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はてなキーワード: 野球狂の詩とは

2020-04-26

anond:20200426123722

1979年

機動戦士ガンダムドラえもん(1979~2005年版) 、ルパン三世 カリオストロの城ベルサイユのばら赤毛のアン銀河鉄道999(映画版)、がんばれ!!タブチくん!!ゼンダマンサイボーグ009アニメーション紀行 マルコ・ポーロ冒険

1978年

未来少年コナン銀河鉄道999ルパン三世 ルパンVS複製人間宝島ペリーヌ物語無敵鋼人ダイターン3闘将ダイモス宇宙海賊キャプテンハーロックはいからさんが通る宇宙戦艦ヤマト2

1977年

ヤッターマン無敵超人ザンボット3新ルパン三世超電磁マシーン ボルテスVあらいぐまラスカル家なき子バーバパパくまのプーさん 完全保存版 、氷河戦士ガイスラッガー野球狂の詩

1976年

ドカベン超電磁ロボ コン・バトラーV母をたずねて三千里キャンディキャンディ、まんが世界昔ばなし、ポールのミラクル大作戦大空魔竜ガイキング 、グレンダイザー ゲッターロボGグレートマジンガー 決戦!大海獣 、ろぼっ子ビートンブロッカー軍団IV マシーンブラスター

1975年

まんが日本昔ばなしガンバの冒険一休さんタイムボカン勇者ライディーンUFOロボ グレンダイザーアンデス少年 ペペロ冒険ゲッターロボG鋼鉄ジーグラ・セーヌの星

1974年

宇宙戦艦ヤマトアルプスの少女ハイジゲッターロボ破裏拳ポリマー魔女っ子メグちゃんはじめ人間ギャートルズマジンガーZ対暗黒大将軍ジムボタン 、小さなバイキング・ビッケ 、グレートマジンガー

1973年

エースをねらえ!侍ジャイアンツバビル2世新造人間キャシャーンキューティーハニー空手バカ一代ドロロンえん魔くんジャングル黒べえ 、山ねずみ ロッキーチャックゼロテスター

1972年

マジンガーZデビルマン科学忍者隊ガッチャマン海のトリトンど根性ガエルパンダコパンダ正義を愛する者 月光仮面赤胴鈴之助樫の木モックムーミン

1971年

ルパン三世天才バカボンふしぎなメルモアニメンタリー決断アパッチ野球軍ゲゲゲの鬼太郎、新オバケのQ太郎カバトットさすらいの太陽 、原始少年リュウ

1970年

あしたのジョーチキチキマシン猛レースキックの鬼、ばくはつ五郎魔法マコちゃんスカイキッドブラック魔王、海底3万マイルいじわるばあさんのらくろクレオパトラ

1969年

ムーミンアタックNo.1タイガーマスクハクション大魔王どろろひみつのアッコちゃん忍風カムイ外伝ビートルズ / イエローサブマリン長靴をはいた猫もーれつア太郎

1968年

ゲゲゲの鬼太郎妖怪人間ベム巨人の星佐武と市捕物控太陽の王子 ホルスの大冒険サイボーグ009ゲゲゲの鬼太郎サスケアンデルセン物語わんぱく探偵

1967年

パーマンリボンの騎士黄金バット悟空の大冒険大魔王シャザーン、マッハGoGoGo宇宙忍者ゴームズ、ピュンピュン丸、サイボーグ009 怪獣戦争ミトン

1966年

おそ松くん魔法使いサリー、ロボタンハリスの旋風、スーパースリー、展覧会の絵、遊星仮面レインボー戦隊ロビン、新ジャングル大帝 進めレオ! 、おそ松くん

1965年

オバケのQ太郎ジャングル大帝スヌーピー宇宙少年ソラン

未来からきた少年 スーパージェッター少年シンドバッドの冒険、手 、オバケのQ太郎(1965年版) 、W3、戦え!オスパー

1964年

トムとジェリービッグX、0戦はやと、少年忍者風のフジ丸 、王様の剣

1963年

エイトマン狼少年ケン鉄腕アトムわんぱく王子の大蛇退治 、鉄人28号 、わんわん忠臣蔵宇宙家族ジェットソン 、ドラ猫大将仙人部落

1962年

ある街角物語101匹わんちゃんアラビアンナイトシンドバッドの冒険

1961年

ルーニー・テューンズ安寿と厨子王丸ウッディー・ウッドペッカー(1940年版)

