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はてなキーワード: 受け手とは

2017-11-21

https://anond.hatelabo.jp/20171120235424

反対意見多いけど、わりと難しい問題だと思う。

芸術表現として作品性があるものや娯楽は、もともとポリティカルコレクトネスと相性悪いし、実際、まだそこまではPC求められてないと思う。竹久夢二デブも描け、比村奇石貧乳も描けってのは無茶でしょう。アニメ美少女だけでもまだ許される。作品から。娯楽だから

表現を良いものと感じる感覚、娯楽を楽しいと感じる感覚は、受け手五感とか欲望と直結していて、欲望対象って(メディアによって作り出される部分はあるとしても)個人個人それぞれ限定されるものだし、特に、その中でも性欲は芸術や娯楽のフックとしてはとても協力である一方、生殖に直結するから厳選されてて当然であり、もしも老若男女属性わず欲情する人間がいたら相当特殊だと思う。

一方、企業自治体や国やメディア芸術表現や娯楽を提示する時には、それが大きければ大きいほどに公共性とか社会的責任が発生して、ニュートラルな感じ良さが求められ、偏りが出ると差別ってことになる。清潔感があり普通っぽく性的でないものでないと叱られる。「のうりん」はアニメなら問題ないけど、観光協会キャラになるとダメ、みたいな感じ。あるいは単体の作品なら問題なくとも、それらから何らかの賞に選定するイベントが発生した場合には公共性が求められたり(映画賞ノミネートされるのが白人主演ばかりだと炎上する)、業界全体で発売される商品群に明らかな偏りがあると批判される(ゲーム勇者は男ばかり、けしからん、など)

で、元増田の話に戻すと、ヴィクシーのカタログもショウももともと「ヴィクシーっぽさ」みたいな世界観があって限りなく作品性が成立してたよね。元増田は、モデル多様性を持つことで作品としての魅力が失われたことに嘆いているだけで、レイシストとは違う。

でも、ヴィクトリアシークレットはすでに相当に大きい国際企業であり、公共性を求められる立場になってしまった。そうなるとカタログもショウも作品や娯楽ではなく公共物だ。細い白人だけなのは自然だしおかしい→人種や体型を多様にしましょうというところになるのはやむを得ない。

そして、それを突き詰めると今度は「女体持ちだけなのは差別」「若くて健康人間だけなのは差別」となって来てもおかしくない。実際、きれいなランジェリーを着用したい男性一定数いるのだし。80代のモデル身体欠損のあるモデル存在する。

この方向を推し進めていくと、公共特定属性押し出しブランドイメージ表現すること自体が許されなくなるだろうし、広告も掲示物もあらゆる企業企画が、無数の属性提示された中から自分の好きな属性だけを自分なり編集者なりAIなりが編集してそれだけを見るようになって、自分用にチューンされたVRの中で生きることにならざるを得ないよね。それはそれで面白そうだけど。

追記

あるいは公共性を帯びたもの=つまらないもの と思って最初から諦めるという方向もありそう。「バンドは売れるとくだらなくなる」みたいな価値観は昔からあるし。

2017-11-19

anond:20171119090809

元増田だけど、特に最後の2つはすごく為になりました。

三番目のアドバイスは振り返れば確かにそうで、

私は頑張ることや、社会的にした方がいいことをすることが当然であると考えるタイプ人間であり、

まっとうな大人はそうであるべきだと教えられてきたし、自分もそのようにしてきました。

から義務感や責任感で必要なことは遂行するし、非効率だったり改善すべきことは指摘するのが社会的に、組織的には生産的で有意義だと考えてきました。

そして、みんながそういう人間になることを目指しているはずだと。

多分、以前はそう考えていたのですが、現実はそういう人間はすごく少ない。

どちらかといえば、目前の自分の機嫌や快の気持ちを求めている。

それをどこかで悪いことだと捉えているからこそ、今でも罪悪感をおぼえるのだとおもいます

最後アドバイスについては、人を思いやる気持ちを伝える為に過剰にそう振舞うことについて、

表現されなくても察することができない受け手側を責めていたからこそ、自身でもそう振舞うことに疑問を感じていたのだろうなと思います

私のせいで中傷的なコメントを受けてしまっていますが、そんな中アドバイスをいただけたことに感謝します。

2017-11-15

anond:20171115001638

おはなし、

されど、

この作品に力が入れられなかった部分があり、それについて受け手の大部分は気づいていない。そのことについての認識がこの世にあっても良いと思った。

ひいては、あんなふわっとした作戦に賭けてしまうことをおはなしとはい違和感を感じない社会に我々は生きているということについての認識の共有がしたかった。

あの映画では、みんながやるべきことをやって勝ったみたいな精神性で、作戦統合する部分のつめが甘くてなんかそういうところが雑なのも日本的だと思った。また観衆もみんなががんばって勝ったのを見て感動、作戦がふわっとしていることに気がつかない、そんなところが日本的だなと思いました。

全然まとまってないですね

2017-11-14

[] #41-5「注文の多い客」

頭を抱えていると、俺たちに向かって店主が言った。

「食べたのなら席を空けてくれ。次が待っているんだ」

店主が一瞥した方向を見ると、確かに待っている客がいた。

「じゃあ出よう、二人とも」

俺がそう言って立ち上がるも、二人は微動だにしない。

「おい、どうしたんだよ」

別にいつ出て行くかは僕たちの勝手だろ」

タイナイの言葉に弟が頷く。

うわ、マジかこいつら。

俺の漠然とした不安が形になった瞬間である

「この店はサービスや客への配慮がなっていないね

食って掛かる弟たちに店主も怪訝な表情をする。

「はあ……“お客様”。サービスってのは付加価値なんでさあ。座り心地のよい椅子、行き届いた空調、備え付けのテレビエトセトラ義務じゃないことにケチつけられる筋合いなんてねえのよ」

「それは怠慢じゃないかな。俺たちは客としての権利を主張しているだけだ」

ああ、最悪だ。

タイナイはともかく、弟まで“面倒くさい客”になってしまっている。

しかもそれが表面化してしまった。

収拾がつかなくなる。

「ほう~“客としての権利”ねえ。じゃあ“店の権利”ってのを考えたことあるか? 本来、客と店ってのはどっちが上で、どっちが下かじゃない。客が店を選ぶ権利があるなら、店側だって客を選ぶ権利を認めるべきなんじゃねえの“お客様”」

「その“お客様”って言い方をやめろ! 俺たちはちゃんとお金を払ったし、あんたは料理を出したじゃないか!」

「そしてあんたらはその料理を食べた。取引はそれで終わりのはずだって言ってるんだよ。それ以上の付加価値を求め、しかもそれが『当たり前だ』って態度が出てるからお客様”って皮肉ってんだよ。分かったら、さっさと帰った帰った」

「ほら、二人とも出よう」

俺は恥ずかしさでいたたまれなくなって、タイナイと弟の首根っこをひっつかまえる。

そして逃げるように、そそくさと店を後にした。



====

次の店へ歩を進めていたが、俺はどう言い繕ってこの珍道中をやめるかに頭を使っていた。

俺一人で帰るならともかく、弟もとなるとちょっと厄介だ。

タイナイに感化されて、完全にレビュアー気取りだからな。

「はあ、酷い店だったな。星は5つ中、2つ」

「俺も2つかな」

料理は美味かっただろ。付加価値が気に入らないからって、そんな評価は不当じゃないか

「僕はこれまで付加価値考慮して評価してきた。そんな僕があれを他の店と同等以上に評価するってことは、付加価値と何よりそのために努力してきた人たちを否定することになるし、個人レビュアーとしての不信感に繋がる」

「だったら尚のこと感情任せで書いちゃダメだろ。レビュー鵜呑みにして店を選ぶ人間もいるんだぞ」

デタラメなことは書いていないよ」

「そうそう。まあ個人意見から、そう思うのなら仕方ない」

おい、まさかそれで片付けるつもりか。

これはもう、タイナイのほうを止めるのは無理だな。

「はあ……もういい。所詮は俺の好悪の問題しかないってことになってしまうのだろうし。俺は抜けるぜ」

とどのつまり自由ってそういうことでしょ」

「そうだな。ほら、お前の今日の“自由な”様子だ」

スマホの画面を見せる。

そこには弟がレビュアーを気取っている様子が、ありありと映されていた。

「え……これが俺?」

弟本人も信じられないといった反応だ。

あんだけのたまっておいて、やはり自覚がなかったらしい。

「お、俺も抜ける。あの人は才能があるとか言ってたけど、こんなの見てヒいた時点で俺にレビューは無理だって分かった。自分のこんな姿を受け入れられない」

弟の中に、かろうじて自分自身客観的評価できる余地が残っていて安心した。

弟のこの短絡さについては素直に喜べないが。

「そういうことだタイナイ。個人が好き勝手言う権利のもの侵害するべきじゃなくても、それに権威を持たせるとロクなことにならない。弟みたいな発言者錯覚し、受け手はそんなものをアテにして自分の考えを持たなくなる」

「僕はそんなつもりは……」

「お前がどういうつもりかってのは、大衆に向けて発信した時点で側面的なものしかなくなる。お前の言っている“ネットってそういうもの”は、そういうことじゃないのか?」

「……まあ、少なくともマスダたちを止める権利は僕にはないね今日ありがとう、二人とも」

「ああ、奢ってもらったことは感謝する」


俺たちはタイナイを見届けたあと、帰路に着いた。

「これでよかったのかな?」

「こういうとき、俺がお前に言う返しは決まっている。“自分で考えろ”」

「それ、『他人レビューに踊らされるな』ってこと? それとも『レビューもっとよく考えて書こう』ってこと? それとも『店と客の関係性』について? それとも他にも意味が?」

「だから自分で考えろ”って言ってるだろ」

(おわり)

2017-11-13

anond:20171113125921

ネタ生産者が同じネタを繰り返してるのはなんぞやって話なんだけど

さっきからお前さんは受け手の話になんで変換してしまうん?

