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はてなキーワード: 院生とは

2018-12-11

学会に出たいんだけど

学生とき研究してたのと同じ手法(統計メインの所謂後ろ向き研究)で当時とは全く分野の違うデータを使った研究をやっていて、わりといい結果になったので学会に持って行きたい。

いや、都合がつかなさそうなら論文を書いて投稿するのでもいい。

でもいま私はもう大学生じゃないし、院生でも研究生でもないし、今勤めている会社はそういうの全くではないけど、まあほ関係ない業種。

こういうときって、自分所属なんて書いたらいいの?全然関係なくても勤めている会社名前って出していいもの

2018-12-04

大学生院生の頃生活

10:00 朝から研究しに大学

12:00 彼女ご飯を食いにいく

13:00 彼女セックスしてねる

16:00 大学にいって研究

21:00 家に変える

楽しい生活だったなあ

2018-11-28

大学に行くのに「面倒くさい」と言う神経が分からない

こちら、奨学金大学に行き返済中の身。

必須単位はもちろん全部取り、

その他単位も受けれるものは全て受けた。

それでも、社会人と比べると自由時間たっぷりあった。

大学いくのに「面倒くさい」と言い出したり、中退する人を見かける。

中には、院生になったはずなのに1年で中退するのも居る。

そいつは、他の人が10社くらい面接を受け なんとか内定を貰っている中

1人だけ何もしなかった。やっと1社受けたと思ったら心折れて書類を出すことすらしなかった。

結局、就職プレッシャーに早々負け「院生になる!」とか言い出し、

1年後くらいに「やっぱ合なかったわw」といって中退バカだろうか。

今は飲食店アルバイターだよ。

まぁ合ってるかどうかは知らないし大学行った意味1mmも無いけど頑張れ。

親の金」で大学に行くやつに限って考え方が甘ちゃんで、中退することが多い。

お前が大学に行きたいといって使った金はいくらになると思ってるんだ?

その無駄にしている1日でどれだけ金が無駄になってると思うんだ?

どうしてそんな考え方で大学行こうと思えたんだよ。バカなのか。

2018-11-22

遊び方を忘れた

大学に入って暇が出来ると、何もしていない事に不安を覚えて忙しいサークルに入った

しばらくはそれで良かったもの自主的に遊ぶことがなくなって、サークル引退した

研究室に入ると、毎日遅くまで研究して、ますます遊ぶことが無くなった

今は院生で、終電帰りの日が多くなった

今までどうやって遊んでたのかも忘れたし、誘う元気もない

忙し過ぎても病むし、暇過ぎても病む

他の院生はどうやって遊んでいるのだろうか

2018-11-16

プログラミングを学びたい

院生の頃SPSSとか弄って遊んでいたし、それを活かせるデータ解析とかでいい仕事いかなと探していた。

その手の仕事は大体「プログラミング知識必須」だというが、プログラミングに関する知識は皆無に等しい。

シンクタンクでの長時間労働疲弊うつ病から発達障害発覚で休職中の今、転職するにあたりプログラミングについて学ばなければなと思うようになった。

 

一応高校時代パソコン部だった。大学社会学科だったが、大学院は情報系であった。

パソコン部ではプログラミングをしている人もいた(その後知識を生かし国立大工学部に進んだらしい)し、大学院でもプログラミングに関する講座が開講されていた。

しかパソコン部では「ニューメディア社会に与える影響」について集中的に調べていた。

大学院でも「ニューメディア環境若者の○○観に与える影響(特定対策で伏せておく)」に関する社会学研究ばかり行っていた。あとは統計学もかじっていた。

まり高校の頃も大学院の頃も、プログラミングを学ぶ機会はあったにもかかわらず、結局何も学べていなかったのだ。

 

独学で学べばいいという意見もあるだろう。独学では限界がある。そもそも高校時代独学でプログラミングについて学ぼうとしたが、意味不明すぎてすぐ挫折した。

また、プログラミングを行うにあたっては数学英語知識必須であるしかし、高校の頃受けた数学模試偏差値20~30ぐらいであった。大学大学院も統計数学以外不要文系であった。

英語も昔英検準2級を取ったっきりであるセンター試験では英語は8割弱だったが、長文問題で点数を稼いでいただけだったので文法とか単語は全く分からない。

数学英語といった基本的なところで躓いている以上、プログラミング知識だけをインプットしても暖簾に腕押し糠に釘だろう。

 

ではプログラミングを学ぶために大学学部)や専門学校に入りなおすか。大学専門学校に行けばプログラミング知識のみならず、英語数学知識習得できるという利点があるだろう。

しか大学入学したのが8年前なので、入試問題に関する知識忘却の彼方である。現役の頃から理数系はおろか現代社会地理以外は絶望的に無知であった。入試突破するには並大抵の努力では足りない。

仮に入試突破したとしても資金面問題や、卒業するころには三十路になっているという問題もある。三十路自称新卒学生を雇ってくれる企業などないだろう。

 

独学でも学校に行ってもだめなら一体どうすればいいのか。プログラミングあきら事務方仕事でも探すか。

そのほうが意外と現実的かもしれない。

2018-11-13

院進前だけど不安しんどい

はてな匿名ダイアリーにポツポツと現れる院生記事を読むたび、自分と同じ不安を抱えている人たちを見つけた気分で、安心する反面、

やはり消えない不安気持ちと隣り合わせで毎日過ごしていた。

誰か知らない人からどんな風に見えるのか知りたくなって、自分も悩みを書こうと思う。

自分大学院進学を決めた文系学部4年生で、すでに来年度分の学費も支払っていて、修士生活2年間が待ち受けている。

こんなことを書いたら、人格が分裂しているんじゃないかと思われそうだが、

自分自身で本当に研究の道に進みたいのかわからない。

正確に書くと、研究に進むほどの覚悟がまだできていない。

未だに民間企業就職のことも頭から離れない。

相変わらず届く就活サイトメールや、インターン応募のサイト巡回してしまうし、修士後に就活するための資格勉強を始めようか逡巡している。

学部3年のときからずっと迷っているが、自分がどうしたいのかわからない。

大学入学する前から自分の専攻分野が勉強たかった。専攻分野の授業や教授の充実度・カリキュラム編成を調べて、いくつかあった受験合格から迷いに迷って決断した。

大学に入ってから、専攻分野の授業を受けるのは基本的に楽しかった。基礎ばかりを繰り返す授業ばかりだった学期は本当につまらなかったけど。

1年生の頃から、できるのなら、研究の道に進みたいと思っていた。

留学をして、院進学を志望する学生院生とも出会った。その人たちは口を揃えて、「今やっていること(勉強研究)が好きだから進学を決めた」と言っていた。

留学先で勉強をしたり、そういう人たちと出会うたびに、自分もそうだなと思っていた。

帰国してみたら、周りは就活で、会えば苦労話とか憧れの社会人像とかを話すようになっていた。

同期の就職先の話を聞くたびに、笑顔が引きつってしまう。「卒業後は?」と聞かれるのがその時期からだんだん苦痛だった。

自分だけ別の道に外れているような気がしたのと、やっていけるのかどうか不安気持ちを友人とは共有できないと感じたからだ。

自分不安を話したとしても、学校での成績がある程度良い方だったせいか、「XXならなんとかなるよ」と励ましてくれる人が多かった。

優しい声をかけてくれる友達大事にするべきだと思う。でも、正直その励ましが一番辛い。自縄自縛のような気分に駆られる。

研究学部生の成績評価とはまるっきり違う。課題や出席なんか研究本質とは関係ない。与えられたものをこなすだけでは実績はつかない、と自分は思っている。

高校同級生には「研究をして、どんなことができるの?」と尋ねられ、言葉に詰まった。

「まだ決まってない」「よくわからない」と笑ってごまかす度に、少しずつ体の中に水が溜まっていって、そのうち溺死するんじゃないかと思う。

研究室の先生にも自分の悩みは相談していた。でも、先生アドバイスはもうすでに研究の道でしっかりとキャリアを積んだ後なので、その言葉ばかり信じていられない。

知り合いの博士課程の人に「引き返すなら早めがいい」という言葉ももらった。

親は修士後に就職するものと考えているようで、ときどき就職の話をされる。

もう、自分が本当にしたいことがよくわからない。自分はどうしたら幸せになれるのだろう、と漠然と考える。

さらに、将来の不安で頭がいっぱいになるうちに、どんどん自己肯定感が無くなってきた。

研究室にはよくできる先輩がいて、その人と自分を比べてしまう。もちろん、数年の違いはあれど、自分が同じように研究を引っ張っていけるような院生に数年後なれるとは思えない。比べて、凹んで、ことさら自分が選んだ道は違ったんじゃないか不安になる。

