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2017-06-24

優しさと知性の化身の友人

1人の親友がいる。

お互いの大学進学で離れ、数年に一度しか会わなくなったが、なんでもない会話をして、家で考えを練り直すと、霧が晴れるように悩んでいた答えがわかる、彼と過ごした後なら、3倍くらい脳が回転する、大好きな友人。

まず彼はとても賢い。

学生時代、異常とも思えるくらい数学が強かった。

適切なたとえ話をすると、完璧理解して、それはつまり、と正解を返してくれる。

逆に、間違ったたとえをすると、エラーを吐き出す。

時に、自分が想定しなかった答えをくれ、自分の話のなかに隠れた情報垣間見る

彼と話すということは、自分思考の整理になる。

そして、自分でも気が付かなかった答えを得ることが出来る。

そして、彼は底抜けに優しい。

優秀さゆえか、出し抜こうとか、言いくるめようとか、そういう発想が全くない。

与えられた条件から、答えを吐き出す、本当にそれだけだ。

コンピュータのようだ。

なにを言われても、なにかを強制されても、気にも留めない。

最後にもう一つ、彼の長所は、異常なほど記憶力がない。

よっぽど興味あることでないと、記憶出来ず、どんな話も忘れてしまう。

これらの特性により、先入観や、固定観念経験や勘による補正というものなく、その場で与えられた前提条件からだけ答えを導く。

そして、その会話が終わって、一日経つとすっかり忘れてしまう。

もう少し具体的に話そう。

彼はかなり敬虔クリスチャン結婚した。

マスオさんをして、義理の父の介護をしてる。

彼の底なしのやさしさは、とても好評だそう。

奥さんの家は、折につけて彼にキリスト教教育したが、糠に釘のようで、諦められたようだが、優しさの化身であることはわかってもらえているようだ。

食事の前にお祈りをするくらい、敬虔クリスチャンの家にいて、前に彼に会ったときに話した会話は

ジーザスイエスって同じ人だって知ってた?」

である

見事なまでに、興味がなければ、なにも憶えない。

ひょんな話の流れで、マリア処女懐胎という話になった。

マリア様のことは知っていたけれど、処女懐胎については知らないようだった。

しばらく話して、彼と私の結論はこうなった。

ヨセフは優しい。許婚自分以外の子妊娠したけど、別れずに結婚した」

念のため、そんなことをお前の嫁にいったらぶっ飛ばされるから絶対に言うな、と釘を刺しておいた。

したり顔で議論をふっかけるようなことは絶対にしないタイプだし、それにどうせすぐ忘れるはずだから問題はないと思うけれども。

2017-06-22

https://anond.hatelabo.jp/20170622220827

勉強したくなっているときは、勉強エンジョイしたらどうだ?

社会が決めつけた「リア充学生生活」というカタにはまるのが面白そうなときは、それにはまってみたらどうだ?

その場その場での、自分気持ちを素直に聞くんだね。統一感がべつに無くてもよい、いずれふとしたときにそんな自分を振り返ると自分特性・趣向がわかってくるだろう。

神が人のようなものであるはずがないだろ?

神が、宇宙や地上の生物を作ったり、法則定義したとするなら、人間特別視するはずがない。

本を書いたり、何かを作り出したりするのは、ただ単に、人間にもともと備わった特性であり、決して、他の生き物などを統治制圧するためではない。

ただ、そうした特性が、いまの地球の上で、とてもハマっただけで、たまたま優位になっただけだ。

恐竜存在したと信じるなら、それが、たまたまだと理解できるはずだ。

から、神は、人のような形や、人のような意思があるはずがなく、人が理解できない形や理屈を備えているはずだろう。

クマのようかも知れないし、森林のようかもしれないし、サンゴのようかもしれないし、ただ、惑星のようかもしれない。

それを擬人化して、人のように親しむのは勝手だが、実態が、人のようなものであるはずがない。

人のような形や、意思や考える何かと思う事こそが、宗教のはじまりであり、いや、宗教のものだろう。

神がいるとしても、それは、次元のはざまにある、ただの力に過ぎないはずで、

もし、この次元を乗り越える事が出来たら、そのときはじめて、どのようなものかもう一度理解するチャンスがあるはずだ。

2017-06-21

アニサマレギュレーションに端を発した『コール禁止論争』について

少し時間が経ってしまったが、アニサマレギュレーションに端を発した『コール禁止論争』について持論を書き殴ってみる。

中立立場で書いているつもりだが、中立ゆえに少々過激な内容となってしまっているのでご了承いただきたい。

自己紹介

興味なければ読み飛ばしてください。

私自身はアニソンライブに年15~30回程度参加して10年以上になるアラサー男性である

最近では特定タレントを追いかけるというよりも、作品推しスタンスで参戦する事が多くなっている。

渦中のアニサマについては代々木時代に1回、さいたまスーパーアリーナに箱を移してからはほぼ毎年参加している。

いわゆるオタ芸については遠い昔に嗜んでいたこともあったが、色々あって今では現場で打つことはない。

それゆえに近くでオタ芸を打たれることや過激コールに対しての嫌悪感は他の参加者より小さいほうだと自認している。

この論争における一番の問題点

この件の一番の問題点は、『言葉定義曖昧であること』だと感じている。

人間というのは文章を読んだ際、自分に都合の良いように解釈する動物だと常々思っており、「周囲への迷惑となるコール」だとか「いわゆるオタ芸」なんていう曖昧言葉を使っている限り、全員が納得する形で議論収束することは永遠にありえないと断言できる。

オタ芸」の定義

ネット上でこの件について言及している方の意見に目を通していて気付いた事として、オタ芸に見識のある人の言う「オタ芸」と、オタ芸に疎い人(忌避する人、規制する側の人を含む)の言う「オタ芸」にズレが生じている事が散見される。

(余談だが、「オタ芸」と「ヲタ芸」は異なるものだ!という意見も見かけたが、個人的には表記ブレ範疇かと考える)

例えば、オタ芸の一つに「タイガー」というものがある。(タイガーファイアー…と叫ぶアレとは別物なのであしからず

これは、直立不動で動かずにステージ演者に熱い視線を送る行為のことを指し、虎視眈々と獲物を狙う虎の様相語源としている。

参考⇒https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BF%E8%8A%B8

オタ芸禁止と明示された際に、オタ芸を嗜む人が規制側に対して「タイガー」もしては駄目なのかと質問すると、

「ここで言うオタ芸とはそういう言葉遊びの事ではなく、腕を大きく振りまわす等の迷惑行為の事を指している」という回答が返ってくる可能性が極めて高い。

(誰とは明言しないが、実際にそういう回答をした人を見かけたことがある)

オタ芸忌避する方々もこのような一見不毛と思われる似たようなやり取りを見たことがあるのではないか

ここで私が疑問に思うのは、オタ芸に見識のある人が「タイガーオタ芸」と定義しているのに対して、

オタ芸に疎い側が「タイガーオタ芸ではない」と断定し、あまつさえその認識のまま公のレギュレーションに明言してしまう。

このいい加減さ、傲慢さは何だろうか?

前項にも記したが、人間とは自分に都合の良い解釈をしてしまものである

運営もっとオタ芸勉強しろ!などと言う気は毛頭無いが、せめてこの差を認識し、万人が納得できるような言葉使いを意識して頂きたい。

『周囲への迷惑となるコール』とは何か

自己紹介でも述べたが、私は過激コールに対しての嫌悪感はあまり感じないほうだ。

平たく言ってしまうが、近くでイェッタイガーと叫ばれても全く不快だとは思わない。

(もちろん綺麗にキマっている事が前提だが)

一方で、広く浸透しているが私は不快だと感じるコール存在する。

具体的に一例を上げるのであれば、THE IDOLM@STERAメロの「フワ*4」が有名だろうか。

少なくとも2ndライブぐらいまでは裏打ちで「ッハイ!ッハイ!」だったが、いつの間にか前述の「フワ*4」に変化し、定着していた。

Aメロで「フワ*4」を入れること自体比較的珍しいゆえに型破りの感があり、個人的には当時のコールの方がしっくりきており、現場現在主流のコールを聞くといまだに強烈な違和感に襲われる。

