「精神科」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 精神科とは

2017-11-17

おまえ働きすぎなんだよ

仕事がつらい

できるなら、仕事なんてせず旅に出て一生遊んで暮らしたい

割と裁量が高くて労働時間管理がいい加減なしごとをしてる

から本来残業代がつくんだけど、時間管理するシステム会社にはないので残業代はない

最近仕事が多くてね、と同僚に愚痴をこぼしたら

「俺みたいにもっとたくさん働けば楽になるよ」

「土日働けば、月曜日憂鬱じゃないよ」だって

あいつは週に100時間働いて、土日無休だ

どうかしてるぜ

そんな生き方を僕に押し付けないでほしい

修士課程時代に週7で研究室に行って、不眠になって教授に責められて精神科に駆け込んでから僕はもう無理しないと決めた

週に100時間も働いて、ケロっとしている奴の気がしれない

どうして僕はこんなに弱いのだろうと思う反面、やっぱ労働時間はちゃんと規制してよと思う

悪いが僕はキッチリ土日休ませてもらうぜ

2017-11-16

anond:20171115092232

ブコメざっと見したら自分は何とかなったか増田姪も何とかなる系のコメ散見されるが、私の義弟はちっとも何とかなってない系なのでなんとも言えない。

私の義弟場合、おそらく発達障害か何かなのだろうが判然としない。精神科受診させた方が良いのだろうけど、義母がその必要は無いと考えていて義弟本人は人間不信で知らない人に会うと手が震えて止まらなくなるらしく、医師に診察してもらうのも嫌だし病院の受付の人も怖い、待ち合いで他の患者に見られるのも怖い、だから受診するのは嫌なんだそうだ。

兄嫁である私の事も怖がっており私が義実家訪問すると義弟は部屋に引き込もって出て来ない。

義弟小学校高学年頃にイジメに遭って以来引きこもり続けており、現在20代半ば。

義母は「あの子可哀想な子なんだからこのままそっとしておけばいい」と言い、ほったらかしにしている。

義父は数年前に亡くなり義母義弟の二人暮らし最近義母も歳で体のあちこちが不調の様だが、それでもまだ働けるといって義弟をずっと養い続ける気でいる。

夫と義妹はずっと無関心・非介入を貫いて来たが、最近になって急に危機感が沸いて来たらしく、義弟を無理矢理にでも仕事に就かせようと話し合っていた。私はいきなりそんな事したら義弟自殺してしまうんじゃないかって反論したが、お前は他人なんだから黙ってろって言われてしまった。

しか義母義弟を外へ出したがらないので、結局夫と義妹は匙を投げたらしい。

発達障害の子が親の尽力と本人の努力で何とか社会復帰したとかそういう話を読むとやるせない気分になる。結局、身近な人間次第なんだ……。

2017-11-14

無題

彼女との身体的接触が本当に辛い。

俺は所謂潔癖傾向があって、ある部分への許容範囲がすごく狭い。

どのくらいダメかって言うと

直箸料理は食った瞬間トイレで吐き散らして過呼吸

満員電車で着てた服は二度と着れない

まあよく聞く症状だろう。もちろん個人差も大きいと思うが。

精神科に通った。何度も何度も治そうとした。過剰に捉えすぎてるだけだって死ぬほど言い聞かせた。

少し前、後ろから不意を突くように手を握られた。

振り返って、にこにこ笑う彼女に手を繋がれていると理解した途端、

動機震え吐き気が込み上げてきてどうしようもなかった。

手を繋がれた日、自分の手を必死に消毒しながら少し泣いた。

世の中の恋人達はきっと精神的にも身体的にも触れ合いながら、互いの繋がりと幸せを築いているんだろう。

なんで俺はこんな普通の事も出来ないんだろなぁ。

精神科

行く意味あんのかな?

なんか変わりありますか〜ないっすはいお薬のルーチンなんやけど

お薬だけさっともらって帰りたいのに1時間ぐらい待たされて特に実りのない診察

カウンセリング最近は付けてくれないし

変わりありますか〜?っていうからセクハラが酷いでやんす的なことを言ったら「それはあなた扇情的な服を着るからふじこふじこ」ってこっちが責められ出したからもう二度と言わねーって感じだ

ミニスカート履いてるからってセクハラしていい訳じゃないですしねえ?

履きたいじゃん。かわいいし。

通販みたいな感じで毎月薬送ってきてくれねえかな〜〜憂鬱〜〜

でもストラテラ飲まないと昼間に起きてられない

飲んでない日は無限に寝るし起こされても起きない死んだように寝てる

飲まないと仕事にもいけない

ストラテラ様様なんだよ

anond:20171112202942

私が15年働いて、すなわち会社所属して残ったものは、複数精神疾患と神経疾患、数種類の薬を飲まないと成り立たない毎日

それでも無慈悲に訪れる原因不明の疼痛。

最初病気発症したのは働いて10年目、まず食事が喉を通らなくなり、呼吸が苦しくなった。睡眠もうまく取れなくなった。

それでも会社に行って働いた。それから全身がだるくなり、身体に力が入らなくなり、力を入れるとこむらかえりするようになった。

不安感が常につきまとい、すぐにテンパるようになった。それでも会社に行った。微熱半年続いた。

この時点で正常な判断能力は無くなっていたのだと思う。こんな状態なのに会社に行っていた。

実家に帰ることがあり、そこで少し庭仕事を手伝った所、熱中症のような症状が出て内科に行った。

ここでやっと病院にかかる。

微熱は出ていたが病名は不明神経内科に回される。しかしここでも病名はつかず、なんなら筋肉に針を指して検査しようかと言われる。

そして次は心療内科まあ精神科だ。ここでやっと病名が着く。自律神経失調症抗うつ剤抗不安薬をもらい症状は落ち着く。

基本症状は無くなることはなく薬で騙していいる状態ちょっとたことで体調は悪化する。

それでも会社に行った。特に病気の事は告げずに。

症状は悪化していった。心療内科転々とし、どんどん薬が増えていった。

薬を減らすと眩暈がして動けなくなった。

職場を変わった。30代で転職、激務だった。1ヶ月で10キロ痩せた。

食事睡眠もろくに取れなかった。しか薄給だった。

半年ほど経った頃、背中が痛くてほとんど動けなくなった。後に分かるが脊椎過敏症という病気だった。

それでも会社に行った。

駅で電車を待っている時、涙を流していることがあった。何も考えられなくなっていた。

会社心療内科に通院していることを言った。自己都合で退社してくれと言われ、強制解雇された。

背中の痛みが解らず、10数件整形外科に行ってレントゲンMRI撮ったが骨に問題は無く原因不明と言われた。

原因不明の痛み専門の整形外科にたどり着き、脊椎過敏症と診断された。

中枢神経に直接作用する強い痛み止めを処方された。

とりあえずは動けるようになった。

会社は辞めた。バカバカしくなった、どうでもよくなった。金は稼げなかった。貯金全然無い。身体は痛い。

薬を飲まないと食事睡眠も取れない。今日も辛かった。

明日は、少しまならいいなと思う。

明日は通院日だ。

2017-11-13

異常な世界

医学部入学して2年半が過ぎ去った。

これまでに同期で入学した学生のうち3人が自殺した。

今日また1人が精神科入院して退学していたことがわかった。

一学年は約100人なのだからこれはちょっと異常だと思う。

それでも誰も違和感を表明しない。先生学生も。

そして自分もまた声を上げられずにいる。

こうして何事もなかったかのようにまた明日も授業に出るのだ。

うつヌケがお下劣サイテーパロディ漫画より危険理由

話題の「うつヌケ」はお下劣サイテーパロディ漫画より危険だ。

理由はこれを読んだ患者治療拒否する可能性が高いからだ。


うつになった原因は「自分キライになったこと」

うつを克服できたきっかけは「自分を好きになったこと」

科学的根拠が全く見えない言葉とともに、通院や投薬の無意味さを主張する。これがこの漫画の正体といっても過言ではない。

から見ればあの近藤誠医師書籍と同じである


第2話において、うつ病治療を始めたが効果が見えず、薬が増えていくことに恐怖を覚えたこと、そしてドクターショッピングに至ったことが描かれている。

精神医療失望し始めたころに「薬では『うつ』は治らない。なぜなら…」という本に出会い、そこからアファメーション」に傾倒する。


まず「アファメーション」が何なのかをググってみるといい。大半の人が目を覚ますだろう。

このアファメーションは一部で有名な苫米地英人日本に持ち込んだものである詐欺的な自己啓発集団商品化しているケースがあまりにも多い。

ドクターショッピング対象自己啓発ショッピングに切り替わっただけと考えてほぼ間違いないだろう。同じ罠にはまる精神疾患患者はそう珍しくないかである

田中圭一はもちろん医療専門家ではない。それゆえに精神病理について全く無頓着である

脳の器質的な疾患であるとか、そういったことを無視してメンタルヘルスを語っている。

その結果


うつになった原因は「自分キライになったこと」

うつを克服できたきっかけは「自分を好きになったこと」


という非科学的なセリフが登場するのである。いうまでもなく、これらはうつ病の発生原因や回復要因としてまったく因果関係が判明していない。

メンタルヘルス回復の補助としてある程度役に立つかもしれないが、あくま治療のメインは投薬治療である

ストレスで胃に空いた穴は、ストレスを解消するだけではふさがらない。精神疾患もそれと同じだ。


まりこの漫画一見精神病患者の心に寄り添うように見えて、言っていることはマイルド根性論なのだ

うつなんて甘えだ。気合で治せ」というのと

自分キライになったかうつになった。自分を好きになればうつは治る」

というのは、理屈としてはほぼ同じである

うつ病というのは自分の気の持ちようで治る病気なんだ、という、多くの精神科医師が解きたくてたまらない誤解をますます深めているのだ。


うつ病患者をはじめとした精神病患者は、長患いの結果、病院医師に対する信頼を完全に失っている。

そんな折に「薬ではうつは治らない」「アファメーションで治る」と書かれた本を手にしたらどうなるだろうか。

すべてに絶望した末期がん患者が「抗がん剤ではがんは治らない」「手術も抗がん剤も無しでがんは治る」と書かれた本を手にした時と同じことになるのではないだろうか。


最後に。著者も含め、世の中の精神病患者はあまりにも「薬を飲み続ける」ということをネガティブにとらえすぎていないだろうか?

「一生薬漬けの体になってしまった」と嘆く人がいるが、よく考えてほしい。

健康人間でも食べ物を食べ、水を飲み、空気を吸わなければあっという間に干からびて死ぬ

薬がないと生きられない人間と、健康人間には大して差は無い。


まれから生薬を飲まなければいけない人。自分自分注射を打たなければいけない人。

自分意志では歩くことができず、たくさんのチューブにつながれた人…

「生きている人間」のうち、彼らが占める割合はあまりにも大きい。

だが彼らは果たしてみじめなのだろうか。

「一生薬漬けの体になった」と人目もはばからず嘆き、薬を飲まない人生こそを至上とする精神病患者は、彼らの生き方否定している可能性に気付かないのだろうか?


