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はてなキーワード: 現代思想とは

2021-06-06

女性はなぜ男社会進出しようとするんだろうか?

答えはだいたいわかってるんだけどね。

それは核家族化によってそれまで維持できていた家事育児集団での分担共有コミュニティ、いわば女社会崩壊たかだ。

考古学の成果でも原始的人間社会は「狩りや戦争を分担共有遂行するコミュニティである社会」と、「家事育児を分担共有遂行するコミュニティである社会」があって、それら2つの社会が支え合って人間社会を維持していたことは明白だ。
明白な理由として共同炊事場跡や貝塚存在がそれを裏付けており、何なら現代でも伝統を維持する一部の民族には共同炊事場文化が残っていたりするし、例えば日本家事に関わる慣用句として井戸端会議などを挙げればイメージされるのは女性同士のコミュニティだろう。

しか人間社会は誤った舵取りをしてしまい、経済発展のために核家族化を加速させたことにより女社会崩壊を招いてしまった。

もちろんこの考え方は現代人間社会ジェンダーロールの強制などの問題を孕むものだけど、別にこれは身体としての男性が男社会女性が女社会表現しているわけでなく、理解やす言葉として選択しているだけなので、そこにツッコミを入れられても困る。
この辺りへツッコミを入れる際は戦争家事などの要素を含めて誰もが理解やす代替する言葉を明示すること。

社会は狩りや戦争を担うものというステレオタイプに囚われるのが良くないみたいな考え方もあるだろう。
すばらしく高度に発展した人権思想アナタは持っているので高度な人権思想理解できるアナタ天才的な頭脳を持って、それを原始人に説明してきてくれ。
社会は前述した通り原始古代人間社会役割ベースにあることを前提に選んでいる言葉であり、男社会は狩りや戦争を担うものというステレオタイプが良い悪いとかそういう部分の議論は別の議題の時にやってくれ。

現代では女性同士による家事育児を分担共有遂行するコミュニティとしての女社会ほとんど崩壊してしまった。
一度に大量のメシを加工して集団提供することをしないし、上の世代に孫を預けることもしなくなってきている。
このような状況で女性ワンオペ家事育児を回しているのだから大変なのも当然だ。そもそもワンオペで回せるように人間社会構造が古来からどうやらできていないようなのだから

女性は女社会崩壊したけれども、人間コミュニティへ属さなければ生きていけない動物なので残ったコミュニティである社会進出せざる得なくなった。
しかし男社会そもそも家事育児を想定していなく、更には多くの女性を狩りや戦争へ参加させることも想定していなかったので女性にとってみれば生活しづらいコミュニティだ。
そこで生まれたのがフェミニズムなのだろうと思う。

まりフェミニズム論はそもそも女性でいながら男社会での平等公正さを求める主張であって、例えば女性生活やすい女社会を再構築するみたいな主張じゃないわけだ。
男性という衣食住の心身健康品質管理を怠ることがなければ進んで危険環境へ飛び込んできて富を得てきてくれる存在を維持するための女社会は求めていなく、男社会という危険環境へ飛び込むことが推奨される社会女性活躍できるようにしようという主張なわけだ。

俺も現代思想へ染まった人間なので女は後ろに控えていろなんて言うつもりはない。
どうぞ俺の代わりに前線で戦ってくれ。それだけ俺に弾丸が当たる確率が減るしな。

2021-04-28

異様に内容が濃い雑誌

ユリイカとか現代思想とか、異様に内容が濃い

そこら辺にある活字単行本以上に内容濃くないか!?って常々思う

でもそこが好き

2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・哲学

日本文学編→anond:20210222080124

追補編→anond:20210218080224

プラトン饗宴

おっさん飲み会真実愛について延々語るだけなので、哲学書の入門編にいいんじゃないかな。楽しそうにしてるおっさんはいいぞ。

アリストテレス詩学

どうしてフィクションで人は感動するかについて述べた本の走りで、後半は散逸しているんだけど、カタルシスについてはなるほどなあ、とは思った。作家になりたいんだったら普通にハリウッドの三幕構成の本を買ったほうがいいかもしれないが、この読書リストを読んでいる人は実用的な知識よりも読んでいて楽しいかどうかを求めている気もする。

アウグスティヌス告白

読もうと思ったまま長い時間が過ぎてしまった本で、まだ読めてない。アウグスティヌス若いころややりたい放題やっていた時期のことも書いてあるらしいので、宗教書として以外にも楽しめるんじゃないだろうか。

マキァベッリ『君主論

塩野七海エッセイですごく推していたから読んでみたけれども、普通に面白い。例えば、中途半端に生かしておくと復讐されるから、いっそとどめを刺しておけ、みたいなことが書いてあって、優しいと人から言われてしま自分には大いに刺激になった。ところで「孫子」もそうだが、戦争政治学について書かれた本はたいてい「そもそも戦争は大悪手で、戦争になる時点で何かやらかしてる」という趣旨言葉があり、全くその通りだと思う。

モア『ユートピア

未読なんだけど、結婚とはある種の契約なんだから、まず処女童貞がお互いに裸を見せ合ってからだ、みたいなディストピア的な描写もあるらしく、ディストピア文学好きの人は楽しめるんじゃないかな。あとは非モテ界隈の人とか。実際、完全な平等社会を目指そうとするとどっかしら歪みが出るもので、それについて考えるのにも使えそう。

デカルト方法序説

自然科学的な考え方、ロジカルシンキングマニュアル。長くないのですぐ読める。得るものがあるかどうかはわからないけど、逆に普段している論理的思考そもそも存在しない時代があったことは、実感しておくと歴史を学ぶ上で面白いかも。

カント純粋理性批判

平凡社の上巻を読んで挫折純粋な理性っていうけれども、ヒトの心にはデフォルト時間とか空間とかの枠組み、基本的概念が組み込まれているよね? 的な話をやたら細かく述べていく内容だったように記憶している。長いので三行でまとめたくなる。

この本に限らず、いくつかの哲学書は「この本さえあればあらゆる哲学的論争をおしまいにできる」「この本からあらゆる結論が導き出せる」的なスタンスで書かれたものが多い印象。

キルケゴール死に至る病

エヴァヲタなら読まなきゃという謎の義務から読んだ本。要は、どうすれば自分を信じることができるか、について語った本であったような気がする。自分は救われないだろうという絶望から、それでも神を信じるという境地に至るまでの道筋を延々と語ったようなものだった、はず。

自分特定信仰を持たないが、どうせ自分なんてと己を見捨てた境地から、まあ自分自分だよね、的な気分に至った経験がある人が読むと楽しめるだろう。

ニーチェ道徳の系譜

善悪の彼岸」と「ツァラトゥストラはかく語りき」なら読んだ覚えが。自分カトリック中高一貫校出身であったせいかキリスト教思想にある欠点を指摘したこの本を面白く読んだ。キリスト教になじみがなくても、たとえば来世があると考えることで現在を生きることがおろそかになるといった指摘は、興味深く読めるんじゃないだろうか。あとは、増田で定期的に出てくるルサンチマンがどうこうとかいう話が好きな人にもおすすめマッチョぶってるところはあるが。

フロイト快感原則彼岸

新潮文庫の「夢判断」「精神分析入門」「トーテムとタブー」「一神教起源」なら読んだ。フロイト自身はヒトの心を脳から探りたかったらしいのだけれど、当時はMRIやら何やらはまだないので対話式の治療法を導入したらしい。

彼の理論は今となってはツッコミどころがたくさんあるのだろうけれど、クラインだとかビオンかについて触れるなら頭に入れておきたいし、心理学特にパーソナリティ障害について読むなら知っておきたい。自分フロイトアドラーよりもユング派だが。

ラカンについては新書を読んだがさすがについて行けなかった。

ブルトンシュルレアリスム宣言

ラブストーリーの「ナジャ」だけ読んだ。謎めいた女のあるある的な話だ。

ウィトゲンシュタイン哲学探求』

論理哲学論考」だけなら読んだ。これもカントみたいに「俺が哲学のくだらない争い全部終わらせてやる」的な立場で書かれている。定理がずらずら並んでいるだけで、余計な表現がなく、簡素

ただ、言語限界について今の人が持っている感覚ってのは大体この時代の人が言っていたことだった気がするし、そういう意味では面白いんじゃないかな。この辺は数学ともかかわっていて、ペアノとかゲーデルとかヒルベルトとかその辺興味があったらいかがでしょう。

ちなみにウィトゲンシュタインポパーとの議論でキレて火かき棒を振り回したヤバいやつだというのは哲学界隈では有名らしい。

レヴィ=ストロース野生の思考

シン・ウルトラマン予告編でちらっと映っていたので読んだらいいかもしれない。

この本そのものは未読で「悲しき熱帯」ともう一冊なんか専門書を読んだことは覚えている。面白かったエピソードの一つは、ある民族身分入れ墨にするんだけど、入れ墨のない人間白人たち)を見て面食らう。要するに身分証明書を持ってないようなものから

定期的に異民族と共に暮らすドキュメンタリーが読みたくなる性分なのだが、それはたぶん、自分のやり方や考え方が絶対じゃないってことをよく教えてくれるからで、これも本を読む効用の一つだろう。趣味なので効用なんて本当はどうでもいいが。

サイードオリエンタリズム

面白い。僕自身スタンスとしては、日本人海外で誤解されていることを批判するんだったら、自分外国に対する偏見無知を減らそうと努力するのが筋だと思っていて、それの理論的な補強をしてくれた本。身近に外国人の多い環境ではないが、すぐに役に立たないからと言って読まないというのはなんか違うんじゃなかろうか。自分イスラーム世界インドについて、どれほどわかっているのだろう?