頭の弱く薄志弱行な奴が、研究者を志望することなんて、恥ずべきことじゃないのかと思う。

上には上がいるのだから覚悟のない自分アカデミアには必要ないんじゃないかと思う。

しばらくして死にたくなるほどメンタルがやられて、悩みを抱えながら普通を装うのが辛くなって、研究室にいけなくなった。

でも、これでは親の学費無駄になるから、と自分分岐するタイムリミットを決めた。

これから数年の修士のうちに、自分はやっぱり研究に向いてないと思ったら、見切りをつけてもうすっぱり何もかも忘れるつもりだ。

でもどうやって判断したらいいのかわからない。

こんな風になると数年前は思っていなかった。昔の自分に謝りたい。期待して応援してくれた友人や両親に謝りたい。

申し訳なく思うのは、院進する前からこんな真っ暗闇にいる人間研究者なんてやっていけないんだろうと正直諦めているからかもしれない。

-------

このクソ長いエントリーを読んでくれた人の時間を奪ってしまって申し訳ないです。

何かかける言葉があったらコメントください。同じような状況の方あるいはそれを乗り越えた方はどう考えている/いたか、お教えいただけると助かります

2018-11-12

人の顔と名前

学生時代友達と久しぶりに会って飲んだ。おきまりの「あの人は今どうしてる」という話になっていろいろな人の近況を聞いた。そのとき名前が上がらなかった人、一人の先輩のことをそれから時々思い出す。

先輩が死んでしまってからずいぶん時間がたつけれど、やっぱり切ない、やるせない、なんでそんな若くして死んでしまったんだと私は思う。親密といえる関係ではなかったのに、思い出すと不意に悲しさが来る。それなのに、自分でも驚いたけど、彼の名前を忘れていた。

先輩は私が学部時代院生だった。今考えれば私たちの年齢は近く、2人とも今の自分よりずっと年下の若者だ。でもそのころ、先輩はずいぶん大人に見えた。知識の量や洞察の深さはもうプロ世界に足を踏み入れていたわけだし、自分研究テーマを持っていた。

悩みの深さも私とはまるで違っていた。先輩は精神科に通っていると言っていた。「長いこと薬のんでる。酒と一緒に飲んだらダメなんだけどね」と言いながら、ラムを飲んでいた。果汁をしぼったライムが、背の低いグラスの中にごろっとあったのを覚えている。

先輩の表情も覚えている。簡単に思い出すことができる。なぜならいつも同じような顔をしている人だったからだ。影がある顔と言えば陳腐だし、苦悩がにじみ出た顔と言っても大げさ過ぎる。なんというか、心から楽しい!と思ったことはもう何年も前だというような顔。目線はだいたいいつも下を向いていて、時に落ち着きなく動く。でも口元というか、口角だけはいつもキュッと上がっている。いつもそのままキープしている。「人前にいるときにはそうすべき」と自分に課したルールでもあるのだろうか?と思うくらい。

私は先輩のプライベートにはほとんど入ったことがなかったから、本当にリラックスしているときに口角がどうなるかは知らない。今は、あのキュッと上がった口角が、どんな状況でもリラックスできない(かもしれない)先輩の内面象徴するような気もする。本当のことはわからない。もう彼に会って確かめることはできない。ただ、当時の私はその表情に安心感をもっていた。「この人は私の話を聞いてくれる」という勝手な信頼感。

2人だけで喫茶店に行ったことがある。なんの行きがかりか忘れてしまったけど、学内で会って話しているうち(私の卒論についてだったような気もする)、コーヒーでも飲みながら話そうという話になったんだと思う。店のセレクトも当時の私よりずっと大人だった。学部生たちが試験前に徹夜するために行く24時間営業の店ではなくて、こだわって仕入れた豆で丁寧に淹れたコーヒーを出す店だった。何を話したのか覚えていない。コーヒーの味も覚えていない。あれから私はたくさんのコーヒーを飲んだから。覚えているのは、下を向きながら頻繁に動く目線と、それに伴って動く長いまつげと、そして上がった口元だ。先輩の名前は忘れてしまった。

名前が思い出せないまま数週間がたった。でも今朝、地下鉄の駅から地上に上がるとき、先輩とそっくりな顔をした人が上から階段下りてきて、すれ違った。その瞬間に思い出した。「あ!」と声が出そうなほど似ていて、驚いて二度見してしまった。私は先輩の名前を思い出した。すっきりしたとか、階段を降りてきた人は実は……というような何かオチがあるわけでもなく、なんでもない出来事だけど、書いておきたくなって書いた。

2018-11-09

[]2018年11月8日木曜日増田

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人(189), 自分(122), 女(94), 話(92), 日本(88), 今(82), 増田(80), 男(68), 人間(67), 前(62), 仕事(55), アニメ(53), 最近(50), ー(49), あと(48), オタク(48), 気持ち(48), 普通(47), 必要(47), 相手(45), 気(45), 好き(42), 女性(42), 世界(42), 問題(42), 関係(41), 感じ(41), 意味(41), 金(39), フェミ(39), 理由(39), 子供(38), 社会(37), 手(36), 他(35), 別(33), 目(32), 趣味(30), 漫画(29), 言葉(29), 存在(29), ネット(29), 心(29), 今日(29), 場合(28), 男性(27), じゃなくて(27), しよう(27), しない(26), 完全(26), 結婚(26), アメリカ(26), 無理(26), 逆(25), 可能性(25), 自体(25), ゲーム(25), 理解(24), 昔(24), 結局(24), 国(24), 一人(24), 顔(23), 頭(22), 情報(22), 会社(22), 日本人(22), 場所(21), 確か(21), 時代(21), 名前(21), レベル(21), 親(21), html(21), バカ(21), 大人(21), 時点(21), 時間(21), 人生(20), 店(20), 記事(20), 現実(20), 当たり前(20), 一緒(20), 最初(20), ダメ(19), 韓国(19), おっさん(19), 警察(19), 仕方(19), 根拠(19), 一般(19), 子(18), 話題(18), 機械(18), 馬鹿(18), 英語(18), 全部(18), 映画(18), スマホ(18), 確認(18), 発生(18), 内容(18), 他人(18), 年齢(18), 一番(18)

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2018-11-08

結局の所、博士課程院生文系)の民間企業就職って、そんなにいいも

はじめに

近年、諸要因に伴う労働プールの枯渇と求人倍率の上昇により、博士課程院生キャリアパスとして、日本でもようやく民間就職現実味を帯びつつある。

例えば、この前も数学科?の博士課程修了の方が研究職を諸事情により諦め、民間就職シフトしたことについての総括エントリをまとめ、バズっていた。

http://wakabame.hatenablog.com/entry/2018/11/04/190441

こうした潮流自体はもちろん喜ばしいことであると思う。しかし一方で、一人文社会科学院生であり、かつ一応数年間民間企業で働いていた人間として、民間企業でのキャリアパスが確保されること=バラ色の未来とはとても思えなかったという経験がある。

