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2018-10-19

因果応報ってほんとにあるよ、後なんかわからないけど不思議な偶然も

大学生ときのはなし。

友人と二人で夜道を歩いていた。我々は苦学生だった。家はお互いに田舎で裕福ではなかったので、何とか現状を抜け出そうと高校時代にやみくもに勉強した。おかげで、通える範囲内で一番よい大学合格できたものの、片道三時間通学だった。『往復六時間だぞ、一日の四分の一だ。四年通ったら一年電車の中にいることになる』このフレーズを当時自虐ネタとして、よく使っていた。ただ、悲壮感はなかった。我々はおどけたピエロになるのは好きだった。

夜道は暗かった。実家の近くは8時を過ぎると人通りが無くなり、国道なのに車が通ることも少なかった。製材場の近くに通りかかったとき、道端に何かが落ちているのが見えた。自動販売機の明かりのしたにあったので気がついた。財布だ。特に変哲もない黒い長財布だった。見た目からして薄かったので大して入ってないだろうと我々は思っていた。ところが開けると一万円札が七枚。金には困っていたが猫ババをしようという気はなかった。ただ、警察に届けて三ヶ月落とし主が見つからなければ、そのお金は我々のものになることは知識として知っていた。我々は夜道を引き返し、交番にいき、財布を渡した。

三ヶ月後、我々は七万円を手に入れた。一人三万五千円。当時の我々には大金だった。そこから事件が起こった。

五月の暖かい日、鴨川サークルメンバーと川の中でふざけていたとき身体を押され足を滑らせて転んでしまった。手を川の中でついたとき、尖った石がわたしの手のひらを突き刺した。傷口は大したことが無かったので、ほおっておくとその後、身体中に蕁麻疹が現れ、病院にいくと入院することになった。今まで入院なんてしたことがなかったので『なんだこれ』と思っていたが、かかった入院代金が三万五千円だった。

友達に『こないだの三万五千円、入院代に消えたわ』と連絡すると、友達から『俺も今入院している』と返事が返ってきた。後日確認すると、自転車に乗っていたとき電柱にぶつかったとかだった。そして、その友達入院金も三万五千円だったらしい。

実は我々は、財布を拾ったときに、一つしたことがある。財布にはお金の他にはほとんど何も入っていなかったのだが、数枚の名刺が入っていた。我々はその名刺をその場で捨てた。そのことが影響してるとは思えnwea

2018-10-18

「これって変じゃない?」にツッコミを!“女らしさ・男らしさ”の呪縛から子ども解放するために親ができること

https://woman-type.jp/wt/feature/13170

以前、息子が見つけてきて「これ、変だよね」と言った消防少年団ポスターには、男の子ホースを持って前面に立ち、女の子が後ろで救急箱を持って控えていました。男性はメインの業務や力仕事を担い、女性は補助的な仕事ケアワークを担うという思い込みは、いまだに根強く残っています

ものには適材適所っつーものがある。

消防という人の命がかかった場面で「単に外形的な数的平等のために」大きな水圧で暴れる重いホース女性にも持たせてさしあげる配慮をすべきかというと、私には疑問に思える。そういうときってホースは男が持ったほうがいいんじゃあるまいか体重や筋力が平均的に男女同等ならいくらでもホースを持ってもらえばよいが、そうではないだろう。

というか、消火作業ホース)も被災者の救護(救急箱)も、業務重要度はイーブンだろうと思う。ホースがメインで救急箱がサブというのは序列恣意的で、息子さんをよく調教されているようだけれど、男女平等にこだわりすぎて職業平等を教えることをどこかに置き忘れてしまっているのではないか

大学学園祭を訪れたとき男子学生がおそろいのピンクTシャツを着ている様子を見て、しみじみと時代は変わっているなと感じました。娘が一時期、ピンクなどのパステルカラーばかりを欲しがるので、親として複雑な気持ちになったものですが、今の大学生は「ピンク女の子の色」という意識さえ持っていない。偏見固定観念に縛られることなく、男性ピンクを着ることが当たり前と感じる世代が生まれているのです。

とにかくピンク女性の結びつきを断ち切りたくてしょうがないようす。

男子学生が揃いのピンクTシャツを着ていたからといって「男性ピンクを着ることが当たり前と感じる世代が生まれている」と判断するのはそそっかしすぎるだろう。学祭ということはサークルユニフォームだろうから、その色を個人個人が好きで着ているとは限らず、女子もいるサークル女子が決めたものをいやいや着させられているかもしれないのでは。

娘さんがパステルカラーを着たがることに「複雑な気持ちにな」るのは本当に親としてどうかと思う。娘さんが自由意志パステルカラーを好んでいるのかもしれないのに、それを「社会蔓延するステレオタイプに毒された結果」としか見られないのは、ひどい視野狭窄に思える。

子供選択の自由を奪い、感性自分の都合のいいように方向づけしようとしているという意味では「女の子からピンクを着なさい」と押し付ける親も「パステルカラーなんか好んじゃいけません」と教える親も大差ないだろう。

例えばドラマを観ていると、なぜか悪役は男性さらわれたり、狙われたりするのは女性ばかりです。我が家では、そんなステレオタイプドラマを見ると、息子が「また女の人が逃げてる!」と突っ込みます

現実犯罪者数は男性女性10であるのだから、人をさらったり狙ったりする役は男性のほうが自然だし、粗暴犯が力の弱い女性を狙うのも自然選択だし、そして、ここだいじだと思うんですけど、強者弱者を狙うからこそ「卑劣卑怯な手口」というプロットが成立するのであって、女が力づくで男をさらドラマなんかがあったらそれこそ「何かおかしい」どころではなく、噴飯ものでしょう!

そしてですね、いわゆる2時間ドラマでは犯人が女であることもとても多くて(断崖で泣きながら犯行動機を語る中山忍が好きだ)、現実との比較としてはむしろこっちほうこそ不自然で不平等に思えるのだけれど、それはOKということなのかしら。

例えばアメリカドラマでは、大統領CIAエージェントのような仕事女性が就いていることもめずらしくありません。最近ハリウッド映画では、コンピュータが得意な女の子が大活躍したり、男性の後ろに隠れずに、真っ向から敵と戦う女性ヒロインが登場したりしています

もー、そもそもドラマの配役をもってジェンダーステレオタイプうんぬんを語ることじたいがスカタンしか言いようがない。

エンタメに登場する女性は、その役柄がどれだけ威勢のいいものであろうと「画面の彩りやバランス」のために配置されていて、フェミニストであるならば本来そこにこそ疑問を感じるべきだと思うんだがそこは無視っていうね。フェミニスト旗手のように崇められているエマ・ワトソンにしたって、今の地位を築いたのはハーマイオニーグレンジャーという「冷静な優等生というジェンダーステレオタイプな役」がウケたからなのですよ。