上田秋成『胆大小心録』

雨月物語しか読んだことがない。「雨月物語はいいぞ。

九鬼周造『「いき」の構造

どっからがいきでどっからが野暮なのか、直方体を使った図があった気がするが忘れた。

柳田國男『木綿以前の事』

遠野物語しか読んだことがないし、それも「マヨヒガ」のことしか覚えていない。

おまけ:いしいひさいち現代思想遭難者たち

自分現代思想に出てくる名前がわからなすぎて最初に読んだ本の一つ。四コマ漫画だがかなり本質をとらえており、いしいひさいち本業は何だったのかよくわからなくなる。素直に笑っておきましょう。勉強ってのは楽しみながらするもんだ。

おまけ2:ローラン・ビネ「言語の第七の機能

上のリストでは省略した20世紀哲学者が実名で登場するミステリなんだけど、フーコーサウナ美青年イチャイチャしたり、七十年代音楽を聞きながら薬をキメたりしているので、現代思想だのポストモダンだのをかじったことがあるならおすすめ。著者がやりたかったのは、たぶん上の世代の脱神話化というか、強すぎる影響の破壊なんだろうけれども、ここも素直に笑っておくのがいい。


以上。

2021-01-30

anond:20210130183106

なんでかというと上座部の方が今となっては教理があるから

大乗仏教って何をやるんですかっていうと、お葬式やって、ふにゃふにゃしたお説教して、いい加減なもんでしょ。

言うほど大乗仏教って教理いか

いやたしか日本仏教がふにゃふにゃなのは同意なんだが、大乗仏教歴史ざっと見ると、龍樹とか世親とかのビッグネームがいるじゃん

こいつらが説いた理屈はかなり強度がありそうに思えるから、潜在能力としてはなかなかしっかりした教理がありそうに思える

ポストモダンというのは基本的に「色即是空」としか言っていない。

仏教はそこから空即是色」としてこの世界を引き受けようとするところがある。

ポストモダン的に言うと、すべてのものには本質根拠意味なんかなくて、単に名前をつけられた存在にすぎない。

から脱構築して宙吊り状態で生きろと。

でも仏教は、であるが故にこの世の中をどういうふうに引き受けるのか、この現世の中で意味ある生を生きていくのか、その精神をもう一度問う。

そこがポストモダンを乗り越える一つの入り口になるんじゃないかと思ったんです。

https://technique.hateblo.jp/entry/20110602

あとついでにこの記事示唆的なんだけど

大乗仏教はプレモダンのように思えて、実はポストモダンを超克し得る可能性があるらしいんだわ

色即是空空即是色つってるからここで言及されてる「仏教」は大乗仏教のことだわな)

こんな感じで、上座部現代思想として捉えたとき、どういう視点提供できるのかについてわりと気になってるんで、詳しい人いたら教えて欲しい

2020-10-01

子供作るときどんな覚悟だった?

俺30、妻31

妻が子供を欲しがっていて、最近たびたび話題に上がる。

でも俺は正直子供が欲しいとは思えず、毎回議論になった上微妙空気になって終わってしまう。

子供、どんな気持ちで作るもんなんだ?

以下、子供が欲しいと思えない理由を列挙する。

人生を送らせることへの躊躇

まず前提として、俺は人生がそんなに良いものだとは思えない。モラトリアムなんて言われる就職までの学生期間ですらかなりイヤだったし、仕事全然楽しくない…というと嘘になるけど、楽しさとは関係なくイヤさがある。月曜日が来るたびに心底ウンザリするし、この暮らしがあと何十年も続くと思うとゲッソリする。

子供をつくるっていうのはその子にこんな感じの人生を送らせるってことに他ならないわけで、俺は正直それをやることに抵抗がある。

・愛せるか?

あんまり子供可愛いと思えなくて、電車なんかで鳴き声を聞くと苛立ちというかストレスを感じるし、赤ちゃんの造形は可愛いよりキモく感じられるからカワイイ赤ちゃん動画」みたいなのはどちらかというと不快に思うし、学生時代にやった家庭教師バイトでは中学生以下を担当するのがマジで嫌だった。

子供が生まれたら変わるって言うが、俺は男だからホルモンバランスもそう変わらないだろうし、そもそも肉親の情みたいなのがあんまり深いタチではないので、子を愛することにかなりの不安がある。

 

生活への不安

 ネットで読んだ子育て話を参考にすると、2人で子育てするっていうのは滅茶滅茶大変らしい。

 子育て疲弊した妻、仕事疲弊した夫、疲弊した2人のすれ違いが織りなす地獄ハーモニー!みたいな話が溢れかえっていて、それを読んでいると俺のストレス耐性や体力のなさ的に自分たちも将来こうなるんじゃないかと気が重くなる。

 

責任

 子供人生責任を取るのが嫌だ。

 俺はそれなりに裕福な家に生まれ育ち、受けた教育も悪くなかったと思うんだが、弟はニートになった上に自殺した。

 ああいタイプの奴(印象としては全く悪い奴じゃなかったというのがまたイヤ)を子供として引いてしまった場合どうしたらいいのか?っていうのが全然わからん

 障害児とか境界知能とか発達障害とか、そういうリスクもいろいろあるし、そうじゃなくたって人生何があるかわからん。到底責任なんて取れん。

 

という感じで、全然子供を欲しいと思えない。というか、欲しいとか欲しくないとかの問題ではなく、俺は子供もつべきではないんじゃないかと思う。

今後ありうるパターンとしては

・上に挙げたような思考を全部吹き飛ばすような新たな考えに出会ってヨイショっと子作り

・諦めて思考放棄し、子作り(かなりイヤ)

・妻を説き伏せて子なし夫婦になる

出産限界年齢まで渋り続けて物理的に出産不可能にする(最悪)

離婚

くらいだと思うんだけど、できたら一番上のパターンでいきたい。

子供を作りたくない人間思考ガツンと変えるような何かってないか

 

(追記)

実はこれ、(破局せず)5〜6年経ったらこういう状況になりそう!っていうシミュレーションなんです!だからまだかわいそうな妻はいないんや

でもやっぱ離婚しろ、なんで結婚したんだって話になるよねえ 俺もそう思う

子供が欲しくない旨はすでにわりと話してて、それでも交際が続いてはいる でもまあまだ若いし、そんなに真剣な話として受け止められてないような雰囲気はある 俺自身そこまで本気で考えられてるかはよくわからない

今後、うまく関係が続いたとして結婚前のどこかのタイミングガチの話し合いをすることになるんだと思う

俺は別れたくない(エゴ!)し、説得できる自信もないから、それなら自分の考えを変えておいて「子供を作らないなら別れよう」ってことになった場合に備えたい というのがこのエントリの狙いでした

作れば愛が芽生えてくる

 これ信じたいけど、ひとつ人生に対して出たとこ勝負はさすがに無責任なのでは…という感じが否めないのと、実際愛が芽生えずヤバいことになってる例がわりと見られるので怖い

 「男らしく」びびってないで「チンポついてんだから」腹を決めるべきなのか?

 でも出産って俺が腹を決めてどうこうってもんじゃなくない?ひとりの人間人生のものに関わるんだぜ 生むか殺すかでしかそのデカさの影響は及ぼせない 自分覚悟がどうこうで勝手に生むことを決めていいのか、子供が育ったあと「生まれて来たくなかった」って言われたらどうするねん?

