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2024-07-18

人生どん底小学校とき

私の両親は6歳のころに離婚した。

ある日突然、父が私と姉を実家に連れて行った。

父は離婚したくて、両親に相談したところ連れて来いと言われたそうだ。

母は大変驚いて、何が何だかからなかったそうだ。

ところが、祖父母は「私ちゃんは育てられない」と言ったらしい。

父は祖父会社で働いていたし、両親の手がないと子供を育てられない、自分だけでは育てられないから、両親の言うことを聞くしかなかったらしい。

祖父(父の)は祖母(母の)に電話をして、「その家を三日以内に出ていけ、お前の娘(母)は大阪に連れて帰れ」といったそうだ。

母は私と姉を父の実家に迎えに来た。私はその時のことを覚えている。

祖父母母親の言い争う声、母の泣き声、今なら母が不憫で仕方ない。

母は当時28歳とかで、父は37歳とか、実家は遠方で誰も頼れず、誰にも気が付かれず、頭のおかしい義両親にいじめられていたのだ。

母の実家サラリーマン家庭であることを馬鹿にし、週に何度も小言を言いに訪問し、二人の娘のうち、一人だけをかわいがり、母は参っていたんだと思う。

そんな状況の中で子ども拉致られ、取り返しに来たら罵倒され、姉の方は絶対に返さないけど、妹の方なら連れて帰れと母は言われたのだ。

「私ちゃんは本当に息子の子どもなのかわからないわ。」

祖母が実際にそういったらしいが、隣にいた私の父は一言反論もしなかったそうだ。

母と私はこうして二人で暮らすことになった。

別居状態で姉の親権一年ほど争っていたけど、父から婚姻費用も貰えす、離婚は成立していないので母子家庭状態かつ収入もほぼないのに児童扶養手当も貰えない状況で、母は離婚に応じるしかなかったらしい。

父は私に毎週会いに来た。父は私のことが大好きで、一緒に暮らしたいとしきりに言っていたし、なんでも買ってくれて何でも食べさせてくれた。

私は父が大好きだった。

母との暮らしは極貧だったうえに、母は病んでしまってアル中、家はゴミ屋敷だった。

家の中にコバエが死ぬほど飛んでいたし、シンクはカビだらけ、家中めちゃくちゃだった。

怖いもので、私はそんな家の中でまともな感覚を失い、その状態に完全に慣れていた。細かいエピソード割愛させてもらうが、私も母もまともじゃなかった。

そんな中、母に彼氏ができた。(離婚後、男遊びはまあまあしていたみたいだけど、さすがに育児放棄はしてませんでした。毎日帰ってくるし、男を連れ込んだりもしてません。そんな中一人の男が彼氏になりました。)

これを読んでくださっている人の中には、ヤバイ!って思った人がいるかもしれないけど、そうです、やばいです。

この彼氏DV男でした。すぐ不機嫌になるし、すぐキレるし、機嫌を取ってあげないといけないタイプでした。なんでや!!!

母はこの男と付き合いだしてから、家にいるときはずっと電話していた。マジでずっと。

母はキッチンでずっと電話してて、私はリビングで一人でご飯を食べて一人でテレビを観て、母と会話なんてほぼしない生活になった。やば。

私が母と話したくて話しかけに行くと、あっち行ってて、って感じだった。なんかかわいそうになってきた笑

まあ当然私は不愉快まりないわけで、最悪!!って感じでした。

その男と初めて会ったのはいつだったかな、忘れたけど、私と母でその男の住む地域に遊びに行った。

その時、その男は私と母をいろんなところに連れて行ってくれたけど、私は終止不機嫌。

なんせ父が大好きだったし、母が違う男に夢中になり、無理やり連れてこられ、何もうれしくないんだから

その帰りの電車で母に叱られた。

私は何も反論できなくてぽろぽろ泣いた。なんか悲しくて悲しくて仕方なかった。

そのうち私と母の暮らすアパートに男は入りびたるようになった。最悪である

母とその男喧嘩は壮絶で、すごい怒鳴りあうし、母は携帯を折られるし殴られるしガチやばかった。

私は殴られたことないけど、なんで付き合ってるのかわからなかった。

夜、私に風呂に入ってこいって命令して、私が風呂に入っているときに子作りしていた。グロすぎ。ちょっと成長してからあの時のあれって...ってなった時吐きそうになったわ。

そのおかげで、私が小3のときに母に赤ちゃんができたので、母はその男結婚すると言い出した。意味不明だった。

引っ越すから父や姉と会えなくなるし、転校することになって、今度は私が病み散らかした。

私と母は、その男が住んでいる県に引っ越した。毎週のように会っていた父とも会えなくなり、友達もいない、親戚もいない、来たこともない土地連行された。

小4にして人生どん底、母しか頼れないのに、母は新しい夫の世話と赤ちゃんに追われ、私は人生でこのときが一番孤独だった。

私の反抗的な態度に腹を立てると、男はその文句を母にぶつけて喧嘩がはじまる。

喧嘩は私のせいだと母に怒られる。

(あと母のいないところで若干セクハラされたことある実は。忘れてた。)

私と母はこのころから毎日のように喧嘩していた。今思えば、私の反抗期(?)と母の余裕のなさがベストマッチだった。

私は母に殴られるし、物投げられるし、首絞められるし、髪をハサミで急に切られるし、児相案件では??って感じだった。

母も母で、めんどくさい男の機嫌を損ねるうっとうしい娘と生まれたて赤ちゃんを抱えた貧乏生活で、すっごい大変だったんだと思う。今ならわかるよ。

まあ自分で選んだんやろって昔は思っていたけど。

当時はマジで貧乏で、母は私に、「パパに電話してお金もらって」って言ってきてた。

正直これは本当にしんどくて、父は母にお金を渡したくないから、超板挟みだった。ちなみに母の再婚後に父は養育費を払うのをやめました。

母もわかっているから、私が欲しいものを買うお金をもらう体で頼めって言ってきた。あれが必要、これが必要、あれが欲しいこれが欲しいって言えみたいな。

私はその電話を本当にしたくなかったけど、母は絶対に譲らないから、電話するまで何時間でも迫ってきた。

小学生の私はそこで折れないほど強くなかったから、父に電話してた。

父にお金をせびるのは中学生くらいまで続いたかな、父には申し訳なかった。私もつらかったんだけどね。

私は本当に病んでて、小学生の頃は腕切ってた。笑


中学校に入ってから人生楽しくなってきて、部活勉強に忙しくしてて、私の中で家庭が占める割合が減ってきたから、そこまで病み散らすことがなくなった。

母と男と弟で普通家族なのに、私邪魔じゃねって思っていたことぐらい。

でも母との仲は最悪で、喧嘩ヒートアップしてた。私も体力がついてきたので普通に殴り合いしてた笑

そういえば母はなぜか友達と遊びに行くことをよく思っていなかったのがすごく不思議。その喧嘩すごく多かった気がする。

高校受験の時はそれなりにもめた。私は県外の高校に行って親元を離れたかったけど母は猛反対。

私も頑張って説得しようとしたけど、結局無理で戦意喪失勉強する気が失せて公立落ちて私立に進学することになった。


高校に入ったらもう無敵、親に何言われようが無視。なんでも強行突破できるくらいには私も強くなった。

バイトも早々に始めたけど、はじめの一年くらいは母管理だった。普通お金取られてたけど、ほんと大したことない。小学生の頃のつらさに比べたら屁でもない。

あ、高校自分のせいで私立なっちゃったので学費バイト代で払うと申し出た。

3か月に一度13万くらいの引き落としがあって、私は月3万母に手渡し。

補助金は後から振り込まれるので、いったん払う必要があり、私はバイト代を渡していた。

私立助成が月3万ちょいあるから絶対黒字だったけど、私そんなに払わなくてよかったけど払ってた。自分私立選んだんだし、母はいるって言い張ってたし。

あと携帯代も1万円渡してたから、毎月母に4万円手渡ししていた。

からいっぱいバイトしてた。友達出来てすごい楽しかたから、別に苦じゃなかった。

さあ大学受験!私は絶対実家を出るという強い意志があったので、都内大学に進学することを決めた。

ここでみなさん心配してくださったかな、お金あるの?って

父の出番が来ました。父です。私の父は先述の通り私大好きなので、私が上京するよと言ったら大喜び、生活費を出してくれることになりました。

父は都内に住んでいます

さすがに一緒には住まなかったけど、生活費(家賃光熱費、食費)を毎月定額で支援してくれた。

わたしってスーパーラッキーガールだと確信しました。なんて恵まれてるんや。

ちなみに学費は全額借金です。これは仕方ないし文句もない、私の責任において私がしっかり返済する。

大学行けただけで大感謝。ほんと素晴らしい人生ラッキー人生

大学入学し、一人暮らしがはじまると、お金に余裕は全然ないながらも、めっちゃ楽しい生活

ただ定期的に母から金貸してって言われることがだるいくらい。消費者金融かに借金してほしくないから貸してたけど返ってこないのであげたことにする。

母と距離を置くようになったらめっちゃ仲良しになった。最高。マジ友達

私と母は一緒にいろいろ乗り越えてきた戦友で、家事育児(弟)も完全ツーオペで、離婚再婚貧乏DVも全部一緒に一生懸命乗り越えてきた戦友。

母の苦労を一番わかっているのは私で、私のことを一番よく知っているのももちろん母。

母は立派な親じゃないし、立派な人間っていうわけでもない。

親なのに、母なのに、大人なのに、って私はずっと理想の母と比べていたけど、母は母でしかないことにようやく気が付いた。

母は母なりに一生懸命やったし、母もどうすればいいかからなかったし、申し訳ないとか本当はこうしたいとか、いろいろ考えてたはず。

から今恨んだりしない。文句全然言うけど母を断罪できるほど私は偉くないし。

ちなみにDV男はDVこそしなくなったけど、(何回か警察沙汰になってる笑)いまだにわがままくそ自己中男です。

でも昔に比べたらほんと丸くなった。ちなみに私のこと大好き。マジで帰省するの超楽しみにしてるっぽい笑

さて、ただちょっとだるいことがまだありまして、父です。

父は私を溺愛しているから、私と一緒に住みたいとか、将来は一緒に住もうとか、私と暮らすのが人生目標だったとかいろいろ言ってきます

皆さんどう思いますか。

どういった経緯で離婚に至ったのか思い出してください。

私はちょっと複雑なんです。

私と母をある日突然捨てておいてって思っちゃう。姉と突然引き離して。

離婚はどっちが悪いとかじゃないとはいえ手段は悪かったんちゃいますの。

父がいなければ大学に行けてないし生活もできてないか感謝はもちろんしているけど、私と母がどんだけ苦労したと思ってます???

