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はてなキーワード: 受け手とは

2017-09-19

コンテンツ創作物自体を好きなんじゃなく、受け手の想いを感じるのが好き

Aというコンテンツが好きなんじゃなくて、

Aのファンたちが、Aのどこが面白いのかを熱く語っているのを眺めるのが好き。

感じる人の想いは、プラス感情だけじゃなく、ヘイトや私欲でも別にいい。

それら全てが一連のムーブメントなんだから

公式よりも二次創作のほうがよく見る。ファン情熱、はたまた一貫した損得勘定垣間見ることができるから

界隈の中で起こる揉め事を眺めるのも好きだ。

まぁ、ミーハーと一蹴されるんだろうな。

2017-09-16

anond:20170916150833

そんなことで絶叫してる奴なんて見たことないんだが

解釈余地のある場面は、平等受け手にその解釈が委ねられるべきであって

一方の解釈絶対であると断言することは出来ないし

読者に作品を届けた時点で、作者自身も読者の解釈否定することは出来ない

それこそ国語問題解いてるんじゃないんだから

2017-09-12

他人に察してを要求する人って、自分他人を察する能力にはちゃんと自信があるのかね。

完全に個人的イメージだけど、察してとギャンギャン言う人にかぎって、自分他人を察してやる思いやりに欠けてることが多い。善意や思いやりの受け手専門家

2017-09-09

アイドルマスター シンデレラガールズ U149 はつまらないという話。

まず何も知らない人に簡潔に書くと、『アイドルマスター シンデレラガールズ U149』(以下適当に略す)とは『アイドルマスター シンデレラガールズ』(以下適略)というゲームコミカライズ作品の一つである

コミカライズとしては原作に対して忠実さ・リスペクトのある作品一定以上の品質もあるのでファンアイテムとしてはそれなりに良いものだ。一方で、原作を知らない人にとっては取るに足らない凡庸漫画ひとつに過ぎないという、よくあるコミカライズ作品である

Web漫画としてサイコミで連載されていて今なら最初から全部読めるので興味がある方は読んでみてもいい。

https://cycomi.com/title.php?title_id=46

こういう前置きをしている私は上記に当てはまらない、アイドルマスターシンデレラガールズ既存ファンである。それを前提にして本題に入る。以降の話は関連作品も含めてネタバレを有することを注意しておきたい。

本題

この作品は非常に退屈な物語である

コミカライズとしては及第点以上を取れていると思う。漫画に限ったことではないが、世の中には自己主張控え目な毒キノコのように見る者を誑かし食することで生命を脅かすように読んだ者の精神健康を害する作品があることを思えばよっぽど良い。そういうものに金を払った経験はいっそ高度な文明的行いのようだった。

さて、それでも私の周りで似たような意見を聞くのでそれを取りまとめておきたい。

作品問題に対する指摘はいくつかあるが、ここでは一つだけ取り上げる。

それは物語が繰り返しに過ぎないということ。

ただし、この言葉には二つの意味がある。既存ファンでなくても気付く点、既存ファンにだけ感じられる点の二点において、この物語は繰り返しである。前者を単調であるといい、後者を焼き直しと呼ぶ。この二点において少しだけ掘り下げる。

単調な物語の繰り返し

今ならタイトルページに全ての話が並んでいるのでそれを眺めれば、この漫画原作のことを知らない方でも各話のタイトルにはより小さな物語主題とその話の順の数字が割り振られていることに気付くし、そのすぐ後には最初を除いた全てがキャラクター名前であり、各話がそのキャラクターに焦点を合わせた内容であることを理解する。

これは単調な物語という問題が、表出しているのである。この作品はより小さな物語の3話毎の繰り返しであるのだ。

物語の主要キャラクターであるアイドル少女たちは9人いる。

この9人のプレティーンが自己存在意義をかけて衝突したり複雑な人間模様を描くということはない主題になっているアイドル以外は添え物で誰でもいい場合が多い。もちろん例外もあるが、せいぜい一対一の関係だ。ここにプロデューサーという『アイドルマスターシリーズで要となる役目を持つキャラクターを加えても何も変わらないことは一読すればわかるということも付け足しておこう。

このように個人に根差し問題解決を3話毎に繰り返している。この個人に根差し問題という指摘は後にも関係しているので覚えておいてほしい。

さて、3話というイテレーションが、序破急が、問題提起確認解決という流れが、如何なる読者にも理解できるのはある切実な悪影響を産む。読者の誰もが次の話を更新を待たなくてもどうなるのか、結末は果たして何処へ行こうとしているのか容易に想像できるし、その想像を超えてくることは絶対にない。個人に完結する問題バリエーションに変化を付けるのは難しい。特にこの作品は主要なキャラクターをプレティーンと限定しているのでそれが顕著に表れる。また、解決手法に目を惹くものがなくむしろただの会話で済んだりするので盛り上がりや起伏、それによる興奮がない。

読者の期待を煽ることは決してなく、要するにただただ単調なのだ

焼き直しの繰り返し

どのようなWeb漫画サイトも同様に、序文に書かれるあらすじを読めば誰でも物語全体の概要理解できるだろう。ここで同作品最後の文を引用する。

さなアイドル達と小さな新人プロデューサーが贈る、新しいシンデレラストーリーが開幕する。

しかし、既存ファンにとってこれは新しいシンデレラストーリーでは無かった。

前項で個人に根差し問題という指摘を行った。これがなぜこの作品既存ファンの心象に退屈さを塩傷口よろしく塗り込まれ現象となる理由は、それは原作ゲームがもう何年も更新され続けているゲームであり、かつアイドルとそのプロデューサーとして一対一の関係を描いているゲームからである

直截的に言えば、そのキャラクター個人の悩みなど従来のファンには既知の事柄であるし、改めて描かれても新鮮味が無いのだ。

また新鮮味という話であれば、最初橘ありすの「宣材写真撮影」に纏わる話は、『シンデレラガールズ』のアニメでもやってるし派生元でも別の派生先でもやってる定番である。その中で言えば解決方法も極めて平凡なのもファンの期待に応えているようで一層下回る。

この作品の最大の特長といえばこれまでフォーカスされなかったプレティーンのキャラクターやそれに見合う矮人族のプロデューサーがいることだ。しかし、如何せんどいつもこいつも真面目に波乱起こす気が無く、二度目になるが盛り上がらない。波乱があればいいとは言わない。しかし波乱が起きないということは、キャラクターという個性を持ち得ないのも同じではないか。ただ低身長の皮を被った誰かの物語に置き換えられる。ただ真摯優等生ソロプレイしか活躍できないキャラクターであるのなら、彼らは彼らである必要がなく、他の誰だっていいのだ。皮だけ派手にしたところで、平凡な物語は平凡だ。なぜ狂言回しと呼ばれるキャラクターが生まれるのか、我々は反面教師を以て理解してしまう。

物語は単調な起伏を繰り返すだけ。計画し尽くされた行程は作り手にとっては満足するものだが、受け手にとっては必ずしもそうとは限らない。我儘な顧客であることを承知で言えば、我々は見たことがないものが見たいのだ。アニメゲームも各々アイドルの成長を描く先駆者だったが故に満足した。そうではない点ももちろんあったが、概ね次の展開を予想できないものだった。しかし本作品はその後追いに過ぎなかった。

我々はこの物語を知っている。恐らく作者よりも。

まり深く内容に触れずともこの作品が読者を退屈にさせてきたことは説明できただろう。

現時点で19話。イテレーションは5回目で4人目の物語解決の途中である。連載10か月。プレティーンは全員で9人いるのでまだ残り半分残っている事実に戦慄しよう。

私は最新話の作者コメント第一話と同じだったことに慄いたが、今見たら差し替わっていたので深掘りしない。その第一話のコメント引用すると、

お待たせしました!いよいよ「U149」始まりますアイドル達の新たな一面をどんどん見せられればなと思ってますので、よろしくお願いいたします!

