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はてなキーワード: 評論家とは

2017-11-14

anond:20171114041050

究極と至高の料理を争うのが 美味しんぼ(通信簿文字りか) と言うアニメで バター醤油ご飯とソーラーイス(ソースをかけただけのご飯)のどっちがどっちだったか (究極と至高の割り振りアニメ内での) 忘れているよ

どうせ料理評論家の父を持つ息子が 夕食時の母の飯をちゃぶ台返しでおじゃんにしてしまトラウマフラッシュバックさせる アニメだったか 小学生記憶なもんで どうにもこうにも 所詮グルメだろうとなんだろうと食ってから考えるしかないのだから 我々はクリスマスを呪うしかない なぜならサンタがやってくるところに出くわしたところが無い 空飛ぶ橇は実在しない クリスマス用の靴下ドラッグストアに並ぶ時 我々はしなびた自らの靴下の湿り気を秋の寒暖とともに ぼんやりと虚無に浸る

2017-11-06

anond:20171106032626

あとから「あれはうまくいかないことだ」なんていくらでも言えるのが起業

そして「起業は素晴らしいよ」と言いつつ煽り、進んじゃって、うまくいかない予兆のやつに「きみは勉強不足だったね/準備不足だったね」

というのがまあ、起業界隈。そんないかれた世界。まさにキュウベェが跋扈する世界。キュウベェの元ネタメフィストフェレスでもいいが。

仕込みは前職在籍中に営業技術もめどを完全につけとけという意味かね?

それならわかるけどね。

だけど、技術ならともかく、営業は平日日中動き回れるような状態じゃないとダメだろ。

そして、技術だけ一人でやってヒヤリングしないというのも起業周りに多くいる病。

だけど、技術を表に出したら、もうすぐ動きまわるつもりでないとならない。その踏ん切りが微妙

特許は世の中に情報を出してしまったらもう出せない、けど、特許出してから、1年以内じゃないとPCT出願できない。

かなり時間は少ないよ。

仕込みが完全な起業なんて世の中あるわけ無いだろ。あるとしたら、ただの既存企業の新事業に過ぎない。まあ、そちらの枠組みでやるのが健全だろうがね。

既存企業稟議と、承認欲求暴走して身動き取れなくなってるから、「生贄」を探しているというのはわかる。

そちらに最後売るというのも起業したらのシナリオとしては考えるべき。まさに、「魂を売る覚悟がないとできない」

いかれた世界だとわかって、今考えていることををなすには起業しか無いなと思ってくるのならともかく、フワフワと起業いいよというのを煽るのは

まさに「お前が死ねば世の中が良くなる」の生贄探してる役所評論家という名のキュウベェ。

2017-10-30

[] チキンホーク

チキンホーク(Chickenhawk, タカ派チキンとも)は、米国で用いられる政治俗語で、戦争など軍事活動に大いに賛成しているが

従軍して戦地に赴いたことがない政治家官僚評論家等をいう。チキンとは俗語で「臆病」をいい、タカ派の主張をしているが

実は自分戦地行きたくない腰抜け野郎という揶揄的な意味で用いられる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%AF

2017-10-29

三浦瑠麗が叩かれてるが

しろ昔はみんなあんな感じだったんだよな

穴だらけで自分偏向は棚に上げて上からすべてを見下ろしていた昭和評論家スタイル

あんなん無理だから宮台とか東の時点でエロゲ評論アニメ評論とかも手がけネタネタでわかってる人ですっていうアピールをしてた

ところがここにきて三浦さんは選民意識だけの直球で勝負

2017-10-27

選挙の結果でわかったこ

隠れ自民支持者

の方々が、立憲民主党邪魔邪魔で仕方ないって事だね。

橋下くんとか三浦リーちゃんとか。

なんであんたらが必死立憲民主党を叩くのか理解に苦しむわ。

この国の評論家さんは限られた権限しか持たない弱小野党の批判ばかりして、何か役に立ってるつもりなのか?