これは、①本質的博士課程院生日本民間企業で雇う際の歪み(特に非エンジニア職制の場合)と、②いわゆる「役に立たない」ことを研究している院生は、本質的民間企業価値規範にそぐわないメンタリティーを、大学院教育の中で滋養しているという二点に起因していると思う。

というわけで、極めて私的経験かつ、まったくもってエゴイズムの塊のような問題提起をあえてしておきたい。これは、前述したような近年の博士課程院生民間就職を過度に褒めそやす風潮に対し、挫折し結局研究業界に戻ってきてしまった人間として嫌味を言っておきたいという気持ちによる。

コンサル研究職、その似て非なる性質

私は修士終了後、まあいろいろあって博士課程進学と同時に民間企業就職をした。コレ自体、かなりイレギュラーではある。

仕事内容はまあ、詳しく言うと確実に特定されるので防ぐが、政策調査地方自治体計画策定コンサルである官公庁調査案件請負、クソみたいな――時々インターネット炎上するような――分析鉛筆なめなめを行い、官僚様と政治家様の願望にそぐう数値をでっち上げ仕事である

で、これは当然のことながら人文社会科学系の研究者の価値規範と真っ向から相反する。というのも、私たち人文社会科学系の研究者は、扱うデータがどのようなものであれ、そのデータ分析においては仮説を用意したとしても、最初から結論を用意するということはしないかである。ところが、この業界――まあいわゆるシンクタンク業界なんだけど――においては、最初から結論が決まっているので、データ分析はいかに結論でっち上げるかという方向に労力が注がれる。

これはなんでそうなるかというと、この手の仕事コンサルから派生しているかである。すなわち、元々コンサル業界倫理観においては客の求める結論をはじき出すということがある程度正当化されているので(外コンのプレゼン術を名乗る本は多くの場合ただのごまかしである!)、それに基づいて目の前のデータを弄ることに抵抗がないのだ。ただ、そのデータを弄る際に、人文社会科学スキルセットを援用するというだけなのである

で、問題はこのスキルセットが活用できるという理由でもって、人文社会科学系の院生がこの業界を志望し、実際雇われているという現実であるサンプルサイズは極めて少ないが、私の周囲を観察するのならば、このギャップにやられて会社を辞める人間は実に多い。特に「優秀」――ここでの「優秀」とはアカデミアでの評価である――な人間ほどである

事実、私は「優秀」ではないが、こうした現状に辟易して、言い換えるのならばアホなクライアント上司妄想に無理やり付き合うことに疲れて退職してしまった。

批判精神の醸成って、日本企業においては完全なディスアドバンテージなんだよね

なぜこうなるのだろうか。それは、人文社会科学系の教育カリキュラム価値規範が、現代日本企業と致命的にあってないかであると思う。

よく人文社会科学系の先生は、「常識を疑うこと」や、「新しい仮説を立てること」を大学教育の美点として強調する。私ももちろんこれらのことが本質的に良いことであることには同意したい。だが、これが現代日本新卒就職においてよく働くかといえば、まったくもって嘘である。というのも、少なから日本企業においてこれらのスキル必要となるポジションは、多くの場合前頭葉が退化した老人によって占められており、我々若手社員がやりうることは、老人が出した意味不明結論に向けて数字でっち上げることだからである。この作業は、前述した批判精神と真っ向から相反する者である私たちは、今まで培ってきたスキルセットをもってクソの世話をするのだ。

であるからにして、私は現在アカデミア教育は、少なくとも人文社会科学系に限るのならば、民間就職に対し逆作用しか生み出していないと考える。ただ、これはアカデミアが悪いとは必ずしも言えない。繰り返すがこれは高スキル社員を作り出せず、無駄に高コストジェネラリストという名の無能を社内に飼いながらスペシャリスト下請けを買い叩くという、日本企業伝統構造に起因しているかである。鶏が先か卵が先かは言い難いが、そもそも日本企業において、一部理工系エンジニア(計量系の経済社会心理なども含めてもよい)以外は、「無能」――ここでの「無能」とはアカデミックにおける「無能」を意味する――でなくては生きていけないのである

というわけで、現状の日本企業構造をそのままにしていては、博士院生をふくむ多様なキャリアを持つ社員活用なんかできっこないし、実際出来てなかったよ、ということを本エントリは主張するものです。

というわけで

金はないけどアカデミック最高!好きなことを好きにやれる環境って、結局俺たちには大学しか無いの。俺たちには理研産総研産学連携ベンチャーもない。同情するなら金をくれ。役に立たない研究しかしないけどね。

2018-10-31

anond:20181031202804

ぼく博士院生、外研先の主任研究員大学の方の大ボスがまさに増田が言うみたいな話やすさが全然違う感じですごくわかる。

部下をたくさん育ててきた人のほうが、なんていうか相手レベルに応じて柔軟に対応してくれるんだろうなあ。

2018-10-26

・まあまあ長いこと付き合った彼女と別れた!

学振みたいなやつ、面接なしで落ちた!(たいていは面接までは進める)

院生ほぼ無収入だけど親の会社扶養認定から外れてた連絡がいまさら来て、しばらく無保険っぽい状態だった!

・学外調査が多いラポなので、旅費の建て替えが多すぎて、親に土下座する羽目になった!海外調査宿泊費まで建て替えだとは思わなかったよ!

授業料免除の結果次第では今後の生活も怪しいよ!もうお金ないむりぽ

・成果が出てなさ過ぎて学会には出せなかったよ!えっ、私の業績少なすぎ……?

ちょっとは前向いてマッチングアプリでもやるかと思って、がんばってみたけど出会った女の子にカモにされただけだったよ!

院生ってお金あるイメージなのかな???奨学金バイト代だけで生活費とか大学関連の経費とか基本はがんばってみてたけどみんなもっとお金持ちなの???

なんというかもう無理ぽ。ゴールしていいよね?

正直なところ、今日とかもう動けなかったです。家でゴールしてました。ゴールというか棄権かな???

2018-10-25

anond:20181025111819

え、博士課程の院生普通博士号持ってなくて、これからとるってものじゃないの?

院生の時点で独立した研究者であることが求められるって言うなら、

その博士号のない段階で独立した研究者って意味かと読んだんだけど

anond:20181025110954

学生でも研究者立場にあることはあるし、

特に博士課程の院生は「独立した研究者」たることを求められる場合もあるから

教えてる側じゃないか研究者ではないってのもどうなんだろう

あと在野研究者かいるし。

2018-10-23

人生相談があるんですけど誰かこたえてください(追記あり

私は34歳のメンヘラ女です。

今つきあっている彼氏がいるんだけど、浮気ぐせがひどくて別れたいと思ってる。でも同棲中でなかなか出て行ってくれず別れ話はペンディングになっている。

そんな状況でこの件を相談というか聞いてもらっていた男友達がいる。彼は某旧帝大修士課程にいるので以後院生と呼ぶ。属性キモオタ三次元に興味がないようなものすごいキモオタ

院生とは、彼がまだ学部生だった時から共通趣味である観劇にいくような関係で、とにかく話があう。寝る直前まで話していて、目が覚めて即会話ができるぐらい。ただお互いにステディがいたので時々会って話をしたり観劇したりするだけだった。それでも双方のステディに悪いからとここ数年はほとんど会ってなかった。会うたびに「好きにならないように努力してる」とか言ってたし。

毎回ホンネしか言わないような院生カノジョが愛想つかして別れてから再会し、また定期的に交流するようになってから彼氏浮気が発覚。もういい加減に別れようとするも、前に書いたような有様で、私のメンタルヘルス加速度的に悪化し、希死念慮ダダ漏れになってきた。

