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2017-08-18

燃え上がる程本能寺

ゲレンデで溶ける程恋したい

は似てる

スクールカーストピラミッドで描くと袋叩きにされる

何の気なしにツイッターのTLに流れてきたことがあんまりにも衝撃でこんなんあっていいのか〜〜て気持ちでいっぱいになった。

タイトルの通りだ。

映画きっかけてアメリカスクールカーストに興味を持った人間が、マイナビだかの記事を参考にピラミッドを用いて図にまとめて見たよ〜〜てツイート。ただの素人ツイート夏休み自由研究のようなクオリティしか結構伸びていた。

ここにリプライが一つ。

なんだかそういう海外文化について詳しく、映画に絡めて本を出しているらしい人が「これは我々の出した本のパクリではないか?」というような内容のイチャモンどんとつける。

なんだそれは〜〜!?スクールカーストという概念コピーライトお前のもんでもないだろうが〜〜!?ピラミッドでまとめるのもお前のもんじゃねえだろうが〜〜!?間違ってる情報を流すな!て意味でもないんかいな〜〜!?じゃあなんなんだよ〜〜!?2000RTされてんのが気に入らねえ!?はあ!

パクってたくさん見てもらおうとする根性が気に入らないって!?金がかかってるのにそういうことされるとこまんだよねえ〜〜!て!?その本知らないつっってんだろうが〜〜かわいそうだこんなの〜〜

つうかそんなこというなら他の映画参考にしたりスクールカーストていう文化を題材にして本なんて書くなや〜〜もうすべてオリジナルで書いてくれや〜〜ヒエラルキーめいたものピラミッド表現するのを最初に始めたやつに出版停止しろて言われてくれや〜〜頼むわほんまに〜〜

何の気なしに気になったことまとめてツイートして、なんでか知らんがすげー伸びたと思ったら怖い大人に囲まれ別に法も犯してないのに消せ消せ気に入らん言われて、ツイッターだぞここ、何事だよ。

まとめたやつは結局消した。その本知らないのにパクリだなんだ言われて怖くなって消した感がすごいツイートをして消した。誤解が生まれないように気をつけますとか、いや全然誤解もクソもない。彼らの書いた本が教科書知識並みに全国民の頭の中にインプットされてれば話は別だがこっちからしたら本なんて知らねえけど海外ドラマカーストは知ってるわ程度だもん。なんだとしか思わないよ。なんで消したんだよ。もう本当にムカつく。

過去に他の絵描きの絵真似してたやつが口出ししててこの世は終わりだとおもった。もう終わりだおしまいだ。

すげえムカつく、もっとなんか燃えてほしい。誰か燃やして。

2017-08-17

砂の惑星」の端っこのドロドロ(消滅済み)

または砂の惑星に関するわずかな気に入らなさと、それがひょんなことから消滅したという、徹頭徹尾勝手な一視聴者のおはなし。


最近ネット上で砂の惑星云々という話を見かけ、はてデューンがどうしたのか(リンチホドロフスキー原作?)、と思ったらボカロ曲だった。

[niconico:sm31606995]

増田ってはてな記法ニコニコ記法ダメでしたっけ?一応直URL

http://www.nicovideo.jp/watch/sm31606995

そもそも私はここ数年ずっとニコニコ動画から離れており、なんとなく退会していなかったなー、というレベルだった。また当時から自分自身ボカロ創作DTMをやったことは一度もない、ただのイナゴめいた消費者である。そういうわけで、砂の惑星キャッチするのもこのように出遅れたわけだが、一度聴いてはしばらく延々ローテしていた。

エントリでは別に砂の惑星に関する解釈は扱わない。ただ聴いていて一箇所、「メルトショックで生まれ生命」というくだりに引っかかるものがあった、という話がしたい。また先に結論を書いてしまうが、下記リンクインタビューを読んでたらその引っかかりがなくなっちゃった、という話でもある。

http://natalie.mu/music/pp/hachi_ryo

なんのことだ具体的に、と言われると、まあボカロ曲メルト」に関する揉め事の話だ。当時を覚えている方なら「ああその件か」「今更その話をするのか」と一発で分かるし呆れるだろう。作り手側でない私が書く権利もないのだが、どうかご容赦を。

(ルシフェル指パッチン)老害チックな話をしよう。あれは9年…いや10年前の話だ。当時ニコニコ動画ボーカロイド初音ミクの来訪に沸いていた。私もその場に居合わせていた。つまり、「メルトショックで生命が生まれる前に」初音ミクと会っていた。

メルトショックとは…いや、別にここで長々と書く必要はないのか。知らない方は、丸投げになってしまうが、ニコニコ大百科で「初音ミク」「メルト」「メルトショック」を引いて見てほしい。

しかし、あの時の燃え上がり方というか、燃えていた側の感情はどう表現すればいいのだろう。実のところあれは「解釈違い」に近い感覚だったようにも思う。ボカロキャラクターであり、自分自身について歌うのがメジャーだった(という意識があった)。そこにそうではない曲がやってきて流行した。そこの不気味さと、不気味だと勝手に感じてしま偏見さは説明が難しい。

またメルトショックには、歌ってみた流行も大きな要素としてある。メルト自体流行することがショックだった、流行の中に歌ってみたが入っていた。分かりづらいがメルトショックはそのような二重構造だった。本エントリ後者関係ないが…と最初は思ったのだが、冷静に考えるとあるかもしれない。メルト歌ってみた勢に(それまで以上に)好評を博す要素があった。それ以前の曲は(メルトほど極端なレベルでは)なかった。その要素とは、恐らくは前述した不気味さのことである

まりこういうことだ。1000年草も生えない砂の惑星には違和感がある。こちらとしては1001年草が生えてなかったイメージなのだ。…もちろんこれは悪質な冗談だし、言い過ぎだし、事実ではないし、あと1年は長過ぎなんだが(3ヶ月ぐらい?)。

また流石に「メルト以降こそが枯らしておいて、今更砂まみれとは、まさしく草も生えないわい!!」とも言わない。そこまで歴史修正する気は流石にない。流石に。流石ですお兄様(殴)。それでも違和感がある、と言ってしまうのは、まあまあ私の性根が捻じ曲がっているせいであり(というより私一人が勝手に言っているだけであり)、いかなる創作者・消費者責任でもない。

その違和感が、上記URLインタビューを読んで消えたのだ。理由は…自分でもよく分からない。

不当な理由勝手逆恨みしておいて、意味不明理由勝手に許すとは何様だ手前、しかも許すって上から目線でよぉ、と怒られればもう平身低頭するしかない。あと一番申し訳ないのは、曲そのものではなく、関連する別情報を知ったことによって感想が変わるというなんか現代芸術みたいなダサい真似をしてしまったことである。これ本当にすみません(ハイコンテクストっていうんだっけ)。曲(動画)の話は曲を聴く(見る)ことのみで語れよってね…。