男性の後ろに隠れずに、真っ向から敵と戦う女性ヒロインが登場したりしてい」ることをまるで近年のフェミニズムの手柄のように語っているけれど、ワンダーウーマンの例を引くまでもなく戦う女性を描いたエンタメはむかぁぁぁぁぁぁぁしからあるし、それは必ずしも実社会での女性地位の向上や男女平等意識の浸透を意味しているわけではない。女性でも「暴力」で敵と戦うのはスカッとするよねというだけの話で、現実ワンダーウーマンプリキュアのような立場を担わされたら大半の女性は「迷惑」と感じるのではあるまいか

これ以上くどくど書いてもしょうがいからまとめるけど、この治部れんげとかいう浅い浅いフェミニストは、言ってることのすべてが「表面的な数合わせだけの悪平等」の域を一歩も出ておらず、耳を傾けるに足る主張はない。それだけならまだいいのだけれど、この人、明らかに浅薄でズレた平等意識のもとでお子様の洗脳をなさっておいでで、まあこの人の子供がどんな人間に育とうと知ったこっちゃないのですが、ちょっと気の毒に思いましたまる

2018-10-17

本物の天才と凡人でしかない私

ここから先に書くのは凡人から見た天才の話であり、天才を妬む凡人の醜い嫉妬けが書き連ねてあるだけなんです。だから気分を悪くする人は見ないでください。

知り合いに本当の天才がいて、本物の天才で、私はそれを見てるだけの凡人でしかなかったという話です。

もう誰にも聞かせることなんてできなくて一生涯胸にしまっていようと思うほどに汚くて醜い嫉妬の話。

ただ、私にとって原点とも言える大切なもので、記事に残したいと思ったから書かせてもらいます

軽くフェイクあり。

文体特に考えずに乱雑なままなので、見にくいとは思います

それでもお付き合いいただければ幸いです。

携帯から書いてるので字下げとか無しのがばがばです。よみづれーな!と思ったら読むのをやめて、他の面白いものを読んでください。

天才を妬み、嫉むだけの凡人の記録です。

大学時代の知り合いに天才がいた。

私も文字を書く人間なのだが、その人間文字を書く人だった。当時所属していたサークル文字を書く人間というのは珍しく、私と彼女意気投合。仲良くなった。

不思議雰囲気少女だった。

人懐っこいような、それでいて人付き合いに慣れていないような女の子だった。私は、彼女が大好きになった。

彼女も私を好きでいてくれているんだと思う。

彼女の口癖は、「私は天才から」というものだった。正直な話、自他共に認める天才というやつだった。

なんというか、世間一般想像する天才、という感じの子で、それ以外は何をしてもドジなところがあったりするのに、文章を書くことにおいて彼女の右に出るものはいなかった。

小説家になりたいとあの子は言っていた。私も小説家になりたくて諦めた人間だったからこそ、彼女のことを応援したいと思っていた。

私という凡人から見る彼女という天才はまさしく神様だった。

神様天使という存在によほど近かったし、私は彼女のことを神格化していたのだと思う。

それが間違いだった。

そもそもの話なのだが、私はあまり両親に歓迎されていない。

世間一般では虐待されているのだと思う。割とそれに気づくのが遅くて、その状況を甘んじて受け入れてはいるのだが。

常日頃から、呼吸するだけで呼吸がうるさいと言われ、醜い、臭いなんていうのは勿論、何をしても「お前には何もできない」「お前がやることは全て無駄だ」「言われたことだけやればいい」と言われ続けてきた。

唯一まともに出来ると自負していたのが小説を書くことだけだったのだ。

私は、両親への憎悪を込めて、幸せになりたい一心で書いていた。

認めてくれない周囲への憎悪や、どうしようもない「絵を描くことが出来ない」というコンプレックス(私は本当に絵を描くのが苦手で、当時二次創作活動していた私にとってそれは酷いコンプレックスになっていた)、そんなものを筆に乗せて私は一心不乱に憎悪文章を書いていた。

そんな私のことを認めてくれたのは天才彼女と、その周囲の文字を読むことが好きな人間だった。

今思えばその時が一番幸せだったのかもしれない。

私はそのコミュニティの中で、尊敬する彼女に認められ、彼女の周囲の人間にも認められ、初めて文章を書くという行為肯定された。

私は確かにそのときしかった。

天才彼女と会話することも、何もかもが楽しくて仕方なかった。

小説の話をすることも好きだったし、前向きに小説家を、もう一度目指してみようと思えたこともあって、色々なことを頑張っていた。

そんなある日、サークル主の交代の時期がやってきました。

ほとんど上下関係はないサークルだったのだが、一応、代表者みたいなのが存在していたので、そういうのの交代の時期だったんです。

サークル活動自体には私は熱心ではありませんでした。なんとなく所属して、なんとなく戯れるのが好きだったし、代表者なんて役回りも似合わないので私は普通に過ごしていました。

それでも、その日、ふと。

共通の知り合いから、天才彼女サークル代表者になるという話を聞いた。

私は、喜んだんです。

彼女はそういうのは苦手だと思うけど、それでも彼女に相応しいと思ったし、そういうことを頑張れる子だと思ってた。

から、そのまま彼女のところに言って。でも、私は私が彼女親友だと思ってたから、別の人から聞いたのがちょっとしかったんです。ちょっとじゃない。すごく悔しかった。すごく悔しかった!

からわざと、「次の代表者って誰になるんだろうね」って聞いて見たんです。ただの出来心だった。彼女が教えてくれると信じ込んでた。

嘘をつくのが、すごく下手な可愛い人は、「えっ!?し、知らない。全然教えられてないから〜!」って答えたんですよ。

そんなことあるわけないんだ。だって、私が聞いた「共通の知り合い」というのは、現在サークル代表者だった人なんだから

私は彼から、「次は天才彼女代表者になる。もう了承も取ったんだよ」という話を聞いたんです。

私の大好きな人が私に嘘をついたとき、感じたのは大きな絶望と圧倒的な失望しかなかった。

そこで気付いた、初めて知ったことがあった。それは、"天才彼女人間しかなかった。下手な嘘をつく、哀れな人間だ"という当たり前の事実だ。

それ以来私は、彼女接触することがなくなりました。本当に現金な話なんだけど、そうする必要を全く感じなくなったからだ。

私にとって天才のあの子が、凡人のあの子になった瞬間だった。

当時私は親から圧力に耐えられなくなっていた。就職の話や卒論別に入りたくもなかった大学押し付けられた学部での勉強に飽き飽きして、両親のいうことは全て「私たちが楽をするために働け」というものだと気付いてしまたからだ。