そしたら院生が今度体調を崩し激やせしたりバイト遅刻したりするようになった。バイト遅刻なんて生まれからたことがないそうで、そのほかにも細かいミスをいっぱいするようになったらしい。電車や駅を乗り間違えたり降り間違えたり。

理由を尋ねると「心労からだ」という。なんの心労かというと「君のことが心配で」。私は院生がなんでそんな状態になっているのか全く理解できなかったし、今もわからないでいる。実利と合理性しか動かない理系人間だと思ってたし、私が彼氏と別れて自分ターゲットにされたら面倒だと思っているに違いないと考えてたし。

そこで人生相談なんですが、これって院生が私に愛情があるということでいいんですかね?ちょっとだれか教えてください。

追記

院生に思い切って「私のことが好きなの?」とLINEしてみた。返事は「自分でもわからない。女性に対してセックスしたいという気持ちがないので、明確な基準がなく、自分でも自信がない」とのこと。あなたがわからないなら私もわからないよ。どうなんですかねこれ。キモオタってみんなこんな感じなの?同じような人、経験がある人、誰かいない?教えてほしい。

人に説明するということ、分かるということ

院生として研究を始めてから研究発表を通じて感じてきたこ

自分研究室の中で異色な研究をしているためかもしれないが、

他人自分研究を満足に説明するということは、人を分かった気にさせることと殆ど等しいと感じるようになってきた

常人物事説明する際には余分な情報を省いて必要ものだけを伝えると思う

聴衆が知りたいこと(基礎的なこと、研究概要)と講演者が伝えたいこと(専門的なこと)が食い違う場合には、概要を正確さを欠いてでも手短かに話し、専門的なことを話さなければならない

概要時間を割くと時間内に話しきれない上、質問時間概要に関する質問に食われてしま

そういった同じ研究室の人間にすら分かった気にさせる説明をしてきた中で、自分も同様に分かった気にさせられてきたのだという考えに辿り着く

真に研究や、物事理解するには講演を聞くことや噛み砕かれた文章を読むことではまるで足りない

学術書論文などを自ら積極的調査しなければ分かった気になって知ったかぶりをすることになる

自分が今まで読んできたNewtonブルーバックスなどの一般向けの書籍も、分かった気にさせられてきただけと考えると、そういったものを読むことが全て無意味に覚えてくる

どこまで行けば「分かる」ことになるのか分からない

2018-10-18

【UTAS】(周知)「東大生SDGs意識調査実施中。回答お願い致します。

増田 太郎 様

このメールは学務システムから自動送信です。

ジャンル名称:お知らせ

表題:「東大生SDGs意識調査実施中。回答お願い致します。

内容: 私たちは、東京大学キャンパスにおけるサステイナビリティを向上させるために活動している、「UTokyo Sustainability(TSCP学生委員会)」です。私たちキャンパスの電力削減や、学生のサステイナビリティ意識の向上に取り組んでいます

 活動の一環として、東大生におけるSDGs認知度や、環境問題社会問題、サステイナビリティに対してどのような意識を持っているか調査するため、「東大生SDGs意識調査2018」を実施しています院生含む全東大生対象です。是非、ご回答をよろしくお願いいたします(下のリンクから)。ご理解ご協力お願い致します。

東大生SDGs意識調査2018」

フォームhttps://***.***

対  象:東京大学に通う学生学部生・院生

実施主体:UTokyo Sustainability(TSCP学生委員会)

協  力:東京大学経営企画経営戦略

     東京大学施設施設企画課TSCPチーム

なんやこのスパムメール、って思ったけどUTASにログインしたら同じ情報がでてくてわろた 公式スパム送ってどうするんや

2018-10-12

東京タワー水族館がなくなるというので二人で遊びにいったあと丸の内バーで彼に距離を置こう、と言われて4週間くらい経った。彼から連絡はないがからあげクンの抽選に応募しているところを見ると元気なんだと思う。お世話になっている同僚に贈りたいらしい。ふーん

わたしも悪かったと思う。わたしわたしでいっぱいいっぱいになっていて、迷惑をかけたと思う。だからわたしは夢を追うのをやめた。いつのまにか追っていたはずの夢に追われて疲れ果てちゃう生き方自分らしくないと思ったから。夢じゃなくてもふたりで生きていけたらそれでいいんだと思った。でももう遅かったんだと思う。問題わたしと同時に彼も疲れ果てていたことだった。彼はわたしの発する些細な言葉たちにストレスを感じていたらしい。俺のこと否定するようなこと言うじゃん。あまりにも心当たりがなかったので具体例を聞いた。その日東京タワーに出発するとき券売機の前での会話。TXは高いかわたしたちは駅近くの格安券売機切符を買う。

どこ行きの切符買えばいいんだっけ

秋葉原じゃない?

ほんと?調べるからちょっと待って

詳しい文言は覚えていないがこんなようなことを言ったと思う。これが嫌だったと言う。自分否定されたように感じたと言う。それを聞いてああこの人は疲れているんだなと思った。同時にこんなことにさえストレスを感じてしまうようになるほどわたし無意識のうちにひどい仕打ちをしてきてしまったのだなと反省した。考えさせてほしいし、考えてほしい。彼がそう言うのでわたしたちは無期限で距離を置くことにした。

最近院生やら研究者やらの夫がどうのこうのという増田をよく目にする。タイムリーなことに彼は大学院生だ。研究室に彼以外に学生はおらず、全員社会人として研究をしている人たちだという。他の人たちは学生ではないので夏休みはない。だから彼にもないらしい。他の人が働いてるのに自分だけ休むわけにはいかない。それは分かるがその人たちは社会人でお前は学生じゃんと思ったがそういうことではないのだろう。彼は夏休みの間も毎日研究室に行っては教授雑用無茶振りされ泊まり込んで片付けていた。隣の研究室教授に君毎日いるよね?少しは休んだ方がいいよと言われたと誇らしげだった。わたし教授もそう言ってるんだから休んだ方がいいんじゃないのと言った。今思えばこの言葉も彼を否定していたのかもしれない。彼が休むことはなかった。

わたし距離を置いたところで彼が休まることはないのだろう。わたしデートをしていた時間で少しくらい休んでいてくれたらいいと思うがおそらく無理だろう。わたしはあれから毎日彼のことを考えているが、彼の方はどうなのだろう。夏休みも終わってますます忙しくなっていることだろう。わたしのことを思い出している暇なんてあるのだろうか。一瞬思い出したとしてもわたしとの関係を考えている暇なんてないだろう。このままわたしけがからの連絡を待ち続けて彼は抽選で当たったからあげクンをお世話になっている同僚に贈る。地獄絵図だ

いつになったら終わるのだろう。つらい

2018-10-11

日本臨床心理学における査読論文価値

anond:20181009215657

心理学について書こうと思ったら、お一人書いてくださった方がいたので、そこで「特殊」とされていた臨床心理学について書きます

臨床心理学系の大学院博士号を取って、現在大学で臨床と研究をしています

論文事情を書こうと思ったら、背景にある臨床心理学事情になりました…。そして「日本の」と書いたのは、日本の固有の事情もあるためです。

はじめに

臨床心理学における研究は、おおよそ以下の3つに分けられます

 1:ブコメであったような、症例報告から始まってランダム対照試験まで行くという医学疫学的な研究

 2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究

 3:その他の調査研究ちょっと大雑把ですがゆるしてください、そして私のメインはここです)

少々雑な括りで、中間位置する方や例外もままいることを踏まえ、あくまでも概要を述べているということを踏まえたうえでお付き合いください。

論文事情

https://anond.hatelabo.jp/20181009215657 では心理学論文事情として以下の順序を挙げていらっしゃいました、

 査読付き英語論文>>>>査読日本論文>>査読なし日本論文(いわゆる紀要査読有り紀要も含む)