一つ考えられるとすれば、これはある意味人種的かつ気分的な問題だったのかもしれない。めちゃくちゃ頭のおかしい話なのだが、メルトという曲に罪はなく、作った側と受け入れている側の気持ちがよく分からない、的な。ここで側、側、と言っているのは、つまりそれまでのボカロ「層」とは違うんじゃないか、という偏見があったということなのだ。「クズたちの受け皿として機能していた」。その皿に以前は何が入っていただろうという。居場所がないというと言い過ぎだが、ボカロボカロオタクのものだった。そこにメルトである。居場所のないヤツらAの居場所に居場所のないヤツらBがやってきて、同じ穴の中でムジナが金網デスマッチというイメージ別にボカロボカロオタのもんじゃねーとか、こういう人種イメージ自体が誤解だとか間違いだという正論は、実はあまり重要ではなく、デスマッチ存在こそが大事だった。もちろん、インタビューを読んだだけでその間違いを訂正するのもそこそこ下品申し訳ないのだが。作った人がどういう人だったのか、10年弱も経ってようやくわかったわけだ。これは向こうも居場所のない弱者っぽいか安心した、という意味では決してない。ムジナ穴の取り合いにおいては相手の強弱などどうでもよく、相手がいることそのもの重要なのに、相手の顔をよく知らなかった(また、たかが知る・知らないの差だけで問題解決した気になってしまう)ことが問題なのだ

ところで、ニコ動全面の砂漠化についてはよく分からない。パンツレスリングが大量削除されて淫夢が台頭し始めたのは覚えてるが。衰退したとかなんとか聞くが、黎明期の未成熟時代、まるでシリア民兵でっち上げ鉄板シマテクニカルのような状態を見てきた老害にとっては「ニコ動に一体何を期待しているのか」「無残さこそニコ動よ」という底意地の腐った感覚もなくはない。いやIFの改悪とかは当時からあったし流石に嫌だったが…。なんとなく、生放送と超会議をやり始めた(ことを重視する価値観シフトした)のが悪いきっかけだったような印象があるのだが、まあこれも無根拠世代差別なのであろう。

これから砂の惑星にどんな植物が生えるのかは分からない。生えた植物が我々や向こう(あえて主語を大きくしてみた)に都合の良い植物かもわからない。トリフィドビオランテかもしれないし、最新のゴジラかもしれない。違う惑星に生えて、結局ニコ動砂漠のままかもしれない。

ただ、全く生えない、ということはないような気がするのだ。



余談

砂の惑星MV、途中で座ってる初音ミクの「あーかったりぃ…」って表情が素敵。

https://anond.hatelabo.jp/20170817003337

あれに共感して何で燃えてるか解らないって嫁や子供側に想像が及ばないって事で

嫁さん心療内科行きあなたは助けてくれない

凄く自然な流れって感じがする

牛乳石鹸絶賛炎上

石鹸って燃えるんかな?

それはともかく、

https://anond.hatelabo.jp/20170816113637

>「子ども誕生日なのに何ふてくされてるの?そんな程度の育児分担も禄にできないの?こっちの方がつらいことが分からないの?これだから男は......」でしょ?どうすりゃいいのさ。そりゃ、「一生独身でいい」「二人目はいらない」が増えますよ。

これなんだけどさ。

おれも言ってたんだけど「二人目はいらない」って。

でもちょっと快楽に負けてしまって油断して作ったのよ二人目。そうしたら二人目がやんちゃで元気な男の子でそれはもう、ありがたいばっかりなんだけど。

そしたら(特に二人目に)手がかかって疲れたとかで嫁が心療内科に通いだしてさ。

あなたは助けてくれない、って。

でもおれさ、5年前のおれ、仕事で5時にはとても上がれんし、あなたのこと十分助けれんって思うから二人目どうなの?って

それで賛成できなかったんだけどな。

料理だって作るよ。

子供2人を連れて家を空けてるよ。

ゴミはたまにしかさないけどさ(笑)

また元気になって欲しいよ、嫁ちゃん。

大好きだからさ。

あ、おれはあのウェブCMも割と好きです。少なくともなんでよく燃えてるのかよくわかりません。

2017-08-16

https://anond.hatelabo.jp/20170816141611

まとめサイト並みの印象操作に乗せられてる馬鹿が「電通炎上狙い!」とか言ってるのがウケる

お前が勝手燃えてるだけだっつうのw

2017-08-15

彼氏の家を片付けた。

よく燃えた。

というか某件まだ鎮火してないのかよ

色々語りたいのに未だ現在進行形から何も語れないじゃん、さっさと解決してくれよ

万が一だけど余計なこと書いて未だに復讐心燃えてる某氏に油注ぐなんて御免なんだよ

といっても内容がアレで登場人物がアレだから完全鎮火はまだしばらく掛かるんだろうなぁ

2017-08-13

小池一夫さんのツイート

なんか燃えてるけどあのくらいの年齢の人の価値観あんな感じだと思うんだよ

そういう価値観であることそのもの文句言っても仕方ない

若い世代価値観を共有できてないのは確かなんだけど、かといって「そんな事も知らないお前が悪い!」って叩くばかりじゃ回り回ってブーメランしかならないでしょ

あいうの年寄りから見たら小池さんちょっとした失言若い奴らが鬼の首取ったみたいに袋叩きにしてる様にしか見えないんじゃないかなぁ

なんでもそうだけど理解して欲しいと思うのなら断絶を深めるような事は避けた方がいいと思う

苦境に陥ってる人が居たとしても、それに気づいていない人はそういう人への配慮なんかまずできない

年配の人に今の若い人の生活が苦しいと言っても給与の額面だけ見れば自分が若かった頃よりも上がってるから「甘えんな、工夫しろ」ってなるのはしゃあないんだよ

昔みたいに家賃5000円の風呂トイレ無しアパートなんて無い、金のないときにツケで食わせてくれる食堂も無い、物価は上がり社会保障費も上がり、かといって収入が増える当ては欠片も無い

そういう現状を年寄りは知らない

仮に文字で見ても同じ状況を体験した事がないから実感はできない

自分達が生きてきた戦後どん底まで落ちたからこその右肩上がり時代と同じ様なものだと思ってしま

それに若さへの羨望(嫉妬)が付加されれば色眼鏡になってしまうのは仕方がない

だんだん老眼が進んで新聞も読まなくなるから情報源テレビだけになっていく

そうなると今のテレビ高齢者ターゲットにした番組が多いかますますその傾向は強まる

そういう世代間の価値観の断絶が原因なのに、個人価値観問題矮小化してぶっ叩いてもマイナスしかならんと思う

2017-08-10

セフティ3 簡易散水タイマーSST-2の設定方法

毎年この時期になると使うけれど毎年設定方法を忘れてしま説明書もどこか行ってしまい、ネットでは情報が少ない上にあっても最初に切にするとかほぼウソなのでメモ。切にしなくて良いしリセットは後。

  1. 右の「水やり時間」のダイヤルを回して設定したい時間にする(例:5分なら5)
  2. 左の「水やり間隔」のダイヤルReset以外へ一度合わせ、あらためてResetまで回す(Reset以外になっているならそのままResetへ)
  3. ダイヤルの間の半透明の丸い部分でLEDが赤く点滅し始めるので消えるまでに「水やり間隔」を設定(例:12時間ごとなら12
  4. 正常に設定できたなら赤い点滅が緑になり1回だけ光って消える。同時に水やりが始まる(例:5分で終了し次は12時間後)

上手く設定できているか不安なら蛇口に付けず試すと良い。最小の間隔は1時間なので1にして、水やり時間を30分など長めにすると中のバルブの開閉がわかりやすい。充電用の電池は使えないものがあるので普通使い捨てアルカリ電池で。LEDが点滅しないなら右のダイヤルを「入」にしてバルブが開くか確認し、動かないなら電池を変えるか燃えないゴミに捨てる。ちなみにこの製品しょぼいのでもって2年。それ以上使いたいなら夏場の短期間等使用時間節約し日よけを作り、冬場は外して室内での保管がおすすめ

深キョンのやつ、マジでかわいくて会社でにやにやしちゃったよ。可愛い正義だなぁ。どんだけ可愛いんじゃって。

深キョンくらい可愛い子と付き合えるように頑張ろう。仕事めっちゃ頑張って稼いで色々経験してダンディなおじさんになるんだ。

ほんで35歳くらいで結婚する!よぉぉぉし、燃えてきたぞおおお!

