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2019-06-10

anond:20190610105106

藤本君「味噌という調味料は『うますぎる』…それが最大の弱点なんです」

2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

2019-01-05

anond:20190105020924

日本同性結婚が認められていない現状が違憲であるかどうか争った裁判はまだない。

ただし、憲法24条1項に「両性の合意」「夫婦」という文言があることから憲法学者の君塚正臣は、同性結婚憲法の想定されたものではなく憲法問題と認められずに棄却されると推測している[3]。

自身同性愛であることを公表している市民活動家明智カイトは、司法関係者の間に「憲法改正しなければ、同性婚は法的に成立しない」という意見があると述べている[4]。一般社団法人平和政策研究所によると、憲法は「結婚が男女間で行われることを前提」とし「同性婚を認めていない」とする解釈が「現在憲法学界の主流派解釈であるという[5]。過去には青森県憲法24条の規定理由同性婚の届出が却下されたこともあった[6][7]。法学者植野妙実子は憲法24条を根拠同性婚違憲論を唱え[8]、憲法学者の八木秀次憲法規定は「同性婚排除している」と主張し[9]、弁護士藤本尚道も「明確に『両性の合意のみ』と規定されていますから、『同性婚』は想定されていないというのが素直な憲法解釈でしょう」と述べている[10]。法学者辻村みよ子憲法24条の規定が「『超現代家族』への展開にブレーキをかけうる」として同性婚合法化障壁になっているとの見解を示している[11]。

一方で、憲法学者の木村草太は、憲法24条1項は「異性婚」が両性の合意のみに基づいて成立することを示しているにすぎず、同性婚禁止した条文ではないと説明している[12]。弁護士の濵門俊也は、憲法24条で規定されている「婚姻」には同性婚が含まれず、憲法同性婚について何も言及していないため、同性婚法制化は憲法上禁じられていないと考察している[13]。また、憲法第14条を根拠同性婚を認めるべきだという見解存在する[14]。セクシュアル・マイノリティ問題に取り組む弁護士行政書士司法書士・税理士社会保険労務士などで構成するLGBT支援法律家ネットワークは、2015年12月、「『憲法24条1項は同性婚否定していない』というのが憲法趣旨や制定過程を踏まえた正しい解釈です。したがって、日本同性婚制度をもうけたとしても、憲法24条1項に違反することにはなりません。日本憲法同性婚制度禁止するものではないということは、憲法学者、民法学からも有力に唱えられているところです」とする意見書を公表した[15]。

2018-09-09

反「中世学者コスプレ」論

 東洋経済記事世界レベルで「大学崩壊している」根本原因』(https://toyokeizai.net/articles/-/235823)を読んで、大学先生方のあまり時代錯誤ぶりに唖然とした。東洋経済サイトにもコメント投稿したのだが、この討論参加者の一人である藤本夕衣氏の『反「大学改革」論』をもじって、反「中世学者コスプレ」論と銘打ってさらに詳しく批判をしてみたい。この討論の結論部と同様に筆者も基礎科学人文学にも税金を投入すべきだと思うが、一方でこれらは実用性の期待が低いことを考慮して、あるべき規模を考えるべきだとも思う。

大学危機の構図

 件の討論では、まず、日本に限らず欧米でも新自由主義によって大学特に人文学)が危機さらされていることを概観し、その原因を中世から大学史に求める。端的に言うと、大学に残る中世的要素(真理探究称揚世俗価値との隔絶)と近代合理主義的な社会的要請(実利や実用性の要求)とが齟齬をきたしているのが、危機の真因であるという。大略、以下のように要約できる(1-5ページ目)。

 大学中世ヨーロッパの神学に端を発したため、世俗価値(例えば、国家の発展や実用性)とは隔絶していた。大学理念ベース神学から近代啓蒙思想に変化した後も、しばらくは神学的な気質を引き継いで「大学人間の理性に基づく真理の探究の場である」という、世俗価値から隔絶した立場を維持した。

 ところが時代が下ると、大学での基礎科学研究経済力や国力に直結することが意識され始めた。加えて、大学理念から「神への奉仕」が消えたことにより、大学自治根拠が「国家の介入を拒否し、自由研究活動を展開したほうが、国や社会に大きなメリットをもたらせる」というものに変質した。このような考え方は世俗価値自体評価していることを意味し、大学それから隔絶するのを弱めた。

 近年の大学改革も同じ構図である。今なお大学が維持する神学気質の「真理探究」という理念近代合理主義から派生した新自由主義によって攻撃され、世俗的な価値である実利(産業競争力向上に資する研究グローバル人材の育成)を大学に求める力が強くなってきている。

中世学者コスプレ

 ここまでは中々興味深い議論だと感じた。しかし、最後の6ページ目で驚くべき主張が展開されている。中野氏は「大学とは天才を飼っておく場所」だと言う。他の三氏もこの意見同意している。少し長いが引用しよう。

中野:僕は研究機関としての大学は、効率性を求めるべき場ではないと思っているんです。(中略)そういう人たち(引用者注:本当に学問が好きで学問に優れた人間)は権威主義も何も一切関係なくて、「とにかく研究させてくれ。研究費だけ出して、あとは放っておいてくれ」と、それだけ思っている。たぶんそういう人たちが世の中には必要なんです。好き放題にやれと言われて、100年後に認められるような成果を出す人間というのが、この世に0.003%ぐらいはいて、われわれ凡人は「そういう人間必要なんだ」と寛容に認めなくてはいけない。」

 本当に学問が好きで学問に優れた人間は、権威主義には関心がないが、なぜか研究費は出して欲しいらしい。しかし、「研究費もいらないから放っておいてくれ。自ら集めた寄付や自費で自由研究させてくれ」という経済的覚悟研究するのが、ここで議論されている天才ではないのか。

 産業振興等とは独立した真理探究という、世俗から超越した価値を解きながら、研究費を求めるという世俗要請を行うことに、中野氏や賛同した御三方矛盾を感じないのだろうか。真理探究の重みに比べれば一国の産業振興など軽いと考えているのであれば、一人の研究者の経済状況など取るに足らないものだろう。ご本人達が「本当に学問が好きで学問に優れた人間」ならば、世俗的な国家から隔絶して税金に頼らず自費で研究をすればよい。あるいは、ご本人たちは運悪くそのような天才ではないが、「われわれ凡人は「そういう人間必要なんだ」と寛容に認めなくてはいけない」と言うならば、そのような天才のために寄付をし、富裕層パトロン探しに奔走してはどうか。中世学者の大部分は税金に頼らずに研究をしていたのだ。

 それを実践すれば大学危機など問題にもならないだろう。何せ今、問題視されているのでは高等教育研究における税金の使い方であって、税金に頼らない学術研究は誰も問題にしていないかである

 しかし、おそらく彼らはそのような中世的な学者になりきることはないだろう。それにも関わらず中世学者称揚するようなことを言う彼らを、私は中世学者コスプレと呼ぶことにしたい。

反「中世学者コスプレ」論

 一方で、基礎科学人文学研究にも税金が投入されるべきだと私は考えている。ただ、その根拠中世学者コスプレに求めるのではなく、実用性という世俗価値に求めるべきだと思う。冒頭の「大学危機の構図」で触れたように、時代が下るにつれて大学側が世俗価値に寄せてきているのだから、これをさらに進めるのは自然なことだろう。

 私は以下の考えに基づいて、あらゆる学問への税金投入を正当化したい。

 まず、あらゆる学問には実用性の可能性を見出せることに注目しよう。例えば、法学医学工学はもちろん、歴史学文学哲学にも実用性の可能性が見いだせる。歴史学は、歴史小説創作において舞台装置を与え、歴史ドラマ制作時に時代考証の基盤を提供する。同様に文学哲学も、小説ドラマ創作においてインスピレーション作家提供するだろう。マイナー外国語も、遠い将来に日本がその地域貿易を行う必要性が生じるときに、実用性を発揮することを期待できる。

