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はてなキーワード: ゼロ年代とは

2017-06-09

http://anond.hatelabo.jp/20170608235436

perl流行ってた時期を知らんのか。

この増田はてな最初perlで、多分今でもperlのままだと思うぞ。

perlよりいいものが出てきたから今から始めるならperlという選択肢はないだけで、RubyPHPが使い物になるようになる前のゼロ年代Webサービスを作るのにperl以外の選択肢はほぼなかったんだが。

2017-04-13

世界進歩を測るモノサシは自分

人間の成長は30代前半ぐらいまでに止まる。

成長し続けている期間は、自分とともに世界も成長を続けているような錯覚に陥る。

そこから後は、世界は繰り返しだけになる。

から1960年代に30半ばを過ぎたひとは「エルビス以降は全部焼き直しだ」って言うし、1970年頃に成長が止まったひとは「ビートルズがすべてだ」、その後は「ツェッペリン聞け」、80年代青春燃え尽きたひとは「あそこで音楽の全要素は出尽くした」っていうんだ。

から、「ゼロ年代以降って何かあったっけ?」という言葉で、だいたいそのひとの年齢がわかる。

http://anond.hatelabo.jp/20170413151129

http://anond.hatelabo.jp/20170413003157

日本がっていうか、ヨーロッパアメリカ含めて、

2000年代以降の音楽シーンで大きなトレンドの動きってそもそもないように感じるがどうなん?

60's/70's/80's/90'sそれぞれの年代に生まれたサウンドに対して、ゼロ年代以降って何かあったっけ?っていう。

大きかった出来事といえば、音楽流通面が変わったことと、

コンピュータで録る・作るやり方が主流になってことによって、全体が

洗練されたというかキレイになったというだけで、音楽のもの

ほとんど変化がないというか、過去の焼き直しが続いてるだけな気がするが。

から何かを時代遅れっていうほど、時代象徴するトレンド自体がないような。

日本バンド時代遅れすぎる

海外に住んでるんだけど、時々YouTube日本バンドPVを見るんだけど、もう時代おくれすぎて最悪。

今頃まだ90年代ゼロ年代のようなサウンドやってばかりで、世界音楽の流れからすると時間が止まってる。ロンドンで『君の名は』も見たけどRADWIMPSが流れるたびに恥ずかしかったわ!

カナブーンだっけ?演奏技術は高い学生バンド程度じゃん。ゲスの極みやセカイノオワリはまだましだけど、そこまでやるならもうバンドやめろよって思う。

アイドルバンドサウンドばかり。K-POP見てみろよ、バンドやってるやつらなんて少数派だよ。

そもそも世界的にはEDM全盛なのに、いまだにここまでバンドバンドしてるのは異常。

結局ファンダメなんだろうな。ライブハウスコンサートで盛り上がりたいだけで、ノリが良ければ何でも良いんだろ?お前ら、日本以外の国はEDMで踊ってるんだよ。

いつまでも鎖国やってろ!

2017-04-09

オタクもっと開き直った方がいいんじゃ?

オタクだけど彼氏いるしオシャレ大好き

オタクだけど腐女子といっしょにされたくない

腐女子だけど男性優位社会で男女の恋愛に対等性を見いだせないから男×男のカップルにハマる

腐女子だけど腐女子に媚びた漫画アニメは嫌い

彼氏にはオタクであることを隠している

宮崎勤宅八郎オタク世代はともかく、ゼロ年代アキバブーム以降の男オタは割と開き直ってるが

女オタはまだこういうオタクであることを恥とする言い訳がましさが多い気がする

それが逆にダサく見える

2017-03-25

2017春アニメ視聴メモ

けもフレロスに耐えられる自信がないから、次の視聴予定をめもしとく


花咲くいろはSHIROBAKO、NEWGAMEなどお仕事アニメの視聴にはことごとく挫折してきたので今回こそ見る。前評判的には一番高い?

自分が4月から田舎仕事なので見るのつらそう でも見る

SF楽しそうなので 見る

なんかゼロ年代前半っぽい雰囲気だよね

ひょっとして視聴者オタク諸氏は高齢化してるの? 見る

すごい懐かしいマンガんだ

和装貧乳ババアの良さがわかったから見るかも

ロボット作っちゃう感じ? 見るかも

天空っぽ4コマ枠なのか 見るかも



学園もバトルも勇者魔法もいらねえから、とにかく笑える美少女動物園みたいなアニメ作ってくれよ

2017-02-12

00年代10年代の総括

ゼロ年代に「勝った」志向とは何か。

それは、特定の「物語」に依拠せずに、情報経済のパワーゲームを乗りこなしコントロールする志向、端的に言えばネオリベラリズム志向だ。

そしてネオリベラリズムゼロ年代を通過し、反グローバリズムの潮流が良くも悪くも世界を動かし始めたのが現状。

コミュニタリアン時代が始まっている。

2017-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20170105111342

うちのママ男女雇用機会均等法以前から共働きして3人子供育てた超人だったんだけど、ちょっとウチの事情書くね。

ママスペック
食洗機サンルーム

食洗機はまだ松下電器とかの家電メーカーが家庭用出す前の、業務用のノウハウがあるホシザキが出した家庭用の食洗機から使い始めたよね。確かゼロ年代にすらなってなかったころだった。いくつか試行錯誤を経て、ルンバ導入と同じように食洗機があることを前提に食器を揃えたり工程を変更したりしてた。子供としては食洗機メカメカしさが面白くって食洗機を使うの手伝ったりしてた。