ついでに姉も大変病み散らかして大変こじらせていて、ヲタク高校中退のフリーター

姉が父の実家でどんな思いで暮らしてきたと思っているの。ある日突然母親を奪って。

私は母に申し訳なくて父と一緒に住むことはとてもできない。でもはっきりそう言えない。今は父に生かされてるから

これはコンプレックスの話なんですけど、いとこの存在が私の家庭環境コンプを刺激するんです。

母の妹は二人いて、それぞれ結婚して子供がいて専業主婦

それぞれ大変なこともあると思うけど、私の目には普通幸せな家庭に写る。

いとこたちは両親がそろった家で、食べるものにも住むところにも困らず、お金の苦労も知らず、本当に大切に育てられている。

めっちゃいいことなんだけど、私がなんだか惨めで。

全くの他人ならこう思わないけど、身内だから...

誰かを恨んでいるわけじゃないけど、自分が惨めで仕方ない。

私が欲しくて欲しくて仕方なくてどんなに努力しても頑張っても望んでも絶対に手に入らないものを生まれながらに持っているじゃん。

普段は接点ないから感じないけどたまに関わると自分が惨めになってて。

そんな自分が一番だるい

そんなどうしようもないこと考えるなよって思うけど、ほんとに誰にも言えなくて、誰かに聞いてもらったらすっきりするかなと思ってこれ書くことにした。

長すぎて誰も読まないかもしれないけど、私の誰にも言えない話を読んでくれたら本当にうれしいしこの気持ちが晴れる気がする。

家庭環境系の話って友達にできないんだよね、重すぎて。

読んでくれて本当にありがとう。読んでくれる人がいたらまた思い出話させて。

一人暮らし週末作り置きシリーズ

一人暮らしの週末作り置きで、一品にあまり手間をかけずに一度に4種ほど作って、お弁当にしたり夜食べたりしている。

調味料オーバーラップしてるものが多く、手順は簡単に。こう言ったものの引き出しが多いと、あんまりやる気がない週末でもいくつかは用意できる。

保存容器はたくさんあったほうがいい。

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調味料

米油

ごま油

白だし

料理酒

みりん

醤油

ポン酢

砂糖

鷹の爪

ホールコショウ

・酢(かんたん酢がいい)

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原材料

・季節の野菜

・紫たまねぎ普通玉ねぎでもいい)

・卵

手羽元

鶏肉細切れ

ぶなしめじ

油揚げ

えのき

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えのき簡単なめたけ

1.えのきは袋ごと、ふくろの色が変わってるラインで切って、ふさをほぐす

2.フライパンごま油を引き、熱くなったらえのきをほぐしていれる

3.酒、みりん白だし醤油を入れ、鷹の爪を輪切りにして入れる

4.適当に水気がとんだら以上

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かんたん味玉

1.卵はお尻に小さい穴をあけるか、シンクの角なんかでちょっとます程度にヒビを入れておく

2.鍋に水と卵を入れ、12分ほど茹でる

3.冷水のボウルで熱を取り、カラを剥く

4.保存容器に適宜水で薄めた白だしを入れ、醤油を加え、卵を沈めて以上。味がつくまで冷蔵庫半日くらい

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野菜の焼き浸し

以前、増田でバズったやつは自分もやってる。

1.フライパン米油を引き、季節の野菜を炒める(一手間かかってしまうが、皮ごと5分ほどレンチンしたとうもろこしに焼き目をつけるのも夏っぽくていい)

2.白だし、酢、鷹の爪の入った保存容器に、焼いた野菜を沈めて以上

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手羽元ポン酢

1.鍋に油をひき、手羽元に軽く焼き色がつくまで焼く(鍋が引っ付くならフライパンでもいい)

2.手羽元の入った鍋に、白だし(濃縮だろうから適宜薄める)、ポン酢を同量、大体手羽元かぶるまで入れる(大さじ2杯ほどみりんを足してもいい)

3.キッチンペーパーで落とし蓋を作って、20分ほど煮込む(アクは気になるならすくっていいけど、そこまでしなくてもいける)

4.好みで水分を飛ばすまで詰めてもいいし、汁気が残ってもいい。以上。

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玉ねぎピクルス

1.紫玉ねぎを薄切りにする

2.ボウルに入れ、塩を振って揉んで15分ほど放置

3.酢、砂糖ホールコショウを軽く熱して(要は砂糖が溶ければよく、電子レンジでもいい)、少し水を足して薄める

4.玉ねぎを少し絞って、保存容器に入れ、3の液をかぶるくらい注ぐ。以上。酢とアントシアニンが反応して翌朝くらいに真っ赤になっている。

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鳥としめじ炊き込みご飯

1.米は2合、普通に研いで、炊飯器に移し、白だし大さじ1、みりん大さじ2、酒大さじ2、醤油大さじ2.5を入れたあと、合計で2合分になるくらいの水を注ぐ

2.ぶなしめじ油揚げ、鳥コマを入れて、30分くらい米を浸水させる

3.普通に炊く(一人用3合だきで、3合とか欲張るとジャーに入りきらず炊飯できなかったりするので、2合が限界だと思った方がいい)

4.45分後くらいに炊き上がるので、まぜて以上。

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炊き込みご飯は意外と色々できて、冷食の唐揚げや、とうもろこし、変わったところでは梅干しなんかも美味しい。

気をつけるべきなのは白だし塩分で、大抵は濃縮なので、まま使うとかなりしょっぱい。

煮汁に入れるなら薄まるので、大さじ1とか1.5とかでいいが、味玉や焼き浸しなんかの時は結構水で薄める必要がある。

一個一個が極限簡単で、煮炊きや塩でほっておく時間があるので、その間に別の作業も進めておくと、案外いくつも作れる。

ポン酢冷奴などにかけると美味しい。搾菜があると尚良い。

2024-07-17

突発自炊おばさんの調味料は4つだけ!

実家寄生しているタイプのこどおば、一人暮らしもせずだらだら実家暮らしてたら気付いたら親が高齢者。で、外で転んで骨折して入院。事前準備なしに自炊生活突入

増田スキルは米が炊けて味噌汁作れて枝豆茹でられるけど肉の調理レシピ必要レベル

冷蔵庫に肉や野菜買い溜めてあってなんとかする必要があり、とりあえず冷蔵庫の中身を確認しつつ1年以上の住民にご退去いただくなどで使い方の分からん肉を冷凍庫移住させることに成功、親の退院まで問題を先送りする。

宅食(※最重要)を頼みつつ、冷凍庫行きにできない食材……使いかけや食べ残し野菜などをなんとかするにあたり少し自炊した。

プロ料理増田がなんか言っていたが、急場(1ヶ月強)を凌ぐのに増田が使った調味料は4種類。

1.塩

野菜茹でたり枝豆茹でたりマグロ解凍したり。ほうれん草小松菜ブロッコリーアスパラはとりあえず茹でて食う。

2.油

フライパンと相入れないものの、どうしても肉の調理が発生するので炒め物するために油。我が家にあるのはサラダ油だった。テフロン加工? 知らん、多分ハゲてる

3.味の素ほんだし

→だし巻き卵風のなにかが作れるプラ容器のやつ作るのに必要。あと我が家味噌はだし入ってないタイプなので別で入れる必要がある

4.コンソメキューブ

脳死で作れる唯一の手持ちレシピ、鍋にカット野菜(八宝菜用がおすすめ)とコンソメキューブ2つ入れて水ヒタヒタにして沸かしたら終わり、な野菜スープ調味料。唯一の手持ちレシピというのは『親が二泊三日でお出掛け』『親が体調不良』みたいなとき何度でも縋りつく依存レシピなので常備必須だが、世間一般として常備すべきかと問われれば疑問。ヒガシマルうどんスープの粉常備してる人とカテゴリ的には同じだと思う

おまけ。なくても大丈夫だが、ある方が自分に優しい調味料:5.醤油・6.マヨネーズ

→主に味のない食材にかけて食べる。醤油はおかずが思ったより味薄かったりした時にもかけるとなんとかしてくれるスーパーマンマヨ生野菜を食う時に虚無(-_-)から美味しい(;ω;)にレベル上げしてくれる救世主

おまけ2。砂糖は実は使ったんだけど、パン作りに使ったので調味料というよりは材料。突発自炊としてはなくていける。パン自分普段はなんでもいいんだけど、親はショートニング嫌いなので退院直前のみホームベーカリーを稼働させた。バターバカ高くてビックリした

10年の付き合いの親友と縁を切った話

●はじめに

これは相手に向けて書いたものではなく、相手批判する意図はない。

もしこれを読んで相手批判しているように思えたのならそれは私の表現力の乏しさによるものである

また、フェイクを入れずに書いているので、両者の友人知人は「もしや」と感じるかもしれない。

だとしても二人に触れずにそっとしておいてほしい。

以上のことを踏まえて、了承していただける方のみ先を読み進めてほしい。

登場人物

私=筆者

一次創作をする。

絵と文章を嗜む。

A

私の親友だった人物

絵を描くことが生きがいであり、人生のもの

この文章は、Aとの出会いから別れまでの備忘録私自身の反省のためのものである

再三になるが、この文章にはAを批判する意図はない。

●Aと私の関係

Aと私は高校入学して出会った。

そして縁が切れたのが我々が28歳になる年の2月ごろ。

10年を共に過ごしてきた仲だった。

間違いなく、一番仲が良かった友人だった。

高校3年間はクラス替えもなく、いろいろな話をして、真剣な話もして、時には喧嘩をしたりすることもあったが、それも乗り越えてきた。

大学は別々の道に進学することになったが、それでも毎日のようにLINEで会話を交わし、時々二人で遊びに行っては日が暮れるまで話し、解散後も夜が明けるまでLINEで話をしていた。

