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2020-07-10

うつ病だけど聲の形みても大丈夫

小中いじめられて今うつ病(手帳持ち)だけど見ても大丈夫かな?

2020-01-02

いじめからは逃げればいい

なぜゴーンが逃げると卑怯者といわれるのか

いじめっこがいじめられるとき逃げることを許さな日本はまるで聲の形

2019-12-14

anond:20191213175225

GANGSTA.」は作者名コースケなのに男の友情描写ちょっと気持ち悪い種類だったので、そこで初めて「男がこれを男同士の友情として描くわけがない、作者は実は女性なのか」と思った

聲の形」も女子のネチネチが真に迫ってるのに男子同士の関係性の描き方が通りいっぺんなので、あーこれは作者が女性なんですねと思った

どちらも作者の性別意識せずに見始めて(両方アニメ初見)途中で性別が気になった例

作者の性別を当てて楽しむとかじゃなくて、内容でどちらなのか気になったってことね

2019-12-13

anond:20191213194714

めっちゃいっぱいあるよ

地球へ…超能力を持つ新人類障害者が多い設定だし

リアル車椅子バスケの話だし

遥かなる甲子園ろう学校の生徒達が甲子園を目指すし

聲の形は耳が聴こえないヒロインだし

ガチ障害について書いた漫画も山ほどあるし

どろろ百鬼丸障害や欠損どころの話じゃねぇぞってレベルで体の全てが無いけどハガレンで駄目なら駄目なのかな

2019-11-12

anond:20191112230651

JOKER聲の形も好き!

殺伐としてるけど逆に完璧ポリコレ

単純に主人公の肌の色や性別を変えただけの凡百のポリコレよりええ!

JOKER』は感動ポルノ

今更観たよ

なんつーか、上級国民御用達感動ポルノって感じ

聲の形』っていうイジメ題材のアニメあったろ?あれと同じだわ

『観客は皆JOKERになるかもしれない』とかい感想が正にそれ体現してる

2019-11-07

みんなの持ってる円盤ラインナップ教えてよ

ふと自分ラインナップ見てると、めっちゃ個性出てる事に気づいた。「このアニメ好きな人はこのアニメも好きなのか」とか「このラインナップにこのアニメがあるの意外だわ」みたいなのもっと知りたいからみんなのコレクション教えてください。試しに自分のを晒すけど

聲の形

灰と幻想のグリムガル

結城友奈は勇者である

終物語 上(老倉育の話)

宝石の国

魔法使いの嫁

宇宙よりも遠い場所

やがて君になる

少女歌劇 レビュースタァライト

かぐや様は告らせたい

こうしてみると、自分ってハートウォーミングなアニメが好きなんだなーって気付かされる(全く意識して買ってなかった)。まあ最近買い始めたばっかりなんだけどね。ちなみに今期のイチオシはBEASTERS。

2019-10-04

anond:20191004175020

聲の形と同じようなもんだろ。だるさを愉しめ。

2019-09-28

純真無垢で無邪気で清潔でおおよそ人間的な穢れとは無縁の怪物、というレッテルを貼られた西宮硝子という人間」の物語を読んで「西宮硝子みたいな人間はいない」と言い放つの再現度が高すぎてあまりにも皮肉が効きすぎているし、「やっぱり聲の形ってリアルだったんだな」という感想しかない。

聲の形にハマるかどうかは「西宮硝子に感情移入できるかどうか」なんだろう。人生は人それぞれだから感情移入できないのは何も悪いことじゃないし、好き嫌いもあるだろうが。

西宮硝子を「物語に都合のいい舞台装置」扱いした人間(のツラを被ったケダモノ)の口を順番に縫い合わせていくから覚悟しとけ。作品肯定的否定的かに関わらずだ。

少なくとも西宮が作者の分身(の一人)であること、物語の裏の主人公であること、決して美しいとは言えない愛憎入り混じるクソデカ感情を内に秘めているくらい読めばわかるだろ。こんなもんは個人感性の違いで済む話じゃない。単純な読解力の問題だ。

2019-08-30

anond:20190830105127

2019-08-27

■”聲の形”を見て思うこと

私は小学校の時にいじめ主犯格になった事がある。

最初に"聲の形"を見た時に重なる部分が多くて具合が悪くなった。

昨日何度目かの視聴をした。

かなり醜い話と懺悔になるが思うことを書いていく。

なんというか、人間記憶主観的だし恣意的だ。見たいものを見たいようにしか見ていない。

ファクトはあるが、どう見えているかはみんなバラバラだし、昔の事ともなるとファクト自体あやふやになる。

少しぼかして書いていることもある。

***********

私は小学生の時に学級カーストトップグループにいた。

クラスの中でも小柄だったが、テストは毎回100点、頭が切れて口喧嘩が強い、悪ガキで面白い遊びを思いつく。

何やっても要領が良い、どうするのが正解か知っていても大人に媚びるのが大嫌い。

喧嘩っ早くて体格が上だろうと年上だろうと取っ組み合いしてぶっ飛ばされたり怪我しょっちゅうしていた。

自分小学校教員であれば面倒を見たくない存在だった。

私には2つ上の兄と3つ下の弟がいる。お陰で交友関係が広かった。

そうした背景もあってか小学校に入ってからずっと、誰に対しても物怖じせずにあれこれ言ってきた。先入観をあまり持たずに人と接してきた。

男の子女の子、年上、年下、昼休みにドッチボールをする人、本が好きで静かな人、お金持ちの家の人、幼稚園上がりの人、保育園上がりの人、勉強が苦手な人、ゲーム好きな人ゲームを買ってもらえない人、野球をやっている人、サッカーをやっている人、わがままな人、音読で閊える人、発達障害っぽい人、同学年の女の子全員からキモがられていた「小1の時に教室の真ん中で***を漏らした人」とも。

カーストのどのTierの人とも話せるのが私の強みだったし、(今思えばやりすぎているが)笑わせたり弄ったりできた。

小学校5年生の時だった、私のいた小学校では各学年に4クラスあって3年生と5年生でクラス替えが行われる。

5年生のクラスメンバーには1年生の時から友達も3年生から友達も多く、割と見知った顔に囲まれ結構安心した事を覚えている。

登校班や子供会なんかが同グループだった友達が多かったこともかなり幸運だった。

いつだったか時期は詳しく覚えていないが何度目かの席替えの後、私の隣の席にはクラスの冴えない女の子がいた(以降Yさんと呼称する)

