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はてなキーワード: 2009年とは

2021-09-21

Javaを救うOracleレジスタンス

悪の帝国 OracleJava有償化し重税を課そうとしたその時、正義勇者 Amazon が立ち上がり新しい Java 実装 Corretto を無償で広めて救ったのだ!

……という情弱が好きそうなデマがあるんだが、こんな陳腐シナリオに喜んでいるようではインチキテックYouTuber に食い物にされてしまうぞ☆

Oracle レジスタンスはいた。彼らは Oracle の中に潜んでいたんだ。

赤字に苦しむ Sun

時は2005年に遡る。

Java を開発した 米 Sun Microsystems は赤字にあえいでいた。

2004年Java 5 (目玉機能ジェネリクス) がリリースされてしばらくの頃だ。

この頃、ひとつオープンソースプロジェクトが立ち上がる。名を Apache Harmony という。

開発は2005年5月に開始され、2006年10月には Apache 財団トップレベルプロジェクトとなった。

Java は当初より、 Sun の独占物ではなかった。

Sun は多数の企業をまきこみ、いろんな企業Javaライセンスしていた。

Java実装Sun が持っていたが、各社が独自実装したり、Sun契約してコード提供を受けたりしていた。

Java を名乗るためには Technology Compatibility Kit (TCK) という互換チェックをパスしなければならない。

初期の Javaオープンソースではなかった。誰もが自由コードを参照し用いることができるものではなかったんだ。

Javaオープンソース化を目論んだ Apache Harmony

これをオープンソース化しようという野心で始まったのが Apache Harmony プロジェクトだ。

Java実装をいちから書き起こしオープンソース代表的Apache License Version 2 ライセンス提供したのだ。

しかし、SunApache2 ライセンスを良しとせず、Harmony に Technology Compatibility Kit (TCK) を受けさせなかった。

Java を名乗らせなかったということだ。

なるほど。彼らが Javaオープンソース化したレジスタンスだったわけか?

違う。話はそんなにシンプルではない。

OpenJDK の登場

2006年 SunJavaオープンソースにする意志があると発表した。

SunJavaリンク例外付きの GNU General Public License でオープンソース化することにした。

これが OpenJDK である

Harmonyライセンス自由な改変を認めるものだった。

OpenJDKライセンス派生物を作ったなら、そのソースコードの公開義務がある、という点が大きな違いだった。

OpenJDK は出た当初はまだ SunJDK との非互換が多かった。しかしこれが現代まで続く OpenJDK の始まりだったのである

2007年11月 GoogleAndroidを発表した。 AndroidJava 言語で開発することができる。

そのベースとなったのは Sun との火種くすぶる Apache Harmony だった。よりにもよって!

これは揉めに揉め、巨額な賠償金をめぐる裁判となる。

(後にGoogleが負けて賠償し、現在Android は OpenJDK ベース)

Sun の身売り

その渦中、赤字に喘いでいた Sun はついに身売りを決断する。2009年のことである

当初 IBM との交渉が報じられていたが金額で折り合わなかったようだ。

そこに颯爽とあらわれたのが Oracle であるOracleSun Microsystems を買収することになった。

しかOracle にはよくない噂がある。敵対買収してプロダクトを潰してしまうという黒い噂だ。

SunJavaOracle に食い物にされてしまうんじゃないか、いわゆる 「悪のOracle」 のイメージはこの頃からのものだ。

しかし、 Sun はすでに Javaオープンソース化していた。 派生物もオープンソースにしなくてはならない OpenJDK で!

