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2024-04-15

じいちゃんばあちゃん若返る 第一話に寄せて

どうもこんにちは

面倒くさいアニメファンです。

じいちゃんばあちゃん若返る の第一話を見て、どうしても突っ込みたいところを突っ込むので気が向いた人だけ読んでくれ。

なお、アニメしか見てない。

漫画の方は今後買う予定だけど今月クレカの支払いがヤバいので来月以降の予定。

ちなみにこれは「こう書かなきゃ行けない」という話では無く、興味を持ってくれた人により深く楽しんでもらうための解説であるからして、そのつもりでひとつよろしく

りんごの木について

りんごの木の書き方が妙にリアル

りんご高木にあたるので、そのままにしておくと凄く大木になってしまう。すると作業性が著しく悪くなる。剪定、収穫、防除が難しくなる。

また、日の光が均等にかからないとまずいので、背が高くならないように、また横に向かって伸ばすように育てる。

そのため、上から見ると、枝が放射状に横に向かってにょろにょろと手を出すように広がっていく。

ただし、こうするとりんごの実がることによって枝が折れたりする。それを木の棒で支えている。これも作中で描かれているね。

これを丸木栽培と言って、最も古いりんごの育て方だ。

じいさんばあさんが昔植えたという、そして黄金りんごを実らせた木がこれにあたる。古木に多い。

一方で、作中には、並木状になっているりんごの木があったと思う。これを「矮化栽培」という育て方だ。

先ほど言ったように、りんごというのはそのまま置いておくと大木になる。またコントロールが難しい。そこで、わざと大きくならないりんごの木を作って、それを高密度に植える育て方、それが矮化栽培だ。

りんごに限らず果樹は基本接ぎ木である。根っこの部分には生命力と根が強い木を台木にし、更にその上に目的の木を接ぎ木する。通常はそれだけなのだが、そのままで大木になる。

そこで、根っこの台木の上に、一度矮台という大きくならない木を間に挟んで、更にその上に目的品種を継いだ特殊な苗を使う。これを矮化栽培という。これによって木が大きくならずに育てる事ができる。

のだが、しかしこの矮化栽培も、だんだんと木が大きくなってきて、旧来型の丸木栽培に近くなっていく。こうして、並木のように並んでいる大きなりんごの木ができる。

じいさんばあさんは戦中派なので、最低でも90歳オーバーであることを考えると、ちょうどこの矮化栽培の普及時期に開拓をしていると思われる。

じいさんばあさん若返った後は?

若返ったので、今後、じいさんばあさんは改植を進めていくものと思われる。

大きくなった矮化栽培は、矮化栽培メリットがほぼ無くなる上に、丸木栽培よりも高密度なので丸木栽培メリットも無い。と言う事で、通常は一定より大きくなったら切り倒してしまって、新しい苗を植える。この時に最新の品種を取り入れたりする。これを改植と言って、果樹農家基本的に絶えず行っていく。

のだが、改植すると当然一時的収入が減る。また高齢になってくるとなかなか未来の事を考えて行動するということができにくくなってきて、改植が進まない。

そこで、じいさんばあさんは大きくなった矮化の木を残していた(矮化栽培は枝を支える手を使うレベルまで育てるのは育てすぎ)と思われる。

が、若返ったので、この後は矮化栽培を進めていくと思われる。

さて、今の時代は、更に進んだ栽培方法がある。じいさんばあさんは、日本りんご栽培が本格化するところ、その近代化を担ってきた世代である。当時最先端技術を使ったベンチャー企業みたいなものだ。そう言う精神を持っている2人なので、今後は新しいことを入れていくと思われる。例えば以下の様な栽培方法がある


作画の都合上省略されたり変更されたりしていると思われる部分

まず、OP 果樹農家が使うのは三脚なのだが、これが脚立になっているのは、おそらく参考になる品物が近くになかったからかな。

基本的果樹農家が使うのは三脚である。足が多い方が安定するように思うかもしれないが、三脚場合は3本目の足の位置を調整することで下が安定していない坂などでも安全に安定させる事ができると言う特徴がある。これが脚立の3本足だと、一本が浮いてしまうのだ。