乱暴に言い換えると、私の周囲で「フワ*4」する行為は『周囲への迷惑となるコール』に他ならない。

今回主張したい事とは主旨がズレるため、この曲のコールとしてどちらが正しいか・相応しいかを論ずる気はないが、そういった考えを持つ人がいることを知っておいてほしい。

結論としては、『周囲への迷惑となるコール』という言葉は非常に曖昧で、個々人によって定義がまったく異なるという事である

前項と同じく、万人が納得できるような言葉で記さないことには根本解決には至らないだろう。

ライブイベントにおけるコールに対する持論

最後に、ライブイベントにおけるコールというものに対して、持論を述べさせてもらう。

コールという文化地域風習によって異なる『言語』に特性が似ていると感じている。

遠い異国に行けばまったく異なる言語コミュニケーションを取っていたり(V系ヘドバンあたりが顕著だろうか)、

別の地域や閉じられたコミュニティには『方言』や『スラング』というもの存在する。

若者言葉が時を経て全ての世代に定着するように、コール時代とともに少しずつ変化している。

かつてPPPHアイドルライブから声優ライブに輸入され定着したように、時には外来語が定着することもあるだろう。

よく話題に挙がるイェッタイガーも新語の一つとして認知を広めつつあるが、使い勝手が悪ければ大衆には根付かず廃れる、

あるいは一部の人けが使用するスラングのような立ち位置になるのではないか、などと根拠もない憶測をしている。

自身が新しい言葉を使わないまでも、古きに固執し、新しい文化を受け入れない頑固な人物

いわゆる『老害』そのものではないだろうか。

自分自身が変化を受け入れられていないことを棚に上げつつ理想を言わせてもらえば、文化の違いを認識し、変化を受け入れる柔軟さを持ち合わせた上で、それぞれ自分スタンスで好きなようにライブを楽しめればみんな幸せになれるのになぁ…なんて思っている次第だ。

https://anond.hatelabo.jp/20170621203344

俺も黒マスクはアウトだと思っている。でも着けてる。

PITTAっていうポリウレタン製のマスクがめちゃくちゃ快適なんだが、材料特性だんだん黄ばんでくる。

白だと黄ばみが目立つんしかたなくグレーか黒を着けている。

2017-06-19

カイリューについて

カイリューは人気だ

ポケモンGOではバンギラスも登場しているが、いまだにジムではカイリューばかり

バンギラス10階建で1,2匹混じっている程度だ

本家ポケモンでもカイリューは人気だけど、GOほど極端な人気じゃない

これは何なのか?

本家は氷が4倍弱点だが、GOでは1.5倍程度にしかならない

加えてまともな氷ポケモンが、ラプラスくらいなんだが、不明に弱体化された

これはもう、カイリューを落とすにもラプラスじゃなくカイリュー選択するほうが効率がいいレベル

もうね、カイリューカイリューカイリューゲーです


本家ポケモン4倍弱点はきついけど、特性マルチケイルがあるので、HP最大の時、ダメージが半減になる

これは4倍が2倍になるということなので、確1で落とすのはなかなか難しいということ

なので、最初の1ターン上手く使って、龍の舞から羽休めを入れて、マルチケイル復活させたりする

それでいて神速も使えて最後ダメ押しが高確率で入るので、撃ち合いにはなかなか負けない

GO特性がないけど、氷弱点がそもそも1.5倍

これってHP最大制約を受けないマルチケイルみたいなもん

そりゃ強いわなー

2017-06-16

精神障害者就労継続必要もの

私は統合失調症を患う精神3級の手帳持ち障害者だ。就労移行支援施設という障害者向けの就職支援してくれるところに2年ほど通って無事就職が決まり、今はなんの因果障害者指導する立場に立っている。

私が障害者就職支援してくれる施設に通って見聞きした話や、障害者指導する立場に立って思ったことを、精神障害者就労継続にピントを合わせて書こうと思う。

2018年には法定雇用率に精神障害者が算定されるようになることもあり、精神障害者就労についての社会の関心は高いと思われる。

実際、精神障害者就職数はここ数年右肩上がりだ。一方で、精神障害者職場定着率は他の障害者よりも低いと言われている。最近の詳しい統計が公開されているのをみたことはないが、2008年度という古いデータだと一年以上の定着率は約40%。6割近くが一年以内に辞めている。 http://www.nivr.jeed.or.jp/download/houkoku/houkoku117_summary.pdf

この精神障害者がなかなか職場に定着できない理由であるが、障害者本人も雇用側も共に精神障害のことをわかっていないのが一番大きな理由だと考えている。そのためにミスマッチが起こりやすいのだ。

企業側としては、障害制御できるものだと考えている。もう少し正直にいうと、制御できない障害人間は雇わない。

身体障害者は彼らの障害物理的なものであるために物理的に制御できる。知的障害者についても、彼らの特性はある程度型にはまっているし、彼らは幼い頃から支援機関につながりその特性が長い目で観察されているので具体的な配慮点が見えやすい。

そしてそれと同じように、精神障害者に対しても「合理的配慮」をするのが企業義務として課せられる法律が決まった。

だが、これは政策の失敗になるだろうと予想している。何故ならば、精神障害はその特性に型がないからだ。同じ病名であってもひとりひとり症状や対処法が違う。

もちろん病名をつけている医者から見れば、型が見えるのだろう。だが、それは大量の精神病患者と向き合う精神科医からこそできることだ。

私や多くの人のように、機会があって巡り合うことになった限られた精神病患者と、社会的個人的に付き合う人間にとっては、彼ら(というか私も含めて)はひとりひとり全く違った病態を持っているように見える。

私自身も統合失調症だと診断されているが、この病気も陽性期と陰性期では全く違った症状を見せる。陽性期だけをとってみても、妄想が出る人、幻聴が出る人、その両方が出る人といったように症状が違う(私は幻聴タイプだ)。

から精神科医以外の素人にとって、精神障害者に対して「この病名はこういう症状だからこう接するべき」みたいなものは見えないのが実情だと思う。患者個人を深く知れば知るほど、彼らが病名の型にはまった存在ではないということが分かってくる。

から企業身体障害者知的障害者と同じように、精神障害者にもこの病名の人はこういう障害からこうした配慮をすればいい、という合理的かも知れないが画一的配慮をしようとしても、失敗すると予想する。

では、どうやれば精神障害者を受け入れられるのか?そのためにはまず、障害者本人と、雇用する側と、そして精神障害者支援者の三者が絶対必要だと考える。

何故支援者必要なのか?それは、精神障害者自己認識についての難しい問題があるからだ。

身体障害者自分特性問題なく理解している。知的障害者には支援者が必ずいて、その人が本人の特性理解している。では、精神障害者は?精神障害者はその障害精神にある以上、自分障害特性客観的判断することが非常に難しい。私もこれができなかった。なので、支援者客観的自分障害特性を把握してもらう必要がある。それが職場へのマッチング就職後の雇用する側の対応策などに非常に効いてくるのだ。

こちらの資料 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ichiokusoukatsuyaku/iken_koukankai/dai7/siryou2.pdf の16ページにあるように、支援者がいる場合精神障害者一年定着率は65.1%にまで跳ね上がる。

そしてこの支援者雇用する側には、精神障害者には病名による決まった型はなく、ひとりひとり特性が違い、それぞれに別個の配慮をする必要がある、という認識がなければならない。

自分精神障害を抱えているにもかかわらず、私自身この現実に気がつくまで時間がかかった。

なので、精神障害者雇用をする側には、例えば統合失調症の方を受け入れよう、というような姿勢ではなく、〇〇さんを受け入れよう、という姿勢を取っていただきたい。

それは非常にコストのかかる話だとは思う。けれども、精神障害者に働いてもらうつもりで雇用するのなら、そちらの方が長い目で見ると良いだろうとかなり確信を持って言える。

次に精神障害を持っている本人やその家族には、客観的障害特性を把握してくれる第三者支援者を持って欲しい。

プロ支援者は本人が気づかない障害特性にも気づいてくれる。そうした第三者いるかどうかで、雇う側も本人への対応のしやすさが非常に大きく変わる。雇う側も第三者相談することができるからだ。精神障害者本人と雇用側だけの二者しかいない関係はいろいろミスマッチが起こりやすい。本当に。

そして行政の方にも、精神障害者への配慮画一的にする方向の動きではなく、ひとりひとりに焦点を当てた雇用ができるようにする仕組みを作ってもらいたい。

精神障害者長期間就労継続やす社会を作るためにはこれらの動きが絶対必要だと思う。

2017-06-10

障害者就労移行支援事業所に2年通って感じたこと

世の中には、就職をしたい障害者支援する制度がいくつもある。その中の一つが、就労移行支援事業所だ。

これは国から委託を受けた私企業によって運営されている、通所型の施設である

この施設を利用するには、地方自治体に利用申請をしなければならない。

が、この辺りの細かい制度説明はあまりしないでおこう。こうした手続き役所施設に聞けば済む話だ。

この就労移行支援事業所が何をしてくれるかというと、就職までの手伝いと、就職後の定着支援をしてくれる。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/shingikai01/pdf/5-2i.pdf の2ページ目に詳しい図がある。ちなみにこの資料就労移行支援事業所についての話は1〜2ページ目だけで、3ページ目と4ページ目はまた違う施設の話なので注意すること。

まぁ、こういう何をしてくれる施設かについての話も置いておこう。それも役所施設がしてくれるだろう。

今回は、役所施設に聞いてもわからんであろう部分を、実際にこの就労移行支援事業所に約2年通いようやく就職が決まった私が見てきたものを話したいと思う。

まず、この施設に向いている人と向いていない人の話からしよう。向いている人は、少なくとも1年近くは就職しなくても暮らしていけるあてがある人。向いていない人は、今すぐ就職できないと食い詰めてしまう人だ。

たぶん、多くの人がんなアホなというツッコミを入れたことだろう。だが、これは事実だ。

就労移行支援事業所支援してくれる就職までの道のりは、決められた出席日に休まず出席する体力を作るところから始まる。最初は週3日くらいから始めて、数ヶ月かけて週5日出席できるようになるところがスタートである。これには最短で3ヶ月くらいかかる。

なんでこんなに低レベルなところから始めるのかというと、結局これが現実からだ。特に病に倒れて療養していた人が、さあ元気になったか明日から週5日8時間フルタイムで働くぞ!と意気込んでも、絵に描いた餅よりも食えない絵空事しかならない。そんな便利なスイッチはない。

そして働く諸氏はご存知の通り、決められた日に出勤ができない人の居場所はどこにもない。

からまずは決められた日に出席ができるというところが一番重要視される。加えて出席実績というのは1ヶ月の短期で見てもあまり意味がない。少なくとも3ヶ月は様子を見なければ安定して出席できるかどうかの判断もできないのだ。

なので、数ヶ月のうちに転職を決めなければならない人には、就労移行支援事業所は全く向かない。

それでも1年はふかしすぎだろ、と思うかもしれないが、3ヶ月という最短スピードで出席が安定したとして、次は企業実習が待っている。これは2週間から1ヶ月くらいの期間をかけて普通に経営されている企業で実習をさせてもらうというものだ。この実習をすることで、実際に働くのにかなり近い感覚を会得する。場合によっては、そのまま雇用に結びつくこともある。

これは1社だけではなく、2〜3社ぐらい体験実習に行くのが普通だ。だから、この段階でも3ヶ月は使うことになる。

この段階の目的は、自分の体調にとって無理のない勤務条件を探っていくことだ。就労移行支援事業所に休まず出席できていたとしても、実際の企業でそれをそのまま維持できるとは限らない。加えて、自らの障害特性仕事内容のマッチングを見ることも大切なことだ。

そしてここまで最短でも6ヶ月。あとはひたすら履歴書を作り送り面接されたりお祈りされたりを繰り返すことになる。この段階にどのくらい時間がかかるかは運の要素も強いが、実はここで足踏みしてしまう人は案外いたりする。この段階に1年くらいいるのに就職が決まらず、2年(条件が許せば3年)の利用期限が来て去って行ってしまう人をちらほら見た。

なので、これらの段階に耐えられる最低条件というと、少なくとも1年近くは就職しなくても暮らしていけるあてがある人、になってしまうのだ。

私の通っていた事業所範囲就職した人できなかった人を見て来たが、まず就職やすいのはコミュニケーションに難のない身体。この人たちは1年経つか経たないくらいで就職して行く。次にコミュニケーション能力に難のない軽度の精神、発達。この人たちは1年半から2年くらいで就職。そのほかの人が就職して行った姿はあまり見ていない。

なので個人的感想として、企業障害者の上澄みを求めているのだなぁ、と思う。出席率が低くなりがちな障害だったり、コミュニケーション能力に難を抱えている障害だったりすると、途端に就職がきつくなる印象を持った。

総括として、就労移行支援事業所は利用するべきなのか?という問いがあるが、個人的には「利用できればしたほうがいい」と思う。

その理由としては、自分の「無理のない日数で決められた日に確実に出席できる能力」は就労前に把握できていたほうが絶対にいいと思うからだ。

こんな当たり前のことを、と思う方は多いだろうが、これができない障害者の方は案外多い。特に精神

企業側も、週3日だけど決められた日に確実に来れる人、は使い手があるが、週5日のうち不定期に2日休む人、はなかなか使いづらい。

病気等により図らずとも後者になってしま仕事を辞めざるを得なくなってしまった、という経験を持つ方は納得していただけるものと思う。

そしてここから重要だが、この就労移行支援事業所ピンキリである

実際に自分が通う就労移行支援事業所を決めるまでの間いくつもの事業所見学に行ったが、とりあえず人を集めているだけで利用者就職支援指導をあまりしていなさそうなところもちらほらあった。そういうところは、うちはゆるくて自由なところだと言っていたが。

就労移行支援事業所は大抵体験期間を用意してくれているので、それを利用してスタッフの質を見極めよう。支援期間の2年まるまる使って結局就職できない、というリスクはあるのだから

個人的には、スタッフビジネスライクかどうかで事業所を選んだが、正解だったと思っている。

だが、それは結局就職が決まったからの意見で、同じ事業所に通っていて結局就職できなかった人には別の意見があるだろうが。

しかし、この就労移行支援事業所障害者就職が全て解決するのかというと、そんなことはない。

そもそもこの施設長期間通うための生活基盤がない人はこの施設ではどうにもできない。それに、前述の通り支援期間は基本2年までと定められている。その間に就職ができないとなると、どうなるのか?残念ながら私はこの答えを知らない。

また、体調には自信があるんだという人はここで体力をはじめとした基盤作りから始めるよりは、障害者職業能力開発校の方がより実践的な職業訓練が受けられるだろう。

障害者就職支援する制度は様々にある。この記事が、就労移行支援事業所の利用を考えている人の一助になれば幸いである。

2017-06-08

中学校支援級の先生がド素人というシステム

うちの子小学2年生。今の小学校は昔とだいぶ変わっているので、基本的なことから

小学校には1〜6年生の普通学級と、特別支援必要とされた子が入る特別支援学級支援級)がある。うちの小学校では1〜6年生まで合わせて全部で20人くらいのクラスだ。おなじクラス内に5,6人の先生がいて、個別に教えている。一見、とても手厚い。

小学校支援の子ふつう障害の程度は軽い。知的障害が重い子は、専門の特別支援学校へ行くことが多いからだ。うちの子が通う支援級はほぼ100%自閉症スペクトラムの子のようで、いわゆる「発達障害の子どもたちだ。

支援の子普通級で健常児といっしょに授業を受ける形態を「交流級」と言う。うちの子国語算数についていけていないので、それ以外の音楽やら生活やらの授業を交流で受けている。支援級を卒業して普通級に移る子も、毎年ひとりふたりいる状態だ。

で、その支援級の先生を、「普通教員免許をとった普通先生たち」が年交代でやっていることをご存知だろうか?

毎年毎年、特別支援教育経験がない、普通の、ド素人先生にほぼ総とっかえになるのだ!

私は支援制度じたいはとてもいいと思っている。だがこの人事システム絶対おかしい。効率が悪すぎるし、子どものためになっていない。

ほとんどの先生は、望んで支援級に来るわけではない。単純な持ち回りか、担任として普通級を運営する実力が低いとされた先生などがやってくる。やりたくもない仕事にがっくり気落ちする先生もいるらしい。

が、私は意欲うんぬんよりもまず先に、経験者が少なすぎると思う。

どんな新米先生だって子どものころ小学校に通ったことはあるだろう。なんとなく小学生というものや、授業の様子はわかる。でも支援級の先生支援級に通ったことさえないのだ。学級担任として培ってきたスキルの多くも、役に立たない。

どんなかんじかというと、まず生徒の特性学習進度を把握するのが遅い。去年は入学してから1学期まるまるかけて、やっとうちの子性格などが分かり、信頼関係が築けて、授業の進め方ができてきた。

まあうちの子も1年生だからしょうがいないか…などと思っていたが、今年の先生に変わったとたんに逆戻り!6月になっても適切なプリントさえ出せず、ノートもろくに進まない現状だ。ほとんど勉強が進んでいる様子がない。

発達障害児勉強をさせる技術もそうとう低いのでは……と思っている。

うちの子自閉症スペクトラムIQは80前後だが、さいわい好奇心旺盛で学習意欲はまあまああるので、民間教育施設にも3つ通わせている(本人も行きたがる)。

そういうところでは生徒の発達のぐあいを調べる専用のカリキュラムテストが用意されていて、学習進度をすぐ把握してくれる。途中で先生が変わっても、子どもの特徴についての連絡ができている。週1なのに、よっぽど適切な学習進度の問題を出せている。

べつだん費用の高い施設ではない。働いてる人の給料だって学校先生よりずっと低いだろう。でも何年かやっているスタッフなら、支援級の先生より勉強をさせるのがずっとうまいのだ。発達障害児感情や行動を読むのもうまい

まあハズレの学習施設もあるのですべてではないが、小学校支援級はもろにハズレレベルなのだ。そこに週5回、通わせているのである

学校文句はない。私が文句を言いたいのは制度だ。学校先生より上の人たちに言いたい(どこに意見するのが効果的か、なぜこうなっているのかご存知の方がいたら教えていただきたいです)。この人事システムはどうかしてる。うちの子にかけられている税金の額を思えば非常に手厚い教育だと言えるが、内容はお粗末だ。

解決策を提案できるほどの知識はないけれど、私の支援級への希望は、特別支援教育を5年以上経験している先生割合が5割を超えること。そのくらい、いてもいいでしょ!? ほとんどの先生が実務経験1年未満ってどういうこと??

現状の支援級も、いいところはある。特別支援教育にはどうしても「介護」的な側面があるけれど、そちらは問題ないようだ。集団で楽しむことにも力を入れていて、そこでできた友達に会うことをうちの子は楽しみにしている。普通級もイヤではないそうだが、支援級が学校に通う目的ひとつになっている。

しかし上で書いたように、支援級に通う児童障害比較的軽い。もっとうまく勉強を見てほしいというほかの保護者の声もよく聞く。

この人事システムでなければ、うちの子もっといい教育を受けられたはずだ。おそらく小学校卒業までに改正は間に合わないだろう。高校にも行けないかもしれない。しか大人になると知的障害認定されるほどではないので「普通の人」として生きていくことになる……。これから小学校に上がる数多くの子どもたち、普通級にはまだ通えないが障害の軽い子たちを、人事システム犠牲にしないでほしい。

http://anond.hatelabo.jp/20170607234033

web広告情報へのアクセス方法などの特性などを考えると、リンクされてるタイトルPR記載されていないのは、落とし穴を掘って獲物を待っている状態なので、消費者に対してフェアな態度であると胸は張りにくいと思います

世の中には、リテラシー()が高くきちんと内容を理解情報の取捨選別ができる人と、そうじゃない人がいるので、クリックする場所PRと書いていない場合、残念な人は広告だと思わず落とし穴に落ちてしまうかもしれないですよね。落とし穴が浅くてふかふかクッションが敷き詰められた「内容が良い落とし穴」であったとしても、落とされたくないなと思っているかもしれない人を落とそうとしていることには変わりないので。

ヨッピーPR広告面白いからまぁいいかと思われている、要するに「読ませる内容にする」ことと、きちんと読めば記事の中に盛り込まれた正しい情報を取得できるという質の高さで、バランスを取りリスク担保していますが、そのバランスがずっと続く保証があるわけじゃないことが「構造的」に問題だということです。

ヨッピーがいつか「悪ヨッピー」になって、面白おかしく読ませる記事ねずみ講水素水や怪しげなFX教材などを薦めはじめないという保証は、ご本人含めだれにもできない。もっと高い確率で起こることは、質の悪い「ヨッピーフォロアー」みたいなのが簡単に残念な商材のインチキPRに手を出すことでしょう。DeNA騒動なんかを見ても簡単に予想ができる。

から「内容の良さ」の問題じゃなく、「構造」の問題だと言っているわけです。ヨッピー人間性や作った記事ものへの批判ではなく、構造への批判です。まぁ宜しくない構造に乗っかっちゃってるのが、どうにもなぁ…という残念さはありますが、彼も稼がなければいけないでしょうし、ポジショントークに堕ちるのも仕方がないのかもしれないです。

個人的にはweb広告業界自体が、自浄作用が低くPV重視で社会的規範を超えやす構造があるのも気になります広告メディアとしての信頼性が下がることは、結局はそのメディアを扱う人の首を絞めることになると思うんですけどね…

これは、リアル媒体じゃないからこその危うさだと思いますが、web広告業界仕事をしている人たちは、量で凌駕できる時代が後どれだけ続くと思っているのか割と心配してはいます。プルメディアとして使うなら別にどうでもいいんですが、PR記事ってプッシュメディアとして期待されることが多いと思うので、なおさら、それ言っちゃうのかヨッピーが。首絞めてんなぁという面白さはあります

2017-06-06

anond:20170606005748

似た人を知ってるのでよくわかる。

集団の中での自分現在地への感受性が高い」

「結局、他者とかかわることが価値だと思ってる」

その上、

「これはちょっと受け入れられないなと思うことが多い」

タイプは、どれかを変えられないとずっと苦労します。

でもこれは本人の特性に近いものなので変えにくい。

これそうじゃない人からみると、

十分に戦えるスペックをもってるし

自分状態分析できてるんだから

あとは自己責任で、

なりたい境遇を手に入れるために行動するか、

行動しないで、あるがままを受け入れていくしかなないだろ。

って見えるんですが、

これがすんなりできるのって、冒頭の特性じゃない人なんですね。

正直私から見ると、人生終わってるどころか何一つ始まってないだろ、

何と戦っているのかしら?

不満撒き散らす暇あったら、行動するか、諦めてそれなりで生きる(多くの人がそうである)かしたら、

って思うんですが、

そもそも感性が違うので、

つらいんだなってことは受け入れることができるようになりました。

一応おすすめは、

仕事とか、コミュニケーションのもの目的じゃない社会生活を過ごす中で、自分の居場所を探したり、

いろんな経験して「あ、ぜんぜんマシ」と思えるような軽い地獄を見るとかして

少し世界との向き合い方を変えることです。

愚痴るけどリスクはとらない。微妙プライドはすてない。

だと、だいたいずっとそのままになります

狡猾に婚活して一発クリアパターンもありますが、

よほど運がよいか結婚後にあなた努力するかしないと失敗の可能性が高いですし、

最後に勝ちやすいのって結局、

「これはちょっと受け入れられないなと思うことが多い」

と逆の、

「どんなときも良いところに目を向けて、いいですねーって言える」

という傾向の人なんで、

こっちもイージールートというわけでもないと思います

2017-06-04

ドッジボールはいじめに繋がるか?−ネット微妙な異常さ

人口に対するネットユーザー比率ビックリするほど増えた割に

ネットメジャーになる思想の極端さもまたビックリするほど顕著である

 

これはネットメディア特性に過ぎないのか

はたまた時代による考え方の移り変わりなのか

自分の回りには自分とともに年を重ねた人間しかいないので今ひとつからない

 

とかくネット思想は極端である

中庸とはかけ離れたある種の怨讐じみた極論が支持を得がちである

 

個人的特にからないのが、運動音痴な連中による体育への怨嗟である

単に体育嫌いが分からないという話では、もちろんない

 

自分もいわゆる文化系であり体育は苦手な方だった

体育会系の「ノリ」も大嫌いで、徹底してそういう連中とは距離を取って来た

からないのは、これらの怨嗟がことに目の敵にする「ポイント」の微妙なズレである

 

例えば一時期やけに槍玉に挙げられた「ドッジボール

ネット「声」曰く、ドッジボールは「暴力的」で「特定個人集団でいたぶる」ことができ、「いじめに繋がる」そうなのだ

寡聞にしてドッジボールがそんな風に受け止められているところをこれらの人々の書き込み以外で見たことがない

 

ドッジボール標準的ルールに則れば「顔面セーフ」「一回当たったら外野」「敵は全員平等に倒さないと勝てない」はずなのだ

一体どういう風なローカルルールを作り上げれば「いじめられっこが集中的に狙われる」事態などが起こりうるのだろうか?

 

もちろん、ドッジボールいじめに「使われる」ことはあり得る

ドッジボールと「称して」ボールをぶつける暴力行為存在は容易に想像出来る

 

しかしそんな事を言い出したら「野球と称して」棒切れで叩くいじめもあれば

サッカーと称して」集団で足蹴にするいじめもあることも普通は知っているはずだ

なぜドッジボール「だけ」にこの何か特殊な怨讐は狙いを定めてしまったのか?

 

ドッジボールに対しては、自分の知る限りでは他の球技に比べより平等な楽しみ方ができる中庸ものという捉え方が多く見られる

「逃げ回ってれば良い/人に隠れてれば良い」から運動音痴でも楽しめたという声は数知れず

とあるノスタルジー系の漫画でも「女子男子が交じって遊べる」球技として言及されていたし、

アメリカではドッジボールは実際禁止のところもー」なんて怨嗟連は言うのだが、明らかにオタク系のアメリカ人

HxHのドッジボール編の感想で「ドッジボール好きなんだよねー」と漏らす始末

 

もちろんドッジボールにいやな思い出がある人間存在否定するものではないが

どう考えてもそういう経験、考え方の方が特殊事例であるように見えることは否めず

どうしてここまで「ひた隠しにされていた真実」といった感じの風を吹かせているのかただただ理解に苦しむ

 

ことがたかドッジボールから大げさに聞こえるかも知れないが、非現実性で言えば「ムー」ともタメを張っている

何のこととは言わないが「ネットの声」というものはおおむね他の事例もこのような極端さを持っている

 

面倒くさくなったので個人的結論をまとめると

こう言った中庸さの欠落には以下の三つの理由が考えられる

一、極端な思想は極端な声の大きさを持つ

 説明不要

二、中庸自体への反逆

 いわゆる反知性主義という奴か、ドッジボールのような「味方も多い」ものこそ噛み付きたいのかも知れない

三、お客様アンケートのズレた感じ

 コンビニなどで商品への要望を客に聞くと、必ず健康的な商品などが上げられるのだが、実際出しても売れないのだそうだ

 自分はこれを「アンケートに答えるような奴は賢しらにアドバイスがしたいだけで本当の要望なんて本人にも分かってない」からだと思っている

 有り体に言うと「言ってみただけ」

 とにかく何か槍玉に挙げてみたかたかマイナーな攻めどころを探しただけなのだ

 

ネットの声に騙されやすい人たちは「中庸こそ武器である」と知った方がよろしおす

2017-06-02

AlphaGoの衝撃
(これはカケツも泣くわ)

AlphaGo VS AlphaGo

https://deepmind.com/research/alphago/alphago-vs-alphago-self-play-games/

いやあ、スゴイ。衝撃。これはカケツも泣くわ。

常識ほとんど根底から覆される。

碁だけではなく、大げさに言えば、ヒトとは何か、人「間」とは何なのかを問い質されているかのようだ。

碁がわからない人にもなるべくわかるように書くとですね。

まず、間合い、みたいなものほとんどない。

普通は、というか今までの人間常識では、いきなり接触するのではなくて、少し間をあけて近づくのが常識

一間とかケイマとか。

そういうのがない。いきなりフルコンタクト。(Games 1の10手目、12手目ナニコレ?)

それから、関心があちこち飛びまくる。

普通は、というか今までの人間常識では、とりあえず局地戦を何らかの形でまとまらせてから次に行くんですよ。形を作る、というか。暫定的結論をつける、というか。

ここは実利を与えるけど、その代わり外向きの厚み、勢力はもらうよ、とか。とりあえずどっちの石もすぐには死なない形にはする、とか。石通しの繋がりは確保しておく、とか。

それが全然お構いなし。

戦いの真っ最中に、全く別の場所で戦いを起こす。で、そこも途中で放置して次に行く。で、思い出したように前の戦いに戻る。と思えばまた放置

それを繰り返すので、今まで見慣れた形がほとんどでてこない。わけがからない。どっちが勝ってるのかさっぱり不明

で、格言っていうのがありまして。だいたいこういう考え方でやれば間違いないよ、みたいなやつ。

「ツケにはハネよ、ハネにはノビよ」とか「もたれて攻める」とか。

全部無視

この格言っていうのは、何となく理屈じゃなくて感覚的なもので、しっくりくるところがあるというか、少し碁がわかってくると、モノの道理というか、「道」というか、そういうものに感じるようになっているんですよ。今まではそうだったんです。

水は低いところに流れて行く、みたいな感じで。物理でいうとエネルギー保存則的な。細かい経過はともかく、最終的にはそうなるんだよ、という大きな流れがあるように感じてたわけです、我々人類は。

それがどうやら間違ってたんですね。根底から

嘘だったんですよ。まあ、全部じゃないですけど、かなりの面で。

人間感覚なんて全然あてにならない。ということをAlphaGo先生は、つまり神は我々に教えてくれたわけです。

そういう人間感覚っていうのは、最適解ではなく、次善の策なんでしょうね。わからんなりに大コケしないためにはこうしておけばそんなに間違いではない的な。

で、これまではその感覚をより体得している人が強い。達人。仙人。そのレベルの戦いだったわけです。

それが突き詰めれば、穴だらけだった、と。

で、これをもう少し拡大解釈すると、人間社会にも適応できる可能性に気づくわけですよ。

まりですね。

空気を読みつつ、間合いを取りながらの人間関係は決して最善のコミュニケーションではない、とか。

つのことを形にまとめる前に、その時々でもっと重要と思うことにあれこれ同時に手を出していくというやり方の方が良いかもしれない、とか。

多分、高次元能力を持った人はそれが良いんでしょうね。実際そんな気もするし。

いろいろ手を出す、と言っても、脈絡無いわけでは無いんですよ、ホントは。遠いところで実は関連があって、今手を出しているところも、実は遠い場所での事柄とうっすら関係している。だから、ここはあえて結論を出さずに、先に別の事業を進めておく。その進捗具合によって方向性を変える、という柔軟性がいるんでしょうね。

それで、やっぱり違うと思えば、これまでの労力は無視して大きな投資もあっさり捨てる。サンクコストは気にしない。

さらに敢えて踏み込んで例えると、

理解できない能力の者から見ると、パーソナリティ障害だったり発達障害ADHDみたいに見えることもあるんでしょうね。

しかしたら、発達障害的な特性って能力さえあるなら最適な行動様式なのかもしれないですよね。

まあ、あってるかどうかはともかく、そんな様々な由無し事を、問い直し、突きつけてくるだけの衝撃がAlphaGoにはありますね。

そらカケツも泣くわ。

で、なぜこのような人の常識を問い直すようなことが、チェス将棋でなく、碁で起こるかというと、それこそが碁というゲームの奥深さ、面白さだと思うわけです。

まり宇宙の縮図、というか宇宙のものなんですよ。

で、それに目をつけたGoogleは本当に正しい選択をしたと思います

これからこの50局は様々な解釈をされていく黙示録的なものになっていくんでしょうね。

ああ、すごい世界になったものだ。

2017-05-31

滑落

せっかく、発達障害があるなりに、頑張って頑張ってどうにか社会に紛れ込んで、10年ほどは一応人並っぽいところまでたどり着いて、頑張っていたのだけれど。

やむなく環境を大きく変えるタイミングで、このままだと新環境では自分特性からいろんな不具合が噴出しそうなことがもう予測できているのに、

医者から「お前まだ破滅してないから投薬はしない」と言われる絶望感、なかなか強いものがある。

薬に期待しすぎ。副作用だってある。わかってはいるつもりだ。

しかし、これまでずっと工夫や努力では出来るようにならなくて、今後それを必要とされることがほぼ確実で、

実際に必要とされればノータイムで困るだろうことが分かっている部分を、特に改善できる可能性があるのなら、

どうせ多少時間のかかる調整作業必要なのだ、少しでも早めに手を打ち始めておくことはそれほどまでに悪手なのだろうか。

今まで何年か付き合いもあって、プロフェッショナル視点から投薬は不要判断されて言われたはずなのに、

医師言葉を「お前のような出来損ないは貧困の底で溺れながらさっさと死ね。」と言われたようにしか受け止められなかった自分も嫌になる。

これまでかなり無理をして登ってきた道だ。

限界がきて、多少引き返すのは仕方ないにしても、薬の力を借りれば八合目ぐらいで踏みとどまって今後も普通の人に混じってやっていけるような可能性も十分ありそうなのに。

足を踏み外しかかっていて、まあまず間違いなく落ちるだろうという段階では足りず、一旦底まで落ちてこれまで積み上げたものをみんな失わないとダメなのか。

それでは、自分は今まで、一体何のために頑張ってきたのだろうと考えてしまう。

そして果たして落ちたあと、もう一度登るだけのエネルギー自分には残っているのだろうか。

自分エネルギーがあっても、単純に登るのに失敗することだって、大いにありえるのに。

なんで、こんなプレイングで十分避けられそうなデカリスクを、今になって背負わなければいけないんだ……。

2017-05-30

会社を辞めようと決心したが、考えることが多くて大変だ

発達障害持ちが退職勧奨を持ち掛けられて会社を辞めようとしているが色々不安になっているという、ただそれだけのことを書いていたら大変長くなってしまった。

 

私が新卒正社員入社した10年近く前には、ロクにルールも定まっていないチャランポランな体質だった会社が、

ちょうど入社前後から人を増やし始め、組織として真っ当なものになろうと年々変化していった。

その変化は、評価制度見直しであったり、細かなルールや社則の追加であったり、オープンオフィス化の推進であったりということだったのだが、

それらは、発達障害(ASDADHDの併発)を抱えていた私には、ものの見事に働きづらい方向へとどんどん舵が切られ続けられていくものだった。

これまで、通院やカウンセリングを利用しながら、ルールが変わって何か困ることが現れる度に日常生活改善を積み重ねてだましだましやってきたのだが、

数年前に適応障害で一度休職した頃から、年齢によるものか、ますます自身特性の出方がキツくなってきたこともあり、

この度いよいよ退職勧奨を受けるレベル会社の求める働き方をすることが困難になってしまった。

拒否するならば解雇も辞さない(前年度の有給切れによる体調不良での欠勤記録を理由にしている)という姿勢会社に対して、

どちらにせよ、年々働きづらくなる職場で今後も働き続ける未来イメージしづらいことに加え、

自身状態の変化、生活仕事バランス等の問題もあってそろそろ退職検討しようかと考えていたところに、上長から面談で説かれた

「結果よりも、みんなが同じように頑張ることがまず大切で、同じやり方をしないのは和を乱す悪しき行為だ。」

という最近定まってきたらしい社の基本方針が、私にとって大変窮屈で最後まで適応することのできなかった義務教育現場を鮮烈に思い起こさせ、

折れかけていた心を綺麗に折ってくれたため、退職勧奨に応じる方向で検討している。

はいえ、改めて考えてみると普通の人が当たり前にできることで自分にはできないことがあまりに多すぎるため、

うっかり適当転職してしまうと、これまで元チャランポラン会社という多少特殊環境だったために問題視されず表面化していなかった部分が、

より一層問題として表面化して、試用期間で即切りされるような事態も十分にありえる気がしており大変不安だ。

単純に自分地雷社員とみられる要素を考えると、比較調子良く生活して、

体調や特性を様々な工夫で割とコントロールできている現在状態でも誤魔化しきれていない要素だけでも

片頭痛持ち(気象病気味で薬が効くまで行動不能)

周囲の様子に体調が影響される(周りで他人に対して怒っている人がいるとダメージを受け、度合いによっては数日にわたって発熱下痢頭痛などを起こす、インフルエンザ流行ると高熱を出す、など)

寝坊遅刻、居眠り、忘れ物集中力の波が激しい、不注意、ミスが無くせない、数量を数える程度の軽作業的な雑務が苦手

重いモノを運ばせるとすぐ転倒したり落としたりぶつけたりする、人と長く話すと高確率で翌日発熱する

作業中に話しかけられると手と頭が完全停止して再開にかなり時間がかかるが、集中状態だと話しかけられたことに気付けない

オープンオフィスが厳しい(刺激が多すぎる)、電話が聞き取れない、ネクタイスーツ等の着用が厳しい(感覚過敏)、電車バスでの通勤が難しい

……と、こういったことが簡単に思い浮かんでしまう有様である。恐らく他にもあることだろう。

他に、よくあるコミュニケーション問題では、お世辞や冗談がそうとわからないなどということもある。

また、現在たまたま周囲との相性が良く問題になっていないが、ソリの合わない(不確定なことや不正確な内容を上から・強く・断定的に語る)相手がいると、

たとえ相手取引先や重役相手でも突っかかってしまって、後で頭を抱えてしまうという悪癖もある。

というか、恐らくこれ(こだわり、と言われたりする)が私の一番の悪癖なのだが、そういった傾向の発言連続して浴びせられると、

不確定性への言及がない事に対して頭に血が昇ってしまい、(話題主題ではないのに)そのことしか考えられなくなり、

体が震え、眉間に力が入って目が吊り上がり、瞳は潤み、気が付いたら我を失って相手発言修正するまで長時間食らいつきながら、

なかなか発言修正されない苛立ちでうめき声や奇声を発し、自分身体を殴りつけてしまうという、かなり制御不能な状態になってしまうので、それはもう大変に厄介である

(入社直後に特定の重役と何度か激しく衝突したのだが、現在はその重役とセクションが分かれて接触を断ったことで回避できている。)

例を挙げるならば、「普通に考えてAKBで一番美人なのは絶対○○だ。他を選ぶなんてありえない!」などと10回くらい連続で唱えられると、

気を付けて平静を保とうと努力しても、恐らく暴走してしまうだろう。私自身はAKBには何の興味もないのに、だ。

これらの諸問題ほとんどは、現在環境では前提から回避されているため問題になっていないか

結果的仕事量が他と遜色ないため問題になっていないか

問題視されてはいるが周囲にも似たような人(居眠り常習犯とか)が多く、多少評価を下げる程度で許されている部分になるが、

恐らくこれらの多くは「普通職場」に行くと結構確率で致命的な問題になってしまうだろう。

ちなみに、仕事量は同一でも集中力の波が激しい点と、色々な原因から体調を崩しやす休みがちな点が、今回退職勧奨を受けている原因となっている。

仕事への集中については、机に向かっている8時間ずっと作業に集中するなどというのは自分には到底不可能なので、

結果的に同一の期間で最低でも同レベルの結果を出せるように自分集中力の波を把握してコントロールするよう工夫・努力してきたのだが、

そのやり方自体を「頑張っていないように見える可能性があり、周囲に悪影響を与えかねない」と可能性の話で全否定されてしまったし、

体調不良はまだ有給が残っている程度に今年はうまく抑えられていて、調子がいいと思っていたのだけれど、他の人より多いので問題がある……らしい。

ということで、これまでは医師に上記のような困りごとを相談しても、強く困っていない(現実として会社で働けている)から投薬の必要はなく、

障害も軽度であるという判定で見送られ続けてきたわけだが、今後環境が変化するとそうも言っていられなくなるのではないかと思うのだが、そのことを相談しても医師の反応は鈍い。

しかし、再就職してから投薬開始ではコントロール面で不安が残るし、実際どの程度効果が表れるかもわからない。就職に何度も失敗してから投薬開始というのも遅すぎるだろうと思う。

そもそも再就職時に月数回の平日通院を継続できるかどうかというのも、一般応募ではかなり怪しいだろうと思われるので、病院との付き合い方も検討しなければならない。

また、上に書いた、いかにも真っ当な社会人をやるのに向いていなさそうな特徴の羅列を眺めていると、

いよいよもって障害者支援系の制度や枠組みの利用も視野に入れなければならないのか?いやしか自分程度でそれは甘えでは……などという事が頭をよぎる。

まずは相談……するにも診断書を書いてもらう必要があるようで、前回は反応が鈍く次回の予約日を早く決めたそうな医師相手にうまく切り出せず、先延ばしにしてしまった。

もし支援を受けた経験から見て、私が支援を受けた方がよさそうに思えたなら、少し背中を押してもらえると大変ありがたい。

なんにしても、(現在職場が恐らく稀有比較的恵まれ環境であると知りつつ)限界を感じて退職するという方向自体は決心したものであるので、後は時期だけの問題だと考えている。

そして退職前後の直近の問題として、無職になると恐らく部屋が借りにくくなるので、

様々な要因で現在手取りに対してかなり高い家賃を払っている部屋を、まだ職に就いている間に引き払って引っ越す必要がある。

しかし、ここ数年相対的な勤務時間の短さを理由バンバン評価給与を下げられていたので、現時点で敷金礼金はおろか引っ越し資金の捻出すらできない。

金銭的に頼れる親戚もいないので、ひとまずは夏のボーナスをもらうまで粘って引っ越し資金に投入するつもりだが、

年によっては寸志のような額になることもある中、果たして今年のボーナス支給で足りるのかどうか……足りなかったら何かで借金をするしかないのだろうか。

また、会社側の退職勧奨をボーナス支給後、引っ越し完了のメドが立つまでうまく受け流しきることができるのか。

そして引っ越し完了まで上手く漕ぎつけたとして、その後の就職生活が本当にまともに再構築できるのか。

しばらくは失業手当をもらいながら、概日リズム睡眠障害検査治療など、まとまった時間のかかる部分の対処を進めたいと考えているので、無職期間が発生するのは確定的だ。

まったくもって不安なことだらけだし、どうすればその不安が解消されるのかもよく分からないので、とりあえず書き出したり並べたりしてみるものの、

あーもう困ったなあ、あれもこれも考えないと……と御覧のように完全にテンパってしまっているのである。参った。ネコ飼いたい。

http://anond.hatelabo.jp/20170530174300

元増田じゃないが、ADHDって似た症状の別の病気があったりして、医者でも判断しかったりすることもあるらしい。

その上で、俺は「医者選択肢ひとつだけど、壊滅的に困ってないなら医者にかからないのもまた選択肢」だと思うぞ。

リタリンコンサータがあったほうがいろいろうまく運ぶ場合があったり、ADHDに起因する生育歴に苦難があって心に問題を抱えてしまった場合セラピーカウンセリング必要場合はある。人によっては、それらがないと社会生活破綻してしまう人もいるので、そういう人について、医者必要だとは思う。

ただ、ADHDというのは結局単なる脳処理に癖があるというだけの話で単なる特性から、「特性を知った上で、活かす道を模索する」という選択肢も、まぁある。そのための、正しい基準を得るために確定診断を受けておくのもひとつの手だが、そんなもんは別に生きる上で必須ではない。

まぁ確かに、東大生の癖に調べもせずに持論でモノを言うのはバカっぽく見えるとは俺も思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170530085421

すげー懐かしいサイト出してきたな。

この手のサイトは今はどうか知らんが、一日数万アクセスあって、サイト特性アフィリエイト収入結構あんだよ。独身実家暮らしなら十分趣味に回せちゃう

またネット民マニュアル恐怖症になるから難易度を煽るのはやめてく

こんなことが書かれるとなおさらマニュアルに対する恐怖心が増すじゃないか

確かに初めから限定無しで教習所に通えばすべての教習はマニュアル車になるが

限定解除場合は教習でマニュアル車に乗れる回数は少なく経験値を貯めるには時間が足りないかもしれない。

しかエンスト誤作動が重大な事故を起こさないための安全装置だと思え。

間違った操作をそのまま実行してしまATよりディフェンシブで

ユーザーエラー振動という体験で教えてくれる安心できる機構なんだ。

クラッチミート感覚特性理解してやる事くらい惜しむなよ

自分で好んで選んだ乗り物だろ。

それを扱えないならそれはまだ車の運転許可された技量が無いということだ

何度も言うが車は危険死亡事故なんて簡単に起こせる物だということを忘れるな。

それと近年こういう文章鵜呑みにして現実体験の無い人たちまで

マニュアル車に対して敬遠になるじゃないか

これを読んでもここに書かれているコツはなんの役にも立たない駄文

インターネット情報現実体験を補える現代だが

こんな文章説明されたコツが現実体験を超える事は決して無い

http://anond.hatelabo.jp/20170528235919

2017-05-29

Nintendo Switchの「ARMS」でやっと格闘ゲーム面白さがわかった

体験会に合計2時間参加してわかった。格闘ゲーム面白かったんだな。

俺は格闘ゲームがもう本当に、壊滅的に下手で、格闘ゲームのもの嫌悪感を抱くレベルにまで達してしまっていたが、今回やっとわかった。格闘ゲーム面白いんだ。

おそらく、ARMSは立ち回りと駆け引きを楽しむということを純粋に求めたゲームだと思う。

今までのストIIスタイル格闘ゲームは、コマンドを覚え、適切なタイミングミスなく使うことが要求されていた。これはバーチャ鉄拳もそうだ。で、これのハードルがとても高い。俺はこの段階で躓いたクチだし、同様の人も多いだろう。それで結局、格闘ゲーム醍醐味である、「相手の行動に二拓をかける」とか、「相手戦術予測して立ちまわる」という段階まで到達できなかった。

ARMSで言えば、最初にわけもわからず両手が前に出てしまって投げばっかりやってる、みたいな状態だ。これじゃ絶対勝てないし、醍醐味も味わえない。格闘ゲームの衰退(本当にしてるかどうかは置いといて)は、初心者狩りだとかそういうことじゃなくて、「そもそも面白い段階まで行く人が少ない」んだろうと思った。

で、ARMS場合、いわばコマンド技はアームという形で最初からセットされている。腕を前に出せば技が出る。強弱二種。それに加えて投げがあり、ボタン一発で発動するコンボがある。毎回、対戦相手を目の前にしてアーム(技)を選んでバトルがスタートする。つまり、事前に技を決めておいて、あとはそれをどうやって適切なタイミングで使うかのゲームだ。

これは格闘ゲーム挫折組としては革命的にうれしい。

相手キャラ特性を見て、昇竜拳波動拳竜巻旋風脚から二つ選ぶ、みたいな感じ。もちろん相手も選んでくるので、予想が当たるかどうかはわからない。相手デカブツから、確実にダウンさせる炎タイプを選ぼう。でも手持ちの炎タイプのアームは軽量だから、重量アームには叩き落されてしまう。ならアームをカーブさせて打たないとダメだ…みたいな立ち回りを考える楽しさを初めて体験した。逆にデカブツ視点では、相手は素早くて炎アームも持っているから、重量アームで正面を、曲がるアームで側面を防御しようみたいに思考が進む。で、それをさらに…という感じで尽きることがない。これを格闘ゲーマーはずっとやっていたのか!そりゃハマるわ。俺がARMSを最高に楽しんでるように、彼らもずっと前からそうだったんだな。

で、アーム(コマンド技)が限定されているから実際の試合面白くないかと思うかもしれないが、そんなことはもちろんない。このタイミングで投げを放つと危険から相手をまずは崩そうだとか、このキャラ回避からすぐに投げ技を撃ってくる可能性が高いから常に迎撃用のアームは残しておこうだとか、多分これが立ち回りだろうと思われることを常に考えながら殴っている。すごい楽しい

俺は格闘ゲームは反射神経でやるものだと思っていたが、どうやらそうではなかった。そりゃ反射神経がものをいう場面はあるけど、それよりも戦術の組み立てが大事だ。そして、ARMSはそれに特化した作りになっている。

伸びるパンチで戦うバトルは、反射神経の戦いになりにくい。反応もできずにやられた、ということが少ない(もちろん、試合展開はとってもスピーディだ)。自分の動きも相手の動きもよく見える。だから相手にやられても「あそこで敵に誘われてしまたから負けたんだ」みたいに敗因を自分の反射神経、つまり肉体的な能力に求めなくて済む。これが自分にとってはとてもよかった。「なんか知らんうちにやられた」よりも「見えていたのに!」って負け方のほうが気持ちいい。ARMS距離をとった格闘ゲームなのは、「敵のパンチが来るのが誰にでも見える」からなのではないだろうか。敵のパンチが来る、でも俺のパンチはもう両手とも撃ってしまっていて、対処ができない、だから食らったんだ!という分析がすぐにできる。相手の動きの選択肢を狭める動きも多種多様だ。スーパーコンボをあえて見せて相手の投げを誘う、みたいなことを頭で考えて、あとは腕を適切に振るだけでできるという感動。ストIIスタイルのようなフレーム単位の戦いではない分、思考時間があって理不尽を感じにくい。

それと、個人的バレーボールが好きだ。ちゃんとレシーブ、トスアタックと順番を踏めばうまく攻撃できるし、タッグマッチ場合相棒がそれをわかってくれているとまさにバレーボールの動きができる。きっと今後は、1ポイントを奪いあうバレー試合が増えて行くと思う。ミニゲームじゃなく、純粋楽しいよこれ。

自分の中では、スプラトゥーンよりも革新的ゲームだ。自分意識を変えてくれたゲームからスマブラでさえ覚えることが多くて難しかった自分にとっては、ARMSは最良の格闘ゲームになりそうだ。そして、今後はストIIスタイル格闘ゲームへの偏見もなくなりそうだし、改めてやってみようかとも思う。

手を動かしてゲームするのはなんかダサい、と敬遠してる人にこそ触ってほしいゲームだと思う。

任天堂Switch専用ソフトとして初めて出した(追記:二番目でした)のが格闘ゲームだった、というのはなかなか面白いね。格闘ゲームは衰退したり死んだわけじゃなく、そのコアになる面白さは普遍のものだということが分かった。とてもいい機会だった。

■追記

なんかちょっと誤解されてるようなので追記を。ちょっと偉そうな書き方になったのは反省してる。

別に格闘ゲーム本質はこれだ!とか言いたいわけじゃなくて、ストII時代からずっとあったんじゃないかと"俺が思う"、格闘ゲームおもしろさにやっと気づいたよっていう話なんだ。もちろんこれ以外に格闘ゲームの魅力は沢山有るだろうし、それらにも今後気づいていけたらきっと楽しいと思う。事実ブコメおすすめされたポッ拳はやってみたいと思うようになったし、ウルIIも買ってみようかなと思っている。

音楽にしてもスポーツにしても、「楽しみ方」「鑑賞の仕方」を知っておいた方が断然楽しい。だから格闘ゲームもきっと同じで、"俺が思う"楽しみ方に今回やっとたどりついた気がするんだ。

他のゲームを貶める意図はない。でもそう感じられたのだとしたら申し訳ない。冒頭に書いた「格闘ゲーム面白いんだ」は、ストIIスタイル含めて全ての格闘ゲームを指していた。ARMSが最高!とか言う話じゃない。ブコメで「青二才」とか言われてるけど(それはそれでいいんだけど)、それでは格闘ゲーム熟練者が考える「格闘ゲーム本質」を教えてほしいと思う。初心者素人がわからないような面白さの本質があるのだとしたら、それを知りたいから。そうすればもっと楽しめると思う。

もちろん、ARMSもどんどんレベルが上がっていってついて行けなくなる日がきっと来るだろうけど、その頃にまた"俺が思う格闘ゲーム面白さ"を備えた別のシステムゲームが出てくれたらなと思うよ。

1-2 Switchは素で忘れていた…。

2017-05-28

http://anond.hatelabo.jp/20170528165058

国の核武力強化の道に響いた多発的、蓮発赤性

地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型の試験発射で再び成功

敬愛する最高指導者キム・ジョンウン同志

弾道弾発射実験を参観希望であった

 

国全体が主体朝鮮の新型中長距離戦略弾道ロケット火星-12」型の試験発射の大成功を熱烈に祝い、大きな激情歓喜に激しく沸い広がっている中部隊実戦配備を控えた地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北極星-2 「型試験発射が再び成功裏に行われてきた惑星震撼している。

偉大な党の指導により、日に一日一日、新しい叙事詩英雄を広げている私たち国防科学研究部門と軍需労働者階級は、この間、米太平洋司令部が巣ハワイ米国アラスカを射程圏の中に置いている新型中長距離戦略弾道ロケット試験発射で成功したその勢いは、その気迫にジュルギチャンリョンソク攻撃戦を展開し、中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型の系列生産準備を終え敬愛する最高指導者同志を迎えて部隊実戦配備のための最終的な試験発射を行うことになった。

朝鮮労働党書記であり、朝鮮民主主義人民共和国国務委員委員長であり、朝鮮人民軍最高司令官であるわが党と国家軍隊最高指導者金正恩同志が現地に出る以上、地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型の試験発射を参観希望であった。

リービョンチョル同志、キム・ジョンシク同志、ジョンスンイル同志、ユージン同志、ジョヨンウォン同志をはじめとする朝鮮労働党中央委員会責任幹部朝鮮人民軍戦略軍司令官作戦軍枚ギムラクギョム同志が同行した。

敬愛する最高指導者同志を現地で槍し同志、ジョンイルホ同志をはじめとする国防科学研究部門と軍需工場幹部科学者技術者たちが迎えた。

今回の発射は、地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型兵器システム全般テクニカル指標を最終確証し、各がした戦闘環境の中で適応可能性を十分に検討して部隊に実戦配備しようのに目的として行った。

敬愛する最高指導者同志は同行した活動家と一緒に監視所を占めし発射コマンドを下し時であった。

天地を揺るがす派手同音を壮快に決め「北斗-2」型が眩しい閃光を噴き出しながら万里対空に向けて発射された。発射された弾道は著しく強化された私たちの国の尊厳位相、国力を誇示して、5月の澄んだ青いハヌルガに勝利飛行機雲を誇る冷やし漏れであった。

今回の発射を介してリ大食強行発射台車でのラング発射システム、弾道弾のアクティブ区間の飛行時の誘導と安定システム階段分離特性、大出力固体発動機始動作業特性信頼性の精度が完全確証された。また、核操縦ジョンツブの分離後、中間区間操縦と末期誘導区間でのすべてのテクニカル指標が遠隔測定データによって再確証されただけでなく、ジョンツブに設置された撮影映像データに基づいて姿勢制御システムの精度もさらに明確に検討された。これと共に弾道弾とリ大食強行発射台車をはじめ、地上記載を実地戦闘環境の中で、その適応性を十分に検討した。

敬愛する最高指導者同志は監視所での活動家と一緒に打ち上げ結果を分析評価し百、満点だと、非の打ちどころなく完璧だと大満足の意を表した。

敬愛する最高指導者同志は弾道弾の人中性が非常に正確であること、「北極星-2」型弾道弾は完全に成功した戦略兵器と誇りにあふれ言葉ながら地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型兵器体系の部隊実戦配備承認希望であった。

敬愛する最高指導者同志は弾道弾に設置した撮影を介してリアルタイムで受信される地球写真を見て、私たち撮影したロケット地球をずっと降り撮ったものをみると、本当に気持ちがいい、世界中のすべて美しく見えるおっしゃった。

敬愛する最高指導者同志は、地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型の戦術技術仕様が党から要求される目標に確固到達したとしながら、今すぐ多く系列生産して人民軍戦略軍の装備しなければならないと教えた。

敬愛する最高指導者同志はアメリカ帝国主義者とその追従勢力がまだ精神取り戻す新しいなく、私たちの核力の多様化、高度化をさらに推し進めていかなければならないと改めて強調しながら、核武力強化で提起戦略的課題を打ち出した。

敬愛する最高指導者同志は党の指導に限りなく忠実な私たちの信頼できる国防科学研究部門と軍需労働者階級が国の自衛国防力、核抑止力をしっかり固めていくための闘争の道で屈することな継続革新前進、リョンソク攻撃していくことで敵にジョンリュルと恐怖、死をかぶせる川威力朝鮮式主体武器、核攻撃手段さらに見事、より多く作ら下しなさいは大きな期待と確信を表明し希望であった。

敬愛する最高指導者同志は、地上デジサン中長距離戦略弾道弾「北斗-2」型の試験発射を再び正常に踏み切った全国防科学者技術者労働者労働者を熱烈に祝ってくださって、彼らと一緒に歴史に残る重要記念写真を撮った。

本社政治報道の半分

국가핵무력강화의 길에 울려퍼진 다발적, 련발적 뢰성

지상대지상중장거리전략탄도탄 《북극성-2》형시험발사에서 또다시 성공

경애하는 최고령도자 김정은동지께서 탄도탄시험발사를 참관하시였다 [ ] 05.22

http://www.rodong.rep.kp/ko/

2017-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20170527181339

いや、気にしてんのは俺じゃねーよ。元増田に言ってくれ。

>それはしつれいした。増田IDもないからわかりにくいな。

それと、定形でも定義に当てはまるやつは結構いるぞ。ADHD定形かって、程度の問題からな。

視力0.1のやつに視力0.3のやつが「俺だって目が悪いんだから気にすんな」って言ってんのと同じ。

>それはそうだろうな。境目がはっきりしないからな。

それと、詐欺師陰謀説は俺は信じてないので悪しからず。

便宜上障害とは言ってるが、合理性とか発想力とか、衝動性とか過集中とか、役に立つ特性も多いから俺は気に入ってるよ。

特性にすぎないことを障害障害メディア使っておおっぴらに宣伝たらこれはもう立派な嫌がらせ行為だし、詐欺行為だと俺は思ってる。

>気にしてうじうじしてる奴もいるわけだし。

http://anond.hatelabo.jp/20170527180924

いや、気にしてんのは俺じゃねーよ。元増田に言ってくれ。

それと、定形でも定義に当てはまるやつは結構いるぞ。ADHD定形かって、程度の問題からな。

視力0.1のやつに視力0.3のやつが「俺だって目が悪いんだから気にすんな」って言ってんのと同じ。それと、詐欺師陰謀説は俺は信じてないので悪しからず。

便宜上障害とは言ってるが、合理性とか発想力とか、衝動性とか過集中とか、役に立つ特性も多いから俺は気に入ってるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170527174028

その理屈だとイケメンブサイクモテるように配慮必要だな。

顔面で苦労して生きてるヤツと、脳の特性で苦労して生きてるやつと、どう違う?

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