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はてなキーワード: 里山とは

2022-06-25

薄いけど長時間かかって読んだ本。

『小さな里山をつくる チョウたちの庭』(今森光彦



概要

 写真家今森光彦氏が、段々畑のある里山土地を買ってアトリエを作り、雑木林などを大改造。様々な種類の樹木を植え、溜め池を堀り直し、花々の咲き乱れる庭を作った。大好きな蝶を沢山呼ぶためである。足掛け30年でつくり上げられた「チョウの庭」には75種類もの蝶が来るようになった。

 写真が多くルビも適宜振られている、分類としては児童書なのだが、大人が読んでも面白い本

増田感想

 私は庭いじりはあまり本腰入れてする方ではないが、必要に駆られてちょっとはするので、草木の手入れについて知っている事もあるけど、それでもこの本を読んで「へー初めて知った!」という事があった。草刈り必要性についてだ。

 年に数度の下草刈り必要という事までは知っていた。だが草を刈る事で特定の丈の高い草に土地を独占される事を防ぐ効果があり、それによって植物の種類が多様になり、するとその植物達を利用する昆虫達の種類もまた増える事になるというのは、私は知らなかった。つまり里山生物多様性は人の手によってつくられるのだ。

 昔、映画もののけ姫』の監督インタビューを『アニメージュ』か『もののけ姫を読み解く』で読んだ。そのインタビュー宮崎駿監督が、世の人々が「自然」だと思っている里山風景は人工的につくられたものだと言っていたと記憶している。

 人の手によってつくられた「自然」とは何か……その具体的な有様をこの『小さな里山をつくる』によって見せられた。人の手の入った里山の「自然」はありのまま自然よりも豊かなのだ。それは人間にとって有用という意味だけではなく、植物昆虫小動物など生物にとっても住みやす環境なのだ

 蝶は、それぞれごく限られた種の植物依存して生き、しかもその美しく奇妙な姿と優雅で愛らしい羽ばたきからよく人の目にとまる。そのため、ある土地暮らしたり立ち寄ったりする蝶の種類の数というのは、その土地生物多様性指標としてはもってこいなのかなと思った。

 30年もかけて土地に多様な種類の樹木や草花を植えてつくられた蝶の楽園楽園の維持には草刈りや木の間伐、野焼きなど、農業園芸を知らない人ならそんなにやって大丈夫なの? と心配になってしまうようなダイナミックな手入れが必要なのだ

 自然のまま草木の生えるままにしておけば強い草木けが生え、それに依存する少数の昆虫しかいなくなる。そしてやがてそこに生えていた木々老い共倒れにより滅びて、ただの荒れ果てた草原に戻る。

 人間による手入れは自然の中ではたまにしか起きない天変地異再現であり、しか計画のもとに行われる。本来だったら競り負けてしま草木を残し、土地養分日照権を独占する草木を打ち倒したり、勢力を抑えたりする。

 環境保護というトピックにおいてはつい人間存在不要の物として私は考えてしまいがちだったのだけれど、人間自然のよき管理者にもなれる可能性も持っているのだと知った。本書のメインの蝶の話から脱線しているけれど、私は本書を読みながらそんな事に思いを馳せた。

 裏を返せば、自然の中に住む様々な生物……こと植物……生態系ベースとなるので彼らの生き様というのは重要だ……にとっては、多様性共存共栄というものはあまり重要な事ではないのかもしれない。常に競い合い頂点を目指す、自分繁栄けが願いなのかもしれない。人の夢見る生物多様性というのは、不自然な事でしかないエゴなのだろうか。

 まあそんな面倒臭い思索は置いといて、庭がクリエイトされていく過程は読んでいてわくわくするし、里山風景草木や蝶をはじめとする昆虫写真は素敵だし、全75種類もの蝶がずらりと並んだページは壮観で興味深い。お、『鬼滅の刃』の胡蝶しのぶさん柄の蝶まで。アサギマダラという珍しく美しい蝶だ。

