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はてなキーワード: 天皇制とは

2021-05-01

anond:20210501231855

天皇制は終わりに向かってると思うけど当分終わらん。具体的に言うと次の次くらいまでは終わらないよ。

何故かというと、天皇制廃止議論コストが高すぎるから

天皇制から共和制に移行するために必要手続き制度の審議が膨大だし、これが最大の理由だけど天皇制廃止を匂わすだけでも選挙で負けるだろう。

なので、正式後継者を増やさないってのが天皇制を止める近道なんよ。

anond:20210501231855

小室さんは天皇制をぶっ壊しつつあるね

国民の支持が得られなくなった時、皇室はどうなるんだろう

もう天皇制も終わりだと。

今の眞子さんと小室さんの騒動見て思う。

ヤフコメはてなも反対もしくは消極的意見が目立つが当然だろう。

皇族税金生活保障されているのだから人権無視して学習院行かせればこんな醜態にはならなかったはず。

私は天皇制を、政体を変更する際の調整弁として評価しているし、幕末敗戦の時もうまく機能していると考える。

伝統で国が治まるというのなら、国民が支持するというなら、敢えて廃する必要もない。

しかし、個人的には共和政体としての日本を待ち望んでいる。

君主を戴かない国の国民でこそ、自由権利意味が深く理解できる。

君主を廃して初めてこの国の封建的精神を一掃し、近代国家となれる。

今上天皇陛下皇后陛下敬宮殿下におかれては頭脳明晰なおかつ語学堪能と国家元首として務まることは疑いようがない。

一方で、一個人生活税金を浪費するリスク貴族制度にはあり、

法の下の平等という素晴らしき理念を掲げても一般国民生活よりも皇族生活が重視される矛盾がある。

中の人間が命を賭けて守ろうとした国体、すなわち皇室がこの体たらくでは、日本未来は暗いだろう。

事実、私は両方とも見限っている。

2021-04-23

anond:20210423200322

そもそも自由」とは「必要性があればやっていい」ではなくて「明らかに害がある場合は制約することができる」もの

しろ、「公共の場」とは、明らかに害がある場合でなければ排除できない空間であることを忘れている。

それとも、「国民感情を傷つけるので、〇〇の表現公共の場では陳列してはいけない」っていうのを肯定するの? 天皇制批判とか、従軍慰安婦問題とか。

2021-04-17

anond:20210417112618

その時は保存した遺伝子からバイオ天皇誕生させてバイオ天皇制を維持すればいいんだぞ。

暦もバイオ暦になる。

anond:20210417111618

天皇制って左派政党政権取った上で改憲成功するってミラクルが起きないと無くならなさそうだけど将来的に廃止するタイミングが来るとして何百年かかるんやろな。

日本名前地図から消える方が早そう。

anond:20210417110353

天皇制があり、年始にはありがたいお言葉をいただいている。

2021-04-04

天皇制こそ差別の根幹なのでは?

日本の政治システムのもの差別を許容する方向に歪んでいるのだ

俺達が結婚できないのは天皇制現存しているからに他ならない

2021-03-25

anond:20210325022816

例えば選択夫婦別姓が成った後に、一族天皇制といった概念希薄化し、日本民族性文化愛する人々が少数派になったとき、彼らをどう扱うつもりなのか、ということ。

日本は、平等教育学術国民に与えようとしない。

しないもんだから大学入学の18歳になって初めて格差を感じて鬱になる。

氷河期世代は、貧乏人が多かったから、8歳くらいで鬱になってたんだよね。

10年ぐらいかけて免疫をつけてたんだよ。

それが当たり前の世代がいた。

ところがね、今は生まれた時からスマホ

スマホでなんでも手に入る。

まれながらにして全能感を持ってしまうので、「多様性尊重社会的公正の基礎」なんてどうでもいい。

北村准教授twitter社の規約違反してまで、スクショを見せびらかす。

東大生がこれ。

一昔前の東大生は、規約違反までやって馬鹿さらすことはなかった。一線を守っていた。

から杉浦の解析入門でも読めたんだろう。

今の日本はとにかく上が急降下して、下が急上昇している。(不良やヤンキー反社会的勢力に加わる人間の数も減っている)

2030年代には、東大が頂点で、などというと馬鹿にされるだろう。「それは半世紀前の話ですよ。ボローニャ大学だって、最古の大学か知らんけど、世界大学ランキングの頂点じゃないでしょ」ってね。

東大生がこのようなふるまいをしているのであれば、ほかの大学生はどうなのか。

東大よりも高モラル、ということはないだろう。

はてな自称リベラル勢、理念捨てすぎでは?

