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2017-09-24

多様な人達に触れるために公立に入れるのが良いって?バカか?

中学校公立に行かせるかお受験して私立だのに行かせるかという子育て議論があるよね。そしてよくある公立支持者の意見として「公立=多様な層がいるため社会をより深く知ることができる」「私立=高収入世帯出身者が多く価値観が一様になりがち」というのがあるよね。公立中学校に通ってた俺から言わせるとふざけんな、そんなことで子供人生無駄にさせんな、って思うよ。

公立中学校に通わせたら社会現実をより知ることができるというのは妄想だと思う。基本的お受験必須貧困層の少ない中高一貫校に比べたらそりゃあ層は広いだろう。でも公立から多様な層がいるとは限らないし、さらに多様な層と触れ合ったからといって子供価値観がdown to earthになるとは思えない。

公立にいる層というのは基本的にその地域の層そのままということになる。ある程度新しい地域であったり地価が高いところであれば自ずとそこに住む人達の層は高くなる。このようないわゆる「良い地域」であれば公立に行かせたからといって多様な層に触れることはないだろう。このような地域学校大阪西成あいりん地区にいるような完全にヤバい人達出会うことがあるだろうか。

公立で遭遇する異なる価値観の人というのは基本的先生だ。公立先生は野生なので時々ヤバい奴が混じってる。中学校では先生というのは絶対的存在だ。彼らは成績を付ける立場にありその成績は高校受験意味不明なほど影響する。馬鹿理不尽先生に当たってしまってもおとなしくスルーすることが最善手となるのだ。トップレベル学生、後々東大京大阪大などに行くことになるような学生からすると公立中学先生レベル人達馬鹿に見えてしょうがない。自分より馬鹿効率的勉強の仕方も知らないような人達人生を握られる理不尽に耐えるのが公立中学校だ。

公立で多様な層と触れ合うことにより浮世離れした価値観を持たずに育つというのは幻想だ。公立に行こうがお受験しようが価値観おかしい奴はおかしいし世間知らずな奴は世間知らずだ。俺は東大に来てから色々な人にあった。公立出身の人、名門中高一貫校出身の人、インターナショナルスクールに通っていた人など様々だ。公立出身人達ガッツがあり向上心が高いというのは感じられる。また開成やら麻布やら出身のボーッとしていてどこかズレている奴らがたくさんいることも知っている。このような傾向が多少はあるということは認識しているが、特に優秀な人達を見てみると公立だの私立だのといったことは本当に関係ない。むしろ公立人達は遅れを取っていて苦労をしている。人脈も弱ければ勉強内容もトップ私立トップ学生から数年遅れていることで苦労している人をたくさん見た。価値観ですら公立人達には知らない世界エリート社会)が多く遅れを取っている。

公立に行くと将来的な友達が減る。95%の人達自分より下の社会層に属すことになり今後交わることはない。中学校時代からずっと知り合いでおじさんになっても仲良しみたいな中高一貫校出身エリート達を見ていると、それなりの面倒臭さなどを織り込んでも羨ましく感じることがある。さらに言えば中学校に通っている時ですら孤独感を感じる。少し勉強ができるだけで特別扱いされるのは寂しいし、知的な会話もほとんどできない。将来役に立つ人脈もできず会話も成り立たず先生理不尽という地獄のような環境だった。

門中高一貫校に行かせるという選択肢があるというのに「あえて」子供公立に通わせる人達、お前らは大バカだ。あえて公立に通わせるのが子供のためになると思っているのならやめた方が良い。Twitterなどで知ったかぶって「あえて公立に通わせようと思ってる」などとぬかしている自称ハイソインテリ垢を見ると子供のことがかわいそうになる。多様な層に触れ合わさせたかったらボランティアでもさせとけ。現場からは以上です。

anond:20170416161449

これは理解できるし同情も出来る

うちはバイク(無免許)で校舎の中走り回るアホが居る中学校だったけど


先生子供やんちゃ(その多くが犯罪レベル)に慣れすぎて、事なかれ主義隠蔽体質

先生は一部の不良生徒が気がかりなので、その他に気が回らない

学校設備は度々破壊されたり、授業に割り込まれる(その都度先生対応するが授業に戻ってこない)

・「真面目は恥ずかしい、悪」という風潮になりやすい(性根がまとも、優しい子が居づらい)

思い返せば教育現場としてはまともじゃなかったな

今まで生きてきた中で一番の悪夢を見た

きつかった…

悪夢といってもバケモノに追いかけられるとか、高い崖から落ちるとか、乗ってたエレベーターの底が抜けて落ち続ける夢とかではない。

私の身から出た錆と不安と心の闇を凝縮した夢だった。

私は勉強が出来ない。これは私一番の…悩みであり弱みであり、身から出た錆だ。

中学受験志望校へまぐれで受かり、落ちこぼれて今の高校に通い二年生になった今に至るまで、大小様々な悩みはあれどこれまで自分を苦しめているものはないだろう。

なぜ身から出た錆なのかは単純に、勉強が出来ない事に悩みつつもそれを解決しようと勉強してないかである勉強をしていないならまだしも、長期休み宿題課題を出さない。これがいけない。

かつ、私は親を裏切り続けている。何度今度こそは頑張って成績を上げて提出物を出すと言っただろうか、何度欠点電話に怯える母を、面談の度に恥ずかしい思いをさせてしまっただろうか。ちなみにこれらは現在進行形で続いている。それを何とかしようと真剣に思うぐらいには恐ろしい夢だった。まあこう思う事は初めてではなく、20回目ぐらいだったりするのだが。

そろそろ夢の内容へ移ろうと思う。

通っていた中学校高校が混ざった校舎の廊下に私は立っていた。対面にいる担任から今学期の成績表を渡される。読まずとも壊滅的な内容だと私は知っていた。特に英語の成績が。担任は母を呼んであると言う。もうこの成績は伝えてあるらしい。

私はふらふらと教室へ戻った。母がいた。実際に最後に見た服装と1年の面談に来て来た服が混ざっていた。まあどちらも似たような格好だったが。彼女は黒に白いレースの縁取りがついた日傘を持ち、赤い口紅差していて、シックな印象を与えた。この格好をした母と歩くのが好きだった事を思い出した。

母は私を責めた。彼女は怒っていて、呆れていて、悲しんでいた。私は辛くて、自席の机へ目をそらした。小学生の時使っていたうさぎの手提げ(これは母が祖母ふたり、母娘水入らずの旅行先でお土産で買ってくれたものだった)と、それに入った手紙が見えた。

手紙といっても置き書きのようなもので、A4サイズの裏紙に青いサインペンで書かれていた。母のそばを離れて手紙を取るわけにもいかず、手提げから半分程度はみ出した部分しか読めなかった。すぐ会えるとは思っておらず、手紙に気づいてもらえるようわざとそうしたのだろう。

手紙には「ママちゃんは悲しんでいますときれいな字で、というか思い返せば私の字で書かれてあった。母の字は丸っこく、独特なのだが、私は習字に通わせてもらっていたのである程度綺麗な字をしている。

