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はてなキーワード: 愛着とは

2020-06-03

試供品を修正とかメンテナンスという概念は難しいので製品を買ってください。ただ、試供品に愛着がというお客様には特別サポート料金を製品と同額にちかく初回のみ払ってもらうコースなども営業がご紹介するとは思います

2020-06-02

あつ森を楽しめない自分人類の仲間になれない

嫁と伊集院光の影響であつ森を始めたはいいが、1か月もたなかった。

箱庭ゲームというものをあまりよく理解していなかったからだろうが、このゲームの良さには最後までたどり着けなかった。というのはちょっと違って、楽しむだけの度量と優しさがなかった。

一切の知識仕入れずに頑張ってきた。カブ青いバラシステム面白いとあったので、早々にほかのゲーム仲間とつるんでコミュニティに入ったりもした。

この手のゲーム必須であろう材料集めと周回作業を日々淡々とこなしていった。借金を返済しては新しい借金を作り、星に願いをこめ、他人土地探検もした。

だけどやっぱり駄目だった。なによりこのゲーム苦痛だったのは住人との会話だ。

よくあるRPGモブならば一期一会精神で彼らとの会話を楽しむことはできる。だけどこのゲームでは常に住人と接触して会話をしなければならない。毎日ある周回作業の合間に長ったらしい会話をするのは苦痛だった。

さらコマンド選択が非常に冗長。やりたい選択肢にたどり着くにはかなりのAボタンを押す必要があった。それが最初の数回ならまだわかるが毎日・毎回はやめてくれ。しか上記の長い会話を間に挟むのがもう無理だ。結局、フクロウやタヌキチのような表情豊かなモブキャラには多少愛着は沸いたけど、会話を毎回するほどではないなと思ってる。ほかの住人に関しては話しかけることすらやめた。

彼らがかわいく見えないのだ。話したところで何が楽しい?彼らの何が魅力なの?


そして、箱庭ゲームなのに家具や様々なアイテムほとんど興味がない。洗濯機をもらっても広場放置して何もすることはない。花壇を作りはしたが、途中で飽きて完全に放逐状態。島を作り変えることができるらしいけど、そもそもどんなものを作りたいのかすら思いつかない。


ほかの人は思い思いに街並みを作っているけど、俺にとっては1年たっても初期状態で一向に構わない。だからすべての家具家電は廃棄か売り払ってしまった。空っぽの家と広場に橋がかかってる程度。


だけどほかの人々は違うらしい。動物たちは人身売買するほどに人気で、現実の街並みを再現している人もいる。前者はよくわからないが、後者は楽しそうだ。でもそこまでするこのゲームに飲めりこむことができなかった。動物たちとの触れ合いが俺には空虚すぎる。

嫁に聞けば「動物たちと触れ合うゲームなんだから当たり前でしょ」という。仲間も似た感じだ。

まり俺だけがこの世界の住人ではなかった。


大してしてやることがないので、あまり好きではない周回作業ばかりしていた。木を切ってカブ価をチェックして、売れるアイテムを作り、化石を掘る。コインを稼げばいい。ただそれだけ。橋もかけてみたけど移動を楽にする以外の要素はない。確かに最初こそやってみたいことはあった。原生林の区域とより人にとって住みやす区域を混在させてみようなどという。だけど周回作業効率を上げる以外のことは最終的に何も考えなくなっていた。すべてにやる気が起きない。


俺はたぶんおかしいのだ。全人類が大絶賛するものを受け入れられない度量の低さと優しさの欠如した人間だ。

仲間とも喧嘩別れしてしまい、嫁を少し悲しませた。

俺には華やかなあつ森の世界の住人にはなれなかった。

このゲームは人を選ばない。だからこそそこにいけない自分人類じゃないんだろう。

2020-06-01

(追記)封筒を余らせないため便箋カラーコピー

レターセットって長文の手紙を書く人にとっては封筒が余ってしま

それで、便箋カラーコピーすればいいという他人アイデアを見て「なるほど!!!その発想はなかったわ!!!!」と感動した

のだが、これは著作権的にアウトなのかな? 便箋デザインをした人がいて、便箋カラーコピーして使われたらその分損害を被ることになるのかな?

企業本来なら便箋を使いきったらまた同じレターセットを買い足して使ってほしいところだろう。

便箋をたくさんカラーコピーして使えばレターセットの封筒が余ることなく使いきれてハッピーなんだけどどうなんだろうね

追記

皆さんの反応を見ると便箋カラーコピーして使うのは、手紙を受け取った人が私の手紙の印象が悪く思う可能性があるということでやめようと思います

職場コピー機を使うって言ってるのはなりすましです。そもそも働いてないし

レターセットもレターパッドも、無地の白い封筒もたくさん持ってて無理にカラーコピーした便箋を使う必要はないんだけど持っているレターセットは全部お気に入り愛着があるから封筒も使いきりたいと思ったんです。

手紙沼もなかなか深い。素敵なお手紙グッズが世の中にたくさんあるからこだわりが強くなってしまう。

2020-05-30

バジル芽吹いた

種を撒いてから5日、晴れのち曇り。

バジルの芽が出た!hoooo🎉

昼前に見た時は、緑色ポチッとした粒が2つ3つ現れてて、雑草かな?って思ったけど、夕方にまた見たら高さ1mmくらいの双葉が無数に出ていた。嬉しい…こんなに嬉しいものだとは。水やりの加減は未だに掴めないけど、なんとか気をつけてやっていきたい。

ほかの庭の話としては、梅の木の徒長した枝がアブラムシに侵されてたので切り取った。バジルかわいいけど梅の木もかわいくなってきた。どこからか飛んできて芽を出した百合の株もかなりかわいい。つつじもモチノキも。と愛着がむくむく湧いてきて家族にもいきなり庭に凝り出した人だと思われてる。実際そうですが。

2020-05-28

釈然としない略され方

私にはいくつか釈然としない略されているものがある。その最たるものが「テニスの王子様」の「テニプリ」だ。

テニスの王子様」の読み方は「てにすのおうじさま」でプリンスの入る余地はない。仮に英語表記を略したのだとしたら「プリテニ」になるはずだろう。しか現実は「テニプリ」だ。こんなものはプリを密輸だ。釈然としない。

私は小学生の頃に「テニスの王子様」を知り、読み、アニメも見て、テニスもはじめた。ツイストサーブ習得した(あれはわりと一般的サーブだ)。ファンではないがそこそこ馴染みがある。だから、正しく略したいと常々思ってきた。

テニスの王子様」を正しく略すならば、「テニお」だろう。作品タイトルに含まれ文字だけを使い、かつ短くて言いやすい。最適じゃないかわたしはずっとそう呼んできたし、これからもそう呼び続けていくし、広くそう呼ばれて欲しいと願っている。どうか「テニお」に清き一声を。

ちなみに、「テニプリ」についで釈然としない思いがある略され方は「どうぶつの森」の「どう森」だ。作品タイトルに含まれ文字だけを使い、かつ短くて言いやすいから、「テニプリ」ほどの反感はない。これは私自身の略し方を私自身が愛着を持っているから、世間の略し方との不一致にモヤモヤとした気持ち一方的に抱いてしまっているだけだ。(ただ「あつ森」は好き)