サンルーム、戸建てにしか使えないからイマドキなソリューションじゃないけど、これで雨の日でも定常的に洗濯できる。天気によってルーチンを崩されない。当時の技術だと乾燥機電気代かかって服を傷ませる機械だったからという事情もあったよね。サンルームでは除湿機使って梅雨を乗り切ってた。今だとドラム洗濯乾燥機でいいのかも。

家事放棄

ウチの一番の特徴は徹底して世間無視してたことだと思う。だから家事はそのものが減らされてて、掃除機かけるのは多くて週に1回、アイロンなんてめったにかけない。小学校同級生ママはほぼ専業主婦しかいかなかった地域で、友達の家に行くと家事レベル差を感じたよね。え、毎日掃除機かけるん?って思ったことあるもん。アイロンもかけないし柔軟剤も使わないか自分の服はシワだらけで同級生はシワなしなんことは日常茶飯事だったんだけど、外は外、ウチはウチを貫徹してた。だから、まぁウチはママ働いてるししゃーないね自分手伝うかと柔軟剤を買ってきて自分でシワにならないように洗濯物畳みしてたよね。

逆にすごく頑張ってたのは料理で、まぁ世間でもがんばると思うんだけど、ウチのママママになった時代ってまだ森永ヒ素ミルク記憶が消えてなくて、ダイオキシン環境ホルモンが騒がれて、ポリカーボネート食器給食で使ってたら環境ホルモンが出てきた!!って事件があって、ちょうど今の中国みたいにいろんなモノが本当に危なかった時代の少し後なんだよね。だから買い物は生協でして晩御飯はきっちり作ってたよね。ママ、ほんとに超人だったんだけど、さすがに子育て後半は疲れ果てて毎週金曜は外食になったけどね。

おわりに

こうして書いてみるとパパもっと家事して!って感じかも。ほんでもって、ある程度お金あるなら金で時間を買う、それがウチの家訓だったなて思った。あと最近の事例を見るとみんな夫婦ともに5時に終わらんよね……みんなのほうがウチのママより超人かも……。ただ、家事減らして行き届いてなくても子供は案外なんも思ってないからなんでも完璧にしようと思わなくていいよ!じゃあね!!

2017-01-01

http://anond.hatelabo.jp/20170101105053

そいつ紛れ込むっていうような浅さのはてなーではないぞw

保守寄りなんで政治クラスタの主流ではないが、ゼロ年代からいるはず。

2016-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20161207040708

増田流儀は分からいから、無粋な返ししか出来ないけどごめんな。

大元記事はこのおれ(元増田)が書いたんだ。おれが青春を送ってた時期の作品が「名盤」になったからな。

それで歳を取ったなと思って、ふとフィッシュマンズ『空中キャンプ』がどんだけ聴かれてるか調べたんよ。

で、今の若い子が「これはロック史に残る名盤から聴けないのは音楽が分かってない証拠」とかね?

そんな風に言われてプレッシャーを抱えているとしたら気の毒だなと思ったの。


おれは映画も観るけれど、散々他の「映画通」とされる人に言われたよ。「キューブリックも観てないのか!」とかね。

でも、その「映画通」と絶交してから他の通の人と仲良くなって、そういう人たちはそんなこと言わないのよ。

しろ今のおれみたいに「観た方が良いよ」と薦めるけれど「必ず観ろ」なんてことは言わないの。

ああ、本当の通っていうのはこんなものなんだなと思ったよ。

から、これは本当に「要らんお節介」かもと思ったけれど音楽映画より馴染みが深いジャンルなんで。

映画におけるおれ(キューブリック理解出来なくて苦悩していたおれ)みたいなヤツがひとりでも減れば良いかなって。

そんな気持ちで書いたの。


それはそれとして、真面目に調べると「邦楽凋落した」って意見も見掛けるけれどワケ分からんね。

九十年代フィッシュマンズスピッツミスチルが居た。もっと山名を挙げることも出来るだろう。

ゼロ年代はおれはくるりナンバーガールスーパーカー椎名林檎を聴いた。

テン年代最近邦楽は追い掛けられていないけれど、さっき書いたアジカンとか、そういうミュージシャンがいる。

どの時代にもそれらの時代代表するミュージシャンは颯爽と現れたわけ。

それは過去音楽の焼き直しなのかもしれん。ナンバーガールフリクションを焼き直したように。

でもおれにとって唯一無二の経験だったことは確かに言い切れるし、若い世代もそんな上の世代の「陳腐」とかい言葉は気にせずに聴けば良いんじゃない?