ママちゃん、というのは彼女が私とふたりきりで楽しく話している時にふざけて使う愛称だった。普段怒った母はもっと威圧的で、口汚い言葉を使った手紙を書いていた。

私はここで

ああ、何ということをしてしまったのだろう、と思った。

気づけば母は成績表の入ったファイルを私に押しつけ、廊下を歩き出していた。階段を降りゆくところで私は慌てて追いつき、どこへ行くのかと訪ねた。彼女履歴書を書きに行く、と言った。私は冗談じゃないと思い、持っていたファイルを踊り場に叩きつけた。中に入っていたプリントが舞い散った。母はどこかへ行ってしまっていた。

私がプリントを集めていると、どこからともなく8歳ぐらいの男の子女の子が寄ってきて、プリントを拾うのを手伝ってくれた。男の子が私の成績表を見て、お姉ちゃんなのに成績わるーい、と言うので 私はうーん、お姉ちゃん認知症になってるからかも知らんなあ、若年アルツハイマーやわ、と笑って返した。そうすると女の子は じゃああそこにおらなあかんちゃうん、と指さした。

その先にはステージがあり、私と変わらない年格好の車椅子に乗った人や移動式のベッドに寝たきりの人と共に講演をする大人がいた。私はなんだかぞっとして、あははせやな〜とかなんとか言った。

プリントが集まり終わり、最後に成績表を入れるだけになった。そこで初めて成績表を見た。惨憺此処に極めり、といった内容だったが一番は英語だった。1だった。ここでそういえば私、留学したいんだったと思い出した。こんな成績じゃ無理だとも。担任からの欄には、ずいぶんとかっこいいですね、と書いてあった。彼がよく言う皮肉だった。

私はファイルを持って立ち上がり、母を追いかけるべく走り出した。半分泣いていた。私は就職希望なんだからもう成績で取り返しがつかないとか、留学たかったなとか、母に申し訳ないなとかなんとか思いながら。中学校高校廊下を走り抜け、職員室の中を突っ切った時に母の背中が見えた。もう少しで追いつく、という時に目が覚めた。

いつもの布団じゃないので混乱した。が、よく思い出せばここはホームステイ先の自室のベッドの上だった。

現実の私は、このままの成績では留学することは出来ないと言われ、学年順位をどうにかこうにか100番上げてニュージーランドへ来たのだった。

怖い夢だった。もう二度と見たくない。その為にも勉強し始めようかな。

2017-09-23

受験生の皆さん、安倍総理自民党に騙されると点数を失います。気を付けて!

受験生の皆さん、安倍総理自民党に騙されると点数を失います。気を付けて!

中学校歴史参考書より

南京大虐殺・・・日本軍が20万人の中国人殺害したといわれている事件

どうぞ、この機会に歴史勉強をやり直すことをおすすめします。

まだ中1だとしても歴史教科書は渡されてるだろうから、ぜひ読んでみてください。

ちなみに

南京事件証拠になるものはすべてデタラメと判明。」←これは誤りです。

受験生の皆さん、マークシート試験で「次のうち正しいものはどれか」で、これが出てきたら、誤りの選択肢と思ってください。ネトウヨ安倍総理自民党は引っかかるんだろうなあ。こんな初歩的な嘘の選択肢

からこういう初歩的な嘘の選択肢はあったが、誰が引っ掛かるんだろうと思ったが、ネトウヨ安倍総理自民党は引っかかるんだろうな。

しかしたらADHDかもしれない

きっかけはとにかく、長時間会議が眠くて仕方がなくていつも辛かったことと、

何かをしながら人の会話を聞いているということが全然できなくて職場で怒鳴られつづけたこと

 

たまたま、体の調子もよくない時期が続いていて、毎日職場上司に怒鳴られていたころに、

なんとかならないのかと思って「会議 集中できない」みたいなワードで調べてみたら

重要会議で起きていないといけなくても眠くなる」というのがADHD特性として挙げられていて、

まさに自分がその通りだったので、どきっとして調べてみたらほとんどの特性に当てはまっていた

以下は一例だけど、

貧乏ゆすりがやめられない

・一日中お茶を飲んでる(飲んでないと眠くなってくるから目覚まし代わり)

・人の話がすぐ理解できない(どういう意味ですか?と聞き返してしまうことが多い)

・締め切りを過ぎても仕事が終わらないことが多々ある、待ち合わせや会議遅刻してしま

(=スケジュール作業にかかる時間を想定して動けない)

・同じことを何度も訊いてしまって怒られる

・目覚ましをかけても寝坊をして会社遅刻してしま

等々…

こういうことがもう何度も何度もあって、自分でもなんでできないのだろうとどんどん気持ちが落ち込んできて

そのうち電車のなかで突然自分名前や今着ている服がわからなくなってなぜか中学校制服を着ていると錯覚したり、

時間おきに目が覚めて全然眠れなくなったりということが多発してきたので、いい加減病院に行くしかいかと思いながら

ふと自分の症状について調べてみたら、まんまADHDのそれで、本当にビックリした

完全に思い込みだけど、ADHDの人は成績が悪いイメージがあったので、まさか自分が、という気持ちのほうが強かったんだけど、

そもそも成績がよかったのは自分の好きな教科だけで、苦手な教科(興味がない)は5/100とかの点数のときもあったので、

よくよく考えたら本当に本の通りで、計画性がなくて突発的に旅行に出かけたり、食欲が止まらなくて腹痛を起こすまで食べ続けたり、

自分では気が付かなかっただけで、それらしい傾向は普段から沢山あったじゃないかと今更はっとした

 

まだ病院には行ってない、というか予約が入れられないので行きようもないんだけど、診断名がどうであれ

現在進行形ADHDの傾向に悩まされてる以上、それに対して早く対策を打つ方が得策かと思って、ADHDのつもりで日ごろの仕事を工夫したら

今までほどミスもしないし、当然怒鳴られる回数も減ったし、たとえ失敗してもある程度は仕方のないことだと

割り切って、自分の傾向を踏まえた上で対策を考えられるようになって、精神的にも大分安定した

 

