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はてなキーワード: 寄稿とは

2019-05-15

今まで見た個人依頼者

1.1回やり取りしただけの無名クソザコ絵師(俺)如きに311の時安否メールを送ってきた個人サークル聖人

2.プロイラレ寄稿してるメイキングサイト運営

3.よくわからないオンリーイベントだったが丁寧な文章送ってきて完成品もくれた主催者

4.ぼくのげーむに無償プロ級の素材を提供する権利をあげるよ!という態度の上から目線クソニー

4.だけ他人迷惑かける前に死んどけ

2019-05-09

字書きといわれる二次創作者が苦手だ。

最近Twitter上で小説の表紙を描きたい・描いて欲しい系のタグ流行っているのを生温い目で見守っている。

私は、いわゆる「字書き」といわれる二次創作者が苦手だ。

だが、もともとそうだった訳ではない。

人をカテゴライズすることを失礼だとは思いつつも、そうせざるを得ないくらい「字書き」には苦い思い出しかない。

自戒と注意を込めて、過去出来事を下記に挙げる。

長文乱文につきご注意ください。

私は絵描きなのだが、ありがたいことに相互フォローの字書きから小説本の表紙イラストの依頼が来たことがある。

かに寄稿を頼まれたこ自体が初めてだったのでジャンルとはいえ、本当に嬉しかった。

数あるフォロワーの中から私に依頼が!と舞い上がっていたと思う。

表紙のデザインの打合せをして、「ああしたい」、「こういうのもいいよね」、なんて言い合いながら遂に表紙は完成。タイトルデザインも私。

気合を入れて制作したのが功を奏したのか、相手も気に入ってくれていたみたいだった。

賞賛言葉を頂いて、「ああ、頑張った甲斐があったな」と充実感を得ていた。

イベント直前、字書きは新刊宣伝をしていたので私自身の本ではないとはいえ、わくわくしながらチェックした。

新刊○×△△本表紙です。当日はよろしくお願いします!」

…ん?私の名前は?

Twitterpixivにも表紙画像付きであげているのに、紹介文に私の名前はどこにも無かった。

その後のツイートでも私に触れられることは無い。

通常「表紙は□□さんに描いて頂きました」とか書いてあるものだと思っていたけど、

この界隈はそんなものなのかな?と少しモヤモヤしたままその場は何も言わずスルーしていた。

そんな気持ちのまま、イベント終了後に「表紙ありがとう」と書かれた旨の手紙と共に本が届いた。

読了後に、奥付を確認して本当に驚いた。

奥付に字書きの名前はあれど、私の名前は一切無かったのだ。

字書きの名前は勿論、Twitterpixiv IDまでしっかり記載されているというのに、だ。

え?なんで?と頭に衝撃が走って、真っ白になったのを覚えている。

もしも表紙イラストを気に入って私に興味を持ってくれた人が…、なんて淡い期待を思い切り打ち砕かれた。

でかでかと表紙イラストを飾っているにも関わらず、この本に「私」は存在しないのだ。

普通ライトノベルでも文学作品でも表紙デザイン作者名は載っているもではないか

あんなに打合せしたのに。装丁相談だって受けたのに。睡眠時間を削って描いたのに。

全てがショックで心が張り裂けそうだった。

普通の人なら「奥付に名前記載が無いんだけど!」と抗議しそうだが生来、人の顔色を窺って生きてきた私にとっては困難だった。

この一件で嫌われたらどうしよう…。

噂を広められて活動できなくなったらどうしよう…。

そんな考えが頭を巡って、結局どうすることもできなかった。あたしって、ほんとバカ

聞いた話によると、この本の売り上げが字書きにとって過去最高の頒布数だったそうだ。

クソが。

残念なことにまだまだ続く。

上記の件もあり、すっかり疑心暗鬼になった私は表紙依頼を受ける時は、奥付に必ず私の名前を明記することを約束したうえで引き受けることにした。

今度は同ジャンルの字書きから新刊の表紙イラストの依頼があった。

奥付の件も納得してもらえたので、表紙イラストタイトルデザイン制作

問題なく入稿し、相手イベントを楽しんでいたようで本当に良かったと思った。

イベントも終わって落ち着いた頃に、新刊を送りたい旨の連絡があったので私は快く承諾。

すると字書きは

「本代○○円 送料○○円 合計○○円です。」

?????????????????????????????????

目玉が飛び出るかと思った。新手の押し売りかよ。

今まで表紙を手掛けてイベントに不参加の場合には、献本という形で送ってもらっていたので本当に驚いた。

一万歩譲って「私が表紙を描きたいと字書きにお願いした」のなら、上記の内容も分かる。

しかし、「字書きが私に表紙を描いて欲しいとお願いした」のにこの有様。

字書きは更に「振込はこちらにお願いします」と続けた。どうやら振込手数料も私持ちらしい。

印刷費厳しいのかな?と思い込むことで怒りを抑えて、支払った。

ええ、支払いましたよ。あたしって、ほんとバカ

その後、奥付だけ確認して読まずに捨てた。高い勉強代だと思った。

クソが。

そんなことがありつつも、中には好きな字書きもいた。

支部作品を読んで、その精巧な話の組み立て方、キャラクターの心情表現の緻密さに魅了された。

本職なのでは?と疑うくらいに、作品クオリティが桁違いだったと思う。

Twitter作品を紹介させて頂いたところ、ちょうどTwitterを開設したばかりの字書きの目に留まり相互フォローになって仲良くなっていった。

字書きの作品投稿されれば熟読し、いつも感想を伝えていた。

本当に好きだった。崇拝していた。

前述したとおり、私は絵描きなのでTwitterイラスト投稿する。

字書きもそれに反応して、よく感想をくれていた。

しかし、徐々に感想は私のイラストとは関係ない字書きの宣伝にすり替わっていった。

イラスト投稿すれば「イラスト素敵ですね!そういえば、支部作品投稿しました。(支部URL)○○が××する話なのですが、△△も出てきます」という具合に。

私のイラストに該当するキャラ一人も居ないんですけど…。

隙あらば日常の会話も中でも宣伝されることがあった。

最初こそわざわざ教えてくれてありがたいな、と思っていたが8割方宣伝ツイート

感想はおまけ程度、感想クレクレが滲み出た会話内容だんだん疲れてきた。

字書きにも徐々にフォロワーが増えていき、私に構うことも減ってたまに会話する程度になった。それはそれで楽だった。

ある時、字書きは「○○はこんなこと言わないw」とツイートした。

私の新刊の内容であることは明らかでそれに派生して界隈を巻き込むプチ論争になっていたようだったが、私も納得する部分があるため傍観していた。

しかし、字書きの

「私の○○はこう!誰にも批判させない!」

この発言を、私は許せなかった。

撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、とどこかの皇帝も言っている通り批判たからには批判される覚悟を持たなければならないだろうと私は考える。

しかし字書きは、批判はするけど私のことは批判しないでね☆彡ときものだ。

もう許せなかった。その思想が。神経が。

今まで積もり積もった鬱憤もあり、全てをブロックした。全てを。字書きの作品が目に入る全てを。

愛情の裏返しとは凄いもので、今まで敬愛していた作品も全部汚物のように思えてブクマを外した。

ここまでする自分の行動に自分が一番驚いた。

ぶっちゃけ最後は字書き関係ないけど、上記の以外にもいろいろあって字書きが苦手だ。

あと、字書きって聞いてもいないのに何で自分語りばかりするの?承認欲求の塊なの?

