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2018-04-19

海外在住独身女が一人で海外中絶をした話

はじめに

人生で初めて中絶を、しか海外(先進国です)で経験してきたのでその一部始終等を書こうと思います

衝動的に書き始めてしまった上に、初めての投稿で思ったより長く、読みにくくなってしましました、すみません

他に同じような内容をポストされてる方がいるかわかりませんが、似たような境遇の人たちの参考にでもなればいいし、そうでない人たちにも暇つぶしにでも読んでもらえれば嬉しいです。

妊娠発覚まで

彼氏とのセックス避妊に失敗した(避妊具が外れた)。

やばいと思ったので12時間以内にスーパー薬局で緊急避妊薬を購入

(私がいる国では薬局処方箋なしで緊急避妊薬が買えます。値段は4000円ほど。)

3週間経っても生理がこないので妊娠検査薬で検査したら妊娠発覚...

確率は諸説あります避妊失敗から12時間以内の緊急避妊薬の服用で90%以上の確率避妊できるのはたしかっぽいのにどうしてこんなことに...

中絶する?しない?

妊娠発覚してから一般的にみなさんどれだけ悩まれるかわからないですが、私の場合はほぼその場で「中絶しよう」と決心していました。

理由としては3点:

1)彼氏結婚するつもりがない

2)経済的余裕がない

3)そもそもそんなに子供が欲しくない

じゃあ普段から低容量ピル飲んどけよって話なんですが、そこについては反省しました。

後でも触れます中絶してからは低用量ピルを飲んでいます

中絶しよう!予約方法は?費用は?

中絶しようと決心した私、早速病院を探します。

地名 abortion clinic」みたいな感じでググる自治体Webページが出て来ました。

基本的中絶自治体承認した少数の病院しか行われません。

今回私が選んだ病院中絶避妊専門の病院で、その病院ではほぼ朝から夕方まで営業時間の間ずっと中絶行為が行われていました。

予約方法基本的ウェブ電話になります

私の選んだ病院はどちらか好きな方を選べて、私は電話が苦手なのでウェブで申し込みました。

最後生理からどれくらい経ってるかとか、持病の有無とか、自治体健康保険に加入してるか否か、みたいな質問が続く問診票を埋めたら仮予約完了です。

病院から連絡が来たのは2日後でした。

病院からメールは、プライバシー保護観点からメール自体にはほぼ何も書いてなくて、ウェブ上のメールサービスへの招待と、そちらでやり取りをしようという内容でした。

こうすることによって中絶情報を、特に職場メールを見る人たちが多いので、他人に見られる可能性が減るのだそう。

費用無料でした。中絶手術そのものに加えて、手術前のカウンセリング、手術後に始めた低容量ピル無料でした。全部自治体健康保険カバーされるらしい。

ちなみに、保険未加入でも日本円で50000円弱と日本に比べてかなり安いみたいです。

中絶手術当日の話

いよいよ中絶手術当日がやって来ました。

予約はお昼でしたが、朝から何も食べるなとの指示があったのでお水を飲んで凌ぎました。

病院に着くと、玄関のドアに鍵がかかっていてインターホンが。押してみると看護師さんが応対してくれて、名前と予約時間を告げるとドアのオートロックを開けてくれました。

びっくりしたんですが、このドア、なんと二重扉になっていました。

1枚目のドアを入ると受付から入った人が見えるように透明な小部屋のようになっている短い通路があって、そこの奥に2枚目の扉があります

看護師さんは怪しい人間がいないことを確認して2枚目のドアを開けるそうです(付き添い禁止病院だったので付き添いを入らせないためでもあるっぽいです)。

受付をすませると緑のガムテープを2切れ渡され、スマートフォンのインカメと外カメを覆うようにはりつけろと指示をされました。ここでもプライバシー保護が重きが置かれていました。

待合室はシンプルです。ソファが並んでいて、ウォーターサーバーがあって。

一つ特殊な点があるとすればサイドテーブルに山盛り避妊具が置かれていて、好きなだけ持っていけるようでした。

15分ほど待つとカウンセラーさんに呼ばれてカウンセリングです。

ここでは手術の具体的な工程説明をされ、その上で中絶をすることに対して罪悪感があるか、どのように罪悪感に対処しているか、など精神科っぽいカウンセリングを受けます

また低用量ピル説明もされ、服用を勧められました。

このカウンセリングで、日本との中絶に対する姿勢の差を強く感じたのは、そのカウンセラーさんが言ってくれた「あなたはきちんと自分のやったことに対して責任を持っているわ」という言葉でした。