 したがって、あらゆる学問研究には税金投入が正当化できる。実用性が期待できるもの税金を投入するのは合理的なことだからだ。

 しかし、ある学問知識実用に転換する難易度(以下、実用転換難易度と呼ぶ)は、それぞれの学問によって大きく異なる。例えば医学であれば、医師はその教科書知識を直接的に利用することで患者を救うことができるだろう。医学知識治療という実用に転換する難易度は極めて低い。他方、歴史学場合医師よりもはるかに少ない歴史小説家や大河ドラマ制作者でなければその知識実用に供する場面が存在せず、しかもその知識の利用方法医学場合ほどには一定しない。したがって、歴史学知識創作という実用に転換する難易度は極めて高いといえる。

 したがって、実用転換難易度に応じてその学問への税金投入額が決まるべきである。その難易度が低い学問医学工学)ほど税金投入を多くし、その難易度が高い学問歴史学文学)への税金投入は少なくすべきである基礎科学は両者の真ん中ぐらい)。

 これはもう少し具体的に言うと、実用転換難易度が高い大部分の人文系学問旧帝国大学などのトップエリート校に限定して税金を投入すべきである、ということに帰結する。少数のトップエリート校の教授学生には税金を投入して手厚く保護しつつ、残念ながらそこに至らない方々は完全に私費大学運営するなり、大学の外で別の仕事をしながら研究を進めてもらうなりする他ない。中野氏も、本当に学問が好きで学問に優れた人間はごく少数だという趣旨のことを述べているのだからトップエリート校のみを保護すれば問題ないだろう。

 大学理念存在意義に実用性を真正から据えれば、以上のような結論になる。

 もちろんこれは単なる思いつきであるしかし、中世学者コスプレオタ芸よりは説得力があると考えるのだが、いかがだろうか。

2018-08-15

行方不明の2歳男児 発見

山口県警によると、藤本理稀ちゃん(2)は、帰省先の曽祖父付近発見された。発見時には成人男性と一緒だった。

男性は近隣の住民ではないとみられるという。

おっと…いきなりきな臭い情報きたよ…

2018-07-01

2003

安倍石川加護>辻>高橋紺野藤本矢口吉澤亀井田中道重飯田新垣小川

2004

石川藤本高橋紺野田中亀井吉澤矢口道重飯田新垣小川

2005

藤本高橋田中紺野亀井吉澤道重新垣久住小川

2006

藤本田中高橋亀井道重久住吉澤新垣

2007

高橋田中亀井道重久住新垣光井>JJ>LL

2008

高橋田中亀井道重久住新垣光井JJ>LL

2009

高橋田中亀井道重新垣久住>JJ>光井>LL

2010

高橋田中亀井道重新垣>JJ>光井>LL

2011

高橋田中鞘師>道重新垣久村光井生田鈴木

2012

鞘師>田中道重新垣久村工藤生田石田光井佐藤飯窪鈴木

2013

鞘師>道重>譜久村工藤生田石田佐藤小田鈴木飯窪

2014

鞘師>譜久村石田工藤生田牧野尾形>野中>佐藤羽賀>小田鈴木飯窪

2015

鞘師>工藤石田佐藤>譜久村牧野生田>尾形>野中>小田>羽賀>鈴木飯窪

2016

佐藤牧野工藤石田>譜久村生田小田>野中尾形>飯窪羽賀

2017

佐藤牧野工藤森戸>石田>譜久村野中>生田小田横山>尾形>加賀>飯窪羽賀

2018

佐藤牧野>森戸>石田久村小田野中>横山生田加賀>飯窪羽賀

2018-05-21

新しい言葉タイミング

今まで使ってきた言葉を捨てて今風の言葉に乗り換えるタイミングってあるじゃないですか。

ハンサム」「美形」→「イケメン

FUJIWARA藤本」→「フジモン

携帯」→「スマホ

みたいな。

私はこの手の変化がとても苦手なタイプなんですよ。中学校へ進学して間もないころ「1時間目」を「1時限目」と呼ぶのが嫌で学校へ行きたくなくなったことがあります

あと、あだ名を呼びはじめるタイミングも掴めなくて、同級生の多くが「〇〇っち」と呼ぶ友達をずっと「〇〇山さん」と呼んでいる、というようなことが何例もあってですね。

合理的理由があればスムーズに交換ができるんですが(看護婦看護師とか)ほとんどの場合、単純な流行り廃りでばんばん入れ替わってくんですよね。難儀だなあ。

みんなどういう風に言葉を乗り換えるタイミングを計っているのか、不思議しょうがない。

朝、玄関の扉を開ける前に「よーし、今日から三十路”を“アラサー”に切り替えていくぞ」と心の準備をしてるんでしょうか。

言った後に「ああ俺は今“パリピ”と言ったぞ。ついに言ったんだぞ」などと反芻してしまったりしないんでしょうか。

2018-02-08

橋本ハッシー率は異常

https://anond.hatelabo.jp/20180206205336

橋本高橋ハッシー

吉田吉村ヨッシー

増田マッスー率

牧・槙のマッキー

望月もっちー

内村内田うっちー

矢野のやのっち

北野のきたっち率

宮田のみやっち率

井上イノッチ

松本まっちゃん

松本もっちゃん率 松と本は組み合わせ自在採用率も高く優秀な漢字だな

山下やまちゃん率 山田山田

阿部あべちゃん

福田のふっくん・ふくちゃん率

松田松本松村まっつん

小松こまっちゃん

清水のしみっちゃん率

杉本のすぎもっちゃん率

山本のやまもっちゃん率

藤本フジモン

山口ぐっさん

安田のやっさん率

板垣ガッキー

三木ミッキー

山崎ザキヤマ

富田富永トミー

渡辺のナベ率

田村のタム率

小林のコバ率

木村のキム率

長谷川のハセ率

佐藤佐藤 クラス複数いる可能性が高いか名前側であだ名ついてるか

鈴木鈴木 同上。ズッキー?

加藤加藤

森は森

林は林 ハッシーありそう?

田中田中

中村は、チューソンはないよね。なかむーあたりか

佐々木佐々木

伊藤伊藤

本田本田

東、西、南、北のそのまま率

やっぱり3音以下はそのままで十分言いやすいからそのままのことが多いのかな。

斎藤とか、サイトーで3音扱いだろうし

有名人にその例があるとやっぱりなんだかんだで広まるね。(いや逆に良くある例だからこそ芸能人にもその例が見られるだけか)

2017-05-09

マニー・ラミレス見に行って来たで

GW四国アイランドリーグ初観戦

率直に、マニーの実力を評価するわ

ちなみにワイ、学生時代には大阪ドームに通い詰めで、3連戦3つとも観に行くのはザラ、社会人野球日本選手権準決勝2試合は毎年観に行ってた近鉄ファン

最近プロ野球あんまりからない

まずは四国アイランドリーグレベルから

社会人全国大会の中位くらいと思われる

四国アイランドリーグのチームが都市対抗に参戦しても、まず優勝はできないと思われる

やはり、ええピッチャープロに行きやすいし、社会人に比べて年齢も若いので、IL社会人に比べて打高投低なイメージを持った

観た日マニーに投げてたピッチャーは、社会人ならエースクラスだろうけど、ドラフトはかからなそうなレベル

スライダーカウントも取るし決めにも行けるタイプピッチャーだった

なんだろう、高2のマー君みたいな感じかなー

そんな中でみたマニー

2打席みたけど、2安打1打点

打球スピードは他の打者と桁違い

やっぱ、このレベルでは格が違うわ、というのはひと目でわかるレベル

スライダー5球見逃したフルカウントからストレートを一閃して、痛烈なセンター返しがひとつ

次もスライダー攻めの末、最後までストレートが来ず、外角スライダーをしゃあなしで打ちに行って右中間フェンス直撃

どちらもストレート待ちが完璧わかるようなタイミングの取り方だけど、待ってないスライダーも右に打てるし、ストレートも打ち損じない

まあ、このレベルピッチャーじゃさすがに無理よね、ってレベルだった

じゃあ、NPB通用するか?

それは難しい問題

かつてはウェスタンリーグも何度か観に行ったけど、かつて阪神レギュラーだった藤本近鉄で不動の1番だった大村なんかが、故障開けでファームで調整するような試合を観に行ったこともある

このようなケースでこのあたりの選手でも、ファームレベルじゃ抑えれんな、って印象を与えるほど強烈な印象を残すんよね

もし、ILファームが同レベルとするなら、フルでコンディション維持できたら、一軍でもあの頃の藤本大村と同じ程度、つまり3割程度は打てる可能性がある

ファームレベルなら確実に3割はクリアーするだろう

でも、ピッチャーは明らかにILレベルは高くなかったからなー、一軍レベルだとどうかなー

しかし、とにかく現在でも、もはや全然やで笑、みたいなことは決してない

打撃に限れば、確実に通用する

2割切るレベルでは絶対にない

控えめに予想して、、、、フルで出たら、、、、2割6分22本くらいかなー

もちろん、ネームバリュー無視すれば、マニーである必要はないと思う

が、やっぱりマニーマニーだった

見れて嬉しかったし、全国でも観てもらえたらな、という気持ちは持った

2016-12-02

アルベドで思い出したけどオーバーロードが全く乗れなかった件について

ネトゲ世界舞台にしたラノベアニメ

SAOとかタイトル忘れたけどデタ!ベス!デタ!ベス!みたいなOPと後なんか色々あった気がするけど忘れたブトゥーム?とかあと仮面ライダーカブト的な

まあ、タイトルすらまともに覚えてないけど、見てました、その辺り

でもオーバーロードは全く面白さが分からなかった

でも昔、中学のころ藤本ってやつがいて如何にも中二病っぽいやつでガンダム好きでまあ、

テンション高い系のオタクで駄目な奴だったけど、

たぶんあのノリなら楽しく見れるんだろうなっていう予想というか、

とにかく自分ターゲットに全くかすってないというのがものすごく感じられてある意味新鮮で1話だけみて、

あとで10何話かみたらそれでも面白そうに思えない全く興味もてなくて結局2回しかみてなかった

今もなんかやってるらしいけど全く見る気がおきない

面白くない興味が無いという感想しかないので作品の魅力がまるでわからないし

言われてもどこが・・?という反応をしてファン不快にしてしまいそうだから知らない方がいいのだろう

すまん、とにかく、オーバーロード見てないです

あとブトゥームは「さかもとしゃん・・・さかもとしゃああん・・・」だけは覚えてる

2016-11-14

[]藤本タツキ「シカク」(読み切り

今週はファイアパンチおやすみ

一部が終わったからかな

そんでまた読み切り

サイコパスっぽい少女殺し屋と、世界が退屈すぎるから死にたいと考える吸血鬼物語

少女は小さなころから蜘蛛をちぎって遊んだりするヤバイ面があった

成長して殺し屋になった

吸血鬼が俺を殺してみろと依頼にくる

やっぱり無理だった

でも吸血鬼は、「殺せなくてごめんなさい」と謝る少女を許した

さなから蜘蛛殺したときとか許されずに怒られてばっかだった少女はそれだけで吸血鬼にほれる

少女吸血鬼あいにいくけど、風邪だっていわれて病院に行く

少女指名手配されてたから包囲される

でもそんな銃弾の雨の中で、風邪じゃなくて恋だったと吸血鬼自分に報告するのがおかしくて、吸血鬼は久しぶりに笑って会いに行くことにする

でも会いに行ったときには少女はもう死にかけていた

吸血鬼少女の血を吸って同じ吸血鬼にする

二人はなかよく暮らしましたとさめでたしめでたし


うーん微妙だった

少女キャラはいいとして、吸血鬼キャラがなんか弱かった気がする

2016-07-06

モテキフィクションだろ

http://anond.hatelabo.jp/20160706124236

モテキフィクション

普通スペックは世の中ではモテるとは言えないし、藤本幸世がモテるというのは、いかにも漫画的展開で、ドラえもんで言うところのドラえもん存在であり、となりのトトロで言うトトロ存在と同じだ。

藤本幸世はきっと、土井亜紀から小宮山夏樹からも誰からも連絡が来なければ、一生モテないまま死んでいたはずである

藤本幸世の初期の女性に対する態度は酷かったし、林田尚子の存在がなければ終わっていた可能性のある関係も少なくない。

モテキ藤本幸世の成長物語であり、“モテキ”を通して女性と接することで今までの駄目だった自分から変わっていく。そういう話である

実際、普通スペックからモテるわけでも低スペックからモテないという訳でもないきがするけど

2016-06-05

ハロプロの思い出

後藤真希松浦亜弥藤本美貴ソロで競い合ってた時代ってなんか良かった

既にモー娘。地位を築いていてアドバンテージも十分の天才後藤、天性のスターで実力もある松浦

2人に比べると叩き上げという感じの実力派藤本が対抗していき追いつき追い越せるかという構図で最終的には全員同じくらいの売上になっていたし、これからどうなるかという所だったのに藤本モー娘。に入ったことでその時代が早くも終わったのは残念だった

結果的に当時のソログループ含めたハロプロ勢全体の寿命を縮めることになったのではという気がする


藤本美貴地声は鼻にかかった媚びるような高い声なのだが、歌声アイドルソングには不釣り合いなくらいにボーカリストって感じでこぶしが効いていて低音に迫力がある

代表曲の「ロマンティック 浮かれモード」(2002年)なんて、ポップで明るいアイドルソングなのに歌声のせいで本格的な歌手アイドルソングカバーしたような感じになっている

自体代表的になるにふさわしいいい曲だと思うが、松浦亜弥後藤真希モー娘。にしても2002年までと2003年以降では楽曲の質に差があるように思う

モー娘。は「Do it! Now」(2002年)や「AS FOR ONE DAY」(2003年)の頃も当時は売上低下してきていた頃ではあったが、まだモー娘。流行を担うような良い曲を歌うなという印象があった

藤本含む6期が加入した後あたりからアイドル性重視になってきたり、かつての尖ったセンスが衰えていったような気がする、まあ本人達でなくプロデュース側のせいなんだが

松浦桃色片想いかめっちゃホリディあたりが最も有名だろうが、曲的にはLOVE涙色100回のKISSの頃が最も良かったと思う

特にLOVE涙色ハロプロアイドルだけでなく色んな人にカバーしてもらいたいと思うほどにいい

今でもたまに思い出して聞きたくなる時がある


ソロ戦国時代が終わって、モー娘。の人気にも陰りが見えてきた後はキッズ勢の時代になっていった印象だが

キッズでいうと村上愛という逸材の損失は残念だった

ZYXかいう訳の分からん印象のグループにおいて白いTOKYOパフォーマンスは際立っていた

あれを見てハロプロキッズ時代がもうすぐ来るということを感じた

そういえば熊川哲也ラジオ村上愛ダンスを褒めてたという都市伝説の真偽は永遠に謎のままなのか…

2015-07-07

安倍晋太郎氏の危篤の際に、ゲームに興じていた安倍首相と言う話

私は「戦う政治家」に裏切られたり、最近ですと世界文化遺産登録グダグダ等を見ると、

安倍首相の主張を聞く時には、毎回眉に唾をつけ過ぎて肌荒れを起こすようで正直辟易していますが、

今回の

父親の危篤時に安部首相ゲームボーイしてた!? → 検証不足でした - Togetterまとめ

http://togetter.com/li/842759

については、そもそも叩かれる様なことかなぁ?、と。

ゲームボーイゲームギア

問題となった画像は、


私は過去ゲームギアTVチューナーパックを持っていたので、以上の特徴からゲームギア判断しました。

参考:ゲームボーイの形状 http://www.nintendo.co.jp/n02/dmg/hardware/index.html

参考:ゲームギアTVチューナーパックの形状 https://sega.jp/fb/segahard/gg/tuner.html

改めて叩かれている画像を見ると、私は藤本順一氏の「ゲームに興じていた」と言う言葉バイアスが掛かっていたのは確かなので、

ゲームギアではなく、ただのポータブルテレビかも知れませんが、

少なくとも上記からゲームをしているのではなく、TVを見ている所なのではないか?と見えます

それが一分一秒を争う危篤状況にする事か、と言う点について

私は15~20年ぐらい前の頃に、両親の祖父母四人が私の成人後に他界しています

朝方に危篤状態に陥って、日暮れを待たず他界した場合もあれば、二日ほど続いた場合もあります

両親は兄弟姉妹がそれぞれ3,4人いて、その連れ合いの人も含めて交代で見守り、

長かった時には私も同席しましたが、病室の外や待合室で出来る事は、待つこと以外にもう何も有りませんでした。

両親やその兄弟姉妹、その連れ合い、(私も含めた)孫達は、

ただ無言で待つ人、交代で食事に行く人、気を紛らわす為に雑誌を読む人、待合室のモニターをただ眺める人と、様々でした。

その実体から、「隣の病室でTVを見るぐらいはありではないでしょうか」と言えます

以下は余談です。

そもそも藤本順一氏の言う「ゲームに興じていた」と言うのが事実なのだろうか?

藤本氏の主張は、

----ここから引用----

安倍晋三の父晋太郎順天堂大学病院で闘病中、隣の病室に詰めていた秘書は、

すでに秘書官であった二男の晋三の忘れられない振る舞いについて述べている。

「父親の死期が近づき、無念の臨終を迎えるという時期に、隣の部屋でゲームに興じていた。

もちろん時間潰しというのもわかるが、何かしらやるべきことはあるだろうと思った。

彼が後継者なのかと思うと、どこかしら頼りなさを感じた。」

上杉隆氏 著 世襲議員からくり P.25より)

「本当はやりたくないんだよ」

秘書官就任当時、安倍はその秘書たちにこう漏らしている。

実際、安倍にとっての秘書稼業苦痛だったようだ。

父や父の秘書監視されている状態の中での労働は確かに辛いかもしれない。

だが、周囲の秘書がすべてをやってくれる労働環境自体は申し分ない。

実際、安倍時間つぶしに漫画を読んだり、ゲームをしたりしていた。

上杉隆氏 著 世襲議員からくり P.159より)

----引用ここまで----

から来ているのではないかと考えます

安倍首相最初総理大臣就任2006年出版された「美しい国へ」と言う著書は、ほぼ母親と祖父 岸信介首相との思い出話で、

安倍晋太郎氏については「30代は政治家修行の為に秘書をしていた」程度しか触れておらず、

何らかの心情的な物が有ったのかも知れませんが、上記のソースについては、上杉氏安倍首相との間のこれまでの経緯を見るに、

ゲームに興じていたと断定する根拠としては、いささかの疑念を挟む余地があると思います

藤本順一氏の言う「ゲームに興じていた」「だから安倍晋三が命の大切さを訴えても、私は信用できない」という主張

藤本氏の主張が

  • ゲームに興じていた」→情が薄い

なのか、

  • テレビだとしても画面を見ていた→情が薄い

なのかは分かりかねますが、

前者だとしたら、素人が「いやゲームでは無いでしょ」と判断出来るよう画像証拠とするのは弱いと思いますし、

後者でしたらば、私の実体から病院に着いてしまえば、その程度をする(その程度しかできない)事が、取り沙汰される事なのか疑問に思います

安倍晋太郎氏の危篤の際に、ゲームに興じていた安倍首相と言う話

私は「戦う政治家」に裏切られたり、最近ですと世界文化遺産登録グダグダ等を見ると、

安倍首相の主張を聞く時には、毎回眉に唾をつけ過ぎて肌荒れを起こすようで正直辟易していますが、

今回の

父親の危篤時に安部首相ゲームボーイしてた!? → 検証不足でした - Togetterまとめ

http://togetter.com/li/842759

については、そもそも叩かれる様なことかなぁ?、と。

ゲームボーイゲームギア

問題となった画像は、


私は過去ゲームギアTVチューナーパックを持っていたので、以上の特徴からゲームギア判断しました。

参考:ゲームボーイの形状 http://www.nintendo.co.jp/n02/dmg/hardware/index.html

参考:ゲームギアTVチューナーパックの形状 https://sega.jp/fb/segahard/gg/tuner.html

改めて叩かれている画像を見ると、私は藤本順一氏の「ゲームに興じていた」と言う言葉バイアスが掛かっていたのは確かなので、

ゲームギアではなく、ただのポータブルテレビかも知れませんが、

少なくとも上記からゲームをしているのではなく、TVを見ている所なのではないか?と見えます

それが一分一秒を争う危篤状況にする事か、と言う点について

私は15~20年ぐらい前の頃に、両親の祖父母四人が私の成人後に他界しています

朝方に危篤状態に陥って、日暮れを待たず他界した場合もあれば、二日ほど続いた場合もあります

両親は兄弟姉妹がそれぞれ3,4人いて、その連れ合いの人も含めて交代で見守り、

長かった時には私も同席しましたが、病室の外や待合室で出来る事は、待つこと以外にもう何も有りませんでした。

両親やその兄弟姉妹、その連れ合い、(私も含めた)孫達は、

ただ無言で待つ人、交代で食事に行く人、気を紛らわす為に雑誌を読む人、待合室のモニターをただ眺める人と、様々でした。

その実体から、「隣の病室でTVを見るぐらいはありではないでしょうか」と言えます

以下は余談です。

そもそも藤本順一氏の言う「ゲームに興じていた」と言うのが事実なのだろうか?

藤本氏の主張は、

----ここから引用----

安倍晋三の父晋太郎順天堂大学病院で闘病中、隣の病室に詰めていた秘書は、

すでに秘書官であった二男の晋三の忘れられない振る舞いについて述べている。

「父親の死期が近づき、無念の臨終を迎えるという時期に、隣の部屋でゲームに興じていた。

もちろん時間潰しというのもわかるが、何かしらやるべきことはあるだろうと思った。

彼が後継者なのかと思うと、どこかしら頼りなさを感じた。」

上杉隆氏 著 世襲議員からくり P.25より)

「本当はやりたくないんだよ」

秘書官就任当時、安倍はその秘書たちにこう漏らしている。

実際、安倍にとっての秘書稼業苦痛だったようだ。

父や父の秘書監視されている状態の中での労働は確かに辛いかもしれない。

だが、周囲の秘書がすべてをやってくれる労働環境自体は申し分ない。

実際、安倍時間つぶしに漫画を読んだり、ゲームをしたりしていた。

上杉隆氏 著 世襲議員からくり P.159より)

----引用ここまで----

から来ているのではないかと考えます

安倍首相最初総理大臣就任2006年出版された「美しい国へ」と言う著書は、ほぼ母親と祖父 岸信介首相との思い出話で、

安倍晋太郎氏については「30代は政治家修行の為に秘書をしていた」程度しか触れておらず、

何らかの心情的な物が有ったのかも知れませんが、上記のソースについては、上杉氏安倍首相との間のこれまでの経緯を見るに、

ゲームに興じていたと断定するには、いささかの疑念を挟む余地があると思います

藤本順一氏の言う「ゲームに興じていた」「だから安倍晋三が命の大切さを訴えても、私は信用できない」という主張

藤本氏の主張が

  • ゲームに興じていた」→情が薄い

なのか、

  • テレビだとしても画面を見ていた→情が薄い

なのかは分かりかねますが、

前者だとしたら、素人が「いやゲームでは無いでしょ」と判断出来るよう画像証拠とするのは弱いと思いますし、

後者でしたらば、私の実体から病院に着いてしまえば、その程度をする(その程度しかできない)事が、取り沙汰される事なのか疑問に思います

2015-01-12

アイドルマスター シンデレラガールズ Pixivタグ検索件数

調べた日時2015年01月09日午前4時前後

タグ件数 タグ件数 タグ件数 タグ件数 タグ件数
双葉杏6106件 新田美波736件 宮本フレデリカ338件 奥山沙織177件 丹羽仁美 82件
輿水幸子5211件 櫻井桃華 702件 黒川千秋321難波笑美 176件 相原雪乃82件
渋谷凛4297件 赤城みりあ700件 今井加奈311桃井あずき 174件 槙原志保79件
高垣楓3664件 (アナスタシア シンデレラガールズ) 693件 水木聖來 274件 大沼くるみ161件 大和亜季 78件
白坂小梅3639件 佐城雪美 672件 木場真奈272件 日下若葉158件 栗原ネネ78件
神崎蘭子3287件 久保乃々 664件 松永272件 工藤157件 (ケイト シンデレラガールズ) 72件
諸星きらり2928件 椎名法子652件 一ノ瀬志希 259件 乙倉悠貴 157件 (マスタートレーナー シンデレラガールズ) 72件
三村かな子2785件 三船美優 649件 (クラリス シンデレラガールズ) 259件 松尾千鶴154件 柳清良 70件
島村卯月2308件 大槻唯 632件 柊志乃 252件 矢口美羽 152件 衛藤美紗希70件
安部菜々2306件 片桐早苗630件 富士茄子245件 浅野風香151件 有浦柑奈 67件
前川みく1960件 小関麗奈625件 メアリー・コクラン244件 水野151件 月宮雅 67件
城ヶ崎莉嘉1940件 東郷あい585件 (ルーキートレーナー シンデレラガールズ) 240件 原田美世 148件 首藤葵 65件
佐久間まゆ1894件 池袋晶葉 549件 若林智香 234件 斉藤洋147件 大西里子63件
市原仁奈1890件 堀裕子543件 イヴサンタクロース234件 佐藤心142件 冴島清美62件
城ヶ崎美嘉1755件 (ナターリア シンデレラガールズ) 526件 楊菲菲 233件 村松さくら140件 キャシー・グラハム 61件
及川1724件 村上522件 大石233件 北川真尋 138件 涼宮星花 60件
緒方智絵里1618件 木村夏樹 509件 的場梨沙 230件 望月138件 西島櫂 58件
神谷奈緒1608件 喜多見501大原みちる228件 長富蓮実 137件 伊集院55件
星輝子1563件 道明寺歌鈴 490件 持田亜里沙227件 西園寺琴歌 137件 太田54件
十時愛梨1418件 棟方愛海 486件 海老原菜帆 226件 八神マキノ130件 篠原52件
小日向美穂1323件 和久井留美 481件 岡崎泰葉225件 松本沙理奈 130件 (ブリッツェン シンデレラガールズ) 50件
本田未央1239件 藤原466件 藤本里奈224件 兵藤レナ126件 間中美里44件
龍崎薫 1142件 五十嵐響子 458件 土屋亜子223件 仙崎恵磨 126件 ヒョウくん 39件
高森藍子1127件 喜多日菜子 456件 上田鈴帆 217件 吉岡沙紀124件 瀬名詩織38件
姫川友紀1076件 早坂美玲 432榊原里美 216件 小松伊吹113件 井村雪菜 37件
南条1036件 水本ゆかり432並木芽衣子 214件 浅利七海110件 杉坂海 32件
佐々木千枝 1029件 成宮由愛 420古賀小春214件 赤西梨華108件 岸部彩華31件
多田李衣菜1013件 中野有香 419件 梅木音葉 212件 依田芳乃 105件 桐生つかさ 29件
川島瑞樹949件 速水奏402件 高橋礼子 211件 (ベテラントレーナー シンデレラガールズ) 102件 沢田麻理菜 27件
千川ちひろ921件 関裕美 401件 服部瞳子202件 柳瀬美由紀95件 浜川愛結奈 25件
橘ありす913件 結城397件 二宮飛鳥202件 真鍋いつき 94件 松原早耶 20
鷺沢文香906件 横山千佳395件 古澤頼子 200件 氏家むつみ94件 江上椿 20
日野茜879件 浜口あやめ377件 ぴにゃこら太 200件 野々村そら 91件 西川保奈美18件
上条春菜861件 遊佐こずえ376件 安斎都 195件 相馬夏美91件 小室千奈美16件
北条加蓮841件 福山372件 財前時子 194件 松山久美子 89件 マルメターノおじさん 14件
荒木比奈803件 小早川紗枝372件 相川千夏 191件 桐野アヤ 89件
向井拓海 800件 脇山珠美 360白菊ほたる185件 (ヘレン シンデレラガールズ) 85件
塩見周子 796件 高峯のあ 344件 (ライラ シンデレラガールズ) 184件 愛野84件
三好紗南 781件 相葉夕美 343件 綾瀬穂乃香 183件 藤居朋 83件

2011-02-20

ネット業界イケメン

日本ネット業界起業家や有名な人を「[名前] イケメン」でGoogle検索してみた。

順位なまえヒット件数
1位堀江貴文950,000
2位孫正義763,000
3位三木谷浩史127,000
4位西村博之126,000
5位藤田晋67,800
6位伊藤直也63,700
7位近藤淳也52,700
8位熊谷正寿31,600
9位笠原健治30,800
10田中良和19,400
11弾小飼9,300
12藤本真樹7,010
13位まつもとゆきひろ3,460


ホリエモン1位、孫さん2位おめでとう~!!!

って思ったけど、検索上位の記事を見ると、

ホリエモンの記事は、「ホリエモンって痩せたらイケメンだよね?」とか

孫さんの記事は、「ソフトバンク孫社長自分イケメンじゃないと知りショック受ける」とか

必ずしも今の本人がイケメンからヒット数が多いわけではなさそう(当たり前か。。)

メディアへの露出の多さもかなり関係してそう。

でも、その中で健闘しているのが、4位の西村博之氏と6位の伊藤直也氏。

2ちゃんねるの開設者、西村博之氏こと、ひろゆきはやっぱり2ちゃんでまつり上げられてヒット件数が多いのかな。

はてなCTO伊藤直也氏は、最近GREE転職して話題になったからヒット件数が多いのかな。そして実際にイケメンだと思う。

以上、適当に思いついた人を検索してみたけど、他にも有名な人を検索してみた人いたら件数教えてくださーいww

2011-01-01

小沢支持デモ……

http://www.news-postseven.com/archives/20110101_9256.html

小沢一郎氏 ネット上で自然発生した小沢支持デモ」に感激

この夏頃から全国各地で「小沢一郎支持デモ」というのが起きている。インターネット上の呼びかけで自然発生的に1000人以上集まる。普通市民が自発的にいわゆる「政治とカネ」の問題を調査したり、検証したりしている。特定の政治家に対して、国民がそういう形で集会やデモをすることなどかつてなかった。そのことについて、小沢氏は――。『小沢一郎 嫌われる伝説』の著者・渡辺乾介氏のインタビューに、小沢氏が答えている。

何だそりゃ?と思ってググってみたら、どうやらこれの事らしい

http://www.apfnews.com/whatsnew/2010/10/apf_sp_1000.html

市民の声】「検察検審の横暴を許すな!」 ツイッターで呼びかけ約1000人が都内でデモ行進

冒頭のインタビューに登場する方々は、順番に、矢野健一郎さん(権力マスコミの横暴に抵抗する国民の会・実行委員長)、徳根和幸さん(一般参加者)、二見伸明さん(元運輸大臣)。

で、最初に登場する矢野健一という人でググってみると、こんなのが出てくる。

http://kaiedabanri.jp/2005/action.html

民主党本部 東京議会議員選挙対策街頭演説

2005.5.31.

15:00~
青山 ピーコック
大塚たかあき都議矢野健一港区議会議員七戸じゅん港区議会議員
16: 00~
麻布十番パ ティオ
大塚たかあき 都議円より子参議院議員矢野健一港区議会議員七戸じゅん港区議会議員
17:00~
JR田 町駅東口:
大塚たかあき都議海江田万里都連会長
松本剛明衆議院議員藤本祐司参議院議員渡辺専太郎港区議会議員

(元)民主党区議会議員っぽいんだよねこの人。

そりゃまあ今は議員じゃないから「普通市民」に間違いは無いんだろうけどさ……。

2010-11-29

和歌山県知事選

民主国民新推薦の藤本真利子候補のプロフィール

http://www.fujimoto-mariko.net/profile.html

高校時代部落差別といういわれなき差別に強い憤りを覚え、杭ノ瀬の解放子ども会に参加。それ以後現在まで活動を続ける。

広報マスコミ科に在学中は正義燃えジャーナリストになりたいと夢多き乙女であったが、バイトした先で新聞記者の裏側をのぞき幻滅する。

加太小学校名草小学校、西和佐小学校と勤務し最後の2年間は同推教員として和歌山市同和教育推進のため頑張る。

1990年に結成された日教組和歌山の執行委員、女性部長経験連合女性委員としても他の労働組合女性達と交流。

尊敬する人は部落解放運動松本治一郎氏。

日本最初人権宣言「水平社宣言」が世界で一番素晴らしい文章だと思っている。

典型的なアレじゃん。こんなのが当選すると与党は本気で思ってたんかねえ。

2010-03-27

真の非モテキモオタによる「モテキ感想

kanose氏がプッシュしているモテキ

republic1963氏が「あるある」と楽しんでいるモテキ

angmar氏が大ッ嫌いなモテキ

y_arim氏が壁に叩き付けたモテキ

超絶美人スタイリッシュ女性が読んでいるらしいモテキhttp://d.hatena.ne.jp/mamiamamiya/20100130

オタク二次元リア充草食系肉食系イケメン、美女、童貞、非童貞処女非処女、みんなに開かれている漫画とか紹介されているモテキhttp://www.cyzo.com/2009/08/post_2579.html



開かれているだろうか。「真の非モテ」にも開かれているだろうか。かつてmasao_hate氏に噛み付いたような真の非モテ達のような人間にも開かれているだろうか。



y_arim:本当に生まれてこのかた異性とかけらも縁のないキモいやつについてどう思うか久保ミツロウに聞いてみたいな。

y_arim:コンビニ店員くらいしか異性と口利いたことなさそうな極まったひとってたくさん見かけるんだよ即売会とかで……。そういうひとらはモテキ読者から見てどうなんだろうな―と思った。





開かれているかどうかは別として描かれてはいる。超非コミュがたたってアシスタント達に敵対され捨てられた漫画家小野坂オムである。

ネタバレになるが主人公の藤本は彼の読者であり、ヒロインの1人土井亜紀とともに彼を訪ねるシーンがある。

このシーンを私は忘れない。まずオムの描写である。チビでプルプル顔をゆらしながら土井亜紀の胸を服の上から透視する漫画家スコープ・ピィ~ンとかいうキモイ変態描写である。

ふざけてんのか?

そして藤本と土井亜紀は友人関係という事になっているようだが二人にはあきらかに下心が透けて見える。特に藤本は照明助手の明るくてかわいい自称処女や、美人インテリキャリアウーマンモテはじめて調子乗りまくりである(たぶんネットみのもんたってこういうヤツ)。土井亜紀のほうは藤本に気があるのは序盤から変わりないが調子乗りまくり藤本のほうは土井亜紀と「俺とは釣り合わないだろう」とネガティブ垂れ流しつつ「折りあらば付き合える(フッフッフ」とか宇野常寛レイプファンタジーをかましているDQNなのである。



で、この藤本だがいきなり「オム先生可哀そうだなぁ・・そうだ、土井亜紀先生ならお似合いなのでは」と土井亜紀をオムに紹介、土井亜紀とオムをくっつける作戦を始める。そして土井亜紀は皿洗いやカレー作りを藤本とともに行う。オムはプルプル顔を振るさせながらカレーを食べて和んだ表情を見せる。



ここだ。

ここの藤本「うわぁ・・・オム先生が解けていってるー、きもー(オムはキモ顔でキモ表情)」という侮辱ギャグ表現。ここにy_arim氏の疑問に対する答えが詰め込まれている。これが久保ミツロウモテキ読者による真の非モテへの視線そのものなのだ。



作者の久保ミツロウはオムについて「ただのキモイヤツ」としか描写していない。久保の描けない部分、この3人の関係とオムの内面について、替わって真の非モテである私が解説しよう。

まず藤本はなぜオムに土井亜紀を紹介したのか?実はこれ藤本の下心にほかならない。本当は「オム先生より自分のほうがモテる。オム先生と土井亜紀釣り合うわけがない」と思っているのだ。土井亜紀を紹介した真の理由、それは「かわいそうなオムに好きな女を譲る優しい俺」自己陶酔と土井亜紀への印象アピールである。そして土井亜紀のほうもそれを本当は見抜きつつ藤本に対して家事上手で女の子らしい一面アピールを行い「キモいオムみたいな人にも優しい自分」で藤本への印象アップを試みているのだ。「キモいけど可哀そうまオムを2人で助けよう」という美しいテーマで共犯する2人の下心。

一方オムはリアルキャバクラ漫画を描いている人物である。ここでいう「リアル」とは「描かれたリアル」である。この手のあるあるネタの宝庫は現実よりもむしろ書籍である。もちろん「キャバ嬢が教える男の落とし方マニュアル」「小悪魔な女になれる、恋の切り札」みたいな恋愛本を山ほど読んでいるに違いない。それをネタ漫画表現しているからゆえの「リアル」なのだ。このオム先生藤本と土井亜紀の下心を見抜いていないはずがない。しかし「もう駄目だ」「誰か生きてていいと言ってくれ」「誰か1人でいい、僕の手を握ってくれ」状態のオムは土井亜紀笑顔カレーに和んでしまった。そしてその瞬間の描写は「きめぇぇぇぇぷぎょゎ~~」的なものなのだ。

オムのぷるぷると和む表情、あれは「だめだ、和んではいけない、すがってはいけないんだ」という戦いの表情であるにもかかわらず。



これが真の非モテ陵辱漫画でなくて何だと言うのだ?真の非モテの「だめだ、でも・・」と戦っている表情にぷぎゃーするのなんて、非実在少女の「イヤッ・・悔しい・・でも感じちゃうビクッビクッ!」で射精するのと同じようなものではないか。こんなもん読んでたら似非非モテヘイトとミソジニーを同時発症してしまいそうだ。

もう一つ、非モテ藤本モテ島田の関係。なぜか非モテにはイケメンの友人がいる事が多いように思う。一見するとそれは「俺はモテる。くやしいだろ~オラオラ」と「あぁ羨ましいモテないもうダメぽ」な共依存に見えるがそれほど単純ではない。モテとしては非モテはがゆい存在なのだ。非モテ絶望ぶっていながらそのルサンチマンの背景には純愛しているリア充幻想がある。しかしモテのほうは失恋浮気経験していてプチミソジニーであることが多い。モテモテ自慢の真意は「非モテ絶望とか言っているが、いい年してまだ純愛幻想に浸っているのだろう。お前の絶望はヌルい。世界に愛はない。お前は一生それを知らずに死ぬなんて幸せだな」というイビリであり、非モテモテ話受容には「そうか、世界に愛は無いのか・・。ならば絶望する必要もない」という安心感が隠れている。・・のだが藤本島田の関係にはそれがない。ポジティブでバカでいいヤツ島田ネガティブだけど純情で優しい藤本として描かれている(一応藤本が好きなキャリアウーマン島田トイレで喰ったみたいなシーンはあるのだが・・)。これはヌルすぎる気がする。百合オタの「女の子同士の無償の愛の共同体幻想」男verと言ったところか。このヌルい設定のままでもモテ非モテの関係を描写しようとするなら「非モテモテ期」と「モテ非モテ期」を同時に描く、という手もあったように思うが島田はそうそう結婚してしまったので望めそうにない。



っていうかこの漫画いろいろ大雑把すぎる部分が多いのだ。サブカル設定の藤本なのに中学以降二次元でしかマスターべショーンできない設定「オタク」っぽかったりするのだ。ありえないだろこれ。モテない人って二次コンなんだっけ、みたいな、うどんもそばもまぁ同じようなもんだろ、みたいなめちゃくちゃさ。女ってケータイ小説でBL消費している森ガールみたいな感じだ。



y_arim:そりゃなんか倒錯した変態趣味だな。 RT @rdnt: でも心を抉られるのが何故か心地よくてモテキを読んでる俺 #mokradio





なぜ非モテモテキを読むのかというのは、なぜ非モテリア充を羨望するのか、とかオタクによるサブカル嫌悪、に近い気がする。私はハルヒグレンラガンを限定版でDVD集めているキモオタであるが、音楽toeもnano machinevenetian snaresも聞く。Sigur Rósやmúm好きがたたってアイスランド語のアカウントを取ったこともあるくらいである。これは自分キモオタなのにリア充の「かっこいい」を「かっこいい」と感じてしまうからなのだ。おそらくオムも自分キモいと思われていることをわかっていながら三次元の土居亜紀かわいいと思ってしまったのだろう。頭ではわかってるのに欲望がついてきていないのだろう。階層社会について宮台は「断念とリスペクト」を奨励したが・・これコミュニケーションとかサブカルチャー受容とか性癖については変態しか生み出さない気がする。断念は可能でも自分のことを死ねと思ってる人たちを求めてしまうとかリスペクトするとか羨望するとか嫉妬するとかそれ自体倒錯した変態趣味なのだ。y_arim氏はかつて「非モテと敵対する。僕は女の子と仲良くなりたい」と言ったが(y_arim氏は言ってもいいと思うが)これを本当の非モテが言ったとしたらどうだろう。例のTogetterのように生理的な問題として「口も利きたくない」と思われている相手に対して「仲良くしたい」とか求めたり「こっちだって口も利きたくない」と反撃したりする羨望と嫌悪の同居こそ未成熟っぽいというかACっぽくないだろうか。死ねと迫ってくる人々についてはそれが自分よりもどんなに人格的・能力的に優れている人物だったとしても「死ぬかどうかは自分が決める」と言うしかない。ルイズも俺がラノベに入ったらキモがるんだろうなと思うなら破り捨てろ。リンコも俺の事嫌いなんだろうなと思うならDSごと叩き割れ。もっと嫌いなもの同士拒絶し合えばいいのだ。それがミソジニーというならもうそれはしょうがないと言うしかない。モテキとその周辺を見てそう思った。

2009-09-28

誤解を恐れず言えば、姫島村のは「ワークシェア」ではない(長文注意

だって西洋ワークシェアという概念が編み出されたのとは全く独立に、かつ、全く異なる動機・背景で発案されたものだから。

姫島村方式』とワークシェアとの共通点と相違点

リーマンショックからこのかた、雇用情勢の悪化で「今度こそワークシェアしかねえ……!」という機運が国内でも出てきている昨今、大分県姫島村、つうか姫島村役場の事例が「国内におけるワークシェアの元祖」であるような文脈で各マスコミで持ち上げられている。うんまあ、『賃金を抑えてその分たくさん人を雇いましょう』という手法そのものはワークシェア的ではあるし、かかる手法において国内最古と言われればその通りだ、っていうか下手したら先進資本主義世界全体において最古かもしれないw(*1)

ただ、姫島村の場合は当時から現在に至るまで一貫して『公共セクターに於いて賃金を抑え雇用を増やす』形態になっており、この点で既に一般的なワークシェア概念――民間ないし官民全体で、『同一労働同一賃金の原則』の徹底を背景に、主として一人当たりの労働時間を短縮することにより、一人当たりの賃金抑制しつつ雇用を増やすこと――とは形態を異にする。

この形態の相違は、姫島村方式の創案そのものが、一般的な意味でのワークシェアとは起源を異にすることに由来する。

http://www.zck.or.jp/forum/forum/2590/2590.htm

http://www.zck.or.jp/essay/2681.html

において姫島村藤本昭夫村長(40年前にこの制度を創案した村長の息子であったりする:後述)自らが詳しく述べられていることだが、この施策のそもそもの動機は雇用不安の解消などではなく、『昭和四十年代前半に、過疎化人口減対策として若者を村に残すための取組みとして始められ』たものなのである。昭和四十年代前半といえば、オイルショックすらまだ到来していない、高度成長でイケイケドンドン右肩上がりな時代である。しかしながら姫島村ということろは、田舎である大分県の中でも、更に隔絶した離島だ。高度成長の恩恵はさほど大きくはなく、村内の仕事は限られる。とはいえ、今のような雇用不安とは様相が全く異なる。島の外に出て行けば、仕事はいくらでもあるのだから。

村内に仕事はないが、村外には仕事はいくらでもある。この状況下で、村内の仕事を増やすべく始められたのが、姫島村方式である。

効果

では過疎対策としての効果の程如何かというと、これが結構効いている。今なお過疎の村には違いがないものの限界集落は発生しておらず(*2)、また現在でも村職員の人数は村内全人口の約7.7%を占める『大口就職先』だ(*3)。この村職員の人数を背景に、保健や福祉など現場の業務――行政の合理化に於いて真っ先に民営に移されがちな『現業』の分野だ――にその過半を裂き(*3)、結果として村民の居住環境に対する満足度は過疎の村にもかかわらず悪くはない(*4)。一方で、村職員の給与は高度成長・バブルを経た現在でも低廉なまま据え置かれ、その水準は夕張市につぐ低さである(*4)。

とはいえ、一方で人口減は続いており、人口増に繋がる地域振興の決め手とまでには至っていないことは、上掲手記において藤本村長も認めるところである。

姫島村方式の成功』の背景にある姫島村および姫島村役場の特異性

さて、かように長期にわたり姫島村方式が受容され続け、いまなお続いている背景には、その効果が評価されていること以外にも、姫島村社会および姫島村役場の特異性があることを指摘せざるを得ない。

姫島村では、藤本村長の父である故・藤本熊雄氏の代から半世紀以上にわたって村長選が行われていない(*5)。最後の村長選で村全体が『懲りた』のだ、と言う。一方で、熊雄氏は、姫島村出身である自民党の有力者・西村英一にきわめて近しい立場で、二人三脚のようにして姫島インフラを整備していった。『おらが村の西村先生』を錦の旗(*6)に、姫島村政治意識保守自民党への支持を基盤としてまとまっていった。

そこに到来した高度経済成長の波。人口流出の危機。熊雄氏は言った。『役場での共働きは原則、禁止。女性出産育児を機会に退職する。ただ、家庭の事情に応じて優先的に雇用する』と(*7)。これが革新の強い地域であれば、かかる意見昭和40年代の当時ですら『女性出産を機に退職せよ、と強要するとは何事ぞ』と一悶着起きたであろう。都市部であれば首長リコールもありえたかもしれない(*8)。しかるに、ここは姫島村である。保守は絶対優位であり、(大分県内他自治体では今なお猖獗を極める)自治労系の職員組合すらここには存在しない(*9)。反対する者は居なかった。

――そしてこの言葉姫島村方式の発端となった。

今なお姫島村同調圧力は強い。少し前からインターネットに居たはてサ諸君におかれては、「姫島村成人式」を記憶する人もあるかもしれない。「成人式には晴れ着などもってのほか、それが『常識』である」との主張。それがまかり通る社会であればこそ、通用している制度である、という認識が必要だ。

無論、『空き缶デポジット制度の徹底』など、ほかにも同調圧力の強い村社会だからこそ成功した政策を幾つも擁する村なのであり、『みんなで保守化すればいいじゃん!』という解釈もできるかもしれないが、ねえ。

結語

畢竟、姫島村方式は『過疎化の抑止』『過疎地における公共サービスの維持』に対しては一定の有効性を持ち、そういう意味では地方自治体、とりわけ過疎地を抱える自治体が真似するには良い物である。だが、だからといって『雇用不安を解決するためのワークシェア手法の先駆』としては一般化しがたいものだと考える。雇用不安対策としては民間を幅広く巻き込む必要があり、そのためには保守革新使用者労働者の枠を越えた妥協が必要であるところ、姫島村で起きたことは良くも悪くも『保守使用者的立場による善政』の枠を越える物ではないのだから。

……ってわけでな、あれを『ワークシェアだ! ラピュタ本当にあったんだ!!』って言われると、もにょるのだよ。

脚注脚注記法使えないのな面倒くさいな!)

(*1)オランダワークシェア事例が1970年台創始、姫島村方式も「40年ほど前に創始」「昭和四十年代前半」なのであるからほぼ同時期、ないし下手をしたら姫島村の方が古いかもしれんのよ。

(*2)http://kotobank.jp/word/%E5%A7%AB%E5%B3%B6%E6%9D%91%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0 ただしソース朝日

(*3)http://www.oita-press.co.jp/featureNews/12294210095/2009_123180887708.htmlおよび上掲の藤本村長手記から。パーセントで言ってもぴんと来づらいかもしれないが『村民の13人に一人が村職員』と言い換えると尋常じゃない。

(*4)http://arch.oita-u.ac.jp/urban/ppt/2008/B/yamamura.pdf

(*5)http://www.oita-press.co.jp/localNews/2008_122533025626.html

(*6)上掲手記中http://www.zck.or.jp/forum/forum/2590/2590.htm#section8に『西村先生は、「村の誇り」であり、西村先生を皆で応援しよう、皆で頑張ろうという意識』の言及あり。

(*7)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/children/227551/

(*8)同じ大分県内の日田市で、近年『共働き職員の給与削減』を言った市長が居た。http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-060207-0011.htmlそして、その市長は次の選挙落選した。

(*9)上掲手記中http://www.zck.or.jp/essay/2681.htmlに「職員団体はない」旨言及あり。

2009-08-01

書評】 近藤大介『日・中・韓“準同盟同盟時代』(光文社

本書は評者からみると不思議な本である。実に面白い、同時に反米的な歴史記述とCIA陰謀論に挟まって中国重視論の独特の言い回し、つまり三つの部分が混載されている。ひょっとしてチョコレートでくるんだ毒入り饅頭かも。

題名だけをみると保守派の多くは反発を抱くだろう。しかし誤解を恐れずにアイ・キャッチを狙うあたりは著者ではなくて版元の商業主義的魂胆かも知れない。

冒頭から脱線で恐縮だが、この光文社ペーパーバックスのシリーズは、本書が135冊目。執筆陣は浜田和幸松本道弘藤井厳喜、野間健、徳本栄一郎の各氏らと何故か知り合いも多い。とくに浜田藤井両氏は、このシリーズから数冊上梓されていて、執筆陣も左右混交である。

新世代が読むだろうと思う。というのも、横組みで英語ばんばん入るからだ。逆に小生のように日本語の書物は縦書きでないと親しめない世代にとって、最初はこのシリーズを読むのに骨が折れた。仄聞するところでは、横書きシリーズ、伸び悩みがあって間もなく終巻らしい。閑話休題

さて近藤大介氏、期待の新作である。近藤氏は『週刊現代』前副編集長。元北京大学留学組。平壌にも小泉訪朝に随行、スクープが多い。日本米国を捨てて中国同盟し、韓国も仲間に入れようか、という提言日本外交現実を無視しているが、さすがに中国語韓国語が流暢な著者だけに、情報には格段のおもしろみがある。しかし結語の三国同盟は納得しかねる。

サロンマルキストという比喩は、革命ワインを飲みながらサロンで語る知識人。典型はサルトルなど。本書を通読した最初の印象はそれである。サロンにおける理想主義日本共産党は歌を忘れたカナリア、飽きたらず暴力路線に走った反ニッキョウ系は、三派四派五派と分裂し、中核派はと革マル派は互いに殺し合った。

本書に何が欠けているか。暴力革命政権を取った中国共産党十三億人の無辜の民を壟断し、支配し、反革命勢力、すなわち民主主義者、独立運動家を「テロリスト」と名付け、逮捕拷問し処刑する。敵は殲滅するのがかれらの掟である。

中華民族というスローガンは他民族漢族へ「同化」することであり、これは五族協和日本理想とはほど遠く、孫文のそれは「漢族」が「満蒙回蔵」を強制同化し、支配することを意味する。

ウィグル絶滅のためにはロブノール近辺から楼蘭にかけて、46回の核実験。おそらく数十万人が被爆して死んだ。7・5ウルムチ暴動では平和デモ隊に軍が出動して水平撃ち。おそらく二千から三千のウィグルの無辜の民が虐殺されただろう。

中国本質暴力支配、特権階級は富を独占し、その体制を可能な限り長く持続しえるそのためには外交も利用する。本書は、こうした事実をあえて論じない。だから不思議な本である。

では面白い部分はどこか?日本では親中派政治家はみんなCIAの謀略で失脚したそうである。田中角栄、カナマル某ほか。小沢がニシマツでやられかけたのもCIAだそうな。まだある。金正日がある日、北京から帰国のおりに列車爆破。流川とかいう駅だったが、あれを仕掛けたのもCIA。金正日のコックだった藤本某にはCIAから接触があり、毒殺依頼があった由。こうなると007の世界だ。盧泰愚陳水扁の失脚は反米姿勢だったから?

真相にちかいことは、陳水扁国民党戦術=「野党を貶める生け贄」であり、台湾では司法独立しておらず、もし陳水扁汚職をいうのなら馬英九も宋楚楡も似たようなスキャンダルを抱えていながらなぜ司法の追求が突如止んだか。だから台湾における司法中国共産党と同様に司法権独立曖昧で、国民党の顔色を窺う裁判官が多いからである。CIAとは関係がないのではないか。盧泰愚の「自殺」は身から出た錆、でなければ謀殺の可能性も否定出来ない。

というわけで田中の失脚はロッキード証言だが、日米の司法取引の差であって、米国陰謀ではなかった(徳本栄一郎氏が田原総一郎陰謀説を批判した。田中ブレーンだった小長氏自身が『そういう線で裁判マスコミ対策を処理しようと提案したら田中総理は「おう」と言った』と証言している)。

▲斯界で話題の孫崎享『日米同盟の正体』を連想

本書を読んで考えさせられる箇所も多い。評者が本書を読みながら、どうしても孫崎享氏の書いた『日米同盟の正体』(講談社現代新書)を連想せずにはおられなかった。

外交官出身の孫崎享氏はイラクイランミサイルの雨の中、外交を展開してきた人で三月まで防衛大学で教鞭を執った。(そうそう、これもどうでも良いことだが、バグダッドの在イラク日本大使館で宮崎は、孫崎(当時は公使)と会ったことがある。88年だったと記憶する)。

その外交官イラク戦争突入アメリカ人の「旋風のような愛国心」の結果であり、リーカーン南北戦争真珠湾攻撃と似ているとする。反戦ムードを一気に好戦へもっていく謀略は政治に付きものであり、その点は近藤氏や孫崎氏の分析に同意するが、なぜか孫崎本には外交的結論がない、つまり日本の自立外交模索してもいなければ対米追随が悪とも言っておらず、最後の最後はアメリカ核の傘は機能しないだろうと言いながら、日本核武装は反対という。

つまり本書の著者と孫崎防衛大学前教授スタンスは徹底して政治のリアリティ、外交の合理主義である。

外交道徳が入ると機能せず、倫理を持ち込むと、外交の基本が成立しない。打算と国益の追求。しかし戦争の回避。軍事力の背景がない日本は、だからといって「ふつうの国」のように外交独自路線を採用することが不可能である。

したがって「日中韓の準同盟」とは米国の手のひらの上での話ではあるだろうが

2009-07-10

女の話。

さっき「ごきげんよう」を見てたんだけど女優名前忘れた)の話を見てて「これがよく言われる要点の無い女の話か…」と思った。

1つ前のFUJIWARA(主に藤本が喋ってた)の話はなんか前に聞いた事あった話だったけど、テンポがよく聞いてて面白かった。

女優の方は前提を話切るまでが長く、更に「あのー、」とか「えっと、」が口癖なのか何度も話の節々に入って中々話が進まない。

しかも前提を話すまでが長ったらしかったくせに、話のオチは結構手短に話してしまいしかもそれが特に上手いと思えるようなものでもない説教話。(超大御所俳優さんがこんな教訓を言っててそれにすごい感動したという内容だった気がする)

その女優だけがすごいつまらないというわけではないんだけど、っていうか女だからというのはぶっちゃけ関係ないんだろうけど、タレントなのに話が下手な人って居るもんだなと妙に感心してしまった。前のFUJIWARAがテンポよかっただけに余計に目に付いた。

それにしても小堺さんはやっぱり話し上手だね。そんなつまらない話も真剣に聞いて合間合間に盛り上げるような相槌を打って、オチにはFUJIWARAをいじって笑いを取ってた。

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