○○さんに私の作品が好きって言われました!××さんに新刊渡せた!とか、わざわざDMで送ってくる。聞いちゃいねぇ。

最近も、頼んでもいないのに字書きに新刊の紹介をされて押し売りされた。

イラスト等と一緒で絵柄の好みがあるように、小説だって文体の好みってものがある。

あと、ある字書きは奥付の記載には自分名前Twitterpixiv IDや連絡先を載せてるのに、表紙担当の私は名前だけなのは何故なの?Twitter宣伝でも頑なに私のID載せないけどなんなの?そういうものなの?これが普通なの?絵描き情報開示したら死んでしま病気にでも罹っているの?頼む治療してくれ。

絵描きだってアレな奴居るじゃん!と思われる方がいるだろうが、少なくとも私は絵描きに今までそういったことを受けたことはない。

中には良識的で素敵な作品を書き上げる字書きが居ることも知っている。

しかし、それさえも掻き消してしまうような特殊な字書き共が私の周りには多すぎた。

こうも複数人数にしてやられると、苦手にもなるというもの

いや、苦手という言葉では生温い。

私は「モラル常識が無い字書き」が嫌いだ。大嫌いだ。消えてしまえばいい。

当初述べた表紙タグ良心的な絵描きが、私のような目に遭わないことを切に祈る。

私は今請け負っている表紙イラスト小説本のお手伝いは今後一切もうやめる。

まだやってんのかよ!、と思われた方もいるだろうが断れない性格って本当に損するので今から矯正できる人は矯正した方が絶対にいい。

あたしって、ほんとバカ

もう疲れた

全てフィクションです。

2019-05-07

日本再起動するために、お前らが何をすべきなのか提案する

日本絶望したお前らはよく聞け。

これから提案するのは、謙虚になりたい俺が考えた「日本再起動するために、お前らが何をすべきなのか」だ。

俺は守るべきものがない無職だが、お前らは守るべきものがあるなどして、おそらく自分提案通りに動けないだろう。

別に、お前ら全員の手助けなんか求めているわけじゃない。

お前らの中から、俺と一緒に日本再起動する人が1人でも出てくれば良い。

なお、可能性は0ではないと考えたからこそ、俺と同じくゴミクソ達が集まっている増田寄稿する。

4つの大まかな流れを先に紹介しておく。

1. 俺と一緒に、最短で司法試験予備試験合格しろ

2. 俺と一緒に、最短で司法試験合格しろ

3. 俺と一緒に、弁護士になれ(無事、俺と一緒に最短で司法修習の卒業しろ)

4. 時期が来たら、俺と一緒に政治家になって手を組め!上手くいけば、俺と政党を組んで一緒に日本再起動しようじゃないか

なぜ政治家になる前に、弁護士になる必要があるのか?

良い質問だ。法律改正する奴が、法律が読めないと話にならん。官僚に任せっきりでいいのか?

司法試験予備試験について

司法試験予備試験の最終的な合格率は、わずか約4%。とてつもなく狭き門である

国は、司法試験合格者を1,500人にコントロールすることを打ち出しており、予備試験合格率が低い理由は最終的な合格者をコントロールしなければならない結果であろう。

司法試験予備試験の点数上の合格ラインは約6割。約6割超えれば合格出来る。

予備試験には3ステップあり、短答式試験論文式試験口述試験の3ステップを経て合格となる。

短答式試験で約2割が合格して通過、論文式試験で約2割が合格して通過、口述試験合格率約9割が通過して合格というシステムらしい。

まり短答式試験論文式試験対策重要になってくるわけで、どちらもおろそかにすることは出来ない。

後は知らん。各位、これを参考にするか、別に参考にしなくてもいいから、人生エンジョイしろ

から提案は以上だ。

2019-05-02

売れるための生理的嫌悪感

今更知ったんだけど、Yahoo!とかの記事ってPV数とかによって寄稿した人の収入が変わるんだね。

前はよく目についた記事に真面目に考えたコメントしてたんだけど、最近やたらと理不尽な難癖をつけたり今どき無理筋理屈を重ねて書かれるようになった。

そう、増田でもよく見かけるようなわざと次のレスを期待するかのような挑発的なコメントだ。

たぶんというか絶対だけど、そういうのって記事を書いた本人かもしくは記事閲覧者を伸ばしたい関係者がやってるんだろうね。

しか収入のために真面目にコメントした人を茶化したり、わざと生理的嫌悪感を感じさせるようなことを言ったりするのって、魂が腐っていく感じがしないもんかねえ。

副収入のために悪魔に魂売ってるって感じがするわ。

2019-04-07

産経グループって、どんな会社なの?

日本新聞社も、ウィキペディアパロディに騙されるとは。知識人がいないのか。

(日付、4月1日だったらシャレで済んだのにな。)

情報源確認する習慣が、この国にはあるのか、どうかだよな。

  

ソースアンサイクロペディア」な軍事評論家潮匡人氏の寄稿産経新聞と「正論」がそのまま掲載

2019-04-06

anond:20190406131516


 

緊急寄稿

「令和」から浮かび上がる大伴旅人メッセージ

品田悦一

 

 新しい年号が「令和」と定まりました。典拠文脈を精読すると、〈権力者の横暴を許せないし、忘れることもできない〉という、おそらく政府関係者には思いも寄らなかったメッセージが読み解けてきます。この点について私見を述べたいと思います。なお、この文章は「朝日新聞」の「私の視点」欄に投稿したものですが、まだ採否が決定しない時点で本誌編集長国兼秀二氏にもお目にかけたところ、緊急掲載のご提案をいただいて寄稿するものです。

 

 「令和」の典拠として安倍総理が挙げていたのは、『万葉集』巻五「梅花歌三十二首」の序でありました。天平二年(七三〇)正月十三日、大宰府長官大宰帥)だった大伴旅人が大がかりな園遊会主催し、集まった役人たちがそのとき詠んだ短歌をまとめるとともに、漢文の序を付したのです。その序に「于時初春令月、気淑風和」の句が確かにあります。〈折しも正月の佳い月であり、気候も快く風は穏やかだ〉というのです。これはこれでよいのですが、およそテキストというものは、全体の理解と部分の理解とが相互依存し合う性質を持ちます一句だけ切り出してもまともな解釈はできないということです。この場合テキストは、最低限、序文の全体と上記三二首の短歌(八一五~八四六)を含むでしょう。八四六の直後には「員外思故郷歌両首」があり(八四七・八四八)、さらに「後追和梅花歌四首」も追加されていますから(八四九~八五二)、序と三八(三二+二+四)首の短歌の全体の理解が「于時初春令月、気淑風和」の理解相互に支え合わなくてはなりません。

 

 さらに、現代文芸批評でいう「間テキスト性 intertextuality」の問題がありますしかじかのテキストが他のテキスト相互に参照されて、奥行きのある意味を発生させる関係に注目する概念です。当該「梅花歌」序は種々の漢詩文を引き込んで成り立っていますが、もっと重要かつ明確な先行テキストとして王羲之の「蘭亭集序」の名が早くから挙がっていました。この作品書道の手本として有名ですが、文芸作品としてもたいそう味わい深いもので、「梅花歌」序を書いた旅人知悉していただけでなく、読者にも知られていることを期待したと考えられます。「梅花歌」序の内容は、字面表現された限りでは〈良い季節になったから親しい者どうし一献傾けながら愉快な時を過ごそうではないか。そしてその心境を歌に表現しよう。これこそ風流というものだ〉ということに尽きます。「蘭亭集序」の語句構成を借りてそう述べるのですが、この場合、単に個々の語句を借用したのではなく、原典文脈との相互参照が期待されている、というのが間テキスト性の考え方です。「蘭亭集序」は、前半には会稽郡山陰県なる蘭亭に賢者が集うて歓楽を尽くそうとするむねを述べており、ここまでは「梅花歌」序とよく似ていますが、後半には「梅花歌」序にない内容を述べます。人の感情は時とともに移ろい、歓楽はたちまち過去のものとなってしまう。だからこそ面白いともいえる。人は老いや死を避けがたく、だからこそその時々の感激は切なく、かついとおしい。昔の人が人生の折々の感動を綴った文章を読むと、彼らの思いがひしひしと伝わってくる。私が今書いているものも後世の人にそういう思いを起こさせるのではないか……。

 

 「梅花歌」序には、人生の奥深さへの感慨は述べられていません。続く三二首の短歌も、〈春が来たら毎年こんなふうに梅を愛でて歓を尽くしたいものだ〉(八一五)やら、梅の花は今が満開だ。気の合うものどうし髪に飾ろうではないか〉(八二〇)やらと、呑気な歌ばかりが並んでいるのですが、そしてそれは、旅人大宰府役人たちの教養の程度を考慮して、「蘭亭集序」を理解したうえで作歌することまでは要求しなかったからでしょうが旅人自身は「蘭亭集序」全体の文脈をふまえて歌群を取りまとめました。その証拠に、上記「員外思故郷歌」は

  わが盛りいたくくたちぬ雲に飛ぶ薬食むともまたをちめやも(八四七)