 女性のほうが危険なんだし、愛する人がその危険に向き合う覚悟をしてるのにお前はウジウジウジウジしやがって、というのもグサッと来るんだけども、でもさあ!俺と彼女だけの問題じゃねえじゃん!一番の関係者は子供自身で、その子供の意見はどうやったって分かんねえわけじゃん 20年とか30年とか経ってようやく答えが出るしデカい賭けじゃん ひとつ人生を巻き込んだ賭けをする権利があるのか?俺に いやあるんだろうけどさあ ウオーーー

 

 

各種の理屈に反応しようと思ったけど、

・なんとなく作った

・作ればなんとかなる

・やめておけ(説得しろ)

・やめておけ(離婚しろ)

くらいしか意見ないやんけ!

やっぱ話し合うしかないよねえ そうなんですよ

俺が折れることになるんだろうか 結婚はナシになるだろうか まあ普通にその前に破局するというパターンもあるが…

やっぱ子供のほしくなさを伏せたまま結婚まで行ってはいけないな、ということはよく分かりました

今後はとりあえず子供のほしくなさをアピールしていこうと思う 既にしているが……

現代思想の反出生主義回持ってるし、彼女に読むように頼んでみるのもアリかもしれない でもベネターさんの話って「読んで私も反出生主義になりました!」とはならないよね もともと方向性としては反出生だった人が理屈を手に入れるだけな気がする まあ読んでもらうだけタダか?

2020-07-25

本人が望むならたとえ医学的に健康な人でも安楽死させてもらえるようになることが

本当に実現できそうなら極右政党でも支持するな。

俺は20頁くらいの概説で初めてロールズを知った時にいい印象を抱く程度には

リベラルなんだが、最も恵まれない人にとってよい制度には安楽死必須だと思う。

死にたくないと思える人には十分によいことがあるかあったと思うし、

死後への恐れだけからなら先延ばしなので、

そういう人の生きる権利よりは死ぬ権利のほうが優先度は高いとかなり強く信じている。

上の概説は岩田靖夫の『現代思想の源流』の最終章だな。

ついでに言えば山口二郎講義をその後とったときも、

民主党肯定的な印象を抱いた。

2020-07-22

anond:20200722102412

字数制限あるから追記とかはこっちで。

内容には全く関係がないが、「文字ギュッとね!」というフレーズが浮かんだ。ああいかん、こうして見栄えのことだけに触れることもまたルッキズムだな…。

おっさん乙。

しろanmin7さんが書いたのかとすら思ってた。題材や、『銀英伝』、『蜃気楼』あたりで……。

すまん、実は『炎の蜃気楼』読んでないんや。存在は知ってるってだけで……

増田自分が男とは一言もいってないのでは?

最初の方で男オタクって書いてますやん。

二次創作好きを二次オタクって略すの一般的二次元好きが二次オタだと思ってたけど

北田論文ではちゃんと「この論文では二次創作に興味があるオタクのことを二次オタクって呼ぶよ」っていう定義がなされた上で使われてるのでまあ問題はないと思う。この論文の中ではこういう用語法にしますよ、という話だから

なのにtwitterグラフ画像だけ切り取って拡散するやつがいから勘違いされちゃうというね。その論文では一般的用法とは違う用法をしてるって理解してくれー。

そんなに酷い本なのか、指摘されてる点が素人でも分かる程酷い

北田(2017)はあくまで本の1章やで……他の章に罪はないやで……参考文献にはちゃんと何ページから何ページまでって書いてあるんだからちゃんと見てほしいやで……

追記の部分で終わってはいるが2007年って何年前よ、ということ(データ古すぎ)。

もとの調査2010年やで。10年前のデータってのは古く思えるけど、2010年データ採って、それをもとに色々分析して、本の形で研究成果を発表したのが2017年でしょ? これだけの共同研究で7年なら、早くもないけど特別遅いってわけでもないよ。さすがにそれは言いがかりすぎて北田が気の毒。

北田は、東浩紀(2001)のデータベース消費論に依拠しつつ』まで読んだが、その時点でもうほとんど相手する必要ない感がすごいある。謎の『二次オタク・非二次オタク』だったかの分類も意味わかんなかったけど。

いやその分類それ自体別に悪くないやで……ただ分類に際して「興味がある」をそのまま「好きである実践している」と同一視してる点とか、二次創作への興味を表す項目を腐女子操作定義に使ってるのが論理的おかしいって話やで……そういう分類も仮に適切に定義して適切に運用できるならまったく問題ないやで……

コミケ会場でアンケート取れば全国から来てるだろうし良質なサンプルが集まりそう(今年は無理だけど)

これ、「オタク研究」じゃなくて「若者趣味に関する共同研究」なので……他の章では音楽とか読書とかも扱われてて、オタクジェンダー観の分析はその1章というだけ。

オタク統計で扱うのはなかなか難しいと。

別に難しいことじゃないんだけどなぜか変なことしてるなぁ、という感じ。山岡(2016)の操作定義は割とマトモだと思う。

なんで二次創作好きに絞って調査したのか気になる。一次創作好きと二次創作好きで分けて著作権意識について調査するとかなら必要性もわかるけど

それには、

  1. オタク二次創作と女オタク二次創作の違いを主題にしている(研究テーマとしてはわかる)
  2. 二次創作との親和性オタク度の指標にしている(どう考えてもおかしい)

という2つの要因がある。

北田は、男オタク東浩紀提唱した「データベース消費」をしているけど、腐女子はそれとは違う「関係性消費」をしていて、前者は既存ジェンダー規範に対して親和的だけど、後者既存ジェンダー規範に対して批判的で、むしろ臭い既存社会構造に挑戦している、という議論をしているのね。

その文脈二次創作に注目する、というのは、(議論妥当性はさておき)まあわかる。

でも、北田おかしいところは、「二次創作に興味がある」という項目から、これに賛同したやつはディープオタクだろうとか腐女子だろうとか定義してるところね。「マンガ二次創作に興味がある女≒腐女子」ってのはデータがどうこう以前に論理的おかしい(『炎の蜃気楼』や『刀剣乱舞』で掛け算してる腐女子は「マンガ」で二次創作してるわけじゃないし、商業BL専門の腐女子もこの定義からは外れてしまうし、男女CP二次創作やってる女オタクなんていくらでもいるし、好きなマンガBLにするな! って毎日のようにBLを叩いてる女がいたとして、そいつ定義上「マンガ二次創作に興味がある女」ってことになるけどそれを腐女子と呼ぶのはどう考えても間違い)。これは山岡皮肉ってる。

例えば、与野党政治家報道関係者一般国民に至るまで、多くの者が総理大臣言動に興味を持っているだろう。「興味を持つこと」と「好きであること」を同一視すれば……驚異的な支持率になる。……(山岡 2019: 21)

それと、男オタクと女オタクデータベース消費うんぬんの話で東園子の先行研究を引いていて、これは私はまだ読んでないからなんとも言えないんだけど、『ヘタリア』と『東方』の差異で男女の消費の差異を論じてる箇所があるらしいんだよね。……『ヘタリア』、普通にギルエリとかヘテロCPもあったよな? 『東方』、男オタク界隈でも早期から百合(つまり関係性消費)の勢力が根強かったジャンルだよな? まあでもこれは東園子を読まないと何も言えないのでまずは読んでみますわ。

で、北田(2017)のツッコミどころはたいてい指摘されてて(てゆーか北田も一部については自己批判してる)、正直私がここでこんなこと書くのって車輪の再発明しかないんだけど、あのグラフ画像として独り歩きしてて「男オタク保守的、女オタク腐女子進歩的」の論拠として用いられることがまだまだ多いんだよね。だから、いやもともとの論文もけっこうおかしいよね? そんなとこから批判に持ってきて男オタクを云々されるの困るんだけど? というのをブクマカ諸氏に訴えかけておきたかった。

ちなみに北田はその後note山岡(2019)に応答してるけど、今んとこ山岡からの再反論はなし。

https://note.com/gyodaikitada/n/nf3ec68635b4e

https://note.com/gyodaikitada/n/n64fa34704698

https://note.com/gyodaikitada/n/n1c5f282be513

ただこの夏に山岡新刊出すらしいんでそっちで反論があるのかも。個人的には北田反論noteとかでやってないでどっかの紀要かに載っけてくれればいいのにと思うけど、まあ印刷物はすぐにはできないので気長に待つとしましょう。仮に去年の夏ごろに紀要原稿投下してればそろそろ刷り上がってくるころかな(『現代思想』では江口聡のtweet引用してdisってるんだからウェブ上の論争を紙でやることに抵抗はないのだろうし)。

フェミニズムの人って文献を批判的に吟味出来ているのかな?なんか北田グラフをそのまま鵜呑みにしている反応を見たんだけど...

