はてなキーワード: 虚構とは
・フェイブルマンズ 青春ジュブナイルものとして内容はごく普遍的だけど、おれの大好物。エンタメとしてもとても面白かったと思う。大好きな『桐島、〜』の神木隆之介にフォーカスを当てきったジェネリック版って感じ。趣味人間として刺さっただけに、他人との関わりとかもうちょっと考えてもいいかなって思った。
・シン・仮面ライダー 良くも悪く仮面ライダーに思い入れがないので普通に面白かった。「大人向けライダー」っぽいバイレンスも露悪趣味じゃなくてちゃんと後半にかけての変化のコントラストになってていいなって思った。バディものはいいね。
・エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 別の世界線の自分を呼び出すのはコミカルな描写としても良いし、アクションとしてもメリハリのあるマトリックスみたいで面白かった。観た後はそんくらいの感想。他人の感想の受け売りだけど、税務署のババアと分かり合うのは指がソーセージの荒唐無稽な世界くらいにあり得ない事だった、みたいな見方に気付いてからは、ああそういうことか、なんかイイねって思った。
・グリッドマン ユニバース 直前にダイナゼノンを詰め込みで予習したから、時間が育む思い入れは少なめだったかもしれない。シンエヴァがずっとチラつきつつ、虚構を肯定する作品って良いよなって思った。グリッドマンから続くフィクションの肯定、ダイナゼノンから続く過去を清算して未来を勝ち取るってテーマについて非常に力強く語りかけてくれた感じがした。
・インディ・ジョーンズと運命のダイヤル 印象的なカットはあんまりなかった気がする。ここぞという所であのニヒルな笑みを浮かべてバシッとキメるカットを期待していたけれど、特にそういう箇所は無かったか。聖杯を諦めて今を選んだインディも今回は若人にブン殴られる番になったけど、でも冒険劇ってこういうのでいいんだよなみたいな所は抑えてた気がする。
・ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE 続きもんとして割と良い区切りのつき方だったと思う。次も楽しみ。列車の上に乗っかってトンネル突っ込むアクションはやっぱ手に汗握ってイイ。FIAT500のとことか、ちょくちょくフフってなる所もあった。合理的、冷徹にと言いつつ最後はヌクモリティで助かるのがいいね。今回宙釣りあったっけ。
・バービー 映画を観ながらああだこうだと語ってしまいたくなるのはもう性なのかもしれないけれど、それでも教えたがりにはならんよう気を付けんとなって思った。バービーについてよく知らんけど、アランの立ち位置をもっと活かせたんとちゃうんかって思った。アウトサイダーを安易に聖人化するのもアレなのかもしれないけど。
パラレルとか時間移動とかごっちゃごちゃだし、予習不足で知らんキャラ出てくるし、後半は完全に雰囲気で観てた。異空間をただ走り回る時間が体感3割くらいあった気がする。でも怪異の点と点が繋がって秘密に迫り始めて、面白くなり始めた時のコワすぎみたいな感じが凝縮されてて良かった。
・君たちはどう生きるか メッセージ的なものを汲み取ろうとすると、抽象的でよく分からんかった。エヴァのせいで「虚構と現実の話」みたいな匂いが少しでもすると感度3000倍で反応してしまうから、おれはそういう方面の受け止め方になってしまった。単にエンタメのとしては、「下の世界」が千と千尋みたいというか、夢(寝てる時見る方のやつ)の世界みたいで面白かった。
・アリスとテレスのまぼろし工場 メタフィクションとして受け取るのが適切かどうかは分からないけど、その辺に大分自覚的な気がした。閉じ込められた世界、田舎の閉塞感、まぼろしの世界、そしてフィクションの世界。その辺の繋げ方が上手いなって思った。そこを出なければ無限大の可能性が広がる現実を手に入れられない。まぼろしの世界は痛みも感じないし匂いもしないけれど、それでもそこにある愛は本物。みたいな。フェティッシュな描写も邪魔にならない程度に印象的だった。セカイ系初対面アンニュイ女の笑顔良すぎ。
・ジョン・ウィック:コンセクエンス アクションに遊びが増えた気がする。コミカルな動きが割と印象にあった。上からの俯瞰の画角もMGSみたいで面白かった。どうせここでは死なないしな……みたいな緊張感のなさと引き換えに一騎当千の爽快感があって、マンネリ感はあまり感じなかった。グラサンの人も拳銃持った座頭市を放り込んだみたいでかっこよかった。刀と弓使ってたのは、一応防弾スーツ対策みたいな理由付けがあったのかな。新しい事をやるのに加えて話を畳むという事を考えたら分割するような内容でもなかった気がするし、あの長さで良かったんじゃないかと思う。
ニッチなジャンルでメジャーでもないので知名度もそれほどないが、作品に対しては意外と感想をもらえたりする。
で、バッドエンドの作品に対しては「最後は救われてほしかった」や「後味が悪い」など、ほとんどの感想が否定的。
どうしてバッドエンドじゃ駄目なのか?
