくる世間や、いま現在恋愛」と呼ばれている行為の中身や、それを統制するルール等々に違和を感じているタイプ(p.90)

 この分類に対して何か意見を言うことは誰にとっても容易であり、それは分類表の絶えざる細分化を招くだろう。むろんその行き着く先は完全に無意味な、総人口分のパターンである。だから、ここでは非モテ男性に最低でも三種類ある、という点を強調しておくことが必要だろう。

 男で、かつ非モテ、という狭く見えるテーマに絞っても最低これだけのバリエーションがある。そのことを非モテ男性当人達ですら大抵わかっていない。aのタイプ非モテ男性が「今すぐ女をあてがうべき」とまでは言わなくても「女をあてがってくれると嬉しいのは確か」ぐらいに思うことは自然であるが、bのタイプ非モテ男性から見ればまったく話が合わず、「非モテの中でも過激野蛮人」と感じられることだろう。それをきっとaは「すかした奴だ」とか「きれい事を言っている」とか感じるだろう。まして女性受け手場合さらに混乱が深まるだろう(男女の非対称性については後で論じる)。

 澁谷は当時の主流であった「経済的問題解決すれば結婚は増える」「機会をつくれば結婚は増える」といった主張を論駁し、「フリーター論壇」が経済について述べたフレームワーク非モテ問題スライドさせることを試みている。その過程で澁谷は「あてがえ論」について、2009年の時点ですでに考察している。

非モテ問題場合、これ〔若年労働者問題におけるベーシックインカム〕を「ベーシック異性」によって解決する発想がありえます女性をもれなく男性に分配する制度です。(p.95)

 澁谷はこの論が全くの荒唐無稽でないことを、19世紀半ばの宗教的コミュニティ、オナイダコミュニティを例に挙げ示すが、結局現代においては不可能であろうと言う。

当然のことながらこれを現代日本でやることは不可能です。「分配」される側の女性の中には、どうしても相手のことが好きになれない人が出てくるでしょうし、男性つがいになりたくない人だって居ることでしょう。そうした女性男性との共同生活セックス強要するのは、現代日本常識においては、「人権侵害」となります

もちろん、男性にとっても全く同じことが言えますあなた好みの女性あなたのもとに「分配」される保証はありません。〔…〕「なんであいつには美人が来て、おれのとこにはそうでないのが来るんだ!」なんていう新手の「格差問題」も生じるかもしれません。(p.97)

 この「格差問題」という未来予測面白い。「チェンジ」なんて贅沢は、限られた資源女性)をやりくりしないといけない政府が許すはずもない。チェンジOKをうたう風俗でも2回目以降は有料だったりするのだから

 個人的にはこの例示こそ「あてがえ論」に対する何よりのカウンターであると感じる。仮に「あてがえ」とガチに主張する人がいたとして、その人に人権を説いても馬の耳に念仏だろうが、こっちの懸念は聞いてくれるような気がするのである

 澁谷は続いて、経済問題における社会保障にあたるものとして、思想セーフティーネットの構築を提唱する。まあそれ自体は正しいと思うのだが、本田透電波男』における主張ほど面白いものではないのでここでは省略する。『電波男』を読め。

暴力的だったり、女性にたいして思いやりがない場合のぞき、ある男性女性から選ばれないのは、その男性のせいではありません。女性にとっての「よき男性像」が特定の偏り――収入学歴一定以上あり、ある水準以上のルックスをしていて、会話が続く――を見せている限り、そこに当てはまらない人や当てはまろうとしてもできない人が出てくるのは当然のこと。それは、男性陣が特定の偏りを持った「よき女性像」を持っており、そこに当てはまらない女性非モテ女性)が出てくるのと同じことです。(p.100)

 おそらくこの記述で多少救われる人もいるに違いない。KKOは来世に期待するしかないが、それはあなたのせいではない。

 ただここで考えたいのは、「暴力的だったり、女性に対して思いやりがない場合」をしれっと除外している点である。そんな男でも「女をあてがわれた」のがかつての日本社会であったことは、澁谷も指摘している。

とはいえちょっと脇道にそれますと、「分配」の方法は問わずに「男性にもれなく女性がくっついた」という現象だけを切り取ってみれば、それに近いものを一九五〇~六〇年代日本に見出すことができます。当時の男性生涯未婚率(五〇歳時点で一度も結婚したことのない人の割合)はわずか一%台でした。九八%の男性が一度は結婚したことがある、つまり女性を「分配」されたことがあったのです。

何故これだけ広範囲の「女性の分配」が可能になったのか。「男女とも結婚して一人前」という社会規範が強かったこともありますが、なにより男女の経済格差が今以上に大きかったことが上げられます

この時代、一部の職種を除いて、女性が一生続けられるような仕事はありませんでした。有名企業就職できたとしても、当時は、女性にの適用される「三〇歳定年制度」によって追い出されてしまったのです。一方、男性には安定した仕事がありました。給料は毎年上がり、先の見通しも明るい、なんといっても高度成長の時代です。(p.97-98)

 ちなみに本書では2005年男性生涯未婚率15.4%という数字を引いているが、2020年には23.4%になっているらしい。

 それに加えて、上で述べた加害性が必ずしも本人の責任ではないということも、90年代以降の精神医学社会学が明らかにしてきたのではなかったか

 とすれば、KKOのみならず、KKKOキモくて金が無くて加害性があるおっさん)もまた、必ずしも本人のせいとばかりはいえず、社会包摂すべき、という話になってくるかもしれない。その際には「ラベリング」「過剰包摂」など、社会学障害者ホームレスなどについて積み上げてきた知見を生かすことができるだろう。というか、福祉現場の人たちはいまもKKOだけでなくKKKO社会の内側へと復帰させるべく頑張っているのではないか

 なぜ、おっさん問題なのだろうか。あるいはより学術的な言い方をするならば、非モテはなぜ男性問題になるのか。本書はその問いに直接的に答えてはいないが、ヒントは与えてくれる。以下は1章のはじめの方の記述である

皆さんは、なーんか気分が晴れない、ってことありませんか? あるいは、漠然とした不安があるとか。原因不明の体のだるさがあるとか。そういった不快状態、つまり精神的に健康で無い状態を「ディストレス」といいます。そのディストレスが、独身男性と既婚男性とで、どちらが高いかを測った調査があります。〔…〕結果は〔…〕二八歳から七八歳まで、どの年齢層においても既婚男性のディストレスのほうが低かったのです(稲葉昭英「配偶関係精神健康」『日本男性心理学』二〇〇八)。男性にとって、そばに異性(=妻)がいる人生は、いない人の人生にくらべて、ハッピーなようです。(p.15)

 澁谷はディストレスと妻帯のどちらが原因でどちらが結果かはこの調査からは分からないと述べるが、続いて妻に感情を見せることによって、夫が精神的に健康になっていくことを示す調査引用し、「つまり女性と一緒に暮らすことがディストレスを低くすると考えるのは、間違っていないようです」と一旦の結論を置く。そして次のように続ける。

ならば、男性女性から精神的なケアを引き出している、といえる。「女性だって同じことでは?」という反論に答えておくと、女性独身か既婚かでディストレスに大きな差はありませんでした。〔…〕統計的な傾向でいえば、男性精神健康女性存在は欠かせないが、その逆はない、ということです。(p.16)

 この下りはまったく読んだ記憶がなく、今回読み返して一番驚いた部分である増田の実感としては「男がいないと鬱病になって死にそうな女」はよくいるが、その逆はあまりいない印象であるが、それはどうやら必ずしも正しくないようである(むろん男がいる=結婚ではないとか、ディストレスが高い=鬱病になって死ぬではないとか、そもそも元の調査やその読解がどうなのか、とかは考えなければいけないだろうがそれはそれである)。

 上の論述は、女性強者弱者フェミニストフェミニストを問わず)による「女に頼らずに男同士の友情で満足すればいいじゃん(私であればそれで満足するのに)」という主張が、必ずしも的を射ているとは言えない可能性を示唆している。もちろん逆もしかりで、「男性夫婦になれば女性だって幸せになるはずだ(俺のように)」という男性の主張が間違っている可能性も同時に発生している。

 ここに性にまつわる問題の隠れた難しさがある。「相手気持ちになって考える」ことと「相手気持ちになって考えたつもり」を区別することは、専門家であっても難しい。さらに加えて、先に述べた非モテ男性の三分類といった差異も隠れている。とにかく、話題への参入障壁が低い(男もしくは女であれば誰でも一家言持っている)わりに、トラップが多すぎるのである。これが2009年から今に至っても議論が終わらないし前に進んでもいない一因だろう。

