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はてなキーワード: 象徴とは

2018-02-22

やる気

ロンダ博士課程院生である

研究がしたくて研究職で就活したら見事に失敗。大学院研究すればいいかラボボスにこのまま博士として院進の決意を伝えたところ、なぜか他の研究室を紹介されそちらに行くことに。

正直そのラボから離れたくなかったか勉強もせずに落ちようと思って院試に臨むもなぜか受かってしまい今のラボに入ることになった。

今のラボに入ったことに後悔しかない。

ボス結婚生活が上手くいかずに昔に離婚自分幸せな家庭が持てなかったことのコンプレックスの塊。かつ極度の寂しがり。

先輩も親が離婚子供のころから家でほぼ一人だったらしく承認欲求の塊。

寂しい男と承認欲求の塊の子供なのでとりあえず常に二人で一緒にいる。

ラボに入ってまず昼ご飯にケチをつけ始められた。

私はそれなりに暖かい実家暮らしで、母が料理趣味なのでほとんど今まで料理したことがない。

お昼も母の作るお弁当を食べる。買うお金もないし。

ボスにとってお弁当幸せ象徴なのか何なのか、研究室でご飯を食べていると弁当を覗き込んではいちいち難癖をつけてくる。

それに加え、先輩は「私は子供の時からレンジでチンでしたし今になったらごはん作れないなんてありえないです!」と毎回毎回煽って教授の持つ私のマイナスイメージを強くしていく。

次にいちいち言われたのが彼氏のことである

私は今彼氏がいないし特に欲しいと思ったこともなかった。

しかし、先輩は毎日のように「彼氏作らないの!?今度合コン開いてあげるよ!飲み会しようよ!」と言ってくる。

これが普通の場ならいい。しかしここには結婚生活が上手くいかず心が荒んだボスがいるのである

この話が出るたびにボスは苦虫を潰したような顔をする。そしてだんだんいら立ってくるのがよくわかる。

彼氏いらない、ときちんと伝えても先輩はいやがらせかのように毎日毎日その話を振ってくる。

そのたびにボスがどんどん私を嫌いになっていくのが良く分かった。

これらのことがあってもきちんと自分実験が進んでいたならまだ良いのだろう。

しかし、自分はあまり器用ではない。

そのうえ、指導役だった先輩は少しのミスでも逐一ボスに報告し「こんな後輩を教えるの辛い、ほんとしんどい」と自分は頑張っているアピールを行う。

そうすれば当然ボスからの私の評価をいうものダダ下がりになる。

基本的ボスは使える完成された人間しか好きではなく、使えない人間とは喋りたくもないタイプなので、教授無能な私への風あたりはどんどん強くなるし、報告されるのが怖く先輩の前で実験すると手が震えてしまい更に失敗する悪循環に陥ってしまった。

それで実験が進まなければボスからの風当たりは更に強くなる。

そのうち、土日にも、進捗はどうか、成果はできていないのか、と連絡が入るようになった。

日曜の夜に家族でご飯を食べている時に連絡が来てそこから学校に行って作業する日が何度もあった。

実験が下手でもせめて論文だけでも読んでいたらまだ違っていたのかもしれない。

私は英語が苦手で論文を読むのにものすごい時間がかかる。

しかし、平日は昼間は実験しているし、夜は酒好き一人暮らしボス毎日研究室お酒を飲みご飯を食べるためお酌をしなければならない。論文を読む時間がなかった。

それも言い訳だろう。論文を読まなかったとそれしかない。

でもそんなこんなで研究室にいつのがどんどん辛くなり研究が好きという気持ちがひとかけらもなくなっていった。

その先輩も昨年度卒業

ボス再婚が決まりかなり穏やかになった。

研究をするなら今なのだろう。

しかしもはや自分モチベーションが上がらないのである

研究室にいても何もやる気が起きない。毎日ぼうっとしているだけで一日が終わってしまう。

過程終了まであと一年である。この一年の間にわたしのやる気が戻ってくることはあるのだろうか。

このまま無能なままで大学院を逃げ去ることになるのだろうか。

それは嫌だなと思うが何もしたくない。

お先まっくら

院進したい人たちに言いたい。

大学院生活は指導教員が全て。研究内容も何もどうだっていか幸せ生活を送っている教授研究室に入るべきだ。

anond:20180222013859

ペンタクルの6がでました。実にはっきりとあなたのあるべき姿を暗示しているように読み取れます。このカード商人の姿をした人物が秤を手に貧乏や苦しんでいる人にお金を分配している様子が描かれています。この商人はguise of a marchant.—— guiseは「人を欺くために外面を装った」という意味があります。それと秤は弁護士バッヂにもあるように公正と平等象徴です。あなたは今どうしてもいじめっ子から離れられない状況にあるのかもしれませんね。いじめっ子を目の前にしても公正、平等な態度を装い接したほうがよいでしょう。いじめっ子について見てみました。ソードの5がでました。このカードは、自己中心的わがままという意味があります。得意そうにしている人物から人が離れていっている様子が見えますしかも逆位置ででていますので、独善的利己的なものから何か失敗するかもしれません。あなたは、たとえいじめっ子だとしても分け隔てなく接し、自身の人としての徳を高めることを考えるとよいでしょう。

厚生労働省の歪曲データ問題

何が彼らを不正に走らせたのか?国民が蝕まれているように象徴もまた何かにまれているのではないか

政治も病んでいるけど、あらゆる側面で病みというのが起きていると思う。

JR東日本ストライキ然り、ドライバーマナー低下問題然り、天皇制憎悪然り…

2018-02-21

乱文失礼します。

男子フィギュアスケート日本代表選手の皆様、おめでとうございます。私も氷上の踊りを見るのは大好きなのです。心から祝福させて下さい。

でも私は世間に対してちょっと気に食わないことがあります。「羽生選手宇野選手ゲームアニメが好き」「宇野選手ガチゲーマー携帯ゲームでは課金も」という報道です。どこか、まとめサイトニュースサイトだったと思うのですが、はっきり覚えてなくてごめんなさい。

私は宇野選手が「ゲーマー」「ガチゲーマー」と読んで心が踊りました。私も生粋ゲーム好きでしたから。

しか宇野選手が遊んでいるゲームとして挙げられたのは「ベイングローリー」「シャドウバース」「荒野行動」と言ったスマホゲーム。私はこれらを見てちょっと落胆してしまいました。その記事に「携帯ゲーム『では』」と書いてあっただけにスマホゲームしか紹介されていなかったのもえ〜っ…てなります