治療のゴールは薬を飲まないことではない。治ったといわれたいために治療放棄するのは絶対に間違っている。

第三者に害を与えかねない病気からこそ、スタンダード治療重要性を常に心に留めてほしい。

2017-11-11

発達障害かどうかを確かめた時点で経歴に傷がつくから恐ろしい

ケアレスミスの多い子供として育ち、メモを取ってないと凄い勢いで記憶を失う大人として社会人をやっている。

特技は電話口で会話を聞き取れなくて相手に何度も質問すること。

面と向かって会話してても3、4回同じことを言われてやっと理解することが多い。

文章理解しても文脈理解できずに相手何言ってんだこいつオブラートに包まれながら返されてようやく意味勘違いたことに気付くことも多い。

人間は悪いことばかり覚えがちだから自分でそう感じるだけで実際は平均的かせいぜい誤差の範囲なのだと信じて生きてきたが、どうもそうではなく回りと比べて明らかな有意差が出ているぞとそれなりの地位についてる人間から注意を受ける事が年数回。

おそらく発達障害一種なのだろう。

軽度ではあると思う。

社会生活他人の多少の善意を除けばこれといった補助もなしに送れている。

たまに被害妄想と加害妄想に脳が真っ黒に染められてメンタルが駄目になってしまいがちな事も多いが、これをはっきり障害と名付けるかどうかはグレーゾーンだろう。

なので発達障害なのかどうかは確かめないで生きている。

もしも確かめて、その事実がどこかから漏れればその瞬間に社会的立場が下る。

障害者としてちゃんと認定されて国から補助を受けられるレベルになれば社会的地位職場でのポジションも維持されるだろうがそこまでではない。

お菓子の食い過ぎで勝手肥満になったデブしょっちゅう体調を崩してスケジュールをかき乱すのを白い目で見られるように、甘ったれ生き方をしてきた奴が精神年齢の低い言動病気のせいにしているうちに本当に頭がイカれただけの自業自得だと扱われるのだろう。

から私は自分発達障害である可能性を感じながらも、それを確かめない。

かめようとしただけで白い目で見る奴が身近に、ないしはこれから転職した先等に1人でもいるかも知れないならやらないでおく。

かめた瞬間に様々なマイナスが付き纏うのなら、絶対に確かめない。

薬やカウンセリングなど無くてもよく、むしろそういった事をヘタにやって寝た子を起こすような真似をする方がリスクが高いのだという確証バイアスに全幅の信頼を置くことを選ぶ。

そうして本来なら薬でも飲むべきなのかも知れないのにそれを行わずミスを繰り返す私に周りの人間が付き合わされることを、私にそう思わせるにいたるような社会を作ってきた彼らの自業自得なのだと考えて生きていく。

だってそうだろう?

少しでも発達障害可能性がある人間が念のためにと精神科等で診察受けた事に、ちゃんとお医者さんに行って確かめるなんて貴方責任感と勇気のある人なのねと言える人間だらけならこんな事にはなってないのだから、それを言えない奴らの自業自得だ。

勝手だろうか?

勝手と言われても構わんよ。

勝手同士がぶつかりあってそれぞれの損益ポジション綱引きして生きていけないように社会が作られているんだから

そういう社会を作った奴らの自業自得さ。

から、来週も地獄に付き合ってもらう。

2017-11-10

私に似てるなぁ

とある投稿を読んで、昔の私を思い出しました。

道端で殴られ蹴られの激しいいじめを受けていたときと、

それからずっと一生続く苦しみの中で必死にもがいている私とその元投稿の人似てるなぁと思って。

最近、そうやってもがいている人を自殺に見せかけて殺すという嫌な事件がありました。

その人がもしも変な人に引っかかって自殺してしまいたくなったら私は泣くから、ここに出来る限りのことを書きます

死なないでね。

私のこと信じられなくてもいいから死なないでね。

しかったら助けを求めてね。

てか、あの投稿をした時点であなたは助けを求めてるし、それに応えてくれる人はいるよ。

辛いときには見えなくなっちゃうけど、

助けに来てくれる人、実はいるよ。

昔の私

誰のことも信じられなかった。

だって道行く人は自分のことが可愛くて、『助けて!』の言葉さえも言えずにただ泣いて殴られ続けている私を見捨てて去っていったから。

母のことも信じられなかった。

私が家の前でいじめっ子に首筋にナイフを突きつけられているときに、

何もできなかったから。

ナイフって言ってもね、すごいナイフじゃないの。

当時鉛筆削りとして使われていた折りたたみ式のプラスチックケースが着いていたもの

肥後守に似てるけど、それよりももっとチャチな、当時の小学生普通に買って使ってたようなもの

もう机にくくりつけて使う大型の安全鉛筆削りも普及していたけど、

まだナイフ鉛筆が削れる能力普通に求められていたと思う。

今の人だと感覚がわかりにくいかな?

ちびまる子ちゃん時代です。

そんなチャチなナイフでも首筋に突きつけられたらそりゃ怖い。

動脈の近くだったし。

今の私だったら当時の母やそう、近所のおばさんもそばにいたけど、手を出したら私に命の危険があるから何もできなかったってわかるけど、

当時の私にそんなことわかるわけがない。

助けてもらえなかった

それしか頭に残らなかった。

もうさ、朝は近所の子なんかと一緒に登校できるから怖くなかったけど、

帰り道はいつ襲われるか不安でならなかった。

学校にいるときも同じ。

安住の地とは思えなかった。

ものを隠されたり、ハブられたり?