OracleJavaSun 社ごと買ったが、 Java はすでに独り占めできるようなものではなかった。

Java オープン化の仕上げ

時は流れ、2018年 Java 11リリースされる。

Sun 本家JDK を引き継いだ Oracle JDK と、OpenJDKがついに統合される。

Oracleソースコードを OpenJDK に寄贈し、 Oracle JDK も OpenJDK ベースとなった。

ここに OpenJDK への移管は完全となり、Javaオープン化は成就した。

それまでの OpenJDKOracle JDK との非互換不安視されていたわけだが、Java11 からはその不安もなくなった。

こうして完全にオープン化された Java は、各サードパーティーからディストリビューションが出るようになった。

Java11 での Javaオープン化を経て、Javaディストリビューション乱立時代へと突入する。

Amazon Corretto もそうした OpenJDK派生ディストリビューションひとつである

OpenJDK の開発は今なお Oracle が主力となって牽引している。

レジスタンス

Java解放しようとしたレジスタンスは、赤字に喘いでいたSunの中にいた。

たとえ Sun が身売りをすることになろうとも、Java邪悪独裁者の手に渡さないように。

Sun が倒れてしまう前に Javaオープン化された。Java仕様策定Java Community Process (JCP) にて行われる。

Java仕様策定Oracle独断で進めることはできない。 OpenJDK の開発も Oracle独断ですることができない。

GNU General Public License でオープンソース化された Java は、派生物のライセンスGPL強制されソースコードを公開しなければならない。

未来永劫、Javaオープンソースでありつづける。

そんな OpenJDKリリースした、当時の Sun中の人達こそがレジスタンスだったんだ。

Oracle はそんな Java を、そういう存在だと分かって Sun ごと買った。

Sun中の人達の多くは Oracle へと移籍した。そして、今でもオープン化された Java を作り続けている。

2021-09-20

氷河期世代です。これまでの政策でゲットできたものを書いてみたよ。

地域振興券 1999年 対象外の年齢でもらえなかった (公明党発案)

定額給付金 2009年 もらえた (麻生内閣

エコポイント 2009年 買い替える金がなかったからもらなかった (鳩山由紀夫内閣

子ども手当 2010年 子供がいないからもらえなかった (鳩山由紀夫内閣

特別定額給付金 2020年 もらえた (安倍内閣

援助してくれたの自民党だけやん。

2021-09-16

2000年代の党や政権を壊滅に追い込んだ政治家失言ベスト5

政治家失言は時に致命的なダメージ政権または政党のものに与える。酷い時には、党そのものが消えてなくなりそうになるほど大きな傷跡を残してしまう。

そんな失言が致命傷となった政治家のうち、2000年現在までで失言ベスト5を選んでみたい。

第五位 「最低でも県外」 鳩山由紀夫

後に詐欺とまで言われる大胆なマニフェストを掲げて政権交代を果たした民主党政権だったが、財源の疑問などは当初から囁かれており、政権担当能力に疑問を持つ人は、自民党支持者を中心に少なくはなかった。

そうした中で、米軍普天間飛行場返還合意から14年目。民主党鳩山由紀夫が発した「最低でも県外」の言葉きっかけに、移設計画が問い直されることになった。

この一連の流れの中で、鳩山自身同盟であるアメリカからルーピー」と呼ばれてしまうなど、交渉は迷走を極めてしまい、政権担当能力の無さを日本の内外に喧伝する事となった。

その後に続く菅直人政権野田政権も、東北震災時に失言などがあり、イメージ挽回するどころか悪化させてしまったのだが、民主党は駄目だという印象を決定づけた一言が「最低でも県外」であったと言える。

鳩山場合は、現在の彼を見ても「最低でも県外発言がなかったとしても、別のどこかで民主党政権を終わらせていたに違いないのだが、それにしてもだ。

第4位 「金がねえなら結婚しない方がいい」 麻生太郎

失言の多い首相だった麻生なので、取り立ててこの発言が致命的な失言だったとは言わない。この言葉自体は、今から振り返ってみれば若者に向けるには常識的忠告であるようにも見える。

だが、2009年ころは、麻生おろしメディアというメディアが騒いでいた時期だったから、あらゆる言葉失言であるように扱われてきた。麻生言葉尻を捉えてあらゆる批判が行われ、

挙句の果てには、ほっけの煮つけを食べたと言った(ほっけに煮つけ料理はないので庶民感覚が備わってないという批判)、カップラーメンの値段を知らない、ホテルで高級なカレーを食べた、と言った批判を受けるに至った。

国会では、漢字を読み間違う麻生に対する漢字クイズが繰り返され、異常ともいえる麻生おろしによって自民党は壊滅的なダメージを受け民主党政権誕生したのだが、一連の流れの象徴として冒頭の失言を挙げたい。

狂想劇ともいえる麻生おろしによって誕生した民主党政権が後に悪夢と呼ばれるものであったことがトラウマとなり、メディア民衆への影響力が大幅に小さくなる事にも繋がった。

