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2017-11-21

賞の名前が軽い

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%90%E3%82%AB%E3%82%B2%E3%83%AD%E3%82%A6

一般にはアリジゴクは、羽化時まで糞だけでなく尿も排泄しないということが通説化していたが、

2010年にこれが覆されたと報道された[3][4]。報道によれば、

千葉県袖ヶ浦市在住の小学校4年生がアリジゴクの尻から黄色い液体が出ることを発見し、日本昆虫協会に報告した。

1998年には研究者が「糞は排泄しないが尿はする」ことを調べ、尿の成分に関する論文も発表していたが[5]、

多くの人が長年確かめようとしなかった昆虫生理生態を小学生自力発見たことが評価され、

この研究に対して協会より「夏休み昆虫研究大賞」が授与された。

結構大発見なのに「夏休み昆虫研究大賞」なのかよ!

夏休みレベルじゃないだろ!

2017-11-17

8つ年上の男を振った

8つ年上のバイト先の社員を振った。

バイトといっても来週辞めるのだけど。その、送別会も兼ねて、バイト先の30歳の男性社員と2人で出かけた。

普段は、バイト近くのファミレスでご飯を食べたりするのだけど、わざわざ新宿イタリアンを予約してくれていた。

たわいもない話で盛り上がっている中、夏休みにどこに旅行に行きたいかの話しが出てきたので「いいですね、彼女さんと行けばいいじゃないですか」と言った。社員には付き合って3年の彼女がいた。

「いや、別れちゃったんですよ」

社員が口を開く。重い空気。そう言うのわかってたけど。だって、急に誘われたし、わざとらしいし。

一週間前に別れたらしい(追記:彼女がある宗教信仰していて、結婚の話を進めるのなら入信してほしいと頼まれたらしく)。そして、帰り際に告白された。わたしには付き合って一年彼氏がいたので断った。バイト先では自分のことをあまり話していなかったので、社員は気づかなかったようだ。

わたしバイト先で友達ほとんどいなかったし、ういた話もなかったし、無難ニコニコしてるおとなしい人って感じなので、イケると思ってたんだろうなあ。

と、まあ、よくある話なんだけど。振る側にまわるのも嫌な気持ちだとわかった。

好きでもない人から好意気持ち悪いとか男の子から好意気持ちいいとか某漫画とは違う。

かなり年上の人が自分の目の前でガッカリと肩を落としているのが、見ていてつらい。つらいのは向こうだし、勘違いさせたのは自分なんだけど。わたし反省すべきなんだけど。

そんなのはわかってるけど、なんか、「なんとも思ってない人から好かれる」って重たいなって身をもって体験した。当たり前だと言われればそれまでなのだけど。

2017-11-14

マリオオデッセイクッパ城で、寿の旧字体である壽と書かれた幟がお拍子に合わせて舞うのをみて、祖父仏壇連想する。

子供の頃、親の実家帰省してふあっとした記憶しか残っていない祖父母の仏壇に漫然と手を合わせるたびに

両脇に「壽」と書かれたぼんぼりがあるのは目にしていたけれども、意味も知らなかった。

その理由を知ったのは初めて身近な人を亡くす経験をした祖父法要で。

「うちの家紋は寿=壽だから」「寿って?」「ハッピーってこと」

お酒に昔話に弾む大人道中にげんなりとする中で引火してしまって

眠たいと座布団を蹴っ飛ばして出て行ってしまった。

祖父釣りに行った夏休みは大好きだったから。

皆、自分が入ることになった中学の話ばかり質問責めにあって辟易していた。

あの時、自分自分が知らない祖父の話がしたかったのだ。

ゲームから始まるプルースト効果にしたってなんでこんなことで思い出すのだろう。

思い出せてよかった。

2017-11-10

誰も私のことを気にかけてくれない、というつらさ

一年間頑張ってきたサークル活動が、自分にとって失敗に終わろうとしている。

去年、先輩方の事情で、サークル幹部半年前倒しで私たち一年生に替わった。

いきなりのことだったので、慣れない私たち右往左往しながら、実際のところは何もすることができなかった。

そして、しばらくすると新代表のやる気のなさ、不適任さが浮き彫りになった。

このままではバラバラになってしまう。

私はこのサークルが好きだったので、代表から権限の多くを引き継いで、頑張った。

低空飛行ながら、なんとかサークルは持ち直した。

新年度になり、私たちは二年になった。

勧誘を頑張ったおかげか、新入生がたくさん入った。嬉しかった。

新入生は優秀な人が多かった。

私もやる気が出て、頑張った。いろいろなものを一緒に作った。(私のサークルものを作るサークル)

活動は去年より充実していた。

新入生も二年生も楽しそうに見えた。

私もとても楽しかった。

異変が起きたのは夏休み入ってすぐの、合宿の時だった。

合宿初日夕方、二年生の女子の部屋に呼ばれた。彼女達は明らかに怒っていた。何があったのか聞くと、合宿企画係の女の子と、副代表(名ばかり)が、夕方にとんでもない大喧嘩をしたらしい、ということだった。

話を聞くと、合宿の内容について、副代表がいろいろと文句を言い、それで口論になったということだった。話を聞いて、自分には副代表の方に非があるように思った。

しかし、何より不思議だったのは、その喧嘩した2人が、サークル内でとても仲が良く、ムードメーカー的な存在だということだった。とても喧嘩するようには見えなかったので、私は驚いたのを覚えている。

その後、合宿は(表面上は)無事に終わった。

喧嘩真相は、夏休みが明けてから判明した。

私は(そして部員の大半も)知らなかったのだが、二人は付き合っていたのだ。そして、合宿の一月ほど前に別れていたのだった。要するに痴話喧嘩である

そして、その喧嘩きっかけに、サークル下り坂になっていく。

夏休みが明けて以降、それまで熱心に参加してくれていた二年生の女子たちが、あまり来なくなった。

二年男子は人数も少ないし、元々あまり参加していなかったので、結局、まともにサークル活動している二年生は私を含めて数人になってしまった。

二年生の仕事は膨大である

それを少人数でこなすのは容易なことではなかった。今まで他の人に任せていた仕事も私がやることが多くなった。

それでも、なんとか忙しい中で頑張れたのは、私がまだこのサークルが好きだったかである

しかし、やはり疲れるものは疲れるのだ。

特にイベントの前になると、夜遅くまで残らないといけないことが多く、つらかった。授業中に寝てしまうこともあった。体力的にはギリギリ状態だったと思う。

そしてある日、疲れ果てて夜遅くに家に帰ってきて、考え事をしていると、ある事実に気がついて愕然とした。

それは、もうサークルの誰も私のことを気にかけてくれないということだった。

二年生は、あの事件以来、サークル活動距離を置こうとしている人が多い。少なくとも以前の熱心さはなくなってしまった。私は事情を知ってるから、それを非難することはできない。

一年生は、私たち二年生がどれだけ大変な仕事をしているかまだ知らない。

私の周りにはもう、愚痴を言える人も、一緒に大変だと言い合える人もいなかった。

私を気にかけてくれる人はいなかった。私にはサークル活動がつらいものになっていた。

イベントは無事に終わった。皆、表面上は楽しそうだったが、心中はどうだったのだろう。私はとにかく疲れていた。

そしてイベント後、幹部交代の話が出た。

本当はあと半年残っているのだが、早めに交代したほうがいいとの意見が二年生の間で出たのだった。

色々と協議した結果、残りの半年は引き継ぎの期間とすることになった。

私たちサークルは、一年生の話し合いで幹部を決め、上級生はタッチしないのがルールである

二年生で残りたい人は新幹部と共同して働き、辞めたい人はすぐに交代する。そのように決まった。

私は残るつもりだった。まだ、サークルのために頑張らなければならないという気持ちが残っていた。誰も私のことを見ていなくても、サークルのことについて教えていかないといけないだろうという責任感があった。その時までは。

しか最近、またある噂が聞こえてきた、一年生の新幹部の間で、色々と問題が起こっているということだった。

あの人とあの人の仲が悪いとか、誰にでも愛想を振りまくあの人が危なっかしいとか、あの人とあの人が付き合って、あの人が嫉妬しているとか、そういう話である

その話を聞いて、私の気持ちは完全に切れてしまった。

結局同じか、と思った。

このままいけば、またゴタゴタで消耗し、私たちの代と同じようにみんな消えていくに違いない。

正直、もう関わりたくないと思った。

あと半年猶予があるが、私もその猶予を待たずに消えるだろうと思う。

残った人は困るかもしれないが、もう頑張る気力も、責任感も無くなってしまった。

ここで頑張っても、誰も私のことを見ていないだろう。私の頑張りを評価してくれる人はいないだろう。

そもそも代表ですらない、さらにいえば副代表でもない、ほぼヒラの私が、何故あんなに頑張らないといけなかったのか。そして、何故、誰も私のことを気にかけてくれなかったのか。

何がいけなかったのだろうと思う。

何がいけなかったのだろう。

私の一年間の頑張りは、一体なんだったのだろう。

誰か教えてください。

2017-11-06

[]P4G vita 30h

8月半ばで30時間くらい

そろそろジュネスバイトが始まるくらい

5よりもステータスが上がりやすい気がする

でもコミュがすっげーあげづらい

時間経過なしで好感度upがほぼできないから、かなり厳しい

あと夏休み学校連コミュが一切できないのもつらい

でもまあ難易度下げてるから物理で殴りまくれるから爽快

うーんこういうこというとすぐシュバってくる人いるかあんまいいたくないけど、

正直ペルソナの3以降のコミュイベント、すっげー好き

それぞれは短い会話の積み重ねでしかないんだけど、なんかすごく考えさせられるようなものとか共感できるものとか、応援できるものとかが多くて、

クラナド100時間やるのと同じくらいの感動があるように感じる

ただ効率目指すと一番好感度あがるもの選んだりしなきゃでそこはもろ刃の剣だけど

もっとAIで好きなように選択しえらべてそれに応じたコミュupができればもっといいと思うけどまあ難しいよなあ

あとペルソナ3以降で地味にすきなのパート2としては、授業中のトリビアクイズだな

無駄雑学詳しくなれてへーってなる

まあプレイ後は忘れちゃうんだけど

まさに授業中の先生雑談聞いてる感じですごく楽しい

あと4でよかったといえば男友達魔術師だな

5のリュージがクソうざすぎたのと3が陰湿だったところもあってすごく心地よかった

あと4は世界がいい意味で閉じてて、5みたいに無駄に壮大じゃないのもいいね

でも4のNGなところはダンジョン冗長なところだなあ

代わり映えしないダンジョンを10Fも上るのめんどい

色違いなだけの敵を倒すのもめんどい

シャッフルタイムでとくに個性も何もなくペルソナ仲間になるのもいまいちあっさりしすぎてて思い入れ持てない

まあ会話とかせんでいいぶんめんどくないともいえるけど

anond:20171105074601

quick_past おもちゃを売るための作品としての側面が強くて、キャラクターが長続きしないよなあ。アメリカみたいに同じシーズンを鬼ループさせて商品もロングライフ化させる商売はできないもんかね。

アンパンマンとか

結局、他にそこまで支持されるキャラクターを作る事が出来ないか

から次へと新しいキャラクター=新しいおもちゃを出す商売しかできないのかな。

あのどんどんキャラ使い捨ておもちゃも粗悪品だろうと売り逃げする姿勢がどうも好きになれないんだけど。

夏休み商戦の為に新キャラ出して、クリスマス商戦の為に新武器や新フォーメーション出して、と

物語おもちゃの都合で作られるし。

2017-10-29

不安

彼氏ラブラブだけど、ラブラブなのに、返信遅いと異常なくらい不安になる。

彼氏一目惚れで付き合ってるし今までも私が色々やらかしたことを全て許してくれたような優しい優しい彼氏ではあるけど

でもだからこそ、あぁやっぱり私の性格イヤになったらとか、今までのことも蓄積されてたら…とかもうどうしようもない不安でいっぱいになってしまう。

どうせ一目惚れで付き合ってる女の子性格なんて好きじゃないだろうし(性格もココとココが好きだよとは言ってくれるけど)

対面してる時にやらかす分には「彼氏の好きな見た目」ていう最大の武器こちらは持っているので自信満々だけど

会えてない時間はその武器がない(気がする)からすごくすごく不安になる。

もうお腹がキリキリして食欲がゼロになって涙が勝手ボロボロ出てくる異常さ。

その度に、彼に見向きもしてない時代アプローチされて可哀想なことしちゃったかなて時のこと思い出して尚更辛くなる。

夏休みもその状態になって、モデル体重まで痩せたくらい。

ごめんなさい言ったし既読もついてるのに。

バイト中ていうのはわかるけど。あんまり彼に送るのもダメだと思うからはてなに吐き出した;;

2017-10-27

いきいきママ被害妄想って何なんだろう

自分が一番苦労してる、周りは皆楽してる、ズルイズルイというあれ。

本当に、視野も狭いし世間も知らない感じ。

他人が私を批判するのは、私が楽してるズルイズルイと思ってるから」と決めつけるのは、

自分がそうだからなんだろうな。

大分前だけど、(晒上げするつもりはないのでIDは出さないけど)はてないきいきママさんで

子供産む前は子持ち女は楽してるズルイズルイと思ってたけど、子供産んだら大変な事が分かりました!子無し女ズルイズルイ!」

って言ってる人いたなあ。

んで「職場で周りに嫌われるの、私の大変さを理解して貰えないの、働くママって差別されてるよね」とか言ってて

どこから突っ込めばいいのかと思ったけど。

今でも偉そうに「大変な働くママな私」なブコメつけてるみたいだけど。

あいう人の同類が、上記みたいな事言ってるんだろうな。

例えば職場で「新人」「若い女の子」として甘やかされて、実家に住んで家事母親丸投げ・給料は全部お小遣い、と言う生活していた人が、

結婚して子供産んだら家事育児自分がメインでやらなければならない、給料生活費に取られて遊びに使える金激減、

となって「私今物凄く苦労してる」ってなってるのかな。

学生就職して「夏休みがたった数日しかないなんて大変すぎる」と言っているような感じで。

仕事も元々そんなもんだと思ってるから子供いるからと年食っても甘やかされ続けててもそれが当然と思っていて

仕事なんて楽ちんなもの仕事大変とか言ってる人は無能なだけでしょ、と思ってるとか?

新入社員の頃に、そうやって周りに甘やかされてたのを勘違いして自分超有能周り無能と思っていた自分黒歴史を思い出す。

自分も相当馬鹿だったけれど、流石にすぐ目が覚めたのに

いい年こいて子供いてもその認識のままというのは、世間知らずも甚だしい。

2017-10-26

anond:20171026170148

車の免許は。たいがい大学時代に親が出してくれて、夏休みに取得するかんじでしたね。

地方から車の免許ないと、みたいな風潮で。

自分は、卒業後に働きながら夜間教習所通ったけど。(もちろん自腹)

2017-10-25

社会人だけど夏休み小学生みたいな事してる

今月会社ネットサーフィンしかしてない

納品まであと2カ月

まだ作業を開始するやる気が出ない

2017-10-22

死ななきゃいけない気持ちに振り回されていた僕のお話

内面の整理のために吐き出しています、その関係上乱文になってると思います

僕の中学時代地獄だった。

間違いなくあそこに地獄があった。

少なくともあの時の僕にとっては地獄だった。

虐められた、とても虐められた。誰も味方がいなかった。

虐められるターゲットだった。友人は居なかった。一人だった。

家の中にも安らぎはなかった。家もまた気を張る場所であった。信頼ならない場所であった。

母は精神障害者だった。弟は知的障害として小学校の時分から養護学級の者として生きていた。父はそんな二人の世話に明け暮れていた。

とても頼ることなど出来なかった。

学校では「死ね」「キモイ」そんな言葉がずっと浴びせかけられていた。常に居場所がなく、昼休みは別の校舎の廊下音楽室の陰といったひと気のない場所避難する時間であった。

とても辛かった。そんな場所だった。

部活小学校の時にサッカーが好きだという理由サッカー部に入った。大失敗だった。

部活にも勿論居場所はなかった。選ぶ場所を間違えた。

部活中にも時折、野球部の方からボールが飛んできて僕に当たっていた。たぶん、ぶつけられていたのだと思う。頭に何度も当たっていた。とても辛かった。

中学校1年の2学期から休みがちになった。1学期でも体調を崩しがちであったが、休むために休んでいたのはこの頃だったように思う。

とても行くことが嫌だった。そんな風に休むものから勉強も遅れがちになった。宿題が溜まったのもより行きづらさに拍車をかけた。

英語がついていけなくなった。

家は貧しかった。貧しいが故に常識も知らなかった。小学校宿泊研修で初めてリンス存在を知る程度には貧しかった。

とても閉じていた。服もなく、娯楽を知らず小学校夏休みの絵日記に苦労していた、そんな記憶が残っている。

旅行に行く人達を羨ましく思いながら、隣町の祖父母の家に行く位が一番の遠出だった。

どんどん私は中学校に行けなくなっていた。田舎中学校故だろうか、治安もよくない学校であったのも一因だったとは思う。

通学の自転車指定自転車だったが、指定の物ではないものを買い与えられ、そのことがまた虐めの原因にもなっていた。

通学することが苦痛だった。

家の中では良い子でなければ、迷惑をかけないようにしなければならず、学校には居場所がなく、そんな状況が続いていた。

中学1年の三学期にはほとんどいけなくなっていた。ひたすら虐めの恐怖に怯えていた。布団の中でまるまって何故虐められるのか分からず、相談できる相手もいない、一人で苦しみ続けていた。

家の外に出るのが怖くなっていった。休んだことを揶揄されることもまた恐怖だった。ひたすらに家の中で時間を過ぎ去るのを願っていた。夜になってようやく少しだけ外に出られるような有様であった。

中学2年には全く通うことができなくなっていた。申し訳ないと感じつつも動くことができなかった。昼に父が職場から帰ってきてお昼の支度をしてくれる時間が僅かばかりの気晴らしといった毎日であった。

中学3年のころには少しだけ保健室登校のようなことをしていた。それでもほとんど休んでいた。勉強についていけなくなっていた。将来の恐怖に押しつぶされていった。

受験があった。とてもできず、また遠方へ通えるような財力はなかった。地元の県立高校に進学した。

高校に入った。周りは大人になっていたからか、虐められることはなかった。だが、僕自身人間不信になっていた。やはり一人だった。

そして、とても落ち着かなくなっていた。

授業中に突然笑いだすようなこともあった。エア友達脳内会話して笑いがこぼれていた結果だった。

ギャップを感じていった。普通が分からなくなっていった。休むようになっていった。精神科へ通うことを勧められた。ここで初めて通うようになった。

月イチでの通院の日々だった。それでも行けないことには代わりはなかった。

出席日数が足りなくなっていった。補修を受けるようになっていた。補修にも行けなくなった。単位を落としてしまった。通わなくなった。

単位複数落ちてから、一つだったら頑張ればなんとかしてあげれたと言われた。もう遅かった。手遅れだった。

留年するか転校するか退学するかの選択肢となった。金銭上、転校することは出来なかった。そのまま退学することになった。

高校に入ってからしばらくしてから与えられた携帯ネット依存するようになっていった。

普通じゃなくなっていく苦しみを誤魔化していた。なんとか逃れようとしていた。

ネットに居場所を求めるようになっていった。その間は少しだけ救われていた。

現実は苦しかった。

将来への絶望は消えなかった。

父母弟の介護をしつつ、田舎から出られず永久にそのまま終わるようにしか思えなかった。

ネットへの依存は加速していった。

17になった。心を誤魔化すためのゲームで繋がりができていた。オフ会に参加することになった。

オフ会に参加するのが唯一の遠出だったと思う。

隣の県まで電車で行った、少しだけその時は救われていた。

18になった。早く頑張らなければ、何かしなければという焦りと苦しみがちりちりと焦がしていたが見ないようにしてゲームに没頭していた。

19になった。オフ会で会った友人たちが大学生になっていった。僕は一人取り残されていった。

また一人になった。

一人の時間が長くなった。その分だけ余計に焦りと苦しみが増していった。向きあおうとして、オフ会の友人との繋がりを控えた。

より苦しくなっていった。薬に甘えないようにせねばと思ってあまり通院してなかった時期でもあった。

夜に原付飛ばしてみたり、自分なりの反抗をしていた。それでも苦しさは消えなかった。

夏の終わり、自殺を図ろうとした。海の近い町だった。このまま砂浜から海に入っていけば泳げない自分死ぬのではないかと感じていた。

服が海水を吸って重くなっていった。明確に死の恐怖を感じた。このまま自分が死んでいなくなる恐怖だった。この世から消え去りたくないと感じた。

砂浜へ引き返した。びしょ濡れのまま、一人家に帰った。自殺しようとしたなんて打ち明けることなど出来なかった。

死ななきゃいけないという感情はそれでも消えなかった。僕は考えを捻じれさせていった。

死ななきゃいけないなら、自分自身死ぬことを納得できる人間になろうとすればいいじゃないかと考えるようになっていった。

当時のニュースの影響もあって、大量殺人者に憧れるようになっていった。ああすれば死ねる!と。

30になったら行おうと思っていた。そこまでの命ならと思って、散財するようにもなっていった。

課金ゲームにハマっていった。諫められても、助けてくれなかった親への恨みから正当化していった。

深みにはまってどんどん続けていた。

20になった。成人式を迎えた。流石に焦りを迎えた。

バイト探しをするようになっていった。田舎から求人は貴重だった。

毎度のごとく落ちていった。

21になった。レンタルショップバイトに受かった。バイト代はすべて課金ゲームにつぎ込んでいった。

22になった。僕はバイトのままだった。世間就職にまた焦っていった。

23になった。友人の誘いで地元原発作業員になった。入ってウキウキ気持ち原発への嫌悪感がごちゃ混ぜになっていた。

半年で辞めてしまった。よりヤケになっていった。クレカ借金を作れば自分死ぬことに納得いくだろうと破滅的な行動が増えていった。

24になった。転職サイトで中途で入社した。ネット販売員だった。営業だった。件数全然取れなかった。頑張っても取れなかった。

頑張ることの意味が分からなくなっていった。努力しなくなっていった。ネットへの依存は深まっていった。

グループ内で転籍させられた。借金は増えていった。死にたくてたまらなかった。

25になった。課金ゲーで出会った友人に職に誘われた。僕は後先考えずに飛びついた。殴られるような営業から逃げられると思った。

転職先は良いところだったが付いていけなかった。そのころにはもう考えてもストレス意識が飛ぶようになっていた。

転職先を辞めてしまった。

無職になった。生活保護を受けるようになった。治療を受けても、あまり合わなかった。借金は残ったままだった。

四か月経ち、今日バイトを始めた。あまりのおぼつかなさに愕然とした。

死ななきゃいけない声が聞こえていた。今までは、周りを批判的に見たり、自分の実力を弱く見せたりして補助を貰おうとして誤魔化していた部分も遂に終わりを迎えた。

虐められていたときに亡くなった祖父母へのお別れの気持ちも1週間ほど前に整理がついた。

中学のころからの死ななきゃいけないを外すときが来た。そんな風に思えた。

借金は今、自己破産手続きが進んでいる。

2017-10-19

自分状態がよくわからんから精神科心療内科にいってみようかと思ったけど

とりあえず一時期無駄に買い物しまくって押入れいっぱいになった部屋の片づけからやろうかなと思って、

予約の空きを調べてもらってる間に電話切った


自分状態は下記

世の中のがんばってるリーマンとしては割とふつう?なようにも思えるから

単なるわがままおこちゃまのようにも思えて、もやもやしてずっと低空飛行のメンタルを続けている感じ


ひたすら寝たい

貯金は数年引きこもれるくらいあるから仕事やめてひたすら寝たい

仕事やめたい

目の下のクマがひどい

朝方になって何度か起きてしま

仕事中に集中できない、頭がぼんやりしている、考えがまとまらない

土日もほとんど寝てる

やりたいことはあるけどやる気がでなくて寝転がってるうちに寝ちゃう

でもよるもねる

平日帰るのが22時とかすぎたりとか

こないだは定時退社日ちゃんとやれってお達しあったからひさしぶりに定時にかえってシャワーあびてごはん食べたけど、

結局早い時間に寝てしまって好きなことできなかった

好きなこともできないのに仕事でだけいろいろ言われて、集中量 かんがえまとまらないぼんやりしてるから仕事にも時間かかって退社がおそくなって

睡眠時間もへって・・・悪循環

とりあえず死にたい

カジュアル死にたい

安楽死調べたけど無理そうでめんどい

心療内科オランダだかの安楽死紹介してくれないかなとも思ったけどまあまず無理だよな

死にたいっつってもずっとズーンと気分が落ち込んでるわけじゃなくて、割とフラット気持ち死にたいと思ってる

会社の窓から飛び降りたら死ねるけどそしたら会社会社が入ってるビル迷惑かけるしなあと思う

でも割と今ほんとに未練ないから、安楽死できるとこあったら行きたい

苦しいのは嫌だから安楽死じゃなかったら死にたくはない程度の自制心がある

生きるために働きたくない

生きるために嫌な思いしないといけないならもう死にたい

通勤中にこっちの責任ゼロで車がつっこんできてくれたりしないかなと思ってる

夜は疲れてるから割とすぐ寝れる

1週間夏休みとって好きなように寝てたらクマは薄くなったからやっぱり睡眠とるのと仕事しないのが大事なんじゃないかちょっと思ってる


anond:20171019003910

これ書いたあとに気づいたけどここまでひどくないけど似てる部分もあるなあ

・‪夜10時ぐらいに寝ても休みの日に昼間まで寝てしま

→ある

・疲れているのに寝つきが変に悪い、安眠グッズ、リラクゼーション効果が出ない

→グッズとか試してない。ねつきはいいけど睡眠の質が悪い

・夜中何度も目覚める

→朝方に起きるから違う

・好きなことなのにだるくて時間が割けない

→あてはまる

・好きな事なのにやる気が出ない

→あてはまる

・日々の行動の中で生産行動を全くしなくなった(クリエイト系の趣味があると分かりやすい)

→あてはまる

栄養はとっているのに日中ふらふらする

→あてはまる

・ふとした時に意味もなく、または前触れもなく何か辛い記憶が蘇ってきて突然涙が出る

→ない

・食欲が過剰に増えたり減ったりする

→ない 常にフラット

・他意のない言葉自分を傷つける意図を感じとり過剰に反応する

→感じ取るけど反応まではしない‬

仕事が始まる前から失敗や小言、嫌味を想像してひどく憂鬱になる

→ある

[]川口雅幸「虹色ほたる永遠夏休み~」

君の名はのパクラレ映画として上がってたけど映画はなかなか見れないなと思ってたところ、

ブックオフいったらあったから40分くらいでざっと立ち読みした

あらすじ

夏休みに、田舎に帰る子供主人公

そこは、昔村があったけどダムに沈んだって場所

とあるきっかけでダムに沈む前にタイムスリップして、過去の村でひと夏を過ごす


今40~50歳くらいの人ならストライクノスタルジー刺激されるのかなって感じの内容

個人サイトで連載されてたってだけあって、素人くささの残るクオリティで、正直いまいち

セリフとかがいちいち芝居がかっていて、読んでて違和感がある

展開も遅く、内容も薄い

まあストーリーじゃなくて昔の夏の過ごし方ってところがメインになってるからかなあとも思ったけど

地域祭り子供が手伝わされたこととか細かく書いてたりして、ディテールはあるかもだけどストーリーとしては面白みがない

自分過去の思い出を書いてるだけのような感じ

ストーリーとしてはありきたりで特に感動もせず

映画原作とはちょっと変わってるらしいけど映画のほうが自分にはあってるかも

原作ファンにとっては映画ちょっとテーマ変わってていまいちだったらしいが

2017-10-18

がっこーのせんせーです

都内私立高校に勤務している教員です。

かれこれ5、6年は勤務しており、仕事にも満足しています

給料は同じ大学の友人より安いですし、

部活などの休日出勤も多いので決して待遇は良くないですが、

好きな仕事を選んだので仕方ないと割り切っています

ただ、最近、これから先、この仕事のなり手がいるのか不安です。

私は朝5時に起きて7時には出勤しています

定時は8時から17時ですが、始業前の準備や時間外設定の会議を考えると

7時から18時くらいにはなってしまます

それでも遅くまで残業している職種の方に比べれば大したことはありません。

休日も2日はありますが、部活などで休日出勤が続くと30連勤くらいは普通です。

夏休みなどがあるからと思われるかも知れませんが 、

部活合宿の引率、夏期講習などを差し引くとお盆休みがあるだけなので

一般的職業と大差ないかと思います

総合すると給料水準は求められる資格学歴に比して安く、

その他の待遇普通の業種と同じかそれ以下といったところです。

一方、教員に求められる業務は増加しています

文科省方針コロコロ変わりますが、

その都度、カリキュラムの改変や専門外科目の勉強を迫られます

また、未だに手書き公文書が多いことも業務を圧迫します。

なにより一番は生徒対応保護者対応です。

私はどんな理由があっても体罰には反対です。

暴力解決するのは教員仕事ではありません。

昔は一発のゲンコツで済んでいたのかもしれませんが、

根気強く諭すしかありません。

それでも事と次第によっては、声を張り上げて叱ることもあります

しかし、最近ではそうした行為恫喝パワハラだと批判されることもあります

教員の肩を持つ気はさらさらありませんが、

先日も福井中学生自殺した事件で、

教員の叱責が原因であるという批判がなされています

授業妨害をする生徒や提出物を繰り返し出さない生徒に

他人邪魔をするなら学校辞めろ」

勉強したくないなら高校に来るな」

と、叱ったこともあり、これも不適切指導になるのかと悩みます

また、保護者要求肥大化しています

自己都合で休日の出校を求められたり、

電話暴言を吐かれることもあります

もちろん大多数の保護者は協力的で理解してくださっていますが、

問題児保護者ほどいわゆるモンスターペアレントの傾向は強く、

学校での問題保護者に報告しても、

逆に教員指導が悪いと管理職クレームが入ります

一番、ショックだったのは宿題を忘れたことを怒鳴るわけでもなく叱ったら、

人殺し」とクレーム電話が来たことでしょうか。

こういう状況でも大多数の生徒や保護者が支持してくれ、

生徒が志望校合格したり、卒業生が遊びに来てくれると嬉しく、

やはりやり甲斐を感じる仕事です。

ただ、今は経済状況もよく、あえて低賃金責任長時間労働

仕事に就く意味はなく、「奇特な人」がやる仕事になっていくように感じます

また、少し先の見える学生さんであれば少子化日本において、

教育市場は縮小していくので、定年まで雇用があるかも心配するでしょう。

このような状況では優秀な人材教員にならなくなっていき、

教育現場は荒廃していくと思います

文科省は「やり甲斐アピールする」と言っていますが、

業務量の整理や待遇改善モンスターペアレントから守ることなど、

目に見えた対策を取らないと現状の打開は難しいと思います

現役教員の目からたこから教育現場

これから日本への不安でした。

これを読んで少しでも教育について考えてくださったら嬉しいです。

2017-10-17

絵が描けるという呪縛

うまく描けるわけでも、魅力的に描けるわけでもない。

話題二次創作ものを描けば、ピクシブデイリーランキングには入る。

ツイッターRTが100以上になる。

話題のものを描かない場合は、地域ランキング50位内に入る。

ランキングRT数が絵の魅力を表しているわけではないし、ランキングに入っていないから駄目というわけではない。だけど、分かりやすひとつの指針であることは間違いないだろう)

その程度の、絵を描くことができるが、魅力的な絵を描くことができない画力しか持っていない。

絵師になれないインターネットお絵かきマン自分だ。

なまじ創作できてしまう、というのはすごくすごくすごく面倒くさい。

描けないから、出来てないからやめる、というのができない。

例えば、作曲家を目指すど!と意気込み、DTMを起動してみたが、自分が作りたい音がドなのかソなのか、レなのか分からない。ならと適当に良いフレーズを打ち込んでみる。

適当に良さそうなのを選んだので流れできくと全然よくない。だめだ。つくれない。

このレベルなら諦めもつく。

自分には才能がないのだ、と言い訳もできるし、そも、そのレベルで諦めるなら本気で曲を作りたくないわけじゃないんだろう。

なまじ創作できてしまう。描こうと思えば描けてしまう。

自分の絵のどこが悪いのか、どこのレベルが足りないのか、ストーリーのどこが悪いのか分かってしまう。

今日明日自分が描けなかったとしても、1年後の自分は描くことができるかもしれない。ちゃんと練習すれば。

から希望を抱いてしまう。

しかしたら、もっと今より絵を描く時間を増やしたら、もしかしたら、ひょっとしたら、万が一、運が良かったとしたら、プロになって食っていけるんじゃないかと。

あはは、何をバカなことを。

今のイラストレーターの現状を知って新卒切符を捨てるのはバカだ、と就職をした。全然違う職種に。

結論からいうと、大学時代より絵を描いている時間が長くなった上で海外ファンが増えた。

大学時代無限と思えた時間が、就職してはじめて「時間は本当の本当に有限で、ソシャゲなんてやっている場合じゃねえ! オラ、絵を描きたいんだ!」と、気づいた。本当にバカだと思う。

退社して家についたら、即パソコンを起動して絵を描く。

5~6時間ほど描いて寝る。その所為睡眠時間が削られてフラフラしながら出社する。昼休みに寝て、夜遅くまで絵を描く。

どうやら自分コマ割れるらしいと気づいたので漫画も描き始めた。

よくわからないが背景もそれなりに描けるようでびっくりした。8時間の勤務だというのに、一ヶ月に70Pも完成原稿仕上げている自分がいた。バカか?

貴重な1週間の夏休みは、寝る時間風呂トイレ以外の時間をすべて漫画を描くことにあてた。

あてたというか、自然に描いてたと表現が正しい。

それを今日まで繰り返してきた。しかし、身体悲鳴をあげた。

こんな生活を続けていれば、いずれ破綻することは分かっていた。

かに3月の自分に比べて自分画力は成長した。ファンも増えた。

でも、自分はしがないインターネットお絵かきマンだ。神絵師じゃない。

二次創作薄い本は50冊捌ける。オリジナルゲームも100本以上売ることができる。

絵は描ける。でも、魅力的な絵は描けない。

ももっと練習すれば、本気で魅力的な絵を描こうと思えば、自分もっと売っていけば……。

プロを目指すか、今の仕事を続けるか、0と1しかない視野は狭いことは分かってる。

自分でも分かっているが、一度絵を描き始めると6時間以上ノンストップで描いてしまう。毎日時間程度で我慢できるなら、とっくにしている。

から、どうにかしないといけない。

なまじ創作できてしまう。

どうすればいいのか分からない。でも、来年には25歳になる。

どうすればいいのか分からない……。

2017-10-15

anond:20171015135654

悟空だったらなんて言うかな

夏休みそいつ、つええのか?」

そんな感じ?

夏休み」という有給が無い職場で働いてる人は

・夏になって、「夏休みとった?」って聞かれたらどう答える?

夏休みない契約なんだけど、毎年誰か正社員さんに聞かれるんだ。夏休み無いの知らないみたい。で、

生真面目に、「夏休みという制度はないけど、休みたかったら有給を使う。だから夏休みと言えるかわからない」というのが本当の気持ちなんだけど、聞くのはただの社交辞令だろうし、相手にとってはどうでもいいと思うので、「もうとった」と言っている。(これからとる、というとその方が面倒そうなので)ある意味、嘘ではない。休みの日だってあるし。

仮に、「どっか行った?」と聞かれたら「行ってないなー」で話終了。

夏休み期間前で「夏休み決めたー?」と聞かれたら、「まだー」で済む。

・そしたら、毎年聞かれるようになっちゃって、ちょっと後悔。

というのも、やっぱり聞かれる度、なんとなく悲しくなってしまうから正社員さんとは違うのよ…)な感じ。そして、それに続いて自分卑下が始まってしまう。ただの社交辞令質問なんだろうけど、毎年勝手にこっそり虚しい。

でも夏休みが無いと言っても、そんな事相手にはどーでもいい事だろうし、話のコシをおりそうだし、そんな事忘れると思うし(実際1度言った人からも、聞かれる)。自分が一瞬我慢すれば、丸く収まるんだけど、でもとにかく毎年むなしくて、性格がアレだからこのようにしつこく思い出したりする。だから、ここにこんな事書いたの許してほしい(って誰に了解とってるの)

2017-10-14

若さ特有キラキラな思い出。

高2の1月、友人と大好きな男性アイドルユニットコンサートを観に都内へ出かけた。

日帰り出来る距離ではあるけれど、地方都市在住の私達には大冒険だった。

親には「東京大学見学に行く」と言って許可を得た。

数年経ってからコンサート目的だったことをカミングアウトしたら、『そんなの分かってたわよ』と言われたが。

まあ、そうだよね。見抜かれるよね。

元々は12月末の公演に申し込んでいたが、届いたチケット1月の追加公演だった。

12月公演だと学校の全員参加の冬期講習と被っているので、追加に回ってかえって良かったねーと友人とのんきな事を言っていた。

今思うと、当初は冬期講習をサボって行こうとしていたんだから怖いもの知らずというか何と言うか・・・

どんな理由を付けても学校や親にバレるのは目に見えている。

親は学業だけには厳しかったので、バレた時の事を想像すると今でも背筋が寒くなる。

とにもかくにも、1月の公演参加が決まってからは友人とどんな服を着ていくのか、どの電車に乗るのかなど、色々計画を立ててその準備期間さえもめちゃめちゃ楽しかった。

座席ブロック名に数字アルファベットが付いていなくて、位置特定出来ない名称が書かれていた。

なので、チケットが届いた当初は位置いまいちからなかった。

特設の会場だったので、座席表も出回ってなかったのかと。

そんな話を教室でしていたら、他校の友達がその会場での他ユニットコンサートに行ったというクラスメートが、「そのブロック前の方らしいよ」と教えてくれた。

そして迎えた当日。

どのくらい前なんだろうね、とワクワクした気持ちと、都心へ向かう緊張感が入り混じりながら会場に着いた。

係員さんに聞きながら座席に向かったら、2列目のドセンで放心。

コンサートが始まったらはしゃぎまくって、真冬だというのに半袖になった。

初めて観る、本物で生身で至近距離の彼ら。

何度もテレビで見ていて、参加したかったコールアンドレスポンス

約2時間、こんなに楽しい世界があるんだと思った。

東京近郊のファン番組観覧や公開収録に行くチャンスもあるだろうけど、我々には叶わないので、余計に楽しかった。

まりにも夢みたいで、テレビを見てるみたいだな、とも思った。

終演後、夢見ごこちのまま公式グッズショップに行って写真を買い込んだ。

憧れのMILK本店にも行った。

地元セレクトショップでも扱ってはいたが、本店に行くことに意義があったのだ。

お店の全てが可愛かった。

何か買ったのかは覚えていない。

高校生お小遣いでは大物は買えないはずなので、買ったとしたらカットソーか何かかなと。

その次は、都内私大へ向かった。

私が受験視野に入れていた大学

外観だけみて「ここが〇〇大かー、都会だなー」と言いながら数分で後にした。

「ちゃんと大学見たし、親に嘘はついてないよね」と友人と笑いあった。

なんと能天気なことか。

最後は、とある場所壁画を見に行った。

推しの主演ドラマが始まった時期で、期間限定壁画が出来ていたのだ。

主要キャスト手形もあった。

壁画をバックにしたり、手形に手を合わせて写真を撮った。

こうして盛りだくさんな日帰り東京遠征を終え、帰路についた。

都内高校生には普通休日でも、私達には大冒険キラキラした1日だった。

もうすぐ高3になる時期だったので、勉強頑張って夏休みに1日だけコンサートと併せて東京に来たいな、とモチベーションを上げた日にもなった。

都内を移動中、どこかのショップで当時大流行していた香水を試しに嗅いだ。

友人はそれを買ったような記憶

今でもその香りを嗅ぐと、このキラキラしていた日を思い出す。

充分過ぎるほど大人になった今、誰にも気兼ねする事なく(チケットさえ取れれば)好きなコンサートやお芝居を観に行けるし、好きな洋服も買える。

でも、この高校生の時のようなキラキラ感はない。若さ特有のものだったのか、地方都市在住だった事による特別感だったのか。

あのキラキラ感は味わえないと思うと、ちょっと淋しい。

余談をいくつか。

高3の夏休み最後の1日に念願叶ってコンサートに行く事が出来た。

この話はまた近いうちに書きたい。

そして、この男性アイドルユニットは今も現役だ。第一線にいてくれている事が嬉しいし、感謝している。

最後・・・特設の会場』、『壁画』などのキーワードでこのユニット特定出来た方、同年代ですね!

楽しくて、キラキラしてましたよね。

2017-10-12

いもうと

まれから20年経ってようやく自分が出来損ないだと自覚した。

私には1人妹がいる。小さい頃から喧嘩ばかりしていたけど、妹が私のことをあだ名で呼ぶようになった頃から喧嘩は少なくなり、今では毎日LINEをしている。

私は小学校のころ友達が居なかった。だから華々しく中学デビューを飾るため、隣市の中高一貫校受験することにした。私は私が誇らしかった。相変わらず見た目はクソキモオタク丸出しの銀縁眼鏡のボサボサ髪だったが、それでも中学受験成功したということは嬉しかった。まあそんな平和な日々も長く続かない。各地から集まったエリート小学生達がひしめきあう中で、私の成績は下から数えた方が早かった。友達も思うように作れなかった。中学から始めた剣道は辛かった。思い描いて居たスクールライフはもうめちゃくちゃ。そのあたりからリストカットを常習的に行うようになる。ストレスの捌け口としてリストカットをし、時には妹を蹴飛ばすような真似もした。最低な姉だ。しかし、ストレス解消法を見つけた私は、成績も部活動友達関係不思議なほど円滑になっていった。リストカットは私のおまじないのようになっていった。

中学3年生の頃、妹が同じ中学受験合格した。晴れて姉妹同じ学校に通うようになる。

その時期から私は妹を見下すようになった。

部活のためにベリーショートにしてモリモリご飯を食べていた横綱級の私と、原宿系のアシンメトリーにかっこよくカットされたショートヘアで痩せっぽちの妹。

「本当に△△△(私)の妹!?

などと言われるようになった。

しかった。

その上、妹は吹奏楽部のくせに足が速いし運動が出来る。陸上部スカウトされたのに、日に焼けるのが嫌だといって断った大馬鹿だ。私は近所の小学生に負けるほど足が遅いし剣道以外の運動は全くできない。可愛い話題になった妹の話を耳にするだけで不快気持ちになってくる。おまじないだったリストカットが、イライラを解消する捌け口へと逆戻りした。

でも、妹にも欠点がある。勉強が出来ないのだ。その年の志願倍率が下がり、かつ身内が先に入学しているというラッキーが重なり妹は合格した。(と思っている)

私は嫌な姉になった。上位20位内を常にキープしていた私は、成績表をこれでもかと家族に見せびらかし「〇〇(妹)は全然出来てないじゃん!ちゃんと勉強してんのぉ?」と煽り散らかすドクズになっていた。このクズ行為は私が高校を出るまで数年続けていた。それでも、妹は私に対し文句を言ったことはなかった。

時が経ち、私は本物のメンヘラになってしまった。大学進学して1年生の夏休み前に鬱病になった。軽度鬱ということで2週間に1回のカウンセリングと処方された薬を飲んで暮らしている。もう2年生も半分過ぎたが、順調に四年で卒業出来る見込みはない。進級への不安と、家族からプレッシャー、良くならない病状への苛立ちに包まれながら毎日を過ごしている。

私が薬を飲んで訳も分からない授業を死んだ顔で受けている時、妹が短大に受かったという報告を受けた。

短大で将来の夢のために学ぶらしい。オープンキャンパスに行った時も、受験の前日も、妹は「はやく卒業して勉強して働いて親に恩返ししたいな」と言っていた。

妹はメンヘラではない。(私の真似をして過食嘔吐じみたことをした時もあったが)リストカットはしてないし、常習的に薬も飲んでいない、不眠で悩まされることも、発作で学校を休むこともない。インスタを更新して、髪を明るく染めて巻いてヒールを履いて遊びに行って、休みの日は友達連中とスケボーバスケをしているらしい。彼女はよくモテるし、高校イベントがあれば後輩友達などに囲まれ幸せそうに微笑む写真SNSにあげている。

ああ、親はこういう子供に育つことを期待していたんだな、と思った。

リストカットのせいで貧血になって病院に担ぎ込まれたり、拒食と過食嘔吐を繰り返して低血糖になって病院にぶち込まれたり、朝に学校パニックを起こして夜7時までトイレから出て行けなくなったり。

親は、こんな出来損ないを作るために、汗水垂らして20年間育ててくれたわけじゃない。私は出来損ないだ。妹が大学卒業した頃、私はまだ卒業出来ていないだろう。もしかしたら中退して家に引きこもっているかもしれない。長女だから上京して大学に通っているから、そんなこと関係ない。家族が本当に期待してるのは、私ではなく妹だったようだ。

出来損ないだと気づかなかったほうが幸せだったんだろうか?

隣の部屋から物音が全く聞こえなくなった

8月遅くに夏休みをとって自室に戻ってから隣に人の気配を感じない

学生だし長い夏休みなんだろうと思っていたがもう10月だ

郵便受けネームプレートがそのままのことを思えば引っ越したわけでもないようだ

静かなのはいいことだが何故だろう

2017-10-11

ねほりんはぽりんだと思ってたらねほりんぱほりんだった

夏休みスペシャル見ておなかいっぱいになったからもう見なくていいか

2017-10-09

暇な大学生なんだけど時間の使い方を教えて欲しい

北海道大学(ど田舎)に通ってる3年生なんだけど、単位たいてい取っちゃって今期マジで暇なんだわ。

取るべき講義も全部火曜日木曜日に集約してるから週2日しか大学行かなくていい。

実験があるから、週1日くらいは集中してレポート書く日が必要だけど。

バイトは長期休み短期バイトをやることが多いけど、田舎から観光シーズン(年末年始夏休み春休みあたり)以外は求人がない。長期バイトはやってない。やろうかな。

バイトやるにしても4年生になると就活&研究室に配属されて糞忙しいというウワサだからすぐ辞めないといけないかもしれないし、春休み内地実家に帰りたいから長期だとどうかなあって感じ。あと冬は雪が降るからバス通勤できる範囲になってしまってかなり限られてしまう。田舎をなめてはいけない。お金に困ってるわけでもないし悩ましい。短期とか単発は田舎から求人がない。

勉強はというと、1日3時間くらいちんたらやっている。専門の教科書やったり、ブルーバックス読んだり。英語をやったほうがいいんだろうけどやる気が出ない。ともかく1日中勉強をするようなモチベーションはない。

趣味サイクリング登山なんだけど、北海道はもう寒いからどっちもオフシーズンだ(冬山は怖い)筋トレ趣味といえば趣味だけど3日に1度やれば十分だからそんなに時間は潰せない。

そういうわけで昼近くに起きてネットして散歩して飯作って読書してネットしてアニメ見て勉強して飯作ってネットして散歩して寝るという老人みたいな生活をしている。これはこれでとても楽しいけど、もうちょっと刺激が欲しい。何かい時間の使い方はないだろうか。

国民の祝日に授業がある大学はどれくらいなのだろうか

大学カレンダーって何よ

日本国民なら、日本大学なら、祝日くらい休みにしたっていいじゃないか

授業数が足りないなんて、クッッソ長い夏休みのせいじゃないか

電車祝日ダイヤだし、遊びにいくであろう親子連れに席を取られ、大学に行くなんて何が楽しいんだ。

かくいう私はちゃっかり休んでますけどね

まり嬉しくないモテ期が来た

まり嬉しくないモテ期が来た

 

中学生の頃、

ちょっとたこから壮絶ないじめが始まった。

人気者の女子の筆箱が俺のカバンの中から発見された、というだけ

書いてて思ったけどけっこう重大事件?でも俺は犯人じゃない。だが誰も信じてくれなかった。

実は筆箱の女子とは小学生の頃ずーっと同じクラスだったので実は結構仲がよく、

イタズラだよとかばってくれたが周りは聞く耳を持たずいじめが始まった。

俺は先生相談したが「盗んだお前が悪いんだろう」と相手にしてもらえず、

それどころかHR先生に告げ口したことをバラされる始末で、

筆箱の女子も色々手を尽くしてくれたり励ましてくれたがイジメは収まらなかった。

イジメが2年続き、

特に高校受験に乗り気じゃない生徒でも高校受験視野に入れ始めた頃自然イジメ消滅した。

あの壮絶なイジメたかだかこの程度で終わるのか、と何故か残念に思ったのを覚えてる。

 

そして高校に進学し、知り合いもそれなりにいるけれどイジメは続行されなかった。

幸運にもイジメには飽きたらしくイジメの主犯には一言スマン」と言われた。

正直許せないけどまた虐められても困るので「もうしないでね」とだけ伝えて仲直りの握手をさせられた。

変な噂が広がる前に「冤罪で虐められてた」とやんわーりと伝えた上で新たな友達を作り、

中学同級生とも微妙空気感を保ちつつ高校生活をエンジョイしていた。

 

学校祭の準備が始まり、ガヤガヤとしている頃筆箱の女子に呼び出された。

身の丈も知らずに告白されるんじゃないかとドキドキしてたら、ある意味物凄い告白をされた。

カバンに筆箱入れたの私なの」と。

 

何故そんなことしたかというと、実は俺のことが好きだったらしいが当時俺には好きな人が居た。

なので告白しても無理だろうと思い、筆箱作戦で外堀から埋めれば付き合えるんじゃないかと思ったらしい。

だが結果は、予想外の壮絶なイジメが始まり、怖くて言い出せなかったらしい。

 

まりにも衝撃的だったが、筆箱女子は更に凄いことを言い出した。

「そんなわけで、付き合ってほしいんだけど……」

実は唯一の味方の筆箱女子のことが好きだったが、さっきの告白の後じゃ流石に無理だなと思ったので断った。

すると、筆箱女子ストーカー化した。毎日異常な量のLINEが来るし、Twitterの呟きに事細かに反応してくる。

クラス違うのに待ち伏せとか日常茶飯事で、夏休みなんか突然家までやってきた。コレは正直ちょっとしかった。

謝罪」と称して事ある毎に近づいてくる。数か月前まで最も信頼と安心ができる人だっただけに少し不気味に感じた

「もしまた虐められたら私を頼ってね」と言われたけど、流石に無理なので「友達相談するわ……」と断った。

 

のらりくらりと過ごしていると同じクラス女子好意を持たれた。

の子も虐められていたらしく、

俺に対して親近感を感じてたらしいが学祭準備で色々と協力している内にいつの間にか好きになったとのこと。

元気で可愛い子なのに虐められたのか……と思ってたらリスカ癖を告白してきた。流石に無理だなと思ったのでやんわーり断った。

 

内心付き合いたい気持ちは凄くあるんだけど虐められてたものでもうちょっと安心感のあるひとじゃないと怖くて堪らない

筆箱女子はともかくリスカ女子の方は同じクラスなので接触が多く、刺激してリスカ悪化しても困るので慎重に接していたが

そこで爆弾を投入(告白)する女子が現れた。

イジメ主犯格女子だった。

 

実は好きだった、筆箱女子と仲良くしてるのがムカついてイジメちゃったけど好きだった

私はそんなに酷いことしてないと思う、寧ろイジメ主犯格男子を静止してた

 

そんなことを言われて「どうかな?」と言われたが、一番無理だと思った。

自分でも馬鹿だと思うけど筆箱女子の事は実は今でもちょっと好きで、最近関係も以前に戻り掛けてるがリスカ女子彼女気取りでちょっと不安

「昨日またやっちゃったんだー」と手首を見せてくるのでその度にもうやっちゃダメだよと言うけどあまり意味も無さそう。

 

放っておくべきなんだろうけど虐められた経験がその判断を選ばせてくれない

モテるのは嬉しいけど、なんか全てのものが怖く感じる

・・・・・

思った以上に反響がありましたので少し書き足す

 

まず俺は男(高校生)です、ごめんなさい。

俺は別に良い人では無いけど、3年間虐められたので人と話せるのが嬉しくてたまらない。

からちょっと嫌な人が相手でも話しかけられるとそれが嬉しくて凄く話をしてしまうところがある。

みんな手酷く振るとかは絶対無理精神的にキツい

告白の返事は保留とかじゃなくはちゃんと断ってるから大丈夫

他の友だちにも言えるけど正直言って誰かと一緒にいると楽しいから距離置くのは寂しい……

 

筆箱女子待ち伏せとか突然家に来たりとか今でも少しストーカーだけど、極度に避けないようにし始めたら徐々に前みたいに戻ってるし

単純な性格なので友達しかも好きだった女子からLINEの連絡くるのは何だかんだ言って少し嬉しくも感じてしまう、頻度に引くけど

 

リスカ女子は、そもそも何か酷いことされたわけじゃない

若干人見知りな感じだけど、友達相手には明るくて優しい気の利く良い人で虐められ仲間で今一番心を許せる女子かもしれない。

放っておくともっと凄い自傷しそうだし、俺自信の見捨てられたトラウマからどうしても放っておけない。でもリスカ癖はちょっと無理。

時々傷口が痛むから撫でてって言われるけど、血や傷が駄目なのでキツい。でも女子に触れるのは実は結構嬉しい。

 

リスカしないように慎重に接してるからか目の前でリスカされたことは一度もない。

普段は病んでるって感じはしなくて時々テンションがガクーンもの凄く下がって励ましたりするとすぐ元通り。なことが時々ある。

最低なフォローだけど凄く可愛いので、多少面倒くさいモードに入っても結局可愛いのでそれで乗り切れてる感ある。

リスカ報告も凄く爽やかで、マジで切ってんの?と疑ったこともあるけどマジで切ってた

もうやっちゃダメだよという度に「もうやらない」と言うんだけど少し経つといつの間にか見えない所でリスカしてる。

 

因みにリスカ女子彼女っぽい雰囲気出したじめたのは誕生日プレゼントあげた位から(他の仲の良い友達にも購買のパンとかあげてた)。

丁度リスカ痕隠しのシュシュ先生に怒られてて、その代用品として本人希望腕時計(3000円位の安物)あげた。

お揃いがいいと言われたのでお揃いにしたからか、若しくはその時に「いつも心配してくれて嬉しい」みたいなこと言ってたのでそのどっちかがキッカケかもしれない。

友達としてだからね。って言ったら「すごく嬉しい」と言ってくれたので誤解はなさそうだけどやっぱり彼女気取りな感じ。

 

嫉妬とかしてる感じはしないから刺されるとか考えてもなかった

筆箱女子リスカ女子そもそもクラスが違うし、筆箱女子は「私に嫌がる権利ないよね」とリスカ女子に対しては無関心。

リスカ女子は嫌いな相手を煽る癖があって筆箱女子を何度か煽ってた(冤罪仕掛け人な事は知らない)けど、相手にされてなかった。

俺や友達から止められてから煽り行為も無いし、そもそも喧嘩する理由もないので今はお互い無関心っぽい。

会っても話したりしないし、家の方向全然うから遭遇もあんまりしないっぽい。

ただ、リスカ女子は元いじめられなのでイジメ女子を凄く嫌ってて偶にすれ違い様に舌打ちして喧嘩になりかける。

イジメ女子とは少し話せるようになったけど、今でも好かれてるかはわかんない。俺は苦手、ちょっと嫌い

 

あと、

自分自分クズだと思うけど、皆可愛いから雑に拒否できないという下心もある。ごめんなさい。

でも他人は大体、格好いいか可愛く見えるので客観的可愛いかは分かんない。ただ、リスカ女子客観的に見ても可愛いと思う

友達は「リスカ女子好きな奴はロリコンっぽい」「筆箱女子は背は高いけど見た目は普通」って言ってた

因みにイジメ女子の事は「俺も嫌い。見た目は好き」と言ってた

 

 

昨日の夜書いたから深夜テンションで変なこと書いてる気がするけど直すの面倒なのでそのまま投稿する 

今日リスカ女子風邪引いたらしく学校休みなので少し静かで寂しい

・・・

数日たってもコメント等あって驚きます

俺は優しくは無いが虐められた経験は大きいと思う

お揃いの腕時計の件だけど丁度腕時計しかったしリスカ女子だけ特別というわけじゃない

筆箱女子か「安物でも、私もお揃いの欲しい」って言われたので金額相談するけど何かプレゼントするつもりだし、

今すぐ何か欲しいと言われたのでとりあえずLINEスタンププレゼントした。

男の友達から俺も日用品系が欲しいと言われたので、勿論ちゃんと考えた上でプレゼントするつもり。

逆に「誕生日は期待してろよ」と友達に言われたので友達というのはこういうモノなんだろうなと思ってるけど違うのかな

物で繋がってるわけじゃなくて、高校生からこそ少ない金額でも誠意が伝わる……と勝手に思ってる

 

流石に筆箱女子にお揃いの何かをプレゼントする件はリスカ女子にはやんわりと伝えたが、

「これ(腕時計)より安いなら何でもいいよー。同じくらいのでも別にいいけど」とそんなに気にしてなかった

彼女じゃないことは本人も認めてるし「万が一私より良いのあげても別に切んないよ」「安心して」って笑われた

でも彼女気取りなの所は凄いあるのでそこはやっぱり不安に感じる

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