2017-11-06

anond:20171106172603

ハラスメントになるかどうかは受け手認識が重視される話であって、

立場の違いやLINEの文面自体の印象のみから十把一絡げに結論が出せることじゃないよ。

それをキモいオッサンキモい文例集みたいに晒しバカにしてるから不快なんだよ。

2017-10-21

anond:20171021123018

自分の身の安全が確保された以上の欲求は全部承認欲求がらみだからじゃない?

マズロー欲求階層自尊欲求以上は全部承認欲求がらみだと思う。

自己実現欲求べらぼうにハードル高いが、できたらものすごい称賛されるようなことのためにほかの欲求抑えられるようにみえる。

その承認欲求フルで満たせるようにしたのがSNS

けど、他人の受け入れられない俺を認めて認めてというのはうざいのは元増田のいう通り。

それと、自分が許容できる範囲の「刺激」

適度な刺激は快楽とつながっている。

けど、刺激ばかりでは疲労するのよね。

facebookの次があるとしたらその選択だろうけどなぁ。どうやるんだろ。それこそ脳のスキャンとかしてとかいうことになるかなぁ?

画面の前にいる人の疲労や好みの状況をスキャンして、その状態に会うコンテンツ自動的により分けるとか?

でも、商売でやろうとすると、自分のものを売り出すために広告を出してくれ!ってやつを相手にしないとならないわけだし、それは受け手意向をある程度無視しないとできない。

たとえば、独身男性と見込まれる奴のところにしつこく婚活広告出すとかな。

最近アニメはおもんないって言ったじゃん、嘘つき!

 全然アニメ見なかった自分が去年からアニメを見始めたんだけど、見た作品の7割以上が面白かった。てかアニメどんだけあるの。

※長いので、「どうして面白いのか」のとこだけ読んで下さい。

アニメにハマった経緯

 きっかけは去年の5月、ニコニコ動画西尾維新〈物語〉シリーズ時系列に配信する企画があって、初めて最近?の深夜アニメ?を見てから。それが本当に面白くて、当時のちょっとした楽しみになっていた。

 これまではジブリ作品とかポケットモンスターとかワンピースとか観たりして育ったんだけど、高校生になる頃には殆ど観なくなった。大学生社会人の頃見たアニメはAKIRA、攻殻機動隊くらいしか覚えていない。

 でも去年の10月頃、ひょんなことから精神病院に入院したついでに無職になって、時間を持て余すようになった。今までできたことが、全くできなくなったからだ。それでも〈物語〉シリーズ視聴だけは続けていた。そのうち「他のアニメってどうなんだろう、もしかして面白いものもあるんだろうか?」とか思い始め、今に至る(ちなみに今は職業訓練中)。あとアラサー

どうしてアニメがこんなに面白いのか

1.作品当たりの情報量多すぎ説

 アニメは、世界観があってシナリオがあってキャラクターデザインがあって背景美術があって声があって音響があって音楽があって場面ごとの演出があってキャラの動きがあって…云々、とてもじゃないがその作品を構成する要素すべてを理解するのは難しい。どれだけの人が作品のすべてを理解したうえで、あっちが面白い、こっちが面白い等評しているんだろうか。

 私が作品を観ていて面白さを感じるとき、「あ、このシーンの音楽最高だな」とか「このシーンの美術やべえ、どうなってるんだこれ」とか「ここの演出しゅごい」等、作品の中のごく一部分だけを切り取って考える場合が多かった。それはつまり、切り取り方(主観)が面白さの大事な要素っていうことじゃないんだろうか。たとえその作品が長い歴史の中で使い古された手法で再生産された焼き増しの類だったとしても、他の作品と全く同じという事はないわけで、見方を変えればいくらでも個性は見つかる。新しいアニメが既存の作品と似ているからと言って、どちらかが劣っていることにはならないんじゃないだろうか。

 これまでアニメは1度観たら終わりだったのだけれど、今は同じアニメを見返すたびに新しい発見があったりして、マジで錬金術じみている。なんせアニメは総合芸術ゆえ、多種多様な、千差万別な主観を受け入れられる器がある以上同じ作品でも多様な評価があるはずで、もしどの作品もおもんないというの事実がだとしたら、観てる人たちの切り取り方がどんどん似てきている、つまり視聴者側の多様性が失われているっていうことなんじゃない?

2.作品の多様化

 まだじぇんじぇん作品を観れていないのだけれど、思った以上に表現方法が多種多様で驚いた。最近はキャラクターがCGオンリーアニメなんかもあったりして、すごいよねあれ。表現方法が増えるってことはつまり「何か」を伝える方法が増えるわけで、より多様な人たち、それこそアニメとは無縁の人たちにも新たに「何か」を伝えるアニメが作られることで、面白いと感じた人の絶対数は増えてるんじゃないだろうか。

 また、私が沢山の作品を好きになれたのは専ら作品の多様性のおかげだ。今まで見たこともないような表現に出会って感動するたび、これまでなんとも思わなかった作品が突然面白く感じるようになるという経験を沢山した。自分の「アニメを見る目」どころじゃない、心そのものが多面化していく、豊かになっていく感覚だ。こうしてアニメ多様化するたび、受け手側もどんどん変化していくのだと思う。

3.視聴方法の多様化

 あくまライフスタイルを優先しながらアニメは観るべきで、放送側の都合で観てたら、やっぱり疲れると思う。あれはあれで楽しいこともあるけど…。

 ちなみに私はこれまでアニメを見る=TVを録画するか円盤を買うか?しか無いと思ってたので、こんなにも視聴方法を選べるとは思わなかった(ただしひまわり動画、テメーはダメだ)。なんせ私の兄弟たちは皆テレビレコーダーが大好きで、今もなお空き容量と戦争している。とりわけアニメは熾烈で、「とりあえず一通り録画→早いうちに1話を見比べる→ピンときた作品を残し、それ以外の作品の録画をやめる→CMを削り、ディスクに焼く」と言った具合だ。一方円盤はくっそ高いし、そういうのが嫌でアニメを今まで見なかった。

 ところが、先のニコニコ動画では無料配信があるし、amazonPRIMEでは年間3000円そこらで一部のアニメが見放題だし、abemaTVではアニメが垂れ流しだ。すごない?これ(ちなみにアマプラとd'アニメabemaTVプレ垢契約しました。ネトフリは検討中)。

 そんなわけで、最新作の最新話をリアルタイムで追いかけるのがアニメ視聴のすべてじゃなくて、疲れてるときにはアニメを見なくていいし、1話が微妙だったら観るのを止めて、また気が向いたら見始めれば良いし、見たことなアニメも他のアニメを観るついでに、試聴してみればいい。いっそ5年位寝かせてみてもいい。楽しむためにはこれが必要だと思う。今年の最新作も、2025年頃には「昔のアニメは良かったリスト」に加わってるかもしれないぜ。

4.アニメ視聴以外の楽しみ

 アニメイベントがこんなに盛んだとは思わなかった。1作品でも2回3回とトークイベントとかあるのね。あと驚いたのが、ラジオ。大抵の作品に広報のためのラジオ番組(あるいはニコ生とか)があるという。何かしら作品を深く理解したいと思ったとき、こういう催しはとてもありがたい。作り手の考えや苦悩が作品をより立体的に、奥行きのあるものへ変化させていくし、作る人を好きになるきっかけを与えてくれる。作り手への興味はその人が作る他作品への興味に繋がるので、よりアニメへの造詣が深くなる好循環を生む。マジでトークショー行って良かった。