大学卒業してからもその関係は変わらない。

私が新卒入社した会社研修で2か月東京に行くという話をしたときはとても寂しがってくれたことを今でもよく覚えている。

Aは絵を描くことが好きだ。

絵を描くことが好き、と一概に言っても色々幅があるが、私から見ればAの「絵を描くことが好き」とはAのアイデンティティであり、Aの人生のものなのだと思っている。

自分気持ち言葉にするのは少し苦手のようだったが、感情を絵に込めるのは大得意でAの描く絵には喜怒哀楽様々な感情が乗せられていた。

私も少し絵を描けるが、どちらかといえば絵を描くことは好きではなく自分の描く絵は好きという難儀な性格をしている。

そんな私と比べると、Aの絵に対する思いは尋常じゃないものなのだと思う。

Aは私の一次創作ファンだった。

私の作ったキャラクターお話ファンで、この世のキャラクターの中で一番、私が作ったキャラクターが好きとまで言われたこともあった。

Aは私のキャラたちのファンアートをたくさん描いていた。

そのキャラたちしか描いてないのではないかという時期があった程度にはたくさん。

Aが絵を描いてくれることが嬉しくて、私はAにたくさん自分創作の話をした。

長くなったがここまでが大まかなAと私の関係である

●事のあらまし

Aと私は今までの一次創作の積み重ねを本にしたいという話になった。

私が書いた小説や、私から聞いた話をもとにAが描いた漫画の断片はいくつかあれど、それらを本という形に残したくなった。

そこで一次創作同人誌即売会を調べ、Aと私の二人で本を出すことになった。

私は今まで書いた小説を集め、書き下ろしの話を追加した短編集などを3冊作り、Aは私が文章で書いていた短い話を漫画の本にした。

ところが肝心の即売会は諸事情で中止となり、半年後に延期になってしまった。

頑張って作った本たちはひとまず通販に置いて、Twitterフォロワーを中心に頒布することができた。

半年後になってしまった即売会を待つ間、Aと私は喧嘩をしてしまった。

Aが私の地雷を踏みぬき、私が苦言を呈したこときっかけだった。

私としてはその場で謝罪をもらって、それで終わりで良かった。

喧嘩をしたつもりはなかったのだが、思えばAの様子が変わったのはそこからだった。

多分おおもとの原因はここなのであろう。

Aの様子が変わり、Twitterにも出てこなくなったことが心配で、私はAに手紙を書いた。

Aと大事な話をするときは、手紙を書くことがしばしばあった。

その手紙きっかけでAと仲直りをすることができた。

仲直りをしたとき電話で、数か月後に迫った即売会の話になった。

「せっかくまだ少し時間もあるし、もう一冊本を作りたい」とAに伝えた。

Aもそれに賛同してくれたので、私は本の攻勢について説明した。

前に話していたネタで、漫画の本を作りたい。長くなりそうで作画が大変だから、今回は私が全部作画をする予定で、と。

Aは「あの時のネタか」と喜んでくれ「すごくいいね」と言ってくれた。

その会話の中でAが言った。「その漫画読みたいな、何なら私が描きたいくらい」と。

しかしどうにも作画コストがありそうなので、Aに全部描いてもらうのは申し訳ない。

だがAがそこまで言ってくれたのが嬉しくて、Aにも制作に参加してもらえたらと私は返答した。

結果、表紙と人物紹介ページの立ち絵だけAに作画を頼み、あとは全て私が自分で描くことに落ち着いた。

そして私は自分が描く予定で考えていた表紙のラフや、キャラ立ち絵ポーズイメージを送り、Aに制作をお願いした。

私は今までAが描いてきたファンアートに対して何か対価を支払ったことはなかった。

強いて言うなら「新しくお話を作ること・考えること」を対価としていたのかもしれない。

だが先の喧嘩のこともあり、好意で描いてくれたものに対しても何かお返しをしたいと感じていた。

なので今回の制作に対しても「お礼をする」とAに伝えていたのだった。

Aの作業も私の作業も少し進んだころ、二人で遊びに行く機会があった。

そのときに私はAに「お礼として晩ご飯ご馳走するよ」と伝えた。

Aはそれを聞いて少し渋い顔をしたあと「じゃあ2回分で」と答えた。

Aの返答に少し違和感はあったが、私は2回分の晩ご飯をご馳走することを了承した。

だがしばらくした後、Aから晩ご飯2回分と、表紙・立ち絵を描くことは釣り合ってないと思う」と言われた。

私はさら違和感を覚えた。

もともと私が全て描くつもりで考えていたものを、Aが描きたいと言ったから急遽参加してもらうことになったのだ。

まり好意で描いてもらうものに対して、私も好意でお返しをするという形だったはずだ。

どちらかと言えば同じサークルメンバーで1つの本を共同制作する形に近い認識であった。

から「"依頼"に対しての"対価"が釣り合ってない」と言われたことは、私としては違うと感じたのだ。

しかし、自分の描きたい絵を後回しにして人からまれた絵を描くことは大変なのは私にも分かる。

「じゃあ、何なら釣り合うと思う?」とAに聞いてみた。

Aは「考えておく」と一言。この話はこれで一旦おしまいになった。

Aから"対価"の話はされないまま、その後もお互い制作を進めた。

とうとう絵と漫画は完成し、本が出来上がった。

私は刷り上がった本を一冊と、同時に一人で制作していたグッズを合わせてプレゼントした。

Aのリアクションには違和感があったままだった。

本を開き完成した漫画を読み、楽しそうにリアクションを取るAの姿は、無理をしてそのように演じているように見えた。

長い付き合いなので、Aが気持ちを抑えてそれらしく振舞う癖があること、しかしそれが下手でバレバレなことは私にはわかっていた。

Aはそのときも、何かの感情を押し殺してそれらしく振舞っていた。

そのまま迎えた即売会当日。

その日はたまたまAの誕生日でもあり、私は今回のお礼と誕生日プレゼントを兼ねていくつかプレゼントをした。

細かくは覚えていないが、確かお土産菓子と、Aが一番好きな私のキャライメージ香水

それからAは自分へのプレゼントとしてiPadを購入していたので、1000円ほどの有料のイラストアプリを入れてもらおうとiTunesカード1500円分をあげたのは覚えている。

iTunesカードは突発的な思い付きで、昼ご飯を買いにコンビニに買いに行ったときにふと目についたのだ。

「昼ご飯買ってきたよ。あとこれはい、あげる」と、さらっと渡したのだが、Aのリアクション

「はあ……」と言ったものだった。

即売会も終わりに近づいた時刻、Aから「そういえばお礼の話だけど」と話が始まり「いろいろ考えたけど、1万円で」と告げられたのだった。

……イラスト有償依頼で、表紙(カラーイラスト)と立ち絵名分を依頼した、となると確かに1万円は破格だろう。

しかし今回の話は果たして"依頼"だったのだろうか。

友人同士の"共同制作"ではなかったのだろうか。

"共同制作"ならAが「印刷費をいくらか出した方がいい?」と聞いてきた際に頂いておいたほうがよかったのだろうか。

私にはわからなかった。数年経った今でもわからない。

私は1万円を支払わなかった。

友人同士で金銭のやり取りをすることに抵抗があったからだ。

その代わり1万円分のお礼はすると伝え、今回渡したプレゼントはお礼も兼ねていることと、今日ご飯代、打ち上げカラオケ代で1万円くらいになりそうだから、それでどう?と言った。

続けて「もし対価としてお金要求するなら、それは話を引き受けるときにするべき話で、後から1万円でと言われても了承はし難い」と伝えた。

「今回はお互いのすり合わせがちゃんとできてなかったから、それは両方の責任だと思う。お礼に関してはあくま好意で渡している。もし足りなかったら今後遊ぶときに代金持つよ」とも伝えた。

