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はてなキーワード: あくまとは

2018-06-25

anond:20180625124403

そりゃいるだろ

今回の事件Hagex自己責任だと思ってるやつは山ほどいるだろ?

それでも表現の自由戦士のみなさんはあくまでもhagexは悪くない、殺したやつが悪いって言ってるんだから面白いよな

anond:20180624164002

そもそも技術プレゼンでよくある「技術紹介に飛躍的な背景や課題をくっつけたネタプレゼン」で、あくまでも機械学習でできることや性能の紹介がメイン

どういう手法を使ったのか、どのような苦労があったのか、どのくらいの性能なのかみたいなところがメイントピック

から、これで社会的に何が実現するとかしないとかはプレゼンの主要とは関係ないが、くっつけたストーリーがお粗末だったので炎上してしまった

2018-06-24

女性だと思っていたら男性だった漫画家

少年誌だと女性作家がわざと男性名を使ったり、男性向けのエロ漫画を描いたりする女性作家も多いので

男性だと思っていたら実は女性だった漫画家」ってのは大勢いると思いますが、

その逆の女性だと思っていたら実は男性だった漫画家ってあまり見ない気が。

パッと思いつく作家だとこれくらい?

あくまデビュー当時に女性だと勘違いしてた人もいたな~という作家です。

今やベテランばかりですが、少女漫画デビューだったり女性っぽいPN作風だった方々。

最近作家だと全然思い浮かばない…というか少女漫画を描く男性作家自体が減ってきてるのかな?

他にも「この人もそうだった」という例を知ってる人は指摘よろしく

anond:20180624210000

違う。

降水確率の数値は、降る雨の強さを表すのではなく、あくまでも雨が降る確率を表すもの

anond:20180624121620

あくま四捨五入して0%って意味だろ。

決して0.0%という意味ではない。

と、中学校あたりで教わらなかったか

情報エンジニア各位はエナジードリンク摂取を今すぐやめろ

要点:

寝ろ.

---

これは大学生が書いている.

情報系の各位をインターネット観測していてよく目にする特徴として,

レッドブルモンスターエナジーといった,いわゆるエナジードリンクを頻繁に摂取するということが挙げられる.

(これは情報系の人間だけの特徴とは限らないが,観測範囲情報系に偏っているので許して欲しい)

当然に,大学においてもそういった傾向が見られ,大学生協には当然のようにエナジードリンクが並んでいるわけである

大学生の時から時間作業常態化し,学生エナジードリンクを買い求める光景は,はっきり言って異常である

私は情報系分野における長時間労働の背景のひとつに,こういった大学時代からの長時間作業常態化があると考えている.

(これは,経営層や監督層に問題がないと言っているわけではないことに注意.

あくまで,長時間作業をするのが当たり前になってしまっている状態に「慣れて」しまっているのが問題だと言っている.)

そもそも大抵の場合において,長時間作業する必要性が出てくるのは作業効率が悪いからであり,

作業効率の低下は睡眠不足によって引き起こされる場合が多い.

睡眠不足が長時間作業を誘発し,それによってさらなる睡眠不足が引き起こされる負のスパイラルに陥ってしまっている人間が,

たかもそれが当たり前かのように振る舞い,あまつさえ

エナジードリンク摂取したことがないなんて,大した研究をしてないんだな」

などというふざけた発言をするような分野で,労働環境改善することなどありえないと断言して良い.

脳みそをどれだけ回転させるかが勝負と言って良い頭脳労働において,睡眠不足効率を落とすなどもってのほかである

寝ろ.「早寝早起き朝ごはん」は健康効率よく過ごすためのもっと簡単な取り組みである

情報エンジニア各位は,自らの労働環境改善のための取り組みの一環として,エナジードリンク摂取を今すぐやめるべきである

anond:20180624193019

そもそもミスターコンとやらにケチをつけて中止に追い込んだところで、女の好みが変わるわけでもないじゃん

これはミスコンについてもそうだと思うけど、そういうイベントがあるから一定価値観押し付けられるのではなく、その逆だから

あくまで顔やその他の要素を重視する価値観というものが先にあって、結果としてその種のイベントが生まれているに過ぎない

からイベントいくら抗議したところで、元の価値観に手をつけるのが無理な以上、何かを叩いてストレスを解消する以外の大した意味なんかない

就活つらい

なんの捻りもないタイトルしか思い付かなかった。

それほどまでに私は疲れてる。疲れきってる。


明日締め切りのESを半分書いたところで手が止まってしまった。

何も文章が出てこなくなったから。

質問に対して自分の正直な考えと、就活本に書いてあるセオリーとを照らし合わせて、正解の文章を考えようとしても、何も浮かばなくなってしまった。

考えれば考えるほどこの企業の志望度は高くなっていき、同時に書けなくなっていく。

ひどいジレンマである


私には夢があった。

夢を叶えたくて就活を頑張った。

正確には頑張りたい、と思った。

でも次々と志望業界企業が落ちていく中で、根本的に自分は向いていないのだと気づいた。

それどころか、1mmの努力も出来ない自分いたことに気づいた。


夢破れた私を横目に、友人たちは次々に内定を獲得していく。

私はコミュニケーションに難があるわけではない。

バイト接客業もやってて評判いいし、大人からも可愛がられるタイプだ。

あなた就活大丈夫そう!」って色んな人から言われた。

プライドがこうして形成されていったのだろう。

どうして夢もないあの子適当企業内定もらって、どうして夢のある私はこうもうまく行かないのかと、自問を続けた。

出した答えは、私は自分が思うよりはるかに「何者」でもなかったのだ。


朝井リョウの『何者』という小説がある。

就活について生々しく描かれた本で、2年前くらいに私も買い、読んだ。

怖くなった。

私も就活とき、こうなってしまうのだろうか。

こんな怖いことを乗り越えられるのだろうか。

そんな思いから読み終えたあと『何者』を本棚の奥にしまった。

面白い本だけど読むと不安になるから就活が終わるまで読まないておこうと思ったのだ。

だが今思うと不安になる一番の理由は、登場人物拓人が私と似ていたから。

そして今まさに、私は拓人と同じ状況に置かれている。


この記事を書いている横に本棚から引っ張り出した『何者』を置いてある。

本来ESを書かなければいけないのでまだ本は読んでいない。


ちゃごちゃしてしまったがプライドを失い、どん底にいる今でも言いたいことがある。

企業は合う、合わないがあるから、落ちた企業は合わなかったんだよ」

就活 つらい」とかで検索すると出てくるフレーズ

というか、どのサイトもどんなキャリアアドバイザーも言う台詞

私はこの言葉を信頼していない。

何故なら合う、合わないなんてどうでもいいからだ。


やりたい、やりたくない、なんじゃないの?