1960年

眠れる森の美女、原始家族リントストーン、西遊記

1959年

ポパイ真夏の夜の夢少年猿飛佐助

1958年

白蛇伝 、もぐらのアバンチュール

1957年

ねこのらくがき、ラテンアメリカの旅 、マイティマウス

1956年

わんわん物語

1955年

ファンタジアピーター・パン

1954年

ダンボ

1953年

ふしぎの国のアリス 

1952年

ピノキオシンデレラ

1951年

バンビ

1950年

白雪姫

1947年

すて猫トラちゃん

1945年

桃太郎 海の神兵

1943年

くもとちゅうりっぷ 、ドルーピー

1941年

スーパーマン、アリチャン

1940年

あひる陸戦隊

1939年

べんけい対ウシワカ

1936年

新説カチカチ山

1935年

 一寸法師 ちび助物語、 のらくろ二等兵

1934年

のらくろ伍長 、お猿の三吉 突撃隊

1933年

動絵狐狸達引

1931年

茶目子の1日、黒ニャゴ

1928年

蒸気船ウィリー

1917年

なまくら刀

2013-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20130919170741

承前


斉藤由貴デビューシングル『卒業』を発表した1985年2月、同名のシングルが他に2作、チャートインしていました。菊池桃子『卒業』尾崎豊『卒業』です。毛色の違う尾崎別にして、ここでは斉藤菊池斉藤『卒業』菊池『卒業』比較してみましょう。

80年代女性アイドル格付」では私は斉藤を8位、菊池を9位にしましたが、記録上の実績では菊池の方が上です。菊池オリコン1位のシングルを6枚出していますが、斉藤は『青空のかけら』1作のみです。ただし、1985年から1989年まで、年間の順位で菊池斉藤を上回ったのは1985年のみで、菊池1988年1989年には年間100位以内にチャートインしていませんが、斉藤はしています斉藤の方が息が長いアイドルだったことがうかがえます

1985年菊池の全盛期で、菊池『卒業』オリコン1位になっています斉藤『卒業』も6位ですから新人の実績としては大健闘だったのですが、その時点では菊池版の方が実績を残したのも確かです。しかどうでしょうか、あれから30年近く過ぎて、言及される頻度が高いのも、記憶に残っているのも斉藤『卒業』の方ではないでしょうか。それは楽曲としては斉藤版の方が出来がいいからだと思います

松本隆はもちろん松田聖子プロデュースで知られますが、聖子以外に提供した楽曲の中にも佳作傑作はずいぶんあって、石川秀美『ゆ・れ・て湘南』、薬師丸ひろ子Woman~"Wの悲劇"より』、斉藤由貴『卒業』情熱』は白眉の出来です。

斉藤『卒業』で好きなフレーズは、

ああ 卒業しても友達

それは嘘ではないけれど

でも 過ぎる季節に流されて

逢えないことも知っている

のところですね。集団から浮き上がっている、集団の中では流されない冷静な批評眼が提示されています

これは私のある種の偏見かもしれませんが、女性による批評評論の多くは自己憐憫主観が強すぎて読むに堪えません。平均のライン男性よりもずっと低い。けれども最高水準の批評家何人かを選べと言われればおそらくそれは女性ばかりになるでしょう。批評に限らず創作でも感じることですが、女性全般の平均は低いけれども最高水準の女性書き手男性トップ比較してもなお傑出している。そう感じることが多々あります

斉藤『卒業』における松本隆作詞は、そうした女性の高度な批評眼を的確に捉えています。彼もまた超一流である証です。卒業と言う感傷の中にある冷静な眼差し、これを書いた松本隆もすごいし、これを歌わせようと思わせた斉藤由貴もすごいですね。菊池桃子『卒業』もいい曲なんですが秋元康は男目線なんですよ、やっぱり。松本隆はさすがに年季が入っているだけあって、頭がいい女性批評眼と言うか冷たさと言うか冷静さ、しっかり捉えていますね。けれども、これを菊池桃子が歌ったら似合わないと思いますから秋元康菊池桃子と言うフォーマットに沿った詞を作っただけかも知れません。

ただ、菊池桃子『卒業』斉藤由貴『卒業』ヒロイン立場は似通っているんですよ。どちらも、付き合っている/付き合ってはいない、は別にして初恋男性を都会(東京)へと送り出す立場です。