   ……わたしの身の盛りはとうに過ぎてしまった。空飛ぶ仙薬を服用しても若返ることなどありえない。

  雲に飛ぶ薬食むよは都見ば賤しきあが身またをちぬべし(八四八)

   ……空飛ぶ仙薬を服用するより、都を見ればまた若返るに違いない。

というのです。人は老いを避けがたいという内容を引き込んでみせている。

 しかも、ここには強烈なアイロニーが発せられてもいる。旅人にとって平城京はもう都でないのも同然で、「都見ば」という仮定自体が成り立たなかったからです。

 

 都はどうなっていたか皇親勢力の重鎮として旅人が深い信頼を寄せていた左大臣長屋王――平城京内の邸宅跡から大量の木簡発見されたことでも有名な人物――が、天平元年つまり梅花宴の前年に、藤原四子(武智麻呂・房前・宇合・麻呂)の画策で濡れ衣を着せられ、聖武天皇皇太子呪い殺した廉で処刑されるという、いともショッキング事件が持ち上がったのでした。この事件は後に冤罪と判明するのですが、当時から陰謀が囁かれていたでしょう。旅人もそう強く疑ったに違いありませんが、遠い大宰府にあって切歯扼腕するよりほかなすすべがなかった。『万葉集』の巻五は作歌年月日順に歌が配列されているのですが、梅花歌群の少し前、天平元年のところには、旅人藤原房前に「梧桐日本琴」を贈ったときのやりとりが載っています事件は二月、贈答は十月から十一月ですから、明らかに事件を知ってから接触を図ったのです。〈君たちの仕業だろうと,察しはついているが、あえてその件には触れないよ〉〈黙っていてくれるつもりらしいね。贈り物。はありがたく頂戴しましょう〉と、きわどい腹の探り合いを試みている――あるいは、とても太刀打ちできないと見て膝を屈したとの見方もありえるかと思いますが、とにかく、巻五には長屋王事件痕跡が書き込まれている。

 

 巻五だけではありません。巻三所収の大宰少弐(次席次官小野老の作

  あをによし寧楽の都は咲く花のにほふが如く今盛りなり(三二八)

は、何かの用事でしばらく平城京滞在し、大宰府に帰還したときの歌でしょうが、『続日本紀』によれば老は天平元年三月、つまり長屋王事件の翌月に従五位上に昇叙されていますから、たぶんこのときは都にいて、聖武天皇から直接位を授かったのでしょう。すると、大宰府に帰った老は事件後の都の動向を旅人らに語ったと考えられる――そういうことが行間に読み取れるのです。また巻四には、長屋王の娘である賀茂女王大宰府官人だった大伴三依との交情が語られていて、三依は事件に憤慨しながら大宰府に向かったようです(五五六)。さらに巻六。歌を年月日順に配列する中で天平元年に空白を設け、直前に、長屋王嫡子事件ののさい自経した、膳王の作を配しています(九五四)。

 これらはみな、読者に長屋王事件喚起する仕掛けに相違ありません。偶然の符合にしては出来すぎている。

 

 「梅花歌」序とそれに続く一群の短歌に戻りましょう。「都見ば賤しきあが身またをちぬべし」のアイロニーは、長屋王事件を機に全権力を掌握した藤原四子に向けられていると見て間違いないでしょう。あいつらは都をさんざん蹂躙したあげく、帰りたくもない場所に変えてしまった。王羲之にとって私が後世の人であるように、今の私にとっても後世の人に当たる人々があるだろう。その人々に訴えたい。どうか私の無念をこの歌群の行間から読み取って欲しい。長屋王を亡き者にした彼らの所業が私にはどうしても許せない。権力を笠に着た者どものあの横暴は、許せないどころか、片時も忘れることができない。だが、もはやどうしようもない。私は年を取り過ぎてしまった……。

 

 これが、令和の代の人々に向けて発せられた大伴旅人メッセージなのです。テキスト全体の底に権力者への嫌悪と敵床心が潜められている。断わっておきますが、一部の字句を切り出しても全体がついて回ります。つまり「令和」の文字面は、テキスト全体を背負うことで安倍総理たちを痛烈に皮肉っている格好なのです。もう一つ断わっておきますが、「命名者にそんな意図はない」という言い分は通りません。テキストというものはその性質上、作成者意図しなかった情報を発生させることがままあるからです。

 安倍総理政府関係者は次の三点を認識すべきでしょう。一つは、新年号「令和」が〈権力者の横暴を許さないし、忘れない〉というメッセージ自分たちに突き付けてくること。二つめは、この運動は『万葉集』がこの世に存在する限り決して収まらないこと。もう一つは、よりによってこんなテキスト新年号の典拠に選んでしまった自分たちはいとも迂闊(うかつ)であって、人の上に立つ資格などないということです(「迂闊」が読めないと困るのでルビを振りました)。

 

 もう一点、総理談話に、『万葉集』には「天皇皇族貴族だけでなく、防人農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌」が収められているとの一節がありました。この見方はなるほど三十年前までは日本社会の通念でしたが、今こんなことを本気で信じている人は、少なくとも専門家あいだには一人もおりません。高校国語教科書もこうした記述を避けている。かく言う私が二十年かかって批判してきたからです。安倍総理――むしろ側近の人々――は、『万葉集』を語るにはあまり不勉強だと思います。私の書いたものをすべて読めとは言いませんが、左記の文章はたった一二ページですから、ぜひお目通しいただきたいものです。東京大学教養学部主催の「高校生のための金曜特別講座」で語った内容ですから高校生なみの学力さえあればたぶん理解できるだろうと思います

 

【記】

品田悦一「万葉集はこれまでどう読まれてきたか、これからどう読まれていくだろうか。」(東京大学教養学部編『知のフィールドガイド分断された時代を生きる』二〇一七年八月、白水社

anond:20190406125916

今見に行ったら非公開になっていた。多分政府から著者や出版社に対して圧力がかけられたのだろう。

品田教授の「令和」に関する寄稿文一時掲載休止のお知らせ。

April 2, 2019

本人が本文がを今手直し中のため、一時掲載を取りやめます改訂版が出た段階でまた掲載します。しばらくお待ちください。

とりあえず画像で読んでみた。

https://pbs.twimg.com/media/D3X0O1ZUwAAk7_D.jpg

https://pbs.twimg.com/media/D3X0PxBU4AAuUe1.jpg

https://pbs.twimg.com/media/D3X0QwFUIAA70Zi.jpg

品田 悦一(しなだ よしかず、1959年1月30日[1] - )は日本日本文学研究者東京大学総合文化研究科言語情報科学専攻教授。専門は日本古代文学歌謡和歌特に万葉集』の東歌)。

群馬県出身東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学聖心女子大学文学教授などを経て、2004東京大学准教授2011年10月教授。初の単著万葉集発明』では、『万葉集』が近代国民国家文化装置として「国民歌集」の地位を与えられるようになり、「創られた伝統」として成立していくことになった過程研究。同著は中国語訳もなされた。斎藤茂吉万葉集享受研究でも知られる。

ネトウヨは「学者は信用できない」と反知性主義に逃げるしかない。

2019-04-03

anond:20190403122746

でしょと言われても同意しかねる

一次創作系だと俺が認識してる同人作家は概ね最初(俺が存在を知った時点)から一次創作

一枚絵とか合同誌に数ページ寄稿しているのを見ることはあるが

2019-03-07

アンソロ主催をしている

私は同人女だ。

今、私はアンソロ主催をしている。

人生で初めてと言える規模アンソロ主催

1年くらい前から打ち合わせを重ね、夏合わせで出す予定だった。依頼者はもちろん個人誌もあるだろうから、早めに寄稿の依頼も出してあとは告知とかの準備だねって仲間と話してた。