2017-08-05

初夢夢日記

初夢の内容がメモってあった

友達名前だけイニシャルに変えてあとは原文ママ

↓↓↓

夢の中で自分高校生。現文の授業なので教室を移動すると、いつも数学担当している先生がいて、家庭科の授業になる。お料理教室みたいな感じで、知らない人もいる。フライパンパンケーキ生地を広げ、それをアイロンで焼き、キャラクターの形に切るという課題。R君が遅刻してきてすごい怒られる。それをみてS君が笑う。料理をはじめる。まず最初俺はちゃんとパンケーキを作る。そのあとアイロンパンケーキを焼くもどうやら手順を間違えているらしい。パンケーキを捨て、やり直す。最初フライパンアイロンで温めている。アイロンをコンロの上に置くと暑すぎてコンロが灰となる。途中でT君とH君が廊下で遊んでて怒られる。T君が意味不明言い訳をして逃れる。結局アイロンの使い方がわからないのでパンケーキ生地ペットボトルに流し込みそのペットボトルに顔を書いて完成ということにする。同じテーブルには女の子がいて、その女の子も俺とおんなじことをしている。でこの子面白いなと思い好きになる。その子は元々料理教室の前から友達みたいな感じで仲良くて、白髪が多い。 白髪いねというと、すごい避けられるようになる。一緒に帰ろうというと、いいよと言われる。新宿ドラッグストアから自転車で並列して一緒にかえる。その人の家に行く。その人の家には特別事情があるらしく、その話を聞く。ここから回想。父親大事にしているワインが3つ程あり、それを家族大事にしていた。ある日なんかの拍子でそれが割れしまい、火がついて燃えしまう。その子の弟がそれをみて、父親大事にしていたものからせめてとワインのビンの破片を火の中から集める。それを父親に渡すと、1破片18000円で買い取るという。母親がそんなことやめなさいというと父親はもうあの秘密のことを話そうという。結局その秘密はわからず。1破片18000円という高値で売れることがわかり、他のワインを割り火をつける。おこられる。母親が狂い、こんな汚れた娘に触ってしまった自分は穢れてる、と自殺する。ただ母親は本当は生きてて、娘にネグレクトを働く。母親は化け物に憑依されており、そう簡単には勝てないのだ。回想終わり。話を聞いているとその子母親が帰ってくる。急いでかえる。その子母親に顔を見られたので殺されるのではないかと焦り、ダッシュで自転車をこぐ。帰り方がわからなくなり、近くの大学生に「N駅はどこですか」と聞くと、めっちゃ笑われながら道を教えてくれる。ダッシュでN駅に向かうと、途中で大学生が「N駅までの行き方聴いたやつがいたらしいよ」「どうせそいつ

●●(聞こえなかった)狙いだろ」という会話が聞こえる。横を見ると火事が起きてて、消防車が出動してる。あの母親がやったらしい。それを消すために、樋口一葉が書いてある(5000円札ではなく)1000円札封印しようとする。終わり。

↑↑↑

この夢が何を表しているのか、もしわかる人があれば教えてください。

https://anond.hatelabo.jp/20170804230345

多分ハブハブなんだろうけど、

炎上に対してオルタナ意見が出て来ることがあり、

変な炎上に対しては地味に冷水ぶっかけることもあるんだよな。

基本燃え上がっちゃう方に使われちゃうんだろうけど。


この前の車椅子の人の話とか本当に色んな話出て来たよ。

あれはいい使われ方だったと思う。

2017-08-04

はてブがなかったら、ネットの「炎上」ってほとんど発生しないのでは?

ネット炎上を振り返ると、火の付きどころは鬼女だったり、Twitterだったりするけど、そういう情報ハブになるのってはてブほとんどな気がする。

そうでない場合だと、ひろみちゅ先生みたいな自分ブログを持っていて、情報をまとめて発信し続ける人がいないと燃え切らない間にみんなが飽きてしまうような気がする。

自分過去炎上詳しくないけど、その辺、古参ブックマーカーの人の感覚を聴けるとありがたい。

2017-08-03

適性のない人間にとって自殺戦略的撤退

何の取柄もなく人に好かれないなら死んじまえ 

悪いことは言わない 

生きたところで負け犬 

だらだらといつまでも生き続けるより思いきりよく燃え尽きよう 

生きるなんてどうせくだらない(映画ファントム・オブ・パラダイス」より)

現代において自殺防止が推進されるのは、社会を維持していくために必要から

苦しくなったら死んでもいいってのが肯定されたら、道徳倫理規範崩壊して、

今の社会システムが周らなくなってしまうからです。

悲しいことに、世の中には生きることの適性が全くない人種一定存在する。

人間社会本質競争共存の二つ。

協調性も無く、競争にも向かないタイプ人間はどうしたって幸せになるのは難しい。

集団から排他され、ピラミッド底辺勝ち組を引き立たせるためだけの踏み台を延々と演じ続けるだけ。

これって残酷だけど、確かな真実なんだよね。

天寿を全うしても、せいぜい80年やそこらの人生

それを多少前倒ししたって、来るべきタイミングが少し早く来たってだけ。

ある程度まで生きて、自分可能性に見切りが付けられるなら、自分の終わりは自分で決めたって悪くないんじゃないかな?

無数の動植物犠牲にして、成り立ってる命なのに、死にたいどうでもいいって惰性で生きるのはある意味すごく僭越な事だし。

そうは言いつつ、オレも家族や友人が自殺するってなったら、実際は殴ってでも止めるんだろう。

大切な人に死なれたら、残された側はたまらなく悲痛になる。

人生の終わりは生物的な限界よりも自分意志で決定すべきって考えていながら、

やはり他者との繋がり…社会的観点からすれば

自殺はして欲しくないことになる。

二律背反だけど、そういう風に考えてしまう。難しい。

母は今夜東京ドームに行っただろう

家に電話しても出ないから多分そうだろう。

親だと言っても他人からね。

宗教自由はあるよね。

色々あったからね。

何かに頼りたい時もあったんだろう。

結婚して間も無く配偶者がなくなったり、小さい子供1人で育てなくちゃいけなかったり、そんな中で心の支えになるもの必要で、たまたまタイミング良く現れたのが宗教ってだけなのかもね。

こんな自分子供の頃は東京ドームに行き、派手な照明と共に登場する派手な衣装おっさんを見に行ってキャッキャしてた時もあったよね。

そのあとしばらく距離あいて、客観的に見たらなんかヤバイだろって思って離れていったけど

母の心は変わらなかったんだね。

特に何にも言わないよ。

なんで行ったのなんて言わない。

なんであんなの信じてるの、良いって思ってるのなんても言わない。

自由からね。

他人からね。

でもね、

もうちょっとなんとかならないのかなと思うときはあるよ。

声が大きくて堂々と話してるだけで信じちゃっていいの?