こちらの国では中絶も一つの選択肢である、と認められていると感じます

もちろん中絶に反対する活動家の方はいらっしゃるようですが、少なくとも医療関係者患者説教したり、否定的言葉をかけたりすることはありませんでした。

中絶は善でも悪でもなく、医療行為の一つである」という共通認識がしっかりあって、個人選択尊重される風潮がある。

これで随分精神的に楽になりました。

カウンセリングの後はいよいよ手術です。

トイレで下着を脱いで、妊娠確認するための尿検査をした後、病院で渡された巻きスカートのようなものに履き替えます

妊娠確認が取れると、抗生物質と強めの痛み止め・吐き気どめを処方されるので飲んで、薬が効き始めるまで待ちます

30分ほどカーテンで囲われた大きな一人用ソファリラックスしたあと、いよいよ手術室に呼ばれました。

まずは看護師さんが採血をしてくれます。これは梅毒HIV感染の有無を調べるもので、強制ではありません。その後麻酔兼気分がふわっとする薬を注射してくれます

そして先生がやってくると、まずは超音波で再度妊娠の有無を調べます

潤滑剤ベタベタ避妊具をかぶされた直径3cmくらいの器具を挿入されて、具体的にどの位置胎児いるか確認します。

確認が終わるとついに中絶です。

方法としては、吸引法と呼ばれる方法が用いられました。

薬で多少気分がぼけっとしていたので記憶が怪しいのですが、子宮口を器具で広げられ、クラミジア淋病検査(こちらは必須でした)のために細胞?を採取されたあと、吸引機を挿入、吸引開始されました。

この吸引、めっっっっっっっちゃ痛い。麻酔全然効いてない(個人差があるようです)。5分ほどでしたが、これも報いかと思いつつ人生で一番痛い経験しました。

手術が終わるとあらかじめ用意していたナプキン付き下着を履かされ、手術前に座っていた大きな一人用ソファに戻され、麻酔が抜けるまでまた30分ほど休憩です。

そして手術後の出血が酷くないことを確認されたあと、術後の注意点が書かれた紙を渡され、すべての工程が終了しました。

注意点としては2週間膣内に何も入れないこと(タンポンもダメ、お風呂ダメ)、出血やばい時は病院直通電話番号があるのでそちらにすぐに電話することを告げられました。

帰宅に関しては、タクシー帰宅を厳命されたので、タクシーに乗って帰宅、即布団へ倒れこみ次の日の朝まで寝ていました。

術後の経過

術後の経過はいたって良好でした。徐々に出血は減っていき、2週間ほどでほぼ出血がなくなりました。中絶後初めての生理もちょうど3週間後に来ました。

低用量ピルは手術の次の日から始めました。

避妊のためもありますが、低用量ピルの服用は中絶で傷ついた子宮回復と、生理週間を正常に戻す手助けをする作用もあるようです。

特に問題がない場合は術後の診察も必要ないとのことだったので、あれから特に病院へは行っていません。

中絶経験して思ったこ

中絶めっちゃ辛い(精神的にも物理的にも)。もう二度としたくないですし、するようなシチュエーションに陥らないように対策はしていきたいと思います

罪悪感はもちろんあります中絶前・中絶後共に「本当に堕してよい(よかった)のか...この子(胎児)の命を私の勝手で奪ってしまって許されるわけがない...」など考えました。

