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はてなキーワード: 私小説とは

2024-03-07

退却!前進

 anond:20240302205328

コンビニカウンター越しの卒業式

 先日、「コンビニカウンター越しの卒業式」という、拙い私小説風の文章を初めて投稿した。ここは様々な文章が入り乱れると聞いていたため、誰かの目に留まるだろうかと思い、数日。自らのページを開いてみると、あたたかコメントが数件。また、意味の分からないコメントもあった。玉石混交という雰囲気を感じさせた。

 あれは私の実体験だ。鬱病を拗らせ、通信制高校にもう一年在留することになった18歳。今日もこの時間まで眠れず、独りスマホ文章を打ち込んでいる。アルバイトコンビニエンスストアだ。これが私の住んでいる田舎にしては、意外と高時給なのだ低賃金労働、というわけでもない。シフトも融通がきく。非常に働きやす環境だ。

 ほぼ単位は取り終わっているので、(残るは体育のみ。)家で予備校通信学習も取らず、もくもくと勉強する一年がもうすぐはじまる。というか、今からでもやれよ、と言われてしまえばそこまでだが。

 自分のペースで、とか、頑張ったね、とか。沢山ではないが、心温まるコメントがあった。勿論、癪だという人がここには、いや、世間には沢山いることを知っている。それでも、数件の応援だけで、意外と人間って生きながらえることができる。

 まずは退却。疲れた撤退してしまおう。そしてまた進もう。自分のペースで、ゆっくりやろう。

 明日よろしく

2024-03-06

嘘松には手を出すな!

とある嘘松ラノベ作家がここしばらくのあいだ鍵垢になっていたのだが、ちょっと前に出所してきた。

鍵かけた理由炎上が原因と思われるし、これからは心を入れ替えて真面目に作家活動を頑張るのかな……と思いきや、早速のスカッと系嘘松っぽいツイート投稿

これは恐らく、まともな作家としてはもう再起不能だろう。

多数の嘘松アカウントを見てきた者として感じるが、嘘松にはかなり強い依存性がある。特に小説家やその志望者にとっては。

言うまでもないが、小説というのは、言葉だけを使って一つの世界を作り上げるという、とんでもない縛りプレイ産物だ。

しかもあらかじめ、「これは嘘である」ということが暗黙の了解として読者に共有されていることが、基本的ルールとなる。

(もちろん私小説歴史小説のような、虚実を曖昧にすることで成立するタイプ小説もあるが、ここでは普通エンタメ小説に絞って話を進める)

その上で読者の興味を引き続けなければいけないのだ。もはや無理ゲーと言ってもいいだろう。

「あり得ない」「考証が甘い」「で?」「だから?」「は?」

読者の心無い言葉ひとつであっさり崩れ去る、砂の城建設

そんな難行に取り組んでいるというだけで、プロアマわず全ての小説執筆者尊敬に値する。

だが、そういう小説の困難さに直面しているからこそ、小説書きの眼に「嘘松」は魅力的に映ってしまうらしい。

虚構でありながら「これは実話である」という体で語られる嘘松は、当然ながら人の興味を引きやすい。理不尽被害や、そこからの逆転などの刺激的な内容なら読者も、そんなことがあったの!?と食いつかざるを得ないだろう。小説基準で言うならチート級のつかみだ。

そして、現実には人の心をざわつかせる材料いくらでも転がっている。サヨクウヨクフェミとアンフェ、表自とポリコレ、肉食とヴィーガンといった対立は、下品すぎて小説ではなかなか正面から扱うことが難しいが、嘘松なら格好の素材である

また、嘘松では小説テクニックをある程度は流用できる。そのためプロとして最低限の文章力構成力を持つ作家なら、誰でも100RP級の嘘松を連発できて当たり前なのだ

真面目にコツコツと小説を書くよりも、はるかに低いコストで「読者」を得ることができる嘘松

一線級の超人作家ならともかく、こういってはなんだが一山いくらB級作家嘘松活動にのめり込んでいくのも無理はない。

しかし、嘘活を続けていると、作家感性は次第に嘘松にむしばまれていく。

嘘松小説は、現実ではないという一点において共通しているし、前述のように技術として似通った面もある。だが、やはり決定的に別物なのだ

嘘松の多くは、はっきり言ってしまえば、「嘘松(実話)としてなら面白い小説としてはイマイチ」というレベルの内容がほとんどだ。嘘松に特化した想像力では、小説フィクション)を支えるだけの真に力強いアイディアを生み出すことは難しい。

また、嘘松作家の書く小説はどこか薄味で、登場人物にも世界にも魂が入っていないように感じる。「実話」という強力なカードに頼って、世界自力で構築する作業を怠ってきたのだから当たり前だろう。

そして何より、最終的には作家自身が、自分の作るフィクションに興味を保てなくなるようだ。

こんなの、ただの「作り物」じゃないか。「現実」に勝てるわけがないじゃないか、と……

そんな嘘松作家たちの哀れな姿を、俺は数えきれないほど見てきた。

ただ、嘘松特化型クリエイターであることが、必ずしも不幸であるとは限らない。

現に、別のとある嘘松作家も今は、自分自身主人公にした嘘松の延長線みたいな題材の商業作品で大いに人気を博しているようだ。

そういう道もなくはない。経済的成功だけで満足できるのなら、本人が納得できているのなら、それでも別にいいんじゃないかとは思う。

それでも敢えて警告しておこう。

ネットに生息する全ての作家よ。作家志望者よ。

嘘松には決して手を出すな。

もしも本当の作家でいたいのなら。

2024-02-23

はてなー文章力など論ずること自体が草

だってはてな人達って概ね読み書き苦手じゃね?

