2024-10-13

村上春樹作品ポリコレガン無視云々で思い出した恩師との会話

ノルウェイの森キモいとか嫌いだったとかコンプラの欠片もないとか色々言われている(私はノルウェイの森に関しては学生時代映画を観てヒロイン役の水原希子が「もう二度と演技の仕事はやりたくない」みたいなコメントをしていたこしか覚えていない)。

そういう意見に対する反応の中に「コンプラ違反キモい小説禁止されるようになったら小説は終わりだ」みたいなものがあった。

それを見て、以前に恩師と話したことを思い出したので、何となく回想する。ただ、記憶曖昧な部分も多いので、架空の話と思ってもらったほうがいいかもしれない。

恩師(A先生とする)は文学が専門の大学教員で、ゼミでお世話になった。私はリアル留年するレベル卒論に手こずったのだが、A先生は急かすこともなく私が自分なりに納得できるものを書き上げるまで待ってくれた。私がA先生を恩師と呼ぶのは、その「恩義」によるところが大きい。

昨年の5月、久しぶりにA先生を訪ねた。先生はその年の3月大学早期退職していたので、会ったのは駅の近くのルノアールだった。

挨拶やら近況報告やらを経て、話題A先生が定年を待たずに大学を去ったことに移った。先生退職理由について「学内の過剰な『コンプラポリコレ意識に窮屈さを感じた」というようなことを話した。

私は少し身構えた。当時の私(今もだが)はどちらかといえば「コンプラポリコレ重視派」というか、フェミニズム共感したり、不公正に違和感を抱くことは大切だと思ったりする人間だった。Twitter(現X)のおすすめタブも、かなりリベラル寄りに構築されている。だから尊敬するA先生がいわゆるポリコレアンチだとしたらちょっと嫌だなぁ困るなぁ、と思ったのだ。

私はA先生の話をもっと聴くことにした。先生言葉をどうにか納得できる形で解釈するための材料が欲しかった。

A先生は、最近学内には過剰な(と先生が感じる)ほどの「配慮」を求める空気がある、と言った。例えば、講義の中で残酷と思われる映像を扱う時に、事前に警告して「苦手な人は見なくていいですよ」と言わなければいけないのだという。

そのような「配慮」は、私も見たことがある。以前、NHK地上波ドラマで、作中に出てくるセンシティブな要素(性的描写暴力自傷行為など)について冒頭で警告していた。ある種のネタバレとも言えるのだが、人によってはフラッシュバックを起こしかねない描写に警告を入れるのは「正しい」ように思われた。

大学サイドはクレームを恐れている。事なかれ主義的に先回りして、学生を傷つける可能性の芽を片っ端から摘んでいる。それは学問を教える場としてあるべき姿だろうか? 人間が学び成長する契機の一つは『ショックを受けること』だ。本来人間には、ショッキング経験咀嚼し消化することで新たな知見や価値観を得る力がある。『コンプラ』に基づいた『配慮』によって学生たちをショックから『守る』ことは、彼らの『ショックを消化する力』を信頼していないということではないか?」

といった内容を、A先生は語った。確かに、誰でも見る可能性がある地上波ドラマと違い、大学講義を受けに来るのは一定以上のリテラシーを持った一定以上の年齢の学生に限られる。「後から訴えられるリスクを避けるため」という理由だけで、彼らの「ショックを受ける権利(≒成長する権利)」を奪うのは、学問の場の在り方としておかしいと言えるかもしれない。

また、A先生は「今これを読んでいるのだけど」と、明治時代私小説(確か森鷗外)を見せてくれた。詳しいあらすじは忘れてしまったが、端的に言ってクズな男の話だった。

「この話は、『ポリコレ』としては全く『正しくない』。だが、そういう『正しくなさ』を持っているのが人間ではないのか。そして、人間の正しくなくて醜くてクズな部分をも描くことができるのが文学(≒フィクション)ではないのか。『ポリコレ的に正しい』文学しか認めないというのは、非常に危ういことだ」

と、A先生は語った。これはまさに今回の村上春樹作品の「正しくなさ」論争に重なる話だろう。

ポリコレ」つまりポリティカル・コレクトネス」とは本来政治的な正しさ」を意味する言葉だった。ゆえに、配慮対象となるのはあくま現実社会を生きる人々であったはずだ。にもかかわらず、今ではフィクション評価軸として「ポリコレ」が使われており、なおかつ「ポリコレ的に正しくない」作品非難対象となっている。

だが、A先生の専門である(そして私が多少なりとも学んだ)文学という分野において、フィクションを「ポリコレ的に正しいか否か」で評価することはある意味危険視されている。文学にとって「多様性」は命だ。文学は唯一絶対の「真理」を信じない。なので、「ポリティカル・コレクトネスはどんな時も決して譲るべきではない」という立場とは、そもそも相性が悪いのだ。さらに、先ほどの先生言葉の通り、文学は「正しくないもの」の居場所でもある。フィクションには、現実社会では犯罪になるような行為差別的とされる感情も受け入れる余地がある。もちろん、受け手がそのようなフィクションに触れて「キモい」「傷ついた」「作り手の人格を疑う」などの反応を返すことは当然ありうるし、(特に商業的な作品では)作り手がそういった反応を回避するためにコンプラポリコレ意識することも普通にあるだろう。だが、「正しくない」フィクションを一律に禁じ、「正しい」フィクションけが存在を許される事態は、少なくとも文学畑の人間からすれば「あってはならない」ことなのだ。