まあ色々ありました。

本当に誰のことも信じられないから、成人して仕事についても同僚のことが信じられないのね。

全部悪い方に捉えちゃう

よくニュースでいい人が出てきたり、仲の良いクラスの話が出てきても、

同じ世界のこととはとても思えなかった。

とてもじゃないけど信じられなかった。

護身用にビクトリノックスナイフを持ち歩いてた。

(念のため。

今そのナイフは持っていません。

持ち歩くのをやめてからも保管してたけど、自分にはそのナイフを使う資格がないと思ったので警察に持っていって正式処分しました)

私がナイフを持ち歩いていると知ったとき止めてくれた人がいましたが、その人のことも完全に信じたわけではありませんでした。

でも一応、持ち歩くのはやめました。

本当に誰のことも信じられなかったのよ?

誰も私が困ったときには助けになんて来てくれない、そう思い込んでいました。

それが変わったのは阪神淡路大震災ときでした。

被災地大勢の人が助けに向かったでしょう?

そのとき、アレって思ったのね。

あれ?あの人たち本当に助けてもらえてる。

すごくビックリした。

しかしたら声を上げたら助けてもらえるの?って生まれて初めて思った。

その直後に起きたのが地下鉄サリン事件でね。

オウム真理教教祖のことを連日テレビで報道してて、

あるとき彼の実験を知ってしまったの。

それは信者左脳破壊するものでした。

ショックだった。

私は人を信じられないけれど、それでも自分の子時代と同じような思いをする人が出ないように、自分だけは助けるんだ、助けることでちっちゃかった頃の私も喜んでくれるに違いない、そう思って仕事を選んでいたから。

その仕事は脳の研究をする人たちのお手伝いで、生活できるようなまともなお給料なんてもらえていなかったけどね。

でも、必死になって働いてた。

その私と教祖が合わせ鏡のように見えたのね。

別の言い方だとドッペルゲンガー

鏡のお化けかな。

見たら死ぬと言われるもう一人の自分

ほんのちょっと砂一粒分違っていたら、私はこの人になっていたのかもしれない。

その時、それまでの自分が壊れました。

それで初めて人に助けてと言いました。

それまで自分が心の中で憎んでいた恵まれた頭と恵まれ環境にいた人に助けを求めました。

信じてはいない人に助けを求めました。

それからいろんなことがありました。

もうとっくにその仕事はやめてます

まれ土地を逃げ出して、よその土地を回りました。

どの土地も私には故郷よりも優しい人が住んでいるように感じました。

しがらみがないから新鮮な目で見られたのでしょう。

初めて人を信じることを覚えました。

で、もう大丈夫だろうと思えた頃、故郷に帰ってきたのだけれど、やっぱり昔の傷がうずくの。

それでも私が子供の頃から比べると通学路は随分と安全になっていました。

大人があちこちに立ってて、通学中に襲われる心配をする必要はないように思いました。

それでも傷はうずく

精神安定剤が欠かせません。

なんで自分いじめ人間が苦しむのではなくて、私が苦しまなくてはいけないのか!

そんなことを考えると耐えられなくなるときもあります

でもね、辛かったときには思い出せなかったことがありました。

一度だけ小学生の頃に助けてもらえたことがあったの。

道端でベルトをムチ代わりにしてぶたれていたときに、家の中から飛び出してきて助けてくれた人がいたの。

そのときたまたま私ショックで吐いてたのよね。

吐けば助けてもらえるとでも刷り込まれたか、苦しくなるとそれ以降吐くようになっちゃいましたが。

最悪の結果にならずに大人になれたのはその時のことがあったからかもしれないと思うことがあります

投稿の人、勘違いしないでね。

お前は助けてもらえたじゃないか自分はそんな経験ないぞ!って思ったでしょ?

うからね。

あなた投稿を読んで、どれだけの人がブックマークしたと思ってる?

助けてもらえないなんて嘘だからね。

信じられなくてもいいから助けは求めなさい。

助けは来ます

今の私だってあなたを助けるのに必死になってる。

効果があるのか、それとも逆効果なっちゃったらどうしようなんてことを考えながら、必死になって言葉を紡いでる。

気づいてください。

助けは来ます

でもって傷ついたままでも、

あいうのが流行語になっても、

生きていけます

とりあえず、酒飲んで精神科の薬っつうのはやめて、

いのちの電話でもなんでもいいか電話しよう。

私が今やってるみたいに増田に書き込んでもいいと思う。

毎回じゃないだろうけど反応があるかもしれない。

本当に助けは来るのよ。

うつヌケ?

そんなもん信じられなくてもいい。

助けは来る。

それでも信じられないなら、自分が人を助ける側に回れ。

そうしたら少なくとも例数1確保できるから

何度でも言う。

助けは来る。

自分自身のことさえ信じられなくてもいい。

それでも助けは来る。

私のことも信じられなくてもいい。

それでも助けは来る。

から助けを呼ぼう!

2017-11-08

anond:20171108045148

精神科だと、ADHDみたいな病名が付かないと厳しいでしょうね。

海外から個人輸入枠で買うのが手っ取り早いかと。

anond:20171108041753

それって精神科に「集中できる薬をください」っていったら処方してもらえるの?

2017-11-06

あした精神科行く

離人症パニック発作等々が続いてるから病院行くことになった。

パワハラ仕事辞めて、諸々悪化して、一人暮らし辞めて実家に帰ってきた。

半月くらい家族と一緒にいて、わたしメンヘラ度を理解してもらえた。やっとだ。

成人しても家族意見聞かないと病院も行けないの情けない。収入ないし。

昨日行ったラブホテルの前を通ってお母さんと精神科に行った

昨日は恋人と初めて動物園に行った。

最初フラミンゴを見て、最後ワオキツネザルを見た。合間にいっぱい見た。

わたしが作ったお弁当を食べる恋人も見た。その日また動物の中で一番良かった。

眠らずにお弁当を作ったから帰りはとても眠かった。恋人運転している横で眠った。起きたら当たり前のようにラブホテルで、嬉しいなあと思った。

次の日、今日、朝限界になって精神科に行くことにした。

お母さんが車で連れて行ってくれた。「こっち来ることないでしょ」と行った時、昨日のラブホテルを通り過ぎるところで、テレパシーなのかなと思う。こういう風に全部お母さんに伝わってくれればお医者さんに行く必要ないのに。ラブホテルは車一台も停まっていなかった。昨日わたしが使った部屋をわたしのものにしたいなと思った。ぼろかった。