老害」の戯言みたいに思われたら、これもまた謝るわ。ごめんな。でも最近つくづくそう思うのよ。

2016-11-10

声優の出演するラジオ映像番組を探すのがつらい

例えば、ニコ生。ほぼ毎日何かしら声優が出演する番組がある。アニメ特番だったり、声優冠番組だったり。

見逃さないために、番組表ユーザーじゃない方)を全部チェックしている。「声優」とか「アニメ特番」のタグで探せばいいと思うかもしれないが、それだと抜けが多いし、結局その日の番組表を見ることになる。

さらに、ニコ生じゃなくて、AbemaTVでやってる番組もある。

それでも番組表があるだけマシかもしれない。YouTubeで公開されてる場合もあるから。「かやのみ」とか。

そして、ラジオの方はもっとカオスだ。

とにかく本数が多いのが超A&G映像付きだったりするのでラジオと言うのは微妙かもだけど、毎週160本以上ある。それも、深夜帯でも生で視聴しないといけない過酷な状況。あと画質悪すぎ。ゼロ年代初頭かよ。

地上波ラジオでは、超A&Gではやってないけど文化放送でやってる番組がある。あと文化放送以外のチャンネルでも「ミュ~コミプラス」とか「らじらー!」のゲストをチェック。

ネットラジオだと、だいたい音泉と響にまとまってる。それぞれアプリ版があるのも良い。公開期間はだいたい1週間くらいなので、移動中に聴けばいい。でも、なんで2社もあるんだよ、合併しろ

それ以外に、アニメ公式サイトで公開されているラジオ番組もある。今期だとWORKING!!(猫組)とか。

それでも、お気に入り声優番組だけ聴けばいいって思うでしょ? でも、ゲストとして普段聴いてない番組に出ることもあるので、チェックする範囲がどんどん広がっていくわけで。

結局のところ、どこにも出演情報がまとまっていないのが問題だと思う。番組を探すのに毎日時間を使うのは不毛だ。

というわけで、声優の出演する番組情報をまとめたサイトを作ったので宣伝

http://koeban.com/

2016-11-06

ポケモンGoってようやくITの負の面を一般人レベルで教えてくれてる気がする

前置きがあってさ

アメリカ人日本人国民性ってことを考えてたことがあってさ

アメリカ人はとにかくやってみようってノリで、ドラクエでいえばガンガン行こうぜ!ってやつよ。

日本人は、慎重で安全第一品質重視よね。つまりドラクエでいえばいのちをだいじにってやつ(過労死しといてそりゃねーぜってかw)

まぁとにかくステレオタイプだけどそんなかんじでさ

そんな日本人国民性が80年代から90年代くらいまではバシっとはまったわけじゃない?日本製品質ってことでさ

そのときアメリカはどん底でしたよね。

それがソフトウェア時代IT時代ゼロ年代に花開くわけですよ。

もうアメリカのとりあえずやってみようのノリ7とソフトウェア愛称ばっちりでさ

会社設立からしてそんなノリでベンチャーベンチャーですよ

結果いまのアメリカ復活(格差問題はおいとくとしても)なわけだけど

ここから本題

だけど、あのゼロ年代IT時代を経て、10年代からなにが起こり始めたかって、ITソフト技術)と現実社会ハード)の融合が出てくるんだよね

何が言いたいかってゼロ年代ソフトウェア完結で問題といってもWEBとかの空間での問題だったのよ

典型的なのが著作権問題

そもそもgoogle検索結果を乗せるのも日本だと問題なんだっけ?