 こうした非対称性が発生する原因として澁谷は、現在社会において女性男性より相手の話をよく聞くように育てられており、それに対して男性競争的に育てられていることを挙げている。その結果として男性女性に癒やされているし、女性女性に癒やされているのだろう。

 一応言っておくとここで澁谷や増田は「男性と違って女性は人を癒やすべきだ」とか、まして「男は働いて女は家にいるべきだ」とか主張しているわけではない。ただ、そういう傾向がいまの社会にあるようだ、と言っているだけである。それを望ましいとか望ましくないとか考えるのは社会科学の領分ではない。「〈こうであるから〈こうであるべし〉を導くことは不可能である」(ウェーバー)。

 12年後のいま、澁谷の主張に触れると、多くの部分はそのまま現在に流用可能であると感じる。しかし、目配りが足りていない部分もある。おそらく澁谷は包茎手術と高須クリニック関係よりも、男性における経済的問題について語るべきであっただろう。「女はホームレスにならなくて済むからいいよな」「いや危険から女はホームレスになれないのだ」「それでも事実として死ぬでもホームレスになるでもない選択肢がある女は恵まれている」云々のあれである。むろんそれは今だから言えることであるのだが。

 それでも増田が望んでしまうのは、そうした議論が両者ともにマジでクソだと考えるためであるホームレスと実地で接しろとは言わないからせめて、ホームレス女性は本当に少ないのか、少ないだとすればホームレスになるはずの女性はどこへ言っているのか、それはほんとうに「恵まれている」といえるのか、といった事実についての認識は両陣営ともに共有すべきであるし、その時点で認識差異があるならどの点で異なるのかを明らかにすべきである

 そうした仕事を澁谷が12年前に済ませてくれていたら、と思う。思うのだが仕方ないことなので、現在を生きる我々がやるしかあるまい。というところまでは澁谷の背中に乗って増田が到達させたので、ここから先はお前の仕事だ。頑張ってください。たまに手伝いに行くかもしれない。

 

===

 

追記

 バズったので宣伝します。狐火という、この記事や通念における弱者男性というカテゴリーからはみ出す部分はありながら、それでも弱者男性であることを納得せざるを得ないリリック10年以上紡ぎ続けているラッパーがいます。売れろ!

27才のリアル狐火(2010

https://www.youtube.com/watch?v=tmJBGEFXOvU

勇気が欲しい

特に上司が活発で生意気な年下でも

余裕で頭を下げられる

勇気が欲しい

月給25万以上社保険出来ればジムの割引券も欲しい

採用面接から働いている自分想像してネガティブにならない

勇気が欲しい

けど、本当は1つの事を信じて続ける勇気が一番欲しい

31才のリアル狐火(2013)

https://www.youtube.com/watch?v=MRLXZGylQRg

チューチュートレインの一番後ろでしゃがんでるだけの人生でいい

絶対こんなはずじゃなかった

オレこんなはずじゃなかったんだよ

上司に怒鳴られトイレで叫んだ

あんたらステージ上じゃ無力だ」

36才のリアル狐火(2019)

https://www.youtube.com/watch?v=loWcv5VEObM

よく聞かれる

「もし音楽成功したら、サラリーマン気持ち

歌えないんじゃないですか?」

サラリーマン気持ちを歌いたくて音楽を始めていたならどれほど楽だったか

37才のリアル狐火(2020)

https://www.youtube.com/watch?v=z1J8BbnBLyQ

27才までに見ていた夢は全て叶った

生意気な年下の上司はオレのファンになった

2021-04-30

「解けない方程式

よくアニソンとかの歌詞で「解けない方程式」みたいなフレーズが出てくるが、代数方程式だって5次方程式(たった5次!)以上になったら一般には解けないし、微分方程式に至っては「ミレニアム懸賞問題」として100万ドル懸賞金が懸かってたりする難しさなわけで、たいていの方程式は解けなくて当たり前なんだよ!って、聞くたびにツッコミたくなる。

まり、「解ける方程式」なんてほとんど無いのだから、「解けない方程式」に悩むなんて、空が飛べる翼がないことに悩むくらい実現不可能空想であり、そもそも悩み方として間違っている。

というかまずは、お前の歌詞で求める「解」は近似解ではダメなのか、どうしてダメなのか、歌詞はせいぜい10分も無いけど、小一時間膝を付き合わせて問い詰めたい。ゼミを開いてお前の意図を詳らかにしたい。

ガロア群が可解にならないからって諦める前に、最適化のための近似アルゴリズムを試せよ。ニュートン法でも最急降下法でもいいから、なんか試せよ。微分不可能か知らないが、それでもなんかアルゴリズム考えろよ。

色々試した結果がそれでもダメだったら、初めてそのことを歌詞に表せよ。方程式が「解けない」んじゃなく、近似さえもできなくなったら、その内容を個別具体的に歌詞に表せ。そうしたら、俺もそのためのアルゴリズムを一緒に悩んでやろうじゃねぇか。

というか、方程式として問題を数式に表すことはできたんだよな。しか歌詞という万民に伝わる形で。そこは偉いな。尊敬する。問題は多くの人間に共有すべきだ。

問題数学手法で解く場合、一番重要なのは方程式を解くなどの計算手法じゃない。問題を数式に落とし込む「問題の定式化」の部分が一番重要なんだ。だってそもそも数式にできなかったら、どんな立派な手法があろうと問題なんて解けやしないだろう?

からこそ、お前の歌詞は本当に惜しいんだよ!「解けない」ながらも、方程式として問題を定式化できたんだろう?定式化できたら問題は8割解けたも同然なんだ。

から、お前の悩むべきは方程式を「解けない」と思い込んでいるその姿勢だ。

解けないことが問題なのではなく、妥協できないお前のプライドこそ問題なんだ。もう少し妥協して、近似解としてのアプローチに悩んでみてもいいんじゃないか?「一番じゃなきゃダメなんですか」なんて、お前以外の誰も求めてないかもしれないじゃないか

なに?一番であることはアニソンとしての、つまり物語としての要求だって

それなら、常に一番として勝ち続けないと存在しえない主人公、そしてそれを称える曲なんてアルゴリズム的にもう古いと、作者か作詞家かに最新の論文ごと叩きつけてやれ!

十全な状態で戦えずに、ひねった手法でなんとかやり込める、そういう近似解法としての物語が今や手法トレンドじゃないのか?真っ正面から物語を「解く」んじゃなく、端からだんだんアルゴリズムで解を詰めていく、それ以上は妥協する、そういう姿勢がこれから物語像だと思うんだよ。

とにかく、こんなに絡み合った現代は「解けない方程式」だらけなんだ。正面から方程式を解くなんて今日流行らねぇよ。だから、「解けない」という悩みを脱し、近似アルゴリズム必死に解を詰めようとするお前の歌詞こそ、論文として採択されうる価値を持つものだし、これから物語としてのロールモデルだってなるはずだ。

から、もう方程式が「解けない」なんて悩まなくていいんだ。次の作品も期待してるぞ。

2021-04-29

大人の男女2人で会うと酒飲むかセックスしかすることない」

というふうにならないようにするためには教養必要で、教養があれば文学哲学思想宗教などの話題で盛り上がり続けられるのだ!ってえツイートがバズっていて、4万いいねとかされていた

マジ?

プライベートで2人で会うくらいならそこそこ仲良いはずだし、「教養」なんかに頼らずに近況の話とかしてるだけで充分間はもつだろ

・というか、セックスはともかく酒が嫌なのはなんでなんだ?酒飲みながら文学を語ることはできるのでは?「酒を飲む」って2人とも完全に無言でグビグビ酒を飲み続けるみたいな行為なの?

・「男女」ってくくりを入れてくるのがシンプルキモい

・"文学宗教哲学思想政治文化やらの話"というワードチョイスのスノッブ感がすごくて、ものすごい渋面になっちゃった

話題なんてなんでもよくて、Googleマップで近所のおすすめスポット紹介しあうとか、ブラウザうごオセロをやってみるとか、学生時代部活の思い出話をするとか、方言の話をするとか、そういうのでいくらでも、いくらでもいけるだろうが

・そういう話題で盛り上がるのは無理だけど文学哲学の話ならできます!ってこと?