選択夫婦別姓や「呉座先生事件」関連のエントリブックマークコメントをみつつ連想したこと

呉座先生個別失言は、まあ擁護は難しいしするつもりもないが、リベラル自称する界隈の先鋭化が気になってしょうがない昨今。

最も気になるのは、保守派の主張を全面的に不合理なものとしてバッサリいく態度。

多様性尊重社会的公正の基礎はどこいったんやと。

一見不合理かもしれんけど、保守思想というのはそもそも現状維持が基本姿勢で、その背景は「経験歴史尊重」「人間理性に対する懐疑」にあると思ってる。

これ自体リベラル根底にある理性の信奉と根っこでは矛盾しないはずで、「歴史に耐えた制度にはなんらかの合理性があるはず」と考える態度は、科学的に見ても「合理的」でしょうに。

まあ政治思想理念的な背景は明るくないのでこれくらいにしとく。

リベラル勢に聞いてみたいのは、

例えば選択夫婦別姓が成った後に、一族天皇制といった概念希薄化し、日本民族性文化愛する人々が少数派になったとき、彼らをどう扱うつもりなのか、ということ。

そこまで来てからマイノリティとして手厚く遇するの?

他者自由を阻害しない範囲思想信条自由尊重されるべしというのが、リベラルの基本理念だと思うんだけど、マイノリティになってから初めて尊重します、っておかしくね?

現状において支配的な思想信条が、女性性的少数者自由侵害しているという主張はわかるし、それを解消すべく制度設計を行いましょうというのもわかる。

でも、「現状の戸籍や姓・婚姻制度にも機能利益があるはずで、性急な改革伝統文化を損なう可能性がある」という反論をバッサリシャットアウトするのはダメだ。

現状の被害者と同レベルとまではいかずとも、理解を示して妥協点を探るべきでしょう。

少なくともその伝統を拠り所にしている人々がいて、あなたがたは、かれらを「少数派」にしうる政策を支持しようとしているんだから

想定問答をあげておくと、

選択的なんだから問題ないだろう」というのがまず返ってくる反応だろうけど、保守派は「文化伝統」を問題にしているのであって、選択肢が発生すること自体に対するデメリット危惧している訳だから

その反論相手文意を読むつもりがないと言わざるを得ない。

「姓が別になった程度で文化は損なわれない」という反論もありえる。ここは保守側の仮定なので一定妥当である。「文化」の定義カバーする範囲が広すぎるので合理的説明が難しい。

でも、自分祖父祖母世代とのコミュニケーションから保守派の心情を勝手に代弁するなら、もう彼らは相当に妥協しているし戦線を後退している。

日本文化米国文化に塗りつぶされ、最後の一点で耐えている」という世界観現代高齢者世代は持っている。

(親父がネトウヨにいつのまにか傾倒していたなんて話がよくあるが、それもこの流れの一旦だと思うし、呉座先生高齢者ではないが歴史学者としてこういう流れに影響を受けていそうな気がしている)

彼らの世界観からすれば、今も米国文化によるマイルド同化政策は続いているし、それは一面では事実でもあるだろう。

かれらの青春時代にはリベラルなんて影も形も無かっただろうし、「家を継ぐことが至高命題」として育てられた彼らが、生きているうちにここまで世界が変わるなんて思いもしなかっただろう。

それは同情すべきこと・尊重すべきことではないのか?

日本文化もできるだけ維持し継承します、そのうえでみんなが活躍できる社会にしていこうとしてるんです」と、言い方だけでも寄り添ってあげようよ、という主張は、トーンポリシングとして糾弾されるべきことなのか?