とにかくああいった著作権への問題世間話題になってたわけだよね

ナプスターとかwinmxとかwinnyとかさ

アメリカ人のノリでいいじゃんいいじゃん言いながら、権利者巻き込んでいったわけだよね

その時世間はどう思ってたかって、

権利者うぜー、時代の流れってもんだろが、winnyは悪くない!利用者問題だ!とか言ってさ

そんでyoutubeの登場で決定的なものが出てきてしまったわけだよね

もう権利者の怒りが吹き上がるサービスだよねw

だけど、世間はいいじゃん!時代のながれじゃん!とかいいながらさ

いつしかMV再生数を競う時代になっていった

そう。時代じゃんのノリで


まり、今までは、アメリカ人のあの乗りの犠牲は何かしらの権利者にしか及ばなかったわけだよね

それがもう一度言うけど10年ごろからハード現実世界)とのリンクITの次の時代だといわれるようになったわけだよね

uberだの Airbnbだのといったシェア系なんかが代表だけど

そのながれにポケモンGOがあると思うんだ

uberタクシー会社問題、Airnbもホテル業界賃貸マンションオーナー問題だったりする

あるいみ既得権益な、かつてのレコード会社アーティストやら映画会社ファイル交換ソフトに切れてたのと同じ話だけど


ポケモンGOは完全に一般人ハードリンクさせて行動を変えさせてしまった技術だよね

からここまで騒ぎになるんだろうね

今までの時代の流れっしょ!いいじゃんいいじゃんと言えないのってここにあると思うんだよね

からここまで過剰に騒いでる

今までの権利者のテリトリーだったところにIT技術侵食した時どうなるっていう社会実験としてすごい興味深い

最終局面なかんじあるよね

いままでは音楽映像だった

そのつぎは仕事

そして生活空間のもの

世間はこれを受け入れるのかはねのけるのか

Airnbみたいに規制が入るんだろうか

世間アメリカベンチャーの、ノリにどうこたえるのかw

いままで他人事のように言ってた時代の流れでしょ!変わっていけばいいんじゃないの?!ってなれるんだろうか

ポケモンGOたかゲームだけど、これ以上のなにかAR技術生活空間侵食するアプリが出たときとかどう反応するのか

日本は相変わらず80、90年代石橋たたいて日本品質追求型のサービス提供やってるような気がするけど

このポケモンGOで思い知らされてるという感じです

2016-10-11

母乳モノAVクオリティについて

年々クオリティが下がっている。

ゼロ年代には個人監督ママさん達と個別に会って搾乳する作品も多かった。

顔出しNGであっても、その放出量たるや目を見張る物があった。

一度噴出したら手で絞らなくとも自動的母乳が飛び出し続ける様が見たい。

今まで見た中で自動噴出で3分近く出続けていたものがあるが、神過ぎてぐうしこすぎる。

(ただ、あのママさんの乳腺は何か異常がある気がする。あまりにも出過ぎ)

最近母乳モノはセックスが中心で、搾乳はお飾り的な扱いを受けている。

というより、母乳絶対量が少なすぎる。母乳に愛のない監督母乳作品を取るべきではない。

2016-09-23

新海誠作品次回作への不安

君の名は。」の興行収入が100億円を突破した。

この成功の要因については様々な説明がなされており、どの説明面白いものばかりだった。

海自身は、この100億円突破について、かつてインタビューで「怖い」と述べており、

次回作へのプレッシャー懸念されるところである

これまでの新海誠作品を振り返ると、反省改善を繰り返しつつ、自らの作家性を活かして新作の制作を行っていることがわかる。

今回は、多くの人々が指摘するように、物語プロット脚本作成第三者の目を強く意識したことが、功を奏したといえるであろう。

特に客観的意見を募るも最終的には監督のやりたいことを重視させた東宝川村元気の功績は大きかったのではないだろうか。

さて、ここから表題の件について述べる。

新海誠という監督は、作家性の強いクリエイターではあるが、今回の一件からわかるように第三者意見を柔軟に取り入れることのできる監督である

そして、観客が自分に何を期待しているのかについても自覚的である(これは、「星を追う子ども」の経験から得たものであると思う)。

したがって、物語の内容に関しては、面白いかは別にして、下手なものは作らないだろうと思うのである

さて、では私は何を不安視しているのか。

新海誠作品は、その物語に特徴がある一方で、美しい映像編集評価されている。

今作も、これまでの新海作品同様、美しい風景描写が惜しげもなく用いられていた。

そして、今作では、これまで新海誠作品の弱点とも言われていた「人物」の描写に関して、スタジオジブリ出身安藤雅司作画監督として参加し、もはや敵なしといった布陣になっている。