 すこし脱線するけど、声優ファンって最初はこんな感じだったんだろうか。彼らはよく広報担当として公の場に出てくるから顔と名前を嫌でも覚えるし、その割にはあくまで作品づくりのごく一部を担当する外注の技術者?(クリエイターと言えば良いのだろうか?)みたいなもんなので、作品に対してはなんというか、他のスタッフよりも「ただの作品ファン」側に近い存在のような印象を受けることがある。実際、放送されるまでどんな絵になってるか一度も見てないとかあるみたいだし、作品作りの中核を担っていない場合が多い。すると、アニメ視聴者からすれば声優は「そのアニメ思い入れのある同士」みたいな、変な親近感を覚えてしまう。ほれてまうやろー

ここから余談

 いろんなアニメを観ていると、悪魔みたいな作品に出会うことがある。それはとても不快で、心がざわざわして、二度と観たくないと思わせるような。観たら最後、寝ても覚めても脳裏に焼き付いたシーンがフラッシュバックして、頭のなかであの音楽が流れ続け、胃痛で眉をしかめ、何も手につかなくなってしまう。

 しかも、そういう作品に限って評価することが出来ない。悪夢みたいに思い出すシーンや音楽は美しく、登場人物の瞳は深淵みたいに深く、あの声優の演技は恐怖さえ覚える。そういう作品のどこまでが演出で、どこからが自分の感情なのかわからない。作品のことを一生懸命考えてるつもりが、気づいたら自分の過去の記憶で胸が一杯になってしまう。もはや作品の面白さがどうとか考えられないくらいに、心をかき乱されて頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。

 ああいう悪魔みたいな作品を観ることのできる幸せを、今日も噛み締めています。

最後に、ここ1年位で見た作品を(覚えてる限り)載せときます。検索妨害になりそうだったら消します。長文駄文失礼しました。

機動戦士ガンダム ポケットの中の戦争(1989)

カウボーイビバップ(1998)

攻殻機動隊 TVシリーズ(2002~)

キノの旅 -the Beautiful World- (2003)

APPLESEED(2004)

BLACK LAGOON(2006)

パプリカ(2006)

さよなら絶望先生シリーズ(2007~)

〈物語〉シリーズ劇場版含め全部)(2009~)

東のエデン(2009)

刀語(2010)

侵略!イカ娘シリーズ(2010~)

生徒会役員共シリーズ(2010~)

四畳半神話大系(2010)

gdgd妖精’sシリーズ(2011~)

日常(2011)

てーきゅう シリーズ(2012~)

ジョジョの奇妙な冒険(2012)

絶園のテンペスト(2012)

氷菓(2012)

人類は衰退しました(2012)

キルミーベイベー(2012)

じょしらく(2012)

ポンコツクエスト~魔王と派遣の魔物たち~シリーズ(2013~)

夜桜四重奏 -ハナノウタ-(2013)

境界の彼方(2013)

有頂天家族(2013)

てさぐれ!部活ものシリーズ(2013~)

直球話題ロボットアニメ(2013)

ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース(2014)

ソウルイーターノット!(2014)

結城友奈は勇者である シリーズ(2014~)

四月は君の嘘(2014)

ワンパンマン(2015)

機動戦士ガンダム サンダーボルト(2015~)

機動戦士ガンダム THE ORIGIN(2015~)

ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり(2015)

ふらいんぐうぃっち(2016)

くまみこ(2016)

ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない(2016)

この素晴らしき世界に祝福を!シリーズ(2016~)

ファンタシースターオンライン 2 ジ アニメーション(2016)

Re:ゼロから始める異世界生活(2016)

亜人ちゃんは語りたい(2016)

けものフレンズ(2017)

アリスと蔵六(2017)

正解するカド(2017)

エロマンガ先生(2017)

クズの本懐(2017)

終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?(2017)

サクラクエスト(2017)

サクラダリセット(2017)

フレームアームズガール(2017)

ゲーマーズ!(2017)

メイドインアビス(2017)

プリンセス・プリンシパル(2017)

セントールの悩み(2017)

恋と嘘(2017)

徒然チルドレン(2017)

アホガール(2017)

少女終末旅行(2017)

アニメガタリズ(2017)

魔法使いの嫁(2017)

妹さえいればいい。(2017)

Infini-T Force(2017)

UQ HOLDER! 魔法先生ネギま!2(2017)

宝石の国(2017)

いぬやしき(2017)

此花亭奇譚(2017)

キノの旅 -the Beautiful World- the Animated Series(2017)

<2017-10-22追記>

 こんな与太話に付き合ってくださりかありがとうございます(汗)幾つか気になったコメントがあったので…

・なんの分野にせよ自分がハマり始めた頃を最盛期と思う人が多いから仕方ないね

 書きながら全く同じことを思ってた。例えば私の場合、新作ゲームの評価がまさにそうなっていたりする。恐らく10年前よりも面白い新作ゲームがたくさんあるはずなのに、買う前にやたら躊躇するようになった。そのくせ「面白いゲームないかな-」とか言っちゃってたりするわけで。これに対する答えはきっと無いんだろうけど、強いて言うなら「作品を作る人達への尊敬の念を忘れない」ということなんじゃないだろうか。それを忘れない限り、70歳位になってもアニメゲームを楽しめると信じてる。

・BACCANO!見ようぜ!ヒャッハー

・もう見てるかもしれないけど、攻殻機動隊好きなら「PSYCHO-PASS サイコパスおすすめする

 「○○お勧め!」的なコメントはとても嬉しいです。ただ、本文にもある通り「どんな切り取り方をすると」面白いのか、に興味がある。バッカーノは、原作が成田良悟電撃文庫)、監督が大森貴弘(デュラララ!や夏目友人帳の監督、音響演出兼任)、構成、脚本が高木登(デュラララ!のシリーズ構成地獄少女シリーズの一部脚本)、キャラデザ岸田隆宏(デュラララ!やボールルームへようこそキャラデザ)、音楽が良守信(デュラララ!や夏目友人帳の音楽)みたいな感じなんだけど、夏目友人帳やデュラララ!も好きだったりするんだろうか?とか思う。もしそうなら、上記の中の誰かがグッとくる何かを持っているクリエイターということになるはずだし、そういうのを知りたい。

・最近見たアニメの中で特に面白かったの3つ位あげて欲しい。どういうの好きなのか知ると皆無責任に自分のおすすめアニメ教えてくれるぞ(酷

 アニメを観てると、やっぱり「面白い」作品の中に「劇的に面白い」作品があるなぁ、と感じる。根拠はもちろん主観なので、これは「一般的に比較できる面白さの差」ではないのだけれど。

一つ目:アリスと蔵六

 2017年の作品。原作は今井哲也(月刊COMICリュウ)、監督は桜美かつしふらいんぐうぃっちの監督)、シリーズ構成高山文彦超時空要塞マクロスの演出、機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争の監督)、音響監督岩浪美和ふらいんぐうぃっちプリンセス・プリンシパルジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない音響監督)制作はJ.C.STAFF

 去年見たふらいんぐうぃっちで、桜美かつし岩浪美和すげえ!ってなって、同作のスタッフを見て「これは観るしかない!」と思ったのがきっかけ。脚本と演出と音とBGMと背景美術とキャラデザと声優の演技とが優れた作品だった。難点は見放題方式の配信しているサイトが少ないので、見る機会が少ない点。

二つ目〈物語〉シリーズ

 2009年に始まった作品。原作は西尾維新講談社BOX)、監督・シリーズ構成新房昭之さよなら絶望先生3月のライオンの監督)、セカンドシーズン憑物語などの監督は板村智幸さよなら絶望先生絵コンテ3月のライオンの演出)、キャラデザ渡辺明夫神のみぞ知るセカイグリザイアの果実キャラデザ)、音楽は神前暁らき☆すたかんなぎなど多すぎて書けないくらアニソンやBGMを作ってる人)、制作はシャフト

 同作は作品の章毎にOPやEDが違うという演出がされているのだけれど、それらが全部極めて良い。楽曲もそうだし、アニメーションも。自分の中ではこの作品の魅力は半分くらいOP、EDが占めていて、本編を観るほどにOPEDが輝く。今のところ、すべての作品の中でOPEDが最も優れていると感じる。難点は話数が非情に多く、どの順で観ればいいかわからない点。

三つ目:攻殻機動隊 TVシリーズ劇場版まだ観てないです)

 2002年に始まった作品。原作は士郎正宗ヤングマガジン)、監督・シリーズ構成神山健治東のエデンひるね姫などの監督)、メカニックデザイン寺岡賢司スレイヤーズモンスターデザインやってたらしい)と常木志伸PSYCHO-PASSのメカ監修)、音響監督若林和弘東のエデン、各ジブリ作品の音響監督)、音楽は菅野よう子マクロスシリーズカウボーイビバップの音楽)。