ブクマカ増田も。

https://anond.hatelabo.jp/20240220182530

  

  

1.読解力がマジで無い人

cinefuk

「さすが暇空さん、文章力もすごい!それに引き換えアンチの連中は文章力というものをわかっていない」

「暇空本は家族と回し読みしています」 暇 増田 出版

2024/02/20

この人とか本当に読解力が無いってことを自覚したほうがいい。

悪口で言ってるんじゃなくて本当に無い。

 

まともな読解力のある人なら元増田の文ぐらいなら一目パッとでニュアンスを掴む。

あこれは文章力についての自説を開陳して「ボクすごい」と言うための文だなと。

元増田自身もそこを少しも隠してねーし。

   

「隙あらば自分語り」と言うより全編自分語りをしていて、

暇空は自分語りのダシに使われてるだけ。最初最後しか出てこない。

     

  

どうせ文読めない奴だらけのはてなブックマークで何故殊更cinefukさんコメント問題にするかといえば、

はてブに多いタイプ「全体を読むのを放棄して部分の単語だけ拾って内容を想像してコメントする」って連中だから

(これは冗談じゃなくて、こういう感じでコメントしてる奴が何割かいる。)

 

でもそういう奴ですら今回のcinefukさんみたいな読解ミスはしない。

cinefukさん本当にすごい。

   

  

2.読解力無い人がどういう風に「読んでる」のかマジで知りたい

はてブでありふれた量産型ヤベー奴、

「短い文でも通して読めずに部分読みする奴」ですら元増田の文読んで暇空ヨイショだとは思わない。

何故かと言うと元増田の文は部分で読んでも冒頭だけ読んでもあんまり暇空褒めてないから。

  

全体的に良くも悪くも平易な口語体で書かれており、自伝エッセイ文章としては平凡というか平均レベル

少なくとも他人に読ませる」事を意識した文章ではあったので読んでいて文字目が滑るとかげんなりする、等といった事は無かった。

開幕でこれだぜ?

これがあのXで暇空さん暇空さん言ってるちいかわみてえな心酔フレンズ感想に見えるのか?

    

この点は素直に感心した。

ここを見て「褒め称えてる」と受け取ったのか?

どう読んだって書き手自分のことを暇空より大分上だと思ってるぜ?

この「素直に感心」はそういうアレだぜ?

   

   

よっぽど部分的に読んだって「筆者が褒め称えたいのは暇空ではなく自分なのは伝わってくる文だから

メモリ激ヨワ型の部分読み文盲でもこの文の文意は間違い辛いわけ。

なのに「暇空賞賛文だ」と読み間違えるcinefukさんマジでどこを読んでコメントしてるの?

 

全体も読んでねえ、部分も読んでねえ、でもタイトルしか読んでないわけでもねえ、

これはもう読解力が無いって言うより、「読む」って行為をどういう風に遂行してるのか隣で観察したいレベル

cinefukさんの「読む」が尻でスマホの画面撫でる行為であっても驚かねえよ。

   

     

3.たった100文字の当て擦り文で日本語壊れる奴  

iinalabkojocho

「読ませる文章」について手を変え品を変え表現し、さら書き手読み手を貶めたりしておられる。

そう言う方が読ませる文章に書いておられるのは何か高度な諧謔なのかとも思われるが。きっと真面目に書かれた南無

2024/02/20

なんか元増田をうまく罵倒しようとしてるけどまず日本語おかしい。

「そう言う方が読ませる文章に書いておられるのは」

まさに元増田が論外扱いしている「てにをはすら破綻する奴」になってるので俺もこれは論外だと思う。

 

こういうのも自分マジで国語の成績低い系だってことを受け止めて欲しい。

この出来は悪口抜きにどうかと思う。

 

おられるおられるだの高度な諧謔だのたぶん使い慣れてもいない言い回しをやってるけど

そういうこと頑張る前にてにをは頑張れ〇〇〇って言いたくなるじゃん。

    

文が壊れてるせいで何を言いたかたかからないが

元増田の「貶める」という行為文章力とは関係ないので

おそらく批判自体もピントがずれている。

加点出来るポイントがない。

なんで上位コメなんだこれ。

   

  

4.絵文字で喋るのがお似合いの人   

agricola

本人が書いて直接出しておると思われるアレコレを読む限りひょん尊師文章力は甚だ疑わしいのだから

天下のKADOKAWAには良い編集校正がいるんだなと思っとくのが妥当なのでは?

2024/02/21 リンク yellowyellow

俺この人のブコメはなんか笑えるからid覚えちゃってるんだが

この人は当て擦りの為の文章で(呆とか(嘲笑とか書くんだよな。

俺は呆れてるぞとか嘲ってるぞとか、それは文中で表現しなきゃダメだろ。

  

相手馬鹿にする意図理屈ニュアンスや濃度ってもの

きちんと文で伝えられるかの勝負文章力であって

そこで(呆とか(嘲笑とか常態的に書くならお前には日本語要らないってことだろ。

 

そんなら最初から無駄なこと書かんと「呆!」とか「我嘲笑!」とか漢文で済ませてりゃ同内容で省エネになるし

もうちょっといろどりが欲しければ絵文字スタンプで会話してろと言う話になる。

トー横とかに転がってる学校あんま行ってない子はそれに近い方法テキストやりとりしている)  

  

文章力に強いコンプレックスあって補助輪的にやってることならつつくのも可哀想だなと思ってたが

この話題に堂々参戦してるってことはお前はあの間抜けのもの表現スタイルに引け目はないってことなのか? 

文末にいちいち漢字意図を補う作文法、俺はこの人と淫夢厨以外で見た事が無い。

淫夢厨はバカっぽさの表現のためにわざとああやって書いている。  

   

   

5.読みにくい文書いてドヤ顔する奴  

それでまた元増田も酷い。

さて、著者の文章力について何かと批判するアンチ側の人間は少なく無いが、所謂文章力」「読ませる文章」というもの

決して難しい単語専門用語、小難しい言い回し難解なレトリックを使えば良いというものでは無い。

暇空アンチは暇空の語彙や言い回しが幼稚だとかそういうことについてバカにしてるのか?

別に界隈をウォッチしてるわけでもないがあまりそうは思えない。

 

要するに元増田自分の言いたいことに暇空を無理矢理溶接して読みにくい文になっている。

から暇空を全部取ろう。(全部取っても文意元増田表現たかたことも全く損なわれないから笑えるぞ)

    

所謂文章力」「読ませる文章」というものは決して難しい単語専門用語、小難しい言い回し難解なレトリックを使えば良いというものでは無い。

簡素事柄専門用語レトリックを駆使して400字~800字長の文章にする事は可能ではあるが、それは「読ませる文章」では無い。

記述者の言いたい事を相手に伝える事が出来れば良いだけで、洒落私小説ラノベじゃあるまいし、細部に拘っても意味が無い。

ノイズがなくなってぐっと読みやすくなった。

そのうえでひでー文章だ。

したこと言ってないのに異様に読みにくい。

要らん飾り削ろう。  

  

文章は言いたいことが伝わればそれでよい、 難しい単語や書き方を使う必要はない。」

お前のゴミみたいな文の正味これだけやぞ?

 

使いこなせない言い回しや要らんリフレイン独りよがりしてるのはお前じゃねーか。

iinalabkojochoとなんも変わらん。というかもっと酷い。

 

  

6.メルカリで鏡を買え

やたら難しい言い回しをした長い「だけ」の文章は、増田仕事でもたまーに見かける。

お前や!

下手に単語言い回しだけを覚えた、自称文章力が高い人間が陥りがちな罠。

お前や!

新人や若手がそういった文章をお客さんの前に出したり、プレゼンで使おうとしては、注意して改善して貰っている。

お前が!?

 

  

言い回し無駄に気張ってるわ、同内容が重複しまくるわ、

「読みにくい文の特徴」が全部当人に当てはまってて釣りを疑うレベルだが

おそらくこいつは本気で自分能力があると信じ込んでる。

自己評価実態から離陸してるところと言い無駄に文を膨らませて得意がるところと言い三沢文也さんに似ている。

   

ただフェアネスの為に言うと、仕事文章とそれ以外の文章結構違う。

元増田仕事の決まったパターンの中ではきちっとした文章書けてる可能性はないことない。

それで「俺は文章力ある」という自負を育てたのかもしれない。

   

だが仕事パターンから離れて自由スタイルで書くのは別の能力から殆どの人はこんな風にレベル1になる。 

元増田自己顕示欲自己評価自分語り欲が少しわんぱくなだけで

文章力自体普通の人より劣ってるほどではないし、平均よりちょい上ぐらいはあるかもしれない。

張り切って書いたからひでー文になったのであって、要するに仕事以外で書き慣れてない。 

  

 

7.暇空の文章力殆ど一般人よりかなり上

暇空と元増田ブクマカを並べて

はい自由に作文してネットで読まれ文章書いてくださーい」ってやったら

元増田ブクマカも、ほぼ全員暇空より下だと思う。

  

なんでかというと暇空はなんだかんだ大量に書いてるから

それに比べて元増田は書き慣れてないのがアリアリとわかるし、殆どブクマカもたぶん変わらない。  

   

むかし暇空は漫画とか映画とかの批評を大量に書いてた。

クセや自己顕示欲が強かったけど面白いものもあった。

 

暇空は気に入らないネットフェミニスト人物鑑定みたいなのも大量に書いてた。

あれだってそんなに簡単じゃない。読みやすく人を馬鹿にするのは簡単じゃない。

 

どっちも当人の深いとこから出た動機表現したいことがあって、

からたくさん書けたし、反応見ながら試行錯誤も繰り返せた。

俺はあの意欲や文量だけでどれぐらい頑張ったかわかる。

努力じゃなくて書きたいからずーっと書いてる。

それは才能だと思う。

 

そういう経験がない人はその時点で暇空と対等に口きく水準じゃないし、

実際に作文コンクールしても勝てない。

 

どんなくっだらねー文でも誹謗中傷でも

暇空と同じぐらいは書いた奴が勝負になる。

勝負になる奴すら数人しかいないように見える。

 

またcinefukさんがなんて言い出すかわからいからまとめを書くと、

暇空の文章力は高い!素晴らしい!つってるんじゃなくて

おめーら暇空下に見るほどの能力ないだろって話をしている。

文章力なんてことに意見言うほどの自信がはてなーのどこから湧いてるのか見当つかん。

ヤフコメでもはてブより読み書き能力高い。

    