まず「ベイングローリー」はMOBAと呼ばれるジャンル戦略シミュレーションゲームアプリで、競技性の高さが人気のいいゲームなのですがスマートフォン向けということで少しだけカジュアルな作りになっています。というのも元々MOBAパソコン発のジャンルであり、基本的に画面の小さなスマホパソコンゲームフォロワータイトルを開発しようにも少しずつ要素をオミットすることが必要なのです。実際ベイングローリーは人気PCゲームLOL」「DOTA2」に似ている面もあり、どうせ「ガチ」ならPCゲームを挙げて欲しかったです。ベイングローリーは確かに良いゲームですが、スマートフォン向けのゲームで「ガチ」などとまるでコアゲーマーであるかのように報道されるのには疑問符が付きます。まあ「もっと本格的なゲームが、素晴らしいものがあるから注目してほしい」という感情的ものからでた言葉に過ぎませんが。

また「荒野行動」。これは2017年空前絶後の大ヒットを記録したPC/TVゲーム「PUBG」のフォロワーです。「PUBG」は「100人で撃ち合い、残った一人が優勝」という、ゲームとしては本当に面白いルールの銃撃戦ゲームなのですが、中国スマホアプリ荒野行動」はこれをパクったものです。ゲーム性はもちろんのことグラフィックインターフェースまで酷似している完璧な丸パクリゲームなのですが、スマホゲーマーには馴染みの薄い銃撃戦ゲームということ、スペックの低い端末でも動作するということ、そもそもスマホゲームプレイヤーPCゲームなど知らないということなどが重なりこちらも日本で大ヒット。「荒野行動」は今一番流行っているアプリの1つなのではないでしょうか。

私も「荒野行動」を遊んでみたのですが、やはり「PUBG」のパクリだけあって面白いです。

ただPUBGは実写映画顔負けのグラフィックだったのに対して荒野行動はハリボテ感満載の「これ10年は前のゲームだよね…」という…

またスマホゲームということで指で画面が隠れて没入感や競技性、操作性は低くなっているし、やはり「荒野行動」は「本格!ガチ!」と騒がれるのは違うかな…と思いました。それに中国十八番パクリですよ。なのに擁護する日本人が多くいるのは驚きです。中国ドラえもんなどは叩くのに、「荒野行動」は自分がやっているから叩かないのですね。都合が良すぎる。

いや、確かに宇野選手ゲーマーです。全然良いんですよ。ゲームを遊ばない方やスマホゲームしかしない方もたくさんいらっしゃるのは承知です。

ただスマホの(簡易的な)ゲームを遊んでいて硬派だ本格だ言われると、私の思う「本当のゲーム」、また「本当のゲームファン」が蔑ろにされている気がしてなりません。「ゲームといえばアプリ!」な時代になってきているのも分かりますアプリゲームもとても楽しいです。ただ、もっと素晴らしく、もっと文化的で、もっとのしい、PCゲームを知ってほしい。「ニーアオートマタ」を知ってほしい。「風ノ旅ビト」を知ってほしい。「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」を知ってほしい。

他の記事には負けず嫌いゲーム好きの象徴としてか「大乱闘スマッシュブラザーズ」や「モンスターハンター」関連のお話も載っていました。知らない人向けの記事っぽかったのですが、これらは100万本以上を売り上げる、かなりメジャーな、小学生も遊ぶようなゲームです。

ツイッター民フィギュアスケート選手モンハン好きのゲーマーオタク歓喜だろ!」

いや…そうなのか?もし仮にあなたが「モンハン」「スマブラ」をやっているだけでドヤ顔して「ゲームオタク」を名乗るのであれば、今すぐにでも飛んでいって様々なゲームを買ってあげたいです。

もう1つ。宇野選手の「課金は強くなるための手段」と言う発言話題になり、私含めスマホゲーム課金者はちょっと嬉しい気分になっていますね。ただそこには何があるのか?「携帯ゲームには課金も」とあたか携帯ゲーム課金するのが特殊であるかのような見出しもありました。

いや、実際特殊なんでしょうけど、その状況は少しおかしい。

アプリストアやSNSへの書き込みを見ていると「たかゲーム1000円も払うか!w」「課金してないから○千円のアプリは高いよ、無料にして…」という意見が驚くほど多くあります。これはゲームを遊ぶ立場として、たとえ無課金だとしても書き込むべきことなのでしょうか?ましてや、開発者の目にも触れるであろうアプリストアレビュー欄に。

娯楽を享受するには基本的生産者がいますテレビウェブサイトではそれを広告の形で、遊園地ならば入園料の形で、無料ゲームならば課金の形で。

ゲームというもの開発者が汗水垂らして徹夜で限られた時間お金のなかプランニングし、プログラムを書き、音楽を作り、絵やアニメを描き、3Dグラフィックを作り、インターフェースを調整し、デバッグし、プロモーションし、…

たとえスマホゲームであれ開発者たちの魂がこもった作品であることは確かなのです。そしてそれを娯楽としてプレイヤー享受しています

それに対して「課金!?」と言うような書き方はアレやなあと思いました。

…また、正直「たかゲーム」「無料にしてくれ」などは無礼まりないと思います

宇野選手発言ある意味正しいです。そしてそれが我々課金者を盛り上げてくれています。ただの楽しい話です。

ただそれによってこれまでスマホゲームユーザーの多くが貫いてきた課金はしないという姿勢は少し目立ったと思ったのです。そのような考えの人には、ちょっと考えを改めてほしい。