合わなくても、やりたい仕事ならそんなの乗り越えられるんじゃないの?

合ってもやりたくない仕事なら意味ないんじゃないの?

やりたい、やりたくないにしろ、合わなかったら辞めればいいと思うけど、やりたい仕事から転職したほうが経験値になるんじゃないの?


こんなことを未だ言ってるから就活の波に乗れずうだうだ海底に沈んでいるんだろう。

中途半端に「個性的」な自分でいたくなかった。

完璧に「何者」かになりたかった。

就活に毒されているかもしれない。

でも私は起業する気もないし、フリーターになる気もない。

もちろん留学する気もだ。

あくま新卒の、正社員としての人生がほしい。

「何者」かになりたかったのに、こんなにも「普通」の考え方をしてしまうのは、本当に我ながら笑える。


正直辞めたいし、しにたい。

人間のものをやめてしまいたい。

でも私はこの世にすがりつくものがあるし、親にもお礼したいと思ってる。

から、頼むから、私を殺さないでいただきたい。

就活メソッドには中途半端しか従えないし、プライド絶妙に高い、そして「何者」でもない。

でも雇ってくれればちゃんと働くし、周りへのご機嫌取りだってするから



こんだけ書いといて結局何が言いたいのか分からない文章にも嫌気が差してくる。

ES書けない。

面接も印象はいいはずなのにうまく行かない。

就活つらい。

FGO1945問題愚痴

このFGO1945炎上問題を「韓国のいつもの言い掛かりだ」と切り捨てるFGOユーザーは、過去ディズニージャパンによる8月9日「なんでもない日おめでとう」ツイート炎上問題スルーできるのだろうか?

自分FGO課金勢でもないし、TYPE-MOON作品網羅し心酔してる型月厨でもないです。

こんな神話英雄歴史上人物をてんこ盛りにした創作作品なんて絶対自分では作れないので、ゆるく娯楽として遊んでるだけです。

嫌なら止めればいいやという気持ちも正直ありました。

けれど海外FGOユーザー意見を知れた事と、たまたま知り得た事の内容を照らし合わせて考えると、1945年表記は「そりゃ配慮がないと怒られるよね」と納得せざるをえませんでした。

あくまでも自分FGOをこれからも遊んでいたい。(1.5部未だクリアできてないから)

でも、今回の炎上スルーしてプレイするのはさすがにしんどかったので運営メールしという話であり、要するに愚痴です。

Fate/EXTELLA LINKの発売前日ということで6月6日ニコ生イベント公式発表となったんだろうなっていうのは理解できる。販促大事だもんね。

でも韓国語版を配信してるにも関わらず、韓国にとっての6月6日が何の日なのか考えず、タイトルに1945って入れるのは無神経だし、WW2を想起されるのもシナリオ不安を抱かれてしまってもおかしくない。

しかWW2前後に第三回聖杯戦争があったという設定をうっすら覚えてはいたので、もう一回『コハエースGO 帝都聖杯奇譚』を読み返してみました。

そうしたら。タイトルにも、サブタイトルにも1945って入ってなかった。エー。

このまま沖田オルタ!とか騒いでていいのかなと思っていた矢先に、Togtterのコメントに約20年前くらいに発表された某1945っていうゲーム名が比較としてあげられていました。

ほんとに嘘だろ?ってタイミングなんですが、6月に身内が集まる機会がありまして。

「某1945ってゲームあったよね?」ってゲーマーな身内に聴いたら、あのゲーム会社で某1945、某1945-Ⅱを製作していた当人でした。

製作過程ではタイトル数字は1944を予定していたそうです。

ですが同時期に他社で1944をタイトルに含めたゲームが発表予定されていたため、1945としたそうです。

ただしこの1945年+WW2で使用された戦闘機を登場させる世界観を用いるにあたって、機体の旭日旗等を徹底して省き、戦争賛美につながらないよう考えて制作されていたとのこと。

当時、すでに日本製ゲーム海外で高評価を得ていましたし、日本国内だけでなく海外でも配信されることが予測できていたから。

「WW2の戦闘機が好きだからあれを使ってSTGを作りたかった」

「でもSTG戦闘機が好きなだけだし、プロパガンダ要素はこのゲーム必要ない。」

「それなら旭日旗を削るのも、敵を完全に架空のものにするのも当然だろ」とあっさりバッサリ言われました。

ここらへんで「そうか。FGO同人サークル時代スタンスのままで商業ゲームとしてやってるってことなんだ」と気づきました。

自分FGO面白さだと勘違いしていたのは、公式製作側とユーザー馴れ合いや内輪受けのぐだぐだ感だったんだなと。

TYPE-MOONそもそも同人サークルであったことは承知しています

ももFGO同人サークル頒布物ではなく、商業ベース商品という位置づけで世に出ている。

表現の自由は守られてしかるべきだと思います。WW2を作品モチーフに使ったら駄目ってことではないのです。

1945やWW2を作品世界観や設定に使うのであれば、これらに関わりのある諸事情も頭に入れて作品を作るのがクリエイターってもんだろ?ってことなんじゃないか

…という感じのことを、TYPE-MOONFGO PROJECT・DELiGHTWORKSにメールしてみた。

意見メールの返信は無いそうなんで、返信は全く期待してない。

ただ、韓国FGO運営であるNetmarbleは、何らかのリアクションをするべきなんじゃないかなぁと思う。鬼哭酔夢魔羅生門イベやってる場合じゃないよね?