 世界観がずば抜けて優れてる。しかもこの作品はほとんどオリジナルストーリーらしい(原作未読です、すみません)ので、このアニメ作品世界観ストーリーの良さ≠原作の良さと言っていいと思う。軽く「もう一つの地球」が想像できるくらいの深さがあるので、アニメを観ずに考えているだけで楽しい。加えてメカニックデザインもすごく良い。セブロとかマテバとか外骨格フレームとかタチコマとか大好き。菅野よう子の音楽も非常に良いし、ベテラン声優たちの演技もヤバイ。近々新作が作られるようだけれど、世界観と脚本とメカニックデザインと音楽と声優演技が優れているのだからきっと自分好みの優れた作品になるだろうと思っている。

 難点は難しい点。兄弟に勧めてみたけど、「よくわかんない」って言われた。

・好きなモチーフが描かれてないと心が震えないのよな。そのとき作品の巧拙を判断する回路が走る。そうなるとよくできた作品にはなっても面白い作品になることはない。

 よく出来てるなぁ、すごいなぁ。という感覚にエクスタシーじみた何かを感じる事はないだろうか。それは例えば神前暁の音楽だったり、岩浪美和の作る音だったり、江畑諒真アクションだったり、ムーンフラワーの美術だったり、悠木碧の演技だったり。ぶっちゃけそういう技巧的な魅力を感じたシーンの前後の文脈とか全然覚えてないし、どうでも良かったりする。ただあの瞬間をまた観たくて、何度も再生したりする作品を「面白い作品」と評してもいいとおもうけど。

2017-10-14

同じような作品を作り続けられる人って凄いよね

たとえば作曲者が誰なのかハッキリ分かる曲をいくつもいくつも作れる人って真摯だよね。

使い回しだとか引き出しが少ないとか散々言われながらもいつだって同じような曲を作る。

イントロメロディーも裏打ちのドラムもいつだってほとんど一緒。

でも受け手が求めてるのはそれなんだよな。

その人のそういう曲が聞きたいからその人の新譜を買うわけ。

無数の才能を持った大天才でもない人間に求められるのは鍛え上げられた1つ2つの武器

それだけ振り回してくれればいい。

だって作り手なんていくらでもいるんだから

それぞれが中途半端に色々手を出されるよりも、それぞれが自分領域に集中した方がいいでしょ。

それが効率的ってものだし、最大多数の最大幸福でしょ。

2017-10-11

駒崎弘樹氏の記事ウーマン村本の発言恣意的に切り取りすぎ

そのうちtogetterにまとめられそうだけど、暇だから増田でやっとく。

LGBTの人々は「被害者面」してるのか?(駒崎弘樹) - 個人 - Yahoo!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/byline/komazakihiroki/20171010-00076753/

記事内で掲載されている村本のツイートは2つ。

お前だけが被害者面すんな、おれも学歴職業や考えで差別されてると思うことは沢山ある。でも生きる。

https://twitter.com/WRHMURAMOTO/status/914524202308210688

ゲイを笑いものバカか?想像力なさ過ぎだろ、あれはみんなゲイを笑ってるんじゃなく石橋貴明って人を笑ってる。バカ偽善者面して当事者を語るな

https://twitter.com/WRHMURAMOTO/status/917410091334213634

しかし実際に村本のタイムラインを見てみると、この件に関してかなり多くのツイートをしており、上記2件の「間」にも駒崎氏への重要反論があったことが分かる。

最初ツイートから駒崎氏のリプライを受けて2つ目のツイートまでになされた発言は以下。

差別を受けたかどうか、またその傷の度合いは主観的問題で本人にしかからない。周りがどちらがひどい差別を受けたなんてジャッジできるものではない。LGBTとその他の差別を一緒にするな、という発言自体が、

https://twitter.com/WRHMURAMOTO/status/917405938004279296

関係のない第三者勝手差別差別している行為LGBT差別している人と全く同じことをしてることに気付け。LGBTの人でも何も気にしていない人もいるかもしれないし、家が貧しくて(選択しようがなく)学歴を得られなかった人もいるはずなのに、その存在あなた差別している。

https://twitter.com/WRHMURAMOTO/status/917406155755872256

あと勝手事実曲解してくれてるけど、おれはLGBT痛がるな、なんか一言も言ってない。ちゃんとあなたフォロワーにもこれリツイートしとけよ。

https://twitter.com/WRHMURAMOTO/status/917406653242269699

私見を述べさせてもらえば「おれはLGBT痛がるな、なんか一言も言ってない」はやや苦しい言い逃れで、この線で反論するならもう少し字数を割かないと読んでるほうには伝わらない。ただ重要なのはこの時点で村本はすでに「家が貧しくて(選択しようがなく)学歴を得られなかった人もいるはずなのに、その存在あなた差別している」と駒崎氏が無意識に行った学歴差別肯定について批判していることだ。前述のようにこれは記事掲載された2ツイートの間になされた発言から、駒崎氏は記事執筆の時点でそのことに触れることは可能だった。しかし駒崎氏はそうせず、結果としてはてブでは「いや学歴職業差別もどうよ」と論点蒸し返しになってしまった。


以下は上記に続く村本のツイートより。増田URLを貼りまくると投稿できないので割愛するが、詳細は彼のタイムライン確認できる。

(「本気で考えてくれるのなら、もうセクシャルマイノリティーは違うっていうのをやめてください。」というLGBT当事者リプライに対し)

それはおれは違うくていまこそみんなで笑いと差別について考えたい。そして駒崎さんも本気で考えるからこそ憤り を感じるんだと思う。悪意ないと思う。

あと駒崎さんのことはあまり知らないけど絶対おれより立場の弱い人のことを考えてるはず。考えは変わらないけど 、バカって言葉は訂正と反省不快な思いさせた人、申し訳ない。。

ほもおだほもおで傷ついたゲイの人のツイートはここぞとばかりにイイねRTして「当事者がこう言ってるぞ!」って言ってくるのにそれとは反対意見のさっきのゲイの人の意見は、ほぼスルー。都合の悪い当事者無視。中にはフジテレビ石橋さんを叩きたいかゲイを利用してる最低なやつも潜んでる。

沖縄辺野古もそこに住んでる当事者意外が大きく叫んで地元の人が、基地はいるって言ったらそういう意見無視されるらしい。お前の都合のいいように流れを持って行きたいだけじゃないか偽善のお面かぶった本物のクズどもめ。

(これ叩く人は、ハゲネタも叩けよと思う。一貫性が無い。 村本さんの言ってる事のほうが一貫性がある。というリプライに対し)

それを言うとこいつらはLGBTの方が苦しんでるんだ!って言う。ハゲデブ国籍も肌の色も学歴職業も身内が犯罪者ってだけで差別されて子供もいる。でもこいつらはLGBTは違うっ!って本人にしかからない当事者本人の苦しみに勝手順位つける最低なやつら。

沖縄辺野古もそこに住んでる当事者意外が大きく叫んで地元の人が、基地はいるって言ったらそういう意見無視されるらしい。お前の都合のいいように流れを持って行きたいだけじゃないか偽善のお面かぶった本物のクズどもめ。

アベマプライム小松アナが現地の人に取材行って平等にいろんな意見拾ってきてたよ。利権があるない、で大きく分けるとそれ以外の人を置いてくことになる。youtubeにあがってるかも。けどメディア頼りにせずもし本当に知りたいなら、自分で行って聞き込みしてみたら?