日本では、伝統的に平坦な場所コメまたは麦を育てる場所として使われる。そのため、果樹園は傾斜地にある事が多いのである

物語的に変更されたと思われる部分

先祖伝来の土地はあまり多くない

りんご栽培が本格化したのはここ150年ほどで、更に言うと戦後である戦争から引き上げてきた人々が、食っていくために開拓をした土地りんごを植えた所から本格化している。

日本農業は米を重視していて、それに適した所はほぼ開拓されていた。その残りと言うのは、傾斜地で水がなかったりとするところである。そこを開拓した所だ。

じいさんばあさんは戦中に生まれ若い時期を戦後の混乱期を過ごした人たちなので、恐らく先祖伝来の土地よりも、自分たちで開拓した土地の方が多いと思われる。

ただ、聞くところによると、2人とも元々地元豪農の生まれらしいので、そういう点ではあるのかもしれない。

津軽りんご農家豪農が多く、後継者も多い

りんご農家豪農が多く収益率も高い領域だ。

全国から考えると比較収益性が高く後継者も多い優良な事例が多い。また、じいさんばあさんは最低でも90歳と考えると、恐らく息子さんは定年直前ぐらいではにだろうか。

一緒に暮らそう、と言うよりも、どちらかというと定年帰農を考える話になっていくのが現実によくある話だと思う。

そうすると話が複雑になってしまうので、省略されたのだと思う。

まとめ

りんご農家アニメ化するってのは結構レアなんで農協とかコラボやろうぜ

まだりんごシーズン本格化前田からやれるって。

2024-03-25

anond:20240325193657

志位はメディア向けの話するぐらいならボケる前にちゃん後継者育ててほしい、もう遅いか

2024-03-20

うちの会社では社員恋愛にも社員同士の結婚も何も言わないけど、長年「子供が生まれたら女性退職」というルールは守ってもらっていた。

その代わり、子供のいる社員には大手企業以上に様々な名目で手当てを支給してきた。

これは会社のためでもなく、社員のためでもなく、純粋子供のためのルールだった。

うちの会社創業者は私の父親

満州から幼かった叔父や叔母を引き連れて祖母と共に日本に帰ってきた過去がある。

祖父シベリアに行きそのまま亡くなった。

父はそれなりの歳だったので、祖母と父が家計を支え叔父や叔母を育てた。

それでも父がおらず母も働きに出ており、とても寂しがる叔父や叔母の姿を見てきたそうだ。

時は流れ、私は新卒入社した会社退職後継者として父の会社入社した。

その頃、結婚して子供が生まれても会社退職する気のない事務女性がちらほら出始めた。

幼い頃の叔母や叔父の悲しみを知る父は「平和な世の中であえて子供に寂しい思いをさせる母親とは何事か!子供には母親まな板を叩く音で目を覚まし、まな板を叩く母親背中に迎えられ家に帰る権利がある!」と憤激し今のルールを制定した。