自分自身は、ムラ社会の嫌な面を経験してきているので、家を継ぐべしというような思想は消えていいと思っている。

一方で、ムラ社会最後世代になるであろうジジババが寂し気に「私は親にそう教育され家を守ってきたしそれを誇りに思ってきた、子に受け継ぎ家を守りたかったがもうあきらめている」と語るのを聞くにつけ、かれらに「わきまえたマイノリティ」の像を重ねることもある。

(まあかれら自身保守政党に投票するだろうが、世代が変わればいずれムラ社会解体されるだろう)

ムラ社会総論として害が大きいと思っているが、それでも私の原風景は「田舎のばーちゃんちでジジババに載せてもらったトラクターからみた風景」であり、自分はそれを享受しながら、自分の子世代にそれを残せないことの寂しさや後ろめたさも感じている。

なんというか、そういう対抗派閥に対する共感配慮なしに、一方的断罪する論調は、先鋭化が行き過ぎているし、リベラル根底に置く理念矛盾していると思う次第。

2021-03-16

安定的皇位継承を実現する方法を考えてみた

日本皇室における安定的皇位継承を実現する方法選択肢って下記のようなカンジ?(天皇制度の是非自体考慮しない)

恐らくどれをやるにしても法令などの変更が必要になりそう。

生物学的に歴代天皇陛下血統に基づく継承場合

生物学的に歴代天皇陛下血統に基づかない継承場合

実現性が高いのはたぶん最初の2つなんだろうなあ。

危機管理的には最後のもやった方が良い気はするけど。

2021-03-15

anond:20210315093005

我々日本国民はだいたい天皇制を支持しているし、なんとなく陛下にも親しみを寄せている

かなあ?

秋篠宮家の最近の叩かれ方なんか見てても、国民の大多数に支持されてて親しみも寄せられてるとはとても思えないし

今の天皇だって皇太子時代は散々叩かれてたじゃん

前の天皇は概ね好かれてたけど、それはその人個人が好かれてたってだけじゃね?

天皇制立ち位置が正直謎

我々日本国民はだいたい天皇制を支持しているし、なんとなく陛下にも親しみを寄せている

ガチガチ右翼はもちろん共産党の支持者ですら概ねそうで、共産党まで天皇制廃止を当面棚上げせざるを得なくなっている

ただ個人的不思議なことがひとつある

式典なんかで耳にする陛下のお言葉勝手解釈する限り、それはすげーリベラルなんだけど

国民選挙で選ぶのは、結局その後でスピーチする自民党の爺さんだ

みんながなんとなく支持しているにも関わらず、国民多数派はいろんな立ち位置がずれている

しか陛下自身のご意向でそうなっているのかといえばそれも微妙で、自分発言の内容を考えるどころか、そもそも発言するかどうかの選択権すらまともにあるとは思えない

まり主義思想の違う与党までもが一緒になって、わざわざそういうお言葉を「言わせている」わけだ

どうしてかつったらたぶん戦後のアレで

「あっちの思想に合わせないと下手すりゃお取り潰し」って必死になった過去が、そのまま今までなんとなく続いてるだけなんだろうけど

こうして考えてみると実に変な現象が起きている

天皇制とはタテマエでしかないのだろうか

2021-03-11

anond:20210311011053

はてな左派は、出生による差別に反対すると標榜しつつ、天皇制には反対しない偽善者の集まり

「私は差別に賛成です」と認めつつ天皇万歳を叫ぶレイシスト右派のほうが、論理的に一貫している。

2021-03-07

anond:20210306213555

たとえば私は天皇制廃止すべきだと考えているが、世論調査では天皇制に反対する人はずっと一割を切っている。周囲の人間ランダムに選べば十人中九人以上はこの点で私と考えが違うわけである。まあ日常生活でいきなり天皇制の話をする機会は少ないが、先日の代替わりだの改元だのの騒ぎの時には、自分が少数派であることをあらためて意識させられた。特に天皇問題については、過去右翼の襲撃のような直接的暴力による脅迫があり、言論の自由が大きく損なわれたことを知っておくべきだろう。「じゃあこっちはどうなんだ」をあまり振り回したくはないが、ポリティカルコレクトネスなどによる言論不自由懸念するのであれば、日本社会にはびこる天皇をめぐる言論不自由にも一通りの知識と関心は持ってほしいと思う。

