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はてなキーワード: 系譜とは

2019-03-25

萩藩から系譜が全て

毛利

モーリー

アンダーソンくん

👨🏻‍⚖️「死刑で」

2019-03-21

anond:20190319153621

『「日本スゴイ」のディストピア: 戦時下自画自賛系譜ネトウヨ嫌いの自分オススメ戦前戦中の事例だけど苦しすぎる自画自賛は今も通じるものがある。最近文庫になったらしい。

2019-03-15

架空タイトルをあげると粗筋を誰かが書く

まだ5ちゃんねるが2.5倍されていなかったころ、こんなスレがよく経っていた

色んな人がタイトルをあげて、時には受け手に回って架空小説を、映画を、本を作っていく

突出した出来栄えのものは注目を浴びるし、ひねられて考えたものには舌を巻いて称賛される

今思えばクリエイターはおろか、ワナビですらない人がほとんどだっただろう。それでも、そこには創作があった。


昨今そういったスレは立たなくなったものの、多分完全に無くなったわけではない。

例えばTwitter能登たわし氏が製作している「ない本」も同じ系譜を汲んでいるのだろう。

最も画像から表題と粗筋をアウトプットし、体裁を整えたブックカバーにまで昇華させる技術力は遥かに氏の方が上だし完成度も高いけれど。

そういったものを作る人がいて、しかも幅広い人に興味を持ってもらえている。その事実だけでも十分である

まだ、この手の創作娯楽は死んではいないのだ。


願わくば、この源流はまだまだ続いてほしい。

欲をいえば、こういう娯楽に触れて、わたしの様に国語創作に興味を持つ人が一握りいてほしい。

かつて遊んでいたフィールドで、まだ遊ぶ人々が残り、あわよくば増えているのなら、物書きの端くれとしては至極重畳である

2019-03-05

松尾匡野党安倍政治を止めるために必要なこと」に寄せて

http://www.jicl.jp/old/hitokoto/backnumber/20180702.html

松尾IoTを駆使した協同組合による自主管理社会主義に一時期大きく関心を持っていたものではあるが、

今更ながら一新県民として、県政潮流の理解に誤りが見られるので色々突っ込みどころを挙げていこう。

初めに言っておくが、泉田裕彦知事時代紙幣発行と消費増税を論じて「アクセルブレーキを同時に踏むようなもの」と評するなど明らかなリフレ派だった。

円安誘導を目玉とするアベノミクスは、彼が最後まで自民との縁を切らなかった口実になっていたと言える。

加茂市は、前回米山得票率がなぜか特に高く、得票率の減少がここだけ異常に大きいので、サンプルから除いた。

まず、加茂泉田出身地である地元小池清市長反原発派でもあり、

新潟日報報道攻撃に一番最後まで抵抗していた人物であるため、後継格であった米山隆一の得票が高いのは極めて自然である

共産のみの推薦であった福山和人京都府知事選比較しているが、池田千賀子の主たる推薦政党である社民党と(新潟鳩山政権崩壊後も連立政権から離脱に最も否定的だったなど右派的特徴があるとはいえ世間一般の印象がどれが違うのか。

そして、福山政策

実は、この大型開発公共事業地域密着公共事業かのスローガンは、前回の新潟県知事選挙での米山言葉とほぼ同じである。それは、「公共事業のための公共事業の森候補か、人と暮らしのための公共事業米山か」というものであった。

と紹介する。そもそも福山新潟に倣って種子条例の制定を訴えるなど意識的に真似ていた。京都独自の戸別所保障制度を作ることにも引き合いに出していた。

米山公共事業観も知事時代泉田をほぼ踏襲したものである。彼は大型開発に消極的で、原発で尖る自身への懐柔のため自民県議地盤でもある中小土建利益の多いものを中心にしていたとされる。

原発に対する三つの検証というもの泉田県政を野党目線で整理したものという視点を踏まえ、特に東日本大震災以降の保革を超えた政策系譜上これが池田に引き継がれているはずだ、と概ね考えることも可能だろう(それでも建設票を崩せたわけではないのだが)。米山県政は超少数与党であり、自民時代(すなわち泉田時代)と予算編成方針を大きく変えることは出来なかった点もこれを傍証する。