TVでは自民党批判やってるふうなこと言ってるけど、自民党大好きだもんね。

時代に生きる人間として、こいつらにはさもしさしか感じない。

2017-10-18

政治家ってヅラがいないな

政治家の厚化粧の話題で、じゃヅラバカにしていいのかって思ったけど、ネットで「まずお前が頭の上のものをとれwwww」みたいなことを言われるのって、評論家とかコメンテイターみたいな人で、政治家は言われてる記憶がない。

2017-10-16

anond:20171016111432

あんまり映画は観に行かないがたまに娯楽として観に行くタイプの人かな

いつも思っているのだがそういう人たちって、なるべく面白いとかオススメっていう言葉を頼って作品を決めるよりも、客観的ストーリー雰囲気ラストまで書いてある感想を探してしっかり読んでからその作品自分に合うかどうか検討しておくほうが楽しい体験を得られる可能性が高まるようになると思う

作品の楽しみ方を瞬時に理解して身を委ねる感覚が冴えてるならその必要はないのだが、それは多くの人にとっては映画をしこたまみないと磨かれない感覚だと思うし、映画好きや評論家の人たちでもその感覚を持ってないみたいにみえる人もいる

たいていのつまらない映画体験談作品にその原因を探されがちだけれど、実際にはほぼ自分作品対峙する下準備が足りてなくて乗り切れてなかったという点に問題があるようにみえ

映画をしこたまみて作品のいろんなタイプに対しての経験値を蓄積してる人は準備しなくてもたいていの作品を乗りこなすことができるし、絶対にこれは乗り切れないだろうという作品を確実に避けられる

でもそういう人じゃない場合、つまらないとか合わないと感じる要素をみつけたら無視できずにそこで楽しい体験おしまいにしてしまうし、乗り切れない作品をその場の嗅覚回避することもとても難しい

そういう自覚があるならばなるべく準備するのは大事だと思う

もし面白い映画体験だけを望むならばね

2017-10-15

アメリカ若いフリーランス

なんとかアンドなんとかデザイナーとかなんちゃらソーシャルコーディネーターとか聞いたことない職業名乗っている

日本でもふざけ半分で○○評論家とか名乗って新書書くみたいなのあったけど

一人一職種だなこれ

他者評価を気にするなというけど

SNS全盛のこのご時世、いいねをたくさんポチしてもらったらそりゃ嬉しいよね。インスタ映えとか気持ちわからんでもないが、はてブスターって人のフンドシで相撲とってる感すごくね?はてぶって肯定的コメント少なくね?評論家気取りっていうか。ひねった意地悪感を感じるんですが、きっとそれも自意識過剰とか言ってくるんでしょうな。話がそれたが、とある映画作品について星をつけるのではなく、その映画についての評論に星をつける、的なイメージアナ雪について星をつけるのではなく、おすぎアナ雪に対するコメントに星つけます、みたいな。

2017-10-13

anond:20171013131303

客観的に見られるのって大体の人にとってムカつくからだよ。

客観視って俯瞰視とも言い換えられるでしょ?

そんで俯瞰なわけだから上から目線なわけだ。

から見られたらムカつく、わざわざムカつかせてくるってことはなんか悪い意図があるんだろう、って感情の流れ。

昔っから音楽でも、文学でも、スポーツでも、サブカルでも、オタクでも、社会でも、評論家とか分析屋がだいたい当事者からは嫌われてるのは、そいつらが「自分客観的で冷静で、岡目八目で君たちのことをよくわかってますよ」って感じのウエメセなのが頭にくるからよな。

そんで現代は、普通の人でもネットで多くの人間言動を目にすることができるようになって、それを元に客観視っぽいことを簡単に言えるようになって、プロ批評家ですらムカつくのにそういう素人批評野郎なんてなおさらムカつくわけで、だから古来以上に客観視だのウエメセだのマウントだの知ったかだの評論家気取りだのが嫌われてる時代だと思う。

勝手に人を定義するなみたいなのもそうだし、主語がでかいとか述語がでかいとか対象語がでかいとかあの辺の手軽な反論がめちゃめちゃ使われるようになったのも、結局客観して俯瞰して状況がだいたい分かったか分析してみました感が腹立つからだと思うわ。

というこの書き込み俯瞰して知った風な口を利いてるムカつく書き込み

2017-10-12

希望の党立憲民主党には、まともな経済政策はなくても、平気じゃね

希望の党立憲民主党経済政策では、若者絶望に追いやる」と、評論家江崎道朗が書いてる。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171011-01411251-sspa-soci

かに希望や立憲民主は、ちゃんとした経済政策の案をまとめてなさそう。

にわか作りの政党でもあるしね。

でも、これって心配する意味は、ないんじゃね?