新たな一面など無かったということはさんざ書いた。

実のところ、我々が期待していたこハードルを超える作品では無かったと思う。それでもコミカライズという点では良評価を当たられる。新規の読者にとってはこれも新たな一面になるのだから

雑感

最新19話は良かった。賑やかしでも他のアイドルが出てくるのは良いことだ。ここで出てくるのは誰でもいいが上の主張とは誓って矛盾しない。賑やかしだけでもいいじゃん、という主張はよく見るがこうなると容易に首肯する。なけなしの起伏だって要らねえや。冗談だが一考する余地はある。

しか最後の見開き、見れば見るほど最終回みたい画だ。つづくって文字が誰かの悪い冗談しか思えない。

10か月やって最初ステージって、悠長過ぎだろう。アニメなんて一か月半でやってたじゃないか

アニメといえば…これでアニメ化してほしいという意見を稀によく見るが、冗談でも口にすることじゃあない。

2017-09-06

ぞんざい

社歴も長いし会社愛着はある方だと思って、普通は嫌がられる仕事を率先してやるようにしてた。

先日、会社過去を振り返るグループインタビューを(他に受け手がいないからと)引き受けたんだけど、割と進行役の重役にぞんざいに扱われて凹んでいる。

とりあえず形としてみんなの意見を拾うけど、お前の話す内容は特に広げないよ、興味ないよ、的な。

引き受けた以上は真面目にやろうと喋りながらも、内心その態度にメチャクチャ傷ついている。

面白いこと言う人を期待してるなら最初から呼ばなきゃいいのに。

多分次からはこういう依頼があっても、積極的に手伝ったり関わったりする事はないと思う。ただただ悲しい。

2017-09-05

アイドルマスター越境

ちょっとTwitter話題だった。

タイムラインではたまに見かけるなあなんて思うくらいの、正直言えばやや苦手な「越境」というもの

とある記事話題になってからは、受け入れられない人がおかしいみたいな論調になっていた。

まあ、わかる。自分の好きなものは皆も好きでいてほしいよね。

でも、越境って接点のないモノだからそこでいやって思う人もいたり、でもアイドルマスターっていうジャンルが同じなんだから接点があるのと同じだよとか。いろいろあると思うんですけど。

一番思うのは「それ、わざわざTwitterで広める必要がありましたか?」ってことです。

だって、そんな嫌な記事をみた誰かが「ああ、いやな人もいるんだな」ってその記事を見なかったフリさえすれば、ここまでもめたりしなかったんじゃないかなとか。思うんです。

実際、SideMアニメ化で某まとめブログ無視しましょう、ってアニメ化決まったときからずっと言ってる人がいるけれど、こういうのに関しては誰かしらが拾って焚き付けてるなとか思ってます同調圧力怖いです。

そもそも言うなって話かもしれないけど、それはちょっと無理なんじゃないかなとか思ったり。

別にその記事に限らないし、多分これも入るとは思うんですけど、そういう「こんな嫌な奴がいたぞ!」みたいな晒上げするのって、少し離れたところから見てるとものすごく怖いです。

皆がすべてをすべて受け入れるんじゃなくて、すみわけができるようになるといいなってこれ書いた人は思ってます。受け皿の大きさは人によって違うものね!

郷に入っては郷に従えって言葉があるけど、何でも押し付けていくといつか破綻してしまうんじゃないかと少し考えている一プロデューサーです。

寝る前に確認しにきたらちょっとだけ気になったので。

受け手自己防衛頑張るのはもちろん必要なんだけど、例えばミュートしやすく「越境」の一つでも入ってたらいいなとか。そしたら越境っていう単語ミュートしてれば見ることが減るわけで。わりと越境ってかかないでツイートしてる人が多いから件の方ももやっとして耐えきれなかったんじゃないかなと推測しています。そういうことをしてもらうのも(こちらはそういう単語ミュートするのも)すみわけの一つかなと。アイドル名前までミュートしたくないですもの

2017-08-29

真木よう子コミケ参戦はコミケ目的に反している

https://anond.hatelabo.jp/20170828024450

上記の記事を読んでの反論です。

記事内の、オタ・非オタであるか、アマチュアプロ法人であるか、営利非営利であるか、などは本件に関係ない見当違いな意見だと思う。

真木よう子コミケ参戦はコミケ目的に反している。というより、全くの逆の考え方をしていると思うのだ。(目的理念については後述)


コミケ同好の士の為の場だと思う。自分の好きなもの表現したり、見つけたり、仲間を探したり、そういう場ではないだろうか?

しかし今回の真木よう子作品は、そこに当てはまるように思えないのだ。

理由は、彼女クラウドファンディングのページにある。参考:https://camp-fire.jp/projects/view/40020

ページトップ文章の一部に、

皆様と一緒にフォトマガジンを作ろうと、試みて居ります出版社を挟まず、皆様の御希望写真、ワタクシの本音。等、多数載せる予定で御座います

とある

まり皆様と一緒に、皆様のご希望写真+αをクラウドファンディング――出資者を募って皆様のお金で作ろうとしている。

先述した内容の通り、コミケ同好の士の為の場だとしたら、彼女は一体なにが好きなのだろう?