まあ畑違いの分野だったり自分に馴染みのないテーマだったりすると批判的に読むのすら難しいしねえ。同じドイツ近代史の真面目な研究者さんでもキリスト教に詳しくないとカール・レーフラーを見抜けなかったので……あと、フェミニストでも腐女子じゃなければ操作定義おかしさに気づくのとか難しいだろうし、腐女子フェミニストでも研究についてよくわかってなければ吟味する能力がないのは仕方ない面もあるし。でも腐女子を自認してるフェミニスト研究者はさすがになんかおかしいと思わなかったのかよとは思う。

一応全部読んだんだけど、北田氏の言説がアレげな事はおぼろげにわかったが、それを突き詰めるために原典全部に当たろうとはとても思えない話だった

北田(2017)は日本語で50ページくらいの分量やで……選書からページあたりの文字数もそこまで多くないしグラフも含めてのページ数やで……

こういう反論があることはいいと思うけど、評価されてほしいというか、何らかの別の論文などで引用できるのだろうか

引用例置いときますねー。

引用しちゃダメな文献なんてないんやで。どんな文献でも引用してよくて、その中に肯定的引用すると信頼度が落ちる文献とか自説を補強する目的引用するとバカにされる文献とかがあるだけだから、もしも引用に値すると思うのなら匿名記事でもガンガン引用してええんやで。まあこんなガバガバ増田から引用するくらいなら素直に北田(2017)や山岡(2019)を引用しよう!

山北(リバあり)

そう……。そのまま飲み込んで。僕の操作定義……。

そもそもがミソジこじらせてる連中が言う「俺らオタク」の定義ガバガバで、ジェンダー論に行く手前でもう突っ込みどころが満載なんだよなあ。アニメ漫画ゲーム以外にも山程オタはいるわけだし

この内容の増田にこのコメントある意味すごい。botかな?

2020-05-19

数年かけて気づいたけど余程の人以外は現代思想とかそこらへんには近づかないほうがいい

個人で読む分にはいいが何かにコミットすると途端に不幸へと突き進むことになる

何か別のことを楽しめるならそっちに関心をむけよう

2020-05-18

🥚が先か🐔が先かはわからんけど

ひょっとして現代思想界隈って関わった人の大半が不幸になる?

2020-04-27

anond:20200427210260

普通に居ない?

ののちゃん好きとか結構いるぞ

鏡の国の〜とか現代思想漂流者達とかはあまり知られてないかもしれないけど

きじゃない人ばっかりなら単行本文庫4コマ集出ないと思う

2020-02-23

どのようにチンコを怖がるのが適切なのか?

現代思想千田有紀論文を読んだ。まず第一に、千田さんのこの論文は論外で、トランス女性に対する差別を煽る内容になっていてダメダメだということを改めてはっきりはっきりと記録した上で、その上で、その上で千田さんの言いたいこととは全く違うようだが、チンコが近くにあってほしくないと表明してはいけないのか?について書く。読んだ上で皆さんの意見を聞かせてほしい(皆さんの考えを聞きたいので書いています

「女」の境界線を引きなおす――「ターフ」をめぐる対立を超えて はなぜダメなのか

この論文トランス女性に対する差別について「それはもちろんダメだが」という前提が全く、欠けに欠け続けている。そして(本人の反論にもあったように)急いで付け加えたような「トランス女性を名乗るなと言ってるわけじゃないよ」と一文加えているから、この文章トランス女性差別ではない、というのだが、そんなことはなくて、散々トランス差別正当化するような文を並べ立てていることが問題なのは明らかだ。

ttps://snartasa.hatenablog.com/entry/2020/02/22/101202

また私の要約が誤りに満ちていると主張される千田さんは、そのTwitterアカウントでぜひ私が訴えている通りに「トランス女性ペニスへの恐怖は(理由はあるにしても)不当な差別構造を保存するものであり、語るべきではない」「トランス女性アイデンティティ自由選択したものなどではなく否応なくあるものだ」「トランス女性女性の一部なのであるから女性安全とは別にトランス女性安全を考えようという主張はいかに一見すると当たり障りなく見えても、トランス排除的で不当である」とはっきり、いますぐ書いてください。これが私の訴えであるとともに、まさに私が論考から読み取った内容の真逆なのですから

この言葉は全くその通りで、男性器への恐怖を語るのになぜかわざわざトランス女性のみを引き合いに出してトランス女性に対する差別的言説とそれに対する反応とともに紹介しているのだから、うるさいほどに「この論文トランス女性への差別には断固反対である」ことは強調しないと、本人の言う「誤読」をされかねないことは明らかです。それをしていない方に問題があります

第2章もまるでトランス自由性別を変えているかのような書き方で間違っていますし、第3章はまさにネトウヨが使う「在日はこんな悪いことをしたんだ!だから日本から出ていけ!」という話法そのもので、問題です。第3章の問題はあまりにも明白で、トランスとかフェミニズムのことを全く知らない人でもわかりやすいと思います

以上、まず千田論文トランス女性に対する差別を煽っていて問題であり、トランス女性ペニスへの恐怖は(理由はあるにしても)不当な差別構造を保存するものであり、語るべきではない」「トランス女性アイデンティティ自由選択したものなどではなく否応なくあるものだ」「トランス女性女性の一部なのであるから女性安全とは別にトランス女性安全を考えようという主張はいかに一見すると当たり障りなく見えても、トランス排除的で不当であると私も考えていることを明示しました。その上で本論に進みます

どのようにチンコを怖がるのが適切なのか?あるいはチンコが怖いと書いてはいけないのか?

一般に、女性から見た性的暴行象徴として、チンコというものはあります。それはまさに、チンコ女性に触れさせる、チンコ女性身体ねじ込む等の行為が、シス男性による性的暴行として行われているからです。だからチンコ自分の近くにあったら嫌だな、と思うのはおかしいことではないのではないでしょうか???

ネトウヨが「韓国人」や「在日」を嫌っている場合ほとんどは、そこには正当性がありません。なぜならネトウヨの多くは「韓国人」「在日」に何かされたわけでもなく、ネット上の一部の話(それはデマだったり、"「女」の境界線を引きなおす――「ターフ」をめぐる対立を超えて"第3章にあるような話の切り取りだったりする)を受けてそれにより嫌悪感を持っているだけなのですから。だからネトウヨにその言説のバカバカしさに気づいてもらうのは(本来ならば)簡単です。別に自分が何かされたわけでもないと、そこにふと気づけば終わる話です。

一方、女性チンコによる被害に遭っています様々な形でチンコを通して性的暴行を受けた人が、チンコを嫌がることもあると思います。そのチンコあなた暴力を振るったチンコではないと、第三者的に見ればそうなのでしょうが、でもチンコが怖い。こういう人はチンコへの嫌悪感を示してはいけないのでしょうか?これはもちろん、トランスフォビアではありません(そう書いても、これは差別ではありませんと言いながら韓国在日差別を煽るクソネトウヨのように見えるでしょうが、それでも差別ではないとして、つまり、「トランス女性ペニスへの恐怖は(理由はあるにしても)不当な差別構造を保存するものであり、語るべきではない」「トランス女性アイデンティティ自由選択したものなどではなく否応なくあるものだ」「トランス女性女性の一部なのであるから女性安全とは別にトランス女性安全を考えようという主張はいかに一見すると当たり障りなく見えても、トランス排除的で不当である」と私も本当に考えているのです)チンコが怖いと書くのは問題があるのでしょうか。黙っていた方がいいでしょうか。チンコを怖いと思わないようになるために、どう考えを変えていけばいいでしょうか。

千田氏の「現代思想」の論文「『女』の境界線を引きなおす」を読んだ

 2月22日にご本人が出したnpteの記事で「論文」と記載されていたので、以下「論文」に統一した。

 誤読可能性はおおいにあるので、気になった人は実物を読んだほうがいいと思う。

 私が論文から読み取った主張は、以下のふたつだ。

 ①「ターフ」と呼ばれる人が、トランス女性を恐れるのは差別意識からではない。仮に差別意識からだとしても、そこを指摘するのは不毛

  

 ②「男性」「女性」「トランス」「シス」を含んだ「性別」という概念を変えるべき。

  そういうアップデートされた社会意識に基づくと、「女性」は存在しない。

  だから女性トイレ」も存在しない。だから女性トイレから排除」も存在しない。

  「ターフ」も存在しない。

  なぜなら、「女性」が存在しなければ「女性トイレ」は存在しないし、

  存在しないものからの「排除」は不可能である。(存在しない)