だって希望の党立憲民主党も、政権を取ることはないでしょ?少なくとも単独では。

だったら、こいつらの経済政策なんか、議論しても仕方ないんじゃないの?

こいつら、どうせ野党だよ?

投票したいときは、野党として存在させるかどうかで投票すればいいだけでしょ?

誰も希望や立憲民主が、与党として経済政策を実行できるなんて思ってないでしょ?

野党に、しっかり経済政策なんかいらないよ。与党に、ときどきツッコミ要求を出せばいいだけでしょ。

2017-10-11

マチアソビにて片渕監督講演会覚え書き

キャラクターに宿る存在感

この世界の片隅に」が目指したこ

片渕須直監督

藤津亮太アニメ評論家

いつもだと自分パソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。

コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画ポーズで止めたかった。

キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標ひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から

絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的パーソナリティを描けるのではないか

世界構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーリアリティが与えられる。

名犬ラッシーからラッシーイギリス舞台エリザベステイラー時代アメリカホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱想像と調べたことの組み合わせで作っていった。

町に住んでいる人達準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。

町を本物らしく見せる鍵は町自体歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。

アリーテ姫リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下職人暮らしを描くことで、アリーテの気持ち世界を描いた。

人の生活を示すことで、キャラクター存在感が出てくる。

大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジクララピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアル世界

当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界みえてなかった。

人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。

魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか

1人の人の中には複数個性バランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。

アリーテ姫原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス原作主人公クレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。

自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。

ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。

この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング悪漢たちの別の顔。

自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。

原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台タイ基本的外国支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランス占領されたりしていた。

アリーテ姫自分人生を歩き始めたところから始まる。

そうじゃないところから始まったのが、ブラックラグーン

最初丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。

ブラックラグーンはこれまでの片渕監督作品イメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。

うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーンマイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。

でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの

1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。

1000年前の世界1000年前の話し。1000年前が真ん中。

ブラックラグーンタイ取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナム香港などは行った。

マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊10回。そちらの方が多い。

発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウ工場社宅。そのカネボウ最後工場長から写真などをもらえた。

事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。

事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。

ハイジクララ矛盾マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。

マイマイ新子金魚が戻ってきたのが最後原作者体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。

原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。

普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。

この世界の片隅にのすずさんは大人少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分意思とは関係無く嫁にいかされる。

すずさんは自分空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。

マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公

すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。

日本アニメドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。

年齢層が上がってきた。巨人の星読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。

長くつしたのピッピルパン企画書を見つけた。タバコや銃のブランド定義ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38ルパン三世カリオストロでは赤いきつねコカコーラを描いてる。

日本アニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間リアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品

手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。

この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実カケラを組み合わせた。

出来るだけ背景を捉える。人物サイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるもの存在感

効果音BGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメ表現より実写の表現BGM無しでも良いかとも思ったが、BGM心理描写ができた。

2017-10-09

■マチアソビにて片渕監督講演会覚え書き



キャラクターに宿る存在感

この世界の片隅に」が目指したこ

片渕須直監督

藤津亮太アニメ評論家

いつもだと自分パソコン開くんですが。今日は藤津さんのパソコンで。

コメンタリー上映会2回目。まだ喋る内容がある。というかしゃべる時間が足りない。映画ポーズで止めたかった。

キャラクター作りについて。すずさんがそこにいるということを目標ひとつとしていた。これはマイマイ新子の頃から

絵空事では無く。肉付け。外側の世界を充実させることで、結果的パーソナリティを描けるのではないか

世界構成要素を本物で描く。我々の作るアニメーションファンタジーとなるのだが、日常空間から逸脱することでファンタジーを描くのだが、実際の世界を描くことでファンタジーリアリティが与えられる。

名犬ラッシーからラッシーイギリス舞台エリザベステイラー時代アメリカホームドラマの影響で作ろうとしてた。ロケハンにも行けなかったので、行ったことの無いヨークシャの炭鉱想像と調べたことの組み合わせで作っていった。

町に住んでいる人達準レギュラーにすることで、街自体を描く。そうやってストーリーにしていった。炭鉱の浮沈や犬を手放すことになったサブシーンを描いていく。考えながら走りながら作っていった。