・それは……まあそういうことはあるよなあ………

・いや、しかし、「仲良く話すことはできないけど、人格とかがあまり関係してこない特定行為なら大丈夫なので、そればかりやる」って意味では、それこそセックスとか酒とかと同じなのでは?

話題全然ねえなあ、つって、その辺から聞こえてくるセミの鳴き声とかを拾って、あれなにゼミ?みたいなことを言い合うようなのが、俺は友達だと思うんすよ

 ・ああ…クマゼミだね…みたいなことを互いに言い合う、教養あるふたりでも別にいいけどさ!

・なんなんだよマジで 教養

ハラつんですよね

・だいたい、「男女で2人で会う」ってなんなんだよ

・そんな状況、ないが?

現代社会異性愛規範がスゴイので男女2人で恋愛関係なく遊ぶのは結構ハードルが高く、そのハードルをわざわざ超えて会いたいような友達なんだったら、教養とかなんとか言ってないで、ただ楽しめよ

・何を想定してんのか伝わってこないんだわ

・俺は友達がいないから……

2021-04-27

彼氏に会いたくない

インスタでもツイッターでも言えないし、紙に書いて残すのも嫌だから増田に流す。長文ごめん。

特にきっかけがあった訳じゃないんだけど色んなことが少しずつ積み重なって、気付いたら彼氏を好きじゃなくなってた。つらい。

半年くらい付き合った彼氏は、オンライン授業+友達と気付いたら仲違いしちゃったの2コンボを決めて精神面がガッタガタになってた時にマッチングアプリで見つけた相手

正直、恋愛がしたくてマッチングアプリを始めた訳じゃなかった。友達と仲違いしちゃって空いた穴をどうにかして埋めたかっただけ。

私は仲違いしちゃった友達のことが本当に本当に大好きで、趣味性格も育ちも学歴も何もかも違うのに何でこんなに大好きって思えるんだろう!もう運命だよね!くらいに思ってて、彼女がいれば他の友達別にいなくてもいいって本気で思ってた。それくらい大好きだった。

結局一方通行友情だったし、案外あっさり連絡取らなくなっちゃったんだけど。今思えばその子に恋してたのかもしれない。その子との仲違いは今までのどんな失恋よりも強烈に心に残ってて、連絡を取らなくなって半年近く経つ今でも時々思い出して泣いちゃうから

で、その穴を埋めたくて始めたマッチングアプリで一番最初に会ったのが今の彼氏

彼は本当に素敵な人なんだけどね。東大院生で、優しくて、高身長で、顔もわりかし良くて、周りが男だらけだから浮気とは無縁で、真面目なようでどこか抜けてるところとかインドア気質なところとかは似てて、条件だけ見たらこれ以上の人はなかなかいないと思う。

だけど、だんだん話してて楽しくない(私は文系で彼は理系から、多分共通項がすごく少ないんだと思う)こととか、彼の前ではあんまり安らげないことに気付いちゃって、会ったばっかりの時にいいかも!って思って芽生えた恋心が、時間をかけてゆっくり死んでいった。

あと恥ずかしいんだけど、彼は性欲がかなり薄いうえに奥手で、でも私はその逆だから、不満が溜まりまくってたのも理由の一つだと思う。

私は彼と色んなことを話し合って仲を深めていきたくて、セックスだってコミュニケーション一種から色々赤裸々に話し合いたかった。でも彼はそうじゃなかった。だからなんか、いつかは駄目になる運命だったのかなとも思う。

で、それに追い討ちをかけたのが今年度になって対面になったゼミ。まあ、緊急事態宣言のせいでまたオンラインに戻っちゃったんだけど。

それはともかく、ゼミにはもともとzoomで受けてた時からこの人の考えいいなあって思ってた男の人がいて、その人とこの前初めてちゃんと話したら、理由はないんだけどなんだか「いいなあ」って思っちゃった。

で、帰る時別々に教室を出たんだけど、大勢学生が出ていく校舎の扉近くで、不意にその人が振り向いて目が合ったんだよね。一瞬だけ。

その一瞬がすごく長かったんだよ。でも身体は動かなくて、声も出なくて、バイバイって手を振ってみようかなとか笑いかけてみようかなとか考えてるうちにその人は前を向いて歩いて行っちゃった。で、一緒に帰ってた友達と別れた後、慌てて走って駅に向かって探してはみたけどもういなかった。

でも、ゼミライングループを作ったからその人に連絡しようと思えば連絡できたんだよね。で、ライン追加して「同じゼミの○○です!また一年よろしくね!」とか当たり障りのないメッセージ送ってみようかなって丸一日悩んでた。結局送らなかったけど。

そうやって悩んでる自分自覚して「あ、もう彼氏とは駄目だな」って確信した。

から彼氏とはもう会いたくないなって思う。どんな顔して会えばいいのか分かんない。

だけど、さっき書いた通り条件は最高だし、友達に何度か惚気た手前、半年程度であっさり別れるのも何だか恥ずかしいって思うから、それでも会い続けるんだとは思う。すごく不毛だけど。

愛される為には正しく愛さなければいけなくないですか!?

ヤバいといわれる研究室学生から見た教授について

客観的なヤバさ

・毎年学生が耐えきれず数人移動している

・他の研究室教授からもめちゃくちゃ嫌われている

尊敬しているところ)

・賢さ。論理矛盾に一瞬で気づくし、人に伝えるときもわかりやす

・面倒見がいい

(嫌なところ)

威圧的

ゼミなどで自分指導しない生徒の発表を聞く態度が悪い(動作音立てたり、何度も退出したり入ってきたり)

基本的他責

・だれもやらない実験の後始末をやっていたのに、効率が悪いと口を出してくる(10年以上前からぼう大な量が放置されていた為、気が向いたときに少しずつ片付けていた。使ったもの自分責任持って片付けるよう指導するべきでは…?少なくともそれを片付けてる私に効率が悪いっていうのは論外すぎでは…?)

これまで自分なりに研究室雰囲気を良くしようと頑張ったり、良いところを広めたり、放置されて埃を被った実験器具を片付けたりしてきた。

でも昨日、最初ゼミで、今までしてきたことが無駄だったと感じる仕打ちをされて心が折れている。本人は自分が何をしたかも気づいていない。おそらくこれまでの先輩もそれが積み重なって辞めたんだろうな…