話の内容ちゃんと聞いてる?考えてる?

でも、反対はしないよ。

反対するとかえって活動燃えちゃいそうだからね。

でもまあ、他人からね、親子でもね。

さみしいけど。

2017-07-30

家族の思い出

 風呂掃除をしていてうっかりゾーンに入った。

タイルの目地を狂ったようにタワシで磨く行為を1時間程続けていたのだ。汗が眼に入った。脇から流れた汗がTシャツを通って腰に伝った。今日はよく晴れていて、風呂の窓からは蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。頭の位置を変えたら酷い立ちくらみがして、大きく長い息を吐いた。

普段まったく家事をしない。必要に迫られないとしない。そして「必要に迫られている」と感じるのが人よりだいぶ遅いようで、自分でも呆れる位、家事をしない。

今日、年に何度か訪れるこのうっかりゾーン最中、あることを思い出した。

以前、同居人がいた。2年と少しくらい一緒に暮らしていた。

同居人家事全般、とりわけ料理が得意だった。事情があって一緒に暮らしはじめ、事情があって家事はあまり分担せず同居人が一手に引き受けていた。家事が好きだから、好きな方がやればいいじゃない、と同居人はよく言った。色んな事情があったので、バランスを取るために自然とそうしていたのだと今では思っている。そして実際うまく機能していたと思う。

それでもたまに、何から何まで申し訳ないなと思うことがさすがにあった。そんなとき今日のように風呂タイルの目地を磨いたりしていた。家事が苦手な人の特徴なのか、自分の特徴なのかは知らないが、いったんやり始めると今日のようにうっかりゾーンに入る。一時間や二時間、平気でタイルを磨いていた。

そんな時よく同居人背中から声をかけてきた。「お茶のみませんか」「居酒屋さんごっこしませんか(揚げ物とビールを準備しているとき)」「お蕎麦屋さんごっこしませんか(日本酒卵焼き、板わさを準備しているとき)」。

背中から鬼気迫るものを感じていたのだろう。無理にとは言いませんけど、区切りませんか、そんなニュアンスだった。そんな時はたいていハッと引き戻されて「するする」と犬のように尻尾を振ってタワシを投げ出して、いい匂いを嗅ぎながらタオルで濡れた身体を拭いた。

今日タイル磨きをやめるタイミングを掴み損ねて、立ちくらみを味わいながらそんなことを思い出した。

 かつての同居人とは、何故かあるタイミングでお互いの事情が一致して暮らし始めた。

行為は付かず離れずしていたが、恋人ではなかった。友だちとも違った。同じ家で暮らして、一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に眠る人だった。子供ができたらいいね、と年に何度か言い合うことがあった。動物として自然の流れでそうなったらいいね、という意味だ。自分同居人も、お互いについての感情は「たまたま一緒の檻になったライオン」のような温度だった。

恋愛感情が無かったわけではなくて、持っていた頃も多分あった。お互いそうだと思う。ただいろんな事情理由があって、結婚選択肢に入らなかった。それぞれが別の異性と遊んだりすることもあった。「浮気してくる」「異性と交遊してくる」と言って出かけることもお互いあった。気をつけてね。何時に帰るの。お互い自分自身をそんなに素晴らしい人間だと思っていない同士、そんな生活に不満は無かった。一緒に暮らし続けた。

 もちろん人間感情はそんなに陶器のようにツルンとしてないようで、色んな諍いはあった。お互い思った事を口に出す人間では無かったので(悲しいことだと今では思う)、喧嘩にはならなかった。言い争いの代わりに、子どもや猫のような抗議をお互いよくした。突然夜中に居なくなったり、家に帰らなかったり、メールに返信せずに心配させたり、寝たふりをして返事をしなかったり、料理をしなかったり、料理を食べなかったり。そんな小さいギザギザは数ヶ月に一度あった。それでも同居人とは同じ檻同士、基本的に信頼しあっていた。お互い求められた通りの心配をした。夜中の公園真冬に探し回ったり、帰ったら好きなお酒料理音楽が準備されていたり、心にもない優しい言葉をかけたりした。どうせ仲直りするのはお互い分かっていた。早くしたいとお互い思っていたのだ。諍いに限らずあらゆる事が、始まり方は子どもでも終わり方は大人だったと思う。

 一緒に暮らしから色んな事が変わった。そして、これは自分にとって驚くべきことなのだが、色んな事を学んだ。

まず、健康になった。皮膚や髪の毛の質、睡眠の質が変化した。これは食事がガラッと変わったので当たり前なのかも知れないが、自分には驚くべき事だった。風邪を引いたり、一日寝て過ごす事も減った。同居人が酒好きだったので、自然自分の飲む量は減った。酔っ払いが二匹居ては収集がつかないと思ったためだ。伴って体重も減った。

趣味世界物事視野も広がった。同居人にとって当たり前のことは、初めて知る事ばかりだった。色んなモノが世の中にはあること、それぞれの用途のこと。野菜ジュース野菜代替にならないこと。直火炭火焼きの違いのこと。季節の食べ物のこと。いろんなお酒が世の中にあること。いろんな方言のこと。悲しいとき運動をするといいこと。泣きながらご飯を食べられないこと。スーパー鮮魚を買うと捌いてくれること。沖縄本州で畳のサイズが違うということ。島の暮らしのこと。革製品の手入れのこと。

そして、自分にとって当たり前のことにも興味を示された。テクノエレクトロニカのこと。色んな漫画や本のこと。映画や芝居のこと。旅行海外のこと。色んな動物のこと。身体の変化のこと。変な服のブランドのこと。仏教イスラム教ヒンズー教のこと。お互いの好きな物を教え合ううちに教えられた方が詳しくなって、それが原因で諍いになることもあった。ばかっぽい。村上龍キャンプについてはそうだった。だいたい土日の昼間に料理を作っている同居人の周りをチョロチョロしながら様々な話をした。自分がこんなに話をする人間である事や、甘えたがる人間である事、そして人間に救われる人間である事。ある業界仕事をしていた時期から人間を信頼することは自分とあまり関わりがないと思っていた自分にとって、これは大きな発見であり変化であった。アルキメデス浮力発見した事に次いで偉大な功績だった。ユリイカ

そんな暮らしの中であっても、人間は変化する生き物なのだった。自分にも、変化のスピード生活を合わせたいと思う時期が訪れた。それで、同居はやめた。自分が変化したのは同居人との暮らしのお陰だった。それはとても辛かった。それでも、時間が経った今はあの決断をした自分は偉かったと思う。偉大な功績だ。ユリイカユリイカとして、正しいか死ぬ時まで解らない。