  「排除」が存在しないのだから、「ターフ」も存在しない。

  つまり「ターフ」がどうとかという話は、存在しない架空生物について話すようなもの根本的に意味がない。

  そして「女性」を「選ぶ」「選ばない」という話にもならない。何故なら「女性」(という概念)は存在しないから。

  極端なことを言えば、各々がゼロから好きなように自分アイデンティティを構築すればいい。

 (既存のものから選ぶ、もしくは選ばざるえないのではなく)

  

  かなり抽象的な話をしている。

  現実的問題議論するより、その前提となる社会の通念、規定概念を変えようという話だ。 

 

  この論自体は、面白いなと思った。

  問題はこれは「机上の空論」で、現実的問題や困難を抱えている人には何も助けにならないということだ。

 

  「現実問題はあるけれど、みんなでちょっとずつ意識を変えていきましょう。そのあいだ、トランス女性のかたは我慢してくださいね

  好意的に読んでもこれ以上のことは言っていない。

  

  私がこの論文で一番問題だと思ったのは、この箇所だ。

  「あくまで私が相談をうけた範囲ではあるが、お手洗いは、あまり問題となった記憶がない。尋ねてみたことがあるが、各々工夫を重ねているようだった」

  「もちろん、トランス一般にとって男女別に分離されたトイレ生活上の不便を引き起こしていることは、事実であろう。

   そしてそのなかにで、いまは完璧とはいえいかもしれないが、それほど問題になることもなく、当事者たちに負担をかけながらであるが、

   ペニスのない男性ペニスのある女性がなんとかトイレ使用している」

 「各々工夫を重ねなければならない」「当事者たちに負担をかけながら」

 言葉で明示的に女性トイレ使用拒否する人だけが排除をしているのではなく、「トランス一般」のかたが「各々工夫を重ねる」「当事者たちに負担をかけている」

 そういうコストトランスであるがゆえに払わなければならないことも、「排除」の一環であり、「問題」なのでは? と思う。

 この部分はけっこう衝撃だった。

 

 末尾の「暴力に陥ることなく、私たち多様性に基づいた社会設計するには何が必要なのだろうか」

 「それはターフを見つけ出して制裁を加えるのではなく、問題構造を見据えた私たち社会合意の達成によるものと信じている」

 

 この部分については同意

 「ターフ」以外に別のものを当てはめても通じそうだ。

千田有紀論文擁護する人たち。

千田有紀「「女」の境界線を引きなおす:「ターフ」をめぐる対立を超えて」を擁護する人たちをメモ

umiSen 千田先生を支持する。

usi4444 「いらだったトランスたちの攻撃的な活動」の列挙がヘイターの「フェミニズムにつぶされたもの一覧」と同じで、「トランスフォーブ」から引用から全部デタラメか。作者が何を隠そうとしてるのか理解しましょう。

usi4444 「ターフ」と呼ばれる人々は自分トランスとの権利の調整に思い悩ませているが、TRA相手差別主義者と断定することで屈服させようと目論む。キズナアイ絡みで千田氏を何が何でも潰したいオタク達とソックリ。

zyzy だからまず「TSは現状はジェンダーによる偏見差別思想に捕らわれている」という所が大事スタート地点だと思う。異性的社会行動に捕らわれているからこそトランスしないといけないわけで。

zyzy 「何故TSジェンダーによる性差別に加担する側になってしまうのか」に関しては「社会的にマイノリティであるからそうしないと性自認通りの性でいられない」という所にいきつくのだと思う。マイノリティジレンマ

zyzy ブコメ阿鼻叫喚の鏡に吠える叩きはアンチの過ちの証拠になってるのよな/論文唯一の難点は「TSは現状ジェンダー偏見側に立つしかない(性的偏見模倣するしか自己性自認を補強しえない)」のを認めてない所

quick_past 悪意とデマは広める側に圧倒的な有利。だからこそ読み取る側に考える力必要なんだが、それがな・・・

suneo3476z_tn 一次ソース読んでから喋るムーヴにしようと決めといてよかった

white_rose “多くのひとが「読んでいないけれど」といいながら、私の論文に書いてもないことを、悪しざまに批判するという事態は、異常ではないか。”

[B! フェミニズム] 千田有紀「「女」の境界線を引きなおす:「ターフ」をめぐる対立を超えて」(『現代思想3月臨時増刊号 総特集フェミニズムの現在』)を読んで - ゆなの視点

[B! TERF] 「女」の境界線を引き直す意味-『現代思想』論文の誤読の要約が流通している件について|千田有紀|note

フェミニズム賛同していた人たちが手のひらを返す中、あくまシス女性だけに寄り添って千田先生を支持する一貫性は素晴らしいと思います

千田有紀論考というトロッコ問題

フェミニズムを専門とする大学教授千田有紀氏が『現代思想』という雑誌寄稿した論考が、トランスジェンダーの方への差別を煽るとして批判を受けている。

増田自身は、批判は誤解であり、千田氏に差別する意図はないと考えます

フェミニズム社会学を専門とする研究者からも、千田論考への懐疑・批判が出ているが、それに便乗して反フェミニズムネトウヨもここぞとばかりに千田氏を批判している。

千田論考はトロッコ問題引き起こしている。

千田論考を黙認・擁護する

トランスジェンダーへの差別を黙認・擁護する

千田論考を批判する

アンチフェミニズムを勢いづかせ、正当化させてしま

トランスジェンダーというマイノリティ人権擁護するのか、フェミニズム擁護するのか、という二者択一トロッコ問題

功利主義的に(最大多数の最大幸福)として考えれば、千田論考を黙認・擁護して、フェミニズムを守り抜くほうが、多数の女性人権が守られるだろう。

千田有紀氏はフェミニズム学会代表幹事であるので、アンチフェミニズムの氏への批判に同乗することは、フェミニズムを後退させかねない。

難しい問題である

2020-02-22

論文」の境界線勝手に引きなおさないで

なんかまたキズナアイバッシングで名を馳せた先生燃えますね.

千田有紀「「女」の境界線を引きなおす:「ターフ」をめぐる対立を超えて」(『現代思想3月臨時増刊号 総特集フェミニズムの現在』)を読んで - ゆなの視点

社会学者の千田有紀氏のトランスジェンダーに関する論文に批判が集まる - Togetter

私はこの先生論文を読んでない(それどころか一瞥してすらいない)ので,どちらの主張が正しいのか判断することができない.だからこの先生論文の「内容」には言及しない.だけど「形式」については言いたいことがある.

査読のない商業誌である現代思想』に掲載されるのは「論文」ではなく「論考」だろうというご意見いただきました。こういう文章をどう呼ぶべきかわからず「論文」と書いてしまいましたが、そのために誤った印象を与えてしまたかもしれません。申し訳ありません。)

この部分が人文系研究者のワイからすると明らかに変なことを書いているので,ここで指摘しておく.これはブログ主さんというよりも,ブログ主さんにようわからん指摘をして混乱させてる人たちに向けた文章です.

評価基準は分野によって色々あるんだって何回言えばわかるんだ

あのね,査読なし商業誌オリジナリティがある論文を載せる分野ってのも世の中にはあるんですよ……

キズナアイバッシングときに私色々書いたけど(anond:20181009213503; anond:20181011090428),査読はたしか重要であり,日本文系でも査読つきの論文が増えてきている(というか分野によっては査読つきの方が多い)わけだけれど,すべての学術論文査読がつくとは限らず,また商業出版ルート学術的な本や論文が載ることもまだまだ多いわけですよ(というか,普通に考えてElsevierとかも商業出版だよな.商業出版ではない学術雑誌っていうのは大学紀要とか学会誌かのことであって).

なので,査読なし商業出版であることを理由学術論文であることを否定されると非常に困ります.その基準だと「学術論文」ではなくなってしまうが,しか学術的に重要である,という論文はいくつもあるわけで.

これが『世界』やら『正論』とかならともかく,さすがに『現代思想』に研究者が注とか文献目録とかつけて書いた学術的な文章学術論文でいいでしょ.

現代思想』や『ユリイカ』や『思想』やそのへんの雑誌は人文系研究者にとっては学術論文掲載し得る場所です(それらの雑誌に載ってるものがすべて学術論文だとは言ってない,念のため.VTuberについての論文VTuberエッセイが同居してたりするので……).別分野の基準を持ち込んでそれらの媒体掲載された論文学術論文ではないかのように扱うのはやめるべき.