で、今日6月23日です。やっとライフイベント的なことが一段落ついたので、イベントをすすめてみました。

坂本龍馬岡田以蔵・沖田オルタ織田信長さらに「日本しか存在しない、他の世界と完全に切り離された特異点」。

これのどこに1945年必要性があるの・・・

本当に「1945」の必要性がわからないよ??? 「帝都」って使いたいだけなら、明治時代で良くない!?

2018-06-23

anond:20180623184831

さすがに極論というと角が立ちすぎるけど、あくまでも自分個人としては、すごい窮屈な考え方に感じる。。

anond:20180623155040

でもそれはあくまパワーバランスによって生じた問題であって、社会正義の名のもとに断罪するのとは別物じゃん

オトボケかましてんじゃねえよ

anond:20180623053752

人にもよるんだろうけど、って最初予防線張っとくけど

女は落とし所を見つけるのが下手だと思う

男同士の場合、お互い納得できるポイントの探り合いが議論であり落とし所を見つけたらそこに着地させるのが議論の終了になっている。

あくまで俺とその周りの話だけど。

ユーチューブとか見てると自分わがままが通らないのであれば拳で解決だ!っていうのも見るからそうじゃない人もわりといるんだろうけど。

2026年W杯人間による最後W杯になるだろう

恐らく5年後には、人間によるあらゆる判断AIが上回るであろう。人間AIによる優位性をすぐには受け入れないであろう。8年後のW杯は、AIの助言による、見せかけ上は人間主体での大会になるであろう。しか12年後の大会は、そのような衒いは消え、AIが表に立った大会になるであろう。

ゴール、コーナーキックゴールキックスローイングの判定は全て2022年の段階で、AIによる判定になる。2026年の段階ではオフサイドや接触によるファールも含めた全ての判定をAI人間より正確に下すことが可能になっている。2026年の段階では、VARによるアシストを受けた人間主審が笛を吹く。2030年W杯では主審線審ともに、人間審判ピッチに立たない。審判を務める人間、という役割は建前も含めて2026年で消え、判定を下すのはAIになる。

2022年時点では、選手起用と選手交替はAIサジェスト活用することが主流になる。試合中の戦術指示もAIが下せるようになる。大会前の23人の代表選考、各試合スタメン選定は、各陣営AIによりもたらされる。26年までは、AIによるサジェスチョンを取捨選択する人間監督、という建てつけが維持されるが、2030年以降は純粋AIによる指揮に置き換わるだろう。

局面局面でのパスドリブル相手コース判断リアルタイム人間よりも優れた判断を、2026年時点でAIが下せるようになっている。2026年段階では、茶の間で観衆が見る中継画面上にはリアルタイムで「あるべきシュートコース」「あるべきパスコース」が表示され、観衆は人間による判断がどれだけAIによる正解に近いのかを離れているのかを味わうだろう。この段階では、まだあくま選手自分自身判断個別のプレーを選択しているだろう。しかし、2030年W杯では、AIによる正解は、リアルタイムでなんらかの伝達手段で直接選手に伝えることが可能になっているだろう。試合中にリアルタイムで、人間選手個別の指示を直接AIから受け取ることに当初は疑問が呈されるが、2030年時点ではそうした議論は決着しているであろう。選手自身によるプレーの判断は消え、いかAIの示す正しいプレーを実演できるかが試される競技になるだろう。

ジェンダーがらみでなんで炎上するのかわからないし自分やらかし

ここではリスク回避の話だけをします。あなたが内心どう思っていようが関係ありません。

女性蔑視だろうが男性蔑視だろうがなんだろうが、そういったもの矯正啓蒙しようというのは時間と労力の無駄です。省力化していきましょう。

しかし何が問題となりうるかを把握する必要はあります

危ない話題:性

性、特に女性にまつわる話題は悪気がなくとも燃えやすいです。実際に女性にチェックしてもらってその人からOKをもらったとしても燃えますし、事前にチェックしてもらって問題ないとのコメントを得たといっても火に油です。

そんな理不尽な、とお思いかもしれませんが、発言小町で「年収」というワードを出したら「私の夫の年収は〜」といった文脈でなくとも炎上不可避なのと同じです。そういうものなので仕方ありません。

よほどうまくやる自信がない限り触れるべきではありません。

いっぽう男性については言いたい放題に見えるかもしれません。旦那がどうこう、男はおごるべき、年収家事イクメンがと好き放題言ってるように見えていることでしょうし、それで炎上というのもあまり馴染みがありません。

これもそういうものなので仕方ない、と言いたいところですが、ワイドショー(平日昼に放映しているテレビ番組一種)でそのようなノリが定着しているがために、その空気を引きずった場所ではなんとなく許容されているだけに過ぎません。

男性話題についてもまったく安全だというわけではありませんので避けたほうが無難です。

危ない話題人種国籍など

から差別といえば人種、それも黒人というのは常識といってもいいくらい広く知られています

これが拡張されるというか、より広範囲になって、今では自分以外の国籍人種について語るのも危険度が増しています不用意に外国人の話などをするのはよしましょう。

ありがちな例としては「日本語がカタコトでかわいい」といった発言がありますが、これはかなりの危険を孕んでいます。少なくとも公の場ではこういった発言を控えるべきです。

危険話題全体主義的なもの感想を結びつける

少しふわっとしていますが、いわゆる「主語が大きい」とされるやつです。例えばこれと性の話題が結びついて「男性共感力に劣る」といった発言をすると、たとえ自虐であろうと炎上危険度が倍加します。

自虐なら主語自分しましょう。「僕は共感力が低いので云々」のようなものであれば、「男性」の話題ではなく「あなた」の話題なので、燃料になるものがないので燃えようがありません。

重要なこととして、たとえ否定的でないことであっても主語が大きい発言炎上します。「専業主婦家事をしっかりやってて偉い」といった発言は「専業主婦じゃないけど家事はしてますが?」「謎の上から目線がムカつく」などの反応を引き出してしまます

不要属性を省いて「友達家事をしっかりやってて偉いなあと思った」などとするか、「近所のマック専業主婦だという2人が熱心の家事の話をしててすごかった」のように主語を「専業主婦から専業主婦だという2人」まで狭めましょう。

安全話題古典故事引用

女性が居ないのでやる気が出ない」、まあそういうこともあるでしょう。しかしそれをそのまま発言するのは上に挙げたリスト抵触し、非常に危険です。

しかしそういった気持ちを表明したい、あるいは女性が居ればもっと職場なり何なりが良くなるはずだ、という話をしたい。

そういうとき歴史文学を紐解いて似た事例を引っ張ってきましょう。歴史文学は(ナチスが絡むような危険ものもありますが)概ね安全といえます

『収容所の架空少女』の原典 - Togetter

こういう有名な話を持ってきて「同様のことをやってみたい」くらいの感想をつける程度であれば、少なくとも生の気持ちを出すよりは安全になります

安全話題タバコ批判(番外)

世の中にはしていい差別と怒られる差別がありますタバコ喫煙者現代において貴重な前者です。

タバコはいくら殴ってもいいと信じられているのでどれだけヒステリックにわめいても炎上することはありません。むしろ同調者が現れて盛り上がれることでしょう。

あなた喫煙者なら複雑な心境かもしれませんが、これもそういうものなので仕方ないです。あなた非喫煙者なら日頃の鬱憤をすべてぶつけましょう。

しか安全はいえ、品位を欠いた発言を公にするのは差別炎上とは関係なくレピュテーションリスクに関わるので注意しましょう。

危険話題に触れたい・触れなければならないときにどうするか

不要であれば触れないのが最善です。また「触れなければならない」という状況はそんなに多くないでしょう。

例えば「部下の女性の働きぶりに不満があるんだから女性について触れないわけにはいかないだろう」と考える人が居ることでしょうが、その話題に「女性」というキーワード不要です。そういう発想をしたまま女性話題をすると高確率炎上します。黙っておきましょう。

女性エンジニアが居なくてやる気が出ない、なので機械学習を使ってこうした」という話題は、まあ、触れざるを得ないかもしれません。しかし本題はあくま機械学習で何をしたかであり、それ以外は話の枕でしかありません。そんなところで炎上するのは馬鹿らしいので、上に挙げた一覧を使ってリスクを低減してみましょう。

例:「女性エンジニアが居なくてやる気が出ない、なので機械学習を使ってこうした」をより安全にする

まず「女性」は「男性」より炎上やすいので、主語男性します。「職場男性だらけなので」となります

次に同様の既知の事例と結びつけます。面倒なので先ほどの架空少女の話と繋いで「職場男性だらけで牢屋フランス兵みたいに殺伐としている」とでもしましょう。

ここで「フランス兵」という新たな危険要素が追加されてしまいました。削りましょう。「職場男性だらけで刑務所みたいに殺伐としている」。「刑務所」も無難といえるほど安全ではないですが「フランス兵」よりはマシです。

最後の本題をくっつけて完成です。

職場男性だらけで刑務所みたいに殺伐としている、なので機械学習を使って架空少女でっちあげてみた」

盛り込んだ要素をよりわかりやすくするために長くなってしまいましたが、これなら聴衆は「ああ例の牢屋の話の再現をしたってことか」と解釈し、ポリコレと結びつけて考える人が減ります。そういう人が現れても勝手に「いやフランス兵の有名な話があって…」と説明して沈静化してくれます歴史故事などを使うメリットはこの効果を期待できるからです。

まとめ

ヤフー社のチェックしたやつ仕事しろ

2018-06-22

幸色のワンルームって何がそんなに魅力で、何がそんなに問題なんだよ

これ「https://note.mu/amakara_no_tare/n/na4eb53fb6768」を受けて書きたいと思ったこ記事

自分は今回に関してはテレビ局に慎重に取り扱ってほしい旨をメールで送った、ドラマ実写化に関してのみ規制賛成派。

該当作品ツイッター投稿リアルタイムで見てて、その後ピクシブのぶんだけ読んだ。

ここまで前提。

幸色のワンルーム少女にとって魅力的なのは「性」の扱い方にもあるんじゃないか

クロスメディア展開がへたくそなのと制作側が色々甘く見てそうで怖い

■実写ドラマ反対したい理由は色々だけど、私個人に関しては”自分のため”だったと思う

の3本です。長い。一番最後に3行でまとめたから忙しい人はそれ読んでくれたら嬉しい。

幸色のワンルーム少女にとって魅力的なのは「性」の扱い方にもあるんじゃないか

幸色のワンルームは単なる誘拐の話ではなく、ただの男女の逃避行でもなく、

理不尽にただ蹲って耐えるしかなかった少女が守るべきもの(=居たいと思える居場所、人)をはじめて得て戦うことで少女から大人へと羽化する話であり、

リアルの男女の性に絶望した読者に対して「男と女ではなく、大人子供でもなく、ひとりとひとりの人間として関係性を結ぶ」という夢を与える物語

と捉えることができる。できるんですよ。傍から見たら犯罪だけど。

問題誘拐ストーカー設定なくてもこれを描けたことだけど、その設定のおかげで(いろんな意味で)バズってるから  うん…)

「男とか女とか性とか支配支配とかラベルだけの話ではなく、ぜんぶひっくるめて、私という人間あなたという人間の話であり、救いの話」というふうに見たとき

正直、読み口としては2000年代商業BLブロマンスに近いなと私は思った。

少女漫画系譜だ。

実際幸色のワンルームの幸とお兄さんの関係は決して恋愛感情だけにはとどまらないという風に描かれています

加害者被害者であり、無自覚的な搾取する側とされる側であり、姫と従僕であり、ナウシカ王蟲の幼生であり、友情であり、慈愛や同情であり、恋愛感情もうっすらあり、依存であり、共闘関係であり、勘違いであり、共犯者であり、そして全てを肯定し合う関係である

から人気が出た。

恋も愛もべたべたラベルが付いてひと山いくらで売られていることを、十代の少女たちはとっくに気づいている。そんなふうに安っぽくない、けれど十代少女たちに門戸を開いているフィクション作品をもとめている。それがどれだけ過去文学映画漫画でありふれてやりつくされてきたものだとしても、「いま」「ここ」で「私たちに対して」向けられている作品に惹かれて何がおかしいのだ。

たこれは重大なポイントだが、お兄さんは性のにおいがしない。

デフォルメされた世界で成人男性記号ほとんど持たない、いってしまえば無性の存在メンタル的にもそう。

その上、精神年齢少女とほぼ変わらないため、罪の意識を持った姿は読者にはどこか可哀想うつる過去の傷があるらしく年下の幸が守らねばと思うほどいたいけでたよりない。幸に都合の悪いこともしない。

けど、男。

という風にドリームカスタマイズされてるキャラ

「そんなやついねえよ」だ。だからこれはファンタジーだし理想たりえる。リアルと切り離せる免罪符でもある。

ひと山いくらラノベに出てくる都合のよいヒロインから性の匂いをひっぺがしたようなものだ。少女にとって男の性は不要もの、というか幼いころから自分を脅かしてきたものしかいから、無い方がいい。幸の安心できる居住空間提供する為にも。

からストーカー誘拐犯の男、というショッキングスキャンダラスな設定はあるものの、それは今やおにいさんと幸が法を犯したことをしても問題ないというハードル下げのための設定になり下がっており、基本「ある日突然(可愛くて自分が居ないと生きていけない(A))女の子が空から降ってきた」と同義なのだ。ぺらっぺらだが、それこそが求められている。「怖くないから」だ。

(A)には「やんごとない身分の」「血のつながらない妹/姉である」とか、あと「大量殺戮生体兵器の」とか「妖怪の」とか「暗殺者の」とか「殺人鬼の」とか「サイコパスの」とか入ったりする。よくあるやろ。そういうのを①男女逆にして②リアル現代の③クライムフィクションチューニングすると

ついこないだあった事件そっくりで笑えなくなる、みたいなの超あるあるなんすわ…

からまあ、あるある作品なのだ正直。

そんなもんがあるあるになる現実の方がクソというだけだ。



クロスメディア展開がへたくそなのと制作側が色々ガバガバで怖い

はいフィクションだし少女漫画だし、問題ねーじゃんと思うだろ?私も思う。お兄さんは捕まるか虐待親に突撃して共倒れして死んで美しい思い出になって欲しいけど(どうせやるなら徹底的に幸に都合よく退場して欲しい)。

これが少女漫画カテゴリで人気がある分には。

あと作者と制作側がゆるゆるかつタイミングが最悪でなければ。

ツイッターへの最初投稿とか現実事件に対してタイミングが最悪すぎる件に関してわざとかどうかはもう「関係ありません」で貫き通すだろうし実際分かんねえからいいわ…。マジでインスピレーションさえ受けてないとしてももう運が悪かったと思ってほしい。というか当時あれだけのトップニュースすらチェックしてなかったなら作者はうかつだし、チェックしてても特に何も考えず出したならそれはそれで大変アレなのでそれは怒られても仕方ないんじゃねーかと思う。

特に問題に思うのは、クロスメディアするとしたら慎重にやるべき題材だったということだ。

先生!」「PとJK」の実写化の時も同じこと思ったけど(あれも「少女漫画なら素敵だがリアルに考えるとわりとやばい案件)今回は格が違う。なんせ誘拐犯でストーカーだ。どれだけ気を使っても使いすぎるということは無いだろうに…と思う。

後ろめたさも、退廃的なことも、この作品の魅力と分かちがたく結びついている。伝え方を一つ間違えたら倫理観を疑われる作品なのは変わらないのだ。

このへんは制作側の、なかでもプロモーションの腕が必要作品だろうなと思う。

たとえば、この作品ギリギリまで性のにおいを消臭できているのは、絵柄の影響が大きい。デフォルメが強く、リアルさは無いティーン向けの絵。虐めのシーンにも性的ものは見受けられず変態教師とのバトルでさえ匂わせる程度だ。

性も犯罪も、それが主題ではないのだと、なによりも絵が主張している。

また、この作品家族で見てやいやい言いながら見るより、一人で集中して見たいものじゃないだろうか?ターゲット現在テレビを良く見る層と被っているか?いないんじゃないかティーン原作ファンがこの作品を見て語り合うなら、家族よりも、同性で趣味の合う友達とではないか

からメディア展開を思い切り間違えてる気がしてならないのだ。

テレビでやるならアニメ作品にすべきだったと思う。その人気に火を付けた一端でもあるキャッチーな絵柄を生かし、フィクションであることを最大限利用すればよかった。あくまでこれは夢物語で、リアルとは違うのだとアピールすればよかった。それでも非難は受けただろうが実写化よりはましだったはずだ。「誤解されやすいけど本来こういう話ですよ」と12話でも24話でもかけてやればよかった。

実写化したいなら、この退廃的な作品映画の方が合うだろうと思った。それに映画館でしか見れない、というフィルタリングは大きい。実写化することでどうしても露悪的に、生々しい匂いになる画面をテレビから無作為にまき散らすのではなく、納得して料金を払い席に着いた観客にだけ誠心誠意向き合う形をとれば良かった。観客を巻き込んで二人の世界に浸れる場所を作ればよかった。

広告展開で規制派の火に油を注ぐ可能性は大いにあっただろうが、中止よりはマシな結果になったんじゃないか

なんで再現が難しい絵柄を実写で、なんでナイーブかつ視聴者を選ぶであろう題材を全国放送の誰でも見れる割にメインターゲットを逃しまくるであろうテレビで、やろうとしたのだろう。やはりコスト問題だろうか。

プロデューサー編集部も何考えてたんだろうな。

いや本が売れたらいいなと思ってたんだろうけど炎上商法やった割にリターンがアレ過ぎない?そうでもない?わからんけど

正直、ドラマ制作側も作者の方も編集部も、「現実にある犯罪を扱った現代である」という認識が甘すぎたのではないかと思う。

それも、未成年被害者がいる事件を、「犯罪としてではなく救済として描く」というひねりを売りにした作品でだ。

カリオストロの城」でも撮っている感覚だったのかもしれない。モニタ解像度低いわ。

もしくは、とてもリアルだと思ったから実写にしよう!と思ったのかもしれない。

そのリアルさは虚構で夢でしかなく、それでいてとてもありふれた現実だ。

だって、実際の誘拐幼児への事案はひっきりなしに起こっていて(マジでひっきりなしに起こっている)。

ストーカー誘拐犯の脳内で、自分被害者と愛し合っていたという美しい物語が展開されているのは決して珍しくないのだから

その恐ろしさを無視して、リアルに寄せる実写化をするのは賛成できなかった。

苦言を呈す派に対して作者からコメントは「実際の事件とは切り離してみてください」これだけだ。たったこ一言で全て免罪されるなら表現の自由とはなんとも気楽で無責任ものではないですか。いや作品内で色々ファンタジー要素盛って免罪符切ってるしあれこれ言及するより作品に集中するのは良い手だと思うけど無責任だとは思うぞ。

だって「世の中いろんな人もいる」と、これが現実でもありえるかもね、とでも捉えられるコメントを付けて世に送り出したのは、他ならぬ作者自身なのだ

ドラマにしても、女優に「実際にこういうこともあるかもと思う」というコメントを、編集もせず流してしまった。(これで規制派の使命感に火を付けたようなものだと思っている)。制作側止めろよ…

現代クライムフィクション作品でこのコメントが出るときは「だから怖いなって思いました」くらいのことが続くはずが、「実際あったら素敵」と続いてしまうような。

作品のものというよりもその周りの倫理観ガバガバなのだ現実ガバガバ

そうでなくても今現在、長年沈黙されてきたハリウッドやら世界的に女優性的搾取告発が起きてて転換期で、それでも搾取する側の擁護をやめない(「いや、でも女性側も望んでたんじゃないか」みたいなのワイドショーで沢山見ましたね!)、日本テレビ業界をつい最近私たちは見せつけられているのだ。そもそもの信頼感が地に落ちている時に「地獄の真ん中で搾取されてるけど女の子ハッピーです」みたいな作品作ってもそりゃ倫理観が疑われるだろという話だ。

フィクションはいだって現実と地続きなのだ

不倫ドラマももちょっと気を使ってるんじゃないのかな。

■実写ドラマ反対したい理由は色々だけど、私個人に関しては”自分のため”だったと思う

お兄さんと幸の間にある感情はとても純粋もののように描かれる。

それは憂いを帯びて美しい。破滅に向かっているからだ。地獄の上にある安息からだ。あかるい太陽ではなく、暗闇の中の星。

薄汚く、ふたりを虐めるものばかりの世界でここだけは綺麗であるように感じる。実際そうだからなのだろう。未来なんて考えたくもないし過去の事は忘れたい。いまここにある、おにいさんと幸のあいだにある、形容しがたいなにか、それだけが全ての世界でいたい。

それは読者の心を掴むだろう。特に、十代の少女にとっては。

この作品メディア展開が一つ潰れることで、悲しく思うファンもいるだろうなと思う。恨まれるだろうなとも。

つーか私も十代の時に、リアルで起きた殺人事件(娘が父を鎌かなんかで…)をうけて「ひぐらしのなく頃に」のメインキャラが義父を鉈で殺す回の放送が見送られた時「いやリアルとの区別くらいついてますけども~~~~~????」って怒ってたよ。

でも今(アラサーだよ)、もし「新幹線で鉈をふるう殺人事件が起きたけど、犯人は実は悪い人ではなかった」みたいなフィクション作品テレビで予定されてるとしたら…今の私は、「それは見送った方が良いのではないか」と思う。

区別がつかないのは、つけられないのは、大人のほうなんだ。

大人になるにつれて、想像力は広がりだけではなくリアルさを増していった。経験知識が増えたからだ。

「これのせいでちいさい子供や、少年少女が酷い目にあうかもしれない」と思うと、耐えられなくなってくる。大人になれば強くなると思っていたのに、陰惨なフィクションも年々見れなくなっている。それは、年を重ねた分現実に起きる陰惨な事件を、それに対する酷い言説を、これまで見過ぎて、現実を見過ぎて、どうしても思い出すから、なんだか嫌になっちゃうからだと思う。大人になるにつれて、後からまれてくる子たちが傷つかない世界になればいいと、祈るようになってきたからだと思う。

フィクションなのに、現実被害に遭って泣いていた子や、かつて嫌な思いをしたとき自分を、思い出す。被害者の絞り出す様な言葉や、それに向けられた酷い言葉の数々を、理不尽を、やたらと思い出して、想像してしまって、苦しいときがある。

子供の時はフィクション作品メディアの力を舐めてたし、大人になればもっと区別がつくようになる、

なんならフィクションを見てリアルを思い出すなんてオタク失格だとすら思っていた。

でもそうじゃなかった。

倫理観スイッチ切って倫理観ゼロ作品を楽しむには、TPOがある程度大事だと知った。自分家族を亡くした直後に、家族を殺す話を楽しく読めないように。

倫理観ゼロ作品は、倫理観ゼロ現実世界では楽しめないと分かった。楽しめるならそれは娯楽である以上に、麻酔や薬であり、治療なのかもしれないと思った。生きるための救済。

作品の影響力を舐めたらダメだと思った。面倒なオタクである自分偶像フィクションに命を救われてなんとか生きてきた。

ならば人の命を奪う作品が無いなどとどうして言えるのか。

から今回の幸色のワンルームへの規制は、わたしは(あくまで私はな)、

これを見た「大人」がリアルに起きた事件や今までの経験フラッシュバックに耐えきれなくて「やめろ、せめて少女漫画カテゴリなかにいてくれ。そうでないなら無作為にまき散らす前に対策してくれ無作為にまき散らされて何が起こるか分かってんだおれはくわしいんだ(※嫌なことを沢山思い出しながら)」

って言ったんだと思う。

そういう側面は大いにあると思ってる。

「それでも僕はやってない。」が公開された以降から痴漢被害者への二次加害が酷くなったって話聞いてワァーってなった。

そんな変遷を見てきたら「こういう作品が公開されたら、また…」というフラバもそりゃ起きるよと思った。

直前に現実誘拐事件があり被害者バッシングを見てるんだから余計に「あれが、また…」ってなるよ。(だから本当にタイミングが悪すぎたんだよ…)

からといって作品自体消したいわけではなかった。

というかそれはダメだ。現実がこうだから配慮して作品自体消そうみたいなのは私が一番やりたくないことだった。だからゾーニングフィルタリング推進派なんだけどさ。

そしてゾーニングフィルタリングメディアの差でも実施できると思う。その作品に触れるまでのハードルの差があると考えているから。テレビ特にハードルが低い。例えば映画館での上映や本屋で棚が分けられパッキングされた単行本等とはそれだけでも違う。同列に語れないと思う。

からってガチガチにこの本は誰向け!この本はこの性別この年齢このカテゴリ!とかマジ誰もやりたくねーよ。なにそのディストピアだよ。

ネックは「現実事件に対する二次加害が野放しなこと」だから、ここがマシになれば結果的表現の自由も守られるんじゃねーかなと思うけどどうですかそのへん。

ほんとね現実クソだったよ。現実誘拐事件おこす犯人マジでクソだったし被害者に向ける目も相当クソ。二次加害を大量に見過ぎて本当にメンタル削れたし、なによりオタクリアル事件に対する大喜利に慣れ過ぎて、被害者がいるっつーのに自分も一瞬「あっそんなひどいことされてなかったのかも?」とか思ってしまったのがめちゃくちゃ自己嫌悪で死にたくなった(自分ネットアイドル二次オタクカルチャー10数年どっぷりなんですよ)。「そんなわけねーだろ」と思った。被害者の苦しみをも加害者のやったことも軽視出来るもんじゃない。絶対

この感覚のままでいるのはやばいと思った。でもこれは曲りなりにも女体持ちで嫌な思いも散々してきたから「そんなわけねーだろ」と思えた部分はあるだろうなってのもあるし、「そんなわけねー話」をいくらでも茶化せる人がいるのも知っていた。

誘拐ストーカー盗撮被害者叩きも遠い世界の人にとってはそれはファンタジーだろうしな。

でもファンタジーじゃねえんだよな。

私が生きていく現実に影響があるんなら、私は私のために戦わないといけないと思ったんだよ。

あのとき誘拐犯を擁護して被害者売女扱いしたアカウントほんとめちゃくちゃあって「で

anond:20180622222235

他人プライベートを選びたいんだったら別にそれでもいいと思うけど

あくま自分の中だけでプライベートを優先するっていう選択肢がない

ただそれだけのこと

Twitterとかで女の子撮ってるカメラマンの人たち、写真が好きなんじゃなくて女の子撮りたいだけなんだろうな。

そういうおっさん写真女の子の性の部分ばかり強調したものが多い。

あくま写真が好きなんです、作品撮ってますスタンスでいるけど、女の子を撮りたい、関わりたいっていうのが透けて見えすぎ。

2018-06-21

anond:20180621220515

受け手側の感情が乗ってこない媒体は好きのなれん

からもし万が一実在猟奇殺人被害者がそう言う気持ちであったとしても、それを証明できないから無理苦手

AVなどの実在人物受け手なのも無理

何故なら現実にはモノローグがなく、その人物が本当にそれを思っているか絶対証明できないか

あくま受け手側が心の底から望んでいるケースが好きなのでそれがモノローグという手段証明できる創作物と、この俺自身受け手になるケースしか無理

なお信頼のおけない語り手問題は、読者への挑戦状という概念と本格はセット派閥なので考慮

彼女可愛い女の子を好きすぎて悲しい

彼女美少女画像を集めたりTwitterやインスタで可愛い子やアイドルフォローしてて「なんでそんなことするの」っていうげんなりした気分になっている。

僕は正直もう恋愛とか面倒だし、若いときに散々遊んだし、性欲も若いときと比べると驚くほどなくなって、女の人をあまり性的な目で見ないようになったので「この子可愛くない?」と言われても「まぁそうだね」としか言えなくて、でもそう答えると「え、可愛いでしょ!」みたいな感じで、「同意が得られなくて私は拗ねました」なる立場をとられることが多い。

僕も確かに女の人は可愛ければ可愛いほど好きだけど、容姿以外を補うほどの魅力は容姿だけでは感じられない。それは、もともと僕はミソジニスト寄りで、でも性欲旺盛だから「女体!女体!」と猿みたいに盛ってヤりまくりときにはゴミのように女の人を捨て、ときにはこちらも傷つき、ときには性病と戦っていたクズい部分が、たぶん年をとって、そして今の彼女ができて、僕の中で性欲と愛情が明確に分離できるようになって、ついでになんか社会的地位も向上して生活が落ち着いたことによって、性欲を抜いた目線で女の人を評価できるようになったのが原因だと思う。美少女に対しても不細工に対してもほとんど平等に接せるというか。ただあくまで "ほとんど" の範囲に限っていて、性欲が抹消したわけではないのでまだ容姿の美醜に従う差別感情は残っているけど、少なくとも「あ、今の自分の行動は容姿差別したんだな」と感じられる程度に性欲は減退したと思う。性格も、苛烈なのはまだまだ変わりないが、マシにはなった。

それで、この老化したような自分状態で、彼女からそのTwitterとかインスタとかで「私可愛いでしょ!見て!」みたいな思想ばんばん溢れ出ている、容姿人生リソースを全振りしている女の人を凜々と見せられてもあまりいい気がしない。可愛さに魅力をそれほど感じなくなったので、あんまり可愛くない人が「私可愛いでしょ!」とやっているのを見せられている感覚だ。これが辟易する。僕が「彼氏アイドル美少女画像ばかり漁っている彼女」のような立ち位置であるような気がしてならない。

人の趣味からとやかく言えることではないと思って「やめてほしい」とは言ってないけど、付き合う度そういう女の人たちばかりだったので、自分好きな人もそういう人だったということで、ものすごくもやもやしている。もしかして単なる浮気予防のための試金石として「こんなに美少女な子でもあなたはこの子を大して可愛いと思わずあなたはそんなに理想が高いのに私のことが好きなんだよね?」という洗脳操作を含んだ確認をしているのだろうかと邪推したこともあったけど、聞いてみると「単なる憧れ」とか「綺麗な子っていいじゃん」という、どう考えても浅い考えに端を発しているもので、長年の観察からどうもそういった試す行為とは違うようだ。

あるいは僕の「自信満々の驕り高ぶっている女の人は嫌いで、慎ましやかで劣等感を抱えている方が好みだけど、いざ僕が好きになったら、そうした劣等感メンヘラティ払拭して、自信に満ち溢れてほしい」という我儘が、現状を作り出している1つの主要な因子なのかもしれないと思っている。

ひとまず、なぜかただただ悲しい。

anond:20180621172858

イナゴにしても、昔は「自分らがやってるのはあくまでグレーでアングラな汚い金稼ぎ」と割り切ってて

変な権利意識などなく、原作側が怒ったら速攻逃亡しますってスタンスのもいたと思うけどねえ

anond:20180621002005

いなくなった最初の4人のウマ娘は社台の馬だと推測されていた、ってこと?

でもあくまでそれはファンの推測で、公表されていた訳ではない、と。

社台の馬が一頭もいないってのは明らかに自然から拒否されたと言う推測は概ね正しいと思うがな。

anond:20180621143905

その工程を踏んでその機能群があくまオプションであることをハッキリさせとかないとクレームくるので全然無駄手順ではないです

anond:20180621122742

あくまでしてるのは俺自身思想の話じゃなくて創作の話なんだから

俺が黒人の敵は白人だと思い込んでると決めつけるのはおかしくない?

ポリコレの人がおかしいのってそういうとこだと思うんだけど

私は某大学院修士1年。

もし、大学院への進学や就職で悩んでいる大学生あるいは大学院生の目にこの文が届くかもしれない。

そのとき少しは参考になればと思っている。

あくまで基礎研究をする学生の偏った主観記載していることには注意されたし。

特に工学研究科には適応できないかもしれないことはあらかじめ言及しておく。

進学を望む大学生モチベーションはどこからくるのだろうか、と私は常々疑問に思う。

自分の中にある知的好奇心学問探究心がおそらく大多数を占めるのだろうと思うが、それに一生ないし大学院生活を賭けることにどうして踏み切れるのか?

かくいう私も大学院生の端くれなのであるが。

大学院研究を始めたときはそれなりにやる気があった。

ライフサイエンス化学中間のような研究室だったこから、この研究が将来誰かの健康を守ることにつながればと考えていた。

しかし、アカデミアの世界にはこのような情熱は不一致であったように思う。

アカデミアは理不尽連続だ。

私は高学歴知的権化として彼らを認識していたが、それはあくま学問という極めて内向的世界においてのみである

彼らは学問を中心に生活し、休みや遊びをごく少量しか要求しない。

仕事(=学問)が生活の8~9割を占めることが普通で、それを学生にも平気で要求する。

学問的な正しさに目が向くばかりであり、研究を活かして企業就職する事への理解は乏しい。

誤解を生みたくないがために、少し補足するがこれは私がさぼりであるからこのように感じているわけではないということだ。

一応大学大学院もそれなりに努力して入るところに入ったつもりだし、この感覚が著しく逸脱しているわけではないと思う。

からこそ、アカデミアにはびこる理不尽とそれを容認する上役に疑問があるのである

話をもどそう。

アカデミアに残り、博士へ進学する人はこの環境下が好きだということでよいのだろうか。

あるいは、このような環境マイナスとしてとらえていても、補ってあまりある何かモチベーションがあるのか。

私にはわかりかねる。

これは私の価値観だが、上記のような点を踏まえて、かつ運が悪ければ重要ポジションにつくことが難しいアカデミアにいるよりも、企業に行って高給取りになった方が良いのではないだろうか。

私と同じくらいの年齢の学生に問いたいのは、本当に進学(あるいは就職)するという選択自分にとってベストなのかを十二分に考えてみたのか、ということである

進学を希望する場合上記のようなアカデミアの性格を十分にとらえた上でのことなのか、よく考慮してみてほしい。

幸いなことに、修士課程は二年と程よく短い。

故に、入ったことを悔いても二年だけ何とかやれば博士と違って就職するのにもなんら特殊な工夫が必要になるわけkではない。

それにつらさ以外の部分で大いに収穫になることも多々あることも事実だ。

現に私はつらいとは思うもののいまのところ何とかやっているし、大学院に来てよかったと思うこともある。

これを読む大学生大学院生に、自身モチベーションとそれを何に向けるか、つまり「将来の夢」について考えてみてほしい。

それが理不尽に苦しむ人を減らしたいと思う私の望みであり、同時に読み手利益になることを信じてやまない。

anond:20180621021314

その凝り固まった主観こそ童貞臭い

の子デートという単語にそこまで重い意味を持ってないんだな、くらい考えられないのか

日常会話で相手勘違いするかどうかなんていちいち気にしてないんだよ

あと、あくま個人認識の違いを男全体がそうであるかのように発言するなよ

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