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2017-11-17

鬱と睡眠障害で薬貰ってるが、睡眠障害の薬がイマイチ効いてる気がしない。

明け方、ようやく寝付きかけたところに、夫の悲鳴

薬で朦朧としつつ介抱

痛みが治まった瞬間突然寝る夫

布団かけなおし、溜息。

これじゃ睡眠障害なんて治るわけないか

折角の眠気はもうどっかいった。

やけくそパンを焼いた。

形はうまく作れなかったが、焼き立てはうまい

うまい…よな?

イマイチ味がしない。

レシピ通りのはずなんだがな。

2017-11-12

はじめてのオーガズム

askfmで質問があったので、はじめてのオーガズムについて書く。高3の夏だった。

受験ストレス真っ只中、前年の冬の初めてを捧げた彼氏との別れもまだ昇華できておらず、その抱え切れない不満は性欲に向かった。

その別れた彼氏とは、私から告白してなんとか付き合ってもらえたが、その頃はただただ恥ずかしくて素直になることができなかった。とにかく気まずかった。自分に自信がなかった。行為は一回だけだった。手で触られたとき、今まで感じたことのないゾワワっとくるようなビリリっとくるような何かを感じた。あれはすごかった。挿入はよく分からなかった。ブツは見なかったので形状が分からないし、射精イコール行為の終わりということが分かっていなかったので、なんで終わったのか分かっていなかった。知識がない人にとって、キスや胸を舐められたりは分かりやすいが、その先は分かりにくいと思う。交際最後は試すようなことをしてしまい、別れを切り出し、別れた。本当は別れたくなかった。もっと仲良くしたかった。でも恥ずかしくて恥ずかしくてもうどうしようもなくなってそうなった。

高3の夏、友だちに年上の男の人を紹介された。年齢は忘れたが身長は177cm。カッコイイ人だった。この人はあの頃は随分大人に感じたが、今の自分よりは年下だったはず。今、自分のことを大人だとは思わないので、子ども子どもが遊んでいたんだなあ、と、これを書きながら思った。この人とは付き合ったわけではないが、3、4回くらいセックスをした。空っぽ気持ちが少し満たされたような気がした。ここでも行為がなんで終わるかがよく分からないままだった。疑問に思ってても言えなかった。ただ、気持ちいいことは分かってきたし、ブツは暗い中シルエットだけ見た。

ようやくここでオーガズムの話になる。なんとなくセックス理解してきて、「イク」って何だろう?と興味が沸いてきた。ケータイチャットを探し、エロそうな人に言ってみた。『イッたことがない。』すると、相手は、教えてあげると言ってきた。テキストチャットなので文字だけ。ゆっくり指を入れて、奥まで届いた。チャットをやり取りする。ザラザラしてるから、そこをなでろ、と言う。本当にザラザラしていた。その時、急に体がおかしくなった。つま先から頭まで、意思とは無関係に、体の内部が震えた。股間からジ〜〜〜〜〜ンンン……と長い余波があった。ああ、これがイクってことなんだと朦朧と思った。長く感じた数秒の、味わったことのない快感のあと、怖くなってチャットのやり取りをブツ切りして、ブラウザ消して履歴消してメールアドレスまで変えた。ちなみにこの間、姉が横で寝ていた。

この日からオナニーの猿になった。教えてもらったとおりやっていたが、そのうちクリトリスだけでイけるようになった。指が汚れないのでこっちの方が多かったか、どうだったか

第一志望は落ちて、滑り止めの大学に進学した。

あのときチャットで教えてくれた人は今どうしているだろう。本当にイケたよ。すごいね。ずっと誰かに言いたくて、ここでようやく、はじめてのオーガズムとして、公開させていただきました。あースッキリした。

おわり

2017-10-31

[]10月31日

○朝食:水ようかん

○昼食:ウイダーinゼリー的なやつの桃味

○夕食:秋野菜オムライスカレー

○間食:水ようかんポテチ

ゲーム日記アンケート

アンケートの結果、次に遊ぶソフトは「トゥームレイダーOne)」にしました。

同票(一票とはいえ)にガールズモードがありましたが、今回はこちらを優先しました。

どうしても新しいゲームを買うより持ってるゲームを優先してしまうかもです。

もちろん、その時々のオススメされる熱へのシンクロ度合いによっては、なびいちゃうかもですが。

なんにしろアンケートに答えてくれた人ありがとうです!

調子

はややー。

熱は下がってなかったのだけれど、二連続で休むとクタクタ文句を言われるし月末処理が遅れるとこれまた文句を言われるので、這うように出勤し、定時ぴったりで帰って来た。

朦朧としていたので、書類にハンコちゃんと押したか? とか全く定かではないので、どちらにせよ文句を言われそうだが、もう知らん。

はいえ、帰宅中の電車の中で一眠りしてからは、調子が戻って来て、ちゃんとした栄養のあるものを食べようと思い、

近所のカレー屋さんで秋野菜がたんまり乗ったオムライスカレーがかかってるやつを食べた。

こうなると元気が出て来たのか、帰ってから寝るまでの間に思わずポテチまで食べてしまった。

明らかにミスチョイスだが、食べたかったんだからちかたない。

しかも、このポテチを食べてから、また調子が悪くなって来た。

完全に自業自得だけど、明日明日でいろいろあるので休みずらいので、早く寝ます……

おやすみんごすー。

●XboxOne

トゥームレイダー

と、わざわざアンケートをとってまで始めたはいものの、最近ゲームインストールにやたらと時間がかかるんですよね。

なので、今日インストールだけです。

明日からプレイします!

3DS

ポケとる

シロデスナデンジュモク捕獲

どちらもシロデスナはノーアイテムかつモンボで捕獲

デンジュモクロック解除代以外はコインを使わず捕獲できた。

単発火力が育っているタイプが弱点の敵は割とノーアイテムでいけるようになってきたなあ。

ってか、フェローチェ飛ばしデンジュモクなんだね。

といことはサン登場のUBを優先する感じで、カミツルギアクジキングまで行ってからフェローチェやテッガクヤなのかな。

なんにしろアクジキングを早く捕まえて悪ポケをコンプしたいぜ。

BURST、LAY、STICKY以外の追加がUSUMであって、それが悪ポケだとそりゃ嬉しいけど、ちょっと徒労感もありそう。

バッジとれ〜るセンターの追加がないせいで、バッジでは揃えられないのもいやだし。

伊藤詩織氏と山口敬之氏の件って結局

伊藤詩織氏と山口敬之氏との件について、最初彼女の会見から事件本質関係ないことも含めて多くのことが語られ、多くの人がその事件本質関係ないことに気を取られてややこしくしてるように見えるので、整理する意味ちょっと書く。

実際、「レイプがあったかどうか」という核心にだけ絞れば出来事はかなりシンプルだと思う。で、先に結論いたこから言うと、(真実ひとつだとしても)今回の両者の言い分や状況から第三者客観的判断しようとした場合、どちらかが間違っててどちらかが正しいということだけでなく、ある程度のところまで両者の言い分がともに正しいという可能性がある、ということを考えてる。

まず、俺はとりあえず男な(一応、これは最初に言っておこう)。伊藤詩織氏の最初の会見、先日のFCCJの会見をはじめ、公になっているインタビュー記事やそれへのネットの反応などは一通りチェック済み。Blackbox申し訳ないが未読。山口氏のフェイスブックでの投稿や先日上がったHanada動画は視聴済み。

法律専門家じゃないのでそのへんの解釈定義曖昧なところあるかも。いずれにしても素人感想ではあるので、そのつもりで。

以下、事件本質とは関係ないと思われる情報を3つクリアにする。

就職斡旋してやるからセックスさせろとか、就職を世話してやる俺の酒は断るな、ということはなかったようなので、そういう点でのセクハラパワハラアルハラというのは除外していいよね。あくまで二人で食事に行ったきっかけに過ぎない。

これは重要かつ決定的物証となり得ると思うけど、実際どうだったかを今の段階で科学的に検証できないのであれば、この論点に拘り続けることはできない。

この辺はやや重要なところではある。刑事事件としては一応結論が出てしまったわけだけど、この件の本質的な争点は、当時の伊藤氏の状態が準強姦定義である心神喪失」「抗拒不能」に当たるかどうかだと思うから

でも、タクシーの中では「駅でおろしてほしい」とわりとまともなことを言ってたようだし、このタクシー運転手証言だけでは、山口氏が挿入した際に「心神喪失」「抗拒不能」だったとまで断定することは難しいだろうと思う。一目撃者に過ぎないのでは。

続いて、重要だと思われる点を強調する。

これについては山口氏がHanadaの動画の中で自分確認したと言っているが、伊藤氏はふらふらながら自分カバンを抱え、自分の足で歩いていたという。ここで伊藤氏の主張と食い違いが見られるが、民事でこの映像証拠として出ればはっきりするはずなので、これ以上はここでは触れない。何か明確なものが写ってることを願う。

2軒目の寿司屋トイレあたりから記憶を失っていた伊藤氏。目を覚ましたときには山口氏に挿入されていたという。それに対して山口氏は、伊藤氏は嘔吐して水を飲んだり土下座して吐いたことを謝ったりしていたという。ここは完全に二人にしかからない上に、伊藤氏は自身でも記憶を失くしていたと言っているので、証言という点で伊藤氏は不利にならざるを得ないだろう。

ここで俺が引っかかったのは、「行為中に目を覚ました」ということだ。

ちょっと本筋から外れるけど、これまでいろんなテレビドラマ映画漫画など創作世界(敢えていうが欧米のも含めて)で、羽目を外して飲み過ぎて記憶を失い、翌朝目が覚めたら見知らぬ男の部屋のベッドで事後だった、みたいなのってあるよなぁって。

物語だと、だいたい自分の失態として、あちゃーやっちゃった、みたいな後悔と二日酔いを抱えてとぼとぼ家に帰るってことになるんだけど、考えてみれば、それもほとんどレイプ(準強姦)と同じなんだなってこと。だけど、自分が楽しく酒を飲んでたっていう記憶と、行為中の記憶がないっていうことによって、「レイプだ」とまではなかなか本人(また、そういう創作物を見ている側)は思わないというのも、人の心理というか、人情なのかもしれない。