(ところで,一部の雑誌では査読論文査読なし論文を混ぜて掲載してることもあるから,そういう媒体では究極的には著者か編集者に聞いてみないと査読の有無はわからんぞ.researchmapだと査読の有無をチェックする欄があるからresearchmapに登録してる研究者ならそっちを見れば査読の有無はわかるのかな.でも読むときには査読の有無とか特に気にしてないよね.面白い論文なら「これめっちゃ参考になる!」って言って引用すればいいしくだらない論文なら「一応目は通したけどあんまり参考にならなかった」と言って引用すればいい.めちゃくちゃ面白い論文査読なし媒体に載ることもあれば「え? ふーん,これ査読通ってるんだ.それはそれは……」みたいな論文もあるので……)

何が悲しくて私がキズナアイバッシングに火をつけた人の弁護をしなきゃならないんだ.ほんといい加減にしてくれ.別の増田anond:20191103222919)でも書いたけど,むやみに戦線を拡大して敵を増やすのは本当にやめてくれ.それはこれまでの献血コラボの実績を何も知らずに「そもそも宇崎ちゃん献血と何も関係ないじゃないか」と噛み付いたクソどもと何が違うんだ?

というか「論文」と「論考」は同じ意味である

これは「論文」ではないので「論考」と呼びます,というのも意味がわからなくて,だってその2つの言葉ってだいたい同じ意味じゃん……?

個人的感覚だけど,学術論文を指して「論文」と呼ぼうが「論考」と呼ぼうが単に修辞以上の意味はないよね.先行研究の整理とかで「○○氏は「××」という論考において△△と主張している」って書いてあったら,それは○○さんが書いた「××」という学術論文には△△と書いてある,って意味でしょ.

投稿規定とかでは「論文」と書かれることが圧倒的に多いし,私も基本的に「論文」と呼ぶことが多いけど,学術的な新規性のある文章を指して「論考」と呼ぶことは別に間違っちゃいない(これ,人文系研究者だったら同意してくれるんじゃないかしら).だから「これは論文じゃないので論考と呼びます」って言われても正直「???」なんだよな……

「これは『頒布』であって『販売』じゃありません!」みたいな内輪の謎ルールになってない? 大丈夫? おっぱい揉む?

論文」と「学術論文」の関係

で,そもそも論として,仮に学術的な形式に則っていない文章でも「論文」と呼べるよね.これは文系がどうとか理系がどうとかそういう話じゃなくて,世間一般における言語感覚問題

大真面目に何かを論じる文章考察する文章はすべて論文と呼びうる.その中で一定形式的・内容的基準を備えたものを「学術論文」として区別しているだけ.

要するに,「学術論文はすべて論文である」は成り立つけど,「論文はすべて学術論文である」は成り立たない.

たとえば,公務員試験を受けると「課題論文」というのを課されることがあるのだが,これは別にその試験のためだけにデータを集めて新規性のある学術論文を書けという意味ではなく,与えられたテーマについて紙に数枚くらい自分意見を書きなさい,という意味

もうちょいみんなが経験してそうな例で言うと,大学受験の「小論文」なんかもそうでしょ.

一般社会において「論文」ってその程度のものなんですわ.私らはアカデミアに染まりきってるからついつい忘れそうになるけど,真面目になにかのテーマについて論じた文章なら「論文」と呼ぶ,という言語感覚の人は一般社会にそれなりに存在しており,そういった一般社会的用法別に間違いではないんですよ.

なので「これは『学術論文』ではないから『論文』と呼ぶべきではない」という主張は,そもそも一般論として間違いです.

アカデミアにおいて何の限定もつけずに「論文」といえば学術論文のことだけど,それは文脈限定されていて短縮された言葉でも意味が通じるからです.コミックマーケット会場で「東」といったら太陽が昇ってくる方角ではなくオリンピックかい害悪イベントのせいで使えなくなっている東京ビッグサイトの東展示棟を指すのと同じこと.

コミケ会場付近をうろうろしている一般人が太陽の昇る方角を指差して「東」といったときに「お前が指しているのは東展示棟ではないのだから『東』という言葉を使うのはおかしい」と言ったら変な人だよね.それと同じように,アカデミアの外にいる人(この場合は例の先生ではなく例の先生が書いた文章についてブログを書いた人)が「論文」という言葉を使ったときに,「お前が言及しているのは学術論文ではないのだから論文』という言葉を使うのはおかしい」と主張するのはハッキリ言ってかなり変な人だよ.

英語でいうarticleとかpaperもそうでしょ.新聞記事学術論文もどっちもarticle.学術誌で何の限定もなくarticleといえば「論文」という意味になるけど,それは文脈限定されているからで,一般人が新聞記事を指してarticleと言うのを咎めたらおかしいよね.

よって,例の先生が書いたものが仮に学術論文ではないとしても(これはもちろん仮定法ですからね),一般人がそれを指して「論文」と呼ぶことを咎めるのは間違っています

これは,文系とか理系とか新規性とか査読とか業績評価とかそういう話ではなくて,一般社会において言葉がどのように流通しているか世間の人びとはどんな言語感覚を持っているか,という話ね.ほんと,我々の考える「学術論文」以外のものが「論文」と呼ばれる局面って,大学を離れると以外とあるんですよ……

まとめ

千田有紀氏のTERFに関する論文学術論文です.また,仮に学術論文ではなかったとしても,それを「論文」と呼ぶ人を批判するのはおかしいです.

学術論文から学問的に妥当だとか政治的に正しいとかは言ってませんので,彼女の主張が間違ってるとか差別的だと思うなら存分に批判すればよいのですが,外形的な基準から学術論文であることを否定しようとすると人文系研究者全般に流れ弾が飛ぶのでやめてください.

文系オタクとしては,ただでさえ一部の同僚から趣味を殴られて不愉快な思いをしているのに,一部の趣味仲間から仕事を殴られるのは勘弁してくれとしか言えません.表現規制フェミニストを殴るなら表現規制フェミニストピンポイントで殴ってください.私たちを巻き込まないで.頼むから

余談

劇場版はいふりのココちゃんキャラソンむっちゃかわいくね? ココちゃんキャラソンとして百点満点って感じだった.特典のイラスト色紙,ミケシロが2枚出たけど砲術三人娘のは引けなかったので誰か譲ってクレメンス……

あとgdgdな雑論文をまあどうせ載らないだろうけどって適当投稿したら掲載決定して割と自分ではよく書けたつもりの論文をこれは載るやろって自信満々に投稿したらリジェクトされたんだけど何が通って何が落ちるかマジでからなくなってきたでござる.山辺あゆみちゃん……私を導いてくれ……ママァ……

2020-01-30

共産主義社会主義)はソ連東欧諸国崩壊で30年前に世界中否定された思想。」とか恥ずかしげもなく言っちゃう輩、10年代現代思想界隈における左派加速主義の進展とか知らないんだろうな。

知らないなら知らないなりに黙ってれば馬脚をあらわすこともないのに、浅はかで可哀想ね。

2020-01-28

頑張る意味のなさ

とにかくなにに関してもやる気がなくて、生きてるのがただただダルい

もともと子供を作ったら子供がかわいそうだなと思ってたんだけど最近ネターさんの反出生主義の話をよんで本格的に反出生主義になった(現代思想11月号も買って読んだ)

生きてて楽しくないし子供も作らないとなると本格的に頑張る必要がなくなってくる マジでサッサと死ぬのが一番いいんだけど、死ぬの(というか死までに至るプロセス)が怖い

気がついたら生まれてただけなのに死ぬのは助けてくれないってなんなんだよ 別に生活を援助してくれとか苦しみを取り除いてくれなんて言うつもりはなくて、楽に死ねる薬をくれたらそれでいい

まあそんなもん出す金ねえよってことなんだろうけど、50万とか出したら安楽死させてくれるっていうんでもいいんだよな それこそ死に物狂いで働くよ

マジで殺してくれえ

2019-12-26

無能の人

高校以前

私は比較好奇心が強い子供だったと思う.小さい頃から親になんでなんでと訪ねては疲れさせていた.小学生の頃,調べ学習が大好きだった.調べ学習時間では,その時間が始まるといてもたっても居られなくなり,先生の言うことを聞かずに行動して怒られたりしていた.

中学生の頃は,物になぜ色がついて見えるかを調べた.それを調べている時はとても楽しかった.階段状に並んだタイルの総数を考えたり,N次元空間に置かれた立方体がある視点から見える最大の面数は何か疑問に思ったりしていたこともあったっけ.

母親は欲しい本はなんでも買ってくれた.ラノベ宇宙の本を買ってもらった.雑学の本も好きだった.ブラックホールが発生してから蒸発するまでの話に私はとてもワクワクした.

私が友達なんていらないと思うようになったのは,中学生の頃,同じクラス女子が原因だった.彼女は手下にできそうな私を見つけて,私を支配下に置いた.私はそれ以来人間不信のような状態になった.

私が自尊心がないのは両親の不仲が影響しているようにも思う.父親が帰ってくるたび毎日家がピリピリしていた.母親は私が中学3年生の頃家出してしまった.その時は毎日泣いていた.学校休みがちになった.父親料理ができないから,コンビニ弁当ばかりだった.その頃,母親浮気していたと思う.私はとても寂しかった.人生は結局一人なのだと思った.

けれど,母親は結局,私を別居先のアパートにいさせてくれた.学校をサボって,会社をサボっている母親映画を見た.映画のシーンでセックス描写があったときに後ろから目隠しをされた.母の手は暖かくて,なんだか嬉しかった.

高校時代

高校受験の時は,親に経済的負担をさせるまいと,確実に合格できる公立商業高校情報処理科を受験した.

高校では友達を作らないようにしようと自分の殻にこもった.入学直後,女の子がお弁当を一緒に食べようと誘ってくれたが断った.友達になろうとしてくれた人の誘いはほとんど断っていた.

けれど,部活には入部した.商業高校だったもの科学への興味があったため科学研究部に入ったのだ.

生物ドクターを出た先生顧問だった.高校2,3年生の頃は水生生物調査が主な活動だった.部活顧問は「お前はドクターまで進学した方がいい」と助言してくれていた.

この頃も,宇宙の本を読んでいた.その本は量子力学に関する奇説を扱う本だった.この宇宙は,あらゆる状態分岐に応じて,並行して無数に存在しているという説もあった.今生きている私というのも,無数に存在する宇宙のうちの一つの認識している自我しかないのかもしれないと思った.宇宙にとって私とはエネルギーの濃淡の揺らぎ,またはセルオートマトンの点滅.私が生きていようが死んでいようがどちらも美しくなりたつ宇宙に思いを馳せた.

大学受験では,文系高校から理系大学への進学は難しかったが,やはり理学への興味が尽きなかった私は,理系へ進学することを決断した.高校では数学はIとIIしかやっていなかったため数学受験勉強は独学で行なった.私はひどく頭が悪いわけではないけど,かといって大して頭がいいわけではないから,低い偏差値大学の推薦入学だったけど,それでも苦労した.

何回か,母の前で自殺するふりをした.反抗期からか,勉強ができないストレスか.ある日,母に他の男の気配を感じた.当時の私はそれがたまらなく許せなかった.死んでやる,といって包丁を持ち出して,自分首に突き立てたりした.本当は死ぬつもりはなかったけど,別に死んでも構わないとも思っていた.

大学時代

高校で,中学生の頃いたような人間には出会わなかったので,大学では友達を作ろうと思った.

また,研究に対して大きな憧れを持っていた私は,すぐに研究室に配属を希望した.その教員は快く迎え入れてくれた.3年生の頃には,先輩の卒論を手伝うほど知識がついていた.今思えば,あの頃が最も楽しく知識を身につけていたと思う.授業でも良い点を取ろうとか考えてなかったので,授業を聞かずにオリジナル(?)のアルゴリズムを使って手書きボロノイ図を書いたりして自由に楽しんでいた.外部発表もしたし,卒業論文特に苦労もなく書き終えた.この頃,「ゲーデルエッシャーバッハ」という本に出会って,その本に魅了された.

大学院 (修士時代

いつからか,「論文を出さなければならない」,「自分は周りと比べて劣っている」,という考えにとらわれるようになった.体調的にも良くなかった.学部の頃からカフェインの大量摂取昼夜逆転生活慢性的睡眠不足運動不足栄養不足などが祟ったのである.締切前になっても全く焦りが働かなくなった自分に気付き,おかしいと思って心療内科に通院し始めた.修士論文も提出しなければいけないのに全く取りかかれなかった.学部の頃からお世話になっていた指導教員ではないO先生がそんな私を見かねて,一緒にLaTeXを書いてくれた.一応提出はできたけど,修論発表を終えた後は悔しさで泣いた.

大学院 (博士時代

それでも私は博士へ進学してしまった.修士の頃からドクターは進学しようと決めていたし,エネルギーの低くかった私は,判断を変えるほどの力がなかったのかもしれない.正直,そんな覚悟博士をやっているのは日本でも私ぐらいなのだろうと時々思う.幸い,修士から学費生活費は奨学金授業料免除アルバイトで何とかして親に頼らずにいられた.

博士の間はずっと,健康を取り戻すために時間を使ってしまった.カフェインを断ち,夜更かしを辞め,休日は一切休むことにして,睡眠を十分にとり運動もして,という生活を送った.論文よりも睡眠運動を優先した.O先生博士の間もずっとメンタリングしたりしてくれた.なんとか学会論文を2本書いたが,卒業要件でもあるジャーナル論文が完成しない.とうとう何もできないまま3年生になってしまった.

現在: 自分について考える

O先生に,成果という葉にとらわれず自分という根を大切にしなさいと教えられた.成果にばかり気を取られていると自分エネルギーが朽ちてしまうというのだ.確かに思い当たると思った.そもそも自分ってなんだっけ?と思った.ドクターには,「自分」が必要なのだ.でも私はそれがなかったのだ.目の前の成果だけしか考えていなかった.

自分はなんのためにドクターをやるのだろう?一瞬,救済を必要とする人や弱い立場の人のためになりたい,と思ったけど,本心からそう思っているか自信がない.ひとまずそう思うことで安心したいと思っているだけかもしれない.自分とは,ちょっとした好奇心を満たすのが好き,それだけだった.

私はなんのために生きているのだろう?私は高校生の頃からセルオートマトンの瞬きにしか過ぎない人生などに,意味を見出すことはできなかった.

死の淵に立てば,生きる意味が見出せるかもしれないと思った.服薬自殺病院巡りをして薬が準備できるのに時間がかかりそうだし,飛び降りは失敗した時が怖いと思った.死ぬときは失血死か,首吊りかどちらかにしようと思った.結局,なんとなく気が進まなくて,自殺の手筈を整えるのはできなかった.

文系先生に生きる意味相談したところ,その先生四諦八正道の考えを教えてくれた.確かに考えても意味はないのかもしれないが,考えるのをやめることは難しかった.

哲学科の先生にも訪ねた.私の考えはニヒリズムに分類されることがわかった.達成することに意味がある,後世に何か残すことに意味があると見出すのはナチュラリズム と呼ばれるものらしい.私はどうもその考えはしっくりこなかった.その先生ニヒリズムの考えを持つ中島 義道という哲学者を教えてもらったので,後でその人の本を読んでみようと思う.また,哲学の入門として,図書館にある,哲学雑誌現代思想を読んでみることを勧められた.

現代思想出会った

現代思想12月号は巨大数特集だった.2chの「一番でかい数を書いたやつが優勝」スレから始まった日本巨大数ブーム歴史や,ふぃっしゅ数小林銅蟲(パルの人)の漫画が載っていた.11月号は確か,反出生主義についてがテーマだったと思う.

まだちゃんと読んでないけれど,あぁ,私はこういうものを読みたかったのだ,と幸せを感じた.

私は毎日,贅沢ではないけれど,質素暮らしていけるだけのお金があって,現代思想とかを読めればそれだけで幸せなのだと悟ったのだ.

これからについて

諦めずにドクターを取得するのか,ドクターをやめて就職活動をするのか,決断しなければならない.

私は毎日研究室のデスクに座っては,ぼーっと研究以外のことをして時が無情に流れていくのを待っている.

こんな私が社会に適合できるのかどうかわからない.これから私は一体どうすればいいかからない.

2019-12-16

anond:20191216113801

あるに決まってんだろ

そんなことすら分からずに知ったふうな口で言及ちゃうとか、増田はやっぱり池沼だらけやな

直近の「現代思想」誌でも読んどけ反出生主義の特集号やぞ

2019-12-13

反出生主義 やめ方

子育ての話とかを読んでると、ひどい殺人の話なんかを読んでも覚えないような憎しみが腹の底から湧き上がる身体になってしまった

すごい好きだしうまくいってる(と思う)彼女がいるし、なんとなくだけど彼女ふつう子供を作りたい人っぽい

将来的に子供もつもたないで大げんかして別れるっていうのはすごい嫌だ から、なんとかしたい

でもそれなりに辛い思いもしてるし色々考えた上で反出生主義に転ばなかった人って多分もう考えを変えることはないように思う だから俺が彼女を説得するのは無理くさい

となるとなんとかして俺が「幼稚」な反出生主義をやめて、子供を産むことは素晴らしいんだ!ということに「気付か」なくてはならない …そこまで行かなくても、少なくとも割り切らないといけない

どうしたらいいんだろうか 現代思想11月号の反出生主特集なんかも読んでみたけどやっぱり俺は子供を持ちたくないなというのが正直なところだった

ひとりの人間人生というもの押し付け覚悟が俺にはない し、成人するまで育てればあとは自己責任って考え方はあまりにむごいとしか思えない

家庭を築く楽しさってものはあるだろうけど、労働病気老いに苦しむ人間を作り出すことへの罪悪感のほうがはるかにでかい

あと純粋経済的に無理そうというのがあって、正直どう考えても子供を持つの現実的にムリだってことになったほうが俺としてはありがたい 喧嘩にはならないだろうから

とにかく、どうしたらいいのかわからない いくら人生希望を持ったとしてもそれはあくまで俺の人生の話だし、子供希望を持てるとは限らない 生殖否定するために考えてたり読んだりしてた論が自分の行く手を確実に阻んでる感じがする

世の親はどう割り切ってるんだ、もしかして割り切ってないのか?ずっと罪悪感に苛まれながら育児をしてる?それともただ俺が考えすぎなだけでみんなもっと鈍感に子作りしてるんだろうか

2019-11-15

みんなー、元気に思想してるー?😆

現代思想」の今月号は特集テーマがなんと!ネットのみんなが大好き「反出生主義」なんだってね❣

青土社 ||現代思想:現代思想2019年11月号 特集=反出生主義を考える

目次を見る限り、ベネターの著作を中心に解題する感じかな?彼の「生まれてこないほうが良かった」は界隈の必読書だし、ベネタ自身寄稿もあるみたいだからこれは読まなきゃ!

ぼくは工学部卒で思想はよくわかんないけど、「現代思想」は前の加速主義特集ときにも読んでインターネット思想界隈論壇についていく役に立てたよ😤

反出生主義もそれ自身としての興味深さとともに、現代分析哲学に関する諸問題(↑の目次にもあるけど「非同一性問題」はパーフィット問題提起が有名だね❢)も巻き込む一大トピックからインターネット思想バトルやりたいならこれはもうフォロー必須かも❓😨

今更気づいてる時点で普段思想書を読んでないのがバレバレ申し訳ないけど、そんなぼくみたいな人にもこれは是非手にとってもらいたい!と思ったので紹介させていただきました〰🙇

2019-11-02

物語喪失彼岸

中島: ポストモダンというのは基本的に「色即是空」としか言っていない。

仏教はそこから空即是色」としてこの世界を引き受けようとするところがある。

ポストモダン的に言うと、すべてのものには本質根拠意味なんかなくて、単に名前をつけられた存在にすぎない。

から脱構築して宙吊り状態で生きろと。

でも仏教は、であるが故にこの世の中をどういうふうに引き受けるのか、この現世の中で意味ある生を生きていくのか、その精神をもう一度問う。

そこがポストモダンを乗り越える一つの入り口になるんじゃないかと思ったんです。

http://technique.hateblo.jp/entry/20110602

色即是空というとニヒリズム的な響きがあるが、ニヒリズムといえばニーチェである

科学的知性や理性によって神を殺した我々は、もはや神によって与えられた生きる意味価値を信じることはできない。

そうして無意味になった人生に対して、彼はニヒリズムの打倒を叫び、生の肯定要求した。

大乗仏教色即是空から空即是色へという流れはこれに似ているようにも思える。

しかすると次のようなことが言えるかもしれない。

仏教とは、あらゆる物語を剥ぎ取った上で展開された思想である

色即是空的な宗教的真理に基づき、初期仏教上座部仏教は現世から解脱志向し、大乗仏教はあえてこの世界で生きようとする。

仏教物語喪失彼岸にある思想であり、神の死を乗り越えて生み出された価値である

もしこの考えが正しければ、仏教は一躍、現代思想メインストリームに躍り出ることになる。

西洋哲学ばかりでなく東洋哲学にも目を向けておくべきだな。

2019-10-17

私は大陸系は嫌いだよ、フランス現代思想の連中とか人間的にも性格悪いし

ファイヤアーベントはかつて「科学者どもに権力を与えるとろくなことにならないか中国文革みたいに科学者弾圧したらいい」と放言して、いざ非難されたら「科学者どもは言葉のあやというものを知らないらしい」と言い逃れしたそうな。

2019-07-23

代議制ってなんのメリットがあるんですか?

教えてエロい

特定人物立てる時点で、様々な心理学的なバイアスにまみれて政策の良し悪しなんて多くの人はそもそも判断できなさそう。政策代議士個人を紐付ける必要があまり認識できてなくて、わざわざ属人化させる意味があるのかと。

代議士本人についても、一般的人物価値観に照らすと、多数の人間の矢面に立つ以上、代議士になることによるメリットは少なく、かつデメリットばかりであるとの感じがある。

かつそのために、そのあたりの思想が偏っている人たちの集団になるきらいがありそう。

蛇足だけど民主主義やら政治手法自体改善ってもっと高速に回らないのですかねー

どんどん現代思想との乖離を起こしていっている感じがある。

2019-02-05

anond:20190205070330

(5)

2007年7月には宇野さんの本領が発揮されたと言っていい「老害化が進むオタク論壇の憂鬱」という記事サイゾーにて執筆します。あらゆるオタク系評論家批評家ライターをブッタ斬るという挑発的な内容が業界人の間で話題に。

藤津亮太の、毒にも薬にもならないちょうちん記事で、満足できる人っている?」

ロック中年慰撫アニメエウレカセブン』。売れてないけど、大塚ギチや宮昌太郎に無理やり褒められています。」

「筆者に対して、元長柾木などのセカイ系エロゲー作家たちはブログで怒り狂っている。みっともない連中だ。」

批判された人たちはあまり図星だったのか、mixiでこそこそと慰めあいます

230 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2007/07/22(日) 10:36:43 ID:WbZ+FBXA

mixi宇野氏に批判された人の反応

中年ロックオヤジ(笑)おもわず大塚○チにメールしちゃった、

「俺達は中年ロックオヤジだってさwwwww」。いいね中年ロックオヤジ(笑)

今度なにかのネタに使わせてもおっと!!(笑)

・コン○ニューと○トナアニメの仲が悪いってさあ~、俺オトナアニメ

編集長から「ぼく、○編集長のこと尊敬してます」て言づてもらったんだけど(笑)

そういうプロレス的な関係はこの人読みとれなかったのかね(笑)

ラノベ評論家タニグチリウイチさんにも「もはや営業妨害に近い」と言われます。ついに宇野さんの芸風が認められました。良かったですね、宇野さん。

その後、宇野さんは順調に「ゼロ年代の想像力」の連載で2ちゃんねるはてなダイアリーにおいて賛否両論を巻き起こし続けます批判対象の東浩紀とも急接近し、一緒にお酒を飲んだりラジオをやったりします。東さんは「下の世代からこういう人が出てきて嬉しい」「ポジション的に応援したい」と好意的宇野さんも「どちらかと言ったら僕は東派なんですよね」と転向宣言とも取れる発言ギャラリーから「なに仲良くなってんの?」と呆れられます

しかし、2008年4月。つまり今ですね。宇野さんの「“ナンパ師”でも“ギャルゲーマー”でもない、第三の道を!――『小さな成熟』をめぐって」を発表します。それに対して東さんはブログでこういう風に反応します。

批評現代思想の読者の中心が性愛コンプレックスで動員されている連中だ、という状況認識おかしい。

・こういう文章を読むと、「それはあなた批評性的承認の道具としてしか理解できなかったからなのでは?」と言いたくなる。

・あまりに幼稚な文章

宇野さんと同世代でも期待できるひとがたくさんいるのは別に知っているし、そっちはがしがし応援しています

ここにきてまた東VS宇野対立が強くなってきました! 今後、この構造はどうなっていくんでしょうか? 非常に楽しみです。個人的には宇野さんと同年代でまったく正反対の「生きる『動物化するポストモダン』」とまで言われる佐藤心さん(現在行方不明)と対決すると面白いんじゃないかなぁ、と思うのですが……。佐藤さんのカムバックはないんですかね。

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