写真だろうか、それとも二番目のワタクシの本音だろうか、あるいは自分自身が好きでそれを表現したいと考えているのか。

自分自身表現したいなら正しいと思う。

究極的に創作はそういうもので、何らかの形式ジャンルを倣って表現するのは、その為の手段のはずだ。

彼女自分自身写真という媒体表現したいなら、写真という手法自分というオリジナルジャンル(或いは自分の好きなもの)を表現するとも解釈できる。

叶姉妹場合は、それに似た形ではなかったろうか。

しかし今回の件は違う。

彼女は、皆様をしきりに強調している。

皆様のお金で、皆様の御希望写真を、皆様と一緒に作りたい、と。

さて、最初に『全く逆の考えをしている』と述べたのはこの為である

まり彼女表現者として自己から他者へ好きなもの提供するのではなく、他者から自己へ好きなもの提供してほしいと言っているように思えるのだ。

クラウドファンディング使用は、この点をより顕著にしている。

当該ページのホームプロジェクト本文に、

より皆様とお近づきになりたく、この様な企画を思いつきました。

雑誌タイトル・内容も、未だ何も決まって居ませんので、是非、皆様の意見要望をお送り下さい。

とあるのもそうだ。

上記の文は明らかに、好きなものを外に出したい=表現したいとは書かれていない。

(もし自分本音やそれに類する表現したい内容があるなら、ここに書かないのは不自然だ。穿った見方をすれば、他者の好きなもの(或いは自己への好意)を内に取り込みたいようにも見える)

この根本的な表現の間違いが、"真木よう子コミケ参戦問題"の肝だと思う。

表現者としての内と外の優先順位が逆なのだ

自分の好きなもの(内)を他者(外)へ出す、のではなく、他者の好きなもの(外)を自分(内)へ入れる、という目的では、まるで読者(受け手)の目的である

例え結果的には同じ出版物であっても、コミケの、そして表現者目的に反しているという点が、この件の問題ではないだろうか。



記事への反論について

真木よう子氏は既に本件について謝罪しており参加中止を表明している。ネット上のコメントやまとめには、当記事と同じような発言も幾つか見られる。

それをわざわざ取り上げ反論したのは、記事の内容に不満があったからだ。

筆者に悪気があったとは思わない。コミケ文化を憂慮して書かれた記事だと思うが、結果として悪い印象を与えていないだろうか。

彼は真木よう子氏に問題はないとし、各々の批判問題のない理由を挙げている。

(なお、当記事への批判は以下が該当するように思われる。しか交流表現は別物であり、作家表現を前提に交流している。当記事反論はその表現目的に反しているというものだ)

参加目的に「(ファンの)皆様と会いたかった」と言ってる点を持ち出し、参加するなと批判している人がいるが、

同人作家で、「買ってくれる人や~~さん(同人作家)と交流が楽しみ」みたいな呟きをしている人なんて簡単に見つかるし、

彼のいうように、オタ・非オタアマチュア法人営利非営利コミケには関係ない。それには同意だ。

だが、最終的にオタが非オタ排除したような結論になっているのはどうなのだろう。

特に、オタというもの境界定義ますます曖昧になっていくであろうこれから時代に、

とあるにも関わらず、皮肉にもこの記事はその境界問題蒸し返しているように思える。

個人的な話をさせてもらえば、自分子供の時分は、まだオタク犯罪者予備軍という印象が強く、オタクというだけで世間から白い目で見られる時代だった。

だが、様々なメディアを介して有名になり人気も上がり色々な人が集まるようになり、現在は既にオタク一般人境界は限りなく薄く微かなものになったと思う。

そうした時代にあって、この記事は結局はオタク一般人(あるいはそれに類する言葉)の影に怯えているように見えるのだ。

彼にはそう思えたのかもしれないし、実際そのような考えの人もいるかもしれないが、オタクであるかどうかはこの問題を正しく捉えていると思えない。

そもそも自身も、

まず、コミケは、オタのためだけの、非オタは参加を許されない祭典ではない。

と言っているではないか

コミケの参加に関わる内容は、コミケ参加者とすべきで、不要言葉のくくりを認めるべきではないのだ。

これから時代に大切なのは曖昧境界に怯えるのではなく、境界を取り払い同じであると主張する勇気ではないだろうか。



目的理念について(補足)

最初タイトル理念と書かず目的にしたのは直観的なものでした。(タイトルを先につけた)

なんとなくコミケ理念なんて仰々しいものでなく、もっと単純で根本的なものだと思ったからです。

記事を書いている途中で見つけたのですが、http://www.comiket.co.jp/info-a/WhatIsJpn201401.pdf

コミックマーケット理念は、

コミックマーケット同人誌を中心としてすべての表現者を許容し継続することを目的とした表現可能性を広げる為の「場」である

とあります

記事は、その理念の前半の表現者について、表現目的に反している、延いてはコミケ目的を満たしてないと論じて、後付けですが一応タイトル回収?できているのではないでしょうか。

いやほんと、長々と失礼しました。

2017-08-19

不快から止めて」と言える人ってすごいな

他人不特定多数に向けてやっていることを自分一人の不快感だけで止めさせようとする神経ってすごいな。

なんで自分がその不特定多数に該当しなかっただけだと思わないんだろう。

自分にとって不快ものが送り手と受け手の間で流通してることすら気に入らないんだろうか。

「そういう価値観がはびこるのが嫌だ」とか、他人自分価値観強制できるほどお偉い人なのか。

そこまで自分価値観が正しいと思える神経が羨ましいわ。

2017-08-18

https://anond.hatelabo.jp/20170818151255

やはり主義者と言うからにはそのくらいの域に達している必要があると思う。

受け手によっては、○○は差別主義者だという主張は、

○○はKKK同類だという非常に重い主張と同義

反差別主義者はそんな重い言葉をよくもまあ軽々しく扱えるなとある意味感心する。

2017-08-12

リア充になれなかった俺がせめてネト充になろうとして失敗した話

先程はてなIDを取得した足で投稿する。ここについては匿名チラ裏できる場所という程度の認識しかない。

あわよくばニコニコニュースで取り上げられたり、有名な「保育園落ちた日本死ね!!!」みたいな壮大な反応を貰えるかもしれないという希望のみでこれを書く事に決めた。

俺の唯一の情報発信源、Twitterではフォロワー数293。社会問題等に対策を発案したりと、どれだけ社会に一石を投じた気になっても誰もリツイートなんかしちゃくれない。

俺の悩みは実は結構サイレント・マイジョリティではないかと思う。現代若者代弁者のつもりで一筆書かせていただく事にする。

俺は漫画家志望歴13年目を迎える20代中盤の非正規雇用者だ。今の職場ホワイトだが持病のせいで来年も居れる保証は無い。

確かなのはどんな職に就こうがクリエイターへの憧れを捨てきれないだろうな、という確信のみである

だが実の所、そんなに創作活動をしている訳でもない。産みの苦しみというのはイライラするし、むしろ創作は嫌いなのかもしれない。

いつも作品の断片的なもの妄想しては創作した気分に浸って床に就いている毎日だ。最早俺は、老後のように生きる目的を失っている。

大学に入った。漫画に専念するためにあえて地方バカ私大を選んだ。そして漫研の部室に籠りっきりの青春を送った。

当時から薄々感付いてはいたが、それに気付きたくはなかった。数こなせばどうにかなると信じていた。要するに、俺は要領が悪過ぎたんだ。

どんなに描いても上達しない。不器用過ぎて何を描くにも時間がかかり過ぎる。結果、かけた時間の割に何の成果も出なかった。

どれくらい下手かというと、昼間は彼女を小脇に麻雀三昧、夜は彼女とよろしくやってるような半端な志の後輩にも劣る程だった。

何度か持ち込みの経験もさせてもらったが、結局俺は在学中に漫画家デビューする事はできなかった。

1年のフリーター期間を経て、俺は体よく上京するために今の職に就いた。詳細は省くが、サーバー室でPCをカタカタやってる仕事である

これが見事に向いてなかった。業務煩雑だしどれもこれも似通っていて覚えきれない。メモを取る余裕も無い。一度は教えてくれた先輩も今や辟易している。

自律神経をやられて奇行が出始め寮の先輩にもどやされる毎日。慰めてくれる彼女もいない。自分存在価値を疑うようになる。自殺一歩手前の精神状態だった。

そんな折に思い出した。そうだ俺は漫画家を目指していたんだ。漫画家にはなれなかったけど、これまで伊達に頑張って来た訳じゃない。

たとえリアル悲惨でも、ネット上ならばこの力でひと花咲かせられないだろうか。これが俺の唯一の生きる希望になった。

当時から俺の情報発信手段フォロワー250そこそこのTwitterのみである目標としてはこの10倍は欲しい。

最初仕事愚痴ばかりだった。とにかく同情して欲しかった。だけど誰も相手にしてくれなくて腹が立った。その怒りをツイートに込めても一向に反応は来なかった。

一方で職場環境が一変する。勘違い上司による一喝で俺は精神的にノックダウン、しかホワイトな社風に救われ、雑用係的なポジションに転属となった。

考えようによっては余計に存在価値を疑う業務だが、とりあえず創作活動を行うだけの精神的余裕を確保した俺はTwitter作品投稿を始めた。

確認させてほしい。画業10年以上の中の人によるTwitterアカウントであるフォロワー数、ふぁぼ、RT期待値は如何程であろうか。

勿論俺はそれ程の期待をしていたし信じていた。リアル悲惨反動ネット上で大ブレイクを巻き起こす。そんな一発逆転ストーリーを世のダメンズたちに届けたかった。

結果は2である。これは俺が投稿した絵に対するRTやふぁぼの中央値である。もう一度確認させてもらうが、画業10年以上のアカウントである

働かない言い訳クリエイターを目指してるニートアカウントではない。これほどに無情な事があってたまるものであろうか。

俺は偏屈オタクなのでひとつマイナーな界隈に居続けているが、それでも絵師と呼ばれる連中はフォロワー数に関係なく100ふぁぼくらい余裕で集めていた。

まり期待値100ある界隈で、たったの2しか得られないのである。俺の10年間は何だったのか。職場での臥薪嘗胆の日々は何だったのか。

憤慨していると、TLにまるで俺を煽るかのように、神絵師様の作品が3桁の成果を引っ提げてRTされてくる。何様のつもりなんだ。

俺はお前と違って趣味で楽しくお絵かきしてきた訳じゃないんだ。背水の陣を敷いて死ぬ思いで描いて来たんだ。正当な評価を寄越せ!

どいつもこいつも成果成果というがこちとら出せる力の全てを出している。これ以上どうしろと言うのだ。改善点があるならば受け手問題だろう。

青春の全てを捧げて、親に凄まじい出費をさせて生きてきてこの成果である。世の中何のために生きているのかわからない糞野郎がのうのうと暮らす中、

大志を抱いて身も心も削って来た俺にはこの仕打ちなのか。いや、怒りをぶつけるべきはこの十数年間全く成長できない自分なのか。

でも知った事じゃあない。俺はベストを尽くしたんだ。その片鱗を見出せない衆愚を恨むべきか。

もう全部が狂っている。俺は経歴相応の実力を発揮すべきだし、絵師はその席を譲るべきだし、ロム専は作品本質を見抜く目を養うべきだ。

それが社会活躍できない俺みたいなのに対するせめてもの対価だと考える。クリエイター職は一般社会適応できなかった連中の一発逆転の最後の砦であり、

才能溢れる天才技術をひけらかす場であるべきではない。そういう奴はそもそもまれ持っての器量があるんだから絵なんか描いてないでネクタイ絞めてろ。

去年、俺はADHDの診断を受けた。社会人としての才能が無い証明と、芸術家としての可能性を秘めている証明である

こんな人間ワーカホリック用の仕事押し付けたって無駄である。いいから絵の仕事を寄越せ。それが世の中に一番貢献できるんだ。

俺はこれでしか世のために尽くせないんだから絵師は黙って身を引いてビジネスマンとして1千万でも2千万でも稼げばいいさ。

なんて長々とかいたが結論。『いいね寄越せ』それがこのネット社会における第一の願望だ。

ひい爺さんみたいに戦争で死にたくはないし爺や親父のように会社に出て家族を守るだけのアリみたいな一生を送りたくもない。

目立ちてえんだ。あわよくば法外な金が欲しい。だからその訳のわからねえ絵師様にいいねする暇があるくらいなら、俺にも寄越せ。それが全てだ。

※※追記※※

コメントくれた方、ありがとう2chボコボコにされた事とTwitter無視を決め込まれた事しかいから、もっと死ね死ね言われるものだと思っていた。

そうであっても反応を貰えるという事自体が破格の待遇であった中、建設的なアドバイスや率直な感想をいただいけて幸せ者です。

ニュースサイトに紹介される程の記事でもないだろうけど、積りに積もってた鬱憤を吐き出せてこれはこれで満足した。

まあ、今後も似たような投稿をするだろうけど、これはもう十数年間積りに積もった事なのでいただいたアドバイスをすぐにフィードバックさせるのは難しいかもしれない。

こんな奴もいるんだなというファンタジーをみるつもりで見守っていただければ幸いに思う。

2017-07-27

メディアの騙しの手口一覧

メディアだけじゃないけど

物は言いようってやつ

 

「◯◯が増えている」 「◯◯が急増」 

 

よくよく調べると別に増えてない、あるいは微増というパターン

受け手が調べないことを良いことにウソを言う

しかし割りと批判されない

 

増えていると書くことで、問題差し迫っているかのような感覚を与える

罪深いのは「それは◯◯だからだ」ともっともらしい理由をつけてSNSで反応してしまう人

そもそも増えてないか

 

「◯◯が密かなブーム」「◯◯が話題

 

メディアの基本テク

ブームにしたいだけ。

密かなブームってなんだよ。

 

「確実に痩せられる」「効果がある」

 

量に関するウソパターン

飲むと月1gだけ痩せられる薬があったとして

効果がある」というのはウソではない

ウソではないが、量に関して言っていない

 

ダイエット関係で多いが、割りと多種多様なところで出て来る

 

「◯◯並の効果確認された」

 

種類に関して嘘をつくパターンもある

調査対象20種類あって、一部で勝っていた時にそこだけ強調する

 

効率が50%もアップした

 

「率」に関する騙し

率は上がっても量は下がってる場合などよくある

 

批判を呼びそうだ」

 

自分批判したくてたまらない記事

中立を気取ってるあたりが救えない

せめて批判すればいいのに

 

「◯◯が〜〜と言った」

 

言ったことは事実から、◯◯がウソでも責任は追いません、というパターン

一時期これをやりすぎたことにより野党増長した

野党がなにかメディアに言う → 直接批判したくない中立気取りのメディアは「◯◯と言った」と書く → 野党発言力が大きくなる

何か言いたいなら直接批判すればいいのに

 

政治系ならまだ分かりやすいからいいが、事実確認をせずに「◯◯が発表した」という記事にする場合がある

アレが厄介、裏を取るのは読み手がやらないといけない

 

何故◯◯な人は〜〜なのか?

 

この文章でほんとうに言いたいのは「◯◯な人は〜〜だ」だが

それを覆い隠すために「何故〜なのか?」をくっつける

詐欺的な記事広告に多い

割りと騙される人が多い

「それは△△だからだ」と反応してる人が痛々しい

 

例:稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?  ←こっから流行った気がする

 

 

まだありそうだけどここまで

最近ブログなんかでも似たことをやっている

タイトルは8割ウソ、内容は5割ウソだと思って読むべきだ

2017-07-25

神と宗教法人に挑んだ企業DMM

夏になり、もうすぐ8月になろうとしている。多くの商業施設が沢山の来場客を見込み、また期待に胸を膨らませるのはゲーム業界も同じである携帯端末の普及により、顧客(となりうる人たち)が増加し、今まででは考えられないスピードで新たなゲームたちが生まれ、その速度と同じくらい飽きが生まれ、開発企業ゲーマー共に「新しい」ゲームを求めている。

ここに寄稿するのは初めてだが、この状況は書くべきだろう。いいや、書かなくてはならない。DMMについて。

擬人化された女の子たちと戦うゲームは?」と、聞かれれば、まず最初に思いつくのは「艦隊これくしょん」であろう。2015年サービスが開始されたこのゲーム、旧帝国海軍艦船擬人化し、その彼女たちと一緒に自身は「提督」として、海に乗り出し戦うものであるサービス開始後物凄い勢いで人気が上がり、現在では多くのプラットフォーム媒体を通して発展した結果となった。特に戦艦軍事に興味がなく、なんとなく始めたと言う人も、その可愛さやゲーム性から軍事歴史が好きになったと言う人たちも多い。

擬人化を通してその先にあるものプレイヤーに見せた功績は、高く評価するべきだろう。

しかしこれと同時に、DMM含め多くの開発側は知ってしまった。擬人化の力を。

では今、彼らが次に女の子にしようとしているもの、それは何だろうか。神社である

神社と言えば日本には馴染み深く、その神々の歴史建国まで遡る。初詣七五三神道イベントであり、仏教と共に日本人生活根付いている。

そんな神社神道ターゲットにした"例の"ゲームサービス発表は、今年3月に行われた。

「社(やしろ)にほへと」と称されたそのゲームゲームの内容としては、日本中神社建物(この建物であると言う点が重要。)を女の子にして、よくわからないものたちと戦う、と言う設定だ。

筆者も公表がされたその日に、事前登録を済ませ、正式サービス開始を楽しみにしていたが、正直そのとき思った感想が「そう来たか。」である

艦これ前例の様に、上手く行けばもっと多くの人たちに神道に興味を持って貰える、今回は実際に存在している場所なので、ファンたちが聖地巡礼として実際に多くの神社を参拝してくれるかも知れない。そう個人的には期待していた。他の事前登録者たちも、今までにない宗教対象にしたゲームである事に様々思いつつ、運営の次の出方を待っていた。

しかし、私たちは突然、何の説明もなく、運営に待ったをかけれる事になった。

事前登録を済ませた待機者たちには、「事前登録おみくじ」が引けるようになっており、それぞれには初期メンバー女の子が割り振られており、一日一回ランダム大吉から凶までのおみくじが引けた。最初暫くはまだ安定して引けていたが、4月25日から、今まで行われていたおみくじが全てストップする。

Twitter公式アカウントによると、「不具合」が、発生したようである。筆者はそのような企業システムに詳しくないので、勿論最初は「ああ、いろいろスタートアップっで忙しくなって、改善の為に一度止めたのだな。」と、思った。プレイヤーも始まったばかりの企画のそのような自体の発生には慣れているので、特に大きく騒ぐ事なく復旧を待っていた。しかし、不思議、いつまで経っても治らない。そろそろプレイヤー不安になってくる。

この当たりで、匿名掲示板である噂がささやかれ始める。それは、「神社側の許可を取っていなかった。」と言うものである

有り得ない。そんな馬鹿な。そうかも知れない。様々な意見が飛び交う中、公式からは何の追加情報もない。そして、筆者も思うようになった。本当にそうかも知れない、と。

最初匿名掲示板の、このゲームスレッドが立ってから、今現在までも書き込みは続いている。はっきり言って事実だと断言できる答えはない。しかしながら、運営は何かを隠している…。大型アップデートサプライズにしては不自然過ぎる。

無許可説浮上については、全くの事実証明する事はできないので、その疑念あくまでも仮説として話を進めていく。

もし企業側、開発が、本当に神社本庁及び初期メンバー対象神社に何の許可趣旨の伝達、商業的利用の許可を取っていなかったとしたら、これは大変な事である。将来的に初期に約束した通り正式サービスに移行できなかったとしても、その神社キャラクタとして使うのだから、ひと言あって当然だ。事前登録した人たちも、そのゲームの将来性に期待して柱の一本になったのだから、開発続行が危うくなりそうな事態が起これば、Twitterなり公式サイトなりで事情説明するのが当たり前である。新着ゲーム一覧から消したりYouTube公式PVを非公開にしたり、そう言うみみっちい事は素早くやったのに、するべき事はしない。それでいてTwitterアカウントは残したままと言う謎である

擬人化手法は、受け手に取ってはとてもわかりやすい。なにせ自分と同じ人間のひとりになるのだから、会話もできるし、感情移入もし易い。又、擬人化対象限定しない。石ころもできるし、車からビル太陽系外惑星もできる。しかしながら、ひとつ絵を書いて名前をつければ、「かわいい。」の原理の前にもう何も考えなくて良い。そして、今回のこの事件は、森羅万象美少女主義事故だと考える。事態の進展は全くわからないが、最早ここまできて正式サービス開始したら、間違いなくDMMは神の民間企業である。彼らの前に吸収されない物事はない。

ポンと結論を書く終わり方にはできなかったが、皆様には筆者と共に、事の成り行きを見ていて欲しい。行き止まりまで行かないと、自分袋小路を進んでいた事すらわからない場合もあるから

2017-07-22

https://anond.hatelabo.jp/20170722114900

受け手基準じゃなくて、「受け手から見てどうか」というのを周りが決めるんですよ

人民裁判ですね

パワハラの中には「良かれと思って」ってのは多いだろうね

「本人の成長のため」「これを乗り越えてほしい」

セクハラもそうだけど、「受け手側がどう思うか」が認定基準からね。

やった側はそんなつもりなくても受け手側は忘れないから。

2017-07-19

ナナマルサンバツは本当はアニメ化と物凄く相性が良かったよね

結論もっと音に拘れば全然評価が変わったのにとても残念だった。原作宣伝になった事だけは良かったかな。アニメ化された時点でラッキーから割り切らないと駄目なんだろうか。ここから大逆転の可能性も残っているので期待はしておく。

ナナマルサンバツテーマは『早押しクイズである早押しクイズにおいては『音』が重要になる。作中でも最初クイズ大会においてヒロインが髪をかきあげて耳をすます所で作品空気が急激に変わる。問題をよく聞いて出題意図を読み、聞きながらパターン予測し、正解が十分に絞られるポイントを前もって予想し、その決定打が耳に入ると同時にボタンを押し込む。それこそが早押しの楽しさであり、クイズがただの物知りテストで終わらない部分なのである。そして、この作品はそれを描くことによりクイズの楽しさを受け手に伝え、クイズを楽しむ主人公共感することで受けては作品を楽しむ。ナナマルサンバツという作品はそういう仕組みになっている。

まりナナマルサンバツ面白さを描くのに『音』はとても重要意味を持つのだ。原作漫画ではそれをコマ割りや文字の大きさによって何とか描いてきた。たとえば、漫画とあるコマに一つだけある吹き出しに多数の文字が詰め込まれているページと、逆に数文字しか文字が入ってないページがあったとする。読み手体感時間はどうなるだろうか?1つのコマに大量の文字が入っているページはまるで時間ゆっくりと流れすぎて止まってすらいるように感じ、わずかな文字しかないページを読む時は素早い時間の流れを感じるだろう。それによって、なかなか問題の答えを誰も言わない時のピリピリとしていて長く感じる時間感覚、素早く答えを言い当てられた瞬間の驚きを伴ったスピード感演出しているのだ。

逆に、アニメはそういった『コマの作りを利用した体感時間の調整』は出来ない。直接『音』によって描写するしかない。原作が絵によって伝えている音のイメージ咀嚼し、その上で音作りをしなければ原作の描いていた物が死んでしまうのである。反対に、それらを上手く描くことが出来れば、原作以上の強烈なインパクトを持ってクイズ面白さを伝えることが出来ただろう。

そして、今の所ナナマルサンバツアニメは……音に対する拘りがあるとは言えない……。致命的におかしいのはヒロインの声だけであるのだが、それ以外の要素も特別良くできているとは言い難い。それでは駄目なのだ。このアニメ化では『音』がよく出来ていると言えないのなら、それはとても勿体無い。せっかくのアニメ化なのだから拘って欲しかった。とはい時間はまだある。アニメでは切りよく麻ヶ丘例会までをやるのだろう。これから先も盛り上がるポイントはいくらでもある。頑張って欲しいものだ。

2017-07-15

[]

今回はやわらかスピリッツ

ダンジョンほとりの宿屋の親父 第22話

自分理想イメージ)を他人押し付け挙句、それを大義名分にして批難する内は同じ穴の狢ってことなんだろうね。

美醜をネタにするというのは時代錯誤とも取られがちだけれども、実際問題として今なお人間評価する上で重要視されるほど根強い価値観

みんな自分良心の部分では、社会通念上それがよくないことだとは勿論分かってはいても、そう簡単気持ちを割り切れない要素であることも分かっている。

から、そこを誤魔化して尤もらしい理屈を述べても意味はない。

その点、自分言動自覚してちゃんと謝っている登場人物たちはどこか憎めなくもあり、それがちゃんとギャグとしても昇華されている今話は割と好き。

ただ何が悲しいかっていうと、ギャグ漫画相手にこんな真面目に是非を語って、善悪と好悪の分別もちゃんとできない私自身の愚鈍さよ。


人魚姫のごめんねごはん10

パロディは私も嫌いじゃないけれども、それは演出としての意義があるからなんだよね。

意義のないパロディは親父ギャグ並のナンセンス

パロディから面白いってわけじゃない。

から犬神家のパロディしている箇所は正直なところ思考停止気味というか、こちらとしても何の感情も湧いてこない。

反面、あまちゃんの部分はこれぞパロディの使いどころって感じた。

茶番部分はくどいような気もするけれども、作り手も受け手もそのつもりなわけだから多少はね。

必要以上に茶化さず、本筋そのものはむしろ大真面目にやっているが故にしっかりとコメディとしても機能しているから、これ位の案配でいいと思う。

[] #30-3「女子ダベかく語りき」

====

第7話

マスダ:いわゆる水着回ですね。

シューゴ:実のところ楽なんだよな。制服私服ときより線が少なくなるから

マスダ:受け手も求めていて、作り手も楽ができる。ウィンウィンって奴ですね。

シューゴ:というか、普段の格好が線多すぎるんだよ。キャラデの奴、なんで作画事情を考えないんだ。原作者ファンに褒められたからって調子乗るんじゃねえ(笑)

マスダ:ははは(笑)

シューゴ:それにしてもこの場面、冷静に考えてみると変だよな。

マスダ:予想外なデザイン水着主人公が憤っているシーンですね。お約束の。

シューゴ:『ちょっと~、なによコレ~』って、何で着てからそんなこと言うんだ(笑)

マスダ:ああ、確かに。着る前に気づかなかったんでしょうかね(笑)


====

マスダ:で、入浴シーンテレビ放送とかだと修正されていますが、円盤のほうはそういうの無くなっていますね。

シューゴ:無修正だが、思っていたほど過激ってわけではないなあ。

マスダ:まあ、湯気が多少薄くなっている位ですかね。

シューゴ:ここらへんは入浴シーンでのお約束みたいなもんだな。スタイルがどうとか、触りあいっこだとか。

マスダ:ただ、『女子ダベ』ってこういうのは茶化したがる作風ですよね。ややメタフィクション的。

シューゴ:ただその上で、結局はお約束収束する構成だし、かえって会話シーンが冗長になっているキライはあるよな。

マスダ:そうさせないように、色々と工夫しているわけですね。

シューゴ:んー……そうなんだが、作っていくと不安になっていくんだよな、こういうのって。方向性は間違っていないはずなのに、本当にこれで受け手は満足できるのかなって。

マスダ:シューゴさんは一時期この手のアニメ連続して作っていましたから、若干ノイローゼ気味だったとか?

シューゴ:かもな。多くの同ジャンル作品に関わっていくと、いずれ同じ作品しか見えなくなってくるんだよな。細かな差異はどうでもよくなって、こだわりすら薄れていく。坦々と作っていくしかなくなる。

(#30-4へ続く)

2017-07-06

雑談

議論することが目的なら、まともに根拠を示すべき。

楽しく語らうことが目的なら、わいわいがやがやするだけでいい。

もやもやを解消することが目的なら、ぼやかした抽象的な言い方をするか、匿名で吐き出すのがいい。

目的によって受け手の心構えや期待する反応が変わるため、全ての発言の先頭に【議論】【雑談】【愚痴】のタグをつけて目的明確化するのがよい。

2017-06-28

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.実話に基づく作品って、事実の要素が何割含まれていれば良いのでしょうか。

いい質問だ。

結論から言えば何割でもよい。

これは9割でも1割でも良いという意味だ。

あのテの作品は“きっかけ”以上のものを求めてはいけない。

きっかけ」を楽しむためのものだ。

事実”というものは酷く退屈であるか、酷く残酷もののどちらかだからな。

そんなありのままの“事実”を、時間や金を浪費してわざわざ享受したいというのならば止めはしないが。

Q.アイドル恋人がいると荒れるのはなぜですか。

前提として知っておくべきは、アイドルというもの虚構フィクション)の存在であるということだ。

その虚構存在に心酔することを、偶像崇拝という。

有り体に言えば騙すことで成り立つ商売だ。

だが、これは必ずしも悪いことではない。

たとえば受け手が“騙されたい”と思っている場合だ。

自意識に多少の差はあれど、受け手積極的に騙されにいっているのである

ならば作り手もそれに応えるように存分に騙してあげるべきだろう。

それが需要供給だ。

まり「騙すからには上手くやれ」ということだ。

ファンを愛しています恋愛をしている相手は君たちとは別にいるけどね」は矛盾しない。

だがそれで納得する、成熟したファンがどれだけいるかということは、作り手も把握しておくべきことだ。

それを把握しておかなければ、その虚構の作り方が稚拙である評価することは妥当だろう。

彼らの「裏切られた」という言葉も、要は「フィクションの作り方が下手くそ」だと変換してみれば分かりやすい。

極端な話、こっそり恋愛をしていたとしても、それがスキャンダルにならなければ問題ないのだ。

なぜなら可能性としては存在していても認識しなければ、それは存在しないことと同義からである

アイドルウンコなんてしない」みたいな文言も似たようなものだ。

冷静に考えればありえないことなのは分かりきっているが、「ファンは見たいものだけ見たい、見たくないものは見たくない」ということを象徴する名文句だ。

まあ、私の友人はスカトロ趣味らしいから「むしろイケる」とか言っていたが、まあそんな文字通りのクソリプするイレギュラーは置いておこう。

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620172038

そういうことを言い出したら、タレントアイドル受け手から呼称だろ。

だけども現実的には、本人の自称事務所の売り出し方で決まる。カリスマだって自称でなれる。

資格みたいに明確な要件があるもんじゃない限り、肩書きについて本人の自称否定されることはまずないんだよ。

2017-06-14

https://anond.hatelabo.jp/20170614211733

書かれていないことを勝手に読み取られても困ります

あらゆるフィクションに影響は受け手に影響を与えるでしょう

しかしその影響関係一言で論じることはできないほど複雑でしょう

例えば私が今ここで女性レイプする漫画を描いてアップロードしたところで

あなたや他の増田人達レイプをするとは限らない

しろしない可能性のほうが高い

このように反社会的表現社会害悪をもたらしているとは簡単には言えないのです

なので一つの犯罪犯人が自供しているか因果関係として正しいとも言えません

私はオタク表現に限らず同様の主張をしています


それでも規制しても困るのはエロ漫画家や一部の変態だけなのだから

くさい物には蓋で規制したっていいじゃないかと思われるかもしれません

しかし私は日本国民貧富の差が何十年も広がり続け貧しい人が増えても

犯罪発生率がこの程度で済んでいることについて日本自由サブカルチャー表現が大きな役割を担っていると考えているので

やはり安易規制論には賛成できません

これも直観しかなく因果関係証明することは難しいですが

規制に反対する個人的動機として書いておきます

http://anond.hatelabo.jp/20170614135949

そこまで行くともう受け手問題でしょ

スパイスにする奴はなんでもスパイスにするし


ていうかこの問題論じるのに読んでないってどゆこと?

同人で売ってるから買って読んでから論じるべきでは?

超人気作で違法アップロードも転がってるから最悪ダウンロードして読んでは?

2017-06-11

[]

今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 55話

アグニの演技はこれまで周りに翻弄された結果、無意識に行うものばかりだったけれども、前回や今回のはかなり自覚的かつ自分本位利己的な使い方をしている印象がある。

本作における「演技」という概念が、テーマにおける何らかのメタファーになっているという予想はこれまでもしてきたけれども、今回のが何を象徴しているか判断しにくいなあ。

アグニの現状や心境の変化を表現している見方もできなくはないけれども。

僕のヒーローアカデミア すまっしゅ!! No.79!!

お茶子たちの心情は理解できるが、デク側が節操なく露呈してしまったケースならいざ知らず、あちらからわざわざ首突っ込んでおいてヒかれるってご無体な話だよなあ。

から見れば理解されにくい属性であったとしても、個々人が善良であるならば基本的問題ないことなのにね。

まあ、でもこれはコメディなわけで、そこらへんを気にすること自体が無粋ではあるんだけれども。

属性を過剰にするか欠如させてキャラクター表現するのは手法としては極めてオーソドックスなわけで、それはオタク(爆豪風に言うならナードだって例外じゃないだろうし。

地球人テラちゃん 4話

ちょっと銀魂イズムを感じるエピソードだったかな。

下品な話をとことん壮大にしつつ、ダブルミーニングを持たせたりして、何だか良い話っぽく語るって感じが。

つの要素で話を転がしつつテンポよく展開を進めているのは好感触なんだけれども、後半から話のテーマ提示して纏めに入ったためにギャグが控えめになってしまったのは残念なところ。

ギャグ漫画はいえ終始ネタを放り込みまくりものよりも、緩急のある構成の方が私は好みではあるけれども、その配分バランスについては繊細さが要求されるかもしれない。

青のフラッグ 12

後半に出てくる子猫がすごく舞台装置的だなあとは思いつつも、見せ方が上手いからそういう粗探しする気持ちが吹っ飛ぶね。

あの場面でのトーマの視点意図的に省略して描いているんだけれども、そこを不自然にしない構成なのは感心する。

あの場面での第三者目線描写は真澄なわけだけれども、前話を踏まえると最も適任だから自然なんだよね。

前回で真澄のエピソードを語りつつも、今回の太一フラグもたてていた。

で、今話の前半によって、後半の事態の重さを否応なしに理解させている。

構成だけで見るとやや露骨にも見えるけれども、丁寧な情景描写でゆったりと見せているからそれが緩和されている印象。

フルチャージ!! 家電ちゃん 51話

今回のプロット破天荒であることは明らかではあるんだけれども、それを大真面目にやればコメディになるっていう典型だね。

パロディ元があって、それがあからさまであるなら尚更。

結局、パロディって元ネタ受け手に伝わらないと面白さが半減するから、やや大衆向けに露骨にやったほうがいいんだろうね。

ギャグとしては話の説明自体は一応の筋が通っているせいで、イマイチ昇華し切れていない箇所もあるが(まあ、パロディ元もSF要素の強い作品ではあるんだけれども)。

タイトルPR表記どころの話ではない、大手メディアの「ステマ

徳力基彦氏がYahoo!ニュース個人に書いた長文にもあったように、ステマは撲滅されず、まだ生きている。

もはや当たり前かもしれないが、これは新興のウェブメディアに限ったことではなく、伝統的なメディア企業にも根深く残る問題だ。

俺が今在籍している、長い歴史を持つメディア企業も、広告部門から編集部金銭が渡って書かれた記事ウェブ上に多く出している。

その記事Yahoo!ニュースにも配信している。

ところで、岩手放送の「R-1」の件を覚えているだろうか?

あれは結局、ステマではなかったが不信感を持たれないように留意する、という話で終わった

岩手放送からBPOに提出された報告書では、「この放送に関して、乳酸菌の商品を製造販売する企業から金銭が支払われことはなく」、ステマではないという説明がされたようだ。

ひとつ、明確にしておきたいことがある。

メディア業界には、コンテンツ番組記事自体への対価は発生しないものの、暗黙の了解で成り立つ「忖度によるステマ」とでも呼ぶべきシステム存在し、それが数多くの提灯記事を生んでいる。責任ある報道を担う企業運営する媒体でも。

実際に何が行われているか

まず前提として、一部のスポンサー企業では、広告を出稿する媒体を選ぶ上で、その企業が開いた記者発表へ取材に来ていることや、広告でないコンテンツとして商材等を取り上げていることが重視される。

そこで、メディア企業広告営業は、出稿を獲得するため、何かしらのかたちで編集部番組制作アプローチし、記者発表の取材や、記事での紹介が実現するよう努力する。

この広告営業から編集部へのアプローチあくま情報提供にとどまり編集部員が純粋ネタの良し悪しで判断して取材したりコンテンツにしたりするのであれば、それはまあラインを越えてはいない(と俺は思う)。

ただ、編集部が上記の出稿媒体選定の事情をわかった上で忖度してコンテンツにした場合や、広告営業から編集部に社内的に金銭が渡っていた場合、それは純粋ステマではないにしろ、読者への不誠実さではそれと同等だろう。この「忖度ステマ」は撲滅されるべきものだ。これはメディア受け手信頼関係問題で、人の健康に関わるものでなければOKというものではない。

この方法がまかり通っているのは、まさに岩手放送が主張したのと同じく、スポンサー企業記事に対価を支払ってはいないのでステマにはあたらない、という判断メディア企業内でなされているからだろう。

だが、実際には、スポンサー企業はこの図式をわかっているはずだ。だからこそ、記事が出なければ広告を出稿しないという態度によって取材を促す戦略をとるのだ。

もう一度書くが、俺が今いる会社でも、広告営業から編集部金銭が渡って書かれた記事ウェブ上に出している。

(「金銭が渡って」というのは、個人の懐に入るのではなく、PR表記のある記事広告と同じく、その編集部運営するメディアの売上になるということ)

こんなところで吐き出す前に社内で問題提起し撲滅したいが、直接対価が発生する狭義のステマ記事ではない、雑誌ではふつうのやり方だろう、売り上げが減るのは困る、というようにやめない理由はいくつも用意できるので、社内で主張しても大きなムーブメントは起こせそうにない。

ちなみに、ワセダクロニクルが報じ続けている共同通信での疑惑と図式が近いので、何か変化があるかと思ったが、今のところない。共同通信での「成功報酬」のようにある意味わかりやすい対価ではなく、あくま記事掲載が、PR表記のある広告が出稿される条件の一つになっているという話なので、問題が表面化しづらいのだ。

特定メディアに着目し、記事を一覧から見ていけば、他の記事から浮いた提灯記事くさいものを見分けるのは困難ではないし、そういった記事が多くあるメディアも見えてくるはずだが、なぜか今のところステマとして炎上することもなく運営されている。

ネットには鼻が利く人が多くいるからいつ炎上してもおかしくない、むしろいっそ炎上してほしいと思っているんだが、もはやメディアによるステマなんて当たり前すぎて、怪しい記事を掘り出して炎上させる面白みもなくなっているのだろうか。

2017-06-07

日本最高の純文学

CROSS†CHANNEL

なのではないか仮説

そもそもエロゲとは純文学である

純文学とは純粋芸術及び人間本質を描く物だ。

二次元美少女とは純粋芸術であり、彼女達のような存在青春を過ごしたいと願うこと、そして最高の仲間と青春を過ごすなかで人として成長することこそ人間本質である

まりエロゲ純文学なのだ

18歳以上を登場人物としながら高校生恋愛を描くという矛盾は、純粋芸術を描くためなら他の事は放っておけという純文学精神の現れだ。

CROSS†CHANNELはその中でも最高に純文学だ。

思春期の揺れ動く少年少女の心を描くと共に、現代人が抱える社会適応の難しさとそこから来る複雑怪奇な心の有り様を描いている。

社会適応できない事に悩み、社会を避けようとし、だけども社会と共に歩もうとする二律背反が織りなす、掴みどころのない心の機微こそ現代人の精神活動においてとりわけ芸術性を宿す部分だと私は考える。

そして、その悩みの果にある答をCROSS†CHANNELは描く。

人間必要としながらも、人間と関わらない生き方を求める姿は、インターネット社会の果てにある一つの答えのように私は思う。

ラストで絵が書き出される、主人公なりの、作者なりの答、それに対する各登場人物なりの色とりどりの反応。

そして、受け手もまた1人1人がそれをハッピーエンドと捉えるか、バッドエンドと捉えるかを迫られる。

答を用意しながら、その答に対する答を読者に投げる事で、この作品読み手がこの作品に心揺さぶられるうちに何を思ったかを浮き彫りにして物語を終える。

純文学が、その芸術性により、人の心を揺さぶり、人間感情の持つ複雑な味わいを想起させる存在ならば、CROSS†CHANNELこそが最高の純文学だというこの仮説も、ただの妄言以上の意味を持ちうるのではないだろうか。


以上、CROSS†CHANNELの「生きている人いますか」の言葉が無ければ今頃この世界から居なくなっていたかも知れない男より。

ミキミキ桜庭があのラスト肯定してくれたから、そのシナリオロミオが描いてくれたから、今の自分自分存在を許す事が出来ている。

少なくとも、フィクション作品の中で自分人生に最も大きな影響を与えたのはCROSS†CHANNELだ。

あの作品があり、あのラストを同じくハッピーエンドだと感じた誰かがいる事を知ったから俺は今生きている。

1人だけど1人じゃなくて、1人だからこそ1人じゃない(同じく1人を求める誰かがこの世界にいるのだから!)ことに気づけたから俺は俺を肯定出来るようになれた。

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