(断っておくが、俺は、だからこうした演出や筋書きをすべて準強姦的だと非難したいわけじゃないし、そういう女性は「レイプ被害者」だと自覚を持てとか言いたいわけじゃない。まあ、なんていうか人の営みってそういうところあるよねって感じ。何でもかんでも法律警察だってことではないだろとは普通に思う)

ともあれ、伊藤氏がここまでこの件を引っ張るのは、行為中に我に返ったからで、実際に痛みと恐怖を感じたからなんだろうな、と察することはできる。

あと、アルコール健忘症というのもなかなか厄介だ。その時は普通に受け答えをしているけど後になると本人は覚えてないってやつ。これも、後から本人がそういう状態にあったということを科学的に立証することはできないんだろう。

まとめ

この件を、確定的な出来事に即してシンプルに見れば、男と女が飲みに行き、女が飲み過ぎか体調不良意識朦朧とし、男がホテルに連れ込んでセックスがあった、という、ありきたりといえば言い過ぎだけど、珍しくはない話でしかないだろってこと。そして、アルコール健忘症を鑑みたときに、伊藤氏と山口氏のどっちが正しいということでなく、伊藤氏が記憶を失くしているとき山口氏の主張したとおりの行動をしたのかもしれず、たまたま挿入中に目覚めた伊藤氏が痛みと恐怖で逃げ出した、という、両者の言い分が相当なところまで両立することも有り得るんじゃないの、という可能性を指摘したかった。

だって最近伊藤氏の応援側は、酩酊した女性病院に連れて行かずにホテルに連れ込むとは何事だ、ぐらいなことしか言えなくなってんだもん。いやまあ、そりゃあそうだけどさ。実際、本当に明らかになっていることで第三者がはっきり言えるのってこれぐらいのことなんだよな。そりゃメディアも取り上げにくいだろ。

伊藤氏がまるきり嘘ついてるとは思わないし、望まない性行為があったのは事実のようだからいろんな意味彼女の行動が報われてほしいと思うけど、実際、これからメディア発言していくにしても、「刑事事件としては不起訴処分」みたいな注釈をいちいちつけられるわけだろ、なんか運が悪いっつーか。

で、最後に、敢えて触れなかったが、逮捕状が出たけど直前でもみ消された件。

人によっては、この点こそがこの件の本質だと思ってるんだろうが、これについては俺にはよく分からん、ので特に言えることはない。そもそも、ここまで書いてきたようにこの件で本当に客観的に準強姦が立証できるかというのもなかなか難しいんじゃねって俺は思ってるけど、実際に政権上層部人間恣意的判断があったならぜひ明らかになってほしいとは思う。安倍政権にかかわらず、権力に何ができるのかということは国民は知るべきだろ。

以上、読んでくれてサンクス山口氏に肩入れするつもりはないけど、まあ、そう読めるかもしれん。何度も言うように伊藤氏が嘘をついているとも思ってないので、山口氏に味方していると言われるのは本意じゃない。念を押すが、両者の言い分がある程度までともに正しいという可能性がある、ということを主張したかっただけ。あと、行為中に我に返ったというところが事態のかなり大きな分かれ目になってるのでは、ということは言われてないように思えたので。大した結論出てなくてすまん。民事でどうなるかは、ここで俺が書いた以上の決定的な新事実が出てこない限り、どっちかが完全勝訴みたいにはならないんじゃないかな。まあ、裁判のことはよくわからんが。最後に、デートレイプドラッグはきちんと啓蒙すべきだ。これ大事な。

2017-10-19

anond:20171019203946

下痢っていうか血便な

あと貧血意識朦朧とするわいぼ痔なるわ

普通のメシは食えねーわ

2017-10-09

寝起きの時間が安定して多少有酸素運動などもできるようになり

多少意欲などもわき始めたがしかしこの7,8年かなり朦朧としてたというか

ほとんどの時間寝てんだか起きてんだかわかんない意識レベルだったような気がする

どうすんだ俺これから

2017-09-14

anond:20170914140559

モルヒネ最後なんだね。

しませないように、ね。

俺の父も最後モルヒネ朦朧としてた。

肺は動いていたようだが、ベッドの上で溺れているような状態だと言われた。

白血病だった。

しませてしまった。

2017-09-13

anond:20170910181855

私も子供達が産まれたばかりの頃は、まとまった睡眠時間が一時間半を超えない日々が続いてふらふらだったなぁ。でもそれなりに辛かったけど、夫を怨むような事にはならなかった。

というのも、細切れ短睡眠しか出来なかったものの、定刻に起床してこなさなければならない用事基本的に無い、というもしかすると特殊な家庭環境だったからなんだと思う。

何でそういう家庭環境なのかは説明すると長くなりそうなので適当に流すけど、要は夫の仕事関係自分無職であったこと、そして就園就学した子供はいなかった事によってそういう環境となっていた。

前夜どんなに眠れなくても、絶対に何時までに起きてしなければならない事があるのでなければ、そんなにイライラはしないのだ。眠いのは眠いけど。滅茶苦茶眠かったけど。

日中母子だけで過ごしていたが、同居人が誰もいないって、家事を手伝ってもらえないのは痛いけれど、一日中パジャマで赤子と一緒にゴロゴロして、僅か数分でも自分タイミングうたた寝が出来、思い出した頃にカロリーメイトとか酷いと食パンだけみたいないい加減な食事をモゴモゴ頬張りながら、おっぱいさらけ出し赤子に授乳したり、うんちのオムツ替えたり、などという事をしていても、誰も何も言わないし見ていないというのはとても気楽だった。

勿論誰も何も言わないのをいいことに掃除や溜まった洗い物の片付けは完全に放棄していた。

どう見ても、人として最低限の健康文化的生活レベルを大幅に下回る動物に近い生活だった。

夫は元々すぼらであまり色々な事を気にしない人なので、帰宅したら電気も点いていないくっそ汚い部屋の敷きっぱなしの布団に妻子が転がって爆睡していても平気だったし、休日は私と子供と一緒になってごろごろぐうたらしまくっていた。

人間並みの生活ではなかったけれども、あの頃は私達家族にとっては幸せな時期だったと思う。

今では上の子幼稚園児で、下の子は3歳で遊び盛り。子供達は徐々に手がかからなくなっていっているけれども、上の子入園以来、しんどさは増す一方だ。

まず第一に、夜中に下の子が何度目を覚まして愚図っても、朝は6時には起きて家事を始めないといけないし、どんなに子供達が駄々をこねても予定通りに送迎や色々な用事をこなさないといけない。

外に出て人に会わなければならない事も多いから、忙しくても自分の身繕いもしなければならない。抜かれば、心配という体でダメ出しや嘲りを他人から受ける。こっちの事情など一切汲まないクソバイスのシャワーを浴びせられるのも日常だ。

自分自身意識も、産後朦朧がすっかり消え去ってクリアなぶん、細かい事が一々気になる様になった。自分の中の要求水準が上がっている。何が何でも人並みの暮らしがしたい、いやするべきだ、と思ってしまう。

つくづく、人間の子育てが辛いのは人間らしく生きたいという欲があるせいであり、動物並のクオリティまで落とせればそこまで苦しいものではないんだなと思う。

子供のうんちも寝ゲロも舐めて処理するだけでおKなら洗濯物も出ないし楽チンだ。そんなこと出来っこないけれど。

しかし、夫を含め誰かに色々な事をして貰うこともいいけど、逆にすることを減らす、可能な限り人間らしさを捨てていって、最低すれすれの状態家族適当に過ごしてみるというのも一つの手だと私は思うのだ。

2017-09-05

座禅瞑想

仏教というのは釈迦思想勝手に発展させたものであり、ずいぶん偽書もあり、それが正統に受け継がれていたりするが、これはインド人の大雑把さなのであろう。

釈迦のもの荒行否定しているのは確かであり、これはだいたい枉げられずに受け継がれている。身体的な苦痛が激しい命懸けの荒行をする人間もいることはいるが、これはかなりの少数派である

ほとんどは、快楽を減らすことで苦痛を減らすという発想を基本としている。欲しいものが手に入らなければ苦痛であるから、何も欲しがらなければいいのである。もしくは、苦しい苦しいと悪あがきするから苦しくなるのであり、平然としていれば、苦しくないこともある。

仏教でなくても、困難を前にして周章狼狽するのはみっともない。難局だからこそ、平然としていた方が、人間として好ましい。

痩せ我慢と言われるだろうが、腹を括ってこそ、この人間を縛り付ける痛みを超越できることもある。泰然自若としているのが望ましいというのは、おそらく仏教とはまた別に人類普遍の発想でもある。

泣きたいときは泣けばいいという人もいるが、世の中はそれほど優しくないし、歴史的偉人の末路を記録するときでも、気が動転して泣きわめく文弱な芸術家の素顔を書くこともあるが、大人物として描きたいときは、うろたえることなく無表情で腹を切るような様子を描くわけである

禅というと臨済宗の方が有名であろうが、わたし道元曹洞宗)が好きなので、そちらに重きをおいて書くが、坐禅はただ座ることが大事なのである

道元禅問答批判しているわけではないが、あまり重視していない。只管打坐、ただひたすら座る、それだけである

寸陰を惜しんで生きている現代人には時間無駄に思えるかもしれないが、挙動おかしパソコン再起動したほうがいい。

なぜ仏教坐禅をするのかというのも、いろいろ理由はあるだろうが、快楽苦痛がわれわれをお誂え向きの弱者に仕立て上げようとする中で、ただ座っているだけというのが人生への気高い姿勢なのである

坐禅は目を開いた状態、もしくは半眼で行うが、どちらにせよ瞼は閉じない。これは布団でゴロゴロしている朦朧とした状態とは対極である

目を開いて、明晰な意識身体静止することが肝要であると思うし、座り方はさほど重要でないだろう。正式な結跏趺坐でなくても、半跏坐で充分と道元禅師は述べられている。身体静止が何よりも肝心であり、座ったほうがその境地に至りやすい、という程度の気がする。