 それと、本書に度々登場するジャノメチョウ。私はこいつに嫌な思い出がある。だからまり出会いたくないのだが、本書で久しぶりに目にしてふと気づいた。昔はよく家の網戸に停まっていたのに、最近全然見かけない。本書によればジャノメチョウはススキ依存して生きる蝶であるらしいので、最近とんと見かけないのもむべなるかな。ススキの生えた場所なんて、市街地には全然ないもんなあ。

 読むのにだいぶ時間をかけたけれど、時間ほとんどは写真をじっくり眺める事に使った。

2022-06-17

anond:20220617205946

これをやらない企業時代遅れの仲間外れらしい。

森こそ二酸化炭素を持続可能に減らしてくれると想っているのだが、どうやら金にならんようだ。

そんなことよりも里山を切り崩して太陽光パネルを敷き詰めてるよ。

20年くらいでボロが出そう。

まぁ、それくらい先しか見てなくて持続可能って言ってる気がしなくもない。

2022-04-19

高級な唐揚げ屋に連れて行ってもらった

上司増田君、来年4月の第1週の金曜日、夜は空いてますか?」

増田「えっ、だいぶ先ですね。繁忙期も終わるし、大丈夫です」

上司「よかったです。この日にちょっとした会があるので空けておいてください」

という会話から半年弱。4/8の午後に、新幹線に乗って静岡県の某駅に向かった。

素直さだけをウリにしていて気働きが鈍い自分も、上司がああいう言い方をした時点で、それが「ちょっとした会」などではないことはわかった。

車中で交わした会話からすると、ごく内々の慰労で、お客さんは関係ないと。

ただ、「ちょっといい店」なんだよ、と。

店に行く自体目的だということ、自分には特にお役目がないんだということがわかった。

夕方5時過ぎに駅に着き、そこからタクシーに乗って20分ほど。

街中から離れ、周囲を夕日に縁取られれた稜線が取り囲むような里山の前で下ろされた。

看板が出ていない、綺麗に舗装されたゆるやかな歩道を上がっていくと、

簡素な門の向こうに、小さな庭園と池、RC造で軒のない平屋の建物が見えた。

玄関ドアに着いた呼び鈴を鳴らすと、和服仲居さんが出てきて中に通された。

割烹みたいな対面カウンターに先客がいて、それがウチの専務だった。

普段なら声もかけられないような関係の人が、「おお、上司君、増田君、お疲れさま」。

自分は小心者だから、さすがにちょっと、いや相当、テンションが上がった。

舞い上がってわけのわからない返事をしたかもしれない。

専務によると、ここは以前、地元企業経営者が所有していた別荘を店主が買い取って料理店に改装したのだという。

以前は都内で知る人ぞ知る店を構えていた店主が、一念発起して静岡拠点を移したんだと。

肝心の料理は、突き出しの後は、天ぷら屋みたいに色々な唐揚げを少しずつサーブするスタイルだった。

素材によって、唐揚げの衣の味付けが全く違う。

揚げ油も白絞油とごま油を使い分けていた。

大半は衣の時点で調味されてるので、天ぷらみたいに、塩をするとか天つゆを使って最後に味を付ける過程がない。

カウンター越しに出されたものを、そのまま食べる。

そのたびに口中に、脳内に、宇宙が広がる。

硬めの衣で包まれ、噛み締めた途端に口の中で爆発するプチトマト唐揚げ

ほんのり香るクミンが腸の苦味と絶妙に合う、ホタルイカ唐揚げ

から丁寧に外した1粒1粒の食感が楽しいトウモロコシ唐揚げ

青のりを散らした、目にも楽しい車海老唐揚げ

専務上司も、口に運ぶたびに少し静かになる。

神妙に味わってから、その料理の味についての話はせずに、また雑談に戻る。

これが彼らの、もしかたらこのお店の、作法なんだなと思った。

(帰りの新幹線では3人一緒で、2人はしみじみと一品一品の論評をした。

 自分も2人に比べたら幼稚な感想を申し上げた)