1時間少々をルノアールで過ごし、私とA先生は再会の約束をした後、駅で別れた。電車の中で、私はずっと先生との会話を反芻していた。今思えば、私はまさに先生発言に「ショックを受け」、それを咀嚼し消化しようとしていたのだろう(この投稿自体がその行為の一環といえるかもしれない)。

最後に、フィクション受け手を傷つけることについて、思うことを書いておく。

私は昔から小説漫画など色々なものを読んできたが、その中でショックを受けたり傷ついたりしたことも少なくない。今でも覚えているのは、小学生の時に読んだ児童書で、登場人物クラスメイトのことを「グループ渡り鳥」とバカにしている描写だ。当時の私は特定グループ所属していなかったので、「私は『グループ渡り鳥』なんだ、良くない状態なんだ」と思い込み自己肯定感が下がっていった気がする。

それでも、私の基本的スタンスは「傷つくのは受け手事情」だ。明らかな悪意に基づくものならともかく、一般的フィクションに触れて傷ついたとしても、それは「自分の傷つきやすい部分に当たった」に過ぎない。「勝手に傷つくお前が悪い」とは言わないが、少なくとも「人を傷つける作品が悪い」とはならないと思っている。そもそも、誰も傷つけないフィクションなんて、誰も感動させないフィクション同義ではないのか。

以上、長々と書き連ねたが、今言えるのは、私が恩師にまた会える日を楽しみにしているということくらいだ。そしてその時には、また色々な話がしたいものだ。

  • その先生に「いうて先生は女性に生まれていれば今とまったく同じ評価を受けて同じ地位につけていたと思いますか?」   「あなたがポリコレを嫌うのはポリコレがなかった時代に運よ...

    • この問いかけは非常に鋭い指摘であり、権力構造や社会的優位性に対する疑問を提起していますね。A先生のような立場の人々が、過去の時代や現在の権威をどのように認識しているか、...

      • 横だけど誰ですかChatGPTに答えさせるのは… その質問は全然鋭くなくて、先生の性別も書かれてないのに先生を男性であり、その権威が脅かされることを恐れてそういうことを言ったんだ...

        • 🐊「・・増田・・いいぞ・・人間は・・・」 🐊「・・今度生まれ変わる時には・・オレも・・・・に・・」 🐊「・・人間に・・ぐふっ・・!」 🐊「・・む・・無念・・」

        • 女性教授なら文章の内容から本人特定できそうだな、理由は数が少ないからw

          • 🐊「もうよせ・・おまえはよく戦った・・」 🐊「オレは勇者を名乗る大人の戦士たちと星の数ほど戦ったが」 🐊「おまえのほうがよっぽど強かったぞ・・」 🐊「少々惜しいが・・今...

          • すぐそこで本人特定とか言い出すのもネットの悪い癖だよ… 誰が言ったかとかそういうことも関係なく理屈が成り立つように議題を追求するのが正しい議論のあり方だと思うけどね。

            • 🐊「だがオレの生命とおまえの力の交換なら悪い条件じゃない・・!」

            • 君は知らんようだが 世の中は何を言ったかではなく 誰が言ったかで世の中は動いているんや   現実と自分の認識が解離していても 自分だけが正しいと思い込める さぞお気楽な立場な...

              • 🐊「他人の影に隠れて甘い汁ばかりを吸い」 🐊「己れの力を磨くことをしなかった男の末路などあらかたそのようなもの!!!」

              • まあさぞお苦労の多い人生を送っておられるんだろうことには同情するけど、ネットの論争にまでそれ持ち込む必要ある? 誹謗中傷をやろうってんじゃなくてたまにはまともに話し合っ...

                • 増田で真っ当なことを言おうとても、便所の落書きだの怪文書だの言い出して、内容とは関係なくその価値を貶めようとするやつらばっかりやん 悲しいかな、何を言ったかより誰が言っ...

        • 文学愛してるとは大袈裟な ファンとか狂信者の間違いだろ なんでそうやって大袈裟にいうかな   本は好きだけど「男が雑に女食いまくりのキメェ小説多いな」って思ってる 官能小説的...

          • 🐊「つまらぬ策略に利用されるくらいならオレたちは死を選ぶわ!!」

          • その時代にそれなりに評価されたものを、現代の感覚でもって歴史から消去してしまうことに危機感を覚える人がいることは理解できない? 歴史を歴史として残さなければ、後世の人は...

            • 現代の感覚もまた歴史の一部だよね 歴史を否定して潰そうとしてるのは自分も同じじゃん

              • 別に口を塞ごうとしてないのはわかる? 批判はしていいって言ってるでしょ。

  • 舞姫すね。 日本はそれでも森鴎外や村上春樹が禁書になることはないだろうし、なんか確かに会田誠氏の話とかは微妙にポリコレ束縛が変な方向になってきたな?っては思うけど、まあ...

    • パヨクって普段は帰りの会の女子みたいな仕草してるくせに 党派性が絡むと都合のいいモノにはすぐエログロ不謹慎上等になるのが、なんともダブスタの極みやなあって思うワケ

      • まあそれを同一人物がやってることってあんまなくて、ある点では意見が一致するから同じ方向を見て叩いたりしていつもつるんでるみたいに見えるけど、ほんとは全然仲間でもなんで...

        • 🐊「増田ががかなわぬ敵だからといってこのまま手をこまねいていたのでは」 🐊「おまえの仲間たる資格が無い!!」

  • 多様性を脅かす規制としてのポリコレと、多様性を担保するマイノリティにスポットライトを当てるポリコレ、区別できるよう別の名前にしてほしいんだよな 自分は後者には賛成だけど...

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