しかし、である

前回の増田にも書いたが、どうもアニメ業界保守本流たる安藤と新海は相性が良くなかった。

それは、新海の出自経験不足に起因するところであり、仕方のないことでもある。

安藤インタビューからは、アニメーターとしてのこだわりが強く感じられるが、新海はそのこだわりが理解できていない。

もちろん安藤も新海の価値は認めている。

しかし、「次回作は観客として」、「次回作若い人と」などの発言から、今作での苦労が垣間見えるのだ。

今作で、新海誠アニメ業界保守本流あいみえることとなった。

新海誠作画に関する多くを安藤に任せる形にしていたようである

アニメーターとして確固たる地位を築いている安藤を、畑違いの新海がコントロールするのは難しい(前回の増田に対するブコメでも指摘があった)。

新海が、安藤を信頼して任せたというのもわからないではない。

そして、新海誠次回作に対する不安はここにある。

おそらく次回作でも、安藤とは限らないが、アニメ業界のいわゆる大物と組むことになる可能性は高い。

新海は、今作の反省をどのように活かすことができようか。

物語については、「星を追う子ども」で多くの批判を受けた。そして改善した。

私は、「星を追う子ども」で起きたことが、絵作りや編集に関して生じるのではないか危惧している。

アニメーターに任せすぎることで、新海の良さを殺してしまうのではないかという不安がある。

安藤の「次は若い人と」という発言は、このままでは絵作りの点で新海が安藤アニメーター)の作家性に喰われてしまうという意味もあったのではないか

随分と適当なことを書き散らしてきたが、私は新海誠の大ファンだ。

中学生の時に、「雲のむこう、約束の場所」の予告を死ぬほど見て、本編が公開されてからは小遣いをやりくりして何回も見た。

それ以前から新海誠に注目していて、毎度マウンティングしてくる友達が、「君の名は。」のヒットに泣いている。

「俺の新海誠が~」とか言ってるので本当にどうしようもない。でも気持ちはすげー分かる。

遥か遠いところへ行ってしまった。

うれしいような。哀しいような。

セカイ系の彼方へと、ゼロ年代を引き連れて、あずまん宇野が決裂する以前、あの震災の影響のない世界線に旅立ちたい。

でもね、奇跡はおきないんだ。

あずまん宇野は変わってしまった。ネット世界も変わってしまった。

震災が起きなかった、なんて有りえないんだよ。

震災は起きたんだ。

から、やっぱり、瀧君と三葉は出会っちゃいけないんだ。

かといって、秒速みたいじゃ駄目なんだ。

秒速のその先は、奇跡じゃダメなんだよ。

奇跡運命じゃなく、ましてや決断主義でもシンゴジでもない。

よくわからんが、そんな物語を期待していたんだよ、俺は。

以上

追記:誤りを訂正しました。ブコメにてご指摘ありがとうございます

追記2:「前回の増田」とはhttp://anond.hatelabo.jp/20160921161913です。

追記3:誤りを訂正しました。ブコメにてご指摘ありがとうございます

2016-09-19

セカイ系なんて嘘さ

セカイ系」という言葉の由来を調べると、個人ブログ記事に載った幾原邦彦発言にたどり着く

http://blog.livedoor.jp/personap21/archives/53990398.html

http://kanshari.blog.fc2.com/blog-entry-15.html

幾原 何をもって漫画というのかっていうのははっきり言えないんだけど、ひとつには、ものすごい近いところと、ものすごく遠いところしか描かないって事があげられる。最近歌謡曲って、みんなそうじゃない。彼のYシャツがどうとかという身近なところか、あとは宇宙の果てとかっていう、想像しか語れない遠いところしか歌わない。中間やばい距離の部分は絶対に歌わない。それは漫画世界だろうって思う。



セカイ系と呼ばれる二大アニメエヴァ」と「ウテナ」を作った監督たちが、まず初めにセカイ系定義を語っていたのだ

しかしその定義はもちろんセカイ系という言葉に向けて語られたのではない

その定義は「漫画」に向けて使われている

ここでいう「漫画」とは当然コミックのことを言うのではなく、そこから派生した文化であるアニメなども含めた意味だろう

もっと言えば「いわゆるオタクコンテンツ」のことで、劇画だとかアートアニメーションは含まれない。

そう、エヴァウテナ以前から漫画アニメセカイ系だったのだ

そりゃそうだ

元来漫画アニメ対象であった子供達には、ややっこしい社会の部分など分からず、

求めるのは感情移入できる魅力的なキャラクターと、画面を覆う大スペクタクルである

極端な話、東映大長編時代からこちら、アニメの大半は「子供世界を救う話」なのだ

この言葉を使ってポストエヴァゼロ年代などと批評していた連中は

「都会のカラスは黒い!」とか「女には目が二つある!」などと喚いていたようなものなのである

2016-09-18

君の名は。

君の名は。ダサい

大きな資本のもと、様々な大人ちょっかいを受けてなお、いままでと寸分違わぬ死ぬほど陳腐で退屈なセカイ系しか描けない絶望的に才能のない新海誠

ポストエヴァ世代()10年も前に通過した我々にとって、2016年にこれは必要がない。もうすでに90年代ゼロ年代も総括され、のこるは焼け野原だけだ。

全てにおいて使い古された借り物のモティーフだけで構成された、自分を持たない新海誠を受け入れ「マジ泣けた」と諸手を挙げて歓迎している大衆の多さ、頭の悪さに辟易する。

何の意味も無い、完全なる駄作だった。

時間無駄お金無駄害悪

2016-09-11

http://anond.hatelabo.jp/20160911225030

精神若さで言えば

10年20年前の作品に結びつけることでしか語れないゼロ年代批評家

          <現代若者に向けて作品を作った君の名はを作った新海誠

                   <それを見て嫉妬燃え自らの作品新海誠潰しを心に決める富野由悠季

僕がシン・ゴジラについて「はいはい庵野庵野」と言ったのは、庵野秀明作品の中ではあからさまな様式美の詰め合わせでかつ、他作品でやったことのやきうつしだったからだし、そこに熱狂する人はオタクとして強度が… / “東浩紀氏「シン・ゴジ…”

典型的学者気取りのオタクが書いた、わっかりにくい日本語と、エビデンスで取り繕ったクソみたいな文章の好例。こういう文章自己満足でつくることを評論だ、批評だと言う人が嫌いで俺は評論同人への寄稿をやめた / “『君の名は。』の大ヒ…”

アニメについての評論批評を見ても作品面白くなる解釈ができるようになるわけでもなきゃ、アニメの見どころや作画的な技術論がわかるわけでもないことに気づいた途端に急に冷めてしまったのです。あー僕がやりたいのは作品紹介や楽しく見るために抑えておきたい情報であって評論じゃないな~と

オタク文化リア充色や社会派色を帯びて一般化して、オタク時代は終わった」とか言ってる東浩紀に心底言いたいのは「今の20代子どもの頃に押井守アニメエヴァみたいな要素を含んだ冒頭からスタートするミュウツーの逆襲からアニメを見始めてそれがおとなになっただけ」ってことさ!!

支援ブクマ。いいぞ~ころしあえ~ / “「『動物化するポストモダン』はどこがまちがっているか」はどこがまちがっているか - 赤目無冠のぶろぐ” (2

オタク論」は学者ごっこでしかなくて、実際にコンテンツ好きな人コンテンツの話をするためにやってることではないからなぁ~。「評論ごっこ」「論文的なエビデンス漫才ごっこ」であって、もしこれを人文系学問というならこんなもんに国がカネ出してる方が異常。憧れて同人作るのも狂気

オタクという自意識を持たない人をリア充だというならそれってどうなんだろうって感じはあるし、ジブリアニメで育った世代オタクじゃなくてもあんなこじらせたもの国民的娯楽だと言って幼いうちから見せられてるんだからオタクじゃなくてもその基礎的な土台はオタクなんだと思うぜ?