「暇空のネトゲ戦記あとがきの文がヤバい」という増田もあったが

あれは文章力どうこうより何か精神的にキマった状態文章だと思う。

作家見沢知廉ブログでよくあんな文を書いてた。

     

    

8.ていうか人類は読み書きが出来ない

日本では一応ほぼ全国民読み書き出来ることになっているが

義務教育で身に着くのは学校で出るパターンの文の読み書きだけで、

仕事で身に着くのは仕事で出るパターンの文の読み書きだけ。

まりに狭いのでそのままだと何も読めない何も書けない。

 

パターンから離れたもの自主的に読む習慣が無い人間は読む能力ないし、

パターンから離れたもの自主的に書く趣味が無い人間は書く能力ない。

まり殆ど人間は読み書きが出来ない上にその自覚がない。

 

暇空の文の粗さに「文章力ヤバい」なんて言うけど

自分が書いたらもっとヤバいことも知らない。

文章力ない文とキマってる文の見分けもつかない。

 

日本ですらこの程度なんだから世界全体はどうか。

「話せばわかる」なんてとんでもない話であって人類能力はそんな段階にはない。

絵文字スタンプで会話したほうが誤解の少ない奴等がこの世には大量に居る。

2024-02-20

anond:20240220182530

一応メタ貼っておくんですが、この文章自体

専門用語レトリックを駆使して400字~800字長の文章にする事は可能ではあるが、それは「読ませる文章」では無い。

記述者の言いたい事を相手に伝える事が出来れば良いだけで、洒落私小説ラノベじゃあるまいし、細部に拘っても意味が無い。

やたら難しい言い回しをした、長い「だけ」の文章は、増田でも仕事でもたまーに見かける。

この辺の文章体現しているっていうメタ釣り増田って認識であってますよね?

話題書籍ネトゲ戦記」を読んだ感想

フラゲした。

内容について書くとキモいのが寄って来そうなので、以下は文章力についてのみの感想個人的な雑感。


全体的に良くも悪くも平易な口語体で書かれており、自伝エッセイ文章としては平凡というか平均レベル

少なくとも「他人に読ませる」事を意識した文章ではあったので、読んでいて文字目が滑るとかげんなりする、等といった事は無かった。

素人エッセイだと、数ページ読んだだけで頭痛くなる悪文な本も珍しくは無いので、この点は素直に感心した。


さて、著者の文章力について何かと批判するアンチ側の人間は少なく無いが、所謂文章力」「読ませる文章」というもの

決して難しい単語専門用語、小難しい言い回し難解なレトリックを使えば良いというものでは無い。

簡素事柄専門用語レトリックを駆使して400字~800字長の文章にする事は可能ではあるが、それは「読ませる文章」では無い。

記述者の言いたい事を相手に伝える事が出来れば良いだけで、洒落私小説ラノベじゃあるまいし、細部に拘っても意味が無い。


やたら難しい言い回しをした長い「だけ」の文章は、増田仕事でもたまーに見かける。

ネット小説だと割と見かけるのでげんなりする。

下手に単語言い回しだけを覚えた、自称文章力が高い人間が陥りがちな罠。

新人や若手がそういった文章をお客さんの前に出したり、プレゼンで使おうとしては、注意して改善して貰っている。

優秀な人間だと大学等で文章添削されて鍛えられているのか、こちらが一々教え無くても「読ませる文章」を書いてくれる。


いわゆる文章力が低い文章というのは、なにも「てにをは」が破綻している・時系列起承転結が滅茶苦茶などの乱文だけでは無い。

基本的に「他者に読ませる」という事をまるで意識していない文章は、いわゆる文章力が低い文章にあたる。


自分の言いたい事をバーッと垂れ流しているだけの文章は、読んでいる方としては興味がある題材でも無い限り、文字通り「目が滑る」。

専門用語や小難し言い回しを多用した、難解な「だけ」の文章、只管悪意を羅列したネット荒らし書き込み等が

目が滑って読む気がしないのは、「文章力」の低さを理論的で無くとも感覚的に理解するからである


恐らく仕事先でも「こいつの文章読みづらいな…言いたい事は何なの?」などと思われており、

そういった人間に限って「文章を読む」力も無いので、他者文章的外れケチをつける「ウザくてキモい人」になっている事だろう。


そういった意味でも「ネトゲ戦記」は、少なくとも人に「読ませる文章」というのを意識していた、と読んで感じた。

家族が読みたがっているので、一通り回し読みした後はメル◯リに回すとするかな。

基本的に買った紙の本はよっぽどの名著で無い限り、読了した後はメル◯リかブ◯クオフに売っています



追記

半分冗談で書いたら本当にキモいブコメトラバがついてて草も生えない。

内容以外の感想にもケチつけるのか……

なんというか、他者に向けて自分がどんな気色悪い糞レスをぶつけてるのか、少しは考えた方が良いと思いますよ。

2024-01-17

最近村上隆村上春樹の本を読んだ。どちらもインタビュー本のようなもの

村上隆は、「コンテクスト市場ルール理解する」という文脈村上春樹言及している。

曰く、村上春樹私小説的・内省的な作風かもしれないが、欧米の名作に翻訳等で触れ、その文法手法理解することで、グローバルマーケットで通じる作品を作ることができたのではないか、と。そして、自分自身も同様に、欧米ハイアートのお作法ルール研究することで、それをクリアした作品を作り、売り込むことができた、と。