二年ぶりくらいの精神科では、今までで一番優しい先生にあたった。

とにかく大人数が嫌で一対一で話してる時がしあわせだと打ち明けた。相手恋人でも友達でもナンパでもいいと言った。

薬は出すとしても一番弱いやつかなあと言われた。申し訳ないけど、とも言われて、少し恥ずかしくなった。やっぱりみんな少しは自分が深刻であることを期待しているんだろうなってわかった。

わたしはなんて言われたかったんだろう。

恋人に会いたいなと思う。恋人と朝から遊んで一緒にお昼寝をして、その足で友達にも会いに行きたい。友達電気をつけないカラオケでまたお互い死にかけみたいなハグをしたい。

あのお医者さんに「さみしくて無理です」って突然抱きついたらもっとどうにかなっていたのか、わからない。勧められたカウンセリング病院はめちゃくちゃ高くて、グループカウンセリングなんてものもやっていて、ホームページが美しくて、怖いので行かない。

せっかく薬を飲まないと言ったんだから献血に行こうと思う。受付の女の人に優しくされて、看護師さんに睡眠時間の少なさを心配されて、お礼のアイスも貰いたい。献血ルームカウンセラーが配属されることを2018年の願いにしたい。

2017-11-05

anond:20171105053305

まぁ他者迷惑かけるのが恐怖すぎてやばいように育ってしまったんだよな自分は。まだまだ精神科先生となんとかしなきゃならんわ。

自分に自信が無いとか、自己コントロールが下手だとか、欠点が多すぎて社会に出れる気がしないんだよなぁ。

生きてるだけでいいみたいな理想論で、皆が幸せ世界だったらいいのになぁ。

2017-11-04

娘が「終わり」にとてつもない恐怖を見出しはじめた

5歳の娘が、突然「終わり」を悲しみ出した

それまで気にもとめていなかったどころか、ああいうのってもっと幼い子供向けだから私は見ないよと言ってたTV番組最終回は言うまでもなく

大好きなローラ事務所をやめるとかのニュースまで、「やめる=なにかが終わる=悲しい=苦しいきもち」らしい

ものを捨てるのもそうで、使用済みティッシュを捨てることにまで悲しみだして、集めようとする

たぶんだけど、死ぬという概念を恐れ始めたのではないかと踏んでいる

死ぬことは怖くないとは言えないし、モノの死と人の死の違いとかもうまく説明できなくて

とりあえず父ちゃんが守ってるから大丈夫だと伝えたんだけど、しっくりきてない

父ちゃんもいつか、終わるんでしょ、みたいな。それもまた怖いみたいでさ

ただ子供から悲しい気持ちも長続きしなくて、しばらくしたらケロっとして普通に遊んでるんだけど

とりあえず児童も見れる精神科先生んところに連れて行って、何か話をしてもらおうかなーとか考えてる

2017-11-02

anond:20171102152826

整形するにしても今の医師のところでカウンセリングするな

セカンドオピニオンを頼れ

あと気になるなら精神科行け

2017-10-29

anond:20171029165137

パーソナリティ障害は、今の精神科診療報酬の仕組みではマトモに見れないから(そもそも専門家もあまりいない領域だし)、たぶんベンゾあたりでお茶を濁されて経過観察になると思うなー。

心療内科精神科の不得意な領域だと思う。

臨床心理士などのカウンセリング保険適用されないので全額自己負担になるけど、それを1020単位で受けられるか、それだけの金と時間をかけても治らない可能性もあるけど、それを受け入れられるかってところだろうねえ。

2017-10-27

anond:20171026215717

レム睡眠行動障害ですね。

自分の父も長く患っていて、まさに増田さんが挙げたような行動がありました。隣で寝ている母に殴りかかったりしていました。

DVとも違うからそういうところにも相談できないし…。

非常に神経を使う仕事ストレスを溜めており、症状はほとんど毎日のようにありました。

精神科で診察を受けましたが、本人が通院を面倒くさがり治療は途中でやめてしまいました。

退職してからは、目に見えて暴れの頻度が減りました。やはり強いストレスが原因だったのかな。

月1回程度とはいっても、気になってしまますよね。

治療するかどうかはともかく、一度病院相談してみてはどうでしょう

きちんと病気のことを知ることで不安がやわらぐかもしれませんよ。

診療科睡眠外来睡眠クリニックなどがいいと思います

2017-10-25

anond:20171022203205

姉がずっと統失で、一回映画館発狂したらしく警察経由で入院してたなぁ。

統失に対する恐怖ってなんていうか慣れてくるよね。自分中学生の時にはもう「めんどくさい人だな」って認識だったし。

入院中にお見舞いにしょっちゅう行ってたけど、家だと大暴れしてた姉が薬のせいなのか、めちゃめちゃ穏やかなんだけどなんかポケーっとしてた。姉じゃないんじゃないかと思った。

お見舞いに行く度に他の統失患者かに遭遇するけど、慣れれば別に怖くないし、ただの変な人みたいな感じだよ。

姉は友達作ってたけど、相手自殺したりもっと酷くなって会えなくなったりして長続きしなかったみたい。

統失に関しては普段から接してるとマジで面倒な人達だと思う。でも恐怖は無知から来るものだとも思うよ。増田入院中、うつ自分のことでいっぱいいっぱいなのに、知らない症状の人達のところに入れられて怖かったと思う。

でも統失の一番の恐怖って、発症時期が20~30代で自分が狂ってると気づかないうちに狂っていくところ。

他人は私のこと理解してくれない!自分は正しいことしかしてないのに!と思い出して、社会との軋轢がで出したら注意してみた方がいいよ。

自分じゃ気づかないから人から精神科受けてみたら?」って言われたら素直に従った方がいいよ。統失も早めのうちならマシな感じで過ごせるよ。

長くなってすみません。姉が統失だったので思い出して書きました。統失は以外と身近な難病です。特効薬は今のところないので気をつけてね。

ついでに姉は鍵とかない代わりにドアがないタイプの病室の個室でした。

2017-10-24

↑アホですか?