これは、1と3を自分研究領域にしている臨床心理学者にもほぼそのまま当てはまりますし、海外でも同様です。

そのため、競争が激しい業界院生さんだと、Predatory Journalに投稿しているケースも残念ながら見ます

特殊なのは、「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」を中心としている人たちです。

この方々の多く(全員ではありません)は、場合によっては「論文」というものを軽視すらしていますし、査読論文の数も非常に少ないです(大学に勤めている以上、建前で「論文書かないとね」と言ったりはしますが)。

これは分野外の人からはよく見えないため(もちろん業績調べればわかります)、中々ややこしい問題です。

私の観測範囲ですが、下手にこういう人たちが多い大学就職しようとしたり、あるいは就職してしまったりすると、論文業績が多い人はかえって冷めた目で見られたりすることすらあります

このような信じられない断絶が臨床心理学の中にあるので、業界からはわかりにくいのです。

ちなみに「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」の人たちの業績に対する意識は人文系に近く、私も完全にはよくわかりません。ただ少なくとも、英語査読論文を無条件でありがたがったりはしません。

しろ”深みのある”事例研究理論検討が尊ばれ、そうしたものに特化した特定学術雑誌論文や、あるいは書籍などを重視する印象です。

業界事情(長いです)

なぜ学問を行う場である筈の大学において、こんな断絶が起こるのでしょうか。

つの要因は単純に「世代」です(繰り返しますが大雑把な区切りです)。

世代によって何が違うかというと「臨床心理学に対する考え方」が違います

もっと具体的には「エビデンスを重視するか否か」の違いです。

エビデンスを重視しないなんてバカ?」と思う方も多いと思います

私も7割同意しますが、これにはこれで事情があります

先ほど書きましたが、2の人たちが重視するのは事例研究です。

https://anond.hatelabo.jp/20181009215657 には、「事例研究には物語以上の価値はないのでは」とありました。

「そう見えるのは仕方ないだろうな」と思う気持ちと「物語価値過小評価しすぎですよ」という両方の気持ちを抱きます

なぜかと言えば、「クライエントの人生」を理解しようとすれば、どうしても「物語」というフレーム必要になるからです。

古典的な臨床家(心理療法をやる人)は、クライエントの人生全体を見ます

クライエントが訴える問題(やる気が出ないとか、落ち込むとか)を全てと考えるのでなく、むしろ人生における氷山の一角と捉えます

そして、クライエントの人生をそのものを見つめ、その人がより良く人生を歩んでいけるよう、どうにかこうにか支援をしていくわけです。

(「大きなお世話」「思いあがるな」と思われる方もいるでしょうし、下手すると実際にクライエントにとっても大きなお世話になります

その人の知能や症状の程度、パーソナリティなどを数値化して客観的に捉えることは心理学の得意技ですが、それでその人の人生全ては捉え切れません。

人生というものを捉えようとした時、どうしても物語必要になります

もちろん、物語ですから完全に同じ事象再現されることはまずありません。そのため、厳密な「エビデンス」はそこから得ることはできません。

ですが、だからといって物語意味がないわけでもありません。

物語から自分は何も学んだ覚えはない」という人がいたら、それは物語意味がないのではなく、恐らくその人に学習能力がないためです。

物語を蓄積していくことで、我々は人間に対する理解をより深いものにしていくことができます

そのため、日本臨床心理学者は「エビデンスなんかいらない」というよりも、「物語を蓄積してくしか、やりようがない」と思っていた部分もあると思います

またもう少しフォローしますと、単に物語を乱立させるのでなく、蓄積された様々な「物語」を体系づける理論の構築自体は脈々と行われてきました。

それが、「2」の後ろ半分「それを踏まえた臨床論的研究」です。

フロイト精神分析なんかは、今でも理論精緻化され続けていて、それはそれで読むと非常に面白いですし、人間理解に大いに役立ちます

というわけで昔の臨床心理学は、多分に人文的というかアート的な学問領域でした。学んでみると非常に面白いのですが学問としての欠点もたくさんあります

最たる点が、多くの方が既に感じていらっしゃる通り、物語性を重視するあまり客観性エビデンスをあまりに軽んじてしまたことです。

 ◆

しか1990年代の後半頃でしょうか、「認知行動療法」と「エビデンス重視」の立場が、アメリカから日本へ本格的にやってきました。

心理療法の一つである認知行動療法エビデンスを非常に重視します。

例えば「うつ病」ならば、患者抑うつの程度を測定し、「認知行動療法を行うと抑うつの程度が有意に下がる!」みたいな研究バンバンやるわけです。

当時の学会の様子は今でも覚えていますエビデンス重視の方々は「それエビデンスあるんですか?」と、どこかの誰かのようなセリフを旧来の臨床心理学者に容赦なく投げつけ、大変気まずい空気を作り出していました。(別に悪いことではないですが)

残念ながら旧来の臨床心理学者はそれに真っ向から反論することができません。なぜなら、実際の所エビデンスは無いからです。

ただし、客観的エビデンスが求められる研究では、「客観的に扱える要素」しか扱うことができません。

そういう「客観性」では捉え切れない人間の心を探求していったのが、これまでの臨床心理学だったはずです。

ですから多くの人にとって、「エビデンス」というものが極めて底の浅いものに見えたという部分もあると思います

実際私もそう感じる部分はありました。確かにエビデンス大事だけど、余りに機械的人間の心を扱いすぎていないか?と。

それって、本当に臨床心理学が目指していたことだっけ?

とはいえ、旧来の臨床心理学者がその文学性に浸りすぎ、客観性過小評価していたのは間違いないと思います

エビデンスに対して「人生の深みをわかっていない」「客観性が全てではない」と言っても、インチキしか聞こえないでしょう。

要するに、物語偏重し、エビデンス全否定する姿勢は間違っていますが、エビデンス偏重し、物語全否定するのも同様におかしいと、私自身は思います

そういう微妙バランスというか面白さが臨床心理学の中にはありますし、どちらも人を支援する上では大事視点だと思います

 ◆


まぁその後は各学会大学内で、明に暗に色々な小競り合いがあって、現在は昔よりもだいぶ両者が折り合いつつある雰囲気です。

一つは、純粋な「2:事例研究やそれを踏まえた臨床論的研究」の人たちが減ったという単純な理由です。大御所の多くが高齢化し、以前よりはだいぶ比率が少なくなりました。

逆に、認知行動療法がだいぶ浸透した結果、若い世代では認知行動療法が専門外でも、エビデンス重視の考えは馴染みのあるものになっています

また、認知行動療法の人たちも”表面的な”エビデンスが全てではないという姿勢の人が増えてきました。

また、個人的にすごく大事だと思うのが、実証重視の方々にとっては「物語」の代表に見えるであろう精神分析系の心理療法も、ちゃん効果確認されるようになってきたたことです。

これによって、「エビデンスが全てではない」と意地を張らなくても良くなってきたのだと思います

結局、エビデンス否定するのではなく、自らエビデンスを出すことで (とはいえ研究殆ど海外ですが)、問題は解消されつつあります学問としてこれはとてもよいことだと思います

 ◆

つい最近中室牧子さんとかによって、教育業界エビデンス視点を持ち込む動きがありますが、同じように、日本臨床心理学にもエビデンス視点を持ち込もうという動きが20年程前にあったのです。

エビデンスに対する考え方の違いは、人間理解に対する考え方の違いであり、それが論文業績に対する考え方の違いにもつながっていたという話です。

これを読んでみて、改めて「臨床心理学ってクソだな」と思った人もいるかもしれませんが、こういうゴタゴタも乗り越えつつ、少しずつ学問としてブラッシュアップされていっている臨床心理学が私は大好きです。

長くなってしまいました、すいません。

おまけ

長くなったついでで恐縮です。

https://anond.hatelabo.jp/20181011091532 「再現可能性が4割」の部分に

https://anond.hatelabo.jp/20181011091734 「びっくりするほど信用できない学問だな てか学問かそれ 」というコメントを見かけましたが、これ心理学だけの問題じゃないんですよ。

Natureが少し前にいろんな研究者に調査しましたが、理系領域だって再現性は決して高くありません。

https://www.nature.com/news/1-500-scientists-lift-the-lid-on-reproducibility-1.19970

しろ追試をちゃんとやって、どれが再現できるか否かをふるいにかけ、学問を発展させようとする態度こそが科学的だと私は思います

日本社会学における査読論文価値研究者評価大勢

備忘録程度に

社会学における査読論文位置

一般に、日本社会学において査読論文は重視されます特に、若手にとって査読論文を出すことは研究業績を重ねる上で、非常に重要であると考えられています

ただ、以下の三点が一般的な「アカデミア」のイメージとずれているため、わかりにくいところかなと思います

雑誌の格が厳格に決まっているわけではない

日本社会学においては雑誌の格が明確に決まっておらず、これがIFやh-index論文の格がある程度自動的に決定される理系(+経済学)と違うところです。

たとえば、おそらく日本社会学で一番格が高い雑誌日本社会学会が発行する『社会学評論』でしょうが、これに掲載が決まったからと言って、マーケットにおいてダントツ評価が高くなるということは無いですし、掲載率も25%程度とそこそこ高いです。

一方、関東社会学会が発行する『年報社会学論集』や関西社会学会が発行する『フォーラム現代社会学』なども掲載率は同程度ですし、評価もされると思われます。つまり査読論文の質がジャーナルの格によって決定される、という仕組みが弱いです。これは社会学領域多様性手法多様性+後述する国際意識の弱さに起因していると思われます

また、『思想』『現代思想』といった一部商業雑誌や、『ソシオロジ』『ソシオロゴス』といった同人誌に近い形態を取る査読雑誌が、ある程度の評価を受けているという点も特殊かな。

依頼論文査読論文より偉いということはないが、同程度の評価はされる

依頼論文査読論文より偉いというのはまず無いと思いますが、一方で依頼論文評価されないということもないです。一般に依頼論文査読論文と同程度の評価を受けているかと思われます

ただ、依頼論文の質がピンキリだというのが所感です。

なぜ査読論文を書かずに本にしたがるのか

エライ社会学者ほど査読論文を書きたがらない、というのは事実です。というのも、彼らは自分の考えたことを本にしてまとめてしまうからですね。

ではなぜ本にしてしまうのかというと、査読を受けたがらないというのも確かにあるのですが、概ね①社会学ギョーカイ一定程度の市場があり、エライ教授がまとめた(キャッチーor教科書になる)本は出版社としても出したがる傾向が依然としてある②査読プロセスが長い(半年-2年)ため、自分の考えをとっとと出せる本のほうが魅力的③先述した社会学領域多様性手法多様性により、査読による集合知が先駆的研究場合働きにくい場合があるという点のほうが大きいかなと思います

特に特殊なのは①ですね。この日本社会学の市場の大きさが与えたアカデミズムへの影響は、無視できないと思います

なぜ日本社会学は国際化されてないのか

日本社会学がどちらかというと内向きな傾向にあることは否定出来ないと思います比較的国際化が進んでいるのは計量分析が盛んであり、アメリカ社会学親和性が強い家族人口ネットワーク社会学の一部と、伝統的に留学風潮の強い学説史・理論でしょうか。とはいえ後者はいわゆる「国際化」とはずれてますが。いずれにせよこれら以外の領域では、英仏独語論文を書くという行為はあまり一般的ではないです。

ではなぜ内向きなのかというと、前述したように社会学比較的まだ「売れる」学問から、というのが大きいように思います。つまり国内マーケットの中で、研究にせよ知名度にせよ院生にせよある程度獲得できてしまうという現状が、外に目を向けない元凶かなと。

もちろん社会学という学問が、もともと世界的な共有知を探求するというよりも、個別特殊的事例や、異なる側面から理論体系を構築する研究を好む傾向があるということも大きいでしょう。

ただ、国際化されてないからと言って国際化が評価されていないかというとそういうことはなく、IFを持つ海外査読誌に論文が載ることは、希少故に非常に意義があるものとして認められています

社会学ムラにおける研究評価

上記したように、社会学においては論文の格は雑誌によって決定されず、査読論文と依頼論文区別曖昧であり、内向き志向である。とすれば一体研究評価はどのようになされているのでしょうか?

この問に答えるのは容易ではないですが、平均的な回答をしておきます

博論単著の出来

まず重要なのはこれで、博論単著が出せるか、出したあと評価されるかは、研究個人評価に決定的な影響を及ぼします。

一部大学院で未だに課程博士をなかなか出したがらないのは、これも影響しています。つまり単著で出せるような博論でないと、そもそも就職が覚束ないという考えなんですね。

同様に、単著就職の際の評価点として重要です。

査読論文の数

査読論文の格が特に決まってないとはいえ査読論文重要評価対象とみなされているということは、先述したとおりです。ですので、いきおい査読論文の数は、若手研究者の就職にあたって非常に重要です。いくら良い博論単著刊行できたとしても、査読論文がない研究者が就職することは(比較的)難しいでしょう。

ではどのくらい必要なのかということですが、だいたい就職までに3~4本(紀要除く)書いているのが一般的なようです。

なお、海外著名ジャーナルや『社会学評論』に載っていると、当然その分評価されますが、評価が格段に良くなるということは無いように思います。これが「格がない」という言葉事実であります

最後社会学ムラ内での振る舞い次第…

どういうことかというと、結局いくら査読論文重要とはいえ、それ以外の仕事というのも社会学では評価対象となります。つまりムラのネットワークの中で、いか仕事(ブックチャプターや非常勤講師など)を貰えるかが、結果的研究評価において非常に重要ファクターとなるんですね。コネ採用されるというのはほぼなくなったと思いますが、未だに特定大学院生比較就職やすいのは、あるネットワーク所属していると、比較研究業績を増やしやすいということもあると思います。こうした状況の中で若手研究者は業績を稼ぐために媚びへつらい、顔を売り、己が付き合っていて気持ちがいい人間であることをアピールするために、愛想笑いを浮かべながら査読論文抜き刷りを配り歩くのです。

とはいえ、これは一般的な「社会」でも一緒ですからなんとも言えないですね。とかくこの世は世知辛いアカデミアがコミュ障楽園だと思っていたら、実はベンチャー企業営業類似スキル必要であることを痛感するのは、博士課程進学後になってからなのです。

ちなみに一部の大学ではこうした制度公的に備えているところもありますが、これは先述したネットワークが発達した大学への対抗実践として見ることもできるでしょう。

なお社会学ムラ内でのふるまいのコードは、一般的な民間企業とも、いわゆる「アカデミア」の無縫さとも異なる独自の体系があるのですが、それは省略

問題などありましたら、ご指摘ください。あくまでも個人的意見です。

anond:20181011040543

ぶっちゃけ話をすると,私はこれまで「別に査読はなくてもいいだろ」という話を延々としてきたのだが,ブコメやらtwitterやらで文系擁護派の一部の人が「人文系学問査読になじまないんだ!」みたいな議論を始めてることには正直困惑している.

日本語文学関係査読つき論文とかたくさん出てるし,というか英文文学を専門にした査読誌は普通にあるし,国際的和文査読誌も存在するし,問題のおおもとになった日本社会学会には和文英文査読誌があるわけで,文学社会学論文本質的査読に馴染まないなんてわけはない(実定法学は知らん).査読できるならした方がいいだろう.学術的ではないエッセイにまで査読を求めるのは間違っているけれど,新規性のある学術論文査読制度に向いてないと言い募ることもおかしいと思う.

査読になじまない型の研究としては,たとえば史料校訂とかそういうのが挙げられるかもしれないけれど,それだってやろうと思えば外部チェックは入れられる.論集だってもし余裕があれば査読をした方が質が高まるし,選書系や新書系ではない単著査読をした方がいいだろう(このへんは出版社の体力との相談になってくる面もあるので,今すぐに査読制度を取り入れろとは言えないことがもどかしいtwitterではOxford University Press査読つき単著刊行した人が議論していたけれど,OUPと日本出版社は体力違いすぎるんで……).

私が査読なしの論文を業績として認めるべきだと主張するのは,現在査読がなくとも良質な論文や著書が多く存在しており,それらを形式的査読されていないという理由だけで無価値であるかのように扱うのは間違っていると考えるからだ.だが未来永劫査読すべきでないと主張するつもりはない.

もちろん査読という制度には様々な問題があるので,全面的な導入に慎重になるのはわからないでもない.文系分野での査読制度の拡大は止められない趨勢だろうが,一方で「査読されていないものの良質な文献」も産出され続け,全面的査読制度の導入まではかなり遠いだろう.そのあいだにじっくりと議論をすればよいと思う.査読がないか文系は無価値だ! と絶叫するのでも,文系査読はなじまない! と拳を振り上げるのでもなく.

追記

id:hogefugapiyox査読がないか文系は無価値だ! と絶叫するのでも,文系査読はなじまない! と拳を振り上げるのでもなく」ほんこれ/ 査読が実質なしという事で近年問題のpredatory journalについての考えも聞いてみたいか

英語じゃないと業績として認められない分野のことはわからないけれど,和文論文が業績として通用する分野ではpredatory journalの話はあまり聞かない.

というのは,和文査読誌を出してる主体は,学会もしくは大学研究所などの機関にほぼ限られるから

学会が出している査読誌の多くは,投稿資格を会員に限定していて,多くの学会は年数千円の会費(院生非常勤常勤では価格に差をつけている学会が多い)を払いさえすれば誰でも会員になれる(推薦者が必要場合もあるが,指導教官とか先輩とかに推薦してもらえばよほどのことがない限り会員になれる).つまり査読誌は会費で維持されており,こういう雑誌では投稿掲載ふつう無料だ(流石に抜き刷りとかは金を取ることが多いだろうが).会員は会費を払い,見返りとして論文投稿権利雑誌頒布される権利を得る(余談だが,日本学術誌のOA化にあたっての障害の1つがこの「会費で学術誌を維持する」システムだった.会員は会費を払って雑誌を受け取っているのに,会費を払っていない者にまで無料で公開するなんて何ごとだ! というわけ.今でも,CiNiiやjstageで無料公開してるのは発行から○年過ぎた号だけです,みたいな運用をしている雑誌はある.

大学研究所は言うまでもなく自分たち研究費で雑誌を維持しているので,投稿料や掲載料を取らないことが多い.それって紀要じゃ,と言われるかもしれないが,投稿資格学生教員限定していない場合があり,下手するとそのへんの学会誌よりも査読が厳しく良質な論文が載ったりするので,研究機関が出している=紀要というわけじゃない.これは外国でも割と見るんだよね.

もちろんごく稀に出版社商業で出している学術誌もあるのだが,そういう奇特出版社文系学問理解があり非常に良心的なので投稿料を取らないことが多い.少なくとも私が知ってる雑誌はそうだ.

そして,日本語アカデミアは豊かではあるが英語ほど広くないので,predatory journalが参入しようと思うほどの旨味がないし(全世界から微妙なデキの英語論文をかき集めてくるから商売になるわけでしょ?),たいてい自分レベルでも投稿できる雑誌が探せばどこかにあり,場所を選ばなければ発表できてしまうわけで,わざわざ悪徳業者にカネを払うインセンティブがないんですわ.最近学内紀要にも査読つきが増えてるから紀要に出して「査読つき論文です(キリッ」というのも可能.ただ学会誌か紀要かは下手すると雑誌タイトル見れば判別つくから,「あ,こいつ査読論文いっぱい書いてるとか言ってるけど全部紀要だわ」みたいなのはそれこそ業績リスト見るだけでわかったりする(まあ,学内紀要でもガチ査読していることはあるので,紀要からといって低く見られるのも可哀想なのだが.うちの大学では学内紀要に落ちたという悲鳴もちらほら聞こえます).

なのでpredatory journalに関しては,うちらには関係いね程度の感覚id:min2fly氏の指摘は本当にそのとおりだと思う.

(……)査読英語で“Peer review”,同じ分野の研究仲間(“Peer”)による評価を指すが,国際化が進み,大量の研究者・雑誌論文存在する状況において,果たしてある雑誌投稿者,査読者,読者が一つの研究コミュニティの「仲間」となっているのか,ということになるだろう。互いに見知ったコミュニティであれば,でっちあげられた架空研究者に査読を依頼するなどありえないし,不正査読を通過して論文掲載したところで,内容が稚拙であればむしろ評価を下げることになる。また,ある程度雑誌数が限られていれば,聞いたこともないハゲタカOA 誌に掲載された論文不審に思うはずである。(……)査読はある程度限られた規模の研究コミュニティにおいて問題なく機能する仕組みであって,現状の国際化・巨大化した研究集団の規模に適用するには限界があると言えるだろう。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/66/3/66_115/_pdf

2018-10-10

anond:20181010090540

院生時代査読つきも含めて論文を何本か出す→博士号取得→前後して博論を元にした著書を書く

あ、そうなんですね。

それなら大きな疑問はないです。

著者名でバイアスかかるのでは?という疑問は残るけど、それはブラインドじゃない査読でも同じなので盛り上がってる話題とずれるね。

anond:20181010123731

査読することもしないこともあります最近査読つきが増えてる印象。伝統あるそこそこ名の知れた紀要10年ほど前査読が導入されたみたいな話は仄聞したことが。院生紀要投稿しても査読つき論文ってことになるのはありがたいんじゃないかと。ガチ査読している紀要基本的に落とさな運用をしている紀要とがあるっぽいけど、まあ学内の人が投稿するもんだから周りの評判を聞けばどっちなのかがわかるでしょう。

物理科 素粒子分野の業績事情

人文系の文献の取り扱いとか業績についてちょっとだけ - dlitの殴り書き

こちらの記事賛同したので続いてみます

かに異分野の事情をお互いにわかっていたほうがみんな幸せになりますよね。パーマネントや学振採用とか。

はじめに

素粒子分野は大きく分けて

に分かれています。これらの間には超えられない壁がありまして全てをまとめるのはちょっと難しいのですがなんとか書いてみます

間違いを見つけたら教えてください。

論文事情

素粒子論文は全て英語で書かれます国内雑誌としてはPTEP(旧PTP)がありますこちらも英文です。当然どれも査読があります

業績リスト論文査読なし)には国際会議研究会の proceeding を載せたりします。

素粒子分野には論文投稿前に arXiv に載せる慣習があります

これは投稿前に業界の人たちに意見をもらい論文修正するためです。accept 後に査読済みの論文差し替えます

arXiv に載っているのは基本的投稿前/査読中/査読済み の論文及び国際会議の proceeding です。

素粒子査読をしないというのは誤解です。

論文雑誌とIF

特に素晴らしい研究Physical Review Letters (Phys. Rev. Lett) に投稿されます。IF8.839 です。

Nature や Science に投稿することはまずありません。

IFの基準業界によりかなり異なるでしょう。

おそらくは  [ 業界の人数 ] x [ 1年間に発表する論文数 ] に依存するはずです。まあ人数の少ない分野は引用数も少なくなるでしょうね。

同じ素粒子業界でもその専門ごとにかなり違うはずですが、とりあえず Inspires によると以下のように分類されています

# of citations
Renowned papers 500+
Famous papers 250-499
Very well-known papers 100-249
Well-known papers 50-99
Known papers 10-49
Less known papers 1-9
Unknown papers 0

自分確認したい人は Inspires で fin a s Masukawa などと打ってみてください。

業界事情

素粒子実験論文を出せない

素粒子実験特にエネルギー方面ではなかなか論文が出せないことがあります

理由簡単実験計画から結果が出るまで多数の歳月がかかるからです。

例えばLHC計画からヒッグス発見まで20年弱かかりました。論文の著者数は5000人を超えました。

このような事情なので「博士課程単位取得満期退学後に研究を続けて論文を出すと同時に博士を得る」というような方がたまにいらっしゃいます

博士号をもっていない素粒子実験の人に出会っても決してバカにしてはいけません。

彼らは博士号取得と同時にノーベル賞を得る人たちなのです。

素粒子理論学生論文を出せない

素粒子理論研究に入る前の勉強量が膨大です。

まず 場の量子論超対称性理論群論リー代数 あたりは三分野共通勉強すると思います

加えてそれぞれの分野の専門的教科書、例えば弦理論なら String Theory (Polchinski) 格子なら Lattice Gauge Theories (Rothe) など。

分野によっては位相幾何学微分幾何学勉強しなければなりません。共形場理論もですね。

この辺りでようやく基礎ができてきましてこのあと30年分くらいの論文を読みます

研究に入るまでの勉強時間がかかるので修論レビューになることが多いです。

当然学振は出せない・・はずだったのですが最近どうも事情が変わってきたようです。

学生の方が学振(DC1)に固執して勉強も途中に研究を始めてしまう、勉強途中のM1研究できることなんてたかが知れているので

必然的にあまり重要ではない研究に貴重な時間を費やしてしまう、というような話をぼちぼち聞くようになりました。

学振についての考え方は人によるとは思うのですが、ちょっと危うい傾向だなと私は思うことがあります

そこでちょっとお願いなのですが

学振研究者の登竜門!取れなかったらやめよう!」などとblogに書いて煽るのをやめていただけないでしょうか?

いや書いてもいいのですが主語を書いてください。「情報系では」「生物では」とかね。

理論博士号を取れない

博士号は足の裏のご飯粒」と言われて久しいですが、弦理論では博士号を取るのはまだまだ難しいと思います

まあとったところで「足の裏のご飯粒」なんですけれどもね・・・

追記

放置していてすみませんまさか今頃上がるとは思っていませんでした。

いただいた重要コメントこちらにも転載しておきます

new3 言いたいことはわかるけど、普通は「ヒッグス発見」を博論テーマにせずもうちょっと控え目な研究に留めるものでは?日本でもJ-PARCからSuper-Kにニュートリノ撃てるんだし10年に1本はさすがに少ないと思う。

どうもありがとうございます文章を少し修正いたしました。他にも間違ったところがありましたら教えてください。

niaoz 懐かしい。補足するとストリングやるなら一般相対論ベース重力理論必要/場の理論は確かに簡単じゃないけど楽しい量子力学特殊相対論(電磁気学含む)を修めたらやってみるとよいです。



kirarichang 学振出せないと思われるのは,(学振の)制度不備だよなぁ.

monopole 素粒子理論分野では修士論文書きにくいけどDC1の枠はあるので、採用者は実績によらずほぼランダムだったり有名研究室に偏ったりする。まあ論文なしでも通る可能性あるから学振気合い入れて書け

えっ!!論文なしでも通ることあるのですか!

Ho-oTo 今時の素粒子理論院生DC1用に1本は書いてるイメージが強い。

最近は大変ですよね。指導している方もすごいと思います

kowa 素粒子系は知性の墓場だと感じてる。優秀な人材があまりに何もできなくて、消えている。魅力はわかるが、1/5000のcontributionだかでいいのだろうか

猫も杓子も素粒子目指しすぎですよね。宇宙論も。

anond:20181010083204

なんか新人は大変そうだなって。

年いったら年功序列が良くて若い頃は成果主義がいい、でも自分業界では年功序列会社ばっかり、みたいに思わないのかな。

私がその増田で話していたのは「著書」の話です。ふつう論文ではない。著書を出してる時点で既に何本か業績があるのは前提。

そんなん常識だろって思って文系キャリアパス説明しなかった私も悪かったと思うので詳しく説明します。分野によって違うけど、私の分野では、

院生時代査読つきも含めて論文を何本か出す→博士号取得→前後して博論を元にした著書を書く

というのが「最初単著」に至る流れです。

さて、学術書というのは分厚いですね? 基本的文系学術書というのは論文を何本も積み重ねてようやく書けるサイズのものです。というか博士論文の時点で学術書として出版できるくらいのボリューム要求されたりします(まあここは院によりますが、しかし薄い博論学位を取れたとしてもそんな論文は本として出版できないかマイナー出版から出版するほかないので、評価されるちゃんとした書籍を書こうと思ったらめっちゃ書き足す必要があったりして、要するに「書籍出版」を業績とみなすのも故なきことではないのです)。なので、実質的論文を何本も書いたことがないと単著なんて出せません(私の院では、博士論文の提出に際して既発表の論文数などは問われません。なので発表した論文ゼロ状態博士論文を提出することも理論的には可能なのですが、実質的にそんなの無理です。私の周囲の博士号取得者は何本も論文書いた上で博士号獲ってます)。

まり単著出してる時点で論文デビュー済みのことが多いわけです。

(ちなみにこの辺は国によって違ってて、日本だと博論は既発表論文を寄せ集めて書いても問題ないけど、たとえばドイツだと博論に既発表の論文を組み込まずに書き下ろす必要があり、なおかつ博士論文には出版必須なので、ドイツ最初単著を出した人のその時点での業績は日本基準では少なかったりします。そのへんの話はこちらのまとめを参照→https://togetter.com/li/9904

もちろん、最初の著書が新書です、みたいな人もいます院生時代研究成果をもとにした新書書いて、そのあと博士号取って分厚い単著しましたみたいな(『パンダ外交』)。むっちゃ分厚い修論書いてそれを単著にしちゃう猛者もいます小熊英二)。ただそういうのはレアケース。また、博士号取得→別のテーマ単著出版→その後に博論に基づいた単著出版という流れもありえます。こっちは割とよく見るかな。講談社選書メチエの『湾岸産油国』とかそうじゃなかったっけ。

んで、良い論文を何本も書いたり、単著出したりしてると、インテリ向け商業誌とか権威のある学術誌とかからお呼びがかかります。「お前、うちの出版社が出してる商業誌に書いてくんね?」とか「お前、うちの学会で今度組む特集号に書いてくんね?」って感じです。これが例のセンセが言ってた「招待論文」。「依頼論文」と呼ぶ業界もありますね。当たり前ですが、程度の低い研究ばっかりしてると呼ばれません。

査読がなくても良い論文が有り得るってのはそういう意味です。最近だと院生向けの紀要にも査読つきが増えてるけど、そういうマイナー誌の査読論文よりも商業誌に載った論文の方がよく読まれていたりする。当たり前だけど紀要の無査読論文とかよほど内容が良くない限りめったに読まれませんし参照もされません)

要するに、昔はどうだったかは知りませんが、最近では査読誌の論文新人登竜門として使われ、ある程度実績が増えると査読なしの論文を書く機会が増える、というのが私の周囲での割とよくあるキャリアパスです。それまでの実績がない若い人にも当然チャンスはあります

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