一方、村上春樹視点では、そのような市場ルールを読み解く戦略的思考はしていない、ということのようだ。ただ、書けることが広くなるように文章を鍛え、日々題材を見つけ、時間をかけて待つことにより、ある時に書き出すことができると。そして書いている時は文章に集中し、それを読む人のことなどは考えない、と。

両者のスタンス共通する部分はあって、とにかく文章を、画力を高める、そのためにはガッツを持って書き直し、描き直し続けることだ、ということ。

成功秘訣があるとすれば、それは泥臭い努力であるということ。

2024-01-07

日曜日イオン漫画を買いに行った

昨日、博多駅丸善ユリイカpanpanya特集号とpanpanya漫画を買いに行った

panpanya漫画大分前に全部手放してしまたから、買いなおして評論と読み比べながらニヤニヤしようと思ったのだけど、漫画の方は一冊も売ってなかった

バスターミナルの方も行ってみたけど、こちらも一冊も置いてなかった

仕方ないのでユリイカだけ買って、今日地元イオンヴィレッジヴァンガードに行くことにした

久しぶりに渡るイオン建物二つをつなぐ陸橋は塗装が剥げたり、階段部分の金具が錆びたりしていて時の流れを感じさせた

陸橋を歩く間に祖父母小学生くらいの子供という組み合わせにのみ二度すれ違い、60歳で第二次性徴来る世界みたいだって思った

建物の中に入って、エスカレーターに乗った時にそば硬貨を入れて動かすタイプマッサージチェアが3つ並んでいた

頭まで覆いかぶさるタイプ近未来的なデザインのやつで、見たままをいうと宇宙船の操縦席みたいなやつ

三席とも埋まっていたんだけど、一番右端の席の人が気持ち良すぎて眠ってしまったのだろう

ももの上とかに置いていただろう、アクエリアスペットボトルオロナミンCを床に落としてしまっていた

陶芸体験をやっていて、子供たちが手を泥だらけにしているのがエスカレーターから見えた

人があまり集まっておらず、ショッピングモールの煌々とした照明とつるっつるの照り返しのある床の間での陶芸は少し異質に思えた

清潔感を保ちながら誰かの生活になじんでいるイオンには、子供時代に読んだSF小説で描かれた未来生活感を少し思い出した

他に目的もなかったのでヴィレッジヴァンガードpanpanya漫画数冊と座薬みたいな見た目のソフトキャンデーを買って帰った

ユリイカを読んだら、panpanya漫画って私小説な感じとか、写真から風景を起こして書いている感じとか、水木しげるとかつげ義春の影響あるよねとか書いてあった

路上観察とかの赤瀬川源平系譜だと思って読んでいたので、そういう考え方もあるかと思いながらパキッとソフトキャンデーの皮膜を奥歯で噛んで潰してねちっこい甘さを味わった

浅野いにお写真加工で風景作っていたよなと思い出し、手で書かれているか加工しているかの違いこそあれ、ヴィレッジヴァンガード風景写真元な漫画を好んで置く習性があると思った午後だ