町を本物らしく見せる鍵は町自体歴史があるという背景。町の川側から町を描くシーン。その世界を裏側から描写する。立体的に書き割りでは無い町。

アリーテ姫リアリティのあるファンタジー。国がどうやって運営されているかとかが描きこまれていた。城下職人暮らしを描くことで、アリーテの気持ち世界を描いた。

人の生活を示すことで、キャラクター存在感が出てくる。

大学入った頃に観た、高畑勲さんの作品の影響もある。ハイジの話し。ドイツの町に住むことになって、ハイジクララピクニックに行くが、楽しんでいたクララが突然限界がきて辛そうになる。二面性。リアル世界

当時はすごいめんとくさいなと思った。学生の頃はみえてない。世界みえてなかった。

人間を描くのはめんどくさいなと思った。名探偵ホームズはやりやすかった。宮崎駿さんが、人間の深みとか書くつもりの無い人だったから。

魔女の宅急便の時にそのあたりに踏み込んだ。普通の人がどう生きてるか。成長していくか。心の構造精神発達心理学など。伊丹十三さんとか岸田秀さんの唯幻論。人はどうできているか

1人の人の中には複数個性バランス。その場に応じて表面に出てくる割合が変わっていく。

アリーテ姫原作は単純なキャラ。悪役の魔法使いボックス原作主人公クレバーでは無いが、ボックスの悪役を掘り下げたことで、アリーテ姫は機転がきいた子になる。

自分を偽って生きているのが、自分たちの正体ではないか?虚飾の魔法使い。本当の人生を生きていない人の描きこみがアリーテ姫から始まった。

ブラックラグーンの作り込み。原作が途中から追いつかなかったので、ストーリーを聞いて描いていった。

この世界の片隅にの径子の台詞。径子は自分自分の道を選んだから。すずとりんはそうじゃない。ブラックラグーンOVA。周りのキャラにも、そうじゃない人生があったというエンディング悪漢たちの別の顔。

自分が選んだ道を歩いていけてる訳ではない。だからこそ、そういうありたかった人生に触れることでその人間を描く。

原作を超えたところを描きこんだブラックラグーン。立体的な背景。タイのような舞台タイ基本的外国支配を受けていないが、南の一部はインドネシア領フランス占領されたりしていた。

アリーテ姫自分人生を歩き始めたところから始まる。

そうじゃないところから始まったのが、ブラックラグーン

最初丸山さんは監督無しで3話ごとに交代でやる予定だった。さすがにそれはまずいだろうと基本設定決めるところをやってたら、丸山さんが監督を全く考えてなかったので気が付いたら監督していた。

ブラックラグーンはこれまでの片渕監督作品イメージと違うので、ペンネームでやるかという話しがあった。マイマイ新子と同時期。

うまくいかなかった人生を書いたブラックラグーンマイマイ新子の周りの大人たちは上手くいってない。原作には1000年前の設定は無かった。国府の話しは出た。

でも、1000年前の話しが出たら、そこをふくらませてそこに見えない世界を描くのがファンタジーであり、そこを描き込むのが本能みたいなもの

1000年前のことをきちんと調べることでファンタジーの描きこみができる。実際の280回くらいの発掘調査報告書を読んで、その中の図を集めて今の地図に重ねる。でも全然足りない。国衙調査でも足りない。でも道路などがわかる。1000年前と今の間にもいろんな世界がある。

