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はてなキーワード: ポリティカル・コレクトネスとは

2020-05-26

まらない時代が始まる

MeTooセクハラ撲滅運動性愛の炎を消していくよね。

ぼくらは動物で、身体を重ね合わせたら気持ちよくって楽しいのに、ぼくらの文明はそれを否定していく道を選んだんだね。

このまま行くと男女がプライベートなことを話すのは非常識ってなるんだろうな。

付き合ってもいないのに食事に誘うなんてふざけるな。

曖昧関係エッチを楽しむなんて言語道断

効率化とポリティカル・コレクトネス動物としての接触を捨てて、考えるだけのAIに近づいていくんだね。

 

ああ、楽しかったな。

 

プロジェクト終わりに同僚と仮眠室でエッチしたこと

既婚者の派遣さんと個室居酒屋エッチしたこと

飲み会にいた初対面のアラサーちゃんヨネスケして毛布に包まりながらエッチしたこと

インターンの女のコに階段の踊り場で口内射精したこと

 

もうできないんだな。思い出してオナニーするしかできないんだな。

これからまれてくる子どもたちは性愛の楽しみをまったく知らずに、区役所みたいなセックスしかできないんだな。

それって正しいんだけど砂漠みたいな人生だよね。

マーヴィン・ゲイが歌った性愛の輝きは、静かに消えていくんだな。

あの初対面の女のコと見つめ合ってこれからエッチするかもしれないという火花みたいな日々。

それは過去のものになって、「昔は東京でも天の川が見えたんだよ」というようなセピア色の幻想になっていくんだろう。

  

ああ、つまらない時代が始まるな。

2020-05-13

岡村隆史発言問題だけど、Twitter批判コメントには賛同できない

まずスタンスとして、岡村隆史発言批判されて然るべき内容であると思っている。前々からテレビラジオで危ない発言をくり返していたことは知っていたので、今回の騒動の以前から岡村さんまじでもうメディア発言せずに大人しくしてくれ…」とすら思っていた。

だけど、今回のことでTwitterで彼を叩いていたり、番組降板署名運動を行なったりしていた人たちには、どうしても賛同できずにいる。批判コメントを読んでいると無性にイライラしてしまう。

かといって「賛同できない」とTwitterにひとたび書き込めば、岡村隆史擁護するのか!とお叱りのリプライが飛んできたり、結局おまえも男尊女卑なやつなんだよ…という無言の圧力を感じてしまうので、弱気なぼくははてな匿名ダイアリーに思いの丈をぶつけてみることにする。

尚、この記事岡村隆史発言内容の問題性を取り上げているわけではない。発言内容に擁護余地はないと思っている。

岡村隆史批判するツイートノイローゼになりそうなくらいたくさん読んでいくなかで、もしかしたら批判する彼らは「どこでも、だれでも、ポリティカル・コレクトネス(以下、ポリコレ)を意識した言葉で話すべき」と考えているのかもしれない、と思った。たぶんそこが自分との最大の相違点だ。

ポリコレという価値観には基本的賛同する。正しい考え方だと思う。ただ、「誰もがどこでも等しく正しい言葉で話すべき」という思想は、逆に危険だとすら思う。

重要なのは発言した場所だと思っていて、「ポリコレ意識した言葉で話すべき場所」と「そうでもない場所」があるんじゃないかと考える。それはきれいに切り分けられるものではなくて、時と場合グラデーションになっている。いまの深夜ラジオが「ポリコレ無視していい場所」だとは言いきれないが、例えば国会議員の会見と同じだけの意識もつ必要はないだろう。

「深夜」の「ラジオ」の「お笑い芸人」の発言に、そこまで目を尖らせる意味ってどこまであるのか。公衆面前に引きずり出して袋叩きにするムーブメントが、社会をよい方向に進めているといえるのか。

発言問題性はしっかり指摘されるべきだし、岡村隆史には修正してもらいたいところだが、今回岡村隆史を叩いている人は岡村隆史ラジオリスナーではない人がほとんどで(だからあい発言をしていいというわけではない)つまり、彼のラジオはある程度は人が区分された範囲であった、と言える。それって、グラデーションでいうところの、限りなくグレーに近い場所ではないか

そのグラデーション意識されずに、固定化された正しさで捌かれることにおそろしさを感じる。

「誰もがどこでも正しい言葉で話す社会」を理想とする気持ちもわからなくもないが、実際そうなるときっとなかなかの地獄が待っていると思う。なぜならポリコレも抑圧の一種からだ。正しいことであっても、抑圧が抑圧であることに変わりはない。 社会を正しさで漂白していけば、必ず大きなしっぺ返しがやってくる。(遠い喩えでピンとこないかもしれないが、オバマ大統領という正しさのあとにトランプ大統領という地獄が待っていたようなものトランプ当選したことポリコレ的な抑圧から反動だと思っている)。

社会のグレーな場所には、当然グレーな感情が棲みついている。行政世間の声は「そんなものけしからん」「治安悪化させている」といってその一角漂白していく。グレーな場所排除できて一件落着だと言って行政世間はすっきりするだろう。しかし、グレーな場所がなくなったからといって、社会からグレーな感情がなくなったわけではない。グレーな感情は行き場を失い、社会ゾンビのように徘徊する。そしてある日突然、グレーな場所で隠れてなきゃいけなかった生々しい感情衝動が、日曜日電気街に突っ込んでくる。出勤ラッシュ地下鉄のなかでばらまかれる。授業中の小学校刃物を持ってやってくる。

過度に漂白化を押し進めようとするのは、社会というものを単純なものとして考えすぎだと思う。社会混沌としていて、グレーのグラデーションでできていて、とてもムラのあるものだ。そんな気持ち自分のなかで顕著に現れたのが、今回の岡村隆史騒動だった。

あとついでに言うと、もし仮に彼が今回の騒動きっかけに自殺していたら、みなさんどうしていたんだろう、と思う。

2020-05-01

岡村の話

はじめにすごく飛躍した話になることを言っておきます


個人的なことは政治的なこと」といったのはフェミニズムからだが、このテーマはいまやフェミニズムの域に収まっていないと思っている。


結婚しろセクハラ」これはアウトな感覚は私にもあるのだが、それが職場政治的言説(議会や討論など)、アカデミズムの場で言われたら文句なしにアウトだと賛同する。

しかし、職場ではないコミュニケーションの場で同僚に言われたら?あるいは友人に言われたら?

仮に不快に思った私がSNSにそれをアップしたら?その言説が共感して多数にシェアされたら?

あるいはSNSで誰かから言われたら?その反論が広くシェアされたら?

もし、多数の人間社会的関係性に影響をあたえる言説が政治的言説だとすれば、この世の中の仕組みそのものがすでにいやおうなしに「個人的なことは政治的なこと」なしくみになっているんだと、思う。

(多分、もともとそんな境界などなかった。遠かっただけ。SNS政治的言説と個人的言説の距離を近づけただけだ。)


ここにポリティカル・コレクトネスとして、ありとあらゆるコミュニケーションの場を政治的正しさで塗り替えようとする言説がある。

行政統治よりも先に、個人間のコミュニケーションSNSのような一対多のコミュニケーション芸術表現私小説表現などありとあらゆるところに浸透している。

それを支持している人たちの一部は、個人的な苦悩やトラウマをなにか政治的言説に仮託しているように感じる。


これの行きつくさきはなにか。



私小説政治的文脈抜きで語ることはできず、私の日記ですら政治的である可能性がある。


奨学金返済で苦しんだ私は政治によって苦しんだのか。

40手前にもなって結婚できない私は政治的不策の積み上げによって生み出されたのか。

他人コミュニケーションがとれず、友人がほとんどいないのは私の人格障害政治的に見逃されたからなのか。

毒親に生まれたのに救済がなかったのは政治のせいなのか。

私の苦しみは政治的ものなのか。

私の人生政治的配慮からまれたのか。


違う、と思いたい。


私の苦しみは私のものだと、多分5%くらいは政治かもしれないが、残りは単なる不条理だと。

もしくは不条理是正するのが政治仕事か?


違う、と思いたい。


俺は岡村の歪んだ人生観にどうしても共感してしまう。

歪んでてもいいんだと、思わせてくれる、もしくは許しかもしれない。

あいつが断罪されている姿は俺が断罪されているようだ。

人とのコミュニケーションを拒んできたお前が共感できる言説はもうどこにも残されるべきではない、とされ、

深夜のラジオから駆逐され、

せいぜい5chか増田に行き、

それすらもやがて叩かれるようになり、

俺の人生だけ残して世の中から消えるんだろう。


死にたい

2020-03-18

男友達は雑に扱うみたいな棘が燃えますね……

個人的には、これは女サイド、というよりも、最初発言者批判してるサイドの言い分に筋が通ってないと思うんだよな。

男は、というと主語大きすぎて語弊があるけど、最初発言者の人は、どうも女には男とは違うプロトコルがあり、気を遣うことが大事とされるらしいから、男同士でいるときよりは気を遣おう、というのを前提としてきた……っていうのはさすがに読み取れるよね?

俺もそうだよ。どうも女の付き合いというのは気遣いとかそういうのが大事らしい、と薄々知ってはいるので、男の付き合いとは違ってなるべく気を遣って異文化交流しようとしていた。

で、そこに女の側から「『女扱い』してほしいんじゃない! 普通に対等な人間として扱って! 具体的には同性の友達を扱うように!」って言ってきたわけ。

とすると「え? ほんとうに同性の友達と同じように扱ったらこうなるけど?」って言うほかないじゃん? 本当にそれを望んでいるんですか? って。

そしたら「男同士には他人尊重する文化がないのか! 礼節を重んじる女同士と違ってなんて野蛮なんだ!」とお怒りになっている。

先進国民向けにお客様待遇してあげてたら「こんな侮辱的な扱いは信じられない! ちゃん自国民並に扱って!」と言われた発展途上国の人みたいなすれ違いはあるな。

え? お客様待遇やめてほしいの? ほんとに自国民並でいいのね? って確認しただけなのに怒られる発展途上国の人かわいそう。

そして問題は我々は発展途上国で満足しているのであり、むしろ先進国のようには振る舞えないし振る舞いたくもないか発展途上国サイコー! と思っていたりするということだ。

相手尊重しているし自分大事にしているからこそ、「細やかな気配りなんてするのめんどくさいし、相手もそれは同じだろうから、俺とお前のあいだでは最低限の気配りしかしないってことにしといた方がお互い楽。なんか追加で気配りしてほしいこと(疲れたから歩く速度を緩めてほしいとか、ソファ席に座りたいとか、えらいことしたから褒めてほしいとか、そういう)があったら自分から言えよ、俺も自分で言うから」って態度になるんだよな。

相手不愉快にならないようにお互い細やかに気配りしよう」とは真逆理屈だが、それでもこれは配慮ひとつの形なのだ……ということはさすがに理解してもらいたいわけだが。

それなりに配慮の上に成り立っているプロトコル一方的に野蛮だの他人尊重してないだの言われる筋合いはないだろ。多様性とかどこいったんだよ。

少なくとも日頃多様性だの何だのと言っていた女の論客のかなりの割合一方的に男のプロトコルを野蛮だのと決めつけて「あなたにはもっと友達から尊重される権利がある」とか的外れなこと言ってるのは失望しかなかったよ。

いやだから相手尊重してるから相手に余計な気遣い要求しないし自分を可愛がってるから相手に余計な気遣いをしないってだけです……俺は友達尊重してるし俺は友達から尊重されてます……

相手尊重してるから丁重に扱うし自分を可愛がってるので相手から丁重に扱われることを望む、という論理とはまるっきり逆だというだけ。これはどちらが良い悪いでもない。単に同じ前提(相手尊重したいし自分大事にしたい)から真逆結論が出てくる典型的な事例。相手尊重しなくていいとは誰も思ってない。ただ尊重のありかたが違う。

南の島で裸に腰蓑で気楽に暮らしていたらヨーロッパ人宣教師が現れて「裸に腰蓑なんて! もっと自分大事にしてスーツとかの文明的な装いをしなさい!」って言われてる気分。そりゃあんたらの国は寒いだろうからスーツが快適なんだろうけど、こっちだと蒸して暑いだけだから嫌なんだよ、裸に腰蓑がいちばん快適なんだよ、みたいな。

いやある意味宣教師よりも悪質だな。ヨーロッパ人は整った衣服を重視してると聞くからちゃんと長ズボンを穿いていったのに、「我々を侮辱しているのか? 同胞といるときと同じ装いをしろ!」と言われたので「それって裸に腰蓑で行ってもいいってこと?」と確認を取ったらなぜか怒りだした。マジで理解不能。同胞といるときと同じ服を着ろと言ったのは自分なのに裸に腰蓑姿を見て怒りだすとか何なんだよ。

こちら側に問題があるとすれば異文化理解解像度が足りなかったことか。要するに長いズボンを穿いておればいいのだなと理解していたら首に細い布を巻き上掛けを羽織必要があるとは思ってもみなかった、みたいな。それを知らずにユニクロの長袖シャツジーンズで行ったのはまあ悪かったよ。我々裸族としては、なるべく着衣族の習慣に合わせた衣服のつもりだったのだが……)

でもって、これがホンモノの宣教師なら「まあシューキョーやってる連中は頭固いか土地ごとに違う文化があるってわかんないんだね」って諦めモードにもなれるんだけど、日頃多様性とか言ってる人たちが急速に自文化age他文化sageを始めたのは絶句するほかない。びっくりするほど自文化中心主義!

こっちは少なくともあいつらは違う文化を持ってるんだなぁという程度の知識はあったのに、なんであいつらは我々がぜんぜん異なる文化の持ち主だって気づかず今頃になって驚いてんの?

「南国人にも腰蓑は嫌だからズボン穿きたいって人がいるよね」という話なら、「そうだね。スーツは窮屈だから国人みたいにラフな格好したいヨーロッパ人もいるよね」ってだけの話だから異論はないです。

「南国人と言っても色々いるだろ! 一緒にするな!」そうですね。腰蓑族である我々の村でペニスケース一丁の人を見かけたら流石にギョッとしますし、逆にお隣の村に行ったらアロハシャツを着るのは最低限だろという怒られが発生することもあるので、南国人といっても色々ですね。きっとヨーロッパ人の間でも「スーツ着るのめんどい」とか色々なグラデーションがあるんでしょうね。そこにも異論はない。

私たち文化ではスーツを着ている人が重んじられるんです」そうなんですね、ところ変われば色々な文化がありますね。多様性ですね。別にそこに文句はないですよ。そちらの文化ではそうなっているんですか、勉強になります

でも「裸に腰蓑なのはおかしい」とか「スーツもまともに着ないなんて人間として尊重されてない」とか言ってきたら「余計なお世話だうるせえよ」って言わざるを得ないってだけ。だってスーツってパリッと着こなせばかっこいいことは認めるけど暑くて窮屈で着るのめんどくさいじゃん。蒸れるし。裸に腰蓑のほうがよっぽど快適だよ。

で、下手な比喩はこれくらいにしておいて、お互いのプロトコルがこうまで真逆だと、異文化交流のやり方がわからない、っていう人が一定数出てくるのは当然だと思うんですよね。

男女共通プロトコルを新しく作りましょう、という話なら、まあ話を聞く用意はありますよ。男女双方がちょっとずつ快適さを捨てれば成り立つプロトコルってことですよね(男は他人配慮しなくともよい快適さを諦め、女は他人から配慮される快適さを諦める)。

でもどっちかのプロトコル統一なんて無理でしょう? 無理なことを要求するのやめよう?

どっちかに統一すべきだって主張するなら俺は女のプロトコルおかしいから男側に統一すべきだって言うよ? 本気で言うよ? だって雑で鈍感な人間でも気楽に生きていける社会の方がいいもの他人配慮できない人間針のむしろになる世界よりも、配慮してほしいことがあるなら口に出して言えよそうじゃねえとわかんねえんだからよ、っていう世界の方が絶対にいいよ。楽だよ。俺にとっては生きやすいよ。雑で適当な鈍感人間自分が生きやすプロトコルはこっちだよ。気遣ってほしいやつもこれで別に困らないだろ。気遣ってほしいことがあるなら言えばいいんだから

自分が客として気持ちよく過ごすために店員スマイル0円強要する社会よりも、自分労働者として快適に過ごすために無愛想な店員我慢する社会の方がどう考えても健全だろ。

今俺はすっごい女側のプロトコルを悪し様に言ってるわけだけど、このくらいは言っていいよね? 男のプロトコルにはあれだけ雑な批判を投げつけてもポリティカリーにコレクトな界隈では許されてるみたいだし、多少雑に女のプロトコルを叩いても問題ないって理解いいわけだよね?

女側が「それでも私たち配慮しあってお互いに快適な環境を維持するプロトコルの方がいい」というなら、別にそれは止めません。色んなプロトコルがあっていいよね。多様性ってやつだよ。

でもそうすると、何度も言うけど、どうしたって異文化交流のやり方がわからんとか、異文化の人たちが理解不能でこわい、みたいな人たちは一定数出てくるわけ。これは双方にね(もちろん、自文化が嫌だ、あっちの文化が羨ましい、みたいな人も双方に出てくる)。

そこは受け入れよう? 「人間扱いすればいいだけ」みたいな思考停止はやめよう? 「同性と同じように扱ってほしいだけ」がトンチキな要求だって自覚しよう?

友達の前でスーツ着てネクタイ締めてナイフフォークフレンチ食うのが「対等で親密な付き合い」の文化圏と、友達と一緒に裸に腰蓑の格好して手掴みで肉食うのが「対等で親密な付き合い」の文化圏があって、お互いに価値基準がぜんぜん違ってるときに、「人間扱い」なんて言われたってわかるわけないじゃないですか

スーツ民と会うためにわざわざジーンズ穿いてきた腰蓑民に「そんな格好で来るなんて我々を侮辱しているのか! 同胞と過ごすときのような格好をしろ!」って言うのがめちゃくちゃトンチンカンなのはわかるよね? むしろ異文化尊重しようとしているのは腰蓑民の方じゃん?(失敗してるけど……)

共通プロトコル統一しよう、我々も手掴みで肉を食うことにする、というならまあ上半身に服を着るのもやぶさかではないけど、自分たちはスーツナイフフレンチも捨てないけどお前らは腰蓑も手掴みも捨ててスーツを着ろ、それが「人間扱い」だ、なんて馬鹿理屈がありますか。異文化蔑視自文化中心主義にもほどがある。相手を対等な人間と見做してないのはお前らの側だろ……

自分たちの快適なプロトコルを維持したいなら「人間扱い」なんてフレーズ他者には通じないことを理解してください。「人間扱い」に共通見解見出したいなら自分たちのプロトコルを(快適さを多少犠牲にしてでも)変える覚悟を持ってください。

異文化交流はどうしたって理解不能で不愉快ものなわけです。私も何年間か外国に住んで、現地人の友達や親しい人はたくさんできたけど、それでもやっぱりあの雰囲気には違和感がある、ていうか現地人の距離感おかしくね、みたいな感覚は残って、そこが残るってのは結局どれだけ言葉やら習慣やらを勉強したって人類共通プロトコルなんて成立させるのはめちゃくちゃ困難だということじゃないですか。

私が行きたくて行き住みたくて住んだ国でも「やっぱりあいつらの文化にはどうも馴染めないところがある……」となるんだからたまたま同じ社会で隣り合って生きてるだけの人たちがお互いの文化をちっとも理解できないのは仕方ないですよ。だって別に住みたくて同じ社会に住んでるんじゃなくてたまたま隣人として生まれついただけだもの

まあその文化に馴染めないってのはお互いに仕方ないとして、異文化がそこにあることを認識しそういうものなのだ尊重する、が結局のところ第一歩なんじゃないかなぁと思いますね。

異性の文化を野蛮だの尊厳がないだのと侮蔑し「人間扱いしろ」なんて思考停止ワードをわめいてる内はそもそもスタートラインにも立ててないというか、ポリティカル・コレクトネスって知ってる? 多様性尊重について考えてみよう! みたいな啓発講座を受講してから議論に参入してほしいとしか言いようがないですけど……

ていうかこれアレだよな、研究テーマにいちいち口出してきて自由テーマ設定はさせないけど親身に進捗状況を尋ねてくれたり執筆を手助けしてくれたりする教授と、自由研究テーマを選ばせてくれるけど基本放置(会いたいと言えば時間作ってはくれるし指導してくれと言えば論文添削はしてくれるんだが自分からはやらない)な教授とどっちがいいかという話だよな……ウッ頭が……

ちゃぶ台返しすると、そら社会に出て社会人として、つまり同僚やら何やらとして知り合った相手にいきなり「仲良しの男同士のコミュニケーション」は適用しないですよ。そういう男のホモソは親しい間柄に限り、仕事上の付き合いしかない男や女には適用せず、一般社会でそれなりに丁寧な無難な扱いをしておく。それは女も同じでしょ? ただの職場の同僚にそんな細やかな察してコミュニケーション満載の女のホモソは適用しないじゃん? だからまあそれなりの相手には男女双方のホモから離れた中立的な取り扱いをしておけばよろしいのでは……それを「人間扱い」と呼ぶのは友達人間だと思っていないことになるのでまったく賛同しないけれども……)

2019-12-30

ストップ!マヨハラ党」からマヨネーズを守る党、党首代表宣言

おはようございます。朝から大きな声で失礼いたします。「ストップ!マヨハラ党」からマヨネーズを守る党代表、守田 ヨネでございます

先日「ストップ!マヨハラ党」という党が、ある過激発言をして、マヨネーズをこの世から殲滅せんとしていることを耳にしてこのような場所を設けさせていただきました。

私は断固として、かの抑圧勢力から、現行のマヨネーズ自由主義を守る所存であります

かの政党は、党名からして、あたかも全人類マヨネーズ嫌いの方々に対してマヨネーズを無理矢理食べさせるというような印象を与えていますしかしそれは全く事実と異なるものです。もちろん、そうした無理矢理食べさせるというようなことを行う幼稚な人はいると思いますが、大多数の人間は、人の食べ物好き嫌いに対してそこまで興味を抱いておりません。

私の主張をいくつか次のように掲げさせていただきます

マヨネーズが嫌いな人への配慮を求めすぎている

私としても、嫌いな方にあえて食べろ食べろと申し上げるつもりはありません。しかしながら、マヨネーズがかかる余地のあるものにまで「とりマヨ意識改革」と称して糾弾するのはいかがなものかと考えます

たとえばたこ焼き場合、世の中にはタレがかかっているのが嫌な方もいるかもしれません。そうした方にも配慮して、たこ焼きには一切調味料を入れてはいけないということでしょうか。それともマヨネーズだけでしょうか?タコが嫌いな人に配慮して、たこ焼き屋はたこなしのたこ焼きをあらかじめ用意したり、たこ小麦粉が嫌いな人向けには「無」を用意するということを求めているのと同義です。マヨネーズの場合、これらは、単に事前に「マヨネーズをかけないでください」と言えば済む話です。

「分マヨ」として、必ずマヨネーズは分けるともありますが、それらの作業はいったい誰がするのでしょうか。マヨネーズは開封後は要冷蔵です。机の上に出しっぱなしにすることはできません。財源はどこから捻出しますか?アレルギーならともかく、個人好き嫌いのために法制度を整えることのできるリソースはこの国にはありません。この国はあなたたちだけのものではありません。