私はどうしようか

他の研究室に行けば私のしてきたことはおそらく今のようにひどい仕打ちでは返ってこない

もしくはあと3年、全てを諦めてここで耐えようか…

活気のある研究室にしたいみたいだけど、研究室雰囲気も評判も現在いる生徒にかかってるんだよ…

人に愛されたいなら正しく人を愛さないといけないな…と教授を見て自分にも深く刻んでいる

セミ人間

コロナ時代人間というものは日の刺さぬ地下に潜ってネットとよばれる太い情報から必要もの発注してとどけてもらい

薄気味悪い口のついた箱をそこらへんにつみあげていきている。

巨大な木の根の養分をちゅうちゅう吸っているのでセミ人間となづけられた。

その潜伏して暮らす幼年期間が3年なら3年ゼミ、7年なら7年ゼミといわれている。

アメリカ北米大陸には37年セミというのがいるそうだ。

数年に一度地上にでてきて華々しく交尾して死に絶え、また地下に子供を養う。

華々しくといえばなんでも中華という遠い東の国には0年ゼミ、いやセミどころか地下にもぐらないただの「人間」がいたそうだ。

なんでもおおげさなほらをふく国だからほらだろう。万里の長城だって万里もあったわけじゃないもんな。

2021-04-26

就活ゼミ卒論も投げ出してしまいたい

つらい。大学4年の春から夏にかけては死の季節だ。

ASDだかADHDだか知らないけど自分はその気があるかもしれない。

どういうことかというとマルチタスクができない。

やることが多すぎて、かつそのどれもが質的に重い。

並行して倒すなんてことはできない。

から、一つずつ倒していくしかない。

明日までに面接対策をしないといけない。

3日後までに試験勉強をしないといけない。

来週までに卒論テーマを考えないといけない。

再来週までにゼミの発表資料を作らないといけない。

半年後までに実験成功させないと行けない。

来年までに卒論を書かなきゃ行けない。

やることが途切れなくて、todoリストを消しても消してもやることがなくなってくれない。

叫びたい。

カラオケに行って大声で10分くらい奇声だけ上げたい。

でも行けない。だって課題を片付けないといけないから。

寝ないと効率が起きるから寝ようとするけど、なかなか寝付けない。

不安ストレス

寝ると明日が来てしまうから

そうしている間に外が白む。なんだ、寝なくても明日は来てしまうんじゃないか

あはは……

話を戻して、実はカラオケは先週行ったんだよね。

2時間叫んで歌ったりしたけど……

カラオケに行っても別にストレスは無くならなかった。

タスクを倒さない限り何をしても不安の解消にならないんだよね。

から必死に戦う。

人生邪魔をするタスクの数々を千切っては投げ千切っては投げ。

人にもいっぱい頼る。

言葉は悪いが、すべての人は自分の利用のためにいるとすら考える。

そう考えないとやってられないんだ。ごめん。

助けを借りるとずっと早く終わるタスクもある。

……そうじゃないタスクもある。

クソみたいな世界に抗ってもがいて、道を切り開くような体験を今までしてこなかったツケかもしれない。

今までなんとなくで生きてきてしまった大学生が、人生の試練にチャレンジする時間なのかもしれない。

実は、どこかで必ずこうなるとは思っていた。

ラッキーだけで綱渡りみたいに成功してきた(方だと思う)自分は、このままじゃ社会通用しないだろうなという感覚がずっとあった。

というと言いすぎだけど、まあいずれ困難が待ち受けているような気はしていた。

気はしていた、だけで別に対策をしているわけでもない。

心構えはもっとできていない。

から辛い辛いと言いながら目の前の敵を倒している。

足が痛くても自転車をこがないといけない。

こぐのを止めると倒れて血を見ることになる。

疲労骨折にはまだ遠い。

自分の足の強度は良くわからない。

大学も辞めて就職もしないで実家に引きこもるという手段がないわけじゃない。

でも、自分はどうやら想像力が豊からしく、かつひきこもりニートといった存在ネットを通して見ている。

そのため、その姿が自分と重なるということは絶対回避したい。

というか、せっかく入った大学(そこそこ良い。自分の実力には過大なくらいに)を投げ出すことはもったいなくてできない。

貧乏性なのかもしれない。

でも貧乏性で良かった。

他の選択肢として、ここで思い切って大学を辞めて起業すれば全ての悩みはなくなる。

でも起業って普通できないよねー。

起業するより就活卒論執筆の方がまだ楽な気がする。

実際どうなんだろう。

起業したこといからわからない。

余談だが、学生社長とか見ると嫉妬してしまう。

うーん。

日本社会はレールから落ちると云々、とはよく言うけど自分はその言説をわりと信じている。

からこうしてレールの上で踏ん張っているとも言える。

宗教に対する信仰心のような働きをもたらしているかもしれない。

でも日本には1.2億も人がいるんだから、レールから落ちた人はそう少なくないはず。

自分はレールから落ちた先の仕事イメージできない。

どういう暮らしをしているんだろう?

気になる。

中退して起業して社長とか憧れるよね。

雇ってくれないかな。なんて。

就活勉強研究もしたくない。

したくないけどやらないと前に進めない。

横に逃げる手はないわけじゃないけど、自分には多分選べない。

その場に留まることはできない。いや留年すればできるんだけど。

でも周りは進むんだからそれは後退と同義だ。

前に進もうとしなければ後退する一方である、って誰の言葉だっけな。

正しいと思う。

せーのでみんなが止まればこんなことも無いのに。

その場で止まる人が大勢になれば、取り残される人はいなくなると思う。

そうなったとしても、前に行きたい人はいるんだろうな。

我々は相対速度の話からなかなか逃れられないようです。

これは根本的に決まっていて、その理由時間が進んでいるからだ。

時間が進む限り自然界の事象は進み続ける。

食べ物を食べないでおくと腐るから、早く食べないといけない。

そうして社会が進んでいく。

まり時間を止めることができれば競争意識しなくても良いんだよな。

時々想像する。

時間を操る能力があったらなあ。

もしあったら、まず時間を止めるじゃん?

それで気が済むまで寝る。

今日10時間くらい寝たけど、全然足りない。

10時間寝ると体は回復するけどメンタル回復しない。

もっと思い切って休まないと。

寝てご飯食べて寝る生活100年くらい送るんだ。

スーパーは何故か稼働してる設定で頼む。ご都合主義だけど頼むよ。そんな設定の粗を探さないでくれ。

それで100年もすれば、あるいは10年くらいで人寂しくて飽きるだろうから、そうしたら時間を再開させてまたタスクと戦うんだ。

でも、この時再開する時間ゆっくり経過するように設定する。

そうだな、今の半分くらいのスピードにしよう。

そうすれば、周りの人の2倍のスピードで動ける。

喋る言葉を聞くのが退屈になったりデメリットはあるかもしれないけど、自分の心には平静が訪れるだろう。

日本人は歩くのが早いというデータがあるらしい。

せかせか動くのって結構ストレスだと思う。

でも他の人に勝つために周りよりちょっと早く動いて、それをみんな繰り返してどんどん速さがインフレしていった。

それが現代日本

どこまで高速化すればいいんだろう。

もっとゆっくり生きたい。

1日が48時間だったらかなり良いと思わない?

8時間働いて8時間寝てもまだ32時間残ってるぞ。

最高じゃない?

そんな世の中になってほしい。

ならないけど。

現実かいう厳しいやつ。勘弁してくれ。

ふう。

この文章を書くのもそろそろやめにしよう。

なぜなら夜が明けてしまたからだ。

時間を操る能力が与えられることはきっとないんだろうな。

から戦うしかない。

速歩行の日本人にぴったり追いつくスピードで。

とりあえず面接がんばります

大学辞めてぇ

辞めてえ辞めてえ辞めてえわ

あなたが思うより限界です

2021-04-21

センター9割取ったけど駅弁大学の授業についていけなかった話

小学校の頃は勉強に関しては困ったことがない。

テストは大体100点だった。

ただ友達付き合いが壊滅的に下手で、中学に入ったこから学校に居場所がなくなり、年単位不登校になった。それはここでは省略する。

高校からは真面目に登校し、友達もできて、勉強も遅れを取り戻すことができた。

高3になり、大学受験に向けた模試では毎回旧帝薬学部が狙えるレベルだった。

緊張して臨んだセンター試験は9割。正直、自分スゲエと浮かれた。

旧帝薬学部が十分射程範囲に入るのだ。

でも待てよ、と立ち止まった。

もし落ちたらどうなる?

そう、自分自主勉が嫌いなのだ

学校や塾で授業を聞くのは苦ではないが、一人で勉強するとどうしてもすぐネットに手が伸びて1時間時間が溶けてしまう。

コツコツ一人で机に向かうことが本当に苦手だった。

からもし浪人すると絶対ネット漬けになり、ダメになってしまうという確信があった。

選んだのは合格確実な地元国立駅大学の非薬学部

親元から遠くなるのに不安を覚えたから、地元から出なかった。(これは正解だった。のちに引きこもりになり生活習慣も精神的にも不安定になったので毎週実家に帰って会話する相手がいてかなり救われた)

当然合格し、駅弁大学入学。どうやら50人以上の学科入試の成績が一位だったようで、表彰もされた。

入学するとオリエンテーションサークル勧誘で異性からたくさん話しかけられた。

新入生の女ならちやほやされて当たり前なのだが、こんな私でもリア充になれるかも?と少しだけ夢を見させてもらった。

しかしその少し後に、私は衝撃を受けた。

教授講義で話してる内容がまったく理解できなかったのだ。

どこがわからないのか考えても、一から十まで全部としか言いようがない。

からないところがわからない、お手上げ状態である

何せいきなり理解不能な単語概念が当然のもののように出てきて、それを前提にどんどん講義が進んでいく。

その専攻は高校では好きな科目だったはずなのに、しょっぱなから高校までで習ったことは嘘です。本当はこうなっています意味不明説明)」と打ち砕かれる。

極めつけは実験科目で、実験器具を目の前にして何をどうしたらいいのか教科書を見てもまったくわからず固まってしまい、「あ、これ無理だ」と確信してしまった。

授業にもついていけないし、人間関係も、最初同級生と仲良くできたものの一歩踏み込んだコミュニケーションが取れずに徐々に距離ができていった。

次第に私は大学に行かなくなった。一人暮らしアパートに引きこもってネットゲームに明け暮れ、昼夜逆転生活を送るようになった。

土日や長期休みには実家に帰ったりアルバイトをしたりして、そこでだけ人と会話できた。

当然、単位が足りず留年確実になった。

このままではいけない。なんとかしなければと学生支援センターのあたりをブラブラ歩いていると、入学後でも専攻が変えられることを知った。

これだ、これしかない。

私は文系学部試験を受けた。普通入試と似たようなもので、英語小論文があったと思う。

無事に合格し、心機一転、同じ大学で二度目のキャンパスライフスタートした。

この学部でも専門科目はわけがからなかったが、前の専攻とは違ってまだ理解の糸口がつかみやすかった。

また文系マンモス学部なので講義で人と関わることはほぼなく、かつ編入生という明確な立場の違いがぼっち安心材料になって、余計なストレスを抱えずに勉強できた。

あとはここで躓いたら二留か最悪中退するしかなくなるので、授業も試験も頑張るしかなかった。

幸いなことにその学部卒業要件がゆるく、ゼミはあるもの卒論すら不要だった。また、私が選んだゼミはゆるさで有名なゼミで、ぼんやりとしたテーマでなんとなく発表する程度で許されたのも運が良かった。