そして最後の「○○鶏の竜田揚げ」。

○○鶏は、70年代に大型化して復活した肉用名古屋コーチン原種に近い、どこにも品種登録されていない鶏だという。

唐揚げという言葉から想像するくどさとかジャンク感とは対極の、どこまでも澄んだ、静謐さすら感じる体験

地鶏らしい弾力と旨味が、薄く纏った米粉の衣の香りとともに鼻腔と味蕾を満たす。

このハイライトには、3人ともしばらく絶句してしまった。

最後は小丼の親子丼で締め。

これもまた途轍もない、自分親子丼に対するイメージを塗り替える代物だったけど、最後唐揚げの後ではどう評しても蛇足になってしまう。

とにかくすごい体験だった。2時間半が半日にも感じたぐらい。

客は我々を入れて4組。それでゆったりしたレイアウトの客席が満席

こんなご時世なのに、客の半分は外国人だった。

隣席の会話を聞くに、もう引退した有名政治家が、仲間を連れてお忍びで通ってきたりもするらしい。

自分は(接待では)超高級といわれる炉端焼屋も蕎麦屋寿司屋うなぎ屋も串焼き屋も行ったけど、

唐揚げというジャンルにも、そんな知られざる至高の高級店があるということを、初めて知った。

いろんな世界があるものだと思った。

この手の店ではよくあることだけど、予約は(普通のやり方では)取れない。

専務も他の客も、実際に店に行った時に、店主と話して次に「空いています」と伝えられた日程を

半年後でも1年後でもとりあえず押さえて、その日には仕事を入れない。

それを繰り返す。結果的に、客は常連さんか、常連が連れてきた一見客だけになる。

一度常連になった客達は、みんなこの予約のサイクルを切らしたくないから、

人数合わせで知人や部下を誘うことがあって、自分は今回たまたまそのお相伴に与れたのだ。

おそらく、自分がこの先の人生で、この店の会計を自腹で払えるようになることはないだろう。

でもめいっぱい出世すれば、専務が持っている予約枠を埋めるレギュラーになって、

年に1度ぐらいは通えるようになるかもしれない。

それか、あと5年ぐらいしたら、あの目眩のするような体験を思いっき通俗化・大衆化したような

「高級唐揚げ屋」が町場にたくさんできるのかもしれない。それはそれで楽しみだ。

2022-04-16

anond:20220416134801

そんな実態はない。むしろ、ソーラー売電で現金収入があると、森は手入れができるようになり里山がよみがえるまである

2022-03-30

独身中年男の居場所

あんま無い。

テニスランニングサークル若い男女の出会いの場か既婚者の集まりのどちらかになる。

バイク釣りカメラ自転車みたいに金を掛けることができる趣味は参加しやすい代わりにサークル内のヒエラルキーが酷い。

ボランティアも参加しやすいけどコロナで集まるタイプ活動が少なくなってしまった。

炊き出し里山管理は楽しかったけど今のところは少人数でやってるみたい。

いまのところはアームレスリングパワーリフティングの集まりに落ち着いた。

サークルとかじゃなくて市営のジム常連になって話ししてるうちに一緒にトレーニングするようになった。

ちょっとしたきっかけで自然消滅しそうな気がする。

基本的中年の男は結婚して仕事と家庭をバリバリやってる想定で世の中作られてるぽい。

2022-03-29

anond:20220328003510

しかに「里山/農村」と「地方郊外」の区別がついてない人多すぎるんだよな。

国道沿いのガチャガチャした場所で暮らすのと、1次産業に近い場所23区文化資本にたまにアクセスする、のQOLの違いたるやですよ。

2022-01-03

anond:20220103134300

薪ストーブ田舎では文化的地産地消エネルギーということでインテリ一定支持してる。

中東とかインドネシアから持ってくる灯油とかロシアから持ってくる天然ガスより良いと。

アサヒ記事にするのもそういう背景があるから

ただ各家庭がそれやると里山がはげ山になるから持続可能じゃないんだよな。

あと廃材は木材じゃなくて塗料や防腐剤がいろいろ添加されていたりするから排気ガス有害になりうる。

2021-11-20

anond:20211119172629

そらー山の奥、人の力の及ばない土地には、太古から自然と共に生きる神的なものがいて、開発しようとすると里山に進撃するからだよ。なぜそのように荒ぶるのか!