ハラスメント諸問題矮小化を狙っている

ハラスメント」という言葉は、重みのある言葉です。安易に使っていいものではありません。マヨネーズハラスメントという言葉は、既存ハラスメントの問題を極度に矮小化するものです。世の中にはセクシャルハラスメントパワーハラスメントモラルハラスメントに苦しんでいる方が大勢いらっしゃいます精神病み回復するのに時間を要することもありえます。もちろん、マヨネーズを食べれないことを嘲笑する輩は唾棄すべき存在ですが、党名から読み取るに、ただマヨネーズを使った料理を出しただけでマヨネーズハラスメントだという印象を受けます個人的に嫌いだという問題を過大に表現し、既存の諸問題矮小化を狙うそのさまは邪悪と言えます

③ 食への感謝がない

飽食時代、ただ食べられるということにマヨハラ党の人たちは感謝することを忘れてしまいました。アレルギーならともかく、嫌いというだけの理由で出てきたものを残すのはどうかと思います。もちろん、あえて苦手なものトライしろとは言いません。ただ、少しばかり食べ物を食べられるということに感謝して、たとえ嫌いなものが出てきたとしても食べるという心がけが必要ではないでしょうか。「せっかくブロッコリーが出てきたけど、マヨネーズがかかっているから……」と一切手をつけないでおいて、「マヨネーズが悪!」「マヨネーズをつける提供者が悪!」のように責任転嫁する姿は、好ましく思えません。提供者側が「マヨネーズが苦手な人もいるから…」と分離するのは大変好ましいと思いますが、これを強制するのは、マヨネーズが嫌いであることを正当化し、マヨネーズを撲滅せんと考えているわけです。


以上をうけて、私たちから以下の提言をしたいと思います

マヨネーズが嫌いな人は「マヨネーズが嫌いです。I dislike mayonnaise.」という帽子を常に頭に被り、「マヨネーズが嫌いです」という音声を常に流し続ける

人は見た目ではマヨネーズが嫌いかどうかわかりません。しかし、このようにすれば、見たり聞いたりするだけですぐに「ああ、あの人はマヨネーズが嫌いなんだな」とわかり、配慮可能になります。目だけでなく、耳でも伝わるようにすることは、ポリティカル・コレクトネスとして重要です。

② この帽子かぶっている人への差別禁止する、マヨネーズ好き嫌い均等法案を作ります

人は異端な格好をしている人を容易に差別してしまうため、ハラスメント行為を行った人たちが処罰するための法案を作ります




このようにして、私たちは、マヨネーズがこの世から消えないよう努めてまいります

2019-12-25

anond:20191224224831

これから出会う人は仕事関係者が多いし、仕事さえ頑張っていれば評価してもらえるよ。

子供社会不適合者は仕事上では合わないので、子供時分に言われて気をつけていたことなんかまず言われない。服装容姿年齢出身地学歴その他、仕事上での知り合いにネガティブなことを言われたことは無い。無いは言い過ぎた。まあちょっと変わった人はどこにでもいる。いわゆる飲み会だとちょっと嫌なことを言われることもあるが、今日強制参加の飲み会は無い。

正直なところ仕事上の知り合いが本来的にはどういう思想本質的にどういう人間かなんてどうでもいい。仕事をきっちりしてくれてポリティカル・コレクトネスが共有できていればいい。

これからの方が絶対楽しい絶対楽しいよ。

2019-12-23

公正世界信念の強い弱者の味方

今のネットリベラル左派フェミニストに言いたいのは、自分達の支持者が公正世界信念が強くて弱者の味方といいながら弱い人間に対して攻撃的で外罰的な暴言に近い言動を恒常的にしているのにたしなめもしないこと

ポリティカル・コレクトネスなんてご都合主義じゃないか

2019-12-20

ファクトハラスメント誕生



なお預言者

2019-11-09

anond:20191109202535

それは違うと思ったが

よく考えたらポリティカル・コレクトネスリベラリズムが結果として金持ちにの利益になったという論説はありそう

2019-10-01

ポリコレ言葉狩りをしても数十年するとこうなる

anond:20191001122705

ポリティカル・コレクトネスという言葉流入してきた昭和50年代より以前から放送禁止用語差別用語としてテレビラジオ新聞から消されてきた単語が数十年後どう扱われるかのサンプル。

正確な禁止用語は秘匿されているのだろうけれど「低脳」、「低能」は含まれてきたと思われる。

全国的にはほぼ使われなくなったが、それが地域単位でか家庭単位でかは分からないが細々と生きながらえて、新たに誕生したSNS連呼されたことにより広まりあまつさえクリーン単語認識されてしまっている。

どうすれば良かったのだろうか。

2019-09-17

HIV内定取り消し訴訟ポリコレ

https://www.google.com/amp/s/m.huffingtonpost.jp/amp/entry/story_jp_5d7dde6ee4b03b5fc884f037/

HIV感染理由内定が取り消しになったというのを不服として、男性内定先を訴えて勝ったらしい。ポリティカル・コレクトネス観点から見れば妥当だと思う。

ただ、このHIV男性もよく分からないのが、そもそもウイルスを貰ってしまたこともよく分からないし、なんでわざわざその診断を受けた病院採用試験を受けたのかが分からない。

HIVウイルスを貰ってもちょっとやそっとのことでは他人感染しないし、業務上の付き合いであればまず移すことは有り得ない。それに治療技術が発達したのでエイズ発症も予防できる。したがって、普通にしていれば業務レベルではHIVウイルスを持っているとは普通からない。分からないはずなのに、何故そのカルテを持っている病院を受けたのかが不可解。虚偽申告と言われても仕方ないような気がする。

ポリティカル・コレクトネス観点では「HIVは移らないのにそれを理由内定を取り消すのは不法行為だ!」ということは正論しかないが、イマイチ何がしたかったのか分からない。

2019-08-11

ネトウヨインターネット世論の年表

1992年

ゴーマニズム宣言』開始

小林よしのり信者は「コヴァ」と呼ばれ若年右翼代名詞となる。

2000年

2chハングル板」開設

ネット右翼根拠地として栄える。

2001年

扶桑社版『新しい歴史教科書文科省検定に合格

2002年

日韓W杯

ネット右翼がこれを機にコピペ工作をするようになる。

各板の住人と摩擦を起こし「嫌韓厨」と呼ばれるようになる。

拉致問題

初の日朝首脳会談において北朝鮮拉致を認める。

拉致被害者のうち五名が帰国する。

2004年

韓流ブーム

冬のソナタ』がヒット。韓流ドラマが人気に。

これに辟易する空気につけ込んだネット右翼が「テレビ局在日支配されていて韓流ゴリ押ししている」などと吹き込む。

「反テレビ」「反マスコミ」の空気が拡大しはじめる。

2005年

マンガ嫌韓流』発売

嫌韓厨」というもの存在一般に知らしめる。

この頃からネット右翼」「ネトウヨ」といった呼称が登場し、「嫌韓厨」に取って代わるようになる。

ローゼン麻生

麻生太郎ローゼンメイデンを読んでいた、とする都市伝説が広まる。

後に否定されるが、当時は「麻生漫画好き」との評判が先行してオタクからの支持を得た。

竹島問題

島根県が「竹島の日」を制定したこと日韓問題となる。

ここで日本人対韓感情一時的悪化する。

まとめブログの登場

2chからレス転載するいわゆる「まとめブログ」が登場して「嫌韓コピペ」などもまとめられる。

第一まとめブログ戦争

2005年から2007年にかけてVIPPERとの抗争があり、いくつかのまとめブログは閉鎖に追い込まれる。

2006年

ニコニコ動画」開始

2008年

麻生太郎総理大臣となる

オタクからも嫌われていた福田に対し、人気の高い麻生ネット上で歓迎された。

その際、(2007年参院選で大勝しており)次の衆院選政権奪取の公算が高かった民主党仮想敵となる。

これにより「オタク=親自民党=反民主党」で固まる。

まとめブログの隆盛

初期の人気ブログが閉鎖したことで「痛いニュース(ノ∀`)」などの新興勢力が台頭し、ネトウヨポータルサイト的な役割を果たす。

またゲハ系の「はちま起稿」「オレ的ゲーム速報@刃」、アニメ系の「今日もやられやくやらおん!)」などが人気を集めはじめる。

ニコ動まとめブログ2000年代後半において2ch文化ネットユーザーに輸出する最大の拠点であった。

2009年

民主党政権誕生

ネトウヨVSそれ以外」の戦いだったのが「自民党支持者VS民主党支持者」という形になりはじめる。

2011年

二次韓流ブーム

東方神起少女時代KARAなどK-POPを中心として流行する。

フジテレビデモ

俳優高岡蒼甫の訴えをきっかけに「フジテレビK-POP優遇しすぎている」との理由デモが起きる。

2012年

竹島問題

韓国大統領李明博竹島訪問

日本人対韓感情がめちゃくちゃ悪化する。

対韓感情の推移を眺めると竹島問題ときだけ急激に悪化するのが分かる。

二次まとめブログ戦争

やらおんはちま・刃・ハム速ニュー速VIPブログに対して転載禁止の沙汰が下る。

まとめブログの衰退とともに政治議論舞台Twitterへと移っていく。

自民党政権復帰

民主党は壊滅的な打撃を受けて撃沈、反民主が親自民へと流れ込む。

「親自民&反民主(=マジョリティネット世論)VS反自民マイノリティ)」という図式が完成する。

次第に「ネトウヨ」は死語となっていく。

以下蛇足

2016年

ポリコレ

アメリカ大統領選挙におけるドナルド・トランプの勝因に「ポリティカル・コレクトネスへの反発」「ポリコレ疲れ」が挙げられる。

日本の政治議論にもポリコレフェミニズムグローバリズムなどのレイヤーが被さるようになる。

2017年

リベラル

衆院選に際して民主党民進党)が分裂する。

国民民主党立憲民主党の分類において「リベラル」がキーワードとして取り上げられ、認知度が高まる

反自民ポリコレフェミあたりの属性がまとめて「リベラル勢力と見なされるようになる。

2019-07-23

”はやく人間になりたい”と思ってた

窮鼠、ねこをはんでごめんな!噛むよな!これまで、ずーーーっとはんでた。

さておき、先週末、tofubeatsライブの前売りを買った。

ライブに行くのなんて、本当に久しぶりで、ちょいビビってる。

まぁ、これで取り敢えず、秋までは大丈夫

あれを書いた時点で、俺はまだ境界線上にいると思ってたけど、

よくよく考えたら両親は捨て置けないだとか、

色んなアルバムやら、映画がすげぇ楽しみだとか、tofu見にいく約束だとか。

そういう事が続く限りは、もう、だいそれた事なんて、できっこないとわかった。

油断はしないし、悲しいことをしないよう努力し続けるよ。

から俺が無敵の人ってのは、もう正しくなかった。指摘してくれた人ありがとう

改めて、今、身の回りにあるもの豊かさに気づいた。

正しくは、引きこもり歴すげー長くて、発達障害おっさん夜間大学生だわ。

昔は、毎朝シャワー浴びながら、黒歴史こすり倒して

"ファックファックファーーック(@勝手にふるえてろ)"言ってた。

最近、そういうのほんとに少なくなってた。

あと指摘があったけど、引きこもりなのに夜間学生ってどういうこと?ってのは、

まり書きこんでなかったから年表書いた。世の中こういう奴もいる的な。

長くなりすぎたから、暇な人だけね。最初に謝る。

13-23歳 

ひきこもっていた。よく覚えていない。

母と折り合いが悪く、父と住んでいた。

20くらいのとき高認取得

22のとき合宿免許に放り込まれ

すんげーデブいじりされた。同室の元ヤンと買い出しに行ったときに、

一番デカポップコーンを手にしたら、"納得だわー"といじられる。

俺もすげー納得したので後にジムに通った。

11ヶ月ほどで102kgから62kgくらいまで落とした。

おかげで妊娠線はばっちり刻まれた。

元ヤンは大型取りに来てる人で、車をもってきてた。こっそり海に連れて行ってくれたりした。

浜辺に転がっていたウニに車の鍵を突き立てて、中身をすすった。粗野な味がした。密漁だよな。

ちなみに適正検査は全て最低だったし、VRで受けた危険予測講習では、

飛び出したボール子供もみーんな轢いてしまった。すまん。

24-26歳

引きこもりから、使えねーやつになる。バイトはじめる。

ミスりまくる。高校生バイトdisられまくる。

より良くなったる!と決意。

一時期、はてなに氾濫していたlifehack英語記事を全ブクマ自己啓発書を読みあさる。

"道は拓ける"したかったし、"思考現実化する"したかった。全部、真に受けた。元気だけはあった。

5時に起き始める。勉強する。音読する。運動する。

じっとできない、瞑想できない。野菜350g取れない。今も取れてない。

(でも、キムチ鍋と蒸し野菜は時々やるようになった。)

作業熟練するも、同期より能率悪いことに気づく。

職場に居づらくなる。シフトを減らされる。ジョブチェン

何度か上記の流れを繰り返した後に、

家族の紹介で、初めてスーツを着るような仕事をする。

非正規だったが、二年後には正規に、という今思えばクソほど有り難い話だった。

博多駅そばにある誰もが名前を知ってるような企業だった。

仕事内容はちょっぴり特殊事務って感じだったけど、

これまでの職場で一番人が穏やかで、一番仕事が楽だった。

公衆面前で誰かを痛罵する人もいなければ、生ゴミぶっかけるやつもいなかった。

周りのおいちゃん達はすきあらばタバコ休憩とソリティアしてたから、

コツコツやってればうさぎと亀というか、そこそここなせていた。

なんとなく職場女性が気になったりもした。

お互い読書音楽が好きだったこともあり、すこし話すようになった。

本の貸し借りを何度かした。俺は穂村弘とか、向田邦子とかを貸した。

向こうから江國香織エッセイを借りた。

売れっ子かぁ、と舐めてかかって読んで、ビビりまくった。超よかった。

一緒に中洲ジャズにいった。後ろ姿が凛としていて、綺麗だった。

あと一歩で某委員会に送れるエピソードだったのではないか

職場を離れ、数年後に再会するが、詳細は割愛する。

やれたか委員会の各エピソードは、それがその夜の最適解だと思う。

5時起きは続けてた。DUO3.0やall in oneの例文を単語アプリのflashcards deluxeに突っ込んで、

ひたすらシャドウイングしていた。こういう反復作業めっちゃ得意だった。ADHDで良かった。

ああ、中学行ってないから、導入に教科書発音用にフォニックスは挟んだ。

完全英語上達マップとか、ライフハック記事に踊らされまくってた。俺だけじゃないよな?

あと語彙蓄えた後で、速読英単語音読とかも勿論やった。

例文でコアラの生態を知って戦慄した。毒ばっか食うてんのかよ。

交通事故でしにがちなんかよ。なんか、ごめんと思った。

そこらへんから、色々と英語で読み下せるようになり、面白くなった。

アクセスできる情報が一気に増えて、"ネットは広大だわ”ってなった。

ご多分に漏れrarejobもやった。英会話学校も通った。放送大学の単科受講生にもなった。

超冷や汗かいて、ふるえて、人前で英語を話す度胸がついた。

もっと学びたいと思った。本当に楽しかたから。

何も知らずに上辺だけでやり通すのに無理も感じていた。

貯金もある程度できてたので仕事をやめ、バイトしながら夜間大学に行こうと思った。

一番行きたかった神戸市外大の2部には落ちた。地元の2部に通うことにした。

親の力も多分に借りて、一人暮らしを始めた。

27-今

少し背伸びして部屋をしつらえて、初めて友達を家に招いたりした。

ikeaがある事に感謝した。それっぽいけど、リーズナブル

一年の頃、大分辛かった。生徒の大半は学習に意欲的でなく、先生もそのことに疲れていた。

鳥が先か、卵が先かというような話ではある。

放送大学講義面白かったなぁ、とか思ってた。大学の使い方がよくわかってなかった。

二年になると生徒が減り(体感4割減)、大教室だけではなく、

狭い教室での講義も増えた。すこし質問もできるようになり、楽しくなった。

英語で行われる講義や、留学生混合の講義に参加するようにした。

先生に"どこで育ったの?"と聞かれるくらいには話せた。結構、込み入った議論もできた。

ありがとうはてなありがとうライフハックアジアから留学生の賢さにびびった。

何人かの女性デートする機会があった。

そのうちの一人とは縁あって付き合いが長くなり、同棲した。喧嘩もよくした。

母国語でキレたときやばいと学んだ。まぁ、未だにビビッドな記憶なので、詳細は割愛する。

ただ当時、元彼女家族skypeするのを見ながら、家族観もだいぶ影響された。

俺は正月お盆すらも帰るか帰らないかというぐらいだったが、

元彼女はほぼ毎日おかんと"鯖?"、"じゅてーむ、おぶわー"の人だった。

散々、罵倒しあってきて、今も仲良しこよしじゃないけど、

俺は両親のことを愛してる、といえるようにはなった。

彼女と別れる直前ぐらいから、通院を始めたり、

家族間でのトラブルがあったりして、すごく荒んでいた。バイトもきつくなりはじめた。

弁護士相談とかしながら、家ではおっさんなのに泣いてばかりいた。

まりに身内ネタでエグくて、身内同士でやりあうと行くとこまで行っちゃう感じのやつで、

彼女には心配をかけるばかりで、内容を話せなかった。凄く未熟だった。

ちゃんと話をしない事で元彼女大分傷つけたと思う。

彼女スポイルしてしまう気がして、一緒にいるのが本当に申し訳なくて、別れてもらった。

それから一年半くらい貝になった。よく覚えてない。

休学した。バイトやめた。宅建落ちた。奨学金は打ち切られた。

妹に絶縁された。家から出られなくなった。知り合いにあいたくなかった。

寝れなかった。薬の量が増えた。netflixつけた。

"その他の決済手段選択してください"

限度額だった。水が止まった。未払い2、3ヶ月で止まると知った。

親父がきた。前より老けてた。凄く泣いた。

それから家族と、様々な人の助けを得て、復学できた。

久々に参加した講義で、全く英語が話せなかった。超久々にflashcards deluxe開いた。

DUO3.0やら金のフレーズやらやった。すげぇ楽しかった。一ヶ月くらいで話せるように戻った。

それ以外の、少し背伸びして選んだ講義は歯ごたえあるけど、楽しかった。

質問も良くするようになった。わかんない事が多すぎるし、

三十路になった分、面の皮も厚くなった。

たまに喜んでくれる先生もいて、何だかありがたかった。

後輩だった似たような境遇おっさんが、大学事務室で働くようになってた。

涙が出るぐらい嬉しかった。

食堂のおばちゃんが、まだ俺のことを覚えてた。少し痩せてた。

最近元彼女ともジムで再会した。幸せそうにしていて、ほっとした。謝った。

"学校はいってる?"だとか、"仕事大丈夫?"だとかひどく心配された。

あんな別れ方をしたのに、まだ友人でいてくれるのが有難かった。

それで、この間のやつを書いた。ついたブコメは本当に全部読んだ。

読みすぎるくらいに読んだ。なんか泣いたりもしたし、

俺の考えが至らなくて悪かったと思うことも沢山あった。

一つ一つ返事したかったけど、明日からテスト期間でちょっと難しそうだ。

でも、それぞれのブコメに本当に感謝してる。

昔も今も、俺にとってはブコメの方がその他のメディアよりもずっと距離が近くて。

色んな人が大真面目に、時に露悪的に、物事について話してるのに影響されてきた。


はてぶには、どんなポジションの人でも、弱者に対する視線が柔らかい人が多いような気がする。

そういうのに日々、助けられた。外に出始めてから出会った人々の中には、

本当に人を削るようなことを躊躇わない人も多かった。

みんな、人のこと構ってられるほど余裕がないから。

学もスキルもない俺がアクセスやす職場ほど、ポリコレやら、

アファーマティブ・アクションやら、そういう横文字綺麗事から距離があった。

から、建前であれ、誰かに優しくあろうとする人は本当に凄いと思う。

ポリティカル・コレクトネスの是非とかあるけど、

たとえば"次の007は、若い黒人女性"となったときに、

それを(建前でも)歓迎できない世の中は、ちょっと息苦しいから。

うそう。勿論、joy divisionも好きだし、UniqloコラボTもゲトった。

James Blakeも好きだよ。今年はtoro y moiとかも新譜出したし、

chillwaveが流行ってた頃のアーティストリリースが多くて、嬉しかったな。

あと去年だけど、小袋成彬とか本当にやべー日本人でてきて、それも嬉しかった。

Asianとして、88risingの躍進は楽しんでる。Yaejiかわいい


映画も超好きなまま。最近ラースフォントリアーの"ハウスジャックビルト"を観たかな。

相変わらずの胸糞映画で、芸風変わってねえな!と思った。

あとnetflixリラックマを定期的に見返してる。

恐ろしい労力をかけて作られた、最高の精神安定剤やで。

リラックマたちのフラダンスみてたらどうでも良くなんねん。

シュヴァンクマイエルもびっくりや。

時系列に起こしてたら、はてぶの記事に流されまくりだったわ。

おかげで教育うけられたわ。恋愛できたわ、貝になったわ、もう色々だったわ。

そう言えば、引きこもりやめて、初めてできた友達もはてぶのユーザーだったわ。

まだ見てるんだろうか。

"早朝、パン屋の前を通ると世の中が動いてる感じがして少し嬉しい"って会話、未だに覚えてる。

あの頃、通勤経路に大楠のウーパンベーカリーがあったから、

たまに思い出し笑いしてた。元気にしてたら、うれしい。

さて書いてる途中でエモくなりすぎて、長くなった。もう朝だわ。

でも今は"太陽は僕の敵"ってよりも、"Everybody loves the sunshine"な感じだ。

完全に薬切れてる。

"started from the bottom"だけど、もう"life's a bitch"なんて思わないよ。

たまに食らって"I'd rather be the devil"とか考えるけど、悪墜ちはしない。

"shit, damn, mother fucker"とかいいながらも、

基本は"love is everywhere"だと信じてたい。

まぁ、オールドスクールな言い方すると長文スマソってやつ。





以下、引用とか。

"太陽はぼくの敵" by Cornelius 言わずと知れたクソ野郎。曲はいい。

"everybody loves the sunshine" by Roy Ayers 鉄琴叩いてるファンキーな神。

"started from the bottom" by Drake 元子役。本当はあまり"Started from the bottom"でもない。

"Life's a bitch" by Nas クソみたいな日々だが、俺、お酒控えめにして宝くじ買うぜ!って曲。

"宝くじ愚者への課税"という言葉もよぎるが、団地育ちの20そこそこの黒人が夢を買う手段でもあった。

"I`d rather be the devil" by Skip James NTRソング。切ないファルセットを持った牧師

映画Ghost world"でも使われている。良い映画なのでオススメしたい。

"Shit, damn, mother fucker" by D'angelo NTRソング2。D'angelo現代Prince的な存在

とりあえず天才。そして繊細。キャリアの大半は引きこもったり、薬中してたりする。最近復活した。

"love is everywhere" by Pharoah Sanders 御大。恐ろしくながい曲を作りがち。そしてそのどれもが美しい。

Toro y moi

"Still Sound"

https://www.youtube.com/watch?v=0Gqh4e1S6j0

"So Many Details"

https://www.youtube.com/watch?v=O0_ardwzTrA

Jamese Blake

"The Wilhelm Scream"

https://www.youtube.com/watch?v=isIABK-0ohQ

tofubeats

"Run"

https://www.youtube.com/watch?v=c0wsotqcKr0

小袋成彬

"Lonely One"

https://www.youtube.com/watch?v=OFvyPVWYnK4

Yaeji

"Drink I'm Sippin On"

https://www.youtube.com/watch?v=xoxCItHxLiM

2019-06-04

痴漢の「漢」ってポリティカル・コレクトネスに反さないのかな

痴パーソンと呼ぶ必要がある気がする

2019-04-20

檄(リミックス)

私は、僕リベラルに、このような状況で話すのは空しい。しかしながら私は、リベラルというものを、この僕リベラルを頼もしく思ったからだ。こういうことを考えたんだ。しか日本は、経済的繁栄うつつを抜かして、ついには精神的にカラッポに陥って、政治はただ謀略・欺傲心だけ・・・・・・。これは日本でだ。ただ一つ、日本の魂を持っているのは、リベラルであるべきだ。われわれは、僕リベラルに対して、日本人の・・・・・・しかるにだ、我々は僕リベラルというものに心から・・・・・・

 静聴せよ、静聴。静聴せい。

 リベラル日本・・・・・・の裏に、日本大本を正していいことはないぞ。

 以上をわれわれが感じたからだ。それは日本根本が歪んでいるんだ。それを誰も気がつかないんだ。日本の根源の歪みに気がつかない、それでだ、その日本の歪みを正すのがリベラル、それが・・・・・・

 静聴せい。静聴せい。

 それだけに、我々は僕リベラル支援したんだ。静聴せいと要ったら分からんのか。静聴せい。

 それでだ、二〇十四年の八月の六日だ。何が起こったか。二〇十四年の八月の六日に何が起こったか、二〇十四年の八月の六日にはだ、朝日新聞で、慰安婦関連の記事取り消し、これで大衆世論が完全に反リベラル制圧されたんだ。俺はあれを見た日に、これはいかんぞ、これは僕リベラル唾棄されると感じたんだ。

 なぜか。その日をなぜか。それはだ、大衆世論というものはだ、大衆世論というものはだ、リベラル知的権力欺瞞に気づいていかなる世論誘導も嫌疑できるという自信をもったからだ。

 僕リベラルはいらなくなったんだ。僕リベラルはいらなくなったんだ。僕リベラルがいらなくなったのが、すでに憲法改正可能になったのだ。分かるか、この理屈・・・・・・

 諸君は、二〇十四の八・六からあとだ、もはや憲法欺瞞を守る愚かな守旧派になってしまったんだよ。僕リベラルが何十年間、血と涙で待った護憲ってものの機会はないんだ。もうそれは政治プログラムからはずされたんだ。ついてにはずされたんだ、それは。どうしてそれに気がついてくれなかったんだ。

 二〇十四の八・六から数年間、俺は僕リベラルがまともになるのを待っていた。もうこれで護憲のチャンスはない!僕リベラルが主流派になる日はない!憂国の本義はない!それを私は最もなげいていたんだ。僕リベラルにとって存在の本義はなんだ。自由を守ること。自由を守るとはなんだ。自由を守るとは、社会の公正と多様性を守ることである

 おまえら聞けぇ、聞けぇ!静かにせい、静かにせい!話をきけっ!男一匹が、命をかけて諸君に訴えてるんだぞ。いいか。いいか

 それがだ、いま日本人がだ、ここでもって立ちあがらなければ、僕リベラルが立ちあがらなきゃ、護憲ってものはないんだよ。諸君永久にだねえ、ただアメリカ軍隊になってしまうんだぞ。諸君日本・・・・・・アメリカからしかこないんだ。

 ポリティカル・コレクトネス・・・・・・ポリティカル・コレクトネスに毒されてんだ。ポリティカル・コレクトネスというのはだな、知性主義でこらえるのが、ポリティカル・コレクトネスじゃないぞ。・・・・・・そこでだ、俺は四年待ったんだよ。俺は四年待ったんだ。リベラルが立ち上がる日を。・・・・・・そうしたリベラル・・・・・・最後の三十分に、最後の三十分に・・・・・・待ってるんだよ。

 諸君インテリだろう。諸君インテリだろう。インテリならば、自分らの信条と相反する内向きな議論9条を、どうして守るんだ。どうして国際協調主義否定し、国際協調の上の平和を阻害するような9条議論というものにペコペコするんだ。これがある限り、諸君もの永久に救われんのだぞ。

 諸君永久にだね、今の僕リベラル政治的謀略に、諸君インテリだかのごとく装っているが、僕リベラル衆愚なんだ。きさまたちも衆愚だ。僕リベラルというものは、衆愚を守る大バカ者になったのだということに、どうして気がつかんのだ!俺は諸君がそれを断つ日を、待ちに待ってたんだ。諸君はその中でも、ただ小さい根性ばっかりにまどわされて、本当に日本のために立ちあがるときはないんだ。

 そのために、われわれの宰相を蔑むのはどういうわけだ。

 リベラルからだ。リベラルのために、日本を骨なしにした僕リベラルに従ってきた、という、ことを知らないのか。諸君の中に、一人でも俺といっしょに立つ奴はいないのか。

 一人もいないんだな。よし!知というものはだ、知性というものはなんだ。自分の使命・・・・・・

 それでもリベラルかぁ!それでもリベラルかぁ!

 まだ諸君は僕リベラルのために立ちあがらないと、見極めがついた。これで、俺の僕リベラルに対する夢はなくなったんだ。それではここで、俺は天皇陛下万歳を叫ぶ。

 天皇陛下万歳天皇陛下万歳天皇陛下万歳

2019-04-08

SEKIROの難易度に関する記事ポリティカル・コレクトネス事案

https://automaton-media.com/articles/newsjp/20190408-89265/

いや、叩くつもりでも擁護するつもりでもないんだけど。

あんまり構図を理解できてない人がいるように見えるから


SEKIROの難易度が難しすぎてクリアできない人いるってのは、まぁ容易に想像できることではあると思う。

FROMゲーはキングスフィールド時代からわりと難しいってのは少なくともゲーマーの間じゃ知られてたし。

アーマードコアシリーズものからナンバリングによって違うけど、かなり難しいタイトルもあった。

ただ、この手の西洋記事最近、高難易度ゲーム疑義が呈されるようになってきたのは

プレイの下手くそゲーマー文句垂れてるだけ」

とか

プレイの下手な人でもクリアできるべき」

なんていう単純な話じゃない。

もちろん、大雑把に言えばこの2項対立で間違いないんだけど。


まぁ結論を言っちゃうけど、ようは高難易度ゲーを作って障害を持ってる人とか下手くそな人を排除するのはポリティカル・コレクトネスに反するんじゃないの?

っていう話なのよ。

からずっと向こうのゲームメディアじゃ高難易度ゲームを叩く記事が作られるのね。

全てのゲームメディアがそう言ってるわけじゃなくて、そういう思想を持ったサイトがぽつんつんとあるってこと。

特定思想の延長線上にある話なのよ。


で、それに対して反論してるのが「脳性麻痺を患った人がSEKIROのBOSSを倒した」って記事なのね。

まりSEKIROはポリティカル・コレクトネスに反して無いよって障害者が反論した記事なわけ。

一番最初記事でも意見が出てるけど、難易度アクセシビリティは別なんだよって彼は言いたいわけよ。

脳性麻痺の人が操作し辛いってのがアクセシビリティが低いって話で、難易度問題とは別なのだということなわけ。

2019-01-27

日本アニメプレゼンスは、なぜ下がってしまったんだろう?

みんな忘れてしまったのだろうか。あの祝祭的な季節を。

ぼくは覚えている。それは90年代半ばに始まった。

海外アニメが人気だと新聞に報じられ、日本アニメ国際的競争力を持ったコンテンツだと、盛んに論じられた。

エヴァブーム村上隆アートもそれを後押しした。あるいは岡田斗司夫の各種書籍も貢献していたかもしれない。

アニメ幼児的だとバカにされているが、実はそのローカル性こそが世界では面白がられるんだ。あるいはアニメこそが作家主義を貫いて深いドラマを作れるんだ、とかも言われていたっけ。

まぁ、要するに文学邦画なんてまったくダメで、アニメこそが日本の誇るべき文化なんだ、という論調が一気に広がった。社会学者文芸評論家もこぞってアニメを語るようになった。

国もそれに同調して、「クールジャパン戦略」を唱えるようになった。アニメを輸出して日本文化プレゼンスをあげようとした。これ自体音楽戦略的に輸出したイギリスクールブリタニカ戦略猿真似だったけど、実際にやったことは誉めてやっていいだろう。石原慎太郎が「ほしのこえ」を絶賛していたんだぜ。

そうやってゼロ年代半ばにはクールジャパン論はピークに達していた……しかし、その後の惨状はどうだろう。

まずクールジャパン戦略は無惨にも失敗に終わった。これ自体は今でも施策が続いているが、アニメの姿はなりを潜めて、ゆるキャラや各地の名産品を押し出すようになっている。各国にあるクールジャパンショップも同様だ。

アニメこそがすごい文化なんだ、という論調も次第に静かになっていった。アニメを持ち上げる人が、どんどんいなくなっていった。

それはアニメ自体流行の変化にも原因があるだろう。攻殻機動隊エヴァンゲリオン、カウボーイビバップといった「大人向けアニメ」はあまり作られなくなり、キャラクターのかわいさを押し出す「萌えアニメ」が主流となっていた。

それはまだいい。致命的なのは萌え」が語るべき言葉を持っていなかったことだ。

ゼロ年代にはまだ「萌え」こそが思想的に新しくて最先端の消費行為なのだと言い切ることもできた。「萌え」の言葉意味や、それのなにが新しいのかを語ることができた。

しかし、個別作品を語るとなると、「このキャラかわいい」で終わってしまう。これが決定的にまずかった。

なぜなら、それはクチコミで広がらないことを意味している。エヴァはこういう作品で、ここが面白いんだよ、と説明できる。しかし、萌えにはそれができない。言語化できないってことは、海外にも紹介できないってわけだ。

さらには社会的な風潮の変化も、アニメには打撃を与えているあろう。90年代はまだ表現の自由がどこまでも広がっていくという幻想があった。あれも表現してOK、これも表現してOK村上隆オタクアートはその幻想を土台にして成り立っていた。

しかし、その後にやってきた現実は、大きなバックラッシュだった。ポリティカル・コレクトネスが席巻し、あれもダメ、これもダメ、という世界がやってきている(かつて政治的な正しさは「生真面目なやつらがくだらない批判をしているぜ」とお笑い草にされていた。そのとき空気は、『政治的に正しいおとぎ話シリーズで感じ取ることができる)。

これはアニメにとってとてつもない逆風だ。なぜなら、アニメにおいては奇形であることがクリエティティ証明だったからだ。たとえば、ゼロ年代は「エロゲー」をベースにした諸作品が注目を集めたが、これは今ではとてもじゃないが取り上げられなくなってしまっている。

アニメは今ではかつて(90年代半ば以前)のように「省みられない」存在に戻ってしまった。

日本コンテンツ話題になるのは、コンマリやテラスハウスだ。まだ宮崎駿新海誠はがんばっているけど、かつてのように「アニメというジャンル自体に優位性があるんだ」という勢いはない。みんな忘れているけど、「すべての映画アニメになる」なんて言われていたんだぜ。

今ではアニメ話題になるといったら、アニメーターの待遇がどうだ、といった就労問題ぐらいだ。

しかし、この残念な現実を見るに、なんでこうなってしまったんだろうと首をひねってしまう。あれは幻想だったのだろうか。いったいどこで道を間違えてしまったのだろう。みんなあのころのことはどう思っているんだろう。忘れてしまったのだろうか。あるいはまた盛り上がることがあるんだろうか。日本未来は、これからどうなってしまうんだろう。

2018-12-21

anond:20181221112301

そらアレやろ。業務前提知識の有無的な奴だ。

例えば賢い増田なら「PC」って言葉を聞いたときwindowsPCの事をイメージして、OSXインストールされたMac端末の事をPCとは看做さないし況してやiPadなどもPCとは扱わない訳じゃん。

ところが、一般人からするとMacどころかPC-98のこともPCとするし、なんだったらポリティカル・コレクトネスのこともPCとしちゃうわけだ。

これは何がそうしているのかというと、知識というよりは「歴史認識」の差がこの違いを生むわけよ。

から文章に何がどう書いてあろうと「この人はこの文章を書いたときに何を想定して書いたのか」が明文化されていないと(あるいは明文化されていたとしても)意識合わせって作業必要になるわけじゃん。

具体例を言うと憲法24条には

婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

ってあるわけだけれど、現代人の認識は「両性」っていうのは「雄/雌」を指すわけだけれども、憲法制定時は実は「両性」っていう苗字の人がいて、その人が結婚許可してたとかのかもしれないし。

そこらへんに質問投げてくるとかは単に面倒臭いだけで人の能力がどうのこうのという話でもねえな。

寧ろ丁寧であるとすら思える。

こういうのには、やっぱ思想教育よ。思想教育から始めれば相手が何をおもんぱかってるかのロジックシンプルにすることができるからなw おススメ。

2018-12-11

権力を傘に来て「常識」と言い張る奴はクビにした方がいい

真のポリティカル・コレクトネスはここからはじまると俺は信じている

2018-12-10

ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)は国によって違う

読んで字のごとく、政治的に正しいことなので。

例えば中国では習近平をあがめるのが政治的に正しい

ロシアでは同性愛者を排除するのが政治的に正しい


政治的正しさ民衆及び国家によって規定されるため残念ながら特定意味はない。

情勢が変われば政治的正しさも変わる。

2018-12-03

日本ポリコレって女性限定から男性オーケーな変更が多い

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ポリティカル・コレクトネス

これ見てて思った

性別限定する職業を男女共通で使えるようにするのもポリコレだが↓のように

職業 伝統的な表現 ポリティカル・コレクト表現

議長 chairman chairperson または chair

警察官 policeman police officer

消防官 fireman fire fighter

実業家 businessman businessperson

写真家 cameraman Photographer[要検証 – ノート]

要の人物 key man key person

英語で見ると男性限定表現だったもの女性も使えるようになった例が多い

それに対して日本女性限定名称男性も使えるように変更されたものが多い。

この違いはどこからまれたのか興味深い。

カメラマンビジネスマンキーマンのような海外では既に改定された用語はそのままなのは日本人はマン=男という意識が薄いからだろうか?

従来の用語 中立用語 備考

看護婦

看護士 看護師 2002年保健師助産師看護師法改正男性職業に就いているため。

障害者 障がい者

障碍者 「害」の字が使われていることに不満がある人の感じる悪い印象を回避するため。2001年平成13年)に東京都多摩市最初採用

助産婦 助産師 2002年保健師助産師看護師法改正。ただし現行では資格付与対象女性限定である同法3条)。

保健婦 保健師 2002年保健師助産師看護師法改正

保母

保父 保育士 1999年児童福祉法改正男性職業に就いているため。

スチュワーデス

スチュワード 客室乗務員

フライトアテンダント

キャビンアテンダント (CA) 1996年日本航空が従来の呼称廃止。他社も追随した。世界航空会社では、男性従事している。

土人 先住民 1997年北海道土人保護廃止

トルコ風呂 ソープランド トルコ人留学生、ヌスレットサンジャクリの抗議により、1984年に改称。

肌色 ペールオレンジ

うすだいだい 人種により、肌の色は異なることから

女優 俳優 男優という言葉があるのにもかかわらず、男性のみに俳優という肩書が使われることが多いため。

メクラフランジ 閉止フランジ JISなども改正済み 英語ではblank flange・blind flangeなどと云い、JISでも記号BLと残る

2018-11-01

「私が不快から世の中が対処しろ

「私が不快から世の中が対処しろ」という言説が通常成立しないことは多くの人がわかっている。

そのため、多くのケースで「私が不快から」の部分は「常識良識」「ポリティカル・コレクトネス」「私以外の誰かの被害」といった衣を纏って表現される。

「○○だから性的コンテンツ排除しろ

「○○だからハロウィンをやめろ」

「○○だからオリンピックをやめろ」

これらの発言をするとき、○○の背後には「私が不快から」が入っていないだろうか。

いずれかの言説を非難しながら、別の場面で同じ言説をしていないだろうか。

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