夜中に両親の寝室に包丁を持って入って、真冬最中眠る両親の枕元で正座して三時間過ごしたとき限界が来てることを知った。

まだ話が出来る父親に全てを正直に話した。その頃の私は完全に精神を病んでおり、外に出れば永遠と私を詰る声が聞こえるなんて状況だった。

大学を休学し、私はしばらくの間、彼女からも何からも離れた。

私にとって彼女天才だったのだ。

だが、その当時の彼女は全く芽が出ていなかった。

天才彼女は、家庭にも恵まれていたように見える。小説を書くことを認められていて、私と違い自信に満ちていた。

きっと、両親にも愛されていたのだと思う。

そんな彼女でも小説家の芽が出なくて、だからこんなに認められていない私が芽が出るわけがないと安堵していた。

大学を休学して1年が経った頃、風の噂で、天才彼女小説家としてデビューしたことを知った。大きな出版社だった。私でも知ってるような場所だ。

そのとき、全てががらがらと音をたてて崩れていく感じを味わったのだ。

まれ彼女は、その才能を十全に発揮し、そして、天才であることを世に知らしめた。

完全に私は折れてしまった。

私は彼女ほど恵まれていてもデビューできない"小説家"というものを、狭き門だと思っていたのだ。だから、何にも祝福されぬ私は通れなくて当然だと。

どこかで夢に向かって愚直に進む彼女を嘲る気持ちもあったのだと思う。

妬み、嫉み、嘲笑。そんな彼女に向けていた感情は全てがぽっきりと折れて、後に残ったのはどうしようもなく渦巻く嫉妬だけだった。

その嫉妬原動力にして、私は何度も物を書いた。

小説ではないものになったが、それでもそれは、世の中で一定評価されたのだと思う。

私は、出版された彼女小説を読むことはなかった。

憎悪に満ちた筆を止めることはなく、嫉妬怨恨の詰まった筆を進め、世界を愚弄して、そしてハッピーエンドを踏みにじることで精一杯になっていた。

そうでもしなければ。

私は、筆を折ってしまうと思った。私の見下した彼女が、天才彼女が、私を否定すると思って読めなかったのだ。

大学は、もうやめてしまっていた。価値がなかったからだ。私にとって、"彼女"という存在を無くした場所は、本当にひたすらに何の意味もなかった。

そんなある日、共通の知り合いから連絡が来た。

彼女の本が出版されてから1,2年経った頃合いだったと思う。

久しぶりに飲まないか、という連絡だった。天才彼女もいるという話で、私は当時の憎悪彼女を殺してしまわないか心配になったが、それよりも彼女がどうなったかが気になって仕方なくて会うことにしたのだ。

当日、待ち合わせ場所で待つ私に彼女が声をかけた。抱きついて来た。久しぶりだと笑った。

彼女は、何も変わっていなかった。

何もかも昔と同じで、ああ、と心の霧が晴れた気分だった。

あの時嘘をついたのは何か理由があったのかもしれない、と思えたのだ。天才であることを世に知らしめた彼女は、それでも変わらずに私という凡才に声をかけて、笑ってくれた。

そんな彼女が愛しかった。

彼女は、少しだけ、記憶にあるよりも疲れた顔をしていた。

から私は彼女が好きになったのだと思い出した。嘘をついたかもしれないが、彼女は、私という凡才を、愛してくれていたのだ。

しかった。そんな彼女が、大好きだった。私を見下さな彼女が好きで好きで仕方なかったのだ。

から私は、あの子の本を読む決意を固めた。読まないと、失礼だと思ったのだ。

天才である彼女が書いたものから、私は読みたかった。本当はずっと読みたかったんだと思って、何件も何件も本屋を駆け回った。しかし、田舎なせいか何件回っても無くて、読みたくて気が狂いそうになったときやっと見つけた。

冗談じゃ無く、手が震えた。

その本を手に取り私は、一気に読み終えた。そして、涙した。

登場人物の瑞々しい感情

豊かな状況描写

独特な心理表現

飽きさせない展開。

そして、ハッピーエンド

本当に、天才所業だった。嘘じゃない。この本を読むために私はこの世に生まれて来たのだと錯覚するほどに良い本だった。彼女に長文の感想をしたため、私は本当に、本当に、幸せな気分になったのだ。

今までの自分の恨みが全て浄化されるような気がした。私は、許されてもいい、と思った。

その小説の中で、天才彼女は、創作をすることの喜びを語っていた。創作をするときに悲しんではいけないと語っていた。

それは胸に響き、今までの怨恨原材料として書いて来た私に、幸せ気持ちで書いていいと許しをくれた気分になった。

早速私は、筆を取って。

そこで、絶望した。

先ほどまで許しだったものは明確な否定として私に牙を剥いたのだ。

私は、怨恨絶望嫉妬と、そんな汚い感情原材料にしてしか物を書けない人間だった。天才彼女のように、幸せで美しく綺麗な気持ちものを描くことなど出来なかった。

汚い感情原材料にして描くという、私に唯一ゆるされたことを、私に無邪気で無垢笑顔を向けた彼女が一番に紙面で否定したのだ。私の大好きだった文章否定したのだ。

ただの思い込みだとわかっている。

彼女はそんな気分で書いたのではないと知っている。それでも私は、それに気づいてしまった。

凡人と天才の間にある圧倒的なものに気付き、狂うほどに嫉妬した。

私にないものを持っている彼女があまりにもどうしようもなく遠い存在であるとそこで初めて認識したのだ。

今でも彼女の本は手元にある。

枕元において、ページがへろへろになるまで読み返した。

どんなになっても読み返した。何度も同じシーンで泣いてしまう。

それでも私は、勝手彼女を許すことが出来なかった。勝手彼女に対して憎悪の念を抱いた。

こんな素晴らしいものを世に生み出した人間を憎むことしかできないのだ。こんなに、素晴らしいのに。

私はその素晴らしさと尊さを正しく理解している。それでも尚、私は許すことが出来ない。

天才彼女を、心底憎悪している。

私という凡人を踏みにじった天才に対して、圧倒的な憎悪を振りかざしている。

私はこれからも、そういった憎悪嫉妬と、そんな汚い感情を持ってハッピーエンドを踏みにじって行くのだろう。それは、天才彼女に私が出来る唯一の復讐なのだ

かにわかるものでも、理解されるものでもないとわかっている。

彼女が悪いわけではないことも理解している。だからこそ、私は彼女に対しては今でもにこにこと、本当に彼女が大好きだと言い続けられる。これは本心だ。本心から私は彼女を愛している。

それでも私は、彼女無意識に踏みにじった私のために復讐を続ける。彼女という天才憎悪し続けるし、嫉妬しない日はないのだろう。

天才彼女ハッピーエンドを、素晴らしく描き続けるのであれば、私はそのハッピーエンドを何度も何度も何度でも踏みにじりたい。

わかりきっているのだ。

天才彼女が、何も思わないことなど知っている。そして、これを残す意味は、どこかで私のこの歪みきった感情に気付いて、認めて、謝ってほしいということなのだということにも。