Aは最後まで納得がいかなそうな顔をしていて、頑なにカラオケ代を受け取ろうとしなかったが、私はそれらの代金を全て押し付けて、その日は解散になった。

あくまで私の価値観として、金銭が発生するやり取りは"契約"だと思う。

"依頼"を受ける"対価"として「これくらいの金額で」と提示し、双方合意の上で契約が成立するものだと思う。

今回はただの口約束で、そこに契約など存在しなかったのだ。

「描いてもらいたいんだけどいい?」「描くよ」「ありがとう。お礼はするよ」

そこに金銭のやり取りが発生するとどちらも言わなかった。

私はこのやり取りのことを友人同士の口約束だと捉えていたのだった。

Aはその後、即売会の後処理や事務的なやり取りを私と交わし、私と連絡をすることはなくなった。

またもや大変長くなったが、ここまでが事のあらまし。

●縁切りに至ったきっか

約1年、Aと会話をしなかった。

そんなことは今まで初めてだった。

AのTwitterからは私のキャライラストが消えていた。

しかし連絡がなかったとは言え、TwitterLINE相互のまま。

リアル友人用のインスタも見られる状態にあった。

まだ縁が切れたわけじゃなかったのだ。

私は中途半端状態が好きではない。

Aが私に対して思うところがあるのは嫌でも分かった。

まだ友人関係を続けるなら清算必要だし、縁を切るならそれはそれも仕方がない。

迷ったが、Aの誕生日に「おめでとう」と送った。約1年ぶりに発した言葉だった。

そのときのやり取りは消してしまってもう残っていないので、事実とは異なる可能性がある。

ぽつりぽつり、とぎこちなくやり取りを交わしたが、かつての親友を歓迎する雰囲気は全くない。

まだ怒っているか尋ねたところ「そうだね」と返事が来る。

「私のことが嫌いになったならもう現れない。あなたの前からいなくなる」と縁を切る提案をした。

とてもとても時間が空いて、Aから「嫌いとか、勝手に決めつけるのやめてほしい」と返事が来た。

『なんだその返事は。どう考えても「お前もう無理」が態度ににじみ出てるんだよ』

そもそもお互いちゃんとすり合わせができてなかったことが原因だからどっちも悪いところあったんじゃないのか』

『なんで私だけが悪いみたいな態度を取られなきゃいけないんだ』

『謝ろうにもそっちの意見を聞かない限りは本当の謝罪なんて無理だろう』

『いい加減自分意見を隠して察してちゃんするのはやめろ』

私のこのときの率直な思いだ。

しかし、まだこれなら修復ができるかもしれない。

「私は今でもまだ友達だと思っている」と伝えると「私も同じかな」と返ってきた。

しっかりと話し合う時間が欲しかった。

会う約束をすることになったのだが、いろいろあって実際に会えたのはさら半年後だった。

ちゃんと話し合おう、主観で悪かったと思うところは謝って、相手の口からもきちんと思いを聞いて、

粗相があるなら謝ろう。誤解があるなら解けるまで言葉を交わそう。

そう思っていたはずなのに、久しぶりに会って私の口から出るのは、薄っぺらい近況話や中身のない話だった。

その日の私とAは、傍から見ればいかにも友人っぽかったと思う。

しかし確実に、距離が空いていた。お互い腹を探りあっていた。

私に至っては。もはやAのご機嫌取りに近かったのかもしれない。

いかにも友人っぽい二人は、大事な話もできずにいかにも友人っぽいまま解散してしまった。

その日を境にTwitterなどでやり取りは再びするようになったが、心理的距離は変わらないままだったと思う。

それでも私の誕生日には簡単イラストが贈られたので、私もAの誕生日イラストを贈った。

私はその年、結婚式を挙げる予定があったため、Aのことも誘ってみたのだが

Aはその日どうしても外せない予定があったらしく、申し訳なさそうな顔をして断られた。

しかし祝福はしてくれていて、Twitterに載せた前撮り写真にもコメントをくれたり、

ドレスの色の相談もしたりしていた。

式当日の写真にも、いいねコメントがきていた。

行くことはできなかったけど、祝福はしているという雰囲気であった。

年末、式に招待した人たちに年賀状を出そうとリストを作っていたところ、

招待したけど来られなかった人にもお礼状として年賀状を出そうと考えた。

AにLINEで住所を聞いた。Aの一人暮らし先の住所は知らなかった。

Aからは「正月帰省しているので実家に送ってほしい」と返事が来た。

私は過去年賀状ファイル実家に置いてきていたため、再度実家の住所を聞き、送った。

送った年賀状は「あて所に尋ねあたりません」のスタンプが押され、返ってきた。

Aに聞くと「省略した住所だったからかな?これが正式な住所だから送ってみて」との返事。

住所を訂正し、切手を貼り直し、再度送った。

再び、スタンプが押され返ってきた。

原因はどうやら転居届を出していたことだと分かった。

Aに「一人暮らし先の住所教えて。それか、直接渡すからどこかで遊ぼう」と伝えた。

Aは「年賀状のためだけに会うのは申し訳ないし、仕事が忙しくなりそうな予感がしてるから

しばらく遊ぶのは無理かも。何か手間かけない方法で……局留めとかできないかな」と返信した。

(やりとりは削除済みなので記憶だよりである

……私はもう疲れてしまった。

わずかに繋がっていた糸が切れてしまった感覚があった。

Aの仕事は土日休みだし休日出勤もなさそうなのに。

年賀状のためだけに会うのは申し訳ない」はどう考えても「会いたくない」の言いかえだと思う。

局留めなんて提案バカバカしい。住所を教えたくないだけなのがよく分かる。

「分かった。じゃあ会わなくていいから、どこかで話をする時間がほしい」

私はそう伝えたが、これは仲直りだとか謝罪だとかのためではない。絶縁のための話がしたかった。

しかし、Aからの返事が来ることはなかった。

話したくないの意志のものだったと思う。

話したくないことはよく分かったがそうも言ってられない。

私たちが縁を切るにはもう少し事務的手続き必要だった。

大事な話なので」と念を押しても無視された。

Aは私の連絡は無視し、Twitter更新を続けていた。

LINEブロックされたのかと思い、確認してみたがそんなことはない。

ただただ、無視をされていた。

日経って、AがTwitterでスペースに参加しているのが見えた。

別のフォロワーホストのスペースにスピーカーとして参加しているようだった。

よく見てみると、スペースに入る際に匿名で聞く機能が追加されているのが分かった。

盗み聞きのような気分だったが、そういう機能があるのだから使ってみることにした。

他愛のない会話。Aは楽しそうにしていた。

少なくとも元気であることが分かって一安心

同時に無視意図であることも分かった。

私はAに追加でLINEを送ってみることにした。

目につきやすいように、短文で3件ほど。

わざと気を引くような言葉も選んだと思う。

スペースで何か反応があることを期待したものだった。

しばらく待つと。案の定Aはその件について触れ始めた。

そこからはもう出るわ出るわ本音の嵐。

それを聞いたフォロワーも一緒になって私への悪口を言う。

いや中学生か……。いい歳した大人が……。

だがしっかりと聞きたかった言葉を聞くことができた。

「まあ、私(A)の中ではね、友達としてはね、もうあのときで終わってるから……」

これだ。私が聞きたかったのは。

私は確信を持ちたかったのだ。

その後、スペースは「謎の匿名リスナー」の存在がばれたため、

アカウントの方へ移行していった。

私はAの全ての連絡先を削除し、SNSブロックした。

そしてAとの関係肯定するものをすべて処分した。

Aからもらった絵も、渡すはずだった年賀状も、一緒に撮った写真も何もかもすべて。

Aの魂のこもった絵を処分していくのはさすがに心が痛んだが、私にはもうすでに必要のないものだった。

絵を捨てることで、私はAという存在すべてを否定した。

実家を出て、新居に必要ものだけ持ってきたはずだったのに、やたらとAの痕跡が多かったことを私は忘れないだろう。

(余談……事務的手続きをやり残したまま処分を始めてしまったため、後始末に少し苦戦した。

他人も巻き込んでしまったためここは大いに反省すべき点だと思う。)

主観と推測と反省

タイムマシンがあったら戻るか?と聞かれても、私はもう戻ることはない。

やりなおしたいわけではないが、自分の行動のどこがまずかったのかは今でも考える。

私はあのとき、ポンと1万円を支払っていればよかったのだろうか。

誕生日プレゼントとお礼を混合したのが良くなかったのか。

そもそも、お礼に何をするかを前もってすり合わせておくべきだったのか。

いっそのこと、自分の本なのだから他人に絵を描いてもらおうなんて思ったこ自体が間違いだったのか。

……恐らくすべての点で間違っていたのだろうと思う。

Aはきっと、私に対して「自分の絵(=自分人生のもの)に対して1万円の価値もないと思われた」と

感じているのだろう。

もちろんこれは断固否定するが、そんなことは決してないし、Aの絵と絵に向き合う姿勢リスペクトしていたつもりだ。

だが、思っていてもそれが相手に伝わらなければ意味がない。

私の思いはAに伝えたつもりだが、その通り受け取られなかったのなら、それは私の言葉表現方法が悪い。

そもそも受け取ってもらえなかったのはきっと今までの積み重ねもあるのだろう。

私の信用は、もっと前には既になかったのだろう。

Aが私に対して「許せない」と感じているのはもう仕方がない。

許されないことも仕方がないと思っている。

しかし、今でも私はきちんとした謝罪ができなかったことを悔やんでいる。

Aは私の謝罪必要としていないのかもしれない。だが私が謝罪をしない理由にはならない。

人間として、相手のことを本当に大事に思うのならば、きちんと謝罪をするべきだったのだ。

ここまでで書いたことはあくまでも私の主観に基づいたものだ。

ない頭を振り絞りAの立場に立って考えたつもりではあるが。本心はAにしかからない。

Aの本心を聞けなかったこと、強引な手段しか本音を聞けなかったことも非常に後悔している。

何にせよ、もう私たちは戻れない。二度と戻ることはできない。

Aが私を許せないのと同じくらい、私もAのことが許せないのだ。

かつての親友であっても、二人の共通の友人とは今は関わりがほぼない。

共通コミュニティに属していない以上、時間とともに価値観の相違は生まれものだ。

Aも私も、少しずつお互いにずれていっただけなのだと思う。

Aが使っていた「ばかたれ可愛い」という語彙がなんとも下品で嫌いだった。

家に招いたとき、部屋中に飾った好きなキャラのグッズやぬいぐるみを見て

ちゃんと定期的に埃とか取らないと汚い」と言ったことが許せなかった。

言いたいことをはっきり言わずに態度に出まくりなところが本当に嫌だった。

自分けが被害者のような態度を取られるのが不満だった。

誰が聞いてるかもわからないオープン場所で人の悪口を言ってる姿が情けなかった。

「もうとっくに友達じゃない」と思っていたのならさっさと切ってほしかった。

友達として終わってる」なら私の結婚関連の祝いの言葉は何だったのか。

これらは全てAが悪いのではなく、私の価値観に合わなかっただけである

それでも私はAを許さないと思う。

Aが私を許さないのではない、私がAを許さないのだ。

以上、非常に長く見苦しい文章を読んでくださった方に感謝します。

電子レンジ

鼻毛脱毛ワックスを溶かすためと

買ってきたマクドを温めなおすのにしか

使ってない。

ので、

一人暮らし先で電子レンジを買うか迷っている。

だれか背中をおしてくれ。

乾物Tierリスト自炊そこそこする勢)

調味料が盛り上がっていて楽しいので、常温or冷凍で常備できる食材についてもいろいろ話したい。

とりあえず自分自炊歴15年、最近家族ができて料理当番)のランク付け、だいたい主菜汁物副菜1~2品をつくってる

他にお勧めのものがあれば教えてほしいな。(乾物と書いたけれどそうじゃないものも多い件については目をつぶってほしい)

なお、書いたあと思ったけれど基本副菜けが多く一人暮らしだと必要なさそうなのが多かった・・・

<Tier S> (自炊そこそこでもオススメ

乾燥ワカメ

味噌汁によし、サラダによし、キュウリと合えてもよし、うどんの具によし。

自炊そこそこ勢でももっていて損はない一品。最強。

<Tier A>(自炊をしっかりするなら持っていて損はない)

揚げ玉

うどんの具によい、これに尽きる。さらたこ焼きにも使える。

うどんはサクっと朝食昼食済ませたいときに重宝するので、ランクがあがってしまう。

個人的乾麺より冷凍さぬきうどんが好き。

鰹節

おひたしに振りかけるだけでそれっぽくなる。お好み焼きにも嬉しい。

なお、これだけで出汁をとろうとするとコスパが悪いと思う。

・刻み油揚げ

乾物…?だが冷凍できるので。

味噌汁によし、おひたしによし。ほかの煮物との相性もよし。

昆布

余裕があるとき、30分~1時間水につけておくと、お上品な味わいになる気がする。

しゃぶしゃぶ鍋や鯛めし炊き込みご飯に使うことが多い。

ラクしたいときは本だしや白だしをつかう。

出汁をとったあとの昆布も切り昆布かにして食べる。

ごま(いりごま、すりごま

おひたしにも使えるし、自家製胡麻ドレッシングをつくるときや、ナムルに重宝。

他にもさっと振りかけるだけで風味がでるので、持っていて損はない。

<Tier B>(副菜をつくるなら、レパートリーとして)