そもそも日本維新の会出身米山が「反緊縮」の騎手に見えたかかなり疑問である選挙戦当初の米山隆一の街頭演説は毎回ほぼ同じ内容であり、「公共事業をしないなんて嘘ですよ」とどこでも言っていた。建設業界に警戒されていたということなのだ。松尾池田小泉純一郎応援を受けたことを批判しているが、そもそも米山小泉チルドレンであったし、池田出身労組である自治労は、維新公務員削減路線を警戒して米山に対しては自主投票で望んでいた。公務員の人減らしは中小土建向け予算同様、泉田自民をつなぎとめる重要政策でもあった。

何より、根本的に、去年の県知事選でも課題となった人口流出に悩む状況下で、35歳までの自覚的政治的な層への浸透を図ることは有意義だが効果が薄いはずだ。


最後に、現在新潟県、そして新潟市も、そのような状況下でも財政難に陥っている。にも拘わらず、公共事業予算の切り詰めは甘かった。泉田米山落選した池田系譜考慮する限り、リフレ派の「反緊縮」は、政治的にはその経済政策の中核をなす日銀を介した市中紙幣強制増を第二次安倍政権への支持にすり替えられ、実際には「人々のための公共事業」へ、たとえば、森民夫・花角英世における大型クルーズ船誘致や建設予算充当などに対する緊縮路線と言うレッテルを張ることに奉仕している。不幸にも、これが結論である

anond:20190305134319

ソシャゲ系譜なら怪盗ロワイアルでシステム的にはマフィアウォーズなんだよな。

anond:20190304192720

ソシャゲ系譜はあっていいだろう。

もう名前も忘れちゃった。

ファームビルだっけ。あの会社システム流行ったな。

2019-03-02

平成アニソン大賞は結局男性審査員しか居ないのが失敗だった

それがとても平成という感じだった気もする

動画を見ていたら「平成アニメ史の文脈」と、やはり「萌え」に拘っていて選んだらしく

その上でどうやらコナンサザエさん枠に入れられたのだろうが初期のコナンだけでどれだけ語れるだろう?と思うし、女性が居たら多分入ってたなと感じる。当時じゃなく今のコナンで見てないか?ちびまる子を入れない理由も納得できなかった。まる子は日常萌えアニメだろう?国民的なのが嫌ならせめてコジコジ入れろ。ジョニーとハレハレのBLソングカジヒデキが歌ってるんだぞ。さくらももこ作詞センス無視するのは感心しない。

Catch You Catch MeがEDテーマという誤植も結局はCCさくら女児向け作品なのが影響しているのではないか(大きな男性友だちの声が大きかったが、実際のところ当時少女に人気がありBLに落ちる人間を作っていたし、現在は成人女性がメインターゲットだ)選考者達はそこまで思い入れ無いので、あのインパクトのあるOPEDと書くことにも疑問も抱かなかったのだろう。最後まで訂正されなかった。

少女漫画のザ少女向け枠で唯一入ったのがウルトラリラックスというのも、とても男性的。分かるけど、だけど気になるママレードボーイ入ってない時点でやり直し。視聴率16パーセント怪物アニメなんだしネタ的にも入れておけ。横山裕が好きな曲だからジャムでも出しとくべきだった。掴み失敗だ富田さん。最近だとトレンドにあったフルーツバスケットOP選考に出たかも怪しい。インパクトならAgapeよりforフルバだろう。あの頃の少女漫画アニメの繊細過ぎる系譜をきっと知らない人達だろう。夕方りぼんアニメ話題にあげるなら全部チェックしろ。その後に入ってる少女向けアニメの曲も「男性に受けた」が前提になっている。ワンピるろ剣だけ入れてジャンプアニメを入れなかったのは腐女子からの逃げでは?るろ剣の「そばかす」も違うんだよ!そんな当たり前なの聞いてないんだよ。ここでは「微笑みの爆弾」を入れるべきなんだよ分かってない。それは違うか。キンプリ入れたほうがよかったなーアッハッハ~じゃなくて銀魂入れれば納得されてたのではないか。「平成アニメ史の文脈」をなぞるのであれば。

でもラインナップを見た感じ、頭にも書いたがこれぞ平成という感じがする。

男性がメインで作った文化の「萌え」でしか語れなかったテレビアニメ2ちゃんねる男性目線しか語られなかった時代という空気が出ていて、とてもいいと思いました。

平成ニコニコ組曲を作りたくて選出した曲って感じですね。褒めては無いです。

2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

2019-01-30

anond:20190130153535

まっ昼間から丁寧読んでくれたようでありがとう

暇なの?それとも私のこと、すきなの?