時はさらに流れて私が代表、父が会長となり、さらに父が亡くなってからもこのルールは守ってきた。

しかし、私が膵臓がんにより会長に退いて病床に伏している間に後継の甥はこのルール廃止してしまった。

今ではむしろ子育て仕事を両立できる」ことを人材募集の場でアピールしているらしい。

人手が得られて会社は喜ぶ。

働けて社員は喜ぶ。

収入二馬力になり配偶者社員も喜ぶ。

裏では寂しく泣く子供かな。

2024-03-19

anond:20240319203135

政治家として応援してただけで「教祖」ではなかったってことでしょ

後継者いないならそりゃそうなるよ

2024-03-18

anond:20240318182715

そういやアレとかアレの後継者争いどうなったんやろ

anond:20240318133033

漫画ではないが、

「ひどい扱いをされていたオレがむかつく女さんをやりこめてスカッとする創作実話(実話風創作)」

は一時期ネットに溢れかえっていたよな。まとめサイトにそういう話が沢山あった。

今はそれらは「なろう系」と呼ばれるパーティ追放もの漫画に取って代わられた気がする。あれほぼ昔の「ムカつく女に逆襲してスカッ」の後継者だと思う。

2024-03-16

古代ローマ共和政期と帝政期に別れると習った。

共和政期とは実質的貴族たちによる寡頭政治のことだ。

帝政期とはその貴族たちによる議員政治制度を利用して独裁的な権力行使する仕組みのことだ。

共和政ローマにおいての首長は、独裁を避けるために二人の執政官が選出され元老院リードする形を取られた。

しか有事に際しては一人の独裁官が選出される仕組みとなっていた。

国家の存亡(といっても当初はローマ周辺の小さな都市国家だったのだが)の危機にあたって合議していては遅いからだ。

素早く決断して、素早く行動する。

そのためには一人の権力者が必要となるということだ。

しかし、共和政ローマにおいて常に危惧されていたのは一人の人間権力を握ることでやがて王政への道を開くことだった。

ということは常にそのようなことを夢想する輩がいたということの反証でもある。

そのような男の一人がユリウス・カエサルである

彼はその前時代独裁官の権力政敵粛清したスッラのやり方を見て着想を得た。

スッラ内戦により権力を握ると独裁官となり、自身政治信条に基づいた元老院運営体制を築いた後に独裁官を退き元老院へと権力を戻した。

なぜなら元老院による貴族政治スッラ理想とするところだったからだ。

しかし、民衆派であったカエサルは違った。

彼はその支持層貴族ではないことから権力を握るためには元老院による寡頭政治ではなく、より独裁必要としたからだ。

これは彼自身の野心であると同時に、対立したポンペイウス派に対抗するための手段でもあった。

カエサルルビコン川を超えてローマに帰還したあと独裁官に就任、その後内戦勝利したあと、永久独裁官に就任するところで暗殺された。

元老院派にとって、共和制の原点であり拠点とも言うべき元老院において、ひとつ政体を退けるために暴力行使されたというのは元老院議員にとって如何に王政に対する忌避感が強かったのかの現れであろう。

これを見ていた後継者アウグストゥスは、永久独裁官という地位を求めることはせずに、様々な制度を複合することで実質的独裁権を得た。

その王政アレルギーを刺激しない方式をとることで自らの権力をより受け入れやすものへと変質させたのだ。

2024-03-14

サルベージした日記

 私の故郷は、海抜六〇〇メートル丘陵地に佇む半農半漁の村で、後方は形のよい峯が三つ並び、前方には大きな入江があって多島海に伸び、子供の頃は、その入江で魚つりに興じました。

竹の棒に糸を張った粗末な釣具で、餌もミミズでしたが、満潮の時などは入れたら釣れ、入れたら釣れで、一時間もすれば小鯛などバケツいっぱいになりました。

腹が立つのフグで、五回に一度はかかり、フグに毒があることは子供にも分かることでしたから、腹立ちまぎれフグの白い腹を石にこすりつけるとみるみる大きくなり、このガキッとばかりに思い切り石に叩きつけと、パーンという音がして腹が裂け、溜飲を下げました。

 私は五人兄弟次男として畑仕事や魚釣りに勤しんでいましたが、田舎の貧しい暮らしから豊かな生活を夢見て、一足先に日本へ行った八歳年上の兄祥雨を追いかけて◇◇へ来ました。

その時十七歳で、一九三九年でした。兄は布施(東◇◇市)でセルロイド工場経営し、腕輪やクシを作っていました。

その兄の元へ身を寄せ、普通学校四年を卒業したものの、価値ある社会活動をしていくためにはさらに学が必要だと感じ、向学心に燃えて◇◇・東成区夜間学校(◇◇商工実務学校)へ通うことにしました。

工場住込の私の仕事はまず、朝五時に起きて無煙炭をおこし、六時半に出勤する職人さんの仕事に間に合うように湯を湧かしておくことでした。

そして、仕事が終わるのは夕方の六時。急いで自転車を走らせ学校へ行き、帰りは一〇時で、それから夕食をとり、深夜の一時過ぎ、二時過ぎまで勉強して、寝るのが連日三、四時間でした。