課金でもいい、楽しんでいるならいい。でもみんなを楽しませようと思って作ったものを「たかゲーム」「無料しろ」はやめてくれ。

この気持ち悪いオタクを装って書いた文章が何かの手違いで人に読まれフィギュアスケート選手ゲーム及びゲームファンイメージダウンに繋がりませんように。

anond:20180221165728

俺の母親も昔痴漢にあったことあるけど安全ピンぶっさしてやったと言ってたよ

置換問題って結局痴漢のものよりも個人的な弱さが引き金になってトータルで人生つらい人間象徴なんじゃないの

いじめ問題とさして大差なさそう

東アジア東南アジア諸国歴史的英雄

日本織田信長坂本龍馬か。戦前なら楠木正成とか。他国と比べて「民族独立英雄」「侵略者撃退した英雄」が少ないのが日本の特徴か。北条時宗もそれほど人気ないし。
韓国李舜臣(1545-1598)李氏朝鮮の名将。文禄・慶長の役では水軍を率いてゲリラ的に戦いを進め日本軍を苦しめた。一度は更迭され一兵卒にまで身を落とすも後に復帰し、露梁海戦戦死した。
中国岳飛(1103-1142)南宋の名将。農民出身ながら、私兵を率いて金に対抗し、幾度も勝利を収めた。しか岳飛存在が和議の邪魔になると危惧され、罪を着せられて処刑された。
モンゴルチンギス・カン(1162-1227)言わずと知れた世界史上最凶の侵略者
ベトナム李常傑(1019-1105)大越の名将。特に北宋との戦いに勝利したことで有名。また国政にも関わってその手腕を讃えられ、後に神格化されて崇敬されている。
フィリピンラプ=ラプ(1491-1542)クタン島の領主イスラム教徒世界一周中のマゼランフィリピン上陸し、各部族にスペインへの朝貢キリスト教改宗要求したとき、ラプ=ラプだけがそれを拒否し、その後の戦闘マゼランを討ち取った。ヨーロッパ侵略に対抗した最初フィリピン人であるとされる。
インドネシアガジャ・マダ(?-1364)マジャパヒト王国の名宰相で、その領土現在インドネシアのほぼ全域にまで広げた。そのためインドネシア諸島統合象徴と見なされている。
マレーシアハン・トゥア(?-?)マラッカ王国に仕える無双勇士だったが、冤罪死刑を宣告された。ハン・トゥアが処刑されたと聞いた彼の親友は怒り狂って反乱を起こしたが、実は密かに生き延びていたハン・トゥアによって討たれた。死刑を宣告されても、親友を殺すように命じられても王に従った、ハン・トゥアの絶対的忠誠心が称賛される。
タイレースワン(1555-1605)アユタヤ朝の王にしてタイ大王の一人。ビルマ属国となっていたタイ連戦連勝で独立へと導き、「軍神」として崇められるようになった。ムエタイ創始者とも言われる。
ミャンマーバインナウン(1516-1581)タウングー朝の王。当時の王の乳母兄弟で、その崩御のあとに分裂したビルマ統一した。タイアユタヤ兵糧攻め降伏させて支配下に置いた。ナレースワンの台頭はバインナウンの死後より始まる。
ラオスアヌウォン(1767-1831)ヴィエンチャン王国最盛期の王にして最後の王。当時、ラオス属国としていたタイ独立戦争を仕掛けたが、敗れて獄死した。メコン川岸辺タイに向かって銅像が建てられている。

東南アジアで終わるつもりはなかったんだけど、面白くて掘り下げてたら疲れてしまった。またこんど。

昔のオタク

昔、自分学生だった頃、今で言うと陰キャと呼ばれてるような奴らの集いが毎日のように教室でありました。彼らは放課後になると、今で言う陰キャの中心的人物が属するクラス教室に集いました。

当時の作品はよくわかりませんが、いわゆるライトノベル教室に持ち込んでは黙々と読んでいる人間でした。

私は、ガリ勉野郎でしたので勉強をする自分の横で軟派な表紙をチラつかせて読んでいる隣の男達(中にはちゃんとブックカバーをつけている人もいましたが)を気味悪いと感じながら過ごしていました。

自分積極的には関わりませんでしたが、今で言う陽キャと言われるクラスの中心的な人たちは積極的にいじり倒していました。

オタクCDを持ち寄ってきていたのか、今で言う陽キャの集団がそのCDからかい始めました。その時に、今で言う陰キャの中心的人物が、陽キャの集団に対して「J-POPという流行らせたコンテンツに乗っかっているおまえらにはわからんよ」的な事をいっていたのを思い出します。

その時、初めて今で言う陰キャの人たちを理解しました。彼らは別に発心や、満たされない日常を不満に思ってオタクをやっているわけではない。自分無意識価値観を揺さぶられたような経験でした。

彼らは別にオタクになりたくてなったわけではなく、自分が素晴らしいと思った物を突き詰めるにあたりオタクになっただけなのだと。

それは本質的には数学検定必死になる自分となんら変わりなく、あくまでもその対象が外の人から評価されるかされないかだなのだと。(数学検定が外の人から評価されやす資格かはともかく)

 

その後、電車男書籍として販売され、秋葉原にわかテレビ特集が組まれニコニコ動画というコンテンツが生まれて、「オタク」はありふれました。

いやでもオタク文化が目に入り、パソコンを触っていればそこそこそういう知識は分かる程度にまとめられたコンテンツは増え、気がつけば水樹奈々は当たり前のように紅白に出場し、小林幸子は「千本桜」を歌うような時代です。

今のオタクは、言ってしまえば「J-POPという流行りに乗っかっている」当時の今で言う陽キャと変わりないのだと思います

 

私はスマホゲームを良く嗜み、5chのスマホアプリスレ情報収集をしていますが、上記のことをものすごく感じます

必ず「セルラン」「覇権」という言葉がどのスレにも出てきますアニメであれば、「覇権」はよく聞きますよね。私はこの言葉がどうファン達に聞こえるのかわかりませんが、とても無意味ではないかと感じます

なぜなら、オタク流行に乗ってやるものじゃないと最初に話したエピソードで感じているからです。

いまでも語られる名作ゲームとしてデモンズソウルを例にあげます。私はデモンズソウルが大好きなのですが、このゲームはもうすぐオンラインが終了するということで最近またキャラを作っては嵐の祭祀場に通っているのですが、このゲーム覇権でもなんでもないですし、そもそも売上もじわ売れですし、どちらかというとダークソウルから入ってきた人のほうが多いのではないかと感じます覇権でもないゲームなのに、名作として扱われ、ディープファンがいて、ソウルシリーズとして続いていますよね。

だったら、アニメスマホゲームで「覇権」「セルラン(円盤の売上)」という言葉が当たり前のようにでてくる現状ほど、オタクが「流行りモノに飛びつく人間」という意味になってしまっていると感じます

 

同人誌で、簡単に描く作品を変えてしてしま同人作家を「いなご」と言いディスる

おかしものです。オタク自体が「流行りモノ」を追いかけて移動しているのに、同人作家という発表者が流行りモノ(または流行りモノのついていくユーザー)を追うことを咎めるのは。

今でも真実冗談かはさておき「なのは完売」という言葉を見かけますが、これほどオタク象徴する言葉はないと思います。「なのは」という今では覇権でもなんでもないコンテンツが「すぐに売れてしまコンテンツ」だと認識されているのです。

オタクって本来そういう意味ではありませんか。

もちろん、作品を知る機会として「流行り」は重要です。しかし、コンテンツの楽しみ方までもが「流行り」であるようにしか今では感じません。

オワコン」という言葉があるのがまさにコンテンツの楽しみ方が「流行り」であることの証明でもあります

私が学生だった頃、教室に来ていた今で言う陰キャ達がどうなっているかは私にはわかりませんが、彼らは当時そうではなかった。私がみた「昔のオタク」像のせいで「今のオタク」がオタクに見えていないだけなのは重々承知していますが、今のオタクは当時の今で言う陽キャと同じ人種しか見えない。

そして、当時、今で言う陰キャの事を気味悪がってたくせに、アニメやらゲームやらをやっている自分も、ただの「今のオタク」にすぎないのだろう。

2018-02-20

anond:20180220193758

かにあなたの言う通りで、逆に言えば「カッコいい男」自体流行らなくなってきたのかもしれないね

タバコと同じように、車もカッコよさの象徴にならなくなってきた。

だってタバコ以上に人体や環境に悪いだろうし。

大都市中心部から車を締め出すという施策も、嫌煙と同じことなのかもしれない。

アンチです

主にカワラバト/ドバト(街によくいるやつ)が嫌いというか恐怖症レベルで苦手で、今日も駅の鳩にギャーってなったから腹いせに嫌いなところ挙げてく。鳩信者はお帰りください。

