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はてなキーワード: OBとは

2018-07-18

引きこもり社会不適合者だったけど結婚すっぞオラ!

まだ立つことすらできなかった幼子の頃、母がうっかりハイハイしていた私に蹴躓いてグラタン落としてから、私の人生を変えてしまった。……と母は言うんだけど正直そんな幼い頃なんて人生変わるもなにもないやろ、と思うんですよ。

熱々のグラタンは運悪く私の顔(額と頬から顎にかけて)と足にかかって、私には一生付き合わざるを得ないやけど痕を負うことになってしまった。母はものすごく自分を責めた。「女の子なのに」「これのせいでこの子の一生に影を落としてしまった」「いじめられたりしたら」「結婚できなかったら」思いつめすぎて私を抱いて風呂場で死のうとしたこともあるらしい。父が必死に止めたので今私は生きている。

本来母はものすごく明るく陽気でいつも父を笑わせてくるような人だったらしいが、グラタン事件以来すっかり心配性で神経質気味になってしまった、と成人した日父と二人で飲んでたら教えてくれた。私から言わせれば母は今も結構陽気で面白い人なので、きっと昔はもっとキレッキレだったのだろう。もしくは、私の前ではそう振舞って父の前ではそういうヒステリックな感じになってしまったのかもしれない。

顔にやけどの跡を残した私には乗り越えなければならない壁がたくさんあった。小学生の時、最初不登校になった。ハリーポッターシリーズ流行って、額のやけど痕をからかわれまくり、耐えきれず登校拒否した。卒業式も出られなかった。母は仕事を辞め、文房具を組み立てる内職の仕事を得て私と一緒に過ごすようになった。それから教科書とちゃれんじのワークを毎日必ず午後にやる、という約束をさせた。お昼ご飯を食べ終わってから、15時のおやつまでが勉強時間だ。おかげで勉強はどうにかなった。

中学の時も、入学して半年不登校になった。クラス男子にやけどをからかわれたのがきっかけで、クラス全員が自分悪口を言っているような気がして登校拒否になった。小学校の時の同級生学校が被らないように引越ししたのに、結局だめだった。中学生になって初めて与えられた自分の部屋に引きこもり、ずっと地域図書館から借りてきた本を読んで過ごした。あとは母に裁縫料理を習った。母は半引きこもりの私に呆れもせず(でも内心はずっと自分を責めていたんだろう)一緒に図書館へ行ったり不器用な私に根気強くあれこれ教えてくれた。

中2の歳になると、「1日家にいるのだから家事を分担しましょう。働かざるもの食うべからず」というメモを私の部屋のドアに貼られた。猿がバナナを食べている絵が添えられていた。しぶしぶ「何したらいい」と聞いたら、ルーレットでその日の担当を決めよう!と言われハァ~?と思った。最初に私が担当した家事担当決めルーレット工作用紙で作ったことだ。

そして大きな転機が訪れたのは中2のクリスマス。外の世界を知らない娘のためにと両親がパソコンプレゼントしてくれた。私は当時図書館から借りて読んではまっていたハンターハンターについて調べ、あっという間にオタクへ転落した。ネット上ではたくさん友達ができた。裁縫が得意で好きだ、というとコスプレ衣装を作ってくれないか相談され、母に頼んで一緒に手芸店へ行ったこともあった。私がうまくできず苦戦していると、母は「ボンドでいいじゃん!」「そこはこういう風に裁断して縫い合わせたら?」とあれこれアドバイスしてくれ、一緒にヒソカ衣装を縫ってくれたのはよく覚えている。完成した衣装は今思うとひどいクオリティだったと思うが、ネットを通じて出会った当時大学生彼女はすごく喜んでくれたし、彼女ヒソカはびっくりするほどかっこよかった。彼女とは今もよくLINEで話すしたまに会いにも行く。

母の話ばかりだが、父も不登校の娘に一生懸命付き合ってくれたし、どうにか外に慣れさせたいと旅行にもよく連れ出してくれた。私はただ学校に行くのが嫌で、同級生に会うのが嫌だったので、遠方の旅行は割と行った。

両親が私のことで喧嘩しているのも何度か聞いたことがある。本当に申し訳なくて、一度学校へ復帰しようとしたけれど、通学路で吐いて倒れて、犬の散歩してたおばさんに救急車呼ばれてからは諦めたし、両親も涙ながらに「無理しなくていい」と言ってくれた。それに甘えてた私もダメだけど、でも救われていた。