休日は一日と一五日でしたが、それも畑仕事に追われました。

 その死にものぐるいの努力が効を奏して、成績はトップとなり、幸か不幸か、級長をやらされました。

戦時中でしたから、訓練ばかりで、「前へ進め」「全体とまれ」と号令をかけるのが級長の役目でした。

ところが、私は強度の「どもり」でしたから、その号令の文句がなかなか言えず、落ち込んでしまって、《死んでしまおう》と何度線路に寝込んだかわかりません。

星の光が目に入るたびに、《ちょっと待て、死ぬんだったら、もういっぺん努力してみよう》という気持になり、「どもり」の矯正学校を五つも修了して、死ぬほどの努力を重ね、矯正しました。

こうして、《ヤレバデキル、ダメナコトハナイ・・・》の信念を貫いて苦節の日々を克服したことが、大きな自信となりました。

 終戦後の一九四八年のことですが、体を悪くして、マイシン注射を打ったところ、耳に障害が発生し、聞こえなくなってしまいました。

これまた、苦節の日々で、断食をしたり、いろんなことをやってみましたが、完治するまでには至らず、補聴器の世話になる毎日となりました。

ところで、戦争は激しくなり、私も協和会の勤労報国隊に徴用されて、九州炭坑で二ヶ月ほど働かされました。

石炭を掘って出てきたら顔は真っ黒で、目が辛うじて見え、つらい日々でした。

そうこうするうちに戦争が終わり、兄はそのまま日本に残りましたが、私は里心がついて故郷へ帰りました。

ところが、祖国はとても住める状態ではありませんでした。

日本兵が釜山の港からどんどん引き揚げて行くさなか、私も小さな船で玄界灘の荒波を掻き分け、決死覚悟日本へ戻ってきました。

一九四八年に兄と、資本金二〇万円の◇◇グリップ化工株式会社設立し、自転車ハンドルグリップセルロイド製造し、販売しました。

以来、資材をセルロイドからプラスチックに変え、◆◆◆グリップの普及に努力しました。

その途上、兄を交通事故で失い、私が会社を引き継ぐことになりましたが、中小企業信用保証協会や育成協会から資金融資韓国人業者としては第一号だと思います

 一九九〇年に◇◇グリップ化工から◆◆◆技研に社名を変え、現在では日本全国の占有率九〇パーセントを獲得し、一億人以上の人に◆◆◆グリップを握ってもらっています

私は、金属木材等で作られている従来の物をプラスチックに代えて作るという物づくりを企業の基本理念の一つにしてきましたから、事業の発展に伴い、グリップの他にも車輪、カゴ、チェインケース、泥除け等、タイヤ以外のものは全てプラスチック化し、その間の特許も数百にのぼって、◆◆◆製品世界ブランドとなりました。《継続は力なり》の精神で、より精度の高い関連商品の開発に努めています

 一九六〇年頃、日本韓国との間にはまだ国交はなく公式には往来できない時で、金融機関祖国産業視察団の一員として、初めて祖国訪問しました。

公式の日程を終えて、私の生まれ故郷に帰りました。

懐かしい山河景色幼なじみの顔、感激の涙に浸るばかりでした。

その感激もさめやらぬ時、町からキロも離れていず、一六〇戸もあるわが懐かしい村には電気水道設備もないことに気づき、昔と変わらぬ貧しい古い部落がそこにありました。

故郷のために何かしてやりたい》という衝動かられ、その後、回を重ねて訪問する毎に藁葺きの集会所を二階建の近代的な建物にして

事務所や老人らの憩いの場に使用できるようにし、また、電気架設の資金協力や子供たちの遊び場等も寄贈し、植木スピーカー等も添えて故郷の人の心を癒やすことに努めました。

 人間は誰しも食うがため、生活するがために働き、事業するものだと思いますが、私もご多分に漏れ世間並みの生活を夢見て渡日し、口では言えない苦労と努力を重ね、一応の目的は達したと、自分を顧みています