そうしたら私の活動ジャンルアンソロにまつわる大き目の事件が起きた。

事件の内容については割愛するが、今必死対応を考えてる。

このままアンソロ発行を実行するか、それとも発行はするが頒布はせずに寄稿者、そして私を含めた関係者だけの物にするか。

今私のいるジャンルではアンソロに対する心象がいいとは絶対言えないからだ。

〆切まで2ヶ月近くあるというのに既に原稿をお預かりしている方もいるから投げだすわけにはいかないとは思う。それが一番責任がないから。

でも寄稿を快諾してくれた人を守るには発行を辞めるのが一番なのかもしれない。

どうしたらいい。だれか助けて。

2019-03-06

インフルエンサーの妻がつらい

妻は出会う前からブロガーでそこそこの読者を持っていたが、結婚出産ツイッター子育て上の愚痴のようなものを盛んにつぶやくようになってからフォロワーが飛躍的に増えた。今では一万人以上いる。インフルエンサーといってもインスタで何万人もフォロワーがついているようなのには及ばないが、ツイッターでは数千RTになることも頻繁にあるうえ、質問箱を開設すればほとんどファンレターのような質問がそれなりにくるし、子育てネットメディアから寄稿の誘いも受けた。

妻は昔からエゴサに熱心だしそれこそふぁぼったー(大変お世話になりました)を見ない日はないタイプだったけれど、フォロワーが増えてからも一層それに熱心になり、ツイッターは基本毎日更新最近はインスタにも力を入れはじめている。

妻がよろこんでるのは悪くないし、私自身妻とはネットを通じて知り合ったので妻のそういう性向否定するつもりはないが、最近つぶやきに小さな嘘が混ざることが気になるようになってきた。

ツイッターでの妻の芸風は、人生における自分選択いかに正しく参考になるものであるかということを、ネット受けしそうな自虐を混ぜることで嫌味にならないように表現するといったところなのだが、結婚当初からである私のこともツイッター上で、時には自虐的、時には自慢気に表現しており私の子緒をおもしろおかしく書くこと自体は構わないのだが、事実に反することを書かれると気になる。

妻のツイッターを見ると家庭内ちょっとしたこともかなり盛って表現していて、妻のことは愛しているか人間性を疑うわけではないんだけど、子供や夫(私)のことでこれ以上嘘が増えるとちょっときつい。

それに、妻がネット自分選択は間違ってなかった(仕事引っ越し結婚子育て方法)と書くときそばにいる私はそれが妻の抱えているいろんなコンプレックスの裏返しであることに気づいてしまった。インターネットに描いた虚像による承認がもしなかったら、妻はどうなってしまうのか。

出会った頃からネットの人だった妻しか知らない私は、それが不安なのかもしれない。

注意書きについて考えていること


一時削除していましたが、訂正分と追記を足しての再投稿です。

アンソロにABを前提とした過去モブA描写が入っていて炎上している件について。
私は当事者ではないが、この件でものすごくもやもやしており気持ちを整理する意味で、注意書きについて個人意見をまとめた。あくま個人意見

発端の炎上のあらまし

ABの特定シチュアンソロに、ABを前提とした過去モブA描写(回想としての軽いベッドシーン)を含む話が寄稿
【訂正】軽いベッドシーンとの記載不適切と指摘いただきました。「軽い」はあくま主観です。

モブAが入ってるなんて思わなかった!と嘆いた、固定派の中の一部が以下の行為Twitterで行う
・「絶対にあってはならない事」などの糾弾一部の人はかなり強い言葉を使う。(アンソロ側の発表後、「絶対あってはならないこと」「二度とこの界隈やジャンルには関わらないでほしい」など)
捨て垢で該当ページを掲載し作者アカウント晒す行為
追記上記は別々の人と分かりにくいとの指摘。別々の人です。

擁護派/否定派で多数の意見がでる

アンソロから、該当箇所についての詳細の発表。返金も検討中
【訂正】主催から内容許可をもらった共催の発表(主催と共催との見解)。一時誤り返金と書いてしまって申し訳ないです。訂正箇所読まない方もいるかと思い上は記載自体なおしてます。また、後日返金しないことを決定されてます

追記
「ABカプ固定アンソロ表記が正しいとの指摘を何度かもらったが、固定との言葉は使われていないし、かえって不適切かと思っている。
あらましがよくないとの意見をもらって確かによくないので、上記のような訂正ではなく消した方がいいかとも思ったが、訂正箇所が分かる方がいいとのことなので上記記載だが、詳細自体は、他の方がまとめているTogetterなどの方がわかりやすいかと思う。すいません。そもそもまるまるモブAの話がはいってるとの誤解している人がいたので書いたが、私のまとめ方がよくなかった。
https://togetter.com/li/1325896

今回の件へのスタンス

・AB前提の過去モブAが混じっていたこ
AB前提の話の中でのことなのでアンソロ趣旨からは外れていない。
注意書きをつけるという配慮は確かに足りなかったが、配慮が足りなかっただけではある。

モブA地雷なのに読んでしまった人
可哀想だとは思う。ただ、過激なことをする一部の人には同情できない。

・強い言葉での糾弾
後述するが、ここまでの言葉糾弾されることはしていないと思っている。

捨て垢で、同人誌の中身と作者アカウント晒す上記とは別の人)
明らかにやりすぎ。中身の無断掲載などありえない。しかも、リンクではなくTwitter画像投稿であり、設定次第で意図せず見てしまう人もでてくる。

注意喚起という名目
注意喚起であれば、まず主催に連絡し、主催から対応してもらうのが平和的かつ確実。
目的が腹いせでなく注意喚起なのであれば、中身を晒し上げて行うのは、方法が間違っていた。
追記】ここも書き方がわかりにくかったようですが、注意喚起で中身を晒したのは捨て垢の人の方だけ。晒しや強い糾弾は論外だが、言葉攻撃的でなければ、注意喚起自体は仕方ないとは思うが、コメント発表後の、二度とジャンルや界隈にかかわらないで欲しいなど言い過ぎだと思っている。


注意書きについて思っていること

過度の性的表現や、暴力表現や極度のぐろ描写等へ配慮した表記(R18/R18G)は法律フラッシュバック対策として必須だが、それ以外の注意は必須ではないはず。
注意書きは、苦手なものがある人にも楽しんでもらえるようにとの書き手側の配慮であり、あくまで"善意"。
今は、作品を選別するためのあらすじや概要に加えて、注意書きを丁寧に書いている人が多い(ただ、「地雷ある人は読まないでください」で済ませる人もそこそこみる)。作品の公開・頒布をする人は、人にみて欲しいから公開するので、読み手側への一定配慮はするが、それは本当にただの"善意"や、炎上や問い合わせの手間を減らすための処世術義務ではない。

注意書きくらい何も減らないし書いてくれて当然と思っている人もいるかと思うが、注意書きが嫌いな人(ネタバレなどの理由)も、詳細な注意書きを書くのが嫌いな人もいれば、注意書き考えるのだって手間である
批判されるかもしれない、注意書きがめんどう……といった理由で、公開しない話やネタはあるけど書けないものがあるという話もたびたび聞く。私個人で言うと、公開していない話の方が多いくらい。投稿のたびに、匂わせ程度も注意書きに書いてるが抵抗感も強い。あと、委託通販説明欄の文字数制限が厳しい。とらなら127文字しか書けない。注意要素が多いとあらすじもろくに書けない。
注意書きを書けば誰も損をしないし、誰もが幸せ!というわけではないことを知って欲しい。今回の件も、内容的にネタバレ的な注意になってしまう話ではあったわけだし。

また、「当然の注記を求めただけでお客様とか言われるのか」などの意見も今回多くみかけた。書き手読み手は対等であるあくま要望なら、してもいいと思っている。嫌いや苦手も好きに言えばいい。
ただ、これくらいやって当然と手間や善意を"要求"をしてきたり、手落ちを必要以上に糾弾したらそれはお客様だと思っている。
今回の件は確かに配慮漏れていたし、手落ちと言われても仕方ないだろうが、あくま趣味であるパクリ他者誹謗中傷があったならともかく、注意書きという配慮漏れていただけで、ここまで糾弾される筋合いはない。
アンソロ非営利個人出版物商業ではなく趣味での手落ちを許せないというのなら、やはりそれはお客様なんじゃないだろうか。

まりに当然のように丁寧な注意書きを要求する人が多いのをみて絶望したので、今まで善意で丁寧に注意書きを書いてたが、今後はもう一律「何かしらの地雷ある人は読まないでください」にする。
アンソロ用の原稿執筆中なのもあり、特にCP要素はないのだが、それでもこういったことで中身まで晒上げられて糾弾される事象を目のあたりにして、寄稿をやめようかなと少し考えもした。悲しくて支部に公開している話も全部下げようとも思ったが、なんだか固定派の中の一部過激人達の言い分を読んで逆に怒りがこみあげてきて元気になったので、好きに生きる。