デモ権利否定してるんじゃなくそこに住んでる人が自分と反対の意見を言った時に、耳を貸そうぜって話。大切な地元の人の意見をいまからリツイートするからそれちゃんと読みな。

おれは基地反対の人をクズって言ってるんじゃないよ。地元当事者いちばん大事にしようって話。基地沖縄だけの問題じゃなく日本全体の話。誰かの過剰な正義が誰かを傷つけてるんだよ。LGBTの話然り。

からおれは行ってるって。沖縄ライブあるから合間に行ける時見つけて行ってる。そして喫茶店の隣の席の地元おっちゃんとかに話聞いてる。 ね、これで想像と決めつけで発言してるのはお前の方になったよ。お前の理屈で言うけど、おれがなぜ発言してるか、自分で調べてから言えよ。



ここまでのツイート煩雑になるのを避けるためにいくつか抜かしてるので、詳細は村本のタイムラ(以下略

個人的に今回見るべき意見はこの後の一連のツイートにあると思った。

お前らさ、全部テレビお笑いのせいにしてるけどテレビお笑いからそれらが無くなってもほかで残るぜ。だってテレビはいま厳しいからなるべくみんな意識しててのこれだから。それ言い出したらお前らが日頃の会話で何人の人を傷つけてるか。テレビはだめで個人はいいってのも解決にはなってない。

例えば、漫才でのボケのアホキャラ。あれは頭が足りないやつをみんな無意識に笑ってる。例えば、この前電車で男が女に「風俗嬢みたいな服やな!」って言って女が「やめてよ!失礼な!」って言ってたけどそこに2人とも悪意はないけど風俗嬢の人で傷つく人は傷ついている。気付いてない、もしくは

気付かないふりしてるだけでみんな多くのマイノリティーを悪意なく無邪気に笑ってる。そのマイノリティーの人ですら同じ。何度も言うけどLGBTでもなんでも傷つける人の悪意な強さと受け手の繊細さで、目が鋭い一重ですね、でも、泣いて学校いけないやつもいる。

お前らみたいな想像力本質見えないやつのせいで、その当事者が、笑っちゃいけない、特別な人って指さされることをわかっちゃいかない。今回、当事者以外で騒いでんのは無責任に人を哀れんでるクソ偽善者

ね。しかも彼は、おれの他の大切な発言は載せず、取材もせず、おれの発言の一部を都合よく切り取って利用しておれの真意そっちのけで記事書いてるってこと。と言うことは、この人はここでも当事者無視した。

定義は傷ついてるか傷ついてないか最初はそこスタートのはずなのに、職業学歴差別で傷ついてる人の話をすると、同性愛は別だと言って逃げる。ただお前らが学歴差別バカにされて死を考えてる人を知らないだけだろーよ。知らないものは、ないもの、とするな。想像力なさ過ぎ。

ここで「アホキャラは頭が足りないやつを笑ってる」と言うなら「ゲイじゃなく石橋貴明を笑ったのだ」はやっぱ通用しないわけで、案の定リプライで突っ込まれてる。

この増田執筆時点でも村本のツイートは続いてるので今後どっかで取り上げられるかもしれないが、とりあえず。

一応自分意見を言っておけば、村本の主張にも見るべき点はあり、特に「人が自分と反対の意見を言った時に、耳を貸そうぜ」という姿勢評価に値するとは思う。個々の主張内容については粗が目立つし同意できる点よりできない点のほうが多い。

ただしそれ以上に冒頭の駒崎氏の記事恣意的に都合よく切り取って反論やすいところだけにパターン化された反論を並べただけの印象。まずもって多様性を訴える側がパターナリズムに陥っている点で説得力がなく、議論姿勢としても記事クオリティとしても大いに疑問がある。特にフォロワー何万人でテレビに出ている芸人の影響力が」うんぬんを言うなら、あなた記事Yahooトップに載ることを知ってて書いてますよね。なんで無駄下から目線で逆説的に相手を貶めようとするのか?対等や平等を支持する人間として、むやみに格差を作りたがる姿勢はいただけない。

最後お笑いファンとして言わせてもらえば、村本のクズ芸は笑いになってない。嫌われ上等のような威勢のいいこと言うわりに、実際には嫌われたくないのがダダ漏れなのも痛い。ガリクソンがエハラコケにしたり西野声優晒しあげたりしたのが批判されてたのと同じで、村本のは他人に難癖つけるタイプクズから誰も関わりたくないんだよ。ガリクソン西野自虐もできるからまだ可愛げがあるが、村本は自虐しても結局のところ自分が正しいと思ってるのが見え見えだし、ザマン取って変に格もついちゃったせいで更に可愛げが見出せなくなってる。他人に噛み付くタイプクズ芸は山里レベルで話芸と世渡りが達者な芸人じゃないとキツイだろ。まあライブはまだ見てないのでそのうち見に行くけど。あとパラダイスは少しくらい仕事しろよ。一連の騒動中一回もお前の名前見てないぞ。

2017-10-05

anond:20171003064712

すべてのコミュニケーション手段の「結果の責任」は、発信者にだけあるわけではなく、発信者と同程度に受信者にもある。

元ネタが分からいから笑えないというのは、受け手が悪い。

簡単に言えば、ネタバレしながら言う冗談ほどくそまらものはない。ググレカス(久しぶりに使った)

2017-10-02

anond:20171002013410

自分増田氏の主張を正論だと思ったしそう書きました。その上で煽らないで欲しいとも書きました。

繰り返しになりますが、自分は、この件の熱狂の先に新しいコンテンツプロデュースの形を見付けられると良かったのにな。と考えるし、出来るなら今後もこの件に限らず考えてみたいと思います。今ある仕組みは、あくまでかつての商習慣の積み重ねの結果として存在するものしかないので、今後の社会に則した仕組みは、これから組立てて行く必要があると考えます。今までに無い作り手と送り手と受け手の新しい絡み方が見付けられれば、この界隈はもっともっと楽しくなると思います

怒りをぶつける様な書き方をされた事は残念に思いますが、怒るという事はそれだけ真摯にご自分仕事に向合って来たからこその反応なのだろうとも思います。残念に感じられる反応も多かったかと思いますが、どうか増田氏も、ご自身の持ち場において、気を落さずに頑張ってください。

2017-09-29

anond:20170929012021

本当に純粋に、そこまで業界のことを考えて躍起になれる趣味が羨ましいと思ったという記事なのです。

にわかは先に述べたような受け手側の状況しか見ていないと思うので。

ネット上でこれほどの大騒動になったということは、それだけアニメ放送の裏の監督の労力を労っていたガチアニメファンが多かったということでしょう。

個人は全く入り込めていなかったと思いました。

ガチファンの納得する結末に落ち着くことを祈るばかりです。

2017-09-26

anond:20170926133600

常識があり、適度なコミュニケーション能力がある大人限定になるけれど、

近場の雀荘で麻雀仲間になってしまうとか、

バーに入り浸って、そこの客とお話しつつ、友達になるとか、

大人向けの趣味の○○教室スキューバダイビング教室みたいなやつ)に通って、その生徒同士でつるむとかね。

音楽やら映画やらは、鑑賞する側つまり受け手である限り、なかなか趣味仲間を見つけるのはネット以外では難しいかもね。

音楽ならバンド組んで演奏会するとか、映画なら自主制作映画造るとかするなら仲間ができやすいかも。

2017-09-19

コンテンツ創作物自体を好きなんじゃなく、受け手の想いを感じるのが好き

Aというコンテンツが好きなんじゃなくて、

Aのファンたちが、Aのどこが面白いのかを熱く語っているのを眺めるのが好き。

感じる人の想いは、プラス感情だけじゃなく、ヘイトや私欲でも別にいい。

それら全てが一連のムーブメントなんだから

公式よりも二次創作のほうがよく見る。ファン情熱、はたまた一貫した損得勘定垣間見ることができるから

界隈の中で起こる揉め事を眺めるのも好きだ。

まぁ、ミーハーと一蹴されるんだろうな。

2017-09-16

anond:20170916150833

そんなことで絶叫してる奴なんて見たことないんだが

解釈余地のある場面は、平等受け手にその解釈が委ねられるべきであって

一方の解釈絶対であると断言することは出来ないし

読者に作品を届けた時点で、作者自身も読者の解釈否定することは出来ない

それこそ国語問題解いてるんじゃないんだから

2017-09-12

他人に察してを要求する人って、自分他人を察する能力にはちゃんと自信があるのかね。

完全に個人的イメージだけど、察してとギャンギャン言う人にかぎって、自分他人を察してやる思いやりに欠けてることが多い。善意や思いやりの受け手専門家

2017-09-09

アイドルマスター シンデレラガールズ U149 はつまらないという話。

まず何も知らない人に簡潔に書くと、『アイドルマスター シンデレラガールズ U149』(以下適当に略す)とは『アイドルマスター シンデレラガールズ』(以下適略)というゲームコミカライズ作品の一つである

コミカライズとしては原作に対して忠実さ・リスペクトのある作品一定以上の品質もあるのでファンアイテムとしてはそれなりに良いものだ。一方で、原作を知らない人にとっては取るに足らない凡庸漫画ひとつに過ぎないという、よくあるコミカライズ作品である

Web漫画としてサイコミで連載されていて今なら最初から全部読めるので興味がある方は読んでみてもいい。

https://cycomi.com/title.php?title_id=46

こういう前置きをしている私は上記に当てはまらない、アイドルマスターシンデレラガールズ既存ファンである。それを前提にして本題に入る。以降の話は関連作品も含めてネタバレを有することを注意しておきたい。

本題

この作品は非常に退屈な物語である

コミカライズとしては及第点以上を取れていると思う。漫画に限ったことではないが、世の中には自己主張控え目な毒キノコのように見る者を誑かし食することで生命を脅かすように読んだ者の精神健康を害する作品があることを思えばよっぽど良い。そういうものに金を払った経験はいっそ高度な文明的行いのようだった。

さて、それでも私の周りで似たような意見を聞くのでそれを取りまとめておきたい。

作品問題に対する指摘はいくつかあるが、ここでは一つだけ取り上げる。

それは物語が繰り返しに過ぎないということ。

ただし、この言葉には二つの意味がある。既存ファンでなくても気付く点、既存ファンにだけ感じられる点の二点において、この物語は繰り返しである。前者を単調であるといい、後者を焼き直しと呼ぶ。この二点において少しだけ掘り下げる。

単調な物語の繰り返し

今ならタイトルページに全ての話が並んでいるのでそれを眺めれば、この漫画原作のことを知らない方でも各話のタイトルにはより小さな物語主題とその話の順の数字が割り振られていることに気付くし、そのすぐ後には最初を除いた全てがキャラクター名前であり、各話がそのキャラクターに焦点を合わせた内容であることを理解する。

これは単調な物語という問題が、表出しているのである。この作品はより小さな物語の3話毎の繰り返しであるのだ。

物語の主要キャラクターであるアイドル少女たちは9人いる。

この9人のプレティーンが自己存在意義をかけて衝突したり複雑な人間模様を描くということはない主題になっているアイドル以外は添え物で誰でもいい場合が多い。もちろん例外もあるが、せいぜい一対一の関係だ。ここにプロデューサーという『アイドルマスターシリーズで要となる役目を持つキャラクターを加えても何も変わらないことは一読すればわかるということも付け足しておこう。

このように個人に根差し問題解決を3話毎に繰り返している。この個人に根差し問題という指摘は後にも関係しているので覚えておいてほしい。

さて、3話というイテレーションが、序破急が、問題提起確認解決という流れが、如何なる読者にも理解できるのはある切実な悪影響を産む。読者の誰もが次の話を更新を待たなくてもどうなるのか、結末は果たして何処へ行こうとしているのか容易に想像できるし、その想像を超えてくることは絶対にない。個人に完結する問題バリエーションに変化を付けるのは難しい。特にこの作品は主要なキャラクターをプレティーンと限定しているのでそれが顕著に表れる。また、解決手法に目を惹くものがなくむしろただの会話で済んだりするので盛り上がりや起伏、それによる興奮がない。

読者の期待を煽ることは決してなく、要するにただただ単調なのだ

焼き直しの繰り返し

どのようなWeb漫画サイトも同様に、序文に書かれるあらすじを読めば誰でも物語全体の概要理解できるだろう。ここで同作品最後の文を引用する。

さなアイドル達と小さな新人プロデューサーが贈る、新しいシンデレラストーリーが開幕する。

しかし、既存ファンにとってこれは新しいシンデレラストーリーでは無かった。

前項で個人に根差し問題という指摘を行った。これがなぜこの作品既存ファンの心象に退屈さを塩傷口よろしく塗り込まれ現象となる理由は、それは原作ゲームがもう何年も更新され続けているゲームであり、かつアイドルとそのプロデューサーとして一対一の関係を描いているゲームからである

直截的に言えば、そのキャラクター個人の悩みなど従来のファンには既知の事柄であるし、改めて描かれても新鮮味が無いのだ。

また新鮮味という話であれば、最初橘ありすの「宣材写真撮影」に纏わる話は、『シンデレラガールズ』のアニメでもやってるし派生元でも別の派生先でもやってる定番である。その中で言えば解決方法も極めて平凡なのもファンの期待に応えているようで一層下回る。

この作品の最大の特長といえばこれまでフォーカスされなかったプレティーンのキャラクターやそれに見合う矮人族のプロデューサーがいることだ。しかし、如何せんどいつもこいつも真面目に波乱起こす気が無く、二度目になるが盛り上がらない。波乱があればいいとは言わない。しかし波乱が起きないということは、キャラクターという個性を持ち得ないのも同じではないか。ただ低身長の皮を被った誰かの物語に置き換えられる。ただ真摯優等生ソロプレイしか活躍できないキャラクターであるのなら、彼らは彼らである必要がなく、他の誰だっていいのだ。皮だけ派手にしたところで、平凡な物語は平凡だ。なぜ狂言回しと呼ばれるキャラクターが生まれるのか、我々は反面教師を以て理解してしまう。

物語は単調な起伏を繰り返すだけ。計画し尽くされた行程は作り手にとっては満足するものだが、受け手にとっては必ずしもそうとは限らない。我儘な顧客であることを承知で言えば、我々は見たことがないものが見たいのだ。アニメゲームも各々アイドルの成長を描く先駆者だったが故に満足した。そうではない点ももちろんあったが、概ね次の展開を予想できないものだった。しかし本作品はその後追いに過ぎなかった。

我々はこの物語を知っている。恐らく作者よりも。

まり深く内容に触れずともこの作品が読者を退屈にさせてきたことは説明できただろう。

現時点で19話。イテレーションは5回目で4人目の物語解決の途中である。連載10か月。プレティーンは全員で9人いるのでまだ残り半分残っている事実に戦慄しよう。

私は最新話の作者コメント第一話と同じだったことに慄いたが、今見たら差し替わっていたので深掘りしない。その第一話のコメント引用すると、

お待たせしました!いよいよ「U149」始まりますアイドル達の新たな一面をどんどん見せられればなと思ってますので、よろしくお願いいたします!

新たな一面など無かったということはさんざ書いた。

実のところ、我々が期待していたこハードルを超える作品では無かったと思う。それでもコミカライズという点では良評価を当たられる。新規の読者にとってはこれも新たな一面になるのだから

雑感

最新19話は良かった。賑やかしでも他のアイドルが出てくるのは良いことだ。ここで出てくるのは誰でもいいが上の主張とは誓って矛盾しない。賑やかしだけでもいいじゃん、という主張はよく見るがこうなると容易に首肯する。なけなしの起伏だって要らねえや。冗談だが一考する余地はある。

しか最後の見開き、見れば見るほど最終回みたい画だ。つづくって文字が誰かの悪い冗談しか思えない。

10か月やって最初ステージって、悠長過ぎだろう。アニメなんて一か月半でやってたじゃないか

アニメといえば…これでアニメ化してほしいという意見を稀によく見るが、冗談でも口にすることじゃあない。

2017-09-06

ぞんざい

社歴も長いし会社愛着はある方だと思って、普通は嫌がられる仕事を率先してやるようにしてた。

先日、会社過去を振り返るグループインタビューを(他に受け手がいないからと)引き受けたんだけど、割と進行役の重役にぞんざいに扱われて凹んでいる。

とりあえず形としてみんなの意見を拾うけど、お前の話す内容は特に広げないよ、興味ないよ、的な。

引き受けた以上は真面目にやろうと喋りながらも、内心その態度にメチャクチャ傷ついている。

面白いこと言う人を期待してるなら最初から呼ばなきゃいいのに。

多分次からはこういう依頼があっても、積極的に手伝ったり関わったりする事はないと思う。ただただ悲しい。

2017-09-05

アイドルマスター越境

ちょっとTwitter話題だった。

タイムラインではたまに見かけるなあなんて思うくらいの、正直言えばやや苦手な「越境」というもの

とある記事話題になってからは、受け入れられない人がおかしいみたいな論調になっていた。

まあ、わかる。自分の好きなものは皆も好きでいてほしいよね。

でも、越境って接点のないモノだからそこでいやって思う人もいたり、でもアイドルマスターっていうジャンルが同じなんだから接点があるのと同じだよとか。いろいろあると思うんですけど。

一番思うのは「それ、わざわざTwitterで広める必要がありましたか?」ってことです。

だって、そんな嫌な記事をみた誰かが「ああ、いやな人もいるんだな」ってその記事を見なかったフリさえすれば、ここまでもめたりしなかったんじゃないかなとか。思うんです。

実際、SideMアニメ化で某まとめブログ無視しましょう、ってアニメ化決まったときからずっと言ってる人がいるけれど、こういうのに関しては誰かしらが拾って焚き付けてるなとか思ってます同調圧力怖いです。

そもそも言うなって話かもしれないけど、それはちょっと無理なんじゃないかなとか思ったり。

別にその記事に限らないし、多分これも入るとは思うんですけど、そういう「こんな嫌な奴がいたぞ!」みたいな晒上げするのって、少し離れたところから見てるとものすごく怖いです。

皆がすべてをすべて受け入れるんじゃなくて、すみわけができるようになるといいなってこれ書いた人は思ってます。受け皿の大きさは人によって違うものね!

郷に入っては郷に従えって言葉があるけど、何でも押し付けていくといつか破綻してしまうんじゃないかと少し考えている一プロデューサーです。

寝る前に確認しにきたらちょっとだけ気になったので。

受け手自己防衛頑張るのはもちろん必要なんだけど、例えばミュートしやすく「越境」の一つでも入ってたらいいなとか。そしたら越境っていう単語ミュートしてれば見ることが減るわけで。わりと越境ってかかないでツイートしてる人が多いから件の方ももやっとして耐えきれなかったんじゃないかなと推測しています。そういうことをしてもらうのも(こちらはそういう単語ミュートするのも)すみわけの一つかなと。アイドル名前までミュートしたくないですもの

2017-08-29

真木よう子コミケ参戦はコミケ目的に反している

https://anond.hatelabo.jp/20170828024450

上記の記事を読んでの反論です。

記事内の、オタ・非オタであるか、アマチュアプロ法人であるか、営利非営利であるか、などは本件に関係ない見当違いな意見だと思う。

真木よう子コミケ参戦はコミケ目的に反している。というより、全くの逆の考え方をしていると思うのだ。(目的理念については後述)


コミケ同好の士の為の場だと思う。自分の好きなもの表現したり、見つけたり、仲間を探したり、そういう場ではないだろうか?

しかし今回の真木よう子作品は、そこに当てはまるように思えないのだ。

理由は、彼女クラウドファンディングのページにある。参考:https://camp-fire.jp/projects/view/40020

ページトップ文章の一部に、

皆様と一緒にフォトマガジンを作ろうと、試みて居ります出版社を挟まず、皆様の御希望写真、ワタクシの本音。等、多数載せる予定で御座います

とある

まり皆様と一緒に、皆様のご希望写真+αをクラウドファンディング――出資者を募って皆様のお金で作ろうとしている。

先述した内容の通り、コミケ同好の士の為の場だとしたら、彼女は一体なにが好きなのだろう?

写真だろうか、それとも二番目のワタクシの本音だろうか、あるいは自分自身が好きでそれを表現したいと考えているのか。

自分自身表現したいなら正しいと思う。

究極的に創作はそういうもので、何らかの形式ジャンルを倣って表現するのは、その為の手段のはずだ。

彼女自分自身写真という媒体表現したいなら、写真という手法自分というオリジナルジャンル(或いは自分の好きなもの)を表現するとも解釈できる。

叶姉妹場合は、それに似た形ではなかったろうか。

しかし今回の件は違う。

彼女は、皆様をしきりに強調している。

皆様のお金で、皆様の御希望写真を、皆様と一緒に作りたい、と。

さて、最初に『全く逆の考えをしている』と述べたのはこの為である

まり彼女表現者として自己から他者へ好きなもの提供するのではなく、他者から自己へ好きなもの提供してほしいと言っているように思えるのだ。

クラウドファンディング使用は、この点をより顕著にしている。

当該ページのホームプロジェクト本文に、

より皆様とお近づきになりたく、この様な企画を思いつきました。

雑誌タイトル・内容も、未だ何も決まって居ませんので、是非、皆様の意見要望をお送り下さい。

とあるのもそうだ。

上記の文は明らかに、好きなものを外に出したい=表現したいとは書かれていない。

(もし自分本音やそれに類する表現したい内容があるなら、ここに書かないのは不自然だ。穿った見方をすれば、他者の好きなもの(或いは自己への好意)を内に取り込みたいようにも見える)

この根本的な表現の間違いが、"真木よう子コミケ参戦問題"の肝だと思う。

表現者としての内と外の優先順位が逆なのだ

自分の好きなもの(内)を他者(外)へ出す、のではなく、他者の好きなもの(外)を自分(内)へ入れる、という目的では、まるで読者(受け手)の目的である

例え結果的には同じ出版物であっても、コミケの、そして表現者目的に反しているという点が、この件の問題ではないだろうか。



記事への反論について

真木よう子氏は既に本件について謝罪しており参加中止を表明している。ネット上のコメントやまとめには、当記事と同じような発言も幾つか見られる。

それをわざわざ取り上げ反論したのは、記事の内容に不満があったからだ。

筆者に悪気があったとは思わない。コミケ文化を憂慮して書かれた記事だと思うが、結果として悪い印象を与えていないだろうか。

彼は真木よう子氏に問題はないとし、各々の批判問題のない理由を挙げている。

(なお、当記事への批判は以下が該当するように思われる。しか交流表現は別物であり、作家表現を前提に交流している。当記事反論はその表現目的に反しているというものだ)

参加目的に「(ファンの)皆様と会いたかった」と言ってる点を持ち出し、参加するなと批判している人がいるが、

同人作家で、「買ってくれる人や~~さん(同人作家)と交流が楽しみ」みたいな呟きをしている人なんて簡単に見つかるし、

彼のいうように、オタ・非オタアマチュア法人営利非営利コミケには関係ない。それには同意だ。

だが、最終的にオタが非オタ排除したような結論になっているのはどうなのだろう。

特に、オタというもの境界定義ますます曖昧になっていくであろうこれから時代に、

とあるにも関わらず、皮肉にもこの記事はその境界問題蒸し返しているように思える。

個人的な話をさせてもらえば、自分子供の時分は、まだオタク犯罪者予備軍という印象が強く、オタクというだけで世間から白い目で見られる時代だった。

だが、様々なメディアを介して有名になり人気も上がり色々な人が集まるようになり、現在は既にオタク一般人境界は限りなく薄く微かなものになったと思う。

そうした時代にあって、この記事は結局はオタク一般人(あるいはそれに類する言葉)の影に怯えているように見えるのだ。

彼にはそう思えたのかもしれないし、実際そのような考えの人もいるかもしれないが、オタクであるかどうかはこの問題を正しく捉えていると思えない。

そもそも自身も、

まず、コミケは、オタのためだけの、非オタは参加を許されない祭典ではない。

と言っているではないか

コミケの参加に関わる内容は、コミケ参加者とすべきで、不要言葉のくくりを認めるべきではないのだ。

これから時代に大切なのは曖昧境界に怯えるのではなく、境界を取り払い同じであると主張する勇気ではないだろうか。



目的理念について(補足)

最初タイトル理念と書かず目的にしたのは直観的なものでした。(タイトルを先につけた)

なんとなくコミケ理念なんて仰々しいものでなく、もっと単純で根本的なものだと思ったからです。

記事を書いている途中で見つけたのですが、http://www.comiket.co.jp/info-a/WhatIsJpn201401.pdf

コミックマーケット理念は、

コミックマーケット同人誌を中心としてすべての表現者を許容し継続することを目的とした表現可能性を広げる為の「場」である

とあります

記事は、その理念の前半の表現者について、表現目的に反している、延いてはコミケ目的を満たしてないと論じて、後付けですが一応タイトル回収?できているのではないでしょうか。

いやほんと、長々と失礼しました。

2017-08-19

不快から止めて」と言える人ってすごいな

他人不特定多数に向けてやっていることを自分一人の不快感だけで止めさせようとする神経ってすごいな。

なんで自分がその不特定多数に該当しなかっただけだと思わないんだろう。

自分にとって不快ものが送り手と受け手の間で流通してることすら気に入らないんだろうか。

「そういう価値観がはびこるのが嫌だ」とか、他人自分価値観強制できるほどお偉い人なのか。

そこまで自分価値観が正しいと思える神経が羨ましいわ。

2017-08-18

https://anond.hatelabo.jp/20170818151255

やはり主義者と言うからにはそのくらいの域に達している必要があると思う。

受け手によっては、○○は差別主義者だという主張は、

○○はKKK同類だという非常に重い主張と同義

反差別主義者はそんな重い言葉をよくもまあ軽々しく扱えるなとある意味感心する。

2017-08-12

リア充になれなかった俺がせめてネト充になろうとして失敗した話

先程はてなIDを取得した足で投稿する。ここについては匿名チラ裏できる場所という程度の認識しかない。

あわよくばニコニコニュースで取り上げられたり、有名な「保育園落ちた日本死ね!!!」みたいな壮大な反応を貰えるかもしれないという希望のみでこれを書く事に決めた。

俺の唯一の情報発信源、Twitterではフォロワー数293。社会問題等に対策を発案したりと、どれだけ社会に一石を投じた気になっても誰もリツイートなんかしちゃくれない。

俺の悩みは実は結構サイレント・マイジョリティではないかと思う。現代若者代弁者のつもりで一筆書かせていただく事にする。

俺は漫画家志望歴13年目を迎える20代中盤の非正規雇用者だ。今の職場ホワイトだが持病のせいで来年も居れる保証は無い。

確かなのはどんな職に就こうがクリエイターへの憧れを捨てきれないだろうな、という確信のみである

だが実の所、そんなに創作活動をしている訳でもない。産みの苦しみというのはイライラするし、むしろ創作は嫌いなのかもしれない。

いつも作品の断片的なもの妄想しては創作した気分に浸って床に就いている毎日だ。最早俺は、老後のように生きる目的を失っている。

大学に入った。漫画に専念するためにあえて地方バカ私大を選んだ。そして漫研の部室に籠りっきりの青春を送った。

当時から薄々感付いてはいたが、それに気付きたくはなかった。数こなせばどうにかなると信じていた。要するに、俺は要領が悪過ぎたんだ。

どんなに描いても上達しない。不器用過ぎて何を描くにも時間がかかり過ぎる。結果、かけた時間の割に何の成果も出なかった。

どれくらい下手かというと、昼間は彼女を小脇に麻雀三昧、夜は彼女とよろしくやってるような半端な志の後輩にも劣る程だった。

何度か持ち込みの経験もさせてもらったが、結局俺は在学中に漫画家デビューする事はできなかった。

1年のフリーター期間を経て、俺は体よく上京するために今の職に就いた。詳細は省くが、サーバー室でPCをカタカタやってる仕事である

これが見事に向いてなかった。業務煩雑だしどれもこれも似通っていて覚えきれない。メモを取る余裕も無い。一度は教えてくれた先輩も今や辟易している。

自律神経をやられて奇行が出始め寮の先輩にもどやされる毎日。慰めてくれる彼女もいない。自分存在価値を疑うようになる。自殺一歩手前の精神状態だった。

そんな折に思い出した。そうだ俺は漫画家を目指していたんだ。漫画家にはなれなかったけど、これまで伊達に頑張って来た訳じゃない。

たとえリアル悲惨でも、ネット上ならばこの力でひと花咲かせられないだろうか。これが俺の唯一の生きる希望になった。

当時から俺の情報発信手段フォロワー250そこそこのTwitterのみである目標としてはこの10倍は欲しい。

最初仕事愚痴ばかりだった。とにかく同情して欲しかった。だけど誰も相手にしてくれなくて腹が立った。その怒りをツイートに込めても一向に反応は来なかった。

一方で職場環境が一変する。勘違い上司による一喝で俺は精神的にノックダウン、しかホワイトな社風に救われ、雑用係的なポジションに転属となった。

考えようによっては余計に存在価値を疑う業務だが、とりあえず創作活動を行うだけの精神的余裕を確保した俺はTwitter作品投稿を始めた。

確認させてほしい。画業10年以上の中の人によるTwitterアカウントであるフォロワー数、ふぁぼ、RT期待値は如何程であろうか。

勿論俺はそれ程の期待をしていたし信じていた。リアル悲惨反動ネット上で大ブレイクを巻き起こす。そんな一発逆転ストーリーを世のダメンズたちに届けたかった。

結果は2である。これは俺が投稿した絵に対するRTやふぁぼの中央値である。もう一度確認させてもらうが、画業10年以上のアカウントである

働かない言い訳クリエイターを目指してるニートアカウントではない。これほどに無情な事があってたまるものであろうか。

俺は偏屈オタクなのでひとつマイナーな界隈に居続けているが、それでも絵師と呼ばれる連中はフォロワー数に関係なく100ふぁぼくらい余裕で集めていた。

まり期待値100ある界隈で、たったの2しか得られないのである。俺の10年間は何だったのか。職場での臥薪嘗胆の日々は何だったのか。

憤慨していると、TLにまるで俺を煽るかのように、神絵師様の作品が3桁の成果を引っ提げてRTされてくる。何様のつもりなんだ。

俺はお前と違って趣味で楽しくお絵かきしてきた訳じゃないんだ。背水の陣を敷いて死ぬ思いで描いて来たんだ。正当な評価を寄越せ!

どいつもこいつも成果成果というがこちとら出せる力の全てを出している。これ以上どうしろと言うのだ。改善点があるならば受け手問題だろう。

青春の全てを捧げて、親に凄まじい出費をさせて生きてきてこの成果である。世の中何のために生きているのかわからない糞野郎がのうのうと暮らす中、

大志を抱いて身も心も削って来た俺にはこの仕打ちなのか。いや、怒りをぶつけるべきはこの十数年間全く成長できない自分なのか。

でも知った事じゃあない。俺はベストを尽くしたんだ。その片鱗を見出せない衆愚を恨むべきか。

もう全部が狂っている。俺は経歴相応の実力を発揮すべきだし、絵師はその席を譲るべきだし、ロム専は作品本質を見抜く目を養うべきだ。

それが社会活躍できない俺みたいなのに対するせめてもの対価だと考える。クリエイター職は一般社会適応できなかった連中の一発逆転の最後の砦であり、

才能溢れる天才技術をひけらかす場であるべきではない。そういう奴はそもそもまれ持っての器量があるんだから絵なんか描いてないでネクタイ絞めてろ。

去年、俺はADHDの診断を受けた。社会人としての才能が無い証明と、芸術家としての可能性を秘めている証明である

こんな人間ワーカホリック用の仕事押し付けたって無駄である。いいから絵の仕事を寄越せ。それが世の中に一番貢献できるんだ。

俺はこれでしか世のために尽くせないんだから絵師は黙って身を引いてビジネスマンとして1千万でも2千万でも稼げばいいさ。

なんて長々とかいたが結論。『いいね寄越せ』それがこのネット社会における第一の願望だ。

ひい爺さんみたいに戦争で死にたくはないし爺や親父のように会社に出て家族を守るだけのアリみたいな一生を送りたくもない。

目立ちてえんだ。あわよくば法外な金が欲しい。だからその訳のわからねえ絵師様にいいねする暇があるくらいなら、俺にも寄越せ。それが全てだ。

※※追記※※

コメントくれた方、ありがとう2chボコボコにされた事とTwitter無視を決め込まれた事しかいから、もっと死ね死ね言われるものだと思っていた。

そうであっても反応を貰えるという事自体が破格の待遇であった中、建設的なアドバイスや率直な感想をいただいけて幸せ者です。

ニュースサイトに紹介される程の記事でもないだろうけど、積りに積もってた鬱憤を吐き出せてこれはこれで満足した。

まあ、今後も似たような投稿をするだろうけど、これはもう十数年間積りに積もった事なのでいただいたアドバイスをすぐにフィードバックさせるのは難しいかもしれない。

こんな奴もいるんだなというファンタジーをみるつもりで見守っていただければ幸いに思う。

2017-07-27

メディアの騙しの手口一覧

メディアだけじゃないけど

物は言いようってやつ

 

「◯◯が増えている」 「◯◯が急増」 

 

よくよく調べると別に増えてない、あるいは微増というパターン

受け手が調べないことを良いことにウソを言う

しかし割りと批判されない

 

増えていると書くことで、問題差し迫っているかのような感覚を与える

罪深いのは「それは◯◯だからだ」ともっともらしい理由をつけてSNSで反応してしまう人

そもそも増えてないか

 

「◯◯が密かなブーム」「◯◯が話題

 

メディアの基本テク

ブームにしたいだけ。

密かなブームってなんだよ。

 

「確実に痩せられる」「効果がある」

 

量に関するウソパターン

飲むと月1gだけ痩せられる薬があったとして

効果がある」というのはウソではない

ウソではないが、量に関して言っていない

 

ダイエット関係で多いが、割りと多種多様なところで出て来る

 

「◯◯並の効果確認された」

 

種類に関して嘘をつくパターンもある

調査対象20種類あって、一部で勝っていた時にそこだけ強調する

 

効率が50%もアップした

 

「率」に関する騙し

率は上がっても量は下がってる場合などよくある

 

批判を呼びそうだ」

 

自分批判したくてたまらない記事

中立を気取ってるあたりが救えない

せめて批判すればいいのに

 

「◯◯が〜〜と言った」

 

言ったことは事実から、◯◯がウソでも責任は追いません、というパターン

一時期これをやりすぎたことにより野党増長した

野党がなにかメディアに言う → 直接批判したくない中立気取りのメディアは「◯◯と言った」と書く → 野党発言力が大きくなる

何か言いたいなら直接批判すればいいのに

 

政治系ならまだ分かりやすいからいいが、事実確認をせずに「◯◯が発表した」という記事にする場合がある

アレが厄介、裏を取るのは読み手がやらないといけない

 

何故◯◯な人は〜〜なのか?

 

この文章でほんとうに言いたいのは「◯◯な人は〜〜だ」だが

それを覆い隠すために「何故〜なのか?」をくっつける

詐欺的な記事広告に多い

割りと騙される人が多い

「それは△△だからだ」と反応してる人が痛々しい

 

例:稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?  ←こっから流行った気がする

 

 

まだありそうだけどここまで

最近ブログなんかでも似たことをやっている

タイトルは8割ウソ、内容は5割ウソだと思って読むべきだ

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