これまで、通産大臣府知事税務署長などの表彰を受け、韓国政府から国民勲章冬柏章を受章しましたが、私の企業活動に対� =キる評価だと喜んでいます

現在、◆◆◆ー技研のグループ企業として◆◆◆販売韓国◆◆◆があり、◆◆◆技研は私の長男に任せています

◆◆◆販売は兄の息子が取りしきり、ヘルメットを中心としたオートバイスポーツ用品製造販売し、韓国◆◆◆は弟の息子が社長を務め、スキー水泳用品を主力としたスポーツ製品製造販売し、輸出による外貨を稼いで祖国経済発展寄与しています最近中国青島にも進出し、六〇〇人ほど雇用しています

 兄の処世訓は《まず、自分自身が立派になり、次に家族の支えなり、その次に身近な社会に貢献する》ということでした。

私は、兄の遺志も引き継いで、家族会を設け、年一回会合を開いて、十親等以内の全学徒に、成績に応じて奨学金支給しています

その家族会の会長は私ですが、弟の息子がすべて代行してやってくれています

いわば、祖国故郷で私の夢を実現してくれる代理人のような存在です。後は、全家門の子孫たちが末永く仲良くしてくれればいいと願うばかりです。

振りかえってみれば、私の人生は苦しいことのみの連続で、喜びや楽しみというものがあっただろうかと思う時がありますが、◆◆◆販売の新社屋落成式(一九八四年)に、私が挨拶をし、息子夫婦、兄の子夫婦韓国の甥夫婦を紹介し、その三人を後継者として披露しました。

三人はそれぞれに立派に成長してくれ、私の夢を実現してくれる後継者になってくれたことが人生最大の喜びです。それに子孫たちが、私の喜寿(七十七歳)をニューオオタニホテルで祝ってくれたことも忘れられない喜びです。

 外孫まで入れると四十五、六人になりますが、アメリカに行っている七、八人の子孫たちもその日(一九九八年九月一八日)にはみな帰っ� =トきて祝ってくれました。

私たち韓国人は、税金人一倍納め、社会に貢献しているにもかかわらず、後ろ指をさされる傾向が強いのですが、人間というもの生存競争なかにあってライバル意識を持ち、自分より事業を大きくやっていたり変わったことを大きくやっていたりすると、ねたみの心が出てきて、あらぬ中傷に走るのではないでしょうか。

私たち韓国人の側にも虐げられたひがみ根性というものが抜けきれないのではないかと思いますが、真面目に生き、社会に貢献していくことが肝心で、価値ある社会人になるためには自分自身が努力し、そのためには人の話を聞くことです。

何か疑問を感じたら、聞くのが一番の近道で、その疑問を解いてくれる人が見つかるまで聞きつづけたらいいのではないでしょうか。聞くことにお金はかかりませんし、それが私の処世訓の一つです。

2024-03-13

anond:20240313165634

自分の畑だけとかなら良いけど今の米農家って場所は借り物が多くてね

後継者会社員自分田んぼ使わず農家場所貸して数俵だけもらってるパターン

合鴨でやろうとすると合鴨だけで大量に飼わんといけないか効率的じゃないんよ

結局大規模な場所を数人でやらんといけないか効率重視になってきてる

もちろん手をかけて作るのも良いんだけど仕事としてみると合鴨10-20匹で合計1反程度の田んぼをローテだと思う

米どころじゃ生物使ってたら時間掛かってしゃーない

から居ないほうが良いしジャンボタニシ食うような水中生物入れてもまた別の環境破壊するし難しいんじゃないか

又聞きなので話半分で

タニシ小さければアマガエルとか食うんかね?