元増田場合措置入院なので、本人が精神科に行くことを希望してなくても強制的入院させられるのw

警察官保護されて、その後精神保健福祉法に基づいて23通報が行われたんだろ

無知もほどほどにせーよ

id:dogear1988 警察絶対病院を通して措置入院の是非を問う段取りするからなあ。

23通報では、警察官病院に直接連絡するのではなく、保健所通報するのです。

anond:20171022203205

おやしゅみ〜

エスタゾラムブロチゾラムを飲んで寝るぞーと思ってこの増田を書いていたら、またもや家族精神科スーパー救急病棟入院するとの連絡が入った

普段から○にたい○にたい言ってる統失の兄が、つい先日退院したと思ったらまた入院らしい

そんなに○にたいならもう勝手に○んでくれ

周りはもうそ統失に振り回されて辟易している

訪問看護も受けてデイケアも通って週1で外来通って、その費用はすべて生活保護から賄われて至れり尽せりなのに、社会絶望たから○にたいとか抜かしてることにイラついて仕方がない

その統失が○にたいと言い始めてから、はや18年である

ほんとになんで生きてるのか分からない物体として彼は生きている

みんな貴方迷惑している

いい加減にしてほしい

2017-10-22

死ななきゃいけない気持ちに振り回されていた僕のお話

内面の整理のために吐き出しています、その関係上乱文になってると思います

僕の中学時代地獄だった。

間違いなくあそこに地獄があった。

少なくともあの時の僕にとっては地獄だった。

虐められた、とても虐められた。誰も味方がいなかった。

虐められるターゲットだった。友人は居なかった。一人だった。

家の中にも安らぎはなかった。家もまた気を張る場所であった。信頼ならない場所であった。

母は精神障害者だった。弟は知的障害として小学校の時分から養護学級の者として生きていた。父はそんな二人の世話に明け暮れていた。

とても頼ることなど出来なかった。

学校では「死ね」「キモイ」そんな言葉がずっと浴びせかけられていた。常に居場所がなく、昼休みは別の校舎の廊下音楽室の陰といったひと気のない場所避難する時間であった。

とても辛かった。そんな場所だった。

部活小学校の時にサッカーが好きだという理由サッカー部に入った。大失敗だった。

部活にも勿論居場所はなかった。選ぶ場所を間違えた。

部活中にも時折、野球部の方からボールが飛んできて僕に当たっていた。たぶん、ぶつけられていたのだと思う。頭に何度も当たっていた。とても辛かった。

中学校1年の2学期から休みがちになった。1学期でも体調を崩しがちであったが、休むために休んでいたのはこの頃だったように思う。

とても行くことが嫌だった。そんな風に休むものから勉強も遅れがちになった。宿題が溜まったのもより行きづらさに拍車をかけた。

英語がついていけなくなった。

家は貧しかった。貧しいが故に常識も知らなかった。小学校宿泊研修で初めてリンス存在を知る程度には貧しかった。

とても閉じていた。服もなく、娯楽を知らず小学校夏休みの絵日記に苦労していた、そんな記憶が残っている。

旅行に行く人達を羨ましく思いながら、隣町の祖父母の家に行く位が一番の遠出だった。

どんどん私は中学校に行けなくなっていた。田舎中学校故だろうか、治安もよくない学校であったのも一因だったとは思う。

通学の自転車指定自転車だったが、指定の物ではないものを買い与えられ、そのことがまた虐めの原因にもなっていた。

通学することが苦痛だった。

家の中では良い子でなければ、迷惑をかけないようにしなければならず、学校には居場所がなく、そんな状況が続いていた。

中学1年の三学期にはほとんどいけなくなっていた。ひたすら虐めの恐怖に怯えていた。布団の中でまるまって何故虐められるのか分からず、相談できる相手もいない、一人で苦しみ続けていた。

家の外に出るのが怖くなっていった。休んだことを揶揄されることもまた恐怖だった。ひたすらに家の中で時間を過ぎ去るのを願っていた。夜になってようやく少しだけ外に出られるような有様であった。

中学2年には全く通うことができなくなっていた。申し訳ないと感じつつも動くことができなかった。昼に父が職場から帰ってきてお昼の支度をしてくれる時間が僅かばかりの気晴らしといった毎日であった。