右翼の極一部、恐らく一人か多くても数人、が襲撃とか脅迫とかしたところで、それを国民とかメディアが受け入れる段階がないと言論不自由とはいえないと思うんだが、、、だって国民のほぼすべてが自由主義者でもたった一人の過激派がいたら事件は起こってしまうわけで

その点ポリコレは大きな流れになっちゃってるよね

そこがポリコレ極右過激派立場上の違いだよ

2021-03-06

シグロ氏の発言について、ある左翼かつリベラルから見た感想

この記事が注目を浴び、多くのブコメが集まっている。

"カズオ・イシグロ語る「感情優先社会」の危うさ"

https://toyokeizai.net/articles/-/414929?display=b

まず、私は自分が大別すれば「左翼」かつ「リベラル」の立場にあることを自覚している。左翼定義リベラル定義の困難さ、特に現在日本で「リベラル」が「左翼」の言い換えのように使われて混乱が生じていることは十分承知しているが、そのあたりに触れるといくら前置きをしても足りなくなるので、要するにここを見るような人間たちがイメージする「左翼」であり「リベラルであると考えてもらえばいい。ただし、左翼かつリベラル、というように私はこの両者は区別している。区別した上でどちらでもあるということだ。参考までに、最近やってみた下記サイトポリティカルコンパスでは、

https://www.idrlabs.com/jp/political-coordinates/test.php

61.1% 左派, 72.2% 自由主義者

という結果だった。これを見てもわかるように「左派」と「自由主義」(リベラル)は別軸である混同している人は気をつけてほしい。

そういう一人の人間として、件のイシグロ氏の発言への感想や疑問を書いてみる。

まず、社会制度の大枠を議論したり決定したりする際に、感情より科学的なデータエビデンスが重視されるべきだというイシグロ氏の意見には私も異論がない。陰謀論フェイクニュース似非科学歴史改竄代表されるような事実軽視は、それが誰によるものであれ批判したいと思う。私は左派だが、左派の中にこの種の問題がないとも言わない。

たとえば近年では、日本共産党などがHPVワクチン副反応被害者立場に寄り添うあまり、反ワクチン的な言説を許してしまっている(自分で言わないとしても、運動内部のそういう言説をはっきり否定しない)ことを歯がゆく思っている。誤解している人もいるようだが、日本共産党本来ワクチン否定的ではない。HPVワクチンについても、むしろ導入を行政要求したりしてきた。しか副反応被害を訴える声が上がり、裁判になってその原告支援する立場となると、原告側の科学的根拠が弱い言説に対しても必要以上に寛容になっているように見える。それが被害を訴える原告の「感情」を優先したためなのか、あるいは裁判運動を進める上での利害を計算したためなのかはわからない。そのあたりは人によっても違うだろう。しか現在出ている科学検証の結果が原告側に有利ではない以上、主張はデータを軽視しつつ苦痛の強調など感情に訴えるものになりやすい。イシグロ氏が言う「科学エビデンスより感情が優先される」問題として私が連想したのはこのような例だ。

この件で一応私の意見を言っておくと、副反応を訴える人にはなるべく広く補償適用しつつ、HPVワクチン自体は普及を進めるべきだと思っている。副反応裁判原告団体については、補償範囲を広げる運動としては支持するが、同時にHPVワクチンの勧奨再開に反対したり、さらには反ワクチン的な主張をする人物が混じっているのが支持できない。また便宜的に日本共産党名前を出したが、私は共産党員ではなく関係も薄い。共産党に限らずHPVワクチン訴訟原告支援する左派政党や団体に共通する問題として挙げた。

しかし多くの部分で、私はイシグロ氏の発言同意できず疑問を感じる。そもそも現状認識が私とは大きく違うように思うからだ。たとえば次のような部分だ。

"小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラル進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思いますリベラル側の人たちはこれまでも本や芸術などを通じて主張を行ってきましたが、そうでない人たちが同じようにすることは、多くの人にとって不快ものかもしれません。

しかし、私たちにはリベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術必要です。つまり多様性ということです。これは、さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人がそれぞれの経験を語るという意味多様性ではなく、例えばトランプ支持者やブレグジットを選んだ人の世界を誠実に、そして正確に語るといった多様性です。