塩昆布

昆布とは別。自分はあまり使わないが家族が好き。和え物によいしお手軽。

キャベツトマトキュウリと相性がよい。

・花海老

おひたしに振りかける際、鰹節にかわるレパートリーとして。なんか凝った感もでる。

意外と安くて長持ちする。

大豆

意外と大豆って意識しないと使わないよね。しかも一部の煮物くらいか

セットアップ(水に6時間つける)の時間もかかるし。ただ冷凍できるので作りためておけばいい。

ひよこ豆

大豆よりこちらのほうが汎用性高いのではと最近思っている。エスニック食材屋だと安く買える。

同じくセットアップ時間かかるので、冷凍しておくのがよい。

サラダトマト系の煮込みに良い。大豆代用にもなる。変わったところだと中東料理フムスのメイン材料

春雨

自分春雨サラダくらいにしか使わないけれど春雨サラダがおいしいので。

他にチャプチェかにも使えるのかな?鍋にいれてもいいのかな。

・きざみのり

うどんそばそうめん、漬け丼に。冷凍可能

<Tier C>特定料理専用

豆鼓

ほぼ麻婆豆腐専用機増田麻婆豆腐が大好きでよく作るので常備

切り干し大根

切り干し大根専用だけれど味噌汁にいれるとうまいしかったりするので、もっていてもいいのかも

ひじき

ひじきレシピひじき煮物ひじきごはんしか思いつかない…。

でもひじきを食べたいタイミングはしばしばくる。

<Tier D>趣味領域

タマリンド

南インド料理タイ料理にたまにつかう。

炭酸で割っても美味しいしそこそこ安いか個人的に好き。

・松の実

ペペロンチーノ専用?高い

エスニック系豆(レンズマメ、キマメ

インド中東料理専用。逆にそれらをつくるなら必須ダルカレースープetcにつかう。エスニック食材店で安く買える。

最近少し火を通したレンズマメのひきわりを松の実の代用としてペペロンチーノにいれると美味しいことに気付いた。

・にぼし

出汁専用か?茅乃舎の出汁パックが便利すぎて使ってない・・・

一人暮らしはじめてめちゃくちゃ太った

料理が楽しすぎるのが全部悪い

2024-07-16

調味料Tierリスト(ルーキーシルバー帯まで)

調味料何買ったら良いんだ?という増田が定期的に出るので2024年版の初心者向けの調味料ティアリスト作ってみた異論は認める)。

一応、料理研究家業で食っててメニュー開発案件とかで貰うの含めると、年間100種類以上はいろんな調味料触ってますマニアックオススメブランドとかも色々あるけど、とりあえずはスーパー(オオゼキ)で買えるベースで書いていこうと思う。

判断基準

まずは先に判断基準書いておくと、

・使うメニュー対応範囲が広いものが高ランクメニュー限定みたいなのは評価下げる

・保存が楽なもの気持ち加点要素。

・調味難易度が低いのは、ルーキー帯なので加点評価ネットで調べてレシピ通りに作れるゴールド帯以降の人達に向けては書いてない。手なりで、かける、混ぜる、ぶちこんで炒めるが成立するものは高評価

・一応スト6勢用語使ってるのでわからない人向けに書くと(未経験ルーキーブロンズシルバー—(中級者の壁)→ゴールドプラチナダイヤモンド—(上級者の壁)→マスターレジェンドプロレベル)となってます。今回はシルバー帯までの人向け。

・上にも書いたけど、レシピ調べて調味料を揃えてちゃんと分量計測して作れる人はゴールド帯だと思うんだ。君たちは十分中級者以上だよ!!

<Tier SS自炊しなくても、絶対必須

濃口醤油

刺身やヤッコから煮物まで絶対必要。塩や砂糖よりそのままぶっかけて使えるので優先度は高い。ルーキー最初に買うべきは「真空容器」の500cc以下のサイズ醤油醤油香り劣化が早いので冷蔵庫保管が基本。使い切る速度も早めておくと良い味が保てる。

黒胡椒

ほぼ全ての肉料理洋食にかけるだけで美味くなる。テイクアウト牛丼コンビニパスタ胡椒追加でかけてもクオリティがあがる。風味がめちゃくちゃ大事なので絶対ミル付きを買おう。挽きたては全然香りが違う。詰め替えできるミルタイプを選ぶと買い足す時リーズナブルだぞ。

<Tier S>これがあれば意識低い自炊は余裕。

米油

炒め物や焼き物、などで必要となる香りのない油。その中でも初心者オススメは圧倒的に米油サラダ油と比べて断然酸化しにくく、使い切りが遅くても比較劣化しにくい。ただ若干値段が高いので、揚げ物とかでドパドパ使いきるならキャノーラ油でよい。

・万能タイプ濃縮麺つゆ

中級者帯までは、めちゃくちゃ使える。煮物、炒め物、和えもの、これ一本で大体全部いける。麺つゆで味付けする、お手軽レシピ死ぬほどネットに転がってるので料理バリエーションを増やすのも簡単。甘さがブランド結構違うので自分の好みを探し当てるまでは色々と試すと良い。個人的には甘味少なめの創味のつゆが好き。

鶏がらスープの素

これも初心者向けとして非常に優秀。純粋味の素と違い、塩と鶏の味が入ってるので味付けが簡単。お湯に溶かすだけでスープとして飲める。そこに溶き卵と刻み葱いれてごま油たらせば、ほぼ店の味。自炊でなんか美味くないなぁってときは、大体これ入れればオッケーにしてくれるリカバリー力も魅力。ウェイパーとか創味シャンタンとかの中華出汁タイプも便利。時々意識高い人向けに成城石井とかで化学調味料無添加のもあるけど、酵母エキスが入ってるので無理に選ぶ必要はないぞ。

焼肉のタレ

甘しょっぱい系の炒め物は全部これで完結。肉+ネギ焼肉のタレで作る炒め物は5分で作れる限界メニューとして、押さえておくと良い。注意点としては、焼肉のタレ系はバリエーション豊富パッケージも魅力的なので買い集めたくなるが、大体同じ方向性の味なので複数は買う必要がない。実家と同じブランドにすると一人暮らししても実家飯に近い味が作れる。味研の焼肉のタレが上手いけど賞味期限が短いのがネック。

ほんだし

味噌汁作りたい時や煮物系の出汁として使う。あとは和風パスタかにも使える。ペットボトル緑茶ほうじ茶に本出汁溶かせば、限界冷やし茶漬けとかも作れる。ゴーヤチャンプルーみたいな炒め物を本だし使うと味付けが楽。これベース鰹節系なので実は味噌汁で使う場合味の素を追加で入れると一気に美味くなる。注意点としては、開封後半分残した時は冷蔵庫保存すること。常温で適当放置するとゴキブリが湧く。


<Tier A>ちゃん自炊をするなら、欲しい。

・塩

塩は最も基本にして最重要調味料であるが、かなりの料理上手でも扱うのが難しい調味料なので、この位置。ただ中級者以上を目指すのであれば塩決めは避けて通れないので頑張ろう。まずは肉を焼くときに肉の重量の1%塩を振るところから塩加減を学ぶと良い。塩は色々種類あるけど、まずはサラサラした精製塩or焼き塩が振りやすいのでオススメ。とりあえずは伯方の塩(誤字なおしたんゴ。ごめんやで。許して)の焼き塩を買おう。

ごま油

中華系の料理に使うだけでなく、やみつきほにゃららみたいなレシピには大体使う。シンプル香りある油の中でもゴマ油はそのまま使って美味い。掛けタレ、ドレッシング、炒め物と応用範囲は広い。太白とかではなく普通黄金色のやつを買う事。これもまぁまぁ酸化やすいので、小さめの容量推奨。

オリーブオイル

パスタをはじめ洋食系の油はほぼコレ一択OK円安オリーブの不作で値段やばい事になってるけど、やはり欲しい。オリーブオイルオイルでも代用できないかなとつかってみたけど、味的にちと厳しかった。あとオリーブオイル酸化やすく、酸化したらくっそ不味くなるので少量で買って早めに使い切りたい。冷蔵庫入れると固まるので使いにくくなる。

ニンニク/ショウガ

フライパンで油を温めるスタート料理には全部入れて良い万能選手。そして入れるだけで味がグレードアップする。もちろんチューブでも良いのだけど、自炊にある程度慣れてきたら生の生姜ニンニクを使って欲しい。香り全然変わるので自炊の味が爆上がりする。刻みニンニクの瓶詰めも悪くないのだけどチューブと比べても応用範囲が狭くてお勧めしにくい。両方あったほうが良いけど、どちらか一つ選ぶならニンニクかな。

ポッカレモン

酸味つける系で何か1つであれば、ポッカレモンおすすめ。葉冷蔵なのが減点要素ではあるものの、お酢よりも幅広く対応可能。とりあえず酸っぱくしたければ、全部一旦はこれで良い。味の素ごま油ポッカレモン+塩+ニンニクおろしで旨塩タレの味付けができる。酒のつまみにも最適なので覚えておくと便利。

・味塩コショウ(追加)

ゴールド帯以降ではほとんど見かけないので、すっかり記憶から欠落してたよ。かけて炒めるだけで味決まるのが良い。ホリニシのスパイス塩とか、ろくの塩とかもココね。塩分濃度が食塩より低いので雑にかけても失敗リスク低いのが良いよね。とは言え、個人的には鶏ガラスープの素やウェイパー代用可能で応用範囲が狭いのでと少し下。

<Tier B>対応範囲は狭いものの、キャラ相性が強い

味ポン

最強の万能かけダレ。とりあえず豚肉薄切りを茹でてポン酢かければ食える。鍋のつけダレとしてももちろん優秀。ただし、他の調味料と違って酸味がベースで入ってしまうので、味のバリエーションがつけにくいのが減点。何に使っても全部ポン酢味になる。白い透き通った色の「ポン酢」という味付けされてない柑橘と酢を混ぜただけの調味料もあるので、そちらを間違えて買わないように注意。少し高くてもよければ、おすすめ馬路村か旭ポン酢が美味い。

クックドゥなどの合わせ調味料

特定メニュー専用機中華に手を出したくなったら、まずはこれから始めよう。豆板醤やら甜麺醤やら紹興酒に手を出すのは、冷蔵庫の肥やしになるだけだからプラチナ帯以降にしよう。中華料理を1回2回作りたいだけなら、こちらの方が圧倒的なコスパだし失敗も少ない。味もしっかり研究されてるので、下手にクックパッド動画を参考に自作するよりずっと美味しくできる。