中学の内申は皆無なので高校私立通信制へ行くことになったが、なかなかに面白い空間だったし当時はまっていたヘタリア意気投合した友人ができ、何とか楽しく通うことができた。それでも初日入学式中に吐いたけど。ただ、高校生にもなると割と精神成熟してわたしのやけどをからかったりヒソヒソ言う人はほとんどいなかった。

また、高校入学に合わせてまた引越しをしたので、同級生に会う心配もなく外を出歩けるようになったのも大きかった。この頃になると化粧も覚え始め、小学生の頃に比べれば薄くなってきたやけど痕をうまく隠したり誤魔化したりするようになってきたというのもある。コスプレデビューしたのもこの頃だ。母は相変わらず一緒にイギリス軍服縫うの手伝ってくれたし、フランス軍服ケープみたいなひらひらしたのも作ってくれた。

大学ものすごく悩んだが(行くか行かないかを)母が「絶対にいけ」と言って譲らないので、興味のあった史学科のある大学へ行った。のちに、私のこの顔では結婚できない可能性もある、女性一人自立して生きていけるようにと思って大学へ行かせたがったらしい。これも父に聞いた。いま思えば、母から受け継いだ家事スキルだったり、ネットPCを一通り使えるスキルというのは、将来私が頼る人がいなくなった時のことを考えてのことだったのだろう。父も母も実家は遠方にあるし、母に至ってはほぼ絶縁状態と聞く。引きこもりでも、社会になじめなくても、一人で生活して社会のことを知る術だけはどうにか叩き込もうとしてたんだろう。

でもお母さん、お父さんよ。

私は一人では生きていかないことになった。

伴侶が見つかったのだから

その人は私の大学サークル遺跡巡り)のOBで、大層優しい上にやけどの跡なんて全く気にしない。この顔だから式も写真もいやだ、という私のわがままを受け止めてくれた上、今やってる仕事にもすごく理解がある。家事はへたくそだけどそんなのは私がやるし教える。あの時の母のように。

そもそも、私にはヘタリア意気投合した高校の友人も、ネットで知り合ったたくさんの友人もいて、もう引きこもりでもなければ社会になじめない孤立した子供ではなくなったのだ。どれも両親のおかげだ。

からもうグラタンことなんか忘れてくれ。コスプレで知り合った友人らがウェディングドレスを作って送ってくれるらしいから式も写真も全部やるよ。最初籍だけ入れて何もしないって言った時、お母さんちょっと悲しげな顔をしたよね。多分顔の痣のせいで……って思ったよね、その通りなんだけどさ。でもこの顔の痕を克服するのが私ができる親孝行なんだろう、って、大切な友人らに気づかせてもらったんだよ。

あれからグラタンどころかホワイトソースまでトラウマになってしまったお母さん。でもお父さんはお母さんのグラタン大好物なんだって。これも成人した時教えてくれたよ。ねえもうそんなに自分のこと責めないで、どうか笑い話にしてしまって欲しい。またお父さんにグラタン作ってあげて欲しい。私はきちんと自立して、自分が興味を持って就きたいとおもった職業に就いて、最高のパートナー出会えて、たくさんの友人に恵まれた。だからもう大丈夫だよ。

2018-07-09

口が悪い女の子

中学生~18歳くらいの若い子・・・特に女の子、めちゃめちゃ口が悪くないですか?



なんか「ネットスラングを使い倒した超早口愚痴」がコンテンツになってる感覚

Twitterではじめて Vanessa;)

を見たときに「あっ、これだ」って思った。

若い子達と話した時に感じる違和感みたいなのがここに詰まってるって思った。



OBとして部の指導大学の後輩とたまに話したり、

高校二年生のいとこの女の子がいたりするんだけど割と皆こんな感じ。

会話とかキャッチボールとかじゃなくて一方的愚痴をまくし立てるのね。

しかも、本人的には笑い話やコミュニケーションの類として)



この人のリプライ欄どうなってんのかなーって思ったら

「よく真似して家族ドン引きされてます(笑)」みたいなのがあってうわーって思った。

上手くネットスラングとか言葉言い回しを使いこなしてはいるんだけど、これを「かっこいい」と思える感性分からん

この人は(多分?)外には出さず今はネット世界しか発信してないか別に良いんだけど、これを会話のベースにしてるのはヤバくない?



