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はてなキーワード: 中学校とは

2018-04-25

オタク差別批判することを、やめることにします。

 趣旨は上の通り。

 自分オタクだと自認するようになってからこっち、10年以上にわたって、オタク差別けしからんと言い続けてきた。

 ここ数年、なんとなくそれに違和感を感じることが多くなってきたけれど、それでもやっぱり言い続けてきた。でも今回はっきりわかった。

 オタク差別批判とか、ただの害悪しかない。もうやめたほうがいい。

やはりオタク差別なんて(言うほど)なかったんじゃないのか。

 

 差別というのは、権力構造に根差すものであるという話をだいぶ前にツイッターで見た。

 つまらない約束事のように映ったけれど、まじめに考えるとこれを踏まえないから、差別を相対化して見せては矮小化言葉遊びにふけるような態度が出てくるのである日本人ヘイトだの専用車両男性差別だの在日韓国人による逆差別だの、差別者以外にとってはおもしろくもおかしくもない大喜利パズルでここ何年かでいったいどれだけ無駄な足止めにいそしんでいたというのか。ちゃんベースを踏まえてこそ、くだらない袋小路にはまらないで済む。これはちゃん物理を学んでいない人がブルーバックスくらいだけに目を通しただけで「矛盾」を発見し、相間さんと化すときに似ている。

 今まで自分存在していると思っていたオタク差別は、多分差別ではない。それは、いじめであり、パワハラであり、DVである

 そう視点を変えた方が、いろんなもの整合性をもって見える。中学校時代よくいじめにあっていた同級生は、オタクじゃなかった。正確に言うとオタク「も」いた。

 でもそれは、そいつと俺が割と仲が良いから知っていた話で、きっかけは別のところにあった。運動音痴から足手まといだという扱いだったり、成績がよくて生意気だという扱いだったり、DQN憧れの男の子彼女からだったりした。

 もちろんきっかけがオタクから」というケースもあるんだろう。でも、それはこういったきっかけのワンオブゼムでしかない。それを、民族差別女性差別と並べるのは、視野が広い人間ではなくただの雑な人間だ。

 「差別じゃない」というのは、多分そういうことなのだ。そして、差別じゃないか批判対象にする必要はないという話では、たぶんない。別の枠組で批判すればいい。

 なのにもかかわらず、熱心にじゃああれは差別じゃないんだーという大喜利ばかりをしているツイートばかりが「オタクから流れてくる。いや、どうしてもそこのところをわかりたくないのかもしれない。

 わかりたくないのか、わかろうとしないのか、本当にわからないのか、どれなんだ。

 いろいろ、「オタク差別の事例」というのが流れてきた。前なら、そうだそうだと怒りをぶちあげたであろうものがたくさんある。でもそれはどれもこれも、オタク差別の事例ではない。

 

 そういうものを引いて行って、ある程度確実にあったんじゃないかと思えるのは、「マスコミを通じたもの」だと思う。特にバラエティニュースを通したもの

オタへの偏見を植え付けたのは誰?

 それで思い出すのだけど、俺の中高時代あんまりオタクがいいとか悪いとかい意識を持つことじたいあまりなかった。今思えば自分の机でいつも小説を読んでいて、たまたまホームページの話になったとき「私も持ってる」と言ったのでURLは?と何の気なしに尋ねたらそれはちょっと……みたいに返してきた女の子なんかはオタクだったんだろう。自分だって漫画は好きだったしオタクだったはずだ、今にして思えば。

 じゃあ、そこにどうやってオタクキモイみたいな「偏見」の存在を知らされたかっつーと、漫画だったりインターネットだったり、そして「オタク自身の言説」からなんだよね。

 だってバラエティ番組なんて中二病まっさかり(高校になっても中二だったので)でほとんど見てなかったし。ニュースといってもこの手の話ってだいたいワイドショーである。やってる時間学校にいるんだから見るわけがない。

 金田一少年の事件簿には、小太りですぐキレ気味になる、「オタク」が登場した事件があった。こち亀で、美少女フィギュアを専門とする「色白でアニメ好き」なオタクが登場して、硬派フィギュアマニアのつもりな両津が逃げ出すという展開が「オチ」として機能していた回があった。名探偵コナンホームズフリークの回は……さすがにこの文脈で語るものではないか(でも動機の酷さは「オタクなんてそんなもんだろう」という共通認識が背後にあるような気がする。知らんけど)。

 テキストサイト一世を風靡していたころ、オタクオタクに向けられたコンテンツは叩かれる「べき」もの扱いだった。非オタク向けの、スポーツとかファッションを語るページに迷い込んだら叩かれたという話ではない。漫画感想サイトや、漫画ゲームをメインで扱う日記サイトでの話である

 何を言っているかからない人もいるかもしれない。例えば、ラブひないちご100%やBLACK CATは、軟弱な頭の弱いオタクのためのコンテンツであり、あんものにゲヘゲヘゆってるオタクマジキモイホイッスルミスフルテニスの王子様は腐狙いコンテンツであり、あんもの(ry そういう話である。この範囲結構広くて、らんま1/2H2ぐらいでもオタク向け扱いされることがあった(もちろん、当時これらが連載されてたわけではない。あれってオタ向けの駄作だったよね―みたいな扱い)。