住民反対運動で街が衰退した話を嗤えるのは地元じゃないからだろ

全部地元の話やけど、まぁ聞いてくれ。

高速道路インターチェンジ大反対事件

もう数十年前の話、ワイが生まれる前の話だが、高速道路が通る事になって、まず高速道路建設に大反対運動が起きていた。しかし、地理的に迂回できるような条件はない場所であったため建設反対は通らず。

しかし、建設が押し切られそうになると、馬鹿共は、今度はインターチェンジパーキングエリアの設置に反対した。

から考えれば、インターチェンジが無けりゃ高速道路なんて迷惑施設しかないのに、道を通してインターチェンジ反対って馬鹿じゃ無いの?と思うのだが、当時の馬鹿共にはわからなかった模様。


結果、道は通っているがICが無い状況になった。その高速道路の全線の中でも、山岳部などを除いて最もICICの間が開いている区間ができあがった。また、パーキングエリアもない状態となった。

反対運動で追い出されたIC東側の隣町に、PA西側の隣町に建設されることになった。


東側の隣町にICができたが、さらにその東側IC距離がかなり近い状態になった。また、そして元々幹線道路への接続が無い場所であったため、接続のために県道がつくられた。

そして、その県道を利用し、東側距離の近い近いインターチェンジとの間に4車線の立派な国道バイパス建設されることに。そしてその道の周辺に商業エリア工業エリアが設定され、条件の良さから大手企業工場や、物流基地などが立地。

また、元々ICが作られた周辺は果樹農地が広がっていたが、ICの立地を生かして観光農園を大々的に展開し、観光地化に成功高速道路を通る観光バスが中継地的に楽しめる場所に。農地を供出した農家も上手くいっている。


一方で我が町。企業立地競争はそちらが強力なライバルになり悉く失敗。立地した大手企業下請け工場みたいなのは多少おこぼれに来る程度。

現在、かつてインターチェンジを作る予定があった所にスマートICを設置してくれ、という請願をやっているが、具体化していない状況。ちなみに西側の町に追い出したPAにはかなり前にスマートICが開設されている。

なんでその時反対したんですか?と聞いたら「そんな風になると思っていなかったから」と答えたジジイ、ばかじゃねーの。お前が死んでもお前らの愚行は語り継いでやるわ。

ショッピングモール反対事件

これは隣の町の話。住宅街から川を挟んで対岸の農地を買い取って、ワーク○ン・カイ○ズホームのベイ○アグループ不動産ディペが一緒になって大規模ショッピングモールを作ろうと言う話が持ち上がった。が、例によって地元商工会が反対の大キャンペーン実施。ちょうど首長選挙の季節だったこともあって首長も反対を表明。もう少し粘るかなと思ったらあっさり撤退を表明して白紙化した。

で、あとからわかった話。

美術館反対事件

眺めの良い場所に、かつて美術館建設するという計画があった。とある化学メーカー社長個人的に集めたコレクションを元に美術館建設すると言う計画であった。

民間企画であったため大きく公表されないまま、順調に話が進んで基礎的な設計図はできあがるところまで行き、そこへのアクセス道路を完成した後に公道として移管したいと言う話が議会に上程されるに至って発覚。当時バブルまっただ中。別荘ブームなどがあって、別荘として開発したい連中が暗躍し何故か反対ムードが起きたため、社長側があっさり撤退

その後、全く別の土地美術館は完成。社長引退するとき自分の持株分を美術館運営する財団法人移管しており、その収益コレクションを買い増しながらその筋では世界屈指の美術館になっている模様。

一方で建設される場所だった予定地はゴミみたいな粗悪な別荘が建ち並んでゴーストタウンとなっている。

まとめ

なんか知らんけど誰かが何かを始めると、真っ先に反対から入る奴が多すぎるんだよな。土地柄なのかなんなのかわからんけど。で、外の資本による開発計画なんかは、別にこの土地に拘る必要ないわけで。反対されたらあっさり撤退するのは当たり前。

なぜそれがわかんねえのかなあ、と言っているうちに地域間競争ですら負け始めている。

anond:20240313123638

2024-03-11

anond:20240311215739

後継者血縁とか言い出すのが悪いよ

嫌でも連想ちゃうじゃん


それはそうとインコ大王はいキャラすぎる

anond:20240311143110

『君生き』のストーリーパヤオが作ったわけじゃなきゃ確かに意味のないものではあった

ただ、

 

 

ゴジラ-1.0は映画館まだ行ってないから行くか 割と増田熱量高めで語っているのおったよ

2024-03-08

鳥山明が天に召されたことで起こりうるコト

CRドラゴンボールが出る

ドラゴンボール後継者争いが始まる

天界ちょっとした騒ぎになってサイン会が始まる

あとひとつは?