電車とかお店でこういうまくし立て会話を聞くことがちょくちょくあるけど、こういう子達は将来どうなっていくんだろう。

そのまま悪口コミュニティを維持し続けるのか、それともある日きちんとした言葉遣いをしなければ、って気づく日が来るのかなー。

それとも、自分たちの方が老害マイノリティになってこんなコミュニケーションが当たり前になる日が来るのかなー・・・

2018-07-02

普段サッカーの話しない人が例のボール回しのこと、あんなの日本らしくないとか言っててなんだかな~という気持ち日本らしさってなんだよ。Jリーグでもたまにやってる戦術だぞ。まー好きかどうかで言ったら確かにきじゃないしつまらないけど。

大抵勝ってるときにやるもんだから別会場の結果に賭けて時間稼ぎってのはレアケかもだけど、ルール違反じゃないし。

はいえ、もちろんそれで思考停止していい状態ではないというのはもっともで、向こうの試合をどう読んで時間稼ぎに入ったのかはかなり謎ではある。これはボール回しが駄目という意味ではなく、あの状態ボール回しをするという判断を下したことに対する是非を問うてる。

しかし結局西野さんは博打に勝ったので決勝Tにいけた。そこはちゃん評価しないといけない。



個人的には、マジで全く期待してなかったし何なら3敗だと思ってたのに蓋開けたらまさかの展開で、西野さんと香川本田あたりがめちゃくちゃ“持ってる”人なんだろうな~と思ってるし、運も実力のうちだからこの波にのっていけるところまで行ってほしいよな~と思う。

ただそれはそれとして田嶋は辞めろ。あの監督交代は結局のところ対立候補が連れてきた監督にいい結果出されると困るってだけだと思うけどそうじゃないならちゃん説明して辞めろ。

でもどうせ辞めないんだろうなーーーーW杯終わったら、協会の人たちはハリルを切ったのは正しかったと言い出すんだろうなーーーーーー

協会日本サッカー未来をどうするつもりなんだろう。描いてる形はあるのかな。


まーそれはそれとして!!一部の協会の人や協会OB的な方たちは、惨めに勝つくらいなら潔く負けようという旧世代思考にずーっとしがみついてた上に、その思考に反してたからハリルのことも嫌がってたようだったのに、結局その思考に反した結果で決勝Tに行くの、今どんな気持ち?ねえどんな気持ち?!

2018-06-13

anond:20180613015716

だよな

自衛隊OB天下り採用して

国旗に敬意を払え」と言って生徒を殴る

国歌を歌う声が小さい」と言って児童を怒鳴る

こうすれば扉が音波で震えるような大声で子供たちが元気よく国歌を歌う普通の国になれるよ

2018-05-29

部活暴力の思い出

「その部活って顧問による洗脳じゃん」

嫁に思い出話をしたら、そう言われた。

高校時代部活顧問による体罰事件があり、顧問先生が罰されても、なお先生に泣きながら復帰してくださいと懇願する生徒たちの姿を洗脳と言っていた。僕も当時は一種洗脳だと思ったが、とても言い出せる雰囲気ではなかった。

さて、いきなり嫁との会話を書いてしまったが順を追って書こうと思う。

そもそもこの話を書こうと思ったは、今マスコミを賑わしている日大アメフト部コーチによる暴力が原因だ。顧問による暴力と聞くと、僕も高校時代顧問による暴力に多少縁があったからだ。また、このニュース記事見出しの「盲目」という単語が目についた。僕の顧問先生も、人を盲目的にさせる天才だったなと。

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3380718.html

あれから10年、そろそろ言葉にして残しておきたいと考えたので筆を取ることにした。僕は高校時代吹奏楽部所属していた。その吹奏楽部は全国常連高校で非常に規律が厳しかった。具体的に言うとSNS禁止、買い食い禁止、部内恋愛禁止、登校中の音楽禁止である。僕はほとんど守れてなかったが。そして顧問先生が猛烈に厳しい人だった。まぁ昭和の熱血先生という感じだ。「お前らに一生の思い出を残してやるから、ついてこい。この部活でやれば人間力が鍛えられる」が口癖だ。僕と全然合わなかった。

部活内のイベントとして月に一回、全校舎大掃除と言うイベントがあった。普段使わせてもらっている校舎に対して感謝の念を込めて学校全体を部員全員で清掃すると言うものだ。僕が3年生の時に、掃除がいい加減だったので、いきなり顧問女子部長を何回も顔面を平手打ちし始めた。最初は混乱して理解できなかった。人の突然の暴力ほど混乱するものはないと感じている。さすがにやりすぎだと思ったのか、矢継ぎ早に他の部員が止めに入ったが次々顔面を平手打ちされていた。僕は臆病者なので、とても止めに入ることができなかった。もう音楽室の端にすぐ逃げてしまった。暴力を振るわれるのが怖かったのだ。無抵抗の人に暴力を振るうことが無意識に怖かった。言葉では説明できないが本能的に逃げしまった。顧問が怒って音楽から出た後、部員から出たセリフは「自分たちがいけないから平手打ちされたんだ」と言うセリフだ。この時点でちょっと違和感を感じていた。なんで暴力を受けてるのに慕うのか理解できなかった。愛のある暴力をなんて存在しないと思っていたからだ。後日、この1件のことをOBが聞いていて、「男子だったら積極的女子かばうように動けよ」と責められた。このお叱りは今でも意味が分からない。生まれつき暴力に耐性のない人だっているのだ。

数日後、先生と3年生部員達と話し合いの場が設けられた。そこでは、主に2つの意見が出た。「頑張って全国大会に出たいのでご指導お願いします。」「暴力を振るう先生なんてついていけません。退部します。」の2つだ。25:5ぐらいの割れ具合だったが。ここまで読んでいる読者はお判りだと思うが、僕はもちろん「退部します」の側だ。退部派の人たちは、合計2~3時間かけて退部を止めるために説得される。推測だが、吹奏楽コンクールの前に部員の退部を防ぎたかったのだろう。必死に止められた。説得のされ方は、顧問が「君は部活必要人材だ、Aくんそう思うよな?Bくんはどう思う?」と周りの同調意識を利用した方法だ。一応暴力のことに関しては謝罪はあったが、僕を含めた5人は同調意識に負けて続けざる得なかった。このことは今でも後悔している。当時にやりたいことがあり、その時退部していればできたのではないかと思った。内心、クソみたいな説得方法だと思ったが、退部を撤回するまで部屋から出してくれなさそうな雰囲気だった。僕は顧問に屈してしまったのだった。

それから一週間後、大変なことが起こった。読売新聞地方面に、顧問暴力の件が詳細に載っていた。誰かの親が新聞社告発したのだ。内容も明らかに、その場にいた人しかからないことが書いてあった。僕は内心、顧問先生に正当な罰が下されると思った。その次の日に、部活内の保護者を集めた説明会が行われた。顧問は確か2週間ぐらいの停職処分校長先生から説明された。顧問謝罪していた。そこで生徒の何人かがいきなり泣き始めた。「顧問先生は、僕たちを思って平手打ちしたのです。顧問は悪くない。僕たちのことを指導してください。」のようなことを言い始めた。やがてほとんどの部員賛同し泣き崩れた。泣いていなかったのは、退部派の人たちだけだ。当時は言わなかったが、内心「この人たち大丈夫かな?」と思っていたと思う。少なくとも僕ともう一人は、そう思っていた。ここで冒頭の嫁との会話に戻る。このことを顧問による洗脳だと言ったのだ。全国大会に行かせてやるから俺を信じろと言って部員たちを盲目にして、顧問意見絶対に聞かなければならない。ちなみに、保護者の中で誰が新聞社にタレ込んだかプチ犯人探しが始まったのは、想像に難しくない。

そのあと停職になった顧問と、その家族は非常に心を病んでしまったようだ。何せ地方欄とはい新聞報道されたのだ。そこで顧問家族に向けて手紙を書くことになった。いや、確か部長により半強制的に書かされることになったのだ。ほとんどの人は「先生は悪くありません。私たちはいつまでも待っています私たちを全国へ導いてください。」と言った旨を真面目に書いていたようだ。僕の中では顧問は信頼できない人となってしまったので、「元気出してください。待ってます。」などと適当に書いたのは覚えている。多分全部員の中で一番短い自信がある。今考えれば顧問手紙なんておかしいよなと思う。

顧問は、2週間停職のあとは、普通に顧問にとして復帰した。それからもたまに怒ることがあり、その時に「俺をまた新聞に載せたいのか」と怒鳴られたこともあった。全然反省してねーなと思った。時たま「俺の葬式には、歴代の教え子たちがとんでもない数くるから楽しみにしておけ」とも言われた。ここも嫁に話したら、ドン引きしていた。そんなゴタゴタがあったその年のコンクールは、都大会銀賞で残念ながら全国に進めなかった。ほとんどの人が全国に行けなかったと号泣していたが、僕は涙が一滴も出なかった。むしろ終わってくれて嬉しかった。(その後次の年は、全国大会金賞を受賞していた。)気がつけば結局引退までズルズル続けててしまった。

僕は社会に出て何年か経過したが、この部活で学んだ人間力とやらは全く役に立たなかった。会社では、高校部活より厳しく感じる規律も感じたことがない。こんな部活やめておけばよかったと後悔はある。この後悔があるからこそ、会社で働く原動力になっているところはあるので、そういう意味ではよかったのかもしれない。

ここだけは他人に向けてへの言葉なので、文調を変えます顧問による暴力というのは、部員の心身を傷つけるものだと思います。ご自身の思い通りにならない行動をされても、そもそも一人の人間である他人に対して、暴力による組織統治を行うのはどうかと思います勝負の主役は部員であり、顧問ではありません。勝たせてあげたいのば分かりますが、暴力を使わず言葉指導して欲しいです。また、きちんと部員達に個人意思尊重してあげてください。気持ち一丸とならないと勝てないとか言う人もいますが、所詮赤の他人の集まり気持ち統一することな不可能です。思考強要せず、多用的な考えを受け入れてください。会社と同じで、そうしなければ生き残れないと思います

長文雑文申し訳ありません。ここまで読んでいただきありがとうございます。ただの高校時代の思い出なので、適当に流してください。

PS.

この日記を多くの方に読んでいただき感謝気持ちでいっぱいです。正直10ブックマークがせいぜいかなと思っていました。こんなに読まれるのであれば、推敲すべきでした。僕の恥ずかしい記録として、残しておきます。はてぶのコメントほとんど拝見していますポジティブネガティブ両方の意見いただき、どちらももっともな意見でした。

この日記趣旨は、はてな匿名ダイヤリーの名の通りパブリック日記です。その時の自分気持ち文字にすることが目的です。ちょっとばかり人に読んでもらいたい気持ちもあります。約10年間、同期同士でも触れるのを避けていた話題で、言語化する機会がなかったので日記という形で残しました。高校吹奏楽について詳しい人は特定できる内容になっています最初高校名を書こうとは思いましたが、なんとなく直接書くのはやめました。

洗脳」と言う言葉を使いましたが、結局のところ本人の受け取り方により異なります。一方から見た場合はそう見えても、他の人から見たら(この場合顧問を信じている部員)「洗脳」とは受け取らない場合ももちろんあります。ここでは僕が忘れてしまわないよう、当時に思った気持ち言葉にしてみました。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございました

anond:20180528221828

3年で美大じゃないところから転入してきた人は、あんまりパッとしない印象でした。

文学部だったかな..

やっぱり基礎力みたいなところが足りないんじゃないかなーって思ったり。

私は、その人とあんまり仲良いわけじゃなかったので、いま何してるかは分からないです..

 

1年で入った人は、デザイン事務所行ったはず。

そいつ理系でしたね。

元々の専攻を活かした作品、みたいのは見たこと無い気がするけど、そういうのがあっても面白いかもですね。

桑沢はデザイン業界ではOB/OGよく見ると思います

けど、詳しいことはよく知らないです。。。すみません

anond:20180528221828

3年で美大じゃないところから転入してきた人は、あんまりパッとしない印象でした。

文学部だったかな..

やっぱり基礎力みたいなところが足りないんじゃないかなーって思ったり。

私は、その人とあんまり仲良いわけじゃなかったので、いま何してるかは分からないです..

 

1年で入った人は、デザイン事務所行ったはず。

そいつ理系でしたね。

元々の専攻を活かした作品、みたいのは見たこと無い気がするけど、そういうのがあっても面白いかもですね。

桑沢はデザイン業界ではOB/OGよく見ると思います

けど、詳しいことはよく知らないです。。。すみません

2018-05-28

anond:20180527212910

理由もわからず受け継がれてる謎の新入生歓迎の儀式」だろ。どこにでもあるよ。小林まこと柔道部物語』でも初っ端から描かれている。

俺の大学部活でも新入部員をかつぐイベントがいくつかあって毎年それなりに盛り上がった。

でもいくつか下の後輩が「バカバカいからやめる」と全部やめてしまい、それっきり途絶えた。よく練られていてみんなで腹を抱えて笑えるイベントばかりだったのでOBとして一抹のさびしさはあるが、それで腹を立てるほど重要伝統でもなかったし後輩の決めたことなのでほうっておいた。