私は彼女に認められたいだけなのだ

それでも、もし万が一これが彼女の目に入ったとしても、私は知らないふりをし続けるのだと思う。

凡才の私などを天才彼女が視界に入れてはいけないのだから

長々と読んでいただいたが、これらは全て私の妄想だ。私の大学時代に"天才彼女"というもの存在しない。存在しない。

からこそ、私は素面でこれを書けているのだから

よく書けてると思ったら、どこかで笑ってあげてください。一瞬でも本当のことだと思って騙されたのだとしたら、失笑してください。

私という凡人に騙されたのだと、少しだけ腹を抱えて笑ってくれたら幸いです。

私は今でも、憎悪に満ちたペンを握っているけど、きっとそれを架空の誰かのせいにしたくて、これを書いたのだと思います。だから全てフィクションなんです。本当だよ。

大手ジャンルオタクが出来ないから決別する

私はオタクだ。マンガゲームアニメが好きで、アイドル化粧品も好きで、大手ジャンルが怖いオタクだ。

オタクになってからというものの「最近流行ってる人気作品」のファンマナー炎上する光景を沢山見てきた。(運営炎上することも多いけどこの話では割愛)

最初のころ私は「どのジャンルにもマナーの悪いオタク一定数いて、人気作品は母数が多いからどうしても目立ってしまうのだろう」と思っていた。何故ならその時の私は大手ジャンルオタクで、それしか知らなかったから。そして特にマナー違反をしていないオタク存在も知っていたから。だからその手の炎上を見るのがその作品が好きなオタクの一人として辛かったし、ちょっと嫌気がさしていた。

そんな私が約4年前にハマった漫画がある。それは私の人生を変えた。今でも一番好きだし多分これから死ぬほど好きで、人生を捧げてもいいと思ってて、本気で生き甲斐だと思ってる漫画。そしてその漫画は今までと違って「大手ジャンル」では無かった。だけどめちゃくちゃ楽しかった。その漫画を好きでいることが楽しかったし、公式から供給大手に比べると確かに少ないけど、そこに不満を感じることもなかった。なにより「快適」だった。二次創作考察ツイートをしている人の作品Twitterの呟き、そういうことしてるわけじゃないけどその作品オタクしてる人の呟きを見るのも楽しかった。作品キャラクター原作者に対する愛を節々から感じることが出来た。そしてこのジャンルは私の知る限り「ファンマナー炎上」することが一度もなかった。マナーが悪い人が一人もいない、ことはないと思うけれど目に付くことは特に無かった。これまでに感じていた「オタクをする上で必ず付き纏う疲弊」を感じることがなかった。私はそれがあまりにも幸せだった。(漫画としてめちゃくちゃ面白いというのは大前提として)

(※誤解しないで欲しいんですが決して人気ジャンルに愛のあるオタクがいないとかそんなことは1ミリも言ってないです)

だけど転換期は突然に訪れる。その漫画はなんと2年前に休載になった。(この時点でなんの漫画か気付いたひともいるかもしれないけど敢えて名前は伏せます)

びっくりしたけど、私は少しだけ余裕が出来た。だから少し経ってからフォロワーがハマってるジャンルとか、よく見かける最近流行ってるっぽいジャンルを履修しようと思った。

名前は出さないがいくつかの大手ジャンルをこの2年履修した。ゲームもあればアニメもある。そしてそのジャンルは全部一度は炎上した。ただの偶然かもしれないけど、私の知るここ2年ほどの大手ジャンルは大体一度は炎上している説あるからまじで。なんでだろう、と思った。私は考えた。そして考えた上で結論を出した。

大手ジャンル流行ものに食いつく層がいるから」

あんまり認めたくなかったし悲しいけど私の中の結論はどうしてもこれだった。流行もの二次創作をしてチヤホヤされたい人が、畑を荒らしているのだ。そうしてそういう人が炎上してまともな人は離れ、暫くしたらそういう層は次のジャンルに移行してジャンル自体は廃れていく。そう思うとめちゃくちゃ怖いし悲しい。作品のものは大好きだからこそ。

(※勿論ですが流行ってるからという理由で気軽に手を出したら本当にそのジャンルを好きになる人も沢山いると思うし、そういう人のことは言ってないよ)

だけど原因はこれだけじゃない。もう一つ大きなものがあると思っている。それは「勘違いをしてしまうこと」だ。大手ジャンルは圧倒的に母数が多い。例えばグッズの売上、イベントの箱の広さ。公式Twitterフォロワー数やDL数。二次創作につくRTいいねブクマ数。どこを切り取っても数が違う。きっとそれ故に人は勘違いをしてしまうのではないだろうか。「このジャンル二次創作CPは許されている。認められている」と。

勘違いしてしま気持ちも、そして流行もの二次創作をしてちやほやされたい気持ちも正直わかる。実は私も文字書きの端くれだからだ。全然人気サークルとかじゃないけど、やっぱり母数が多いジャンルの方がいっぱいブクマされるし反応がくれば嬉しい。好きって言われたら嬉しいし、もっと言ってほしいとも思ってしまう。

自分を好きって言ってくれる人が好きそうな二次創作をして、褒められて自分も満たされる。

わかる。まじでめちゃめちゃわかる。これ断ち切るのほんと難しいよね…。

そして勘違いをしてしまうのも、ちょっと分かる。勘違いというよりもきっと感覚麻痺なんだと思う。オープン妄想を発信してる人がいて、そういう人をみてそんなにオープンな感じでいいの?やったー!って人もいるだろう。(とくに最近人口が爆発的に増えたコ〇ンなんかは、映画きっかけで久しぶりにオタクに戻ったらみんなめちゃくちゃオープン二次創作してて、それを時代の違いと納得してしまった人も多いと思うし)

こうやって少しずつ「マナーが悪い」ことが「普通」になっていく。

そして自由二次創作をできる環境を一度知ってしまうと辞めるのは難しい。

からファンマナー炎上した頃にはもう手遅れ。それが普通だと思ってしまって楽しさも知ってしまった人が考えを改めるのは厳しい。人数が多ければ多いほど。

それから原作知識のない人が二次創作してるケースもある。気持ちはわかる。流行ってると自分から検索しなくても勝手二次創作マンガ公式情報が流れてきたりするし、履修してないのに主要キャラの顔と名前がなんとなく一致する人は結構いると思うし。正直その気になれば原作未読でも二次創作読めばなにかしら書けるとは思う。だけどこれは大手ジャンルじゃないと出来ない。だって大手ジャンルじゃないと二次創作出来るほど勝手漫画TLに流れてきたりしないし。実際二次創作知識しかない人が二次創作しててそれが人気だったりもする。