追記
自分地雷持ちに避ける余地を与えないのか等の指摘は誤解。 上述の通り私は「何かしらの地雷ある人は読まないでください」とは書くので、地雷ある人は読まなければ済むと思っている。
AB前提でそれが主題でページのほとんどを占めていて、モブAモブBと過去関係を持っていたというのが数ページ入る割合なら、モブAやモブBはCP併記ではなく注意書き相当かなとも思っている。

地雷持ちへの配慮

一部の過激派には苛つきつつも、読みたくないものは読まなくて済むのが一番だよねとは思ってはいる。嫌いなものを嫌いというのも自由だ。

他要素一切なく絶対固定とわかる表記とか、読み専内で地雷もちの人のために話判定して大丈夫かどうか判断する地雷フィルターマイスター(?)的なの置いたりできたらいいのになとか。
問い合わせて確認も、大手さんになるとやっぱりその返信は手間で負担になるし(それもあって割とみなさん丁寧に注意書き書くのかもしれないが)、読む側で手間かけて解決してくれる仕組み(読み専で集まって情報共有したり、上述みたいにフィルター役友人に頼んだり)とかも、是非地雷持ち過激派の中で考えて欲しい。
注意書きもどこまで書くのか難しいし、地雷持ちが地雷持ち読み手と描き手書き手にヒアリングレビュー等を重ねて、どの程度まで注意書き書くのが適切かガイドラインもつくってそれを周知でもしてくれたらいいのにともよく思っている。

自衛してるのに!とみるが、ツイートでうっかり流れてきたとかならともかく、同人誌絶対固定しかいか確認もせずに読んでるのは、ここまで書き手要求する割には自衛が甘いと思う。後述するが、アンソロ名にABはいっていたからと、その脇要素として他CP入っていないと言う認識一般的ではない。
読んでただ泣いてる人には同情するが、書き手に色々求め、手落ちでここまでの糾弾するならば、それに見合う手間を読む側でかけてから言って欲しい。

ちなみに私個人にも地雷はあるのだが、あまりにもニッチ地雷なので注記などは勿論されないので、踏んだら心の中でだけ暴れてる。

追記
地雷持ちがそこまでしなくちゃいけないのか、あまりにも非現実的との指摘ももらった。
攻撃するほど嫌ならば、自衛手段は他にも考えられるとの話で、手落ちや配慮漏れも許せるならそこまでする必要はないと思っているし、上記はただのこういうことも出来るという一例。絶対しろなどとは言っていない。
ただ、趣味に手落ち無しは、認識も違う人同士がやっている以上100%を求めるのは難しいし、そうなると発表側以外での対策何かしら考えていけないかとの話。
私の日本語がよくないので、長々と書いても伝わらない気はするが……

色々

・「アンソロは固定派が安心して見られる本」という認識について
これは「そうじゃない」という意見がいくつか数千RTされており、アンソロとか固定派が一番見ちゃだめなものという意見も数多く散見されていることからも、少なくとも常識として定着しているような共通認識ではない。
そう思っている人がいても、そうじゃないと思ってる人がこんなに多ければ、そうじゃないケースのアンソロはもちろんでてくる。ABが多いジャンルCBアンソロでA→B要素ちょこっとあったりとか。AB本だからといって匂わせ程度も他CP要素がでてこないと保証されているわけではない(もちろんその場合配慮として注意書きあるのがいいが)ように、アンソロもそうだ(メインCPばかりのアンソロ読んでると少ないのかもしれないが)。
とはいえ主催者が駄目だといえば駄目だし、色々と面倒だしとAB以外要素もいれない書き手もいるだろうしと、これは主催趣旨で決まるのかなと。


追記1】
アンソロについては、主観意見のまとめ方がよくなかったです。
今ではABなら他CP要素は一切ないのが主流(あったとしても注意書き絶対ある)との指摘も多かったです。
どちらが主流かはわからないですが、やはりどちらの認識の人も、それぞれそれなりにいるのだと思ってます
今回も配慮もれではありますが、認識の違い(これくらいなら注意書きいらないだろう)が大きかったと思っていますし。
その場合、やはり固定派からすると認識違いの人がつくったものであれば他CP要素はいってる可能性はやはりあるので、頭の片隅に置いておいた方が自衛になるのではないでしょうか。


追記2】
記事削除中にもらった内容について

記事を消されたようですが内容はざっくり説明すると「自分は面倒臭いので絶対に注意書きをしないし相手自衛させる隙を与えないが、地雷持ちは自衛する努力をしてね。ちなみに注意喚起攻撃なので仲間内で共有する仕組みを頑張って考えてね。自分は何の努力配慮もしないけど」という様なものでした

自分は面倒臭いので絶対に注意書きをしないし相手自衛させる隙を与えないが
上記の「何かしらの地雷ある人は読まないでください」とだけ書くとのとおり、自衛の隙は与えます

地雷持ちは自衛する努力をしてね。
→これは実際、「相手糾弾するほどであれば」努力してと思ってるので否定しないです。

ちなみに注意喚起攻撃なので仲間内で共有する仕組みを頑張って考えてね。
→あれだけ強い言葉を使っていれば攻撃であると感じた。平和的な注意喚起ならいいと思っている。

自分は何の努力配慮もしないけど
→これについても、そう取られても仕方ないので否定しません。



ほかも一部修正たかったですが、訂正箇所がわかりにくいような文章修正になるので、汚いままですがこのまま投稿します。

2019-03-05

例のアンソロ問題についての話

と言ってもそんなに高尚な話ではなく。

今私のいるジャンルで「カプ固定のアンソロモブx攻めの描写が混ざっていた」という事で大学級会になっており、ジャンル外にまで波及して大騒ぎとなっております

カプ固定だったら他のカプ入れるんじゃない!とか返金しろ!とか固定民は泣き寝入りか!とかそういう話になっており、最終的に寄稿作家主催叩きにまで発展していてなんだかな~~~~という感じになってきている。

完全に外様の私がどうのこうのいうつもりはないんだけど、その影響でいろんなアンソロ主催の方が「固定アンソロからモブは出さないでね」だとかそういうのを寄稿者側にちくりとされてたり、逆に寄稿から主催トラブルに見舞われる可能性があるので辞退を…」とかいう話があるなど聞いており、そうじゃねぇだろと思う事があったので増田に壁打ち。

そもそもなんだがアンソロ主催は、寄稿してくれた作家を守る、というのが一番のお仕事だと思ってます

じゃー何から守るのか、と言われると今回のようなクレームから作家を、また作家が変に委縮しないように世間から守る必要があると思ってます

女性向けアンソロって原稿料発生しない物が多く、金を出さないからあまり強く出れない~~~(金という上下関係が発生しない為修正などの依頼がしづらい)という事を良く聞くんですが、金出さねーーーーーからと言って主催仕事をやらなくていいってわけじゃねぇぞという訳です。

そもそもアンソロなんて他人原稿で金稼ぐんだから、相応のお礼と、金を稼ぐ上にやらないといけない事だとかを考えるべきなんですよ。

だいたいアンソロ初心者アンソロをやるにあたり、経験者に話を聞いたりとか調べたりしてもだいたいスケジュール管理とお礼についてしかかかれてなくて、一番大事な「作家を守る」という部分について触れてる人が少ない気がするんですよね。

逆を言えば寄稿者も「主催自分原稿であらぬ騒動に巻き込まないようにする」という心遣いも必要なわけなんですが。

まーこれ逆を言えばお前もできてるのかって話であって、私も過去多く間違えて学んできた物なのでできない人がいてもなんら不思議ではないと思ってます

今回の件って結局は「主催作家を守れなかった」という一点に要約されるよなーという部分を強く抱いてしまったのだけど、みんな「注意喚起の有無」という部分にのみ語られていて大事なところを話してなかったようなので愚痴

今回の件、読者が悪いか主催が悪いかと言うと読者も主催も悪いよなぁという話ですよね。

読者としては確かにあの金額泣き寝入りするにはでかすぎる。けど言うべき場所twitterじゃなかったよね、という話。

そして主催としては昨今そういうクレームは避けられないだろうから最低限のリスクヘッジ(ここで言うのは中学生による荷物の運搬)をすべきだったし、あの声明で下手に出る必要はなかったという話。