増田もそんなに問題意識が強いなら、三年になった時に自分音頭を取ってやめることにすればよい。色んな人から猛反発に遭うと思うけど、この連鎖を断ち切れるのは君だけなんじゃないかな。グッドラックやで

anond:20180527212910

SNS投稿禁止されてるってそれ明らかにマズいことになるってわかってるからだよな

この際現役もOBもじゃんじゃん告発しちまおうぜ

anond:20180527212910

うちの高校も、毎年東大をはじめトップ大学に何人か送り出す程度の進学校だけど、「歌唱指導」なる似たような風習があって、新入生は校歌応援歌を喉がかれるまで大声で歌わされたっけ。今思うと相当ブラックだと思う。

卒業後も、OBが某民放社長就任したり、校内で毒殺未遂事件が起きたりと、話題に事欠かない学校だった。

anond:20180527213323

secondかな。先生もみんなOBだし、卒業生生存者バイアスかかるから変わらないよね…。変えるには曝すのがいいんだろうけど、自治体幹部も当校かライバル校が牛耳っているから…。

2018-05-27

anond:20180527215032

別にさらしてもいいのかもしれませんが、OBに夜道で後ろから刺されるのは勘弁なので、控えておきます

(冗談ですが、それくらいにOBの愛校心が強いことで有名なのです)

日大アメフトってなんでそんなに盛り上がってんの?

ゲス不倫と同じで世間の大多数には無関係じゃん。

なんでそんなに盛り上がってんの?スキャンダル中毒なの?

昔は義憤かられて炎上状態にさせることはネット特に旧2ch)だけの話だったけど、最近マスコミも嬉々として加担してる。

だいたいどうでもいい話題なんだけどね。

日本社会の縮図?いや、それ言うならまだモリカケ問題電通問題のほうが重要働き方改革法案のほうが大事

同じスポーツならサッカー協会のほうが問題

なんの関係もない日大在校生OB可哀想だ。

マスコミ視聴率稼ぎと大衆無責任ストレス解消のスケープゴートにされて、それも自己責任なんですかね?

大衆ネットイナゴ化=聖戦士化とネットリンチ扇動するマスコミ

関係者の心境に対する想像力の欠如。もしくは無慈悲

それこそ日本社会の縮図じゃない?

炎上に加担してる人たち、恥ずかしくないのかな?

2018-05-26

日大加計学園

ガチで戦ったら、どっちが強いんだろう。

バックについてるのが警察OBヤクザ(どっちも高齢化)と

現役の首相

この手の案件検察ではなく警察抑えても意味ないし、、、

検察警察なんて下に見ている上に、ましてOBなんて歯牙にもかけないし。

https://anond.hatelabo.jp/20180524202519

2018-05-25

anond:20180524202519

日大アメフトの反則事件官邸の指示だったのでは!?

…というスキームだったのではないだろうか?(深読み

2018-05-24

だいたいフィクションだと思ってほしい、憂鬱

最近毎日日大アメフト部の話を見て憂鬱になる。

ここから先はだいたいフィクションだ。

大昔、日大ではない、アメフト部マネージャーをしていた。

もともと競技を知っていたし学部の先輩もたくさんいたし就職率もいいよって言われた。

毎日授業が終わったらグラウンドにいって練習の準備をして、夜の10時や11時までドリンクを作ったりビデオ撮影をしたり、スコアをつけたり、OB連盟学校と調整をする。時には終電を逃して、部室で夜を明かしたこともある。

休みは月曜くらいなもので、かといって学生なので学業を怠らないようにしないといけない。

自分いたころ、「選手は本気で日本一になりたいなら留年するし、マネージャーリーダーになったら留年覚悟しないといけない」と囁かれていた。

実際のところ、3割くらいはみんな本当に留年していた。

資格就職留年ならまだしも、部活単位を落とすような留年絶対いやだ、と本気で思っていて、実際にめちゃくちゃ頑張った。

楽しい学生生活のつもりがつらかった。

マネージャーですらこんな生活をしているものから選手は当然もっとつらい。

体罰パワハラアカハラなんて言葉はみんな全然意識してなくて、キツイ言葉バンバン言って、それで鍛えられると思い込んでいたし、体を作るためだと言って食の細い人は無理やり3号は白米を食べさせられていた。