リベラル側の人が理解しないといけないのは、ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許ではなく、誰もが語る権利があり、私たちはお互いに耳を傾けなければいけないということです。"

ここは私には非常に疑問が湧くところだ。何よりわからないのは、いったいいつどこの世界で「ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許」になったのかということだ。

シグロ氏が住むイギリスのどこかにはそういう特殊場所もあるのだろうか。まあおそらく、イシグロ氏が属するコミュニティの大半が教養ある「リベラル」で、そこでは「トランプ支持者やブレグジットを選んだ人」はほとんど目につかず、その声が抑圧され死に瀕しているかのように錯覚してしまったのだろう。しかしイシグロ氏自身が言っているように、アメリカでは半数近くの人が一時的にであれトランプを支持し、イギリスではブレグジット派が不正ではない投票で多数を占めてしまったのだ。「リベラル進歩的な考えを持つ人たち以外の声」は十分に力を持ち、各国の舵取りに影響を与えている。

語ることがリベラル専売特許に見える世界とは、イシグロ氏を取り巻く知的文学芸術を愛する少数のインテリ世界のことでしかないだろう。イシグロ氏もそれを自覚はしているようで、だからこそ「縦の旅行」というようなことを言う。しかしその狭いインテリ業界での経験一般化し、世界全体がそうなっているかのように語ることこそがまさにインテリ傲慢であり、相変わらずその狭さに無自覚発言だとは気づいているのだろうか。

シグロ氏と違い、私は左翼でありリベラルである自分のような立場日本社会で主流になり、語る権利を独占しているなどと錯覚できたことは一瞬たりともない。たしかに近い考えを持つ人の集まる場所というものはある。しかしそういう場に足を運びながら、その場を一歩踏み出せば「世間」は全く違うのだと常に意識している。「縦の旅行」などするまでもなく、日本社会で「普通に」暮らせば、全くリベラルでない人、左翼蛇蝎の如く嫌っている人、そもそもそういう言葉も、そういう違いがあることも知らない人などに電柱並みの頻度で出会うのである

たとえば私は天皇制廃止すべきだと考えているが、世論調査では天皇制に反対する人はずっと一割を切っている。周囲の人間ランダムに選べば十人中九人以上はこの点で私と考えが違うわけである。まあ日常生活でいきなり天皇制の話をする機会は少ないが、先日の代替わりだの改元だのの騒ぎの時には、自分が少数派であることをあらためて意識させられた。特に天皇問題については、過去右翼の襲撃のような直接的暴力による脅迫があり、言論の自由が大きく損なわれたことを知っておくべきだろう。「じゃあこっちはどうなんだ」をあまり振り回したくはないが、ポリティカルコレクトネスなどによる言論不自由懸念するのであれば、日本社会にはびこる天皇をめぐる言論不自由にも一通りの知識と関心は持ってほしいと思う。

自由民主主義」の社会享受してきたと語るイシグロ氏は、部屋で文章を書くだけでなく、デモに参加し、街頭で語ったりビラを撒いたりしたことがあるのだろうか。それは自由民主主義を維持するための不可欠な活動の一つなのだが。やってみるとわかるが、街頭では温かく応援してくれる人だけでなく、口汚く罵ってくる人にも出会う。私の知人の中には、突然殴りかかられてけがをした人さえいた。手渡したビラを一目見るなり舌打ちして破り捨てる人もいる。私たちはその断片を拾う。それでも受け取ってくれるだけましとも言え、多くの人は避けるように通り過ぎていく。「自分とは違う世界がある」どころか、周囲の人の大半は自分とは違う考えだが、それでも少数者として声を上げていくことは無意味ではないはずだ、と私は自由民主主義社会で日々自分に言い聞かせている。

日本左翼をやっていると、自分投票した候補者当選することも少ない。民族的性的、その他さまざまなマイノリティ権利擁護運動に関わっていると、そもそも多数決に任せれば無視されるのが当然、そういう世界いか存在認識させ、主張を届けるかというのがあらゆる活動第一歩になる。言うまでもない前提だ。

上記のイシグロ氏の発言で何度読んでもわからないのは、「多様性」についてわざわざ「さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人がそれぞれの経験を語るという意味多様性ではなく」と言っていることだ。これは何なのだろう。イシグロ氏はここで、「さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人」と「トランプ支持者やブレグジットを選んだ人」をあえて対立させ、前者より後者多様性重要であるように言う。前者の多様性と同時に、それに加えて後者多様性も、というならまだわかる。しかし、少なくとも多数決投票勝利したことのあるような「トランプ支持者やブレグジットを選んだ人」の声を「さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人」の声より優先して聞こうというような提案が現状の「多様性」をどれだけ高めるというのだろうか。

また、「トランプ支持者やブレグジットを選んだ人の世界を誠実に、そして正確に語る」という記述を読んで私が疑問に感じるのは、これはいったい誰が、どの立場から語るのだろうか、ということだ。翻訳問題などもあるのかもしれないが、これを読むと、その人々の世界を外の人間が「誠実に」語ることのように読める。たとえばイシグロ氏のような作家ブレグジット支持者の内面世界を誠実に想像して描くというようなことなのだろうか。

しかしそれは、その傍で言われている「誰もが語る権利」と矛盾する。「語る権利」と言う時、マイノリティ運動の中などでは特に当事者が自ら語ることを重視する。当事者心中を非当事者想像して代弁することは推奨されず、場合によっては本人の言葉を奪う行為として非難される。トランプ支持者やブレグジット支持者にしても、たとえばイシグロ氏のようにもともと思想立場の違う作家いかにも理解ありげに、「あなたはこんなふうに思っているのでしょう」とばかりにその思いを代弁したら多くは反発するのではないか。だから原則としては、その声に耳を傾けたいなら、非リベラルと言われる人々に語る場を保障し、自ら直接語ってもらうのが正しい。

その上でイシグロ氏は、そうして語る場を提供して耳を傾けた時に飛び出してくる言葉が、「○○○人はゴキブリ、この国から出ていけ」や「同性愛者は天罰を受けて死ね」だったり、静かな口調で確信に満ちて語られる「あなたがたは皆ディープステート洗脳されているのです、ぜひこの資料を見てください」だったりした時にどういう反応をすべきか、どこまで現実感をもって考えているのだろう。この発言が単なる綺麗事に見え、それゆえ面白くないのはこのあたりの現実に何も触れていないからだ。

シグロ氏は「誰もが語る権利があり、私たちはお互いに耳を傾けなければいけない」と言うが、これは理想論原則としては全くその通りであるしか現在問題になっているのは、その「誰もが語る権利」を尊重した結果次々と湧き出してくる陰謀論ヘイトスピーチへの対処現実的にどうするかということなのではないか。先日話題になったツイッター社のトランプアカウント凍結なども、この原則現実の間で行われた苦渋の選択だった。こういうリベラル原則現実とのジレンマは、「寛容は不寛容に対して寛容になるべきか」といった形で長く議論されてきたテーマでもある。それで言えば、トランプ陰謀論支持者に向き合いつつ、あえて寛容の原則に立とうと語る下の記事の方に私は感銘を受けた。

"「トランプ陰謀論」が今なお5000万人を魅了するワケ。『白人ナショナリズム』著者、渡辺靖に訊く"

https://finders.me/articles.php?id=2529

私はリベラルだが、この問題についてはここまではっきりと「寛容」に立つとは言い切れない。ヘイトスピーチ規制にも慎重派でありつつ、現実的にやむを得ないとも思っている。各国の法規制方針を見ても、それぞれの背景に基づく大きな違いがある。現時点で何が妥当判断しにくい難しい問題なのだ。「私たちはお互いに耳を傾けなければいけない」と書斎で言い放つだけでいいならそんなに楽なことはない。