達磨大師のように九年間面壁坐禅とか、そこまでする必要はあるまい。

われわれは生まれから死ぬまで悪魔に誘惑され、唆され、使嗾される。心が揺さぶられるからこそ、いわば耐震構造の強度を上げるため、身体を止めておかなければならない。

泰然自若としたポーズを身につければ、内面制御できる。

中枢神経に直接触って治すわけにはいかないので、身体の動きをとめることで、自分コントロールするしかない。

ロボトミー手術みたいに、脳にノミを打ち込む方法は今の医学では効果が見込めないので、身体を静止させることで脳を落ち着かせるのである

多動性こそが馬鹿の特徴であるという発達障害の考えは的確だが、リタリン服用への是非はともかく、身体が止まっていることが何よりも肝要であり、道元禅師には及ばないにせよ、その境地をお手本にするべきであるように思う。

2017-09-03

初めての衝撃体験全身麻酔ポリープ除去手術した話

◼️ポリープあるってよ◼️

健康診断婦人系項目でいつからか必ずといっていいほど、ひっかかるようになり、早数年。

自宅に届く健康診断結果に、さらりと書いてある「E判定 要精密検査」に最初ビビっていたものの、ここのところはすっかりあーはいはい、またね、といった具合に慣れてしまった。

ぶっちゃけ、あの流れ作業的な中で行われる健康診断検査項目は、数値で計れるもの(体重血液、○○値みたいなもの)以外は、人によって見方が違うから専門医でない限りアテにならないと聞いたことがある。

確かに、Aという項目でひっかかって再検査してるのに、いやBの方が問題ですよ、といわれることもしばしば。

そんなこんなで、今回も右卵巣がなんやらで判定が出てしまったので、不妊治療でゆるく通っているかかりつけ医に診てもらうことに。

そしたら、まさか健康診断結果とは違う左の方が腫れてると言われるし、左腫れてるけど基準値内、周期のホルモンバランスの影響でしょう、と。。

そして、むしろ子宮内膜にポリープが3つ程あると!まじかーい!

良性のものが多いけど、妊娠を望む女性にとってやっかいものらしく、

着床障害を起こし、不妊の原因の可能性の1つらしい。個人差はあるけどとったら妊娠した、という事例もあるそうなので、ポリープを残しておく理由はない。

であれば、とってしまえ!!と思い、手術予約をとったのでした。

◼️初めての全身麻酔手術◼️

まあ、書き方おおげさなんだが、、局所麻酔経験あるのだけど、眠らされる経験は初めてなので、記念に書いておこうと思い、今に至るのである

まず、手術タイミングについて。子宮内膜の厚さが周期によって変わるため、手術時期が限られているとのこと。

生理開始から1週間後の内膜が薄くなっている時期が、ポリープがしっかり見えるのでその時期なんだとか。

手術前日、21時以降は絶飲食

しかし、仕事帰宅が間に合わず、22時前に夫が買ってきてくれた焼き鳥を食べノンアルコールビール飲んだのはここだけの話。。

水は24時頃までなら少量okとのことで飲む。なんとかなるでしょ。

当日。午前9時に自宅にて事前に処方された、痛み止めの座薬注入。

予約していた10時に病院に到着後、程なくして診察室に呼ばれる。

手術はすぐ行われるわけではなく、まずは子宮を広げる薬と布?みたいなものを入れられる。

うぅー、ちょっと痛いよ、先生。。あの、パッカーンの診療台での診察、何度やっても慣れないわ。。

そのブツが、入った状態で2時間程ベッドで休みブドウ糖の点滴も打ってもらう。

あぁ、病院のベッドで点滴なんて何年ぶりだろ。仕事大丈夫かなー(その日は金曜日で、仕事がかなり忙しい日)とか色々考えながら過ごす。

13時くらいに看護師さんが呼びに来る。

点滴つけたまま2つ隣くらいの部屋に移動し、パッカーン診察台に座らせられる。

よくテレビで見る、心電図と指にはめる脈測るものを装着し、医師が3人くらい登場。おいおい、まあまあ本格的やないか、、と心配になりながらもなされるがまま。

そして、女医さんが点滴から何かを入れ、次第に眠くなりますよーと言われたのが最後記憶となるのでした。

◼️気づいたら、、◼️

最初にいたベッドの部屋の景色。手術終わったっぽい!

意識朦朧としているんだが、下腹部の激痛と、車酔いみたいな気持ち悪さで頭がクラクラする。。

下腹部の激痛といっても、冷静に今思えば生理痛のもう少し重い時くらいの感覚なんだけど、なんせ、麻酔により本当に眠らされてショック?だったのと、何が起こったかからないプチパニックになり、思わずナースコールを押してしまった。

30分ほどで落ち着きますよ、といわれ耐え続ける。

ん?パンツがはかされて、ナプキンもつけられてる。。まじか。記憶がない。

看護師さんに聞いたけど、手術時間は15分から20分くらい。手術後車椅子でベッドまで運んでくれたというではないか

くそ記憶がない。パンツはかせてもらったことも、運ばれてきたことも。。

初めての経験の衝撃と痛みと気持ち悪さで動けないのでしばらく横になって休む。痛みがだんだん落ち着き、軽い生理痛くらいになった時看護師さんが来てくれた。

無理しないでもう少し休んでもいいですよ、と言われたが、タクシーで帰るだけだし、早く家に帰りたいし、お腹すいたし帰る準備を始める。

最後に、薬を4日分処方され、経過観察のため1週間後にまた来てください、お風呂シャワーのみで、といわれ、その日は終了。お会計20000円弱でした。

病院をでた頃はすでに16時をまわっていた。

◼️最後に◼️

今回色々調べてわかったこと。

子宮内膜ポリープ不妊の原因の一つの可能性がある、ということ。

まだ、手術終わったばかりでその効果はわからないけど、不妊治療の色々な検査をしても異常がないのに、なかなか授からなくモヤモヤしていたので、やってよかった。

1週間は断酒だけど、また頑張るかな!

ポリープとともにモヤモヤしたネガディブな感情も削ぎ落とされた、初手術体験でした。

2017-08-30

座禅

仏教というのは釈迦思想勝手に発展させたものであり、ずいぶん偽書もあり、それが正統に受け継がれていたりするが、これはインド人の大雑把さなのであろう。

釈迦のもの荒行否定しているのは確かであり、これはだいたい枉げられずに受け継がれている。身体的な苦痛が激しい命懸けの荒行をする人間もいることはいるが、これはかなりの少数派である

ほとんどは、快楽を減らすことで苦痛を減らすという発想を基本としている。欲しいものが手に入らなければ苦痛であるから、何も欲しがらなければいいのである。もしくは、苦しい苦しいと悪あがきするから苦しくなるのであり、平然としていれば、苦しくないこともある。

仏教でなくても、困難を前にして周章狼狽するのはみっともない。難局だからこそ、平然としていた方が、人間として好ましい。

痩せ我慢と言われるだろうが、腹を括ってこそ、この人間を縛り付ける痛みを超越できることもある。泰然自若としているのが望ましいというのは、おそらく仏教とはまた別に人類普遍の発想でもある。

泣きたいときは泣けばいいという人もいるが、世の中はそれほど優しくないし、歴史的偉人の末路を記録するときでも、気が動転して泣きわめく文弱な芸術家の素顔を書くこともあるが、大人物として描きたいときは、うろたえることなく無表情で腹を切るような様子を描くわけである

禅というと臨済宗の方が有名であろうが、わたし道元曹洞宗)が好きなので、そちらに重きをおいて書くが、坐禅はただ座ることが大事なのである

道元禅問答批判しているわけではないが、あまり重視していない。只管打坐、ただひたすら座る、それだけである

寸陰を惜しんで生きている現代人には時間無駄に思えるかもしれないが、挙動おかしパソコン再起動したほうがいい。

なぜ仏教坐禅をするのかというのも、いろいろ理由はあるだろうが、快楽苦痛がわれわれをお誂え向きの弱者に仕立て上げようとする中で、ただ座っているだけというのが人生への気高い姿勢なのである

坐禅は目を開いた状態、もしくは半眼で行うが、どちらにせよ瞼は閉じない。これは布団でゴロゴロしている朦朧とした状態とは対極である

目を開いて、明晰な意識身体静止することが肝要であると思うし、座り方はさほど重要でないだろう。正式な結跏趺坐でなくても、半跏坐で充分と道元禅師は述べられている。身体静止が何よりも肝心であり、座ったほうがその境地に至りやすい、という程度の気がする。

達磨大師のように九年間面壁坐禅とか、そこまでする必要はあるまい。

われわれは生まれから死ぬまで悪魔に誘惑され、唆され、使嗾される。心が揺さぶられるからこそ、いわば耐震構造の強度を上げるため、身体を止めておかなければならない。

泰然自若としたポーズを身につければ、内面制御できる。

中枢神経に直接触って治すわけにはいかないので、身体の動きをとめることで、自分コントロールするしかない。

ロボトミー手術みたいに、脳にノミを打ち込む方法は今の医学では効果が見込めないので、身体を静止させることで脳を落ち着かせるのである

多動性こそが馬鹿の特徴であるという発達障害の考えは的確だが、リタリン服用への是非はともかく、身体が止まっていることが何よりも肝要であり、道元禅師には及ばないにせよ、その境地をお手本にするべきであるように思う。