2024-03-07

anond:20240307193821

後継者が決まってるようには見えんのだが

決まったら決まったで即日他でもないプーチンに殺されそう

今のうちにプーチン後継者暗殺すれば良いじゃん

プーチン殺すのは流石に難しいでしょ。

でもその後継者殺すくらいはできるんじゃね。

それが無理ならその次の後継者家族、親戚とか?

2024-03-04

anond:20240304175440

農業後継者問題漁業の乱獲規制無頓着とか本当に破壊を好むよな

かといって野党に期待できないとなるとチキンレースなのか

anond:20240304151838

うるせええぇぇぇぇええぇえぇぇ!!!

「後を継いでくれ」って言って俺を引き込んで

「お前は後継者なんだから我慢だ」って言って激安給料責任ある仕事押しつけて

「俺が代表者だ」って言って俺から提案は好き放題蹴ったくせに

自分が辞めた後のことはなんにも考えない

しろ自分が辞めるタイミング会社も終わるのがベストみたいな施策ばっかりやってんのクソだよねって泣いてるだけなんだよ!!!

2024-02-29

N64】【wii罪と罰STG

N64罪と罰地球継承者~

wii罪と罰宇宙後継者

どっちも面白い物語にもう少し統一性というかそういうのがあると良かったか

続編のwiiの方で話を広げすぎた気がする

シリーズものじゃなくて別の物語舞台にした方が良かったのでは

N64罪と罰地球継承者~

敵を攻撃して破壊した時の雰囲気はこっちが好き

未来日本舞台でそこは好きだが日本らしい演出とかは無かったと思う

音声は英語日本語音声にして欲しかった。

英語音声は中学生くらいの子ならカッコいいと感じるかもしれないが・・・(私もそうだったし)

wii罪と罰宇宙後継者

wiiリモコンコントローラーで狙うのが面白すぎる

他にスコア倍率やコイン出しが面白い

ただし回避のために空を飛んでばかり、イサの場合チャージショットばかりというゲームプレイが合わなかった

また敵に弾を当てた時の手ごたえ(弾を当てている手ごたえというか演出)が低下しているような・・・

ボス戦の残り時間中に頑張って点数稼ぎをするのは面白いと感じるか面倒と感じるか。

個人的には残り時間設定があるなら点数稼ぎではなくて早くボスを倒すという方向でゲーム性を上げるべきだったと思う

ステージ中に音楽を頻繁に変えるのは逆効果に感じた。統一感のあるN64の方が良かった

他に細かいことだけど、N64wiiどっちもだったと思うが

戦闘能力の既にない敵に追い打ちで倒せるとかそういうのはいらなかったか

逃がしていいと思う

どっちも面白さはあるので両方遊んで欲しいゲーム

で、続編はまだ??

社長勝手後継者を決めた

愚痴らせてほしい。

まり書くと特定されるからあっさり書く。

当方とある上場企業に勤めている。役職名メーカー特有なので増田の皆さんも聞いたことないと思うが、一応は役員であるトヨタ自動車などに比べれば小さい会社だが、トップ創業家という点では一致している。

歴代社長は全員創業家である正月お盆親族が集まる時には、必然的役員同士の飲み会と同じようなメンツになる。私も一応は社長と同じ苗字である

それが突如、青天の霹靂のような事態になった。社長が交代するという。正式記者発表はつい先日だった。自分以外の取締役の誰も知らされてなかった。いや、相談役副社長、近しい家族などには相談していた。正式社長指名会議の場では、まさにシャンシャン総会という具合だった……。

新しい社長は、地元銀行出身の人だった。ものづくりのことは何も知らない。当然現場経験もない。銀行役員だっただけあり、経済に明るいのはわかる。一度だけ見たことはあるが、大人物に見えるのは認める。コミュニケーション能力とか通り越して、政治力が凄そうだった。一緒に仕事したこといからよく知らないが。