後の安倍政権があれほどの攻撃を受けても、まったく揺るがなかった最大の理由には、メディアが自らの信頼を「麻生おろし」によって失っていたことが挙げられるだろう。

第3位 「全員受け入れるようなことはさらさらない。排除いたします」 小池百合子

2017年衆議院選挙を前にした9月25日小池百合子希望の党結党した。結党当初、民主党への失望、長く続く安倍政権への批判の声を背景に、政権交代が実現するのでは?と言う勢いを示すことになる。

小沢一郎率いる自由党民進党民主党から名称変更)との連携や合流が囁かれると、民進党希望の党との合流を決定し、事実上解党選択する等、巨大政党誕生の流れは着実に出来ていた。

もしも、民進党との合流を果たしていたら、政権交代は決して白昼夢ではなかった・・・だが、小池民進党との合流を問われると「様々な観点から絞り込みをしていきたいと考えております。全員を受け入れるということはさらさらありません」と答える。

排除するのか?と問われ、排除いたします、とまで答えた。この発言が、排除原理と呼ばれマスコミの強烈な批判を受けるに至って希望の党の勢いは大幅に失速し、排除される予定の議員たちが結党した立憲民主党にも獲得議席数で及ばずに衆議院選挙を終えた。

民主党への失望を背景にした発言だったのだが、「排除いたします」とまで言った小池発言は、彼女の生涯における痛恨の失敗だろう。

第2位 「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣国会議員もやめる」 安倍晋三

民主党政権を打倒し、希望の党危機をも跳ねのけて快勝し、株価を上昇させ、今日外交安保の基礎となる多くの重要法案を通し、大きな成果を挙げ得意絶頂にあった安倍晋三が、森友学園土地売買に関与していたのでは?との疑惑を向けられた際に行った発言

事実として、今日に至るまで首相夫妻が関与していた証拠は何一つなく、首相夫妻の関与を訴えて来た籠池夫妻が有罪となり「安倍犯罪がとか、私らも(安倍政権打倒勢力に)乗っかかって、そうやなぁと思ってました。」と答えるほどでもあり、

安倍本人には何もない事が分かっていたのかもしれない。だが、この発言によって野党側に火をつけることとなり、のちに続く加計学園問題桜を見る会へと終わりのない追及の流れが続くことになる。

安倍犯罪者のごとく扱おうとする野党メディア言動への対処の為に、安倍政権予算委員会質疑応答で多くの時間を浪費する事となり、世論が厳しさを増す中で以降の安倍政権は以前ほどの強さを見せられなくなった。

余計な一言を言わなければ、悲願だった改憲への道筋も立てられた可能性もある。それだけの成果を残した政権だった安倍政権だが、安倍の悪癖が出た一言によって改憲と言う100年先に残るレガシィを作ることは出来なかった。

無能も侮りすぎれば致命傷になる、という教訓が安倍には残ったかもしれない。

第1位 「拉致などない」 土井たか子

2000年以前には自民党と堂々と渡り合い、与党として政権をも担当した経験を持つ社会党が壊滅する切っ掛けとなった発言が 「拉致などない」だ。

北朝鮮と深いつながりを持っていた社会党は、ずっと以前より「拉致などない」という姿勢を貫いていたので、正確には2000年以降の発言ではないかもしれないが、社会党が壊滅したのは2000年代初頭なので、ここに挙げたい。

2002年小泉政権において、安倍晋三官房副長官の尽力によって、小泉首相の電撃的な訪朝が実現した。

この際、金正日総書記首脳会談にて、横田めぐみさん、田口八重子さん、市川修一さん、増元るみ子さん、原敕晁さん、有本恵子さんと、松木薫さん、石岡亨さんの計8人の死亡を主張。

一方、地村保志さん、(浜本)富貴恵さん夫妻と、蓮池薫さん、奥土祐木子さんに加え、日本政府が把握していなかった曽我ひとみさんの計5人の生存を伝えた。これによって「拉致などない」と言ってきた社会党立場は瓦解する事となった。

死亡した有本さん、石岡さんは生前北朝鮮から家族に宛て手紙を出しており、その手紙を元に社会党を頼ったものの、土井たか子から冷たくあしらわれた事が知られている。そして、家族手紙を受け取った二か月後に有本さん、石岡さんは亡くなってもいるという。