かくして引きこもりぼっち大学生は、一留したものの専攻移動という手を使ってなんとか卒業までこぎつけたのだった。

ちなみに授業と並行して資格試験学内講座も受けたが、そちらは教えるプロ試験突破目的とした講義をしてくれるので非常にわかやすく、自分が得意だった大学受験までの「お勉強」と似ていた。

そのため資格試験の方は余裕で合格し、無事に就職できた。

大学卒業して長いこと経つが、いわゆる優等生の方だった自分大学でなぜあそこまで躓いたのだろうとたまに考えることがある。

1.大学講義をするのは研究プロであり高校までの教えるプロとは異なるということ。

2.高校までの参考書パラダイスと異なり、底辺大学生に一から理解してもらうための参考書が乏しいこと。(当時の私も一生懸命探したが自分の専攻では見つけられなかった)

3.高校までは「AはBのためCになる」のようなシンプル絶対事実をいくつも積み重ねて理解を深めていくが、

 大学ではAからZやそれ以上のあらゆるパターンが先に出てくるばかりで絶対事実に辿り着かず、「結局確実に言えることは何なの?どこから覚えたらいいの?」と地に足がつかないままどんどん先に進んでいくこと。

 (よく考えたらお勉強ではなく学問研究世界なので当たり前である

など色々あるが、結局、答えの用意されたお勉強が得意だっただけで、答えのない学問を追究すること、つまり大学進学自体そもそも向いてなかったのだろう。

高校までのお勉強大学で学ぶことは全く異なるということは全高校生に知ってもらいたいと思っている。

ここまで読まれた方は、私は発達障害だと思うかしれない。診断は受けてないが傾向があることは自覚している。

しかし「高校までの勉強が余裕だったのに、大学の授業が全く理解できなかった」という話は発達障害界隈でもあまり聞かない。私だけなんだろうか。

2021-04-20

anond:20210420083239

まず表立って「学生勉強に支障出ないよう、面接は3月1日から日経連企業協定守ってね!」というのがある。

裏抜けための「OB訪問」(先輩に会うくらいいいよね)

文系銀行等)

部活ゼミ単位で集めてできそうなやつ1~2名ピックアップして

早いスケジュール面接に乗せる。

銀行知名度はあるが学生避けられ気味なので

内々定出して、飲ませて囲い込み。



理系

教授推薦学科推薦で1本釣り

先生OBも面識あるし入社後も安心

仕事内容キャリアプラン入社前を具体的に聞けるのは大きいよ。


下調べしておかないと「入社後のキャリアプラン」「学生時代の力をどう活かすか」が

業務内容調べておかないと全く的外れESになる。

2021-04-17

anond:20210416234713

いや元のやつの主張は大学勉強したいから好きなのとらせろってことだったか勉強したいことならじゆうかもくでとればええやろ

自分の好きなことだけやりたいですって卒業資格ないよ

世界のどこの大学を見ても教養はある程度取るし嫌な科目も当たり前のように取らされる

東大ですらそうだろ

こいつは自分の好きなことだけで時間割埋めたくて、というより一限の授業とか曜日ばらけてるの省いた結果14単位になったんだろうし

早稲田時間割自由が効くのは3年からから

2年まではほぼ水曜日も一限も入れざるを得なかったわ

 

泣きつきがいけないのは単位場合だけな

早稲田ゼミ入ってなくても教授私生活含めて全てを相談する担任生みたいなのがある

全く知らん教授は無理ってなら二外の教授に頼みにいけばええし

2021-04-15

anond:20210415194726

名前も知られてない地方の県立大出身だけど、大学には行っておいて良かったと思うよ。

ゼミ教授とは卒業から10年以上経った今でも交流があるし、転職の末に大学で学んだことが多少役立つ職種に就けたし。

個人的大学は「高校までの勉強をそれなりにこなせる奴」より「特定の分野をガッツリ学びたい奴」が行くべき場所だと思ってる。会社員として役立つスキルを身につけるんじゃなく、知的好奇心を満たす場って感じ。

2021-04-14

彼女大好き

31歳にして初めて彼女ができた。付き合ってもうすぐ半年になる

童貞大学の時に風俗マッチ棒みたいなガリガリリスカまみれの女に捧げたが、トラウマでそれ以来行ってない

大学時代のゼミ仲間で、卒業後細々と縁が繋がってて、複数人でごくたまに飲みに行くくらいだった。

彼女は男女問わず誰にでも平等というか、サバサバしてる人で、付き合うとかは全く考えてなかった

人として素敵だと思っていたが、恋愛対象には見えなかった(顔も別に可愛くはない)

コロナ禍でゼミの仲間とは自然消滅してて、ついに俺と異性の関わりは完全に消えるんだなあ…と思ってたが、たまたま向こうが某オンラインゲームやってることがわかって、個別LINEして、たまに2人でゲーム遊んだり、飲みに行くことがあった。そのときは恋というか、異性と二人っきりってことに浮かれてはいたけど、彼女にとってはたくさんいる男友達の一人なんだろうなって思ってた。あんまり深く考えないようにしてた。

で、昼食べにいった帰り道に告白された

告白されたときは全く信じられなくて、断る理由なんてないから受け入れた。向こうも30だし結婚焦ってるのかなって思った

が、どうやら彼女マジで俺のことを好いているらしい

俺が何も信じられなくて「自分のどこを好きになったのか」を別の日に聞いてみたら、すごい丁寧にひとつずつ挙げてくれた

優しいとか、人の話を否定しないとか、声がいいとか、○○という言葉が嬉しかったとか

え?そんなこと?みたいなことをズラーって挙げんの。普段大口開けてゲラゲラ笑う彼女が顔真っ赤にしてるの見てたら、なんかその瞬間に恋に落ちた。

好きになってくれたから好きになるって単純すぎるというか、彼女に対して申し訳ないんだけど、マジでそう。

彼女は俺にすごく優しい。俺が卑屈な人間からか、事あるごとに好きって言ってくれる。仕事も励ましてくれる。何が嬉しかったとか、こうしてほしいとかちゃんと教えてくれて、恋愛経験ゼロの俺にすごく寄り添ってくれる。

初夜とかほんと散々で、上手く挿入できなくて俺が泣いたときも呆れないでいてくれた。

正直、俺に都合が良すぎて怖い。

毎日好きでたまらないし、どんどん好きになるし彼女がいない生活が耐えられない。けど、彼女は多分俺がいなくても生きていけそうなのがつらい。そういうところも好きだけど、たまに発狂しそうになる。酒飲んで電車止めた男の気持ちわかる

まだ半年だけど、結婚を申し込もうと思ってる。正直焦ってるのは自覚してる。彼女を逃したら一生結婚できないだろうし、約束がほしい。

ゴールデンウィークに会う予定だから、今度レストラン予約する。

2021-04-09

anond:20210409153926

英語日本語の違いだからOOゼミでも違いはない。




それに君は入る方でなく入れられる方だ。

anond:20210408193833

大学に入ったら「ゼミ」っていうに所属するんだ、って楽しみにしてたのに、私が所属するのは「研究室」なんだって

私入る大学間違えたかな?