菊池『卒業』では、

4月が過ぎて都会へと

旅立ってゆくあの人の

素敵な生き方

うなづいた私

何だか物足りない、妙に物分かりがいい感じがします。対して、斉藤『卒業』では、

セーラーの薄いスカーフ

止まった時間を結びたい

だけど東京で変わってく

あなた未来は縛れない

とより主体的な、色彩の豊かな表現になっています

諸般の要素があるから一概に作詞家の優劣はつけられませんが、出来上がったラインだけを見れば、『卒業』合戦松本隆圧勝なのは明らか、少なくとも私はそう思います。ただ、菊池桃子の歌ではヒロインぼんやりとしているのはわりあい一貫しているんですね。『Broken Sunset』では彼氏からいきなり「他に好きな人が出来た」と切り出されても、「泣かないように目を閉じた」、それが精いっぱいの感情表現なんですね。重要なのは菊池桃子にこういう歌を歌わせたい、こういう歌を歌うべきと作家製作者が考えてサジェストした歌がそういう歌なんだということです。

女性なり女子なりが持っている批評性をみじんも感じさせない、幼女のような聖女のような、どこか現実離れした世界菊池桃子は歌っています。男目線少女の歌ですね。

対して、斉藤由貴楽曲ヒロインは遥かに色彩が豊かです。デビュー曲『卒業』からして、片思いの相手に対する批評が含まれています斉藤由貴はそういう歌を歌わせたくなる、躍動感のあるアイドルです。

斉藤由貴個性が、ライターを刺激して、それが結果的に神曲ばかりになった、ライター歌い手幸福な結合が斉藤由貴楽曲にはあります


女優としての斉藤由貴キャリアを考えてみましょう。

斉藤由貴は一般に演技が上手な女優と見られています。もちろん下手ではありませんが、まず役柄の幅が狭い。活発でお転婆な少女女性)が困難にたいあたりでぶつかって、周囲を動かしてなんとかなってゆく。このタイプの役、仮に斉藤由貴型と呼んでおきますが、こう言う役が非常に多い。

この型の初出は、1985年に放送されたNHK銀河テレビ小説『父(パッパ)からの贈りもの』です。これは日本最初期のコメディエンヌ文学座の重鎮だった新劇女優演出家だった長岡輝子自伝テレビドラマ化したものです。長岡輝子テレビドラマでは『おしん』の加賀屋大奥様役(おしんに文字を教えた老女)で一般には知られています斉藤由貴が出演した連続テレビドラマでは『スケバン刑事』の次、『スケバン刑事』の放送期間中に撮影・放送されたものです。

長岡輝子の父は著名な英文学者で、洋行のたびにお土産を買ってきてくれる、娘思いの父親でしたが、長岡女優になりたい、そのためにパリで芝居修行をしたいと言うと、後押しをして費用も出してくれた、それが「父からの贈りもの」だった、そういう話です。『はいからさんが通る』っぽいというか、非常に『はね駒』的です。斉藤由貴の演技は、この斉藤由貴型、スケバン刑事型(『野球狂の詩』『スケバン刑事』『和宮様御留』『新十津川物語』)、その他型(『小公女セイラ』など)に分けられるとすると、圧倒的に斉藤由貴型が占める割合が高いです。

はね駒』も『あまえないでョ!』でも『はいすくーる落書』でも『吾輩は主婦である』でも、『八代将軍吉宗』や『同窓会』でさえ、基本的には同じ演技、同じキャラクターです。敢えてスケバン刑事型と分けたのもしいて言えばという話であって、ああ、いかにも斉藤由貴の演技だなと思わせるには違いありません。2012年朝ドラおひさま』でも基本線を踏襲していたのには、ある意味、さすがだと思いました。

丹波哲郎がかつて言っていたのですが、キャスティングの時点で、この役はいかにもこの人に合うと思われてキャスティングされているのだから、余計な役作りは不要自分自身がその場に置かれた状態で演じればいいと言っていました。一つの方法論としては分かる気がします。斉藤由貴が役作りをどう捉えているのかは別として、結果的に役を自分の側に引き寄せる人だと思います

役の後ろに斉藤由貴が見えて興醒めだ、というのではないんです。「役を自分に引き寄せる」型の人にはそういう人がいますね。そう言う人は多分、役それ自体に対する理解が足りません。他人に対するアンテナが弱いんじゃないかと思います本質的ナルシストの人は役者には向いていません。