 多分ここまで読んで、同居人との関係性について嫌悪感を示す人もいるだろうと思う。我々は少しネジの緩んだ同士だった。誰にも理解されないような、子ども同士の暮らしみたいな生活が好きだったのだ。毎日親がいない家みたいだった。ヘンゼルとグレーテルのようだった。一般的理解できないものを受け入れることが、わりあい得意な人間同士だったんだろうと思う。人間は変化するので、多分いま暮らしても同じふうにはならない。でも、かつての同居人は今でも家族のような感じがする。かつての同居人もそう思っている気がする。うまい言葉が見当たらないが、belongしあっているという感じ。今でもたまに顔を合わすと、たまに会う親戚のような顔をされる。元気にしてるの、ごはん食べてるの、ちゃんと洗濯してるの。言葉にはしないけれど眼から発信されてくる。

 先日、会社女性に「彼氏同棲しようかなって話してるんです」と言われた。相談ではなく背中を押して欲しいだけなんだと表情から伝わった。なので、「同居はいいよ」と無責任なことを言った。こいつの責任を持つ筋合いはない。「同居はいいよぉ、まいンち、楽しいことしかないよ」。

 同居はいいよ。毎日楽しいことしかないよ。

 家族になるっていいよ。

 同居をやめたのは、今日みたいな夏の暑い日だった。突然ひとりにした。突然ひとりになった。「素直に言ってくれてありがとう」という言葉。「がんばったね」。依存しあうものが無くなったあの開放感と、途方もない悲しさ。同居人が見えなくなるまで距離を取ってから階段でめちゃくちゃに泣いた。部屋に入るまでもたなかった。汗と涙と鼻水がごちゃごちゃになった。蝉の声がシャーシャー聴こえてきた。鼻の奥がずっとツーンとして、酸欠になって頭がくらくらした。一人にしないで一人にしないでと布団の中で喚いた。相手のほうが思っていただろうと思う。だから相手には言えなかった。血縁上の家族以上に大切だった。人工の家族だった。相手可哀想から、という感情共依存だと知っていた。お互いの変化を阻害すると知っていた。だから行動に移した。自分のために手放した。相手理由にするのは相手を一番傷つけると知っていた。対等な人間関係でありたいと願う、自分に残った唯一の正義だった。

何を見ても同居人連想する日々が続いた。何をしても楽しくなかった。食事の質が落ちたせいで体調も変わった。それでも不思議と、死んでしまいたいとは思わなかった。悲しい事に集中すると、他の事に集中しすぎずに済んだ。なんていうか色々捗った。ロボットのように仕事食事や人付き合いをこなした。こんな辛いことを乗り越えたのだから、何があっても生きていけるだろうと、直感理解した。悲しいとき運動をした。泣きそうになったらご飯を食べた。あれからだいぶ時間が経った。何かを見て同居人を思い出すことは、今では殆ど無くなった。

それで今日風呂場でうっかりゾーンに入って思い出した。

人間記憶はすべて熱量だと思っている。同居をやめてから、変化に対応していくなかで、たくさんの記憶熱量エネルギーに変換して生きてきた。変換したら消えていく。記録と事実は残るが、涙が出るような、胸が痛むような熱量は、失ったら二度と戻らない。

あらゆる事について、もう少し若い頃はこの「失っていく感覚」「燃えていく感覚」を怖いと思っていた。なるべく残したくて、よくテキストにしていた。いつからかそんな執着は無くなり「燃えているな」「もう二度と会えないんだな」とまっすぐに見つめるようになった。何かを決断した自分が得た変化の一つだ。燃えエネルギーを、これから別のなにかに注ぐ事。もう二度と出会えない分だけ、新しい事が入る余地が出来るんだろう。望むと望まざるに関わらずだ。

もう思い出す種火が少なくなっているのかもしれない。タワシを洗いながらそう感じた。消える前の焚き火を思い浮かべた。少しくらい残したっていいだろう。それくらい愛していた。自信をくれたのだ。自分で作った人工の家族の思い出の事。嘘は一つも書いていないが、自分同居人性別や年齢や重要なことは書かない。

同居はいいよ。毎日楽しいことしかなかったよ。

2017-07-27

https://anond.hatelabo.jp/20170727121216

燃えアニメ美少女ゲームで喜ぶのは勝手だよ。君は自由だよ。

ただ、表向きには、ポリコレ的に/倫理的に正しくないこと・モノにNOをいえることが必要だし正しいということ。

現代社会とはそういうものです。

これは議論は終わっていて正しい答えなので、どうあがいても変わらないよ。

理解できないのはつらいかも知れないけど、1+1=2と同じことだよ。

ポリコレ的・倫理的に間違ったものを支持したい表明したい発表したいという考えがあるなら、

それでは現代社会レベルについていけてないということになるよ。

1+1=2がわからない状態とおなじってことだね。

ついていきたいなら勉強するとか努力必要だよね。

そんなもんごめんだということになっちゃうと普通クラスで一緒に勉強進めていくのは難しいよね。

まぁそういう人がいたらまわりがサポートしてあげるのは必要かもねって書いてて思ったよ、ありがとう

いろいろモヤモヤしてるということは理解した。生きるのむずかしいよね。

ごめん追記:

トランプの件はたしかビビった。けっきょくその正解が浸透してないってことだよね。

まだまだ過渡期で、揺り戻しもあって、少しずつ社会成熟していくんだろうね。

30

30才になってしまった。

つくづく思う。若さがもたらすエネルギーはすごい。10代の頃を思い返すと、とても正気だったとは思えない。

誕生日の記念に自分人生ざっと振り返ってみたい。長くなるか、すぐに終るか、それは書いてみないとわからない。

2年前からイーストヴィレッジセントマークスで仲間達とバーをやっている。大抵はヒップホップがかかっている。客層は黒人日本人ヒスパニック

日本酒がメインのバーにするはずだったが、すぐにうやむやになってしまった。夏はフレンチスタイルのパナシェがよく売れる。地元の人がこれを読んだら、もう場所特定できてしまうと思う。

大儲けとはいえないが、店はそれなりに繁盛している。僕はほぼ毎日カウンターDJブースにいる。ちなみに趣味ボディビルで、アマチュア大会で2回ほど入賞したことがある。

まさか自分がこんな生活を送るようになるとは思わなかった。中学生の頃は、江戸川乱歩京極夏彦に傾倒していた。将来は図書館司書になるつもりだった。顔は青白く、ひどい猫背だった。ある女性との出会いが僕を大きく変えた。

そうだ、あの子について書こう。

最初彼女と遭遇したのは、高校に入ってまもない頃だった。校庭と校舎をつなぐ階段の途中ですれ違った。彼女ジャージ姿だった。背が高く、涼しげな目が印象的だった。かっこいい人だと思った。一瞬だけ目が合い、僕はあわてて逸らした。

当時の僕は最低だった。勉強も出来ないし、スポーツも苦手。しかクラスではパシリだった。どういう経緯でパシリになったのか、まったく思い出せない。梅雨の訪れのように自然な成り行きだった。

僕をパシリに任命したのはNというクラスメートで、彼は教室内の権力を一手に握っていた。髪を金色に染め、足首に蛇のタトゥーをいれていた。15才の僕にとって、蛇のタトゥーはかなりの脅威だった。

休みになると、僕はNを含む数人分のパンジュースを買いに行かされた。金を渡され、学校の近くのコンビニまで走らされる。帰りが遅かったり、品切れだったりすると怒鳴られる。そういう時はヘラヘラ笑いながら謝った。歯向かう勇気はなかった。そんなことをすればさらに面倒なことになるのは目に見えていた。

いじめられていないだけマシだ、パシリに甘んじてるのもひとつ戦略だ、そう自分に言い聞かせていた。

ある日、いつものようにパンジュースを買って裏門から教室に戻ろうとした時、また彼女とすれ違った。相変わらずクールな表情。今度は制服姿だ。ジャージの時より断然かっこいい。ネクタイをゆるく結び、黒いチョーカーをつけていた。目が合う。すぐに逸らす。前と同じだ。

僕はすっかり彼女に魅了されてしまった。教室に戻るのが遅れて、Nに尻を蹴られた。いつも通りヘラヘラ笑いながら謝った。

それから広場廊下で何度か彼女を見かけた。一人だったり、何人かと一緒だったりした。彼女は常にクールだった。それにどんどん美しくなっていくようだった。どうしても視線が吸い寄せられてしまう。そのくせ目が合いそうになると、僕はすぐに逸らした。

彼女のことをもっと知りたいと思った。気を抜くとすぐに彼女のことが頭に浮かんだ。できれば話してみたい。でも僕ごときにそんな資格は無い。きっと冷たくあしらわれて終わりだろう。遠くから眺めているのがちょうどいい気がした。

なんだか出来損ないの私小説みたいになってきた。こんなことが書きたかったんだっけ? まぁいいか。もう少し続けてみよう。

30才になった今、少年時代気持ちを思い返すのはとてもむずかしい。あの頃は恋と憧れの区別もついていなかった。おまけに僕は根っからの小心者だった。彼女の目を見つめ返す勇気もなかった。世界は恐怖に満ちていた。蛇のタトゥーが恐怖のシンボルだった。

1学期の最後の日に転機が訪れた。大げさじゃなく、あれが人生の転機だった。

よく晴れた日の朝。バスターミナルに夏の光が溢れていた。まぶしくて時刻表文字が見えなかった。僕はいものように通学のために市営バスに乗り、2人掛けのシートに座った。本当は電車の方が早いのだが、僕は満員電車が嫌いだった。それにバスなら座れるし、仮眠も取れる。僕は窓に頭をあずけて目を閉じた。

発車する寸前に誰かが隣に座った。僕は目を閉じたまま腰をずらしてスペースを空けた。香水匂いが鼻をくすぐった。

ふと隣を見ると、彼女が座っていた。目が合った。今度は逸らすことができなかった。彼女がにっこり微笑んだのだ。彼女は気さくに話しかけてきた。

校内でよく僕のことを見かけると彼女は言った。その時の驚きをどう表現すればいいだろう。うまく言葉にできない

さら彼女は僕の頭を指して「髪切ればいいのに」と言った。たしかに僕の髪は無造作だった。でもそんなに長いわけでもなかった。わけがからなかった。彼女が僕の髪型を気にかけるなんて。

彼女ひとつ上の2年生だった。ふだんは電車で通学しているが、初めてバスに乗ってみたという。色々なことを話した。幸福なひとときだった。なぜだろう、初めて喋るのに僕はとてもリラックスしていた。きっと彼女のおかげだと思う。人を安心させる力があるのだ。

車窓から見える景色がいつもと違った。こんなにきれいな街並みは見たことが無かった。行き先を間違えたのだろうか。ふたりであてのない旅に出るのか。落ち着け。そんなはずはない。もういちど景色確認してみる。いつもの道だ。たまに彼女の肘が僕の脇腹に触れた。スカートから伸びるすらりとした足が目の前にあった。目眩がした。

特に印象に残っているのは、彼女小学生の時に"あること"で日本一になったという話だ。でもそれが何なのか、頑なに言おうとしないのだ。絶対に笑うから教えたくないという。それでも僕が粘り続けると、ようやく白状した。それは「一輪車」だった。

一輪車駅伝全国大会というものがあり、彼女ジュニアの部で最終走者を務めた。その時に日本一になったらしい。僕はそんな競技があることすら知らなかった。

まり想定外だったので、どう反応すればいいかからなかった。でもこれだけは言える。彼女が恥ずかしそうに「一輪車」とつぶやき、はにかんだ瞬間、僕は本当に恋に落ちた。

彼女一輪車燃え尽きて、中学から一切スポーツをやらなくなった。部活に入らないのも体育を休みがちなのも、すべて「一輪車燃え尽きたから」。ずいぶん勝手理屈だ。なんだか笑えた。そんなことを真顔で語る彼女がたまらなくチャーミングに見えた。だいぶイメージが変わった。

会話が途切れると彼女はバッグからイヤホンを取り出して、片方を自分の耳に差し、もう片方を僕の耳に差した。ヒップホップが流れてきた。ジェイZだった。いちばん好きなアーティストだと教えてくれた。

僕はジェイZを知らなかった。そもそもヒップホップをあまりいたことがなかった。素晴らしいと思った。リリックなんてひとつもわからなかったが、極上のラブソングだった。本当はドラッグの売人についてラップしていたのかもしれない。でも僕にとってはラブソングだった。

あの日バスは僕を新しい世界へと導く特別な乗り物だった。バスを降りて、校門で彼女と手を振って別れた瞬間から、あらゆる景色が違って見えた。すべてが輝いていた。空は広くなり、緑は深さを増していた。

次に彼女と目が合った時は必ず微笑み返そう。蛇のタトゥーはただのファッションだ。この世界はちっとも怖い場所じゃない。

新しい世界の始まりは、夏休みの始まりでもあった。僕は16才になった。(14年前の今日だ!)人生が一気に加速した。そう、書きたかったのはここから先の話だ。ようやく佳境に入れそうだ。やっと辿り着いた。

僕は髪を切った。坊主にした。そして体を鍛え始めた。近所の区民センタートレーニングルーム筋トレに励んだ。それから英語勉強に没頭した。図書館自習室で閉館まで英語と格闘した。単語熟語文法、構文、長文読解。最初暗号のように見えていた文字の羅列が、だんだん意味を紡ぐようになっていった。

英語筋トレ。なぜこの2つに邁進したのか。理由は至ってシンプルだ。ジェイZになろうと思ったのだ。彼女いちばん好きなジェイZだ。

①僕がジェイZになる

彼女は僕に夢中になる

ふたりはつきあい始める。

完璧シナリオだ。僕はこの計画に一片の疑いも抱かなかった。

できれば夏休みの間にジェイZに変身したかったが、さすがにそれは現実的では無かった。でもとにかくやれるところまでやろうと思った。僕は筋トレ英語に励み、ジェイZの曲を聴きまくり、真似しまくった。日差しの強い日には近所の川べりで体を焼いた。

夏休みが終わった時、僕の見た目はジェイZにはほど遠かった。当然だ。そう簡単に変われるわけがない。日焼けして、少しだけ健康的になっただけだった。でも内面は違った。ヒップホップマインド根付いていた。誇りがあり、野心があった。闘争心に溢れていた。

僕はパシリを断った。特に勇気を振り絞ったという感覚もない。単純に時間がもったいなかった。昼休み英文リーディングに充てたかった。誰かのパンジュースを買いに行ってる暇はない。

パシリを断ると、彼らは一瞬どよめいた。こいつマジかよ、という顔をした。Nが笑いながら尻を蹴ってきたので、笑いながら蹴り返した。教室全体がざわついた。Nはそこで引き下がった。

それからしばらくの間、 嫌がらせが続いた。机や椅子が倒された。黒板には僕を揶揄する言葉が書かれた。でも相手にしている暇はなかった。早くジェイZにならなければ。僕は黙って机を立て直し、Nをにらみつけながら微笑んで見せた。Nの表情にわずかな怯えが走るのを僕は見逃さなかった。

筋トレ英語ラップ筋トレ英語ラップ。その繰り返しだった。僕は少しずつ、でも着実に変わっていった。あの日からいちども彼女と会っていなかった。校内でも見かけなかった。でも焦ってはいけない。どうせ会うなら完全にジェイZになってからの方が良い。

そんなある日、柔道の授業でNと乱取りをすることになった。たまたま順番が当たってしまったのだ。組み合ってすぐにわかった。こいつは全然強くない。いつも余裕ぶった笑みを浮かべてるが、体はペラペラだ。とんだハッタリ野郎だ。絶対に勝てる。

Nが薄ら笑いを浮かべながら、足でドンと床を踏んで挑発してきた。腹の底から猛烈な怒りがこみ上げてきた。なぜこんなやつのパシリをしていたのだろう。さっさとぶちのめすべきではなかったのか?

僕はNを払い腰で倒して、裸締めにした。Nはすぐにタップしたらしいが、僕はまるで気付かなかった。先生があわてて引き離した。Nは気絶しかけていた。僕は先生にこっぴどく叱られたが、その日から誰も嫌がらせをしなくなった。勝ったのだ。

でも連戦連勝というわけにはいかない。ヒップホップ神様残酷だ。僕は恋に敗れた。いや、勝負すら出来なかった。なんと彼女夏休みの間に引っ越していたのだ。僕はそれをずいぶんあとになってから知った。

彼女とは二度と会えなかった。筋肉英語ヒップホップけが残った。なんのための努力だったんだろう。せっかく坊主にして、体つきも変わってきたというのに。仮装パーティーで会場を間違えた男みたいだ。マヌケ過ぎる。しかし、そんなマヌケ彷徨の果てに今の僕がいる。

高校卒業して、さら英語を極めるために外語大に入った。それからNY留学して、今の仕事仲間と知り合い、色々あって現在に至る。仲間達はみんなヒップホップを愛している。それだけが共通点だ。すべてのスタートあの日バスの中にある。

ずいぶん長くなってしまった。まさかこんな長文になるとは思わなかった。そろそろ止めよう。

僕は今でも週に3回は筋トレをしている。当時よりずっと効果的なトレーニング方法も身に付けた。知識も格段に増えた。でも本当に必要なのは、あの頃のような闇雲な熱意だ。

30才になってしまった。

つくづく思う。若さがもたらすエネルギーはすごい。10代の頃を思い返すと、とても正気だったとは思えない。

直也もLINEスクショなど「自分が一連の行動をするに至った背景となる事実」があるなら片っ端から公開していくべき。

今は女性側の公開した情報ほとんどであって、つまり女性側にとって都合がいい情報しか出ていない。

弁明や謝罪言葉説得力がまったく無い以上、事実を出していくほかない。

ネット炎上燃えているうちに対処しないと、評判が定着して真実ということになってしまう。

そうなれば、全はてな株を積んだって取り戻せないだろう。

精神的にきてるだろうけど、今しか名誉回復の機会はないよ。

2017-07-26

[] #31-2「その名も」

町の中でも、特にシロクロを目の敵にしていたのはツクヒという子供だった。

「む、また、シロクロか……目障りだなあ。見た目が目障りだし、一挙一動目障りだし、特に声が目障りだ」

ツクヒは自身コンプレックスの塊のような存在だと認識しており、その感情を同年代にばら撒く人生を送っていた。

あらゆることをコンプレックスに絡める卑屈さは傍からみていても気分の良いものではなく、彼の周りから人は自然距離をとる。

ツクヒの困ったところは、そういう原因に含まれている「自分」という人格を、ある意味では甘く見積ってしまうことだ。

まり、彼はそれがコンプレックスのせいだと意固地になり、それで人間判断する狭量な奴らだと周りを判断してしまうわけである

自分が嫌いだが、それ以外を更に嫌いになることで心の安寧を謀っているのだ。

そのため弟たちとも折り合いが悪い。

そんなツクヒにとって、弟たちと仲の良いシロクロは八つ当たりやすい格好の的だった。

「よーし、このスリングショットで目にもの見せてやる」

スリングショット子供玩具というイメージが強いが、極めれば立派な武器である

そしてツクヒの持っているのは正にそれだった。

「やめろ、ゴミ!」

ツクヒが構えたとき、弟たちがすんでのところで止めた。

「そう呼ぶのはやめろ!」

ゴミ」というのはツクヒのラストネームだった。

当然、読みがそうなっているだけで別に悪い意味はないのだが、ツクヒにとっては呼ばれたくないものであった。

「……ツクヒ。いま、シロクロに当てようとしただろ」

ツクヒは最初ばつが悪そうな顔をするが、すぐに取り繕って弟たちに言葉を返す。

「そうだよ。だけど別にいいじゃん。こんなことやっても、マスダたち以外は誰も強くは止めないじゃないか。シロクロは、これ位のことはされても別にいい存在って周りに思われているんだよ」

ツクヒの開き直りに、弟たちは怒りの炎を静かに燃え上がらせる。

彼の理屈をこの場で一蹴することは簡単だ。

だが、それではその場しのぎにしかならないことは分かっていた。

そこで弟たちは、とある妙案に望みを託した。


「ツクヒ……シロクロはな、“アレコレ病”なんだ」

「アレコレ病? なんだそれは」

聞き覚えのない病名にツクヒは首を傾げる。

それもそのはず、それは弟たちが思いつきで考えたものなのだ

「見ての通り。シロクロみたいに、“ああ”なるんだ」

「なんと、奴は病気だったのか。道理で……」

意外にも、ツクヒはそれであっさりと納得して帰っていった。

「シロクロの奇行は目障りだが、病気なら仕方ない。常人である自分たち我慢しよう」

弟たちにとっては藁にもすがる思いで実行した作戦だったが、ツクヒの予想以上の反応に手ごたえを感じ始めていた。

(#31-3へ続く)

2017-07-25

Aさんの件

炎上眺めてるけど、naoyaからあれだけ燃えてるけどメンヘラが未だにぼそぼそ呟いてるからエンタメ性が低い

から俺はAさんの決断待ちです

今はコロッセオの観客になった気分だ

絶望的に自分から始められなくてモテない

俺はモテない。

いつものランニングテーマはSurviviorのBurning Heart.

でも全然燃えないマイハート

https://www.youtube.com/watch?v=Kc71KZG87X4

さて、俺はモテない。

なぜなら勇気がないからだ。

勇気がないから、異性と絡むキッカケが作れない。

…というより、嫌われない程度の最低限のラインまでたどり着けない。

こういうふうに、

日ごろからほとんど引きこもっていて女性と接する機会もないと、

だんだん自分の考え方が歪んでくる。

女性や、モテる男について考えるときソースが、

自分過去体験や、ネット情報のみに基づいてしまうからだ。

そして、基本的ネットサーフィンというのは、

自分の見たいものしか見ないもの

自称モテ男や、恋愛がうまくいってそうな男女がいうセリフで、

俺が著しく反発したい気持ちかられるセリフがある。

それが、「もっと努力しろよ。」という言葉だ。

それはまさにもっとである。俺には努力が足りない。だからモテない。

そんなことは分かっている。

しかし俺の感情がその助言を受け入れることを拒否するかのように荒ぶるのだ。

恋愛における努力とは、

清潔感を保つこと、オシャレをすること、トーク力を磨くこと、

経済力を高めること、頼りがいのある男になること、

…などなど、多肢にわたると思うが、

それらを一言でまとめてしまうと、

「目の前の女の人を理解する」

という言葉で括ることができるだろう。

だが、なんで俺が女性理解するために努力しなければならないのか。

今の俺はモテなくて、こんなに悩んでいて孤独なのだ

周りの女性だって俺を理解してくれていないじゃないか…と、

うまくいえないがそんなふうに感じてしまう。

自己啓発の名著といわれる「7つの習慣」には、

インサイドアウト、という概念と、

理解してから理解される、という言葉がある。

要するに、自分の考え方が自分から見える世界を作っているのだから

まずは自分を変えないと世界は答えてくれませんよ、ということ。

から相手理解してほしいと望むなら、

まずは自分から始めるしかない。自分から動くしかない。

自分から相手理解しようと努めるしかないのだ。

うむ。その通りだ。

本当にその通りだと理屈では思う。

だけど、俺の感情がそれを拒否するかのように高ぶるのだ。

まずは俺の不遇をわかってくれ。そして癒してくれ。

燃えないハートはそう叫んでいる。

絶望的に自分から始められない。

からモテない。

2017-07-20

ゼルダ日記 4日目

デスマウンテン登頂に失敗。

どうしても途中で体が燃え出す。

燃えず薬で無理やり進むしかないのだろうか?それとも他に行き方が?



しょうがないので始まりの大地から南側に進路を変更。

フロドラに出会ったりひたすら滝を登ったり、水中の宝箱をひたすら開けたり。

なんとかウオトリー村に到着。



しかフロドラはでかかった。びびった。巨大な生物はそれだけで圧倒される。



今日はウオトリー村近くの山に登って、何とかのコトウに飛ぶ予定。

しか・・・明日はもうイカが発売されるけど全然進んでないな。

イカ中心でやりたいけどゼルダも進めたい!時間が足りない!

2017-07-16

助けたくなるメンヘラとそうでない人

短くまとめようと思っていたら思いの外長文になってしまった。

読んでいただけるかどうか。

会社に入った時、お偉いさんがおっしゃっていたことを今でも覚えている。一語一句覚えているわけではないが、

「君達には必ず苦しい時が来るだろう。そんなときに周りに助けてもらえるのは、普段から周りに手を差し伸べている人たちだんだよ」

要約するとこんなことをおっしゃっていたと思う。

確かにそうだと思った。自分で言うのもおかしいかもしれないが私も世話焼きな方で、友達や後輩が困っていたら助言に留まらずその人のためになると思ったことをしてきたけど、そのような人たちは人間的にも優れていて助けたいと思うような人たちだったから。

逆に私も苦しい時は助けて貰ったしお互い様だ。

自分の行動はいずれ自分に跳ね返ってくるのだ。自分権利ばかり主張するような人を助けたいと思う人は、あまりいない。

同じことはうつ病などのいわゆる「メンヘラ(私はこの呼び方はあまり好きではないが)」にも言える。

私はアメリカ育ちで親の転勤で東京に来たあと日本有数の女子校をでて名門と呼ばれる大学に進んだが、周りに精神的に病んでしまう人はかなり多かった。薬を飲んでいるor飲んでいたという人も少なからずいた。中には大学受験燃え尽きた人もいたのだろうと思う。

色々な原因があるがゼミ研究室要求レベルの高さや人間関係、更には大学入学時の戸惑いなどでうつになる人が多くいたように思う。

嘘か真か私の大学自殺率は高いと聞いたことがあるが、確かにそういう話はちょくちょく耳に入って来た。

大学無料カウンセリング施設は充実しているものパンク状態だったらしく、それが精神的に参ってしまう人の多さを物語っていたように思う。

運が良かったのか私にはそのようなことがなかったが、実際私の友達にもそんな人はいて、彼ら(彼女ら)にできる限りのことはして来たつもりだ。理系だったか研究室に入ってからそのようなことが多かった。

もちろん専門家ではないか適当なことはできないのだが、彼らはそのような状態になると冷静さを失うので、とにかく今は大きな決断はしないで専門家(大学カウンセラー相談できるなら指導教官、軽々しく勧められないが急を要するなら大学診療所など)に相談するよう促したり、ささやかだが生活の助けをしたり、少なくとも理解者でいる努力をした。力になれなくても、理解者がいるということで少しでも安心してもらえたらと思ったから。

実際、彼らは性格が良くて人間的にも優れている人ばかりだったから、それに全く迷いはなかったしむしろしてあげたかった。そう思わせるような人たちだった。

会社に入ってもそのような人はいたけど同様だった。(優良と呼ばれる会社でもそうなのだから厳しい会社もっと多いのだろう。)どこにでも休職している人はいると思うけれど、少なくとも私の周りの人は復職後暖かく迎えられていた。

うつになるのはそういう人たちだと思っていた。

優しくて気が使える人たちだから精神的に参ってしまうのだろうと思っていた。

でも、ネットで分かったのは、その印象は半分本当で半分嘘だということだ。

ネットとは便利なもの普段接しない人たちの声も聞くことができるが、メンヘラの人も同様でなかなか現実世界では声を届けることができない彼らもネットでは想いを伝えることができる。ネットには問題もあるがこれは素晴らしいことだ。

大半の人は私の「メンヘラ像」そのままの人たちなのだが、中にはそうでない人もいることがわかった。

私がそう思ったのはサユ@おどりばさん(id:SayuLog)のブログ(http://www.sayulog.com/)を読んでからなのだが、これを読んで私の認識の間違いを訂正せざるを得なかった。

確かに辛い思いをされていることは理解できるのだが、冒頭にあったように自分のことばかり主張しているように見えるし、自分理解してくれない人に対してはかなり批判である

運転が許されていない類の精神薬を飲みながらも免許を取ろうとしている時点で自分本位だ。(誤解の出ないように免許を取る際の手続きを公開するべきだと思っている。そうでないとこれからもこのブログを見て大丈夫なのだ勘違いして免許を取り運転してしまう服薬中の人が出て来てしま可能性がある)

もともとの性格なのか病気がそうさせるのかわからない(後者であることを祈る)が、正直同情するどころか反感を抱いてしまった。

他にもあまり同情できないメンヘラさんが何人かいる。

よく考えてみたら日本だけでも何十万人、何百万人、もしかしたらもっとメンヘラがいるのだから全員が人間的に優れているわけではないのだ。他人に強く当たるような人や自分本位の人はうつにならないと勝手に思い込んでいたがそうではないようである

そんなとき、確かに声は大きく発信力はあるかもしれないが、悲しいが現実世界で助けてくれる人はあまりいないだろう。友達はどんどん離れていくだろう。残るのは家族医者くらいのものだろうか。そのような人たちのために福祉制度があるのだろうか。

当たり前だが健康な人も人間である。困っている人がいても誰でも助けたいと思うわけではない。負の感情を抱いている人に献身的になるほど人間ができている人はそういないだろうから

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