ただ、自分仕事がいわゆる職人親方みたいな人が多いところで、かつ変則的な勤務(昼勤務のあと1~2時間休んで夜勤務)なので

そもそもADHD人間には合わないな…、ということには悩んでる。なかなか周りを見て先回りして動くのはできないし、

睡眠時間トータル3時間程度(1+2時間とか)だと極度に疲労して全然仕事に集中できないので、

その辺りはもう、できない奴と謗られたとしても休憩時間はちゃんと取るように頼むしかいかなあ…と思ってる

失敗するたびに隣の課どころか同じフロアの全員に聞こえるほどの大声で怒鳴られるので、それもつらいんだけども…

辞めても次がないなと思うと辞める気にもなれないしなあ

マウントを取らないと会話できない

非対称なコミュニケーションしかできない、ということに最近気づいて悩んでいる。

他人と対等になれない。上か、下かしかない。

今思えば、育った環境にそのようなコミュニケーションを取る人間が多かった。

双子兄弟がいた。一般的双子は気の置けない間柄であると思われることが多いようだが、

私たち場合は違った。小さい頃は、互いが常に相手より上の立場でないと気がすまなかった。

父親の子供への接し方がそうさせていたような気がする。

人を小馬鹿にするような、常に上から見下すような接し方を、私たち父親から学んで、兄弟でそれを増長させた。

兄弟間の異様なコミュニケーションプロトコルは、普通なら小中学校矯正されるべきところであるが、

私の場合に関しては、治ることは無かった。

だいいち、矯正を施されるほど、同級生と深く喋らず、仲良くもならなかった。

いくつかの能力に運良く恵まれいたこともあって、友人を作るとか、人当たりを良くするといった努力を経ずとも、

クラスの中心では無いにしろ、得意な分野に関わる範囲、ほんとうに狭い輪の中では誰よりも卓越して、尊敬されることができた。

尊敬されるというのは非対称である

ある程度年をとると、関わる世界が広がってくる。

私が得意であることにはいくらでも上がいて、大したことではなくなる。

それ以前に、何かに秀でているということが、小さいときのそれほど絶対的評価を得ることが無くなったように思う。

会話を、自分上から目線気持ちよくなるための手段としていた私は、

必然的に口数が減った。

対等なコミュニケーションのために何をすれば良いのかも分からないし、

それを楽しいと思う感性を育てることにも失敗した。

誰かと喋っても、居心地の悪さばかり感じるようになった。

私も人を避けるし、他人も私を避ける。

治したいなあ。

人と対等な関係に立って、一緒に遊んだり飲んだりして、

くだらない話題で笑って、心の底から楽しい

みたいな経験がしたい。

一人では、こんなにつまらない自分だけでは、この先生きることもできない。

どうすればいいんだろう。

2017-09-19

チビチリガマ荒らしの件について

先日、沖縄にあるチビチリガマ内で遺品が壊されたり千羽鶴が千切られてたりしたらしい。

そして自称知識人の方々の、犯人探しの迷推理が笑けてくる。

やはり事が事だけに、政治的な背景があって犯行に及んだのではないか、というものが多かった。

バッッッッッッカじゃねーの???

だって沖縄だぜ?

そんなことあるわけないじゃん?笑

ヤンキーがやったに決まっているだろ笑

まあ、直感的にこう感じた。

しかし、そう感じた理由もちゃんとある

沖縄はご存知の通り、基地移設問題を孕む地域である

政治的背景が絡んでいるとするなら、バレたの時のめちゃくちゃリスクが高いだろう。

まあ、犯行に及んだとされる団体所属を晒されて、一括りにされて叩かれたりすることは自明だろうな〜(それ以上は過激派ではないので想像がつかない)

案の定、その後の報道少年4人が「肝試し」という動機犯行に及んだということが分かった。

まあ逮捕された方々は、無職とか型枠工だったりしたので、やはりそれなりにヤンキーだったりDQNであったことほぼ間違いないだろう。

自称知識人の方々は、沖縄という地域が、どれだけ底辺を産みやす環境であるかを知らない。

まあ成人式の様子であったり、離婚率は軒並み全国1位、そのくせ出生率も高いという統計をみたりすると、何となく「あっ…(察し」と大方の想像はつくかもしれないが。

ここからローカルな話になる。

俺の中学校では、昼休みクラス男子ほぼ全員を巻き込んで、取っ組み合いをする「戦争」という遊びが流行ってた。

「えー(方言で「おい」の意味)、戦争しよーぜ!!はいピー(開始の笛)」

とか言って。

暗黙のルールはやりすぎないこと(極端な多対1の取っ組み合いなど)、殴るのは禁止など。バレると続かなくなっちゃうからね。

なので大体は羽交い締めにするような形になって、相手がそれに屈したら負け、みたいな感じだった。

そして、また次の相手と取っ組み合う。

書いてみて思ったが、これの何が「戦争」なのかワケわからなさ過ぎて笑う。

まあ得てして中学生とはそんなものだ。

ちなみにこれでも沖縄戦で最も激しい戦闘があり、集団自決を数多く生み出した地域中学校での話です。慰霊碑だって数多く建立されている。

まあ、沖縄ってこんなもんです。

もちろん優秀な人もたくさんいるよ!!(申し訳程度にもならない沖縄擁護

ナイチャー差別が根強い地域もあり、閉鎖的なイメージもあるかもしれないが、基本的には県民気質楽天的かつ享楽的

まあ皆さんどう思うかは自由です。

個人的にはまず、家庭と学校が正しく連携して、教育から抜本的にどうにかしてほしい(切実)

2017-09-18

私は吹奏楽部に入部希望なんて出してなかった

小学四年生の時の話である

必修であるクラブ活動に参加するにあたり、入部希望届を提出するようお達しがあった。

その用紙には、第三希望まで書くための欄が設けられていた。

私の第一希望バスケットボール部。第二、第三希望に何を書いたか覚えてはいないが、吹奏楽部ではなかったことは確かだ。

だが、私の参加する部活吹奏楽部に決まった。

バスケ部は入部希望者が多かったらしいと噂に聞いた。

他の吹奏楽部入部者である友人らに話を聞くと、第一希望バスケ部だったという。

第二、第三希望まで書かせておいて、それすら加味してくれず、興味もくそもない吹奏楽部に入れられたことが納得いかなかった。全くもって面白くなかった。

おかげで私は真面目に練習に取り組まず、譜面通りに演奏することができなかった。顧問特別赤線を入れ、簡易バージョンに直してくれた譜面をひとり、県大会で吹いた。

楽器マイナーだったのも面白くなかったんだよな。トランペット希望出したら、ユーフォニウムになったんだよ。吹奏楽に興味ない小学生ユーフォニウムしらんかったよ。チューバほど目立たず、トロンボーンほど華やかではなく、なんか地味。だから、十数年を経て響け!ユーフォニアムを見たときはすごくうれしくなったのを覚えている。ありがとう京アニ題名のない音楽会五嶋龍が、ユーフォニアムって楽器を今まで知らなかったみたいなことを言ったとき、くっそ!ほらな!って思ったさ。

さぼりはしないけれど練習に打ち込まない私の意識が変わったのは、東北大会に出場したのがきっかけだ。

大会で一番の成績を収め、隣県で行われる東北大会に泊まりがけで参加。

林間学校にも修学旅行に行ったこともない小学四年生には、年上のお兄さんお姉さん、同級生たちとの旅行はとてつもなく楽しかった。

そこからは、結果出してまた泊まりがけで大会に出たい!と練習に打ち込み始めた。譜面から赤線はなくなった。

五年生でも六年生になっても、東北大会に進んだ。

私が小学四年生だった年、新しく赴任してきた先生吹奏楽部顧問就任していた。

前の学校でも吹奏楽部指導していて、次に赴任した小学校でも吹奏楽部指導して、そして今でもどこかの小学校吹奏楽部顧問をしている。その先生が来れば、その学校吹奏楽部は県で一番になれる。当時は知る由もなかったけれど、そういう顧問だったらしい。