斉藤由貴は役として非常にリアリティがある演技を見せています。ただ、そのリアリティ斉藤由貴と言うフィルターを抜きがたく感じさせる、そういう意味ではたぶん、役そのものとは違います斉藤由貴が実際にそう言う立場だったらこういう反応を返すだろうという意味では非常に説得力があります。ただし、そのリアクション斉藤由貴以外では再現不能という意味おいて、役そのものには根差していないのです。

もちろん、役者の演技なんて誰の演技でもその人以外には、その人であっても再現不能じゃないかと言うならばそうなんです。その通りなんですが、自分と言うフィルターを演技の構築の上でどれだけ重視するかどうかで、役そのものからロジカルに構築するタイプと役を自分に引き寄せるタイプに分かれるのではないか、そう思います。その分け方ならば斉藤由貴は明らかに後者ですね。


続く

http://anond.hatelabo.jp/20130919170749

マスダ80年代女性アイドル論~斉藤由貴

80年代女性アイドル格付

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子論

マスダ80年代女性アイドル論~中森明菜論

マスダ80年代女性アイドル論~小泉今日子論

マスダ80年代女性アイドル論~インターバル

マスダ80年代女性アイドル論~薬師丸ひろ子論

マスダ80年代女性アイドル論~南野陽子論


マスダ女性アイドルシリーズですが、今回で一応の区切りとなりますが、あともう一回、総論とお知らせを書く予定です。


人生山あり谷ありと申しますが、浮き沈みの激しい芸能界、これまで取り上げたトップアイドル5人ですが、プレミアム感を維持しながら、それぞれに生き残っているのはさすがです。80年代に小話のネタで「ミナミヨウコミナミヨウコ、一字違いで大違い」というのがありました。南田洋子さんは若い時は大変な美人女優で、当時も上品美しい人ですから、この言い方はずいぶん失礼だったのですが、まあ若いからすればおばさんには違いない、敢えて南野陽子比較すれば、それは南野陽子の方が当時としては全然いいわけです。でも考えてみれば当時の南田洋子の年齢と、今の南野陽子の年齢はそうものすごく違うというわけでもない。それでいて、今でもテレビバラエティに出てくれば、「あのアイドルナンノちゃんが来てくれました!」みたいなハレの日感を維持していますね。

これは80年代女性アイドルに限った話ではなく、80年代に登場した/有力になった人物、フォーマットは未だに影響力があります。例えばお笑い界で言えば、60年代クレイジーキャッツ70年代ドリフターズ萩本欽一はそれぞれ続く10年では息切れしていましたが、お笑いBIG3は未だにお笑いBIG3です。これと似たような現象が、80年代についてはありとあらゆる分野について見られます

もちろんそうは言っても、人そのものは年齢を重ねてゆくわけですから80年代トップアイドルたちもそれぞれ見せ方を変えてきています。一貫してアイドルである松田聖子でさえ、もう聖子ちゃんカットにはしてくれません。デビュー当初の松田聖子はとてもキュートでしたが、映画野菊の墓』で前髪を上げた時、キュートさがびっくりするくらい無かった、彼女にとって前髪がものすごく重要であることを多くの人が認識したのですが、結婚以後、どういうわけか彼女はかたくなに前髪をオールバックにしていますね。

そういう小さなことから歌唱スタイルをまったく変えてきた中森明菜に至るまで、プレミアム感を維持したトップ芸能人という立場は同じでもその内容は違う、そういう変遷をそれぞれに辿っています

しかほとんどアプローチの仕方が変わっていない人もいて、斉藤由貴がそうです。

彼女場合路線変更や、あれこれ小ネタを仕込む必要もないほど、順調だった、彼女人生行事に合わせて、芸能界仕事がいいように流れて行った、だから流れに身を任せれば良かった、そういう特に恵まれた境遇にあるのが見てとれます

アイドルとしてはもちろん、芸能人として斉藤由貴ほど恵まれた立場にある人はそうはいません。もちろん、アイドルとして彼女よりも成功した人たちはいるのですが、その人たちから見てさえ、斉藤由貴境遇は出来れば替わって欲しいものでしょう。これまで取り上げてきた5人のアイドル斉藤由貴のうち、事務所を移ったことがないことがないのは小泉今日子斉藤由貴だけです。聖子明菜も、薬師丸も南野も、それぞれに苦闘と逆境がありました。小泉は天下のバーニングプロダクションの、郷ひろみと並ぶ最古参タレントのひとりとして安定した立場にありますが、その立場は結果であって、トップアイドル上り詰めて維持するためには試行錯誤セルフプロデュースを試みなければなりませんでした。斉藤由貴のみ、ただ流れに乗っているだけで、他の人が垂涎するような仕事に恵まれて、その流れがずっと維持されています