個人的に、バッドエンドに対する反応は世相を映す鏡だと思っている。
たとえば今の日本が好景気で、みんながそれほど貧しくもなく、それなりに幸せを享受している社会であるならば。
バッドエンドはそれほど否定されないだろう。
何故なら現実の世界がハッピーエンド的な未来に向けて進んでいると感じられているからだ。
だからこそ、そうした世界においてバッドエンドはむしろ教訓的な役割を果たす。
バッドエンドの物語を見ることで、そうはならないようにしようと参考にする。
役に立つんだよ。バッドエンドでも。
今の日本って、はっきり言って貧しい。
そんな世の中において、果たしてハッピーエンド的な未来を想像することが出来るだろうか。
それが難しいとなった時に、じゃあどうするか?
虚構の幸せを追い求める。二次元が流行る。Vtuberがもてはやされる。
だからこそ。
男性ホモソの上層と底辺はセクハラ発言がデフォルトになってるのが同じ男性としてしんどすぎる
なんていうかさ
普通に生きてれば「昭和生まれのオッサン」でも一定程度理解するわけよ
嘘言えよクソボケがって感じ
今の世の中で、本当にそれを口にするレベルで
「AVを本気で実践する輩」とか
「生理なんてちょっと怠いだけ気合が足りない」とか(むしろ軽い女が言いがちだが)
そんな人間は、ニホンハーとか、オトコハーとか、そういう話じゃねぇよ
だけどさ、灘高生を連れてきて、年上のおねぇさんで性教育しちゃうのよ
善い事として
それも、小利口に善い結果を残した形で
悍ましくないか?
精々ちょっと軌道修正がいる程度で、そのままでも概ね「普通」に収まった奴らだろう
実際記事もそうなってる
意味ないだろ
素晴らしい成功例、辿るべき道しるべ、みたいなのはさ、違うだろ
または、限界チー牛でも良いよ
こんなことしなくてもお行儀よく小利口に振舞える連中で、滅菌された子芝居とか見たら
そりゃ言いたくもなるだろ
これは灘高性、胸と股間が熱くなりすぎるのでは
https://anond.hatelabo.jp/20230926091314
この漂白された茶番劇で「マトモナオトコ」とか言い出すのと、「AVde性教育」って、方向が逆なだけで虚構としては同軸上だよね
そういう問題じゃあないですね
近々ではせいぜい元友達を親友とか呼ぶ虚構の世界に生きる人が観測されたわ
親友の思い出
https://anond.hatelabo.jp/20230718222319#
こういう人らって自分のことフツー(マジョリティ)だと思っている節があるけど全然フツーじゃないぞ
人は自分と似たような人とつるむから自覚が持てないのかも知れんがの
結婚は自由恋愛して好きな人といっしょに暮らすがマジョリティで、
それと同じで簡単に関係が切れてしまう人を親友と呼ぶのはマイノリティだし、
暇を潰したり、体面のために、好きでもなんでも無い人と一緒にいるってマイノリティだぞ
そういう人らは、友人とは言えぬ薄い関係の知人とつるんだり、商業誌やWebに軽薄なポエムを垂れ流すことが多いやで
五感が正常で、経済的にはそこそこ成功しているのに、虚構の世界を生きている人はもったいないと思う
思ったのは、こうした異常に軽薄な人は地方出身者に多いってことなんだよな
地方は以前は第一産業が主力であり、いま50・60代の親の世代は見合い婚も多かったと思う
自然と向き合い、相性を諦めて自分の妻・夫に向き合い、他人ではないが血縁者でもない地域の濃い関係と向き合う中で、諦めを覚えたのかもね
そしてその価値観が子供や孫に引き継がれたんじゃねーかなって思う。諦めても、日常の生活は続けなければいけないので、
心の健康を保つために、現実ではない世界を作り出すようになったのかもな
(もちろん、文章の装飾やアピールで迷走してしまっただけで、実際はそこまで現実逃避していない・軽薄ではないという可能性もある)
以下コメント付きで御覧ください。
“了承済みだとしても、実際バリカンで坊主にするって、どんだけの心の葛藤があるかって話よ… 水ダウ出れるからって髪の毛と引き換えにOKしたとしてもよ、見てる側としてはただただ胸が痛いだけで笑え
人の心を想像する振りをして、自分だったらのお気持ち爆発コメント。「髪の毛と引き換えにOK」→放送見たらわかるけど元々坊主にしたかったってコメントしてたぞ。
事務所から「テレビ出れるチャンスだぞ」と言われる、リアルパワハラはありやなしや。 “事前に了解している仕掛け人たちの丸坊主姿だが、”
これも憶測ですね…。
あと、出ろと指示されたり、言われて断ることができない状況はパワハラですが、「テレビに出れるチャンスだぞ」まではパワハラではないと思います。
髪の毛と水ダウ出演の価値を決めるのはご本人です。
よろしくどうぞ。
「何が悪いのか」と言う人間は全然わかってない。強い立場の組織が立場の弱い人間に「仕事」と「自分の尊厳」の引き換え取引をしたわけで、ここには容易に強烈なパワハラが起きる可能性があるのよ
出演者からそういう声が出てきたらしっかり味方しますから、不要な邪推は我慢しましょうね。
こういうバラエティ大嫌いの人らって映画やドラマの中で女性が丸刈りにするシーンがあった作品はパワハラでとんでもない作品だと思うの?やってることは完全に同じなわけだけど
ほんまそれです。自分が書くまでもなかったです。
面前DVと同じで面前パワハラも十分暴力。懲罰的丸刈りは人権侵害だし、それを目にした恐怖をバラエティで消費するとか胸糞悪すぎ。/髪型としての丸刈りは全然別の話。演者としてはそりゃそう言うだろうけど。
懲罰的丸刈りは人権侵害かもしれんが、今回は違うよ?ターゲットに懲罰的な丸刈りだと思い込ませる企画だよ?
「それを目にした恐怖をバラエティで消費するとか胸糞悪すぎ。」ここは個人の感想なので否定はしないが、ドラマとか映画なら受け入れられるのだろうか?
受け入れられるとしたら、違いはどこにあるのかよく考えたほうが良いと思う。たぶん無意識で優劣つけてるよ。
擁護ブコメがあるのがびっくりだ。そうだな、「ナチスの制服を着た奴がユダヤ人をひんむいて部屋に押し込んでいく」ドッキリとか成立しないだろ? 演者がプライベートでどうしたかったかとか関係ないよ。
犯罪行為を空気で受け入れさせるのがだめ/丸刈りOKな人を集めたんだから大丈夫と言う人たちは、自殺志願者を集めてビルから突き落とすとかバンジージャンプをさせて紐が切れましたみたいなドッキリでも許容するの?
合意取ればOKなものと、合意とってもダメなもの(犯罪)の区別はつけましょう。そのうえで比較対象の例として上げてください。
なるほど、ジャニーズの売れっ子たちも「一度おじいちゃんに抱かれたいと思ってた。母からも『ジャニーズに入るからには覚悟しているから安心して』と言われた」と言えば抱いた方の罪は許されるのか。
普段はヤラセでもいじめ企画はヤメローと喧しい者も、ヤラセのパワハラには喝采。虚構でも女がハラスメント受けていると興奮して理性がなくなるんだろうな彼ら / DJへの性被害にも大喝采なんだよな彼ら
日本語でええねんで?
これ見て楽しんでいるとわかったら、そうではない人に無言で一線引かれても仕方がない内容では
パワハラで笑うのは悪趣味だし、パワハラを許容する空気を作り出すという意味で罪悪。そもそもダウンタウン自体がパワハラを芸にのし上がってきた訳で時代遅れ。
見てないでしょ?ね?パワハラはダメだよって皮肉の企画だよ?先進的すぎてついていけてないすかね。
企画考えてないダウンタウンへの垂直落下ブレーンバスターdisには声の掛けようがないです。アンチお疲れ様です。
どーゆーところが悪ノリなのでしょーか?ちゃんと考えてちゃんと準備しないとできない企画ですよ。
(これが悪ノリ)
丸刈りの流れも、現場の悪ノリという体ではなく、パワハラという体です。
そんなパワハラする現場では、いい作品できないよね?というメッセージです。
女性スタッフ(に扮した芸人)までボウズにされててそれ見たターゲットのアイドルが泣いてたらしいけど、峯岸みなみが丸坊主にした件とかあるし『まさか芸能界にいたら自分も…?』とか想像しちゃったんだろなーっと
残念なコメントのみんなも、こんな人が多かったのかなと。
too sensitive for this world
呆れの追記
「ドラマとか映画とか」と演技と知らされていない人間の本物の恐怖との違いが本当に分からないの?/パワハラ皮肉企画だからその制作過程でパワハラが起こるはずがないというのはナイーブすぎるでしょ
「制作過程でパワハラが起こるはずない」なんて誰が言ってんの?あなたの頭の中で都合いいように曲解しすぎだよ。気をつけなはれや。
起こるはずもないし、起きてもないなんて誰も言い切ってないよ。本当は裏で起きてるかもね。
ただ、当事者が何も問題提起してすらもない状況で、部外者が勝手な憶測を喚き散らすのは害悪でしかないでしょ。
前半も今回に関しては問題提起できるのは本人/関係者のみですよ。その人がハラスメントや問題を感じたかどうか、が重要になるんですから。
放送すら見たかもわからない部外者が憶測で口出しする行為は、それ自体ハラスメントになり得ますよ。
気をつけなはれや。
ドッキリが嫌いならその感情は否定しませんが、今回に限らないドッキリ全体に主語を広げるのであれば、勝手に撲滅活動頑張ってください。僕はハラスメントが浮き彫りになったら、そのサポート(ハラスメント撲滅)をしっかりしたいと思います。ここでお別れです。
バラエティを全く見ない人間としてはどんぐりの背比べ感がすごい。楽しめなかった人間の口を塞いでも楽しめなかった事実は変えようがないだろ。
面白くないとか、悪趣味だとかは否定してないんだが。感じ方は人それぞれなので。
わかりますか?楽しめなかった事実を変えようとしてるんじゃないですよ?あなたみたいに自分の主張のために曲解して誰も言ってないことを言い出したり、勝手に邪推するのを残念だって言ってんだ!
地獄に落ちるわよ?
#metoo運動等数々のセクハラパワハラ問題を経て、我々は「弱い立場の人間がした「同意」は強制されたものかもしれない」という視点を新たに得たはずなのだが、その慎重さもなく断定する意見には全く同意できないのよ
これまたすごい大型新人が現れたな…。根気強く一つずついくよ!
まず「我々は」って主語大きくするの良くないよ。散々主語大きくして突っ込まれまくった先人の過ちをしっかり活かそうね。「あなたは」ね!
「弱い立場の人間がした「同意」は強制されたものかもしれない」という視点を新たに得たはずなのだが」
meetooの中心って同意なくセクハラされたことが問題視されてたはずだが。だから同意の記録を残ししょう!つって、とんちんかんなアプリが出て最近話題になってたじゃん。
まぁそういうのもあったと思うので全否定はしないですが、「我々は〜視点を得たはずなのだが」って勝手に!我々の!スタンダードにするの!なんなん!
くどいようですが、こういう勝手な曲解を加えて自分の主張をしたいだけの人が多くて残念だす。
最後ね。
断定してるのはどっちだって話ですよ。
出直してきなさい!
・これはセキュリティの話だが、百合に挟まる男を別レイヤーで追加し、ファンボックスでは削除するとスマートだ
・枕強要される男の子アイドルのナマモノ(J)の同人誌は確実に存在するものの、気配を完全に消しているはずだ。そしてそれに罪はない。現実が悪い。虚構は罪を負えない。
自分の中でのアニメオタク(特に萌えオタ)に対する嫌悪感が一体何なのかきちんと考えてみた。
すると恐るべき結論に達してしまった。これから書くことは正直私も断言して良いものかどうか躊躇している。しかし、アニメ文化の発展のためにも、心を鬼にして書かなければいけないことだ。
今までも、そしておそらくこれからもずっとそうだ。これは岡田斗司夫のような豚野郎の言う「オタクは死んだ」でも、東浩紀のような豚野郎の言う「読者の質が悪い」でも、宇野常寛のような豚野郎が言う「萌えオタはクズ」でもない。もっと根幹に関わる重大なことだ。そして恐ろしい事実だ。
まず、オタクがオタク向けに作ったオタクアニメが大きな評価を得てきたことは今まで一度たりともない。
名作を作ったクリエイター側は言うまでもなく、『ガンダム』の富野由悠季は仕方なくアニメの現場に降りてきた人だし、『攻殻機動隊』の押井守は元々映画監督志望でジャン=リュック・ゴダールを敬愛していてたまたまタツノコプロの求人が目に入ってアニメ業界入りした人だ。
「でも、今は世界的にアニメブームが起きているじゃないか」と萌えオタがブヒブヒ言ってきそうだが、それは幻想である。まず90年代後半に盛んに言われた「ジャパニメーションブーム」を取り上げると、これは岡田斗司夫がオタクの地位向上のためにでっち上げたものだ。本人も後にそれを認めており、外からの圧力に弱い日本でオタクが市民権を得るにはそれしかなかったと言っている。この岡田斗司夫の苦肉の策に電通や村上隆が乗っかり、ジャパニメーションブームという虚構ができあがったのだ(元々別称だったジャパニメーションという言葉を良い意味として輸入したのが村上隆である)。
まずは、宮崎駿。アカデミー賞も受賞し、名実ともに日本を代表するアニメーション監督といった地位を得ているが、その作風はアニメ界ではむしろ異端である。スタジオジブリ的なもの、宮崎駿的なアニメは本人にしか作れず、その作風を引き継ぐような後継者は未だ誰一人いない(宮崎駿の後進育成が下手という話ではない。宮崎駿に影響を受けた人間が外で宮崎駿的なアニメを作ったっておかしくないのに、そんな人は日本にはいないのだ。海外ではどうか? そう、モンスターズインクを制作したピクサーが後継にふさわしいだろう。言うまでもなく彼らはアニメオタクではない)。
宮崎駿にはオタク的なるものを避けて避けてやっと今日の地位を築いたという歴史がある。オタク的なものを避けて世界的評価を得た、これは非常に重要なポイントだ。
押井守もその一人だ。『うる星やつら』を制作し、オタク向け監督の一人で終わるかもしれなかった彼は『機動警察パトレイバー2 the movie』や『攻殻機動隊』においてオタク向けアニメ的想像力を捨て去ることで作品の強度を確立した。『ビューティフル・ドリーマー』はどうなんだ、という声があるかもしれない。これには後に押井守がこう語っている。「劇場版第一作『オンリーユー』を作ったとき、原作者やファンが喜ぶことを全部詰め込んだ。上映されると当然原作者やファンは満足したようだが、作品的には酷い代物だった」。この諦観によって『ビューティフルドリーマー』は作られた。オタクから距離を取ることで傑作に仕上がったのだ。
他にも大友克洋の『AKIRA』だって一見すればわかるようにオタク的な想像力から離れたものであり、渡辺信一郎の『カウボーイビバップ』だってそうだ。
オタク監督だと言われるウォシャウスキーやタランティーノだって、ウォシャウスキーはSFの人で決してオタク的想像力に耽溺しているわけではないし、タランティーノは高校中退して一日中映画を見まくっていた怪物だ。
エヴァンゲリオンを無視しているじゃないか、と言われるかもしれない。確かにエヴァはオタクがオタク向けに作ったオタクアニメであり、社会的現象を起こすほど大ヒットしている。だが、これ一本でもってオタク的想像力の勝利にはなりえない。何故ならオタク外にも評価されたオタク監督は庵野ただ一人、例外中の例外なのだ。その庵野ですら、オタクの偏狭さに嫌気がなして反オタクに改宗した。その事実をオタクは裏切った、とこれまた偏狭さを見せて批判している。
このようにオタクがオタク向けに作ったオタクアニメで傑作が生まれたことは、一件の例外を除いて存在しない。オタクが喜ぶ想像力や「萌え」なんてものは全然強度を持ち合わせていない(十年前にオタク的想像力でオタクに受けていたクリエイターの今の地位を思い浮かべて欲しい、それが十年後の山本寛や新房昭之の姿だ)。
むしろ、オタクの好みに少しでも外れると烈火のごとく怒り、作画監督が少しでも個性を出すと作画崩壊と騒ぐその類まれなる偏狭さは害悪だと言ってもいい。
オタクはオタク的な想像力から外れるような、例えば『スーパーミルクチャン』や『TAMALA2010』のようなアート的アプローチから生まれた傑作を評価できない。どちらも発売時にはタワーレコードに平積みされ、オタク的想像力は一瞬で敗れ去った。
それどころか『フリクリ』をオサレだとかラベリングして嘲笑するほど、子供のような舌でもってクレームをつけて回っているのだ(『フリクリ』はガイナックスが作ったオタクアニメじゃないかという屁理屈が聞こえてきそうだ。ガイナックスは今や庵野の反オタクキャンペーンによってオタク的な人間は駆逐されており、鶴巻は反オタクの急先鋒である)。
そして、それは明らかにアニメの進化を阻害している。その理由を書こう。
まず、オタクが大好きな絵柄、要するに萌え絵はアニメーションに不向きなのである。あの頭と目が大きく、等身が低くて身体か華奢という構造は、見た目通り人間的に動かすというのは困難だ。だから、どのアニメにおいてもよく動くと言われるものは萌え絵から距離を取っている。萌え絵を選択すると自動的に紙芝居的な動きが縛られたものしか作れなくなる。ディズニーが萌え絵を選択せず、あのような絵柄なのは動かすことを念頭に考えているからだ。
しかし、アニメオタクは萌え絵以外の絵柄のアニメを「絵が変」と言って嘲笑し、批判する。ここがアニメオタクの一番の問題点であり、私が害悪と言い切る理由だ。
例えば近年稀に見る傑作である『鉄コン筋クリート』を例に出そう。この作品も「オサレ」「絵が変」といって批判されているが、この作品こそアニメーションの快感、動くことの快感を思い出させてくれるものはない。画面の中を縦横無尽に動き回るキャラクター達が見るものの心を掴んで離さない。そして、それはアニメオタクが「変」といって批判するその絵柄が貢献している。もし、この作品が萌え絵だったらここまで動くものになってはいない。現にそんな作品はない。
そして、アニメーションの快感を蘇らせたのがオタク外のマイケル・アリアスだったことは非常に重要だ。アニメオタクはアニメーションのことがわかっていない。だから、スタジオジブリ的なものをピクサーに取られ、アニメーションの快感をマイケル・アリアスに取られてしまうのだ。
もう一度言おう。オタク的想像力は強度を持っていないし、オタクが好むアニメ絵はアニメーションに向いていない。アニメーションに向いているオタク的じゃない絵を排除するその思考はアニメの進化を阻害している。
アニメオタクが本当に現実逃避ではなくアニメのことを愛しているのなら、今すぐアニメを見るのをやめて即刻退場することだ。それが一番の貢献だ。
なんか最近うっすらと、また「ヤクザは必要悪」「裏社会からしか学べないことがある」みたいな言論があちこちで見られるようになってて不気味なんだけど
ヤクザとか薬物売買とかの裏社会に接触してそれで得られた情報や体験を、単なるニュースとか抗争情報以上に、
なんか「人生の大事な教訓」「学校では教えてくれない処世術」「人間最後に大事なのは礼儀!」みたいな感じでX(Twitter)やYoutubeで広めてるライターが色々いるじゃん
彼らの書いてる本とか読んだけど、どう見ても建前と本音が食い違ってる
建前としては彼らもヤクザやチンピラ的な存在を否定はしているのかも知らんけど
でも実際彼らは曖昧な「仁義」「礼儀」「縁」みたいなものを何か美談みたいに広めたり一方で「裏社会の人はスマートで頭がいい」とか言ったり反社会的勢力のスポークスマン的役割を果たしてるところがあるし
自分たちが広めたり伝えたりしている情報に無責任というか、実質ヤクザ的な物の美化に貢献しているよね
それにまず社会でいう一般的な「仁義」「礼儀」「縁」と、ヤクザやチンピラのそれは違うということも全然意識させてないし
ヤクザは悪で、弱者を苦しめており排除されるべき存在で、それだけではなく、その仁義礼儀云々という価値観や生き様というものも虚構と欺瞞に満ちたものであり
自分の都合の良い時に反社会的行為を糊塗するために用いられている言葉であって一切見習うに値しないものだって、人に何かを伝えたい人間ならはっきりと宣言すべきだと思うんだけどね
「裏社会・ヤクザの脅威について伝えたい」ならそういうことは警察や地域の安全団体が広報としてやるべきことであって(実際やってるし)、