1000年前の世界1000年前の話し。1000年前が真ん中。

ブラックラグーンタイ取材にいこうとしてたら、洪水でいけなかった。ベトナム香港などは行った。

マイマイ新子は3回くらいしか現地に行ってない。終わった後の探検隊10回。そちらの方が多い。

発掘調査報告書がメイン。古本屋から写真など。干拓地のきーこ。カネボウ工場社宅。そのカネボウ最後工場長から写真などをもらえた。

事前の知識を持ってロケハンに行かないと見てもわからない。塀のイメージなど発掘している現地でイメージが湧くためには知識が無いと出来ない。

事前に知っているからこそ、現地で発掘している人と話しがきちんと理解し合える。情報をもらえる。今でもあって昨日も泊まらせてもらった。

ハイジクララ矛盾マイマイ新子では子供たちは純粋だけど、周りは思ったように生きられてない。

マイマイ新子金魚が戻ってきたのが最後原作者体験らしい。死んだはずの金魚がまた出てくるという思いが子供世界。おじいちゃんの死の原作での書き込みを外して。

原作者は男女の性愛を描く人。それを入れなかった代わりに死の表現がにじみ出ている。死を描くための映画にしたくなかった。

普通に歳をとって死んだおじいちゃんの話しは重くしたくなかった。で、ヤクザの話しを膨らませた。

この世界の片隅にのすずさんは大人少女から大人への端境期という面が原作より強いと原作者から言われた。すずさんは18歳で自分意思とは関係無く嫁にいかされる。

すずさんは自分空っぽだと思っていたが、実は中にはたくさんあった。

マイマイ新子のきーこ。新子に対して現実的な子。自分には無い想像力を持った新子をうらやましいと思っている。きーこと新子は2人とも主人公

すずは自分の内側にあるものから変化する。空っぽな人はいないが、それを表に出せないタイプのすず。アニメーションやってる人も普通の人。

日本アニメドキュメンタリー性を持って進化してきたと思う。記録性。

年齢層が上がってきた。巨人の星読売巨人軍や二軍。実際にある世界を描くようになってきた。オバケのQ太郎とは違う。観る年齢層があがる。

長くつしたのピッピルパン企画書を見つけた。タバコや銃のブランド定義ピストルで済ませるのでは無くワルサーP38ルパン三世カリオストロでは赤いきつねコカコーラを描いてる。

日本アニメにそういうリアルを描く流れができた。母を訪ねて三千里は、周りの人間リアリティが入ってきて、中学生くらいがみられる作品

手塚治虫さんの漫画の描き方の本。アシスタントに車を描けといったらできなかった。手塚治虫さんの言う車は抽象的な車だったが、今は実際の車。

この世界の片隅にでは実名のある描きこみ。実現できなかったすずさん。抽象的な戦時中ではなく、現実カケラを組み合わせた。

出来るだけ背景を捉える。人物サイズを大きくしがちだが、もっと背景を描く。背景にあるもの存在感

効果音BGMについて。この世界の片隅にでは、出来るだけ実写の音響でということをお願いした。アニメ表現より実写の表現BGM無しでも良いかとも思ったが、BGM心理描写ができた。

2017-10-07

赤川次郎が全盛期の頃は

あんなにたくさん一人で書けるわけがいかゴーストが書いてるって言うは、疑惑っていうか、もう常識みたいな口ぶりで評論家が言ってたな。

anond:20171007121447

自分だったら、教育学評論家を目指して箔を付けるという目的で4,5年教員をやるかな。

一生同じところで教員をしていても全国の子ものためになる仕事はできない。

2017-10-05

11月号の田崎史郎記事を読んだ

https://www.usio.co.jp/html/usio/index.php

見ての通り創価学会出版社雑誌なので公明党自民連立政権ageする記事内容になっている。

内容としては特に代わり映えもなく野党マスメディアが今回の解散について大義なき解散だと批判した事に対する反論

これまでの自民党の実績を並べ立てて最後公明党を「与党内野党」という与党ブレーキ役として立てるという内容だ。

最後自分全共闘に傾倒していた事を引いて「組織とは外部から変えるのではなく、内部から変えていくのが一番な近道である」事を思い知ったというので締められている。これもスシローマニアなら一度は聞いた事がある言葉だろう。

さて、公明党の御用評論家と言えば今までだと佐藤優森田実であったが、今回の記事のお陰で田崎史郎もそこに加わる布石が出来たかもしれない。最後寄稿日が載せられていたが9月21日だった。

そこから今まで情勢ががらりと変わってしまったがこうして見ると与党のやる事はこの時と比べて変わらんだろうなという感じはするのであった。

2017-09-29

CDを見るたびにモヤモヤと苦い気持ちになる

以前、音楽家評論家コラボイベントのようなものに行った。

トークショー音楽を組み合わせるタイプの小さなイベントで、

終了後それぞれの書籍CDの物販があった。

音楽家はあまりCDを持参していなかったようで、

私が購入したアルバム最後の1枚だった。


友人も多少気になっていたようだったので、

「聴いたら貸すね」と話していたら、

「よかったらどうぞ」と、音楽家が友人にCD-Rをすっと差し出した。

私が購入したアルバムと同じ内容の楽曲が、そのCD-Rには入っていた。


その瞬間、私の心は急激にその音楽家への嫌悪感でいっぱいになってしまった。

パッケージを見るたびに、なんだかモヤモヤした気持ちがわきあがってきてしまい、結局1度も購入したCDを聴いていない。


私がお金を払って手に入れた物を、あっさり無料で入手「させた」ことがよっぽど嫌だったのだろうか。

イベントで聴いて、「素敵だな、この音楽お金を払って所有したいな」と思った気持ち

踏みにじられたような気持ちになってしまったのだろうか。


自分が友人の立場だったら単純にラッキーだったなあと喜んでいたと思うのに。

2017-09-28

anond:20170928221809

二人で面白いこと言い合って笑いのビッグウェーブを起こしたいだけなんだけどダメなのかなー?