2021-11-07

江戸時代に松を植えたり昭和に檜・杉植えるのが良くてソーラーダメ理由わからん

里山の保水力なんて江戸時代からゴミなんだからソーラー設置しても問題なくね

2021-11-02

anond:20211026000426

浅すぎる。

平成狸合戦ぽんぽこ』は多摩の開発と自然破壊を題材にしているが、そこに描かれているテーマは「自然vs人間」ではない。

里山vs都会」だ。

なぜ狸が擬人化されているのか?

狸の反抗が左翼活動家集団のように描かれて、居座りやら内ゲバのようなものまで描写されるのはなぜか?

ラストに敗北した狸が「慰み」として作り上げた幻覚は、どうしてただの狸の生息する森や山ではなく、かつての暮らしをする人々のいる人里なのか?

狸たちは都会人としての生活に反抗し、里山的な生活を固持しようとする人間表象だ。

擬人化というよりは、擬狸化と言ってもいいくらいだ。

物語ラストで、敗北した狸たちは、人間に化けられるものは都会の暮らし余儀なくされ、人間ではない狸たちは社会から阻害されて死出の旅へと出る。

その表象現実と照らし合わせたときに、単に自然破壊はよくないという感想になるのだとしたら、あまりに貧しい。

この物語類型は、戦後日本において産業構造の変化に伴い、それまであった田舎といったものや、そこに住む人々たちが変化していかざるを得なくなったという話の仲間だ。

たとえば『フラガール』なんかは第3次産業に移行する時期の地方の村における人々を克明に描写している。

同じジブリでも、近い時期に製作された『耳をすませば』や『もののけ姫』は同じテーマベースにしている。

この時期というのは、宮崎駿漫画風の谷のナウシカ』の方向性を裏返してラストを書き上げた時期でもあるし、寄生獣岩明均が「環境問題への見方が連載当初と変わってきた」と述懐しつつあのラストを描いた時期でもある。

増田が考えるような純朴な「自然環境保護」の思想日本アニメ漫画で力を持っていたのは、藤子・F・不二雄が没するくらいまでだろう。

晩年大長編ドラえもんではかなり純朴な「自然環境保護思想描写される。

顕著なのが『雲の王国』や『アニマル惑星』などだ。

思うに、こうした「自然環境保護」の思想90年代前半にピークを迎えたあと、90年代後半には変質したのではなかろうか。

純朴なほうの「自然環境保護」は「道徳」と親和性が高いので、2000年代くらいまでは学校教育に根強く残っていたような肌感触がある(その後の教育がどのようであるかは寡聞にして知らない)。

この時期的なギャップから、この時代作品についての評価についてはかなり歪みが残っているように感じられる。

2000年代以降は複雑化し単純に善悪で語れなくなった「自然環境保護思想はあまりフィクションで求められることがなくなったというのもあり、当時鑑賞していた人間もこの認識無自覚のまま、見方更新できていないのだろうと思われる。

もし現在の視座から再び『平成狸合戦ぽんぽこ』をみるとしたら、空疎に都会化する郊外についてとか、ゴーストタウン化する商店街とか、高齢化した多摩ニュータウンに残る空き家とか、多摩で育った子供大人になってどこに行ったのかとか、そういったことに思いを馳せることになるだろう。

しかしやはり作品のメインとしては、活動をする集団人間くさい失敗あるあるをみて笑い泣くエンタメという楽しみ方になるだろう。

多摩自然が素晴らしい」という感想はその次に、絵としての美しい描写として出てくるものになるだろう。

そして、「自然を守らなければならない」というのは、この映画テーマとしてではなく、描かれた美しい自然に感動した観客が、自身良心でもって結論づける感想としてしか出てこないだろう。

2021-09-19

anond:20210919121434

メンマを作るにはまず里山を購入して

竹林を作るところから

250万もあれば山は買えると思う

2021-09-14

トキタガメメダカ絶滅危惧種っていうけど

そもそも人間が稲作したり里山つくったりしたか繁栄できた種なわけで、

まり人工的な不自然繁栄だったんだから

そんな奴らなんて保護しなくてよくない?

2021-07-07

anond:20210707123228

そのとーり。江戸時代里山資源採取圧が強くて多くがはげ山だったはず。

から入会権とかが整備されて過剰伐採を防ごうとしていた。

コモンズは存亡の危機になるとルールが整備される。

2021-06-08

インターネットはもう町田の超絶雑語りをやるのをやめろ

以下雑語りです

https://bunshun.jp/articles/-/45917

市民として悲憤慷慨を隠し得ない

駅周り30分ぐらい適当に歩いてあとはWikipediaの雑引用、かの文春の記者がやることですか?

だいたい駅の話から市の話に自動的にすり替わってるのおかしいだろ お前がやってること、山手線の内側を"ナゾ激坂地域"とか書いて結局目黒駅周辺の話しかしないのと一緒 わかる?

それに自由民権運動の話するならちゃん自由民権資料館に行って話聞いて来いよ

自由民権資料館 鶴川駅から徒歩25分。民権運動テーマにした資料館はここと高知県自由民権記念館だけ。和風な造りの本館は、民権志士が残した武芸道場保護改装したものだ。

文章を順を追って殴りますが、まずね、境川の話が「都県境」で終わるのがもったいなさすぎるんですが…

後々神奈川ネタ出すなら、かつて武蔵国相模国国境線境川だったってところまでやるべきやろ

あとは

・河口に日本一有名な陸繋島江の島がある

(・中世では現多摩市との境界が武相国境であるような認識があったが、太閤検地の際に完璧河川国境線になった)

(・検地以前は境でなかったので高座川と呼ばれていた)

までの情報があった方が良かった

ラブホ街があるのは昔赤線だったから(市民内では割と有名)

小田急線はもともと南町田長津田付近を通る予定だったが、地主がゴネて町田を通った

・「デッキを抜けたら地下」な小田急町田の独特の駅構造は周辺の地形に関係している 境川の流域が狭く、川に沿って坂線がある

・"ただ絹の道があったから"発展したと思うな あれは浜街道(八王子横浜をつなぐ道)沿道でありながら鎌倉街道沿道なので、東京湾に進む人の流れと相模湾埼玉から来た人の流れが激突することになり、一躍巨大市場になったんだ 相模湾で捕れた魚を乾かしながら町田まで歩いた商人もいて、駅前乾物屋が多いことのルーツはここにあるらしい(富沢商店ももともと乾物屋)

・絹の道の由来について語るなら、"ただの道を絹の道にした"鑓水商人の話も欲しいし、どうでもいいですが町田市には槍溝(やりみぞ)という希少苗字が残っています

あと民権運動や水源問題町田神奈川になった理由本質じゃないだろ

多摩郡であったことだろ!!!!!!!!!

町田市は他の多摩地域と決定的に違う地域的特徴があります

多摩川荒川流域じゃあないんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

町田市以北の多摩地域のほぼ全域は多摩川流域(八王子青梅三鷹等)か荒川流域(東村山清瀬武蔵野等)に属します ところが町田市が擁する水系境川鶴見川の2系で、多摩川水系河川ほとんど通っていません おかしいだろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!流域ごとに郡や地域を区切るなら町田横浜市や相模原市の一部になって然るべきだろ

多摩川欲しさに東京府三多摩合併したのは事実ですが、併合してもなんもいいことない現町田市の地域1町4村まで神奈川県を追い出されたのは"多摩郡に属していたから"ですよ

なんで多摩郡になった理由をつつかないんですか?カス

町田神奈川扱いされるようになったプロセス

①なんか現町田市のあたりが多摩郡になってしまった

武蔵国である横浜川崎両市がなんか都心と分離され、神奈川県の枢軸になってしまった

③なんか多摩郡東京都移管された

インターネットは③を一生擦ってるってことにはよ気付け

解説

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12203290882 ヤバイなこの回答者、郡史ガチ勢?これを見るに武蔵府中との結びつきって相当強かったんだな でも鶴川以東には国府権力が及ばなかったのもなんか不思議

https://togetter.com/li/1285652https://www.customs.go.jp/yokohama/history/hatten.pdf 神奈川県の成立理由マジでちゃごちゃしていて最悪だが、"なんかメッチャ白人(しろんちゅ)がいる嫌な場所"と"俺らの住まい"とをひっぺがしたかったという趣旨

町田揶揄される地位にあるのも一種奇跡だよ

中世のころ、武蔵府中から丘陵の壁を超えて「多摩」の使命を言いつけられたことに始まり→時は流れて近代、なんか横須賀にゲェジンが来たせいで江戸っぽくないところを別県にせざるを得なくなり→水源問題都心神奈川が大モメかまし挙句過激派活動家が大暴れして「多摩(笑)」一帯が神奈川県を追い出された

絶対必然なんかじゃない

もし武蔵国府が調布のあたりにできて鎌倉街道が東にずれていたら、もしペリー江の島に来航していたら、町田はこんな「仲間外れの市」にはならず、"茅崎県"県央の凡庸自治体になっていたかもしれないし、はたまた鶴見市や都筑市という巨大な自治体包摂されていたかもしれないのだ

そしてその世界線でも、ろくでもないライターが「"ナゾの途中駅"本町田駅」とか書いちゃうだろうが、 でもその記事はここの日本ほど多くのpvを稼がず、トレンドにも載らずひっそりと埋もれていくんじゃなかろうか

から答えるよ

「どうして町田東京都なのか」

未だに何もわからない

俺たちは雰囲気町田語りをやっている

市民は「町田神奈川ネタにマジになってるわけじゃないよ

飽きたんだよ

お前らが同じ話ばっかりして肝心な要点を見過ごしてるから不快なんだって

それにステレオタイプ地域を語るのは地域差別となんも変わらんだろ

(前に町田関連のネタツイを自称リベラル共感RTされたことがあったけどすごい嫌だった いかなる差別にも屈しないなら町田東京都って言えよ、民主政治が大好きなら民権運動によって東京都移管された街に最大限の敬意を払ってくれよと思った)

本当に町田が好きなんだったら、インターネット雑語りをやめて、今日から町田ちゃんと向き合え

ネタ町田神奈川扱いするならテコンダー朴みたいに歴史的経緯を全部踏まえてやれ 憶測物事を語るな

あと神奈川県に接する駅といえば町田駅だけじゃなくてつくし野駅鶴川駅もそうです

にしてもこのブロガァーみてぇーなライタァーは駅前で何を見たんだ?日本初の車いすバスを見たか町田街道の向こうに佇む広大な谷戸(注)を見たか谷底美術館収蔵品を調べたか?ジョルナエレベーターボタンを押したのか?何もしてない

これをポジティブにとらえると、読者にもっと町田の魅力を探させる余地を与えてくれたってことになる

からどうか、ここから先はスマホの前のみんなに、町田駅や"町田市"を回ってほしい

限界逆張り地理オタク御用達・源流と坂と県境テーマパークとして、町田市は今でも多くの廃人を寄せ付けている

町田市は本当にすごい 今や小平にも及ぶブルーベリーの産地だし、南町田にはケンタッキー食べ放題店舗があるし、堂之坂公苑は誰も来ないのに水琴窟があるし、玉学には赤瀬川原平の家も残ってるし、白洲次郎の別荘で食べるオムライスマジでうまいし、つくし野の急坂はどこまでも続くし、小野路宿里山交流館は江戸末期の旅館改装した建物から木造で落ち着くし、野津田の山はクソでかいし、相原にはおいしい卵屋(カトウファーム)とアイス屋(東京みるく工房ピュア)があるし、本町田には北条時行の戦った合戦場があるし、リス園の近くに井の頭公園みたいなでかい池があって夏になると隣のちっこい池でメッチャ蓮咲くし、多摩境には都内唯一のストーンサークルがあるし、大泉寺は谷戸の底にすっぽり収まった寺で春になると桜が参道に咲いてめちゃ綺麗だし、恩田川の桜はもっと綺麗で目黒川より混んでないからいい写真撮り放題だし、木曽町地名の由来は一般通過木曽義仲

とにかく春先にあの戸場谷戸尾根の上から見渡した時の、菜の花畑や一本立ちの桜や小さな白いトラック、別の尾根が続いている光景言葉を失うものがあったから、一緒に行こう。

お前は町田を待ってないかもしれないけど、町田はお前をいつまでも待ってるから







あとがき

https://twitter.com/pededeck/status/1246422466135617537 ←これはインターネットで見つけたわかり手

注:谷戸は谷の一種。底が平たい。上から見るとUの字になっている。海進によって土砂が堆積し、このような平底になったようだ。あきる野の横沢入や稲城上谷戸は有名。

追記 こんなにたくさんの人々のブクマと注目を集めることができて光栄です。卒論町田のことで書こうと思っていたので、励みになりました。町田地方研究会のおじちゃんたちに比べたら、自分町田について本当にニワカで、話せることも少ないけれど、精進しようと思います

2021-04-26

ペットショップを否定するゴミクズガイジ

ペットショップ店員です。

ごくたまに「ガラス張りに動物をいれて売るなんて可哀想」なんて言葉を店内で聞きます

でもそんな戯言をおっしゃるお客様のカゴにはビーフジャーキーが入ってるんですよね。

まぁ家畜ペットは違うんでしょうが

ペットショップはきちんと生体に配慮して販売しております

昔ながらのガラスケースとサークル展示ではありますが、大きさにも余裕があり、個体によってどちらがより安心して過ごせるか見極めて展示したり、場合によっては裏で遊ばせたりしています

また仕入れも少数で絶対に売り切れる事を大前提に、またきちんと世話ができる範囲での頭数管理を徹底しています

新しい飼い主さんには所謂審査というのも設けています

本当は資産とか年収とか家族構成とかも聞きたいんですけどね。一度それをやったらプライバシー云々で訴えられかけたのでやめました。その代わりたくさん書類を書いてもらって、その場でペット保険に入ってもらったり、初飼育の方にはマナー教室などに入ってもらったりもしてました。(現在はこれもうるさくなったのでわざと膨大にした書類のみですが)

長々書きましたが、これらは単純に売れ残り病気、返品や遺棄などなどのリスクヘッジから考えれば当たり前で、普通ペットショップならどこでもやってることだと思います

そう言えば一昔前に繁殖目的多頭飼育崩壊話題になり、そのことでペットショップ忌避されることがありました。

ペット文化のものイメージダウンしてペットショップに矛先が行くのはまぁ理解できます

でもアレってペットショップじゃなくてブリーダー問題なんですよね。

そしてそもそも真っ当なペットショップはそんなアホみたいなブリーダーから仕入れません。だって遺伝子異常や病気心配がありますから。安く仕入れてもコストに見合わない。

けど何故か批判されるのはペットショップでした。(劣悪なペットショップ自分規制されてこてんぱんに叩かれるべきだと思いますよ)

よく欧米を引き合いに出して「日本ペットショップ文化おかしい」という人もいらっしゃいます

かに欧米ではペットは届け出が義務付けられたり、免許制だったりもしますね。条例が厳しいところもあるでしょう。

しかしあのドイツですら当初は動物愛護が行き過ぎた結果、数字保健所での殺処分頭数が減っても今度は街が野良犬だらけだった過去があります

ブリーダーが突然免許制になったせいで近親交配が増えて病気の犬まみれになったのはどこの国だったかな。

ペット好きって言いながらこの手の美談をする人は結果だけが好きなんですかね。

ペットショップお仕事をしていると保健所の方とのお付き合いも多いです。

フードを卸すついでに毎度中を覗く度にうちで売れた子はいいかとヒヤヒヤしながら見ています。(幸いお取引先では一度もありませんでした)

よく「譲渡会優先、ペットショップから買うのはやめよう」みたいな話も聞きます

そのこと自体否定しません。ペットが増えれば結果的ペットショップは儲かりますから

けれど譲渡会に来てる子が全部優良なペットショップから来ているわけでないのに、いつも劣悪なペットショップやクソ飼い主の汚名を被らされるのは不服です。

ペットショップで買える犬と譲渡会で出会える犬に違いはありません。

簡単ペットを買える環境を安いコスト提供するペットショップブリーダーが悪いのですが、極一部の人ペットショップ全て悪だと肉食のくせに言うんですね。

生体販売と食肉の違いってなんなんでしょう。

可哀想ってなんなんですかね。

私がペットショップにいる理由は一つ。儲かるからです。

犬も猫ももちろん可愛いと思いますが、商売道具しかありません。

商売道具からこそ大事に預かって、真っ当なお客さんに売るのです。

ここ最近コロナの影響でご来店される方が増えました。

動物園代わりにくる人がいるのもクソ迷惑ですが、ブームから簡単に買えると思われるのも迷惑ですね。

ペットという、人間が多種族動物の命を制限下における文化が出来上がってしまった以上、それを正しく維持せねばなりません。

「そんな文化いらない」とおっしゃる方もいるでしょうけど、里山と一緒で一度手が入ったものを「じゃあ」と手放してすぐ無くなる文化でもなければ、シンプルに終幕するものでもありません。

それをしようとして失敗したのが一昔前の諸外国ですから。終わるにしても一気には終わらないものです。

ペットショップ運営していると、やはり愛護団体からのあれこれも尽きないものです。

大抵は寄付をすれば黙るのでこの手の団体はもう信用していませんけどね。この人達はきっと可哀想動物しか見ていないのでしょう。

うちから出ていった子はみんな幸せだと自信を持って言えますが、生体販売をしているというだけで全て可哀想動物だそうですよ。

元々ブリーダー商売下手だからペットショップができたのにね。

ブリーダーの元で用途変更になるのと、きちんと真っ当なお店で新しい家族出会えるのなら、私が犬なら後者です。

さて、長々と吐き出しましたが。

ペットってなんなんでしょうかね。

喋らない、意思の疎通ができない、ただ可愛いだけの生き物を可愛がるという文化について考えてきた人生です。

でもきっと、だから良いんでしょうね。

どれだけクソな愛護団体にぶち当たろうとも、どれだけ生まれたての子犬より聞き分けのないクソ子連れにぶち当たろうとも、ペットは可愛くて金になりますから

やはりペットは良いものです

2021-03-01

anond:20210301073021

先週までやってたヒーリングっどプリキュア舞台「すこやか市」は

緑豊かな里山に囲まれ人口5万人くらいの地方都市だった

田舎基準は人それぞれだから元増田にはあれが都会に見えていたのかな

2021-02-26

アウトドア趣味でも東京に住むのが良い

俺は大阪住みのツーリング趣味な人だけど都会で遊びたい人でなくて、アウトドア趣味なひとでも東京で暮らすのがいいと思う

大阪のまわりは山は多いけど「自然」って感じじゃない。「里山」というのが正しいと思う。

京都奈良和歌山の山の中は秘境過ぎて気軽に行けない。

兵庫以西も「山陰」と書くほどの山ばかりで行って楽しいものではない。

多分関西楽しいのは瀬戸内海沿いか琵琶湖湖畔。日本海側とか水辺しかないと思う。

間伐する金がないのにソーラーパネル置くなって意味わからん

太陽光発電森林伐採自然災害気にしてる人に聞きたいんだけど、

間伐しないせいで林道の各所で小規模の土砂崩れがおきまくってる事実はいいの?

ニュースにならない土砂崩れなんて里山の沢にいくらでもあるよ?

昭和時代の禿山のほうがよっぽど土砂崩れはなかった。

太陽光発電土砂崩れは結局、都会の人間が頭の中で考えてる田舎自然を守れってことなんだろうか。

2021-02-21

山に太陽光パネル敷くのと間伐せずに放置するのとどっちがマシか

正直太陽光パネルのほうがマシだと思うよ。

今すでに間伐してないとこは谷が崩れて荒れ放題な一方、

ハゲ山維持してる里山集落土砂崩れとかしてませんよね。

それに江戸時代ハゲ山&田畑ばっかりだったんで。

ましてやパネル置くようなところは防水シート敷いたり林道作って段々にしてるんでしょ。

そっちのほうがずっと災害には強そう。

間伐すらできない田舎太陽光パネル敷き詰めてくれよ。

ついでに余った電気水素とか作ってさ、FCVの一大拠点にしてくれ。

2020-08-19

里山ソーラーパネル文句を言ってる人は田舎は都会の俺らを喜ばせる喜び組になれって意味

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