だけどふと思う。そこに愛はあるのだろうか。

二次創作知識だけで描いてるけどいいよね、とか。〇〇くんがすき!それ以外はどうでもいい!とか。

そこに作品キャラクターに対するリスペクトはあるのだろうか。

私は原作リスペクトの無い人間二次創作が嫌いだ。そしてリスペクトを感じられる作品がめちゃめちゃ好きだ。

大手ジャンルはよく炎上する。

流行ものに飛びつく自己顕示欲に囚われすぎた人。

母数の多さに勘違いして周りが見えなくなっていく人。

原作へのリスペクトが欠けている人。

どれだけ自分自身がそういう人を避けていても、自分の好きなジャンル炎上しているという事実だけで疲弊してしまう。推しジャンル自体が悪く言われるのも物凄くツラい。少なくとも私はそうだった。

私は大手ジャンルオタクが出来ない。少なくともこの先、大手ジャンルにハマっても二次創作をしたり同人誌を買うことはないだろう。作品への愛はあるから迷っていたけれど、2年休載していた大好きな漫画の連載再開が発表されたことで決意できた。それに、私は疲れるためにオタクをしているわけじゃないから。

大手ジャンル否定するわけじゃない。これから原作は好きだ。追っていくだろう。ただ私に大手ジャンルオタクをすることが性に合わなかっただけ。

私は推しを通して幸せになりたいし、幸せだと思えるやり方でオタクします。

さようなら大手ジャンル

2018-10-16

anond:20181016160902

気になったので調べてみた

今はヒプマイなる男しかでないゲーム

ヒロアカBL人気が高く

コナンBLではそこまでじゃないようだ

次のコミケの申し込みサークル数で、自称安室の女がどこまで生き残ってるかが分かりそう

anond:20181016105250

コミケ無償ボランティアとは言うけど、

次回のコミケサークル当選確定の申込書がもらえるからプライスレスなんだよね

末端価格にして3万くらいにはなるのか?(サークルチケットヤフオクで売ってるやついたよね)

マジレスするなら

マジレスするなら、何処までを「報酬」と捉えるかに寄る。
コミケスタッフをするためには、幾つかの義務があるので、先ず義務の話から

義務

設営日+全会期の内一日を除いて(現在だと、設営日1日、全会期3日の合計4日の内三日間)スタッフとして業務に当たらなければならない。(1日だけ休み希望を入れる事が出来る)
スタッフとして参加するために、事前に三回行われる会議の内二回には必ず参加しなければならない。会議東京で行われるので地方民は会議のために東京まで出なければならない。(この際交通費は自腹)

これらの義務に対して「報酬」ではないが「福利厚生」が発生する。

福利厚生

コミケ間中、一泊1万5千円ぐらいになるビッグサイトが目の前のあのホテルに、スタッフとして参加している日に限り準備会から宿泊費補助が出て、一泊5千~6千円で泊まれる。(つまりスタッフ一人につき一日一万円程の宿泊費補助が出ている)
・昼食として弁当飲み物等が支給される。(個人の感想だが、この弁当が凄く美味しい)
スタッフ参加すると本を買いに行く時間が無いため、サークル通行証が2枚貰える。(「その二枚で知り合いに代わりに買ってきてもらってね」の意)

明確に給料という形での「報酬」は出ていない。これらの「福利厚生」は「報酬」なのか?と問われれば「福利厚生」でしょ。
報酬がない」と「福利厚生が無い」は同じではない。
報酬」は無くても「福利厚生」がちゃんとしてるからコミケスタッフは成立していると考えている。
多分これらの福利厚生廃止するって言われたら誰もスタッフやらないんじゃないかな。

注意点

ちゃんとサボらずにスタッフ業務が出来ているかどうかはID確認されるため、サボりが発覚したスタッフは次の開催時にこれらの福利厚生が受けられなくなる事が有る。
サークル通行証2枚じゃ少ない?スタッフ同士でグループ組んで、支給されたサークル通行証をグループで共有して買い出し部隊(それぞれのスタッフが信頼できる、スタッフではない知り合い2名を集めた部隊)作る等工夫してるんだよ。

…と、コミケスタッフ経験者よりマジレス

Re:コミケの医療スタッフって

2018-10-15

学歴謙遜への正解の返しがわからない

誰に聞いていいかからなかったので学歴ネタがよく伸びてるここで。

先日ブライダルフェアなるものへ行きました。

馴れ初めを聞かれたので「大学サークルで」と答えると、「ちなみにどこの大学ですか?」と聞かれました。

○大です、と答えると「すごいじゃないですか!僕なんかそのランクの一つ下も受からなくて△大でしたよ!」と。(申し訳ないけど聞いたことあるようなないようなところでした)

ここでどう返すのが一番スマートなんでしょうか?

「そこもいい学校じゃないですか!」と言うのもなんか嘘くさく、

「うちも似たようなもんですよ」も失礼なら気がします。

こういう場合よく僕は「僕もまぐれで入ったようなもんなんで…」などと返すんですが、これもなんか鼻に付くよなあと毎回思ってます

増田の皆さんはこういうときどうしてますか?