お笑い評論家とかじゃないか面白いこと言われたらもちろんめっちゃ笑うんだけどなぁ…

けものフレンズ

知人に、10人中8人は知ってるかな?レベルソシャゲを作ってる会社に勤めてる人がいる。今回のけもフレ騒動について、「監督大人としてやってはいけないことをした」「片方の言い分しか聞かない人がほとんどなのがこわい」って感想を述べてて、僕は「あー使う方の意見だな」と思いながらきーてた。ソシャゲやさんに対する偏見である

好きなものを作った人が窮地なら、好きな人擁護してよくない?

だって我々はただコンテンツに金なり時間なりを差し出してじゃぶじゃぶ楽しんでただけの側だ。弁護士でもなければ評論家でもない。ツイッターになんか書いたって、二桁人のフォロワーが見て一桁いいね!がついたらいいとこの、インフルエンサーにはほどとーいところにいるダンゴムシだ。

三月インフルエンザで寝込んでたとき出会ったけものフレンズ。すくねぇ有給5日もぶっ飛ばしながら、元気をもらってそれからずっと大好きで動画配信サイトに月額払って何度も見てる。

2期楽しみだったのにケチついたなぁ。

監督かわってもムカつくしそのままでもそのままじゃないんだろうなと思ったらげんなりする。作画とか画法とか、詳しいことはわかんないけどね。

タイプ

定時⇒仕事の間だけ増田投稿したり見るタイプ会社を出たらほとんど増田を見ない。私(男)もこのタイプ


常駐⇒24時間増田


マンスリー⇒月1回投稿するタイプ


ウィークリー⇒週1回投稿するタイプ


デイリー⇒1日1回投稿するタイプ


流れ星⇒気まぐれに投稿してその後二度と増田を見ないタイプ


観察⇒ROM専


評論家(気取り)⇒トラバ言及する)だけしかしない豚顔面野朗


パンティー⇒パンティー(最近見ない)


低能⇒13時~17時によく見かける


クソ雑魚ナメクジ⇒クソ雑魚ナメクジ


書き込んでみたものの、私は18時~9時の間の増田の流れは全然からない。

夜や深夜はまた全然空気が違うのかな。

2017-09-27

カンチセックスしよ」から16年

東京ラブストーリーがヒットしたときに、これから女のほうからもさそってくるようになると予想してた評論家かいたけど、ぜんぜんそうなってないな。

女向けのエロ漫画でさえ、相変わらずヒロインはその気はないのにイケメンが強引に迫ってくるみたいな話ばっかりだし。

2017-09-25

シン・ゴジラから見える日本という国

去年にシンゴジラが大ヒットして題みたいなタイトル

シンゴジ素晴らし~日本とは~みたいなレビュー大量生産されてたよね

という訳でシンゴジラをみて日本という国を考えてみた

 

問題点を見つけるのは上手いのよね

現代日本ゴジラが出てきたらどうなるのか?

ゴジラ被害以前にここが問題だ、ここがうまくいかない

なぜかとてもリアリティがある

 

じゃあそれをどうするのかって説得力のなさは

皆、解決策は知らないって部分をよく表してたと思う。

Q.ゴジラビーム東京わっちゃった!この後どうするんだろう?

A.いや、そんなことないし業務差し支えありません!

 

Qとりあえずゴジラをどうすればいいんだ?

A.丁度解決策みつけるまで止まります

 

このあたりから苦しい薄っぺらくなったのは

結局提示された困難に目を向けたくないからだろうね。

全力でごまかし、日本はすごいんだから問題ない!で逃げる

 

日本はもうおしまいだ系のネガティブ評論家

色々うんざり悲観論をかまして

何言ってんだコイツ日本はすごいんだから問題ないんだとつぶやく構図にそっくり

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