から私は、私の友人たちは、入部希望届に吹奏楽部と書いてもいないのに、吹奏楽部に入れられたんだと最近思い立った。

みんなスポーツが得意で、今で言うスクールカーストの上位の方で、タフだった。私以外。私以外に譜面赤線を入れられていた友人はいない。

強い顧問が来るのなら、それに見合った児童必要だったんだろう。希望届が関係なくなるくらいに。

吹奏楽部のことは、最後には好きになれた。中学校で続けはしなかったけれど。

でも未だに、顧みられなかった入部希望届に対し、第一、第二、第三希望真剣に考えた私の思いは返して欲しいと思っている。

貧困家庭で育った

貧困家庭で育った子供視点から貧困家庭問題点を挙げたい。

私は現在高校卒業して働いている。貧困層立場意味合いとしては深刻な方だったと思う。

ただ、複数貧困家庭で育ったわけではないので視点の偏りはあると思う。

  

貧困連鎖である

これが一番問題で、国によって救われないといけない面がどうしても出てきてしまうと考えている。

例外はあるにしろ貧困家庭は総じて精神的に弱いと思う。

人によって差はあると思うが、精神的に弱っている際に無駄遣いが増えることも多いかと思う。

貧困家庭の親は、情報弱者場合が多いと感じているが、これは子供に引き継がれる。

貧困からまれ精神不安によって、家庭内での喧嘩暴力が多く発生したりする子供への悪影響も計り知れない。

単純にそれらが無くとも、「金が無い」という親の悲鳴を聞く度に子供としては心が辛く、自分を責めてしまったりする。

そうなると非行に走る場合もある。

親の不安定さは子供に伝染し、その子どもが親になった際に、また同じ子供うつっていく。

勉強」どころではない(自分と親{家庭}の事で精一杯)という土壌が形成されて、

1.非行に走る

2.進学を諦めて就職する

という選択に至りがちであり、中卒・高卒収入大卒に比べても低い事から連鎖的に貧困も育っていく。

  

情報収集が弱い

これは私の育った家庭が問題なのかもしれないが、「騙された」という親の言葉が、しっかりと内容を確認しなかったがために招かれている事態だったりする。

そうでなくとも、「勉強大事」と教わったところで、学ぶ手段を教わらない場合が多く(親の学歴もまた低い場合が多いことも関係する。)

学校での受動学習はできても、社会重要である能動学習が出来ない。(方法がわからない)

  

浪費か、倹約か。

これは二極化が起きることも多いかと思っている。

私の家庭では、浪費が多かったように感じる。

かいお金貯金していく大切さを知らないし、あるいは、その手段を知らないように見えた。

この点は真逆の方向で私に引き継がれた。

私は倹約に走るようになった。倹約もまた精神負担が大きい。

数千円を切り詰める必要性を感じてしまい、多分、こういう考え方の人間が増えると国の経済的には良くないと思う。

  

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私の家の話だが、本来自分の為になる勉強などをする精神的余裕がなく、逃避的行動に至りやすい。

私は一度家庭内が大きく荒れて、中学校では学年トップの人と競い合うほど学力はあったのに不登校になり、

その後ブランクを経て高校へ進学したものの、やはり収入は低いし厳しい仕事だと思う。

(とはいっても、知能労働ができているだけ幸せなのだとは思う。)

お金持ちの家に生まれたら、好きだった美術系の学校に進学して、たんまり好きなことを学びたかったな。

ニュースになっている大磯町学校給食原価計算

大磯町学校給食の原価を計算してみる。

給食費は、生徒1人あたり月額4,900円  

生徒及び教職員 870食

中学校給食・調理配送等事業者を募集(募集を締め切りました)/大磯町ホームページ

一度、計算

① 4,900円×870食×12ヶ月=51,156,000円=5,115万6千円

② 4,900円×870食×11ヶ月=46,893,000円=4,689万3千円 8月徴収しない場合  

一日あたりに再計算

年間の給食実施日180日

中学校給食・調理配送等事業者を募集(募集を締め切りました)/大磯町ホームページ  

① 5,115万6千円÷870÷180日=327円

② 4,689万3千円÷870÷180日=299円  

牛乳価格

47.71~47.98円  切りのいいところで、48円

学校給食用牛乳  

牛乳価格を引いた食材

① 327円-48円=279円

② 299円-48円=251円 8月徴収しない場合  

食材仕入れる際には消費税がかかるので、

実際には上記金額から消費税分引かれた金額食材費、すなわち原価となります。  

① 原価258円、消費税21円

② 原価232円、消費税19円 8月徴収しない場合  

給食における、一般的な原価率

一般的な、飲食関係の原価率は30%と言われています

仮に30%で計算すると

① 860円相当

② 770円相当 8月徴収しない場合  

仮に40%で計算すると

① 645円相当

② 580円相当 8月徴収しない場合  

飲食で2年ほど働いたことがあるので、

この原価であの給食は、ぼったくりです。  

食材の購入明細は精査した方がいいでしょうね。

《 注 記 》

給食費食材費のみに使用しているようです。

中学校給食Q&A - 大磯町

2017-09-15

大磯町中学校給食

http://www.yomiuri.co.jp/national/20170914-OYT1T50064.html

年間約3300万円 / 12 = 月275万

http://www.town.oiso.kanagawa.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/25/bosyuyouryo2.pdf

http://www.town.oiso.kanagawa.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/25/sankamosikomi.pdf

例えば、人件費

正社員×5 @ 40万円 

パート×17 @ 5万円

これでトントン配送コスト光熱費等も含めると、赤字しか見えない。どうなってんだよ。つかそんな人件費ありえねーだろ。給食業界じゃそれが普通なのか?

ボリュームないのに独自メニューやろうとしたのが敗因か。

追記(給与テーブル)

http://www.angel-foods.com/support/job.html

そんなに悪い線はいってなさそう。職員数が人数通りなら赤字やんこれ。

仕事内容を見ると、盛り付けコストかかってるのが原因だろうから、生徒にやらせる食缶方式が最強っぽい。平塚市とかに委託できねーのかなあ

追記2(既存事業)

既存学校給食22件(5800食)は以下みたい。

相模原市: http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/kyouiku/010645.html

町田市: https://www.city.machida.tokyo.jp/kodomo/kyoiku/school/kyushoku/tyugakkokyushoku/tyuugakkoukyuusyoku.html

近いし、結構数が出てる。規模の経済万歳!大量に発注したら、やっぱり食材費も安いんよ。

大磯町(870食)にコスト割けないのは、無理ないわな。輸送費だけ載せて、どっちかに相乗りさせてもらえるといいのにね。

調べたら満足した。

アオハルかよ。でレイプしてほしい物

サザエさんカツオと花沢さんとカオリちゃんの三角関係でアオカルかよ。)

ちびまる子ちゃん(まる子と花輪君。pixivでもうやってた)