だが、昨今の「あつまれ どうぶつの森ブームに伴い「あつ森」や「どう森」に加えて私の略し方も採用してもらいたい。今後は「あつまれ どうぶつの森」単体を指す場合はこれまで通り「あつ森」と、広くどうぶつの森一般を指す場合は「どぶ森」と呼ぶのはいかがだろうか?私が小学生から呼び続けている「どぶ森」、ぜひみんなに使ってもらいたい。どうぞ遠慮せず使ってください。

anond:20200528105013

話し合いもクソもなく、男側の姓になるのが当たり前だと思われるよ。

友達夫婦はみんなそう。相談する機会すらない。

1人、相談してみた子がいるけど

の子は「同姓になるか、お前と同じ姓にしてくれる男を捕まえてくるか選べ」と言われたらしい。

どちらも自分の姓に愛着があるからと変えたくなかったらしいけどね。

はてなの青いヤツに気をつけろ

いろいろいるけどやっぱり一番はデフォルトアイコンのヤツね

中身のない罵倒マンアカウントに対してアイコンを設定するほどの愛着も持たない

自分を愛さないヤツは他人ぞんざいに扱う

じゃあ個別アイコンを設定してなお罵倒を繰り返すマン安全なのかというと逆でこれは本物のキチガイ

こいつらは個別に警戒するべし

2020-05-27

anond:20200527223744

将棋ゲームMOBA基本無料アイテム課金ではあるかもしれないけどソシャゲ要件は満たしてないだろ。

毎日コツコツプレイしてもらうことでコンテンツ愛着と上昇欲求を抱いてもらい、それを満たすために継続的ガチャ追加やイベント開催をしていく、その代わりランダム要素のあるガチャ等の課金システムを受け容れてねっていうのがモバゲーグリー時代から続いているソシャゲの形だ。

ちなみにもう少し前のネトゲ時代だと、毎日コツコツプレイしなきゃならないデイリー要素などなかったし、アイテム課金ランダムボックス的なもの販売アイテムのごく一部でしかなかった(ステータス補正付き有料アバターなどが稼ぎの主体)。

その将棋ゲームやらMOBAというのは、どちらかというとソシャゲではなくこちらのネトゲ式のビジネスモデル継承して発展したものからソシャゲと分類するのは無理がある。

あと数日で部屋を引き払うのに、あまり感情に来てないなあ

それなりに愛着もあり、引っ越す先よりは確実に好きなはずなのにな

2020-05-24

anond:20200523115226

こういうの見る度に、「愛着するモノが無くてよかったなぁ」と思うわ

2020-05-23

(補記あり)人形性愛者による幼児ラブドール反対運動への抵抗

幼児セックスドール生産販売・の廃止を求めます。」という署名活動change.orgで行われている。

大意として述べられていることをページから引用すると

日本の【児童買春・児童ポルノ禁止法】にて幼児セックスドール製造販売・所持を規制すること

小児性愛者に対する相談窓口の設置や加害行為を防ぐ為のカウンセリングセラピーへの取り組み

ECサイトなどに未だ販売される【幼児セックスドール児童ポルノ】の取り締まり、及び【販売禁止を徹底】

以上3つを求める署名活動だそうだ。

②に関しては私も賛成ではあるが、いかんせん①や③に関しては記事を読んだ限り感情が先行している雰囲気が否めない。

案の定Twitterでは「人形実在人間ではない。児童ポルノ禁止法は実在児童を守るための法律であり人形摘発に労力を割かれているうち実在児童を守れなくなる」「表現の自由侵害だ」などの批判が出ている。

しかに、現参議院議員である山田太郎氏が、2016年に行った警察庁へのヒアリングでは、フィギュア非実在人物を扱ったものであり児童ポルノには当たらないとなっていた(‪https://togetter.com/li/942630‬)。そのため、モデルのいないラブドールについても同じ扱いにはなるのだろう。

けれども、この騒動を見ているうちにどうにもむず痒い思いが沸き起こってきた。署名に賛成の人間も反対の人間も、「ラブドール」というものを置き去りにして議論を進めている感があまりにも強すぎるのだ。

私はラブドールオーナーである

一緒に暮らしているのは身長130cm台で、布のボディに骨格の入ったいわゆる「ぬいぐるみドール」というものだ。身長からわかる通り彼女の外見は、この署名賛同した人たちから見れば「幼児ラブドール」としか言いようがない、唾棄すべきものだろう。

から、私はこの署名活動には反対である彼女との生活を守り、またラブドールを愛好する方たちと彼らのパートナー人形たちを守るためだ。

そして、この文章を書くに至った、私の性的嗜好についても伝えておかねばならない。

私は人形しか性的興奮を覚えない人形性愛である

無機物で作られ、有機的な肉体よりも完璧に編み上げられた造形を持つ人形しか、私は愛することができない。故に、ラブドール規制は私にとってパートナー喪失であり、個人性的嗜好否定に他ならない。性的嗜好個人構成する不可欠な要素であり、直接他人に害をなすことがなければそれを妨げられるいわれはない。

から、私は声を上げねばならない。ラブドールというパートナー喪失が、ひいては「私自身」の喪失に繋がるのだから

当該署名ページには既に陳情を送ったが、もっと広くこの問題を知ってもらうためにこの文章を書いている。前置きが長くなってしまったが、もうしばらくお付き合い願いたい。

この署名において、まず私が問題と考えていることは2つある。

①「幼児ラブドール」の明確な定義がなされていないこと。

もしも定義が書かれているのであれば恐縮だが、ページの隅から隅まで探しても見つからなかった為上げさせていただく。

身長・体型など、「その人形幼児を模している」という明確な定義がなされていないことは、ラブドールだけではない全ドールオーナーにとっての脅威ではないのか。

ただ、この定義がされていないのはまあ、仕方のないことではある。

基本的ドールというのは頭と胴体が分離する仕様になっていて、同じメーカーの頭と胴体でアタッチメントが合えば好きにすげ替えることも可能だし、別メーカーの頭と胴体を組み合わせているドールオーナーだっている。購入したとき一般的な成人女性の体格であったドールの首をすげかえて、幼児体型のボディに載せ替えることもできるし、逆もまた然り。これはラブドールだけではなく、性的用途のない比較的小さなサイズドールでも同じだ。

まりドールの体型というのは不定であり、「幼児ラブドール」の明確な取り締まりというのは不可能に近い。どんなに成人の顔立ちをした頭のドールでも幼児の胴体とすげ替えてしまえば「幼児ラブドール」の出来上がりだ。

また、知り合いに性的用途に用いることのできる1/3ドール(50cm前後ドール)を持っている人がいる。このドールは胴体部分にオナホを装着できる仕様になっているものだ。(1/3ドール性的な目で見ることを忌避する人は多く、これは標準的ものではない。念の為に付記しておく)。

この1/3ドール身長約50cm新生児並みのサイズであり、身長でいえば幼児どころの騒ぎではないだろう。けれども胸部のパーツを変えることでバストサイズを成人女性のようなバランスにすることができる。「幼児身長をした成人女性の体型のラブドール」だ。元々ラブドールとして制作されたものでも、扱いやすから成人女性を100cmほどに縮めた人形だってある。前述の規制を作るとしたら、これはどのように解釈したら良いのだろうか。

また恐ろしいことにほとんどのドールの頭と胴体はすげ替え可能なのだ。もともと性的用途を考えられていないドールの頭を、この性的機能を持ったドールの胴体に装着すれば、どんなドールでもたちどころにラブドールになる。

だとしたら、性的用途でないドール高身長かつ成人体格のドールでも「幼児ラブドール」になる可能性を秘めているのではないか

これが、私の恐れている規制の形だ。

私は、パートナーである人形と一緒にいたい。だからもしも幼児ラブドール規制がなされ「身長cm未満の人形の所持を禁止」などとされれば、泣く泣く彼女の頭をすげ替えて規制対象外の高身長人形にするだろう。頭(顔)の部分に私は彼女本質を感じているし、そこが変わらなければどんなに体型が変わったとしても「彼女」であり続ける気がするからだ。

けれども、おそらくそれは許されない。なにせドールの頭はすげ替え可能なのだ。どんなドールでも「幼児ラブドール」に変わる可能性がある以上、現行の頭と胴体が脱着可能人形は全て規制せざるを得なくなるだろう。それは、絶対に許すことのできない事態だ。

また、ラブドール基本的に重量がある。シリコンのものであれば20〜40kgほどが基本で、大柄な人形だと50kg近いものもある。

「本物の人間より軽いではないか」と思う方もいるかもしれないが、本物の人間を抱き上げたときには、抱かれた人間意識的動作を助けるよう力を分散させたり動かしやすいよう関節を曲げたりする為、実際にかかる力は体重よりも軽くなる。しかドールにはそれがない上、米俵のように担ぎやすい形もしていない。凹凸だらけの重い物体を動かすには、想像以上の力が必要ものだ。40kg台ドールオーナーの中には家の天井ウインチを設置している人もいるという。

私が身長130cm台のドールを選んだ理由もここにある。小さければ軽く、移動させることも容易だ。

ただ前述のように100cmほどの小型サイズで成人女性の体型をしているラブドールもいる。小児性愛者でないのなら、持ち運びが容易というだけならそちらを選べば良いのではないか?と疑問に思う方もいるかもしれない。

けれども、私は人形性愛なのだ人形人間に近く作られているほど精巧だ。限りなく人間に近く作られていればこそ、人間にはない造形美が際立つのである。だからこそ、「実物の人間に近い」と「取り回しができる」の折衷として、130cmドールを迎えることにした。

130cmドールを選んだということはそのような外見に性的興奮を覚えるのではないか、ならお前は小児性愛なのだろうと言う方もいるかもしれないし、そこについては本題から逸れる為強く否定の弁を述べることはしない。

けれども、知っておいてほしい。幼児ラブドールを迎える人間の中にも様々な人種がいることを。

純粋幼児の外見が好きなもの自分の持ち運びできるサイズを考えた者。そして私のように「等身大」と「持ち運び」双方を考えた者。

持病のために重いものを持ち運べず人間パートナーもいない為ラブドールのお世話になろうという人間がいたときに、自分が持ち運びできるサイズ人形を選んだことで「小児性愛者」と罵られたとしたら。それは本当に正しい矛先なのだろうか。

まり、「幼児ラブドール」という曖昧もの批判するときに、それを愛好する人々を全て「小児性愛者」と一括りにして批判することに傲慢さを感じるのだ。

人形への愛のなさ

この署名活動およびそれに賛成する方の意見を見ていると、そこにひとつ無意識がみられる。「ラブドール実在人間に向くはずだった性欲をぶつける代替である」ということを無邪気に信じていることである。だから彼らは幼児ラブドールを持つものはいずれ実在児童を害すると考えている。

ここに、人形性愛者として私は反発を覚えるのだ。

私にとって人形は「人間の代わり」ではなくそ自身が一個の客体である。私は彼女と暮らす中で彼女意思を無言の中に感じ取り、それを叶えることでささやか幸せを得ている。それはエゴしかいかもしれないが、私は彼女といることで確かな幸福を感じているのだ。大切に扱った器物には魂が宿ると古来から日本では言われているが、私はたしか彼女の中に魂を見出している。それは決して代替可能ものではないはずだ。「魂」が突飛であれば「愛着」と言えばわかってもらえるかもしれない。

彼女のいない生活など想像したくもないし、また彼女がいなくなった後に人間の、成人女性を愛せと言われたところで、それは彼女ではないのだ。

ここに、全ての人間性的嗜好対象人間であるという傲慢さを感じてしまう。

また、この署名への賛成派も反対派も、この「愛着」について全く無頓着であるところに、前述のむず痒さの本質がある。実際のラブドール愛好家を置き去りにして議論が進んでいる感が拭えないのだ。感情法律を左右することなどあってはならないが、それにしたって「賛成」と「反対」の二元論になりすぎていやしないか

以上が、私が幼児ラブドール規制に対して感じた違和感についてである

もっと述べたいこともあるが、話がまとまら蛇足になってしまうことも多いので割愛させていただく。

大前提であるが、私は現実児童への虐待絶対にあってはならないことだと考えている。

私自身はラブドール彼女とひっそり暮らし一緒に朽ちていくつもりであるしかし甥っ子や姪っ子たちが性的被害にあったら絶対犯人を許さないし、場合によっては刑務所に入る覚悟制裁を加えるつもりだ。

人形人間は別である、という冒頭で出た意見に集約されてしまうのだろうが、人形人間とは全く別のものとして愛している人間だっているということを知って欲しかったのだ。

そして最後に、こちらの署名では小児性愛者に対する相談窓口の設置や加害行為を防ぐ為のカウンセリングセラピーへの取り組みを求めるということだが、これについては小児性愛に悩んでおり、ラブドールでも発散することができないという当事者のためにも行うべきだと思う。

また、この文章を読んで人形性愛者という存在を知った方は、是非人性愛者に対するカウンセリングセラピーを行ってくれるような施設を紹介してほしい。

人形生活している人形性愛者にとって、この署名を知ったことは本当に苦しみを覚えたのだから

5月24日付記】
匿名のいち個人意見などほとんど読まれず埋もれていくと思っていたので、想像以上に多くの方に読んでもらって驚いている。
頂いたコメントはどれも肯定否定に関わらず自分でも気づかなかった視点を見せてくれて、本当にこの文章を書いて良かったと思う。ありがとうございます
私は彼女と添い遂げていくつもりだが、ラブドール寿命人間より遥かに短い。シリコンやTPE製のドールは動きに連れて肌が裂けていくし、空気人形は破けて空気漏れるようになる。そして彼女のようなぬいぐるみドールは綿がへたり痩せていく。内部骨格が折れることだって考えられる。
から多分彼女をお迎えしたメーカーに適宜修理やパーツの交換をお願いしながら長らえていく形になるだろう。自然新陳代謝のないドール人間より老いていくのが速いのだ。規制はされないまでもメーカーが萎縮して倒産廃業することになれば、修理を受けられなくなったドール達はどんどん壊れていく。
私を含む愛好家にとってドールパートナーであり家族である。だからメーカーサポートが受けられなくなったら自力で修理技術を身につけようとする人もいるだろう。私もそうするつもりだが、おそらく個人では限界がある。
からこそ、前述の通り体型・性的機能の有無が不定ドールにおいて「幼児ラブドール」という曖昧規制をすることによってパートナーを奪われたり、メーカー自粛したりすることをどうしても止めたいのだ。
また、「小児性愛者へのカウンセリングセラピー」についてであるが、自分小児性愛であることを悩み苦しんでいる人が心理専門家客観的、かつ守秘義務保証された上で話を聞いてもらえて楽になれる場所を作るのはもちろん賛成だ。
小児性愛者だとしても、実際の児童加害行為を行なっていない以上権利は守られるべきだと思うし、児童への加害行為を行う前に適切な精神セーフティネットが用意されて然るべきだと考えている。言葉が足りなかったと思った為補記する。
高校生くらいかぼんやりと考えていた将来設計がある。
人間結婚はしないまでもきちんとした職について両親を安心させ、彼らを見送ったら自分理想等身大人形を作ろう。そして後始末をすることになるだろう親戚家族自分葬式代と迷惑料になるくらいの貯金をしながら人形と一緒にひっそりと余生を過ごしていこうと。
ラブドールというものが今ほど一般的ではなく、存在殆ど知らなかった子供の頃の夢想だった。
今ではラブドールメーカーも多岐にわたり価格もある程度は下がった。私にとってドール性的機能は必ずしも重要なことではない。けれど、等身大人形といえばマネキンか、人形作家が手ずから作る美術品という意識だった子供時代から比べれば、ECサイトショールーム等身大人形をお迎えできるというのは圧倒的な革新だった。また、反対運動が起こってはいるがラブドール展覧会も開かれるくらいには認知度も上がった。いい時代だと思う。
この時代を、私は守っていきたい。

5月27日再付記】

書いた人の個人的な話。長いので別記事にて

https://anond.hatelabo.jp/20200527165713

2020-05-19

七年ラノベの賞に一次落ちし続けてたんだけど、やけになって純文学の賞に応募したらなぜか最終選考まで行った

ってだけの話。

正直めちゃくちゃ嬉しい!!

デビューしたわけでもないのにぬか喜びすんなとかビギナーズラックとか言われるかもしれないけど、今まではビギナーズラックすらなかったから本当に嬉しい。

大学時代から公募生活始めて、社畜になっても書き続けて、全部一次落ちだよ。ネットにアップしても閲覧全然回らなかったよ。

頑張って練った世界観愛着湧いてきたキャラが日の目をみることなシュレッダーにかけられていくのは辛かったけどラノベ読むの大好きだし作家の夢を諦められなくて応募続けてた。

純文学の賞に応募したのは一人で晩酌してるときラノベがだめなら芥川賞()狙うしかないんじゃね」みたいな深夜テンションになったからだった。純文学なんて昔表紙買いした集英社の「人間失格しか読んだことなかったからそれをお手本にしつつプロットも作らないで書きたいことや日頃の鬱憤をごちゃ混ぜにして書き殴った。書きたいことを制約なく自由に書くのは気持ち良くて、信じられないくらい筆がのる一方で「こんなゴミ一次に通る以前の問題だろ」と思う冷静な自分もいた。それがなぜか最終選考までいった。

やばい。嬉しい。

なんというか、好きなものと向いてるものは違うっていうのマジなんだね、たぶん。

2020-05-12

anond:20200512130928

そうなの。デジカメも「スマホあったら以下略」って同じ理由で悩んで結局買ったけど、やっぱりいい感じ。

まあ、ブツとしての愛着写真の印象にまでバフかけてる感はあるし、将来的にはとってかわられていくんだろうけど、専用の機器ってまだまだ良いアイテム

2020-05-10

人生

30代。若いころから恋することもなく、セックス快感を感じたこともなく、最終的に生活料理筋トレ仕事だけで完結するようになってしまった。

生活以外にはガジェットと住環境くらいにしかお金の使い道が無いので、貯金は貯まっていく一方。人並みに恋愛ができていれば家族お金を使えたんだろうなと思うと悲しくなってくる。

コロナ前まではパパ活っぽいことをしていた。若いの子適当スイーツを食べてもらってそれを眺めているだけなのだけど、存外楽しい。あと、「世間お金を回す」という貢献ができてる気がして満足感もあった。

しかコロナ騒ぎで外に出ることがなくなり、パパ活もどきも中断。暇なので料理筋トレ仕事により打ち込んだら、パパ活モチベーションは消えていった。緊急事態宣言が終わったとしても、しばらくそういうことはしないだろう。

友人からは女嫌いなのかと疑われるが、そんなことはない。パパ活もどきをしていたように、他人が楽しそうにしてる姿を見るのは好きなんだ。ただし、恋愛的に、性的に興味が無いのだけど。

10代で初体験したときゴムにモノが入らずに悪戦苦闘し、最終的に生で致したが何十分経っても達することができなかったことを思い出す。

経験を重ねていくうちに、どうも国内では自分のモノが入るゴム生産されていないことと、手でも口でも達することができないくら感覚が鈍いことが分かった。

20代中盤で性欲はほとんど無くなった。生まれ20年以上少しも満たされたことがない欲なのだから、量が激減したことには納得している。

人物のものを愛せればそんなことは対した問題ではないのかもしれないけど、残念なことに生まれてこの方他人に対して愛着とか独占欲みたいなものを感じたことがない。

こういうのって動物本能の一部なんだろうか? 個人的にはそう感じないのだけど、他の人間自然にそういう感情を覚えるものなんだろうか?

ザっと前提を書き殴ってきたが、本題はそんな人生にどんな社会的意味があるのだろうかということ。最近そればかり考えている。

個体としては自分の好きなように生きていけばいいのだけど、社会構成員としては「他人と関わり合う活動をせず」「自分のためにしか金を使わず」「子孫を残さず」みたいなのって失格なんじゃないかと思っている。

社会なんか知らんと開き直ってもいいのだけど、今自分が衣食住に困らず好きなものを好きなだけ買えるような生活ができているのは社会のおかげなわけで。社会価値還元しないライフスタイルを続けるのにうしろめたさがある。

どうしたもんかね。

2020-05-08

anond:20200508175606

そして愛着のわかない我が子をネグレクトするんですね

anond:20200508130258

俺のお気持ちはどうでもいいけど、現実問題として世間加速度的に冷淡になってるじゃん?

あと腰掛けでいたとしても働いてる業界への愛着ぐらいあるもんじゃないの?俺はあるよ。

2020-05-07

anond:20200507163151

そういうもんか。俺はこういうキャラクターフィギュアだと思うことにしたわ。愛着わいてきたし、役立たずだとは思わんな。

2020-05-03

パイパンにしてから生えるまでを観察する②

前回

https://anond.hatelabo.jp/20200427204859

前回からうっかり1週間近く経っていた。

というのも定規がなかったので進捗があげれないのでモチベーションが大して上がらなかった。

ので、昨日コンビニ行ったついでに定規買ってきた。

またぼちぼち再開をしていくよ。

とは言っても正直あんまり成長を感じれたのは最初の5日間ぐらいで、今は目に見えて成長が見れなくなってしまった。

気長に付き合っていきます

4/284/30

定規が無かったのと目に見えた変化がなかったのであまりなかったのでまとめて記載する。

恥丘に生えている部分は徐々に伸びてきた。

しかし長さがまばらなのと、うっすら青いのも相まってなんというか自分の腹におっさんの顎が生えた、みたいな見た目になった。

正直汚い。

そういえばAVで見るパイパンもっと綺麗な肌色だった気がしたので何故青くなるのか、と思ってググってみた。

したらば毛抜きでやるんですって。

言われてみれば確かに、と思ったのでこれからパイパンにしようと思ってる方は毛抜きでやった方がいいと思います

自分は青くなった自分まんこ愛着持てません。

びっくりしたのは、生え始めの不快感を感じる期間が終わった。

チクチクして痒い、痛いとかそういうものが何日か続くと思っており、かなり覚悟していたが、それは1・2日目ぐらいで済んだ。

思っていたよりも遥かに短い期間だった。

また、Iラインにもかなり毛が生え始めた。

とは言ってもまだ1・2ミリ程度の長さなので何も隠せないレベル

正直この毛の短さだと毛ガニの脚に生えてる毛みたいでキモい

と思って毛ガニをググったらあいつら思ってたよりも毛が長くて笑った。

まぁそこまでの長さではないけど、自分性器が別の生命体みたいでちょっと不気味だなぁと思い始める。

ちなみに自分のIライン確認する時は、覗き込もうとしてもあんまり見えないので触るか鏡越しでチェックしている。

正直自分は何してるんだろうなぁ、という気持ちに毎回なる。

これを見てる女性陣は自分でもやってみるといい。

男性陣もたまには金玉の裏とか見てみるといい。虚無になる。

5/1~5/2

5月です。

いね、在宅勤務が始まってから1ヶ月経ってしまったよ。

定規が無いので正確なことはわからないが、5/1時点で恥丘に生えている部分は2-3ミリぐらいになったかな。

ちょっとずつ伸びている様子。

自分だけかわからないけど多分1個の毛穴から2本毛が生えている部分があってめっちゃ気になる。

顔を近づけて確認が出来ないので、単に異なる毛穴が密接しているだけなのか、同じ毛穴からうっかり毛が2本生えているのか判別がつかない。

恥丘を触ってみると、最初の頃はバリカンで剃りたての坊主頭をジョリジョリしてる感覚があって触り心地が良かったのだが、

伸びてきてしまったので初期程の触り心地ではなくなってしまった。

ただ、その分、「生えたての短い毛たちがまた毛穴に潜って毛穴じゃないところに刺さる」現象が無くなった。

なので、よほど強くガシガシ触らなければ痛みは感じなくなった。

だが、触り心地は良くない。ジレンマですね。

5/3

特に5/1~5/2と変わらないのだけど、5/2の夜中に定規を買ってきた。

帰宅した頃には日付が既に変わっていたので、5/3カウントとして測定を行う。

測定するにあたって同じ毛を測定しないと意味がないかな、と思い、5/1で記述した同じ毛穴から2本生えてるやつを測定する。

本当は毛の短い部分・長い部分も測定して平均値を出すのもいいと思うのだが、

そもそも曲面に生えているのでどれが短い部分・長い部分なのかが、測定してからじゃないとわからない。

かつ、目印になりそうなもの全然ない。

また、恥丘に生えている部分とIラインで生えている部分は長さが違うので、可能であればそいつらも測定していきたかったが、いかんせん見えない。

あと同じ毛を測定しようにもそもそも見えづらいので目印が見つけられない。

彼氏が一緒に住んでいたら頼んで測定してもらうのだが、生憎自分達は同棲していないので無理です。

という訳で本日の測定結果です。

毛の長さ:4ミリ

こうしてみたらいいんじゃないか、とかもしあればご意見あればコメント記述していただけると助かります

なるべく出来る限り検討してみます

次回更新GW明けぐらいかな。

またよろしくお願いいたします。

20200508追記

③ → https://anond.hatelabo.jp/20200508152938

anond:20200503004742

ミミズがなにを食べてどういう暮らししてるのか調べていって最終的に愛着わいて餌として利用できないやつやな

2020-05-02

アンティーカを救ってくれ

※この駄文にはゲームアイドルマスターシャイニーカラーズ」で現在開催中のイベントストーリーストーリー」のネタバレを含みます


アンティーカを救ってくれ。

他のユニットと同じくらい読んでて「面白い!」と思えるシナリオ彼女たちにも与えてくれ頼む。


ストーリーストーリーを読みました。

正直に言いますと、

まっっっっっっったく面白くなかった。

なんだあれ。あそこまで面白くないシナリオ作れるの才能か?????

お餅をつくやつも正直面白くなかたったけどまさかあれを更新するシナリオなんてある???なんで???


一回落ち着きます

私は一応アンティーカの幽谷霧子ちゃん推します最初からずっと彼女と「W.I.N.G」で勝つために戦ってきました。カードも少ない頃のシャニマスを何周もやって、初めてのW.I.N.G優勝もTrueEndも彼女でした。それくらい愛着がある子が所属してるということでアンティーカのシナリオも追ってきました。

ユニットメンバーシナリオは流石に引けてない限定P-SSRも沢山あるのでその辺りは触れず、基本的に全ユーザー平等に見れる「アンティーカ」のシナリオを見た上で話を進めようと思います




そもそも基本無料ガチャゲームで「限定SSRを見てないと面白くない、全ユーザーが見れるイベントシナリオ」を入れるのはナンセンスだろ。だったら月額制とかにしろって話なんですけどね。「見てた方がシナリオに深みが出る」とかならまだわかりますけど。





話がそれました戻ります




※ここからネタバレ込み、かつ長いです。




ストーリーストーリー

まず導入が面白くない。読み手に続きを読ませようという熱意がまるで感じない。なんだあのギャグ??あれだけ不穏()な予告したのに??

何が全米が泣いた映画じゃしょうもな。あの導入で「これから面白くなるから読んでくれ」ってさせるのは正直厳しいものがある。






正直この時点で読むモチベがほとんど消失したし「あぁ前回(お餅をつこう)みたいになんとも言えないシナリオなんだろなぁ」という気持ちになったので知り合いを通話に付き合わせて読むことに。今思えば完全に巻き込み事故でしたねこれ。






ここからアンティーカのテラスハウスみたいな生活の話が始まるんですが、まぁ正直にいうと見どころは特にない。4話まで本当になにもない。無。虚無。最後重要伏線なんかも当然ない。








ざっくり言っちゃえば

「恋鐘と三峰の次の仕事の為になるべく長く収録できるように頑張ろうーおー!でも番組側ががまみみと咲耶と霧子があんまりウケないかテコ入れかさっさと終わらせようとしてるみたい!いったい私たちの共同生活、どうなっちゃうの~!?

こんな感じ。ここまで全体の半分を使ってるのにほぼ進展なし。なんだこれ。一応フォローするなら4話の最後あたりでようやく話が動き出すがあまりに遅い。普通アニメだったらとっくに切られてるぞお前。






まぁ咲耶ちゃんと「番組取れ高のために頑張ってみたけどダメだった」と正直にメンバーに言えて相談できた点は良かったと思う。いや感謝祭シナリオ後と考えればそうであって当然なんだけども。






さて5話。先ほど述べた咲耶とまみみ、霧子たちが行ってた取れ高取れ高にはなってない)の映像を見て三峰がアドバイスをする。ただこれがあまりに正直かつストレートだったため番組側に意図しない方向に編集放送されてしまう。おまけに三峰が真のリーダーなんて意見SNSで現れてどうしましょう、というのが大まかなあらすじ。



ここが正直、今回のイベントで一番やらかしポイントだと思う。恐らく書き手側としては感謝祭シナリオ咲耶にように三峰を切り崩したかったのだろう。そして今回は意図しない番組側の編集SNS話題という2つの外的要因で崩そうとしたのだと思われる。




ただ悲しいかな、アンティーカには絶対無敵の最強ポジティブリーダー月岡恋鐘がいる。彼女がいる以上アンティーカが外的要因で切り崩されることはまずない。言われない中傷だろうが意図しない編集だろうが彼女がいる以上「それはなにも知らない人が勝手に言ってるだけ。ウチらはウチら。」と間違いなく言うしメンバーもそれに付いていくのは、今までのシナリオ及び月岡恋鐘というキャラクターを考えれば容易に想像がつく。




そもそも感謝祭シナリオ面白かったのは咲耶が1人で抱え込みすぎた結果起きたすれ違いであり、内的要因では月岡恋鐘の対応は後手になってしまうことを考えれば三峰もその方面で切り崩すほうが面白いシナリオになったと思われる。三峰結華という人物にも切り崩せそうな素材は沢山あるわけですし。(未だに信用してるはずのメンバーにさえオタクを隠そうとしてる性格とか。)

前と違ったアプローチで切り崩したかったというのもわからなくはないが、それでシナリオ面白くなかったら意味がない。特殊調理法を使って美味しくない料理ができるならシンプルで美味しい料理の方が絶対いい。





そんなこんなで6話と最終話。アンティーカは「この家でアンティーカで居れないならこの場所にいる必要がない」と家出を決意し、その後なんやかんやで戻って番組方向性自分たちなりの「ストーリー」として舵を切り直し、収録は上手くいくのでしたお終い。






なにこれ。

読了後の正直な感想だった。

やろうとしてたこともなんとなくわかる。わかるのだけど、ただただ面白くない。






ここも一応フォローするのなら霧子が「絵本ときみたいにストーリーを作ろう」「嘘があっても”本当”のアンティーカがないのは寂しいから」等の台詞は良かったと思う。(特に後者は、変わらない本当の自分を受け入れて進む決意をしたW.I.N.Gシナリオの後の幽谷霧子だからこそ説得力が増す台詞だった。まぁ今までそういう台詞がほぼなかったのも問題だが。)





さて、終盤の展開だがどうもどうも私のなかで言い当て妙な表現が思いつかなかった。それくらいの虚無で読んでいた。

そのためここではTwitter感想でよく見かけた「VS世界」という表現を使わせてもらう。







「VS世界」。行き過ぎた編集をした番組側の想定する「ストーリー」を自分たちなりの「ストーリー」にしてやろうということなのだろう。






は?


いや仮にそうだとして演出下手か?そもそもその「VS世界」みたいなやつは「薄桃色にこんがらがって」で既にやったし、もっと言えば「Straylight.run()」の時点で既にやっている。そして、前者は個々人の想いと、たとえ敵わないと思っても「それでも」と自分に正直に心のままに挑むシナリオ後者は「世界」側が想定してる理不尽フィールドで時には自分の想いとは違うこともある、それでもそんな理不尽に勝つために戦うための始まりシナリオ、という形できれいに、そして「面白いシナリオだった。







ストーリストーリー」にはそれがない。いや無くはないが正確にいえば「薄桃色」と似た切り口で「薄桃色」の焼き増しのようなシナリオになっている。

正直、「アンティーカの内的要因による切り崩し」は感謝祭と被るから避けたのに、「VS世界」の構図は焼き増しというのはちぐはぐな印象が強い。おまけに焼き増し元のシナリオより全く面白くない。最悪の2番煎じである。(そもそも2番煎じというのも「薄桃色」に失礼である







別に「VS世界」という構図のシナリオが悪いとは言わない。同じ構図で面白いシナリオゲームは沢山ある。結局は調理の仕方が恐ろしく下手なので、どこかで見たような面白くないシナリオになってしまう。今回の「ストーリーストーリー」がまさしくそれだった。これでシナリオには2重、3重でチェックが入っている(2周年記念インタビュー参照)というのだから驚きを隠せない。なぜ通した。もっとやりようはなかったのか。他のユニット話題になるほど面白いシナリオをもらっているなかで、アンティーカが好きなユーザーはどうすればいいんだ。






私は恐らく今後アンティーカのシナリオには一切の期待をしないと思うし、なんなら今回のシナリオで愛想がつきた。(もともと「お餅をつこう」が微妙だったことと、幽谷霧子ちゃんシナリオがあまりにも酷い内容が多いので冷めかけてはいた)

なのでこれを期に他に好きなアイドルユニットの方を優先すると思う。いくら愛着があるアイドルでもいつまでも面白くないシナリオばかり見続けるのは苦しい。別のアイマスシリーズで似た経験をしたのでもう沢山だ。





アンティーカを救って欲しい。きちんと「面白い」と言えるようなシナリオを書いて、他のユニットと並ぶくらいにしてほしい。





最後

これはあくまで書いてる私、個人の感想駄文で他の方の意見や考えを否定するつもりはありません。

こういうアンティーカが好きなオタクも居たんだな程度に思って頂ければ幸いです。

ガルちゃん右派が多いけど、あそこの書き込みを見ていると、

民族的にがるちゃんの住人と同じ輩であることが嫌になってくる。

日本という小国に住む棄民はとっとと滅びやがれ!という気持ちになる。

あそこの住人は反日反日...と叫ぶけれども、そう強く出れば出るほど、

日本への愛着が薄れる。当本人からすれば愛国心を持つ人が

増えることを期待しての行動の結果なんだろうが、なんとも皮肉なことだ。

2020-04-29

ありえたSAC2045

リリース一ヶ月前にファン掲示板で願っていたこと:

今回のシリーズは11年後だから、多分サイボーグの死とはとか、不死性について触れられるのではないか。歳を取らない少佐と歳を取る生身の人間たちの対比は面白いだろう。おそらく荒巻引退していて、トグサが指揮を撮るのではないか

実際のSAC:

11年経ってCGで作り直した結果、メンバーはむしろシワが無くなったりして若々しくなった。メンバー関係性はなにも変わらなかった。特に深いテーマメッセージ性が伺われることはなく、何かよくわからない超人敵役として出てきた。



メッセージ性の無さとか、やたらとハリウッド映画っぽくなった無意味アクションとか、軽薄になったキャラクターとか、不自然予算がかかってないCGとかは、まあ目をつぶれなくもないけど、江崎プリンはまじやめてほしかった。

サポートまで含めてなにも変わっていない九課メンバーに変化を加えるために、続編で全然違うキャラを入れるっていうのはよくある手だ。だから、外見が変でも、性格が浮いていても、以前のキャラの影が薄くなっていてもいいだろう。でも、演出として、最低限、リアリティレベルは揃えるべきだ。あまりに動きがアニメテンプレート通りで現実離れしていて、CGの低いクオリティと相まって、見ていてつらかった。

プリン」という名前の不自然さは作中でも指摘されていたし、バトーへの不自然愛着とか、タチコマの手なづけ方とか、超優秀な情報取得能力とかを考えると、実はAIだったりするんだろうか。それなら不自然リアクション説明がつく。でも、「捜査現場から」って言ってみたり、笑顔から自然さを感じ取ったり、人間臭さもあるんだよな。まったくわからんありがちなのは親との関係が悪くてトラウマ抱えててバトー父親投影しているとかだけど、もうちょっとひねって欲しいなあ。


あーあ。サイボーグとか電脳の老化とか死について考えるSACとか見たかったなぁ。老人が銀行強盗するとかじゃなくてさあ。まあ、続編も見るんだけどね。できるだけ江崎プリンを視界から外すようにしながら。

2020-04-28

初心者が、格闘ゲームの『調整』という名の『処刑』を初めて味わった

初めて匿名ダイアリーを使わせてもらう。

自分はそれなりに平均的なゲーマーだ。

SFC世代に生まれスクエニRPGにハマり、

カプコンアクションゲームに胸を熱くさせ、任天堂で育った人間だ。

年を重ねてゲームの頻度自体は減っていったが、

それでもまだまだ新作PVを見ては心ときめかせて、今はFF7Rを少しずつ進めている。

歳のせいかリメイク版ではクラウドが可愛くて仕方ない。そんなゲーマーだ。


さて、今回は格闘ゲームについてお話する。

格闘ゲームを初めて触ったのは、ストリートファイター2だ。

幼少期、友達の家でわちゃわちゃ騒ぎながら対戦した。

波動拳を打つことができるTくんが猛威を振るったが、友達同士の対戦は無性にしかった。

負けるたびにコントローラーを交代して、みんなで打倒Tくんと、一丸となった。

それからも、格闘ゲームにはちょこちょこと手を出していった。

キングオブファイターズギルティギア鉄拳バーチャファイターなど、

ただ、どれもひとりで遊んだことはない。

友達の家や、ゲームセンター。あくまでも、その場で遊ぶだけの対戦ツールとしての楽しみ方だ。

から、ひとりでうまくなるために一生懸命努力したことはなかった。

から勉強も、授業を聞いているだけでそれなりにテストの点は取れたから、

きっと、似たような感覚だったのかもしれない。

もちろん新作が出ると手を出して、オンラインで対戦したこともあったけれど、

画面の向こうの誰かの存在を感じることができず、

「昔遊んだ格闘ゲームとは、なんだか違うゲームだな」と首を傾げたりして、

格闘ゲームは結局、自分には合わないんだと思い込んでいた。

それよりデビルメイクライでお手軽簡単なかっこいいコンボを試したり、

無双シリーズバッタバッタとザコ敵を薙ぎ払うほうが、遥かに楽しくて、気持ちよかったのだ。


そんな折、『グランブルーファンタジーヴァーサス』という格闘ゲームが発売した。

ソシャゲグラブルを題材にした、2D格闘ゲームだ。(ストリートファイター2みたいなやつだ)

格闘ゲーム自分にとって敷居の高いものだと思っていた私だが、

グランブルーファンタジーヴァーサス(以下GBVS)については、ちょっと手を出してみようかな、と思った。

理由は3点。

ひとつネット上の付き合いのある友達が、何人かプレイすること。

近年はDiscordなどのボイチャ環境が整ってきたため、小学校の時のあの間隔を味わえるのではないか、と淡い期待を抱いたのだ。

2つ目は、誰もが1から始める新作タイトルであること。

これなら格ゲーの浅瀬をちゃぷちゃぷしていた自分でも、そこそこ戦いを楽しむことができるのではないだろうか。

3点目。これが大事だった。そもそもグラブルをやっていた自分にとって、

あのかわいいキャラを操ることができるのは、非常に楽しそうだったのだ。

ジーちゃん最初から使えないことには憤慨したものの、それはじゅうぶん手を出すに足る理由だった。

プレイするたびにすぐ辞めるのが、いつもの私の格ゲーにおけるパターンだ。

今回もそうなるんだろうな、という予想が、どこかにあった。

ともあれ「またすぐ辞めてるw」と友達に冷やかされるのも、悔しいので、

続けるための努力はするべきだろう。


さて、始めるとなれば、キャラ選びだ。

これが大事であるということは、今まで数多くの格ゲー挫折していた私は痛いほど知っている。

まるで永遠の伴侶を決めるかのように、慎重になるべきだった。

私はペルソナ4が大好きで、その格ゲーが出るということで、狂喜乱舞したことがある。

その際は、最愛の伴侶として千枝ちゃんを選んだ。千枝ちゃんと添い遂げようと思ったのだ。

けれど……私は、挫折した。

まりにも難しかったのだ。

キャラ愛だけではどうしようもならない壁が、そこにはあった。

私は千枝ちゃんを愛することができなかったのだ。

結果、私はペルソナ4の格ゲーごと、やめてしまった。

その反省から、今回は好きなキャラにこだわるのはやめよう、と思った。

簡単で、それなりに強くて、動かしていて楽しいキャラがいい。

できるだけ気楽にお付き合いができるような、そんな人だ。

私は『カタリナ』という女騎士を選んだ。

しかし、カタリナさんと結婚する気はなかった。


本家グラブルにおいて、カタリナさんはそれほど人気の高いキャラではない。

女性キャラとしてはむしろネタ枠で、グラブル内で連載されている4コマ漫画でも散々弄り倒されている。

私自身も、ヴィーラさんは好きだったけれど、カタリナさん自身はいい印象も悪い印象も、なにも抱いていなかった。

なので「まあ、ジーちゃんが追加されるまで、お付き合いをお願いします」という気分で、彼女の手を取った。

彼女はこんな不誠実な私にも、「よろしくな」と微笑んでくれた。

交際を始めると、カタリナさんは確かに動かしやすキャラだった。

必要なパーツはなにもかも揃っている。炊事も洗濯掃除もできて、さらに素直な性格だ。

実際、カタリナさんはどのプレイヤーからも「強いキャラ」と言われていて、

自分がうまくなればなるほど、誰にだって勝てるポテンシャルを秘めているらしかった。

一緒にゲームを始めた、格ゲーに詳しい友人は「君がカタリナを選んでほっとした」と言ってくれた。

間もなく、格ゲーにおいて、操作簡単である、ということの重要性を私は初めて思い知ることとなる。


少し話は変わるけれど、

格闘ゲームは複雑なジャンケンだ。

誰もがグー、チョキ、パー以外に、

ギョス、メランダポポポチーノ、アラモ、ショポーリ、スイギョー(適当)などなど、

30個ぐらいの手をもっている。

ギョスという手はポポポチーノ、アラモには負けるものの、

スイギョー、ショボーリ、パー、ニャフ、など4つの手に勝てる。他の24個の手とはあいこだ。

こういったことを、毎瞬毎瞬、頭の中で考えながら、試合を進めていくゲームだ。

難しいのだ。

複雑なルールが覚えられない私にとって、カタリナさんは救世主だった。

カタリナさんは、グー、チョキ、パーの三つさえ覚えれば、だいたいなんでもできた。

キャラが30個の手を使いこなしてくる中、カタリナさんの手は三つで足りた。

初めて見る相手に、「えっ、なにその技!? どうやって対応すればいいの!?」と度肝を抜かれる攻撃をされても、

自分で調べてみれば、「なるほど、これは実はチョキで勝てる手だったのか……」とすぐに答えが用意されている。

対戦して、一方的にやられて、自分で調べ物をして、そしてまた対戦をする。

すると今度は、相手のゾゾゾジゾという手に勝てるチョキを用意した私が優勢に戦える。

対戦相手も私がチョキを連発するようになると、そのチョキに勝つ手を用意してくる。

これを繰り返していくと、私はいつの間にか、さっきまで手も足も出なかった相手と五分に渡り合えるようになった。

楽しい

楽しくて、毎日GBVSをやった。

昨日あれほどボコボコにされたフェリに対して、一晩練習しただけで、それなりに勝てるようになるなんて。

すごい。

格ゲーってこんなに面白いものだったのか。


どんなに強い相手でも、カタリナさんがいれば「いずれは勝てるようになるかも」という希望を抱いた。

今まで私は格闘ゲームを誤解していたんだ、と気づいた。

私は格闘ゲームゲームの上手い人がやるゲーム、という認識でいた。

バイオハザードゾンビに一度も捕まらないようにスイスイプレイする人が遊ぶものだと思っていたのだ。

けれど、違った。

格闘ゲームというのは、非常に複雑なジャンケンで、相手の行動に対してこれをすれば勝てる、という手を用意しておくゲームなのだ

大事なのは反復練習と、調べ物だ。

こんなにシンプルゲームだったのか……と目からウロコが落ちた。

もちろん、それを教えてくれたのは、カタリナさんだった。

「カタリナさん、本当に強いね

「なあに、私を上手に操ってくれる、キミがいてこそだよ」

カタリナさん……。

つの間にか、私にとって彼女はかけがえのない大切な存在になっていた。

よくよく見れば、顔もめちゃくちゃ美人だった。

(余談だが、先日本グラブルにおいて開催された水古戦場においてカタリナさんが使えて嬉しかった)




私はカタリナさんとともに、反復練習、そして調べ物を続けた。

負けては調べ、負けては勝てる手を考える。

少しずつ成長していった。


共に初めた友人はSSランクというメジャーリーグみたいな場所に旅立っていったけれど、

私もAランクというマイナーリーグでそこそこ戦えるようになっていった。

なによりも、自分が徐々にうまくなっていくのが楽しかったのだ。

私の実力があがると、カタリナさんはますますその力を発揮し、期待に応えてくれた。

いや、違う。私がカタリナさんの期待に応えれるようになったのが、嬉しかったのだ。

私のそばでは「キミは日々強くなっていくな」とカタリナさんが微笑んでくれていた。

彼女出会った頃よりわずかに……いや、明らかに綺麗になった。(私は強めの幻覚を見るようになった)

途中のバージョンアップでもともとの本命であるジーちゃんが追加されても、

私はカタリナさんのまま、GBVSを続けていった。

「本当に、私でいいのか……?」と恥じらうカタリナに、私は大きくうなずいた。

「当たり前だよ。私にとって、カタリナさんがグラブルなんだ」

私たち結婚した。


社会人ゲーマーになると、とにかくゲーム時間を捻出するのが大変だ。

積みゲーもたくさん増えてきた。

そんな中、回転寿司のように、次々と新しいゲームに手を出してはクリアーしていくのが、私の最近スタイルだった。

ストーリーのないゲーム時間をかけるのは、無駄だと思いこんでいた。

けれど、GBVSは違った。

すでにこの時点で私は、2000試合以上もプレイしている。

こんなにものめり込んだ格闘ゲームは、初めてだった。

多くのゲームを後回しにして、GBVSをプレイした。

それだけ多くの時間、私はカタリナさんと共に過ごした。

そして、4月28日

バージョンアップの日がやってきた。



先に言っておくと、カタリナさんは確かに強かった。

一部のプレイヤーから反感を買うほどに強かったのだ。

「仕方ないさ。格闘ゲームというものは、バランス大事なんだ」とカタリナさんは寂しそうに微笑んでいた。

から、ある程度の弱体化が入ることについては、私も納得していた。

しょうがないよね。調整ってよくある話だし」

といっても、これは『頭で』納得していた、というだけの話だ。

よく格ゲーでは「修正しろ」だの「弱体化はよ」だの、声が多く上がる。

実際に私も、スマブラDXで友人のフォックスに宇宙の果てまで蹴り飛ばされた際には「修正しろ!」と叫んでいた。

だけど、私は本当の意味での『修正』という言葉を知らなかったのだ。

なぜなら今まで、本気で格闘ゲームに向き合ったことなどなかったからだ。

一夜限りでの付き合いしかなかったから。

カタリナさんが弱体化された。



PS4を起動し、技を確認して、すぐにわかった。

私の顔はたちまち青ざめた。

唖然とした。

メインで使用する近Bがなによりも、破格の弱さになっていたのだ。

近Bという技は、どんな状況でも万能に使える最強のチョキであった。

多くの手に勝つことができて、コンボでも重要役割を担う、カタリナさんの愛刀であった。

なによりもモーションがかっこいい。レイピアを高速で振り下ろすと、空気を切り裂くようにそのしなりが見て取れる。

カタリナさんの力強さ、そして剣に懸ける想いがこれでもかと伝わってくる、袈裟斬り。それが近Bだ。

その近Bが、死んでいた。

アップデート情報ではたった二行で片付けられた修正だ。

『硬直を増やしました』『認識間合いを狭くしました』というそのたったふたつの言葉で、

カタリナさんの手触りはまったく変わっていた。

私は震える声で問いかける。

「カタリナさん、カタリナさん、大丈夫……?」

するとカタリナさんは笑顔でこう言うのだ。

「私はカタリナだ。これからよろしくな」と。

そう、気づいた。

たったひとつの技が弱くなったそれだけで、カタリナさんは、

私が2000試合も共に歩んできたカタリナさんは、

まったくの別物になってしまったのだ。


私の結婚したカタリナさんは、もうどこにもいない。

これからは近Lという、漫才ツッコミみたいに手の甲をぺちっと突き出して柄で殴る技を、メインに使わなければならない。

「近Bか? しかしあの技は、使ったところで仕方ないだろう」

このカタリナは苦笑いをする。

「ガードされて1フレーム不利だ。立ち回りで振るような技じゃない。私はそういう戦い方はしないんだ」

違う。私のカタリナさんはそういう戦い方をする人だった。

私のカタリナさんはどこにいったの?

私の最愛のカタリナさんは、消えてしまったのだ。

格ゲー初心者が、毎日300回ずつ練習をして、

ちょっとずつヒット確認ができるようになっていった遠Cが弱体化されたことなんて、どうだっていい。

突進技のダメージが減った? それがなんだっていうんだ。

色んな所からヘイトを集めているJUなんて、削除してくれたって構わない。

から、近Bを、近Bを返してくれ。

せめて微不利じゃなくて、五分にしてくれ。

私のカタリナさんは、2000試合で少なくとも近Bを2万回以上は振り回した。

トレーニングモードを合わせたら、その5倍はいくだろう。

その技が、処刑されたのだ。

格闘ゲームの『調整』がどれほど恐ろしいものなのか、私は初めて味わった。

セーブデータが消えるんじゃない。自分が今まで積み上げてきた『努力』が無かったことにされるのだ。

まりにも悔しくて、悲しかった。

こんな長文を書いてしまうほどに、気持ちの行き場がなかった。

ただ受け入れることしかできない突然の交通事故に遭ったような気分だ。

有名プロゲーマーが「なによりも調整を恐れている」という発言をした際に、私は「そういうものか」と思っていた。

弱くなったキャラを捨てて、すぐに強いキャラばっかり使う人のことを「キャラ愛着がないんだなあ」と思っていた。

バカだった。

キャラとは、外見や名前だけのことじゃないのだ。

私のカタリナさんは、間違いなく近Bを主軸に攻め込むカタリナさんだった。

だけどもう、そのカタリナさんはどこにもいない。

別物だ。

これから格闘ゲームプレイするたびに、私は、

「でもどうせ弱体化されるんだろう」という想いを抱いて、遊んでいくのだろうか?




ただ、ひとつだけ言わせてほしい。

ありがとう、カタリナさん。

あなたのおかげで私は、強くなるために努力することの大切さを知りました。

あなたのおかげで私は、格闘ゲームの楽しさを初めて知ることができました。

これは私があなたへ送る、最初最後ラブレターです。

あなたがいなくなったグラブルを愛せるかどうかは、まだわかりません。

しかしたら別の恋人を見つけて、恥知らずグラブルを続けるのかもしれません。

だけど、あなたがいてくれたから、私は幸せでした……。

ありがとう、カタリナさん。あちらへいっても、元気に近Bを振り回してください。







あいうて、新しいカタリナさんでも、それなりに戦えそうではあるんだけどね……。

操作感が変わる調整は、やっぱつれぇわ…………。

某船旅の返金800万円が3年間分割返金

というツイートを見て、、、うわぁ、となった。

はい、私、元乗客

しかも2回乗ってます


とはいえ若さ語学力に任せて、2回とも

ボランティア制度でほぼ無料で乗ったのですが。

(その分しっかり働いた)


良いにも悪いにもどっちも大きくふれた船旅だったか

正直、冷静にこのニュースを見ることができない。

もちろんお金払った人ほどでは無いけども。

よくも悪くも「若い会社から可能性にかけたり

やる気を買ってくれた。

から私みたいな未熟者でも1度は挑戦を許可してくれた。


そして、やっぱり若い会社から、豪華客船会社のように

一括返金とか社会的責任をきちんと果たせるかどうかは正直

難しい。


こんな事態は誰も想像しなかっただろうし、常に

自転車操業のところがあったから、返金を先延ばしにしてでも

新しい乗客を集めるには躍起になっているのは想像に難くない。


個人的にはすごく恩義を感じているし、愛着もある。

この船に乗らなかったら、今の私のキャリアはないし、

親友にも出会えなかった。

お世話になったスタッフの方達の顔思い出すと、

胸が痛むけれども、帰国後1度も会ったことがない人達でもあるし

もはや過去のつながりなんだよな。


あの悪名高きエコシップも、乗船時に説明を聞いてたけども

その時から、うん?って思ってたし、コロナがあったことで

22年の出港は難しいんじゃないかと思う。


私がボランティアスタッフとしてポスターを貼った頃でさえ

風あたり凄い強かった。

今もけなげに貼っている人たちいるだろうけど、きっともっと難しくなってるんだと思う。


しかたらこの先何年かしたら、私にとって一生の思い出だった

この船の事は口にできなくなるのかもしれない。

思想とか政治的なところはとにかく、何のお金も力もない若者

世界を見せる場としては、私はとても素晴らしいと思っていたのだけど。

いかんせん力がない、お金がない、夢だけはある団体

難しいんだろうなぁ。


思うのは、私がお世話になった人たちが、批判中傷の的にされないこと。

万が一解体されることになったとしても、彼らの行く場所ちゃんとあること。

ただそれだけです。

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