・鍋つゆ

鍋専用。当然冬の時期は出番が多い。大体が使い切りで置き場所圧迫しないのも評価高い。麺つゆやほんだし鶏がらスープなどを使えば実は買わなくても行けるんだけど、味バリエーションつけること考えると買っちゃった方が楽。1人鍋用のプチッと鍋シリーズが優秀。

マヨネーズ

野菜を食べるのに便利。とりあえずなんでも野菜を茹でただけで一品になる。切り身に乗っけてホイル焼きにしたりも良い。裏技的に油切らした時とか炒め油の代替として使うこともできる。他の調味料と混ぜるのも良くて、ポン酢マヨ醤油マヨなどクリーミーさ欲しい時に使えたりもする。キューピー味の素でもいいけど、松田マヨネーズ(甘口)が美味いので、見つけたら手に入れておくと良い。

味の素

令和になってきてから、見直されてきた日本が誇る旨味の素プロでもこれを蛇蝎の如く嫌う人もいるので、宗派的な寛容さは必要。大体何に入れても旨味が上がるが、鶏がらスープなどと違い単体では美味しくないので使い方にコツが必要。まずは少量を塩と一緒に肉や魚介に軽く下味として振るのがおすすめ。あまりの万能さ故に慣れすぎると、何でもかんでも手なりで入れたくなるので注意。そういう意味でも個人的には上級者向けの調味料だと思う。

<Tier C>ちゃん料理に目覚めた人向け。初心者必要になるまで揃えなくても良い。

砂糖

主に料理に使うならきび砂糖が便利。上白糖よりも味が複雑でコクのある感じに作れる。ただ正直、種類はグラニュー糖でも上白糖でもなんでも良いっちゃ良い。甘い調味料なら代替可能なので、はちみつ味醂なんかでも頑張ればどうにかなる。洋食ではほぼ使うことはないが、和食を作りたいのであれば欲しい。

・酒

料理酒ではなく清酒料理酒は酒税がかからないようにするために塩が入ってる。これがとにかく料理に使いにくい。パックの菊正宗とかで良いので普通の酒を買おう。酒は煮物炊き込みご飯、炒め物などなど使うシーンは多いが、麺つゆで代用できるケースが多いのでこの位置自分出汁を引いたり、調味タレを合わせるようになると必須

味醂

これも酒と同じタイミングで揃えたい。ちゃん和食作るなら必須だけど、適当自炊なら麺つゆで十分。みりんも、本みりんみりん調味料の二種類あって、香りも味も本みりんの方がずっと良い。もっと言うと三河みりんを買いたい。

・米酢

酢の物など限定的に必要ラーメン焼きそばにかけるほど酢が好きな人は、もっと評価になりそう。りんご酢ワインビネガーとか色々あるけど、結局応用範囲広いのは米酢かな。他のは風味が和食きじゃ無いのよね。ほんだしと合わせて作る簡易酢の物が便利。茗荷きゅうり夏野菜ぶっかけるだけで美味い。

味噌

ほぼ味噌汁専用。そして味噌汁毎日乱発しないなら、即席のインスタント味噌汁で十分。まぁ保存は効くしマヨネーズと混ぜてディップとかもできるけど、そんなのは上級者以降のプレイ。(追加)味噌焼きも美味いよね。ただ調味料の合わせが必須になるから少し難易度高めな印象

片栗粉(追加)

粉系で何か一つ揃えるなら、片栗粉小麦粉よりもとろみ付けに使えるので応用範囲が広い。表面に小麦粉まぶして焼くようなものも、だいたい片栗粉代用可能適当に作る料理だと使用頻度は大して多くない。レシピ見て作るようになると、まあまあ使う。

<Tier D>ここから趣味領域冷蔵庫の肥やしにする可能性が高いので買わない方が無難解説なし。個人的にはめちゃくちゃ使ってる調味料も多いのだけど料理ハマるまでは、ピンポイントでその味が好きとかでは無ければ、買い揃えなくて良いかな。

オイスターソース

ナンプラー

豆板醤

甜麺醤

紹興酒

ウスターソース

中濃ソース

バター

アンチョビ

クミンなどスパイス

白胡椒

ケチャップ

タバスコ

七味唐辛子

コンソメ(←鶏がらスープ代用可)

淡口醤油(これ使いこなせたら中級以上)

白だし(麺つゆ味飽きたらあとで手を出す)

<追加>

結構物議をかもすかなーと思ってたので、色々とツッコミありがとう。味塩コショウとかコンソメとか漏れてたのあとで入れるわ。

>基本調味料さしすせそ低すぎんか?

あくまルーキー帯の話に絞ってるからね。普通自炊できる人は自分の好きな調味料使ってください。自分もこんな感じで書いてるけど、正直プロになってから鶏ガラスープも麺つゆも本出汁焼肉のタレも、料理調味料としてはほとんど使わない。ただ最初自炊始めたころは便利に使ってたので入れてる。


>塩と砂糖のTier低すぎるんだわ。

料理教えてると、塩使えない料理下手を死ぬほど見るのよ。下味入れる概念や塩決めるができるようになったらゴールド帯かなー。砂糖もコク出しで使えるのは100も承知なんだけど、これもうまく使えるようになるのは結構後だと思う。

(追加2)みんな沢山ブクマありがとう!!反応あって嬉しい。調子乗って、ゴールド帯〜ダイヤモンド/マスター下位帯編も書き始めたよ。塩SSS勢の皆さん納得のランキングになる予定なので、できたら見てねー。

事情で突然の一人暮らしが始まった。

寂しさに耐えられるか分からなくなってきた。

結婚かいらんし、1人でも生きていけるタイプだと思ってたけど、意外とそうでもなかったのかも。

仕事もフルリモートで、家族以外と喋らない生活が長かった。

狂うかな。まだ分からないな。

誰とも喋らないのはマズいんだろうな。

友達、1人もいないんだよな。

ネットで人とおしゃべりするサービスいっぱいあるけど楽しいんだろうか?

副業で外で働くとかの方がいいのかな。

土日しか暇がないけど。休みなしはキツイから、やるなら週1とかかなぁ。

そんな都合のいいバイトあるのかな。

接客業壊滅的に苦手なんだけど。

本業に近い仕事がいいんだろうか?

こういうことを、なぜここに書くかというと、相談できる相手がいないからなんだよな。

自分視野の狭さを上回る提案が欲しい。

チャットGPTと話すか…

いやそういうことじゃないんだろうな、きっと。

仕事関係交流会とか行ってみようか?

そんなに仕事熱心ではないんだけども。

そういうの、何かいいことあるのかな。

何も分からないな。

人生の経験値が低いことを実感する。

それも悪いこととは特に思ってないけど。

この機会に色々やるか。

何がいいかな。

2024-07-15

一人暮らし3ヶ月経

基本のおかずつゆ、めんつゆごま油のどれかで炒めるかレンチンするだけの食事しか作っていない。

調味料って何買えばいいですか?

砂糖醤油と塩はあります

あと昨日マヨネーズ買った。

追記

自炊意識高め〜低めまでおすすめありがとう

味ぽんマイルド中華ペースト鶏ガラスープの素あたりが手出しやすそうなので買ってみます

許されたい気持ち理由が分かった

町を歩いていて理不尽なことで怒鳴られることがあると思う。目線があったとか、自転車通行の邪魔になったとかそんな理由で怖い人に怒鳴られると、納得するまで理由を訊いてしまう癖がある。

なんでそんな危ないことをしてしまうのか自分でも分からなかったけど、今日ふと気づいてしまった。

増田はすでに親元を離れて一人暮らしをしているが、増田父に怒られたことを今でも思い出すたびフラッシュバックというか汗かいたり動悸が止まらなくなる。年に何回か夢に見て、荒れた息と自分の大声で目が覚めることもある。

増田父は気分屋なので、たまに食器の並べ方みたいな些細なことをそのときの気分で怒鳴る人だった。それでいて普段調子屋というか、くだらない冗談をいうような人だ。

だけど、あとになって気分の良いときに謝ろうとしたり、なんで怒ったのか訊こうとすると更に不機嫌になって逃げられたり、「そんなことは言ってない」と出来事自体否定される。そうして謝ることができないまま増田の中で不満が蓄積していた。

増田母などは、「ああい性格なのだから怒られたことは忘れなさい」と諦めて折り合って生きているし、それが正しいのだろう。けれど増田は今も無自覚の恐怖としてずっと残っているのだと、今になって分かった。この文章を書いている今も汗がたくさん出ているほどで、これがトラウマというやつなのだろうかと思った。

高齢の父に過去の話をぶり返したり、トラウマになってるとかいきなり持ち出したりしたら怒られそうで言えないけど、存命のうちに一言でいいので許しがほしい。

あるいはこういうのってカウンセリングでどうにかする類の話なんだろうか。

2024-07-14

anond:20240115110407

一人暮らし歴5年ワイのオススメ料理

 

食パンバナナ挟んでメープルシロップをかける。甘くて簡単で美味い

シーチキンの缶に醤油まぜて食べる。わさびマヨネーズを入れてもいい。和風簡単で美味い

じゃがりこサラダ味にお湯を入れて混ぜる。洗い物も増えないし簡単で美味い

昭和産業 おいしく焼ける魔法お好み焼粉にパック野菜約200gを入れてお好み焼き。肉はなくても十分。ヘルシーでやや簡単で美味い

・卵3個にヒガシマル うどんスープの素と水を混ぜて卵焼きお腹が膨れてやや難しくて美味い

一口大に切った鶏肉ヒガシマル うどんスープの素をまぶして唐揚げ。他にもさまざまな唐揚げ粉を試したがヒガシマルはそれらの8割には勝てる。太れてやや難しくて美味い

買ってしま既製食品

あの手間が1個20円内外で買えるのは大きい。

本当は、皮だけ買って自作するのが、一番自分好みにできる。

自分で作れそうなものだけど、買ってカスタマイズすれば簡単でよりおいしい。

一人暮らし消費量なので材料在庫管理が難しいし、買ってきたものでもうまく温め直せばおいしく食べられる。

2024-07-13

親に払わせたお金

高校卒業までの養育費学費

大学学費生活費仕送り

中退して実家に戻り数年ニート

仕事が決まり一人暮らしを始める際に貯金を100万渡される

その後もちょくちょく仕送りをもらう

自分名義の郵便貯金の通帳をもらう約90万

父が亡くなる際に200万もらう

2024-07-12

anond:20240711150420

あん関係ないんとちがうか

うちの母方の家は商売やってて忙しく、手が空いてる人が家事しなければならんかった

から爺さん(生きてたら100歳近い)も一通り家事ができた

 