カウンセリングがなければ精神的な辛さはもっとひどかったと思います

自分選択責任を持って、などと大それたことは言えませんが、自分意思で堕したということはしっかり胸に刻んで避妊を徹底していきます

今回海外中絶をして、社会福祉の一環として中絶サポートされているなと感じました。

低用量ピルを服用していても100%妊娠を防げるわけではない以上、日本でも緊急避妊薬や中絶選択肢として、もう少し身近なものになってもいいなと思います

私はセックスが好きです。彼氏セックスするときはとても幸せです。スキンシップ大事です。

なので妊娠はしたくないですがセックスします。もちろん、自分でできうる限りの避妊しますが、妊娠してしまときには妊娠してしまうと学びました。

ですが女性人生プランにおいて、子供ができるということが必ずしも歓迎できることではないシチュエーション存在すると思います

中絶は褒められたことではないですが、そういう場面に直面したとき、頭ごなしに否定するのではなく中絶も一つの選択肢として受け入れられていけばいいなと思います

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございます

ふと思い立って書いた文章ですので、思ったより長くなってしまいましたし、表現等変な箇所があるかもしれないです、すみません

自分経験、感じたこと・思ったことを書かせていただきました。

賛否両論あるかと思いますが、あくまでも私個人の感想であって、社会がこうあるべきだ!!とか、日本が間違ってる!!とか言いたいわけではないです。

ただ、同じような境遇の方や関係者の方が、本当に追い詰められた時に、中絶が必ずしも悪いことではないと言っていた人がいたな〜くらいに思い出していただければ幸いです。

2018-04-18

anond:20180418083950

社会の『子育てするいいお母さん』というイメージに合わせる事に汲々とし消耗しながら、赤の他人に『子育てを温かく見守ってくれる周囲』像を期待しすぎているんだよね。

本人の精神的な消耗っぽいので、誰かが書いていたように、精神心療内科受診がいいと思う。

2018-04-17

性的少数者が性被害にあった話 4/18追記

追記

たくさんのコメントありがとうございました。

多くの人にこの現実を知ってもらえただけで、匿名でも公表して良かったと思います

  • 恋人に慰められたかったとのことだが、どんな言葉を掛けられたら嬉しいのかも書いてほしかったな。

もし自分の身近な人間が性被害に遭ったときのために知っておきたい

恋人通報を渋ることを怒ってしまい、萎縮した私は「1人で出歩くときは十分気をつけます」と自分危機管理不足を謝りました。

実はこの件が起こる数ヶ月前に、都内ターミナル駅付近トイレにて襲われ、男性器を口に突っ込まれるを被害を受けていました。

被害を2度も受けたことに、恋人自身も怒りや無力感を味わったのだと思います

それから被害にあってしまったのは、自分のせいだと反省し続けました。

関係性にもよると思いますが、隣にそっといてくれるだけ、自分の味方である宣言してくれるだけで、何よりも心強いです。

また、「辛かったね」「言ってくれてありがとう」といった共感してくれる言葉が欲しかったのだと思います


心身共に男性の方です。

性同一性障害人間自分性自認と同じ性別を好きになることは、数年前まで

性的少数者の中でも仲間はずれにされてきたこと、一般的に混乱を招いてしまうため

今でも誰かにカミングアウトすることは中々ありません。

私は高校生の時に生活する性別女性から男性に変えました。

女子高生男子高生の制服を両方着て、電車通学をしていましたが、両方とも痴漢あいました。

合わせれば片手では足りない回数です。

また、幼少期(当時は女児)に、公衆トイレでいたずらされたこともあります

被害一種類で決められるものではない、それだけではないのが現実です。

嘘だと思う方もいらっしゃるかもしれません。でも、嘘だったら良かったです。

どうか、多くの人に知って頂けたらと思います

-------------

私は女性として生まれ性同一性障害人間である

乳房摘出手術を受け、男性ホルモンの投与をしている。

子宮・卵巣摘出手術はしていない。男性として生活している。

数週間前、夜に都内公園を歩いていたところ

いきなり見知らぬ男に腕を捕まれ男子トイレに連れ込まれた。

辺りはあまり人気がなく、何となく帰り道で歩いていた矢先だった。

そのまま個室に追いやられ、脅された。

「黙ってれば殺さない」

自分よりも背が高く、とても抵抗出来る力は持ち合わせていなかった。

男性ホルモンの投与をしていれば女性よりも体は筋肉質になると言われているが、

日頃から鍛えているわけではなかったので、圧倒的に負けた。

大声を出すということが思いつかないくらいには、パニックだった。

人間、びっくりすると力も声も出なくなる。

体を触られ、股間に手が伸びた時点で、体が女性だということがバレた。

「お前女なのか」

男は私を男だと思って、襲ったようだった。

から解放してくれるかと思った。

そんな希望的観測は、一瞬にして砕け散った。

妊娠させてやる」

「女で生まれてきたくせに」

たくさんの罵詈雑言が降っていたが、私の防衛本能のせいか途中から聞こえなくなった。

ただ、屈辱的だった。

男性器を口に無理やり入れられた。

衣服は脱がされ、女性器に男性器が侵入してきた。

殴られるような衝撃と不快感が一気に襲ってきた。

はいつのまにかいなくなっており、私は何とか家に帰ったようだった。

被害を受けた日から最近までの記憶は少しずつ欠けていた。

一応、恋人には被害を受けてしまった報告をした。

多少は受け止めて慰めてくれるかと思っていたが、恋人は怒りのあまりそれどころではなかった。

話したのは失敗したと思った。この件は自分の心にそっと閉じ込めておこうと思った。