【鳩の嫌いなところ】

・ひょこひょこした動きが気持ち悪い

・鳴き声にイライラする 腹から声出せや

人間食べ残したかり、時にはゲロさえつつくほどの浅ましさ

・そのくせカラスほど逞しくもないから腹立たしいだけ

自然物とは到底思えないカラーリング生理的に不気味

コンクリと色が同化してるから急に動かれるとびっくりする

・そこらじゅうにフン散らかす

・帰巣本能かいう謎システムのせいで毎年困る人がいる

・春になるとベランダに来て洗濯物にフンとか羽とか付けていく 絶対に巣だけは作らせない

・なんか人の隙間をスレスレで飛んでいくの頭おかしいとしか思えない

病原菌いっぱい持ってて不潔、スズメも同様とはいスズメと比べて大きいから羽ばたいた時いっぱい菌とか飛びそうな気がする(これはイメージです)

平和象徴というポジションに胡座をかい人間生活圏に寄生している印象(これもイメージ)

・熱出すと夢に出てくるのむかつく

このまま嫌いな要素無限に挙げられそう

【鳩のいいところ】

・鳩に困ったら雨宮〜〜は鳩の害がなければ生まれなかった

他ある?なくない?食べられる品種なら食糧として価値あってもドバト食えんし

ドバト全面的に嫌いだけど中でもうちの近所のゴミ捨て場によくいる二羽、ゴミ袋くちばしで破って中身食ってるの無理すぎ!カラスよりバカからかそれとも目や鼻が悪いのか、中に食べものがあるのかもわからないまま闇雲に袋引きちぎってるっぽくてひたすら散らかすの、本当に!!愚か!! 鳩の長所教えてほしい。好きになれるかはわからないけど……虐待などの意図はないし人間傲慢さをぶつけてごめんね……でも嫌い……

増田を見てるとポエム増田文学簡単そうに見えるけど

ポエム小説増田以外に投稿されたもので、マジですごいやつは見たときマジですごくて超えられないと思うし、痛々しいくらい不出来なやつもゴロゴロある。

増田匿名で書いてるからどれもこれも下駄をはかせてもらってるところが正直かなり大きい。

狭いところのダサイクルの象徴たる「増田文学」という言葉邪悪さにもっと気づくべき。

全く無名掲示板で固定されたメンバー同士が下手な絵を褒め合ってるみたいなのがインターネットにたまーにあるじゃん

あれと同じ。

2018-02-19

anond:20180219071153

旦那おっぱい蹴散らす失敗

妻はつまらん痛みに悶絶

絶好寸前傾向

旦那寝ぼけて謝る対応

そこで大事な男の象徴

確認するのが必要

旦那から食らった一撃

金的からの悶絶点滴

2018-02-18

愛国者だが日の丸君が代が嫌いな理由

日の丸君が代が嫌いだ。

そう言われると、「はいはい反日左翼日本から出て行け」と思うことだろう。

しかし、私はこれに反論したい。

反日か?

私は愛国者だ。日本を愛している。

ただ、日の丸君が代が嫌いなだけだ。

日本のことが好きだからといって、その全てが好きでなければいけないということはないだろう。

左翼か?

どちらかといえば左寄りの思想の持ち主であることは否定しないが、左翼ではない。

日の丸君が代に反対する人たちの、先の太平洋戦争でー、韓国がー、中国がー、という理由には同意しない。

→ではなぜ日の丸君が代が嫌いなのか?

それが、国による「抑圧」、国への「服従」「隷属」を象徴するからである

日の丸に向かって起立せず、君が代斉唱しない教官は、懲戒される。

世の中には何らかの理由(それが意味不明ものであったとしても)で起立斉唱したくない人がいる。

だったら、無理に強制しなくてもいいではないか

これを無視して強制することは、「お前、日本人なら、日本を愛しているなら起立斉唱できるよな?な?」と迫る、ただの「踏み絵である

卒業式会場で大声をあげて「日の丸君が代はんたーい!」とか言い出したら、それは式を妨害することになるから懲戒もやむを得ないだろう。

でも、静かにその場に座っているだけなら別にいいじゃんか、と思う。

寛容が大事


そうして、日の丸君が代踏み絵しか見えなくなり、嫌いになってしまった。

私は小中高で日の丸を掲げ、君が代を歌う教育を受けたが、こんなひねくれた人間になってしまった。

愛国心を育てるための教育が「北風と太陽」のような結果になってしまって残念に思う。

日の丸デザインは良いと思うし、君が代も厳かで良いのに、踏み絵として使われてしまって残念至極。

(注:現状の懲戒制度がどうなっているのかは知らない。

しかし、一時期の「起立斉唱しない人は反日バッシング」は私の心に強いマイナスイメージを植え付け、

それが消えるまでには長い時間がかかることだろう。)

2018-02-16

女性専用車両に反対している連中の考えはよくわからない

普通に考えて冤罪要員には向こうに行ってほしいだろう。

男を襲う冤罪の脅威は何も改善していない。

それが証拠JRは一時期消えたあの「女性様の一言で男がエレベータ式に有罪になるあの冤罪推奨ポスターを何も変えずにそのまま」また地味に貼り出している。

冤罪が大問題になったことへの配慮何もなし。そのうちまた大体的に貼りまくるだろうし、ほとぼりが冷めたと思ったら冤罪推奨キャンペーンもやるんだろう。

記憶する限り、あの時期に鉄道会社もの冤罪対策は「何一つ」なかったし、はっきり言えば現時点に至るまで何もなされていない。

あれだけ冤罪がたたかれたにもかかわらずのど元過ぎればなんとやら、というより炎上が過ぎるのを待っていただけ。姑息まりない。

そんなにJR冤罪捏造を推奨したいのか。あのポスターこそ冤罪推奨の象徴と言っても過言ではないのにあえてあれを貼るのだから

こんな状態はいつこっちが冤罪被害受けるかわからない。

しろ女性専用車両とやらを3両くらい一気に増やしてどんどんそちらに乗ってもらいたい。

男たちはもっと女性専用車に乗ってください、こっち来るなというべきなんだ。

そして究極的には完全男女別車両へと突き進むべきなんだよ。

#魔女集会で会いましょう から見るはてな村周辺の老害

最近Twitter創作界隈で #魔女集会で会いましょう というタグ流行している。やたら流れてくるのでTL上で一度や二度はタグを見たことがある方もいるだろう。

これら#魔女集会で会いましょう タグの付いた作品は、Twitter上で1作品概ね1〜4枚の画像としてアップロードされている。大まかなストーリーは、どの絵師が描いたかに関わらず「魔女人間男の子を拾い、育てる。時は流れ、育った男の子魔女ナイト的な役割を担う」という感じである

もちろん異なる絵師が各々作品を作っているのだから多少の違いはあるが、大体そんなところである

これらの作品に対して、わかり手(@anbakurakoya)氏が非常に痛快な批判をしていたのでまずは紹介したい。毒親に育てられた身としては、「ああ、わかり手さんは毒親母親側)問題について理解があるんだな」ということがよく伝わってくる。しかし、わかり手氏の批判ツイッター界隈の老害化の象徴であるかのようにも見える(これについては後述)

まずはわかり手氏の良さを伝えることからはじめよう

魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望、それリアルでやると毒親まっしぐらコースなんでマジで気をつけてな…。

小学生くらいの幼女レイプしてぇ!というキモオタ欲望と同程度には醜悪欲望である自覚をな、できればな…

自分キモさを認識し、その上で「好き」を貫けや

彼氏みたいな息子が欲しい」という願望を持つ母親毒親一種)が一部にいて、とんでもないことになっているのは経験上よく分かる。また、毒親自分キモさについて自覚的でないというのも共感できる。

さらに、下記のように「リアル創作区別しろ」と仰っているのも非常に納得が行く。

自己擁護の事例としてはこういうのね。いやその関係性が「幸せ」じゃねぇだろ、リアルでやったら毒親まっしぐらだろって話をしてるんだけど、どうも「虚構現実区別」とか言いつつ全く区別がついてないっぽくて怖いんだよね。

リアル創作というのは別のものであり、明確に区別を付けるべきだという意見は全くその通りだと思う。

で、ここで立ち止まって考えてみよう、 #魔女集会で会いましょう タグとはそもそも一体なんなのか??#魔女集会で会いましょう タグを叩いたり援護したりしている人は当然趣旨をある程度は理解していると推測されるが、念の為確認してみよう。

このタグは九頭さん@coneshait という方が最初に始めたタグで、元ツイは以下のようである

https://matome.naver.jp/odai/2151839444121733201

#魔女集会で会いましょう このタグで、『魔女が拾った男の子が成長して、魔女よりでかくなって(ごつくてむさくてがっしりしてて)魔女を全力で愛して守る男になる話』の絵を描きますので、誰か描きたい方いらっしゃればこのタグつけて好き勝手に…

魔女集会検索やすいようにと思って付けてみたやつで、企画とかではないので、みんなも気軽に描いてね~

ただやってはいけないのは誹謗中傷のみ。


ここに絵師が集まって、沢山の作品投稿された模様である。2日後や3日後の「どんな設定盛っても構わん」という追加の発言もあるものの、多くの創作が1レス目のお題に沿った『魔女が拾った男の子が成長して、魔女よりでかくなって(ごつくてむさくてがっしりしてて)魔女を全力で愛して守る男になる話』というリファレンスに沿った内容となっているようである

なぜこういったタグ流行るのかと考えると、絵師が「お題」に餓えているか流行に乗っておいて自分の絵を少しでも見てほしいと思うからなのではないか

絵を描く力と、ストーリー考える力というのは全く別物である。一枚絵の画力はあるがストーリーあんまり思いつかないというような絵師がこういったタグに飛びつくのも合理的だと思う。魔女青年を絵にしたら映えそうだし。

ではここでわかり手氏の発言の話に戻ると、 #魔女集会で会いましょう タグに群がっている人に「毒親願望」があるのだろうか?これはTwitter上の流れを見た私の推測だが、タグに群がる人々の多くは毒親願望を持っておらず、「魔女とかショタかのかっこいい絵を描いたり見たりしたかった」という程度の意思しかなかったのだと思う。

ここでもう一度わかり手(@anbakurakoya)氏のツイート引用する。

魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望、それリアルでやると毒親まっしぐらコースなんでマジで気をつけてな…。


果たして、「魔女集会タグからダダ漏れてる「彼氏みたいな息子が欲しい♡」という欲望」なんてあったんだろうか?お題なんて記号にすぎず、毒親願望なんて多くの人が持ちあわせていなかったところにわかり手氏が「彼氏みたいな息子が欲しい♡という欲望」なるありもしない概念をいきなり持ち込んでしまったのではないかと私は考察する。

同時に、わかり手氏のこのツイートについても的外れであると思う

1人でもいいから、2コマ目で子供を自立させ精神的肉体的に別れる魔女がいて欲しかった。そういう思いがある。


私がこのツイート的外れであると思う理由は「ストーリーを考える手間を極力省き、決まったお題で絵を描く遊び」をしているところに「ストーリー考えろ!」と言うのは、ナンセンスからである

毒親についてであっても、そうでないことであっても、自分意見を貫き通せるのは素晴らしいことである。また、経験則から色々なことを語るのは、後の世代にとって有益となる可能性が大いにある。

だがしかし考えてほしい。刑事モノのドラマを見て雑な気持ちで楽しんでいるときに「本物の刑事はこんなんではなくてだな...これは、現実に全く則していなくて...」とやたら絡んでくるオッサンがいたら「老害キモっ」と思わないだろうか?

わかり手氏はまさにその老害の絡み方をしていないだろうか?

Twitter特性上、TLに流れてくるのは基本的にはフォローしている人達意見であるしかフォローしている人の意見なんて小さな部分集合に過ぎない。フォロー外にはフォロー外の世界があり、当然自分より若い人達だっているし、そこにはそこの掟がある。

Twitterはてな同窓会老人村界隈でゴチャゴチャ言い合ってるのも結構なことだが、所詮老害化しつつある村であることをそろそろみんな自覚してはどうか。

2018-02-15

結婚生活というものは、屁理窟世界ではないのである思想が違うから、とか、人種が違うから、とか、そういう一般論では割りきれないもので、男女二人の関係は、いつの世に限らず、男女二人だけの独特の世界だ。

坂口安吾 安吾巷談 天光光女史の場合

婦人が、一般論として男子差別のない参政権を求めたときイギリス婦人たちに参政権を与えたのは、保守党であった。

宮本百合子 戦争はわたしたちからすべてを奪う

軍艦三笠」にせよ「錆びた銃弾」にせよ、共に特殊主題ではあるが、これを一般論化して、象徴的意義に解することも出来る。

豊島与志雄 書かれざる作品

そしてその夜、銀座裏のバーで酔っぱらいながら、異民族間の距ては如何ともしがたいなどと、梅子のことについてではなく、一般論として言いだした。それから更に、日本人は全体として中国人蔑視してるとまで言った。

豊島与志雄 秦の憂愁

以上、一般論は終りだ。どうも僕は、こんなわかり切ったような概念論は、不得手なのだ。どんな、つまらない本にだって、そんな事は、ちゃんと書かれてあるんだからね。なるべくなら僕は、清潔な、強い、明るい、なんてそんな形容詞を使いたくないんだ。自分からだに傷をつけて、そこから噴き出た言葉だけで言いたい。下手くそでもいい、自分の血肉を削った言葉だけを、どもりながら言いたい。どうも、一般論は、てれくさい。演説は、これでやめる。

太宰治 乞食学生

よき文章家には、必ず隠そうとして隠し切れないであろう特色が、自らその文章に浮び出るものである。要は明快であることだ。だが、これは一般論であって、その小説から文章だけを切り放して、内容と別個のものとして論じることは不可能なことである。以下、私は各論はいるのであるが、そこで各種類の中に、内容と文章とを合せて詳論したいと思っているから、ここではこれ位に止めることにしよう。

直木三十五 大衆文芸作法

さあ以上から一般論」の意味をみんなで考えてみよう。

2018-02-13

つの間にかブコメ気持ち悪く感じるようになってしまった

少し前まではてブを見るのが楽しくてしょうがなかった

記事を見る前にブコメを見て、やっぱりそうだよね!みたいな感じで楽しんでいた

けれど少し前からそれが辛くなってきた、ブコメを見るのが辛い

ただ否定しているだけっていうあの増田の指摘、それを受け入れたくないか茶化すようなブコメ象徴的で、ああいったブコメ気持ち悪いと思うようになってしまった

他には日本のここがダメ、ここが素晴らしい、みたいな記事ブコメ

まるで自分当事者ではないようなブコメだらけ、自分だけは老害にならないとどうして信じられるのか不思議でならない

生活拠点日本に置いている人の方がずっと多いだろうに、まるで自分は外からみてわかったような態度のブコメ気持ち悪いと捉えない人はいるのだろうか?

それとも、気も悪いからこそ見るのか

2018-02-12

anond:20180212100449

そもそも、ちっちゃな乳輪は男のカラダにもありますからね。

乳輪が大きい=女性ホルモンの分泌が活発=女性の魅力の象徴 なんですよ。

2018-02-11

女になりたくなかった

幼少期に女嫌いをこじらせすぎた。

原因は母親ヒステリー

毎日夫婦喧嘩は絶えず、家ん中じゃ麦茶が飛んで皿が割れた。

喧嘩の発端は、毎回、母親が突然に不機嫌になる事だ。

母は人付き合いが壊滅的に苦手だったが、父の仕事関係で、妻として表に出る事が多かった。

その中で生まれネガティブ感情が、大体二週間ぐらいかけて『そもそも結婚なんかしなけりゃ』という不満に発酵し、その後は『超不機嫌モード』に移行する。

そんな母の態度に、生来短気な父の堪忍袋の緒が切れると、家の中で怪獣大戦争が勃発するという仕組みだった。



──と気付いたのは大人になってからで、幼い私は兄と抱き合って震えながら、『うちのおかあさんは何故急に怒ったり不機嫌になったりするのだろう』と考えていた。

喧嘩が終わった後、私たちはよくベソをかきながら父に聞いた。『なんで母さん、ああなの』と。『気に入らないことがあるなら、言葉で言えばいいのに』と。すると父はこう返した。

『母さんは女だから。女の人は男の人と違って理論的じゃないから、よくわからないところで感情的になるんだ』と。

私は兄と一緒にふんふんと聞きながら思った。

『そうか、女だからか。女ってクソだな。』

健全な性の道を踏み外し出す、記念すべき第一歩だった。



第二ステージ

母親を疎み、兄や父と主に過ごしてきた私の読書習慣が、歪んだ固定観念をより強固なものとするに至った。

少年マンガの購読である

(先に断っておくが、私は少年マンガ糾弾する気は一切ない。ただ事実ありのままに書き記していくだけである。そして私はありとあらゆるジャンル漫画が大好きだ。)



兄弟と育った私は、コロコロを読み、ジャンプを読んで育った。父のコレクションである少年漫画に手を伸ばし、特にドラゴンボールを好んで読んだ。

しかし私はドラゴンボールブルマちゃんが嫌いだった。天才科学者とかそういう長所は、曇りきった私の目には見えておらず、『何も出来ない癖にすぐ泣いてすぐ叫び、恋や欲求にすぐ目がくらむ、ヒーローの足を引っ張る存在』とそんな風に見えていた。『ああ、父を煩わせる母と同じだ。やはり女というものはこういうものなのだ』と。



同時に、私の性の芽生えの切っ掛けもブルマちゃんであった。

詳しくは割愛するが、あのマンガって結構えっちだよね。

とにかく女体に興味を覚えてしまった私は、こっそり父の読んでいる青年漫画に手を出した。前に一度ちらりと見えた時、なんだか非常にえっちっぽいページが見えたかである

親の目を盗み、どきどきしながらページを開いた。そこには大人世界が広がっていた。

どろどろとした愛憎入り乱れる大人世界だった。女はひどく誇張された化粧と共に描かれ、男相手に股を開いていた。

べっとりとした口紅と真っ黒な性器が、多大なる忌避感を私に与えた。



『おヴぁああああああああああああ』と私は心の中で叫んだ。

ブルマちゃんの可愛らしいお胸とは正反対のものがそこにはあった。

だがリアル調のその漫画の方が真に迫っているような気がした。

なるほどこちらが真実だったのか、と小学三年生の私は納得した。

『女はクソだ、内面だけでなく外面も。』

齢九、私は何処へも辿り着かぬ道へと順調に足を踏み外していった。

ついでに化粧が嫌いになった。



さて私はある時期より、重大な気付きに直面する事になる。

それは『自分も女である』という事実であった。

私は自分母親のようになる事を極端に恐れた。ゆえに『感情的にならない事、理論である事』を信条に掲げて日々を過ごしてきた。

また、既に女という性を軽んじていた私は、『女子なんか』と遊べば『女』になってしまうと思い込んでいた。

ここでの『女』というのは、しばしば侮蔑的な響きを含むあの『女』のニュアンスだ。『まったく女ってのは』というあの感じだ。



女子ままごと菓子を好み、恋の話に興じるもの男子は外で体を動かし、虫やボールを追いかけるもの。前者は幼稚かつ非建設的で、後者建設的なもの──。

私は男子に混じって遊んだ。虫をつつき、ボールを追いかけ、カードゲームに興じては『女子にはわかんねーだろ』と男子と一緒に男ぶった。

てめーも女子だろ。

ともあれ男女問わずパンを履きまくっていた時期にそれを咎められる事は一切なく、私はこのままずっと『男』に混じって生きていくものだと思っていた。



しかし年齢が上がるにつれ状況は変わっていった。



中学時代より、『女子』としての振る舞いをするよう諸所で注意を受けるようになった。

足を開くな、スカートを履け、髪を整えて身綺麗にしろ

私はその度に反発を覚えた。それが身に染み付いた女嫌いゆえであるというのには、未だ気付いていなかった。ただ女らしくしろと言われる度、いいようのない嫌悪が体を駆け巡り、肉体を引き裂きたいような衝動に駆られた。

父や母も男勝りな娘の教育ほとほと手を焼き、私を『反抗期』と称した。私もそうであると思っていた。

──『反抗期』という言葉に、ひどく感情的な、理論の欠如の時期、という印象を見出した私は、すぐに『反抗期』を終え、男らしく振る舞うのをやめた。

女らしく振る舞う事もしなかったが、それで周りは満足したようだった。



さて年月が過ぎ、こうして高校までをしのいで来た私であったが、大学へ出るに当たり、いよいよ『社会』という漠とした強敵対峙する事になる。

家族は言った。『お前もそろそろ化粧を覚えないと』。

Wait, what?

私は心の中で叫んだ。脳裏に浮かんだのは、幼少期に見た、あのべったりとした口紅と醜い性器映像だ。

あの醜悪気持ちの悪い化学製品を、醜い女の象徴を、私に塗りたくれと言うのか。

女は醜いものだと教え込んだお前達が、今度は私に女になれというのか。そりゃないぜworld。



齢十八。私は化粧から逃げ回った。

言わずもがな、最たる要因は、家庭環境の最悪だったあの時期に読んだ例の青年漫画だ。

あの裸の女が身につけていた口紅だ。自業自得はいえ、最早トラウマだった。

親はありとあらゆる手で私を説得しようとした。

『最低限のマナーから』『そんなんじゃ社会でやっていけない』『化粧は有害じゃない』

『今はただの練習でいいから』『ええい駄々をこねるのをやめろ!』。



さて、呆れた事に私は自分がなぜこんなにも化粧品嫌悪を抱くのかを、未だ理解していなかった。

いくら醜悪描写漫画で見たからといって、なぜそれが全てだと思い込む?テレビを見ろ、タレント達は男女問わず化粧をして美しいじゃないか。──』

その裏に繋がる根深い『”女性性”への嫌悪』に気付けなかったのは、外面的な事に関して言えば、私の嫌悪がごく限定的である為であった。

化粧、ヒール、裸体を連想させるような肌の露出。装いに関して嫌だったのは、この三点に尽きた。

別に女の肉体を持っている事について、不満はない。

男の肉体が欲しいとも思わない。

着物であれば女性のものを好んで着たし、ミニスカートヒールでなければ、多少はフェミニンな装いも吝かでない。

非常にややこしく凝り固まった嗜好がどこから来たのかと、私は大いに悩んだ。

こうして書き出せば理路整然としているが、書いていない様々な事ゆえに気付きは遅く、私は自分が一体何故こうも屈折しているのかと懊悩した。



齢十八と半分。ようやく気付いた切っ掛けは恋だった。

幼馴染に、太陽のような男がいた。

高い背とおおらかな心が皆を惹き付け、彼の周りには男女問わず人が集まった。

私と男は気安い仲だった。ある時、抱えきれなくなった想いを彼に吐露した。

彼は赤面していた。想いが伝わったのだと浮かれ、私は何度も愛を告げた。間違いなく、あれがそれまでの生涯で一番幸せな時だった。

やがて彼は真っ赤な顔をして、はにかみながら、人を惹きつけるあの笑顔でこう言った。



『お前も可愛いよ』



大抵の女性であればここで舞い上がったのだろうか。しかし私は違った。

『おヴぁああああああああああああああ』と心の中で叫んだ。待て、お前、可愛いよってなんだ。可愛いよってなんだ。

かにも、私はその瞬間まで気付いていなかった。男に慕情吐露する事がどういう事なのかを。人として心から愛していたから、それを告げたい。ただそれだけだった。無責任な事だったと今なら思う。

いや、私は付き合いたいとは思っていたのだ。だがそれが必然的に『女扱い』に繋がるという事に気付いていなかった。彼は私に化粧やお洒落を望むだろう。まだ若く健全な男として、『可愛い彼女』を会得する事を望むだろう。

私は絶望した。

私はこの男を愛してはいるが、彼の女にはなれない。自分の中で育ててきた固定観念が、私に盛大に牙を剥いた瞬間だった。

ようやく私は自身に深く根をはる『”女性性”への嫌悪』に気が付いた。



私と幼馴染はどうともならなかった。

幼馴染も馬鹿ではない。彼は『可愛い』という形容詞がおよそ私には合わない事にすぐ気付いた。



暫く友人以上恋人未満のような関係を続けたある日、彼は言った。

『やっぱ俺、お前を女としては見れない。』

私は返した。

『然もありなん。』



さて、ようやく氷山の全容を眺める事が出来るようになった私だったが、ぎちぎちに凝り固まった偏見を見つめ直し、途方に暮れた。どれだけ難儀な奴だと。

いっそ潔く『俺は男だ!』と思えたら楽だった。

いっそ『女は等しくクソだ!』と思えたら楽だったかもしれない。

だが私は男でないし、女はクソではないし、女友達普通にいたし、大好きだった。

『””』を使って『”女性性”への嫌悪』と書いたのは、この『”女性性”』が、『世間一般蔓延してはいるが真ではない、女性に関する漠然として、かつ悪意を孕んだ偏見』に過ぎぬ為だ。

ネット漫画で嫌という程に見る”醜い女像”など、現実人間関係では見た事がない。

強いて言えば母親ヒステリーぐらいだが、それもも母親を一個の人間として見られるようになってからは、『母は女だからそうなのだ』という訳でない事を知った。



全てが根拠なき偏見ゆえと気付けたのなら、何も気にせず、ただ己として人生を歩めるだろうと思っていた。

だが、最早これは理論ではなかった。『女』として社会に出る事を考える度、『女らしい』格好をする度、どこからともなく嫌悪と惨めたらしさが迫り上がった。

『女の格好をすれば、きっと皆私を”女”と見るに違いない。甘ったるい菓子を好み、ぺちゃくちゃと甲高い声で噂をし、感情的に泣き叫ぶ、あの生き物と同類に思うに違いない。──』

『あの生き物ってどの生き物だ。お前の女の友人に、そんな奴が一人でもいるか。あと誰もお前の事は気にしねえよこの自意識過剰野郎。』

絶え間ない反駁でどうにかその考えを埋葬しようとするが、気が緩むと、それは何度でも蘇っては私の前に立ちはだかった。

また、たちが悪いのは、偏見が純然たる嘘でもない事であった。

私が私の中に根付かせた偏見は、何も初めから私が生み出したものではない。

漫画文学ネット、口さがない噂。

母親の姿。

買い物に少々時間をかけて良いかと問いかけ『女の子ってほんと買い物好きだよね』と返された事。

転んで涙を滲ませた私に『女って何ですぐ泣くの?』と問い掛けたクラスメイト──。



世間”が私を『女』と見る。女として生きたくない。いやそれは偏見に過ぎない。お前は女の友人達侮辱するのか。だがこの先、私が囚われてきた偏見と何度直面する事になる?

いっそ男になりたい。いやそれは逃げで甘えだ。男達をも侮辱する考えだ。だが少なくとも、私が嫌悪してきた女性性を押し付けられる事はなくなるだろう?



一つ、確かな事がある。私に恋愛が出来る気はしない。

私は幼馴染を心より愛していたが、『女』として扱われるのは耐え難かった。いっそ最初から男であったなら、私は彼を友人として愛せていただろうか。

近頃、新たに気付いた事がある。寝台で、男に抱かれる女としての自覚を得た途端、私は完全に不能になる。



必ずしも恋愛がしたいわけではない。

ただ目の前の人々を愛し、尊重し、あとは流れるままに生きていければいいと思う。

反面、やはり人と愛し合ってみたいという願いも漠然と持ち続けている。



こうなりたくてなったのではない。だが後ろ向きでもない。

『女はこうだ』『男はこうだ』と括る前に、目の前の人間を、一個の人間として見る事、

己と違う、十余年、数十年の生を歩んできた人間を、ただ一人の、別個の人間として尊重する事を信条に、

取り敢えず前を向いて生きている。

anond:20180211094442

心が疲れてるのか?

 

大人になると、幸せ象徴みたいなものを見てツーっと涙がでることはあるな

お母さんが子供ぎゅってして二人ともにっこり笑顔!みたいなのとか

犬が飼い主さんのために何かしてる動画とか

2018-02-09

anond:20180209130933

え、まず初代ヒロイン杏子さんがデュエルしてたのがあんだけ長いアニメで数回なんですが、しか原作にないオリジナル

俺は男だけど小鳥好きだよ。

遊馬にとって小鳥は守りたい日常象徴だったし

嫌いな新聞

俺どちらかというと保守的な考えだから

自国無意味卑下するような新聞社は好きではないのだけど、

産経も嫌いなんだよなー

俺の持論では、

保守的思想を持っていれば、

自然反米(※テロ礼賛とかじゃないよ)になるはずなんだけど、

奴らはダブルスタンダードアメリカ尻尾を振る犬と化している

沖縄の件なんかまさにそれの象徴だわ

というか、保守反米の奴ってそもそもいるの?

俺の知ってる限り、支那朝鮮関連は盛大に叩いても、

アメリカには長いものには巻かれろ主義の奴らが多い気がする

そういうのに限って、政治以外の分野は凝り固まった保守思想のケースが多い

結局は戦前マスコミに踊らされて、

大本営信じてた奴らの上に、

敗戦アメリカが君臨してるだけの構図なんだよなー

原爆落とされて、建国200年程度の国に

天皇人間宣言とかさせられて

憤りとか感じないのかね

反省して謝罪し続けてる、サヨクメディアと同じぐらいの違和感を感じる

2018-02-08

研究室辛くて、でも同期はみんないなくなって誰にも相談できなくて、自分と同じような体験してる人を求めて

ネットにある教授との人間関係に苦労した話を調べて読んだりしてる

ブラック研究室とかの検索ワードに引っ掛かったやつ

そしたらうちの教授と同じ人格が沢山いてこわい

私は人生で初めてあったタイプ人間だけど

世の中には同じような破綻した人格の人がいっぱいいるんだなって思う

長年自分より権力がない人間ばっかりと交流し続けると、

上にたつ器のない人は同じような狂い方していくのだろうか

毎年人を鬱にするのも、自分権力象徴として気持ちよくなってくるんだろうな

まともな指導教官についてる人が羨ましい

自分絶対あん人間にはならないなりたくない

北朝鮮軍事パレードを見た日本人世界に対する挑発だ!」

富士総合火力演習を見た日本人平和象徴だ!」

ぼく、この国はもうだめなんだと思う……

2018-02-07

長生きが幸せ象徴みたいなのやめない?

増田に便乗するけど

長生き=幸せ が正であるという風潮やめないか

 

俺の今まで出会った80歳以上は現役率0%でみんな持病抱えるから毎日薬うちこんで走るポンコツ

自分で歩けないし自分のことさえ忘れた寝たきり痴呆症ばっかだぞ

彼らの見せる笑顔は、乾いた笑いと諦めに満ちている

正直な感想毎日が「しんどい

でも当然死ぬのは怖いか死にたいと思わない、思えない

 

中には家族暮らし日々楽しく生きている老人もいるだろう

だが彼らは老人の中でも「選ばれた人」だ

エリートでない君が、老人になってエリートになれる確証はどこにある?

悲観的な予測もっとするべきだ

孤独死は君にとって無関係ではなく、君の未来予測範囲内にある

 

何が悲しいって、彼らは「長生き=幸せ、正しい」と洗脳されきっているので、

死の準備もできないし、綺麗に逝くことも、自分から選択できない

今、若い君たちは全く実感がないと思うが長生きすれば老いという問題100%向き合う必要がでてくる

テレビ健康食品保険でいう「生涯現役」は詐欺師言葉

そんな奇跡自分に訪れるとは絶対に思わないように

それよりもジャンボ宝くじを当てることに集中してくれ

 

死を受け入れられない、受け入れる準備ができない洗脳は本人も不幸だし、周りも不幸になる

尊厳死が未だに認められない

現時点で超少子高齢化社会になるのが確定している日本だが未だに尊厳死が取り入れられる気配がない

癌になっても不治の病になっても寝たきりになっても認知症になっても

本人自ら死を選択できない、したいと思わせない世の中になっている

また、それを支持することも許されない社会になっている

これは全て医療関係者が作り出した社会であり日本の超高齢化社会日本医療が作り出した社会といっても過言ではない

もはや組織的な点から日本医療日本政府健全化を求めていくのは難しい

 

意識改革必要

我々市民潜在的欲求を持つべきだ

人間らしく死にたい

ごく当たり前の希望

正しい希望でもある

これを捻じ曲げてきたのが長生きこそが唯一の正解であるという洗脳教育

日本人はいい加減、長寿信仰社会に終止符を打つべである

幸福長生き」を求めることは悪ではない

しかチューブに繋がれた苦痛は悪だ

まずは長寿信仰をやめて、尊厳死を支持してほしい

かにさなくていい、心の中で十分だ

 

なぜ日本宗教がないのか、信仰が弱まっているのか

それは死を受け入れさせないようにするためにある

そういった政策をしてきたが、もはや過去のことだ

これから我々がしなければいけないのは信仰に頼らずいかにして死の準備をするか

その方法模索していく必要がある

 

anond:20180206144645

2018-02-05

アニメとか漫画現実象徴として見てる人とそうでない人がいる気が

物語あるあるネタとしてみる人とそうでない人がいると思う。そうでない人はどう見てるのかわからなけど。

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