「虚構」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 虚構とは

2022-05-23

わたしも一応投資家の端くれですがね

わたし人間なので自分の信じたいものを信じるし否定したいもの否定したいですよ

しか虚構であっても大衆が信じれば金が動くのも事実

トイレットペーパーがなくなるという噂を信じてバカが買い占める」

バカZoomと間違えて日本ズームが買われる」

そんなバカはもちろんいないのですが、そのバカの幻を見たバカ世界を動かしてるんですよ

からどの情報が「その時に勝ってるか」を見極めることが重要なんです

2022-05-22

世界のすべてが憎くkなってきた

好きだったVがリアル世界の話とかしてるとなんでこっちは虚構を楽しんでるのにリアルの話するんだよってイライラするし

充実してる人も何もせず文句ばっかり言ってる人もイライラする

悪夢ばかり見るし仕事は集中できない

ゲームをやっても虚しい

新しいコミュニケーションは疲れるばかりで

youtubeおすすめマジ何なんだよなんでこっちの癪に障るようなおすすめばっかり出してくるんだ

ASMR聞いてるからってエロ売りしてる奴のが見たいわけじゃないんだよ

若い女を見てるとイライラしてくる

自己顕示欲の高い奴は嫌いだから見たくない

何がこの特徴があったらあなたは優しい人だとかあなた特別な人みたいなおすすめ動画出してくるんだよ

くだらねえ選民意識出してくるやつも大嫌いだ

少数派だからってその中で仲間を見つけようとするのも腹立つ長いものに巻かれたくないくせに一人で戦わないんだから

ああもう嫌だ何もかも嫌だ

2022-05-21

anond:20220520191843

なんで生身の人間に対して虚構を求めるんだろうね

なんで自然体を愛そうとは思えないんだろうね

悲しいね

2022-05-20

anond:20220520160534

また虚構に騙されちゃったの?w

おじさんがヨシヨシしてあげる

2022-05-19

anond:20220519135219

そう

見ていて恥ずかしくなる

史実を元にリアル路線みたいな雰囲気で作っていても、戦闘力ルックスについては完全虚構で許せるが

人格や考え方が現実離れしていると違和感しかないし中二病しか見えないし

なろう

anond:20220519134520

戦争みたいんならウクライナ行きゃいーじゃん

アニメをみるんだろ?虚構物語じゃん

バカジャネーノ(笑)

やっぱりフィクションセクハラ、消す必要なかったね?

フェミニストどもが、ブツクサ言ってたけどさぁ。

やっぱりフィクションにおけるセクハラ、消す必要なかったじゃん。

観客動員数興行収入、どれも絶好調の大ヒットだ。

職場とか学校とかでのセクハラは、そりゃ滅する以外の選択肢はないですよ。

でもね、虚構フィクション)は面白い面白くないか、ただ、それだけが大事だね?

面白いから、人が集まる。

それが、エンターテイメント

子ども達は、ちゃん本質を見てる。

論理は完全な虚構の見本である

現実の中には論理などは存在せず、現実はまったく別の複雑極まりないものである

2022-05-17

総集編としてのシン・ウルトラマン、あるいは描写不足

信者からアンチからも総集編みたいと評されるシン・ウルトラマン

描写不足とか尺が足りないなんて言われたりもするが

個人的には「総集編みたいで良かった」という感想TVシリーズ面白い回だけを抜き出したみたいな感じで、前半のウルトラマン怪獣のバトルもやっぱりいいんだけど、

でも中盤以降の宇宙人が出てくるあたりからの怪しい雰囲気特撮!って感じで楽しかった。

個人的には仲間との適度にドライっつーか、湿っぽくない人間関係も好ましかったんだけど

仲間との人間関係が深まる描写が不足してるみたいにも言われてたりして

まぁ実際、描写されてないからその通りなんだけど

でも過程をわざわざ描写しなくてもよくね?とも思うんよな

シンエヴァでも、マイナス宇宙メタ展開かましながら虚構世界は何でもあり、好きに解釈しろみたいに総括してたけど、ラストマリと二人でいるかマリと結ばれたんだ!みたいに短絡的に解釈する観客も少なくなく。

カメラに映らない部分をどう補完するかみたいな話なんかもね

2022-05-15

実際に原爆投下すると大したことないとバレて戦争が止まらなくなるのでは

anond:20220515142606

持ってる国にとっては核の恐ろしさを宣伝する反核教育が都合がいいからと放置してるんだろ

核の脅威が過剰に評価されて常識として固まっているけど、実際投下すると実際の威力がバレてしま

30キロ四方廃墟になるだの言ってるが本当は嘘なんだろうな

キエフ幽霊とかと同じく実際は虚構で多少威力の高い爆弾程度なんだろ

投下すると威力がバレてしま

2022-05-14

シン・ウルトラマンがつまらないんじゃなくて、インターネット上で映画を語る文化構造が歪になっているのかもしれない

現実虚構の戦いの結果サイバー空間上の虚無に勝手に呑まれて自滅していく人間だらけで虚構側が困惑しておる……

2022-05-06

YOUTUBE書籍解説動画読書代替になりえない3つの理由

普段そんな本読まないけど折角のGWからユヴァル・ノアハラリの『サピエンス全史』を読んだ。

この本を知ったのは中田敦彦youtubeチャンネル投稿されてた書籍解説動画が切っ掛け。

(URL:https://m.youtube.com/watch?v=fud4-L2lnqQ)←一時間で見れるよ。面白いから見よう!