中学3年のころには少しだけ保健室登校のようなことをしていた。それでもほとんど休んでいた。勉強についていけなくなっていた。将来の恐怖に押しつぶされていった。

受験があった。とてもできず、また遠方へ通えるような財力はなかった。地元の県立高校に進学した。

高校に入った。周りは大人になっていたからか、虐められることはなかった。だが、僕自身人間不信になっていた。やはり一人だった。

そして、とても落ち着かなくなっていた。

授業中に突然笑いだすようなこともあった。エア友達脳内会話して笑いがこぼれていた結果だった。

ギャップを感じていった。普通が分からなくなっていった。休むようになっていった。精神科へ通うことを勧められた。ここで初めて通うようになった。

月イチでの通院の日々だった。それでも行けないことには代わりはなかった。

出席日数が足りなくなっていった。補修を受けるようになっていた。補修にも行けなくなった。単位を落としてしまった。通わなくなった。

単位複数落ちてから、一つだったら頑張ればなんとかしてあげれたと言われた。もう遅かった。手遅れだった。

留年するか転校するか退学するかの選択肢となった。金銭上、転校することは出来なかった。そのまま退学することになった。

高校に入ってからしばらくしてから与えられた携帯ネット依存するようになっていった。

普通じゃなくなっていく苦しみを誤魔化していた。なんとか逃れようとしていた。

ネットに居場所を求めるようになっていった。その間は少しだけ救われていた。

現実は苦しかった。

将来への絶望は消えなかった。

父母弟の介護をしつつ、田舎から出られず永久にそのまま終わるようにしか思えなかった。

ネットへの依存は加速していった。

17になった。心を誤魔化すためのゲームで繋がりができていた。オフ会に参加することになった。

オフ会に参加するのが唯一の遠出だったと思う。

隣の県まで電車で行った、少しだけその時は救われていた。

18になった。早く頑張らなければ、何かしなければという焦りと苦しみがちりちりと焦がしていたが見ないようにしてゲームに没頭していた。

19になった。オフ会で会った友人たちが大学生になっていった。僕は一人取り残されていった。

また一人になった。

一人の時間が長くなった。その分だけ余計に焦りと苦しみが増していった。向きあおうとして、オフ会の友人との繋がりを控えた。

より苦しくなっていった。薬に甘えないようにせねばと思ってあまり通院してなかった時期でもあった。

夜に原付飛ばしてみたり、自分なりの反抗をしていた。それでも苦しさは消えなかった。

夏の終わり、自殺を図ろうとした。海の近い町だった。このまま砂浜から海に入っていけば泳げない自分死ぬのではないかと感じていた。

服が海水を吸って重くなっていった。明確に死の恐怖を感じた。このまま自分が死んでいなくなる恐怖だった。この世から消え去りたくないと感じた。

砂浜へ引き返した。びしょ濡れのまま、一人家に帰った。自殺しようとしたなんて打ち明けることなど出来なかった。

死ななきゃいけないという感情はそれでも消えなかった。僕は考えを捻じれさせていった。

死ななきゃいけないなら、自分自身死ぬことを納得できる人間になろうとすればいいじゃないかと考えるようになっていった。

当時のニュースの影響もあって、大量殺人者に憧れるようになっていった。ああすれば死ねる!と。

30になったら行おうと思っていた。そこまでの命ならと思って、散財するようにもなっていった。

課金ゲームにハマっていった。諫められても、助けてくれなかった親への恨みから正当化していった。

深みにはまってどんどん続けていた。

20になった。成人式を迎えた。流石に焦りを迎えた。

バイト探しをするようになっていった。田舎から求人は貴重だった。

毎度のごとく落ちていった。

21になった。レンタルショップバイトに受かった。バイト代はすべて課金ゲームにつぎ込んでいった。

22になった。僕はバイトのままだった。世間就職にまた焦っていった。

23になった。友人の誘いで地元原発作業員になった。入ってウキウキ気持ち原発への嫌悪感がごちゃ混ぜになっていた。

半年で辞めてしまった。よりヤケになっていった。クレカ借金を作れば自分死ぬことに納得いくだろうと破滅的な行動が増えていった。

24になった。転職サイトで中途で入社した。ネット販売員だった。営業だった。件数全然取れなかった。頑張っても取れなかった。

頑張ることの意味が分からなくなっていった。努力しなくなっていった。ネットへの依存は深まっていった。

グループ内で転籍させられた。借金は増えていった。死にたくてたまらなかった。

25になった。課金ゲーで出会った友人に職に誘われた。僕は後先考えずに飛びついた。殴られるような営業から逃げられると思った。

転職先は良いところだったが付いていけなかった。そのころにはもう考えてもストレス意識が飛ぶようになっていた。

転職先を辞めてしまった。

無職になった。生活保護を受けるようになった。治療を受けても、あまり合わなかった。借金は残ったままだった。

四か月経ち、今日バイトを始めた。あまりのおぼつかなさに愕然とした。

死ななきゃいけない声が聞こえていた。今までは、周りを批判的に見たり、自分の実力を弱く見せたりして補助を貰おうとして誤魔化していた部分も遂に終わりを迎えた。

虐められていたときに亡くなった祖父母へのお別れの気持ちも1週間ほど前に整理がついた。

中学のころからの死ななきゃいけないを外すときが来た。そんな風に思えた。

借金は今、自己破産手続きが進んでいる。

精神科閉鎖病棟入院したときの話

うつおかしくなって自殺しようとしたとき

警察保護されて入院することになってしまった。

措置入院っていうやつで、自治体から強制から

医者がいいよって言うまで出してもらえない。

精神病院なので、もちろん閉鎖病棟。鍵がかけられていて、外に出られない。

ぶっちゃけ、悪い意味で、自殺したいという気持ちがなくなった。

まず、ほかの患者がヤバすぎた。

うつの人はほとんどいなかった。8割方統合失調症だった。

認知症か何かで意味のわからないことをブツブツいってるおばさん。

カーテンをめくって何してるか覗いてくるおじさん。

突然怒鳴りつけてくるおばさん。

全身に墨入れたおじいさん。たぶん元893

保護室という外から鍵のかけられた部屋では、「ここからだせー!!」って顔を窓に押し付けて怒鳴ってる奴もいた。

基本的に誰が暴れたりしてようがナースは我関せずで、通報すると「またかよ」って顔をしながら部屋に連れ帰って眠くなる注射を打って寝かしつけるだけ。

みんな、同じ病人同士なんだけど、頭がオカシイ同士だから

しょっちゅう凄まじい大喧嘩かになるし、

排泄がまともにできない人も含まれてるからトイレもすごく汚い。

犯罪歴があったり、大麻覚醒剤経験のある人が居たり、

話してて普段絶対知り合わないような人とLINEの交換をした。(退院後即、全員ブロックした)