2021-04-08

メンタルクリニック簡単ストラテラを出してくれる

元々、理由があってもなくても、すぐに落ち込んだり、何でもできると思い込んだりする性格に悩まされていた。なんでもやりたいのに、どうしても継続ができなくて、苦手となんちゃってトラウマみたいなものけが増える人生だった。言い出しっぺの癖に手に負えなくなって迷惑を掛けるし、バイトシフトはいつも入れすぎて生活破綻していた。12時間寝るし、人の話もいつの間にか聞いていない。

これら全て、どうせ自分努力不足のせい、気合が足りないんだと思っていた。情けなさで肉体が消滅するかと思った。して欲しかった。

研究がしたくて、浪人してなんとか行けた第一志望だから、凄ぇ同期達とのギャップを思い知らされつつも、開き直って駆け抜けた。前期の成績は良かった。私は生還したんだ、と思った。

やっとゼミが始まった10月。何かが狂い始めた。実技の説明がわからない。何がわからないのかもわからない。まあ次回までに整理して振り返っておくか。それがずっと続いた。

そうだ、オンライン授業だし、今のうちに合宿普通二輪免許でも取るか、なんて、変なタイミングで予約した。月末に合宿代と学費家賃カードの引き落としが重なっていることに気が付いた。残高は足りなかった。分割払いが助けてくれた。結局、卒検に2回落ちて、大学単位が危ういために一時帰宅した。

あれ?おかしいぞ? でも、考えている暇はない。秒で履歴書を書き、キャンパス近くのコンビニで週に40時間ほど働き始めた。いつ寝ればいいのかわからない。もう何もできなくなっていた。期末が近づくにつれ課題が増える。そのうち幾つか諦め、シフトを減らしても間に合わなかった。勤務中、眠気のあまり幻覚まで見た。その直後、ケアレスミスでクビを言い渡された。最後までわからないままにしていた実技の試験も、後回しにしてしまった。長期休暇中は引きこもり、知らないうちに春が来ていた。

これでは駄目だと思い、メンタルクリニックに行き、今までのことを話した。話すことメモを用意していたけど、一度も開かなかった。

担当医師から「傾向というか、そうだと思います。」と告げられ、ADHD双極性障害の薬を処方してもらった。違ったらどう対策しようかと考えていたのに。本人の証言と簡易検査だけで診断って降りるんだ。

それでもまだ、何かのせいにして安心したいだけなんじゃないかと思い、5chで関連スレを見まくった。身に覚えのある内容の4コマに対して、「ここまでいってるとガチ病気」と書かれていた。覚悟を決めた。器用には生きられない。

思い返すと、過眠や飽き性、物忘れだけでなく、気分の浮き沈み、過食、Twitter依存時計を見たのに時刻を見てない問題 などなど、今まで悩んでいたことすべてが、「ADHD」で説明できるような気がした。私はそんな万能な言葉を手に入れてしまった。どうやって向き合っていこうか。望んでいるのは、他人から特別配慮や助けではなく、自らでどうにかしていく力をつけることだ。

私が必要なのは努力だということに変わりはなかった。努力をする上で、重大なヒントとなる自身特性を見つけたに過ぎない。

私は言い訳が好きだ。だからADHDを、目が滑っても、声が耳をすり抜けても、繰り返し食らい付くための言い訳にしようと思う。落ち込む前に一つフィルターが増えた。

P.S. 10時間以上お風呂から上がれないやつは本当に困っています

2021-04-05

今年は素数ゼミが生まれる年

数十億匹のセミが地面と樹上を埋め尽くす

2021-04-03

22卒だけどNNTが今のうちから見えてる

地方私文(1敗)

浪人(2敗)

コミュ障(3敗)

クソ雑魚国家資格は持ってるけどその資格を使う職には就きたくない(4敗)

競争が苦手(5敗)

そもそもやりたいことがない(6敗)

バイトリーダーじゃない(7敗)

カンボジア学校建ててない(8敗)

サークル副部長じゃない(9敗)

バイト先の売り上げアップに貢献してない(10敗)

客観的に見てもう死亡リーチ掛かってるよな。

3月ゼミ教授の言うことに従って資格関連の業界ES出してSPI受けて面接行ったけどさぁ、資格持ってても普通に意味ねえんだわ。やっぱ"人間力"よなぁ。5社受けて全部1次面接で落ちたわ。特に大企業ってわけでもないのにな。向いてないのはわかってんだから適性検査で弾いてくれや。

ゼミ教授にもキャリセンの職員にも〇〇さんはやればできる的な扱いされるけどさぁ、二十数年生きてきたら自分では分かる通り、やってこれやねんな。

そりゃこの地域では頭良い高校卒だし資格とかTOEICスコアとかまあそこそこ持ってるしGPAも高えのは確かだけど、そんなのマジでクソほども自慢にならんし、結局F欄やし、まずやればできる子浪人なんかしねぇし3年の3月から就活始めたりもしねぇんよな。

分かってることは自己肯定感の低さとかやる気のなさとか自分立場を踏まえてない冷笑的なスタンスとか自分自身の人生なのになぜか客観視してしまっていることとかで、それただの怠け癖のある社会不適合者なんよなーって。これが自己分析か?

自己肯定感の低さとかやる気のなさはまあ昔からなんで変えられないわな。

小中高と同じ部活やってたけどほぼほぼベンチだったんよな。まあ実際普通に下手だったんだろうけど、監督やらコーチやら同輩から決まって言われる「お前はやればできるのにな〜」というお言葉

やってこれやねんな。

元々の能力値が低いんだよ。

下手だから頑張れって言われるより残酷なんよ。

ていうか普通に馬鹿にされてたんだろうな。

まあ部活で言えば周りの自分と同じ状況の奴は必死になって監督ゴマすって試合に出ようとしてたけど。

それが「やる」ってことなんだろうかね〜とか、まず俗に言うエンジョイ勢から試合出なくたって良いよなぁとか考えちゃってなんもせんかったな。

練習監督が来たときだけ動きが1.5倍になる他の部員見てキモって思ってな。

そういうお前が一番キモいって話。それも分かってる(と言いながら多分分かっていないんだろう)。

「お前はもう少し媚びを売るようにしたら人生楽になると思うよ」っていつか友人に言われたな。

まあその通りだと思う。それすらも面倒くさいからやらんのやけど。

自己肯定感のなさは成功体験のなさ由縁とか言うけど、今のところ何したって成功って感じないしよく言われるたとえみたいに、朝起きれた偉い!とはならんのよな。

部活10年続けました!バイト3年間続けてます!←続けてるだけじゃん。惰性でしょ?

年間GPA4.0でした!←でもお前勉強してないしF欄じゃん?

資格一発合格しました!←特に本気になって取り組んだわけじゃないやん。クソ楽テスト受かって何になるの?

TOEIC800点でした!←でもお前英語喋れねーじゃん?

テストとかなら結果出て5秒間くらいは嬉しいけど、その後は自分にツッこまれて「ま、こんなもんだろうな」って気持ちになってしまうんよな。みんなそうかもしれないけれど。

こういうの見ると自虐風自慢というか、自己肯定感ないって言う割に自分のことを高評価しすぎてる奴に見えるかもしれないけど、そこんところはよくわからんのよな。

とまあ、話は逸れるわ就活には関係ないわ、クソみたいな駄文書いてる暇なんてねえんだし、とにかく考えたってどうにもならんのだから早く必死になれって話なんよな。

必死になれないのはクズから。まず必死になるってなんなん?根性論じゃなくてやり方を教えてほしいんだよな。

まあでも、そんなすぐに人に頼ろうとするクズ就職先はありませーん。

でも就職しないわけにはいかねーしなっていう。

どうしたらいいんだろう?わからん。誰か教えてくれ。

2021-04-02

コロナ禍2年目の大学2年生の嘆き

 想像力のある方々なら、内容はタイトルからおおよそ察せられるものと思う。この手の話はテレビ新聞ラジオSNSその他媒体で散々語り尽くされてきたものからだ。

 はじめに少々長い前置きをさせてもらおう。

 私は人との比較の上では少なくとも「苦しんではいない」。というのは、コロナ禍が始まってからも特段生活には困っていないからだ。家庭の収入が少なからず減ったりはしているし、出かけられる機会も減ったりしている。けれども、出費を切り詰めないといけないほどに家計が逼迫しているわけではないし、人間関係が修復不可能なほどに壊れて絶望的に孤独なわけでもない。ましてや、留学生の方々のように故郷へ帰るための道を断たれたわけでもない。私は、コロナ失業した人も知っているし、帰国できなくなった留学生の方も知っている。元々生活の困窮していた人が、更に困窮して居場所を追われる状況になっていることも知っている。彼らの心中を察するに、私の苦しみなど所詮は道端の糞ほどにも意味をなさないだろう。反対に、私とは違って全く苦しんでいない人も或いはあるかもしれない。

 ともあれ、ここで敢えて一つ言わせて頂きたいことがある。この記事目的は「私の苦しみが他者のそれを上回る」ことを主張することにはないし、その認識を持つつもりは少なくともない。仮に「私より苦しんでいない人」を想定したとして、その人に牙をむくことはこの記事目的にはない。考えは未だまとまっていないし、書きながら自己矛盾を感じているところもある(矛盾を見つけても指摘するだけ無駄かも知れません)。しかしながら、先に述べたような悪意があるわけではないことを、頭の片隅に置いて読んでいただきたい。

 ニュース新聞SNSなどを通じて、皆が苦しんでいる状況にあることは知っているつもりだ。身の回り家族、友人、知り合いが苦しんでいることも知っている。身の回り他者自分の苦しみという重荷を更に背負わせないためにも今まで沈黙してきた。皆が苦しむ中で、自分の苦しみが苦しみとして認めてもらえないんじゃないか、そういう思いも大きかった。もしかしたら、自分の苦しみを認めたくない自分いたことが一番大きかったのかもしれない。

 他者との比較を求めるものでないことは先述した。ここに記すのはあくまで「私の苦しみ」であって、世間一般大学生通用する苦しみではないかもしれない。繰り返し、「私の苦しみ」であって、他者のを上回るものでもないし、反対に他者否定できうるものでもないことを述べておく。

 長くなったが、前置きはここまで。

[人間関係などに関して]

 2020年の春に現役で無事第一志望の大学入学した。しかしながら、周知の通り、そこで待っていたのは世間一般の思い描くキャンパスライフではなく、完全オンラインの「大学生活」だった。終日自室にこもって講義を受け、レポートを書き、深夜帯までデータベース上の論文を読み漁り、ひたすら思索に耽る(後ろ2つについては、本気の学問をできる環境の整った大学なので、対面だったとしても似通ったものだったとは思う)。特に堪えたのは、初年次のクラスメイトとの顔合わせすらもオンラインだったことだ。知らない人達と急に向き合わされる上に、他の人の画面に常に自分の顔が映っているという状況、楽しむことが強いられているように感じて終始作り笑いをしながら耐えていた。酷く疲弊した。かなりの労力を費やしたが、教室のそれとは違って個々人で話す機会もなく、仲良くなれた人はいなかった。他の少人数講義も似たような状況であった。唯一、ゼミ形式過酷講義グループワークをする中で多少仲良くなった人はいるが、会えない中で関係を維持することはできなかった。

 感染者の減った夏から秋ごろにかけて、少しだけ対面のサークル活動(運動系)ができた。回数は減らされ、条件付きで練習も認められた。複数受けた少人数講義も、合計でたった20回程度ではあるが対面で実施された。少々語らうことはあったが、教室で話すなとのお達しもあり、あまり話すこともできなかった。キャンパスが自宅から遠いこともあり、あまり会うこともできず、サークルでも少人数講義でもそれほど仲良くなった人はいない。

 臆せずに会いに行けばいいという人もあるかも知れないが、それができないから困っているのだ。昼夜問わず会食はできないし、気軽に家に上がることもできない。自分が出歩いて感染したくないというのも勿論あるが、問題はその先だ。例えば、感染したことサークル活動長期間停止されるかも知れない。或いは、他の人が楽しみにしていた対面授業の機会を奪うことになるかも知れない(言わずもがな医療にも負担を強いることになる)。自分一人が自由に出歩くことが他人の首を絞めることになりうる。反対に他者が好き勝手に動き回った結果として自分の首が絞められることもあるかも知れない。出かけたとして咎められはしないだろうが、それができない。手足を縛られて動けない。そんな状況にある。これは何も人間関係に限った話ではなく、以前はアウトドア趣味だったのだがそちらにも足が向かなくなった。理由は同じだ。

[「可哀想」と語ることの無意味]

 入学以来たびたび言われるのが、「せっかく入学したのに大学に行けなくて可哀想だ」「対面授業少なくて残念だね」「せっかくサークルに入ったのに活動少なくて残念だね」「新しい人間関係ができなくて可哀想」…(以下略)といった内容のものだ。要するに世に言うところの「キャンパスライフ」がないことを憐んでくれるわけだ。正直言ってこの言葉には腹が立って仕方がない。憐んでくれたところで、その言葉によって大元の原因が霧消してくれるわけではないし、状況は少しも動かない。医療という、か細い一本の柱に寄りかかって生きている今日現在にあって、ワクチンが普及したり、治療薬が完成したりしない限りにおいて、「キャンパスライフ」の実現可能性はほぼゼロである。この状況にあって、憐れみを述べる言葉意味を少しも意味をなさない。ましてや「小中高や会社が(条件つきながら)通常営業できている中で、大学生だけ社会的に抑圧されているのはおかしい」と擁護論陣を張ってくれたところで、待っているのは徒労だけである

 この手の話は、旱魃や凶作、飢えや渇きに苦しむ人に対して、殊更に強調して水や食料の美味しさを説くことに等しい。私の下の代やその下の代の頃には「キャンパスライフ」は可能かも知れない。しかしながら、既に4分の1が消し飛んだ今、私の卒業まで三年弱という状況にあって、その望みは薄いように感じる。自分が何をどうしようが手に入らなそうなもの美徳を説かれたところで気分が悪くなるだけだ。憐憫を垂れてくれる必要はないし、そういうことはしてほしくない。今、私が手に入れることができるのは、大学生活の亜種だけであって「キャンパスライフ」ではない。今できることに取り組もうとする人間に対して、今後できそうにもないことを押し付けるのは是非ともやめていただきたい。

[無為生活]

 オンライン中心での大学生活における大きな悩みの一つとして、「無為」な生活になってしまうことが挙げられる。「モラトリアムなのだからそれでいいのでは?」と言う人もいるかも知れない。しかし、これは何も自堕落生活を送ることを指すのではなくて、「大学4年間で頑張ったこと」が何もない状況に陥りそうだと言っているのだ。自室に籠る生活を続ける中で読みたい本、読む必要のある本、多くの文字資料を読んできた。資料をたどりながら、学問的な問題社会問題についても自分なりに考えを深めてきた。内的には少しだけ豊かになったかも知れない。けれども外的なものが何一つない。活動制限される今、これを自分は頑張ったんだと言い切れるようなもの(サークルバイトインターン学業面での功績等々)はまだ何もない(学業はこれからではあるが……。バイト最近始めたが見つけるのにかなり苦労した)。頑張ったこと、熱心に打ち込んだことが欲しいと言うのは単に自分気持ち問題であって、就職のために必要としているわけではないけれども、面接官に「大学生活で何を頑張りましたか」と訊かれた時には、「大学生活などというものは無いに等しかった」と答えて離席するかも知れない。或いは面接官を殴らずにはいられないかも知れない。

 この生活の中では、目標も失ってしまったし、舵取りも上手にはできない。と言うのも、目標となるような存在出会う機会に乏しく、手に入る情報もとにかく少ないからだ。小中高の教室、或いは大学研究室でもいいから、とにかくそこを思い浮かべてほしい。手本になるような人物、或いは反対に悪例となるような人物はいなかっただろうか?恩師、友人、同期、後輩、先輩、誰であれ少なから自分生き方の参考になるような人がいたはずだ。オンライン化されたことの一番手痛い問題として、そうした道標が失われてしまたこともあるのかも知れない。兎にも角にも、抜け出そうとあがきながらも、未だ無為生活している。(これを努力不足と言おうとすることがあらば、それは見当違いというものである。)

[肥大する被害者意識]

 一年が経過して大学2年になった。もう後輩が入学してくる時期となってしまった。諸用でキャンパスに行くと手続きに臨む新入生の列を見かける。SNS上では眩しいほどに希望に満ち溢れた姿を見たりもする。羨望を通り越して嫉妬してしまいそうなほどである。一方で「対面授業が少ないではないか」という声を聞いたりもする。「こんな世情にあって贅沢言ってるんじゃないよ」と言おうとして、すんでのところで踏みとどまる。対面形式講義を沢山受けてきた諸先輩方や、コロナ禍にあっても高校で対面授業があった新入生にとっては理解し難いことかも知れない。比較しないように努めていながらも、どこかで強烈な被害者意識が渦巻いている。他者自分の苦しみを味わせたいわけでは無いけれども、どこかでそれを求めているように感じてしまう。パワハラ上司はこうやって再生産されるのかも知れないなと思いながら、なんとか発言を飲み込んで止まっている。

 ざっとこんな感じだろうか。筆をとる中で少々整理されたような気もしなくもない。繰り返し、他者に牙をむくことや、他者の苦しみと比較して変な優越感に浸ることはこの記事の本意ではない。もしそう感じられる内容があるのだとすれば、私の言語能力限界ゆえ、或いは私の未熟さゆであると思っていただきたい。

2021-03-29

シン・エヴァ感想 ※広義のネタバレ含む

この間シン・エヴァ観て来たので感想を書く。

公式ネタバレ解禁したらしいし。

ネタバレが嫌な人はここでブラウザバックするといいよ。

もう観た人やネタバレ別にいい人は読んでくれるとうれしいよ。
















まあ、ネタバレって言えるほどのネタバレも書く気はないけど。

観た人と感想を共有したくて書くだけ。

ま、断っとかないとうるさい奴がうるさそうなので。




















さて、書くか。

この作品エヴァンゲリオンは「完結」らしい。

実際に観てみるまでは、

またまた〜そんなこと言ってまたモヤっとしたエンドなんでしょ〜?」

と思っていたが、観終わってみると、確かにこれは「完結」であった。

シン・エヴァは俺に物語の「完結」という概念を教えてくれた。

すなわち、エヴァが「完結」するとは、観客が「もう続きは観なくていいか・・・」と思うことなのだった。

序を観た時は

エヴァなのに大人ちゃん大人してる!斬新!!!

って感想が巷に溢れていた。

そりゃもう本当、逆に斬新だったよな。

破を観た時は

「こういうエヴァがあってもよかった!!!続きが早く観てえ!!!

と思ったもんだったよ。

心がぽかぽかしたよな。

その期待を一身に背負って出てきたのがQだった時の絶望たるや。

まさに僕の気持ちを裏切ったな!状態

「完結」とは程遠い、「早く続きを観せろ!」という状態だった。

そして今回のシン・エヴァである

なんと言うか・・・シンプルダサい

キャラの心情の変化がおかしい。

「設定」を説明しきっただけで「物語」として成立していない。

おもしろくない・・・

なんとも言い難いのだけれども、全体的にダサい

綾波田植えをするのは斬新でよかったが、全体的になんとも言えないダサさが漂っている。

敵のデザインダサい

服のデザインダサい

セリフダサい

システムUIデザインダサい

画面がごちゃごちゃしていて、何と戦っているのか分からない戦闘シーンが多い。

だいたいエヴァセンスっていうのは、エヴァという制御できない力、現象への恐怖、畏怖、制御しきれない無力感

そしてエヴァという強大な力を恐れながら利用する人の賢さ、全能感、生へのしぶとさが絶妙バランスで混ざって生まれる、独特のものだった。

それがまるでない。

活動限界が来ないエヴァなんてエヴァじゃないだろう。

早く電池切れてさっきまでの超常の力を発揮できなくなって無力感に苛まれろよ。

そして思春期特有アイデンティティ・クライシスと相まって独自センスを醸し出せよ。

登場人物の心情変化がおかしい、公式解釈違い起こしている。

劇中でさんざんシンジに「メンタル弱すぎ」って怒鳴ってるアスカだけど、

トウジやケンスケが大人の余裕でうじうじしたシンジを受け入れ、心の傷が癒えるのを辛抱強く待っているのに

「先に大人になった」って自称してるアスカ子供のまますぎてイラつく。

14歳女の子がそういうキャラだと愛らしいのに、28歳でそれって、単純にキャラとして魅力がない・・・

シンジ立ち直るの急過ぎるだろ。

心的外傷を負って何もできなくなっても腹は減る。

泣きながらレーション食べなきゃならないのは情けないよな。

どうなるんだろって思ってたら、様子を見に来た綾波に、

「みんなどうして僕に優しいんだよ!」

って叫んでて、自分がいじけてるだけだって自覚あるんか〜い!

シンジよ、綾波が溶けて悲しいか

それが「大人」になるきっかけになったらしいが、まともにからんでたの一週間くらいだろ。

多分一番悲しんでるの、一緒に仕事してたおばちゃん達だぞ。

それくらいでキャラ変わるくらい成長すんなよ!!!

だいたい、シンジ君はメンタルが弱いというほど弱いわけではない。

いきなり巨大ロボを操縦して巨大生物と戦えって、誰だって

「できるわけないよ!」

って言いたくなるだろう。

例えば、近所に熊が出たから、

「猟銃持って駆除してきて」

って言われて

「やってみる」

って言える人はどれくらいいるんだ?

10代でも30代でも60代でも、目の前に傷だらけの少女が出てきて、お前がやならきゃこの子が熊撃ちに行くぞって空気圧力かけられても、やるなんて言い出せないだろ普通

それをやるって言えるんだから男気のある奴だよシンジ君は。

ただちょっと陰キャなだけだよ。

やったことないだけの釣りを「できない」なんて断る奴じゃないだろ。

公式解釈間違ってるとしか言いようがない。

後半では何かと「やってみる」と言うようになるが、そんな安請け合いできるような簡単な話だったら誰も苦労しないんだよ。

つまんねぇな!!!

そして、自分はこれが一番の問題だと思うが、ゲンドウとユイのなれそめが映画の中で描写されてない。

観客の大部分はTV版も旧劇場版も観ているから、ゲンドウが人類補完計画を進めている理由は知っているはずだが、新劇の中ではほとんど触れられていない。

もしも新劇だけを観ている人がいたら、ゲンドウに向かって

「ああ見えて実はカワイイ所がある」

なんて言う女性がかつて居たという、衝撃の事実を知ることはない。

ここを書き忘れたなんてことはありえない。

後半でゲンドウが半生を振り返りながら内心を吐露するシーンがあるのだから

その前に生前ユイゲンドウの心温まる交流の回想でもなければ、このシーンの価値が無くなってしまう。

人類を皆殺しにしてても取り戻したかった物がなんなのか観客に示すことなく、

ゲンドウの内心に大きく尺を割く制作上の動機はない。

から制作陣は、TV版にはあったこれらのシーンをわざと省いたのだ。

なぜか?

おそらく、制作陣はシン・エヴァを、序から始まる新映画版を完結させる気で作ってないのだ。

もうこれ以上「続きを作れ」と言われない形でまとめることだけを優先したのだろう。

よっぽどもうエヴァを作りたくないんだな。

いろんな所から「もうエヴァ作りたくない」ってインタビューが聞こえてきてたけど、これほどとは。

もしゲンドウの行動を正当化できてしまうようなシーンを描いてしまったら、

前半で描かれたトウジやヒカリケンスケの、慎ましくも幸せ生活を全てぶち壊してでも取り戻したいと思えてしまえるような、

そんな幸福ゲンドウが得ていたと描いてしまったら、必ずファン

「続きが観たい」

と言うからだ。

今回のゲンドウの内心の吐露で、ゲンドウは子供の頃から陰キャで人嫌いだったのが大学ゼミ彼女できて全部どうでもよくなった、っていうしょうもない奴だと分かってしまったわけだ。

ユイとの生活では、さぞかしカワイイ所を見せていただろうよ。

でもそれはシン・エヴァでは描かれることはなかった。

だってそんな所を見せられたら、「続き」が観たくなるもんな。

エヴァの『続き』を作れ」

って言われてしまうよな。

いくらでも商業成功できるスピンオフ展開が思いつくぞ。

碇ゲンドウの子育て日誌なんてどうだろうか。

不器用だが一生懸命ゲンドウがユイと一緒に赤ちゃんだったころのシンジを育てる話とか。

絶対に当たるわ。

離乳食を食べさせようとして悪戦苦闘するゲンドウ。

手が滑って自分の頭から離乳食かぶってしまう。

なにやってんの!」

とあきれるユイ

そこで一言

問題ない」

絶対に当たるわ。

実際にこういうスピンオフをやるかどうかはともかくとして。

そういう話を考えたくなるほど、物語にのめりこめるってことが重要だった。

エヴァはそういう物語だった。

だが、それじゃ永遠にエヴァの続きを作れ」と言われてしまう。

から、のめりこめない話を作って「完結」にした。

そういう制作陣の意図が随所に感じられる作品だった。

つまんなかったな。

から俺達が言うべきことは一つなんだろうと思う。

エヴァはもう忘れた!

シン・ウルトラマン楽しみにしているぞ!!!

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