自分人間関係では子供の時からずっと不器用で苦労しているけれども、こと仕事に関しては順調だった。運動神経もあんまりよくないので『スケバン刑事』の仕事の時はあんまり乗り気じゃなかったけれど、その仕事好調視聴率もよかった。あんまりこの仕事はしたくないというのがないので、来る仕事をそのままこなしていたら、思う以上にいい結果が出て、それがずっと続いている感じです」

斉藤由貴は述べています

ただし、単に流れに身を任せているだけではなくて、彼女場合は結果を出しています。来る仕事来る仕事ホームランで打ち返している、だから次につながっているのです。こと彼女に関しては、東宝芸能と言う事務所マネージメントが的確だったのは確かでしょうが、無理やり事務所ねじこんだタレントではなくて、確実に結果を残してきたから順調であったのです。結果として彼女タレントとしての個性と、東宝芸能と言う事務所芸能界での立ち位置マッチしたとは言えますが、彼女以外のアイドル東宝芸能マネージメントを受けても同じような結果を残せたはずがありません。一方で、やはり他の芸能事務所では斉藤由貴と言う才能を活用しきれなかったでしょう。


斉藤由貴が恵まれたアイドルであるのは間違いありません。恵まれていると言うのは、女優としていい流れで仕事サジェストされてきた、歌手として楽曲の水準が高かったという点においてです。そして最初からずっと順調でした。斉藤由貴デビューが遅いアイドルで、高校三年生の時から芸能活動を開始していますが、1984年春に東宝シンデレラオーディション準グランプリに選出されたのが芸能界入りのきっかけです。よく、ミズマガジンコンテストグランプリから彼女の経歴が書かれることが多いのですが、ミスマガジン東宝シンデレラオーディションの後です。そういう経緯から彼女東宝タレントであるわけです。

東宝は言うまでもなく、大手映画会社の一画を占め、現在は業績においては圧倒的に日本トップ映画会社です(ただしそれはTOHOシネマズなどの映画館チェーンが好調からですが)。それだけではなく阪急東宝財閥中核企業であり、宝塚歌劇団グループ内に抱えていますマネージメント業務を担当する東宝芸能は、数ある芸能事務所の中でも、一番安定していると言えるでしょう。

東宝シンデレラオーディションは、東宝が久しぶりにスター発掘のために開催したオーディションで、第一回のグランプリ沢口靖子準グランプリ斉藤由貴でした。彼女たちは今では東宝の顔になっています東宝マネージメントある意味タレントの自主性を重んじる傾向もあるのですが、東宝シンデレラオーディション出身者、特に第一回の出身である沢口と斉藤については社運をかけているという面もあって、脇をがっちりとサポートして、手塩にかけて育てた、本格派を目指させた、ありとあらゆるチャンスを与えた、そういう感じです。

沢口はデビュー作が、当時、東宝看板映画だった『刑事物語』の三作目、続く二作目がやはり東宝看板作品であるゴジラ』です。沢口は『ゴジラビオランテ』にも出演していますから堂々たるゴジラ女優ですが、こういう売り出し方がアイドル売りの王道とはかけ離れていることは言うまでもないでしょう。沢口や斉藤は、学生、もしくはついこのあいだまで学生だったのですから、学園ものを演じさせればそれなりにはまったはずですが、「身近な経験から演技を構築してゆく」のではない、物語のものからキャラクターを構築してゆく演技を最初から要求されています。そういう演技が難しいのかどうなのか、演技の資質がある人にとってはかえってやりやすいのではないかと思いますが、そうではない人にとっては真夜中に霧の中を進むようなものでしょう。とにかく、日常の「女の子から演技を積み重ねてゆくような、私小説的なアプローチを封じたわけで、これは斉藤由貴についても同様です。

斉藤由貴ドラマ初出演作は『野球狂の詩』で、その次が『スケバン刑事』です。いずれも東宝制作ではありませんが、非日常的と言う点では、十分に非日常的なお話から斉藤は演技をスタートさせています


斉藤芸能活動の開始は1984年からですが、高校三年生であったこの年、彼女神奈川の県立高校に在学していたので、大きな活動はありませんでした。ミスマガジンマガジンの表紙を飾ったのと、伝説的なCM『青春という名のラーメン』に出演したくらいです。続く1985年1月月曜ドラマランド枠で『野球狂の詩』が放送され、2月にファーストシングル『卒業』が発売されました。

『卒業』が発売された時には、斉藤由貴はもうかなり話題になっていたので、『卒業』はいきなりベストテン入りして、最高6位までチャート順位を上げていますデビュー曲ベストテン入りしたアイドルは既に映画女優として実績のあった薬師丸ひろ子原田知世おニャン子の流れでデビューした工藤静香を除けば、「80年代女性アイドル格付 」ベストテンの中では斉藤由貴だけです。

そして1985年4月からスケバン刑事』の放送が始まります


ここで彼女異端性について触れておきましょう。ご存じのとおり、彼女信仰心がある人です。現代日本では信仰信心があること自体が異端で、それも仏教系・神道系ではなく、外来キリスト教信仰しているのは異端の中の異端、更にキリスト教の中でも、末日聖徒イエス・キリスト教会モルモン教)の信者であることは異端です。キリスト教新宗教派の中でも、その教義戒律おい異端性が特に濃厚なセクトです。エホバの証人統一教会比較しても、特に異端性が強いと私は見ているのですが、最近はあたりが緩やかになっているのでしょうか。2012年アメリカ大統領選挙で、共和党の候補にモルモン教であるロムニー氏が選ばれたのは意外でした。現在キリスト教おいては、全体がリベラル色を強める中、保守回帰宗派転向する人も増えていますイギリスカトリック転向する人、中南米カトリックから更に原理主義的な新教系原理主義転向する人、そういう例もかなり見られます教皇フランシスコが先日、同性愛を容認する方向についに踏み込みましたが、カトリックからキリスト教原理主義転向する人も増えるかも知れません。

そういう中でモルモン教異端であるがゆえに、より濃厚な保守主義を維持したい人たちの受け皿として浮かび上がっているのかも知れません。

斉藤由貴宗教おいても特に異端性が強いセクト信者であるわけですから、どうしても異端性を自覚して生きてこなければならなかったはずです。それが彼女に他の少女とはまるで違う、ゆらぎのような魅力を与えています。それは純粋さ、純潔さであるように見えますが、要は世界観のずれ、であるわけです。西洋人ジャポニズムに感じたような世界観のずれから生じる「発見」「新感覚の体験」、斉藤由貴はそうした未知の体験を触れる者に与えるのです。

彼女社会おい異端であることを踏まえれば、彼女ある意味おいて「生きづらい」のも当然なのですが、それでいて彼女信仰のものを相対化するようなゆらぎをも抱えています彼女が単純に敬虔信者というならば、二度に及んだ不倫など出来るはずがないのです。彼女自身はその不倫正当化はしていません。そういう意味では信仰を維持しているのは確かですし、その行為があったからと言って「魔性の女」扱いするのは不適当ですが、それほど信仰する宗教の中にあってさえ、時にやむにやまれぬ衝動に突き動かされる、異端性を彼女は持っているということなのです。

そのセクト信者であることによって社会生活おい彼女異端なのですが、彼女自身のキャラクターによって信仰仲間の中にあっても異端なのです。それが彼女の「生きづらさ」になっていますが、事が彼女信条性格に由来するために、それこそ生まれ落ちた時点から彼女はこの異端性を抱えています。だからそれが当たり前なので、ある意味、「もはや問題ではない」のです。空が青いのと同じく、生きづらいのがデフォルトなので、もちろんそれに伴う苦労はあるにしてもそれで悩むことはもはや意味がない、だから悩まない。彼女には異端でありながら底抜け楽天主義があるとしたらその根っこは諦めの境地です。


斉藤由貴特に楽曲に恵まれたアイドルです。シングルはいずれの曲も神曲レベルにあります

作詞では松本隆森雪之丞谷山浩子作曲では筒美京平玉置浩二亀井登志夫原由子らが担当していますが、いずれも彼らのキャリアの中でも一二を争う水準の作品を提供しています。これはおそらく斉藤由貴創作意欲を掻き立てる何かがある、ジャポニズムに触れたゴッホのように、斉藤由貴によって創作トリガーを引かれる何かがあったということなのですが、デビュー曲『卒業』を例に、見てみましょう。

続く

http://anond.hatelabo.jp/20130919170745

 
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