被害を受けた日から今まで、通報を考えたことはあった。

しかし、自分性別カミングアウトすること、事の顛末を事細かく警察に話さなければならないことは、警察へ行くのを躊躇う要素になった。

先日、以前からかかっていた精神科主治医が私の様子を察してくれ、話を聞いてくれた。

警察にとっては、あなたのような被害があると知るだけでも情報になります

それがきっかけで、その後警察匿名通報をした。

電話口での性被害の訴えはそれほど優しいものではなかった。

声変わりをしているため、電話をかけた時点で男性だという認識で話が進んだが

根掘り葉掘り聞かれ、状況を喋っている途中で自分性別を話すことになり、声が震えた。

性別性別なので、刑事課の方も戸惑っていたようだった。

それは当然のことだと思うが、その説明をするのも苦しかった。

名前や住所を聞かれたが、伏せた。

捜査は出来ませんが、大丈夫ですか」

更に戸惑った声が聞こえた。

大丈夫です」

自分セクシャリティ名前とともに公表することは、簡単に譲れることではなかった。

電話を切り、一気に体の力が抜けて、震えた。

その日の夜は恋人と会って抱きしめてもらったが、何も言われなかった。

ただ寝る前に、「頑張ったな」と言われて頭を撫でられ、初めて泣いた。

何も言わずに怖い顔をしていた恋人は、加害者に対する怒りに震えながらも、それを私にぶつけることをせず

ただ冷静にじっと我慢し、現実を受け入れることに徹していたのかもしれないと、ふと思った。

もう泣くのも、この件で悲しむのも、この日で終わりにしようと思った。

女性の方も、男性の方も、私のような性別の方も、そうでない方も

被害に遭い、声を上げられない方は、たくさんいるのかもしれません。

必ずしも声を上げることが正解ではないと思います

得られるものが、失うものよりも必ず大きいとは言えないからです。

でも、声を上げれば、世界が変わるかもしれないというのも、また事実だと思います

私は、この件を乗り越え、そして受け入れるべき過去として抱えながら、前を向いて、生きていこうと思います

自殺に失敗した

衝動的にカルモチンと同じ成分の入った薬を200錠くらい飲んで自殺を図ったけど普通に失敗した。

もっと計画的にやればよかった。

っていうかそもそも手段が悪すぎる。何故寄りにもよってカルモチン…

そもそも実家ぐらしで自殺しようとしたのが間違いだった。

普通にみつかって救急車呼ばれるに決まってる。

薬の空箱は飲んですぐゴミ収集所に持っていったのにな。

3日間意識不明入院4日目に意識がもどったらしいが

記憶があるのは入院して1週間くらい経ってからしかない。

しかもその記憶が正しい記憶かどうかもわからない。

何故か物心ついた(?)とき

自分放浪の旅に出た途中で宿代わりに入院した」と思い込んでいた。

家族が見舞いに来たときも「どうやって入院先を連絡したんだっけ?」とか聞いてしまった。

目の前の父が救急車呼んだんだよ…

その後転院したりとかいろいろしながら2ヶ月くらい病院暮らし

去年母も自殺した(母は成功した。マザコンなので凄く泣いたし羨ましいと思った)せいか

父は自殺にひどく敏感になってしまった。

都合が合えば精神科の通院にも付いてくるようになった…というか

ほぼ毎回、無理やりにでも時間を作って付いてくる。

突発自殺だったので身辺整理を何もしなかった。

フリーランス仕事をしていたので、突然の音信不通で信用ガタ落ち

自殺前とくらべて貰える仕事が格段に減ってしまった。年収二桁万台になった

自殺に失敗して生き残った結果、物凄く辛いので次は失敗したくない

しかし父の監視により前より自殺企図ハード

監視カメラを設置するレベルで警戒されてる

2018-04-16

悲鳴を上げるのにも才能が要るということ(追記 #1)


増田人生の悩みを打ち明けても、ブクマトラバに助けられる人ばかりではない。
多くの場合無視か、正論で殴りつけて日々の憂さ晴らしに使われるだけだ。

匿名で面識のない人を親切にも救おうとする人は少ない。
それでも救いたくなるとすれば、その悲鳴に聞き覚えがあったからだと思う。
きっと、たまたま過去自分や大切な人の叫び声に似た周波数だったのだ。
私も自分に合う悲鳴を耳にした時は、わざわざ長文で応えてしまったりもする。
他人様にアドバイスできるほど自分人生はうまくいっていないくせに。

このあいだ、増田悲鳴を上げた。
もう生きていられないと思って、
どうせ死ぬのなら最後に何か書き残そうと思いついて、
自分の状況や何がどう苦しいのかを書き殴った。
もう消してしまったけれど、吐瀉物のようで見るに堪えなかっただろう。

結果、数行のトラバで2発殴られた。
「甘え」「自己責任」「さっさと死ね
よくある内容だ。自分でもそう思う。
ブクマはなく、プリントアウトを勧められ、ログの深くに沈んでいった。
それ以上の声をあげることはできなかった。

しばらく前に精神科に行った時も同じだった。
対面で話すと匿名文章みたいに心の内を明かしきることができないから、
ずっとヘラヘラと笑いながら、他人事のように語ったと思う。

「こうなっちゃうんですよ、あはは
 こうしなきゃいけないのはわかってます、でもだめなんですよ、
 やっぱ自分発達障害か何かなんですかねえ?あははは。」

精神科として助けられることはない、と伝えられた。
武道でもやって心身を鍛え直してみては、と諭された。
渡された薬は特に効かず、3ヶ月でやめてしまった。

そういえば診察の席で、
過呼吸おかしくなって通勤電車から逃げ出したのを言いそびれてた。
自責の念に襲われて職場トイレシャープペンシルを腕に突き刺していたことも。

こんなことを繰り返すうち、自分には助けを求める才能がないのだと悟った。
本当に助けが必要とき、なりふり構っていられない状態では、
他人のことを考えないめちゃくちゃな文章になってしまうはずだ。
そんな状態でも誰かの心を射抜けてしまう、鋭い周波数文章が出せるということ。
悲鳴を上げる才能ってそういうことだ。

私にはそんな才能がないから、こういう取り繕った文章を作ってしまう。
自分増田で運良くブクマが伸びたケースは
自分語りをせずに最後まで取り繕えた文章ばかりだ。
悲鳴なんて伝わらないものだ、そう考えている。

結局プライドが高いのが悪い。
ネットでもなりふり構わず全てぶちまければいいのに、
下手にバズって過去の知人に知られたらだとか、
どうせ笑い物になるだけだとか、そうやってうやむやにしてしまう。
5chで相談できなくなったのも、増田で具体的な話ができないのも、
頭が悪い上に臆病なせいだろう。

いくら悲鳴でも、読みやす文章、伝わりやすい話し方でないと人は動かない。
構成をきれいにまとめて、小粋なレトリックを添えて、
読む人の共感を誘うように書かなければ助けは来ない。
でも、そんな風に整理できる状態なら、そもそも苦しんではいないはずだ。

から悲鳴を口の中で噛み潰してしまう。
噛み潰して飲み込むことに慣れてしまう。
そうしていずれ死んでいく未来がいつも網膜に小さく張り付いていて、
どれだけ顔を洗っても剥がせない。
崖へと続くトロッコに乗っていて、降りることができない。
いずれ落ちていく。

でも今日はまだ死なずにいられる。
今のうちに、悲鳴を上げるのが下手な人について残しておこうと思った。
いつか自分が他の誰かの悲鳴を聞き逃してしまわないように。

追記(2018年04月18日 00:51)


皆さん、聞いてくれて本当にありがとうございます
返信+αを作っていたのですが、
長くなりそうなので後ほど別記事にて失礼いたします。

まずお伝えしたいのは、今の私は大丈夫で、
この増田自体悲鳴ではないということです。
境遇自体はそれほど変わりないですが、気の持ちようとして堪えられる範囲です。
これは悲鳴ではなくどうにか取り繕いきれた方の文章です。
心配をかけてしまった皆さん、本当にごめんなさい。

また、主に時系列でいくつかフェイクを入れていました。
件の精神科には当時のつらさを箇条書きで書き殴ったメモ印刷して持ち込みました。
その上で「あなたが何をうちに求めているのか分からない」との回答を頂いております
(次の増田で後述しますが、メモの時点で不十分だったはずです)

医者に甘えられる問題ではない、自力でなんとかするしかない。
そう痛感して、今のところ平均して当時よりはマシな状態になっています

また、処方されたのはサインバルタでしたが
「しいていえばこの新薬だが、
 あなた状態が劇的によくなる薬などない」
と伝えられて、私自身もそうだろうなと感じております

喉が弱い体質のせいか飲む度に軽い吐き気があり、
その副作用の割に当時の症状の改善は見られなかったので、
自分の気の持ちようで生まれ変わるしかないと考えて、
通院をやめて現在に至っております

元増田は、伝わってほしくて、でも伝わらないだろうなと諦めてて、
それでもせめて未来自分を救えるようにと書き残したものだったので、
望外なほど通じてくれたことが純粋にありがたいです。
まずはこの感謝を伝えさせてください。

2018-04-15

社交不安障害なのかなんなのか

毎年この時期は何かしら環境が変わるので

いつも言いようのない緊張感と不安と体のフワフワした感じとでとても辛い

コミュ障も手伝って、学生時代4月のうちに話せる人とかも自分からまり作れなくて

中高は部活たまたま誘われてその付き合いで何とか誤魔化していたし

大学さら自由すぎて何も出来ずに苦しかった

地方から出てきたり、自立しながらバイト大学の難しい勉強とか器用にこなす人ばかりで

異常なのは自分なのだとはっきり認識できたのが18の頃だった

  

その後色々やってみて比較的落ち着いたは落ち着いたのだが

コミュ障なのはまり大きく変化しないし脳の言語能力の低さに苦しめられる

仕事ミス最近ちょくちょくあり、ADHDなのかとか考えた時もあるがきっとそうではないのだろう

精神科は通っているがもう決まった薬だすだけだし、自分から発達障害じゃないでしょうか?ってのも変だしな

原因を探すためにいろいろ調べたが社交不安障害コミュ障というだけだと思うし

不安比較的克服したのだが人付きあいは相変わらず上手く構築できない

生きる喜びって人付き合いかしか得られないものほとんどなのに何やってるんだか

 

鬱でも、発達でもないと最近他の方が言っていたが

かに特化して障害レベルではないが、確実に何かが普通でない

普通でないと自分は思うのに、精神科相談できる人に言っても伝わらない

この上手くいえない感じで人生制限されているしこのままジワジワもがいて生きられるだけ生きるしかないのか

2018-04-14

就活で落とされ続けたら精神科非正規か選ばなければならないんだ

大学就職課なら常駐の心理カウンセラーだし、

ハロワなら定期的に開催される臨床心理士相談に回されるらしい。

狂ってるのはぼくじゃないんだ。信じてくれ。

https://anond.hatelabo.jp/20180414133535

どういう診断方法だったのか知りたい。1)ただ長いアンケートを書くだけだったのか、2)当たり障りのない面談だったのか、3)科学的な手法だったのか、4)その他だったのか。

俺は精神科2か所行ってみたけど、1)と2)のタイプで、どちらも鬱とも健常者とも言ってくれなかった。1番目はレキソタンの一番弱い奴をとりあえず飲んでみたらといわれて処方してもらって何も効果を感じなかった。2番目はカウンセラーを紹介された。少しでも科学的なやり方の診察を受けてみたいんだが。

anond:20180414133405

必要な場面でデパスを飲みます

何回か成功体験すれば必要ないでしょう。

改善されなければ精神科相談しましょう。

自殺したい

なんにもしたくない

精神科も行っても意味無い

精神科にかかる親戚に

薬が効いているか不安だと訴えられた。

飲む前と飲み続けた現在ではどう違うか質問すると良くなっていると言う。

それは効いている、薬が合っていて、あなたちゃん病院に行き、服薬してきたから良くなってきたのだろうと自分が言うと、でも不安だと言う。

不安なら先生に話したか質問たかと聞くと、ごにょごにょ呟く。

先生に聞くのが一番だけど、聞きづらいならまず自分でも調べたりしてみたのかと言うと思いもよらないことだったらしい。それが自分には思いもよらないことだった。

わず10年以上薬を飲んでぜんぜん知ろうと思わなかったの?と言ってしまった。

それから数回の接触はあったけど距離があった。

失言だったなと思う。

その時点で学校卒業から10年近く、読書自己啓発書ばかり、ゲーム携帯女性向けアイドルゲームを好み、未経験アルバイトは徒歩圏のお洒落な店が良いと言い、ネット検索も恐がるくらいの人(ここまで、偏見にまみれてるとは思うよ…)に、自分精神科の薬について調べろ(調べろとは言ってないがそのようにとっただろう)はあまりに大変な事だったかもしれない。でも短大卒業するくらいだから調べる位…と思う自分がいる。 

でも思い返すと病気になる前、子供の頃でも自分からしたら戸惑う位気弱だった。

今までの行動についてネガティブな疑問をぶつけられるなんてビンタみたいに感じたかもしれない。

数年没交渉で、あれは酷い事をしたのだろう、他にもあったかもと後悔してる。

2018-04-13

休みの日は一歩も外へ出たくない。

食べ物宅配ピザで済ます

精神科とかせっせと通ってるバカ病気じゃないだろ

なんでそんなアクティブなんだよ。

わざわざ脳の神経ダメにするために金払うんだったら、うまいもん食ったほうがよっぽど体にいいってのに…

最後まで面接に落ちたら精神科行けっておかしかくない?

就活失敗する人は健常者ではないってこと?

精神科か、非正規で食いつなぐか、選べってことなの?

就職課の人も「専門のカウンセラーいるので相談しましょう」って狂ってるでしょ。

狂ってるのは私じゃない。

anond:20180413144019

お前顔真っ青じゃん。病院行って来い。

あと、精神科も行ってこいよ。ヤバイぞ。

2018-04-11

anond:20180411100433

数としては、女が精神科に行く分だけ、男は家から失踪して路上に出るか自殺するかが均衡してると思いますね。

2018-04-10

生活保護を貰い始めたら動物虐待がようやくやめられた

初めにこんな理由生活保護を頂いていることと、自分が不幸にしてしまった多くの命に謝罪します。

自分がなぜこんなことになったか結論から言うと仕事ストレスが原因です。

始めて働いたシステム開発会社仕事をしていた頃、分からない上に興味のない仕事、女にばかり依怙贔屓する上司、どこにも引っかから入社した役員無能な息子が仕切る部署、終わらないし帰れない連日の激務、みなし残業、と枚挙に暇がないストレスが原因で動物虐待に手を染めてしまいました。

内容の詳細は省きますが命を奪うようなことはせず恐怖やトラウマを与えるようなことをしてしまいました。

しか小動物自分の買った生き物では私のストレスが解消されることはありませんでした。

自分はこんなにも苦しんでいるのに、世話をしてくれる人がいて愛情を受けて幸せそうに生きている他人ペットに激しい憎しみを抱くようになりました、他人ペット虐待したい気持ちが沸々と湧き上がってきました。

そんなある日会社で耐えられないようなストレスを受けました。

動物虐待して早くこのストレス放出したくて堪らなくなり、善悪区別すら付かなくなりました。

会社の帰り道に衝動的に近所の飼い猫を攫い虐待してしまいました。

満足ゆくまでした後は元の場所に返してあげました。

私は精神的な虐待が主だったため、すぐにはバレませんでした。

近所は猫が放し飼いされていたので新しいストレス解消の捌け口も沢山ありました。

その捌け口に会社で耐えられないことがあるたびに同じことをしてしまいました。

でも、ある日動物虐待警察にバレました。

原因は分かりません、衝動的な犯行でしたので家の中に証拠は残りまくりですし外の証拠もすぐに見つかります

そもそも私の家には大量の用品があるので、他人の家のペット虐待していなかったとしても言い逃れ不可能です。

逮捕状はありまさんでしたが、すぐに警察事情聴取を受けました。

会社自己都合で退職しました。

前科がつきましたがどうにか刑務所に入ることは免れることができました。

その際に精神科を受診し、鬱を含めいくつかの病名がつく診断が出ました。

このままではもちろん働くこともできないため、生活保護申請受理されようやく保護費を頂きながら生活できるようになりました。

しっかりと眠り食事をとり働いている間は遊ぶことができなかったゲームをし動画サイトを見ながら毎日を過ごしていたらようやく少しだけ精神が安定しました。

なのでこの文章を書けるようになりました。

こんな自分生活保護を頂いて申し訳ございません。

この期に及んでこんなことを書くのは憚られますが、自分子供の頃から働くようになるまで動物が大好きでした、精神が安定した今だから言えることかもしれませんが今でも好きです。

でもそれはただ自分に余裕があったからで、余裕がなくなればこんな酷いことができる人間でもあります

自分が今更虐待した動物にどんな贖罪をしようが結局は自己満足にしかならないと思います

から自分にできることは可能な限り外に出ず、二度と幸せに過ごしている動物ペットたちの前に姿を現さないことです。

自分が不幸にしてしまった動物たちの中にはボランティア保護され新しい飼い主が見つかった子もいるかもしれません、その子がもし自分を見つけたらトラウマが蘇りせっかくの幸せ自分が壊してしまうでしょう。

この生活保護費というのはそんな不幸を二度と発生させないため自分を家に閉じ込めておく対価だと考えています

もし自分が外に出たらまたストレスから動物たちを不幸にしてしまうかもしれないです。

2018-04-08

デッドエンド回避

・光を浴びて散歩する(セロトニン分泌)

可能ならゆっくり寝る

・それでも焦燥感が激しければ精神科に行く

このあたりをやっている間に、

古本読んで知識をつけたり

工作ったり溶接したり

自分のペースで活動を行う。

anond:20180408231214

あんたのため

あんたのためにやってきたのに、そんな態度はないでしょ。」

親が長らくこの言葉で私を束縛してきたが、家を出てからだいぶ整理できた。

あんたのためってなんだよ。お前はどこの誰のどんな部分を、何を見てものを言っている。誰の意見を参考にした。お前は誰の人生を生きている。

テストは金がないからと専門高校いかされた。大学受験するのも否定された。

あんたは子供から。金が無い。大卒でもすぐに首を切られる。あんたになんか無理。

今でこそ大声で言いたい。お前が子供なんだろ。仕事先の使えない大卒が来ただけだろ。大学で使う金は奨学金バイトでどうにかなってる。

書いてみて思ったがどうしても子離れができない親にだいぶ洗脳された自覚が強固なものとなった。子供自我がすり減らせ、精神科に行くほど辛い思いをさせても、あんたのためとかいう。親だって子育ては初めてと言うが、あんまりだ。自分を顧みない。挙げ句の果てに片方自殺する。それの第一発見者になりトラウマを今も引きづる。

こんな親からまれなければよかった。

死ぬなら早いうちから死んでおけばよかったのに。

そもそもなぜ産んだ?

なぜ私を捨てなかった?

自身人生はあると思うが、自分がこんなに苦しむようなことだったか

他人相談すると、しょうがないこととかもっとキツイ経歴がある人がいるとか言われる。

それだけ言えるってことは贅沢で、無意識にいいこともしてもらっていることも忘れないでとも言われる。

一番印象に残ったのは、お前も親離れできてないなー、と言われたことだ。長時間の会話の末の言葉から煽りではなく、冷たい言葉ではなかった。結局まあそうなんだよな。

ここ数年で人間認識してきたものしか解釈してないという言葉咀嚼して、だいぶ楽になった。

それを踏まえた上であんまり経験をしてきたと思い、過去無駄ストレスを感じてきた時間を返してほしいと思う事もだいぶ減った。

だがトラウマは消えることはない。

今でも過去記憶を想起させ、苛ついて、悲しくなって、冷静になって、ただ虚しいと思う自分が虚しい。

何書いてんだかなあ。ははっ。

今ある幸せを見つける方が幸せになれるのかなぁ

 自分現在18才。順調に行けば大学に行っている年だ。ライン一言見ても同級生たちはリア充しているみたいだ。かつて自分勉強ができた。地域で一番の進学校合格した。高校偏差値は70を超えている。うん、凄い。で?今は何もできない。

 高校では何も楽しいと思えるものがなかった。熱中できるものがなかった。それでも最初高校一年生の終わりくらいまでは楽しくやろうと笑顔に努めた。本当に友達と思えるような友達もできなかったが、自分は今楽しいんだと必死自分に言い聞かせていた。1年生の終わり、まだダラダラと続けていた部活同級生に突然言われた。「お前って友達いないよね。」ショックで何も言い返せなかった。自分でも分かっていたからだ。それでも、無理に笑顔バラまいてでも、自分楽しい高校生活を送っているって自分に言い聞かせていたのに。部活同級生にこの発言をされた時、他の部活同級生もその場にいた。いつもは一緒に友達ごっこ(自分的には)している同級生は見て見ぬふりをした。「ああ、やっぱりな。」と思った。この件の直後に部活を辞めるのは悔しかたから、それでもその後も数ヶ月は続けた。部活顧問理不尽対応をされた時にちょうど良い機会だと思い辞めた。

 そして高2、高3と今思えば一気に流れた。でもあの頃はひたすら1日が長かった。何も楽しいことがなかった自分は、何にも満たされず、もちろん勉強なんてしてなかった。授業もだんだん意味の分からないものになっていった。中学の時は高校生の時と比べると勉強していたと思う。細かいテスト基本的に満点。定期テストは3週間前から計画を立てて、万全に準備をしていた。基本これも満点しか狙ってなかった。うん、凄い。

 はぁ。で。今はこれ。これって言うのは浪人でもなく何もやってない。毎日、親から罵倒に耐えている。父親には死ねとも言われた。自分も正直、生きたくない。だけど必死に耐えている。生きたくないけど死にたくない。こんな感じ。でも一応、生きがいと言うか生きる理由がある。それは猫だ。猫、可愛い。こんな自分でも顔をスリスリしてくれる。モフモフで、クリクリな目で見つめてもらえる。他の人間がするような蔑みや呆れを一切含んでない純粋な目だ。毎日、会うたびにズキューンとされる。うん可愛い。で、これが今の自分幸せの全てだ。これ以上何かやろうという気が何も湧かない。大学行きたくない。行くための受験勉強なんて今更できない。もちろん、こんな進学校に入ったんだから高卒で働くなんて嫌だ。まあ、そこまでして生きたくない。近所を歩くのも憂鬱だ。知っている顔にあったら、期待した目で自分の進路を聞いてくる。一応、今は浪人ってことにしている。もう、会わす顔がない。生きるか死ぬかみたいなことを考えているくせに、まだこんなことを考えている自分にも腹が立つ。ほんと、どこで間違えたのかなぁ。そんなこと考えても今の状況の解決にもならんが...。本当にどうしよう。これだけ無気力からネットの皆んなが勧めるように、親に精神科連れていってと勇気を出して言ってみたことがある。親には呆れ顔でついにこんなこと言い出した。と言われた。そんなこと言って脅すなって言われた。また、そうやって逃げると言われた。うん、確かに逃げているかなぁ。そんな気がする。まあ自分が一番悪いんだけど、どうしようもないんだよね。こう真面目に考え始めると、また目がウルウルしてきた。ほんと、今は猫と何も考えずにのんびりすることが自分幸せ

 で、タイトル回収に入ると、人間て欲張ると際限がないよね。だから今で妥協してしまった方が楽なのかなぁとか思う。でも今で妥協してしまったら、本当にどうしようもないのは分かっている。でも何もできない。頭がまわらない、頭が真っ白になる。はぁ。どうしよう。

もしここまで読んで下さった方がいましたら、ありがとうございます自分の中のモジャモジャ、葛藤をそのまま浮かぶままに文章しました。良ければ、反応が欲しいです。もしお暇があれば、ちょっとで良いので構ってください...。お願いします。

2018-04-06

たまに通勤が困難になるんだけど

みぞおちのあたりが痛く、気持ち悪くなってきて

だんだん立ってるのがつらくなってくる。地団駄を踏みたい感じになる

気持ち悪いなーやだなーって思ってると顔とか頭にぐああって熱が上がってきて、上がった熱がずああって急激に下がる。

うそうなったら動くのが無理で、意識はしっかりしてるから頷いたりはできるんだけどとにかくその場にしゃがんでじっとする事にしかできなくなる。

だけど20分ぐらいしたら治まって、その後は何もなかったかのように元気になる。

通勤電車は混んでるとか空いてるは関係なく、たまに、ほんとたまに起こる現象なんだけど

病院に行くなら内科精神科仕事行くのが死ぬほど嫌だとか思ったことはないし人間関係普通

から周りの人に迷惑かけちゃう仕事遅刻するし、継続した病気じゃないか証明もできないのがなんか辛い

anond:20180406135038

介護してたらニートじゃないよ。

お金が欲しいことと働きたくないことと天秤にかけて、後者に傾いているだけ。

死にそうになっても後者に傾いててホームレスとか餓死すると思う。

精神科行ったら何かの障害がみつかるはず。

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