私が教科書を忘れて「見せて」と言った際だったか消しゴムを忘れて「借して」と言った際だったか、あからさまな態度と嫌味をもって拒否された。

初めて同じクラスになった私とそのYさんの間が、構築前から突如として誰にも知られずぶち壊れて険悪になった。

とにかく”きっかけ”は存在した。それは本人の属性や変えようのない部分ではなく、本人の言動のものに起因することだった。本当に瑣末な事だったが。

当時の私は、今よりもさらに「自分の損」に興味がなく、あけっぴろげの人間だったので、恥知らずわがままこそ言えど、「消しゴムが無い」と言われれば、ちぎって半分あげたし「教科書忘れた」と言われれば、そのまま貸すような人間だった。

また、奔放なぶん蛮行を働いて教師たちの御用になる事や、真面目タイプ女の子のチクリポイント稼ぎの養分にされる事も多かった。

要するにやりたい放題のガキ大将キャラだった。

クラス替えをして、全然知らない、普段かにしている、何の毒もなさそうな見た目の、ほとんど話をしたことが無いような人間からいきなり剥き出しの100%の敵意を出された事は私にとって苛立ちよりもまずはショックだった。そんなつっけんどんに拒絶されるものか?と思った。

多分Yさんも人付き合いがうまくなかったんだと今ならば思うし、人間の合う合わないはどうしようもない上に精神の未発達段階で大人対応をできるわけがない。

しかしたらどこかで知らないうちに嫌われることをしていたのかもしれない。

幼かった私は、Yさんから向けられた敵意を「あーなんか嫌われてるけどまぁいっか」とか「まぁそんなもんか」で処理することができなかった。

後にいじめと呼ばれるものになることの始まりは、あくま個人間の諍いであった。

私はYさんの剥き出しの敵意に対して意地になって目に見える形で露骨に応答した。

給食時間に同じ食器の運搬係になれば一人で給食から食器を運んだし、Yさんが牛乳係の時には自分のぶんは自分牛乳を配膳した。

大人であれば「なんやこいつ関わらんとこ」で済むような人間に対して、同じように敵意をむき出しにして徹底抗戦した。

当然相手も同じような態度を取り続けた。収束までずっと仲裁が入ることはなく、私とYさんの終わる事の無い喧嘩が始まった。

1人でやっているつもりでも教室内のピリついた空気は伝染する。

周囲が異変に気付き始める。

「何かあったの?」などと問われたことはなかった。当時の私はそう聞かれても、最初きっかけをうまく言語化できなかったと思う。ただ「あいつはわけからないけどなんか自分のことを嫌っているかこちらも戦う」という態度だけは徹底して取り続けた。私はYさんのあだ名命名した。キャッチーあだ名で、「デブ」とかの悪口では無い。まだ私はこの後大事になると微塵も思っていなかった。

しばらくしてクラス人間が真似をし始めた。地獄の始まりである

子供は愚かだ。ストッパーが無ければ増長して行動はエスカレートする。みんながやっていると善悪判断がつかないまま真似をする。

「仕掛けたのはあっちだ」とか「自分は嫌いな奴と1人で戦っていただけだ」と思っていたが、周囲がのってくると、自分もまたそれにつられて調子にのった。

「一緒にいじめよう」など口にせずとも、教室というフィールドの中で生じた歪みは波及していき、クラスメイトは不穏な空気を汲み取り同調していく。

かくしてYさんはスケープコートへと転がり落ちた。

当時意識していなかったが、不幸な事に自分にはそれだけの影響力があった。カースト上位に属するとはそういうことだった。アホアホが影響力を持つコミュニティ破滅に向かう。場面場面でお調子キャラが目立とうとして度を超えてやりすぎる事があったが、私はそれを止めなかったし、時には一緒になって参加した。「結託して集団いじめをしよう」などと言い出さなかったことだけは言えるが、言わなかっただけである。見えない鎖が教室に張り巡らされていた。

「〇〇菌」

誰が考えるのか、日本各地でいじめはなぜかいつもこの形に収束する。こうして個人間の喧嘩は、いつの間にか一見(というかどう見ても)私が主導したクラス全体のいじめ様相と化した。

ランダムペアを組むワークではYさんはいつもあぶれ、男子はおろか女子露骨に嫌がったし「Yさんの隣」や「Yさんを含む班」は席替えの度にハズレの席となった。いじられキャラは押し飛ばされてYさんとぶつけられるし、休み時間は「Y菌」で鬼ごっこが始まった。その頃には私がつけたあだ名は学年中に広まっていた。

愚かな私は、みんなが私の味方になった気がしていた。

今日今日まで喧嘩の発端(前述)すら誰にも話した事がなかった。「弱者一方的に」というつもりもなかった。私の中ではYさんが突如宣戦布告した戦争だった。

しかし結果としてやられたからやり返した「報復」という形をとって、一人の地味な女の子が得られるかもしれなかったささやか小学校時代をぶち壊した。

わたしはその頃、一度受けた傷はオーバーキル相手を倒しきるまで忘れない性格をしていた。一人で始めた戦いであって、自ら徒党を組むことはなかったが、加勢されることは私の正当性の現れな気がして拒否しなかった。その一方でこれは「いじめだ」とも頭のどこかでは認知していた。

勿論「つもり」が許されるいじめなど存在しない。

私は私の始めた喧嘩に、意図せずともクラス全体が引きずられていっておかしくなっていく事を止められるほど精神が発達していなかった。

これは言い訳も虚しいほど完全にいじめだ。物理的な暴力や器物の損壊が伴わなかっただけだ。個人間の不仲から発展した空気ムードとなって場を支配し、カーストを動かし、もはや私の手で収束できる問題ではなくなってしまった。

6年生になる。いよいよ看過できないレベルにまでいじめが広がる。

高学年にもなると知恵をつけて、その方法もより精神をえぐるものになる。

他のクラスでは直接的に集団で殴る蹴る下着を脱がされるの暴行や、給食費を盗が盗まれる物が隠されるとかの、より凶悪問題顕在化しており、6年生になってからは同学年の4クラス中2クラス学級崩壊していた。私のクラスでは、目に見えてYさんの村八分が酷くなっていた。Yさんがどれほど身の狭い思いをして修学旅行を過ごしたのか、私は想像もできない。他人事のように書いてしまっているが私の責任である自分の手を汚さないやり方を望んでいたわけではない。私は私でYさんと相変わらず徹底抗戦していたのだ。

Yさんが給食係をやれば「あいつが配ったスプーンご飯を食べたくない」という言葉が囁かれた。誰がどう見ても個人間の喧嘩では無い。

ある時、昼休みだったか総合」の時間割だったか時間に私はクラス担任から事情聴取を受けた。

あなたいじめをしているでしょう」という直球だった。

私は「していない!」と訴えた。(それはいじめというのだよ、小学生の私よ)それでもそれ以上続く言葉出てこなかった。罪への意識は十分あった。

私がYさんにやられてる以上に痛めつけてしまっていたことも理解していた。

その日の放課後ホームルームで学級裁判が起きた。

まずは「このクラスいじめがあることを認識しているか」といった主旨の質問が全員に向けて発せられた。周知の事実だったが全員がすっとぼけた。

なぜこんなことになっているのか、原因がなんなのか誰もわかっていないにも関わらず、Yさんへのいじめを知らない人間は同学年に居ない。

全員の前で「先生は(私)さんが主犯格でやっているように見えている」と担任から名指しで名前が挙げられた。

「Yさんにきちんと謝りなさい」と言われた。体がロボットのように動いたがどうやって謝ったのか覚えていない。

いじめだと内心で思ってきた事をここまできてようやく裁かれた気がした。

「手から離れた問題雪だるま式で大きくなり敗戦処理の段階になって、私はトカゲのしっぽとなって切り離された」という事実をもって。

私は確かにYさんと冷戦をして、原因も話さず、周囲が巻き込まれていくことを止めもせず、1人の小学校時代を壊滅させた。始めたのは私だ。止めなかったのも私だ。わかりやす戦犯だ。私の後に「私も加担した」と続く者はいなかった。

かに無視しろ」と命令したとか、「あいつのこと避けよう」とか私は言っていない。でも嫌悪感を態度で表して周囲はそれを忖度した。

「誰がはじめたいじめなのか」とか、「あいはいじめに加担してない」とかはどこからを言うのだろうか。教室はお通夜になった。

「むしろお前らこそいじめてただろ」とも思った。普通に考えて悪いのは私だ。理解している。

醸成された空気に異を唱える小学生はいない。我関せずすらも難しい。せめて普通に無視してあげる事が関の山だ。小学生カーストで一度つけられた烙印はなかなか消えない。玉突き事故を起こしたら自分の居場所が保てなくなる。

本来であれば穏やかに過ごせるはずだったささやか生活台無しにした。どれだけ胃が痛かったろうと思う。遠足修学旅行も楽しくないものだったろうかと勝手に思う。向こうはなぜ私と交戦状態になっているかもわかっていなかったと思う。私も当時はうまく言語化できなかった。

学級裁判の後、Yさんのいじめの件はクラス黒歴史のように禁忌となり、「聲の形」の石田くんのような転落を味わうことなく、私は卒業した。Yさんもついぞ何がきっかけで始まったのか口に出さなかったが(というか引き金を認識していなかっただろうが)一人静かにけがえのない青春の一部を失った。それは取り戻すことはできない。

その後、地元公立中学校に進学した私はスクールカーストに属する事をやめた。

自分の意地や些細な喧嘩で人を壊すと思うと恐ろしくなった。中学では勉強マシーンになり、人と仲良くなりすぎる事も辞めた。

私の進んだ中学校は私の居たA小学校と、一回り規模の小さいB小学校から進学してくる生徒でほぼ100%になる。

大規模ないじめに発展する問題を起こした人間が言うのはあまりおかしな話だが、B小学校から上がってきた人間は本当に問題児ばかりであった。母数が少ないのでA小学校出身者に舐められまいとして毎年こうなるのだと後で知った。

私は同じ中学校に進学したYさんの小学校時代の話は何も言わなかったし、Yさんとは一度だけ同じクラスになった記憶があるが直接会話もしなかった。

それでも誰かが広めたのであろう、私のつけたあだ名過去はB小学校出身者にも簡単に広がった。何が起きたのか事実も発端も知らずに面白おかしく吹聴する輩がいる。

中学1年生の時、B小学校出身の友人から話があった。英語の授業で当てられたYさんは"How many friends do you have?"という英語教師の問いに"I have many frieds."と答えたそうだ。友人は笑っていたが私はとても笑えなかった。

それでもYさんにはB小学校から来た友達が少しだけできたように見えた。私にとってそれは少しだけ救いだった。

私は中学校生活の中で、2年生から入った塾関連で話しをする人は居たが新しい友達(と言える存在)は出来なかった。

入ったバスケットボール部でも当たり障りのない会話をする人は居たし、たまに一緒にふざける人たちもいたが、順番に繰り返される暴力金銭授受の絡むいじめを見てから人間関係がわからなくなった。

どうしても同じ時間を過ごさなければいけないタイミングでは、それまでのキャラで場当たり的に属したが、残りの時間勉強を頑張る人たちや、それまでの小学校から仲良くしていた人たちと細々とつるんだ。

兄の影響で2個上の先輩達から可愛がられたが、1個上の先輩からはその反感もあってかすこぶる嫌われた。はっきりいって居場所はなかった。あれこれ「自分資格がない」と思って罰だと思って受け入れたし、居場所を作る気もなかったので当たり前だが。

私がおとなしくしている間にも悲劇は拡大・再生産されていた。問題児ばかりのB小学校出身者は次々とA小学校出身者を再起不能にして登校拒否にさせた。そんな中Yさんは大きないじめにあっていなかったように思う。あまり関わっていなかったので”多分"だが。

A小学校の時に明るかった人間クラスカーストでも最下層でもなかった人間が次々と再起不能にされていく様を見ると何か色々と惨めな気分になった。自分の愚かさにもしょげた。

そこからは影に徹してひたすら勉強ばかりした。

私はミステリアスキャラになった。B小学校の人たちからちょっかいをかけられたり、体育祭の後の打ち上げで軽くハブられて悔しい思いをしたり、順番に巡るいじめ被害にあった人間に擦り寄られたりすることもあったが、そんなことはどうでもよかった。なんだかんだで助けてくれた人はいた。とにかく適当に過ごした。気持ち悪くてダサい人間関係から離れたかった。自分黒歴史を見るようだった。

小学校時代猿山大将として過ごし、学級裁判だんじりから見事に転げ落ちた私はとにかく静かに過ごしたかった。今更許される事でもないが悪いことはもうしたくなかった。被害者ぶる事は無かった。昼休みは一人で過ごす事が多かったし放課後に誰かと遊ぶことも極端に減った。自分の中身がそっくり入れ替わった気がした。

高校に入ってからしょうもないことを言う人はいなくなった。とても楽だった。楽しかったし友達も沢山できた。

自分が変われた、受け入れられた気がした。でもそんなことを感じて良いのだろうか?被害者は忘れることはない。

大学ではもう完全にみんな大人になった。大学はもうそのまま社会だ。

アホはいるが当たり前の常識をわきまえた人間が多い。彼らの中にも私と同じような後悔を抱えていたり、するのだろうか?と思うことがある。

過去の過ちは消えないし心に負った傷や失ったものはもう取り返せない。

私は27歳になった。

人をいじったりすることは相変わらず得意だが、全然違う性格になっている。

職場で多くの人を見てきて、人に好かれる人間と人が離れていく人間について考えた。自分の悪かったところと向き合って見直せるようになった。

人に言われたことは言ってくれたことだと思えるようになった。

でも今の私がいろんな人に優しくしたり、何かを与えることでYさんには何かあるのだろうか?と思う。

これは償いか?罪滅ぼしなのか?何を?誰のために?自分が楽になりたいだけか?と思う。(申し上げにくいが今でもYさんと仲良くできるとは思わないが)

二十歳を超えてから仲良くなった人たちと話しをしていて、いじめを受けたことがある人間が多く存在することを知った。そうした話しを聞くと胸が苦しくなって呼吸がおかしくなる。都合のいい人間だ。いじめられていた人間自分の話をするかどうかで済むが、いじめをしていた人間は誰かに言い出すことができない。懺悔しかならないからだ。

いじめをうけたことのある人間は私を軽蔑するだろうか。憎むだろうか。

私は自分の身近な人や、大切な人がいじめを受けて苦しんだことに対して義憤を感じる。あまり勝手すぎる。そんなことを感じることが許されない前科者だ。

Yさんは今、何をしているだろうか?高校生の頃に制服姿のYさんを見かけた事がある。そのあとは知らない。友達はできたか大学に進学したのか。就職したのか。どこに住んでいるのか。小学校の頃の事など何処吹く風でどこかで楽しく生きているだろうか。自分に自信を持てただろうか。自己破壊けが目的人生を送らないでほしいと身勝手に思う。わたしは許されることは無いし、やったことが無かったことにもならない。だから私のことは怨み倒して構わない。

でもYさんはどこかで自己肯定して救いがあったと思える人生を送って欲しい。私は一生この罪を背負って生きていかねばならないと思っている。

精神成熟していないコミュティ悲劇だ。教員のせいにすることもできない。

とんでもないくだらない理由いじめが生じる。生贄が生じる。あるものは一生消えない傷を、ある者は罪を感じて、大多数は何も覚えていない。

イニシエーションとして自分の大切な人がスケープゴートになったら?私は許せない。傷つけた人間をタダでは済まさない。

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今日小学校の頃からの仲で、Yさんに関する顛末を知っている友人に連絡をしてファクトに関する認識合わせをした。

その友人はやはり「私が主犯格に見えた」と言った。と同時に「でも流された自分も同

2019-08-28

[]2019年8月27日火曜日増田

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2019-08-27

anond:20190827004126

最後が切れたので追記する

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今日小学校の頃からの仲で、Yさんに関する顛末を知っている友人に連絡をしてファクトに関する認識合わせをした。

その友人はやはり「私が主犯格に見えた」と言った。と同時に「でも流された自分も同罪だし、あれはクラス全員が共犯者だった」と言った。

「”聲の形”のようにYさんを今から救うことはできないし、許されることもないし、反省して何かを学び取るしかできることはない」と言った。

あの時、だんじりから転げ落ちた私を見た人たちも罪悪感を抱えているのだろうか。そうなのだとしたらそれも狂気を止めなかった私のせいな気がする。

B中学校出身いじめをしていた人間は罪の意識に苛むことはあるのだろうか。何もなかったようにのうのうと生きているのだろうか。

どこかで偶然遭遇したとして、Yさんは私から謝罪が欲しいだろうか。楽になりたいと思う私のエゴだろうか。

こういうことは忘れてはいけない気がする。だからまた”聲の形”を見る。

私は今、何をすることができるだろうか。贖罪とは。

聲の形”を見て思うこと

私は小学校の時にいじめ主犯格になった事がある。

最初に"聲の形"を見た時に重なる部分が多くて具合が悪くなった。

昨日何度目かの視聴をした。

かなり醜い話と懺悔になるが思うことを書いていく。

なんというか、人間記憶主観的だし恣意的だ。見たいものを見たいようにしか見ていない。

ファクトはあるが、どう見えているかはみんなバラバラだし、昔の事ともなるとファクト自体あやふやになる。

少しぼかして書いていることもある。

***********

私は小学生の時に学級カーストトップグループにいた。

クラスの中でも小柄だったが、テストは毎回100点、頭が切れて口喧嘩が強い、悪ガキで面白い遊びを思いつく。

何やっても要領が良い、どうするのが正解か知っていても大人に媚びるのが大嫌い。

喧嘩っ早くて体格が上だろうと年上だろうと取っ組み合いしてぶっ飛ばされたり怪我しょっちゅうしていた。

自分小学校教員であれば面倒を見たくない存在だった。

私には2つ上の兄と3つ下の弟がいる。お陰で交友関係が広かった。

そうした背景もあってか小学校に入ってからずっと、誰に対しても物怖じせずにあれこれ言ってきた。先入観をあまり持たずに人と接してきた。

男の子女の子、年上、年下、昼休みにドッチボールをする人、本が好きで静かな人、お金持ちの家の人、幼稚園上がりの人、保育園上がりの人、勉強が苦手な人、ゲーム好きな人ゲームを買ってもらえない人、野球をやっている人、サッカーをやっている人、わがままな人、音読で閊える人、発達障害っぽい人、同学年の女の子全員からキモがられていた「小1の時に教室の真ん中で***を漏らした人」とも。

カーストのどのTierの人とも話せるのが私の強みだったし、(今思えばやりすぎているが)笑わせたり弄ったりできた。

小学校5年生の時だった、私のいた小学校では各学年に4クラスあって3年生と5年生でクラス替えが行われる。

5年生のクラスメンバーには1年生の時から友達も3年生から友達も多く、割と見知った顔に囲まれ結構安心した事を覚えている。

登校班や子供会なんかが同グループだった友達が多かったこともかなり幸運だった。

いつだったか時期は詳しく覚えていないが何度目かの席替えの後、私の隣の席にはクラスの冴えない女の子がいた(以降Yさんと呼称する)

私が教科書を忘れて「見せて」と言った際だったか消しゴムを忘れて「借して」と言った際だったか、あからさまな態度と嫌味をもって拒否された。

初めて同じクラスになった私とそのYさんの間が、構築前から突如として誰にも知られずぶち壊れて険悪になった。

とにかく”きっかけ”は存在した。それは本人の属性や変えようのない部分ではなく、本人の言動のものに起因することだった。本当に瑣末な事だったが。

当時の私は、今よりもさらに「自分の損」に興味がなく、あけっぴろげの人間だったので、恥知らずわがままこそ言えど、「消しゴムが無い」と言われれば、ちぎって半分あげたし「教科書忘れた」と言われれば、そのまま貸すような人間だった。

また、奔放なぶん蛮行を働いて教師たちの御用になる事や、真面目タイプ女の子のチクリポイント稼ぎの養分にされる事も多かった。

要するにやりたい放題のガキ大将キャラだった。

クラス替えをして、全然知らない、普段かにしている、何の毒もなさそうな見た目の、ほとんど話をしたことが無いような人間からいきなり剥き出しの100%の敵意を出された事は私にとって苛立ちよりもまずはショックだった。そんなつっけんどんに拒絶されるものか?と思った。

多分Yさんも人付き合いがうまくなかったんだと今ならば思うし、人間の合う合わないはどうしようもない上に精神の未発達段階で大人対応をできるわけがない。

しかしたらどこかで知らないうちに嫌われることをしていたのかもしれない。

幼かった私は、Yさんから向けられた敵意を「あーなんか嫌われてるけどまぁいっか」とか「まぁそんなもんか」で処理することができなかった。

後にいじめと呼ばれるものになることの始まりは、あくま個人間の諍いであった。

私はYさんの剥き出しの敵意に対して意地になって目に見える形で露骨に応答した。

給食時間に同じ食器の運搬係になれば一人で給食から食器を運んだし、Yさんが牛乳係の時には自分のぶんは自分牛乳を配膳した。

大人であれば「なんやこいつ関わらんとこ」で済むような人間に対して、同じように敵意をむき出しにして徹底抗戦した。

当然相手も同じような態度を取り続けた。収束までずっと仲裁が入ることはなく、私とYさんの終わる事の無い喧嘩が始まった。

1人でやっているつもりでも教室内のピリついた空気は伝染する。

周囲が異変に気付き始める。

「何かあったの?」などと問われたことはなかった。当時の私はそう聞かれても、最初きっかけをうまく言語化できなかったと思う。ただ「あいつはわけからないけどなんか自分のことを嫌っているかこちらも戦う」という態度だけは徹底して取り続けた。私はYさんのあだ名命名した。キャッチーあだ名で、「デブ」とかの悪口では無い。まだ私はこの後大事になると微塵も思っていなかった。

しばらくしてクラス人間が真似をし始めた。地獄の始まりである

子供は愚かだ。ストッパーが無ければ増長して行動はエスカレートする。みんながやっていると善悪判断がつかないまま真似をする。

「仕掛けたのはあっちだ」とか「自分は嫌いな奴と1人で戦っていただけだ」と思っていたが、周囲がのってくると、自分もまたそれにつられて調子にのった。

「一緒にいじめよう」など口にせずとも、教室というフィールドの中で生じた歪みは波及していき、クラスメイトは不穏な空気を汲み取り同調していく。

かくしてYさんはスケープコートへと転がり落ちた。

当時意識していなかったが、不幸な事に自分にはそれだけの影響力があった。カースト上位に属するとはそういうことだった。アホアホが影響力を持つコミュニティ破滅に向かう。場面場面でお調子キャラが目立とうとして度を超えてやりすぎる事があったが、私はそれを止めなかったし、時には一緒になって参加した。「結託して集団いじめをしよう」などと言い出さなかったことだけは言えるが、言わなかっただけである。見えない鎖が教室に張り巡らされていた。

「〇〇菌」

誰が考えるのか、日本各地でいじめはなぜかいつもこの形に収束する。こうして個人間の喧嘩は、いつの間にか一見(というかどう見ても)私が主導したクラス全体のいじめ様相と化した。

ランダムペアを組むワークではYさんはいつもあぶれ、男子はおろか女子露骨に嫌がったし「Yさんの隣」や「Yさんを含む班」は席替えの度にハズレの席となった。いじられキャラは押し飛ばされてYさんとぶつけられるし、休み時間は「Y菌」で鬼ごっこが始まった。その頃には私がつけたあだ名は学年中に広まっていた。

愚かな私は、みんなが私の味方になった気がしていた。

今日今日まで喧嘩の発端(前述)すら誰にも話した事がなかった。「弱者一方的に」というつもりもなかった。私の中ではYさんが突如宣戦布告した戦争だった。

しかし結果としてやられたからやり返した「報復」という形をとって、一人の地味な女の子が得られるかもしれなかったささやか小学校時代をぶち壊した。

わたしはその頃、一度受けた傷はオーバーキル相手を倒しきるまで忘れない性格をしていた。一人で始めた戦いであって、自ら徒党を組むことはなかったが、加勢されることは私の正当性の現れな気がして拒否しなかった。その一方でこれは「いじめだ」とも頭のどこかでは認知していた。

勿論「つもり」が許されるいじめなど存在しない。

私は私の始めた喧嘩に、意図せずともクラス全体が引きずられていっておかしくなっていく事を止められるほど精神が発達していなかった。

これは言い訳も虚しいほど完全にいじめだ。物理的な暴力や器物の損壊が伴わなかっただけだ。個人間の不仲から発展した空気ムードとなって場を支配し、カーストを動かし、もはや私の手で収束できる問題ではなくなってしまった。

6年生になる。いよいよ看過できないレベルにまでいじめが広がる。

高学年にもなると知恵をつけて、その方法もより精神をえぐるものになる。

他のクラスでは直接的に集団で殴る蹴る下着を脱がされるの暴行や、給食費を盗が盗まれる物が隠されるとかの、より凶悪問題顕在化しており、6年生になってからは同学年の4クラス中2クラス学級崩壊していた。私のクラスでは、目に見えてYさんの村八分が酷くなっていた。Yさんがどれほど身の狭い思いをして修学旅行を過ごしたのか、私は想像もできない。他人事のように書いてしまっているが私の責任である自分の手を汚さないやり方を望んでいたわけではない。私は私でYさんと相変わらず徹底抗戦していたのだ。

Yさんが給食係をやれば「あいつが配ったスプーンご飯を食べたくない」という言葉が囁かれた。誰がどう見ても個人間の喧嘩では無い。

ある時、昼休みだったか総合」の時間割だったか時間に私はクラス担任から事情聴取を受けた。

あなたいじめをしているでしょう」という直球だった。

私は「していない!」と訴えた。(それはいじめというのだよ、小学生の私よ)それでもそれ以上続く言葉出てこなかった。罪への意識は十分あった。

私がYさんにやられてる以上に痛めつけてしまっていたことも理解していた。

その日の放課後ホームルームで学級裁判が起きた。

まずは「このクラスいじめがあることを認識しているか」といった主旨の質問が全員に向けて発せられた。周知の事実だったが全員がすっとぼけた。

なぜこんなことになっているのか、原因がなんなのか誰もわかっていないにも関わらず、Yさんへのいじめを知らない人間は同学年に居ない。

全員の前で「先生は(私)さんが主犯格でやっているように見えている」と担任から名指しで名前が挙げられた。

「Yさんにきちんと謝りなさい」と言われた。体がロボットのように動いたがどうやって謝ったのか覚えていない。

いじめだと内心で思ってきた事をここまできてようやく裁かれた気がした。

「手から離れた問題雪だるま式で大きくなり敗戦処理の段階になって、私はトカゲのしっぽとなって切り離された」という事実をもって。

私は確かにYさんと冷戦をして、原因も話さず、周囲が巻き込まれていくことを止めもせず、1人の小学校時代を壊滅させた。始めたのは私だ。止めなかったのも私だ。わかりやす戦犯だ。私の後に「私も加担した」と続く者はいなかった。

かに無視しろ」と命令したとか、「あいつのこと避けよう」とか私は言っていない。でも嫌悪感を態度で表して周囲はそれを忖度した。

「誰がはじめたいじめなのか」とか、「あいはいじめに加担してない」とかはどこからを言うのだろうか。教室はお通夜になった。

「むしろお前らこそいじめてただろ」とも思った。普通に考えて悪いのは私だ。理解している。

醸成された空気に異を唱える小学生はいない。我関せずすらも難しい。せめて普通に無視してあげる事が関の山だ。小学生カーストで一度つけられた烙印はなかなか消えない。玉突き事故を起こしたら自分の居場所が保てなくなる。

本来であれば穏やかに過ごせるはずだったささやか生活台無しにした。どれだけ胃が痛かったろうと思う。遠足修学旅行も楽しくないものだったろうかと勝手に思う。向こうはなぜ私と交戦状態になっているかもわかっていなかったと思う。私も当時はうまく言語化できなかった。

学級裁判の後、Yさんのいじめの件はクラス黒歴史のように禁忌となり、「聲の形」の石田くんのような転落を味わうことなく、私は卒業した。Yさんもついぞ何がきっかけで始まったのか口に出さなかったが(というか引き金を認識していなかっただろうが)一人静かにけがえのない青春の一部を失った。それは取り戻すことはできない。

その後、地元公立中学校に進学した私はスクールカーストに属する事をやめた。

自分の意地や些細な喧嘩で人を壊すと思うと恐ろしくなった。中学では勉強マシーンになり、人と仲良くなりすぎる事も辞めた。

私の進んだ中学校は私の居たA小学校と、一回り規模の小さいB小学校から進学してくる生徒でほぼ100%になる。

大規模ないじめに発展する問題を起こした人間が言うのはあまりおかしな話だが、B小学校から上がってきた人間は本当に問題児ばかりであった。母数が少ないのでA小学校出身者に舐められまいとして毎年こうなるのだと後で知った。

私は同じ中学校に進学したYさんの小学校時代の話は何も言わなかったし、Yさんとは一度だけ同じクラスになった記憶があるが直接会話もしなかった。

それでも誰かが広めたのであろう、私のつけたあだ名過去はB小学校出身者にも簡単に広がった。何が起きたのか事実も発端も知らずに面白おかしく吹聴する輩がいる。

中学1年生の時、B小学校出身の友人から話があった。英語の授業で当てられたYさんは"How many friends do you have?"という英語教師の問いに"I have many frieds."と答えたそうだ。友人は笑っていたが私はとても笑えなかった。

それでもYさんにはB小学校から来た友達が少しだけできたように見えた。私にとってそれは少しだけ救いだった。

私は中学校生活の中で、2年生から入った塾関連で話しをする人は居たが新しい友達(と言える存在)は出来なかった。

入ったバスケットボール部でも当たり障りのない会話をする人は居たし、たまに一緒にふざける人たちもいたが、順番に繰り返される暴力金銭授受の絡むいじめを見てから人間関係がわからなくなった。

どうしても同じ時間を過ごさなければいけないタイミングでは、それまでのキャラで場当たり的に属したが、残りの時間勉強を頑張る人たちや、それまでの小学校から仲良くしていた人たちと細々とつるんだ。

兄の影響で2個上の先輩達から可愛がられたが、1個上の先輩からはその反感もあってかすこぶる嫌われた。はっきりいって居場所はなかった。あれこれ「自分資格がない」と思って罰だと思って受け入れたし、居場所を作る気もなかったので当たり前だが。

私がおとなしくしている間にも悲劇は拡大・再生産されていた。問題児ばかりのB小学校出身者は次々とA小学校出身者を再起不能にして登校拒否にさせた。そんな中Yさんは大きないじめにあっていなかったように思う。あまり関わっていなかったので”多分"だが。

A小学校の時に明るかった人間クラスカーストでも最下層でもなかった人間が次々と再起不能にされていく様を見ると何か色々と惨めな気分になった。自分の愚かさにもしょげた。

そこからは影に徹してひたすら勉強ばかりした。

私はミステリアスキャラになった。B小学校の人たちからちょっかいをかけられたり、体育祭の後の打ち上げで軽くハブられて悔しい思いをしたり、順番に巡るいじめ被害にあった人間に擦り寄られたりすることもあったが、そんなことはどうでもよかった。なんだかんだで助けてくれた人はいた。とにかく適当に過ごした。気持ち悪くてダサい人間関係から離れたかった。自分黒歴史を見るようだった。

小学校時代猿山大将として過ごし、学級裁判だんじりから見事に転げ落ちた私はとにかく静かに過ごしたかった。今更許される事でもないが悪いことはもうしたくなかった。被害者ぶる事は無かった。昼休みは一人で過ごす事が多かったし放課後に誰かと遊ぶことも極端に減った。自分の中身がそっくり入れ替わった気がした。

高校に入ってからしょうもないことを言う人はいなくなった。とても楽だった。楽しかったし友達も沢山できた。

自分が変われた、受け入れられた気がした。でもそんなことを感じて良いのだろうか?被害者は忘れることはない。

大学ではもう完全にみんな大人になった。大学はもうそのまま社会だ。

アホはいるが当たり前の常識をわきまえた人間が多い。彼らの中にも私と同じような後悔を抱えていたり、するのだろうか?と思うことがある。

過去の過ちは消えないし心に負った傷や失ったものはもう取り返せない。

私は27歳になった。

人をいじったりすることは相変わらず得意だが、全然違う性格になっている。

職場で多くの人を見てきて、人に好かれる人間と人が離れていく人間について考えた。自分の悪かったところと向き合って見直せるようになった。

人に言われたことは言ってくれたことだと思えるようになった。

でも今の私がいろんな人に優しくしたり、何かを与えることでYさんには何かあるのだろうか?と思う。

これは償いか?罪滅ぼしなのか?何を?誰のために?自分が楽になりたいだけか?と思う。(申し上げにくいが今でもYさんと仲良くできるとは思わないが)

二十歳を超えてから仲良くなった人たちと話しをしていて、いじめを受けたことがある人間が多く存在することを知った。そうした話しを聞くと胸が苦しくなって呼吸がおかしくなる。都合のいい人間だ。いじめられていた人間自分の話をするかどうかで済むが、いじめをしていた人間は誰かに言い出すことができない。懺悔しかならないからだ。

いじめをうけたことのある人間は私を軽蔑するだろうか。憎むだろうか。

私は自分の身近な人や、大切な人がいじめを受けて苦しんだことに対して義憤を感じる。あまり勝手すぎる。そんなことを感じることが許されない前科者だ。

Yさんは今、何をしているだろうか?高校生の頃に制服姿のYさんを見かけた事がある。そのあとは知らない。友達はできたか大学に進学したのか。就職したのか。どこに住んでいるのか。小学校の頃の事など何処吹く風でどこかで楽しく生きているだろうか。自分に自信を持てただろうか。自己破壊けが目的人生を送らないでほしいと身勝手に思う。わたしは許されることは無いし、やったことが無かったことにもならない。だから私のことは怨み倒して構わない。

でもYさんはどこかで自己肯定して救いがあったと思える人生を送って欲しい。私は一生この罪を背負って生きていかねばならないと思っている。

精神成熟していないコミュティ悲劇だ。教員のせいにすることもできない。

とんでもないくだらない理由いじめが生じる。生贄が生じる。あるものは一生消えない傷を、ある者は罪を感じて、大多数は何も覚えていない。

イニシエーションとして自分の大切な人がスケープゴートになったら?私は許せない。傷つけた人間をタダでは済まさない。

***********

今日小学校の頃からの仲で、Yさんに関する顛末を知っている友人に連絡をしてファクトに関する認識合わせをした。

その友人はやはり「私が主犯格に見えた」と言った。と同時に「でも流された Permalink | 記事への反応(7) | 00:41

2019-07-22

未だ混乱の中

ハルヒが3話辺りまで放映された頃、友人に強く勧められて見始めた。深夜アニメはよく観ていたけど、ラノベ原作ハーレム物だと思っていて(まぁ完全に間違いでもないが)避けてた。そして視聴してすぐどハマリ

近所に住んでいたので、よくあの待ち合わせ場所で友人と罰金!などと言い合ったり。

エンドレスエイトSNS(あの頃はmixi)で知らん人と議論して盛り上がったなぁ。今は批判ばかりだけれど私はリアルタイムループ感を感じられて割と気に入ってた。

就活で切羽詰まってたときには消失を観て励まされた。ちなみに京アニ一般事務で応募したけどかすりもせず…万が一ここで入ってた今どうなってたんだろうと少し思う。

働いてしばらくアニメから離れていたけどFree!第一報のキャラの後ろ姿を見ただけで夢中になった。京アニ女性向けを作ってくれる!という興奮、今も覚えている。

1話から、なんて綺麗に水の質感を描くのだろうと惚れ惚れしたし、なんと言っても筋肉造形が…京アニありがとうって何度思ったか

旅行計画だけ綿密に立てていて結局仕事が立て込んでいて行けなかった岩美町気持ちがもう少し落ち着いたら行こう。

仕事が大変なとき産後鬱になりかけていたときありがちな言葉だけど救われたことが何回もあった。辞めてしまっていた創作Free!に触発されて再開した。

聲の形はそういえば妊娠中に観に行った。良い胎教になったと思う。

つらつら書き出してみて、女子高生母親にになるまで、ずっと側に京アニ作品があったと思い知る。

今は心が抉られ、ニュースを見かけるたび手先が冷える。放火被害者描写ミスミソウ連想してしまった。

アンナチュラルでも火災被害者の検死をするシーンがあった。

無駄感受性が強く感化されやすいので、深く考えないようにしても、あんな、考え得る限り最も辛い亡くなり方をされた方々の苦しみを思ってしまう。

本当に貴重な人材が、とか、Free!の続編が、とかも辛いけれど、何よりも、私の人生の一端を彩ってくれた作品を産み出してくれた方々が、名前を存じ上げている方々が、そんな目に合ったことに耐えられない。

どんなに悼んでも偲んでも祈ってもその人たちの苦しみは現実だ。

しかっただろう、痛かっただろう、熱かっただろう、訳が分からなかっただろう、悔しかっただろう、怖かっただろう、絶対絶対にこんなところでこんな目に合わされていいはずなかった、こんな悪意に曝されていいはずなかった。

亡くなった方はもしかしたら私と同じように小さな子どもを持つお母さんだったかもしれない、みんな誰かの大切な人だった。


気持ちのやりどころがない。

Free!映画を何度も観て支援しようと思うけれど、スタッフロールに耐えられるだろうか。そもそも絵を見るだけで、この絵を描いた方は今生きているのかと、そんな気持ちが湧き上がってきて、苦しい。

子連れアニメイトに行きにくいので、ダウンロード販売だけちまちまと購入している。

毎晩寝ようとすると事件のことがワーッと思い返されて泣いてしまってほとんど寝れず、ぼんやりしている。

事件から日経って少し落ち着いてきて、ふと笑って会話しているときなどに、あんなに苦しんだ人たちがいるのに私は笑って生きている…と申し訳ない、でもないけれど、どうしようもない気持ちになる。

負けないでとか、そんなこともまだ言えない。

こうして吐き出すことでほんの少しでも気持ちが整理されたような気はする。

でも、この悲しみが薄れていくことすら辛い。

anond:20190722043621

京アニという会社と、聲の形というアニメと、聲の形という漫画キャラクターと、その作者

全部同一視するとか基地外かな?

京アニがああなったの本当にやめて欲しかった

京アニだけはああなってはいけなかった。本当に自分にとってはクリティカルだった。

ずっと、聲の形が嫌いだった。一番最初読み切りwebアップロードされたその日から、ずっと憎しみをためていた。

もう何度も言われたことだろうけど、あの作品の、“ヒロインが完全に慈悲深く邪念の無い天使であるが故に成立するシナリオ”、それが本当に大嫌いだった。

耳の聞こえないヒロイン天使であるが故に成立する感動。初めて読んだ時に、頭が理解するよりも先に拒否反応が出ていたし、声を出してかぶりを振った。

障害者聖人に仕立て上げることによって“健常者”に対して感動を産むシナリオ、それが本当に嫌いだった。

障害者は健常者の感動の道具じゃない。障害者も、健常者と同じ、人間なんだ。同じステージに立っている、同じ生き物なんだ。なのに、健常者がマジョリティであり、そちらをターゲットにした方が“売れる”というただそれだけの理由主人公を健常者として設定し、障害者を健常者にとって都合のいい操り人形にした編集作家、その作品、そしてそれに陳腐な感動の涙を流した読者全員が、本当に嫌いだったし、だけどその嫌悪感が圧倒的にマイノリティであるという事実が本当に悔しかった。