さて、ほかの親族社員自分と同じ意見だった。なんで、そんな大事なことを事前に話さなかったのかって。そういう意見大勢を占めていた。

実際、社長Yesと言えば、ほかの役員は黙ってしたがう。そういう風土だったのは認めるよ。若かりし頃から実力のある人だった。一流の業界人だった。しかし、ほんっとうに一言相談がなかった。創業家と血のつながりのない人を社長に据えて、会社親族心配にならないのだろうか。

ちょっと愚痴らせてもらった。

まりに憤っている。社長にとっての私たちは、そこまで信頼に値しない存在だったのか。さすがに馬鹿らしくなってくる。何十年も一緒に働いてきたのに、この仕打ちか。次のトップは、皆で話し合って決めるものだと思っていた。

今更後悔しても仕方ないが、それでも増田愚痴ってしまう程度にはモヤモヤしている。

2024-02-26

anond:20240226213548

後継者不足で顔作れる人がいなくなって腐って滅びる

2024-02-23

anond:20240223133532

ここ最近(と言っても結構長い間)のトレンドは、英雄末裔若しくは後継者ペンディングになってた過去因縁に決着をつけるって話だよな。

ワンピース呪術も鬼滅もナルトもみんな先人が仕留めきれなかった過去の巨悪を主人公が完全に滅ぼすってストーリーやろ。

話の盛り上がり所作やすいし、過去編を差し込んで話の引き延ばしとかもし易いし、その気になればスピンオフも作れるしな。

バトル物は作者が意識して話の骨子やギミックを作り込まないと編集にこのテンプレ誘導されちゃうのかなって思うわ。

2024-02-22

anond:20240222141717

暇空は一日に200とか300とかツイートしてるから一般人はたとえ暇なニートでもそこまでやれない

おこぼれもらいたくて便乗して誹謗中傷動画あげてる奴が大量発生したけど、刈り取られずに生き残った中に後継者が生まれるかもしれない

ほとんどcolaboか堀口くんに開示されてるけど

2024-02-15

anond:20240214101021

ドイツ人は「我々はナチスとは関係ありませーん。反省してまーす」と言ってるけど

ロシア人は「我々はナチスをやっつけた偉大な正義の国ソ連後継者!」って言ってるよね

anond:20240215000914

模倣者もみんな出来が悪いし後継者もいない

一見真似しやすそうだけどそうでもないんだなって感じ

2024-02-12

anond:20240212140343

続き

しっかり気持ち悪いオタクやってると、オタクそれぞれ別方向に気持ち悪くて、元増田のような意見にはならない

はっきり区別できるわけではもちろんないけど、アニメ漫画市民権得なくても存在していたオタクのようなオタクから

好きは好きだけどコミュニケーション手段自己承認のためにもオタク文化を利用している人ら の割合とかバランスというか

後者ももちろんオタクから元増田意見にもなるのだけど

自分が得られない勝利代替というのはまあ非創作系の趣味全部そうじゃないか

創作だって現実では不可能からせめて夢小説内では、異世界では……って作り手側も代替要素もってるのもあるし

少子化とかも関係してるのかねぇ

多かれ少なかれ子供に夢を託してしまうのは(無意識でもごく一部でも)あって、子供っていう将来得られるかもしれない後継者存在

早い段階で諦めてしまって早めに推しに託すとか

色々複雑だねぇ

推され側の人らも実は似たようなもんでわりと夢から早めに降りてる

推し推し推しにしてることでもあるからみたいなのも増えて来てる

まだ自分限界攻めたり超えようという意識もあるから真っ当(意識しないと見えてこないけど、完全に降りてる人のほうが少ない)

推しにも貢ぐし、自分も磨く、自分も推されたい(無理なら能力とか創作物だけでも評価されたい)のバランスが今もう崩壊しかけで

でも徐々になんか変わってってるところもあるし、もう少し世界が生きやすくなったり希望を実感できるようになれば

推しを推すだけでもなく推されることもある程度意識して

っていうのもなんか違うな

自由に生きりゃあええ

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