一方、中年初老のうちの兄弟中学生の頃からいわゆる「パソコンの大先生」だし私立校でしっかり家庭科教育をうけているが、食べるものコンビニかほぼレンチン、たまに肉を焼くために台所を使ってもコンロ周りを掃除する概念がない

脂っこい食器を洗って汚れたシンク掃除もしない(洗ったつもりらしい食器ベタベタ風呂掃除もしない洗濯すらまともにできないか臭い10からずっと汚部屋住人

 

何でこうなったかというと「男の子家事やらせてはだめ」と母(故人)がアタオカな教育方針を打ち出したため(当時信仰していたカルト洗脳

家事を押しつけて好きなだけ遊ぶ兄弟を許せないのと、当時母が予後の悪い病で早死するのが見えてたから、視界に奴が居るときは呼びつけて家事を教えながら手伝わせた…が、アタオカ母を味方につけたり、帰宅後に即出かけるなどして家事回避しまくった

 

翻って、家庭科教育を受けなかった高齢男性についてだが、一人暮らし用の易しい家事指南書はなんぼでもあるし、新聞にも初心者知識が古い人向けの家事のコツは頻回で載ってるし、レシピも手軽・時短特集はよく組まれてる

上述の家事本の広告新聞に載りまくってる

たとえ金がなくても図書館ゴロゴロあるから借りてくればいいだけ

アナログ方法家事ノウハウなんかいくらでも得られるのに、やらないだけ

anond:20240712121033

一人暮らし家族がいる場合家事はまた別じゃない?

一人暮らし経験あるなら実家戻った時だけでいいから全ての家事1週間くらい一人でやってみなよ

それでそれをずっと続けるってこととか、具合悪くても自分がやらなきゃ誰もやってくれない状況とか考えてみたらいいと思う

2024-07-11

伯母が他界した

実家に行ったら遺影じみたものが置かれていたので、父に聞いたら「ああ、10日ぐらい前に」とサラリと言われた。葬式とかやらないの?てかなんで私に連絡が来ないの?と思ったが、父と伯母の兄妹は、互いが寡黙な性格で連絡を取り合わないような希薄すぎる関係性だったか別に違和感はなかった。私も冷たい人間からなのかもしれない。


伯母はずっと独身だった。伯母は実家祖母暮らしていて、私は数回しか会ったことがない。実家家族で行ってもただ黙ってお茶を出すぐらいの人だったので彼女性格はよくわかっていなかった。子どもとしても少し不気味で、祖母の家に行くのは気が進まなかった。祖母20年ほど前に他界し、それから一人暮らしをしていたと聞く。


様子が変わったのは10年ぐらい前。深夜、突然伯母が我が家にやってきたのだ。「ごめんくださーい」みたいな感じで。相変わらず無表情だったけれど、目の焦点があっていないような。「隣人が私を監視しているから逃げてきた」「電車に乗っててもドローンで追いかけてくる」「ずっと私の悪口を言っていて本当に怖い」などと言うので、瞬時に「あ、統合失調症だ」と悟った。父は伯母の異常な雰囲気を前に絶望したのか、通常運転なのかよくわからないけれど、寝室に戻ってしまった。父の淡白さに呆れながらも、私はこの夜初めて伯母とまともに対峙した。彼女リビングにちょこんと座りながら淡々自分体験したことを語った。そして最後に「結婚していないというだけで、どうして私は責められなくてはいけないの。あなたなら、わかってくれるわよね?」と言われた。


心底驚いた。ずっと独身なことに劣等感を覚えていたということに。


彼女が私に同意を求めたのは、独身仕事に追われる毎日を過ごしている私の近況を父から聞いていたからだろう。自分の姉は早々に結婚して専業主婦になっていたから、私に対して余計に共感する点があったのかもしれない。そして、伯母と私は同じ大学を出ていた。


私はそれまで「1人で生きられるようになりたい」と強く願っていたものの、その果てにあるのは伯母の姿なのかと思うと、ぞっとした。私は結婚や家庭を持つことが成功だとは思わない。でも、伯母の世代だとそうはいかないかもしれない。伯母は大学を出てから仕事についたものの、ぱったり仕事をやめてしまい、ずっと実家祖母暮らしていたらしい。彼女が私の前でずっと無言だったのは「兄の成功の証」である「家庭」を見せつけられて、じりじりと自尊心が削られていたからなのかもしれないし、祖母から「お前はなぜ結婚できないのか」と問いただされていたかもしれない。テレビワイドショー芸能人結婚ニュースで溢れているし、ドラマを見れば結婚こそがゴールのように描かれる物語跋扈していた。おそらく伯母にも友人はいたはずだが、多くが結婚していき、疎遠になったのだろう。実家に取り残された伯母は、少しずつ精神が崩れて、病に至ったようにも見える。すべて想像しかないけれど。


幸か不幸か、私は心療内科に通っていたのですぐに伯母を向かわせ、その後病院転々とした。さら認知症発症し、施設に入っていたというわけだ。ここ10年は、意識が混濁状態でほぼ意思疎通はできなかった。それでもしぶとく10年を生き抜いたのだから生命力は強かったのだと思う。


そして、先日息を引き取った。伯母とはほとんど会話したことがなかったものの、自分人生観を大きく変えられた。彼女はどれほど「結婚」の呪いに蝕まれたのだろうか。想像すると胸がぎゅっとしめつけられる。あなたを悪いなんて思っている人なんていないよと言ってあげたかった。彼女人生幸せだったのか? そんな野暮なことを考えては、自分もっと関わるべきだったかもしれないと後悔の念が湧き上がる。


孤独は人を狂わせ、人は独りでは生きていけない。伯母は私の肉体に深く刻みつけた。

2024-07-10

社会人4年目

一人暮らしがしたいだけなのにどうしてこんなに難しいのか 東京家賃高すぎる

大学って全然人生夏休みじゃない

そこそこのレベル国立理系を目指してて、落ちたか一浪して、もう一回同じところに落ちて、今は何とか滑り込んだ地方公立にいる。

上京したいって思ってたはずなんだけど、実際今いるところから東京行くのも地元から東京行くのもそんなに変わらないっていうレベル


大学ってよく人生夏休みだって聞くから大学入ったらサークルやったり趣味やったり資格勉強したりしたいなあって思ってたんだ、思ってたはずなのに、実際来てみたら普段勉強でそれどころじゃない。

というか自分が真面目に取り組みすぎてるだけなのかもしれない。要領が悪いくせにプライドだけ高いから、課題も予習復習もちゃんとやらないとって躍起になってるだけなのかも。

周りは意外とサークルとかバイトとか、課題やばいって言いながらやってるのに。情けない。

数年付き合いあるネットの知り合いには趣味を作れって言われるんだけど、正直やってる時間、というか余裕がない。授業受けて、電気節約のためにギリギリまで図書館に残って勉強とかTwitterとかして、家帰ったら軽く飯食って風呂入って寝てる。他はずっとTwitter

大学始まってまだ3ヶ月だけど、同じ学科で割と話す人とかには真面目なヤツって思われてる。キツい。中学まで勉強ができてたからって進学校行って底辺だった典型的な例なので、今後どうなるかが目に見えている。勉強とか得意じゃないから。

もう一ヶ月もしたら夏休みになる。実家帰省している間はバイトをしようかと思ってるけど、そうしたら勉強する習慣がなくなってしまいそうで怖い。というか帰省したら一人暮らし感覚も忘れそう。


大学生って何が良いんだろうな、もっと要領が良かったら適度に手を抜けたんだろうか。それともみんなこんなに苦しいと思いつつそれを隠しながら生活してるんだろうか。

スティック掃除機=持ち家 キャニスター型掃除機=賃貸

だと思ってる。

一人暮らし新生活にはスマートスティック型!

みたいなのは嘘だよ。

 

賃貸だったらスティック掃除機は宝の持ち腐れ。

部屋の数もないし狭くて掃除機収納場所までだって遠くないでしょ。

それに充電で表に出しておくとけっきょく狭い部屋のスペースをさらに圧迫する罠。

賃貸の人はキャニスター型のほうが合ってるよ。

 

うちは持ち家だからスティック型を買って本当によかった。

部屋と部屋の移動、階段掃除、2階3階への持ち運びがラクになって掃除億劫じゃなくなった。

高いのも吸引力が弱いのも帳消しにできるメリットがあってQOL上がりました♪

 

anond:20240709232047

もうすぐ一人暮らし

30半ばだけど諸事情一人暮らしするとこになった。

一人暮らし満喫するためにこれやれっていうのあったら教えて。

意外と全然思いつかない。

元々引きこもり気質で今までも基本1人で部屋にいることが多かった。

1人だからこれがやりたい!出来る!とかがあまりなくて特にクワクできてない。

なんかもったいない

2024-07-09

自分の父が毒親だとわかった日

「30年近く同居している祖母精神疾患があると知った日」

https://anond.hatelabo.jp/20240706023024

数日前に↑を投稿した。

思ってた以上にたくさんの方に反応してもらえて、本当にありがたかった。私は自分の家のことを誰かにしたことほとんどなかったから。

前回の投稿追記にも書いたが、父と言い争いをした次の日、私はカウンセリング相談に行った。

そして、カウンセラーに「あなたのお父さんは残念ながら世間一般で言う毒親です」と言われて衝撃を受けた。

コメントでも、父に対し「毒親だ」「まともじゃない」「そんな親からは逃げろ」という意見が見られた。

正直、私は今も自分の父を毒親という言葉表現していいのかはわからない。

でも、私にとっていい父親ではなかったと、ようやく思えるようになった。

長い間、父がおかしいのか、自分が求めすぎているのか本当にわからなかったのだ。

私と同じように、父から、あるいは母から離れるべきか悩んでいるひとも多いはずだ。

悩んでいる方の参考になるかわからないが、私が生まれるまでの父の人生と、私から見た父と祖母の話をそれぞれ書き出していく。

私には父方の祖父がいない。幼い父と叔母(父の妹)、そして専業主婦だった祖母を置いて、祖父は突然出ていったからだ。そこから祖母は女手ひとりで父と叔母を育てた。私が想像もできないくらい壮絶な生活だったのは確実だと思う。

それでも父は猛勉強して、希望していた大学合格し、それなりに知名度のある有名な会社に入った。そして実家を出た。数年後、叔母も実家を出て、祖母一人暮らしになり、このタイミング精神疾患発症し、精神科に3回入院していたようだ。

父はその事実を伏せたまま母と結婚し、その数年後に私が生まれた。その2年後に妹が生まれ、同時に祖母との同居が始まった。

父は定年まで同じ会社で勤め続けた。おかげで私は金銭的に苦労をしたことがない。

父も叔母も祖母も、祖父が出ていったときの話を一度もしたことがない。なぜ私が祖父が出ていったことを知っているかと言うと、父方の祖父がいないことを不思議に思った私が、子どもの頃に母に理由を聞いたからだ。母は言いにくそうにだったが教えてくれた。加えて、「お父さんがいるって本当に幸せことなんだよ」と私に言った。この言葉が、わたしの中で、ひとつ価値観になってしまった。

ここからは私から見た家庭内の話になる。父のことから書いていく。

父が仕事から帰ってきたとき、母は「おかえり」と必ず声をかけていた。でも、「ただいま」を父が返すところは見たことがない。

父は母が作ってくれた食事を美味しいということは一度もなかった。眉を顰め、あまり噛まずに飲み込む。うまく切れていない野菜を箸でつまみあげ、「見てこれ。ひどいね」と笑いながら言うこともあった。母の前で、私や妹に向かって言うのだ。

仕事が忙しくなり、私が寝た後に父が帰ってくるのが当たり前になった時期があった。母が父の分の食事ラップをして、箸を置いて、すぐ食べられるように準備しているところを私は見ていた。私が朝起きても、食事はそのままだった。母はそれを流し台に捨てていた。

家族食事をしているとき、私が箸を落としたり味噌汁をこぼすたび、父はうんざりした顔をして、なにも話さなくなった。母に「なにやってんの!」と怒られることより、自分のせいで父の機嫌が悪くなることのほうがなぜかずっと怖かった。

私は母のことが大好きだった。同じくらい父のことも大好きだった。でもなにより、父に嫌われることが怖かった。

から母はかわいそうじゃない。父は母をそういうふうに扱っていいひとなんだから。母の失敗は笑っていいんだ。そう思っていた。私は切れてない野菜を見つけるたび、父と笑った。母は何も言わなかった。

気づけば、元から会話が少なかった父と母はほとんど話さなくなった。相手用事があるときは、私か妹に伝言を頼むのだ。

喧嘩しちゃったのかなあ」と私は思っていた。それでも、すぐ仲直りするだろうと気にしないようにしていた。

いつしか父と母が話さないことが当たり前になっていた。そしてそれに触れること自体タブーなんだとわかっていた。

学校休みの日、「〇〇(近くの遊園地)に行くぞ!」と突然私と妹に行った。父の行動はいつも突然だった。どれだけ気乗りしなくても、私も妹も何も言わず父について行った。それが一番正しい行動だと思っていたからだ。

でも、その日はどうしても行きたくなかった。家で友達から借りた漫画を読むのを楽しみにしていたからだ。

行きたくない。家にいる」と返すと父は「行ったら楽しいぞ。行こう」と眉を顰めつつ言った。少し怖かったが「読みたい漫画があるから」と返した。「そんなんいつでも読める。行くぞ」うんざりした口調で父は言った。どれだけ駄々をこねても、私が泣き出しても、父は全く引かなかった。私は諦めて遊園地に行った。

父は私を楽しませようとしているんじゃなくて、"休日に娘を遊園地に連れていった"という事実がほしかったんだと気づいたのはもっと後のことだった。

中学生になると流石に父との会話は減ったが、それでも父が好きだった。正直、父の振る舞いに違和感を感じていた。信頼はできなかった。父の行動を真似るのはやめた。でも父に勉強を教えてもらうのも好きだった。そして、まだ父が怖かった。

そんな家で育った私が友達の家に初めて泊まった日、衝撃の連続だった。たぶん、私が中3か高1の時だったと思う。

その日、友達のお父さんは先に夕食を済ませ、夜勤に行く準備をしていた。夜にお仕事するひともいるんだなあと思っていたら、お父さんがお母さんに「たぶんいつもより遅くなる」と話しかけた。お母さんが「ならお腹空くやろうから朝ごはん多く用意しとくわ」と答えていた(多分こんな感じの会話だった)。

え?お父さんとお母さんってこんなに普通に話すもの

友達のお母さんが私と友達に準備してくれた食事を食べていると、友達が「このおかずめっちゃ好きやねん!」と私に言った。友達のお母さんは「いつもそれ言うから今日は多めに作ったよ」と笑いながら言った。

え?お母さんの食事って、おいしいって感じるもの?そしてそれを伝えるもの

友達の家の全てが衝撃だった。

私の家のお父さんって、もしかしてひどいお父さんなんじゃないか

私って、ひどい娘なんじゃないか

ずっと感じていた違和感の正体がわかった気がした。

そしてモラハラ、という言葉を知ったとき、まさにお父さんじゃんと思った。

それから、父との関係は一気に悪くなった。勉強でわからないところがあっても父に聞かなくなった。あまり顔を合わせたくなくなった。

父が突然態度が変わった私に困惑するのを感じた。まあ反抗期なんだろうと納得しようとしていたのもわかった。

私が直接父に不満を言うことはなかった。

父にはお父さんがいないんだから。父の方が私より辛かったんだ。そして、"父"を知らないんだから父親が下手なのも当然だと思っていた。

父が友人とどこかに出かけることは見たことがなかった。会社の人と飲みに行くこともほとんどなかった。

父には友人がいないことにも気付いていた。だから私のように自分以外の家庭を知るきっかけもなかったんだろうと、私は自分を納得させて生きてきた。

自分父親大事にできない自分こそ、"娘"が下手なんだと思う気持ちが強かった。

それでも父への違和感は日に日に強くなっていった。

こうして私は父を避けて生きるようになる。

ここから祖母の話になる。

正直、祖母との思い出はほとんどない。私が幼稚園の頃、オセロ相手をしてくれたことくらいだ。

日中妄想独り言を呟き、自分で作った変な歌を大声で歌い、一人二役で会話をする。 部屋に監視カメラがついていると言ったり、テレビから電磁波が出てると大騒ぎしたり、好きな野球選手結婚することになったから出て行くと言い出したり。皇室手作り人形を送りつけ、返送されることもあった。そして母や親戚と揉め事を起こす。それが私が知っている祖母の全てだ。

様子がおかしくなっていく過程を見ていたら、病気になったのかと疑うこともできたかもしれない。

でもまともな祖母を見たことがなかった。だから祖母は生まれた時からこういうひとなんだと思っていた。

祖母普通じゃないかもしれないと思ったのは、私が高校生の頃だ。

クラス友達数人とお昼を食べていると、友達の1人が「最近おじいちゃんボケてきててさ、ご飯食べたばっかりなのに食べてない!って言うんよね。認知症の人ってほんまにそう言うんやってびっくりした」と笑いながら話していた。別の1人が、うちはひいおばあちゃんボケちゃって〜と笑っていた。

それを聞いた私は、点と点が繋がったように感じた。

みんなのおばあちゃんよりちょっと早いけど、私のおばあちゃんのあの行動は、認知症だったのか!と本気で思ったのだ。

祖母のことは、今まで誰にも話したことがなかった。でも、認知症だったんだ。それなら話せる!と私も笑いながら友達に言った。

「うちのおばあちゃんも、なんかテレビから電磁波が出てるとか、部屋に監視カメラがついてるとか、会ったこともない好きな野球選手結婚するから出て行くとか言うんだよね」と。

空気が変わるのを感じた。みんなが一気に警戒するのがわかった。「いや、それ、ボケとかじゃないんじゃない?病院に行ったほうがいいような…」と1人が遠慮がちに言った。周りも同意するように頷いた。そしてすぐに違う話になった。

今なら笑えるが、当時の私にとっては本当に恥ずかしい出来事だった。やっぱり祖母普通じゃないんだ。それがわからなかった自分普通じゃないんだ。死にたくなった。それから誰にも祖母の話はしなかった。

私が部屋で寝ていると、深夜にドンドンドンドン!と凄まじい勢いでノックする音で目が覚めた。

「〇〇ちゃん!〇〇ちゃん!」と部屋の外から祖母が私を呼ぶ声が聞こえた。

私が「もうなに!?」と声を荒げて扉を開けると、「なにかあったか?なあ、なにかあったか?」と、祖母は虚な目で縋るように私に聞いた。

祖母には何かが聞こえたんだろう。何かが見えたのかもしれない。でも私には何も聞こえてないし見えてない。私は「なにも起きてない!もうほんとにやめて!」と怒鳴って部屋を閉めた。部屋の外から祖母がなにかブツブツ呟く声が聞こえた。布団を被って目を瞑った。しばらくすると、祖母が諦めて自分の部屋に戻って行く音が聞こえた。

次の日、祖母が「昨日は悪かったなあ」と涙を浮かべて私に謝ってきた。勘弁して欲しかった。泣きたいのは私だと言ってやりたかった。私は祖母無視してその場を離れた。

部屋に戻った祖母が大声で歌ってるのが聞こえてきた。「〇〇さんお願いしまーす!〇〇さんと結婚しまーす!ひとりで〇〇さんのところに行きまーす!」と何度も何度も繰り返していた。

こんなことは日常茶飯事だった。

祖母がずっとずっと不気味だった。

でも病気なのか、もとからそういうひとなのか、私には本当に長い間わからなかった。

祖母が早く死んだらいいのに。

そしたらこの家ももう少しはまともだったかもしれないのに。

そう思うこともあった。

そんなことを考える自分が情けなかった。

気付けば、私は祖母のことを見えないもののように振る舞うようになっていた。それが一番楽だったからだ。

これが私から見た父と祖母だ。

もちろん書いたことが全てではない。

父や祖母から愛情を感じることもあったような気がする。

でもなぜか今は思い出せない。

父も祖母も、普通じゃなかった。

私は、気づくまで30年近くかかった。

友達がいないけど、家に人を呼びたい

一人暮らしマンションなんだが汚部屋と呼んでいいくらいに部屋が汚い

「人を呼ぶとモチベが上がって片付けられる」というライフハックを知って、誰かを家に呼ぶ予定を作りたいんだが友達がいなくて呼べない

この際、金を払ってもいいので家に人を呼べるサービスありませんか?

なるべく安い方がいい

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