anond:20181015014339

散歩がてらやるとなかなかい運動になるよ。

老若男女問わずできる趣味から一人ぐらい紛れててもわからんよ。

あとはー、カメラ楽しいよ。

私の場合現像してる時間の方が長いけど

多分まず職場以外で人と仲良くなることから始めようってみなさん思うんでしょうね。

で、手近なところでお店のスタッフというのが浮かぶんだけど、やっぱりだめだわ。

趣味サークルってどうやって見つけるんだろうね。

いろんな人と社交的に暮らすのって大変なんだなぁと思った

今は学生からほとんどガチぼっちでもそこそこ快適に暮らせてるけど

社会人になったらヤバいんだろうなーって思う

授業とか仕事とかで迷惑をかけるのは嫌だから予習復習宿題グループ課題はきっちり行うけど

プライベートでの世間話が全く思いつかないし自分の興味が無いネタ仕入れようとも思わない

たまたまむこうがアニメオタクとかだったら多少は弾むけどそうじゃなかったら何の話もできない

まぁむこうがオタクでもその場しのぎの会話はできるけど深い付き合いにはまずならない

twitterpixivもやってるけど全部ROM専交流は全くしない

リアルでもサークルとかの飲み会に本当に数少ない友達に誘われて参加しても、酒が飲めないから酔っぱらってはしゃいでいる周りを

「はしゃいでるなー」とただ見るだけ

輪に入ってはしゃいだことは一度もない

多分見た目は上の下くらいだし性格も害はないか小学校の時以降は(周りに恵まれたからか)いじめられたことは無い

電柱のような存在として扱ってくれててありがたい

でも社会人になったらそうはいかないんだろうな

特に女だから噂話の広がり方もえぐいんだろうな

数少ない友達からの子学部人間関係愚痴とか噂話を聞くたびにそう思う

あと、その子から「●はこういうはなししても絶対漏らさないから信用できるー♪」と言われるけど

それは決して私の性格が良くて真面目だからという一点のポジティブ理由じゃない

ただ単純に興味がないから一々それをまた人に話そうとか思わない

の子のことは好きだし大切に思ってるから”その子の”友人関係やら恋人関係は覚えてるけどそれ以外は忘れてしま

あとまた人に伝えられるほどそんな話を気軽にできる友人なんていない

人の噂話を聞く時間や他のグループで誰がどういう立ち位置にいるのかとか誰と誰が付き合ってるっぽいかを観察する時間があるんだったら

好きな芸人ラジオを聴きながらpixivで好きなジャンルの絵を見たり電子書籍漫画をひたすら読んでいたい

今は学生だし周りにも相当恵まれてるからこれでなんとか成り立ってるしヤバいと思ったことはほぼないけど

今になって少し焦ってきた

でもまぁ結局焦るだけ焦って結局全く努力しないで無駄精神削るだけなんだろうな

いつものことだな

学校だけとか会社だけとかの同僚やら上司やらとかかわるのは嫌だけど趣味友達バンバン作るっていうのが普通なんだろうけど

私は趣味友達を作ることも興味がない

多分根っからストーカー気質なのか信じられないくらいの自己中なんだと思う

あと、自分の中にもう一人の自分がいる感覚があるからそいつ無意識に話しかけることで満たされているんだと思う

こういうただ一人が好きなだけでも社会人になって周りと交流を持たなかったら

あいつ斜に構えてるwwかっこいいと思ってんのアレww」とか馬鹿にされるんだろうな

いや馬鹿にされるのは別にいい

ていうか今までだって馬鹿にされてるんだろうし馬鹿にすること自体全然かまわない

ただそれを私自身に感づかせないでほしいだけなんだ

私が認識していないことは私にとって存在しないんだから

でもまぁそんなわけにはいかないんだろうなーめんどくさい

人とかかわりを持つのがめんどくさい

趣味でも人とつながりたいと思えない

ひたすら漫画特撮アニメ小説ニコニコ動画youtubeを見ていたい

2018-10-14

同人小説の人気ってどうやったら出るの?

まんまタイトルどおり。

小説、人気、なさすぎでは?

絵と比べて嗜む人間の母数が少ないから、いかに上手い文が上手いのか理解できるだけの頭を持ってる奴が少ないのかな?と思う。

それでもそこらの下手な絵描き作品なんかよりはずっと趣深くて味わいがあってしっとりして美しくて楽しくて心踊る。

私は準大手サークル絵描き同人女だけど、pixivでは小説ばっかり読むし私も小説が書ければよかったのになぁと思う。漫画にするより小説にしたいシチュもたくさん考えるのに…

もっと文字書きが報われる世界ならいいのに。自カプの小説もっと読みたい。漫画なんて絵が描ければ誰でも描けるものじゃなくて。

同人誌転売はやめてほしい。

はいわゆる腐女子です。私には好きなジャンルがある。そのジャンル二次創作を行っている。自分同人誌を作ったことは数えるほどしかないが、そのジャンルイベントで本を買ったりしている。Twitterでその作品好きな人と話したりしていた。

そんな私の好きなジャンルで悲しいことに同人誌転売されるということが起こった。某フリマアプリに売られていた。

私は悲しかった。自分の本が転売されていたわけではなかったが悲しかった。私はイベントも遠方のために参加できなかったので作者さんが通販してくださるもの頼みで、通販のなかったり完売したものTwitterのその本がいかに素敵だったかというTLの感想をうらやましく眺めていた。

そんな本の数々がフリマアプリで売られていた。転売について気がついたひとが報告して何度か削除され、また出品されるということが3度ほど行われた。

その出品しているアカウントを見てみると、過去にはそのジャンル同人誌、他ジャンル同人誌、グッズ、限定グッズのいくつかも売買されていた。

同人誌の出品物のコメントを見てみると「一度だけ読んだ」や「暗部に保管」などそんなことが書かれていた。

それを見て、同じジャンルが本当に好きな人間なんだということは分かった。だからこそ余計に怒りを覚えたし、悲しかった。

転売目当てではなく、本当に本が読みたくて買って、一度読んで満足して、中古屋では高く買い取ってもらえないから原価近くで売れるフリマアプリオークションで売っている、ということであろう。

そしてそのフリマアプリアカウントではサークルチケットも売られていた。つまりは、サークル参加する人間だったのだ。

同じジャンルにこのような人間がいるということはひどく恐ろしく、たとえこの先本を出したとしてももしかたらこの人が買っていくかもしれない。サークルも参加するのかもしれない。

昨今、奥付にオークションフリマアプリでの転売を禁ずる文面を載せることは当たり前となっている。しかしながら、これに法的な強制力はない。同人活動性善説に基づくものなのだと実感する。

転売された方々はせめて同人誌専門の中古屋等に売ってくれ、と言うがそれでも本当は自分一生懸命、命を削って作った作品簡単に手離してほしくはないだろう。

せめて見えないところで、ということだろう。いくら中古屋に売るからと言って面を向かって「売ってきます」や「処分します」なんて言われたくないだろう。古本屋自分の本が並んでいるのを想像すると胸が締め付けられそうである

自分転売されたわけではない。しかしながら、この一連の騒動創作意欲を削がれるという気持ちもありありと分かってしまう。自分だったらと想像したくもない。

転売されてない私にも、これほどまでにダメージがあるのだから転売されたひとの気持を想像するとただただ辛い。

転売はやめてほしい。

anond:20181014182311

ほんとこれ。あと数ヶ月ってことは高卒資格は取れるんだろうから何としても次の進路では自分ができる最大の背伸びをして下さい。

大学行かない、もう進学先決まってる、とかならインカレサークルとか行ってみてね。

色んな、社会人サークルに参加したら左翼を辞めれた話

左翼って言うのが相応しいのか分からないけど、

自分毒親育ちの左翼だった。子供の頃から毒親の影響からか、友達ができない、もしくはできても健全友達関係ではない

(要するに共依存関係)ので長続きしない、友達付き合いに必要な小遣いとかをくれないとか・・で友達のいない子だった。

20過ぎてから毒親自覚してカウンセリング等、受けまくって今では人並みに人付き合いができるようになったが、昔は本当にだめだった。

そんな自分左翼?になったのは大学から・・最初サブカル洋楽)にはまって、友達がいないかカラオケで歌う曲を覚える必要もない。

流行とは真逆音楽やら映画やらばかり追求し、だんだん政治にも興味を持ち出すと、チョムスキーの本とか読み出した。

大学を出てから派遣で働きながら、田舎自給自足しようとかNPO法人で働きたいとか内田樹とか安富歩さんの本とか読みあさり

自分大衆とは違う、そっち系の人という自覚がずっとあった。

そんな自分が35過ぎてから社会人サークルに参加しまくりだす。

職が変わって週休2日になったのが大きいのだけど、茶道教室陶芸教室英語カフェ読書サークル、等。

思うに私はずっと自分中学大学まで友達がいないこと(特に大学では究極ボッチ)を正当化しようとしていた。

友達がいないか自分はここまで自分世界を広げられたんだ。

ショーペンハウアー曰くに「孤独を知らないもの自由を知ることが出来ない」

でもやっぱりずっと心に欠けてるものがあったのも事実で、それが社会人サークルに参加させてのだと思う。

以前もmixiとか流行った頃とかそういうサブカル左翼の集まりに参加したけどそれはもともとそっち系の人の集まりだった。

今は、全く思想もなにも関係のないいわゆる普通の方々ばかりだ。

でも参加すれば受け入れてくれるいい人ばかりだった。

そういうアットホームな所に継続して通うようにしてたからなんだけど。

そしてとうとう掴んだのだ、共同体感覚・・と言うものを。そしてアドラー曰く

共同体感覚を掴んでこそ、人は承認欲求を捨てれるのだ」ということを身を持って体験できたのだ。

毒親に対するカウンセリングを受けてたころ、幼少期のトラウマ専門用語で言えばインナーチャイルド)は克服できた、

それは街中で見る子供と親の様子を見ることで、ああ自分もああやって受け入れられてれば愛情にも飢えないし、

人を怖いと思う必要もないのだと思えたから。・・としか青春期のトラウマはずっと克服できていなかった。

どういう学生時代理想なのかずっと掴めていなかった。それを30後半にして掴んだのだ。

それを掴むと、もう「世の中を変革するために何かをしなくてはいけない」とか

「みんなが右を向いてるとき自分は左を向かなくてはいけない」「自分は何か人より頭1つ出てなくてはいけない」

とかそういう脅迫観念はどこかに吹っ飛んでしまった。

どれだけ世のため人のためと思っても結局承認欲求だったのだ。

2018-10-13

anond:20181012090959

まあ、学外の勉強会であればチャンスがあれば狙わざるをえないというのはわかる。

社内の女に手を出してトラブルになればキャリアダメージ食らうからなしだし、

かと言って、ウェーイ系の飲み会テニスサークルとかむしろあわない人間が多いんじゃなかろうか。

仮にそういうところで遊び人みたいな女を捕まえても価値観の違いでコチラの好きなもの否定してくるイメージしか無い。

正直興味もない流行り者に合わせるために興味もないことに時間を費やして、ニコニコはしているが逆にこちらを受け入れてくれる感じもない女のために時間さいて何やってるんだろ、、、、って思う。

とすると多少なりとも共通話題があるようなところで狙ってくるのはまあ、、、、って感じ。

で、こう言うとあれだけど、、、、、、、生涯独身バリエンジニア!というのを考えているのでない限り、男のあしらい方は失敗して学んでいったほうがいいとは思う。

行方正、女の心を配慮してくれるという王子様みたいなのは先に相手がおるか、あきっぽくて次からから女引っ掛けては捨ててる奴だから

しろ、みんな失敗しながら学んで、たまたまうまく行って継続し得た人とそのままずっといくもんだし。

2018-10-12

自分がなぜ絵を描いているのかふと考えた話

最近絵を描くのがしんどいと思い始めたか自分気持ちを整理するために書く。

本題は下の方なので途中は飛ばしてOK

サイト時代から同人をやっており、以前はオフ活動積極的にしていたが金銭時間等の問題、家庭環境等の関係でここ数年ネットのみで絵を描いている。いわゆるオン専の絵描き

絵馬ではないが今まで色んなジャンルを渡ってきて、そこそこに見てもらえてあたたか言葉をかけてくれる人もいた。

交流も得意ではないがその都度ジャンル内で仲いい人も出来、それなりに問題もあったが楽しくやっていた。結局ジャンル移動や結婚出産等で同人を辞める人が多く、ほとんど音信不通だけど。

自分も数年前色々重なり一時期同人を辞めていて、久々に某アニメを見たらハマり数年ぶりに出戻った。

以前もそうだったけどとにかく描くのが楽しく、萌えを発散したい!の一心で絵や漫画を描き始めた。

でも出戻った時にはツイッターが普及し、個人サイトがほぼなくなっていて以前の同人雰囲気とかなり違っていて驚いた。

以前やっていたサイトは閉鎖していたので、この機会に二次創作用のツイッター同人以外ではツイッターをやっていたから使い方は知っていた)を始め、pixivにも登録してみた。

しかサイトと違って人の評価ダイレクトに見えるし自分評価ダイレクトに見られる。

以前はサイトカウンターくらいだったけど、1つの作品に大して数字で表される。

ただ、運よく出戻ったジャンルとは相性がよかったのかそこそこに見てもらえ他人評価はそこまで気にならなかった。

数字が伸びると嬉しい。ブクマが沢山つくとやる気が出る。

そしてその後時間が経ちいくつかのジャンル転々とした。色んなジャンルを描いた。

しかし段々人の性質も変わってきた。

とあるジャンルにハマって描いていた時、マイナーCPだったけどそこそこに見てもらえ超厳選フォロー大手にもフォローして頂けた。

私自身は厳選フォローでもなくフォロバも余程でない限りはしていたせいか沢山話しかけてもらえてこのジャンルにハマって絵を描き始めたという絵描きとは個人的に遊びに行くくらい仲良くなった。

しかし仲良くなった絵描きはけっして絵が上手ではなかったから厳選フォロー大手にはフォロバされていなかった。

後日わかったことだがそのhtr絵描き自分も厳選フォロー大手フォロバされたいがために私を利用していただけだった。

(厳選フォロー大手さんは私の作品を高評価してくれていて、私の周りの人も数人フォロバしていた)

念願かなって厳選フォロー大手フォロバされたhtr絵描き勘違い発言の連発で割と人間不信に陥った私はその人と縁を切りたくてツイッターアカウントを消してジャンルから去った。ジャンルごと嫌になってしまった。

その後新しくアカウントを作り直したが、フォローは超厳選するようになった。

しか交流ありきのツイッター、多少なりともフォロバしないと評価はされないし高尚扱い。

ワンドロに参加しても私だけはジャンルからスルーされていた。

けど新しいジャンルも好きだったから描いていた、が次第に疲れてきた。萌え語りを見る事もなくモチベも保てない。

どう見ても自分より下手な人が交流票で自分より反応をもらえているのがしんどい

そう思っていた頃また別のマイナージャンルにハマり、今度は萌え語りをしている人はフォローしようと思い探し、思いっき萌え語りしてる絵描きを見つけてフォローした。

その方はジャンル毎にアカウントを分ける方らしく新しくアカウントを作ったばっかりでフォロワーも1桁だった。

ひたすら萌え語りと絵を投下する方で私も負けずに萌えを投下するぞ!!といい意味で感化されてよかった。

…けどそれもつかの間。その人のフォロワーが徐々に増えだして突然「アタシ別アカ持ってて実はそっちはフォロワー○桁いるんです^^実は大手です^^壁サークルです^^」

「このジャンル今はマイナーですけどアタシがメジャーにしてみせます!アタシ影響力あるんで!○桁のフォロワーに広めます!」といきなり数字マウントを取り始めるようになった。

正直その低画力でその大手フォロワー数?と思ったが何かバズってそのジャンルの方には刺さったんだろう。

段々萌えてるというより「このCPといえばアタシ!アタシが始祖!」になりたいようで必死さがうかがえた。

絵も何度もセルフRTするようになり下書きチラ見せ、自分語りも増え別アカフォロワー数で数字マウント共通フォロワーがその人が別ジャンルでは大手と分かった途端必死の擦り寄り…TLを見るのが疲れてきた。

その上新ジャンルでは私はどれだけ描いても全く無反応、フォロワーが少ないので当然だが数人はいるのに誰一人いいねすらしてくれない。萌え語りも無反応だし何のためにフォローしてるんだろう。

マウント絵師も大して上手くない(もっと上手い絵師を何人も知ってる)のにフォロワーは皆アタシのファン!な態度にイラついてきた。最初ガンガン萌え語りをしていたアナタは何だったのか。

心が疲れて好きだったはずのそのCPも描く気が失せてきた。どうせ自分は描いてもまたいいねの1つもされずに流されていく…




というわけで本題。

自分が何のために絵を描いてるのかわからなくなってしまい、萌えてるから描きたいというより描かないと劣化する恐怖で描くがツイッター投稿すると評価もなく途端に萎えて心が病む。

以前はそれなりに評価してもらえていたからそこまでhtrでもないと思うのに、どうして見てもらえないのかわからない。描いても意味がない。時間無駄

ツイッター投稿しなければいいと思われるがサイト時代から人に見てもらいたくて(評価とかではなく純粋に見てもらいたいだけ)やっぱり投稿するのはやめたくない。

また再びサイトに籠ろうかと思ったが、サイトだと余計見てもらえない。やっぱり見てもらいたい。そう思う自分しんどい

そういう気持ちグルグルした。描いている時は楽しい投稿するとしんどいモチベが下がる。さらにTLを見てモチベが下がる。

要は自分のも人のも数字が見えることがしんどいSNSに向いてないけど時代SNSありきだから仕方ない。こんな誰から評価されない糞絵が嫌いになってきた。



で、なぜ絵を描いているのか。なぜ出戻ったのか、初心を思い出してみた。

まず、そのCPが好きだ。萌えすぎてつらい。いつもそのCPのことを考えていてネタが湧き出るように出てくる。絵も漫画も沢山描きたい。

そういう気持ちで描き始めたんだった。

見てもらえなくてもいい。手に取ってもらえなくてもいいから本も作りたい。

そう思って寝る時間を削って原稿してイベントにも参加して毎回新刊を出していた。

要は自己満足で描いていたものが、いつの間にか自己承認欲を満たしたいがためのものになっていた…と気付いた。

趣味なのにどうしてこんなにしんどい思いをしないといけないのかと思ってたけど、初心を思い出したらその気持ちも軽くなった。

好きな人には悪いけど、私にとってツイッター害悪しかない。

手っ取り早く自己承認欲を満たせるツールだし私生活駄々洩れな人も多いし好きだった描き手の性格が悪い意味で透けて見えて作品も嫌いになることもある。

ツイッターのせいで好きなことがしんどくて鬱になりそうだったけど、

とりあえずしばらくツイッターは全く見ず、絵と萌え語りだけ投稿していこうと思う。

今ハマってるCPが好きだから誰も見てなくても描きたい。と常に自分に言い聞かせるためにこのブログを書いた。

自分の絵がまた好きになれますように…。





まーでも数字ありきの時代だしフォロワー数の少ない絵馬フォロワー数が多いROMの時代からやっぱりフォロワー増えてほしいんだけどねwww

でも楽しんで描きたいなー趣味病みたくない。

anond:20181012174631

男がそういう場に出会いを求めるのはある種当たり前である。その通りだと思う。

.

じゃあ女性に求められるのは、そういう男の当たり前の行動を軽くあしらえる強さなのか。

中世舞踏会で男を簡単に操っちゃうマダムみたいなイメージの強さ。

でもすべての女性にそれを常識として求められるか?

.

と、ここまで考えて気付いた。

男にも強さが求められている。「サークル貪欲出会いを求めにいく強さ」が。

一歩間違えばストーカー扱いされることを知ったうえでそうしに行けるのは、生命としての強さだ。

それが出来ないがために、出会いが無い、としょぼくれて、生涯独身で過ごす草食系のなんと多いことか。

.

所詮この世は弱肉強食

生殖ともなればなおさらであることだな。

サークルなどで出会いを求める男性の話

例の件。

コメントに「でもそういうやつの方が結婚やすいんだよね」というのがあったんだけど、これもまた一面の真実だったりで厄介。

そういう人はそれが悪いと思っていないものから自分成功体験をもって「恋愛とはそういうものだ」という確信があったりする。

その上で、それを恋愛の心得として語っていたりする事が多い。

その上、そういう世話焼きをしたりするやつまでいるんだよね。

から勘違い勉強サークルなんてのもたまにあったりする(大抵すぐ無くなるけど)。

男性からこれを「今はよくないよ」とか「今は通用しないよ」とは言えても、なかなか完全否定するのも難しいんだよなぁ。

案外身近にいたりするとなおさらだったり。

anond:20181012090959

この類はIT系勉強会に限らず、イベントサークル研究会など多岐にわたってある。

厄介なのはよほどの変態変人でない限り、その団体初心者の為という善意で行っている場合が多かったりする。

その上対象にする初心者恣意的なことに本人が気がついてなかったりもすし、その指摘を受け容れてくれないことも多い。

なので、小規模の団体場合、こういうのを排除するのが難しいんだよな。

2018-10-11

親が子供の進学を性別差別することが日本の男女格差の大きな原因

のはずなのだが、この問題ってあまり指摘されないよね。

田舎から東京の名門大学に進学したら文系なのに女子率が2・3割で驚いたよ。

サークル新歓語学クラス自己紹介で、男子は各県のトップから秀才が集まっているのであろう出身地の多様さに対して女子実家から通えるのであろう関東出身者ばかりだったことに二度驚かされた。

親が男の子ばかりに教育リソースを投入したり女の子が進学で一人暮らしをすることを許さなかったりした結果と考えるのが自然だと思うのだけど、フェミっぽい論者もこの親による男女差別にあまり切り込まないというか。

どうしてだろう?

就活について

なんでみんなあんなに自己PRとか長所とか堂々と語れんねやろ

謙虚さがないよね。

ジャパニーズじゃないわ

だいたい自己PR ってなんやねん

協調性があります

サークルでは部長で日々団員をまとめました。この協調性武器に貴社でも成果を出す仕事をしたいです」

みたいなんばっかや

「性欲があります

サークルでは童貞で日々団員をオカズにしていました。この性欲を武器に貴社でも精子を出す仕事をしたいです」

とでも言え、くそ

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