@tm2501 いやだからその事実自体が「オタク時代は終わった」なのでは

@kimiterary だったら、それは20年前(もののけ姫や、ミュウツー邦画歴代ランキングで上位に食い込んで、アニメ映画オタク以外が見に行く時代になった時)に約束された話だから、今それを言うこと自体が遅すぎない?…とは思う。

まぁ、その辺は記事にしたので夜に出すけど.それはね、多分「表面上の言葉でこの言い方をしたら絶対に誤解されるから、俺なら絶対こんな言い方をしないわ」っていうレトリック問題であり、ある種の(正直言って、納得行かないけど)同族嫌悪なんだと解釈してるよ…うん

@tm2501 確かにもののけ姫ミュウツーに「オタク特有グダグダした心理」の描写はないんだけど、その二十年分の変化の集大成として、節目の年と感じてるって話じゃないのこれ。その二十年前にいるのがまさにエヴァなわけでさ。

@kimiterary 東浩紀文脈オタク定義動ポモで扱ったものやそれを論じたゼロ年代ゲンロンとした上で)あるものエヴァでありエロゲなんだろうと思うけど、世の中の人ターニングポイントが本当にエヴァだったのかと言われるとそこにはとても疑問を感じるかなぁ…数字問題として

というか、うちのブログやそのスタンス自体が、「哲学者批評家の言ってることを噛み砕いて、アカデミック言葉を使わないで書く」という部分(本人すらアカデミックでそれをもっとシンプルに言い表した言葉があったことを知らずに書くことは多い)があるからねぇ~うん。

@tm2501 「誰しも土台にオタク的部分がある」のは普遍的にそう。ただ、それを突き詰めても「だからみんなオタクであり同時にオタクではない」みたいなところに帰結するだけで、そこからこぼれ落ちる人間、こぼれ落ちる想像力は確実にあって、で、それらはもはや力を持てないって話なんかなと。

@tm2501 世の中のターニングポイントエヴァだったのかが問題なのではなくてシンゴジラ監督庵野であることがこの文脈では問題なのでは?

@kimiterary あー…直感的には理解したけど、いいアクションを持ち合わせない部分がある話やなぁ~。

@kimiterary あー…うん。(概ね納得)

だとするとすげー個人的な話を主語がでかいままネットに書き込んだ系のことやなぁ~。「お前はそうかもしらんが、一般的分岐はそこじゃないだろ」的なモヤモヤ個人的な話である時点ですでに意味を持たないというかその人の手を離れるわな…

@tm2501 つまりアニメマンガ文化愛好者」としてのオタクと「少数派としてのグダグダメンタリティ所有者」としてのオタク問題。前者がもはやメインストリームに取り込まれた(皆オタクであり非オタ世界)として、後者想像力が表出してくる余地果たしてあるのか、でしょ。

@tm2501 そもそもアレ個人の感想だけどな?

@kimiterary それな(盛り上がってるから真夜中にがんばって記事を書いたけど、結局東浩紀との対立というよりも、EXILEまでオタク的になったという話までの道のりを自分ポケモンとかジブリを使って補填するようなすごく説明的な記事からいいんだけどさ…)

@kimiterary 「後者はそもそもオタクなのか」とはてなブログにいるとすげー思うけどなぁ~。結局、何を議題にしてもグダグダにグズグズに揉めてる印象があるからオタク論争だけでなく、人間関係でも、サイトブログアルゴリズムテクニカルな話でも

@tm2501 ちなみにこんなこと言っておいて難だけどセカイ系とは相性が悪いマンからさほど感慨はない……w

@kimiterary あ、僕もそこはどうでもいい派。15年以上前オタク同士でランデブーしてろ派だし、安易に話に入ると誰も幸せにならないか意図的スルーする

@tm2501 端的に言って本人の能力値がどこでいいからどこかに向けて高くない限り救いようがない人種だけど、わりとそれオタクの本質の1つだと思うんだよな。








@tm2501 てゆーか貴方だしすっげえ雑なこと言うけど、要は1つのテンプレとしては太宰に感情移入ちゃうタイプメンタリティが挙げられるんじゃないの、後者ファウスト系に人生曲げられたマンとしてはこの辺他人事ではない

@kimiterary それ、私には発達障害問題IQの低さと高さが混在した人間宿命や悩み)の話に聞こえるから哲学案件ではなく、精神科案件か臨床寄りな心理学案件な感じがあるかなぁ…。個人的な話でもあると同時に、それらを病気や克服すべき問題定義したのはそっちだし。

@kimiterary そこまで広くくくっていい話だとすると、それは確かに哲学案件


@tm2501 俺としては「病気が治ってしまったら病気が治る前の自分は死んでしまう」みたいな感慨があるからいかに病を抱え続けていけるかの問題自己肯定問題なんだけどなそれ。戯言遣いが言う「変わりたいって気持ち自殺だよね」に未だに取り憑かれてる感。

@tm2501 「太宰に感情移入ちゃうタイプ」の「太宰」に代入出来る解としての庵野なり新海ではもはやなくなった、ってことだと俺は理解してるし、なんならそこに代入できる解って今の世界にいるのか?そもそも求められているのか?ってところで一般化していけそうではある。


はてなブログ投稿しました #はてなブログ

オタク時代が終わったのではなく、リア充オタクな影響を受けた世代大人になっただけじゃないの? - かくいう私もでね

http://www.tm2501.com/entry/2016/09/11/204500

2016-09-04

君の名は。』誰も彼も絶賛しているけれど

全編にわたってその音楽が流れ続けるというバンドRADWIMPS」のことがすごく嫌いで、新海さんのつくる映像は好きなのだけど観に行くことができない……というジレンマに直面してる人って僕以外にはいないんでしょうか?

嫌いな理由というのは主に歌詞世界観で、ストーリー面では「自分の作ってきたものと近い」と新海さんも考えての起用だったらしいから、少なくとも「ストーリー的には」昔から別に新海作品のこと好きじゃなかったな、という風に自分を落ち着かせているんだけど。

やっぱり「新海誠」ってある年代範囲の(「ゼロ年代」とか「セカイ系」とかいった言葉に敏感に反応するタイプの)オタクにとって巨大すぎる固有名詞から、少なくとも自分観測範囲ではみんな観に行ってて、基本的に絶賛という状況が……そもそも観に行くことができない自分にとってはものすごく、孤独だ。

RADWIMPS新海誠共通世界観って、結局「恋愛」ってことだと思うのだけど(そしてそれに全く興味がないということに自分は気付いたわけだけど)、それを伝えるRADWIMPSのやり方というのは、単純に「品がない」と思う。

一部で物議を醸した「五月の蝿」という楽曲があるのだけど、そのむしろ陳腐さすら感じるグロテスクな内容以上に、「こういうのが“リアル”なんでしょ?」とでも言いたげな、ひねりのなさというのがリスナー想像力を舐めていると率直に言って思うし、これをシングルとして切る判断をした制作チームのジャッジも含めて本当に好きになれない。

(五月の蝿 - RADWIMPS - 歌詞 : 歌ネット http://www.uta-net.com/song/153602/

劇伴作家プロフィールなんて普通気にしないでしょ? という意見もあるかと思うが、RADWIMPSというのはやっぱり「バンドなのだ

そしてバンドというのは、よくも悪くも作り手の(とりわけ、作詞作曲を手掛けるフロントマンの)パーソナリティと結び付けて語られがちであるバイアスがかかっていることは自覚しつつ、やはり自分もそのような見方をしてしまう)。

から逆にロックバンドRADWIMPSを軸にした(旧譜の歌詞などにも目配せした)『君の名は。』評が出てきてもいいと思うのだけど、それもない状況だ(それどころか、ある音楽誌では堂々と「深海誠」の表記が使われていたりして、商業メディアレベルにおいてすら無関心と断絶は根深ものだと実感させられる)。

ロックバンドオタク文化、どちらの言説にも目を向けていて、だからこそ『君の名は。』をめぐる現在の言説に引き裂かれるような思いをしているという方がいましたら、ぜひコメントいただきたいです。

2016-08-21

価値ものを「テーマ」とは言わない

少しだけ真面目に言うならテーマというのは「主題」なわけ。「主」って言葉意味はわかるよね。中心であり核心であり、即ち価値なわけ。価値があるから「主」というので、なければ単なる一部分にすぎないの。そんなものを「テーマ」とは言わないですよ。

からテーマを論じたらそれはマウンティングなっちゃうわけ。少なくとも優勝劣敗が存在するわけ。そんで「作品に込められたテーマを探す競争」が人々の中二心をくすぐったりもしたし、作者すらそれに乗って崇高で深遠な「テーマ」を探す競争とかしてたわけ。でもあなたが言うとおり「テーマが主なら、作品は従か?」って疑問が当然出てくるわけ。「いやいやテーマ作品は不可分一体だよ」とか言ってごまかしてもダメなわけ。たかだか数行にまとめた「テーマ」が主なら、二時間映像はいらなくて、最初からテーマだけでいいでしょって話になる。おかしいよね。なんでそんなことになったのか?

そもそもむかしむかし「作り手・受け手」の関係において「受け手」は弱者だったわけ。「作り手」は神の代弁者司祭シャーマンまり天才」。受け手はただの虫けらで、神の子の手で一喜一憂し転がされ泣かされ笑わされ搾り取られるだけの存在だったわけ。でも「批評」という行為によって革命が起きたのが近代という時代だったの。書き手さえ気付かぬ作品のシンの価値発見確立する創造行為としての批評、それが近代的なあるべき作品受容の姿となり、そこで発明された批評家武器がすなわち「テーマ」なわけ。「この作品のシンのテーマは…」とかしたり顔で語る連中は、、ことごとくこの時代に生まれた連中のしっぽなわけ。

それに対して、受け手100%権力を握るべしとした20世紀過激主義者エンタメ派なわけ。どんな作品であろーが、オレたちが楽しめればいーじゃんていう。オレたちが楽しんだ事実けが重要なのであって、作品テーマとかそんなもんあってもクソ、みたいな考えは、一方で作品の質みたいなものを果てしなく劣化させてく危険思想でもあったのだけど。まあそんなことは昨今のアニメを見てる連中ならうすうす気付いていることだとは思うけど。萌え豚だって自分らが萌え狂ってる作品が、50年後100年後まで人類熱狂させるHOTコンテンツだなんて欠片も思っちゃいないでしょ? まあでも、「批評主義テーマ主義」ってしょせんはインテリ玩具であって新しい階級主義だったわけ。それより、萌え豚の方が「ぶひー」言ってればいいか楽しい多数派なわけ。急進派は多数派に敗北するのが歴史必然なわけ。んなわけで、萌え豚が「テーマ=悪。エンタメ至上」という旗印の下に批評家オタク駆逐していったわけ。

そんなわけで、この件についてはどちらが正しいってことも別にないわけ。「それぞれの時代における流行りの作品受容の在り方」でしかないわけ。いずれもその時代なりの必然があって生まれスタイルなわけ。

それより、そういうエンタメ派全盛な脈絡の中であえて「いかにもテーマ的に論じられそうなコンテンツ」をぶっこんで来た所が庵野のタチ悪さだったわけ。つまりテーマを論じる批評という行為自体を巧妙にエンタメ化したわけ。わかりやすく言えば萌え豚という民衆の手にテーマ論という権力解放したということで、これはまさしくアナーキズム可能性の中心なわけ。これがゼロ年代オタク概念の飽和を生んだ庵野革命だったわけ。そして今回は、ゴジラ震災政治、なんつーメジャーコンテンツを使って(政治ももはや萌え豚の旗の下に果てしない劣化を始めていたというタイミングもあって)

一般人までまんまとそれに狂わされてるわけ。そこが庵野の手腕ですげーとこなわけ。だから増田増田やお前増田や俺増田がこうやってネットであーだこーだいうところまでひっくるめて、全部庵野計算したとおりのエンターテイメントなわけで、つまり「やっぱり『シン・ゴジラ』すごいわ」というのがとりあえずの結論なわけ。

というわけで、これがライト左翼の語る「シン・ゴジラ」論なわけ。

http://anond.hatelabo.jp/20160816124615

(追記)ブクマに回答

id:tick2tack 批評オタクが「駆逐」されたのはなんでなのかな?エンタメ派が増えようが批評を続けることに問題はないように思える。単に注目・承認欲求が得にくくなったためとか?

承認欲求と言えばそうですね。すごそうな「批評」に感心してくれる人が減ったら批評やりがいがない。エンタメ派によって「今時『テーマ』とかムキになって論じちゃう批評ってイケてない」というイメージが広まりましたしね。あと、積極的駆逐しなくても、エンタメ楽しい、と一動作に対して批評=考える+論じるの二動作後者は前者にどうあがいても敵わぬ理屈ッ(成る程っ!)、みたいな。「楽で楽しい」方向に流れるのは時代歴史必然でもあるように思います

2016-06-04

Not SxX But Harem

http://anond.hatelabo.jp/20160604075454

ハーレムとは何ぞや、という話について。

多人数と結ばれる = ハーレム


という式を当てはめてしまうと、今の二次元コンテンツハーレムは極端に減りそう。

しかし、それはラノベマンガというコンテンツでは、セックス(性行為)という行為はできないものである

まりそう考えたときには、定義的にはハーレム事態形成することはできない。

だが、その代替案として、ヒロイン主人公への好意ラッキースケベで補完させている。

これが今のハーレムに他ならない。


そして、物語自体ではない、外部要因として、ユーザータグレッテル付けというのが多い。

言い方を変えればタグ付けやカテゴリ分類されてしまう。

美少女ゲームとの関係無視できないように思えるけど、別にラノベが影響を受けたというよりも、

業界全体の流れもあると思う。


その流れっていうのは、美少女ゲームが人気になり、アニメになる。

だが、美少女ゲームアニメ原作ボリュームを上手く消化させるには、圧倒的に物理時間が足りない。

(2クールでなんとか、1クールで足りるはずがない)

その結果、なぜか美少女ゲームラノベはただの、美少女たくさんとちょこっとのスケベをするだけのアニメになる。

(つまらないとは言っていない)

そして、増田が言った、「グランドルートのための全員攻略」も百理あると思う。

しかグランドルートがある作品が大ヒットを飛ばしていたものゼロ年代中盤以降だったと思う。


以上によってラノベマンガにおいて

ハーレムものと呼ばれるものが量産されたように見えるようになって影響だと思う。

異論反論はもちろんあると思う。

そして、殴り書きなので、文章が酷いのと情報ソースとかも結構曖昧なのは申し訳ない限りだ。

2016-05-31

例の美術批評家の人がゼロ年代批評で取り上げられたオタクコンテンツしか読んでないってのは、そんなに叩くことでもない。

まず、2つ以上の分野を極めるってのは時間がかかるので難しい。

自分の専門分野でない分野で一定の知見を得ようとするなら、手始めに専門家コミュニティ評価されているものを読むのが妥当であろう。

定評のある教科書とか、被引用件数の多い論文とかだ。

そうして最低限の知識を身につけた上で、当該分野の専門家対話する。

美術批評家としての専門性に軸足をおきつつ、サブカルの深いところはサブカルの人に任せるという態度だ。

異分野の専門家が協力して発想を広げるには悪い方法じゃない。

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