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はてなキーワード: 精神科とは

2018-01-19

anond:20180119093516

35歳を過ぎても結婚できない人の大半は訳アリ物件だ。そして、彼らには「自分が訳アリ物件である」という自覚が全くない。

うんにゃ。精神科にも行ってメンヘラなのをとっくに自覚しているのに

「35過ぎて結婚してないということは…こいつ訳ありだな!」って何かを見抜いた気になってる人が多いだけだ。

よくよく考えてもみろよ。既婚者の基地外だってアホほどいるのに結婚たかどうかで区切る意味が全く無い。

結婚したという点だけで誰かよりも優れていると思いたいから言っている戯言だよ。

逆に言えば既婚者同士の中では劣ると自覚してる奴が吹聴しているだけ。

anond:20180119030838

解決策示せなくて申し訳ないけれど、私も全く同じ状態です……。

現実逃避したくてネットにどっぷりなのも、脳と目が限界なのも、小をするだけなのにスマホ持ち込んじゃうのも全部一緒。


ネット中毒以外は健康だし、精神科にかかったこともないか素人判断だけど、私はもしかして精神的な何かなのかな?と思って認知行動療法とか試そうと思ってます

(まあ依存症って精神的なものですよね)

お互い改善しますように……。

2018-01-17

anond:20180117010516

神経内科精神科コンサルする???「私、どうですか?」って売り込むってことですか?

anond:20180117003031

そう、私の本質的希望は妹が救われることです。

それで妹が救われる手段は一体何なんだ、って考えるとわかんないんだよな…別にやめたくない会社をやめさせるのは幸せではないのでは? とも思うし、今の状況がDV状態なだけで引き離せば「目が覚める」のか。「仕事は金をもらう分だけやる」って思えるようになるのが一番いいと思うんだけど考え方を変えるのって難しいよね。「お前の仕事おかしいよ」って、言わないほうがよかったんだろうか。

個人的には精神科に助けを求めてほしいんだけど精神科医ピンキリだし安易に勧められない…

2018-01-16

https://anond.hatelabo.jp/20180113012820

「なんとなく死にたいのに、なんとなく体を傷つける気にならず、今も死なないでいる」ような気持ち、私もある。

自分は、そこから更に耐え切れないツラい出来事が重なって精神科の薬に頼ることになった。

薬があると、少しだけポジティブ気持ちになって、今までと違う行動ができるようになった。別にやらなくてもいいことを、なんとなくやってみた。そうしたら、行動の経験が増えた。

経験が増えると、逃げ方が上手くなった。

 ・苦しい気持ちに捕らわれた時の抜け出す方法 (食べると幸せ気持ちになる食べ物ストックができた)

 ・飲み会でのストレスのやり過ごし方 (年齢が上の一人で話し続けるタイプの人のそばにいて、勉強になったとただ相槌を打つ。そうすればうまい切り返しとか考えなくていい)

そんな自分用のノウハウが少し増えた。

今も死にたいと思うことはフツーにあるけれども、まあ体が死なないうちは生きていようかな、とも思う。

2018-01-15

anond:20180115135831

横田だけどそれを嬉しそうだと思うのは歪みすぎ

精神科行け

2018-01-14

もしかしてさ、

企業の人事が、社員を追い出すために精神科を利用してるケースってあるのかな。。

社内のトラブルなんて人間関係殆どだろうに。

精神科ってのは、患者自分意志治療をしに来る医療機関なんだよ。

精神科社内人事の道具にするなよ。

というか、産業医とかで悪どいことしてるやつらが居るんだろうなー

みんな、そういう状況になったら正規病院正式手続きから診察してもらえよー!

anond:20180114010624

精神科っていうのは、健康人間が病名の判定をもらいに行く場所じゃないんだよ。

何か日常生活に悩みや支障を抱えてる人が、専門医から対処法や治療法を教えてもらう場

からそもそも行く目的を間違えている。

分かりやすく書くと、

普段、○○って感じで困ってるのですが」→ 「うつ病っぽい症状ですね、検査してみましょうか」

というやりとりはあっても、

検査の結果、お前はうつ病!」→「いや違う!」

みたいなやり取りは無い

精神科うつ病と診断されたが

やな感じの医者だったから、バックれて別の病院行ったら

うつ病じゃないと言われた

一体全体どうなってるんだ

うつ病ってそんなあいまいなもんなんか

ちょっとした伝え方次第で、診断がおりたりおりなかったりすもん学問として成り立ってるのがおかしいだろ

俺はうつなんか

うつじゃないんか

教えてくれ

2018-01-13

anond:20180113225626

他のやつは知らんが、

俺は精神科観点に基づいてるぞー

ただ、本当にアスペルガーかどうかは、

親の話とか幼少期の成績表とか参考にしないと分からんけどね。

希死念慮

小さい頃から希死念慮ぼんやりとした死んで楽になりたいという気持ち)がある。

小学1年の時に、祖父母が買ってきた問題集をやらされたのが嫌だったらしい。勉強机だった古い木製の机に鉛筆で死んでやるとか死にたいとか書いていた。

人に見つからないように書いていたつもりだが、バレていたようだ。祖父母が亡くなった後に父から聞かされた。

小学校高学年で火の鳥を読んで、それから生と死についていっそう考えるようになった。

中学の頃は成績の事でよく怒られてて、2階のベランダの壁の上に座りながら、ここから落ちて死んでもいいのかなと思って月を眺めていた。

今思うと、道路から行人に見られていたら通報されていたかもしれない。

中学3年の時に車輪の下を読んだ。父は悲しい話だと言っていたが、自分主人公は楽に慣れて少しうらやましいなと思った。

高校文化祭体育祭修学旅行にはあまりいい思い出がなく、この頃から自分人とは少し違うことを感じていた。

いつだったか、両親にせっかく産んであげたのにと言われたことがあったけど、産んでくれないほうがよかったのにと思った。口には出さなかったけど。

高校3年で受験勉強がうまく行かない時があって、3階の教室の窓から下を覗いて、ここから落ちて死んだら楽になるのかなと思っていたら、クラスのあまり喋ったことのない人に飛び降りるとか考えるなよと言われた。

大学では体育会系部活に入ってしまったが、あまり馴染めずにいた。

退部する勇気がないでいたら、周りが次々に辞めて逆に辞めづらくなってしまい、結局最後までズルズルといた。

ストレスはあったけど、Winnyダウンロードした完全自殺マニュアル自殺のコストを読んで心を落ち着かせていた。

大学院では修士2年からまったく研究をするモチベーションがなくなってしまって、トラックにでも跳ねられて死んで、今まで学費を払ってくれた両親に賠償金が入ればいいのになと妄想していた。

実際に手首を切ったとこはないけど、刃物を手首にあてながら、切ったら傷跡が残るの嫌だなと思っていた。

社会人になってからは、残業はそれ程厳しくなかったが、家に帰ると体が動かなくなってベッドの上で固まっていた。

同期や職場の人とのコミュニケーションに気疲れしてしまい、特に飲み会の次の日には無性に死にたくなることが多かった。

今では会社人とはプライベートでは極力会わないように気をつけている。

数年前に父が躁うつ病になって、自殺未遂をした。

幸いにも後遺症はなく、病気も今では回復している。

自分はだったら失敗せずに上手くやったんだろうなと思っている。

ただ、死ぬことについてはまだ何となく恐怖もあって、精神科のお世話にもならずにぼんやりとした日々を過ごしている。

2018-01-10

恋愛結婚なんとかオロギー

まれときから結婚たかったので子供のころはわずかなお小遣いを貯めてはゼクシィを買って積み木にして遊んでいたら親に見つかり精神科へと連れていかれ、そこの医者が言うには「彼には数学の才能がありますね、将来は数学のできる子になりますよ」 俺は数学がしたいんじゃなくて結婚がしたいんじゃと思ったが仕方がないので何も言わなかった。この時幼稚園のころから仲良くしている幼馴染の女の子がいたので将来はいい感じのタイミングでその子結婚するものだとなんとなく思っていたが小学校入学してだいぶたった頃どうやら俺はその子パシリに使われているだけなのではないかという疑念が生じてきた。結婚願望を持て余すと誰かに騙されやすいのはたぶん真実である。そうしてその女の子とも疎遠になり、なんやかんやで中学校入学した。幼稚園からの幼馴染には男もいたのだがこれがまた変わった子で幼稚園の頃には彼女ができて小学校に上がるころには林間学校行きのバスディープキスをしていた。彼に「お前は彼女を作らないのか」と言われたがよく考えたら結婚願望はあったもの彼女というものがよく分からないので「中学に上がったら作る」と返しておいて中学生になってしまたことに気づいたのでとりあえず彼女を作ることにしたが、仲良くなった女の子告白したらその後三年間会うたびに罵倒されたので完全に無になってしまった。のちにある女性から「その子あなたのことが好きだったけど素直になれなかったんじゃないの?」と言われたが当時はそういう非言語コミュニケーションが厳しかったのでどのみちそのまま女性と会話するのが苦手になったまま高3になってしまった。周囲からいい大学に行けば女なんて選び放題やで」と言われたのでそのまま東大を受けることにしたのだが、よく考えたら女性と会話するのが苦手だと出会いがあっても生かせないのではということにふと気がついて、ある同級生の男から紹介されたナンパテクみたいなのをネットで見始めた。しかしここで非常に重要なのはネットに転がっているナンパテク恋愛なんとか学を含む)というのは「野郎セックスをする」ことに最適化されているということだ。俺は結婚がしたいのであってセックスはそんなにしたいとは思わん。そういうあたりを無視した結果としては女性と会話できるようにはなったが数人の女性と気まずくなってさらに追い詰められたのと、後人間関係ばかりやって勉強をおろそかにして大学入試に失敗したので浪人した。まぁ東大には結局は入れたのだが東大というのはクラスだとかコースだとかで人間を40人前後に分けたがるらしく、かつ理系というのは本当にヤバくて当のクラスコースには野郎が40人近くいるところに女子が二人しかいない。女子二人と会話してこの二人とは結婚はしないなと思ったところでほかのクラスコースにいる女子がどこで何をしているのか全く分からない。ここにきて「いい大学に行けば女を選び放題」という前提自体マジで嘘というのが頭の固い東大生である私にも否応なく理解できた。東大では最初一年半を駒場キャンパスという渋谷近くの場所で過ごし、二年生9月からの残り二年半をいわゆる本郷キャンパスで過ごすのだが、よりによって入ったサークルでは趣味よりむしろ権力闘争を仕掛けられまくり東大生ってなんであんなにお山の大将になりたがるの?)、そしてセックスするためのナンパテク結婚するためのナンパテクにすることはとうとうできなかった。あとストレス抑うつ傾向とおそらくADHD精神科ではアスペルガーの診断は下りていたがADHDは出ていなかったので確証はない)で2度留年した。そうして9月からようやく本郷キャンパスに通い始めて、本郷キャンパスにいる女子はたいてい誰かと付き合っているということに気づいたのが一昨日(遅くないか?という批判は甘んじて受け入れよう。だが自分に都合の悪い事実をすぐに受け入れられるほど、人は強い生き物かね?)。

大学二年生23彼女いない歴is年齢というのは字面にすると相当ヤバい今日は朝から院は京大にしたら環境が変わっていいのかな、だとか狂った思考が身をもたげてきたので思考を整理するために書いている。しかし書くことでだいぶ正気に戻ってきた。もしこれを読んでいる婚活中の人間がいれば、「幸せ結婚必要なのはおそらくリズムと縁だ」と共有しておこう。対人関係自分相手リズムに合わせ、相手自分リズムに合わせるイメージ形成し、そうやって形成した対人関係を縁として新たな対人関係を広げていけば、素敵な出会いに恵まれる日が来るかもしれない。恵まれなかったらごめん。今後しばらくはそれを試す日々になると思われる。

追記:高学歴で部屋が汚くて友達ほとんどいない女性と知り合う方法があれば教えてください。昔からそういう女性シンパシーを感じるので。

2018-01-09

anond:20180108170000

うん、自分と似てる。

2018-01-08

空っぽな私の半生を記す

小学生

バスケミニバス)をやっていました。

小さい頃から根暗で引っ込み思案。バスケというチームスポーツでは迷惑存在でした。

ある日、監督メンバー全員の前で、「お前チームで浮いてるぞ。」と苦笑いしながら言われました。

自分普通にしてるつもりなのに、みんなと仲を深められない。どうすれば浮かなくなるのかわかりませんでした。

元々私にとっては居心地の悪いクラブでしたが、監督一言があってからは、練習が終わったあとの後片付けの時間に、いつも倉庫に隠れて泣くようになりました。

辞めたかったのですが親に「辞めたい」と言う勇気すらなく、卒業しました。


中学生

ブスと言われ、クラスでいじられるようになりました。

私の行動や発言クラス中が逐一ネタにする、という、よくあるやつです。

幸い完全に孤立してはいなかったので、なんとかやっていけました。

私とよく一緒にいてくれたグループは、いわゆるオタグループなのですが、私はアニメ漫画ほとんど見ない人間でした。

グループ流行ってるアニメを見たりして、最低限の知識は抑えていましたが、オタク話題にはその程度の知識では通用しません。しかほとんどが腐女子だったのでもうちんぷんかんぷんでした。

ですので、話はすれど友達にもなりきれず、孤立を恐れた私は金魚のフンのようにグループにくっついて回りました。

部活は、経験のあるバスケをやりたかったのですが、小学校での苦い経験と、バスケ部メンバーが軒並みスクールカースト上位のいじめっこだらけだったので入りませんでした。

進学は、そこそこの進学校に行きたかったのですが、自宅から距離があったのでやめました。

こうやって、やりたいことをすぐ諦める人間でした。


高校生

いわゆる自称進学校入学しました。

友達がとうとう1人もできなくなり、完全に孤立しました。

この頃から、なぜか、本気で死にたいと思うようになりました。

1年生の後期くらいか学校を少しずつサボるようになり、2年になった頃には不登校になりました。

何もかもどうでもよくなり、自殺のことしか考えられない。1年生の頃はトップだった成績も、最下位レベルに落ちました。

担任心療内科受診を勧められ、鬱と社交不安障害と診断されました。数年通いましたが全くよくなりませんでした。自殺を図りましたか未遂に終わりました。

出席日数が足りず進学できなくなったため、通信制高校に転学して卒業しました。

昔は大学に行きたかったけど、この頃はもうすっかり頭が悪くなり、これまでの経験から学校生活でうまくやっていける気もしなかったので、大学進学は考えられませんでした。

高校卒業から現在

メンタル調子が悪いままだったので、社員として働けそうにないと思い、実家寄生しながら短時間バイトを始めました。バイト先でも浮いていました。

2年ほどバイト生活をして、「いい加減就職しないと」と思い就職活動を始めた矢先、精神科入院することになりました。閉鎖病棟で数ヶ月過ごしました。

そして先日退院しました。

特に良くなってはいません。

治らないのは、病気でもなんでもなく、ただの甘えでこうなっているからだと気付きました。

こうして振り返ってみると、私の人生に不幸なんて何一つありませんでした。家族もいたし周りも優しい人ばかりでした。全部自分の甘えや選択が招いた結果です。

周りの人は、「私はこれを頑張った」「努力した」と言い切っていて、心底尊敬します。

私は頑張ったことや苦労したことがありません。何もない半生になってしまいました。

私より怠惰な人はあまりいないと思いますが、もしいたら、福本伸行の熱いぜ辺ちゃんでも読んで頑張ってください。


死にたい

2018-01-07

anond:20180105224147

遅ればせながらあけましておめでとうございます

 

振り返れば成績が良いため医者になったようなアラフォー世代勤務医です。

特に親が医療関係者というわけでなく、医学部に入らされたというわけではありません。

もともと他大学理学部にいましたが、人生挫折して医学部に入り直しました。

学生時代バイト三昧でろくに勉強していないので偉そうなことは言えませんが、働いてからスタッフ患者さんからの評判はそこそこよいように思います。お世辞を真に受けているだけかもしれませんが。

 

医学は決して一本道なわけではありません。

イメージしているよりも働いてから世界は広いと思います

外科に向いてないと思えば内科もあるし、その逆の場合もあります

自分マイナー科(内科外科以外の科)ですが、この中でも向き不向きは様々です。例えば、精神科眼科とでは求められるスキルは全く違いますよね。

人とのコミュニケーションが苦手であれば、病理や基礎研究という道もあります

また、大部分はそのまま医師になりますが、同期の中には出版社製薬会社に入ったり、官僚議員になったものもいます

 

指導をしていると、性格コミュニケーション能力的にちょっと厳しいかな…という研修医も時々お会いします。

でも数年後に出会ってみると意外と適応していたり、自分にあっている道を見つけていたりするんですよね。

成績がよいだけで医師に向いていないと思われている同級生も、働いてみると意外に向いている面もあるかもしれません。

学生とき勉強重要かもしれませんが、むしろ働いてからの方が大事だと考えています自分学生時代勉強をサボっていたためかもしれません)。

日々新しい薬や治療法が開発されており、知識アップデートしていない医師は、患者さんにとってはむしろ害となることもあります

勉強努力が苦にならない人であればこのあたりは有利なのではないでしょうか。

同級生にも色んな人がいると思いますが、未来のことはもう少し気楽に考えて良いんじゃないかなとおじさんは思います

 

医学楽しいですよ。

自分知識患者さんに還元できて喜ばれるのはとてもやりがいがあります

私はもし生まれ変わったら、ビットコインを買っておきたい。

2018-01-06

精神科病棟身体拘束された話

せっかくの経験から、伝えようと思う。

2年くらい前まで入退院を繰り返してた。

中高生時代にも子供精神科に通ってたけど、高校卒業を期に、いったん精神科卒業した。

けど大学生活のストレスで再発した。

私がお世話になった病院精神医療専門病院で、なおかつ建物が新しくなって間もなかったのは、とっても幸運

鉄格子なんてなかったし、建物ボロボロや不潔でもなかった。

大学一人暮らしをしてたある日、何故か包丁を持って外にでようとしてた。やばいと思って近所のメンタルクリニックに行ったら即病院に紹介されて、受診したその日に入院が決まった。

はじめは保護室という部屋に入れられた。

窓はなくて、トイレとベッドだけがある、施錠された個室。分厚い鉄扉についた小さなから、1時間に1回看護師さんが様子を見にきた。

部屋が真っ白で、ベッドに寝転んで天井を見上げるしかすることなかったから、いまでも白い蛍光灯は苦手。

何も持ち込めず誰とも話せず、孤独で辛かった気がする。

数日様子を観察されて、解放された。

4人部屋に移った。

入院の際にコード類や携帯没収されてるので、音楽も聴けなかった。外部を遮断できるツールが使えないこれが一番辛かった。みんな顔死んでるけど。

病棟内でも保護室エリア一般エリアは区切られてて、一般エリアは以外と静かだった。騒いだり奇声を発する患者保護室に入れられてるから

ご飯は食堂で一斉に食べた。毎回暗黙の席取り合戦がある。勝つために時間がきたら早く座ってた。

どれだけ食べたかももちろんチェックされた。

主治医許可がでて看護師さんに言えば、1日に1回だけ売店に連れていってくれた。何買ったかはもちろんチェック。甘いもの好きだけど、買いすぎると怒られた。部屋に持ち帰ってこっそり食べたりした。

辛かったのは看護学生が実習で来てたとき

私と同い年くらいなのに立派だな、と思ったし劣等感爆発した。大学に行ってたはずなのにどうして今こんなところにいるんだろうって。病室の窓から大学が見えるのが、余計に悲しかった。

入院生活は暇すぎた。

テレビ見るか、作業療法行くか、塗り絵するかくらいしかなかった。

病棟に同年代なんていなかった。

それでも主治医毎日顔を出してくれて嬉しかったのは覚えてる。

一度、持っていたタオルで首を締めることがあった。一応看護師さんに軽く報告してタオルは預かってもらった。

そしたら当直の医師に伝わってしまって、保護室連行され身体拘束された。

両手首・両足首・胴体の5箇所をベルトでベッドに固定され、ピクリとも動けなかった。

おまけに血栓防止ストッキングなるものを履かされ、めちゃくちゃ痒かった。

ぴっちぴちのメディキュットもどき

痒くても掻けない。

トイレ自由にいけない。

天井蛍光灯時計しか見るものがない。

拷問のようだった。時間が経つのが遅すぎて気が狂うかと思った。

私はまだ、見回りのタイミングベルト外してもらってトイレできたが、最悪オムツらしい。女子尊厳は守られた。

食事は胴体と手首のベルトが外され、ベッドの上で監視されて食べた。

翌日に主治医が来てくれて、もうしないことを約束して、その翌日に解放された。

あれは自分にとって紛うことな拷問だ。罰則だ。約束を守るように頑張った。

最初に入った病棟は楽しかったよ、割と。

症状の軽い人たちがいる病棟だったから、会話が楽しかった。気のいい兄ちゃんもいたし、優しい兄ちゃんもいた。

でもそれ以外の病棟は、みんな症状重くてそれどころじゃなかったなぁ。

私も病状が悪化して、ますます壊れてたし。身体拘束はこのころね。

なんだろ、そんな感じ。

まだネタはあるけど、区切るわ。

今は元気にOLしてます

んじゃ。

精神科病棟入院した話

はじめて使うので、おかしいところが多々あるかと思うが勘弁してほしい。

私は14~22歳の約9年間くらい精神科にお世話になった。その間に何度も精神科入院する経験をしたので、ここに書くことで成仏させたい。

家は小金持ちで、中学から私立だった。中学3年のある日、左半身が突如として麻痺しだした。色んな病院検査たらい回しにされ、最終的に児童青年精神科に行き着いたのが精神科との長い付き合いの始まり

そのときの病名は「適応障害」。

だんだん不登校になり、家にこもりだした。主治医が好きだったか病院には通った。そんである日「家から離れようか」と入院が決まった。

病棟ナースステーションを中心に左右に別れてた。左は小学生以下幼児まで。右は中学生から高校生かな。もちろんそれぞれの入口に鍵がかかってた。

総合病院だったかキレイだし、小児病棟みたいに明るい病棟だった。

携帯は持ち込み禁止

 (ずっとゲームするか音楽聴いてた)

食べ物も持ち込み禁止

 (拒食症の子かいから)

・親とは専用の面会室で話す

おやつは3時のみ

 (甘くないお菓子の時は悲しかった)

主治医許可がないと外出禁止

 (許可されても看護師同伴)

そんな感じの入院生活だった。看護師さんは優しかった。たまに左ゾーンの子達と一緒にレクもあった。めっちゃ暇だったけど、いま思えば入院生活はこんなもんだ。

そんな生活を1ヶ月ほど。それを高校卒業までに2回経験した。

いから切る。

たぶん続くと思う。

2018-01-05

anond:20180105215226

こいつは、精神科でのアスペルガー症候群診断用の知能テストストーリー組み立てと読解の項目が存在しないことを主張している。

俺は、アスペルガー症候群の診断にはそこら辺は必須項目だから必ず存在するし、精神科で実際に体験してみることをお薦めしたのだが、

こいつは増田民アンケート調査を始めた。

そんな展開

anond:20180105215053

お前精神科舐めてんの?

お前の顔見てこいつアスペだなー、

アスペ検査受けさせよう

なんて展開にはならないよ?

anond:20180105210531

ん?

精神科で実際に測定してもらったら分かると思うけど、ストーリーを組み立てたり読解する測定がちゃんと組み込まれてるんだよ。

から、本当にアスペルガー症候群ならストーリーの読解は難しいよ。

前にも書いたけど、誤解しないで欲しいのは相対的に周りの人よりストーリーを読み取るのが苦手だからといって、即ちアスペルガーって訳じゃないことね。

運動神経悪い人と身体障害は別物でしょ?

身内に毒な家族を持ってしまった人へのライフハック 追記あり

わが実家でこの問題を抱え始めて早4年、まだまだ解決には程遠いですが去年末からようやく前へ進み始めてすこし希望が見え始めた増田おっさんです。

2017年にみた精神疾患抱えたお母さまを精神病院措置入院まで持ちこめた増田さんみたく、うちも解決してからこれまでの経緯を書こうと思ってたんですが、正直まだまだ解決までの道は遠いです。あと同じような問題を抱えている人に少しでも助けになればと思って俺なりの「毒家族対処法」をリストアップしたいと思います。なにぜ俺やほかの家族がこの問題に直面してネットでいろいろ検索しても、見つかったのは2ちゃんまとめサイト煽りエントリとか、明らかに非合法ひきこもり公正団体とか怪しげなアフェリエイトサイトかばっかで、まともな情報全然見つからないのです。(ググってもカス!)

ある増田ケーススタディ

大まかにうちのケースを紹介しましょうかね。俺はすでに結婚してよそで家庭もっている身なんですが、7,8年ほど前に借家住まいの両親のところに離婚して子供一人のシングルファザーしてた弟が合流、最初の3年ほどはみんなで助け合ってうまくやってたんですが、4年ほど前に弟が突然仕事をやめて自分事業を始めたのが終わりの始まり。彼の事業は1年もたたずに資金も底をつきて逆に借金地獄となり、しまいには自分の子供の世話や生活ほとんど親に丸投げ状態のうえ、いつの間にか自分境遇を親の責任だといい始めてまともな仕事もせずに高齢の親を働かせ金や車を巻き上げて好き勝手しているという状態です。家族の俺らからみても明らかに精神を病んでいるか精神科に診察してほしいのに本人の同意なんてもちろん得られるに何もできずに今に至ってます。ただあまりうちの個別のケースを持ち出すと「追い出せばいいじゃん」とか「児童福祉課に通報しろ」とか「精神病院つれてけ」とかそんな既にやってるし簡単に出来たら苦労せんわ!っていうクソリプが続くと思いますし、他の困っているご家族にも適応できる話から逸脱してくるのでこれくらいにしておきます

可能なら」まず逃げる!

まず最初に言いたいは、もし可能であればその毒な人間から一刻も早く逃げることです。ただこれはあくまで「可能であれば」です。よく長年家族間DV被害にあってたりブラック企業に勤めて精神を病んでしまった人に「なんでさっさと逃げないの?」「そんな会社やめちゃえよ」と言ってくる人がいます。そういう方に言いたいのは、そういった理不尽な暴力や状態から「逃げる」という選択をするにはある程度人間が強くないとできないのです。具体的には逃げるための経済的余裕、安定した仕事、頼れる家族や友達、そして健全な決断力。これらがないと「逃げる」という選択はできません。大抵の人たちはその絶望的な現実を前に「逃げる」という気力すらへし折られているのです。

家庭内でため込まず第3者に助けを求める。

上記のようにもし逃げたくても逃げれない状態でこのように家庭内DVで苦しんでいる場合、なるべく早い段階で同居している家族以外の信用できる親戚や公的な第3者に助けを求めてください。過去には普通に暮らしていた家族の一員だと、その人の変わりようが一時的わがままなのか、それとも完全に基地の外にいってしまった無敵の人なのかの判断は常に難しいです。一緒に住んでいるとじわじわと心を蝕まれてなかなか実感がわかないでしょうが、ほんの1,2日でもその対象から離れて生活した際にとてつもないストレス解放感を感じたら、あきらかにその人は一緒に住んではいけない人です。雑談愚痴話でもいいので誰か信用できる人に相談しましょう。俺のように同居してない遠くにすむ家族の一員でもいいですし、もっとおすすめなのは近隣の役所にいって公的サービスまたは地域見守り型のNPOを探してかたっぱしか相談しましょう。結局俺も遠く離れているとなかなか対処できないので、親が住んでいる地区高齢者見守りNPOを探してそこのソーシャルワーカー連携して対応してます。とにかく同じ家族内だと常に毒家族に振り回されて冷静な判断力だんだんと落ちてきます。だから定期的に家族とは関係ない第3者に連絡して、自分たちがおかれた状況について冷静な視点をもてる人を味方につけておきましょう。

公的サービス限界認識せよ

さて先に「公的サービスに頼れ!」といったそばから絶望させますが、残念ながらこれらの団体相談しても現在あなたが抱えている家族問題解決することは極めて難しいことを覚悟してください。その毒な家族包丁をもって暴れるとか殴り掛かってくるとか直接的な危険があったらある意味簡単なのですが、大抵のケースはもっと日常じわじわとした言葉精神の暴力でほかの家族の気力を削り取っていきます。これらの事例はグレーゾーンであり直接的な被害でないかぎり警察通報しても警告されるだけで終わりです。(ちなみに俺は警察相談した際、弟の薬物依存可能性も指摘しましたが、具体的な証拠がないと調査できないといわれました)おそらくやっとの思いで見つけたNPO団体相談しても、聞く人によってはただの家庭内喧嘩しか取り合ってくれないこともあるでしょう。うちも弟が狂ったように暴れて両親や甥っ子(弟の子供)が泣きながら電話してきたときに何度も警察を呼びましたが、家に警察がつくと弟はきゅうに大人しくなり、警察も警告を与えるだけで帰っていくというケースを何度も経験しました。一応かれらNPOや役所の人たちの立場からすると、彼らも明確な証拠がないかぎり、具体的な対処はできないのです。我々にとっては完全に毒な人だちでも、公的にはみな基本的人権ってのがあるのです。それを無視してして「自称被害者の話だけを重視して行動すると一昔前の座敷牢痴漢冤罪事件のようなことが起こりえるわけです。我々としては納得いかない点もありますが、ある意味でこれもちゃんと法律ベースにした市民社会機能している弊害だと割り切らざるをえません。

大事なのは「あきらめずに助けを求め続けること」

大事なのは、それでも何度もあきらめずに公的サービスに助けを求め続けることです。うちのケースでは、これまで様々な児童福祉課、高齢者見守りNPOや役所サービス経由で10人以上のソーシャルワーカー相談しましたが、うちのケースに真剣に向かい合ってくれる方に出会うまでに3年以上かかりました。5人目のソーシャルワーカーでようやく電子メールでの連絡を受け付けてくれる方と出会い、日々の家庭内でのトラブルを詳細に説明できるようになりました。そして過去に行ってきた役所警察への通報記録は、後々裁判沙汰にまで発展したとき重要証拠記録として残ります暴力事件などわかりやすい事例がないので、こういった第3者への通報記録は後々強い武器になってくるのです。ただ警察通報するには、家族内でつねにコミュニケーションをとっておく必要があります特に思春期の子供がいる家庭では「警察通報」は子供にとって大きなストレスですし、また警察を呼んでも事態ほとんど解決しない現実への絶望半端ないです。実際俺も甥っ子に「もう警察よんでも無駄からやめてほしい」「同級生にうちのことがばれちゃう」と泣きつかれて、それ以降は警察通報できませんでした。

安易に金を使っても事態悪化させるだけ

続いて「金は極力使うな!」と頭に叩き込んでください。このような毒家族に蝕まれた家庭では遅かれ早かれ生活費が回らなくなってくるので金が足りなくなってきます。それこそ俺のように離れて暮らす家族に金の工面をしてくることもあるでしょう。ただここで安易お金をだしても、事態解決に何も進展しません。むしろあなた金銭ヘルプをすることで生活自転車操業でも継続可能になると、根本問題がどんどん先送りになるだけです。あなた金銭ヘルプをしている間は生活が回る状態になると逆にあなた貯金が底を尽きるまで何も解決しません。あなた自分以外の誰か信用できる友人に相談して、冷静な意見を聞いて金の無駄使いは極力減らしましょう。個人的には「毒実家生活が回らなくなり引っ越しせざるを得ない状態」になったら引っ越し費用くらいを助けるのはアリだと思います。また毒家族に苦しむほかの家族を定期的に外食に誘ったりして短期間でもリフレッシュさせるのもいいと思います

毒な家族あらたな毒を回りにまき散らかす

たこ問題がやっかいなのは毒な家族本人の問題が一向に解決しない状態が続くと、その周りにいるほかの家族関係もどんどんギスギスして喧嘩が絶えなくなる点です。うちの実家の例をいいますと、「無敵の人状態の弟と彼の息子の生活費を稼ぐために70歳を超えたうちの父は今もタクシーコンビニバイトなどで週に6,7日働いています。たしかに大変で感謝してもしきれないのですが、その結果残された母がその弟と直接向き合う状態になります。逃げる機会が限られている母は次第に「お父さんは自分だけ仕事に逃げて、私に次男問題押し付けてる!」と恨みつらみをいうようになり、また弟の息子も断端と彼の父親をまねておばあちゃん(俺の母)への対応乱暴になって喧嘩ばっかになってます。本当に負のスパイラル状態になりますので、これも定期的に同居してない家族や第3者が入って落ち着かせてください。

家族問題は長期戦。合わないソーシャルワーカーはすぐにチェンジ

これまで何度も書いてきましたが、毒家族問題について早急な解決法は極めて稀です。結婚した配偶者からのDVだったら離婚すればある程度は逃れられますが(それでも逃げ切るのが難しいのは承知です)、血を分けた親族間のトラブルは縁を断ち切るのが非常に困難でとにかく時間がかかります。ただうちのケースでいえば、去年末から担当してくれてる児童福祉課のソーシャルワーカー(3人目)がようやくうちのケースを深刻に受け取ってくれて、現在甥っ子の親権を弟から俺の両親に移す手続きを進めてます。これまでの通報記録や弟が大量に滞納してる交通違反切符、そしてソーシャルワーカーが何度も弟との面談希望しても、弟がそれを拒否&逃走しつづけるのが決め手になりました。

家族問題に明快な解決法なんてない。常にケースバイケース

うちは甥っ子の将来があるので、できるだけ毒な弟をほかの家族から遠ざける方法を探しています。ただもしうちの弟ほど酷くなくて自室で大人しくゲームしてくれるだけの人畜無害な存在だったら、経済力の余裕があるうちは現状維持放置でもいいんじゃないんですかね。実際いろんなとこに相談して、そういったご家族のケースを何度も耳にしました。俺としてはその家族が長年さんざん悩み続けてるのは想像にたやすいので、その結果の決断として現状維持選択されてるなら、もうそれは尊重するしかないですよね。ただ俺はもうこういったダメ人間には非常に冷淡な人間になってしまったので、彼らの親が他界してから人生なんてホームレスにでもなればいいというスタンスなのでそこらへんの心情は忖度してください。

とにかくうちらみたいな困った家族って日本中にけっこうな数いると思ってるんですが、ネットいくら検索しても具体的な対策法がなかなか見つからないんです。だからせめてうちのケースでよければ少しは参考になるかと思って書き起こしてみました。

思えばうちの弟や毒になってしまった人たちも哀れな人だとは思うんです。おそらくいろんな問題が折り重なって社会や家庭で居場所を失って、本当は助けを求めているのにそれすら素直に言えなくて家族に甘えて乱暴に接することでしかコミュニケーションが取れなくなっているんでしょう。頭ではわかっているんですが、それでもやられてる側はたまったもんじゃありません。「本当は助けを求めているんだな」って思いながら、なすがままに殴られレイプされ続けるのを耐えられる人はいません。絶対にそこから逃げなければならないし、逃げれないならその毒な対象排除するなりで強引に沈静化させるしかないんです。このどうでもいいライフハックネタとして楽しめる人はきっとこういう問題に無縁な幸せな人なので素直にうらやましいです。何かの間違いでこういう事態に巻き込まれないように自身幸運感謝しつつ神様に祈っててください。

追記

id:novak777 “合わないソーシャルワーカーはすぐにチェンジ”これは広く知られてほしい。

これ正確には自分たち意思で違う方に変えてもらったというより、各施設ソーシャルワーカー多忙なため一度「そこまでの緊急性はない」と判断されると数週間たらずでその案件は終了になってしまうんです。そこでめげずに違う案件で児童福祉課や老人虐待などで通報して、違うソーシャルワーカーに来てもらってとを繰り返した結果が今です。

id:kpkpkpchang "家に警察がつくと弟はきゅうに大人しくなり、警察も警告を与えるだけで帰っていく"こういう時に、レコーダーでの音声や、動画を撮っておくことがどの程度有効なのか知りたい。

音声や動画を撮っておくはとても有効です。ソーシャルワーカーにも可能なら音声や動画の記録をすすめられました。ただこれも思ったほど簡単じゃないです。うちの場合は機械に詳しい父がほぼ毎日仕事に出かけているので機械オンチの母にはなかなかセッティングできない。また母は弟が逆上すると泣いてパニックになるほど怯えている状態です。何度か小型の録音機を渡していざという時にポケットに忍ばせて録音ボタンを押すようにとお願いしたのですが、目の前に弟がいると恐怖でそういった行動がとれませんでした。また隠しカメラマイクなどで録音するのも悪くないですが、後々膨大の音声データからこまめに問題個所のチェック&編集するのはなかなかの手間です。

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