ドラえもん

クレヨンしんちゃん

ラピュタナウシカもののけ姫(駿が死んでジブリ落ち目になったら)

進撃の巨人(既に公式であるしなんならアニメ化してた)

この辺がぶっ壊されればさすがにもっと炎上するだろう

でもこのシリーズ、なんちゃら中学校みたいなノリが大好きなメスガキには好評らしいんだよなぁ

給食ってまずかったよな

タイトル通り。

私が小学校給食食べてた時期はちょうどO157とか流行った時期で特に野菜関係が酷くて、20年もたってんのに未だに海藻サラダとか酢の物とか食べれないものクタクタになるまで茹でたり蒸したりした野菜も本当に嫌だったしあれで嫌いな食べもの増えたわ逆に。

全部が全部不味かった訳じゃないけど揚げパンとかソフト麺とか冷凍みかんみたいなスーパースター普通のとめっちゃ地雷の奴が混在してたって言う記憶はある。

あと、昔勤めてた仕事場で仕出しの弁当があったんだけどこれがまた不味いっていうか味が変で最初栄養バランスのこと考えて我慢してたんだけど結局手弁当コンビニで買ってくる方に切り変えたわ、コスト的には3倍になった(弁当360円の物が会社が半分持ってくれて180円、コンビニで買えば500円オーバー)し、栄養バランスだって崩れたんだろうけど、昼飯がマズいのは精神的に良くないわ。なんかそれなりに食べられるものを安く大量に作るノウハウがキチンと浸透してくれんかなと思う。多分そういう事出来る所とそうでない所がバラバラなんじゃないかな。

こっから下は余談なんだけど、私の出身最近選挙があって現職が当選した中学校給食実施されてない某政令市なんだが

対立候補中学校給食実施をとか言って勝手連とかもそれでいか自分の所が後進的か吹聴してまわってたけど、給食がまずかったって事を思いだすとどうも微妙気持ちなる(もちろん問題は親の負担軽減とかそっちだから筋違いではあるんだけど)

で、負けたら負けたで民度が低いだのなんだの言う奴もちらほら居るし(前回の参院選から居たが)、ドブ板で負けてんのに民度とか曖昧な話に転嫁してたら死ぬまで勝てんわーって思った。

あと東京都の事を「石原を4選させたような土地」ってめっちゃ馬鹿にしてたけど言われる側になってさすがにそういうのは良くないかと思うようになった。

2017-09-14

中学校給食食べ残し

原因はきっと中二病だな

「見た目が悪い」という主張も、いかにもそれらしい

評判イマイチアニメ映画観たらピンポイント直撃を食らい時が飛んだ

子供の頃、大好きな女の子がいたんだ。

俺はあの子のことが、本当に、本当に大好きだった。

でもあの頃はそれの正体がよくわからなくて、なんて言ったらいいのかもよくわからなくて、結局、俺は最後まであの子自分気持ちを伝えることができなかった。

中学1年の夏休み、あの子は家庭の事情で突然住んでいた街から引っ越していくことになって、終業式の日に教室で見た姿があの子についての最後の思い出になった。


あれからずいぶん時間が経って大人になり、人生の大きな選択みたいなこともいくつかあったけれど、事あるごとに「もしも」「あの時ああしていたら」というようなことを考えることがあると、真っ先にあの中学1年の終業式の日のことを思い出すんだよね。

あの時、あの子に「好きだ」と言えていたらって、その頃の中学1年生によくありがちっぽい、そんなささやか出来事を考えてしまうんだよ。

別に、もしそのもしもが叶っていたとしても、きっと何も変わらないんだとは思う。あの子は何も変わらずあと何日かしたら遠くへ引っ越していくし、そのあと何ができたわけでもないんだろう。でもあの時、俺はあまりに幼くて、かっこ悪くて、無力だったよ。

の子小学校の真ん中くらいの時に転校してきて、それからずっと同じクラスだったんだ。

まり女の子友達がいなかったけれど、あの子とはその時からとても気が合ってよく一緒に遊んだ。俺の小さな世界にいる数少ない女の子だった。

きりっとした綺麗な顔立ちで、ちょっと気が強くてお姉さん肌の明るい女の子だった。実際、同級生だったけどほぼ1年誕生日が早かったあの子はいつも少しだけオトナで、俺はよく背伸びをしていた気がする。それこそ13歳のとき奥菜恵みたいな誰から見ても完全無欠な美少女、というわけではなかったとは思うんだけど、間違いなく、俺にとっては世界で一番の女の子だったんだよね。

そうこうしているうちに中学生になったんだけど、入学式に行って最初確認したのは、あの子がどこのクラスにいるのかだったのを覚えている。

の子は俺と同じクラスだった。その頃地域マンモス校だった中学校で1学年9クラスもあるのに、同じところに一緒に名前が載っていて、嬉しかったのもあるけど、なんだかとても安心してしまったのも覚えている。ああ、これから不安もあるけど、きっと、2年生になっても、3年生になってもまた一緒のクラスになるんだ、なんてなんとなくぼんやりと思ってた。

1学期の間、あの子とは隣同士の席になった。なんだろう、子供だった俺はその状況に満足して、当然のように思って、そしてそれ以上何かをするということは無かった。学校に行って、好きな漫画アニメの話なんかを話して、ずっとこの席にいられたらいいななんて思ってた。

俺があの子のことが好きなことは、おそらくクラス中にバレていた。同じ小学校から来た友達もいたし、何より俺がずっと隣の席を見ていたからだ。

でも、そんな日は長く続かなかったんだよね。

あと一週間で夏休みだ、となった7月の半ば、俺はあの子の様子がなんとなくおかしいことに気づいて、とんでもなく不安気持ちになっていた。

急に態度が冷たくなった、とかそういうことは一切なくて、その逆のことが起こっていた。終業式の数日前からいつになくいろんなことを話しかけてきた。初めて会ったころのことや、小学校林間学校ときのことを話した。何か、とても嫌な予感がした。

終業式の前の日の放課後に家に帰ろうとしていると、掃除当番だったあの子が後ろから

掃除、一緒に手伝ってよ!」

と言い、俺のシャツの裾をギュッと掴んで引っ張った。

一瞬時間が止まった気がしたよね。あの感触を、今でもありありと鮮明に覚えている。

絵に書いたようなお約束少年だった俺は、たぶん嫌だよヘヘーン、みたいなことを言って、あの子から逃げた。

クラスの他の女子からなんかヒューヒューと茶化された。廊下に出ると、心臓バクバクしていた。

俺は教室の前の廊下で前の入り口と後ろの入り口の間を5往復くらいウロウロして、やっぱり教室に戻れなくて逃げるように帰った。

そんな日々はその次の日に、映画みたいな出来事もなく、あっけなく終わった。

終業式のホームルーム担任先生はあの子を黒板の前に呼び出して、突然ですがご家庭の都合で転校することになりました、と紹介した。

本人の希望があって、今までお知らせしていませんでした。


なんとなく薄々様子がおかしいことに感づいていたから、動揺はしなかった、フリを全力でした。

の子のことを見ることができなくて、礼が終わった瞬間隣の教室にやっぱり逃げるように入った。特に用事は無かったのにね。頭が真っ白だった。

隣の教室でぐだぐだしていると、小学校とき一緒のクラスだったちょっとおませなお節介焼きの女子がやってきて、俺を見るなりあんた何やってんの、あの子にちゃんと自分気持ち伝えて来たんでしょうね?ちゃんと告白してこいよ、後悔するぞとかなんとか言いやがった。12歳の世界において、女子男子よりもだいぶオトナだと思い知らされたね。

その時俺が口走った言葉を思い出すと我ながらひどすぎて死にたくなるんだけども、確かこんなことを言った。はぁ!?ばっかじゃねーの!?やめろよ、そんなんじゃねーよ。

って、漫画かよ。今でも死にたくなってくるよ。

でも、それもそうかとなんとか思い返して、人影もまばらになってきた自分教室エイヤーと戻った。

この日が最後だったあの子は、まだ教室にいた。

が、それとあと2人くらい、普段まり話したことのない女子が何やら残念だねと話していた。

そこで俺は黒板の前にバン、と立って、ちょっといか今日は俺と一緒に帰ろうぜ!

と言い放つ妄想をあとから何度もしたのだけれど、現実の俺はそんなことはなくて、2人の女子に怯んでまた廊下に出てしまい、やっぱり前のドアと後ろのドアの間をウロウロウロウロとしていた。

そうしていると、友達が通りかかって、何やってんの帰ろうぜ、と言った。

お、おう、そうだねみたいなことを言って、学校を出た。

それが、あの子を見た最後だったよ。


帰る途中、意味もなく遠回りをした。また、とんでもなく受動的なバッタリに一縷の望みを掛けていた気がするけど、すぐに忘れようともしていた。

その友達が、ああそういやあの子転校するんだろ?と言ってきた。ああ、そうみたいだね。と答えたら、ふーん、と返ってきた。そいつになぜか無性に腹が立った。彼は別に何も悪いことしてないんだけども。

歩きながら、無理やり色々なことを考えて納得しようとした。そうだよ、そんなどうせあと何日かでいなくなるのに、今更何か変なこと言ったって迷惑だ。俺の自分勝手だ。そうだ、どうにもならないんだから、何も言わないのが正しいのだ。だから、これでいいんだ。とかなんとか。

映画を観ていたら、アタマがあの頃に飛んでいた。

何もできなかった。あまり子供で、勇気が無くて、情けなくて、後悔とも無念ともなんとも言えなくて、ほろ苦いというか、苦かった。

あの時こうしていれば、って何度も何度も繰り返して、何パターンものルート妄想した、そんな10代の時間だったよ。

大したことじゃないってことはわかってるんだよ。誰にだってあることで、よくあることで、ちっぽけなことだよ。

でも、12歳の心の風景っていうのはとても、とても不安定ものなんだよね。オトナでも子供でも無くて、気持ちだけそこにあるけれど、どうしていいのかわからないんだよね。イマドキの中学生はまた違うんだろうなっていう気もするのだけれど、少なくともあの頃の12歳はそんな感じだった、きっと。

別にとんでもない大事件なんか起きなかった。宇宙人も、未来人も、超能力者も出てこないし、況してや隕石が落ちてくるようなことなんてないし。

でも、12歳の世界にとって、好きな女の子に「好きだ」って言えるかどうかっていうのは、時に隕石が落ちてくるよりも大きな問題だったりすることもあるんだな。

あの頃の、あの「純度100%の『好き』のカタマリ」って一体なんなんだろうな。

なぜそうなのかという理由も問わず、えろい下心もなく、ただただ純粋な何かだった。あの頃のあれと同じ気持ちって、一生戻ってくることは無いんだろうな。

そんなことを考えていた。


インターネットの普及した現代のせいだ。俺はムクムクと出来心が湧き上がって、ついFacebookを立ち上げて、検索窓にあの子名前入力してしまった。

便利な社会残酷だ。もの10秒だった。この長い長い時間は何だったんだっていうくらいあっという間に、あの子がそこに存在しているのが見つかった。

どこからどう見ても、間違えるはずもなく俺が知っているあの子の顔がそこにあった。

あの時の歳の何倍もの時間が経って相応の歳の女性になってはいたけれど、変わらずちょっと気が強そうな美人だった。

その写真を見て、今まで薄々感じながら自分に気づかないフリをしていたことにやっぱり気づいてしまった。

俺はどうやらその後の人生において、好みのタイプだとか、好きな芸能人だとか、そういった気持ち基準が、すべてあの子になっていて、いつも面影を追いかけていた。


の子は、独身だった。

からだっていうことはない。

そんなことをしていたらハッと我に返って、今度はとても自分気持ち悪くなって、そっとその画面を閉じ、Facebook検索履歴を消した。

子供の頃、初めてあの子の家に遊びに行った時に一緒にコースを作って遊んだエキサイトバイクのプイーンというBターボの音と、出してもらった麦茶の味と、あの日グイッと引っ張られたシャツの裾の感覚がぐるぐると回って、それからゆっくりと消えていった気がした。

もう、検索することはきっと二度と無いだろう。


そんなこんなで挙動不審になりながら「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を3日連続で観に行こうとしていたら、今年中学1年生の息子が、あーあれ俺も観たいんだ、一緒に行くわとかなんとか言ってついてきた。

映画を観終わったら、息子が

「何だよ、めっちゃいい映画じゃんか。何で評判イマイチなんだよ。俺すげー好きだよこれ。」

と言った。


オッケー、わかったよ。

君がそういうなら、俺はもう、それでいいよ。

2017-09-13

私の後輩は誤字が多い。沢山の一般的漢字を間違って覚えている。

初めて気付いたのは「更」という漢字。一次担当の後輩が手書きした社内用の処理票を精査していたある時、「更」のてっぺんから「吏」のように棒が突き出ていた。急いでいて勢いよく書いてはみ出したのか、と思っているとその後も毎回同じ書き方。そこで漸く「この人は間違えて覚えているのだ!」とわかった時は衝撃的で、自分にとっては初めての経験だった。

一度気付いてしまうとあらゆる間違いが目に入ってくるものだ。書き方以上に弱いのは同音異義語。後輩にかかると「実績」は「実積」、「台帳」は「台張」、「協議」は「協義」だ。小学校中学校定番漢字ドリル重要だと改めて感じさせられる間違え方である

もちろん、最初の頃は本人に誤字であることを伝えていた。社内のみで使う資料はいえ、上司も目を通すし恥をかく前にフォローして訂正するのが後輩の為だと思ったから、後輩の自尊心を傷つけない程度にさりげなく話すよう心掛けた。しかしそれを繰り返すうちに、私は指摘することに疲れてきてしまった。

何らかの事情学習機会に恵まれなかったならまだわかる。その場合は本人にも「漢字が書けない」という自覚が多少あるだろうし、わからなければ調べて書く可能性がある。意欲があれば正しい漢字を覚えようと努力するかもしれない。

しかし話を聞く限り後輩の家庭環境一般的で、偏差値45前後大学浪人留年せずに卒業している。そんな後輩は漢字を誤って覚えている自覚がない為、自分の書いた漢字が正しいと思って疑わない。おそらく学生時代真面目に漢字勉強しなかった、ただそれだけなのだろう。

誰かに指摘されなければ一生このままかもしれない後輩に対して、私は先輩としてどうするべきか。しばらく考えた結果は「手書きの誤字があっても原則指摘しない」だった。手書きするのは社内で使う帳票のみだし、顧客と対面でのやりとりは発生しない業務だし、書面はWord作成済の規定フォーマット使用する為顧客に誤字を含む文書を送付する可能性は限りなく低い。顧客からクレーム発生率が低いのであれば、後輩が社内でひっそりと恥をかくのは自己責任だと思うことにした。後輩指導は先輩の役割だと理解しているし、後輩の学習機会を奪うのは申し訳ないが、国語先生役までは流石に引き受けられない。

そう思うようになって早数ヶ月。「ああまた間違っている」と思いながら誤字を見逃す度に、何かにさくりと刺されたような小さな胸の痛みを感じる。これは他人事ではなく、自分も同じ立場になり得るし、誰かに諦められているかもしれないことはわかっている。せめて自分一般常識レベル漢字習得していることを確認するためにも、久々に漢字ドリルでも解いてみようか。帰りに本屋に寄ってみようなどと思いながら、今日も私は澄ました顔で働いている。そして後輩は漢字を間違え続けるのだろう。

2017-09-12

時の流れは無情なり

スケバン刑事 はいすくーる落書き はね駒… 

 

青春の綺麗な思い出…

 

小学校中学校、大好きだったので一生懸命に見ていた…

大好きだった…

 

まさか彼女パンティを使って変態仮面コスプレして、

ご満悦の笑顔フルーツを食すオッサン流出写真を見ることになるとは…

 

35年前の若かりし頃の自分にどう声を掛けてあげればよいのか分からない… 

死にたいことはそんなに悪いことなのか

自分毎日死にたいよ。

たいして仕事ができる人間でもない。

人とのコミュニケーションもうまくできない。

友達恋人もいない。

親とは縁を切った。

悲しんでくれる人もいない。

楽しみなんて1つもない。

ずっと、ずっと、苦しいことばかりだ。

生きていればいつか報われる日がくるとみんな言うけれど、逆もしかりだろう。

みんなそんなに期待できるの?それとも辛いことに耐えられるの?

自分にはできない。

から、苦しいことを回避するために死ぬのはそんなに悪いことなのかっていつも思う。

自分に使われた税金には程遠い額だろうけど、今は社会人として働いて税金も納めてる。

死にたいなら死ねって、黙ってさっさと死ねって、自分でも思う。

F欄大学どころか、中学校すら行っていないバカ自分死ぬのが悪い理由を教えてくれよ。

もう疲れたんだ。

2017-09-09

人間人生大前提

およそ6年前、家族との共用パソコンではない、自分用のインターネット接続できるデバイスを持ってから、私は少しずつ闇に侵されていった。中学生という思春期の真っ只中、なんとなく好きな子がいたり、部活同級生高身長さわやかスポーツ万能モテモテイケメンと一緒にいたりするうちに、というよりはそんなことは大して関係なく、中学校のあの雰囲気の中で生活しているうちに自然に「モテたい」という思いが芽生えた。いつでも自分の部屋でインターネットアクセスできるようになった私は、モテるためにはどうすればいいかということをインターネット検索するようになった。いろんなサイトを見ていくうちに、たしか横山建という名前の、恋愛商材やらセミナーやらを扱っている男のサイト出会った。彼の無料メルマガ登録したり、ほかの恋愛商材を扱っている人のサイトを見たりして、とにかく無料で手に入るものはどんどん手に入れていった。中学生からしたら素晴らしい情報を見つけたという感じであった。そしてとうとう商材をお金を出して買うことにし、個人ではなく恋愛商材を扱っているその界隈では割と有名な会社から25000円という大金を出して買った。中身は調べればその辺に転がっているような情報しかなく、とても後悔したのを覚えている。もしこれを見ている学生がいたら、ぜひとも恋愛商材なんぞ買わないようにして頂きたい。恋愛商材のサイトを見ていると、まるで自分はとんでもない無知で、この商材を買わなければ自分はこの貴重な情報を一生知らず、つらい人生を歩むというような考えに陥りがちだが、全くそんなことはないし、そもそも恋愛商材なんていうものは基本ゴミで、たとえうまくいったとしても幸せにはなれないと思う。最近恋愛工学などと一緒で、ある種ホスト的なモテしか結局はできないのではないかと思う。つまり自尊心が低い女性をだますことでの付き合いしかできないというような気がする。

恋愛商材の非モテ卑下し、恋愛のない人生を強く否定する世界と触れたことで、私は少しずつ、モテなければ恋愛をしてもいけないし、好かれなければ自分人生を歩んでもいけないというような思い込み形成されていった。

その結果私の人生は完全にストップしてしまった。

そして6年経ち今に至るわけだが、やっとある結論に達した。

人は自分幸せのために生きていいし、自分に都合のいいように生きていいし、自由に生きていいし、自分の心を大事にして生きていいし、したいようにしていいということである

それがすべての前提なのだ

相手のことを考えるということも、その結果自分幸せになり、心地いいコミュニケーションが取れるからそうするのであり、好かれなきゃ生きちゃいけないからそうしなければいけないのではない。

モテるためにすること、いい男でいることも、その結果(好きな人幸せになったり、いい恋愛ができることで)自分幸せになれるからするのであり、完璧な男でなければ恋愛はできないし、恋愛ができない男は自分人生を歩んではいけないからそうしなければいけないのではない。恋愛をしたくないのであればしなくてもいいのだ。

こんなことはほとんどの人にとって当たり前であるし、いろんなことを端折っているので無意味文章かもしれないが、なんとなく書き留めておく。

2017-09-08

実はバカである認識し思ったこと

非常にデリケートな内容なのでこちらに書こう。私はタイトル通り元々バカであったと思われるが小中学校時代神童と言われたばかりに最近まで馬鹿であると気づかなかったのだ。私は中学生くらいから周囲から実は馬鹿じゃないかと思われていたが当時私は「まさか↑〜(死亡フラグ)もうちょっと別の原因だろ〜」という認識であった。しかしその後も特に成績が上がることもなくむしろ頭の回転が遅いのでは?ととうとう自分も疑い始めたのだ。それから3ヶ月くらいして私はバカであるととうとう確信したのだ。