社会党は従来の態度を改めて謝罪したが、こうした事実が明らかになる中では無意味しかなく、2005年に行われた選挙では党首である土井たか子すらも落選する程の大敗を喫し、社民党として名を変えた今日では、党として存続すら危うくなっている。

かつて2大政党を期待された社会党だったが、「拉致などない」と言い続けて来た一言によって、そのすべてを失った。土井たか子は、政治史にのこる女傑でもあるが、同時に最悪の裏切り者としても記憶される事となった。

まとめ

印象深い失言を犯した人を並べてみても、その歴史において相互に関連があり、政治歴史と言うのは面白いもんだなと感じさせられる。

仙谷官房長官の「暴力装置」、柳澤 伯夫の「産む機械」、松本龍の「知恵を出さないやつは助けない」など、味わい深い失言は多くあっても、ダメージの深さではどうかなと個人的には思っているのだが、

皆さんの中には、他に印象に残っている大きな損害を招いた失言はあるだろうか?

2021-09-14

anond:20210914230135

そんなまどろっこしいことしなくても

2009年に数万出して5万ビットコインくらいと交換しとけば今頃数兆円やで

追記:すまん一桁足りんかったわ

ただ2009年なら5万円くらいで100万BTCくらい買えそうだからべつにいいか

anond:20210913215824

元増田は「大多数の国民生活にはまっっっったく影響ない政策」と言うが、それぞれの当事者にとっては切実な問題

そして、それぞれが数%ずつでも積み上げれば、それなりの数になる。


…というか、増田が言うような形で、「大多数の国民」のフンワリとした民意に乗って政権交代したのが2009年民主党

結果、強固な支持基盤を作れなくて、政権陥落後に弱体化した。

その反省に立てば、「誰のための党か」を明確にするのは正しいだろう。

anond:20210914074452

横だが2009年デビュー秋山祥子毎日抜いてるからもう12年だな

月日の流れが早すぎる

秋山祥子結婚したい

立憲民主がやるべきことは目先の選挙対策ではなくて政党支持率上げることでしょ

万々一にも自民への反発から立憲に票が集まって政権交代が実現したとしたら

政党支持率わずか5%(※)の政党政権握るってことでしょ

共産足しても8%

(※)朝日新聞世論調査-質問と回答〈9月1112調査

https://www.asahi.com/articles/ASP9F4GB2P9DUZPS001.html

それはそれで民主主義的にやばくね?

ちなみに2009年8月民主党政権とった時の政党支持率は29.0%っすよ(自民は26.6%)

政治意識月例調査 - 2009年 | NHK放送文化研究所

https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron/political/2009.html

もっと立憲民主ファンを増やさなければならない

どうしたら立憲民主政党支持率を上げることができるのか?正直わかりませんわ

でも上げないことにはどうしようもなくね?

今立憲がやってることはコアな立憲支持層以外には響いてない

しろ立憲離れを引き起こしてるのではないかとさえ思える

立憲が支持率を上げるためには何をすべきか?それを考えて実行するのが今やるべきことじゃないのかな?

2021-09-10

かなり昔のほぼ日記事

かなり昔ほぼ日記事が好きでよく読んでいたので、今でも面白いなと思い返す記事を紹介したい。土日の暇つぶしにでもしてくれ。

 

2009年11月 有吉弘行有吉が、窓から風を入れましょう」

https://www.1101.com/ariyoshi/index.html

有吉再ブレイクしかけのころの糸井重里との対談。仕事のない頃の話が胸に迫るし、今読むと感慨深い。

 

ちなみにむかしの記事を消さないので、11歳の神木隆之介とか(https://www.1101.com/backdrop_del_mio_papa/index.html)、ご存命のころの和田誠さんとかの記事もある。

 

2011年2月 荒俣宏目眩愛書家世界

https://www.1101.com/aramata_hiroshi/index.html

いちばん好きなコンテンツ荒俣宏という生命体が面白すぎる。本という「ハードウェア」を愛する人々の話。

 

2007年12月 京極夏彦京極夏彦はい眠るのか」

https://www.1101.com/suimin/kyogoku/index.html

ショートスリーパーの話でそこも興味深いけど、最初に出てくる水木しげるさんの話もとても良い。

 

2011年「大向うの堀越さん。」

https://www.1101.com/oomukou/index.html

歌舞伎で掛け声をかける人を大向うと言うそうな。あまりにも知らない世界面白い

 

2010年「鮫のおはなし。」

https://www.1101.com/nakaya/index.html

これも知らない世界の話。本題もものすごく面白いけど、先生が、鮫のことを北海道まで聞きに来たの???ってなってる導入がゆるくて好き。ネット記事の良さなんだろうけど、本題以外の部分もあるのが良い。

 

このように独特な題材が多くて面白かったのだけれど、ある頃、綺麗事を求められた感想文みたいな記事連続してあたったのと、結局ほぼ日商品に集約されるみたいなのがお腹いっぱいになって読むのをやめてしまった。(ほぼ日ストーリー商品にしていくスタイルなので、それはそれで正しいとは思っている。)

細川護熙の対談やモテキの話、芋煮会なんかも好きだ。北京五輪アナウンスの話も印象深いな。なんかちょうどよい新しさ、真剣さ、のんびりさがあったんだよな。

 

今もこういう良い記事があるんだろうか。

anond:20210910152815

2009年頃にリベラル自称していた人、リベラルと呼ばれていた人って誰がいたよ

小沢一郎とその取り巻きモーリー・ロバートソンとそのシンパくらいしか知らん

GoogleMapで2009年風景みれるのおもろい

できれば1989年くらいまでさかのぼたかったよな

技術がまだなかったかしょうがないけどな

ハイビジョン2003年くらいの映像はたまにNHKでやってるけどな

anond:20210909200622

新型コロナ対策に関しては、今や誰が政権運営しようと、「ワクチン開発・接種の推進」「治療薬開発の推進」「医療難民ゼロを目指し拡充」「人流抑制、行動制限など抑制策」「コロナによる経済的困窮者への支援

という大きな枠組みを外すことは不可能なので、ここに関しては野党連合だろうと、自民だろうと大きな差は生まれないと思ってる。なので問題ないでしょう。

anond:20210909200622

果たして本当か?

民主党政権

2009年世界的に流行した新型インフルエンザをいち早く収束させる

2012年中東呼吸器症候群パンデミックを水際対策で阻止する

家畜防疫では、2010年口蹄疫発生も結局3か月ほどで収束させた

自民政権

2018年豚熱(豚コレラ)の封じ込めに失敗して野生のイノシシ拡散。3年経った現在収束の見込みなく全国へ拡大中

2020年新型コロナ日本の従来の感染症対応レベルからかけ離れた稚拙対応しかできていない

予算について

世界的にコロナ禍に対応するために積極財政に打って出ている。

一方わが国の総理は、国会での説明から逃げるために補正予算審議すら行わず国会閉会。

前年度予算30兆円以上を積み残してるから大丈夫という意味不明理由で胸を張るも、即座に突っ込まれる。

菅:補正について、私、先ほど申し上げましたけど、去年の暮れの74兆円、それに基づいての3次補正というのを今度の国会補正として成立させていただいて、まだそうしたものが約30兆円、新年度に繰り越しをしている状況でありますので、そうした状況を見ながらこれは判断することになると思います

大塚:玉木代表

玉木:総理、間違ってる、基本的認識が。繰り越しが30兆あることを自慢しちゃ駄目なんですよ。それはもともと3次補正本来なら年度内に執行するべきもので、予備費もそうです。それを今年度に、令和3年度に持ち越して、30兆も持ち越しがあるから組まないっていうのは、やるべき宿題をしてないから次の宿題できませんって言っているのと同じなんですよ。

2021年6月9日玉木雄一郎国民民主党との党首討論)[1]

2020年から21年にかけての予算措置金額だけ膨らましただけの見せ金という指摘もある[2]。

新型コロナパンデミックに便乗して、自民政権予算措置をお友達企業に流して中抜きさせているだけなのではないか

自民党には、新型コロナから国民生活を守るよりも優先している何かがあるのではないか

本当に誰がやっても大きな差は生まれないんですかね。

政治は結果。出していない結果に「俺たちだってできた」と言っても通らない

──安倍晋三・第90・96・97・98代内閣総理大臣

参照

[1]菅首相は初参加 2年ぶりの党首討論(全文3完)守れなくなったらやらないのは当然

https://news.yahoo.co.jp/articles/32b604b687a682cfffed43fcf8a9b3d87ec9afe6?page=2

[2]国の繰越金、過去最大の30兆円超 コロナ補正予算は規模ありき?

https://mainichi.jp/articles/20210730/k00/00m/010/342000c

[3]玄葉氏の追及に、安倍首相政治は結果」

https://www.news24.jp/articles/2013/02/28/04223955.html

2021-09-08

anond:20210908210939

一度に全部をやらなくても、できるところから着手すればいいんやで。

昔の民主党ちゃんとこういうのを公開していて、好感が持てた。

2009年衆議院選挙マニフェストの進捗状況は以下の通りです。(2010.06.11 現在

政策数:179 /実施:35/一部実施: 59/着手済み: 70/未着手: 15

http://archive.dpj.or.jp/special/manifesto2010/data/manifesto2010.pdf

2021-09-02

2009年ぐらいのニコニコ動画が一番面白かったよな

「これ本当に素人が作ったの?」っていう動画毎日のように投稿されてた。

ボカロとか、自主アニメとか、ゲーム実況とか。

テレビじゃ絶対できない笑えるコンテンツがいっぱい出てきた。

このまま既存メディアを圧倒するんじゃないかっていう熱気があったよな。

あの頃のニコニコ動画オルタナティブ感って、「ほんとにこのままテレビ映画に勝つんじゃね?」っていう勢いがあった。

実際は既存メディアオルタナティブになることはなく、ここから出た才能はみんなメジャーに吸収されちゃったんだけど。

でも、いい夢見させてもらったよ。ほんとうに楽しかったよな。

2021-08-31

インフルエンザ歴史

興味あったのでググった結果をまとめてみる。


16世紀中頃イギリス流行し、「インフルエンザ」という言葉一般化した。

ウイルス自体紀元前から存在したという説あり)


最初世界的なパンデミックになったとされているのは1918年

当時は「スペイン風邪」と呼ばれ、後に鳥が罹患していたウイルス変異したものであることがわかっている。

感染者は6億人。死者は5000万~1億人。


1933年インフルエンザウイルスを人体から分離することに初めて成功

1951年有効性のある不活性化ワクチンが初めて販売される。


1957年アジア風邪。死者は200万人。

1968年香港風邪。死者は100万人。

1977年ソ連風邪

2003年福建風邪。

2009年新型インフルエンザ世界流行


ワクチンが作られてから50年経っても、変異を繰り返した新型インフルエンザ流行するという事実

インフルと比べてコロナがタチが悪いのは、味覚障害などの生活する上で深刻な後遺症が残る点。

たぶんこれもう無くならない気がする…。

2021-08-29

自民党が選ばれてるのではなく、自民党しか選択肢がなくなっている

これは明確に日本国民の今までの選択の結果、リスクヘッジ損切りを失敗したと思ってる。

自民党とそれ以外で政権担当期間の比率を見ると明らかに自民党割合が多く、むしろほとんど自民党から今の日本の状況を作ったのは自民党であると言えるけれど、

じゃあこれを他に変えるとなると直後は絶対混乱するし、すぐに自民党以上のすばらしい結果を出せるわけでもないだろうし。(2009年民主党に切り替えたときの結果とかね)

から「駄目だと思ってもそのまま続けるほうが短期的なコストは安い」と思えてしま状態で、いわゆるコンコルド効果が発動してるんだろう。

適当タイミング与野党交代していくことができてれば、ここまでロックインされることもなかったろうにとは思うけど、

交代してすぐにめざましい成果が出せるわけではもちろん無いから(2009年民主党に切り替えたときの結果とかね)国民側にも「リスクヘッジとしてやってる」認識我慢必要だったんだろうなあ。

創業以来大手SIerロックインされてる大企業システム保守を別の業者へ一気に切り替えてもいろいろあってうまくいかず結局もとの業者に戻すみたいな話にも見えてる。それくらい育って食い込んでしまっている…

(そういう面では切り替え先の業者(野党)側も、見えてる範囲では「あのSIerは駄目だからシステム全部任せてください!」ばかりだから怖いってのはあるね。ロックイン解除するにも、切り替え先業者は「まあやれるやろ」くらい思えないと…徐々に切り替えて「この分野なら○○」って存在感示していけたらいいんだろうか?)

自民党がいいとは思ってないけど他に変える勇気も支払えるコストもなくて、結果的自民党しか選択できなくなっているのはどうすればいいんだろうね。

これだけやらかしても野党の支持が伸びないところを見ると、国民側に政権交代させる気はまず無いんだろうと思ってる。

そういうところは当然、大手自民党にも見透かされてる。だから総裁変えてお茶を濁して終わりかな…

(念の為2009年民主党政権方針が全て良かったというわけではないので。自民党以外も育てられる、機会を与え続けられるとよかったという話。ただ民主党政権、少なくとも真面目に対応しようとしてたとは思ってるよ。そしてなんで最後増税キメたかなあとも思ってる)

2021-08-23

最近サブモニター

休止状態から復帰するのに1時間くらいかかるんだが。

このポンコツめ、買い替えなければならんじゃないか、などと悪態をついてみたが、よくよく考えたらこモニター2009年に買ったもので、12年使ってるんだった。

しろよくやってるな、という感じであるしかし買い替えは必要だな

2021-08-20

anond:20180702082223

アメリカ有権者数が約2億3000万人(2008年)

日本有権者数が約1億400万人(2009年)

アメリカ民主主義の国。日本アメリカの一部になったらアメリカ日本人に乗っ取られる。

現実で悪が勝ち続けると正義が勝つお話需要高まる

ってのはありそう。

まだ今に比べれば相対的に世の中がまともだった頃(注1)連載を開始した進撃の巨人厨二病的な世界でうだうだとやってるうちに、鬼滅の刃ドストレート正義でぶっちぎっていったのは象徴的かなと。(その鬼滅の刃も初期はまだ「正義押し」が固まってなかったが。)(注2)

小山田問題で古の鬼畜悪趣味系の話が出た時にも思ったんだけど、もはや最大限がんばって露悪芸をやったところで例えば「国会過労死について審議してる時にニヤニヤ笑ってる総理以下閣僚たち」みたいなガチな人らには到底かなわんので、鬼畜系の露悪とか「正義こそが悪なのだあ!」みたいなのをがんばりたい人々にはつらい世の中になってしまった。

(注1)連載開始の2009年は例えば在特会カルデロンのりこ氏の居住地域で嫌がらせをやったり京都朝鮮学校を襲撃したりしてその存在感を高め始めた頃で、ウィシュマ氏の問題などを含む現在進行系の「悪が勝つ」ムードが芽吹き始めた頃とも言える。

(注2)だから進撃の巨人作品としてダメなのだ…という話ではない。

2021-08-18

anond:20210818120808

1分でわかるジャップランド歴史

2009年国民自民にお灸を据えよう」民主党政権

2012年国民民主党やっぱりあかんわ」自民党政権へ

2013~21年:自民党が増税汚職五輪強行など好き放題しまくってコロナむちゃくちゃになり日本崩壊

2021-08-10

anond:20210810133848

1. 株安(2009年3月 バブル崩壊後の最安値更新 7,054円)

2. 円高2011年3月 一時1ドル76円台)

3. 福島地震2011年7月)での原発事故対応が悪い

これで当時の民主党政治運営がうまくいかなかった

3 に関しては今のコロナと似ている状況だが

民主党の時は自然災害、今の自民党コロナ人災と言われることがある

1 の時は麻生内閣から

景気が良くならない→自民党失脚→民主党

民主党でも良くならないしか震災対応がよくなかった→民主党失脚

という流れかと。

自民党失脚だけど、小泉内閣で景気拡大して良くなったがその後の後継総理がよくなかった

小泉内閣の綻びをフォローしきれなかったと言うのがあると思う

2021-08-06

anond:20210806191742

未だに清和会に影響力のある森喜朗は、河野太郎を嫌ってる

河野太郎2009年出馬した総裁選討論会で、森について「引退してほしい」「腐ったりんごを樽に入れたら全部腐る」「俺の内閣ではベンチ外。スタンドから見てて」などと批判したせい。

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