アンソロ主催ってね、全ての責任者なんだよ。その覚悟がないなら手を出すもんじゃない。

2019-03-04

批判される意味が解らん

ナヴラチロワ氏、トランスジェンダー選手は「不正発言謝罪議論継続

https://www.bbc.com/japanese/47411978

グランドスラム大会で18回タイトルを獲得したチェコプラハ出身のナヴラチロワ氏は、トランスジェンダー女性女子競技参加について批判を繰り返してきた。

ナヴラチロワ氏はブログで、自分意図するのは「女性として生まれ女の子女性が、自分競技においてできるだけ平等競争できるようにすることだ」と説明した。

これに先立つ英紙サンデー・タイムズへの寄稿では、トランスジェンダー女性女子競技出場について「これは狂っているし、不正行為だ」と強調し、「トランスジェンダー女性を本人の望む形で呼ぶのは喜んでするが、スポーツで競い合うのは望まない。それは公平ではないから」と主張した。

撤回されなくて良かった。LGBTの話もそうだけどスポーツカテゴリ分けや就職だの関係無い場所に"性的志向"の話が出てくるのか解らん。心が女性から生物学的には男性だけど女性試合にださせろ!と主張する方も、それを認める方もどうかしているだろ…

性別によるカテゴリー分けを無くすんなら、まだ解るが。

2019-03-02

anond:20190228233850

彼の考え方にはツイッターしろ新聞インタビュー寄稿しろ賛同するところが多いのだが、小説主人公はみんな、エリート公務員とか宇宙飛行士とか建築デザイナーとか歴史上の偉人とか、俺には手の届かないような超絶エリートばかりでどうも読む気になれなかった。

それでも「決壊」だけは読んでみたことがあって、ネット上のレビューなどではこの小説をつまらんと切り捨てる人もいるようだが、俺はそうは思わなかった。丁寧でまじめで思いやりのある人柄がよく出ていて心を打たれたし、だからこそ、他のメディア上で発する意見にもマイノリティへの思いやりや権力に対する批判精神が一貫しているのだと思う。

俺は、彼にはKKO主人公小説を書いてほしいと思う。普通の人レベルじゃなくてガチKKOで。ただし、彼はあまりにもKKOとは無縁の属性から、書いてみるとしたらきっととても大変なことだろうとは思う。

やっぱ無理かな?

2019-02-20

anond:20190220200515

テレビ新聞報道される 一件につき+10

テレビに出演する、新聞寄稿する +50

日本語版wikipediaにのる +500

英語版wikipediaに載る +1000

それ以外の言語wikipediaに載る それぞれ+1000

自伝を書く+100

日本語で伝記が書かれる +1000

英訳される +10000

だいたい1000点くらいが基準

2019-02-15

私的録音録画小委員会議事録を斜め読んだ

[津田大介氏が語る『ダウンロード違法化議論の経緯』と『ダウンロード違法化約束反故歴史』](https://togetter.com/li/1319239)を読んで気になったので

議事録こちら(http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/rokuon/index.html).

## [平成19年第2回(2007年4月16日)](http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042414.htm)

津田委員) (増田中略) あと、もう一つやはり重要なのは、30条の外に違法複製物をするというときに、録音録画に限るのか限らないのかという問題結構重要だと思っていて、インターネットの利用の実態というのを考えると、よいかいかというのは別として、インターネットWEBページ上には、いろいろな雑誌とかほかの例えばオフィシャルサイト掲載されているアイドルとかタレント写真というのはどんどんブログかにコピーされてアップされたりするわけですよね。それはやはり許諾はほとんどとっていない、ある意味違法作成物ですから、そういったタレント画像自分壁紙にしたいかパソコンに保存してということというのは日常的に行われていますし、例えば僕がどこかWEB媒体寄稿した記事とかというのも参考資料として使われるためにパソコン上に保存されて、それが印刷されてみたいなというのもあるわけですよね。

 そういうときにやはり、それが全部違法複製物、違法サイトの複製というので、いわゆるキャッシュという一時的蓄積ではなく、明確に自分パソコンに保存するというときに、そういったものがもうブログとかでカジュアルある意味そういう著作権侵害というのが行われている利用の実態があるわけですから、そういったものが全部この30条の外に置かれることによって、カジュアル犯罪者というのが増えてしま可能性というのは非常に大きくなるのですね。

 そういったことを考えると、もともとこの委員会は音楽映像補償金というある意味さな話をするところだったと思うんですけれども、もうちょっとネットの広範な利用実態にすごく大きな影響を与える可能性があるので、それは十分慎重な議論をしなければいけないのかなということと、当然この30条の外に置くというのは、海賊版ですとか違法状態等を何とかしたいという、そういった意図があるのかと思うのですけれども、でも、それであれば日本というのには送信可能化権があるわけですし、アップロードした人を摘発するという運用で十分なのではないのかなという気がしていて、やはり画像とかテキストというのは本当にネットではカジュアルコピーされますから、そういう意味ではそれがやはり犯罪という形になってしまうと、私的複製の外になってしまうということになりますと、エンドユーザー無用な混乱を与えることになってしまうのではないかなという懸念が1個あります

 もう一つの適法配信からの複製に関しては(増田中略)

## [平成19年第5回(2007年6月15日)](http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07061916.htm)

津田委員) (増田中略) その30条のところに関して言うと、やはりいろいろな問題はあると思いまして、どうしても海賊版から私的複製とか違法配信からダウンロード規制したとしても、家庭内の複製行為を取り締まることは実質的にはほとんどできないですよね。物事すべてそういった形で法改正目的として家庭内違法からコピーソースにしたコピーを取り締まろうということ、実際に取り締まれなくても抑止効果があるのであろうということであっても、じゃ実効性としてどれだけ意味があるのかという議論は当然あるでしょうし。僕はそこで大きな問題になるなと思うのは、ユーザーの側で自分が接している著作物というのが、利用許諾のもとに提供されたものなのか判断する手がかりというものがないという。特にインターネットみたいなデータ中心のものであると、これが違法ものなのか、これが合法的ものなのかというのはわからないまま、自動的機械コピーしてしまっているというところがあるわけで、そういった違法ものコピーしているかしていないかということがユーザーにとってわからないという意味では、それが違法ものからコピーすることは違法になってしまうのだよということが前提になってしまうと、常に不安状態ユーザーインターネットというのを利用しなければならなくなると、そういった意味の悪影響というのはすごく大きいなと。

いろいろな議論がある中で、情を知って行なってというところで、そのコピーに関しては違法にするというような規定も、そういった制限規定みたいなのを用意するみたいな議論もあったと思うのですが、これ自身利用者保護に役に立つかというとまた疑問もあって、結局ユーザーからしてみれば、情を知ろうが知るまいが、結局結果としてできるコピーというものは同じものになりますし、そうなったときにその辺は司法判断でどうにでも認定できてしまうのかなという問題がありますし。いろいろな権利団体の方というのは大体インターネット犯罪ですよということはよくキャンペーンも行なっておられますから、そういう意味ではユーザー情報を知る機会というのは非常に増えているという考え方もありますし。

あと、もう1つ大きな問題としては、今「知的財産推進計画2007」のほうでもありますけれども、著作権法違反非親告罪化ということがその検討項目として入っていて、これとセットで組み合わせたとき違法ダウンロードのものが30条の外になってしまうというときに、本当にいろいろなもの著作物に対して論じたり研究したり楽しんだりということが、インターネットを使うこと自体が常に何か犯罪行為に近くなってしまうというような意味でのエンドユーザーに対してインターネットが楽しめなくなってしまうという、そういう意味で悪影響というのはすごく僕は懸念されています

話を多分その立法目的のところの話に戻していくと、何でそういった30条の外に置くのかという話の目的としているのはもちろん海賊版対策ということだと思うのですよ。海賊版対策というところで、でも、今の現行法海賊版対策はできないのかというと、それはそんなことはなくて、当然日本には送信可能化権というのがありますし、海賊版をばらまく行為自体基本的には禁止されているわけですから本来海賊版規制したいのであればその送信可能化権海賊版頒布のそれを禁止というところで、そこで対処していくというのが本来筋道ではないのかなと思います。やはり著作物を守るための保護日本は甘いのではないのかという意見も多分あるかと思うのですけれども、ただ、やはり罰則という意味ではこの前の著作権法改正で5年以下から10年以下になっていますし、非常に罰金というところも上がっていますよね。そういう中で世界的に見ても水準というところでは非常に厳しい著作権保護の水準になっているというふうに僕は考えていて、そういうところでさらにそういった強化を、特にエンドユーザーに対して影響が大きい30条の変更を行って、また強化をするということはやはりその本筋からも外れているし、エンドユーザーに対してのすごく萎縮効果というのが大き過ぎるというところがあるのかと思います

僕が最後に思うのは、この議論を持っていてユーザー的に極論的に言うと、今回の文化審議会議論でこの30条を変えるのか、それとも補償金を残すかというもし二択なのであれば、おそらくエンドユーザーはある程度補償金があることによってユーザー自由コピーできるのだったら補償金があったほうがいいだろうと。そうじゃなくて、インターネットとかの自由コピーができなくなってしまうみたいな、そういう可能性がある、インターネットを使っているだけで犯罪になるかもしれない。しかも、それが非親告罪化されて、いつの間にか自分犯罪行為にわからないうちになっているかもしれないということ、そういったものの萎縮効果しかも、それがよくわからないうちに法改正が進んでいるというのは、非常にエンドユーザーに対しては問題が大きいのではないのかと思います。幾つか論点ありましたが以上です。

(川瀬著作物流通推進室長) 委員、少し誤解をされていると思いますが、私ども前期の小委員から今期にかけて30条の見直し議論はいろいろな意見を頂戴しておりますが、その中で現行法私的目的の複製に関しては、それが30条の範囲かどうかにかかわらず罰則適用は除外しております。私どもとしてはその流れから言うと罰則適用はないのではないかという資料は出させていただきました。

 それに対して私どもの理解では、罰則適用する必要があるという意見は1件もなかったわけですから、その自然の流れから言えば当然今回違法サイトからの複製について30条の適用範囲を外すとしても、特に罰則適用必要だということであればまた別ですけれども、今の審議の流れから言えば同じように罰則適用がないということになると思います。ということですから、まだこの委員会の結論は出ていませんから、今の時点で言明するわけにいきませんけれども、今までの委員会の審議の流れからいえば罰則適用排除するという流れになると思います

津田委員) まさに本当に、それはインターネットというメディア特性というのがおそらく今までの著作権ビジネスと相いれない部分というのは多々あるというか、インターネットというのはやはりネットというのがコピーを前提にした新しいメディアであるから、ゆえに従来の著作権法齟齬が出てきているというのが、今こういった問題のおそらく根本的なところにあると思うのですけれども、仮にその罰則がないままいって、でも違法状態というのばかりが増えていくといったときに、それはユーザーにとってどうなのか、それが本当に正しい状態なのか。であれば、もともとそういった法改正をして、罰則がなくても違法状態ばかりが増えるという法改正をすることにどれだけ実効性があるのかという意味で、そのところの根本的な議論というのはする必要があるのではないかなと僕は思います

## [平成19年第6回(2007年6月27日)](http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07062817.htm)

## [平成19年第14回(2007年11月28日)](http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07112907.htm)

生野委員

 違法サイトからダウンロードに関して3点ほど意見を述べたいと思います

 まず、1点目は対象著作物範囲に関してでございます著作権分科会におきましても、ゲームソフトビジネスソフト等のプログラム著作物についても対象にという意見がございました。これにつきましては、著作権法でも随所に一般著作物と異なる規定を置いているところであります。つきましては、被害実態が明らかであり、迅速な対応必要音楽映像といった私的録音録画に関しまして、まずまとめていただいて、プログラム著作物に関しては別途検討適当なのではないかと考えます

 2点目は利用者保護善意者の保護に関してでございます。このパブリックコメントを見させていただきますと、違法サイトからダウンロードにつきまして、これを違法とすることの反対理由といたしまして、一般ユーザーが知らないうちに、気づかないうちに犯罪者となるとか、損害賠償請求を受けるといった恐れが指摘されているわけでございますが、この中間整理でも明らかなとおり、インターネットの利用の萎縮効果を招かないように、利用者保護観点に立った手当がされているところでございます

 具体的には違法サイトからダウンロード罰則対象としない、損害賠償請求についても「情を知って」等の要件を満たした場合はじめて責任を問われるということになっているわけでございます。これに対し、反対意見の中には中間整理の内容が必ずしも正確に理解されているとは思えないようなところが見受けられますので、特にここは重要なところであると思いますので、国民あるいは一般ユーザーに対してきちっと理解していただくような周知活動といったもの必要なのではないかと考えております

 3点目として(増田中略)

津田委員

 この30条のところでいうと、今、生野委員から必ずしも正確な理解に基づかない意見が多いのではないのかというお話があったんですが、例えば9ページの日本俳優連合さんの意見で言えば、抑止力として使うために早急に罰則規定を法定すべきであるという意見もあって、その権利者さんの望むところは法的な保護強化をという声があって、そういった状況と込みに今までの著作権法がどのように変わってきたのかという歴史的な経緯などを踏まえた上で、ユーザーがそういったところまで心配した上での反対であると。そういった文脈も込みでの反対の意見が多いということだと思っています

 もう1つは、今、生野委員から録音録画は切り分けて早急に対処すべきではないのかというご意見がありましたけれども、すべての著作物を30条で適用していただきたいという意見パブリックコメントでもありますし、著作権分科会でもあったということは、著作権法30条の問題を考えるときに非常に大きな話であると思うので、私的録音録画小委員会で全部話し合うことが果たして正しいのか。ちょっとツウマッチ問題なのではないかなということがあるときに、パブリックコメントでもありましたけれども、30条から外すことはどうなのかということを一から根本的に議論するべきではないかという意見に僕は賛成で、それは私的録音録画小委員会ではなくて、これより上の法制委員会とか、もうちょっと大きなテーマを扱うところで議論すべきではないかなという気がいたします。

## [平成19年第15回(2007年12月18日)](http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07121906.htm)

中山主査

 ありがとうございました。

 もう時間を過ぎておりますけれども。特に一般人のダウンロード問題ですが、ここは著作権の審議の場ですから著作権しか見ておりませんけれども、知的財産一般関係しておりまして、例えばニセブランド、これを外国から買ってもってきた場合どうかとか、それを日本で使っている場合どうかとか、一般人を知的財産とどう絡ませるかというのは非常に大きな問題です。したがって、これは非常に大きな問題ですが、それは置かれているその問題ごとに解決していくしかないと思います

 一番大事なのはやはり利用者保護であり、不意打ちをくらうということがないという配慮必要でしょう。情を知ってとか故意という要件が入るので、それは恐らく一番大きな利用者保護になるでしょうし、実際の訴訟を考えてみますと、警告をするといったって警告するときダウンロードは終わっていますから合法ダウンロードは警告で違法になることはないわけですね。ずっと継続的にやっているような人に対しては警告の意味があるかもしれませんけれども。そうなると余り訴訟としてどれぐらい使えるかという問題の疑問はあるのですけれども、先ほどどなたかおっしゃいましたけれども、違法にすることによる国民意識の変化は期待できるかもしれませんし。

 恐らく一番大きな問題は、You Tubeのような投稿サイト等、あれいくら違法投稿を削ったってまずなくならでしょう、絶対不可能なんですけれども、ああいもの合法のほうに取り込んでいくかという場合ダウンロード違法としておくことは意味があるのかなとか。そういう広い意味はあろうかと思いますけれども。恐らく個々の国民がこれでひどい目に遭うということは多分ないだろうと思います刑事罰もついておりません。アップした人には刑事罰が科せられますダウンロードには刑事罰がついておりませんので、まあこれに関しては一般ユーザーはそれほどひどい目には遭わないだろうという感じはしております

おわり

2019-02-02

慶應大学福澤諭吉像を撤去するべき

福澤諭吉新聞寄稿した社説脱亜論』にて「中国韓国人文明国際常識を身につけることを期待するべきではなく、むしろ西洋人から中国人や韓国人と同一視されないよう、この両国を見捨てるべき」と主張したレイシストであり、

このような人物銅像掲示していることは、口では国際化を言っていても実際には「我々は中国人や韓国人と友人になるつもりはありません」というヘイトスピーチとして受け取られる。