また、いくつかのブコメが触れていたが、たとえばトランプ支持者が陰謀論を信じるのはそもそもシグロ氏が言うような「感情優先」のせいなのかというのも疑わしい。選挙の敗北を認めたくないという感情陰謀論を信じさせているのだ、というのはあくまでも外から解釈で、本当に信じている人にとっては陰謀論は「事実」そのものだ。実際、陰謀論を広めている人はしばしば「まずは事実を知ってください」と言う。誤情報さらされ、修正機会がないまま信じ込んでしまうという現象特に感情からまなくも起きる。平凡な思想感情的に主張する人もいれば、陰謀論を冷静に信じる人もいるのだ。トランプ支持のような現象を「感情優先」として批判するのは、陰謀論フェイクニュースのような誤情報の浸透をどう制御していくかという問題に対してあまり有効でないように思う。

ちなみに、トランプ支持者やブレグジット支持者に向き合ってその声を聞こうとした研究取材はすでに数多く行われていて、下の記事のように日本記者によるものさえある。

"トランプ支持者はなぜ熱狂的に支持しているの? とにかく彼らに会い続けた記者が、これからも語り合う理由"

https://www.nhk.or.jp/d-navi/note/article/20210208.html

シグロ氏が自宅でなぜリベラルは非リベラルの声を聞かないのかとぼんやり嘆いている間にも、実際にトランプ支持者の家を訪ねて話を聞こうとしているリベラル寄りの人間は山ほどいるのだ。イシグロ氏は「リベラルが」ではなく「自分が」ご近所の非リベラルの声さえ聞いてこなかった、と言うべきだろう。主語を大きくしすぎてはいけない。

続きはこちら↓

https://anond.hatelabo.jp/20210306213813

2021-02-23

anond:20210223011310

じゃあ質問

民主主義天皇制の元では存在しないと言ったのは反論だったの?同調だったの?

私は民主主義破綻したときに備えて天皇制の維持が必要だと言った。

一方でそちらは民主主義天皇制の元では存在しないといった。

これは実は矛盾していない。

私の言では民主主義がなくなったときにこそ天皇制必要という話だし、そちらの言は民主主義天皇制の元では存在しないという話で、どちらも天皇制があるとき民主主義はないという話をしている。

それなのに反論のようにトラバを飛ばされたので、ああ、誤読されたと判断した。

なので、冒頭の質問に答えてほしい。

anond:20210223010014

民主主義天皇制の元では存在しない、と思いっき誤読した反論らしきものをいただいたので、だからそうじゃなくて私の言いたかたことは、の意でだからと言った。

anond:20210223005424

から民主主義破綻したときに備えてって話。

民主主義破綻して無政府状態かなんかになったときに、天皇制があればない時よりも人死にを減らせるだろうと思ってる。

anond:20210223004756

なるほど、資本主義破綻していると。

やはり民主主義破綻したときに備えて天皇制を維持することは必要だな。

2021-02-16

新時代象徴として「令和」って言っちゃう人間

明らかな人権侵害である天皇制ベースにした元号を使って「いまって令和ですよね?」「もう令和なんだからさ、変えていこうよ」とか言っちゃうの、恥ずかしくないですか…?

伝統とか国の格とかどうでもいいんだよな

「生まれつき参政権がなく、プライバシー自己決定権実質的に与えられない人」が国家制度として存在してるの、端的に言って異常でしょ

欧米王室とかも全部おかしくて、サッサとまとめて撤廃しちゃったほうがいい

国家制度ゴリゴリ人権侵害されてる人が国の象徴なのマジでなんの冗談だよって感じだし、憲法開いて第一条が「天皇」なのも気色悪すぎ

人権問題を語ろうっていうのに、新しい時代を指す言葉として「令和」をチョイスしちゃうの、ホントセンスないですよ

まあ、2021年っていうのもひとつ宗教ベースとしててアウトとか言い出すとアレなんだが、少なくとも令和よりはマシでしょう

令和っていうのやめませんか?もう令和なんだからさ!

2021-02-14

anond:20210214201648

天皇制馬鹿にしている」ってほどの思想は持ってないやろwww

ガキが調子こいてるのと同じメンタリティオタク

anond:20210214201011

あのハンドルネーム

天皇制馬鹿にしている」という意図が読み取れない人間

底抜け馬鹿なのでどうしようもないよ

文脈とかじゃないだろ

2021-02-13

anond:20210213170656

9条は恒久世平和のための正しい憲法

天皇制日帝残滓による間違った憲法

間違った憲法を変え正しい憲法をつくっていこう

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