この御時世少なからコミュニティーがXXX(字数伏せ)しかねない。

ところでバカオタクヤンキーと仲が良いというステレオタイプがあるようだが私の場合関係は1、2名を除き最悪であるかほぼ交流がない。今後も特に深入りする考えはない。

つい最近「おばあちゃんに似た脳なんじゃない」と言われた。唯一、私の祖母という続柄の者は両方共大学入試自体経験しておらず昔はそれぞれ釘を上向きに打ちつけた板を学習机においたり怒りっぽかったりなどしたようだが私に限れば特に悪い印象はなかっただけに二重の意味でショックだった。真意の程を聞けばまたショックを受けるだろうから幻聴であることを願い脳の雑多な記録の彼方に忘れたい。

あと朝丁度いい時間に夢の中というのは睡眠障害なのだろうか。

2017-09-06

中学校

体育館見えたけど、みんな黒髪なのな。全然荒れてなくて安心した。

2017-09-05

一時不停止で警察に捕まった

見通しはそれなりによい側道から合流地点

減速して振り返って車が来てないことは確実に確認したので、危険は全くなかったと言える

が、車も人も全く来ていなかったからこそ、結果的に停止はせず進んでしまった

まあ、規則違反なので、俺が悪いと思うし、そこには文句はない

ただ、危険かどうかではなく、決まりを守るかどうかが大事っていう事実に、中学時代校則を思い出した

警察の方は全然感じ悪くはなかったけど、ああ、中学校先生みたいだなーって思った

まあ、安全確認してないやつもいるし、注意力なくて危険なことするやつもいるのだろうし、個別ケースの振る舞いの判断なんか他人には無理だから停まったか停まってないか判断するしかないのはわかる

社会安全を守るには杓子定規に決まりは決まり、ってあてはめざるを得ないのだろう

わかるよー

とりあえず、点数残ってるうちは杓子定規運転頑張ろうと思う

ゴールドじゃなくなって自動車保険値上がりするのが悲しい

自分運転を戒める機会になったということにしよう

2017-09-04

中学校先生内申書持ってるから生徒が反抗できないっていう制約があるけど

ただのジャズ先生なんて特に権限無いんだから中学生が本気出したら先生ボコれると思うんだけど

くそんなリスク混みでビンタしたな

俺なら怖くてビンタなんかできんわ

とある習字教室女の子の話

昔の話をしてみようと思う。

随分と昔の話になる。

私が中学生だった頃の話だ。

私は、とある習字教室に通っていた。小学生の頃から通っている教室だった。私は毎週土曜日の午後に、その教室に通っていた。

私はそこで、筆と硬筆(いわゆる鉛筆)の書き取りをしていた。手本を見ながら、それを紙に写していき、都度先生に見せて指導をもらう。そんなことを、毎週していた。

ただ、この一見単純な作業、それなりに体力が要る。手本の通り、或いはそれ以上のものを書こうとすると、かなりの試行錯誤必要だ。

気が付くと、たいてい夕暮れ時になっていることが多かった。

教室には、私の他にも何人か、私と同じ中学校の生徒が通っていた。そこで、教室先生は、帰る方面が同じ人は、なるべく揃って帰るように促していた。

そこで、私と同じ方面に帰っていた女の子がいた。身長は低めで、とても顔立ちの整った女の子だった。彼女と同じ方面に帰る人は、私以外誰もいなかった為、私達は大抵、帰るときは二人で帰っていた。

帰る間、彼女と私との間には特におもしろい会話もなく、文字通り、ただ一緒に帰るだけの関係だった。

その当時、彼女にはとある噂があった。クラスの中のサッカー部男の子が好きとか、実はお互い好きで付き合っているとか、そんな噂だ。

ただ、しばらくするうちに、その男の子と別れた、という噂が出始めた。その男の子が、よくつるんでいた同じサッカー部員に対して「彼女、俺のこと好きじゃないから」みたいなことを話していたのを聞いたことがあったので、付き合っていたかはともかく、彼女の心がその男の子から離れていたのは、どうも事実のようだった。(周りをごまかすための嘘であった可能性もあるが…。)

ただ、そんな噂と一緒に、その女の子が私に対して好意を抱いているという噂も流れていた。

しかし、私と彼女との関係は、習字教室から一緒に帰る関係から、進展することはなかった。

その当時、私はとにかくストイック部活動に励んでおり、また異性に対する恋についてもよくわかっていなかった。(残念なことに、今でもよくわからない。 )

ただ、ぼんやり彼女のことは、かわいい女の子だよなぁ、と他の女の子にはない感情はあったと思う。

何度か、直接聞いてみようかな、と思うことはあった。実際その男の子の子と付き合っているか、とか、実際私のことどう思うか、とか。

ただ、実際に聞くことはなかった。その行為彼女に対して失礼なのではないかと思ったからだ。

そんなこんなで月日は経ち、卒業式。ついに私達の関係は、ほんとうに、全くなにも進展しなかった。ただ、実は私は彼女のことを少し意識していた。

この卒業式の日(実は別の日かもしれない。よく思い出せない…。)、私はとある別の女の子から告白をされた。ただ、私は、その子のことを、半ばよくわからない形で振ってしまった。告白してきた女の子からすれば、OKなのかNGなのかわからないような感じだったと思う。逃げるように振ってしまった。

もし、このとき告白されたのが、習字教室を一緒に帰った彼女であったならば、私は喜んで受け入れていたと思う。今にした思えば、私は彼女のことを好きだったのかもしれない。

その後、私達は別々の高校に進み、習字教室卒業したため、その後彼女との接点はなくなった。彼女の家の場所は知っていたので厳密には皆無というわけではないが、お互いに会うことはなかった。

当時の噂は、どこまで本当だったのだろうか。いずれにしても、私のようなヘタレ男と付き合わなかったのは正解かもしれない。

ただ、私は今でもたまに、彼女のことを思い出す。

彼女は今、元気だろうか。幸せ暮らしていることを願うばかりだ。

モンストってすごくね?

昨日、久しぶりに中学校の時の同級生達と遊んだ

みんな職種立場も違う人間だけど日曜日の夜なら時間が取れるってことで食事でもいこうとなったわけ。

そこで昔からゲーム好きの橋本君が「すまん、9時からイベントあるから8時半ぐらいに俺は帰るわ」と言った。

まぁ6時から飲み食いして1時間半の食べ放題から全然問題なかったのでその日は8時半解散となったわけだ。

最初は昔の思い出話に華を咲かせつつ食べ放題を楽しんでいたんだけど俺がふと橋本君に「なんのゲームイベント?」っていったら橋本君は「モンスト」といった。

そこでそこに集まったやつは6人だったんだけど、そのうち5人がモンストをやっていることが判明して、結局解散してからラインでやり取りしてモンストを楽しんだ。

やってない一人は「俺もしてみよっかなー」と言い出して朝からリセマラしてるけどこいつでいい?」っていうラインでうるさい。

S○NYバリバリやってるやつ、T○Y○TA教育係、フリーターアフィリエイターかいってるけど実質無職の俺、全然立場が違うけど、なんか一つ共通のなにかがあるだけで、あの頃にもどったかのようだった。

ちなみに、わかったのは、フリーターとか俺みたいな現実にあまり打ち込めない人間ほど金もないのに課金するんだなってこと。

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