2024-01-04

anond:20240104191319

庵野私小説みたいなもんだから結婚して落ち着いて丸くなれみたいな感じがして、

就職に失敗し、結婚出産も一生無理な自分には観ていて不愉快なだけだった

シンエヴァほど観ていて辛い映画はない

anond:20240102001822

高等遊民私小説なんて今から見るとクソ中のクソでしかない、のと同じようなもんだろう。当時は持て囃されていたが。

2023-12-02

釣りに頼らず増田バズる方法」を読んでみて

昨日、こちらの増田を読ませていただいた。

釣りに頼らず増田バズる方法

https://anond.hatelabo.jp/20231201170245

いろんな増田日記解説しているのだが、ふと気になったことがあった。

ほかのブクマカ言及していたが、デリヘル増田についてだ。あれはどうなんだろうと。

増田利用者でも一部の人しか知らないだろうけど、社会経済的な時事に関する話をした後で、デリヘルに行った小噺をするのが基本的な流れだった。

後は、それと同じような文体私小説とか、単発ネタみたいな記事投稿したりする。

私はデリヘル増田が書いた(と思われる)日記を4つブックマークしている。ほかに見つけたやつもたくさんあるけど、記憶の中に残ると信じてブクマしてない。

最近増田で見たやつを以下に紹介する。もちろんデリヘル増田が書いている保証はない。自分感覚だよ。

上の方から新しい。

出入り禁止基準について思っていること

https://anond.hatelabo.jp/20231129204909

弱者男性だった頃の自分

https://anond.hatelabo.jp/20231013202510

税務官僚だった頃の思い出

https://anond.hatelabo.jp/20230926201301

職場飲み会について思ったこ

https://anond.hatelabo.jp/20230429104146

飲食チェーン店で働いていた頃の思い出

https://anond.hatelabo.jp/20230603091707



文体が似ているからある程度判別可能だ。シロクマ先生が言うには、こういうのは文章の「魂」が似るらしい。

あとは、なんというか、憎悪クリエイター作風だと思う。

昔は、もう少しちゃんとしたやつを書いてたはずだ。以下のやつは全部ブクマしてる。

問題職員の正しい辞めさせ方

https://anond.hatelabo.jp/20211231220514

木屋町にあるキャバクラ黒服仕事をしていた

https://anond.hatelabo.jp/20210716220542

まりイキってないコンサルと一緒に仕事をしたときの話

https://anond.hatelabo.jp/20210323163551

冒頭の日記では、増田日記バズるためには得意分野で勝負すべきとか、釣りはあまりよくないと書いてあった。自らの魂の叫びを発するべきだとも。

私もそう思う。特に最後のやつは。全く同意する。その意味だと、デリヘル増田が作った作品にはテーマを感じない。なんだかとっ散らかってる感じがする。

たまにめっちゃ面白いのもあるが、憎悪クリエイト作品が多いのが気になる。河川の床に沈んだ砂金のようなものを掘ってる感じといえば言い過ぎか。

とりとめはないけど、「釣りに頼らず増田バズる方法」を読んで思ったところを書いてみた。

2023-09-22

anond:20230922213038

一昔前だと2ちゃんねるVIPで実話風の私小説みたいなものがよく投稿されてたよね

2023-09-19

anond:20230918232245

芸術性重視はともかく、「文章表現のものの持つ可能性を追求した」なんて前提はそもそも無いぞ もちろん文章表現芸術性も基準ではあるが

そもそも純文学日本文学独自概念なので海外作品は含まれない

近代文学が発展していく中で、わかりやす大衆化していくことを拒んだ作家たちの歴史、の先に位置する作品群を純文学と呼んでいる

ただ純文学の流れの中でSFみたいなジャンル小説手法を取り込んでいったこともあって、じゃあそれは純文学なの?違うの?ってのも論争を呼んできた

結局は批評家共通認識出版レーベルによってカテゴライズされてる現状

ライトノベル」も同じように分類されてるので、その反対側にある作品群だと思えばいいよ

私小説のことって言ってる人もいるけど、純文学歴史の中でやたら私小説がもてはやされてきたってだけでそれがすべてではない

2023-09-14

anond:20230913161139

増田トラバブコメ見てて思うけど、こういう私小説風ってやつ、一部中年にはかなり受け入れ難い形態なんだろうなっていうのはよく分かる。

多分、今の30後半~40代前半ってバトル漫画やそれのアニメセカイ系なろう系等、「エンタメはこういうのでいいんだよ」的な型の作品進化過程作品がヒット作の大半、メインストリームだった時期に生きて、それがマンガアニメゲームの型っていう刷り込みがキマってる人がかなり多いんだと思う。

気持ちよくなれなきゃ面白くないを地で行ってる人が多めの世代

2023-08-11

朝日新聞平野みたいな芥川賞以降くだらん私小説しか書いてない国際政治のど素人ウクライナ語らせたりするのって、なんでも深く語れる夏目三島みたいな知の巨人幻想があるんかね。

夏目三島も今の世に出てきたら小泉悠に勝てないと思うけどね

2023-07-22

君生き感想宮崎監督、『名作』をありがとう!~

自分宮崎駿監督に対する身勝手な期待とか甘えを供養するために書く。今作品は期待半分、不安半分という気持ちだった。宣伝なしということだったし、宮崎駿監督作品を事前情報一切なしで視聴できる機会というのはおそらく最初最後であろうと思ったので、早バレ等も避けるために数日SNS断ちして初日に見に行った。ただ映画館に向かう足取りの中で最後感じていたのは恐怖感だった。子供のころにもののけ姫を見たときの衝撃を再び与えられて、おっさんになった今再度、人生観を揺るがされるかもしれないと―。

さて、いざ蓋を開けてみると、途中まではリアル物なのかファンタジーのどっちなの?というドキドキや不安感。方向性が確定したとき期待感MAXとなったが、それ以上膨らむことはなくしぼんでいった―。

総論

美術アニメーションの美しさは申し分ないが、ストーリー感情移入できない半端な作りと言ったところで、結局、いつもの宮崎監督後期作品という他ない。今、振り返ってみると監督キャリアハイとしての作品千と千尋の神隠しあたりになるのだろうが、その千と千尋も後半から、この半端さの片鱗がある。例えば終盤、千尋は豚の中に両親がいないことを見抜くが劇中にその説明はない。しかしながら説明不足ではあっても、千尋とハクとの心のふれあいみたいなものが十二分に描かれているから、感情的に押しきれている。手を離すシーンとか思い出しただけで泣けるわ。

しかしながら、君生きはストーリーっぽいもの感情の揺らぎみたいな表現はあるものの、説得力というか、それ自体根拠がはっきりと提示されないから、大抵の観客は感情移入できずに戸惑いを覚えると思う。例えば劇中で主人公自傷行為や継母の拒絶が描かれるが、その感情の根っこが分からないので観客は困る。自傷もっと構ってもらいたかったのかな?とか拒絶はやっぱり連れ子がうざかったのかな?とか想像はできるけど見てる側はそれを確定させる要素がないから、多分こうだろうとか理由を補完して見ていくしかない。つまり作品に気を遣う状態になるわけで、それは相当きつい。忖度要求されるが、圧倒的な感情の「分からせ」がない(※)。監督が一人で突っ走ってる。観客は置いてけぼり。かつて宮崎監督は、見終わったあとに2階から出てくる感覚になるような映画がいいとか言っていたような気がするが(ソース探したが見つからず)、君生きは観客が一生懸命2階への階段必死に探すものの見つけられないまま塔の中で迷子になり、最後パヤオけが悠然と2階から出てくるという感じだろうか(画・浜岡賢次想像してもらいたい)。

あとはヒロイン?3人は多すぎる。実母に継母に婆さんでしょ?詰め込み過ぎて破綻する典型。正直、継母は全部削除して、序盤で実母エピソード増やして、実母を探しに塔に行く形にして、最後、実母ときれいに別れてで多少は形になったろうにね。もっとシナリオ段階で練ればいいのに…もったいない

もう一つ、主人公が大叔父と話した後に、急にインコに囚われてるシーンになるが謎過ぎる。壁につながれた手が映ってからの下にパンしたときに、実母でも継母でもなくお前かーいってなったのが一番面白かったかもわからない。宮崎監督過去インディジョーンズの潜水艦移動を批判していたが( https://ei-gataro.hatenablog.jp/entry/20131030/p1 )、それと似たり寄ったりだろう。いくら異世界?だからといってワープしすぎである

※ 宮崎監督とも対談したことのある養老孟司は「バカの壁」において強制了解という語をつかった(p.41)。例えば数学においては前提と論理を共有しているのであれば同じ結論に達せざるを得ない。ある定理証明を正しく説明されたのであれば、その正しさを了解せざるを得ない。そういった強制力を強制了解と呼んだ。そうした強制力は感情においても成立する。例えば電車子供が騒いでるのをぼけっと放置している父親がいたとして、普通はそれを理解できないが、もし父親が「実は母親病院で亡くなって帰る所で、これからどうしていこうかと悩んでいたところなんです」と説明されれば、事情理解できるだろう。事情が分かれば感情了解できる。それは物語を受容する過程でも同じことが言えると思う。

なお、この流れで養老他人気持ち理解できることを重視すると同時に、「個性」信奉を批判する。そんなに個性大事かと。存分に「個性」を発揮している人は病院にいるという。白い壁に毎日、大便で名前を書く患者がいるらしい。芸術的にみればすごいかもわからないが、現実的には大変迷惑でたまらないだろうとのこと。奇しくも本作においては継母の美しい顔が鳥糞まみれになる描写があるのでそういう個性的なスカトロジー芸術理解を示す人はいるかもしれない。

自分映画

こうした一見てんでバラバラに見えるような物語の断片も、もしかしたら宮崎監督だけには分かるのかもしれない。スピルバーグだか有名監督が誰にも分らない映画つくるのはホームムービー撮ってるのと同じだ的なことを言っていた気がするが、もしかしたら本当に宮崎監督ホームムービーを撮ってしまったのかもしれない。自分けがわかる映画作品を作れるとしたら、映画監督としては最高の贅沢だろう。自分用の映画私小説と言われたらなるほどという気もする。今回、宣伝がなかったという点でも符号する。これはもはや天才にだけ許された所業なのかもしれない(現実に実行可能という意味で)。

ナウシカだったと思うが、興行的に大失敗とはならなかったこから次の作品を作るチケットを手に入れたみたいな監督インタビューがあった気がする。ジブリブランド確立するまではコケたら次はない状態であったろうから興行面は大変重視されたことだろう。つまり天才大衆に合わせてくれていたわけであるしかブランド確立された今となっては、大衆を気にすることなく好きな作品を作れるというわけであるジブリ体制を維持できなかった点には目をつむるとして)。だから今もしかしたら「天才が本当にやりたかたこと」を我々は目にしているのかもしれない。

過去パヤオ感性としてはもっとアニメーション表現に全振りしたかったのだろうが、それじゃあ興行的に成立しないから、ストーリーもしっかりさせていたというのが過去の名作への向き合い方だったのだろうか。我々、一般大衆天才現実的妥協のお陰で、(大衆的には)名作となる過去珠玉を見せてもらえていたということなのだろうか。凡人が天才ちょっと付き合ってもらったという感じ。天才ちょっと退屈していたのかもしれない。大衆は今の退屈を嘆くのではなく、昔、天才に付き合ってもらっていたということを感謝すべきなのかもしれない。

この作品のそういった諸々の分からなさに対してなんとか理解しようとする感想や、なんとか説明しようとする解説記事などが上がっているのを見かけるが、なんとも物悲しい。めっちゃ面白作品を骨までしゃぶりつくしたい!という渇望からまれてくる文章はいい。例えばもののけ姫においては「『もののけ姫』を描く、語る 」というムック本があったのだが、それには一ファンから文筆家まで様々な人々の作品に対するとてつもない熱量で溢れている。でも味のしない作品をなんとかして食えるようにしたいという動機から解説を書いたり、それに群がることの虚しさよ。宮崎監督から面白いはずなんてことはない。権威主義的だし、もうそれは諦めて次に行こうよ。これを知っていれば、本当は面白いんだよって本気で思っている人もいるかも知れない。でもそういう解説必要とすればするほど、その面白さが作品内で素直に伝わってないことの裏返しである野球大谷いくらいからって彼の(打者としての)ファールや三振をありがたがったりしないでしょ?今回の打席は残念だったねでいいじゃんね。(もちろん宮崎監督場合、次があるかは分らんが)

「問い」として捉える

さて、作品表題に立ち返ってみると、これは疑問形である作品としては名作とはとても言い難い。しかし聴衆に対する問いであると捉えたらどうであろうか。物語がてんで成立していないのに問いかけを見出すことができるのか?うーん正直、自分には無理。味がしないんだから問われたとも感じない。

しかし確かに思ったことがある。それは、大叔父のようなお爺さんに期待するんじゃなくて、自分が見たい作品があるのなら、他にそれを提供してくれる別の人を見つけるか、もしくは自分で作るべきだということ。初めから品質保証なんてものはなかった。自分勝手に期待して、勝手失望しているだけのことである

すでに名作はあるのに、なぜおかわりを望むのか

最後に話がそれるが、しかしながらなぜ我々大衆は次々と名作を望むのであろうか。新作を批判すると「じゃあ、過去の名作繰り返し見とけや!」って言われるかもしれない。そう言われるとちょっと答えに窮する。何度も見ればストーリーも覚え、感動も薄れてくる。やっぱり初見の衝撃に叶うものはないということだろうか。それを再び味わいたくて次の名作を追い求めているのかもしれない。キリがないし、わがままだなって思われるかもしれないが、正直人としての性としか言いようがなくないか?そこを内省しだしたら仙人になるしかない気がする。

あとは現実がつらいからね。時には金払ってちょっといい気分になりたい!ぐらい許してほしい。こっちは作者の高尚な構想にがんばってついていく苦行やマラソンじゃなくて、自動で楽しませてくれるジェットコースターに乗りたいの!

で、初見という点で最近思っていることは「私の体験」を大事にすることが重要なんじゃないかと思っている。ゲームでもなんでもあまりレビューを見ずに体験するように心がけている。あらかじめレビューを見て他の人が面白い!星4以上!と言っている作品なら、安定して面白いかもしれないが、半分ネタバレのようなものではないか

若い人にはタイパを優先しすぎて自己の視聴体験プレイ体験を損なっていないかと問いたい。面白さの保険料として自身体験・感動を売っていないか?と。おじさんおばさんは子供のころに自分図書館で本を表紙で選んで借りた体験とか、ネットもない時代ゲーム屋で「クソゲーかも知れんがままよ!」と覚悟してゲーム買った記憶とかを思い出してほしい。そういう多少、損するかもと思ってもクソ作品を引く勇気をもって、一対一で作品と向き合う、ぶつかってみるということを時々でもした方がいい気がする。だから、今回、作品に対しては残念だったが後悔はない。純度100%の自分感想を持てた。展覧会的な感じでいろんなアニメーションを見せてもらったという感触では数千円も損したという気もしない。今後もどんどん色んな作品に触れていきたいと思っている。例えばポノックの次作品ちょっと子供向けだろうけど、子供と一緒に見に行こうかなと思ってる。

各論

ゲド戦記を思い出した

視聴しながら、ぼんやり宮崎監督ゲド戦記作るとしたらこんな感じだろうなと思った。影との戦いでゲドは船で移動するし、ところどころの魔法感や大叔父大賢者になったゲドのイメージだなと感じた。大叔父のイケオジ度は過去最高かも分らんので一見価値はあると思う。

東映アニメ長靴をはいた猫』を思い出した

インコ大王を追いかける時に螺旋階段を落とされるシーンがあったが、長靴をはいた猫での魔王主人公たちとの大立ち回りを彷彿させた。この作品監督宮崎ではないが、そのクライマックス部分は大塚康生との二人で原画担当した箇所であり、とにかく面白い( https://www.ghibli.jp/shuppan/old/pickup/nagagutsu/ )。1969年作品なので絵のきれいさはどうしても現代作品には見劣りするがアニメーション面白さは今でも通用する。未見の人はぜひ見て欲しい。君生きよりよっぽど面白いと思う。で、君生きでは大王ラスボスっぽくでてくるが大した戦いもなく終わってしまうのであっけない。長靴をはいた猫でのアクションを思い出しただけに、「あ、これだけなのか・・・」という虚しさが半端なかった。念入りに階段落とさせたり、序盤で主人公の着替え丁寧に描写するぐらいならもっと面白カット増やした方が良かったろうにって思っちゃう

音楽

使いまわし多いし、特に盛り上がる曲もなし。3日で作りましたと言われても信じるレベル久石譲も「これぐらいの作品ならこれでいいや」って感じだったと思う。絶対名曲ストック持ってるだろうと思うが、映像側がそれを引き出せなかったというのは至極残念に思う。米津曲も悪くはないけど、作為ちょっと鼻についたかな。いつも何度でもみたいな作品とのマッチ感は正直ない。と言っても作品の味がしないのでどうしようもない気もする。そういう意味では米津もかわいそう。

2023-07-16

映画って「夢」とか私小説的な表現主義ジャンルと、エンタメジャンルがあって、それぞれのジャンルをそれなりに見たことがある前提で語ってくれ

2023-07-09

anond:20230709172552

全ての創作物がそうだと思うけれど、自分気持ちバリバリ投影した人物主人公視点人物にする場合、その人と距離をきちんと取れなければまともな創作物になりはしない。その点で、今いま経験中のことを私小説風に書くのはたいへん難しいし、独りよがりになる。だからある程度大人になった時に高校生感性を思い出して書くってのは全然ありだし、そうじゃないと書けないと思う。…とはいえ、70過ぎて30代の主人公とかはやっぱり無理があるのだけれど。

2023-07-04

anond:20230704003612

この前障害者の方が文学賞を取った私小説の内容

もし健常者だったら、悪い男に入れ込んで妊娠させられて堕胎たかった(意訳)みたいなの思い出した

やっぱ潜在的にそういう願望持ってる人って一定数いるのかねぇ

そうやっていいようにされて堕落することが、逆説的に女性性の開放なんだろうか?

(考えてみると、堕落した男性は完全に自由象徴だよなぁ、酒とギャンブルとか)

2023-07-01

私小説とかエッセイマンガとかで、どんなに作者が自己卑下してたとしても「本が出版されて僕程度の人間に読まれてる時点で成功者じゃん」と思ってしまい、著者に深く共感が出来ない

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