中国韓国から留学生学者慶應大学にやってきてこのような銅像を見たら傷つくに違いない。

そのような事態を防ぐためにも慶應大学は早急に福澤諭吉像を撤去するべきである

2019-01-18

anond:20190117230040

 言及どうもありがとう

 確かに。この記事自体も『~~に話を聞いた』と、寄稿に近い形での掲載してるしねぇ。

 まぁ何にしても、元増田の内容は以前※ からふんわりと考えてて、いつか文章化したいと思ってた。

  ※ vitaソフトフリープレイ配信終了予定や、vita生産終了の報道の頃から

 この記事には、その切っ掛けにはなったから、そういう意味でこの記事掲載してくれたことに感謝してる。

2019-01-09

友人の「同人活動やめます!」が同人活動定義を謎にした

約2年前のある日、友人がツイッターで「同人活動やめます!」と宣言をした。そのツイートには友人といつも絡んでいる二人から「頑張ってたもんね!お疲れ様!」「またいつか〇〇の本買えるの楽しみにしてるよ」みたいなリプがついていた。

アンソロ寄稿最後にして1年以上何も出したりしていないからもうやめたと思っていた。

pixivも同じ程更新されてないから「もう描かないよ」ってことでもないと思った。

友人はオタク同士のオフ会参加しまくってたり、同人イベント一般参加(買う側)してたからそれをやめるのかなと思ったら2年たった今も参加しまくっていた。

同人やめてオリジナルやります!」と言って作ったオリジナル用のツイッターアカウントも「始動準備中…」と呟かれたのみである

変わっていない…!何も…!宣言前と…!!!

友人は何をやめたんだ

2018-12-14

長いよ。

好きな小説家とあるWebサイト寄稿した。

それは成人のみに許された嗜好品産業サイトで、作品を読むためには身分証明書登録必要

わたしはその嗜好品を嗜まない。試したこともないし今後一切触れることはないだろうと言える。

そして、わたし免許証とか持ってない。身分証明書って呼べるのは保険証とか年金手帳とか、後は役所に行って住民票取ってくるとかしないといけない。

ぶっちゃけその嗜好品のために身分証明書差し出すとか不快感しかない。コピーを郵送するか、身分証明書スマホ写真撮って送るか。いや、全然信頼できないよ。考え過ぎ?今どき時代遅れ

いやいや、これだけ情報漏洩とか騒がれてたら他人事じゃないでしょ。自分だけは大丈夫とか、ないない。

それにその嗜好品のこと好きじゃないし、何ならなくなっても問題いかなと思うし、そんなところに何で自分情報を明け渡さないといけないの。というかどうしてそういう線引きのあるところでしか読めないシステムになってるんだ。わからん。悔しい。

その小説家は以前にもそのWebサイト作品を寄せている。それはファンの中では最早バイブルのように扱われていて、書籍になることをみんな待ち望んでいる。わたしは当然それも読んでいない。

読みたいよ。でも、読みたい欲求個人情報を明け渡す不快感を天秤にかけたら不快感が勝った。ファンじゃないんだろと言われてしまえばそれまでだけど、私にとってはそれくらい嫌なものなんだ。

タイムラインでは早速お祭り騒ぎ。何か色々更新されてるらしい。いいね、読めて羨ましいよ。

別にオチはない。ただ羨ましいとか妬ましいとか思っただけ。

2018-12-02

anond:20181202001001

New Yorkerに二桁ブクマが集まっているが、どこに付いたのかは分からない。2011年村上春樹寄稿したTown of Cats(猫の町)に4つブクマが集まってはいる。

New York Times火星着陸探査機インサイトニュース水疱瘡ニュースなど。

Bloombergマイクロソフト米陸軍から4.8億ドル契約を勝ち取ったというニュースに3ブクマ。ホログラフィック・ヘッドマウントディスプレイを売るらしい。

Guardianは村上春樹が「騎士団長殺し」でフィクションにおけるひどいセックス賞を受賞したという話に19ブクマ。賞を贈った批評https://literaryreview.co.uk/bad-sex-in-fiction-award

2018-11-20

Minister in Charge of Japan’s Cybersecurity Says He Has Never Used a Computer

https://www.nytimes.com/2018/11/15/world/asia/japan-cybersecurity-yoshitaka-sakurada.amp.html

ボク「New York Timesに取り上げられとるやんけ!」

ボク「Daniel Victorめっちゃ日本通やんスゴイわ普通にワシントンに居るんやでコイツ

ボク「ん?Hisako Ueno contributed reporting from Tokyo.」

ボク「上乃久子の寄稿かいっ!」

ボク「何がBy Daniel Victorや!実質上乃久子やん!しょーもな!」

2018-11-06

浪費図鑑って漫画寄稿してるのが、あげくの果てのカノンの人で安心した。世界線が変わってもどこにでも彼女はいるだろう。強い。

2018-10-27

新潮458月寄稿について(平成 30 年 10 月 25 日 杉田水脈

多くの人に読んでもらうべきかと思ってPDFじゃなくてWebページしましたよっと。

参照元

衆議院議員 杉田水脈(すぎたみお)公式webサイト」より

http://sugitamio.net/shincho45_post.pdf

新潮458月寄稿について

新潮458月号の発売直後に、当事務所宛に殺害示唆する内容のメールがあり、赤坂警察署被害届を提出し、捜査をしていただいております警察とも相談の上、私自身や家族の身の安全を優先し、容疑者検挙までは本件についての発言差し控えておりますしかし、私の寄稿を発端として、本来意図とは大きくかけ離れている議論になっておりますことに心を痛めており、被疑者警察署に出頭し、取り調べ中との情報確認しましたので、コメントさせていただきたいと存じます

私の「新潮458月号への寄稿は、LGBT政治利用されることへの危惧からLGBTに関する報道の在り方についての疑義を呈することを企図したものであり、全て私の個人的意見です。元より多様性相互尊重することは当然のことだと認識しており、当事者の方々の人権否定するつもりも、偏見をもって差別する意図も一切ございません。ましてや報道等で流布されているような障害者高齢者難病の方、子供をもっておられない女性差別するような言及も一切しておらず、そのような意図は全くございませんことはぜひご理解いただきたいと存じます

また、インターネット上で私がLGBTについて私見を述べている動画拡散されておりますが、当該の動画は約3年前に撮影されたものであり、その後自由民主党LGBT理解増進法案について学び、現在理解を深めております

寄稿文にも書きましたとおり、私は、日本社会はもともと寛容な社会であり、性的マイノリティとされる方々に対しても、思いやりや気配りの延長として、必要であれば法整備を行い、お互いに違和感なく生活できる社会を構築することが必要だと考えております。またその目的でもし予算措置必要になった場合は、効果優先順位当事者の方々との対話を通じて慎重に検証し、総合的に判断して実行すべきとの立場です。これが政治的イデオロギー上の対立に繋がるものになってはならないと考えております

しかしながら、当事者差し置いてLGBT政治利用すべきでないという思いや、政策優先順位について私見を述べる目的であったにも関わらず、不用意に「生産性」という表現を用いたことにより誤解や論争を招いてしまたことや、結果として不快と感じたり、傷付いた方々がいらっしゃることを重く受け止めております。また、自由民主党から問題への理解不足と関係者への配慮を欠いた表現がある。今後、十分に注意するように」とのご指導をいただいていることも真摯に受け止めております。併せて、議論の展開を通じて、「性的指向性自認」と書くべきところを「性的嗜好」と表現したことについて、党の「性的指向性自認に関する特命委員会」より「誤りである」とのご指導いただきました。この問題について国会議員としてもっと知るべきことが多いと痛感したところであります。今後は謙虚に前向きに政治活動に取り組み、当事者の方々の声もお聞きしながら、党の特命委員会等における議論にも積極的に参加し、LGBTの方々への理解増進はもとより、差別いじめのない社会の実現に向けて努力してまいる所存です。

言葉ではなく行動で誠意を示すことで、国会議員としての責務を果たしてまいります

平成 30 年 10 月 25 日

衆議院議員

杉田水脈

発端となった「新潮45 08月号」の全文

杉田水脈著『「LGBT支援の度が過ぎる』57-60.『新潮452018年8月号。

http://blog.livedoor.jp/skeltia_vergber/archives/51543955.html

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