聲の形が大嫌いだった。

聲の形京アニアニメ化された時、自分ほとんど嫌悪感からその事実に目を背けていた。

youtubeとか、まとめサイトサムネイルだけはちらりと見えてはいたが、クリックすることはなかった。クソみたいな漫画のクソみたいな焼き直しだと思っていたから。京アニきれいな作画にのみ裏打ちされた身の丈に合わない虚構評価を精々貪るがいい、なんてずっと思っていた。

やがてブームが去った。聲の形話題を出すマジョリティは数を減らし、やがてほとんど語られなくなった。それに比例するように自分の心のざわざわも減っていった。

これで平安になると思った。やっとそう思うことができた。実際、しばらく自分の心は穏やかだった。聲の形のことはすっきり忘れて、自分自身の本来生活に戻っていった。

なのに、燃えた。

燃えて、その瞬間的な衝撃が時間とともに和らいでいったあと、思ったのは聲の形のことだった。

聲の形の、悲劇性のともなった障害者物語のメインとして登場するにも関わらず、結局はすべて健常者の視点世界説明され、健常者のカタルシスを得るかたちで幕を閉じるあのシナリオが、本当に大嫌いだった。

でも、わかっていた。その主張は、どこかの著名かつ善良な障害者が、「でも、自分は好きですけどね、聲の形」なんて発言すればすぐにガラガラと崩れ去るものだということが。なぜなら、当事者意見から外野いくらわめき散らしても所詮外野で、話のど真ん中にいる人間言葉には勝てないし、そもそもその言葉のものが真理じみてしまうから、勝つ勝てない以前の問題になってしまう。それくらい、当事者言葉は強い。

京アニがああなって、京アニ一種人格じみたような物が形成されたように思う。

京アニ構成する人々の声、とかじゃなくて、京都アニメーションという会社のものが、あれを期にひとつの生き物のようなオーラを発散しはじめたような気がする。皆、事件の“被害者のもの”のことを気にかけるよりも、その人たちが失われることによって京アニにどれだけの“損害”が出ているかのほうばかり気にしている気がするからだ。エリートアニメーターがどうだ、監督がどうだ、アニメ資料がどうだ、京アニ歴史がどうだ、そんなことばかり話題にあがり、“被害者のもの”を気にかけているのはその人たちの親類ばかりだ。人々の存在のもの希薄になっている。だから相対的に、そういう意味において、京都アニメーション被害者の誰よりも人間らしい。

その京アニ身体の一部を欠損した。京アニ障害者になった。

聲の形障害者を身内に抱え込むことに成功し、箔がついた。今後、京アニがどうなったとしても、その箔は一生はがれないだろう。とんでもない悪に身を染めていました、なんて事実が出てこない限り。

から今後京アニ作品は、少なくとも評価が下がることは無い。悲劇性のともなった障害者を目の前にすると人間は冷静な判断をすることができないからだ。そしてそれは聲の形ヒロインを見て涙を流した圧倒的多数の読者たちと同じだ。

あの犯人はこの世で最もクソみたいな方法虚構現実を繋げてしまった。もう京アニ作品を冷静な目で見る人間は現れない。

京アニがああなったの本当にやめて欲しかった。

2019-07-19

anond:20190719205154

いや、そこは三分割で考えるべきで、

1「漫画とかよく読む普通オタク向けアニメ

2「深夜アニメ積極的に観る萌えオタ向けのアニメ

3「漫画とか読まない非オタ向けのアニメ

聲の形は1、けいおんハルヒは2(だけど大ヒットしたから1の人も観てる)、ドラえもんとかが3。

聲の形は週マガ連載のヒット作だからオタクあいだでは別にマイナーではない。

ただ完全な非オタにとっては、むしろけいおんハルヒのほうが、ネットテレビで「こんなに流行ってます」って言われて知る機会が多いんだよ。

anond:20190719205154

聲の形は「オタクっぽくないアニメ」の中ではマイナーだけど、けいおん!ハルヒは「オタクっぽいアニメ」の代表作として名前が知られてるから、まぁ、そんなもんだよ

あと聲の形オタクから見ると「オタクっぽくない」と感じるかもしれないけど、あれめちゃくちゃオタク受け意識した作品だと思うよ。けいおん!オタク以外も好むけど聲の形にどハマりするヤツは大抵すげぇオタク

Airで泣き、ハルヒで泣き、CLANNADで泣き、聲の形で泣き

京アニは泣かせてばっかりだな

やめてくれや

こんな悲しい話はない

アニオタと非アニオタ認識の差にショックを受けた

今日職場京アニ放火事件の話になりそこから京アニってどういう会社なの?」という疑問を一人が口にした。

ちなみに、職場にいるのは全員女で2040代である

私はアニオタなのでポンポン作品を挙げることが出来たが、職場ではオタクを隠しているのでなるべくオタクっぽくない上で知名度のありそうな作品を選ぼうと思い「聲の形」を挙げた。

……誰も知らなかった。

一番「あ〜!!」「観たことある!」と反応があったのが「けいおん!」で、次が「観たことないけど知ってる」でハルヒだった。マジか。

この悔しさは、絶対に忘れない。忘れてはならない。

京都アニメーション作品は実はそれほど多くを鑑賞してきたわけではない。それでも、『聲の形』、そして『リズと青い鳥』の二作は、そしてその繊細な絵作りは、私の人格形成に多大な影響を与え、また、京都アニメーションというスタジオが、驚異的な熱量作品を世に送り出し、多くの人に感動と歓びを与えているということを私に確信させるには、十分過ぎるものであった。「神は細部に宿る」とはこのことかと思った。私は、こんな作品群を産み出すことに寄与出来る人々を、心から尊敬したい。

きっと、一人一人に、大きな野望があった。きっと情熱的な夢があった。未来には、まだ見ぬ素晴らしい作品があり、そこにはまた新しい神が宿り、多くの人に感動を届けるはずだった。おそらく、それが出来る、素晴らしいクリエイターが、数多く在籍していたのだと想像する。

——

自分に出来ることは何か。

亡くなった方々が、これから産み出す筈だった感動を、歓びを、芸術を、他者に与える筈だった全てを、その創造的で情熱的な未来を、それが一瞬にして失われることの計り知れない無念を、私の心に空いた穴に、確かに宿し、常に燃やし続けること。

言葉によって消化したつもりにならず、言葉にならない激しい感情のまま、それを心に持ち続けること。

この無念を少しでも晴らすべく、あるいは私の心に宿ったこの消してはならない呪いに飲み込まれずに向き合っていくべく、私もまた、感動と歓びを自身の中に抱き、それを他者に与えられるよう、真摯に、誠実に、情熱的に、生き続けること。

本当に、悔しい。

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