 もちろん彼らが持ち上げるコンテンツというのもあったのだが、この文脈実例を挙げるの風評被害しかないので避ける。俺の好きな作家作品も混じるし。

 テキストサイトだけではなく、2ch(当時)もそんな感じだった。少年漫画板とかそのへんをよく覗いていたのだが、まあ当該作品スレは愛読者が集まるのでそうでもないこともあるのだが(そうであることもある)、総合スレでのオタクコンテンツ叩きはかなり強固だったし、漫画とか関係ないジャンルの板だとなおさらだった。

 そういうものにどっぷりつか……もとい接しているうちにオタクというのは叩かれるべき存在であるのだなというぼんやりとしたイメージ自分のなかで出来てきた。これにもう一つ後押しするように影響したのが、自分オタクだと称する人が、迷惑行為や触法行為のようなものを自慢しながら、「ホラ俺たちオタクからさ」みたいに語っている文章に接する機会があったのも、ああそういう人がオタクなんだなと認識させられた。

 ちょっと話はずれるけれど、当時は、オタクマニアの違いなんていう言い方があって、オタクはそういう迷惑ものを抱えた側の人間やハマりすぎて社会に順応できなくなっている人間、というような線の引き方もあった。

 これは、あくまで俺の話である。だから、他の人がどう偏見を植え付けられたかは、また別の話があるかもしれない。でも、オタク差別を煽ったものとして、「漫画」「インターネット」「オタク自身」という声を、この話でオタク差別に怒っている人の口から出てくるのを見ないのだ。

 ここで挙げたのは、知る人ぞ知るみたいなのじゃなく、だれもが知る有名漫画リドミで上位常連大手サイトオタク文化人として今でも名前を出せば通じる、みたいなのばかりを念頭においている(まあ当時のインターネット文化そもそも、知る人ぞ知るなものでしたけど)。みんな、俺とは違う漫画インターネットを見ていたんだろうか。ワイドショーバラエティばかりを見ていた「オタク」がそんなにたくさんいたんだろうか。

 本当に不思議なのだ。あそこでこんなオタクへの偏見に満ちた報道があったんですよっ!というようなツイートは大量に流れてくるのに。

加害者としてのオタク行方不明すぎる

 これが本当に、ここ数年で疑念として大きくなった末に、今回愛想がつきた一番のポイントなんだけど。

 オタク差別を受ける構造が、あったとする。それは、ネットで語られているほどは大きくないかもしれないけれど。

 それで、今、オタクってなんなんですか、と。特にネット上では、強者、抑圧する側、差別行使する側の「集団」として機能してませんか、と。

 腐女子叩きは昔からあったけれど、女叩き、中韓叩き、などは当たり前のように横行している。時々流れてくる、弱者権利をなんとかして奪ってやろう、人権思想じたいを矮小化してやろう、という意気に満ち満ちたツイッター漫画は誰によって大量RTされているのだろう。俺のところにはだいたいオタクさん経由で回ってくるんだけど。

 趣味、という切り口でみても、オタク文化を愛好する人が自分たちと関係のない趣味なら平気でdisる光景というのはそんなにたぐいまれだっただろうか。インスタ蠅なるイラストが回ってきたことがある。そもそもインスタに投稿するのが趣味になっているような女性を叩くようなツイートが回ってきたことがある。鉄オタは「池沼」「ガイジ」であるなんて言い方もある(「」内は原文の表記尊重)。ゴルフ車など老害趣味だとバカにしていたりもする。そうそう、スイーツ(笑)なる言い回しはいったいどこのどういう人によって流行したんだろうか。「リア充爆発しろ」というフレーズに何げなく込められた、自分関係ない集団への軽視に、どれだけの人が気づいてたんだろか(だって爆発しろ」だよ。あの連中、有明に15万人集まったタイミングで奴等爆発四散しねえかなーって非オタな人が言ってそれがそっちの界隈で大好評を博したら、インターネットな皆さんの間でどういう反応が起こるか考えてみたらいい)。

 そんなオタクばかりじゃないというのは分かる。というか俺がこういう文章を書いてる時点で分かれ。でも、個の話じゃないのだ。集団としての性質の話である。あれだけ、全共闘学生運動について冷笑ぶって叩く人が追いのに、そこに気づかないってどうかと思う。あとリア充爆発しろは使ってましたすいません。

 それに、そういったところで、こんなふうにちゃんと抵抗して、こんなふうに批判して、中から自浄する動きを作りました、このコンテンツからは離れましたと胸を張って言える事例、どれだけあるんですかね?俺が、ノットオールオタクと言い続けたところで、結局「自分批判対象から外してくださいあいつらは関係ない」と逃亡する以外に何の役回りも果たせなかったから、言っているのだ。この記事は違うよなあ~こういう作風は好きじゃないなあ~こういう物言いはよくないよなあ~と個別案件に不満ごちてみせ、自分は違うと思う、もっというなら思ってみただけで、肝心なところからは目をそらしていたんじゃないか? そう思うんである

 逆に、そこに自覚的になったんだろうな、と思える人も何人か知っている。そういう人は、結局C.R.A.C.やツイフェミのようなところに接近し、そのやり方すべてに同意はしないまでも、見解思想共感するようになっていく人がほとんどだ。おそらく今回「オタク差別」に怒っている人は、この人たちを敵であり、オタク仲間と認識していないと思う。

 つまりオタク文化加害者としての側面を見ないふりするか、オタク勘定してもらえなくなるか、二つに一つということだ。

 C.R.A.C.野間氏は個人的には大嫌いだし、たぶん単にオタクが嫌いなんだとは思う。でも今回ツイート応酬を見ていて、残念ながら主張にそれなりに同意せざるを得なかったのは、こういう背景について理解できてしまたからだ。そこで突然くっちゃべられる「オタク差別」。真面目に反差別を考えている人にとっては(多分そこは真面目なんだと思う。この人)、筆算の横棒がミニ定規で引かれていないから×、レベルの見当違い感があったんではないか野間氏の真意など知らないけれど。

 

 そういえばその昔、本田透の「電波男」に感銘を受けながら読み進めていて、後半のほうで腐女子フェミニストについてはずいぶん切り捨てたような言及の仕方なのに疑問を持ったことがあった。いや、フェミニストがオタク差別している、という文脈批判してるなら理解できるんだけど、そうじゃなかったから。権利意識を持つ女性自体が許せなさそうだった。その後「電波大戦」で喪女についての話題が出たとき、対談相手竹熊氏がわりと真面目に実態について話したりしているのに、「困ったモンですね」で終えているのを見て、クジャクママユを盗み出した同級生を見る眼つきになったのを覚えている。だってそこで語られてる喪女本田氏が救済しようとしてやまない喪男と違わないのに。

 そのあとしばらくは新刊も買って真面目に読んでたの、それもどうよって話だけど。

 10年くらい前に、俺たちの麻生なるムーブメントがあった。別に政治家を持ち上げること自体は好きにすればいいんだけど、そこでは当人が積み上げた迷言失言差別発言すべからく許容し、批判したマスコミへの叩きが横行していた。正直、あの政治家のどこがいいのかさっぱり分からなかった。

 当時はオタク個人ニュースが全盛期。そういったサイト管理人は、麻生氏を擁護するまとめブログエントリを紹介しては、叩かれていて困ったものですねぇ、正論なのに、というようなコメントをこぞってつけていた。オタク気質の知り合いなども、熱心に自ブログ擁護していた。

 あれから10年たった今も、麻生氏は差別発言侮蔑発言を繰り返している。あれを見ていて思うのは、この人は息を吸うようにハラスメントをする人なんだな、ということだ。それは、昔も同じだった。だから、どこがいいのかさっぱり分からなかったのだな、と腑に落ちたのだが、同時に当時持ち上げていた人たちにとっては、「だから良かった」んだろうかしら、とぼんやり邪推してしまう。

 今回オタク差別について怒っているツイッター主の中に、表現規制反対などをめぐっての発言をしばしばしているアカウントがいくつかいる。いずれもその界隈ではそれなりに大物だと思う。そして、俺のチェックしている反対派がぼんくら揃いなのかもしれないけれど、ヘイトスピーチの言論の自由を唱え、ポリコレで何も言えなくなることを憂い、自分関係ないところでの言論の自由に興味がないかしろ規制されることを望み、性差別についての提起が出てくるとそれについて考えるより先に提起者の揚げ足を取って袋叩きにするような人たちが勢ぞろいである。さすがに全部きれいに当てはまる人は少数だけれど。そんな反差別運動別にあの界隈に限らず、そういう発想自体)が大嫌いな人たちが、当然のように主張しだすオタク差別批判、いったいなんなのか。ただ、差別社会の中で特権階級になりたいだけじゃないのか。

 そういえば、これはある程度年配のオタクということになるけれど、昔(主に90年代くらい)のバラエティはこんなにおおらかだったのに、今はポリコレがうるさいせいでつまらなくなった、というような声が時々ある。なぜか、そういうつぶやきをしている人が「昔はオタクバカにする表現に寛容でよかったなあ」と語っている声を聴かない。今回オタク差別話題になって、バラエティなどでのオタクの扱われ方という話はけっこう出てきているのに、いない。どこへ行ったんだろう。

 オタク差別、という組み合わせでオタク文化っぽいものを思い返してみると、そんな案件ばかりが、思い出されてくるのだ。

 反差別のために立ち上がったオタク、というのはそれなりの数知っている。そういう人はオタクかそうじゃないかを越えたところのつながりで、反差別をやっている。でも、オタク差別けしからん以外の「反差別」がオタク文化の中心的な動きとしてあったところを、見たことがない。差別煽り偏見煽り強者に諂い(自分たち以外の)弱者嘲笑する、そんな動きならいくつも思い浮かぶのだけど。

 あ、一つ思い出した。(反差別とは少し離れるかもだけど)フリーチベットフリー東トルキスタン

 残念ながら、反中のダシ以上のものであった記憶はないけど。ああいうの、真面目なチベット東トルキスタンにおける人権運動家に失礼だったんじゃないか


 こんな「オタク差別批判」に大真面目に同意したところで、反差別には一ミリもつながらなさそう、むしろ後退させる役割しか果たせなさそうであるメディアを通した差別はもうかなり減ってるといわれるし、それ以外のものオタク差別というくくりより別のくくりで論じた方が有意義でより広い被害を論ずることができるようだ。となるとオタク差別なるものに拘る理由はない。

 もしかしたら、こんなことは本田透の2冊目の著書におかしさを感じた時点で、たどり着かなければならなかったのかもしれないけれど。

 そういう意味でも、失敗した責任を感じる。

2018-04-24

オタク差別に関して

オタク差別というもの最近議論されている。

漠然と「オタク的」な人々が迫害されてきた事実もある。


ただ、ここで思考実験してほしい。

A氏がB氏に迫害された。これはオタク差別か否か?

中学校少年Cが同級生から無視され時折暴力を振るわれた。これはいわゆる「イジメ」か差別か?

同和地区出身の3世が就活に失敗した。本人は自分祖父が同和地区出身であることを知らない。これは差別か?


先に私見を述べておくと、オタクを自認する人々が「オタク差別」と定義しているものは、外見や趣味や立ち振る舞いへの複合的なハラスメントであって、「差別=discrimination」ではないと考えている。

2018-04-23

anond:20180423230344

義務教育修了者が中学校夜間学級への再入学希望した場合対応に関する考え方について(通知)

2.入学を認める入学希望既卒者は,基本的には,不登校や親による虐待等により中学校の課程の

大部分を欠席していた者を想定しているが,例えば下記のようなケースも考えられるため,

入学許可に際しては,出席日数等の一律の外形的な基準によって決定するのではなく,

個々の事情に応じて柔軟に判断することが望ましいこと。

(2) 指導要録の保存年限が過ぎて廃棄されていたり,当時の生徒の状況を知る教職員が全て

異動していたりといった事情により,卒業した学校における就学状況が把握できないケース

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shugaku/detail/1361951.htm

学校教育法施行規則の一部改正について(通達

(2) 指導要録の保存期間について,従前は20年間としていたが,これを入学卒業等の学籍に関する

記録以外の記録については5年間に改めたこと。(第15条第2項関係

http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19910320001/1294084.htm

卒業後5年を経過してるなら可能っぽいな。

anond:20180423201715

1万人と2000人の幼女セックスした中学校長も、フィリピン児童買春をしたいという一心情熱校長にまで登り詰めたし、ペドフィリアからこそ教職を選んだ、だからサービス残業休日出勤も苦にならない、という教師も多いと聞く。

好きこそものの上手なれ、である

私も死ぬ前に東南アジアに行ってみたいと思っている。

スワイパー村はもうないが、情熱と行動が夢を実現する原動力となる。

2018-04-22

中学校卒業式で泣いた?

あれで泣くタイプの人ってどういう気持ちになって泣くの?

発達障害かもしれん

思い当たること

赤ん坊の頃、周りの子と比べてすごく大人しく、育てやすかった

保育園入園後喋り始めた(らしい)が、言葉になっていなく保育園先生困惑していた

小学生のころ、山小屋トイレで夜中癇癪を起こした(寝ぼけてたんだろうけど、思い返してみるとちょっと異常だと思う)

・近所の子と一緒にお囃子をはじめるも、俺だけ練習についていけない。途中でやめる。

習い事英語野球をやるも上手くいかずやめる

・頭悪い

中学校あたりから周りと馴染めずいじめられる(友達はいた)。女子からも。

高校男子校選択したがたぶん正解だった。共学だったら不登校だっただろうな。

大学卒業社会人やっているが仕事ミスばかり。

2018-04-21

地方で過ごした幼少時代の恨み辛みをぶつぶつ言ってるはてな民東京の小中学校のこと分からんだろ

中学校時代に塾の夏期講習に透けブラで着てたあの子

元気だろうか

anond:20180421025953

中学校の話してんだぞ?義務教育課程だぞ?営利団体でもないのに人を蹴落としてまで効率化を求める必要があると本気で思ってんのか?パソコンの大先生(笑)の程度が知れるな。

2018-04-19

保育園に対する要求の違い

4月になり、保育園新規入所した児童。1月末頃から3月中旬にかけて、やきもきしながらやっと入った保育園

しかし、すぐに退園する人がいる。

理由はいくつかある。

ひとつは、保育園の質の問題

保育園によっては、実際に保育(預かると言えばいいのか)が開始される時点を明確にしている園もある。

保護者は園に入った瞬間に、保育士にお願いしたいと考えているが、保育士からしてみれば、保護者がいないか子どもを見るのが保育士だと考える。

まぁまぁ、と思う人もいるかもしれない。

しかし、万一事故があった際の、危険負担判断や、全員の保護者に同じことが出来ないことを特定保護者にだけにはしないという原則。(これをやると今度は依怙贔屓だと言われる。)

やさしさを見せた結果、過重な要求が始まることを経験した園、保育士ほど、上記の点は明確にしたいと考える。

ビジネスでも、危険負担は明確にした方が、いい取引が出来ることが多い。

もう一つは、保護者認識不足だ。

まず、「こどものため」と言えば、親だけでなく、保育士対応してくれると思っている。

そんなことは無い。保育士職業であり、ビジネスだ。

保育士保護者奉仕しなければならないというような、地方公務員法のような条文は児童福祉法や子ども子育て支援法には無い。

これは給料多寡問題とは別の話である

給料が上がったから、保育士ビジネスとして引き受ける以上のことをする必要が生まれるわけではない。

そして、保護者の一部には、入所した保育園を申込み前に調べていないケースがある。

調べるというと大層だが、ようは事前に見に行ったり、園のしおりなどをもらったりして、園のルール確認しているかという問題だ。

保育園は、義務教育でもなければ、保育士契約以上に働く必要はない。

しろ保護者企業営業担当のように売り上げ(この場合は入所すること)をあげることに注視するばかりに、該当する売上の契約内容(園のルールや園の雰囲気ハード面も含め)を確認せずに、契約してしまっているのだ。

もちろん、希望契約(この場合は入所)が自由にできないことにも問題はある。

しかし、仮に自由に入所できるようになったとしても、契約内容を確認していないで起きたことは、契約内容を確認したうえで契約しなかった保護者のせいになる。

少なくとも保育園側に非はない。(契約にある内容を不履行している場合は別)

幼稚園小学校中学校高校大学など他の施設子どもが通う(受験)する前に、どんな学校か調べたり、確認するのは、一般的なことだと思う。

子どもが小さくて大変なのは、重々承知なのだが、今一度、保護者には契約内容を確認することをお願いしたい。

契約内容に書いてない(園が言わなかった)としても、保護者意思通りになるわけではないことも合わせて知っておいてほしい。

通常、契約世界では、書いてないことや判断が付かないことは、「双方で協議のうえ決定する」と記載されている。

この場合、双方が対等と思う人もいるかもしれないが、ビジネス世界では、優劣が絶対にある。

現時点での保育でいえば、サービス享受側(保護者)とサービス提供側(園)では、園の方が基本的には強い。

保育園が余り始めたりすれば別だが)

そういった点も注意してほしい。

2018-04-17

ゆとり世代早見表

anond:20180417133258

ゆとり世代には幅があるが、

1980年から2010年度までの学習指導要領にもとづくのが広義のゆとり教育

2002年から2010年度までの学習指導要領にもとづくのが狭義のゆとり教育となる。

そして一般に「ゆとり世代」というと小・中学校で1年でも後者教育を受けた世代(1987-2003年度生まれ)を指すことが多い。

出生年度小1小2小3小4小5小6中1中2中3高1高2高3
1987199419951996199719981999200020012002200320042005
1988199519961997199819992000200120022003200420052006
1989199619971998199920002001200220032004200520062007
1990199719981999200020012002200320042005200620072008
1991199819992000200120022003200420052006200720082009
1992199920002001200220032004200520062007200820092010
1993200020012002200320042005200620072008200920102011
1994200120022003200420052006200720082009201020112012
1995200220032004200520062007200820092010201120122013
1996200320042005200620072008200920102011201220132014
1997200420052006200720082009201020112012201320142015
1998200520062007200820092010201120122013201420152016
1999200620072008200920102011201220132014201520162017
2000200720082009201020112012201320142015201620172018
2001200820092010201120122013201420152016201720182019
2002200920102011201220132014201520162017201820192020
2003201020112012201320142015201620172018201920202021

こうして見ると、小・中・高の12年間においてゆとり教育が半分以上を占めているのは1989年まれから1998年まれまで。

特にゆとり教育を最大9年ぶん受けたのは1992年まれから1995年まれまでとなる。

というわけで、ゆとり世代のコアは「90年代前半生まれ」ということになるだろう。

(念のため書いておくと、私は(狭義の)ゆとり世代ではないが、「ゆとり世代ダメだ」などと言うつもりはない)

1985年まれについて言えば、1987年に近いということで大雑把にゆとり世代扱いしたのだが、

ゆとり世代の重心が90年代にあるとすると、85年をゆとり世代に入れるのはさすがに苦しいので訂正する。

でも1985年前後まれって、氷河期世代(83年まで)でもないし、ゆとり世代(87年から)でもないし、どこにも属せない感じで面白いね。

2018-04-16

友人宅から現金千万円を盗んだとして、警視庁は、東京都江東区中学3年生の少女(14)を窃盗容疑で逮捕し、

16日発表した。「友人宅に遊びに行ったときに2回、札束現金を盗んだ」と容疑を認めているという。

盗んだ現金の大半は中学校の同級生に配っていたという。

少年事件課によると、逮捕容疑は1月初旬~2月27日、小学校で同学年だった友人の自宅マンションの一室から

現金千万円を盗んだというもの少女は友人宅に週に何度も遊びに行く仲だったという。友人の母親が2月下旬

現金がなくなっていることに気づき、3月3日に深川署に届け出た。

2月中旬少女母親が、少女の自室クローゼットから約1千万円が入ったバッグを発見少女に尋ねると

「知らない男に預けられた」と説明したため、少女を連れて翌日、深川署に相談に訪れた。

しかし、少女はこの間に現金を持ち出し、その後、中学同級生10人ほどに数十万~100万円ずつ配ったという。

少女は「同級生から仲間外れにされているように感じ、若干ストレスを感じていた」と話しているという。

中学校が調査するなどし、これまでに約740万円を回収。少女から50万円が見つかったが、

残りの約210万円は見つかっていない。

2018-04-15

1日8時間よりおおく働かないと死ぬ

京浜東北線人身事故で止まる頃に

大学卒業しました。もとい、労働者になった22歳です。

社会があまりにも時間を奪うという愚痴日記となります

新卒で入った技術派遣会社最初に仕込まれるのはとにかく仕事のやり方です。午前9時から午後6時までの8時間いか効率的に働けるか。

「9時は業務の開示時刻です。それまでにはたらく準備をしましょう」

日報? 朝はやく出社して、9時までに提出してね」

「どうして日報を9時に出したの。それじゃあ確認ができないよね」

「どうして作業書類を片付けてるの? 定時までまだ五分あるよね」

理不尽ではないのかもしれません。学生時代とは違くって、社会ではきっとそういうものなのでしょう。

朝の6時に起きて2時間かけて通勤することも、30分前に出社することを強いるのにタイムカードは9時出社であることも。帰ったら疲れ果てて、本を読むこともゲームで遊ぶこともできなくて、自分時間なんてないことが当たり前。

きっと当然のことなんだと思います






しらねえよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




時間業務は8時間フルで働くんです、だあ? だったら仕事のための諸々全て合わせて8時間しろや! なんで通勤時間をこっちが人生貯金から自腹で負担しなけりゃならんのじゃい。

しかも途中で帰れないってなに? って社会の仕組みに御坂御坂は疑問を唱えてみる。早く仕事が終わったら早く帰らせろや。明日仕事明日やるためにあるんだよ。急ぎでもないなら明日渡してくれ。

午後の6時に仕事が終わる(大体きっちり終わらない)。2時間かけて帰った後は、疲れ果てて親の料理を食べてお風呂に入って寝る。

そしてまた朝。

毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、8時間労働。8時間より多くの時間をかけて。



……とまあ、そんな新入社員の全力の恨み記事を、入社1週目のもっとナイーブだった時期に書こうと考えていました。そんな日記を書く気力すらなかったけどな。

入社1週目は朝昼晩と、食べては吐いてを繰り返して家では泣いていました。社会に慣れてない体と精神が悪かったのですが、そんな弱い人間からすれば、1日8時間労働は死んだほうがマシだと思うほどでした。なまじ、中学校卒業すれば終わるとか誰かを殺せば救われると"逃げ"の考えを持てたいじめられた時期よりも精神的には追い詰められるのは、自分で笑えてしまうほどでした。

冒頭で人身事故だとか書きましたが自殺するつもりはありません。その前に退職届を出すくらいの自衛本能はあります。あるつもりです。ですが、どんな仕事を見つけても1日8時間通勤の枷があると考えると吐き気しますし、長続きさせる気力もわきません。

通勤分の給料を払えと言いたいわけではありません。それが多くの人に適用されることかは知りませんが、通勤も含めて、1日8時間労働わたしにとって死にたくなるほど重労働だということです。

今すぐじゃなくても退職届を提出します。それはもう遅かれ早かれです。

次の職場通勤5分以内・10時出社・仕事が終わったら帰宅できる仕事場を探します。……北欧人になりたい。

サブカルって結局なんなんだ?

そもそもメインカルチャーってなんだ?

そんなもの現代社会にあるのか?

テレビだって今や見てない人が大勢いるぞ。

新聞なんてなおのことだ。

メシか?

でもグルメだってラーメンの話になるとサブカル扱いだ。

ご飯か?

ご飯について本気で語るのはやっぱりサブカルだ。

メインカルチャーなんて本当にあるのか?

テレビでやってるトップニュースタイトルぐらいじゃないのか、万人が共有しているカルチャーなんて。

いや、あったわ。

母国語算数だ。

あとは初歩の科学歴史

中学校で習うことはメインカルチャーだな。

メインカルチャーってのは「学習指導要領」の事だったんだ!

ありがとうございます解決しました!

俺がベストアンサー

俺こそが俺のベストアンサー

ありがとう俺!

サンキュー俺!

おめでとう俺!

徴兵制度やるくらいなら小中学校の授業で軍事訓練やればいいんじゃね

同じことじゃん

2018-04-12

初恋女の子と結ばれる夢を見た

夢の中で、僕は幼稚園入ってすぐにその女の子と一番仲良くなって、

当たり前みたいに下の名前で呼びあうようになって、

小学校に上がったら恋をして、その娘のことで頭がいっぱいになって、でも関係は変わらなくて、

周りからカップルだとか夫婦だとかからかわれるのが恥ずかしくて、でも心のどこかではそれが嬉しく思ってて、

つの間にかお互いの親同士も仲良くなってて、その娘が家に遊びに来た日は何故か母さんがやたら嬉しそうで、

その娘の家に遊びに行ったときはいつもおばさんが凄く優しくしてくれて、

中学校に上がったら恋人同士になって、高校生で結ばれて、大学在学中にプロポーズして、

就職してすぐ結婚して、子供ができて、幸せになって、そんなところで目が覚めた。

もう良い大人なのに甘酸っぱい気分に浸っている自分キモくなったのと、

いろんな男と結ばれて今もどこかの名前も顔も知らない男と結ばれているであろうその娘のことを考えて虚しくなった。

今の思い出にない幼馴染ってこの先日本が滅亡しても、天変地異が起こっても

何がどうなろうと未来永劫絶対に手に入らないんだね、これだから漫画とかでも幼馴染って嫌いなんだよ……

初めて本気で女の子を好きになった

の子出会うまでに二人付き合った事がある。

一人目は・・・高校の頃に図書室で告白されて。

二人目は・・・専門の時お互い仲は良かったけど周りが次々とくっ付いて、え?お前らは?って空気になって。

どっちも彼氏って役割をこなそうとして、相手を楽しませようと無理をした。

一人目はそれを見透かされて別れ、二人目も・・・無理をしたストレスで耳が聞こえなくなった事が直接の原因じゃないけど

恐らくお互い変に意識しすぎて今まで通り気軽な会話が出来なかったからだと思う。

そのまま専門学校卒業して就職してブラック企業で俺は壊れた。

度重なる長時間残業上司から圧力、先輩はトイレゲロを吐き後輩は失踪した。

俺も精神おかしくなって職場でいきなり泣き出した。

毎日自殺を考えこのままじゃ三年以内に確実に死ぬな・・・と思って辞めた。

辞めた後はしばらくニート生活を堪能し流れるようにして地方移住した。

移住した先では前の仕事経験を活かし新しく仕事を始めるがそれも上手く行かなかった。

中学校と虐められずっと挫折経験し、ブラック企業劣等感を刷り込まれた俺はここで心が完全に折れた。

誰とも話したくないし顔を見るのも怖い。

俺は引きこもった。

だけどそんな引きこもってる最中も俺の部屋に訪れる人は何人か居た。

極端な田舎と言う訳じゃないが車が無いと不便な地方と言う事もあって何人かに俺の車を貸していた。

その車を貸していた中にその子は居た。

俺と同じく流れるように地方転々としてきて、今の場所が気に入って長期滞在しているらしい。

正直出会ってから半年ぐらいはまったく興味が無かった。

部屋に車を借りに来るのもウザいしめんどくさい。

事務的な連絡を短文で済ませ俺は引きこもり続けた。

そんな時、地域飲み会があった。

俺は元々アルコールに弱いせいか飲み会が始まると直ぐに寝る。

でもその時は何故か饒舌だった。

気が付いたら自分恋愛観をその子に話していた。

ブラック企業に刷り込まれ劣等感自分相手幸せにする事は出来ないと思っている事。

自分の糞つまらない人生他人様をつき合わせてしまう事への罪悪感。

それを俺は次々と語った。

でもその子別に幸せにしてあげなくてもいいんじゃない?と言った。

二人で幸せになろうって人を探せば?と言われて何か許された気がした。

それ以来少しその子との距離が縮まったような気がする。

そして別の日にタバコを吸っていた時、その子は全く吸わないのに近寄ってきて飲み会の日の話の続きをした。

俺が自分に自信が無い事を伝えると、何時になったら自信がつくの?と言われた。

かに俺は3年後も「自信が無い」と同じ事を言い続けて物事から逃げてる姿が容易に想像できた。

俺だけ自信が無い訳じゃない。

みんな自信が無くても踏み出してるんだと言う事に気づかされた。

その時からずっとその子の事が頭を離れなくなった。

仕事中、Twitterを見ている時、寝る前、ほんの些細な日常の一瞬にその子の顔が過るようになった。

の子Twitterを見ると今いる地方から次の地方へ行く事を匂わせるようなツイートがあった。

今行かないと絶対一生後悔する。

それは分かってるんだけどやっぱり怖い。

狭い地域から周りへの影響とかを考えると怖いし、何より過去自分挫折ばかりの人生経験が頭を過る。

怖い。すごく怖い。

神様勇気を下さい。

2018-04-11

anond:20180411131350

カラマーゾフの兄弟読んだら自殺しそうだな、お前。

中学校教科書に載ってて読んだ直後にそういう感想載せるのなら分からんでもないけど、世界はお前が思うよりは割と広いぞ。

ジュンク堂でも行って椅子立ち読みしてろや。

2018-04-09

10代を思い出すと涙が止まらないことがある。

学校の話じゃなくて、家の話だ。

私の妹は、中学校に入ってすぐにひきこもりがちになり、

その後、高卒認定学校?に入るまでの7年間、

あるいはそれ以上の時間、大暴れしていた。

いつも死のうとしていた。いつも手に負えなくて、いつも叫んでて、いつも殺すぞと言っていた。

私が15歳の頃から、だいたい22歳、23歳になるまでの間。

特に酷かったのがその期間だから

少女から女性になるまでの間、

ほとんどすべての時間で何かしら問題があった。

 

当時、思春期まっただなかの女の子には、

ちょっとしんどさが強すぎた。

当時の不調は、体が弱いからではなく、

こうしたストレスから全部きていたんだと、今ならわかる。

 

妹に、リモコンで思いっきり殴られた腕が痛かったこと。

包丁を向けられて、「もう死ぬ」と思ったこと。

でも、ひるんだり、背を向けたらそれこそ刺されると思って、

お父さんもお母さんも出かけていない部屋で、懸命に強がっていたこと。

ある日、家に帰ったら、お母さんが、家出していたこと。

妹が、混乱して、死のうとして深夜に大量に風邪薬を飲んだこと。

ベランダに出る大きな窓ガラスの片側がぜんぶ割られたとき絶望感。

殺すぞ、殺すぞ、と叫び続ける日もあれば、

反対に、殺せ、殺せと母親に向かって叫び続ける日もある。

家に帰るときは、「誰か死んでいないか」と心配していた。

母は、「もう一緒に死のう」と何度も思っていたし、(私になんの相談もなしに)

私の目の前で、包丁を床に置いて、「じゃあお母さんを刺しなさい」と言ってるのを見たこともある。

 

16歳のときに母方の祖父母が死に、母も両親を失った時機に娘がそんなんで大変だったと思う。

叔母の家に、ときどき避難していた。

私は、当時はそんな自覚もなかったが「自分に非が一切ないのに辛い」ということが何年も続いた。

どれだけ良い子にしてようとも、家はグチャグチャだった。

何でもない日もあったと思うけど、そんな日の記憶が強すぎてあまり覚えていない。

 

かなり省くけど、いろいろあって今では妹は大学を出て、なんとか社会で働き、

多少いろいろな問題は残っているものの、今では妹と私は超仲良しだ。

友人はみんな、私のことを「妹ラブ」だと思っているし、仲良しでいいねとよく言ってくれる。

本当に、妹が好きだ。母親も大好きだ。

私と母、私と妹、親子3人、ときにはイトコも交えてのライングループがあるし、

それはほぼ毎日どれかのグループとやり取りしている。

しょっちゅう実家にも帰っている。

 

妹を許せないとか、母親が憎いとか、今はそんなのは全然ない。

乗り越えた、に近いかもしれないけれど。

でも、憎悪全然ないけど、さっき書いたような恐怖はまだ消えなくて、

ときどき、夜中にそのシーンを思い出しては涙が止まらなくなるときがある。

トラウマ?なのかもしれない。

 

それは、アラサーになって、実家を離れて、家族と仲が良くても変わらない。

しろ、終わったからこそ、思い出してしまうのかもしれない。

当時は連日、新しい恐怖が舞い込んできて、思い出す余裕もなかったし。

 

母親や妹に言うと、きっと、悲しませてしまうだろう。

そんな恐怖を与えてしまってごめんと悲しい気持ちになってしまうと思う。

でも、辛い。

 

みんな、きっと、思い出せば涙が出る過去の辛いこと、あると思う。

どうやって、乗り越えているんだろうか。

私は、阪神淡路大震災とき記憶と同じぐらい、

混乱している妹に殴られたり、切られそうになったシーンと、

母親が妹に包丁を持たせて「殺せ」と叫んでいたシーンが忘れられない。

2018-04-08

今思うと

小学校中学校高校って特殊環境だったよなあ。

もうあの頃には二度と戻れないんだ。

嬉しいような、寂しいような。

2018-04-07

英検準1級の力がある英語教員 中学校で30%台にとどまる

全国の中学校高校英検準1級程度の力がある英語教員は、中学校で30%台、高校で60%台にとどまり、5年連続で国の目標

下回ったことがわかりました。

文部科学省は、英語の授業を改善するため、英検準1級程度以上の力を身につけた英語教員を、中学校では50%、高校では75%に

する目標を掲げています

これについて、全国の5万2000人余りの英語教員英語力を調査した結果、この水準に達する教員は、中学校で33.6%、高校

65.4%にとどまり、いずれも5年連続で国の目標を下回りました。

都道府県別にますと、最も高かったのは、中学校が4年連続福井県で62.2%、高校福井県香川県で91.3%でした。

英語教育に詳しい立教大学鳥飼玖美子名誉教授は「現場教員たちはあまりにも忙しく、英語を教える力を研さんする時間的余裕がない。

教員環境を整えていくことが必要だ」と話しています

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180407/k10011393951000.html

2018-04-06

底辺になるのはいから

犯罪者かいるじゃん

そいつらも小中学校普通に通ってたわけで

分岐点はどこなのか

2018-04-04

本当に支配してたら

その支配から卒業して(自称正義の味方クラスチェンジした人たちが、あんなに大っぴらにマスコミや系イベントに登場したり、中学校講演会をして延々と自説を述べたり出来るもんだろうか?

主張通り相手が本当にマヌケだというのなら、マヌケから政権を奪えない人たちはもっとマヌケという事になるし。

凄いマヌケではあるが強大な権力を同時に持っているというのは、やっぱりその設定にムリがあるのではないかと。

10年振りに故郷に立ち寄ってみた

あの頃住んでいた団地は、既に取り壊されていて、南国を連想させる名称が付いたニュータウンになっていた。

小さい頃は、この街の道がどこにどう繋がっているかを隅々まで知っていたはずなのに・・今車で走ったらまるで初めて来たように感じてしまった。

自転車で息を切らしながら走ってた頃の風景がそのままの場所もあれば、すっかり変わってしまった所もあり、車を走らせながら僕は混乱してしまった。

一体僕はどこへ来てしまったのだろう。

顔も思い出せなくなってきた同級生の家々。

今でも連絡が取れるような友人は1人もできなかった小中学校

あの団地の無くなってしまった街。

団地が取り壊されてしまったとき、僕の中の故郷は本当の意味で無くなってしまった。

もう来ることは無いだろう。

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