2017-08-16

山中慎介トレーナーはなぜタオルを投げたか

少し情報が出ている通り、タオル投げた大和トレーナーは元プロボクサーで、東洋王者までいった人。

で、一時タレントをやって、その後トレーナーに転身して、手塩にかけて育てた辻昌建という選手リング禍で亡くしてる。

この辻が亡くなった試合は壮絶だったの。

日本ミニマム級王座決定戦。辻は1位で、相手金光は3位。

試合開始から壮絶な打撃戦で、一方的に辻がリードしてた。

中盤以降、金光が盛り返して、9R終了時点では辻がフラフラで、コーナーに戻ってもまともにイスに座れないくらい。

でも、あと3分立ってれば日本王者

セコンドは辻に強烈なビンタをして気合入れて、最終ラウンドに送り出して。

結果、辻は一方的に打ち込まれ意識朦朧、でも誰もタオルを投げず、レフェリーも止めず、辻は立ったまま殴られ続けて、負けて、試合の3日後に硬膜下血腫で亡くなった。

このビンタしてたのが大和なんだよね。なんで棄権させなかったんだ、タオルを投げなかったんだって大和は責められたわけ。

大和はあの辻の試合を一生忘れないだろうし、だからこそ今回のタオル投入の判断は重いんです。

2017-08-10

私のつわり対策

妊娠し、つわりに悩まされる辛い日々がありました。その際の対策について共有します。

もちろん、体質等があると思いますが、情報の探し方など含め、少しでも誰かの役に立てますように。

私のつわり対策は、ビタミンB6飲食物マタニティウェア、頭部冷却、辛さの数値化の5点から成ります

前提

私のつわりは、妊娠がわかった当初から14週ごろまで続きました。

ピークは7週から12週あたりまでで、特に自分なりの対策方法確立するまでの7~8週は、

日に10回以上嘔吐し、週に2kgずつ体重が減少していきました。

以下に説明する対策を講じることで、嘔吐頻度を大幅に改善するとともに、心身の消耗を減らすことができました。

ビタミンB6

書籍および厚生労働省ページにて、ビタミンB6効果的という情報確認し、早速試してみたところ、大幅に状況が改善しました。

私にとって最も効果が大きかったのは、ビタミンB6摂取です。

一日の容量を守るため、ビタミンB6サプリメントを錠剤カッターで分割し、日に4回(6時、12時、18時、24時)に飲んでいます

参考:宋美玄『産婦人科ママ妊娠出産パーフェクトBOOK-プレ妊娠から産後編まで! 』

   http://www.ejim.ncgg.go.jp/pro/overseas/c03/15.html

飲食物

つわりの時期には、一般的に食べられるものを食べられるだけでいいと言われていますが、

何を食べたいか朦朧とした意識の中で考えるのは非常に辛いことでした。

一方で、つわり中の飲食物の嗜好は個人差が大きく、周りの人や口コミもそれほど参考にできませんでした。

そんな中で、私が一番参考にしたのは妊娠悪阻入院した方のブログでした。

イオンウォーターヨーグルトを中心に、あとはブログで公開されている写真を見て食べられそうなものピックアップという形をとりました。

マタニティウェア

妊娠出産関連の記事には、よく「お腹が目立ってきた頃かと思います。そろそろマタニティウェアを…」

ということが書かれていますが、私は、妊娠初期からマタニティウェア(下着、洋服)を使用しました。

結果として、腹部圧迫による不快感嘔吐が減り、随分楽になりました。

はじめにネットショッピングで下着と何枚かの洋服を購入し、その後、実店舗へ改めて洋服を購入に行きました。

辛い時期にはネットショッピングの画面を見ていることさえ負担であることに加え、

マタニティウェア購入に関する土地勘がなかったため、素材や重さの感覚がわからず、何枚か購入に失敗してしまいました。

多少楽になってから、実店舗でまとめて購入し、満足がいっています

(とはいえ、ネットショッピングができたことに非常に感謝しています。それがなければ、仕事もままなりませんでした。)

頭部冷却

つわりの酷い時期には熱っぽさ、ほてりがあり、横になっていても吐き気を催していましたが、

アイスノンで頭部を冷却すると、眠れるようになりました。

(話が逸れますが、横になっている際、気を紛らわせるためにモバイル機器に手を伸ばしましたが、

 画面を見るだけで気持ちが悪くなりました。そんな時は、ラジオアプリに助けられました。)

辛さの数値化

家族にどの程度辛いか説明する際、辛さを数値化して説明することが役立ちました。

私の場合は、夫と同じタイミングノロウィルスに罹った経験があったことから

「今の辛さは0.8ノロ」等と伝えていました。

辛さ自体主観的指標ですが、数値化することで相対的時系列推移が確認でき、現状理解が進みました。

以上です。つわりはそれぞれの人がそれぞれの辛さを持っているものだと思います

もし、どなたかの参考になれば幸いです。

2017-08-05

ゼミの入室試験

大学ゼミに入るって、まあ、大学生活の目的の一つじゃないですか

んで、ぼくは希望するゼミ見学をしたわけですよ

そしたら教授に「あ、キミはあの講義の時の。発表良かったよ、うちに興味あるの?」

といわれて、結構話し込みました

人気のゼミでしたが、その教授講義プレゼン大会で一位を取っていたりして、実績はあったのでまあ入れるだろう、と高をくくっていたわけです

んで、入室試験の前日、ぼくはバイト終わりに、ゼミ面接の準備をして疲れ果て、やれやれ、一息つこうとカップ麺でも食べようと思ったわけです

おもむろにティファールをセットし、湯を沸かす

朦朧とした意識のなかで、「カチッ」というティファールの音で目を覚ます

寝ぼけ眼で湯をカップ麺に注ごうとした瞬間、悲劇は起きた

手が滑って、沸騰したお湯を自分の股間にぶちまけました

「ああああああああああああ

ぼくは一瞬何が起こったのかわかりませんでしたが

次の瞬間とてつもない痛みに襲われました

皮が白く縮まり、湯引きした鶏皮のようです

痛みで意識が飛びそうになりながらも、ロキソニン適当に掴んで飲み込み、痛みをちらし

すべての恥を捨て、親に事情を話し、夜間外来へ送ってもらいました

今思うと救急車を使うべきでしたか

死ぬ思いで診察を待ち、おそらく皮膚科女医に湯引きされた陰部を診てもらうのはそういうプレイかと思いました

股間を見た瞬間の先生の「うわぁ。。。」の声と表情は忘れられません

どうしまたか質問にはどう答えたらいいかわかりませんでした

結局、病院での処置も痛み止めを飲んで、陰部に薬を塗るだけでした

朝の回診のときに、看護婦のお姉さんに薬を塗ってもらうのは、はずかしかったけど、うれしかったです

でも、痛みで僕の息子はピクリともしませんでした

けっきょく、ゼミ試験受けられなかったせいで、僕はゼミに落ちました

退院して、そのゼミ教授講義に行ったときは合わせる顔がなかったです

だいいち、理由なんていえません

しばらくは、排泄時の陰部の痛みと、ゼミに落ちた心の痛みに耐えながら過ごしました

たったいちどのあやまちで、僕の大学生活はぶちこわしになりました

みなさんは、くれぐれも熱湯にはお気をつけください

そして、試験頑張ってください

こんなことをかけるのは増田ぐらいです

誰にも言えない話しですけど、自分ひとりでは処理しきれない出来事でしたので

2017-08-01

単純作業の繰り返しで朦朧としている。

友達SOS出したいんだけど、なんとなく雑談して終わるみたいな感じの会話が続いてしまう。

自分なりにはけっこう成果出ているんだが、目標に追いつかない。

死ぬ勇気もない。

少し先にある車の群れの中に突っ込めば一瞬で、納期も延びるはずなんだが。

納期が延びるとしか収入が入るのが遅れてそれはそれで詰んじゃうんだな。

やるしかないんだな。

死にたい

2017-07-24

酒苦手だから酒苦手な人と結婚したのに、相手が酒好きになっちゃった

夫のことは大好きで、結婚自体に後悔とか、離婚とか、そういうのじゃなくてただの愚痴…というかなんだろう、心のもやもや

自分日常的に飲酒する人が苦手。(他人が毎晩晩酌していると聞いても気にしないけど、自分自分の夫だったらできたら日常的に飲まないでほしい)

自分の夫の好きなもの否定したくないから 酒がそんなに好きじゃない人と結婚したのに、相手が酒好きになっちゃった

長くてすみません

--

前提として、わたし(妻)一族は少なくとも祖父母の代から全員酒に弱い体質。

田舎ヤンキーな弟(中学でグレてタバコ吸いだした。今は20代半ばになり人格的には落ち着いた)も、缶チューハイ1本で顔真っ赤。

父親母親も350ml缶1本も飲めばヘロヘロ

まれから現在まで、お正月の集まりなんかで酒が食卓に出てきたことは一度もない。(みんな飲めないから)

※父や母が家で時々、年に数回、忘れたころに缶チューハイ1本くらい飲んでいることはあった。

わたし一族の中ではちょっと飲めるほうだけど、学生の時友達居酒屋行ったときについ飲みすぎて2回失敗してるので それから職場や友人の付き合いで1~2杯程度しか飲まない。顔真っ赤になり毎回心配される。(失敗:あるお店ではいろんなお酒3杯飲んで吐いた。別のお店ではサワーとか4杯飲んで倒れた)

対して夫の一族はみんな酒飲み。そして酒に強い。何杯でも顔色変えずに飲んでる。

正月にはお酒とかあるのが当たり前だし、なんなら毎晩晩酌してる。

ただ、父親が酒癖が悪いタイプだったようで、飲むとよく母親や他の家族ケンカをふっかける(?)人だったようで、それが原因で「夫と兄弟(夫は3兄弟末っ子)は酒が苦手」だと聞いていた。

--

夫と付き合う前にも2人付き合ってる人がいた。

ひとりめは高校生から3年間くらい。3つ年上の人。

最初普通にしかったけど、別れる前1年間くらいは彼が仕事とかで鬱気味になって、病院で薬もらってた。

眠剤飲んだらすぐ寝ればいいのに、朦朧とした意識のまま電話かけてきて何故かずっと罵られた。

お酒を飲んで、馬鹿にされたり罵られた時もあった。

普段は優しかったけど、やっぱり時々馬鹿にしてきた。「こいつ馬鹿から絶対○○(当時ニュースとかで話題になっていた政治問題とか)とか知らんでw聞いてみなww」みたいなことを彼の兄弟とかに言われたりとか、あ~この人わたしの事見下してるんやなあ、って思ってた。

ある日、いつもみたいに夜寝る前に電話かかってきて罵られて、「死ね」って言われたらなんか気持ちがスーッと冷めて、そのまま彼が別れ話してきたか同意して別れた。

翌日からご機嫌取りされたけど、そのまま復縁せず別れた。

(色々罵られてたあの頃のことは今でも少しトラウマ。)

-

ふたりめは大学入ってから3年間くらい。バイト先(※彼は18から社員になったが)の2つ年下の人

すごく大切にしてくれたし、わたしもすごく大切にしたと思うし、いい関係だったと思う。

でも、自分でも理不尽申し訳ないと思っているんだけど、

ある日から彼がお酒を飲むようになってそれが嫌で別れた。(18とかで飲んでいても、職場の人もあまり咎めない…というか、飲酒をわりと勧められた。今思えばクソだね)

飲み会の後わたしを家まで送ってくれている途中、結構酔った彼はトイレに行きたくなったらしいけど田舎で無くて、そのへんに立ちションしだして。

その姿見たらなんだか サーーー と冷めてしまった。。理不尽だなと自分でも思う。

あと一人暮らしだった彼は仕事の後ほぼ毎日晩酌してたみたいで、ビールとか箱で買ってたんだけど、「そんなにお酒代かけるのもったいないなー」って思ってしまった。

もちろん酒は個人嗜好品から好きなら好きでしょうがないし、強制的にやめさせるーとかはおかしいかなって思ったか特に言ってない(自分バイオリン趣味だけど、「金かかるね。やめたら?」とか制限されたらいやだし)。

そんなことがひっかかってて、なんとなく好きかどうかわかんなくなって別れてしまった。

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22歳から現在まで働いている職場はみんな酒好き。

飲み会も以前はそれなりに多くて、若い女性社員だったわたしお金は払わなくていいけどお酌要因(?)でよく飲みに呼ばれていた。

でも酔った上司や先輩にお酌するのも、話を延々聞くのも苦手だったし、

お酒沢山飲めないかジュース飲んでれば「こういう時は飲めないやつも薄めた酒か、最低でもウーロン茶か水にするべきだ!!」と上司に言われるのが苦痛だった(その人はもう辞めたので、今はジュース普通に頼める)

酒癖あんまり良くない人も多くて、酔うと下ネタばんばん飛ぶし、仕事のこと説教されるし、しまいにはある先輩は毎回次の日「昨日は飲みすぎた~覚えてないw」と言ってくる。

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前置きが長くなったけど。

今までの人生のなかでわたしは、

日常的に飲酒するのはお金もったいないと感じる(酒は体に良いわけでもないし、太るというイメージがあるため。)

飲酒して人が変わるようなタイプはだいぶ苦手。

■育ってきた環境的に、日常に【酒】はなかった

■私個人は飲めないけど付き合い程度で時々飲む。ビール果実酒好き。

という価値観をもっている。

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夫とは21歳くらいのとき趣味の集まりで知り合った。夫は2つ年上。

わりとすぐに打ち解けて仲良くなり、何度かふたりで出かけて、夫から告白されて付き合って、数年後に夫からプロポーズされて結婚した。

今はもうすぐ結婚してから丸3年たつ。

大きな喧嘩などもなく、夫から大事にしてもらえて、夫婦はいいほう(だと思う)。子供はまだいない。

夫と付き合っていたころ、「親が酒癖悪いの見て育ったから、兄弟みんなそれを反面教師というか、飲めるけど酒好きではないんだよね。付き合いでは飲むけど」と聞いていた。

これまでの人生から結婚するなら【付き合いでは飲むけれど普段積極的に飲まない】って距離お酒と付き合ってる人にしよう。って思ってた。

かいことだけど、結婚って生活から そういう細かいところの価値観が似ている人のほうが二人ともストレス少なく長く一緒にいられるかなって思って。

お酒好きな人毎日だとしても、酒癖悪くなく節度もって飲む人)に、「お金もったいないし体に悪そうだしお酒飲まないでよ」なんてかわいそうかなって。

からそもそも毎日酒飲む人・毎日晩酌するような人とは結婚しない方がお互い幸せだと思って。

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夫とは時々デートで飲みに行ったけど、ふたりとも上記の価値観だった。

夫は梅酒とかちびちび飲む程度で、わたしのほうがむしろ仕事の後のビールおいしいよ!飲んでみなよ!」なんて言ってビール飲ませてたり。(弱いから1杯しか飲めないけどビールはおいしいと思う)

から結婚を決めた時、決め手の一つだった。【酒は付き合い程度な人】なのが。

(もちろん、それだけが理由じゃないけれど。でも日常的に飲む人なら 結婚しても幸せにしてあげられないかもしれないな、と感じて結婚しなかったような気がする)

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だけど、ここ1年くらいで、夫は酒好きになってしまった。

そもそも夫は体質的には飲める人。家族のことや、酒の味に慣れてなくてビール焼酎などが美味しく感じないからそんなに酒好きじゃない。って人だったらしい。

結婚前に転職した職場が毎月会議会議後に飲み会がある会社だったことで、酒の味に慣れた(ビールが美味しく感じるようになった)

実家友達と付き合いで飲み会するが、梅酒だけでなくてビールウイスキーハイボールが飲めるようになったことで もともと酒に強い体質なのもあり飲み会お酒を飲み続けられるようになった(前は梅酒サワーウーロン茶、みたいなかんじだった)

友達家族も酒好きが多い。集まればだいたい酒がついてくる。

こんなかんじで、お酒が好きになってしまった。

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スーパーに買い物に行くと、お酒コーナーを目で見ていたり。(「買う…?」と聞くと喜んで、1~2本だけ買って帰ることがある。)

時々仕事帰りに一人で買ってたり。

でも、わたし日常的な晩酌があまりきじゃない(お金もそうだけど、上にも書いたけど日常的な飲酒は体に悪そう、太りそうとあまりいいイメージがもてない)のを知っているので、「ほんとうは一緒に晩酌とか憧れるけど、あまりきじゃないの知ってるから」と遠慮してる。

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最近夫は太ったのを気にして、夕食のご飯を豆腐に置き換えたりゆるく糖質制限ダイエットしているんだけど、「そんなならお酒飲まなきゃいいじゃん。」と思ってしまう。

お酒控えて、ご飯はバランスよく食べたほうがいいんじゃないかと。(日常的に飲みはしないが、週末とかに友達実家家族と会うとけっこう飲む。)

飲み代だってけっこうかかるんじゃないのかなって思ったり。お小遣いの使い道はお互いの自由にしているけど、「たりないな~」とか思われているのかな…って気になるのはすこしストレス

家族が好きなもの嗜好品は嫌な顔せず用意してあげたいのに、自分ビールは好きなはずなのに、最近は【酒】がちらつくとなんだか嫌な気持ちになってしまうのがすごくいや。

こんな気持ちを抱きたくなかったから酒好きじゃない人と結婚したつもりだったのに、結婚後に酒好きになっちゃた。もちろんそれだけが理由結婚したわけではないけど。

優しい夫は酒好きになってもわたしに遠慮して家ではあまり飲まない。

我慢させてるのがすごく申しわけない気持ちになる。

こんな気持ちになりたくないのに、もやもやしてしまう。

2017-07-20

ウンコ漏らした

当方便通貴族。便通/日は1.8くらいで、小学校低学年くらいか下痢にはなっても便秘になったことはない。

アニメイベント、朝起きてまず一回。昼前くらい現地に早めについてさらにもう一回。

その状態イベント開始を待っていたら、なんだか蕁麻疹がでて来た。

まえ、コミケ待機の時にもあったが、そのままじっとしてたら治ったので大丈夫だろうと思ってた。

イベント開始して、最初の司会や声優の紹介は覚えていたのだが、なんだか変な汗が出てきて朦朧として、およそ30分くらいの声優の生コメンタリーあたりはおぼろげに覚えているくらい。

上映が終わって、声優トークが始まったあたりで蕁麻疹も治まり意識も明瞭になってきた。

イベント終わって、野外の喫煙所タバコ吸って、なんか尻のあたりが汗で冷たいなーと、コンビニトイレパンツ下ろしたら、汗じゃなかった。

かなりビビッて医者行ったら、「場合によっては命に関わることもあるけど、まあ、たぶん大丈夫ですよ」と微妙な言われ方した。

それ以来蕁麻疹はでてきてないけど、正直どうするのが正解だったんだろ?

2017-07-07

酔っぱらった女とセックスをしたら準強姦

酔っぱらって意識朦朧としている女を犯すのは準強姦

それは分かる。


でもさー、夫婦恋人だったら、たくさんのお酒を飲んでからセックスしている人たちも多い。

これは厳密には「同意のないセックス」と言えるんじゃないの?


例えば女のほうが酒好きで、男はまったく飲めないとか、車を運転するから飲まないパターンもあると思う。

もしこのカップル飲食してからセックスをするとしたら、その男がやっていることは準強姦と同じになるのでは?


リベラルフェミ的に見ると、これ、どうなってるんだろう?

そのカップルがくりかえし何回もやっていることだからセーフか?

いや、「夫婦恋人あいだでもレイプは成立する」というのは常識なのだが……。


https://anond.hatelabo.jp/20170625233541

2017-06-24

ギャル

https://anond.hatelabo.jp/20170624093754

・黒ギャルオタクゴミだと思っている

まあたしかにあまり相性はよくないかもしれない。

俺はオタクだし、黒ギャル友達はひとりもいない。

でも黒ギャルに関する思い出ならいくつかある。

幼稚園児の頃。横浜デパートで両親とはぐれて迷子になった時、黒ギャルに助けてもらった。

ギャルは泣いてる俺の手を引いて、お客様案内所まで連れて行ってくれた。

両親が迎えに来るまでの間、黒ギャルが俺の隣に座って一緒に待ってくれた。

ギャルは俺にノートペンを貸してくれた。俺はそれに絵を描いた。

ギャルがその絵をやたらと褒めるもんだから、俺はうれしくなって、すっかり泣き止んで、得意気に絵の解説をした。

別れ際に黒ギャルが俺の頭を撫でた。とてもいい香りがしたのをはっきりおぼえてる。ココナッツオイル匂いだったのかな。

浪人時代。俺は大学受験に失敗して落ち込んでいた。

11年飼ってた猫が行方不明になったり、父親会社が傾いたり、いろんな不幸が重なって、最低な時期だった。受験勉強なんて一切してなかった。

まりに金が無かったから、短期アルバイトをすることにした。夏だった。高田馬場でチラシ配り。資格専門学校のチラシだった。

現地で学校職員と待ち合わせて、ペア仕事をするんだけど、そこに現れた職員が黒ギャルだった。一応スーツは着てたけど、どう見ても黒ギャル学校職員なのに黒ギャル。意外過ぎた。

もっと意外なことに、黒ギャルは始業後すぐに郵便局に行って、大量のチラシを自分の家に郵送してしまった。

処分しとくよ」黒ギャルはそう言って笑った。

そのまま黒ギャル運転する社用車湘南の海に行った。黒ギャル私服に着替えた。ふたりで浜辺にビニールシートを敷いて、寝転がりながらいろんな話をした。

あの日は一体何だったんだろう。思い返すと、まるで現実感が無い。

もちろん黒ギャルがやったことは最低だ。それに従った俺も同罪。そんなことはわかってる。でも、めちゃくちゃ楽しかった。どん底の時期だったけど、すごく気分が上がった。

翌日から猪瀬直樹みたいな不機嫌そうな顔の職員に見張られながら、炎天下、ひたすらチラシを配った。地獄だった。

ギャルとは二度と会えなかった。あん調子だったから、とっくにクビになってるかも。いや、意外とうまくやってるのかな。

俺はあの日を境に真面目に受験勉強をするようになった。大学生になれば、もっと楽しいことがたくさんありそうな気がしたのだ。あの黒ギャルは俺にとって希望象徴だった。とにかく輝いて見えたのだ。やってることは最低だったけど。

これはけっこう最近の話。どうにか大学生になった俺はネットカフェバイトしてるんだけど、うちの店、夜勤ワンオペなんだ。

狭い店だから普段はひとりで充分なんだけど、その日は急に体調が悪くなり、窮地に陥った。

まともに立ってられないほどつらかった。午前3時過ぎ。真夜中だ。代わってくれるスタッフもいない。

吐き気はするし、なんだか視界も歪んできた。頭が割れそうに痛い。これ、なんかヤバイ病気なんじゃねえか? 

やっぱり誰か呼ぼう。それしかない。そんなことをぼんやり考えながらカウンターでしゃがみこんでたら、客が来た。

ギャルだった。たまに来る客だ。たぶん近くのガールズバーに勤めてるんだと思う。仕事終わりに店に寄り、始発を待って帰ってるんじゃないかな。

俺はこの黒ギャルが苦手だった。いつも不機嫌そうだし、金の払い方も乱暴。たまにめちゃくちゃイカツイ男と一緒に来ることもあって、単純に恐いというのもあった。

でもその日の黒ギャルはいつもと違った。俺を見るなり「なんか顔色やばくない?」と話しかけてきたのだ。それまで会話なんてしたことなかったのに。

「いやあ、かなり具合悪くて」と俺が言うと「休んだ方がいいよ」と心配してくれた。

代わりのスタッフがいないからどうすることもできない、俺は黒ギャルにそう説明した。

そしたら黒ギャルが言ったんだ。

「私が店番しようか?」

一瞬、耳を疑った。何を言ってるんだ。冗談にもほどがある。でも、黒ギャルは真顔だった。どうやら本気みたいだ。恥ずかしいけど、ちょっと泣きそうになった。

はいえ、バレたら一発でクビだ。カウンターの様子は防犯カメラに録画されてる。万が一、店長にチェックされたら終わり。

「体調が悪かったので、お客さんにレジを代わってもらいました」

そんなバカな話、通用するはずがない。

でも俺はあまりにしんどくて、朦朧としていて、まともな判断力を失ってた。

われながらどうかしてたとしか思えないんだけど、俺は黒ギャルに店番を代わってもらった。つらすぎて半ばやけくそになってたのかもしれない。とにかく少しでも横になりたかった。

俺は黒ギャルレジ操作説明して、入店と退店のやり方を教えて、空いてるフラットルームで寝かせてもらった。

それから朝まで、黒ギャルが店番をしてくれた。平日の深夜だから客の動きなんてほとんど無かったけど、それでもありがたかった。三時間ぐらい寝たら、頭痛吐き気も治まった。

俺は黒ギャルに何度も礼を言い、どうして助けてくれたのかたずねた。なんか死にそうな顔してたし、この店よく使うし。黒ギャルはそう言って笑った。

ギャルが帰って、交代のスタッフが来て、俺は退勤後すぐに病院へ行った。ただの風邪だった。

後日、知人にこの話をしたら、窃盗リスクを考えた方がいいと言われた。それは大丈夫と俺は応えた。根拠は無いんだけど。

とりあえず黒ギャルに何かお礼がしたいんだけど、あれからいちども店に来ない。

以上が俺の黒ギャルに関する思い出。こうして振り返ると、ずいぶん黒ギャルに助けられてきたんだな。

色々ぶっとんではいるけど、俺にとって黒ギャル天使みたいなもんだ。黒い天使

2017-06-11

まさか私が…」突然の発覚から3年、絶望から這い上がった私の乳癌

40歳の節目。私は乳がんになった。

素朴だけど優しく私を愛してくれる夫と2児に恵まれ、幸せな人生を手に入れてそれなりに満足感のある日々だった。

幸せな日常を一瞬にして真っ暗な絶望に追いやった乳がんの発覚。

乳がんは罹る人も多い病気負担はあるけど、治療なんてさほど難しくないと思っていた。

でも全然カンタンではなかった。

家族、友人、そして自分自身多くの人を深く傷つけ、心身共に疲れ果て全てを失う寸前まで追い込まれた。

判断ミスもあり、軽度とは言えない状態までいってしまった私だが、良き出会い、周りの人の支えに助けられたことは幸運だった。

手術、抗がん剤治療を行い私は今、再発の不安は抱えながらも元の幸せな生活を取り戻すことができた。

今思えば、「知らないこと」が理由で失ったものが沢山あった。

もっと早く気づくことができれば・・・
「あの時あの治療選択していれば・・・
「友人家族もっと接するべきだった・・・

いろんな後悔が今も心に残っている。

こんな思いをする人を一人でも減らせたら。そう思って私の体験を伝えてみたくなった。

興味があったら読んでみて下さい。

ピンク東京タワー、突然の不安

ほんの些細なこと。

10月1日、夫と食事に出かけた帰りに見かけたピンク色にライトアップされた東京タワーだった。

私:「綺麗だねー。今日はなんでピンクなんだろうねー」

携帯検索をする夫。

夫:「今日ピンクリボンデーらしいよ。乳がん認知を上げる目的だって
私:「乳がんねー。」

その時は何も思わなかったが、少しだけ「乳がん」という言葉が頭をよぎった。

それから1ヶ月が経った頃、

朝、着替えの時に左の胸に固い感触を感じた。

???

違和感を感じ指でふれた。コロコロとした1cm程度の小さなしこりを感じた。

まさか。。。乳がん?」

ピンク色の東京タワーピンクリボン、その記憶が私にそう思わせたのかもしれない。

ただし、その日は家事に忙しいこともあり、夜にはしこりのことは忘れていた。

夜の入浴時にもう一度触ってみた。朝のしこりはもちろん、あと2個程度小さなしこりを指先に感じた。

大きな病気をしたことが無い私は些細なことでもすぐ心配になるタイプだった。不安かられ、髪も乾かさずインターネットで幾つかのサイトを調べた。

しこりがある=乳がんというわけではない。40歳未満の場合は良性のしこりの方が多いらしく乳腺線維腺腫の可能性が高いと書いてあった。

人間不安ときは都合のいい方の考えに飛びついてしまものだ。

私は、

「なんだ大丈夫だ。良かったー」

と勝手に安心し、「こんなものはそのうち消えてなくなる」なんて、根拠もない解釈をしながら、眠りについた。

翌朝、しこりは消えていない。やはり気になる。「もしかしたら」が再び頭をよぎる。

考えないように過ごそうと思ったが、家事が何も手につかない。

今まで感じたことの無いものが私の胸に存在している。その事実から目をそむけることができなくなっていた。

一刻も早く安心したい。その一心で私は病院を探し始めた。乳がん検査してくれるのはどこか?今まで考えたこともなかったか検討がつかない。

よくわからないが、とにかく近くの産婦人科に行ってみることにした。

サイズも小さいし、しこりも動くから問題はないと思いますよ」

そういって若い女性医師は近所の外科への紹介状を書いてくれた。

その翌日は外科の診断へ。私は一日がかりで色々な検診が行われることを想像したが、触診だけだった。

診断は

「乳腺線維腺腫」

違和感があった日に確認した見解と一致していたため、その診断を疑うこともせず飛びついてしまった私がいた。

乳腺線維腺腫は放っておけば3ヶ月程度でしこりはなくなってくるとのことだった。私は安心して、日常生活に戻った。

大丈夫でしょう」という自分安易判断と、夫に相談せず自分で納得してしまったことがあんなことを引き起こすなんてこのときは思いもしなかった。

大いなる油断、取り返しのつかないミス

それから2年、私はしこりことなどすっかり忘れて平穏な生活を続けていた。

日々の家事、娘息子の世話、当たり前のことを当たり前にこなす。傍からみれば退屈かもしれないけど、愛のある満たされた毎日

その日もいつもと何一つ変わらない一日だった。

しかし、その夜、全てが一変する出来事が起こった。

夫と同じベッドで寝ていると、寝返りをうった夫の手が私の胸に当たった。すると夫が「え?硬っ!」驚いた様子で声を上げた。

暫く自分の胸に意識が向いていなかった私は自分の胸を触り、全身から血の気が引き、突然得も言われぬ恐怖感が襲ってきた。

しこりが大きくなっている。。。」

私がもらした一言を聞いた夫の青ざめた顔が今でも印象に残っている。

夫はすぐに「明日会社を休むから、一緒に病院に行こう」と言ってくれた。

とにかく早くということもあったが、2年前にいった病院は割けるため、隣町の女性クリニックへ診断に行った。すると「確かにしこりがありますね。技師が3日後に来るのでエコー取りましょうか」

との回答。

しかし、今すぐにどうなっているか知りたい。不安が募りの募った私達夫婦は待つことができなかった。

乳がん専門医でなくてはわからないのでは?」と夫の意見採用し、インターネットで調べ最も近くにあった乳腺外科のある病院へ行った。

大学病院では当日は難しいため個人病院だった。

まずは触診。先生の無表情さが不安掻き立てる。その後針生検へ。これは正直かなりの痛みがあり、辛かった。

終了後、先生は「結果は一週間ほどで出ます検査結果によっては大きい病院を紹介する形になります。」と。

もはや1週間を待てる心理状態ではなかった。一刻もはやく白黒を知りたい。先生にお願いをして大学病院への紹介をすぐにもらった。

幸いにも大学病院ではすぐに乳腺外科の診断ができた。

視触診
マンモグラフィー
乳腺エコー
CT
血液検査
マントーム生検

これらの検査を一気に検査を行うことができた。これで自分乳がんなのかそうではないのか、ハッキリと分かる安心感はあった。

「これらの検査結果は来週に」と先生。

この一週間は今まで感じたことのない長さだった。

死への恐怖心
来ることが当たり前に思っていた未来が来ないかもしれない喪失感
気を使わせてしまっている夫、子どもたちへの罪悪感
不安なく健康暮らしている人たちへ理不尽嫉妬心
色々な感情が目まぐるしく移り変わり心身ともに疲弊していた。

加えて、2年前、なぜしこりが気になった時点でもっと詳しく調べなかったのか、夫に相談しなかったのか、激しい後悔にも襲われた。

神さまはいないのか・・・

疲れ切った私たちにやってきた結果は優しいものではなかった。

「左胸に3cmの悪性腫瘍。99%の確率乳がん

診断結果を聞かされた瞬間、私は頭が真っ白になった。

先生が言っている言葉は聞こえるが頭に入ってこない。隣の夫も呆然としていた。同じ状態だったのだろう。

何も考えられない、何も声発せない状態が3分は続いただろうか。

我を取り戻した私は、

「どうすれば治りますか」と先生に聞いていた。

結論は手術。

私は家族と一日でも長く幸せにくらしたい。その思いが人生の最優先だと強く認識した。

女性として葛藤もなかったと言えば嘘になるが、全摘選択した。

その日から長い闘病生活が始まった。

入院の前に待っているもの

医師から告知を受けると今度は身内や親しい人に話をする必要が出てくる。

まずは娘と息子に12歳の娘、10歳の息子。

ともに私が大変な状況にあることは理解してくれたようで、神妙な顔つきをしていた。こんな状況だが「泣いたり喚いたりせず立派だな」と成長を感じ少し嬉しい気持ちもあった。

次に両親へ説明をした。福岡に住んでいるのでまずは電話で話をした。母が出た。

母とは昔から何でも話し合える仲だ。あまり回りくどく説明しても仕方がないと思い、率直に「乳がんになった。手術をする」と伝えた。

母は言葉を失い、暫く無言が続いたあと母自身を責めた。

「ごめんね・・・、ごめんね・・・、ごめんね・・・

と私に声をつまらせながら何度も何度も謝った。

親の前ではやはり自分子供に還るのだろうか、今まで必死に堪えていた恐怖心や悔しさ、絶望感があふれ、私も涙が止まらなくなった。

でも悲しみのスパイラルに入るわけにはいかない。

絶対に治すから

できるだけ不安を与えないように力を込めてシンプルに伝えた。

友人関係の難しさ、心無い一言、ひび割れ関係

仲の良い友人にも伝えておく必要があると私は考えた。

私のこの考えは安易だったのだろう、結果闘病前に友人関係で心のダメージを負うことになった。

仲が良いと思っていた主婦仲間、ママ友に告知をすると

「大変ね~、大丈夫??本当に心配だわ」

という反応。

「え?それだけ?」

特に親身になって欲しいとかそういうわけじゃない。何が欲しいのかもわからないけど、何か嫌だ。そんなダダっ子みたいな自分も嫌になった。

更に追い打ちを掛けたのは「親友」だった。

中学校からの友人、由美とは今でも週に一度は会う仲で、何でも話せる間柄。

私と由美はまるで姉妹のように、同じような進路を辿り、同じようなレベル男性結婚し、同じように幸せな家庭を育んでいった。

から進路の話、異性の話、結婚してからはお互いの家庭の話、旦那愚痴家族ぐるみでも付き合える最高の友人だった。

由美になら何でも話せる。親兄弟よりも私の気持ちをわかって親身に寄り添ってくれるそんな勝手な期待をしてしまったのだろう。

由美にも率直に

乳がんになった。これから長い治療に入る。手術は正直こわいけど頑張る」

と伝えた。

ただ、由美にだけは同じ女性、同世代ゆえに全摘によって片胸が失われることに関しての悲しさがあるという話をした。

するとA子は

「なにも腕や足がなくなるわけじゃないんだから胸くらい良いじゃない。」

と言い放った。

彼女は明るい性格だ。彼女なりに私を励まそうとしたのかもしれない。

死を意識する日々、あまりに多くのものを失っていく毎日、私があらゆるものに敏感になりすぎていたのかもしれない。

ただ、この一言はどうしても受け入れることができなかった。

私が置かれていた状況は私の平常心を奪っていたんだろう。滅多に感情的になることがなかった私が怒りを抑えきれず、由美に対して激しい言葉をぶつけてしまった。

これまで長年にわたり育んできた暖かな友情に大きなヒビが入ってしまった。乳がんはまた一つ私から大切なものを奪ってしまった。

遂に手術

家族不安、両親の涙、友人との離別、多くのネガティブ感情を抱えながら私は手術に挑む。

スケジュールが出た。

手術は診断結果が出た日から20日後に決定。全摘選択したために術前の化学療法はなし。

手術2日前から入院となった。前日から食事も取れない。当日は朝から各種検査を行い以異常がなければ全身麻酔をして手術開始。目を覚ませば手術が終わっている。

手術は予定よりも2時間遅れて終了。遅れた理由リンパ節への転移が見られたから。麻酔が切れて朦朧とした中で、病室で夫がずっと手を握ってくれていたことは記憶の中にうっすらと残っている。

乳がんが発覚し自分の信じていた世界が全て崩れてしまったと思っていた。

でも夫だけはどんな状態の私も暖かく包んでくれていた。こんな時だからこそ夫の愛情を強く感じることができた。手術が終わった安堵感と、愛を感じられたことによる充足感か、そのまま深い眠りに就いた。

翌朝の目覚めは心地よかった。起きたら包帯でぐるぐる巻きだ。まあ夢ではない。現実だ。左のおっぱいないよなー。と思って触ってみるとやはり・・・ない。

わかっていたけど、現実を突きつけられると涙がこぼれた。

術後に体内にたまるリンパ液や血液を出すためのドレーン管が二本入ってたが。ここから液がでなくなれば退院だ。

7日後、遂に退院が出来た。退院時の値段は50万円だった。私はがん保険には入っていなかったので正直この金額は厳しいものがあった。備えあれば憂い無し。

そんな言葉が頭をよぎったが、今は無事に退院ができたことの喜びの方が勝っていた。

抗がん剤治療・・・これから始まる本当の治療

左の胸がなくなってしまったことへの喪失感はあった。お風呂に入るときなど自分身体から目を背けたくなる時期もあった。

でも、疑似おっぱいの性能が以外と良く、服の上からでは見た目にわからない状態になった。そこからはだいぶ気分が楽になった。

気分は元に戻ってきたが、治療はまだ終わりではない、手術から30日経過した時点で今度は抗癌剤治療が始まった。

期間は3週間を1クールとして、8クール複数抗がん剤を組み合わせての実施

抗癌剤治療と言えば、ドラマでも度々その様子が描かれる。そのためわずかに恐怖心があった。でも生きるため。

ここでも家族存在が私の心を強く支えてくれた。

抗がん剤治療想像していたよりはキツくはなかった。最初の一週間は特に異変もなかったけど、8日目辺りから吐き気貧血が出始めた。割りと調子が良くなってきた17日後に遂に髪の毛は完全に抜けてしまった。「あー、やっぱこうなるのねー」と思った。

覚悟は出来ていたので、思っていたよりはショックは少なかった。

クール目は特に問題なく過ごすことができた。まあ抗がん剤の点滴の際は気が重いくらいかな。

クール目に入る前にはかなり抜け落ちてきた髪が目立つので、ウィッグを買いに行った。季節をまたいでの治療なので冬用と夏用を両方買った。

それにしてもケアグッズも高い。

まり大きな声で言う人はいないと思うが、乳がん治療以外にかかる金銭負担も大きい。

クール目に差し掛かる頃には髪の毛は全て抜け落ちた。髪だけでなくまつげ、眉毛、体毛全てが抜け落ちた。顔色も悪く自分を鏡で見るのがちょっときつくなった。

いつも看病してくれる。夫も私の姿をみてどう思っているのかな。。。と少し気になる時期だった。

こうして、長かった化学療法も遂に8週で無事に終わりを迎えることができた。もう吐き気に悩まされることもないと思うとかなり気が楽になった。

楽しい時期は2ヶ月なんてあっという間だが、治療となると1年間のような長さに感じる。

抜け落ちた髪も徐々に生えてきて、昔に戻れるのかな-と淡い期待を抱かせてくれた。

化学療法を無事に終えた私は最後治療放射線治療に入ることになる。

永遠に続くと思われた治療・・・遂に・・・

放射線治療は、全部で30回。毎日通院が必要で、一ヶ月半ほど平日は病院通いが必要になった。経済的負担も引き続き大きかったが、仕事の調整をして一緒に通院してくれた夫に負担をかけているという罪悪感も多くあった。

放射線治療にも副作用がある。軽い火傷のような症状だ。熱い、かゆい、痛い。放射線を当てている患部は赤黒くなってしまい、見るからに痛々しい感じだ。

ただ化学療法と違い体外的な副作用しかなかったので、辛さで言えば全然問題なかった。

手術をしてから半年が過ぎて、ようやく私の乳がん治療は全て終了した。

毎日毎日通った病院乳がん発見してもらった病院にそのままお世話になって本当に良かったと思う。

検査ときは無表情で怖かった先生も病に真剣に向き合って時には優しく、時にはハッキリと私が不安にならないように、また過剰な期待を抱かないように上手に説明をしてくれた。

この先生に出会えたことは私の幸運だったと思う。

お陰で私は現実と向き合い、治療目的を正確に理解しながら集中して治療を受けることができた。先生本当にありがとう

「これでがんは完治」

そう言えればどれだけ幸せだろうか。

がんとの戦いはここからが始まりといってもいいかもしれない。

一般的ながんは5年再発しなければ完治と呼ばれるが、乳がんは10年後20年後も再発の恐れがあるために、ほぼ一生に渡って再発の恐怖との戦いになる。

「一生がんに怯えて生きていく」

こんな人生を送ることはまっぴらごめんだ。

「がんをうまく扱って生きていく。」

家族献身的な支え。そして我慢我慢を重ねた闘病生活

そのなかで私の心は強くなっていた。がんを再発させないように生活改善していけばいいじゃないか。そうポジティブに捉えることができるようになっていた。

最初からこの心があればなぁと今では思うけど、

乳がんによって手に入れられたこともあるのかなと思うと、最悪なことばかりではないかと思った。

がんで失ったものを取り戻す旅

手術が終わって一年が経った。本当に激動の一年だった。

今の私の生活はどうなっているか

幸いといっていいかな。見た目以外は正直、乳がんが発覚する前とあまり変わらない状態だ。

リンパ節を取った左手は、日常生活にはなにも支障はない。

抗がん剤副作用だった爪の異常や関節の痛みも治まった。

ただ髪の毛はやはりなかなか生えてこずまだ5cmほどしかない。出かける時、来客のとき帽子を被るようにしている。

左胸がないことにはさすがにもう慣れてしまった。残念に思うのは大好きだった温泉に行きたくなくなっちゃったことかな。

胸のコンプレックスが薄くなった今なら親友言葉も笑った受け流すことができたのになーと思うと少し心が痛む。

変わった事と言えば、食生活生活習慣が改善したこと。

以前は特にお肉が大好きでカロリーは紀にしながらも好きなものを食べていたけれど、今は野菜を中心とした食事抗酸化作用の高い食品をメインにしている。

そのおかげもあってか、再発は今のところなく、検査結果も良好。適度な通院も生活リズムを整える意味で意外と気に入っている。

家族との結束は乳がんによって以前より固まった気がする。長女は14歳になったが私の身体を察してか、家事積極的に手伝ってくれるし、反抗期の気配もない。12歳になった長男もだいぶ私を労って自分のことを自分でやるようになった。時々一緒にお風呂に入るが胸のことには触れてこない。なかなか優しいやつだ。モテる男になるかも。

夫は病気の前から優しい人ではあったが以前に比べて、私を心の底からいたわってくれている。先週末、酔って帰ってきた時に話していたが、乳がん告知の際、私を失うかもしれないと思った時に本当の愛が溢れてきたそうだ。

先日からかったら、覚えていないと本人は言うが、どうだかは知らない。

親友との関係は残念ながらまだ修復には至っていない。先日スーパーで顔を合わせたが会釈程度で終わってしまった。今の精神状態なら素直に私から謝ることができる。彼女との関係修復は今の私の一番の課題だ。

こんな感じで意外と悪くない日常を過ごすことができている。

「私から全てを奪った乳がん

手術前後治療中は頭の中にはこの考えしかなかった。

でも、今こうして、振り返ると悪くないことも多いなと思うに至った。

あなたには絶対に「この後悔」はしてほしくない

どうしても後悔はある。それが今回私が体験談を語ろうと思った理由。いまでも本当に後悔していることは一つ。

乳がん発覚の2年前、最初に気になった時点で乳がん早期発見の機会を逃したこと。

もしここで、私の治療をしてくれた大学病院までたどり着くことができていたら・・・

早期発見というくくりの治療となり切除も再発のリスク存在しない状態治療が終わっていたと思う。

親友との離別も家族への過度な負担。これらも起こることはなかっただろう。

私の弱さゆえの判断ミス。これに尽きる。

10月1日ピンク色に染まった東京タワーを見た時にもっと深く乳がん自分ごととして考えられていればな-なんてことまで思ってしまう。

乳がん女性の12人に1人がなる病気と言われている。確率は高い。あなたもなる可能性が十分にある。正直発生自体を防ぐことは生活習慣などにもよるし、生活習慣を気をつけていても病気はいつ襲ってくるかわからない。

2017-06-08

日本強姦

女が複数の男にナンパされ付いていって遊んだから、そんな女が輪姦を拒む筈が無いと裁判強姦の訴えを退けられた事があった。

男が合意だと思ったと言っているから、それでは強姦にならないと弁護士被害女性をおとしめていた事もあった。

今は女が意識朦朧で吐くほどの状態で駅で下ろしてくれと頼んでいたのにホテルに連れ込んで性行為を行っても強姦では無いと警察が主張して首相婦人も男側を応援している。

性同一性障害男性として暮らしている方が外食中に店を閉められ店員達が見張りに立ち店長強姦された時は、奥から包丁など持ってこられたら死ぬ恐怖で抵抗出来なかったか強姦が成り立たず無罪釈放だった。

この国は何なのだろう性犯罪に甘すぎてめちゃくちゃ怖い。

一体何をやったら強姦になるんだろう。

2017-05-29

あーもうあかんかなあ

この前から意識朦朧としたり吐き気がしたり心臓違和感があったりする。

調べてみたらパニック障害の疑いもあるんだけど

けど、もしかしたら心臓悪くしてるんかもしれんなあと思った。

生理中やからそれでかもしれんけど。(内科精神科には行ってる。異常なし)

虐待されて死にかけたり自殺したくなったり覚せい剤とかお薬に囲まれて生きてきて

それでも薬とか危ない事に手を出さずにここまできて

この前も「よく不良にならんとここまで来てくれた」って泣かれたり

「そういう事があったように見えない」って言われた。

実際リストカットとかした事ないし

男に頼ったりもない。

毎日ゲラゲラ笑って割と楽しく過ごしてる。

けど本当何もない。

カウンセリング受けたこともないし

海外旅行行った事もない

結婚もしてない。

まあこのまま死んでもええんやけど

死ぬとき痛いのは嫌やなあ(笑)

2017-05-15

男だけど職場で「性的視線」に晒された

刑務所とか自衛隊宿舎とか男子校とか、そういった閉鎖的な空間で男だけで過ごしてると、次第に同性を性的視線で見るようになる。そういう話があります

はっきりいって、全然信じてませんでした。そんなわけないと思ってました。都市伝説みたいなもんだろうと。

でも今は完全に認識が変わりました。

はいとも簡単に男に欲情します。環境次第で簡単にぐらぐらになっちゃ生物です。それを僕は身をもって体験しました。

3月末まで夜勤データ入力バイトをしてたんですが、そこがまさに男の園みたいな職場でした。ビルの一室にスーツ姿の男が50人以上集まり、ひたすらパソコンに向かってデータを打ち込む。そういう環境でした。女性はひとりもいませんでした。

働き始めて数週間すると、どうも周囲の僕に対する接し方が不自然になっていることに気付きました。異様に冷たい人、あからさまに避ける人がいる一方で、照れくさそうに顔を赤らめながら近づいてくる人や、舐めるように全身を眺め回まわす人が現れ始めたんです。

どうも距離感おかしい。今までの職場と明らかに違う。どういうことだろうと不審に思っていると、ある日、帰りの電車で一緒になった同僚に言われました。

増田くん、すごく中性的だよね」

同僚は顔を赤らめていました。若干鼻息も荒かったようが気がします。

これはもしや....。

僕は職場で感じている違和感の正体が掴めるかもしれないと思い、彼を夜勤明けの朝マックに誘って色々と話を聞きました。

驚きました。なんと僕は職場ゲイだと噂されていたのです。「立ち居振舞いが女っぽい」「股間をじっと見られた」「手が触れた時に女みたいにビクッとした」デタラメな噂が色々と飛び交っていました。

さらに「フェラだったらさせてやってもいい」「今度みんなでカラオケに誘ってガンガン飲ませてみよう」などという話も出ているようでした。

マジでびびりました。100歩譲って僕が若い美少年とかだったらまだわかります全然そんなことないのです。ごく普通の男で、当たり前ですが女装メイクもしてません。年齢は30才。完全にただのおっさんです。強いていえば、痩せて顔がつるんとしてる。その程度です。それだって人目を引くようなところは一切ありません。これまでに同性から性的な目で見られるようなことは一度もありませんでした。

全ては環境のせいだと思います。閉鎖的でストレスフルな状況の中、妙な力学が働き、なぜか僕が集団的な性の対象になってしまったんでしょう。深夜、朦朧としながらデータ入力をしているうちに、みんながちょっとずつおかしくなっていったんだと思いますイジメ力学悪ノリに近い要素もあったかもしれません。

マックで話をしてくれた同僚は、僕がハラスメント被害者になることを危ぶんでいました。もし不愉快なことがあったらいつでも相談に乗ると真顔で言ってくれました。顔を赤らめながら。すでに彼も集団力学感染していました。

驚きはしたものの、僕は事態を冷静に受け止めました。ショックで仕事に行けなくなるというようなことはありませんでした。特に実害はなかったし、毅然としていれば何の問題も無いだろうと思いました。刑務所の中で同じような状況に陥ったら恐怖におののいたと思いますが、夜勤バイトなら問題ない。契約期間も決まっています。むしろアカデミックな興味が湧いてきたほどです。どうせならこの特殊な状況を仔細に観察してやろうかと思いました。結局、奇妙な思い出になっただけでしたが。

それから僕は数ヵ月ほど、集団の中で歪なセックスシンボルとして過ごしました。大勢スーツ姿の男達が毎晩僕にジトッとした眼差しを向けてきました。僕はそれを不思議な気分でやり過ごし、そのまま契約期間を終えました。

特に酷い目に遭ったりはしませんでした。彼らも自らの「性のゆらぎ」に脅えていたのかもしれません。大胆な暴走に至る人間はいませんでした。

からは別の職場正規雇用で働いていますオフィスには女性もたくさんいます。僕に「ジトっとした眼差し」を向ける男はひとりもいません。そのギャップに軽い目眩をおぼえるほどです。

あの数ヵ月を振り返ると、シュールグロテスクな夢を見ていたような気分になります。おそらくあの職場にいた男達も、どうかしていたと首を傾げていることでしょう。

2017-05-04

ゲーム中毒の夫にイライラ

首すわり前の第一子を育てる育休中の者です。

夫がオンラインゲームに嵌っていて土日は一日中(8時間ぐらい)、平日でも4時間はやってて、それが本当にイライラする。

赤子が泣いてて、「ごめんちょっとお願い」って言ってもそれが対戦中(?)で手が離せない場面だと「ちょっと今は難しい〜」とか言って来る時、こっちが夜中の2時3時に半分寝ながら朦朧授乳オムツ替えしてるときリビングからカチカチとコントローラの音が聞こえて来る時、授乳中で本も読めなくて暇だからせめてテレビでも見たいのにテレビゲーム占領されてる時、朝の6時とかに赤子に起こされてリビングに移動したら、夜中に使ったイヤフォンがテレビに刺さりっぱなしになってそれを抜かなきゃいけない時。

しょーもないことなんだけど積み重なって本当にイライラする。赤子や私の相手もせずにゲームにのめり込んでる夫を背面からいっきりどつきたくなる。

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