ちなみにマハーラーヤナはマハーバーラタラーマーヤナが混合してしまいました。お恥ずかしい。

主人公感情移入できるから神話面白い」という一言で、いったい何を説明した気になっているのか?

上手く伝わらなかったみたいで申し訳ない。「神話でも、ラノベでも、物語面白いと思える時には何らかの感情移入が起こっている」ということを言いたいのだけれど、うまく伝わるかなあ。感情移入という共通項をもって、神話英雄への憧憬と、異世界転生での主人公無双ぶりにたいする人気を説明できるかなと思いました

また、神話・昔話では、感情移入先は必ずしも主人公である必要はないなとおもいなおしたので、登場人物という風に書いています

ラノベに限って言えば、一人称で書かれることが多く、現実世界読み手と同じ世界からの転生という設定は感情移入を誘いやすいと私は思ったのです。

キャラを好きになる」「キャラに憧れる」「キャラ応援する」「キャラ感情理解する」「キャラ自分共通性を見出す」「キャラになりきる」…全く異なる心理を表しているこれらを「感情移入」という言葉で引っくるめて便利に使うのが馬鹿のやり口だ

語彙が豊富だな。うらやましいよ。「感情移入」の一語でそれだけの表現読み手惹起できるとしたら、表現としては、十分かな。

神話英雄が「普通の人」とは思えないのはさておき、「現代知識チート」では、前世で専門知識特殊技能を得ている主人公からこそ、それを活かして異世界活躍する話も多いわけだが。

普通の人が転生して大きな力を得るという形式は、優れた構造といえる」は、神話のことではないですね。「英雄」よりは、「転生した普通の人」のほうが一般読者は感情移入やすいかなと思います前世での専門知識特殊技能は、ある程度の努力で得られる可能性が一般の人にもあるという点で、普通の人かなと思います異世界もの転生者は、基本的には読み手連続性を持っているというほうが良いかもしれません。

とにかく、なろうテンプレ自体にも様々な類型があるのに、それを単純に捉えすぎなんだよ。

様々な類型に細分化していくという方向で考えるのも面白いかもしれませんね。細分化をしすぎると全体像はとらえづらくなります。一方で一般化・抽象化しすぎると細部での逸脱や例外が増えるかもしれません。丁度良い一般化、最適な抽象化というのは、読み手の背景が影響するので、不特定多数対象とすると難易度が高いです。

ここでの問題は、テレビゲームどころかTRPGでも見られるそれらの要素を、なぜか「MMORPG由来」と限定してしまっているところだろ。

VRMMORPG舞台の「外れスキルが実は有用だった」系とかなら、まあ「MMORPGでも英雄になりたい」みたいな説明はできるだろうが(正しいかどうかは別として)。

しかし「異世界赤ちゃんとして生まれ子供の頃から様々な魔法を編み出していく」や「勇者として召喚されるも失敗と見做されて放り出される」のどこがMMORPGなのか?

そのとおりで、じぶんでも「これらはMMOでないRPG起源があると思います」としていますMMORPGであるということではなく、MMORPGに対する様々なフラストレーション動機として、そのモチーフであるスキルレベルステータスを導入しているというところが、MMORPG起源のように思えるのです。

広義のロールプレイングゲームにおいて、その系譜

TRPGシングルプレイRPGMORPGMMORPG

という一本道ではなく、MMORPGシングルプレイの発展形であると同時にTRPGの直接的再現であるとも考えています

TRPGは、基本的複数人集まってプレイするという意味では、MMORPGの直接的な起源と言えるからです。シングルプレイRPGドラクエFFなど)はTRPG部分的再現であったともいえるかな。そのうえで、スキルレベルステータスというモチーフMMORPG的だと感じる理由は、少なくとも私が読んだ範囲では、これらの変更が、ほぼ自動的に行われるからです。TRPGレベルが上がっても自分サイコロふってステータスを決めなおしたり、少なくとも自動的イメージはないんです。

逆に聞くが、「ゲーム自分プレイしなくとも他人が遊んでるのを見るだけでも楽しい」という当たり前のことを説明するのに、「神話類型との共通点」や「物語普遍的構造」を持ち出す必要があるのか?

野球ファンはみんな野球をした経験があると思っているのか?

質問アリガト

ゲーム自分プレイしなくとも他人が遊んでるのを見るだけでも楽しい」ということを説明したいわけではないんだ。つたわらなくてすまん。他人プレイするゲームMMORPGでも、野球などのスポーツでも)を楽しむことができるのは、なんらかの普遍性があるということを説明したいのですよ。それは元増田の、

馬鹿にされながらも未だに根強い人気を誇る異世界転生 なぜのか?

という問いへの答えになると思うからです。

anond:20190129174418

これをそのまま認めるにしても、現状では政局力はあっても政策実行力に乏しい「壊し屋」「小沢江田系譜」との評価関の山だろう

二階派政策実行能力風見鶏力を付けてもらい、せめて政治屋にはなってくれることを望む

2019-01-22

anond:20190121224428

各年の邦画ランキングから条件に該当するものを探す。

https://nendai-ryuukou.com/2018/movie1.html

条件

1. 内気なアニメオタククラスイケメン美少女に恋をする

2. 中学生高校生同士が殺し合う

2018年

該当作なし。

2017年

君の膵臓をたべたい」が1にギリギリ該当するかどうか。

2016年

該当作なし。

暗殺教室」とか2に該当すると思ってそう。

2015年

いちおう「バクマン。」が1に該当か。

内気ってわけでもないが。

2014年

神さまの言うとおり」が2に該当。

これも厳密には殺し合いではないが。

2013年

該当作なし。

2012年

該当作なし。

悪の教典」とか2に該当すると思ってそう。

2011年

該当作なし。

GANTZ」とか2に該当すると思ってそう。

2010年

インシテミル」は殺し合いのデスゲームだが中学高校生同士ではない。

ランキングに載ってない作品も含めた公開リストざっと眺めても、

デスゲーム系はそもそも多くないし(刑事ものクライムサスペンスのほうが圧倒的に多い)、

漫画原作恋愛映画は多いけど、その主人公が「内気なアニメオタクであることはほとんどない。

ここから考えられる可能性は二つ。

元増田漫画原作恋愛映画主人公が誰でも「内気なアニメオタク」に見える呪いがかかっているか

元増田サスペンス映画なら何でも「高校生同士の殺し合い」に見える呪いがかかっているかだ。

追記

ミスミソウだの3D彼女だの言ってるブクマカは「ランキングから」という文字すら見えないのか。

(つかミスミソウバトロワ系譜という意味での殺し合いじゃないだろ)

というと今度は「ランキング以外も見ないとおかしい」と言い出しそうだが、

売れ筋映画の予告を流さないで、

ミスミソウ3D彼女の予告ばっかり流してるビデオ屋があるんだったら、

映画業界ではなくてそのビデオ屋おかしいだけだよ。

2019-01-09

anond:20190109135252

なのはがあるのでそういう系譜はもういいです

anond:20190109103739

「間違った子を魔法少女にしてしまった」が抜けている

大魔法峠系譜

というか抜け多いと思うぞ

はてな―的に「ウテナ」の系譜お奨めのやつって何があるの

意外と特殊

2018-12-08

マッチングアプリ現実

まりにもモテなさすぎてマッチングアプリ登録したものの、先程心折れて退会してきた者だ。

せっかくの体験を無に帰すのも勿体ないので、ここに使ってわかった現実を書き残す。せめてこれから登録しようと思っている増田達の糧になれたら幸いである。

結論から言おう。

世にあるマッチングアプリ恋人ができることはまずない。

特に今まで非モテだったものアプリを始めた途端に恋人が出来ました、というのはよっぽどの幸運に見舞われない限りありえないことだから覚悟した方がいい。




さて本題だが、その前にマッチングアプリには大別して二種類あることを説明しなければなるまい。

一つは主に大手グループ企業等が長年運営している大規模マッチングアプリであり、SNS広告ガンガン出ているのもこちである代表例はPairsやタップル、Omiaiなど。

もう一つはいわゆる出合い系サイト系譜を継ぐ海のものとも山のものとも知れぬマッチングアプリである代表例は某県知事の件で有名になったアレなどで、ググったときにすぐ「セフレ」だの「ヤレる」だのといった単語が出てくるのがこちらだ。

まずこの二つのウチで手を出すとしたら明らかに前者の方がいい。

というか後者はまずい。

大体登録と同時に可愛い女の子から次々とメッセージが届き、鼻の下を伸ばしてやりとりしていると「ホ別で2万ね♡」などといういかがわしい流れになり、それでもホイホイついていくと写真とは全く別人と対面することになる。いわゆる援デリというやつである。真っ当な風俗嬢なら普通に客が取れるはずなので、そもそもこんな営業してる相手な時点で色々と察するべきである。下手したら病気になるぞ。



という訳で真っ当な増田諸君は前者のアプリを選ぶのだろうが、こちらもこちらで中々の地獄を見せてくれる。

参考までに、ここでは一番分かりやす地獄提供してくれたタップ誕生 (以下タップル) を例に挙げよう。

タップルはサイバーエージェント100%子会社であるマッチングエージェント社の運営する大規模マッチングアプリであり、公式発表によると現在の会員数は400万人を超えている。SNSや各種雑誌にも広告を出稿しており、典型的な”前者”型アプリだ。

この手のアプリ業者ほとんどおらず (いないとは言ってない) 、基本的運営サクラを雇うことも皆無なので、そういう意味ではまず安心だ。

では何が地獄なのか? 単純に出会えないのである。何故かを以下で説明していく。




タップルでは登録者たちは望む相手マッチング依頼「いいかも」を送ることができる。依頼を受けた相手はその「いいかも」を承認するかしないかを選ぶことができ、ここで承認されればメッセージのやりとりが可能になる。

しかしこのマッチング依頼がクセものだ。

タップルではこの依頼権「いいかも」が1日20回分付与される (ちなみにこの「いいかも」は会員登録と同時に大量に付与されるし、課金でも買える)。

男性はこれをフルに活用すると考えた場合、仮に「ユーザー男女比が1:1」「全ユーザー間でもらえるいいかも数に偏りがない」という極めて有り得ない状況を仮定しても女性一人あたり1日20件のマッチング依頼がくることになる。

しか現実問題として、こんな甘い状況はない。

まず男女比だが、これが1:1ということは確実にない。直感にわかると思うが、この手のアプリは常に女性不足男性過剰の状況に陥っている。

では実際にはどうなのか?

やや古いデータになるが、withnewsの調査によるとタップルの女性比率2015年時点で28.62%となっている (https://withnews.jp/article/f0150915001qq000000000000000G0010901qq000012496A)。

すなわち男女比は2~3 : 1ということになり、女性一人が受ける「いいかも」数は1日50件程度となるということだ。

さらに「ユーザー間でいいかも数に偏りがない」というのも確実にありえない。

現実世界と同じく、マッチングアプリ世界においても年齢は若ければ若い方が、ルックスは良ければ良い方が人気のユーザーとなる。

いやむしろ相手の外見と簡単プロフィールしか確認できないマッチングアプリにおいて、この傾向は現実よりもさらに顕著である

実際の年齢や外見による偏りが指数関数的に急なのか、それとももう少し穏やかなのかはわからないが、普通女性ユーザーなら1日あたりの「いいかも」数が100〜200程度なことは珍しくない。

身の程をわきまえず「可愛い彼女が欲しい!」などとほざこうものなら、相手の「いいかも」数は1日あたり500〜1000件を超えていると思った方がいい。



さてここで問題である

普通人間が1日に100〜1000件のマッチング申請を受け、それを処理しきれるだろうか?

間違いなくNoである

それを仕事にしているのならまだしも、余剰時間の片手間にやっているアプリでそんな処理をこなす女性はまずいない。

まずいないが、それでも敢えてこなそうと思ったらどうするか?

先程も述べたが、マッチングアプリにおいて最初に参照できるのは相手の顔と簡単プロフィールくらいである。

すなわち、ここで女性が行う判断は大きく下の二つとなる。

1. 余程のイケメンか好条件だったら承認しよう。

2. とりあえず片っ端から承認して、その上で面白いメッセージを送ってきた人とだけやり取りを続行しよう。

逆に言えば、男性諸君に求められる能力は以下の二つのいずれかだ。

1. 外見、年収などが非常によい

2. 女性口説くのがうまく、特に強烈な掴みができる



さて、ここで改めて問題である

非モテをこじらせてマッチングアプリに救いを求める男性が、このどちらかの能力を有しているだろうか?

間違いなくNoである

というか、このマッチングアプリで生き残れるやつなら現実世界普通に彼女ができる。

それではこの低い確率を生き残れるやつは一体普段どんな職についているのだろうか?

答えは「ホストである。もちろん全員ではないが、こういったケースがかなり散見される。

すなわち、マッチングアプリとは女性にとってですら、「水商売の男が営業をかけてくる場」なのだ

こんなアプリにまともな女性居座り続けるか? あまり期待しない方がいいのはすぐにわかるだろう。


そして忘れてはいけないのが料金だ。

タップルの場合登録までは無料だが、メッセージを送ろうとした場合は月額3900円の利用料金がかかる。

相手の人気度やメッセージ既読状況を知りたい場合は更にプラスで4800円がかかる。

これが自動更新で毎月勝手課金されていく。




よって非モテ増田に与えられる結末は、毎月1万円近くの課金をした結果、あまりまともな女性ユーザーがいない環境で、ひたすら申請拒否され続ける日常である

これがマッチングアプリ現実だ。





タップルは特にわかりやす地獄アプリだが、他のアプリも正直なところ似たりよったりであることは否めない。

例えば、やはり超大手マッチングアプリのPairsもApp Store確認できる公式の謳い文句に「毎日5000人以上が登録とある

これが正しいのならひと月の登録人数は15万人を超える計算となる。

対してカップルの成立件数は「毎月7000人」だ。

ということはPairsで恋人を作ろうと考えた場合、単純計算で15万人中の7千人、トップ5%以下の勝ち組に入らないといけないのである

これは偏差値ならば65を超えるレベルだ。

さて、自分自身人生を振り返ってよく考えてほしい。

あなたモテ偏差値は65を超えるだろうか?

あなたにはトップ5%に入る自信があるだろうか?

ちなみにPairsの利用料金は月額4100円、プレミアムオプションプラスで4100円、身バレ防止のプライベートモード機能は月額2500円である





さて、文章がいたずらに長くなってしまった。

ここまで読んでくれた増田に対しては感謝を申し上げたい。

マッチングアプリは今群雄割拠時代に入っており、さらにこれらの提灯記事SEO対策万全の状態跋扈している。そのため、中々利用者生の声特にネガティブな事が届きづらい。

例えアプリ欠点を挙げる記事があっても、それは結局他のアプリ誘導するステマ記事であることは日常茶飯事だ。そんな中で、本当の利用者の声の一つとして参考にしていただけたなら幸いである。



最後に、私が上手くいかなかったのはアプリの使い方下手だからとか、自分レベルより高望みしすぎだとか、そもそも根性がなさすぎるといった意見を持つ方もいるだろう。

全て正論である

これから挑戦する予定の増田は、是非私のことを半面教師として頑張っていただきたい。

2018-11-27

メタレベルで作中最強なキャラ


↑のキャラたちみたいな、比較検討した結果一番強いんじゃなくて設定に「最強」って書いてあるから最強って感じのキャラって他にいる?

ラッキーマンなんかもある種コイツらと同じ系譜なのかな

2018-11-21

anond:20181121211829

そのままの意味だよ

日本 政党 系譜 図」あたりでググる日本政党系譜がわかるはず

共産党を除いて大半の政党自民党と同じ祖を持つ

から対立してても思想的には共通する部分が多く、何か紛糾したとき共産党以外の複数党との協議によって話が進むのはそういうこと

これを他党との「取引」と表現しても良いけど、祖が同じだからやりやすいってのもある

そして野党連合に関して共産党員以外の野党支持層高齢者嫌悪感を示したのは共産党と同祖は持っていないのと暴力革命否定以前の記憶が鮮明だから

2018-11-18

数千年の歴史の中で、新しい祭りが生まれ、消えてきた。

祭祀・祭礼の形は、世界各地で多様な形を示す。そして、原初の祭は、一つの信仰に基づいていたと考えられる。

すなわち、豊穣への感謝祈りであり、ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』では、生命の死・再生を通して考察された。

そうした祭り起源から、その地の歴史文化を紐解くことが、文化人類学者としての私の仕事の一つだ。

世界中の祭り樹形図のようにつながり、あるところで結びつき、あるところで消えたりする。

しかしながら、そうした系譜に属さず、あたかも以前からそこに存在していたかのように突如として実存する、そのような祭り存在していたとしたら。

しかもそれが、長い歴史で見ればコンマ1秒にも満たない期間に、世界中で同時多発的に出現していたとしたら。

そのような悪夢とも天命とも思われる事態に、私は今直面している。



3年前、ラオスを訪れた際、聞き慣れない祭りを見つけた。

初開催は今から200年前の西暦2018年頃。内容は泥水の上にかけられた細い橋の上を自転車で渡るという、娯楽要素の強いものだ。

そのあたりの時期の情勢と照らし合わせて、少し違和感を覚えたが、まあ分からなくはない。

第1回大会での優勝者は、ダイスケヤガワという男だった。






私はそれを持ち帰って、研究材料にしようと考えたのだが、どのような歴史書を辿ってもその祭り起源が見当たらない。

まあ、起源不明祭りに今まで出会わなかった訳でもない。この祭りもそれらの一例に過ぎない、とその時は考えていた。

これも良い機会か。と、私は今まで起源がわから調査中であった祭りそれから歴史書などには載っていないが現地に行って新たに発見した祭り、などを改めてまとめていった。

すると、至極奇妙な事実が明らかになった。

一つ目はそれらの祭りがどれも2000年代の数年の間に発祥であること。

それからもう一つ。

どの祭りにも第1回大会にはダイスケヤガワの記録があること。



これらの事実が想起させる、ある種馬鹿げた仮説はただひとつダイスケヤガワ、あるいは彼の属する組織がこれらの祭りを造ったのだ。

世界中の村々で。

突然に。

何のためにー。



ハロウィンは昔から日本の一大イベントだ。そこで生まれ経済効果はこの国だけでも数兆円と言われている。

ダイスケヤガワも、そのような経済効果目的として祭りを作った可能性を考えてみた。しかしながら、祭りの内容を鑑みるに、その可能性はほぼ無いに等しかった。

事実それらの祭りが何らかの経済効果を生んだという記録はない。

私は視点を変えて、ダイスケヤガワの人物像を調査することにした。

これだけの短期間に、これだけ多くの祭りに参加しているとなれば、恐らく彼は祭りの賞金で生計を立てていたと考えるのが普通であろう。

もしくはー。

祭りを造り、それに参加することが彼の仕事であった、とでもいうのだろうか。

わたしにはダイスケヤガワが全くの同一人物を指しているかどうか、確かめる術は残されていない。

そのため、以下ダイスケヤガワとは、ある特定人物もしくは組織総称とする。

冒頭でも述べたように、祭りは、元を辿ると神々への信仰目的としていることがほとんどであるダイスケヤガワは、これらの祭り信仰意味を込め、布教していた宣教師(達)だったのではないか

つまるところ、ダイスケヤガワの行くところに祭りができ、祭りのあるところに、ダイスケヤガワがいたのだ。そうとしか説明仕様のない史実が、私の前に広がっている。

しかしともすると。

ともするとそうであってほしいような馬鹿げた想像は、私の思考から今も離れない。

2018-11-11

anond:20181111205631

遡ると多分エリック・サティ元祖かな、と思います

彼は20世紀初頭に、生活空間雰囲気作りの為の「聴き流して貰う」事を目的とした音楽作りました

家具壁紙のような役割ですね。

BGMとか環境音楽とかもこの系譜だと思います

生活邪魔をしないよう、わざと印象薄く作られています

コンサートなどで集中的に聴くタイプ音楽と対極ですね。

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