たまーにまともな人もいるんだけど、突然なにもないところで大泣きしたり、やっぱり幻聴とかひどいんだろうなと思った。

聞いてる限りだと、家で面倒見きれないような人が長期間押し込められてるって感じだった。

当たり前だけど、措置入院患者医師許可がないと、

部屋に携帯の持ち込み、携帯の充電器の持ち込みなどの許可がおりない。

刃物NGはわかるけど、最初はコップと歯ブラシNGだった。

嘘でもなんでも良いから、元気で病気が治ったふりをして、医師の前では猫をかぶって入院して一週間で携帯を取り戻した。

措置入院の人は、自分意志では退院できないし、病棟から出ることが出来ない。

大体1ヶ月位で措置解除という手続きがあって、

任意入院という自分意志入院している形になり、

自宅外泊や外出をさせてみて、問題を起こさなかったら

退院許可が降りたら退院、という感じ。

どうやってこのやばい空間から抜け出すかだけを考えてたら、あっという間に退院にこぎつけた。

1ヶ月と3週間かな。

相変わらずうつだけど、もう閉鎖病棟には戻りたくない一心で、絶対自殺だけはしないって思ってる。

2017-10-21

ゆうメンタルクリニックに通って。 なぜ心の問題は解消されない?

ゆうきゆう氏が10代の女性との交際話題になっている。芸能人でもなく、テレビでもそんなに見かける人ではないのに、ネット週刊誌写真が公開されることは不憫あるが、このニュースが目に付いたのは私がゆうメンタルクリニックに通院していたからだ。

監査法人で働いるのだが、労働時間も長く、毎日毎日期限に追われる中で、日々の業務プレッシャーを感じてしまい、夜に眠れなくなってしまった。そこでせめて眠るめにもということで、家の近くにあるゆうメンタルクリニックに通い初め、睡眠薬を処方してもらうことになった。

その中で感じた事があるのだが、それは心療内科に通院しても精神的な問題解決出来ないのではないかという事である

ゆうメンタルクリニックに通い初めてビックリたことは、バウムテストという木の絵を描いて心に秘めている心情を読み取るテストを受けるのだが、その結果を全く使わないということである診療結果は紙で渡されて、それに対してのコメントが全くない。正直これをどう使えば良いのか分からないし、何のためにこれをやったのかも分からない。このテストにもお金がかかることからお金を得るために受けさせているとしか思えなかった。

その後も通い続けたが更にびっくりしたのは、診療時間が短い事だ。呼び出されて待合室までに戻るまでの所要時間は5分位である。余りにも診療時間が短くて一緒に来ていた妻は苦笑いしていた。その間に話したことは、「薬の具合はどうか?」「薬を使って副作用は感じているか?」「最近調子はどうか?」という話題であり、回答をしても問題の解消に向けてのアドバイスをくれることはほとんどない。医者診療に受け身であり、こちから今後どうしたら良いかを聞かないとアドバイスはほぼしてくれない。これで精神療法として330点(3,300円)が加算されることを考えると、とても割の良い仕事だなと思ってしまう。

マニュアルさえ渡せば誰でも出来てしまうような診療なので、医者も本当に医者なのかと疑問に思ってしまう。私服の上に白衣を着ているのはまだ良くあることかもしれないが、ヒゲも剃っておらず髪もボサボサな医者もいた。目に活力も感じなく、机には携帯が置いてあり、ネットゲームの途中かのような画面が写っていてやる気も感じられない。

この様に、診療時間も短く、テスト意図不明診療が行われているが、診療して間もない場合は、2週間分しか薬を処方してくれない。だから薬が欲しければ2週間に一回受診しなくてはならず、毎回、初•再診料として126点(1,260円)を支払わなくてはいけない。

こんな感じの診療をしていてもゆうメンタルクリニックには沢山の患者が来院している。その理由患者ゆうメンタルクリニックに期待しているのは薬を処方してくれることだけだからなのかもしれない。他の精神科受診たことがあるが、そこでも診療時間は長いと言えず、診療内容も浅いものだった。ネット病院を探しても、どこが良いのかも正直分からない。だったら取り敢えず薬を処方してもらって当座をしのごうと思うようになる。そうなると行きたい時にすぐに薬を処方してくれる病院がとても使勝手が良い。ゆうメンタルクリニックには池袋新宿など都心にあり、土日も朝から夕方まで営業している。診療時間も短くて、待つ時間も短いことからとても便利に感じる。ゆうメンタルクリニック病院にも関わらずドラッグストア的な機能を有していて、その点が患者に指示されている点なのかもしれない。

精神科は数あれど、精神問題解決できる病院は数が少なく、たとえあったとしても患者には認知されにくい状況にあるのかもしれない。そこで薬を処方してくれる病院に通うが、そこで根本的な問題解決する可能性は極めて低く、いつまでも悩み続けることになるのかもしれない。自力解決するのも難しく、病院での解決も難しい。精神問題を抱えてしまうと、金もかかるし、生きにくくもなる。本当に厄介な病気だ。

2017-10-19

anond:20150501113902

最近自らツイートされてた。この辺だったか

自分のおぼろな記憶とは結構印象が違っている。

http://psychodoc.eek.jp/abare/diary0007b.html

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん