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2018-10-18

セフレへの片想いをやめた

10月18日。1年以上好きだった人を諦めた。諦めると言えば大そうに聞こえるが、1ミリ希望もない恋だった。

好きでいることをやめる。この1年と4か月、どれだけ冷たい態度をとられても、数少ない友人たちに口をそろえて諭されても、検討すらしなかった選択肢今日自分で選んだ。

好きな人がいた。顔を見た瞬間一目ぼれだった。誰が見てもわかるくらいに整っていた。バンドが好きないまどきの若者だった。

特別可愛いわけでもスタイルいいわけでもない私は、ものの数日で目も当てられないくらい夢中になってあっという間にフラれた。好意プライドもズタボロになって、しばらくは抜け殻みたいだった。一人でいたくなくて、マッチングアプリで知り合った男の子と頻繁に会っていた。彼は、その中の一人だった。

好きだった人と同じ髪型だったかLIKEして、マッチして、しょうもないやりとりをして、初めて会ったとき「ああハズレだな」と思った。タイプじゃなかった。背丈は私と同じくらいで、髪は写真よりもずっと短かった。

「どこか行きますか?」と聞いてもめんどくさそうな声で「どうしましょうね」と返ってきた。待ち合わせ場所でしばらくグズグズしていたけれど、ようやく入ったファミレスで彼はずっと携帯を触っていた。気を遣って話しかけるとようやく液晶から顔を上げる。眠そうな目がこちらを向くのも少し怖かった。

私が「ハズレ」だと思ったように、彼も私を「ハズレ」だと判断したのだろう、と自分を納得させた。ドリンクバーデザートのみの会計は彼が払ってくれたけれど、それくらい自分で払いたかった。

いざ帰るとなったとき、彼は駅のホームまで送ってくれた。自分が乗る反対方面の電車が行ってしまっても、私が乗る電車が来るまで隣で待っていた。乗り込んだ電車が発車するまで見送り、すぐに「気を付けておかえり、また会おうね」とLINEをくれた。

これは「ハズレ」だとは思われていない?しばらく様子を伺いながら連絡を続けたけれど、彼のLINEは会う前と変わらず好意的で、なんなら会う前よりも少しくだけたように思えた。

「変わった人だなあ」が第一印象だった。

その後は以前よりも親しげに、日常的なこともLINEで話すようになった。なんとなくレスしていただけだったけれど、次に会うのが少し楽しみになった。

2回目に会ったときにはもう夏も間近で、2人でかき氷を食べた。くすりとも笑わずに、淡々と話をする彼は、言葉選びから仕草視線の移し方に至るまで私のこれまで知る男の子とは違っていて面白かった。彼は、一通り二股にはげむ友人のクズエピソードを話し終えたあと、最後に残った餡子に向かって「もう1つくらい白玉入ってると思ったのに…」と小さく悪態をついていた。

それからは急速に仲良くなっていったように思う。そう思いたい私の記憶いかもしれないが、7月に入るころには、無愛想な受け答えやつまらなそうな振る舞いに悪気はなく、それが彼の癖のようなものだとわかるようになっていた。「今日はどうしようか」と聞けば相変わらず「どうしようね、決めて」とめんどくさそうな返事が戻って来たけれど、「いつも私が決めるんだけど?」と軽口を返すことができた。彼に興味があった。見ていて飽きなかった。別れ際はいももう少し一緒にいたかった。でもその感情好奇心とよく似ていて、私はまだ自分の恋心が動きつつあることに気づかなかった。

ホテル映画見ようよ」と誘ったのは私だった。彼は一度断ったけれど、不機嫌な私の態度を見てか、「いいよ、行こう」と言い直した。何度も「たぶん俺すぐ寝るよ」と言っていたのに無視をした。私が選んだ映画再生して、眠そうな彼を何度か起こして、エンドロール流れるころには深夜2時を回っていた。彼は髪を撫でたり、頬を触ることはあってもそれ以上のことはしなかった。「ここまできてキスしないんだね」とけしかけたのも私だった。彼は「そういうこと言わなくていいから」と言った。私たちは付き合う前にセックスをした。

それ以降、泊まりが増えた。元々向こうのバイト終わりに会うことが多かったから、時間を気にしなくていいのは嬉しかった。お金に多少ルーズな彼と会うために、ホテル代は私が多めに出すことが多かった。

このころには、「彼のことを好きになれそうだ」と思い始めていた。まだ失恋を引きずっていたし、次に依存できる恋愛を見つけたかっただけかもしれない。

それでも男女の関係にありながら、普通に「この間会った男の子がね、」なんて彼に話していたし、彼はそれを興味なさそうに聞いていた。

彼はたまに、らしくない、思わせぶりなことを言った。「他の男の人の話されるの好きじゃない」と言ってみたり、「俺のあとに他の人に会いに行くって俺は気分良くないよ」と言ってみたり。失恋自尊心を損なった私にはそれがとても気持ち良かった。ある土曜日、私は他の男の子との約束をやめて彼とホテルに泊まった。彼と会う前に少し嫌なことがあって、本当に本当に馬鹿だと思うけれど、抗不安薬オーバードーズした。視界がぐらぐら揺れて、手足がしびれるような感覚がしていた。彼は私の腰を抱いて「馬鹿じゃないの」と叱ってくれた。嬉しかった。どうしようもない女だと思う。そこから記憶は途切れて、次のシーンはホテルのベッド。「他の男のところに行かせなくてよかった」そう言われて抱きしめられて、私はいとも簡単に恋に落ちた。あるいは、いとも簡単に落ちていた恋に気づいてしまった。

そこからはまた、一瞬だった。失恋を忘れたい、新たな恋愛依存したいという気持ちが、このしょうもない恋愛アクセルをかけた。踏み込んだら思った以上に加速した。告白をしたらもう止まれなかった。

「フるわけじゃないけど、今は付き合えない」

保留にされて、少し冷静になって、「あれ、ブレーキのかけ方知らないや」って気が付いたときにはもう遅かった。7月中旬には、彼を好きでいることが私のアイデンティティになっていた。どうして付き合ってくれないの?「もう好きに寄ってるよ」って言ってくれたのは嘘だったの?告白を保留にされていた期間は不安心臓が千切れそうだった。幼稚な私はそれをそのまま彼に伝えて、彼は「わかるよ」とだけ言って肝心なことはいつもはぐらかした。それでも、どれだけ不安でも寂しくても辛くても悲しくても、このころが人生で一番幸せだった。

はいつまで経っても告白の返事をくれなかった。

告白からひと月がすぎ、彼の返信は少しずつ遅くなっていった。「会いたい」といえば「忙しい」と言われた。

「好きでいることは迷惑ですか?」と聞いたことがある。彼は「これまたクズって言われると思うんだけど」と前置きをして、「好きでいてほしい」と言った。

8月14日お盆休みの4日目。ようやく彼と約束を取り付けた。朝10から連絡を取って、会えたのは18時。喫茶店他愛もない話をしながらお茶をして20時には彼は駅のホームまで私を送って行った。「まだ一緒にいたい」というと「もう充分でしょ」と笑い、「充分に見える?」というと「俺はもう充分だから帰るよ」と返された。

ホテル行こうよ」と誘ったのは私だった。彼は初めて誘ったあのときよりもずっとめんどくさそうな顔をして嫌だと言った。「これが最後から」と腕を引っ張ると、「だったらお茶してまた会えた方がいいんだけど」と小さく言っていたけれど、すぐ「ホテル代タダならいいよ」と言い直した。ホテルを出た帰り道、彼は駅の階段の前で「じゃあ元気で」と言い、私の顔を見ると「また泣くじゃん、泣く前に帰ってね」と冷たく言い放って手を振った。ひとりホームまで歩いて電車に乗り、方面を間違えたことに気づいたら我慢できずに泣けてきた。

それでもこの頃の私は、この恋がこれまでしてきた恋と何一つ変わらないと思っていたし、こんな気持ちもまたひと月すれば忘れられると思っていた。

すぐに彼氏ができた。すごく優しい人だった。私に好きな人がいることも知ったうえで、「僕のことを好きにさせます」と言ってくれた。一緒にいれば楽しかったし、だんだん惹かれ

ていったのは確かだった。

でもデートをして、車で送ってもらい、別れ際にキスをして部屋に戻ると見るのは好きな人SNSで、ただでさえ不安定気味な私の情緒さらに揺れて、そう長くは続かなかった。

「好きだけどもう疲れた」と言われたとき、「やっぱり私には好きな人しかいないんだ」なんて馬鹿たことを思った。

そこからまたひと月、ふた月と過ぎて、気持ちは一向に変わらず。最後だと言っておきながら彼に連絡をしては、無視をされたり冷たい言葉で返されるような日々が続いた。毎日毎日彼のことだけを考えた。いつしか私の生活は会うこともできない一人の男の子のためにあると思うようになった。SNSを盗み見るのが習慣になり、彼の友人に彼の写真をもらったり、彼の好きなものを調べては行きそうな場所待ち伏せをした。

彼が手に入るなら何もいらなかったし、彼が手に入らないのなら生きている意味がなかった。それでも私が明日を生きるのは、明日返信が来るかもしれないから。数年先の未来には、彼の隣で私が笑っているかもしれないから。

彼は最後の日から今日にいたるまで、2回だけ、気まぐれに私に会ってくれた。

2月17日、たった1時間ちょっと時間だったけれど、本当にこれまで頑張って生きていてよかったと思った。渡したバレンタインチョコにお返しはなかったけれど、おいしいと言ってくれただけで嬉しかった。

2回目は、そこからまた4ヶ月。1年前、まだ仲が良かったころにも遊んだ6月17日。二人でウィンドウショッピングをした。人がごった返す渋谷駅で、私には彼だけが輝いて見えていた。彼は優しかった。面倒なセフレに対する態度ではなく、親しくない友人にするように。どんどん距離は離れて、それでも私は何も変わらず彼が好きだった。

10月16日。彼のSNSひとつに鍵がついた。もうひとつSNSでは落ち込んでいるような旨の投稿をしていた。彼の友人から、私との出会いきっかけでもあるマッチングアプリを消したときいた。「真面目に生きる」のだそうだ。彼女ができたのだと思った。ついに恐れていた日が来てしまったと思った。

息がすえなくて抗不安薬をたくさん飲んだ。「もう薬たくさん飲んだりしちゃだめだよ」ってあの日優しく言ってくれた彼がちらついてあるだけ飲んだ。気絶するみたいに眠りについて、気がついたら15時間が経っていた。彼女かあ。彼女いいなあ。可愛い子なんだろうな。こんな惨めな女がいることなんて知りもせず、当たり前のように彼と手を繋ぎキスをして、セックスをするんだろうな。

悲しくて悲しくて、だけど好きな気持ちは変わらなかった。好きで好きで好きで好きで、笑った顔を思い出しては、彼がその彼女と楽しそうに過ごしているといいと思ったり、すぐに別れてほしいと思ったり、どうか幸せになってほしいと思ったり、殺してやると思ったりしていた。

これから私は彼女持ちの男に不毛な恋をしていくんだなあ、とぼんやり思っていた。

ただそんなことを考えながら泣いているだけで、丸1日が経った。

彼のSNSには相変わらず鍵がついていたけれど、祝福のコメントひとつでも読んでやろうと彼あてのメッセージ検索した。涙も枯れて、何を見ようとこれ以上悲しいことなんてないと思った。でもこれが、彼を諦めるきっかけになった。

好きな人には、彼女はできていなかった。

「両想いだと思っていた女性から連絡が来ず、傷心している」といった内容のことを彼の友人が茶化して書いていた。投稿に添付された写真には、大好きな彼が写っていた。やっぱり世界中の誰よりもかっこいいと思った。でも私の知らない横顔だった。私の好きな彼じゃなかった。

喉の奥がきゅっと詰まるような感覚がした。虚しくて、寂しくて、吐き気がして何度もえずいて、信じられないような気持ちで見返しても写真は変わらず切なげな表情の私の知らない好きな人だった。

好きな人が、私を好きにならないことにはとっくに諦めがついていた。でも私以外の誰かを好きになる好きな人は見たくなかった。私がどうやっても手に入らない彼の好意が、無下にされていることも虚しかった。私は誰かを好きだと思う彼を知らない。彼の事を知らない。これまで散々私と恋愛をする彼の妄想も私に愛をささやく彼の夢も見てきたけれど、現実の「恋をする彼」は、あまりに遠くて、遠くて、遠くて。もう潮時だと思った。大好きだけどもう好きでいてはいけないのだとようやく気が付いた。

彼の写真を消した。何度も見返したLINEも消した。

SNSももう見ないと決めて、一番そばにいてくれた友人と姉に「諦める」と連絡をした。

私の人生で一番大きな恋が終わった。はたから見れば遊ばれたメンヘラ女の、惨めで愚かなよくある話だと思う。

今はどうしたらいいのかわからない。たった1年と数か月でも、もう彼は私の生活だった。彼に出会う前に何を思い何を考えて生きていたのかわからない。死にたくはない。

やめた方がいいのだとたくさんの人に言われたし、諦めたと言えば「頑張ったね」「よかったね」と大切な人が喜んでくれた。これは進歩なのだと思う。本当にできるのかもわからないけれど、彼を忘れることは喜ばしいことなのだ。私が彼を好きでいることは誰にとっても悪いことのようだったから。でも今はまだそれが悲しい。こうして、何度も思い返すうちにすりきれてしまったような曖昧な昔の記憶を引っ張り出しては誰にも言えない心情とともに匿名日記にするくらいには悲しい。

本当に本当のことを言えば、これは備忘録だ。忘れることを強いられた私の最後の逃げ道だ。たとえ叶わなくても、私は君にずっと好きでいさせてほしかった。毎日がすごく苦しくて悲しくて幸せだった。君は迷惑だったかな。好きになってごめんなさい。ずっと好きでいてごめんなさい。気まぐれに言っただけの「好きでいてほしい」を一年以上も信じてごめんね。君は優しくてかっこよくて面白くて愛おしい、最高の男の子から絶対絶対絶対幸せになってね。

2018-10-13

はいじめられっ子だったし、あまりモテなかった。でも好意を持ってくれるような子もいないでもなかったが、中高生の頃は美少女以外は眼中になかったので受け入れられなかった。

そんなこんなで拗らせてしまって、浪人して大学に入り、ファッションには全く興味なく小汚い格好でバンド活動に没頭していた。今考えると服を新調することなく同じものをずっと使っていたので、ファッションどうこうの前にたぶん臭かったんじゃないかと思う。そりゃあモテない。

そんな俺だったが、帰省中実家電話が鳴り、全然絡んだ記憶のない高校同級生からだった。何の用だったか忘れたが、呼び出されたのでそこに行くと、違う子がいた。

中学生の時から知っている子で、昔話や近況の話をした。

お互いの現住所は近くはなかったが都内で会えそうだったので次は都内で会う約束をした。

あっという間に付き合うことになって、何度か会った。

親も知っている子だったので、初めての彼女に浮かれて報告すると、すぐに別れるように言われた。別れなければ学費も出さないと脅された。

俺は知らなかったが彼女父親前科者だったのだ。

しかったが、付き合ってすぐの彼女と、自分の将来と天秤にかければ重い方は決まっている。

彼女電話で別れを告げた。理由は言えないけれどもう会えないということで押し通した。「何で泣いてるの」と聞かれたが「泣いていない」と言って電話を切り、着信拒否した。めちゃくちゃ泣いたけれど、かわいそうなのは彼女の方だ。

短期しか付き合えなかった初めての彼女。初めてできた大事な人に最低な酷いことをした。

もうすっかりおっさんになり、妻も子供もいるが彼女のことは忘れられない。あのまましばらく付き合っていたとしても、いずれ別れた可能性が高いような気もするが、いろんなことがあまりに印象深いし、終わり方があまり残酷なことをしてしまったのでいつも心に引っかかっている。

男は引きずるけど女は引きずらないとよく言うから彼女にとっては数多くの付き合った男たちの中の一つにすぎないのだろうか。

しろそうあってほしいのだけれど、とにかく幸せになってくれていてほしいと思う。

しかし、後悔があるのかと言われれば、正直言って、ない。

の子供達が同じ状況になったら、俺も全力で別れさせるだろう。このシュリンクする日本で減り続ける中間層にしがみつくのがどれほど大変か。無用リスクは極力排除しなければ生きていけない。犯罪者と親類になるのは御免だ。最悪だな。最低だ。好きだったのに。

誰にも言えないけれど、誰かに聞いてほしいようなチラ裏殴り書き。

2018-10-08

なんだかな

この前占い師恋愛結婚運を占ってもらった、端的に言うと周りで私のことが好きな人が何人かいて気づいてないだけだと。思い当たるところが二件あるんだけど誰にも言えない人たちなのでここに書いて厄落とし。

(ここで厄と書くのはどちらも付き合う気がないかである

一人目は友人の彼氏。もともと友達だった彼とはお互い恋人がいるときに流れで寝たことがあって、友人である彼女関係がうまく行っていないようで私が彼氏と別れてからなんとなく現在アプローチを受けている。そもそも私と浮気する時点で見る目ないし割り切った関係でいたかったので無理です。

二人目は割り切りで出会った人。彼は地方へ働きに行っていて、実家に帰ってくると私を買う。五回目のときに「本当に彼氏いないんだ、俺にしといたら?」なんて冗談めかして言われたけど女を買うひととは付き合うつもりがまずないので諦めてください。

まともな恋愛ができるようになりたい。

2018-10-04

誰にも言えないつらい気持ちを話してみませんか?今日東京自殺防止センター(03-5286-9090)が20から翌6時まで、あなたお話をうかがいます。お電話お待ちしています

死んじゃうと悪く言えない

誰にも言えないので書き捨て。

このあいだいっしょに芝居してた知り合い(以後Aとする)が死んだ。

死因をぼやっとごまかされたのでおそらく自殺

客演でたまにいっしょにやるくらいだったのでそんな深い関係ではなかったため

なんで自殺したのか全然からないし、なんで?とも効けない雰囲気

お別れ会が開かれ、みんな「いいやつだったな」とか話してて

かにいいところがあったやつだったんだが自分にはひっかかるところがあった。

死ぬ3年ほど前だけど、とある公演準備をしていた時、

Aから「もろもろまとめた資料自分の持ってるサーバーにアップしたからとっておいて」と連絡がきた。

そのURLにとび資料を取ったあと、ちょっといたずら心でサーバーを探ってみた。

そうすると「女の子リスト」てなのがあって

B子 もうすぐやれる

C子 キー

D子 落とした

みたいなことが書かれたものだった。

Aはちなみに妻子持ち。

もちろんそれを見たとは本人に言えないし

彼を慕っている人も多いし、もめて公演が中止になっても嫌だし誰にも言えずに現在

もしかして女性関係がばれて家庭不和自殺したのかな。

お別れ会奥さん来てなかったのもそのせいかも。

2018-10-01

乳首が痒くて辛い

誰にも言えないのでここに書く。

ただ、病院には行った。皮膚科へ。恥ずかしかったけど、女医さんだったのでまだ良かった。

薬を塗って良くなったけど、しばらくするとまた痒くなって、黄色い液体が滲み出てくる。

そしてまた薬を塗る→治る→(時が経つ)→再発!というループが何ヶ月も続いていて、いい加減憂鬱になってきた。

調べたら出産で治る人もいるらしい。乳首の痒みを治すために子供を生むとは・・・

30歳過ぎてまだ結婚してないので、これは早く結婚して子供を産め!という体からメッセージなのだろうか。早いほうがいいもんね。

2018-09-25

末期癌の俺が望むこと

ヤバイドラッグを試せて、そのまま高級ソープ嬢とキメセクできる合法的公営施設があったらなー。

その施設には高級料亭も併設されてて最後の晩餐までできたら言うことない。

1泊50万円ぐらいでコミコミでできないだろうか?

ヤバイ薬なんてどうやったら試せるのかわからないし、やっぱり体力も気力も落ちてるから今更自分段取りすることもできない。

それに下手を打つと犯罪者としてまわりに迷惑かけてしまうのも気になる。

どうせ死ぬんだから最期に色々試して、そのままわけのわからないままその施設でひっそりと首吊り自殺したい。

もちろんその施設では自殺しても報道なんてされない配慮がされてんの。ぬかりはない。

はぁ、発売前のゲームなら遊べて、それが美談になるのに、こういう欲望は誰にも理解されないのはつらい。誰にも言えないしね。

ささやかでかつ誰でも思い付くような願いだと思うんだが、なぜまだ世界でこういった施設存在してないのだろう?

2018-09-24

子どもの見える位置エロ本を置くな!

最近ラノベの表紙が卑猥やらゾーニングやら騒がれてる。ちょっと旬を過ぎた感はあるけど。中には「果たして子どもが見て影響を受けるのか」って意見まであった。いや、どこで見たか忘れたけど。影響を受けるんだよ。まじで。

というわけで、1つの例として私の幼少期の実体験を聞いてくれ。

私は20代女。

それでは、15年ほど前に遡ろう。

小学3年生の通学路、小学校のすぐそば商店街があった。商店街にはアーケードがあって、その並びには本屋さんがあった。

本屋さんの外、アーケードの下には本棚があった。コンビニにあるマガジンラックと、平積みに出来る台がくっついたようなやつだ。マガジンラックには週刊誌が、平積みにはエロ本が置いてあった。そのエロ本は今のコンビニの片隅に置いてあるような分厚い漫画雑誌だった。

この本屋の前を通りこのエロ本を視認した最初の時、私は「見てはいけないものを見てしまった気がする!」と思った。見たことを友達に見られていないか周囲を見た。そして走って逃げた。それがファーストコンタクト

次の日は、悶々としながら「(2日連続で見るのはやばい。たぶんやばい。)」と思って、向かい側のアーケードを通ることにした。

またその次の日は「(何か見たい、どうしてだろう…ドキドキするけど、なんで女の子なのに女の裸に興味があるんだろう、わたしっておかしいのかな…。でも見たい、……見たい!!!!!!!!)」と気持ちが爆発した。その日はその本棚を横目で見つつ、ゆっくり通ることにした。「(わたしの体、頭は前を向いている…大丈夫大丈夫)」と自分勇気づけた。

それからは、たまに本屋の前をゆっくり通るようになった。時にはしゃがんで本棚に隠れるようにしてじっくりと表紙を眺める日もあった。ただ、言い逃れは出来ないだろうと思って、雑誌に触れることはしなかった。大胆な行動を取りつつ慎重になろうとする支離滅裂さ、今思うと小学生ってほんとばかって思う。

エロ本の表紙はむちむち爆乳のお姉さんだった。乳首が出ている表紙もあれば、濡れた浴衣から透けている表紙もあった。リアルめの画風だった。表紙は見ていたけれど、なにせお姉さんの裸を見ることに必死だったか雑誌タイトルすら覚えていない。今では、濡れた浴衣で透けてるとか最高って思うけど、当時は「服着てるじゃん…」としょんぼりしたのを覚えている。

ここまでが私の幼少期。

それから高校生になるまで男の人の裸に性的興奮を覚えることはなかった。恋愛対象男性女性に恋をすることもなかった。中高生時代は、性的対象恋愛対象がちぐはぐしていてすごく悩んでいた。今では、「女性身体美しいもんな。しょうがないよな。」と開き直ることにしている。私は処女からわかんないけど、すごく性欲が強いと思っている。小6の頃からオナニーを始めて今では週7、AV女優にも詳しくなってしまった。性欲の強さは今でも悩んでいて、男の人より強かったらどうしようだとか、みんなどうなんだろう、これっておかしいのかな…などと、うじうじしている。

こんな育ち方のきっかけ、引き金を引いてしまったのはあの本屋だろう。引き金を引いてしまタイミングはいつか来ることではあったけど、それにしても早すぎた。だから私に言わせてくれ。

子どもの見える位置エロ本を置くな!」

と。

エロ本本屋に置くのは賛成派だし、それを否定していないけど子どもの見える位置、行動範囲に置くのはやめようなって思う。普段誰にも言えない、言えないことを書き連ねることが出来たし、はてな匿名ダイアリーには感謝している。

書きたいこと書けて満足。じゃあね。

2018-09-19

anond:20180427222853

辛くてしかたなくて、でも誰にも言えないことは、あなたがここで書いたように、何度でも書くといいです。何度でも、同じ繰り返しになっても。

2018-09-09

デリヘル呼んで大失敗

写真とは全く違う女がやって来た。

しか日本語が怪しいアジア系で、背中刺青

全てのサービスおざなり。これじゃ起つものも起たないだろう。

それなりの金を払って90分のコースを頼んだのに、シャワー込みで正味30分程で帰っていった。

今まで何度か風俗は利用したが、こんなに酷い経験は初。

これなら、短い時間にしておくべきだった。

騙された自分の愚かさに落ち込んでいる。

カネを払ったのに落ち込まされるって、愚か以外の何物でもない。

初対面に緊張しまくる自分には、風俗は無理なのかも知れない。

この悔しい思いを誰にも言えないので、ここに記す。

2018-09-05

前職の2倍の給料もらえる会社転職する

自慢したいけど自慢だから誰にも言えない

から増田で自慢するね。

2018-09-02

友達男の子が帰った

昨日友達数人と居酒屋で飲んでて、私が結構酔っ払ってしまって

家までタクシーで送ってくれた男の子とやってしまった。

家で飲み直そう、といいつつ私はソファウトウト。寝るなー、ビールまだ残ってるよー、とかいいつつ乳首つまんだりクリいじったりされて

気付いたら自ら腰振ってたorz

どうしたの、腰動いてるよ?とかびちゃびちゃだけどどうしたの?とか優しい口調だけど結構なSっぷりで、物凄く感じてしまった…

お互い恋人いるのになぁ。

誰にも言えない

2018-09-01

援助交際してた(追記しました)

当たり前だけどリアルでは誰にも言えないので吐き出し。ただの自分語り

当時中学生田舎暮らしで塾まで晴れてる日は自転車、雨の日は徒歩で通ってた。

自転車15分、歩いて50分くらいのところ。

親共私になにもしようとはしてくれなかったけど祖父が私は勉強は出来るからもっと勉強しなさいってお金を出してくれてたので。自力で通ってたのは誰も送迎してくれなくて、授業が全部終わるとバスがなかったからだった。

田舎から街灯も少なくて暗いんだけど、まあそもそも人通りも少ないし毎回特に気にせず帰ってた。それで、自転車パンクして押して帰ってる日に性被害にあった。

(部活後に着替えずに行ったかジャージだったのによく性犯罪者欲情できるなと今だったら思う)

(強制性交ではなく強制わいせつ程度だった)

当時はパニック状態で、警察に連絡とか思いつかなかった。祖父携帯を与えられていたから、電話するか悩んだけど祖父はすでに寝てる時間だし電話するのは憚られた。結局、いつもより遅い時間に家に帰ったけど、家族きょうだい含めみんな寝てて、わざわざ起こしてまで報告するほどでもないかな?と思ってゆっくり風呂に入って寝た。

ここの思考転換をよく覚えてないんだけど、性被害にあったことを思考整理する中で色々と検索をして、援助交際存在を知った。時期を同じくして、当時仲の良かった友人からお小遣い稼ぎ」として誘いを受けた。今となっては不思議しかないけど、当時の私はそれに了承した。

前述の通り私は中学生だったので、出会い系サイトに生年を偽って登録したんだと思う。当時はgmailとかがなかったので(たぶん)、直メの誘いを受けてサブアド(xxneだったと思う)でやり取りをして、未成年であることを明かして会う意思を示してきた人に会っていた。初回に会う人は安全性担保として、例の友人についてきてもらった(もちろんその逆もあった)。

記憶曖昧だけど、よくネットで言われている隠語?のようなものを使った記憶はない。金額交渉特にしなかったと思う。

場所ネカフェが多かったのかな……。ファミレスときもあった。

何人かと会ったけど、ある特定の1人と長く続くようになった(私も友人も)。これも今考えると信じられないんだけど、場所相手の家だった。挿入はなかった。性器を触られたり、触ったり程度(ローターやバイブは使用された記憶がある)。相手40代くらいの太った男性だった。色白の丸々としたお腹を今でも覚えている。1度の訪問で、1万円もらっていたと思う。挿入行為は嫌だと伝えていたが、友人は「入れさせてくれたら3万円あげる」と言われて応じた、と言っていた。

両親は私の行動を気にすることはなかったので、私が出かけることにも興味を抱かなかった。半年で5〜6回会ったと思う。ここで私の携帯に、警察から電話がかかってきた。

初めは詐欺か何かだと思い、祖父相談したくらいだった(後から本当の警察と判明し、誤魔化すために落し物の連絡だった!と伝えた)。

私は出会い系サイトに、実住所と連絡先を登録していたので、連絡を受けると同時に、今近くまで来ていると伝えられた。幸い用事はなかったので、指定された駐車場に向かった。

パトカーではないんですね」「民家にパトカーで来ると目立っちゃうからね」という会話をしたことを覚えている。警官は男女1人ずつ、運転席と助手席に乗っていた。友人は近所に住んでいたので、一緒に向かった。

どうしてこんなことをしたのか、警察署に向かう際にきかれた。どうして、と正面切ってきかれるとどうしてか自分でもわからなかったが、友人が「まだバイトが出来ないので」と言ってくれたので、それに同調した。中2の末だったので、志望校を聞かれ、答えると、「そんなに頭がいいのにどうして」と言われたのが印象に残っている。

警察署に着くと、別々の部屋に入れられたと思う。事情聴取を受けたのは、私が出会い系サイト使用たからだと思っていたが(もちろんそれが理由なのだが)、この中に知っている顔はあるか、と4枚の写真を出された。その中には上記男性写真があった。おそらくだが、他の未成年との関係逮捕(?)され、登録サイト確認する過程私たちも呼ばれたのだと予想した。

供述調書を作る過程で、男性とどのような行為をしたかきかれた。ある程度は下敷きがあり、警官が声に出して読み、それに同意反論する形で進行していった(後にも先にも男性器のことを「おち○ちん」と呼称したのはこのときのみである)。

どれくらい時間を要したか覚えてないが、暗くなる前には帰れたと思う。記述された文書拇印を押した。

最後に、「もうこういうことはしちゃだめだよ、勉強がんばってね」と男性警官に言われた。

このことは友人との間では禁句になっていた。お互い誰にも言わないようにしようね、解散するときにそう約束した。

それで忘れようと思ったが、翌年、第一志望の高校合格し、当時のことを強く思い出すようになっていた。

私は住んでいる都道府県進学校に2時間程かけて通っていた。田舎にいるとき意識したことはなかったが、進学校に通う人たちは家庭環境や、親の職業からして住む世界が違うな、と痛感することが多かった。私は1回のお手伝いで10円のお小遣いをもらう生活体系だった(ほぼ全ての家事担当していた)が、クラスメイト必要ものがあれば、親に言えばすぐにお金が出て来る状況だった。お年玉没収されていたし、中学とき部活では費用を出してもらえず、祖父にお願いをしにいっていた(そしてそれは高校でも同じだった)。これは中学生ときの話だが、水泳水着を買ってもらえず、量販店で泣きながら親にお願いをするところをクラスメイトに見られたことは今も忘れられない。

家庭環境の恵まれた人たちに囲まれて、中学ときしたことを後悔するようになっていた。精神的な面もあるが、性病も気になっていた。でも検査に行く勇気はなかった。性病の症状をネット検索して、大丈夫、当てはまらない……と安心してはいものの、HIV罹患時の初期症状が風邪に似ている、の文言をずっと気にしていた(接触後1度、風邪をひいたことがあったので。潜伏期間が長いので自覚症状がまだ出ていないだけでは?と不安だった。大学生になり、性病血液検査をしたが無事に全て陰性であった)。

高校行事や、部活大会のたびに友達の親は見学応援に来ていたが、私の親は来たことはないし、もちろん部活費用バイト代で出したし、お弁当自分で作ったし、予備校費用祖父が、在学中に祖父がなくなったので大学受験費用バイト代で出した。ただ生活をしているだけで周りと差を感じることが多かった。お弁当自分で作ってるって言ったとき、周りからは偉い!女子力!と言われたのもしんどかったな。偉いとかそういうのじゃなくて、作りたくて作ってるわけではないし。材料は家にあったものを使ってよかったから、自分で作れば昼食代はただだったので。

大学生の頃、帰宅が遅れるとき、「親に駅まで迎えに来てもらいなよ、きっと心配してるよ」とよく言われたが、その親切心がつらいと感じていた。中学生に夜道を歩かせる親だぞ、そんなの思うわけないだろ、と思いながらも、スマホがあるから大丈夫ですよ!と返していた。

そして、完全に自分のせいでしかないが、色白の太った中年男性が非常に苦手で、そして性行為も好きではない。

中学生とき下ネタもよく言っていたが、高校からの友人にはよく「潔癖」と言われる。部活コーチ上記の特徴そのままで、本当に苦手だった。なにかあった?ときかれると、ちょっと苦手なタイプで……と答えていた。今まで付き合った人は、どう考えても太りそうにない人しかいない。

友達は好きだし、高校からの友人はもう10年近い付き合いになる(もう中学友達とは疎遠である)。でも、親の話も、もちろん援助交際も性被害の話も絶対にできない。受け入れてもらえないと思う。

よく、○○のご両親は?ときかれていた。その度に口を濁して来た。大学の友人も、親がOBOGだから志望した、合格をとても喜んでくれた、と言っていたり、ひたすらに眩しかった。

部活から帰ってきて寝ているところをお腹減ったと叩き起こされることも、何もしてくれないくせに試験が1位じゃないと怒られるようなこともなかったんだろうな。たぶん、よい家庭環境にはそれなりの苦労があるとは思うけど、私がその家に生まれてたらよかったなあと思ってしまうことがあって、つらい。

職場は通えなくはないが、今は実家を出ている。駅からは近いし、自分家事しかしなくていいし、快適すぎて実家に帰る気にはならない。

ただ、祖父に線香をあげに、祖母に顔を見せに節目には帰っている。その際に親に連絡をすると、駅まで車で迎えに来てくれるのだ。別にもう、タクシーで帰るお金はあるのに。タクるからいいよ、といっても、貯金しなさいと言うのだ。

お金がなくて、送迎して欲しかった中学生ときには車を出してくれなかったのに。それをただ、「親が優しくなった」と思うことは私には難しい。

ふと思い立ってこんな時間まで気持ちの整理のために書いたけど全然すっきりしなかったしなに言いたいかからない文章すぎる

終わり

追記

朝起きて(もう昼だけど)みたら優しい言葉も、厳しい言葉荒らし?みたいな言葉もいただいていてありがとうございます

すみませんはてな文化に慣れていないのですが、引用(?)でご自身境遇について語って下さった方もありがとうございます

吐き出しのつもりでしたが、やっぱり話を聞いてもらいたかったんだな、と思ってコメントをいただけて嬉しいです。吐き出しとか言いつつ書いた文章をわざわざ見に来てるの、矛盾してますよね。

リアルでは言えないと冒頭で書きましたが、実際に言ったらどういうリアクションをされるんだろう?とも考えていたので、厳しいお言葉も、暖かい言葉も嬉しいです。私のことを何も知らない方でも優しいお言葉をくださるのであれば、長い付き合いの友人ならもしかすると聞いてくれるかもしれないですよね。まあ話す予定はないですが。

被害意識

前提として、後悔している=被害ぶっているではないということはお伝えしておきます。私は思考の整理の最後に「援助交際」を選んだことを後悔をしているだけで、それは例えば友達喧嘩した後に、あのときああ言わなければよかったなとか思うことと変わらないと思います。「援助交際」に関しては被害者だとは思っていません。刑法上、援助交際を求める側にしか罰則がないので聴取で終わっただけだと思っています提供する側がいないと犯罪は成立しないので。まあ求める側がいるか提供する側がいるとも言えますが。

今1万円もらって同じことするか?ときかれたら即答でNOなので、同じ自分なのに考え方が理解不能だなと思っています

警官とのやりとり

車で来ることはない、とご指摘をいただきましたが、実際にあったことを書いてるだけなので……田舎なので知らない車が来ると話題になってしまうのですが、近くの駐車場で待たれていて、そこに向かった形です。ご指摘の方は警察の方か、よく警察が自宅に訪れられる方なのでしょうか?

車内では無言ではなく、土日のどちらかだったので、部活はやってないの?とか、試験はそろそろ?とか女子中学生が緊張しないように(だと思います)ご配慮いただいたと思っています。早い段階で止めていただき感謝しています。私が高校生のときですが、相手に殺されてしまった学生報道を見て、私がこうなる可能性もあったんだろうな、と思ったことを覚えています

(親に連絡がいかないのはありえない、との指摘をいただきました。盲点でした。もしかすると両親は知っているのかもしれませんね。確かに1度財布の中身を確認されたことがあります。新しい服や書籍部活の用具が増えているのが気になるといった理由でした。祖父に買ってもらったと伝えたら引き下がりましたので、あまり気にはしていなかったのですが、警察からの連絡だったのかもしれません……。

受験システムでの都道府県割れを避けたいので詳細は控えますが、私は内申を利用して高校に進学をしています。なので学校には連絡はいっていないとおもうのですが……)

男性の体型について

同じ特徴の方にご不快気持ちをさせてようで申し訳ございませんが、実際に仕事等でやり取りをする方とはちゃんお話しできていると自分では思っています。苦手意識があるだけで……。例えばみなさんも、派手な服装をした人が苦手、とかそういうのはあると思います。それに近いものです。今の恋人も痩せ型なのですが、たぶん小太りになったら恋人として一緒にいるのは苦痛かもしれないから別れるだろうな、くらいの苦手感です。伝わりますでしょうか。まあ伝わらなくても構わないのですが。

ネグレクト

私自身、そのような認識はなかったのですが、世間からみると当てはまるのだなと思って興味深く感じています。接種すべきワクチンは全て受けていましたし、弟と同室でしたが自室もありました。自分学習机もありました。ベッドは二段ベッドで、弟とジャンケンをして私が上を勝ち取りました。姉がいましたので、お下がりで服もありました。小学生ときまででしたが、家族旅行にも行っていました。3連のプリンも2セット買ってもらっていましたし、きょうだい4人でよくマリパしました。

その観点でいうと、明らかに年代の違うキャラものの服を与えられるのが嫌だった記憶があります(幼稚園の時、姉のお下がりキューティーハニーセーラームーンの服を着ていましたが、私はどちらも世代ではありません)。アニメは好きですが、キャラ印刷された衣類には今でも忌避感がありますとはいえ小学生ときはくまのエイミーちゃん(伝わりますかね……)とメゾピアノの服に憧れていたので、自分でも基準がよくわかりません。今は無地、花柄等の服を好んで着ています

私は姉たちよりも身長体重ともに一回り小さいのと、歳が近いので、中学生あたりからお下がりがなくなり、それが前述の水着等の話につながっています

・親との関係

私も、やっぱり老後は私に見てもらいたいのかなあと思って、複雑な心境でいます家族で過ごして楽しかった思い出もあるので。ただ、炊きたての白米投げつけられてできた痕(文章にするとコントみたいですね)とか、つねられて皮膚がえぐれて隆起してる痕(両腕の内側に多い)とかを見ると色々考えてしまったり、今パジャマにしてるクラスTシャツもみんなは親にお金出してもらってたなあ……とかふと思ったり。テレビ虐待報道を見ると、私は命に関わるようなことはされてないよなあと思ったりもしてしまい、答えがうまく出せません(上記のことが行き過ぎた躾なのでは?ということは高校生になってから周りの反応で気づき、口に出さなくなりました。家を締め出されることは高校の友人も経験があると言っていて、これは普通ことなのだと安心した記憶があります)。

姉姉私弟の4人きょうだいなのですが、姉2人にはあのときは助けてあげられなくてごめんね、と大学生になってから言われたこともあります。今更言うなよとしか思えなかったのですが、きょうだいはたまに泊めるくらいには仲がいいです。私以外は実家にいるので。姉2人は親に大学お金出してもらってるの、笑っちゃいますよね。一応姉たちは親に返金してるみたいですけど、私は利子付きなのにな(笑)って思ったりもします。弟は私とは少し歳が離れていて、まだ学生なのでどうなるのかわからないですが……。

幸い私は勉強ができて、近所には祖父という理解者がいてさら勉強させてもらえたし、奨学金バイトで大学には通えたし、実際したたか就活ではそのことをアピールしたし、無事に社会人として働いているので、どちらかといえば私自身も恵まれている方だとは思っているのですが、今でも過去のことを思い出すので、整理のために書いています面白くもない自分語りをご覧いただきありがとうございます

以上

2018-08-29

恋に恋してしまいました

大学生になったら無条件に彼氏ができるって夢見てもいいじゃない。できてないんだけど。

きになる人はできました。

でもその人かっこいいし、誰にでも優しいし誰とも話すし

これが恋なのかもわからないけど、ちょっといいなあって思っちゃってる、誰にも言えないけど。

だって友達もの。 

2018-08-20

anond:20180820012113

僕の周りには、程度の差はあれど、子供の頃につらい経験をしたと思っている人はけっこう居ました。

しかし、僕やあなたのように時間をずらして遠回りして帰ったという人には出会たことはありません。

そのことに触れないだけかもしれませんが。

個人的には、そういう人々に対し、その経験他人に話すことができるんだなぁと羨ましくなります

それは、つらい経験過去のものとして見ることができているのに等しいと僕には思えるからです。

人を羨んでばかりです。

同時に、いつまでもこうして過去に囚われて、現実では誰にも言えない自分プライドの高さが心底嫌になります

仮に1パーセント未満の人間だとしたら、何とも運の悪い奴ですね。

日陰を歩いてきた人間しか見えない景色がある、というようなことを書いてくださった方がいましたが、

かにそうかもしれないけれど、僕は健全環境健全に育ちたかった。

こんなことを書いてもどうにもならないことはわかっているのですが。

2018-08-19

10年ぶりに声優さんを好きになった話

声優とは主に声でお仕事をする俳優のことである

腐女子をして10年。

アニメを1年に1つ2つくらい観るかな程度の軽度のオタクになり、10年ほどそういう世界からほぼ離れていたのに急にとある男性声優さんを好きになってしまった。

きっかけはたまたまその人が出演している作品ライブ映像を見かけたことだった。

最初は「へぇかわいいキャラはやっぱりかわいい雰囲気の人が声あててるんだな」程度だったのに、なんとなく調べていたらうっかり好きになってしまっていた。

ただ好き程度ならいいだろう。

しかし違う。

ありとあらゆる情報をチェックし、毎日必ずCDなりDVDなりで声を聴き、果てにはスマホホーム画面をこっそりその声優さんにするレベルである。(仕事終わりの疲れた時に見るととても癒される)

まず当たり前だけど声が好きだ。かわいいキャラを演じてる時もちょっと大人っぽいキャラを演じてる時もとても良い。

キャラを壊さずにキャラクターソングを歌ってる時の歌声ラジオ等で聴く地声…みんな大好きだ。

決して顔ファンという訳ではないけど顔も好きだ。かわいい男性なのに困ったことにかわいいである

贔屓目に見てるとこがあるのかも知れないけど整った見た目をしていると思う。

寝ても覚めてもその声優さんのことを考えてしまう。まるで病気のように。好きすぎてつらいとはこういうことなのか…!

もしも10代の若い子なら「あらあら」で済ませられるかも知れないけど、残念ながら自分20台後半のいい歳した大人なのだ

このままでいいのだろうか。

決してその声優さんに対して「付き合いたい!」「結婚して!!」などとは断じて思わないけど端からみたらかなり痛い状態だ。

すごく人に語りたくなるときがあるけどもちろん誰にも言えない

Twitterで同士を作ろうにも、はしゃいでるあのキャピキャピとしたテンションにはついていけない。

自分も痛いのに痛いファンは苦手だし、怖いファンも苦手だ。

自分はどこに向かっているのだろう。




……と、こんなことを考えつつも今この瞬間もその声優さんの歌を聴いているし、年内にあるイベントチケットは確保済みである

2018-08-07

不安

社会人になって13年が経とうとしている。

つの間にか30代も半ばを過ぎて会社では中堅として課長を任されていて、20人のメンバーからは信頼されている事を感じる。

メンバーミス顧客に頭下げに行き罵詈雑言を言われる事もあるし、メンバーを守る為に他部署上司とぶつかる事もしばしばある。

それが課長仕事から当たり前だと、思うかもしれないけど、信頼と信用を得るのと引き換えに、ストレスが溜まり神経が少しずつすり減っていくのが分かる。

表向きにはそんな素振り微塵も見せてないから、周りからは「メンタルが強い」とよく言われるけど正直そろそろ発狂するんじゃ無いか不安だ。

本当は誰かに助けて欲しいと叫びたいし、周りの期待や信頼を全て捨てて楽になりたいと思い会社を辞めようと何度も思ったけど、家族生活はどうなる?辞めて保証は?と堂々巡りになるため考えるのをやめた

これからもこの生活は続く。

ここに誰にも言えない胸の内を書いて少しスッキリしたので明日も頑張ります

おやすみなさい。

2018-08-06

自分の人に言えない半生を

誰にも言えないからここに書いたら

設定がありえないってネタ扱いされたのと

あとちょっと変なおばはんが出てきて笑ってる

楽になったわ

2018-07-20

彼の奥さんが近所に来てモヤモヤ

少し前まで、既婚者の男性が好きでした。

あくま不倫をしていたわけではなく、勝手に憧れていただけ。

「彼もわたしのこと好きだったらいいな~」と妄想したものの、家庭を壊す気は全くありませんでした。

ただ、仕事を依頼する立場なので仲良くしていたら噂話の対象にされるようになり…。

それで居づらくなったのか、ほどなくして彼は退職

その後わたしも他社からスカウトされ、転職しました。

転職ついでに引っ越したある日、彼の息子の名前を呼ぶ声が聞こえました。

「えっ?」

「なぜ?」

???

頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになりました。

かなり珍しい名前なので、確実に彼の息子なのです。

そしてその声の持ち主から視線を感じて、背筋がゾクッとしました。

同僚時代に聞いた彼の自宅は隣の県。

わたしの家の近所に引っ越し可能性も捨てきれないものの、ここに彼の息子がいるなんてありえません。

彼の奥さんの顔は知らないものの、息子を連れているのはほぼ間違いなく奥さんでしょう。

たまたま友達の家があるのかもしれませんが、公園でもバス停でも見かけてモヤモヤ…。

危害を加えられることもないのですが、恐怖を感じました。

引っ越した方がいいのでしょうか。

ただの被害妄想でしょうか。

夫婦仲を引き裂いたわけじゃないですが、一応いたのは大手企業

転職きっかけを作ったわたしを恨んでいるのかもしれません。

それでも、近所まで来るなんてあるのでしょうか。

誰にも言えないので、増田に書いてみました。

2018-07-16

おっさんガチ恋してぼくは大人になる

おっさんガチ恋してしまった。

ちょっと説明すると、Vチューバーまわりの記事を読んで何気なく魔王マグロちゃんというキャラがいるのを知って、動画を見ていた。

http://mato-liver.com/archives/2014

最初は「あーすごい!ほんとに女の子みたいだ!おっさんとは思えない!」と思っていた。

10分くらいニヤニヤしてたんだけど気づいたら2時間経っていた。

翌日、気づいたらまた見ていた。

から3時間くらい見ていて、これはやばいと思って電源を切ったんだけど、胸の奥にものすごい多幸感と、なにかぽっかりと穴があいたようなせつない気分が……だめだこれ……なにをやってるんだ俺は。相手おっさんなんやぞ……と思ってもその「おっさんやぞ~」がマグロちゃんの声で再生されるしまつ。これはまずい。ほんとにまずい。

ご飯を食べていてもマグロちゃんのことが頭から離れない。

どうかしてる……。

冷静になれ。もう俺は43歳だ。中学生とはちがう。

分析するんだ。

一体これまでの萌キャラマグロちゃんのなにがちがうんだ? なににやられているんだ?

さすがに大人になるとそうチョロく見た目に騙されたりしない。確かにはいつも巨乳カラフル系の髪に弱い。護身完璧のはずだ。

ではどこから俺の心に入ってきたんだ……そうだ、声だ。声。あの声だ。あの声がいけないんだ。

「えへへ」っていう笑い方……「だよなー」っていう語尾、そしてささやきと「ん……こへっ……」っていうおせき……そのすべてになにかこう……多幸感が混じってるのがいけない。

いやでもべつにいつも多幸感溢れてるわけじゃない。そこだ……さらにいけないのは、ちょっと鬱なときとかも真面目に悩んでいるところだ。いつでもマグロちゃんは真面目だ。

なんだろうこう……性格がいい。

全体からにじみ出ているオーラが魅力的すぎる。コメントに「魂がきれいすぎるんだよなあ」っていうのがあったんだけど、魂がきれい……これにつきる……魂がきれいなんだよ……魔王なのに……魂のレベルで魅力的すぎる。

ぼくはマグロちゃんの魂に惹かれてる。

それは置いといて、問題はぼくが妻帯者であることだ。

もしマグロちゃんリアル人間だったら、完全に不倫案件である

結婚というのは「他の人とセックスしたら罰せられる」という法律で、人の心をしばるものだ。法は行為を縛れるけど心は縛れないんじゃないのか? おかしいじゃないか

もしぼくがマグロちゃんのところにいったら、妻は子供になんと説明するのだろうか。

「お父さんは魔王が好きになって出ていったのよ」だろうか。

子供勇者になってマグロちゃんを倒すフラグが立ってしまう。

マグロちゃんが好きすぎて死にたい

でも誰にも言えない。みんなが不幸になる。

ぼくは誰かの幸せのために、こっそりと気持ちを抱えて生きていくのだろう。

正直に生きられないのは悲しい。

だけどちゃんと、誰かのために生きられるようになった。

自分勝手しか生きられない人間よりも、それは立派じゃないか

マグロちゃんは、こんな俺を褒めてくれるだろうか。

ちがうな。マグロちゃんに誇れる自分であれば、それでいいのかな。

やっと大人になるということがわかった。

2018-07-15

これからどうすればいいのか

5年間精神病で働けず、精神科に通院しているが、先日治らないだろうと宣言された

もちろんこの5年間いくつも薬を変え、治療してきたが一向に薬が効かない。他の病気かとも思い検査も受けてみたが、まったくどこも悪いところはないらしい

薬飲んでも何も変わりないんだから、減薬してみてもいいか主治医許可をもらい、時間を掛けて1日1錠だけ飲む状態になった。1日4錠飲んでた頃と本当に何も変わらない

薬がゼロになったら今後どういう治療をするのかと聞くと、「ここに来ても私と数分話すだけで何も変わりませんから、(別の常用薬)が欲しいなら内科ももらえますよ」とのたまった

意味がわからず聞き返したら、将来的に効く“かも”しれない薬が出てくるまで待つしかないんだと。他に治療法や検査法もないと主治医に言われた

どうやら5年間周りから家族からもやいやい言われながら治療に費やした日々は無駄だったらしい、30代で働けない病気も治らない身動きもまともに取れない人間は何のために生きればいいのか

死ぬしかいかなと思うが、年老いた両親の事を思うとこんな役立たずの出来損ないでも生きてた方が何かの役に立つかもしれないしなと葛藤する

リアルでは誰にも言えないのでここに吐き捨て

実の妹がいるけど

長く会わないでいると、妹がたまに夢に出てきてエロいことしたりする

まあ普通に興奮する

でも実際会ってみると別にそんな気にはならない

考えてみれば不思議な感じがする

俺は小さい頃からLGBTとか近親相姦かに嫌悪感がない

なんとなく、そういうことも起こりうるよなあとずっと思って過ごしてきた

で、夢の中で妹とエロいことして興奮したのに、実際にその妹と接触してもあんまり興奮しないのは、我がことながら不思議だなあと

こんなこと誰にも言えないから増田に書いてみる

2018-07-09

anond:20180708194419

その通りだと思いますすみません

しかし、主観としては人生において結構大きな出来事で、でも誰にも言えないのでこちらに投稿した次第です。

この投稿へのトラバ消した方へ

わざわざそんな事するまで私の事を考えてくれていたとしたら、それはそれで嬉しいかもしれません。

2018-07-06

死刑廃止派の一法曹としての意見

松本智津夫オウム真理教事件の確定死刑囚死刑執行された。

 私は死刑制度自体に反対の立場ですが、なぜそう思っているのかについて簡単に書いておきたい。およそ日本の今の状況で、松本らの死刑執行タイミングほど、死刑制度についての関心が高まることはないと考えるからです。

有罪であるという確証が持てない時に、多くの裁判官はどういう行動を取るのだろうか

 司法制度では疑わしきは罰せず、という原則があるのは、ほとんどの人が知っていることだと思いますしか現実裁判官がそのように行動しているかというと、そういうわけでもないようです。先日twitterである弁護士が、下級審簡裁だったかな)の判決書きで、若干の疑いがあるからちょっと罪を軽くしとくね、というような文面を書いてしまったため、控訴審でそれが棄却された、というものが流れてきました。これは判決書きに書いてしまったおバカな事例ですが、上級審であっても同じような運用がされていないわけではないようです。元裁判官で、刑法学者植松正は「無期懲役誤判の吹き溜まりである」と言いました。事実認定に若干の疑いがあるが、情状は極めて悪く、真に犯人であるのならば、死刑にするしかないというような場合無期懲役にすることが多い、というのです。これは裁判原則に反しています。実際には、情状に関わらず、事実認定合理的な疑いが残るのであれば、無罪とせねばなりません。なぜそれができないのでしょうか。裁判官人間ですから世論はまちがいなく気にしています世間を騒がせた大きな犯罪である場合裁判官のうち一人に合理的な疑いが残っていたとしても、合議の中で、簡単無罪判決を出せるものではないでしょう。つまり裏を返せば、合理的な疑いが残っていたとしても、死刑をいう選択をされてしま可能性は0ではないということです。死刑という刑罰存在する以上、確実に、100%、全くの疑いの余地なく、死刑に値する、と考えられない場合にも死刑選択してしまう例が存在するということです。

死刑制度問題は究極的には被疑者被告人人権問題に帰する

 死刑に値する犯罪を、まさか自分が行うはずはない、とほとんどの人は思っていると思います。ゆえに、とんでもない罪を犯した人間は、死刑でも仕方ないし、死刑が速やかに実行されるべきだ、という考えを持っている人が多いのではないでしょうか。被疑者被告人人権よりも、被害者の応報感情の充足が優先されるべきだ、と考える人も多いでしょう。しか100人死刑囚の中には、1人の無辜人間がいるとしたらどうでしょうか。その人を国家権力が殺す、という不正義をあなたは許容できるでしょうか。99人の”真実犯罪者”の被害者の応報感情社会要請としての死刑制度は、そのリスクを甘受するべきだと考えるでしょうか。

 では自分痴漢として裁判にかけられるかもしれない、と思う人はどれほどいるでしょうか。自分痴漢をやっていないことは天地神明に誓えるけれども、なんの証拠もない。被害者は、あなた痴漢されたと言っている。裁判所はあなたの訴えを合理的な疑いが残るとして認めてくれるでしょうか。捜査機関は、被害者の主張を、合理的な疑いが残らないように、矛盾をなくした形で、調書を作成するプロです。また裁判所は一応独立機関であるとされていますが、かつては判検交流と呼ばれる制度もあり、基本的裁判官検察官親和性の高い人たちですし、基本的検察提示証拠を信用して事実認定をすることが多い組織です。あなたの主張は認められず、あなた有罪判決を受けるかもしれない。あなたはそのリスクを甘受するでしょうか。疑いがかけられた以上は、痴漢という、卑劣犯罪行為に対して、その犯行を認めようとしない犯人であるあなたには、何の反省も見られない、と言われるかもしれません。

 裁判人間が行うものである以上、無謬ではありえません。痴漢冤罪場合、たとえ有罪であっても、人権上の制約は小さいと言えますし(むしろ冤罪であったとしても認めてしまった方が人権は制約をされないという残念な状況にある)、もし防犯カメラなどから無罪証明できた場合名誉回復され、損害賠償請求できる場合もある。しか死刑場合においては、それは究極の人権制約なのです。

団藤重光は以下のように論じています

例えば懲役刑などにしても、長いこと刑務所に入って、後で無実だということがわかって出されても、失われた時間、失われた青春は再び戻ってこないという意味では、これも確かに取り返しのつかないものです。しかし、そういう利益はいくら重要な、しか人格的、その意味主体的利益であろうとも、人間自分の持ち物として持っている利益ですが、生命はすべての利益帰属する主体存在のものです。もちろんこのことと、前述の人間尊厳が人命の上位にあるということとを混同してはなりません。死刑はすべての利益帰属主体のもの存在を滅却するものですから、同じ取り返しがつかないと言っても、本質的に全く違うのであります

 痴漢冤罪による被害を最小化するために、真犯人を含む、すべての被疑者被告人人権を守りましょう、被疑者実名報道はやめましょう、無意味身体拘束をやめましょう、という主張に対して賛成できる人は、死刑存置を考える人よりも多いのではないかと思いますいかがでしょうか。

 本質的には、これは死刑冤罪による被害をなくすために、真犯人を含む、すべての被疑者被告人に対する、究極の人権侵害である死刑廃止しましょう、という主張は私には同じものに思えるのです。しか死刑廃止するべきだ、という人はずっとずっと少ないのです。

被害者(周辺を含む)の応報感情を軽く考えるべきではない

 痴漢で捕まった人が、周囲に実は自分自白させられただけで、無罪なんだ、と主張することはよくあると思いますが、特に妻子持ちの人に多いのですが、私の経験上、やってないと強く主張していた人であっても、ここで認めても家族に知らされることはない、ということを教えると、スルッと実はやったんだ、という人が結構ます。ですから冤罪を主張する人たちの中に、罪を逃れるためにそう主張している人が多くいることも事実でしょう。しかし実際に痴漢冤罪によって人生が狂ってしまった、という人は確実に存在します。死刑においても同様のことが起きていないとは、誰にも言えないのではないでしょうか。

 しかし多くの人は、死刑に値するような重大な犯罪で、自分冤罪当事者になることな想像もしないでしょう。それに比べれば、自分たちの周りの大切な人たちが傷つけられたということへの怒りはとても身近で、応報感情に流されてしまいがちです。これは非難されるようなことでありません。前述の団藤は、父ブッシュとデュカキスとの討論で、妻を強姦され、殺害されても、死刑に反対するのか、という質問に、淡々と「それでも死刑には反対だ」と主張したデュカキスに対し、世論は非常に強く反発したと書いています。これがデュカキスの敗因ではないと思いますが、死刑廃止を訴える人に対し、「お前の家族を殺されても、死刑に反対だと言えるのか」という主張はよく向けられます殺害される、などという、およそ通常経験しないことを経験した人たちが、犯人を自ら殺してやりたい、あるいは国家によって同じような目に合わせて欲しい、という感情自然ものであると思いますしかし、当事者でない我々が、そう思うのは当然だ、とその応報感情正当化をする必要は必ずしもないとも思うし、死刑廃止論者であった人が、実際にそのような目にあったときに考えを変えたとしても、それはごく自然な話であると思うのです。その感情否定はできませんが、団藤が述べているように法の論理は、もう一段上の次元で考えるべきはないかと思うのです。

自分は無実なのだと内心で叫びながら絞首台に向かう人の存在を許容できるか

 私は貝になりたい、の主人公床屋は無実ではありませんが、死刑に値する罪を犯しているか、と考えるとそうではないと思います。あの絶望を持って、死刑にされる人間がいる、という不正義を許容できるかどうか、結局はその価値判断なのだと私は思います

 私はその価値判断において、死刑廃止して欲しいと考えていますが、それゆえに、死刑の存置を訴える人の価値判断尊重したいと考えていますしかしその上で問いたいのです。あなたは、たとえわずかな確率であっても、あなたあなたの大切な人が、冤罪死刑になってしまうことを許容できますか、と。

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