メンタルをやられる人はたくさんいて、入部したこからしばらくすると半分はいなくなるのが常だった。

どうすればモチベーションを保てるかなんて精神論を戦わせる、今となればかなりムダなミーティングを夜の10から朝の4時、5時までやったりしてもいた。

自分もそれに付き合っていたけれどもある日いきなりプツンと糸が切れた。

体が起き上がらなくて、何日か休んだ。

授業に出たくて学校に行ったら部員に見つかってグラウンドへ行かなければならなくなった。

地獄で、練習行きたくないけどでも行かなきゃいけなくて、行ってもお腹が痛くて使いものにならない。そんな日が続いた。

食べたら食べた分だけ吐いた。貧血で倒れた。みるみるうちにやつれた。

やめよう、と決めた。

もう無理です、と先輩や主将、同期の何人かと監督の前で言った。

精神論で、お前はまだやれるよって言われたけど無理です無理なんですと言ったらめちゃくちゃキレられた。罵詈雑言浴びせられた。

監督にはお前はもういらないと捨て台詞のように言われた。そのあと別の機会で設けられた同学年全体でのミーティングでも吊るし上げられて、最後にはみっともなく泣きながら無理なんだと叫んで部室を飛び出した。

当然誰も追ってこなかった。

そこから2ヶ月くらい、授業には出るけど授業以外のことは何もできない人間になった。

しばらくしたら、アメフト自体はまたみれるようになったし楽しいスポーツだなって思えるようにもなった。

大学部活ってそういうところだったんだ。競技問題じゃなくて人の問題だった。

この話はフィクションだし、現実だったとしても、もうその時の人間はみんなとっくにいいおじさんだ。

これは昔話で、今の時代にはそんなもの、ないだろうって思っていた。

けれどもそれは違うみたいで、報道を見る限り、今でも、同じようなことをしているような空気を感じた。

効率的時間をしばるやり方で、精神論で、キツイ言葉で、人を追い詰める。

一番最悪なのはアメフトが好きだったはずの人がアメフトグラウンド故意に人を傷つけるくらいまで、アメフトを嫌いになるまで追い詰めるような、そんな体質がまだ残っていることだ。

はいえ、今みんな日大のことばかり言ってるけれども、あそこだけじゃないだろうし、こういうのはアメフトだけじゃないだろう。

いつになったら、こういうの、なくなるんだろうね。

毎日ニュースを見て悲しくなる。

選手とも、こんなことで話題になるために毎日きっと夜遅くまで頑張って技術を磨いたわけじゃないだろうに。

大学生の頃の自分の苦しみを思い出して、彼らの今までの努力が無になるような報道を見て、毎日憂鬱だ。

anond:20180524141602

日大損切りの失敗例

何かもういろいろ飛び火して、アメフト問題では納まらなくなってきている?

これまで広域暴力団住吉会会長山口組組長との写真流出、その交遊が国会問題になったことがある。

また、常務理事時代には建設業者からのバックリベートが取り沙汰され、内部調査を受けた。

いずれも決定的な証拠はなく、疑惑の指摘にとどまっているが、それだけ敵が多いのも確かで、長期政権を敷く間に理事を仲間や側近で固めて、支配権を確かなものにした。

その際、自分との距離感を計るのに使うのが、優子夫人経営する阿佐ヶ谷の「ちゃんこ料理たなか」である

 

うまく使えば、安倍政権国民の目を逸らせるのでは?

2018-05-23

anond:20180523112101

まぁそうなんだけど、日大OB選手がいる企業就職できるかどうか握ってるのはこの監督からね。

正解は日大アメフト部に入らないことだったんだよ。

2018-05-22

anond:20180522091112

体育会系ラインを舐めんな

監督の指示に従わない=その後の人生の節目節目で邪魔をされるぞ

口うるさいOB出張ってくるし

まさに日本の縮図

日本大学犯罪者養成

犯罪者になるように教育されるなんて、日本大学入学した学生さんが気の毒だね?

俺の母校がこんなことやってたら、OBは黙って見過ごすような連中ではないだろう。

看板を汚されても黙っているのが日本大学校風なのだろうか?

 

2018-05-19

だが、あるフェニックスOBはこう語る。「内田氏は気が小さく、監督の器ではない。コーチ時代は篠竹監督がいたのでおとなしくしていたが、学内での地位が上がるにつれて独裁的な組織運営をするにようになった。人の上に立ってはいけない人だ」と。

 その一方で内田監督指導を受けたことのある別のOBは「篠竹監督のもとでコーチをしていた頃はサポート役で、私たちにとっては優しい兄貴分だった。ご飯にもよく連れて行ってもらった」と語る。ただ、90年代後半以降に日大がなかなか優勝できなくなった頃から変化を感じたとも言う。

「篠竹監督には直接は言えないから、みんな非難内田さんに向けてしまう。『内田はなにをやっているんだ』と。その頃から人を避けるようになった。篠竹さんに代わって監督になってからも、少しずつ孤立していったんです」

青年会議所 (JC) のタバコの話

記事になっていて、いまだにこんなことをやっていたのかと呆れる反面、あいつらが反省して変わることなど無いんだろうなと思った。

https://www.huffingtonpost.jp/2018/05/18/judoukituen-jc_a_23437470/

俺は昔、ある温泉地域ホテルに務めていた。社長JCOBで、ロータリークラブや他の団体にも入っていて、それらの団体会議だとか講演会だとかを開くたび、そのホテルがよく使われていた。

その中でもJC会議がある日 (たいてい週末) は酷かった。ホテル共用部分基本的禁煙だが、ロビー一角喫煙スペースがあり、そこでだけは吸える仕組みだ。連中は会議が中断する度に大挙して押し寄せて喫煙室を占領するのだ。

喫煙スペースはガラス張りなので、ロビーにいる他のお客様からよく見える。週末だというのに、真っ黒のスーツを着た小太りの30代達が喫煙スペースにひしめき合ってる光景は異常だ。あまりに人数が多すぎてカバン持ちのような下っ端連中は入れず、ホテルの裏、路上、隣のホテルの前などで吸う。苦情を受けるのは我々だ。

喫煙スペースが狭すぎるんじゃないかと思われるかもしれないが、他の団体ではそんなことはない。結婚式だとか、交通安全関連の講習会だとか、医者の集まりとか、奴らと同世代くらいの同窓会などではあんなことにはならない。他の団体に比べて喫煙者率が異常に高すぎるのだ。

想像してみてほしい。一般お客様が、観光を終えてホテルに到着され、これから温泉に入ろうと楽しみにされているときあん光景をご覧になってどう思われることか。それに会議が再開するたび、山盛りになった灰皿や、下っ端連中が汚した路上スタッフ掃除して回っていることを、奴らは知っていたのだろうか。

タバコ以外にも、懇親会で料理ほとんど丸々残したり、温泉に酒を持ち込んで汚したり、コンパニオンを泣かせたり、まあやることなすこと全てが幼稚だった。最初は俺が務めていたそのホテルけが特別ひどかったのかと思ったが、ネットで探してみると全国どこでも似たようなものらしく、全国的ダメ集団なのだと分かった。

さてまあ、そんなわけで入社から3年ほどで順調にJCのことが嫌いになった頃、突然社長に呼び出されて「JCに入会しろ」と言われた。何の冗談かと思った。

承諾する気は最初からゼロだったが、話を聞くだけ聞いてみた。現役会員からまれて、会社から1人社員を入会させると約束してしまったらしい。それで俺に「入会しろ年会費会社で払うから」と言ってきたのだ。そこで俺は質問した。

「それは会社としての命令ですか。年会費以外の費用会社で全て負担してくださるんですか。会の活動に参加する時間は全て業務時間と見なして、代休残業代休日出勤手当を頂けるんですか」

社長は言った。あくま個人活動だ。年会費以外は出せないし、活動仕事が終わってから、もしくは休日しろ。そんなのは当たり前の話だろう。お前に成長して欲しいから薦めてるんだ。お前は勉強必要だ。この機会を活かして学べ。必ず役に立つ。

お断りします

しばらくして時季外れの配置転換命令が出て、採用された際の約束と全く違っていたので俺は頭にきて自己都合で退職した。まあその話はもう済んだし、転職して大正解だったのでどうでも良い。

この一連の話は数年前の話で、それから時間はだいぶ過ぎたというのに、まだ相変わらず似たようなことをやっているんだと知って呆れた。社会を変革する前に、まず自分を変革してみろよ。禁煙できないばかりか、迷惑かけずに吸うくらいのこともできず、何が世界平和だ。バーカバーカ。

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