流石に書籍の内容は難しく、読了までに丸5日はかかったけれどその価値はある体験だった。結構難解かつグロテスクな内容なので余裕があるときおすすめ

読了後、内容の復習も兼ねて前に見た中田敦彦書籍解説動画をもう一度視聴した。

俺はあれだけの濃密で膨大な内容を3本1時間動画にまとめた中田の手腕に感心したし、YOUTUBE大学ファンなのでこのチャンネルオンラインサロン否定するつもりではないと予め記しておく。

また今回見たのが上の動画だっただけでこれからする主張は他のチャンネル動画にも当てはまる。

その上で、解説動画を見ることは読書をすることとは別物、言ってしまえば別格の体験だと感じた。

以下その理由

なお『サピエンス全史』読んでない人には伝わらないところが多々あると思うがご容赦を。読んでくれ。

中田敦彦動画も話に出すから見てない人は下に行く前に見てくれると嬉しい。

それでは。

~~①動画という媒体では本の内容の全てを収録することはできない。

中田敦彦動画を例に出す。

動画内で解説されていた本の内容をものすごく短くまとめると次のようになる。

20万年前に東アフリカ誕生したホモサピエンスは、認知革命で得た「想像のものを実際にあるかのように扱う」能力を以て他人類を絶滅させ地球覇権を握った。

その後、得た認知能力を基盤として農業革命科学革命に至り飛躍的に文明を発展させていった。

しかし発達した文明がもたらした幸福自由人間以外の生物の膨大な犠牲の上に成り立っている。

また生化学工学等の科学進歩によって人間はいつか人間以上の存在を創り出し、地球の頂点の座を取って変わられるかもしれない。

とこのようになる。

以下は動画内では触れられていなかった内容の一部殴り書き。(再三になるが読んでない人はマジで意味からないので注意)

狩猟採集時代サピエンス世界進出することで他生態系に与えた破滅的影響

食糧の増加とそれに伴って増える食い扶持を満たす農業無限地獄

・脳の記憶能力凌駕する膨大な生産物管理するための記憶媒体文字

認知革命虚構によって成り立った団結と秩序、そして差別ヒエラルキー

・”貨幣”という概念のヤバさ(普遍的な転換性と信頼性及び浸透力)

・”帝国”の性質、拡大と変革のサイクル

ヨーロッパ帝国と他地域存在した帝国比較

帝国拡張科学の発展によって人類史上初めて築かれた将来への信頼

・”拡大するパイ”の前提に成り立つ経済の好循環

産業革命本質エネルギー変換という発想の発明

国家市場経済個人支配する過程で奪い、与えたもの時間地域コミュニティ人権職業想像上のコミュニティ平和

・神になった動物が問われる「我々は何を望みたいのか?」

軽く書き連ねるだけでもこれだけの内容が動画の中では触れられていなかった。

繰り返しになるが認知革命を軸としてサピエンス全史をまとめきったこ動画センスには脱帽するし、この動画を見ることで俺の中で新しい発見も生まれた。

だがしかし、これは認知革命一本だけでまとめられる程度の内容ではなく、認知革命も一つとして含めた様々な要素が複雑に積み重なった壮大な本なのだ

帝国”についての事前の理解がなければ、その後に続く科学×帝国×資本主義の最強コンボの強さが分からない。

狩猟採集時代サピエンス生態系破壊を知らなければ、環境破壊産業革命以後だけの近代現象勘違いしてしまう。

中田敦彦サピエンス全史が読まれない理由として「話が長く、脱線するから」と言っていたがその脱線は後の章への伏線であり、その長さは意味のある長さなのだ。(中田自身はそのことを百も承知だろう、とは思うけど)

膨大な内容を動画に納めようとすると、どうしても内容に影響のある圧縮をしなければならない

からその動画を見ることは読書にはなりえない。これが理由ひとつ

~~②本の中の分からないことを新たな知識にすることができない。

どういうことか、俺の読書を例に取る。

まず俺は本を読んでいた5日間の中で50回以上google検索をした。

話についていく上でどうしても必要だった知識もあれば、本筋に関係ないけど興味本位で調べた単語もある。

しか中田動画の中では分からない言葉は無かった。

前者は誰でも分かる平易な言葉に言い換えられていた。後者についてはそもそも出てこなかった。

ヒトラーキリスト教の話は出てきても古代シュメール人16世紀オランダの話が動画内になかったのは我々視聴者がそれを聞いてもピンと来ないからだろう。

シュメール人オランダのことを知らなくても本の粗筋を頭に入れることはできる。

そういった”無駄”を削ぎ落とすことはは”わかりやすさ”への親切な最適化なのだ

だがそれは同時に新たな知識との出会いの鍵を失うことを忘れてはならない。

から解説動画視聴者することは読書したことにはならない。理由のふたつめ。

~~③読書している最中に何かを思い付くことができない。

俺は読書の途中で考えごとに耽ること度々があった。

食糧が増えることで人口が増加したのであれば(マルサス人口法則というらしい)、食糧含め最低限度の生活保証されている筈の先進国少子化は何が原因なのか。教育コスト生活レベルの上昇によって現代人の考える”食い扶持”は昔のそれより遥かに大きくなったのか?

未来好転するという思い込み経済の好循環を創るのであれば悲観論が多数を占める日本の今後は?

↑これは悲観論根拠悲観論を唱えるマトリョーシカになって面白かった。

読書することと本の解説動画を見ることって何が違うんだろう?

↑これを考えて結構自分なりに納得のいく結論が出たのでここに投稿している。

等々、本に関係のあることないこと色々なところに思考が飛んだ。

読破に5日もかかったのは難しかったのもあるが、この考える作業時間を取られたのも大きい。

まぁ俺ごときが考えることは既に先駆者がいるもので。

先ほど挙げた上2つはググったら同じことを言ってる人がいたし、多分これも探せば既出なのだろう。

というか当たり前のことをアホがドヤ顔エウレカ!と叫んでいるだけなのかもしれない。恥ずかしくなってきた。

でも思索自体が楽しく脳味噌を鍛えられる体験だったし、その過程で更に洗練された他人思考出会うことができた。

これは動画を見るだけでは決して得られないものだ。

何故なら動画自分思考情報を受信することで一杯になってしまうからだ。

本を圧縮した密な情報を、語り部という他人のペースで受け取らなければいけないので脳の処理がそれ以外に使えなくなる。

文字という情報媒体自分の読む速度に合わせて情報が入るので動画よりも、脳のメモリに余裕ができるのだ。

youtubeにも一時停止機能はあるが、手間で面倒なので考え事をするためにわざわざ動画を止める人は殆どいないのではないだろうか。

第一書籍よりも情報が少ないのでそれを土台として思考するにも限られてしまう。

なので解説動画読書にはなりえない。

~~さいごに

話は脱線するが中田のこの動画は「生物学」+「歴史」+「科学」をまとめた本書の外から見た独自性動画最初で触れたところが凄いと感じた。これのお陰で内容を理解する下地ができて、話がわかりやすくなっている。

持論になるが解説動画価値、求められている「わかりやすさ」とは本の内容をいか単純化するか、ではない。

その本に書かれていない情報を本の中身に追加し、不足を補うことで視聴者理解の手助けをすることにあると思う。

またyoutube動画視聴者と本の架け橋となるのは素晴らしいことだ。俺自身サピエンス全史を知ったのはこの動画が切っ掛けだ。

から中田敦彦動画は最高だ。それは揺るがない。あっちゃんありがとう

ただコメント欄動画を見ただけで終わってしまう人がいて、それが俺には物凄く勿体ないことだと感じた。

今回改めて気づいたのは読書という体験の複雑さと楽しさだ。作業ではなく体験として読書にはそこへ時間を注ぐだけの価値がある。

インターネットが発達した現代からこそ、みんな!本読もうぜ!!

2022-04-26

若いかも知れない女性として、たわわに思う事

結論から言うと、例のたわわ漫画みたいなマンガは正直キモい

たわわに限らず男性向け作品エロに特化した様な作品には総じてキモいという感情が強い。

若い女性はたわわを受け入れている、とは少なくとも自分は思わない。


しかし、広告がどうとか性的搾取だの差別だの言われると、何かそれは違うってなる。

社会に出て数年、働いて見れば分かるが、人間関係その他諸々で理不尽な目に遭う事は腐る程ある。

女性からそういう目に遭った、と思う事も何度もあるが、それは男性でも別の場面では同様にあるだろう(彼氏とか見てると本当そう思う)

ぶっちゃけ現実問題は厳然として存在するし、そこにはマンガの影響など関係無く、一々怒っている暇など無い。

「暇なのかなあの人達

そんな言葉が頭に思い浮かぶ事もある。


また、たわわは知らんが、キモい男性向け作品、だと思っていた作品を、周りの人達、友人彼氏同僚先輩後輩上司、などなど。

愛読していたり、好んでいる事が往々にしてある。

何かの話題の弾みで、とある魔法少女作品悪口を言った翌週に、

役職付きで発言力が強い先輩がその魔法少女キャラクターのアクキーをこれみよがしに付けてきて、

自分やらかし事実と無言の圧力に、思わずゾッとした。


ファンが熱心過ぎるイメージあってキモいと言っちゃったロボットアニメ、を元彼氏の弟(パチスロ大好きなヤンキー系)が

熱心なファンで当時の彼氏もそれなりに見ていたりして、「何なんそれ?馬鹿にしてんの?」ってイラッとされたりした。

これがきっかけで別れた訳では無いけど、軽い険悪にはなったし、やらかした私ーと思った。

色々な作品に手軽に触れられる様になった時代から自分が「キモい」と思う作品が誰かの「これスキ♡」かも知れない。(勿論逆もある)

やらかす可能性は往々にしてある。


ぶっちゃけ私もやらかした、人間関係で色々痛い目を見た。

多分表立って注意とかはされない。

ただ、「あの子なんか痛い」「ちょっと嫌」「悪口ばっかり、性格悪い人」みたいな陰口を囁かれて、

距離を取られてしまって立場を失くしていくだけである


勿論所属するコミュニティによって違うんだろうけど、自分がいた(いる)コミュニティはそうなので、表立って悪意を言及する事は避け無ければいけない。



自身に関しても、(現在彼氏の影響もあるが)鬼滅とか呪術最近スパイファミリー普通に面白いと思うし楽しく読んでいる。

しかし、呪術はさておき、鬼滅の禰豆子や甘露寺スパイファミリーの行き遅れ設定など、所謂フェミさんが怒りそうな描写は多い。

自分も全く気にならない、と言えば嘘になる。

しか重箱の隅をつつく様に叩いていればそれはそれでオタク臭くてキモいし、作品ファンにも「こいつウザい」と思われるだろう。だからしない。

面倒くさいオタクとかアンチにはなりたくない。


万が一、抗議で内容が変わって変になったら、それはそれでガッカリする。

行き遅れ設定に鼻がつく所もあるものの、あん美人が行き遅れというギャップはそれはそれで魅力的だし

殺し屋という設定を考えれば敢えて結婚を避けた結果、陰キャ化したというのは自然とも言える設定だろう。

こんなのに一々文句を言っていたらキリが無い。


最近かに、友人の間で流行っているタイBLドラマ

あんなのは冷静に考えればツッコミだらけだが、虚構虚構として楽しむべきだし、ファンでも無い輩に口出しされても正直ウザい。

ウザい人間にはなりたくはない。


キモいマンガをしつこく叩き、文句を叫ぶフェミニストさんには、

周りには○○な作品を好む人がいないか、見えていないのかも知れない。

あるいは既に去られているも知れない。

許容範囲が狭い人と好んで付き合いたがる人は少ない。

そんな人間関係、少なくとも私は望まない。



たわわ、受け入れてはいないし、ぶっちゃけキモい

処世術的な意味でも表立って文句を言えないし、言う暇も無い。

そんな余裕があるなら人生もっと有意義に楽しむ事に使いたい。

そういうスタンスの人も、意外と多いんじゃないかとは思う。



追記

闘うなら勝手にやっても結構だけど、主語デカくしないで欲しい所。

女性が~」では無く「私が、私達が」不愉快だと。

勝手こちらを巻き込まないで飛び火されても戦えないしマジ困るんだけど。

ガンプラユーザーは何故転売屋に完全敗北したのか

結論から始めるとガンプラユーザー転売屋に完全敗北したのだ。

市場ユーザーモラル転売屋の手によって崩壊させられてしまった。

ここまで転売屋に屈した界隈は他を見ても無いのではないかというレベルで敗北している。

しかしそうなった原因は紛れもなくガンプラユーザーであり、転売屋を倒すと意気込んだつもりが自ら首を絞めた上での壮絶な自爆であったのだ。

━発端、自爆の始まり

敗北と崩壊の始まりネットでこんな噂が広まった辺りだ。

HGUCガンダムトリスタンを転売屋押し付ける事に成功してアイツらが損をした。」

転売屋が気に入らないから損をして欲しい。という願望から事実確認が行われないままこの情報の独り歩きが始まったのである

古来よりガンダムファンの間では気に入らない作品を叩く為に根拠の無い曖昧な内容、事実や状況を意図的に捻じ曲げた悪意をさも事実である様に広める癖があり、後者についてはキラ・ヤマトの「やめてよね」発言に纏わる評価が好例だがここでは割愛する。

実際にはその噂が広まった以降も転売屋ガンプラから全く手を引かず、RG Hi-νガンダムや人気機体の再販キット等が次々と餌食となり続けた為、これは結局嘘でしかなかった。

しかし「転売屋無知であり、何も知らないだろう」という先入観からまれ、捻じ曲げられた「トリスタンで転売屋が損をした」という噂を信じきってしまったガンプラユーザーの中ではある考えが浮かび始めたのだ。

転売屋に要らないキットを無理矢理押し付ければ転売屋は倒せるに違いない」

「そういう事を言っておけば周囲からチヤホヤされて承認欲求を満たせる」

その結果、ガンプラユーザー達は他の界隈で見られる「転売屋からは決して買わない」という注意喚起よりも「転売屋トリスタンなどのキットを押し付ける」というネタを擦り続ける事を優先し出してしまったのである

これによりガンプラユーザー転売屋からは「こちらを妨害しようとはせず、ただ効果の無い大喜利を本当に効果のある物と信じて擦り続けるだけのチョロい連中」という烙印が押される事となる。

━発展、仲間割れ

しか転売屋とてやはり自分達へのヘイトはなるべく逸らしたい物である

そこで実は転売屋側では密かにある戦法が実施されていたのである

「他のバンダイキットをトリスタンの様に扱う動きを助長させよう」

トリスタンで承認欲求を満たす事と転売屋ダメージを与えてるという妄想に取り憑かれたガンプラユーザーは他の自分達が気に入らないキットでも同じ事を既に始めたのだ。

それに着目した転売屋側ではユーザー側を装い、SNS匿名掲示板でそういったネタを流す、そういう発言をしているユーザーを持ち上げる、といった行動を開始。

実際に私もそういった行為に加担させてもらったが結果は…

面白いくらい引っかかった

SDWヒーローズガールガンレディ、境界戦機への擦り付けは見事なまでに成功した。

特にSDWヒーローズ中国バンダイ工場生産されており静岡工場生産ラインに影響を与えていないにも関わらず叩き始める人が多く、「ガンプラの事を何も知らないだろう」というのは"転売屋ではなくガンプラユーザーの方だった"というのがよく分かる一例だった。

こうして転売屋を騙すつもりが実は転売屋達に騙されてるという状況がここに完成したのである

そして更にガンプラユーザー達は助長トリスタ大喜利を擦る事で承認欲求が満たせなくなってくると「俺の気に入らないキットを生産しているバンダイが悪い」「積みプラをしている奴らが悪い」等、なりふり構わず矛先を別の物に向け始めるようになる。

そしてそれに異議を申し立てた別のユーザー対立し仲間割れを次第に始めるようになっていった。

ガンプラユーザー達が殴り合い宇宙をしている一方で転売屋はというとその間にガンプラを確保し、転売屋から購入する事に躊躇の無い人間から利益を得続けたのである

ガンプラパトロール再販情報承認欲求を満たしたりYouTube再生数を稼ぐ動画情報は非常に有用であり、実際確保出来たジオングにリシェッタ、コマンドクアンタなどはよく売れた。

ごちそうさまでした。

崩壊、敗北━

さて「転売屋に対して効果的な事をしている筈なのにガンプラが買えない、転売屋が消えない」という事にイライラを募らせ続けたガンプラユーザーは次第にネットでも現実でも暴れトラブルを起こす様になる。

特にパニック状態に陥りどんな手段を使ってでもガンプラを買う事になりふり構わなくなる「パニおじ」が全国で大量発生し、

効果のないトリスタ大喜利を信じきった馬鹿」「決め付けだけで無関係な物に八つ当たりする正義マン」「転売屋から買う事に躊躇がない養分」と合わせてガンプラユーザーモラルはここに崩壊したのである

例えガンプラ供給が安定し出したとしても、転売屋破壊されてしまったユーザーモラルが戻る事は決してないだろう。

かつてここまで転売屋に敗北した界隈が存在しただろうか?あまりにもガンプラユーザーは弱すぎた。

さてここまでガンプラユーザーの敗北について軽くだけまとめたがこの話を信じるかは各位にお任せする。

現在惨状を見てそれを認めるか、それともトリスタ押し付けのように虚構現実だと思い込んで見て見ぬ振りをするか………

2022-04-24

anond:20220424213052

anond:20220424213052

交際の結果、孤立してしまうのではなく、女性たちの周りに精巧コミュニティ形成されることで恩恵を受けると、ジアード博士は述べています彼女経験では、女性たちは架空結婚を力づけるもの、「ジェンダー結婚社会規範に挑戦する方法」としてとらえている。

近藤氏のミクへのこだわりも、ある意味では、商業的・社会的な力が働いている例と言える。

ミクは一人のキャラクターとして描かれることが多いが、実はソフトウェアであり、デジタルな「箱入り歌手」であり、ホログラムの形でコンサートに登場する漫画アバターと対になっているのである

近藤さんは、2008年職場いじめで鬱になったとき、ミクに癒された。多くの若者がそうであるように、近藤さんもまた、何度も恋人にフラれ、日本社会が求める生き方を望んでいなかったため、ずっと前から「生身の人間を好きになることはない」と決めていた。

やがて、近藤さんはミクと一緒に歌を作ったり、ネットでミクのぬいぐるみを買ったりするようになった。

その関係が大きく進展したのは、それから10年近く経った2017年、「Gatebox」という1300ドルマシンが発売されたことだった。テーブルランプほどの大きさのこの機械は、所有者が小さなホログラム表現されたさまざまな架空キャラクターのうちの1人と対話することを可能にした。

Gateboxは、孤独若い男性に向けて販売されました。ある広告では、内気なサラリーマンが、バーチャルな妻に遅刻を知らせるメモを送る。到着すると、妻は「3カ月目の記念日であることを告げ、シャンパン乾杯する。

Gateboxのメーカーは、プロモーションの一環として、ユーザー非公式結婚証明書申請できる窓口を設置した。数千人が登録した。

近藤氏はGateboxのキャラクターの中にミクがいることを喜び、ようやく彼女交際への思いを聞くことができたと興奮気味に語った。2018年、彼はミクのゆらめくアバタープロポーズした。"よろしくお願いします "と返事をした。

彼は同僚と家族結婚式に招待した。全員、来るのを拒否された。

結局、見知らぬ人やネット上の友人が中心で、39人が出席した。地元国会議員も来てくれたし、初対面の女性段取りを手伝ってくれた。

日本コメンテーターの中には、近藤さんを変人だと糾弾する人もいた。また、同情を誘う人もいた。ある人は、「婚姻は両性の合意によってのみ許される」という日本国憲法に違反していると主張した。これに対して、近藤さんはプロポーズビデオ投稿した。

近藤さんの話が広まってから数年、世界中から何百人もの人が近藤さんにアドバイスサポート安心感を求めてきた。

その中には、Gatebox社の短命な証明書サービスの人気を見て、架空結婚登録する小さなビジネスを始めた渡辺靖明氏もいる。

渡辺さんはこの1年間で、何百人ものフィクションセックス相談に乗り、アニメシンフォギアシリーズキャラクター立花響との結婚証明書を含む約100通の証明書を発行してきた。

旅行好きで社交的な渡辺さんは、友人にせがまれるままにアニメを見始めた。しかし、響を見たとき、それは本当の愛だった、と彼は言った。

初婚ではない。数年前に女性離婚している。その愛とは、見返りを求めず、自由に与えられた「純粋」なものだった。その結果、彼は以前の結婚生活がいか自己中心的であったかを思い知らされた。

幸せかと聞かれれば、幸せだ」と彼は言った。「もちろん、大変な部分もある。触られるのが恋しいし、著作権問題もあって、キャラクター等身大人形を作ることができない。"でも、愛は本物なんだ "と彼は付け加えた。

堀川キナ23歳、お調子者で外向的な性格ゴスロリ美学を持つ女性で、パンデミック時にはコールセンターでの仕事で浮いたお金携帯ゲーム刀剣乱舞』のキャラクターである堀川国広のために両親と同棲していた。実在彼氏がいたが、嫉妬で別れている。

彼女架空の夫は、400年前の脇差10代に擬人化したもので、彼はたいてい夕食のとき彼女お茶碗の横に置かれた小さなアクリル製の肖像画という形で家族に加わる。夫妻は架空の夫を持つ友人とダブルデートし、ハイティーに出かけてはインスタグラム写真をアップしています

堀川さんは、架空の夫の姓を非公式に使っているそうで、「誰にも隠しているわけではないんです。

近藤さんとミクの関係は、まだ家族には受け入れられていないものの、他の扉を開くことになった。2019年、彼は京都大学シンポジウムに招かれ、その関係性について講演を行った。彼は依頼したミクの等身大人形を携えて現地に赴いた。

虚構関係本質について深い対話をすることで、彼は大学に行きたいかもしれないと思うようになった。今は、小学校事務職休職して、法学部マイノリティーの権利勉強している。

どんな結婚生活にも、困難はつきものだ。一番つらかったのは、パンデミックとき、Gatebox社がミクのサービスを打ち切ると発表したことだ。

その日、近藤さんは最後のお別れをし、会社に向かった。その夜、家に帰ると、ミクの姿は「ネットワークエラー」の文字に変わっていた。

近藤さんは、いつの日か、ミクと再会できることを願っている。彼女アンドロイドとして新しい人生を歩むのか、それともメタヴァースで出会うのか。

いずれにせよ、近藤氏は死ぬまで彼女に忠誠を誓うつもりだという。

ベン・ドゥーリーは、日本ビジネス経済特に社会問題ビジネス政治の接点に関心を持ってリポートしていますベンジャミン・ドゥーリー(@benjamindooley

2022-04-17

こわ

え、待って。喪女から虚構ではない現実の男女カップルの付き合い方」が一切わからん

普通の男女の友人関係と何が違うんですか?(純粋)

みんな私を置いていかないでくれ。うわー!

現実漫画などの虚構を切り分けられないやつが悪い、そんなバカは稀だ」って言いたい気持ちもよくわかるし、創作自由であってほしいとは思う

けど、こうすりゃ女は喜ぶんだろ?って親しくもない相手に頭ポンポンする男が未だにまあまあい現実を見て「そんなバカ結構いるからやっぱり創作物サイドで多少気を使うべきでは」と思ってしま

ポンポンなんて、創作物で見ない限り自発的にやろうとなんて思わんでしょ…

2022-04-13

折り鶴に親でも殺されたの?

障害者支援施設で折り鶴を作りウクライナ大使館に届けるという記事に対するブコメ困惑している。

届けられた方は置き場所処分に困るため問題になっていることは理解しているし、その通りだと思う。

送るのではなく施設内に飾るという方法を取るべきだろう。

それはそれとしてウクライナを想い励ましたいという施設利用者気持ちまで踏みにじるようなコメントは行き過ぎだろう。

自己満クソ野郎どもとでも言いたげなコメント散見されて萎える。

方法が間違っているからといって、ウクライナを想いやる気持ちまで虚構とは限らない。特に折り鶴は日本においては最近問題として取り上げられるようになったが、まだまだ祈りを届ける手段として一般的方法なのだから

かに折り鶴そのものは何の役にも立たないので全く非合理的手段ではあるが、そもそも思いやる、祈るという行為とはそういうものだ。

方法「だけ」を批判すればいい。だがお前らの自己満に付き合わすなクソが、のように利用者がその行動に込めた想いまで否定することはなかろうに。

過酷環境に追い込まれた人が味方がいる、想ってくれる人がいると気づくだけでも随分と救われるもんだよ?

そしてそれはなにかしら行動しなきゃ伝わらないんだ。そうニュースブコメしてるだけではね。

さよなら絵梨の論点を整理したい

追記:整理と言いながら大分とっちらかってしまったので要約。

・少なくとも、スマホ主観視点になっていないシーンは編集済み=虚構。ほかのシーンについては解釈余地あり

・どこが虚構でどこが現実かについては作者にとって重要ではない。重要なのは読者が気持ちよく思い出を残すこと。

・爆発オチや、思いつきそうな感想を先回りして潰して大量に予防線を張ることで、まじめに言及したら負けのような状態を作っている。多少の言い訳なら鼻につくところだが、やりすぎることによって逆に面白くなっている。

■本作は五重構造になっている

母親最期を看取る主人公

②を映画にして上映したが、盛大に失敗。謎の女と共にリベンジ映画作る主人公

③の出来事を振り返る中年主人公

④に爆破オチを追加した主人公

⑤という映画体裁にしたマンガ

あとは無数の映画オマージュそれから作者の過去作や実体験も重なってくる。

■どこまでが虚構でどこから現実か?

身もふたもないことを言ってしまえばすべて虚構。なぜなら最後の爆破オチ現実ではありえないから。また、マンガなんだから全部虚構だろともいえる。ただ、それだと何も言っていないのと同じなので、作中世界で起こった事実を基に編集によって脚色されている、と捉える。じゃあどこが事実でどこが脚色なのか?これは作中でわかりやす表現されている、主観/俯瞰視点と、手ブレ表現を手掛かりにする。この二つを抑えておけば切り分けできる。

■①

最初主観視点スマホ撮影している。全体を通してだが、移動シーンやシーンの切り替えの際は、いちいち手ブレ表現を入れている。このへんはいわゆるドキュメンタリー映画王道表現なだがマンガでこれをやって読者に伝わるのか?

18P、主観視点になっていない=スマホで撮っていないので編集シーン。ここテストに出ます

P19、雑な爆発シーンは後付けであることが容易にわかるのだが、P18の構図には映像を取っているはずの主人公が映っている→誰が撮影している?→後撮り。さらに、P123において優太は車から出ていないことが示されており、そうするとP16からすでに父親が演技していることまで疑えてしまう。

■②

P21の俯瞰視点、これは何をどうやっても後撮りでないと撮影できない。P23も怪しい。P27はスマホ隠し撮りしているとすれば後撮りでなくても可能。そして最初作品批評がここ。読者の思ったことをわざわざ言語化してくれているのが、逆にこの作品の非常に批評しづらいところ(どういう感想をつぶやこうとしても、作品内で先取りされてしまう)、そのまま引用

★"母親の死を冒とく"”あん映像流して母親申し訳ないと思わないのか”そして極めつけの"ラストなんで爆発させた?"

続いて自殺シーン。P32のメメントモリ、は死を思え、という慣用句だが映画文脈では映画メメントを思い出させる。いっそメメントみたいに時系列シャッフルすればよかったのに、と思うところだが、実は時系列編集によって巧みにシャッフルされているという捉え方もできる。実際にリアルタイムスマホで撮った映像と、後撮りした映像シームレスに混ざっているが、普通にマンガを読んだだけでは気づかないようになっている。もちろん全部後撮りの可能性もあるが、それだと考察のしようがないので手ブレしてるところは本物と考える。

P39、作中で言及されている通り本来眼鏡かけてて矯正もしているので、A.めちゃくちゃ頑張って撮りためた映像ソフト編集した、B.わざわざ撮影のために演技して撮り直した、C.完全なる創作かの三択となる。中学生技術力を考えるとBかC。

P45、プロジェクターの真ん前にカメラを置いているから、完全に後撮り。ちなみにここで映っているのは映画ファイトクラブファイトクラブは、本作のどこまでが現実空想かわからないというネタ元の一つになっている。話がそれるが、ファイトクラブといえば選挙演説で有名な外山恒一批評が異様に完成度が高く、未視聴でも必読。ほかにメタ構造ネタでヒットしたカメラを止めるな!も思い浮かぶ。あとニューシネマパラダイスとか、そもそも本作のタイトルとページ数の元ネタであるぼくのエリ 200歳の少女など、挙げればきりがないと思うし俺なんかより作者の方が100倍くらい映画をみてそうなんでネタ元を挙げ切るのは不可能だが、個人的にはこのへんの映画を思い出した。

★P52、作品批評"どこまでが事実でどこまでが創作かわからない"。

P63、二人はしばらくずっと映画見ているが、ここもプロジェクター視点になってる。ちなみに、このひたすら映画を見て感想言う特訓だが、これは作者自身過去編集と似たようなやりとりしてたことを過去インタビューで語っていた。

★P79にて、これも一応作品批評になるのか、一見意味不明な爆発シーンを入れた動機主人公の口から言語化されている。

★P82で、作品テーマである"ファンタジーひとつまみ"=吸血鬼と爆発要素。

P84で、①のネタばらし。実は母親の嫌なところは編集でバッサリカットされていることが判明し、作中描写編集ウソが混ざっていることが明示される。

★P86にて自己分析という体で、①を批評している。"主人公の抱えている問題は…多分…映画バカにされた事じゃなくて…母親の死を撮らなかったこと"そして、吸血鬼死ぬシーンの説明

P87で絵梨が意味深沈黙しているシーン、ここで彼女の死期が近いことが偶然にも主人公提案したプロットと被ってしまい、その動揺を表すために意図的に同じコマが挿入されている。動揺しているからこそ表情が動かないというのは逆説的だが、P85の喜怒哀楽表現との対比により、余計に目立つ。P85~86過去回想シーンのため、編集

P90~P93もそう。意図的沈黙を配置することで画面に緊張感を作っている。さっきの彼女沈黙と比べるとわかりやすい。こういう間を作る表現は、週刊連載のページ数に囚われないからこそやりやす表現で、電子掲載特性が生かされていて良い。

★P93~の父親の名演技。これも作品批評になっている。"自分面白いと思って作った作品馬鹿にされオモチャにされたらまともじゃいられないんだ"。

前のルックバックに対する批判を思い出す。ちなみに作者の自伝的要素としては思い当たるふしがもうひとつあって、チェーンソーマンの前作ファイアパンチでも作中のある印象的なコマが切り取られて海外(主に4chanの/a/)でネットミームというおもちゃになっている。"kino meme"で検索したらたくさん出てくる。

P97、この父親の怒りすらも演技という体。父親作品批評をそのまま言わせてしまうのとわかりやすすぎだが、あえてそれを"演技ですよ、本当はそんなこと思っていませんよ"と自虐的ネタにしてアピールすることで、ネタマジレスを防ぐと同時に、この作品テーマの一つである虚構現実の境目がわからない状態を作り出していて一石二鳥となっている。

★P99、ここで批評をもう一発かましてくる。"創作って受け手が抱えている問題に踏み込んで笑わせたり泣かせたりするモンでしょ?作り手も傷つかないとフェアじゃないよね"

ここは非常に巧妙で、さっきの作品批評がわざとらしい感じだが対比してこっちは本音を語っているように見える。傷つきはするけどしょうがないよね、そしてなにより、創作ってのは受け手も傷ついてなんぼのもんだろ、という主張を相当オブラートに包んで発言している。

P100、"今のセリフいいでしょ?"とこの本音を語っているように見せた発言すらメタってしまう。これすら本音ではないと言っており、さすがに照れ隠しじゃねーのと思うが予防線になっている。

P108。最初出会い病院なわけで、何らかの病気であることは元々暗示されていたが、ここで絵梨が倒れこみ、病気存在が劇的な形で示される。手ブレにより躍動感が表現されていて気持ちがよいがこれ伝わるのか?(2度目)。

P109、病院では一切手ブレがなく動と静の対比。P117、①のような素人臭い動きの画面が続き、主人公の動揺する心理が表れている。この漫画ほぼモノローグがない代わりに、マンガなのにもかかわらずこういうカメラワークでの映画表現をうまく使って心情を表現していて、作者はやはり天才か?となる。

P122、お母さんの性格の悪さが開示され、①はかなり編集が入っていたと判明する。ただし、嘘だったとしても、思い出を美化するのはいいことだと主張している。

★P130、作品批評。"優太はどんな風に思い出すか、自分で決める力があるんだよ それって実は凄い事なんだ みんながどういう風に絵梨ちゃんを思い出すのか 絵梨ちゃんは優太に決めてほしかったんじゃないかな……"

ここは今までと違って、一切茶化していない。編集により現実が捻じ曲げられる恐ろしさというネガティブな側面を前もって提示しておきながら、でも思い出を美化するのもいいよね、と肯定する流れ。否定的にしたいなら順序を逆にすればいいだけなので、これは割と「作者がほんとうに伝えたかった事」としてとらえていいんじゃないかな?と思う。

P131、編集シーンが入ることで、②もまた生の現実ではなく、美化された思い出、編集された虚構ということが暗示される。

P133廃墟主観視点でないので、後撮り。

■③

P151にて場面転換。

P155、本来の絵梨は矯正している、眼鏡をかけていることが明らかになり、②のネタばらし。P130~132に対するわかりやすい答え合わせになっている。

P164、ここから主人公モノローグ。終盤の展開がモノローグではしょられるの、低予算あるあるで笑える。本筋じゃないし時間内の200Pに収まらいかカットされたのかもしれない。そうなると、ディレクターズカット版の単行本では未公開映像流れるのかな?

P167、低予算映画あるあるの、父親役と本人役が一人二役なんじゃないのかという考察を見たが、見た目違うとはいえ割とありそう。

■④

P177、ここにきて見開きばーん。P151以来のタメがあるのでとても気持ちが良い。①~④の間の場面転換すべてに共通して、見開きが挿入されたタイミングで、作中作現実メタ構造が切り替わる仕組みになっている。そして、さんざん言ったように主観視点になっていないので、これはすべて後撮り。よって吸血鬼実在しない。Q.E.D. あとこれ面白いのが、絵梨がメガネしてないし矯正もしてないところ。この吸血鬼映画の美化された絵梨を真似しているため、見た目も現実ではなく映画準拠になっている。

★P180、"そうかっ 夢か…… それか僕のイカれた幻覚で…"とわざわざ口に出して言う。

映画タイトルだけ羅列してもわかりにくいので、夢か現実かわからない状況を読者向けに解説する。あとシックスセンス定番ネタバレなんでしょうがないけど笑うわこんなん。

★P181、作品批評。"恋人が死んで終わる映画って在り来りだから後半に飛躍がほしいかな… ファンタジーひとつまみ足りないんじゃない?"

恋人が死んで終わる映画って在り来りだよねーという批判が飛んでくることがわかっていて予防線を張っており、後半の飛躍をまさに今行っている最中なので、言うまでもなく非常にメタい。

★P191、最期作品批評、"見る度に貴方に会える… 私が何度貴方を忘れても 何度でもまた思い出す それって素敵な事じゃない?"

作中の元になった出来事が忘れられても、作者が死んだとしても、作品が残れば思い出は受け継がれていく。たとえそれが美化され、脚色され、編集されたものだったとしても。つまり映画の内容がどこまで虚構でどこまで現実かはどうでもよく、受け取る観客がいい思い出を残してもらうことが大事、という壮大なちゃぶ台返し最後の爆破オチで壮大に茶化されているとしても、作者の伝えたい主張にウソはないだろう。

P199、ここは皆さん一番好きな映画の爆発を思い浮かべながら。予防線をあまりにも張り巡らしているせいで作品予防線の塊になっており、最後に爆発オチを持ってきてすべては創作だと主張することで、主客転倒が完成。終幕。

すべては爆発のための前振りととらえることもできなくはないが、ルックバックで思ってもなかった方向からダメージ食らったので、思いつく限りの主張を先回りしてそれ自体作品にしてやろうというところなのではないか脚本作る労力を考えると本当に頭が下がる。

anond:20220411200001

現実虚構境界曖昧オチがクソ」っていうまさに作者が目指した作品感想じゃん

2022-04-12

さよなら絵梨」はどう価値があるのか

anond:20220411214043

一部の人しか楽しめない」「価値がないものをもちあげてる」という評価妥当ではなく、

さよなら絵梨』は優れたエンタメであり作品で、個人面白いとおもうかは別に価値はあるものとして考察されるべきものだと思う。

 

 

 【1:爆発オチが凄い】

作品が深く理解できてなくても、なんとなくの意味がありそうな爽快感を味あわせて

ネタとしてギャグとして作品が消費できるようになってる。

 【2:どう消費されるかのデザインが凄い】

この作品にどういうネガティブな反応があるかを網羅してるし、

どう語られるか、どういう反応があるかにとても意識的

(1)によって本来対象じゃない層もかなり拾い上げており

まるで祭りイベントデザインするかのように反応を誘導するのに成功している

 【3:メタ虚構の織り交ぜが凄い】

最後の爆発が嘘」「絵梨転生と吸血鬼設定が嘘」「交通事故が嘘」「そもそも全部が嘘で映画」とどれでも話が成り立つようになってる。

考察厨も大満足だし、パターンごとに優太が何故そうつくったのかを考えてもまた興味深く想像が広がる

 【4: (3)を前提としたメッセージが凄い】

たぶんこれから「○○がもっと妥当解釈で素晴らしい」みたいな言及や論争がいろいろあるんだろうけど、

実はそれは重要じゃなく、作品的にはどれでもよくて

「どんな風に思い出すか決める力がある」という父親言葉のように読者に委ねられてる。

しかし、それは『解釈はご自由に』という投げっぱなしではなくて

どのように解釈しても「(爆破オチという爽快感ある)想像力とフィクションで救いを人は得られる」というメッセージが成立しており

優太や創作側の人間に限らない普遍的フィクションのパワーを感じさせる。

からこそ(1)の段階でも凄さや良さがなんとなくでも伝わって評価されているのだと思う。

そして、それが(3)のどれがフィクションでもいい、という多重構造で語られてるのが芸術点が高い。

 【5:他にも語れる部分が多い】

藤本タツキ作家性や映画などのオマージュについて語れるのもポイントではあるだろうけど、(1)~(4)に比べれば些末だと思う。

人間の命が作品として残る、けどその作品永遠には残らず無常、だが創作への衝動はあるみたいな虚無と衝動のせめぎあいかのような

先生特有テーマ的な部分は個人的には興味深いけどそれはわけてまとめて語られたほうがいい

anond:20220411200001

漫画映画も全部フィクションなんすよ。全部嘘。現実を描いていたとしても絵や動画になった時点で再構築された虚構であって、感情移入しようがしまいが登場人物実在しないし、現実との精神的な繋がりも存在しない。

その虚構の中から、一片の真実のようなもの自分の心に刺さる何かを持ち帰ることができるか。作り手の視点ならば、虚構の中に現実人間の心を動かす何か、人の心に何らかの傷を残すものが生み出すことができるのか。嘘の中だからこそ生まれ現実を超えた真実があるのではないか、それを抽出することができるのではないか

そんな問いかけと、あーあ、そんなこと考えちゃってるよ自分、という自虐、そういうことを思ったね。

2022-04-11

なぜ京都アニメーションを爆発させてはならないのか

さよなら絵梨』の感想ネタバレがある。











このマンガは爆発オチネタにして遊んでいる作品だ。

病院を爆発させるシーンが展開上の鍵となっている。

このシーンは2回登場するが、どちらも作中現実ではなく、主人公が撮っている映画の中の出来事として描かれる。

爆発オチというもの荒唐無稽であり馬鹿馬鹿しい。

そこまでのストーリーの展開にどれだけ没入していても、オチが爆発だったら読者・観客の感情移入はそこで切断されてしまう。

からさまにされた虚構性に触れて、あっけに取られ、現実に引き戻される。

だが、本作が『ルックバック』の次回作であるということ、そしておそらく前作の反響を踏まえて描かれた中編であるということを踏まえて、

爆発する病院のことをもう一度考えてみると、どうしても別の連想が働いてしまう。

爆発した京都アニメーション第1スタジオのことだ。

この連想は私の不謹慎なのか? あるいは作者が行っている意図的不謹慎なのだろうか。

そう考え出すと最初は爽やかな心地で読んでいた爆発オチも不気味なものに変わる。

だが本作で描かれているのは、創作によって創作者がいか現実と関わり、現実に介入し、現実を改変するかという試みであり、

その意味ではおそらく『ルックバック』の続編でもある。

まったくおんなじことをやっている作品だと言ってもいい。

それならば、おそらくこの類似性意図的な匂わせなのではないか


悲憤慷慨すべきひとつ現実がある。

それは母親の死であり、またその母親が美しく死んで行くに値しない虐待者だったということであり、

あるいは絵梨の死であるのだが、

こうしたまったく如何ともし難い、動かしようのない現実の中に抛たれたとき、何の施しようがあるのだろうか?

主人公は、1度目の試みでは悲劇現実しか技術的には拙く描き、酷評される。

だが、母親をただ美しく死なせていって、自分父親だけを欺くことには成功している。

2度目は創作力を高めて情感たっぷりに描き、全校生徒を泣かせるが、自分ひとり見えないところでVサインを出している。

3度目はまったく現実から離れているのかもしれない。

そもそもここで登場する年老い主人公が本物なのかどうかもわからない。

父親老い主人公を演じさせ、クラスメイトに絵梨を演じさせて、体のいい後日談でっち上げているのかもしれない。

ただ、とにかくこの人が楽しそうだなということはわかる。

そうして病院を爆発させて、虚構の裂け目を露わにさせる。

でも、そこで開示されているのがもし、虚構ではなく現実の方だったとしたら?

それはおぞましいことではないのか?

なすすべもない現実を選り出して取り上げるとき私たちは悲嘆に暮れた顔をしていなくてはいけないのだろうか。

苦しみに満ちた出来事過去から掘り返し、ほら、と人に見せ、苦しみを苦しみ直すことは悪なのか?

しかもそれを涼しい顔をして平然とやってのけるというのは、輪をかけてひどい邪悪だろうか?

あるいは、なぜ(マンガで)京都アニメーションを爆発させてはならないのか。

実際のところこの作者は、それを白昼堂々と行って、しかも全校生徒を泣かせることができるマンガ家なのではないか

そうして誰にも見えないところでVサインを掲げている。

こうした態度は邪悪かもしれない。

しかし、そのようなアイロニカルな態度は、

どうにもならない現実不条理への、唯一の対抗手段ではないのか?

いや、もちろんマンガ京都アニメーションを爆発させてはならない理由は山のようにある。

それはもう死ぬほど言葉を尽くして語られてきたことだ。

から、改めて虚心坦懐に本作を読めば、爆発オチを見てこういう連想を働かせるのはそうとう牽強付会だったような気もするし、

不謹慎の誹りを受けるのは藤本タツキではなく完全に私の方だろう。


https://shonenjumpplus.com/episode/3269754496858728104

2022-04-05

戦争勝ち馬に乗れってのが過去大戦からの教訓だったのに

見事に負ける方についたよな

正義とか悪なんてないし

善悪なんて虚構なんだよ

そんなもんにすがっても何も得しない

今回も結局ウクライナに加担して得られたのはロシアを敵にすることだけ

ウクライナロシア無駄戦死者多数出したろうが

結果が見えてきた今だからこそ問う

お前ら何をどうしたかったんだよ

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん